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特開2024-25654多層構造体および多層構造体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025654
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】多層構造体および多層構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 15/01 20060101AFI20240216BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20240216BHJP
   C23C 28/04 20060101ALN20240216BHJP
【FI】
B32B15/01 G
C23C16/40
C23C28/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082374
(22)【出願日】2023-05-18
(31)【優先権主張番号】P 2022128891
(32)【優先日】2022-08-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】520124752
【氏名又は名称】株式会社ミライズテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉村 政洋
(72)【発明者】
【氏名】山下 秀一
【テーマコード(参考)】
4F100
4K030
4K044
【Fターム(参考)】
4F100AA17C
4F100AA19C
4F100AB09A
4F100AB10A
4F100AB31A
4F100AB31B
4F100AR00B
4F100AR00C
4F100AT00
4F100BA03
4F100BA04
4F100BA25B
4F100BA25C
4F100BA44B
4F100BA44C
4F100EH662
4F100EH66B
4F100EH66C
4F100EH902
4F100EH90B
4F100EH90C
4F100EJ152
4F100EJ15A
4F100EJ552
4F100EJ55B
4F100EJ612
4F100EJ61B
4F100GB41
4F100JK06
4F100JK12
4K030BA16
4K030BA17
4K030BA38
4K030BA42
4K030BA43
4K044AA06
4K044BA11
4K044BA12
4K044BA13
4K044BB04
4K044BC05
4K044CA14
(57)【要約】
【課題】アルミニウムとマグネシウムとを含有する金属製の基材にコーティング膜を設けた多層構造体における、コーティング膜の密着力を向上すること。
【解決手段】多層構造体(1)は、アルミニウムとマグネシウムとを含有する金属製の基材(2)と、前記基材の表面(21)を覆うコーティング膜(3)と、前記基材と前記コーティング膜との間に設けられた介在層(4)とを有する。前記介在層は、前記コーティング膜を構成する成分を含有し前記コーティング膜と接合された混合層(41)と、前記基材および前記混合層よりも高いマグネシウム含有率を有し前記基材と接合された中間層(42)とを有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層構造体(1)であって、
アルミニウムとマグネシウムとを含有する、金属製の基材(2)と、
前記基材の表面(21)を覆うコーティング膜(3)と、
前記基材と前記コーティング膜との間に設けられた介在層(4)と、
を有し、
前記介在層は、
前記コーティング膜を構成する成分を含有し、前記コーティング膜と接合された混合層(41)と、
前記基材および前記混合層よりも高いマグネシウム含有率を有し、前記基材と接合された中間層(42)と、
を有する、
多層構造体。
【請求項2】
前記混合層は、前記基材を構成する成分と、前記コーティング膜を構成する成分とを含有する、
請求項1に記載の多層構造体。
【請求項3】
前記コーティング膜は、膜厚50nm以上の耐食性膜である、
請求項1に記載の多層構造体。
【請求項4】
前記コーティング膜は、前記基材の腐食を抑制する金属元素を含有する、
請求項1に記載の多層構造体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1つに記載の多層構造体の製造方法であって、
前記基材の前記表面に対し、希硫酸による表面処理の後、NHプラズマによるプラズマ処理を行う、
多層構造体の製造方法。
【請求項6】
前記コーティング膜を原子層堆積法によって形成する、
