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特開2024-25755質量スペクトルデータを取得するための方法及び質量分析システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025755
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】質量スペクトルデータを取得するための方法及び質量分析システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20240216BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20240216BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G01N27/62 X
G01N27/62 C
H01J49/42 500
【審査請求】有
【請求項の数】25
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023130878
(22)【出願日】2023-08-10
(31)【優先権主張番号】2211792.3
(32)【優先日】2022-08-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(71)【出願人】
【識別番号】508306565
【氏名又は名称】サーモ フィッシャー サイエンティフィック (ブレーメン) ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【弁理士】
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100144451
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 博子
(74)【代理人】
【識別番号】100162824
【弁理士】
【氏名又は名称】石崎 亮
(72)【発明者】
【氏名】クリスチャン テーイング
(72)【発明者】
【氏名】アレクサンダー マカロフ
(72)【発明者】
【氏名】デニス チェルヌイシェフ
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA04
2G041FA12
2G041GA03
2G041GA06
2G041GA08
2G041GA09
(57)【要約】
【課題】試料の質量スペクトルデータを取得するための方法を提供する。
【解決手段】本方法は、1つ以上のm/z部分範囲のセットの各m/z部分範囲の初期注入時間を含む注入時間の初期分布を決定すること、注入時間の初期分布の総時間が質量スペクトルデータを取得するための総利用可能注入時間を超えたと決定することに基づき、各m/z部分範囲の調整された注入時間を含む注入時間の調整された分布を決定すること、部分質量スペクトルデータセットを得るために、調整された注入時間分布に従って各m/z部分範囲について質量分析を実施することを含み、注入時間の調整された分布を決定することが、1つ以上のm/z部分範囲のセットに対する注入時間の調整された分布の総時間が総利用可能注入時間以下であるように、それぞれのm/z部分範囲についての初期注入時間のうちの少なくとも1つを低減することを含む。
【選択図】図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、前記m/z範囲が、1つ以上のm/z部分範囲のセットを含み、前記方法が、
1つ以上のm/z部分範囲の前記セットの各m/z部分範囲についての初期注入時間を含む注入時間の初期分布を決定することと、
前記注入時間の初期分布の総時間が前記質量スペクトルデータを取得するための総利用可能注入時間を超えたと決定することに基づいて、各m/z部分範囲についての調整された注入時間を含む注入時間の調整された分布を決定することと、
部分質量スペクトルデータセットを得るために、調整された注入時間分布に従って各m/z部分範囲について質量分析を実施することと、を含み、
注入時間の前記調整された分布を決定することが、1つ以上のm/z部分範囲の前記セットに対する注入時間の前記調整された分布の総時間が、前記質量スペクトルデータを取得するための前記総利用可能注入時間以下であるように、それぞれのm/z部分範囲についての前記初期注入時間のうちの少なくとも1つを低減することを含む、方法。
【請求項2】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、1つ以上の比較的長い初期注入時間を、1つ以上の比較的短い初期注入時間よりも大幅に低減することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、閾値注入時間を超える少なくとも1つの、好ましくは各々の初期注入時間を低減することを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、閾値注入時間を超える複数の初期注入時間をスケーリング係数だけ低減することを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、前記閾値注入時間を、前記スケーリング係数だけ低減された前記初期注入時間が前記閾値注入時間未満である各m/z部分範囲についての前記調整された注入時間として設定することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、
前記初期注入時間が前記閾値注入時間未満である各m/z部分範囲について、前記初期注入時間と前記閾値注入時間との間の差を合計することによって、総予備注入時間を決定することと、
前記総予備注入を分配することによって、前記初期注入時間が前記閾値注入時間を超える1つ以上のm/z部分範囲についての調整された注入時間を設定し、それによって、前記初期注入時間が前記閾値注入時間を超える前記1つ以上のm/z部分範囲についての前記初期注入時間を増加させることと、を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、
前記閾値注入時間を超える各初期注入時間の和sum_exceedingを決定することであって、前記閾値注入時間が、ITThrである、決定することと、
前記総利用可能注入時間からITThr以下である各初期注入時間を減算することによって、和sum_remainingを決定することと、
前記閾値注入時間を超える各初期注入時間を、昇順に、反復的に、
それぞれの初期注入時間old_ITから、
【数1】
を計算することによって、調整された注入時間new_ITを計算することと、
sum_exceedingをold_ITだけ減少させることと、
sum_remainingをnew_ITだけ減少させることと、によって、処理することと、を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記閾値注入時間が、前記1つ以上のm/z部分範囲間で等しく分割された前記総利用可能注入時間に等しい、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
m/z部分範囲が対象のm/z部分範囲であるという指示を受信することと、前記対象のm/z部分範囲について比較的高い調整された注入時間を設定することと、を更に含む、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、各それぞれのm/z部分範囲について前記初期注入時間を低減することを含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、各それぞれのm/z部分範囲について前記初期注入時間をスケーリング係数だけ低減することを含む、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
注入時間の前記初期分布を決定することが、自動利得制御(AGC)アルゴリズムに基づいて、各m/z部分範囲についての初期注入時間を決定することを含む、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、前記それぞれのm/z部分範囲に対するイオン存在量の指示に基づいて、m/z部分範囲についての前記初期注入時間を調整することを含む、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、前記それぞれのm/z部分範囲についての前記イオン存在量が単一のm/zピークによって実質的に引き起こされるという指示に基づいて、m/z部分範囲についての前記初期注入時間を低減することを含む、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
m/z部分範囲の各セットが、複数のm/z部分範囲を含み、m/z部分範囲の所与のセットにおける各m/z部分範囲が、m/z部分範囲の異なるセットのm/z部分範囲と少なくとも部分的に重複する、請求項1~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
異なるイオン光学系設定を使用して、それぞれのセットの1つ以上のm/z部分範囲について質量分析を実施することを含む、請求項1~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
各質量分析が、MS1質量分析である、請求項1~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
m/z部分範囲の前記セットの各々の前記m/z部分範囲が、前記m/z範囲に集合的に及ぶ、請求項1~17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記試料をクロマトグラフから受け取ることを含み、好ましくは、前記試料の時間依存性質量スペクトルデータを得るために、前記クロマトグラフから得られた1つ以上の試料に対して、請求項1~18のいずれか一項に記載の方法を1回以上繰り返すことを含む、請求項1~18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、前記方法が、
請求項1~19のいずれか一項に記載の方法を使用して、複数の部分質量スペクトルデータセットを得ることと、
前記複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることと、を含む、方法。
【請求項21】
前記複数の部分質量スペクトルデータセットを組み合わせることが、
m/z部分範囲の前記第1のセットの第1のm/z部分範囲とm/z部分範囲の前記第2のセットの第2のm/z部分範囲との交点内にあるエンドm/z値を決定することと、
前記単一の質量スペクトルデータセットに、
前記エンドm/z値と前記第1のm/z部分範囲のエンドポイントとの間からの質量スペクトルデータと、
前記エンドm/z値と前記第2のm/z部分範囲のエンドポイントとの間からの質量スペクトルデータと、を含めることと、を含み、
好ましくは、
前記方法が、前記第1及び/又は前記第2のm/z部分範囲内の同位体の分布に基づいて前記エンドm/z値を決定することを含み、かつ/又は
前記第1のm/z部分範囲と前記第2のm/z部分範囲との前記交点が、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域の少なくとも一部と、第2の応答プロファイルの前記比較的高い透過領域の少なくとも一部と、を含む、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記第1のm/z部分範囲及び前記第2のm/z部分範囲のうちのどちらがより高いイオン存在量に関連付けられるかを決定することであって、前記複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることが、前記より高いイオン存在量に関連付けられる前記第1のm/z部分範囲及び前記第2のm/z部分範囲のうちの1つからの前記質量スペクトルデータを前記単一の質量スペクトルデータセットに含めることを含む、決定すること、及び/又は
前記第1のm/z部分範囲及び前記第2のm/z部分範囲のうちのどちらがより高い信号対雑音比に関連付けられるかを決定することであって、前記複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることが、前記より高い信号対雑音比に関連付けられる前記第1のm/z部分範囲及び前記第2のm/z部分範囲のうちの前記1つからの前記質量スペクトルデータを前記単一の質量スペクトルデータセットに含めることを含む、決定すること、を含む、請求項20又は21に記載の方法。
【請求項23】
請求項1~22のいずれか一項に記載の方法を実施するように構成された、質量分析器と、プロセッサと、1つ以上の質量フィルタと、を備える、質量分析システム。
【請求項24】
請求項23に記載の質量分析システムの前記プロセッサによって実行されると、前記質量分析システムに、請求項1~22のいずれか一項に記載の方法を実施させる命令を含む、コンピュータプログラム。
【請求項25】
請求項24に記載のコンピュータプログラムを記憶した、コンピュータ可読媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、質量電荷比(mass-to-charge ratio、m/z)範囲にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法に関する。本開示はまた、かかる方法を実施するための質量分析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
Thermo Fisher Scientific(登録商標)によって製造されたOrbitrap(登録商標)質量分析器などのイオントラップ型質量分析器を使用する質量分析器では、空間電荷効果などのトラップの過剰充填による望ましくない効果を回避するために、分析器に入るイオンの数を特定の範囲に制限する必要がある。Orbitrap(登録商標)機器では、典型的にはトラップ(C-trap)がイオンを軌道トラップ質量分析器に注入する。かかるトラップは、しばしば「抽出トラップ」と称される。軌道トラップ機器での完全質量分析(mass spectrometry、MS)スキャンにおけるイオンの数又は全イオン電流(total ion current、TIC)の典型的なターゲット値は、1×106~3×106の範囲である。しかし、このような上限を設けると、当然ながら質量分析スキャンのダイナミックレンジ、並びに試料中のより低存在量の分析物について達成できる信号対雑音(signal-to-noise、S/N)比も制限される。この欠点は、非常に豊富な少数の種によってしばしば支配される生体試料の分析において特に顕著になる。例えば、ヒト血漿において、タンパク質血清アルブミンは、血漿タンパク質の約50%を構成している。試料中の低存在量種の効果的な分析には、優勢種の除去(全ての状況下で可能ではない場合がある)、又は高存在量種及び低存在量種の両方を分解するためにダイナミックレンジを増大させることのいずれかが必要となる。
【0003】
広いm/z範囲をカバーする通常のフルスキャンを記録するために、試料から導出されたイオンは、ある時間量にわたってトラップ(例えば、Cトラップ)内に蓄積され、次いで質量分析器(例えば、軌道トラップ質量分析器)内に注入される。イオンが蓄積される総時間(本明細書では「注入時間」と称される)は、典型的には、Cトラップ内の蓄積時間を制御する自動利得制御(automatic gain control、AGC)機構によって決定される。AGCは、典型的には、対象のm/z範囲の観察されたTIC並びに以前のスキャン(例えば、完全スキャン又は短い低分解能「プレスキャン」)の関連付けられた注入時間の両方を利用するが、イオントラップ内のイオンの規定数(AGCターゲット値とも称される)に到達するのに必要な注入時間を推定するために、追加の電位計デバイスを利用することもできる。TIC自体と同様に、得られる注入時間は、主に、試料中の最も高い存在量の種によって決定される。注入時間が全ての試料成分に等しく適用され、典型的にはm/z範囲からの全てのイオンが同時にイオントラップに入ることを考慮すると、より低い存在量の種は、全く分解されないか、又は低いS/N比で検出されるかのいずれかであるため、分析のダイナミックレンジが制限される。
【0004】
m/z範囲のS/N比並びにMSスキャンの全体的なダイナミックレンジを増加させるためのアプローチは、以前に説明されている。国際公開第2006/129083号は、複数の選択されたm/z範囲からのイオンの逐次注入と、それに続くイオンの結合試料の質量分析とを含み、AGC機構を使用してターゲット数のイオンを達成する方法を記載している。
【0005】
A.D.Southamら(Anal.Chem.2007,79,4595)は、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(Fourier transform ion cyclotron resonance、FT-ICR)質量分析、具体的には、直接噴射ナノエレクトロスプレー用途のためのダイナミックレンジを増加させ、続いて、複数の隣接する重複m/zウィンドウの連続注入及び質量分析を含み、これらのウィンドウをスティッチングし、連続フルスキャンスペクトルを生成する方法を記載している。この方法は、FT-ICR質量分析器の高い質量精度を保持するか又は更には改善することを主に目的とする、専用のスティッチングアルゴリズムを含む。
【0006】
F.Meierら(Nat.Methods 2018,15,440)は、「BoxCar」と称される取得方法を記載し、国際公開第2018/134346号は、類似のアプローチを記載している。これらの刊行物は、フルスキャンm/z範囲の区分からイオンを連続的に注入し、イオンの2つ以上の結合試料に対して質量分析を実施することによって、低存在量種のS/N及びフルスキャンの全体的ダイナミックレンジを増加させることを目的としており、これは、後に、後処理アルゴリズムによってともにスティッチされ、フルスキャンスペクトルを生成することができる。具体的には、広いm/z範囲が、複数の隣接する重複するm/zウィンドウに区分化され、これらは、交互に2つ以上の「BoxCarスキャン」(部分スペクトル)に割り当てられる。例えば、2つのBoxCarスキャンでは、ウィンドウ#1、#3、#5、...がスキャン#1に割り当てられ、ウィンドウ#2、#4、#6、...がスキャン#2に割り当てられる。各スキャンに対して、割り振られたウィンドウからのイオンが順次注入され、次いで質量分析器において集合的に測定される。F.Meierらは、プロテオミクス用途に焦点を当てており、著者らは、Q Exactive(登録商標)HFに対する標準的なフルスキャンと比較して、感度及び単位時間当たりに検出されるタンパク質の数に関して改善された性能を実証している。