請求項5に記載の多層構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウムとマグネシウムとを含有する金属製の基材にコーティング膜を設けた多層構造体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属基材を用いる種々の技術分野において、特性向上のために、金属基材の表面への被覆処理(すなわちコーティング膜の成膜処理)を施すことがある。特性向上としては、例えば、耐熱性向上、耐腐食性向上、摺動性向上、意匠性向上、等である。ここで、金属基材に対して被覆処理を施す場合、基材金属とコーティング膜とで成分が異なることが多く、このためコーティング膜の充分な密着力が得られなくなるという課題がある。
【0003】
ところで、アルミニウム-マグネシウム合金は、固溶体硬化や加工硬化により適度な強度を有し、耐食性や加工性や溶接性等にも優れているため、様々な用途で利用されている。この点、アルミニウム-マグネシウム合金に関する従来技術として、例えば、特許文献1に開示された技術が挙げられる。かかる従来技術においては、約0.1~1.5重量%のマグネシウム含有量のアルミニウム物品の表面には、ハロゲン化マグネシウム保護層が形成されている。また、ハロゲン化マグネシウム保護層の上には、酸化アルミニウムまたは窒化アルミニウムである硬い凝集性のコーティングが設けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-256800号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の発明者は、鋭意検討の結果、アルミニウムとマグネシウムとを含有する金属製の基材にコーティング膜を設けた多層構造体における、コーティング膜の密着力を向上する手法を見出した。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の多層構造体(1)は、
アルミニウムとマグネシウムとを含有する、金属製の基材(2)と、
前記基材の表面(21)を覆うコーティング膜(3)と、
前記基材と前記コーティング膜との間に設けられた介在層(4)と、
を有し、
前記介在層は、
前記コーティング膜を構成する成分を含有し、前記コーティング膜と接合された混合層(41)と、
前記基材および前記混合層よりも高いマグネシウム含有率を有し、前記基材と接合された中間層(42)と、
を有する。
請求項6に記載の、多層構造体の製造方法は、以下の手順、処理、あるいは工程を含む:
前記基材の前記表面に対し、希硫酸による表面処理の後、NHプラズマによるプラズマ処理を行う。
【0007】
なお、出願書類中の各欄において、各要素に括弧付きの参照符号が付されている場合がある。この場合、参照符号は、同要素と後述する実施形態に記載の具体的構成との対応関係の単なる一例を示すものである。よって、本発明は、参照符号の記載によって、何ら限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の例示的な一実施形態に係る多層構造体の概略構成を示す側断面図である。
図2】実施例および比較例におけるコーティング膜の密着力を評価した結果を示す表である。
図3】実施例1における基材とコーティング膜との接合箇所を拡大した透過電子顕微鏡写真である。
図4】実施例1における基材とコーティング膜との接合箇所のTEM-EDX分析結果を示すグラフである。
図5】比較例1Aにおける基材とコーティング膜との接合箇所を拡大した透過電子顕微鏡写真である。
図6】比較例1Aにおける基材とコーティング膜との接合箇所のTEM-EDX分析結果を示すグラフである。
図7】比較例1Bにおける基材とコーティング膜との接合箇所を拡大した透過電子顕微鏡写真である。
図8】比較例1Bにおける基材とコーティング膜との接合箇所のTEM-EDX分析結果を示すグラフである。
図9】比較例1Cにおける基材とコーティング膜との接合箇所を拡大した透過電子顕微鏡写真である。
図10】比較例1Cにおける基材とコーティング膜との接合箇所のTEM-EDX分析結果を示すグラフである。
図11】耐食性の評価実験において腐食による錆が発生した多層構造体の光学顕微鏡写真である。
図12】耐食性の評価実験によって得られたコーティング膜の膜厚と腐食発生状況との関係を示すグラフである。
図13】推測される腐食発生のメカニズムを説明するための多層構造体の模式的な断面図である。
図14】推測される腐食発生のメカニズムを説明するための多層構造体の模式的な断面図である。
図15】推測される腐食発生のメカニズムを説明するための多層構造体の模式的な断面図である。
図16】推測される腐食発生のメカニズムを説明するための多層構造体の模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(実施形態)
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。なお、一つの実施形態に対して適用可能な各種の変形例については、当該実施形態に関する一連の説明の途中に挿入されると、当該実施形態の理解が妨げられるおそれがある。このため、変形例については、当該実施形態に関する一連の説明の途中には挿入せず、その後にまとめて説明する。また、各図面の記載や、これに対応して以下に説明する装置構成やその機能あるいは動作の記載は、本発明の内容を簡潔に説明するために簡略化されたものであって、本発明の内容を何ら限定するものではない。このため、各図に示された例示的な構成と、実際に製造販売される具体的な構成とは、必ずしも一致するとは限らないということは、云うまでもない。すなわち、出願人が本願の出願経過により明示的に限定しない限りにおいて、本発明は、各図面の記載や、これに対応して以下に説明する装置構成やその機能あるいは動作の記載によって限定的に解釈されてはならないことは、云うまでもない。
【0010】
(構成)
まず、図1を参照しつつ、本実施形態に係る多層構造体1の概略構成について説明する。本実施形態に係る多層構造体1は、図1における上下方向と平行な厚さ方向を有している。よって、説明の便宜上、図1における上下方向を「厚さ方向」と称する。
【0011】
多層構造体1は、基材2と、コーティング膜3と、介在層4とを有している。金属製の基材2は、アルミニウムとマグネシウムとを含有する、いわゆるAl-Mg系合金により形成されている。コーティング膜3は、基材2の表面21を覆うように設けられている。コーティング膜3は、基材2の腐食を抑制する金属元素を含有している。かかる金属元素は、例えば、スズ、タンタル、アルミニウム等のうちの少なくとも一種である。本実施形態においては、コーティング膜3は、原子層堆積法によって形成されたALD膜であって、SnO、Al、TaN等の金属化合物によって形成されている。ALDはAtomic Layer Depositionの略である。介在層4は、コーティング膜3の密着性を向上するために、基材2とコーティング膜3との間に設けられている。すなわち、多層構造体1は、基材2と、介在層4と、コーティング膜3とが、この順に厚さ方向に配列した構造を有している。
【0012】
介在層4は、混合層41と中間層42とを有している。混合層41は、コーティング膜3を構成する成分を含有し、コーティング膜3と接合されている。具体的には、混合層41は、基材2を構成する成分と、コーティング膜3を構成する成分とを含有している。中間層42は、基材2および混合層41よりも高いマグネシウム含有率を有し、基材2と接合されている。
【0013】
(製造方法)
次に、図1に示された構成を有する多層構造体1の製造方法の概略について説明する。本実施形態に係る製造方法は、以下の工程を順に含む。
(工程1)基材2の表面21に対し、希硫酸による表面処理を行う。
(工程2)工程1を経た、基材2の表面21に対し、NHプラズマによるプラズマ処理を行う。
(工程3)工程2を経た、基材2の表面21の上に、コーティング膜3を、原子層堆積法によって形成する。
【0014】
(効果)
以下、本実施形態により奏される効果を、図2に示された実施例および比較例を用いて説明する。実施例1は、基材2としてアルミニウムを主成分としマグネシウムを含有するAl-Mg系合金を用い、その上にコーティング膜3としてSnO膜を形成したものである。具体的には、実施例1は、以下の通りの製造方法により製造した多層構造体1である。
・室温で、10倍希釈の希硫酸中に、基材2を18時間浸漬する。
・真空中で、NHプラズマにより、5分間プラズマ処理する。
・成膜温度200℃以上で、コーティング膜3を、原子層堆積法によって形成する。
【0015】
比較例1Aは、実施例1における工程1を省略した場合である。比較例1Bは、実施例1における工程2を省略した場合である。比較例1Cは、実施例1における工程1、2の双方を省略した場合である。
【0016】
実施例2は、実施例1におけるコーティング膜3をTaN膜に変更したものである。比較例2Aは、実施例2における工程1を省略した場合である。比較例2Bは、実施例2における工程2を省略した場合である。比較例2Cは、実施例2における工程1、2の双方を省略した場合である。
【0017】
図3は、実施例1における基材2とコーティング膜3との接合箇所を拡大した透過電子顕微鏡写真であり、図4は、図3に示した領域RのTEM-EDX分析結果を示すグラフである。TEMはTransmission Electron MICROSCOPYの略である。EDXはEnergy-Dispersive X-ray spectroscopyの略である。図中の「nm」は「ナノメートル」を示す。図3における領域Rの、スキャン方向における一端R1は、図4における横軸の「Distance」が「0」の位置に対応する。スキャン方向は、厚さ方向に沿った方向であって、コーティング膜3から基材2に向かう方向である。これらは図5以降についても同様である。図5および図6は、それぞれ、比較例1Aにおける透過電子顕微鏡写真、および、かかる写真に示した領域RのTEM-EDX分析結果を示す。図7および図8は、それぞれ、比較例1Bにおける透過電子顕微鏡写真、および、かかる写真に示した領域RのTEM-EDX分析結果を示す。図9および図10は、それぞれ、比較例1Cにおける透過電子顕微鏡写真、および、かかる写真に示した領域RのTEM-EDX分析結果を示す。
【0018】