【0007】
BoxCar法(国際公開第2018/134346号)は、確立されたワークフロー(プロテオミクスにおけるデータ依存取得など)に干渉することなく、かつ取得速度を損なうことなく、標準的なフルスキャンを置き換えるためのアプローチを提供しようとするものである。国際公開第2006/129083号に記載されているように、選択されたm/z範囲を、それらの逐次注入及び集団質量分析によって多重化する基本的な方法に基づいて、BoxCar法は、多重化された部分スキャンを取得することによって、フルスキャンのダイナミックレンジを効果的に増加させ得ることを実証している。部分スキャンにおける各m/zウィンドウは同じAGCターゲット値を有するため、AGCによって割り振られる個々の注入時間は、ウィンドウに含まれる種の存在量に大きく依存する。例えば、低存在量種には、高存在量種よりも長い注入時間が割り当てられ、それによって、低存在量種を優先して高存在量種の割合が低減され、利用可能な総イオン注入時間(標準的なフルスキャンの場合のように最も高い存在量の種によって制限されない)がより良好に利用される。
【0008】
前駆体m/zスキャン範囲を固定又は可変幅の複数のm/zウィンドウに分割する概念は、米国特許第8809770号、米国特許第9269553号、及び米国特許第9543134号に記載されている。米国特許第8809770号は、異なるm/z選択ウィンドウを使用して断片化スペクトルを生成し、断片化スペクトルのライブラリから既知の化合物を検索している。米国特許第9269553号及び米国特許第9543134号は、複数の断片化スペクトルを得るために、対象のm/z範囲全体をカバーする複数の広い前駆体m/z選択ウィンドウの使用を記載している。しかしながら、これらの文献のいずれも、前駆体の連続注入及び集団質量分析を通して、前駆体(MS1)スキャンのダイナミックレンジを増加させる態様に対処していない。特に、これらの文献の各々は、MS1法ではなく、MS2質量分析法を記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2006/129083号公報
【特許文献2】国際公開第2018/134346号公報
【特許文献3】国際公開第2006/129083号公報
【特許文献4】米国特許第8809770号公報
【特許文献5】米国特許第9269553号公報
【特許文献6】米国特許第9543134号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の手法は、質量スペクトルデータの取得における改善をもたらしたが、本開示の目的は、質量スペクトルデータを取得するための改善された方法を提供することである。特に、本開示の1つの目的は、質量スペクトルデータを得る際に高いダイナミックレンジを取得することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の一部の実施形態は、分析物試料イオンの注入時間を決定して、イオントラップ型質量分析器(例えば、イオンがトラップに入り、そこからToF質量分析器に放出される、軌道トラップ型質量分析器又はトラップ型飛行時間(time of flight、ToF))に入るイオンの数を制御する自動利得制御(AGC)機構を使用する質量分析(MS)に関する。注入時間は、「蓄積時間」又は「充填時間」とも称され得るパラメータである。イオントラップ型質量分析器の質量分析器に入るイオンの数は、計算された期間にわたって抽出イオントラップを充填することによって制御することができる。イオンは、抽出トラップから質量分析器に放出され、その結果、イオンは、指定された時間にのみ質量分析器に入ることができる。この計算された期間は、注入時間、蓄積時間、又は充填時間であり、本開示の一部の実施形態は、このパラメータの決定における改善に関する。
【0012】
本開示の一部の実施形態では、スキャン範囲の自動区分化が、高存在量信号を伴うm/z領域を低存在量信号を伴うものから分離するために使用され、したがって、試料の組成に従って、高ダイナミックレンジ(high dynamic range、HDR)ウィンドウ(本明細書ではm/z部分範囲とも称される)の動的な調整を可能にし得る。本方法は動的な調整を可能にするので、本明細書に記載される方法は、試料の組成が高度に時間依存性である場合(クロマトグラフィ実験の場合であり得る)に特に有利であり得る。BoxCar法などの以前の方法と比較して、動的m/zウィンドウの改善された割り振りを達成することができる。特に、本明細書に説明される実施形態は、m/z範囲の自動再区分化が、原則として、例えばスキャンごとに高周波数で行われることができるように、比較的に短い時間スケールで低存在量領域への動的な集束を可能にする。
【0013】
一般的な意味で、本開示は、m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法を提供する。本方法は、m/z範囲にわたって試料の質量スペクトルデータを受信することと、m/z範囲を複数のm/zビンに分割することと、質量スペクトルデータに基づいて、各m/zビンに対するイオン存在量の指標を決定することと、少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンを、形成されたm/z部分範囲に割り当てることによって、m/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲を形成することと、によって、m/z範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに区分化することであって、各セットが、1つ以上のm/z部分範囲を含む、区分化することと、を含む。本方法は、m/z部分範囲の各セットに対して、試料に質量分析を実施し、それによって、1つ以上の部分質量スペクトルデータセットを取得することを更に含む。質量スペクトルデータに基づいてこのようにm/z範囲を区分化することによって、質量分析のためのm/z部分範囲を動的に決定することができる。これにより、質量分析を実施するときに、高存在量種が低存在量種を支配することを防止するように、m/z部分範囲の複数のセットが迅速に決定されることが可能となる。m/z範囲をビンに分割し、次いでそれらのビンを一緒にグループ化することによってm/z範囲を区分化するこのプロセスは、「クラスタリング」と称され得る。この「クラスタリング」の結果は、一緒にグループ化される1つ以上のm/zビンであり、これは、その後、質量分析のためのm/z部分範囲を決定するために処理され得る。
【0014】
一部の実施形態では、質量分析のためのm/z部分範囲を形成するプロセスは、(i)全m/z範囲をビン(等距離であってもよい)に分割し、各ビンに対するTIC値(又は信号強度の任意の尺度などのイオン存在量の他の尺度)を決定することと、(ii)同様のTICの大きさのビンを種々のサイズのクラスタにグループ化することと、(iii)クラスタのリストを処理して、スペクトルをm/z部分範囲(m/zウィンドウ)に区分化することと、を含み得る。各反復において、全スペクトル範囲が区分化されることが好ましい。最終処理ステップ(iii)は、ステップ(ii)で形成されたクラスタよりも広いm/z部分範囲を形成することを含み得る。一部のシナリオでは、(BoxCar法と比較して)m/z部分範囲間の比較的に広い重複を使用することは、質量フィルタの側面領域(例えば、四重極の側面)内で得られたピークの強度を再スケーリングする必要性を回避することができる。その結果、HDR実験においてHDRフルスキャンと同時に標準フルスキャンを記録する必要がない。これにより、時間を節約することができ、ワークフローを後処理する必要性を低減することができる。
【0015】
したがって、一般論として、本開示はまた、m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法を提供し、m/z範囲は、m/z部分範囲の複数のセットを含み、各セットは、1つ以上のm/z部分範囲を含む。本方法は、m/z部分範囲の複数のセットの(例えば、第1のサブスキャンを実施するための)m/z部分範囲の第1のセットを決定することと、m/z部分範囲の複数のセットの(例えば、第2のサブスキャンを実施するための)m/z部分範囲の第2のセットを決定することと、を含み、第1のセットは、(少なくとも)第1のm/z部分範囲を含み、第2のセットは、(少なくとも)第2のm/z部分範囲を含む。本方法は、第1のm/z部分範囲に対応する第1の応答プロファイルを有する第1の質量フィルタを使用して、試料を質量フィルタリングし、m/z部分範囲の第1のセットにおけるイオンを単離することであって、第1の応答プロファイルは、比較的に高い透過領域及び1つ以上の比較的に低い透過領域を有する、単離することと、第1の部分質量スペクトルデータセットを得るために、m/z部分範囲の第1のセットにわたって試料に質量分析を実施することと、を更に含む。第1の質量分析は、第1のサブスキャンとして説明することができる。次いで、本方法は、第2のm/z部分範囲に対応する第2の応答プロファイルを有する第2の質量フィルタを使用して、試料を質量フィルタリングし、m/z部分範囲の第2のセットにおけるイオンを単離することであって、第2の応答プロファイルは、比較的高い透過領域及び1つ以上の比較的低い透過領域を有する、単離することと、第2の部分質量スペクトルデータセットを得るために、m/z部分範囲の第2のセットにわたって試料に対して質量分析を実施することと、を含む。第2の質量分析は、第2のサブスキャンとして説明され得る。
【0016】
第1の質量フィルタ及び第2の質量フィルタは、同じ質量フィルタ又は2つの異なる質量フィルタであり得る。例えば、第1及び第2の質量フィルタは、2つの四重極であってもよく、又は単一の四重極であってもよい。しかし、他の数及びタイプのフィルタを使用することもできる。好ましい実施形態では、単一の質量フィルタが使用され、各サブスキャンを実施する。しかしながら、一部の代替的な実装形態では、1つの機器を使用して1つのサブスキャンを実施することができ、別の機器に対して別のサブスキャンを実施することができ、得られた部分スペクトルをスティッチすることができる。
【0017】
m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定するステップは、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域に少なくとも部分的に重複するように、m/z部分範囲の第1及び第2のセットを設定することを含む。第1及び第2の応答プロファイルは、高透過領域が一致することを確実にするのに十分に高い程度の重複を伴って、m/z軸上で相互に隣接してもよい。応答プロファイルの比較的高い透過領域を重複させることによって、任意の所定のm/z値について、得られた質量スペクトルデータが、応答プロファイルの比較的高い透過部分から取得さされたことを確実にし得る。これは、質量フィルタの応答プロファイルの不完全な(例えば、台形の)性質が補償される必要がないことを意味するが、これは、データが、応答プロファイルの低透過側面の外側から得られているためである。したがって、必要とされるデータの後処理を少なくすることができる。
【0018】
m/z部分範囲の各セットは、1つ以上のm/z部分範囲を含み得る。m/z部分範囲のセットにわたる各サブスキャンについて、m/z部分範囲が順次注入され得る。注入される各m/z部分範囲について、質量フィルタは、好ましくは、個々に調整され、質量フィルタは、特定のm/z部分範囲に関連付けられる個々の応答プロファイルを有する。更に、HDRスキャンは、2つよりも多いサブスキャンを含み得る。例えば、m/z部分範囲の2つ、3つ、4つ、又はそれ以上の異なるセットが識別されてもよい。
【0019】
本開示の一部の実施形態は、質量スペクトル分析のための注入時間を調整するための方法を提供する。例えば、本開示の実施形態は、m/zウィンドウ間の累積未使用注入時間の再分配を可能にし、これにより、比較的低存在量のイオンを含有するm/z領域における感度を改良することができる。特に、AGCアルゴリズムが、利用可能な実際の時間を超える注入時間のセットを決定した場合、その注入時間のうちの少なくとも一部が低減され得る。これは、ダイナミックレンジを維持するために、特定の注入時間を他の注入時間よりも優先的に短縮することによって達成することができる。例えば、これは、注入時間の公平な分布(例えば、均等分布)よりも少ない注入時間が割り当てられたm/zウィンドウから「予備」注入時間を再分配することによって達成することができる。しかしながら、全ての注入時間は、等しい係数によって減少され得る。総利用可能注入時間は、ユーザ定義であり得、かつ/又は試料、実験などに基づき得、器具の繰り返し率によって制約され得る。例えば、繰り返し率は、各クロマトグラフィ(例えば、液体クロマトグラフィ(liquid chromatography、LC))ピークにわたって測定が必要とされる頻度に依存し得る。したがって、本開示の方法に従って注入時間を調整することは、利用可能な時間に対する制約を守り続けながら、利用可能注入時間の利用を改善することができる。
【0020】
したがって、一般化された用語では、本開示はまた、m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法を提供し、m/z範囲は、1つ以上のm/z部分範囲のセットを含む。本方法は、1つ以上のm/z部分範囲のセットの各m/z部分範囲についての初期注入時間を含む、注入時間の初期分布を決定することを含む。注入時間の初期分布の総時間が質量スペクトルデータを取得するために総利用可能注入時間を超えたと決定することに基づいて、本方法は、各m/z部分範囲についての調整された注入時間を含む注入時間の調整された分布を決定する。調整された分布における1つ以上の調整された注入時間は、初期分布の対応する初期注入時間と同じ(すなわち、等しい)であり得る。すなわち、全てのm/z部分範囲がその初期値から調整された蓄積時間を有するわけではない。むしろ、本開示の実施形態では、調整された分布の少なくとも1つの注入時間は、初期分布の対応する注入時間とは異なる。
【0021】
次いで、本方法は、部分質量スペクトルデータセットを得るために、調整された注入時間分布に従って各m/z部分範囲について質量分析を実施することを含む。注入時間の調整された分布を決定することは、1つ以上のm/z部分範囲のセットに対する注入時間の調整された分布の総時間が、質量スペクトルデータを取得するための総利用可能注入時間以下であるように、それぞれのm/z部分範囲についての初期注入時間のうちの少なくとも1つを低減することを含む。
【0022】
部分質量スペクトルデータセット(別々のサブスキャンから得られたデータ)を組み合わせて、全スキャン範囲をカバーするMSデータを提供することができる。したがって、本開示はまた、2つ以上の部分質量スペクトルデータセットをオンザフライでHDRフルスキャンに変換するために使用され得るスキャンスティッチング手順を提供し、これは、取得後ソフトウェアツールによって標準的なフルスキャンのように処理され得る。したがって、追加の、潜在的に時間のかかる後処理ステップを低減又は回避することができる。スティッチング手順では、本明細書に記載のHDR手法を使用して得られたときに別個の部分質量スペクトルデータセットから生じる2つの隣接するm/z部分範囲が、それらの重複領域で互いにスティッチされる。この重複領域内のスティッチング境界は、可変であってもよく、両方のウィンドウの境界領域に生じる同位体分布を保存するように最適化することができる。
【0023】
本開示はまた、ハイブリッド手法を提供する。ハイブリッド手法は、m/z範囲の標準的なフルスキャンと、選択された非重複m/z部分範囲を含む単一の(又は少数の)HDR「ズーム」スキャンとを取得することを含む。標準的なフルスキャンは、定量化のための基準点として使用することができる。場合によっては、標準的なフルスキャンは、それ自体で、非常に豊富なピークについての十分な情報を提供することができる。HDR「ズーム」スキャンは、フルスキャンの疎領域又は特定の対象領域へのより深い洞察を提供することができる。標準的なフルスキャンにおけるこれらの領域は、ハイブリッドHDRフルスキャンを得るために、HDRサブスキャン(又は複数のサブスキャン)からの対応するm/zウィンドウと置き換えられ得る。このハイブリッドHDRワークフローが2つのスキャンイベントを含む場合、スキャンレート性能は、2つのHDRサブスキャンを使用する手法と同等であり得る。
【0024】
したがって、一般的な意味で、本開示はまた、m/z範囲にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法を提供し、当該方法は、m/z範囲にわたって試料に対して第1の質量分析を実施し、それによって第1の質量スペクトルデータセットを取得することと、m/z範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに区分化することであって、各セットは、1つ以上のm/z部分範囲を含む、区分化することと、m/z部分範囲の各セットに対して、試料に対して質量分析を実施し、それによって、1つ以上の部分質量スペクトルデータセットを取得することと、を含む。したがって、第1の質量スペクトルデータセットは、m/z範囲全体にわたって試料についての情報を提供することができ、一方、1つ以上の部分質量スペクトルデータセットは、全m/z範囲の特定の部分範囲に対する「ズームイン」スキャンとして機能することができる。区分化は、第1の質量スペクトルデータセットに基づいて、上述のように実施され得る。区分化は、以前の質量スペクトルデータセット(例えば、同じ試料に対して実施された以前のスキャンから得られた)に基づいて実施することもできる。第1の質量スペクトルデータセット及び1つ以上の部分質量スペクトルデータセットは、一緒にスティッチされて、単一のフルスキャンの効果的に増強されたバージョンである質量スペクトルデータセットを提供し得る。
【0025】
上記の利点及び他の利点は、以下の詳細な説明から明らかになるであろう。
【0026】
ここで、本開示を、添付の図を参照して、例として説明する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1A】質量スペクトルデータを取得するための方法を示す。
図1B】スキャン範囲を区分化するための方法を示す図である。
図2】四重極透過側面の幅と分離幅との間の関係を示す。
図3A】m/z範囲を区分化する方法の例を示す。
図3B】m/z範囲を区分化する方法の例を示す。
図3C】m/z範囲を区分化する方法の例を示す。
図3D】m/z範囲を区分化する方法の例を示す。
図3E】m/z範囲を区分化する方法の例を示す。
図3F】m/z範囲を区分化する方法の例を示す。
図3G】m/z範囲を区分化する方法の例を示す。
図4A】四重極透過側面を概略的に示す。
図4B】m/z部分範囲に対する応答プロファイルのセットを示す。
図5】本明細書に記載される方法を実装するための質量分析システムを概略的に示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
BoxCar法などの既存のアプローチは、フルスキャンのダイナミックレンジ及び信号対雑音比を効果的に増加させるための基本的なアプローチを表している。しかしながら、公知のシステムは、典型的には、連続フルスキャンスペクトルを生成するための完全なオンライン(すなわち、MS機器に限定される)ワークフローを提供しておらず、(部分的スペクトルとは対照的に)フルスキャンスペクトルを得るために、実際のデータ取得に先立って、後処理ソフトウェア及び/又は較正作業が要求される場合がある。対照的に、本開示の実施形態は、各用途に対して個々に較正する必要なく、種々の用途のための高ダイナミックレンジフルスキャンを生成することが可能な包括的オンラインワークフローを実装するために使用することができる。これにより、ユーザ時間を節約することができるだけでなく、フルスキャン上で動作するように設計されたアルゴリズムを考慮して、フルスキャンの更なるオンライン分析を可能にすることもできる。
【0029】
本明細書で説明される高ダイナミックレンジ(HDR)スキャン方法は、標準的なフルスキャンと比較して、改善されたダイナミックレンジを有するフルMSスキャンを記録及び処理するための改善された手法を提供する。HDRスキャンプロセッサは、(a)全スペクトルを分析し、低信号を有するm/z領域から高信号を有するm/z領域を分離することによってHDRスキャンをセットアップし、(b)AGCを拡張することによって利用可能な試料注入時間を完全に利用し、(c)分離されたm/z領域のサブセットをそれぞれ含むHDRスキャン部分を互いにスティッチするためのアルゴリズムステップを実装する。結果として得られるスキャンは、標準的なフルスキャンの代替として使用することができるHDRフルスキャンスペクトルである。本明細書に説明される方法は、確立された質量分析システム及びワークフローと互換性があり、追加の前処理較正ステップ及び後処理再スケーリング又はスティッチングステップの必要性を低減する。
【0030】
本明細書に記載されるHDR方法が特に有利であるシナリオは、低い試料負荷を用いた実験、特に単一細胞プロテオミクスにおけるものである。最も豊富な1000~3000個のタンパク質の既知のセットは、単離された前駆体の専用のMS2スキャンを必要とすることなく、HDRスキャンのみによって完全に分析することができた。各フルスキャン後の全イオン断片化スキャンは、試料成分に関する更なる情報を得るのに十分であり得る。
【0031】
増大したダイナミックレンジとは別に、HDRフルスキャンはまた、標準的なフルスキャンと比較して、MS2スキャンの注入時間のより良好な予測を可能にする。その理由は、標準的なフルスキャンでは、イオン光学設定(Sレンズ又はイオンファンネルのRF振幅など)がスペクトルm/z範囲の下端に向かって調整され、より高いm/z領域におけるイオンの透過を潜在的に低下させるためである。対照的に、より高いm/z領域から単離された前駆体のMS2スキャンでは、前駆体の透過は、はるかに狭い単離されたm/z範囲に起因して、より高くなる可能性が高い。したがって、AGCが、標準的なフルスキャンに基づいて、狭いm/zウィンドウ内の前駆体の注入時間を予測するとき、結果として生じる注入時間は、TICの過小推定に起因して、高すぎる場合があり、MS2スキャン内の実際のTICは、適宜、所望のAGCターゲットをオーバーシュートする場合がある。しかしながら、HDRスキャンでは、イオン光学設定(例えば、RFなど)は、各ウィンドウ(各m/z部分範囲)に対して個々に設定することができ、これにより、フルスキャンとMS2スキャンとの間の透過差が減少し、結果として、AGCの性能を改善する。
【0032】
したがって、本開示はまた、MS1スキャンに基づいてMS2スキャンにおけるAGC注入時間を制御する方法を提供し、ここで、イオン光学系設定は、m/z範囲にわたって変化する。HDR方法は、改善されたAGC予測精度を提供することができるが、これは、MS1スキャンは、より小さい質量ウィンドウを有する少数の注入の組み合わせによって実施することができ、これにより、通常狭い質量ウィンドウが選択される場合に、SIM又はMS2スキャンと比較して、イオン光学系設定の差が低減されるためである。例えば、本方法は、m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料のMS2質量スペクトルデータを取得するための方法として一般的な用語で説明することができ、当該方法は、m/z部分範囲のセットの各m/z部分範囲について試料に対して1つ以上の第1の質量分析を実施し、それによって1つ以上の部分質量スペクトルデータセットを取得することであって、各第1の質量分析は、m/z部分範囲のそれぞれのセットの各m/z部分範囲についてイオン光学系セットを用いて実施されるMS1質量分析である、取得することと、m/z部分範囲のMS2セットの各m/z部分範囲について試料に対して第2の質量分析を実施することであって、第2の質量分析は、m/z部分範囲のMS2セットの各m/z部分範囲についてイオン光学系セットを用いて実施されるMS2質量分析である、実施することと、を含む。m/z部分範囲のMS2セットは、1つ以上の部分質量スペクトルデータセットに基づいて決定され得る。第1の質量分析は、本明細書に記載されるHDRスキャンであってもよい。
【0033】
複数の前駆体m/zウィンドウの使用に関して、公知の方法(米国特許第8809770号、米国特許第9269553号、及び米国特許第9543134号に説明されるものなど)は、断片化(MS2)スキャン及び関連データ非依存ワークフローを向上させるために選択m/zウィンドウを採用する一方、本開示の一部の(但し、全てではない)実施形態は、前駆体(MS1)スキャンを改良することを目的とする。本明細書に記載されるHDR方法は、概して、選択された前駆体の断片化スキャンについてのいかなる仮定も必要としない。むしろ、本明細書に説明されるHDR方法は、共通「上位N」データ依存実験と併せて使用することができ、前駆体は、前駆体サーベイスキャンから選択され、断片化されて、生成イオンスペクトルを得る。
【0034】
より具体的には、既存の解決策は、以下の制限を有する。
スキャン範囲の区分化:「BoxCar」方法において多重化されるm/zウィンドウ又は部分範囲は、多くの場合、固定されており、対象のm/z範囲にわたる種の典型的な分布に応じて、特定の試料又は用途(例えば、F.Meierらにおけるプロテオミクス)のために事前に決定/最適化する必要がある。また、固定されたウィンドウのセットは、所与のアプリケーションタイプに対して最適化された場合であっても、注入された試料の組成が時間とともに自然に変化するクロマトグラフィを含む取得中に常に最適であるとは限らない。更に、国際公開第2018/134346号はデータ依存区分化に言及しているが、高存在量種がm/z軸上の狭い領域に割り当てられるように区分化が行われることが説明されている。しかしながら、このアプローチは、多くの試料内のピークの現実的な分布を反映しない場合がある。したがって、本明細書で説明される自動区分化アルゴリズムは、より高い柔軟性を提供し、より一般的に適用可能である。特に、国際公開第2018/134346号は、「m/z軸上の狭い領域」に割り当てられる「高存在量種」のみに焦点を当てているため、そこに開示される方法は、低存在量の残りから明らかに分離される明確に定義された狭いm/z領域に存在する少数の高存在量種を有する試料に効果的に制限されている。しかしながら、これは、ほとんどの試料の実際的な現実を反映する可能性は低く、注入時間は、最も顕著な信号だけでなく、ウィンドウの全体的なTIC(含まれる信号の合計強度)に基づいて決定される。したがって、低存在量の信号を有するより大きいウィンドウは、高存在量の種を有するより小さいウィンドウよりも長い注入時間を有する場合がある。本開示は、区分化手順においてこれを考慮に入れることができる。更に、国際公開第2018/134346号は、区分化が種の「低」存在量と「高」存在量との間の二分決定に基づくことを示唆しているが、これは極端な場合である。典型的には、広範囲の存在量が観察され、種々の強度の信号が所与のm/zウィンドウにわたって頻繁に重複する。したがって、高存在量の種が「実際に存在する唯一の種」であるようにウィンドウを調整することは、めったに(あるいは特定の用途でのみ)可能ではない。対照的に、本開示は、そのイオン存在量分布に基づいて、所与のスペクトルを自動的に(ユーザ介入又は事前知識を伴わずに)区分化し得る、広く適用可能な技術を提供する。
【0035】
m/zウィンドウのスティッチ:m/zウィンドウからのイオンは、典型的には、四重極によって分離され、その透過プロファイルは、理想的なboxcar形状ではなく、台形形状を有する。台形側面の幅は、典型的には、分離幅とともに増加する。結果として、台形の立ち上がりエッジ及び立ち下がりエッジで検出されたイオンの強度は、相対存在量の歪みを回避するために補正する必要があり、補正関数は、選択されたウィンドウのセットに対して事前に決定する必要があるか、又は多重HDRスキャンにおけるピーク強度と後処理分析における標準的なフルスキャンにおけるピーク強度との間の比較から導出する必要がある。第1の選択肢は、m/zウィンドウの固定されたセットでのみ適用可能であり、専用の較正手順を必要とし、一方、後者の選択肢は、分析中に規則的な間隔で標準的なフルスキャンの取得を必要とし、これは、実験を更に遅くする可能性がある。対照的に、本明細書に説明される実施形態は、更なるスキャン又は較正の必要性を低減することができる。
【0036】
AGCによる注入時間の決定:例えば、Exactive(登録商標)及びExploris(登録商標)機器上のAGCの既知の実装形態では、各多重化m/zウィンドウは、個々の最大注入時間(最大ITと称される)を割り当てられ得る。ユーザインターフェースにおいて更なるパラメータを公開することなく、標準的なフルスキャンをHDRフルスキャンで容易に置き換えるために、スキャンのためにユーザによって指定された最大ITは、m/zウィンドウに均等に分配され得る。しかしながら、より高いTICを有するウィンドウは、それらの最大IT割り振りによって与えられる上限を下回る注入時間を割り当てられ得るため、スキャン全体のための全体的な最大ITは、完全な範囲まで利用されない場合がある。例えば、100msの全体的な最大IT及び10m/zウィンドウでは、各ウィンドウは、10msの個々の最大ITを割り当てられる。AGCが高TICウィンドウに対して1msのみの注入時間を決定した場合、利用可能注入時間を完全に利用してそれらの低TICを補償する必要性がより大きいため、残りの9msは、他の低TICウィンドウによって利用され得る。ウィンドウの半分が5msしか使用しない場合、未使用時間は更に累積して25msになる。したがって、一部の実施形態では、複数のm/z部分範囲に必要な総ITが利用可能な総ITを超えたと決定された場合、少なくとも1つのm/z部分範囲のITを低減して、総ITを限度内にすることができる。一部の実施形態では、「予備」注入時間は、等しい割り振りよりも少ない注入時間を有する部分範囲から分配され得る。
【0037】
上記で概説したような既存の解決策の制限に対処し、したがって、全体的なHDRスキャンワークフローを作成するために、本開示は、元の「BoxCar」方法に対する種々の拡張を提案するものである。図1Aには、HDRスキャンを実施する一般的な概念を示すフローチャートが示されている。特に、図1Aは、高ダイナミックレンジ(HDR)スキャンの基本的なワークフローを示す。サブスキャンステップ(#i、#M+i、#2×M+i、...)の記録のシーケンスは、国際公開第2018/134346号の図1Aに示されるBoxCarシーケンスと同様である。
【0038】
スキャン範囲の自動区分化
本開示の実施形態は、全m/z範囲にわたるTIC分布に基づいて、対象スキャン範囲を複数のm/z部分範囲に自動的に区分化し、それにより、可変の位置及び幅のm/z部分範囲を選択し、これらのm/z部分範囲を試料の時間依存性組成に動的に適合させることが可能になる。本開示は、図1Aに示すように、所与のm/z範囲を、通常、重複しているm/z部分範囲のセットに区分化し、次いで、これらのm/z部分範囲からのイオンを2つ以上の多重化サブスキャン(部分スキャン)において連続的に注入するために使用され得るアルゴリズムを提供する。HDRアルゴリズムは、以下の入力パラメータを受け入れる。
【0039】
【表1】
【0040】
本アルゴリズムは、m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法を提供する。本方法は、m/z範囲にわたって試料の質量スペクトルデータを受信することによって開始する。最初に、アルゴリズムは、(フルスキャン範囲)質量スペクトル(FM~LM)をサイズmin_width/2のm/zビンに分割し、各ビンのピーク強度の合計としてTICを計算する。最も高いTICビンから始めて、TIC値の降順に進んで、同様の大きさのTICを有する隣接するビンが一緒にクラスタリングされる。区分化手順の目的は、低強度領域を解明するためにより多くの(注入)時間を費やすことができるように、低強度領域から高強度領域を分離することである。したがって、一般論として、本方法は、m/z範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに区分化し、各セットは1つ以上のm/z部分範囲を含む。区分化は、m/z範囲を複数のm/zビンに分割することと、質量スペクトルデータに基づいて、各m/zビンに対するイオン存在量の指示を決定することと、少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンを形成されたm/z部分範囲に割り当てることによって、m/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲を形成することと、によって達成される。
【0041】
特に、m/z範囲を区分化することは、(i)複数のm/zビンのうちの初期m/zビン(例えば、最も高いイオン存在量を有する)を識別することと、(ii)初期m/zビンに隣接する(直接隣接する、又は任意選択で、直接隣接しない1つ以上の介在ビンを伴う)1つ以上のm/zビンが、少なくとも閾値度まで初期m/zビンのイオン存在量に対応するイオン存在量を有すると決定することと、(iii)初期m/zビン及び初期m/zビンに隣接する1つ以上のm/zビンを形成されたm/z部分範囲に割り当てることと、を含み得る。
【0042】
このプロセスは、対応するイオン存在量を有するm/zビンのクラスタを形成することができる。第1のクラスタについてこれが完了すると、複数の異なるクラスタを形成するために、m/z範囲の残りに対してプロセスを反復することができる。複数の異なるクラスタは、クラスタのリストLとして記憶され得る。したがって、本方法は、形成されたm/z部分範囲の補完を形成することを更に含み得る。形成されたm/z部分範囲の補完は、形成されたm/z部分範囲を除外する全m/z範囲のm/z値のセットである。すなわち、m/z範囲がm/z1からm/z4に及び、形成されたm/z部分範囲がm/z2からm/z3に及び、m/z4>m/z3>m/z2>m/z1である場合、形成されたm/z部分範囲の補完は、m/z1からm/z2に及ぶm/z値のセットと、m/z3からm/z4に及ぶm/z値のセットとからなるが、補完は、m/z2からm/z3に及ぶm/z値のセットを含まない。ステップ(i)、(ii)、及び(iii)は、形成されたm/z部分範囲の補完に対して繰り返され、それによって、m/z部分範囲の1つ以上のセットの更なるm/z部分範囲を形成することができる。これは、形成されたm/z範囲の補完を反復的に形成し、形成されたm/z部分範囲の各連続補完に対してステップ(i)、(ii)、及び(iii)を繰り返し、それによって、m/z部分範囲の1つ以上のセットの複数の更なるm/z部分範囲を形成することによって、繰り返すことができる。
【0043】
このアルゴリズムでは、現在処理されているビンのTICの半分の閾値Tが使用され(T=0.5×start_tic)、これは、TIC≧Tを有する全ての隣接ビンがクラスタに追加されることを意味する。すなわち、より豊富なm/zビンのイオン存在量に対するより豊富でないm/zビンのイオン存在量(例えば、総イオン電流から推測され得る)の所定の比率である、m/zビン間の閾値一致度が存在し得る。この所定の比は、許容可能な一致度が得られることを確実にするために、好ましくは少なくとも0.5である。
【0044】
更に、Tを超えないが、2つの互換性のあるビンの間にある単一のビンも、最小幅要件を満たさない部分範囲へのスペクトルの過剰区分化を回避するために、クラスタに追加される。特に、本明細書に記載される方法は、有利には、第1のm/zビン及び第2のm/zビンが少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有すると決定することを含み得る。第1のm/zビンと第2のm/zビンとの間(例えば、直接間)の第3のm/zビンが、少なくとも閾値度まで、第1及び第2のm/zビンのイオン存在量に対応しないイオン存在量を有すると決定することと、第1、第2、及び第3のm/zビンを単一のm/z部分範囲に割り当てることと、を含み得る。
【0045】
ビンサイズに対して完全な最小幅min_widthの代わりに半分の幅を使用する理由は、現在処理されているビンのいずれかの側の同様のTICの大きさのビンをクラスタに追加して最小幅に到達することができるため、半分の幅がクラスタリングステップに関する柔軟性を増加させるからである。クラスタが最小幅に達しない(すなわち、1つのビンのみを含む)場合、クラスタは、いずれかの側でmin_width/4だけ対称的に拡張されるか、又はビンの強度加重m/z重心を使用し、合計min_width/4だけ拡張することによって非対称的に拡張される。
【0046】