図3図10の評価結果に基づいて、実施例に係る多層構造体1の構造について以下考察する。図4に示されているように、基材2とコーティング膜3との間の介在層4には、特徴の異なる2つの層が形成されている。具体的には、コーティング膜3側には、コーティング膜3を構成する成分(すなわちSn)と、基材2を構成する成分(すなわちAlおよびMg)をと含有する混合層41が形成されている。かかる混合層41においては、アルミニウムを含有しないかほとんど含有しない層(以下、「MgOのみの層」と称する。)は生じていない。また、基材2側には、基材2を構成する成分(すなわちAlおよびMg)を含有する一方でコーティング膜3を構成する成分(すなわちSn)を含有しない中間層42が形成されている。かかる中間層42においては、マグネシウム含有率が、基材2や混合層41よりも高くなっている。このように、実施例に係る多層構造体1においては、以下の「特徴1」「特徴2」に示した構造的な特徴が見出される。なお、図4において、特徴1は領域S11に現れており、特徴2は領域S12に現れている。領域S11は混合層41に対応し、領域S11は中間層42に対応する。
・特徴1…基材2および混合層41よりもマグネシウム含有率が高い中間層42を有する。
・特徴2…基材2上にマグネシウム酸化物とアルミニウム酸化物との混合層41を有する(すなわち「MgOのみの層」を有しない)。
【0019】
すなわち、実施例に係る多層構造体1は、Al-Mg系金属材料である基材2と、他層よりもMgリッチな中間層42と、基材2とコーティング膜3との双方の成分を有する混合層41と、コーティング膜3とが、この順に配列した多層構造を有している。このような構造的な特徴は、希硫酸洗浄とNHプラズマ処理という2種類の前処理をこの順に行うことにより実現される。これにより、コーティング膜3の密着力が向上する。これに対し、図6に示されているように、比較例1Aにおいては、図4における領域S12に対応する領域S22には上記特徴2が現れているものの、領域S11に対応する領域S21には上記特徴1が現れていない。また、図8に示されているように、比較例1Bにおいては、領域S11に対応する領域S31には上記特徴1が現れておらず、領域S12に対応する領域S32にも上記特徴2が現れていない。さらに、図10に示されているように、比較例1Cにおいても、領域S11に対応する領域S41には上記特徴1が現れておらず、領域S12に対応する領域S42にも上記特徴2が現れていない。このように、比較例においては、実施例のような構造的特徴は生じていない。また、比較例においては、実施例に比して、コーティング膜3の密着力すなわち引張強度が大幅に低くなっている。
【0020】
図10は、工程1、2の双方を省略した場合のTEM-EDX分析結果を示す。ここで、Al-Mg系合金においては、製造工程中の熱処理により、表面にMgOを主成分とする皮膜を形成することが知られている。このため、図10に示されているように、マグネシウム含有率は、基材2から表層側に向かうにつれて高くなり、混合層41に対応する領域S42において最も高くなっている。そして、かかる領域S42における、コーティング膜3に近接する表層側から厚さ方向における大半の領域において、「MgOのみの層」(すなわちアルミニウムを含有しないかほとんど含有しない層)が形成されている。MgOは、一般的に、潮解性を有し、材質的に脆い。これが、密着力低減の原因になっているものと考えられる。
【0021】
一方、図1および図4を参照すると、実施例のように、領域S12すなわち混合層41と基材2との間に、マグネシウム含有率が高い領域S11すなわち中間層42を形成することで、混合層41における組成や構造の変動をブロックして上記のような「MgOのみの層」の生成を抑制し、その結果、高い密着力が得られるものと考えられる。このような、マグネシウム含有率が高い中間層42は、NHプラズマ処理によるマグネシウム誘導効果により形成されるものと考えられる。
【0022】
これに対し、図8は、工程1すなわち希硫酸処理のみを行った場合のTEM-EDX分析結果を示す。マグネシウムはアルミニウムよりもイオン化傾向が高いため、希硫酸処理によりマグネシウムが選択的に溶出することで基材2の表層側のマグネシウム含有率が低下し、これによりMgOの生成割合が低下している。しかしながら、領域S31に示されているように、マグネシウム含有率が高い中間層42が形成されていないため、上記のような効果は得られない。また、図6は、工程2すなわちNHプラズマ処理のみを行った場合のTEM-EDX分析結果を示す。この場合、工程1の希硫酸処理を省略することで、基材2の表層部におけるマグネシウム含有率の変化傾向が図10の場合と同様となる。すなわち、混合層41に対応する領域S22においてマグネシウム含有率が最も高くなる。この場合も、マグネシウム含有率が高い中間層42が形成されていないため、上記のような効果は得られない。また、図10と同様に、混合層41に対応する領域S22における表層側から厚さ方向における半分以上の領域において、上記のような「MgOのみの層」が形成されている。
【0023】
このように、本実施形態によれば、工程1すなわち希硫酸処理と、工程2すなわちNHプラズマ処理とを行うことで、上記の特徴1および特徴2の双方を備えた多層構造体1が形成される。これにより、アルミニウムとマグネシウムとを含有する金属製の基材2にコーティング膜3を設けた多層構造体1における、コーティング膜3の密着力を向上することが可能となる。