他のビンサイズ(min_width/N、N=整数≧1)を使用することもできる。2の整数は、隣接するビンを一緒にクラスタリングする(すなわち、隣接するビンを左側又は右側で結合する)ときにより多くの柔軟性を提供し、同時に、min_width要件を満たさない多くのウィンドウをもたらすスペクトルの過剰区分化を防止するために好ましい。複数のm/zビンの各々は、ユーザによって構成可能である幅を有し得、及び/又は複数のm/zビンの各々は、(例えば、ユーザによって)あらかじめ定義された最小幅の半分である幅を有する。
【0047】
図1Bは、クラスタのセットがどのように処理され得るかを示している。最高TICクラスタから開始し、TIC値の降順に進んで、リストL内の複数の利用可能なクラスタを使用して、(フル)スキャン範囲を複数のm/z部分範囲に区分化し、主に、信号がまばらである領域から高TICのm/z領域を分離することを目的とする。TICクラスタを選択し、区分化されたスキャン範囲を計算するとき、選択されたクラスタは、リストSに記憶され、スキャン範囲全体をカバーする区分化されたm/z部分範囲のセットは、リストPに記憶される各反復において、Sにおける既存のクラスタと重複しないリストLからの新しいクラスタが、Lから選択され、Sに追加される。Sにおけるクラスタは、スキャン範囲を(再)区分化するために、m/zの昇順で反復的に処理される。その結果、Sが新しいクラスタによって拡張されるたびに、m/z部分範囲のリストPが新たに生成される。
【0048】
各反復において、クラスタは、少なくとも1つ、多くとも3つの部分範囲(クラスタ自体を含む)をPに追加する。クラスタが1つ又は2つの既存の境界に接している場合、すなわち、クラスタがP又はFM又はLMの既存の部分範囲で開始及び/又は終了する場合、1つ(2つの境界に接している場合)又は2つ(1つの境界に接している場合)の部分範囲がPに追加される。クラスタが既存の境界に接していない場合、クラスタ自体とともに2つの補完ウィンドウが全m/zスキャン範囲をカバーするために必要とされるため、3つの部分範囲が追加される。
【0049】
すなわち、(前述のように、m/zビンのTICに基づいて)クラスタのリストLを構築すると、アルゴリズムは、Lから最も高いTICクラスタを選択し、これを選択されたクラスタSのリストに追加する(第1の反復では、1つのクラスタのみを含む)。次いで、m/zの昇順でクラスタを処理することによって、S内のクラスタのみ(すなわち、最初は1つのクラスタのみであるが、更なるクラスタが後続の反復に含まれる)を使用して(再)区分化のステップが実施され、区分化されたスキャン範囲Pが生成される。各反復において、クラスタが少なくとも1つ、多くとも3つの部分範囲を追加する(最大で3つの部分範囲を1回だけ追加することができる)という原理によれば、単一のクラスタがスキャン範囲の中間のどこかにある(すなわち、クラスタがフルスキャン範囲の上限又は下限と一致しない)場合、Pの第1のバージョンは3つのm/zウィンドウを含み、すなわちn=3である。
【0050】
次に、4つ以上のウィンドウが必要な場合(n<N)、Sのどのクラスタとも重複しない次に高いTICクラスタをLから選択し、そのクラスタを選択されたクラスタSのリスト(2つのクラスタを含む)に追加することによって、プロセスが繰り返される。次に、(再)区分化ステップが再び最初から実施され(すなわち、前の反復からのPが破棄される)、Pの新しいバージョンが作成される。上記の規則によれば、P内に最大5つのm/zウィンドウが存在することができ(すなわち、n=5)、又はS内の2つのクラスタが互いに又はスキャン範囲の境界に接している場合には、それよりも少ない場合がある。このプロセス全体は、n=Nまで、又はn>Nまで反復される(この場合、n<Nを与えるPの前のバージョンが使用される)。したがって、利用可能なクラスタは、Pにおいて所望の数の部分範囲Nに達するまで処理される。Nに正確に達することができない場合、Nを超えない最良の解が(すなわち、Pの前のバージョンを使用することによって)選択される。すなわち、本方法は、形成されたm/z部分範囲の総数が、m/z部分範囲の1つ以上のセットにおけるm/z部分範囲の事前定義された総数(N、固定、ユーザ定義、又は動的に変化することができる)以下になるまで、m/z部分範囲を繰り返し形成することを含み得る。Pに含まれるm/z部分範囲は、HDRサブスキャンを設定するために使用される。
【0051】
図1Bに示されるもの以外の更なる基準が適用されてもよい。例えば、図1Bに示されず、区分化手順の後に適用され得る1つの基準は、以下の通りであり、すなわち、ウィンドウの数nは、HDRサブスキャンの数以上でなければならない(そうでなければ、HDR取得を行うことができない)。この基準が満たされない場合、例えば、同様のTICの大きさのm/zビンをクラスタリングするための増加した閾値を用いて(例えば、閾値を0.5から0.75又は0.9に増加させて)、区分化手順を繰り返すことができ、それによって、より多数の別個のクラスタを実施しようとする。
【0052】
(m/z範囲を区分化するために使用される)リストL、S、及びP内のm/z部分範囲は、予備的部分範囲と称され得る。完全なm/z範囲を区分化するプロセスにおいて使用される任意のm/z部分範囲は、予備的m/z部分範囲として説明され得る。予備的部分範囲は、場合によっては、最終的なm/z部分範囲と同一であってもよい。しかしながら、場合によっては、予備的m/z部分範囲が、上記のアルゴリズムに基づいて決定されてもよく、次いで、予備的m/z部分範囲は、質量分析のために使用されるm/z部分範囲の最終セットを形成する前に調整されてもよい。
【0053】
上述のように、本明細書に記載の区分化手順では、m/zビンの単一のクラスタから最大3つのm/z部分範囲を形成することができる。一般化すると、それぞれの予備的m/z部分範囲(例えば、リストS内の部分範囲)に基づいて、m/z部分範囲の1つ以上のセットの1つ以上のm/z部分範囲を形成することは、それぞれの予備的m/z部分範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに割り当てることと、m/z部分範囲の1つ以上のセットに、それぞれの予備的m/z部分範囲に隣接する(例えば、いずれかの側で境界を接する)1つ又は2つのm/z部分範囲を割り当てることと、を含み得、それぞれの予備的m/z部分範囲に隣接する1つ又は2つのm/z部分範囲の各々は、それぞれの予備的m/z部分範囲の一端から更なる予備的m/z部分範囲の一端まで延在する。このプロセスは、高存在量領域を低存在量領域から分離しながら、m/z範囲に及ぶm/z部分範囲のリストを提供するために使用することができる。好ましくは、本方法は、それぞれの予備的m/z部分範囲に隣接する1つ又は2つのm/z部分範囲のうちの1つのうちの少なくとも1つの幅を増加させることを更に含む。これは、以下で更に詳細に論じるように、重複するm/z部分範囲が得られることを確実にすることができる。
【0054】
区分化プロセスにおいて、m/z部分範囲サイズは、好ましくは、線形関係overlap_offset+overlap_factor×window_widthによって概して計算される所望の部分範囲の重複を考慮するように自動的に調整される。本質的には、最初に、非重複クラスタが形成され、次に、このステップは、前のステップで発見された非重複クラスタに対する所望の重複度を決定する。m/z部分範囲がリストに追加されると、アルゴリズムは、現在のm/z部分範囲又は前のm/z部分範囲(すなわち、左側の隣接するm/z部分範囲)が調整されるかどうかを決定する。
【0055】
両方の部分範囲が同じサイズを有する場合、より高いTICを有する部分範囲が(現在の部分範囲の下側境界を減少させることによって、又は前の部分範囲の上側境界を増加させることによって)調整される。
【0056】
現在の部分範囲が前の部分範囲よりも大きい場合、現在の部分範囲について計算された重複を使用して、前の部分範囲の上側境界が調整される(増加される)。
【0057】
前の部分範囲が現在の部分範囲よりも大きい場合には、前の部分範囲について計算された重複を使用して、現在の部分範囲の下方境界が調整される(減少される)。
【0058】
区分化プロセスは、最初に、少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンを第1の予備的m/z部分範囲(例えば、初期クラスタ)に割り当てるステップと、少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンを第2の予備的m/z部分範囲(例えば、第2のクラスタ)に割り当てるステップと、を含むものとして説明され得る。次いで、本方法は、第1の予備的m/z部分範囲が第2の予備的m/z部分範囲と重複すると決定することと、それぞれのm/zビンをm/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲に割り当てることなく、第2の予備的m/z部分範囲を破棄すること、を含み得る。これは、重複しない予備的m/z部分範囲が得られることを確実にする。次いで、これらの重複しない予備的m/z部分範囲を上述のように処理して、所望の重複度を得ることができる。
【0059】
本開示の方法は、初期m/zビン及び初期m/zビンに隣接する1つ以上のm/zビンを割り当てて、第1の予備的m/z部分範囲を形成することを含み得る。m/z部分範囲を形成することは、第1の予備的m/z部分範囲の幅を増加させることによって、m/z部分範囲を形成すること、及び/又は第1の予備的m/z部分範囲に隣接する第2の予備的m/z部分範囲の幅を増加させることによって、m/z部分範囲を形成することのうちの少なくとも1つを含み得る。この手順は、重複し合うウィンドウが、最初は非重複ウィンドウから形成されることを確実にすることができる。
【0060】
本方法は、第1の予備的m/z部分範囲と、第1の予備的m/z部分範囲に隣接する第2の予備的m/z部分範囲とが同じ幅を有すると決定することと、第1の予備的m/z部分範囲及び第2の予備的m/z部分範囲のうちのどちらがより高いイオン存在量に関連付けられるかを(例えば、TICに基づいて)決定することと、より高いイオン存在量に関連付けられる、第1の予備的m/z部分範囲及び第2の予備的m/z部分範囲部分範囲のうちの1つの幅を増加させることと、を含み得る。予備的m/z部分範囲のうちの少なくとも1つの幅を増加させることは、形成されたm/z部分範囲を少なくとも部分的に重複させるように実施され得る。例えば、m/z部分範囲がm/z部分範囲の異なるセット間で分配される方法に起因して、m/z部分範囲の第1のセットにおける1つのm/z部分範囲は、m/z部分範囲の異なるセットにおける別のm/z部分範囲と少なくとも部分的に重複し得る。
【0061】
本開示の方法は、第1の予備的m/z部分範囲が第2の予備的m/z部分範囲よりも広いと決定することに基づいて、第2の予備的m/z部分範囲の幅を増加させることを更に含み得る。あるいは、第1の予備的m/z部分範囲が第2の予備的m/z部分範囲よりも狭いと決定することに基づいて、予備的m/z部分範囲の幅を増加させることができる。これは、形成された部分範囲が、質量スペクトルデータの効果的な取得を可能にする幅を有することを確実にするのに役立ち得る。
【0062】
m/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲を形成することは、少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンを個別の予備的m/z部分範囲に割り当てることによって、1つ以上の予備的m/z部分範囲を形成することと、個別の予備的m/z部分範囲に基づいて、m/z部分範囲の1つ以上のセットの1つ以上のm/z部分範囲を形成することと、を含み得る。予備的m/z部分範囲は、m/zビンのクラスタとして記述されてもよい。このようにして、同様のイオン存在量を有するm/zビンのクラスタを形成し、その後、m/z部分範囲を形成するために使用することができる。
【0063】
いずれにしても、第1及び第2の予備的m/z部分範囲は、有利には、第1の又は第2の予備的m/z部分範囲の幅に比例するオフセットを含む、かつ/又は一定のオフセットを含む量だけ重複し得る。例えば、線形関係overlap_offset+overlap_factor×window_widthを使用することができ、又はこの関係の何らかの変形を使用することもできる。
【0064】
隣接する部分範囲の対を考慮すると、別の選択肢は、より低いTICの部分範囲が、より高いTICの部分範囲と共有される重複領域からの、ダイナミックレンジを低減するいかなる高強度信号も含まないことを確実にするために、実際の部分範囲幅とは無関係に、より高いTICの部分範囲のサイズを常に調整することである。しかしながら、重複が部分範囲幅とともに増加するにつれて、広い高TIC部分範囲について結果として生じる重複は、隣接するより狭い低TIC部分範囲の幅を超え、更には次の部分範囲と重複する可能性がある。これは、各HDRサブスキャンにおいて非重複部分範囲を使用するという概念に反する。1回のスキャンでm/z部分範囲が重複することは避けるべきであるが、これは、重複する領域は分析器に2回注入され、ピーク強度を歪め、信号処理を複雑にするためである。重複幅はウィンドウサイズに依存するので(overlap_factor>0の場合)、大きいウィンドウについて計算された重複は、実際には、隣接するより小さいウィンドウの幅を超えることがあり、更には次から次へとウィンドウ内に延在することがあり、これはHDRワークフローを複雑にすることになる。例えば、ウィンドウABCDを考慮すると、Aの重複がC内に延在する場合、A及びCをカバーするサブスキャンは、非重複ウィンドウの要件を満たさない。
【0065】
更に、高TIC部分範囲は、通常、低TIC部分範囲よりも狭い。したがって、上記で概説したようなサイズに基づく調整は、通常、より低いTIC部分範囲のためのダイナミックレンジを維持する目的と一致する。
【0066】
フィルタの透過プロファイルを特徴付ける場合、95%の閾値は、高透過領域を定義するのに適切であり得る。応答プロファイルを特徴付ける他の方法を使用することができる。例えば、第1の応答プロファイル及び/又は第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域は、少なくとも90%のイオン透過、少なくとも95%のイオン透過、又は少なくとも99%のイオン透過を有する領域であってもよい。
【0067】
実際には、側面パラメータは、最初に、所与のm/z範囲にわたる透過プロファイルのセットを記録し、複数の分離幅を使用し、次いで、台形関数を生データに適合させることによって決定され得る。これは、所定の高い透過閾値を適用することなく、側面幅を直接得るために使用することができる。いずれにしても、各応答プロファイルは、好ましくは、実質的に台形であり、そして複数の比較的低い透過領域(例えば、高い透過領域のいずれかの側の2つの低い透過フロー)の間に比較的高い透過領域を有し得る。例えば、m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定することは、第1の質量フィルタ及び第2の質量フィルタを使用して得られた質量スペクトルデータに基づいて、第1の応答プロファイルの第1の台形適合及び第2の応答プロファイルの第2の台形適合を決定することと、第1及び第2の台形適合に基づいて、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域及び第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域を決定することと、を含んでもよい。
【0068】
全ての重複を含む部分範囲の正確なm/z境界、したがって最終的な部分範囲幅が知られると、低透過側面の幅は、lt_width=lt_offset+lt_factor×final_window_widthとして計算することができる。これらのパラメータは、機器で使用される四重極モデルに対して事前に容易に決定することができ、次いでソフトウェアでハードコードすることができる。しかし、これらのパラメータの個々の(試料間の)変動が大きすぎる場合には、(製造中又は顧客による通常のシステム較正実行中のいずれかに)機器ごとに個々に較正することもできる。
【0069】
四重極低透過側面に位置するピークの強度を再スケーリングする必要性を回避するために、部分範囲重複は、側面領域よりも有意に大きくする必要がある。次に、スティッチング手順において、部分範囲の側面領域におけるピークは、隣接する部分範囲の対応する高透過領域から得ることができる。例えば、重複パラメータ(オフセット及び係数)は、5Th及び15%であり得、低透過パラメータは、1Th及び4%であり得る。これは、100Thの部分範囲サイズに対して、20Thの重複及び5Thの低透過幅をもたらす。四重極側面幅の例が図1Aに示されており、これは、パラメータlt_offset 1 Da及びlt_factor 4%によって良好な品質で記述することができる。特に、図1Aは、分離部分範囲幅に依存する四重極分離プロファイル側面の幅を示している。
【0070】
式lt_width=lt_offset+lt_factor×final_window_widthによって示されるように、m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定することは、第1及び/又は第2の応答プロファイルのうちの少なくとも1つの幅に基づいて、第1及び第2の応答プロファイルに対する重複の程度を決定することを含み得る。例えば、比較的低い透過領域の幅が考慮されてもよい。重複の程度を設定するために、台形の側面の幅が典型的には分離幅とともに増加するという事実を使用することは、応答プロファイルの高透過領域からのデータが常に利用可能であることを確実にし得る。具体的には、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域は、好ましくは、第1の応答プロファイルの比較的低い透過領域の幅、及び/又は第2の応答プロファイルの比較的低い透過領域の幅よりも大きい量だけ、第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域に重複する。
【0071】
上記のようなm/zスキャン範囲の自動区分化は、例えば、試料組成が分析の過程にわたって有意に変化しないとき、試料分析の開始時に1回実施することができる。あるいは、区分化は、試料組成が経時的にいかに速く変化するかに応じて、分析中に規則的な間隔で実施することができる。各HDRスキャンの後に手順を実施することも可能である。
【0072】
例えば、本方法は、m/z範囲をm/z部分範囲の複数の第1のセットに区分化することであって、各第1のセットは、1つ以上のm/z部分範囲を含む、区分化することと、m/z部分範囲の各第1のセットについて、試料に対して、第1の質量分析を実施し、それによって、複数の第1の部分質量スペクトルデータセットを取得することと、複数の第1の部分質量スペクトルデータセットによって示されるイオン存在量に基づいて、m/z範囲をm/z部分範囲の複数の第2のセットに区分化することであって、各第2のセットは、1つ以上のm/z部分範囲を含む、区分化することと、m/z部分範囲の各第2のセットについて、試料に対して、第2の質量分析を実施し、それによって、複数の第2の部分質量スペクトルデータセットを取得することと、を含んでもよい。自動区分化は、実験中に必要に応じて何度でも繰り返すことができる。例えば、試料が時間依存性組成を有する場合、一度に実施される区分化は、特定の期間が経過した後の試料に対して最適ではない可能性がある。したがって、本開示の区分化方法は、以前のスキャンのイオン存在量に基づいて、複数の異なる時点で繰り返すことができる。
【0073】
本開示の実施形態では、予備的質量スペクトルデータセットを得るために、m/z範囲にわたって試料に対して予備的質量分析(例えば、標準フルMS1スキャンであるが、BoxCarタイプのスキャンも予備スキャンであり得る)を行うステップが存在し得る。m/z範囲をm/z部分範囲の複数の第1のセットに区分化するステップは、予備的質量スペクトルデータセットによって示されるイオン存在量に基づいて実施され得る。本開示の方法は、m/z範囲をm/z部分範囲の複数の更なるセットに繰り返し区分化することができ、m/z部分範囲の各更なるセットは、少なくとも1つの以前に得られた部分質量スペクトルデータセットによって示されるイオン存在量に基づいて決定される。試料に対する更なる質量分析が、m/z部分範囲の更なるセットごとに実施され、それにより、複数の更なる部分質量スペクトルデータセットが取得されてもよい。したがって、区分化は、試料の時間依存性組成に基づいて繰り返し実施することができる。少なくとも1つの、好ましくは各質量分析は、MS1質量分析であり得る。MS1及びMS2又はMSN分析の組み合わせもまた、使用され得る。
【0074】
図1Aに示すように、m/z範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに区分化することは、好ましくは、それぞれがWm/z部分範囲を含むm/z部分範囲のM個のセットを形成することを含む。この実装形態では、m/z部分範囲は、m/zの順に(例えば、m/zの昇順であるが、m/zの降順であってもよい)番号付けされる。m/z部分範囲のi番目のセットは、i=1、...、Mの各値について、m/z部分範囲番号i、M+i、2M+i、...、(W-1)M+iを含む。m/z部分範囲をサブスキャンに分配するこの方法は、高いダイナミックレンジがm/zレンジ全体にわたって達成可能であることを確実にするのに役立つ。m/z部分範囲の総数は、M及びWで正確に割り切れない場合があることが理解されよう。例えば、M=3及びW=3(すなわち、M×W=9)であるが、10個の部分範囲が所望される場合、m/z部分範囲の1つのセットは、追加の(すなわち、4つの)m/z部分範囲を含み得る。部分範囲の総数がM及び/又はWで割り切れないような場合には、m/z部分範囲を異なるセットに分配するための同じスキーム(すなわち、i、M+i、2M+i、...、(W-1)M+i)が、(少なくとも)1つのセットへの更なるm/z部分範囲の単なる追加とともに使用される。
【0075】
一部の実施形態では、m/z部分範囲は、例えば、各サブスキャンが低及び高強度m/z部分範囲のほぼ等しいシェアを得るように、サブスキャンに分配されてもよい。
【0076】
一部の代替的な例では、個別のセットにおける各m/z部分範囲は、少なくとも閾値度まで、形成されたm/z部分範囲のイオン存在量に対応するイオン存在量を有してもよい。これは、m/z部分範囲の各々のセットに対して実施されるサブスキャンが、非常に高い存在量のイオンと非常に低い存在量のイオンとの混合物に対して実施される可能性が低いことを意味し得る。例えば、m/z範囲を区分化することは、試料中の比較的高いイオン存在量に関連付けられる1つ以上のm/z部分範囲を、m/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲の第1のセットに割り当てること、及び/又は試料中の比較的低いイオン存在量に関連付けられる1つ以上のm/z部分範囲を、m/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲の第2のセットに割り当てること、及び/又は試料中の中間イオン存在量に関連付けられる1つ以上のm/z部分範囲を、m/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲の第3のセットに割り当てることの任意の1つ以上を含んでもよい。m/z部分範囲の各セットは、少なくとも閾値度(例えば、何らかの所定のパーセンテージ)に対応するイオン存在量を有するm/z部分範囲を含むことができ、これは、プレスキャン又は前のHDRスキャンなどの予備的質量スペクトルデータセットによって示すことができる。
【0077】
等距離部分範囲
自動区分化の代替として、FMからLMまでのスキャン範囲を、N個の等距離部分範囲(ウィンドウとも称される)に区分化することができる。部分範囲又はウィンドウ幅は、
等距離部分範囲
【数1】
によって計算される。
【0078】
部分範囲オーバーラップのサイズは、overlap_size=overlap_offset+overlap_factor×window_widthによって与えられる。重複を考慮すると、m/z部分範囲の下限は、FM+(i-1)×(window_size-overlap_size)によって与えられ、iは部分範囲インデックスである(i=1...N)。
【0079】
カスタム部分範囲
MSに注入される試料の組成、したがって、有益な質量範囲は、典型的には、クロマトグラフィによってサポートされるプロテオミクス実験中に経時的に変化するため、ユーザが、m/z部分範囲の複数の時間依存性セットを定義すること、又は対象のm/z領域が線形に変化する場合、「m/z勾配」を定義することを可能にすることが有利であり得る。次に、機器は、実験の保持時間(retention time、RT)に基づいて部分範囲のセットを選択することができる。
【0080】
カスタム部分範囲の別のアプリケーションは、1つのLC実行から別のLC実行への結果の定量化、例えば、無標識定量化のための厳密な要件が存在し得る場合である。かかる場合、機器が部分範囲を動的に調整することを可能にすることは、同じ研究の2つのLC実行間のピーク強度比較における不一致をもたらし得る。これは、動的に作成された異なるm/z部分範囲設定が、イオン強度を変更し、2つのLC実行で分析される試料間の化学的/生物学的な差異によってではなく、HDR方法によって(すなわち、単に機器によって)引き起こされる強度変動を導入し得るためである。この影響を回避するために、単一の試料又は試料の混合に基づく第1の参照LC実行は、HDR/LC/MS法を最適化するために、(自動区分化に関して上述したように)完全に動的に行うことができる。その後、全ての測定に対して、カスタムm/z部分範囲及びLC保持時間の固定されたセットが、対象となる実際の試料が測定されるとき、全ての更なる実行に対して使用され得る。
【0081】
したがって、一部の実施形態は、液体クロマトグラフ又はガスクロマトグラフなどのクロマトグラフから試料を受け取ることを含む。本方法は、試料の時間依存性質量スペクトルデータを得るために、クロマトグラフから得られた1つ以上の試料に対して、本明細書に記載される方法(例えば、区分化及びスキャン)を1回以上繰り返すことを含み得る。
【0082】
部分範囲のカスタム区分化、等間隔区分化及び/又は自動区分化の組み合わせ
2つ又は3つ全てのm/z部分範囲区分化方法のいずれかを、1つのLC実行において同時に使用することができる。例えば、試料についての先験的知識、又はHDR/LC/MS法最適化中に得られた知識に基づいて、カスタム部分範囲を適用して、所望のm/z及び/又はRT範囲をカバーすることができる。しかし、これらの既知の範囲を超えて、測定は依然として自動区分化モードで行うことができる。このようにして、1つのLC/MSスキャンにおいて、更にはMSスキャンの一部において、カスタム及び自動区分化部分範囲アルゴリズムの組み合わせが得られる。実際には、それは、測定が対象ピーク(ターゲットモード)についてのデータを生成し、同時に、測定の全体的なダイナミックレンジを改善することを確実にすることができ、それは、標準的なデータ処理のために、又は後の遡及分析のために関心のあるものであり得る。
【0083】
自動区分化の具体例
前述のように、HDRスキャンは、少なくとも2つの別個のサブスキャンを得るために非重複ウィンドウの少なくとも2つのサブセットを測定し、HDRフルスキャンを得るためにサブスキャンを互いにスティッチングする前に、スキャン範囲を重複m/zウィンドウ又は部分範囲のセットに区分化する。m/zウィンドウをサブスキャンに分配することに関して、例えば、任意のサイズの12個のm/zウィンドウ(A~Lで示される)に区分化されたスキャン範囲、及びこれらのウィンドウが利用可能なサブスキャン(以下の例では2回又は3回)にどのように分配されるかを考慮することができる。
【0084】
ウィンドウ:ABCDEFGHIJKL
1)2回のサブスキャン
サブスキャン#1:ACEGIK
サブスキャン#2:BDFHJL
2)3回のサブスキャン
サブスキャン#1:ADGJ
サブスキャン#2:BEHK
サブスキャン#3:CFIL
【0085】
好ましい実施形態では、区分化プロセス、すなわち、例におけるウィンドウA~Lがどのように得られるかは、以下の基本ステップを含む。
1)スキャン範囲を等距離のビンに区分化し(好ましい幅は最小ウィンドウ幅の半分である)、それらのTICを計算する。
2)TICクラスタを形成するために同様のTICの大きさのビンをクラスタリングする。
3)所望の数のウィンドウに達するまで、クラスタTICの降順に進んで、TICクラスタをスキャン範囲全体の区分に繰り返し変換する。
【0086】
例:スキャン範囲m/z100~1000
1)クラスタm/z200~300(既存の境界に接していない)を処理する(C=選択されたクラスタから生じるウィンドウ、F=スキャン範囲全体を満たすように補完されたウィンドウ)
a.ウィンドウ#1:100~200(F)
b.ウィンドウ#2:200~300(C)
c.ウィンドウ#3:300~1000(F)
2)クラスタm/z100~150(スキャン範囲の下端に接する)を処理する
a.ウィンドウ#1:100~150(C)
b.ウィンドウ#2:150~200(F)
c.ウィンドウ#3:200~300(C)
d.ウィンドウ#4:300~1000(F)
3)クラスタm/z750~770(既存の境界に接していない)を処理する
a.ウィンドウ#1:100~150(C)
b.ウィンドウ#2:150~200(F)
c.ウィンドウ#3:200~300(C)
d.ウィンドウ#5:300~750(F)
e.ウィンドウ#6:750~770(C)
f.ウィンドウ#7:770~1000(F)
4)クラスタm/z280~320の処理:ウィンドウ#3との重複、クラスタのスキップ
5)...
【0087】
この手順は、m/zウィンドウのサブスキャンへの分配とは無関係である。これは、TICパターンに基づいてm/z領域を分離するために、最小ウィンドウ幅及びウィンドウの所望の数(総数又はサブスキャンごと)などのパラメータを考慮に入れて、ウィンドウサイズを最適化しようとするものである。これらのパラメータはユーザ定義であってもよい。ウィンドウが決定されると、重複及び四重極透過側面(両方とも、絶対m/z幅及びウィンドウ幅のためのスケーリング係数によって与えられる)の計算が、以下に更に詳細に説明されるように進行することができる。
【0088】
図3A図3Gは、図1A及び図1Bに示される方法を使用して実施され得る、実際の質量スペクトルデータのm/z範囲を自動的に区分化するプロセスの例を示している。図3Aは、(100Thの最小ウィンドウ幅に対応する)サイズ50Thの26個のビンに区分化された、例示的なHeLaスペクトル、スキャン範囲m/z350~1650を示している。図3Bに示すように、各ビンのTIC値を決定した後、m/z550~600の最も高いTICビンから開始して、同様のTICの大きさのビンを一緒にクラスタリングする。m/z600~800の間の4つの隣接するビンを追加して、m/z550~800の範囲の第1のクラスタを形成する。得られたTICクラスタは、それらのTIC値によって降順にソートされた。図3Cでは、上位10個のクラスタが標識されている(1=最高TICクラスタ)。
【0089】
図3Dに示すように、区分化手順は、m/z550~800の最も高いTICクラスタ(実線の境界内に示される)から開始する。スキャン範囲全体を完全にカバーするために、2つのウィンドウが補完され(破線で示される)、3つのウィンドウ、m/z350~550、m/z550~800、及びm/z800~1650をもたらす。図3Eでは、第2のクラスタ(m/z800~900)が第1のクラスタに隣接しており、4つのm/zウィンドウをもたらす。右補完ウィンドウの次元は、それに応じて調整される(m/z900~1650)。図3Fにおいて、第3のクラスタ(m/z1100~1150)は、100Thの必要とされる最小幅を満たすように伸長され、m/z1087.5~1187.5を生じる。既存のクラスタウィンドウのいずれの境界にも接していないため、m/z900~1087.5の第3の補完ウィンドウが追加され、6つのウィンドウが得られる。このプロセスは反復して繰り返される。
【0090】
図3Gでは、9つの重複するm/zウィンドウ(5つのクラスタウィンドウ及び4つの補完ウィンドウ)を含む、完全に区分化されたスペクトルが示される。ウィンドウの重複は、区分化手順の間又は後に計算することができる。実線の境界内に示されるウィンドウは、第1のHDRサブスキャンにおいて測定されるべきであり、破線の境界内に示されるウィンドウは、第2のHDRサブスキャンにおいて測定されるべきである。第1のHDRサブスキャンは、m/z部分範囲の第1のセットに対する部分質量スペクトルデータセットを提供し、第2のHDRサブスキャンは、m/z部分範囲の第2のセットに対する部分質量スペクトルデータセットを提供する。
【0091】
本開示の好ましい実施形態では、m/zウィンドウは、試料の時間依存性組成に適合させることができる。例えば、第1のHDRサイクルでは、区分化は、図3に示すように、標準的な(非HDR)フルスキャンに基づき得る。その後、標準(すなわち、HDRスキャンではない)を使用することができるが、前のHDRスキャンを後続の区分化の基礎として使用することができる。
【0092】
AGC改善
1)注入時間の再分配
利用可能な最大注入時間(最大IT)が完全に利用されない可能性があるという問題を克服するために、既存のシステムのAGCアルゴリズムは、再分配機能によって強化される。注入時間の再分配は、注入時間の定期的な決定の後に実施され、Exploris(登録商標)機器上の確立されたAGCアルゴリズムを妨害しない方法で実装することができる。この実施形態の方法は、m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法を提供し、m/z範囲は、1つ以上のm/z部分範囲のセット(例えば、HDRサブスキャン)を含む。
【0093】
最初に、最大ITが全ての部分範囲によって完全に利用されることを確実にするために、いかなる上限も課すことなく、m/z部分範囲について注入時間が計算される。すなわち、本方法は、1つ以上のm/z部分範囲のセットの各m/z部分範囲についての初期注入時間を含む、注入時間の初期分布を決定することによって開始する。m/z部分範囲の注入時間が、前の分析スキャン又はAGCプレスキャンに基づいてAGCによって決定されると、総注入時間は、部分範囲の個々の注入時間の合計として計算される。合計が全体の最大ITを超える場合、注入時間は以下のように再分配される。
1. スキャンに利用可能な合計最大ITの等しい分布に対応する注入時間を決定する。
equal_IT=overall_max_IT/N
2. equal_ITを超える注入時間の合計sum_exceedingと、equal_IT以下の注入時間を減算した残りの全注入時間であるsum_remainingとを算出する(sum_remaining≦overall_max_IT)。
3. equal_ITを超える注入時間を昇順にソートする。
4. ステップ3からのソートされた注入時間を、最小値から開始して処理する。
【0094】
a.現在割り振られている時間old_ITから新しい注入時間を計算する。
【0095】
【数2】
b.sum_exceeding変数をold_ITだけ減少させる。
c.sum_remaining変数をnew_ITだけ減少させる。
【0096】
したがって、本方法は、注入時間の初期分布の総時間が質量スペクトルデータを取得するために総利用可能注入時間を超えたと決定することに基づいて、各m/z部分範囲についての調整された注入時間を含む注入時間の調整された分布を決定することを含む。注入時間の調整された分布を決定することは、1つ以上の比較的長い初期注入時間を、1つ以上の比較的短い初期注入時間よりも大幅に短縮することを含み得る。例えば、長い初期注入時間を優先的に大幅に短縮することができる。
【0097】
上記で概説した再分配アルゴリズムでは、equal_ITが閾値として機能する。ステップ4aは、動的係数を使用して、閾値equal_ITに基づいて、特定の部分範囲についてm/z部分範囲の現在割り振られている注入時間を調整する。注入時間を昇順で処理することにより、より低い注入時間がequal_ITを超えて低減されないこと、及び最終合計がoverall_max_ITを超えないことが確実となる。
【0098】
一例として、N=10の部分範囲及び100msの全体の最大ITを有するHDR実験を考えると、表2に示すように、10msの等しく分配された注入時間が得られる。表1は、既存のAGCアルゴリズムからの10m/z部分範囲に対する注入時間(Injection Time、IT)(ms)(「旧IT」)と、再分配アルゴリズムから導出されたIT値(「新IT」)とを示している。
【0099】
【表2】
【0100】