【0024】
ところで、発明者は、コーティング膜3の膜厚を種々変更して耐食性の評価実験を実施したところ、膜厚が薄い(例えば10nm程度)場合に多数の腐食が発生した一方で、膜厚を厚く(例えば50nm以上)することで良好な耐食性が得られることを確認した。図11に、腐食による錆51が発生した多層構造体1の光学顕微鏡写真を示す。図12に、コーティング膜3の膜厚と腐食発生状況との関係を示す。評価実験の条件は以下の通りである。アルミニウム板である基材2に酸化アルミニウム膜と酸化タンタル膜との二層構造のコーティング膜3を設けた試料を作成した。具体的には、酸化アルミニウム膜を、下層、すなわち、酸化タンタル膜の下地膜として、10nmの厚さで形成した。そして、かかる酸化アルミニウム膜の上に設けた酸化タンタル膜の厚さが異なる複数の試料を用意した。かかる試料を、80℃に加熱した1000倍希釈の希硫酸に、6.5時間浸漬した。
【0025】
図12の横軸は、コーティング膜3における酸化タンタル膜の膜厚を示す。したがって、図12の横軸の数値に10[nm]を加算すると、コーティング膜3の膜厚とほぼ等しくなる。図12の縦軸は、腐食発生状況としての腐食密度を示す。かかる腐食密度は、光学顕微鏡で倍率20倍の視野内から確認された錆51の個数密度である。図12に示された実験結果から明らかなように、酸化タンタル膜の膜厚を約40nm以上(より好ましくは50nm以上)とし、コーティング膜3の総膜厚を50nm以上(より好ましくは60nm以上)とすることで、腐食を良好に抑制することができることが確認された。
【0026】
このような腐食発生のメカニズムについて以下考察する。図13は、耐食性が良好な程度にコーティング膜3の膜厚が充分厚い場合の、多層構造体1の模式的な断面構造を示す。図14は、コーティング膜3の膜厚が薄すぎて耐食性が低下する場合の、多層構造体1の模式的な断面構造を示す。図15および図16は、図14に示した断面構造の場合の腐食発生メカニズムを示す。図13および図14に示されているように、コーティング膜3は、基材2のみならず、基材2上に付着した付着物52をも覆うように形成される。付着物52は、例えば、プラズマ処理やALD処理のチャンバにて生成される異物や、大気中の異物であり、有機成分や金属成分を含有するものである。付着物52の大きさは、数100nm~数10μm程度である。
【0027】
図14に示されているようにコーティング膜3の膜厚が薄すぎる場合、付着物52が、これを覆うコーティング膜3の一部とともに脱落することがある。すると、図15に示されているように、脱落箇所にてコーティング膜3に穴53が生じる。かかる穴53は、耐食性が低い膜欠陥となる。よって、図16に示されているように、穴53の位置にて、腐食により錆51が生成する。これに対し、図13に示されているように、コーティング膜3の膜厚が充分厚い場合、付着物52は、コーティング膜3により基材2上に保持されたままとなりやすくなる。このため、付着物52の脱落に伴う穴53の発生に起因する耐食性の低下が、良好に抑制され得る。
【0028】
(変形例)
本発明は、上記の実施形態や実施例(以下、「上記実施形態等」という。)に限定されるものではない。故に、上記実施形態等に対しては、適宜変更が可能である。以下、代表的な変形例について説明する。以下の変形例の説明においては、上記実施形態等との相違点を主として説明する。また、上記実施形態等と変形例とにおいて、互いに同一または均等である部分には、同一符号が付されている。したがって、以下の変形例の説明において、上記実施形態等と同一の符号を有する構成要素に関しては、技術的矛盾または特段の追加説明なき限り、上記実施形態等における説明が適宜援用され得る。
【0029】
本明細書において、「工程」との用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。「処理」あるいは「手順」との用語についても同様である。
【0030】
工程2のプラズマ処理と、工程3のコーティング膜3の形成とは、別々のチャンバにて行ってもよいし、同一のALDチャンバ内にて連続的に行ってもよい。
【0031】
上記実施形態等を構成する要素は、特に必須であると明示した場合や原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、構成要素の個数、量、範囲等の数値が言及されている場合、特に必須であると明示した場合や原理的に明らかに特定の数値に限定される場合等を除き、その特定の数値に本発明が限定されることはない。同様に、構成要素等の形状、方向、位置関係等が言及されている場合、特に必須であると明示した場合や原理的に特定の形状、方向、位置関係等に限定される場合等を除き、その形状、方向、位置関係等に本発明が限定されることはない。
【符号の説明】
【0032】
1 多層構造体
2 基材
21 表面
3 コーティング膜
4 介在層
41 混合層
42 中間層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16