初期AGC計算のための各部分範囲について100msの最大IT設定を用いて、5つの部分範囲は、AGCによって≦10msの注入時間を割り当てられ、残りの5つの部分範囲は、等しい注入時間を超える(>10ms)。80.9msの残りの時間(すなわち、100msから減算された0.1ms 1、3ms、5ms、及び10ms)は、次いで、等しい設定を超える5つの部分範囲(#6~#10)に再分配される。上述のステップ4a~4cを使用して、注入時間#6が最初に10msに短縮され、次いで注入時間#7が約11msに短縮され、...、最後に#10が約23msに短縮され、その結果、総注入時間は100msになる。したがって、部分範囲#1~#4からの未使用の注入時間は、5つの部分範囲(#7~#10)のうちの4つに分配することができる。複数の調整された注入時間(新IT)は、初期注入時間(旧IT)と同じであることが分かる。具体的には、調整された注入時間の分布は、初期分布の値から変化しない複数の注入時間(#1~#5)を含む。
【0101】
したがって、注入時間の調整された分布を決定することは、1つ以上のm/z部分範囲のセットに対する注入時間の調整された分布の総時間が、質量スペクトルデータを取得するための総利用可能注入時間以下であるように、それぞれのm/z部分範囲についての初期注入時間のうちの少なくとも1つを低減することを含むことが分かる。この場合、部分範囲#6~#10の注入時間が短縮される。最長の初期注入時間は、それらの初期値の約22.51%に低減されるが、ウィンドウ#6は、その初期値の40%に低減され、ウィンドウ#1~#15は、全く低減されない。したがって、比較的長い初期注入時間は、1つ以上の比較的短い初期注入時間よりも大幅に(例えば、絶対値に関して、又はパーセンテージに関して)短縮され得る。
【0102】
注入時間の調整された分布を決定することは、閾値注入時間を超える初期注入時間のうちの少なくとも1つ、任意選択でそれぞれを低減することを含み得る。一部の実施形態では、本方法は、閾値注入時間を超える複数の(例えば、各)初期注入時間をスケーリング係数(静的スケーリング係数であり得るか、又は上記アルゴリズムのステップ4などにおいて反復的に計算される動的スケーリング係数であり得る)だけ低減することを含む。比較的短い注入時間を過度に低減することを回避するために、本開示の方法は、閾値注入時間を、スケーリング係数だけ低減された初期注入時間が閾値注入時間未満である各m/z部分範囲についての調整された注入時間として設定することを含み得る。
【0103】
注入時間の調整された分布を決定することは、初期注入時間が閾値注入時間未満である各m/z部分範囲について、初期注入時間と閾値注入時間との間の差を合計することによって、総予備注入時間を決定することと、総予備注入を分配することによって、初期注入時間が閾値注入時間を超える1つ以上のm/z部分範囲についての調整された注入時間を設定し、それによって、初期注入時間が閾値注入時間を超える1つ以上の(例えば、一部又はそれぞれの)m/z部分範囲についての初期注入時間を増加させることと、を含み得る。したがって、「予備」注入時間の効率的な再分配を達成することができる。閾値注入時間は、1つ以上のm/z部分範囲の間で等しく分割された総利用可能注入時間に等しい(equal_IT)。
【0104】
上述の分配方法の代替として、AGCによって計算された注入時間は、単に、全体の最大ITと計算された注入時間の合計との比によって与えられるスケーリング係数で等しくスケーリングすることができる。表2に概要を示した例では、スケーリング係数は100/369.1=27%であり、したがって部分範囲#1及び#10にはそれぞれ0.027ms及び27msが割り当てられる。スケーリング係数が非常に長い注入時間によって支配されることを防止するために、計算された注入時間に上限を適用することができる。したがって、注入時間の調整された分布を決定することは、それぞれのm/z部分範囲ごとに初期注入時間を低減することを含み得る。注入時間の調整された分布を決定することは、それぞれのm/z部分範囲ごとの初期注入時間をスケーリング係数だけ低減することを含み得る(例えば、全て同じスケーリング係数だけ低減されるか、又は異なるスケーリング係数が使用され得る)。
【0105】
更に、他のスペクトル領域よりも後処理分析に対して関心が高いスペクトル領域におけるm/z部分範囲が好ましく、より高い注入時間(又はAGCターゲット、以下を参照)が与えられ得る。かかる優先領域は、ユーザによって事前に指定され、AGCターゲット及び/又は注入時間を(再)分配するときに機器によって考慮され得る。
【0106】
したがって、本方法は、m/z部分範囲が対象のm/z部分範囲であるという指示(ユーザ入力であり得るか、又は自動的に決定され得る)を受信することと、対象のm/z部分範囲について比較的高い調整された注入時間を設定することと、を含み得る。特に、アルゴリズムは、等分配アルゴリズムを使用して割り当てられるよりも長い注入時間を割り当てることができる。
【0107】
2)部分範囲固有のAGCターゲットを使用する
現在のAGC実装形態では、フルスキャンのためにユーザによって指定された総AGCターゲットは、デフォルトで、部分範囲間で等しく分割される。例えば、1e6のAGCターゲットを有するフルスキャン及びHDRサブスキャン当たり10スキャンの場合、各部分範囲には、デフォルトで1e5のターゲット値が割り振られる。しかしながら、この均等な分配は、特定の状況下では有害であり得る。例えば、狭い部分範囲のTICが単一のピークによって支配される場合、そのAGCターゲットは、空間電荷効果によって引き起こされる質量偏差を回避するために低減され得る。TIC優位を検出し、それに応じてターゲットを低減する手順は、各部分範囲について機器によって自動的に処理することができる。更に、AGCターゲットの分布は、後処理分析のためのスペクトル選好に基づき得る。
【0108】
したがって、注入時間の調整された分布を決定することは、それぞれのm/z部分範囲に対するイオン存在量の指示に基づいて、m/z部分範囲についての初期注入時間を調整する(例えば、低減する)ことを含み得る。例えば、注入時間の調整された分布を決定することは、それぞれのm/z部分範囲に対するイオン存在量が単一のm/zピークによって引き起こされるという指示に基づいて、m/z部分範囲についての初期注入時間を低減することを含んでもよい。例えば、TIC(又は存在量の別の尺度)のあるパーセンテージが、1つの特定のm/z値(又は同位体クラスタを網羅するm/z範囲などの非常に狭いm/z範囲)に起因する場合、これは、個別のm/z部分範囲に対するイオン存在量が、実質的に、単一m/zピークによって引き起こされることの指標として見なされ得る。
【0109】
m/z部分範囲のスティッチ
図1Aに示されるHDRスキャンワークフローの最終ステップにおいて、HDRサブスキャンからのm/z部分範囲からの質量スペクトルデータは、フルスキャンスペクトルを生成するために組み合わされ、フルスキャンスペクトルは、標準的なフルスキャンのように更に扱われ、処理され得る。各部分範囲について、MSピークの重心及びプロファイルデータが、結果として得られるフルスキャンスペクトルにコピーされる。隣接する部分範囲間の重複は、含まれるデータが原則として2回利用可能であるため、コピー動作の開始及びエンドm/z値が重複領域内で個々に決定され得る限り、柔軟性を増加させる。したがって、本方法は、一般論として、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域に少なくとも部分的に重複するように、m/z部分範囲の第1及び第2のセットを設定することによって、m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定することを含む。本方法は、本明細書に記載される方法を使用して複数の部分質量スペクトルデータセットを得ることと、複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせる(例えば、スティッチングする)ことと、を含み得る。
【0110】
本方法は、好ましくは、部分範囲が重複することを確実にするために部分範囲を能動的に決定することを含む。したがって、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域と少なくとも部分的に重複するかどうかを決定するステップと、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域と少なくとも部分的に重複しないと決定することに基づいて、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域と少なくとも部分的に重複するように、m/z部分範囲の第1及び/又は第2のセットを調整するステップと、が存在し得る。m/z部分範囲の所与のセットにおける各m/z部分範囲は、好ましくは、m/z部分範囲の異なるセットのm/z部分範囲と少なくとも部分的に重複する。したがって、異なるセットのm/z部分範囲は、集合的に、m/z範囲に及んでもよい。m/z部分範囲の各セットは、離間した複数のm/z部分範囲を含み得る。例えば、m/z部分範囲の複数のセットの各々のm/z部分範囲は、m/z軸に沿ってインターリーブされてもよい。m/z部分範囲の第1のセットの各m/z部分範囲は、m/z部分範囲の第2のセットのm/z部分範囲と連続している(例えば、直接境界を接する)。
【0111】
複数のサブスキャンがm/z部分範囲の複数のセットに対して実施され、m/z部分範囲の各セットが複数のm/z部分範囲を含むとき、それらが重複することを確実にするように拡張され得る多数のm/z部分範囲が存在することが理解されるであろう。したがって、例えば、m/z部分範囲の第1のセットは、第1の複数のm/z部分範囲を含んでもよく、第1の質量フィルタは、複数の応答プロファイルを有してもよく、当該複数の応答プロファイルは、それぞれ、第1のセットの各m/z部分範囲について、比較的高い透過領域と、1つ以上の比較的低い透過領域とを含む。すなわち、第1のサブスキャンのm/z部分範囲は、m/z軸に沿って離間した複数の応答プロファイルに関連付けることができる。同様に、m/z部分範囲の第2のセットは、第2の複数のm/z部分範囲を含んでもよく、第2の質量フィルタは、複数の応答プロファイルを有してもよく、当該複数の応答プロファイルは、それぞれ、第2のセットの各m/z部分範囲について、比較的高い透過領域と、1つ以上の比較的低い透過領域とを含む。かかる場合、有利には、m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定するステップは、第1の質量フィルタのそれぞれの応答プロファイルの各比較的高い透過領域が、第2の質量フィルタのそれぞれの応答プロファイルの比較的高い透過領域と少なくとも部分的に重複するように、m/z部分範囲の第1及び第2のセットを設定することを含み得る。したがって、複数の重複するm/z部分範囲が形成され得る。
【0112】
この方法は、任意の数のサブスキャンに拡張することができ、m/z部分範囲の2つのセットに限定されないことが理解されるであろう。例えば、m/z部分範囲の第3のセットが所望される場合、第3のセットに関連する応答プロファイルは、少なくとも部分的に、左側の第2の質量フィルタの応答プロファイルに重複してもよく、また、右側の第1の質量フィルタの応答プロファイルに重複してもよい。本開示は、m/z部分範囲の第4のセットに拡張することもできる。かかる場合、第1のセットに関連付けられた応答プロファイルは、第4のセット及び第2のセットに関連付けられた応答プロファイルと重複してもよく、第2のセットに関連付けられた応答プロファイルは、第1のセット及び第3のセットに関連付けられた応答プロファイルと重複してもよく、第3のセットに関連付けられた応答プロファイルは、第2のセット及び第4のセットに関連付けられた応答プロファイルと重複してもよく、第4のセットに関連付けられた応答プロファイルは、第3のセット及び第1のセットに関連付けられた応答プロファイルと重複してもよい。このパターンは、m/z部分範囲の任意の数のセットに対して繰り返すことができる。
【0113】
重複領域の存在は、部分範囲の四重極側面領域からのデータを省略することを可能にし、これは、隣接する部分範囲の高透過領域からのデータで置き換えることができる。部分範囲の重複が小さすぎて側面領域を超えて広がらない場合には、部分範囲の縁部におけるピーク強度の補正が必要である。(例えば、F.Meierらによって説明されているように)この強度補正は、通常、実験全体の間にHDRスキャンとともに取得される標準的なフルスキャンと、HDRスキャンのピーク強度を標準的なフルスキャンのピーク強度と比較することによって補正係数を決定するための追加の後処理ステップと、を必要とする。しかしながら、重複が十分に大きい場合、フルスキャンの定期的な取得並びに追加の補正ステップを回避して、時間を節約することができる。
【0114】
スティッチング手順は、部分範囲wi(i=1...N)に対して動作し、各部分範囲は、サブスキャンj=1...mに関連付けられる。m=2サブスキャンの典型的な設定では、部分範囲#1、#3、#5、...はサブスキャン#1から生じ、部分範囲#2、#4、#6、...はサブスキャン#2から生じる。部分範囲は、最低m/z部分範囲w1から開始して、連続的にスティッチされる。隣接する部分範囲w2と共有される重複領域内のデータの冗長性のために、w1に対するコピー動作のエンドm/z値は、以下の態様を考慮して、重複領域内で自由に選択することができる。
エンドm/zは、w1及びw2の両方の低透過領域の外側にあるべきである。
エンドm/zは、両方のサブレンジにおける同位体分布を保存するように選択されるべきである。一方の部分がサブスキャン#1に由来し、他方がサブスキャン#2に由来するように同位体分布をカットすることは、強度を分子種レベルで一貫したものに保つために回避されるべきである。
【0115】
一般的な意味では、本明細書に記載される方法は、m/z部分範囲の第1のセットの第1のm/z部分範囲とm/z部分範囲の第2のセットの第2のm/z部分範囲との交点内にあるエンドm/z値を決定することと、エンドm/z値と第1のm/z部分範囲のエンドポイントとの間からの質量スペクトルデータと、エンドm/z値と第2のm/z部分範囲のエンドポイントとの間からの質量スペクトルデータとを単一の質量スペクトルデータセットに含めることと、を含み得る。したがって、重複ウィンドウからのデータは、単一データセットのm/zデータが第1のウィンドウから得られることから第2のウィンドウから得られることに切り替わるカットオフ点として作用するエンドm/z値とともに記憶され得る。第1のm/z部分範囲と第2のm/z部分範囲との交点は、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域の少なくとも一部と、第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域の少なくとも一部とを含み得る。更に、エンドm/z値は、第1及び/又は第2のm/z部分範囲内の同位体の分布に基づいて決定されてもよい(例えば、同位体ピーククラスタの分裂を回避するように決定される)。
【0116】
全ての見出された同位体分布が1つ又は別の部分範囲からのみコピーされるようにエンドm/zを選択することが可能でない場合、すなわち、全ての可能なエンドm/z値が少なくとも1つの同位体分布をカットしている場合、重複領域内の全てのピークは、部分範囲のうちの1つから排他的にコピーされる。第1の部分範囲の重複領域の雑音加重TICが第2の部分範囲の雑音加重TICよりも高い場合、w1の低透過領域(右側面)に達するまで、w1からピークがコピーされる。そうでなければ、ピークは、w1からw2の高透過領域(左側面)に達するまでコピーされる。詳細な手順を以下に概説する。例えば、本方法は、第1のm/z部分範囲及び第2のm/z部分範囲のうちのどちらがより高いイオン存在量(例えば、重複領域の雑音加重TIC)に関連付けられるかを決定することを含んでもよい。複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることは、単一の質量スペクトルデータセットに、より高いイオン存在量に関連する第1のm/z部分範囲及び第2のm/z部分範囲のうちの1つからの質量スペクトルデータを含めることを含み得る。
【0117】
図4Aでは、重複するウィンドウw1及びw2が概略的に示されている。w1及びw2が重複し、この重複は、w1及びw2の低透過側面も含む。重複領域はまた、各ウィンドウの高透過領域の交点を含み、そこから選択されたエンドm/z値が選択される。
【0118】
図4Bは、m/z軸に沿って離間された異なるm/z部分範囲に対する応答プロファイルのセットを示している。単一の質量フィルタは、異なるm/z部分範囲において異なる応答プロファイルを有し得る。3つの異なる応答プロファイルが示されており、第1の応答プロファイルは、m/z1とm/z2との間であり、第2の応答プロファイルは、m/z3とm/z4との間であり、第3の応答プロファイルは、m/z5とm/z6との間である。本開示の一部の実施形態では、m/z部分範囲の複数のかかるセットは、集合的に、対象のm/zスキャン範囲全体に及ぶ。本開示の実施形態は、m/z部分範囲のセット(図4Bに示されるセットなど)が図4Aに示されるように重複するように形成されることを確実にすることによって、応答プロファイルの台形の性質を補償する。
【0119】
重複するm/z部分範囲が決定されると、試料は、第1及び第2のm/z部分範囲に対応する第1及び第2の応答プロファイルを有する第1及び第2の質量フィルタを使用して、第1及び第2のm/z部分範囲内のイオンを単離するように質量フィルタリングされ得る。第1及び第2の応答プロファイルはそれぞれ、比較的高い透過領域及び1つ以上の比較的低い透過領域を有する。次いで、部分質量スペクトルデータセットが、第1及び第2のm/z部分範囲にわたって試料に対して質量分析を実施することによって得られる。次いで、これらの部分質量スペクトルデータセットは、一緒にスティッチされ得る(しかし、それらは、別々の部分質量スペクトルとして単に保存され得る)。
【0120】
部分範囲又はウィンドウwiをスティッチするために、右側の隣接する部分範囲と共有される高透過重複領域wi+1が、wi及びwi+1のそれぞれの領域に含まれるTIC及び同位体分布に関して最初に分析される。「生の」重複領域の境界は、wi+1の開始-m/z及びwiのエンドm/zによって与えられ、すなわち、wi+1,startからwi,end、又はo1からo2の範囲である。質量フィルタ(好ましい実施形態では四重極)分離の台形形状に起因して、重複領域は、低透過側面によって狭められ、高透過重複領域o1’をo2’にする。表3は、第1のHDR部分範囲及びその近傍の例示的なm/z次元及び重複を示している。
【0121】
【表3】

【0122】
高透過重複領域におけるTICは、ウィンドウwi及びwi+1(以下、簡単にするためにウィンドウ1及び2と称する)にそれぞれ関連するサブスキャン1及び2に対して決定され、結果として得られる値は、この領域における両方のサブスキャンに対する平均雑音値Navによって除算され、(TIC/Nav1及び(TIC/Nav2をもたらすため、サブスキャンの異なる信号対雑音レベルが考慮される。(TIC/Nav1≧(TIC/Nav2の場合、サブスキャン1からの信号を使用することが好ましい((TIC/Nav1<(TIC/Nav2の場合、逆も同様である)。両方のウィンドウについて、重複領域における同位体クラスタの分布が評価される。
ウィンドウ/サブスキャン1に対して、依然として使用可能な高透過ウィンドウ内にある、すなわち、その最高m/zピークが右境界o2’に最も近い、最右同位体分布を決定する。この同位体分布の最高m/zピークは、サブスキャン1のm/z閾値、scan1_threshをマークする。基準を満たす同位体分布がない場合、scan1_threshは、o2’に設定される。
ウィンドウ/サブスキャン2について、ウィンドウにまたがる最左同位体分布を決定する。すなわち、その最も低いm/zピークは左の境界o1’に最も近く、その最も高いm/zピークは右の境界o2’を超える。この同位体分布の最低m/zピークは、サブスキャン2のm/z閾値、scan2_threshをマークする。基準を満たす同位体分布がない場合、scan2_threshは、o2’に設定される。
【0123】
同位体分布は、電荷状態検出/デコンボリューションアルゴリズム、例えば、参照することによって本明細書に組み込まれる、米国特許第10,593,530号に説明されるAPDアルゴリズムをサブスキャンに適用することによって、前のステップにおける各サブスキャンに対して決定され得る。例えば、本明細書中に開示される方法は、同位体クラスタに類似する間隔及び/又は強度を有するピーク群を同定するステップを包含し得る。
【0124】
サブスキャン1及び2からの信号をコピーするためのm/z閾値copy_threshは、m/z閾値scan1_thresh及びscan2_threshに基づいて決定される。copy_thresh未満のm/z値を有する信号は、サブスキャン1から結果として得られるHDRスキャンにコピーされる。次のサイクルにおけるウィンドウ2のコピー動作は、copy_threshで開始する。scan1_thresh及びscan2_threshが等しい場合、copy_threshはscan1_threshに設定される。そうでない場合、copy_threshは、以下のように決定される。
【0125】
scan2_thresh>scan1_threshの場合、copy_threshをscan2_threshに設定する。この場合、ウィンドウ1の全体的なS/Nがより良好であるために、サブスキャン1からのより多くの信号が使用される(サブスキャン2の全体的なS/Nがより良好である場合は、その逆である)と推論される。
【0126】
scan2_thresh≦scan1_threshの場合、前のステップで見出された同位体分布(isotope distributions、ISD)が、それらのS/N値に関して評価される。ウィンドウ1について見つかったISDがウィンドウ2について見つかったISDよりも良好なS/Nを有する場合、copy_threshはscan1_thresh(そうでない場合はscan2_thresh)に設定される。
【0127】
サブスキャン1から最後にコピーされたピーク(copy_thresh=scan1_threshの場合)、又はサブスキャン2から最初にコピーされたピーク(copy_thresh=scan2_threshの場合)は、他のサブスキャンにおいてわずかにシフトされた複製として生じ得る。したがって、他のサブスキャンは、最後又は最初に含まれるピークの複製についてチェックされてもよく、閾値は、それに応じて調整されてもよい(必要な場合)。すなわち、第1の部分質量スペクトルデータセットが第2の部分質量スペクトルデータセットと(例えば、重複領域において)一致するかどうかを決定するステップが存在し得る。セットが一致しない場合には、是正措置を取ることができる。例えば、サブスキャンからの信号をコピーするためのm/z閾値を調整することができる。あるいは、データが一致しないときに警告が発せられてもよい。
【0128】
ピーク重心、ピークプロファイル、及び雑音データは、copy_threshに達するまで、サブスキャン1からHDRフルスキャンにコピーされる。次に、wi+1及びwi+2に対応するウィンドウ及びサブスキャンの次の対が処理され、wi+1に対するコピー操作が、copy_threshの上の最も低いm/zから開始される。最後のウィンドウwNは、wN-1に対して計算された前のcopy_threshから開始してそのままコピーされる。
【0129】
一部の場合では、本明細書に記載される方法は、第1のm/z部分範囲及び第2のm/z部分範囲のうちのどちらがより高い信号対雑音比に関連付けられるかを決定することを含んでもよく、複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることは、より高い信号対雑音比に関連付けられる第1のm/z部分範囲及び第2のm/z部分範囲のうちの1つからの質量スペクトルデータを単一の質量スペクトルデータセットに含めることを含んでもよい。したがって、良好な信号対雑音比を示すデータが、本開示のスティッチング手順において使用され得る。
【0130】
ハイブリッドHDRスキャン
HDRフルスキャンを得るために複数のHDRサブスキャンが互いにスティッチされる上述の方法の代替として、標準的なフルスキャンと、選択された非重複m/z部分範囲からなる単一のHDR「ズーム」スキャン(又は少数のサブスキャン)とを含む「ハイブリッド」手法が使用され得る。これは、定量化のための基準として標準的なフルスキャンを維持するという利点を有し、一方、単一のHDR「ズーム」スキャンは、フルスキャンの疎領域へのより深い洞察を提供する。標準的なフルスキャンにおけるこれらの領域は、ハイブリッドHDRフルスキャンを得るために、HDRスキャン(サブスキャン)からの対応するm/z部分範囲と置き換えられ得る。このハイブリッドHDRワークフローが2つのスキャンイベントを含む場合、スキャンレート性能は、2つのHDRサブスキャンを使用する手法と同等である。
【0131】
フルスキャンにおける疎領域は、ステップスキャン範囲の自動区分化で説明した手順を使用して決定することができる。結果として得られるm/z部分範囲から、重複しない低いTIC値を有するもののみがHDRスキャンにおいて分析され、一方、高いTIC値を有するものは、別個に分析されず、単にフルスキャンから取られる。
【0132】
ハイブリッドHDRスキャンを得るために、標準フルスキャンからのスペクトル「セクション」は、上述したようにHDR部分範囲とスティッチされ得る。フルスキャンからの「セクション」は、HDR部分範囲と同様に扱うことができ、違いは、「セクション」が四重極分離の低透過側面を示さないことであり、これは、スティッチング境界の選択をより柔軟にする。
【0133】
一部のアプリケーションは、増大したダイナミックレンジを有する可能な限り最も速い方法を必要とする。単純に、追加のフルMSスキャンによって引き起こされる総分析時間の増加を最小限にしながら、ダイナミックレンジの増加を最大限にするために、「ズーム」スキャンよりも小さい周波数で標準的なフルMSスキャンを行うことが可能であるべきである。スティッチはまた、標準及び「ズーム」サブスキャンが連続して測定される場合にのみ、減少した周波数で実施されてもよい。減少した周波数の基準は、LCピーク幅に基づき得る。例えば、LCからの化合物溶出の平均持続時間が約30秒である場合、標準的なフルMSスキャン及び「ズーム」サブスキャンによるスティッチングは、10秒ごとにのみ実施され得る。同時に、「ズーム」スキャンは、依然として1秒又は2秒ごとに独立して測定され得る(これは、DDAにおける完全なMSスキャンの典型的な期間である)。このようにして、余分なMSスキャンを約10分の1に減らすことができ、情報/ピークの損失を最小限に抑えることができる。失われたピークは、主に、測定された全ダイナミックレンジの中間にあると予想され、RT及びm/zドメインにおける豊富なピークに極めて近接して溶出する。かかるピークは、豊富なピークとともに機器に注入され、結果として、それらのLC溶出プロファイルの上部のみがMSによって検出され得るため、保持時間を大幅に低減することができる。かかるモードは、総分析時間が可能な限り短くあるべきだが、依然としてMS分析の可能な限り高いダイナミックレンジを必要とする用途、例えば、大規模コホート研究において使用することができる。
【0134】
変更されたイオン光学系設定(DC及びRF電圧)が有利であり得る場合、HDR「ズーム」モードに対する追加の可能な修正を適用することができる。かかる代替的なイオン光学系設定は、全てのサブスキャン/スキャンではなく、一部のm/zウィンドウ/範囲、サブスキャン/スキャンにのみ、すなわち、
-選択されたm/zウィンドウのみに対して(標的アプローチ)、
-1つ又は少数のサブスキャン(例えば、「ズーム」サブスキャンのみ、又は代わりにフルMSスキャンのみ)に対して適用することができる。
【0135】
例えば、不安定なイオン断片化を低減するために、穏やかなトラップ設定を適用することができる。しかしながら、このモードは、注入時間を増加させ、機器の安定した作業時間を減少させ得る。なぜなら、イオンのより大きな部分がイオン光学系要素に到達し、より速い汚染及び結果として生じるイオン帯電(機器のロバスト性を悪化させる)につながるからである。代わりに、選択されたm/zウィンドウ(標的アプローチ)のみ、又は「ズーム」サブスキャンのみ(不安定な低存在量イオンの信号強度を改善するため)、又はフルMSスキャンのみ(機器のロバスト性への影響を低減するため)に「穏やかなトラップ」設定を適用することが可能である。異なるイオン光学系設定(DC及びRF電圧)が使用される場合、機器の典型的な動作とは異なり、イオン光学系の追加の制御を得ることができる。英国特許第2,585,372号は、イオン光学系を制御することができる方法を記載しており、参照により本明細書に組み込まれる。英国特許第2108949.5号は、不安定イオンのより良好な透過のためにイオン光学系を最適化することを記載しており、イオン光学系を制御するための方法も参照により本明細書に組み込まれる。
【0136】
一般化すると、本開示の方法では、少なくとも1つの質量分析が、異なる機器パラメータ(例えば、DC及びRFなどのイオン光学系設定)を使用して実施され得る。機器パラメータは、分析中のイオンのm/zなどの種々の要因に基づいて、又は試料中のイオン存在量に基づいて決定されてもよい。本方法は、試料中のイオン存在量に基づいて(例えば、以前のプレスキャン又は以前のHDRスキャンからのデータに基づいて)決定されたイオン光学系設定を使用して、それぞれのセットの1つ以上のm/z部分範囲について質量分析を実施することを含み得る。
【0137】
ハイブリッドアプローチでは、m/z範囲にわたって試料に対して全範囲質量分析を実施し、m/z範囲にわたって試料に対する全範囲質量分析に基づいて、少なくとも1つの部分質量スペクトルデータセットの質量スペクトルデータを調整するステップが存在し得る。例えば、フルスキャンを使用して、1つ以上の部分スキャンからのデータを正規化することができる。標準スキャンを定量的ベースラインとして使用するこの同じプロセスは、m/z範囲に完全に及ぶHDRサブスキャンに対しても実装することができ、ハイブリッド標準/HDRスキャンに排他的に適用可能ではない。
【0138】
スキャンの数M及び/又はm/zウィンドウの数Nの自動最適化(NxM最適化)
等距離及び自動区分化m/zウィンドウアルゴリズムは、入力として、所望のm/zウィンドウの総数Nを受信することができる。LC/MS実験の間、質量スペクトルの組成は、非常にまばらなスペクトルから非常に密なスペクトルまで有意に変動し得、全てのピークにわたる強度の比較的均等な分布から、1~3つの最も豊富なピークのみにおける信号の大部分の濃度まで変動する。結果として、LC/MS実験中の異なる時点において、異なる数のm/zウィンドウを用いて、最良の性能のHDRスキャンを観察することができる。したがって、一部の実施形態では、LC/MS実験中の最適な数の所望のm/zウィンドウNの自動決定及び選択は、リアルタイムで実装され得る。この最適化のために、基準及び制限を定義することができる。
【0139】
例えば、m/z部分範囲の各セットにおけるm/z部分範囲の数(N)は、一定であること、ユーザによって構成可能であること、及び/又は試料の質量スペクトルデータ(例えば、補足スキャン又は前のHDRスキャンから得られた)に基づいて決定されることのうちの少なくとも1つであり得る。加えて、又は代替として、m/z部分範囲の複数のセットにおけるm/z部分範囲のセットの数(M)は、一定であること、ユーザによって構成可能であること、及び/又は(例えば、補足スキャン又は前のHDRスキャンから得られた)試料の質量スペクトルデータに基づいて動的に決定されることのうちの少なくとも1つであり得る。N及び/又はMは、実験を通して連続的に変化させることができる。N及び/又はMは、以下に説明する最適化手順に従って決定され得る。
【0140】
したがって、一般論として、本開示の方法は、m/z部分範囲の各セットにおけるm/z部分範囲の数、及び/又はm/z部分範囲の複数のセットにおけるm/z部分範囲のセットの数に対して最適化手順を実施することができる。最適化手順は、質量分析のダイナミックレンジ、及び/又は質量分析を実施するための総利用可能時間のうちの少なくとも1つに基づいてもよい。
【0141】
NxM最適化のための任意選択の開始条件及び制限:
-スキャン及びm/z区分化方法:自動、等距離若しくはカスタム、又は異なる方法の組み合わせ、又はハイブリッドHDRスキャン
-固定サブスキャン回数M又は許容サブスキャン回数範囲:min_M~max_M
-追加のサブスキャンの1サイクルの最大持続時間(全ての注入時間と、m/zウィンドウとサブスキャンとの間の技術的切り替え時間とを含む)
-m/zウィンドウの固定数N又は許容範囲:min_N~max_N。max_Nは、全質量範囲(LMとFMとの間のデルタ)とmin_width(表1から)との比として定義することができる
【0142】
パラメータN及びMは、例えば、最小許容サブスキャン数を選択し、注入時間と技術的時間との合計が追加のサブスキャンの総持続時間を超えるべきではないという追加の制限を導入することによって、追加の時間がほとんどないようにこの段階で最適化することができる。
【0143】
任意選択の最適化戦略:
パラメータN及びMは、以下を達成するように最適化することができる。
-最大ダイナミックレンジ
-ダイナミックレンジ利得と余分なサブスキャンの総持続時間との最大比(すなわち、総測定時間の増加を最小限に抑えたベストウィン)
【0144】
この最適化は、試料の組成が進化するにつれてm/z部分範囲の新しいセットを決定するために、実験中に繰り返し行われてもよい。
【0145】
任意選択のNxM最適化アルゴリズム:
以下の最適化アルゴリズムは、m/z部分範囲の区分化が開始されるたびに適用され得る。M及びNの一対の値から開始する。
1. 全ての許容されたサブスキャン番号Mに対して、以下のステップを繰り返す
2. 選択されたN及び所与の開始条件及び制限に対して、m/zウィンドウ区分化プロセスを繰り返す
3. 見出されたウィンドウが区分化され、所与のMにわたって広がると、1つ以上の最適化基準を計算し、全てを1つのレコードとして最適化履歴に追加する
4. 所与のMに対する全ての最適化履歴に基づいて、次の数のウィンドウNを選択する
5. 所与のMに対するNの最適化が終了したかどうかを、使用された最適化方法に基づいて評価する。評価は、勾配法を使用して、全範囲Nにわたる単純な反復によって、又は別の方法を使用して行うことができる。N最適化が終了していない場合、ステップ2に進む。
6. Nに対する最適化が終了した場合、所与のMに対するN個の最適化の最終結果を保存し、許容範囲からの別のMを用いてステップ1に進む。許容範囲からそれ以上Mが利用可能でない場合、次に進む。
7. 全ての許容されたMに対して全ての発見されたN最適化結果を比較し、1つ以上の最適化基準を最も良く満たすものを選択する。
【0146】
NxM最適化の主な目標:
スキャン範囲の過剰区分化は避けるべきである。これは、m/zウィンドウの数が増加すると、到達するダイナミックレンジが減少するときに起こる。過剰区分化は、m/zウィンドウ当たりの試料使用のデューティサイクルの減少によって引き起こされ得る。
1. 最後の区分化ステップの1つ前に、低い豊富なピークを有する平均サイズウィンドウに2.5×注入時間が割り当てられ、AGCターゲットが達成されないことを考慮する。
2. 余分なNxM最適化を伴わない区分化アルゴリズムは、ウィンドウサイズの半分当たり1×注入時間で終了し、0.5×注入時間は、ウィンドウ間を切り替えるための技術的時間のために失われる-
3. すなわち、この例では、区分化アルゴリズムが最後のステップの1つ前で停止された場合、各ピークについて2.5倍の信号利得を達成することができる。
【0147】
実験時間に厳密な制限がある場合、妥当なダイナミックレンジ利得に達したときに区分化を停止することが重要であり得る。更に、ウィンドウ間の技術的切り替え時間(Exploris(登録商標)上で約6ms)を考慮に入れることが重要であり得る。1サイクル当たりの総追加サブスキャン持続時間が限られている場合、区分化のある時点で、ウィンドウをより小さい部分に更に分離すると、技術的な切り替え時間の負担が増大するため、信号の実際の損失につながる可能性がある。
【0148】
機器においてHDRスキャンを実装する方法
Exploris(登録商標)機器での標準的な実装形態では、イオン源から生じる異なるm/zウィンドウからのイオンは、四重極によってフィルタリングされ、軌道トラップ質量分析器に注入される前にイオン蓄積デバイス(C-trap)に収集される。
【0149】
しかしながら、HDRスキャンを取得するために以下の機器を使用することができる。
(例えば、米国特許第7829842号、米国特許第7999223号、米国特許第9064679号、米国特許第9293316号、米国特許第9812310号、米国特許第10199208号、米国特許第10224193号に記載されているように)全てのイオンをトラップデバイスに蓄積し、それらを周期的に放出し、任意のタイプのイオン移動度又は飛行時間に従って到着時間で分離し、所望のウィンドウをゲーティングし、それらを最終蓄積デバイスに収集し、その後、分析器に注入することによる並列充填。
上記のように、しかし、第1のトラップデバイスから連続的にスキャンアウトされたイオンを用いて、所望の非重複ウィンドウのみが、(例えば、米国特許第7157698号/米国特許第7342224号に記載されているように)最終蓄積デバイスへと通過することが可能になる。
(例えば、米国特許第9147563号、米国特許第9293316号/米国特許第9812310号に記載されているように)m/z又は移動度によるイオンの蓄積デバイスのアレイへの分離、次いで、所望の時間にそれらのうちの一部からイオンを放出すること、及び分析器へのその後の注入のために蓄積デバイスに移送するための非重複ウィンドウを選択すること。
【0150】
これらの代替的な方法では、最終蓄積デバイス(Cトラップ)に到達する最終ウィンドウの形状をシャープにすることに加えて、高速スイッチング四重極又は任意の他の質量フィルタを使用することができる。
【0151】
図5は、本明細書に記載される方法を実装するための好ましい質量分析システムを示している。質量分析システムは、本明細書に記載の方法を実施するように改造されたThermo Scientific Orbitrap Exploris(登録商標)480質量分析器である。質量分析器システムは、大容量移送管501、電気力学的イオンファンネル502、EASY-IC内部較正物質源503、先進アクティブビームガイド(advanced active beam guide、AABG)504、先進四重極技術(advanced quadrupole technology、AQT)505、独立電荷検出器506、Cトラップ507、イオンルーティング多重極508、及び軌道トラップ質量分析器509を備える。AQT505は、上述のように区分化されたm/z部分範囲へのイオンのフィルタリングを実施するように構成される。イオンは、前述の方法に従って計算された注入時間に基づいて、Cトラップ507内にトラップされる。次に、軌道トラップ質量分析器509は、イオンがフィルタリングされた後の試料の質量スペクトルデータを取得する。図5は好ましいハードウェア構成であるが、種々の他のタイプの質量分析システムを使用することができる。
【0152】
上述の方法は、ハードウェア及び/又はソフトウェアとしての1つ以上の対応するモジュールとして実装され得ることが理解されよう。例えば、上述の機能性は、質量分析システムのプロセッサによる実行のための1つ以上のソフトウェア構成要素として実装されてもよい。あるいは、上記の機能は、1つ以上のフィールドプログラマブルゲートアレイ(field-programmable-gate-array、FPGA)、及び/又は1つ以上の特定用途向け集積回路(application-specific-integrated-circuit、ASIC)、及び/又は1つ以上のデジタルシグナルプロセッサ(digital-signal-processor、DSP)、及び/又は他のハードウェア構成などのハードウェアとして実装することができる。本明細書に含まれるフローチャートにおいて実装される、又は上述したような、方法ステップは、各々、対応するそれぞれのモジュールによって実装され得る。更に、本明細書に含まれるフローチャートにおいて実装される、又は上述したような、複数の方法ステップは、単一モジュールによって一緒に実装されてもよい。かかるモジュール及びハードウェアは、質量分析システムに統合されてもよい。
【0153】
本開示の実施形態がコンピュータプログラムによって実装される限り、コンピュータプログラムを担持する記憶媒体及び伝送媒体が、本開示の態様を形成することが理解されよう。コンピュータプログラムは、コンピュータによって実行されると、本開示の実施形態を実行させる、1つ以上のプログラム命令、又はプログラムコードを有し得る。本明細書で使用される、「プログラム」という用語は、コンピュータシステム上で実行するために設計された一連の命令とすることができ、サブルーチン、関数、手順、モジュール、オブジェクトメソッド、オブジェクト実装形態、実行可能アプリケーション、アプレット、サーブレット、ソースコード、オブジェクトコード、共有ライブラリ、動的リンクライブラリ、及び/又はコンピュータシステムで実行するために設計された他の一連の命令を含むことができる。記憶媒体は、磁気ディスク(ハードドライブ若しくはフロッピーディスクなど)、光ディスク(CD-ROM、DVD-ROM、若しくはBluRayディスクなど)、又はメモリ(ROM、RAM、EEPROM、EPROM、フラッシュメモリ若しくはポータブル/リムーバブルメモリデバイスなど)などであり得る。伝送媒体は、通信信号、データブロードキャスト、2台以上のコンピューティングデバイス間の通信リンクなどであり得る。
【0154】
本明細書に開示される各特徴は、別段の指定のない限り、同一、同等、又は類似の目的を果たす代替的な特徴によって置き換えられ得る。したがって、別段の指定のない限り、開示される各特徴は、一般的な一連の同等又は類似の特徴の単なる一例である。
【0155】
更に、説明された実施形態に対していくつかの変形を作製することができ、本明細書を読むことにより当業者には明らかとなろう。例えば、軌道トラップ質量分析器が主に記載されているが、本明細書に記載される質量分析器は、軌道トラップ質量分析器又はイオンがトラップに入り、そこからToF質量分析器に放出されるトラップベースの飛行時間(ToF)のうちの任意の1つ以上であってもよい。
【0156】
特許請求の範囲内を含む、本明細書において使用される場合、文脈が別様に示さない限り、本明細書における用語の単数形は、複数形を含むものとして解釈され、文脈により可能な場合、その逆も同様である。例えば、文脈上他の意味に解すべき場合を除き、「1つの(a)」又は「1つの(an)」(イオン又はm/z部分範囲など)などの、特許請求の範囲を含む本明細書における単数形の言及は、「1つ以上の」(例えば、1つ以上のイオン、又は1つ以上のm/z部分範囲)を意味する。本開示の説明及び特許請求の範囲を通じて、語「備える(comprise)」、「含む」(including)、「有する(having)」、及び「包含する(contain)」、並びに語の変形、例えば「備えている(comprising)」及び「備える(comprises)」又は同様のものは、説明されている特性が、追随する追加の特性を含み、他の構成要素の存在を排除するとは意図されない(及び排除しない)ことを意味する。更に、第1の特性が第2の特性に「基づく」と説明されている場合、これは、第1の特徴が第2の特徴に完全に基づくこと、又は第1の特徴が第2の特徴に少なくとも部分的に基づくことを意味し得る。
【0157】
本明細書において提供されるありとあらゆる例、又は例示的な文言(「例えば(for instance)」、「~など(such as)」、「例えば(for example)」、及び同様の文言)の使用は、単に、発明をより良く例示することを意図され、特に特許請求されない限り、本開示の範囲への限定を示すものではない。本明細書におけるいずれの文言も、本開示の実施に不可欠なものとして主張されていないいかなる要素も示すものとして解釈されるべきではない。
【0158】
本明細書に記載された任意のステップは、異なるように記載されていない限り、又は文脈により別の意味が必要とされない限り、任意の順序で、又は同時に実行され得る。更に、あるステップがあるステップの後に実行されると説明されている場合、これは、介在ステップが実行されていることを排除するものではない。
【0159】
本明細書で開示される態様及び/又は特徴の全ては、そのような特徴及び/又はステップの少なくともいくつかが相互に排他的である組み合わせを除いて、任意の組み合わせで組み合わせることができる。特に、本開示の好ましい特徴は、本開示の全ての態様及び実施形態に適用可能であり、任意の組み合わせで使用され得る。同様に、必須ではない組み合わせで記載された特徴は、(組み合わせではなく)別々に使用され得る。
【0160】
以下の番号を付した条項は、本発明の更なる有利な実施形態を示す。
1. m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、
m/z範囲にわたって試料の質量スペクトルデータを受信することと、
m/z範囲を複数のm/zビンに分割することと、
質量スペクトルデータに基づいて、各m/zビンに対するイオン存在量の指標を決定することと、
少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンを、形成されたm/z部分範囲に割り当てることによって、m/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲を形成することと、によって、m/z範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに区分化することであって、各セットが、1つ以上のm/z部分範囲を含む、区分化することと、
m/z部分範囲の各セットについて試料に対して、質量分析を実施し、それによって、1つ以上の部分質量スペクトルデータセットを取得することと、を含む、方法。
2. m/z範囲を区分化することが、
(i)複数のm/zビンのうちの初期m/zビンを識別することと、
(ii)初期m/zビンに隣接する1つ以上のm/zビンが、少なくとも閾値度まで初期m/zビンのイオン存在量に対応するイオン存在量を有すると決定することと、
(iii)初期m/zビン及び初期m/zビンに隣接する1つ以上のm/zビンを、形成されたm/z部分範囲に割り当てることと、を含む、条項1に記載の方法。
3. 初期m/zビンが、最高イオン存在量を有する複数のm/zビンのうちのm/zビンである、条項2に記載の方法。
4. 形成されたm/z部分範囲の補完を形成することを含む、条項2又は条項3に記載の方法。
5. 形成されたm/z部分範囲の補完に対してステップ(i)、(ii)、及び(iii)を繰り返し、それによって、m/z部分範囲の1つ以上のセットの1つ以上の更なるm/z部分範囲を形成することを含む、条項4に記載の方法。
6. 形成されたm/z範囲の補完を反復的に形成することと、各連続補完に対してステップ(i)、(ii)、及び(iii)を繰り返し、それによって、m/z部分範囲の1つ以上のセットの複数の更なるm/z部分範囲を形成することと、を含む、条項4又は条項5に記載の方法。
7. m/z範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに区分化することが、形成されたm/z部分範囲の総数が、m/z部分範囲の1つ以上のセットにおけるm/z部分範囲の事前定義された総数以下になるまで、m/z部分範囲を繰り返し形成することを含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
8. m/z範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに区分化することが、W個のm/z部分範囲をそれぞれ含むm/z部分範囲のM個のセットを形成することを含み、m/z部分範囲が、m/zの順に番号付けされ、m/z部分範囲のi番目のセットが、i=1、...、Mの各値について、m/z部分範囲番号i、M+i、2M+i、...、(W-1)M+iを含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
9. m/z範囲を区分化することが、
第1のm/zビン及び第2のm/zビンが、少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有すると決定することと、
第1のm/zビンと第2のm/zビンとの間の第3のm/zビンが、少なくとも閾値度まで、第1及び第2のm/zビンのイオン存在量に対応しないイオン存在量を有すると決定することと、
第1の、第2の、及び第3のm/zビンを単一のm/z部分範囲に割り当てることと、を含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
10. m/z範囲を区分化することが、
少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンを第1の予備的m/z部分範囲に割り当てることと、
少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンを第2の予備的m/z部分範囲に割り当てることと、
第1の予備的m/z部分範囲が第2の予備的m/z部分範囲と重複すると決定することと、
それぞれのm/zビンをm/z部分範囲の1つ以上のセットのm/z部分範囲に割り当てることなく、第2の予備的m/z部分範囲を破棄すること、を含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
11. m/z範囲を区分化することが、
少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/zビンをそれぞれの予備的m/z部分範囲に割り当てることによって、1つ以上の予備的m/z部分範囲を形成することと、
それぞれの予備的m/z部分範囲に基づいて、m/z部分範囲の1つ以上のセットの1つ以上のm/z部分範囲を形成することと、を含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
12. それぞれの予備的m/z部分範囲に基づいて、m/z部分範囲の1つ以上のセットの1つ以上のm/z部分範囲を形成することが、
それぞれの予備的m/z部分範囲をm/z部分範囲の1つ以上のセットに割り当てることと、
m/z部分範囲の1つ以上のセットに、それぞれの予備的m/z部分範囲に隣接する1つ又は2つのm/z部分範囲を割り当てることであって、それぞれの予備的m/z部分範囲に隣接する1つ又は2つのm/z部分範囲の各々が、それぞれの予備的m/z部分範囲の一端から更なる予備的m/z部分範囲の一端まで延在する、割り当てることと、
好ましくは、方法が、それぞれの予備的m/z部分範囲に隣接する1つ又は2つのm/z部分範囲のうちの少なくとも1つの幅を増加させることを更に含む、条項11に記載の方法。
13. m/z範囲を区分化することが、初期m/zビンと、初期m/zビンに隣接する1つ以上のm/zビンとを割り当てて、第1の予備的m/z部分範囲を形成することを含み、m/z部分範囲を形成することが、
第1の予備的m/z部分範囲の幅を増加させることによってm/z部分範囲を形成すること、及び/又は
第1の予備的m/z部分範囲に隣接する既存の第2の予備的m/z部分範囲の幅を増加させることによって、m/z部分範囲を形成することのうちの少なくとも1つを含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
14.
第1の予備的m/z部分範囲と、第1の予備的m/z部分範囲に隣接する第2の予備的m/z部分範囲とが同じ幅を有すると決定することと、
第1の予備的m/z部分範囲及び第2の予備的m/z部分範囲のうちのどちらがより高いイオン存在量に関連付けられるかを決定することと、
より高いイオン存在量に関連付けられる、第1の予備的m/z部分範囲及び第2の予備的m/z部分範囲のうちの1つのうちの1つの幅を増加させることと、を含む、条項13に記載の方法。
15.
第1の予備的m/z部分範囲が第1の予備的m/z部分範囲に隣接する第2の予備的m/z部分範囲よりも広いと決定することに基づいて、第2の予備的m/z部分範囲の幅を増加させること、又は
第1の予備的m/z部分範囲が第2の予備的m/z部分範囲よりも狭いと決定することに基づいて、第1の予備的m/z部分範囲の幅を増加させることを含む、条項13又は条項14に記載の方法。
16. 第1の予備的m/z部分範囲及び第2の予備的m/z部分範囲のうちの少なくとも1つの幅を増加させることが、第1及び第2の予備的m/z部分範囲を少なくとも部分的に重複させる、条項13~15のいずれか一項に記載の方法。
17. 第1及び第2の予備的m/z部分範囲が、
第1の又は第2の予備的m/z部分範囲の幅に比例するオフセットを含み、かつ/又は
一定のオフセットを含む量だけ重複する、条項16に記載の方法。
18.
m/z範囲をm/z部分範囲の複数の第1のセットに区分化することであって、各第1のセットが、1つ以上のm/z部分範囲を含む、区分化することと、
m/z部分範囲の各第1のセットについて、試料に対して、第1の質量分析を実施し、それによって、複数の第1の部分質量スペクトルデータセットを取得することと、
複数の第1の部分質量スペクトルデータセットによって示されるイオン存在量に基づいて、m/z範囲をm/z部分範囲の複数の第2のセットに区分化することであって、各第2のセットが、1つ以上のm/z部分範囲を含む、区分化することと、
m/z部分範囲の各第2のセットについて試料に対して第2の質量分析を実施し、それによって、複数の第2の部分質量スペクトルデータセットを取得することと、を含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
19. 複数のそれぞれの更なる部分質量スペクトルデータセットを得るために、m/z範囲を1回以上更に区分化することと、1回以上の更なる質量分析を実施することと、を含む、条項18に記載の方法。
20.
複数のm/zビンの各々が、ユーザによって構成可能な幅を有し、及び/又は
複数のm/zビンの各々が、所定の最小幅の半分である幅を有する、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
21. m/zビン間の閾値一致度が、高存在量のm/zビンのイオン存在量に対する低存在量のm/zビンのイオン存在量の所定の比であり、好ましくは、所定の比が、少なくとも0.5である、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
22. イオン存在量の指標が、総イオン電流(TIC)である、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
23. m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、m/z範囲が、1つ以上のm/z部分範囲のセットを含み、方法が、
1つ以上のm/z部分範囲のセットの各m/z部分範囲についての初期注入時間を含む注入時間の初期分布を決定することと、
注入時間の初期分布の総時間が質量スペクトルデータを取得するための総利用可能注入時間を超えたと決定することに基づいて、各m/z部分範囲についての調整された注入時間を含む注入時間の調整された分布を決定することと、
部分質量スペクトルデータセットを得るために、調整された注入時間分布に従って各m/z部分範囲について質量分析を実施することと、を含み、
注入時間の調整された分布を決定することが、1つ以上のm/z部分範囲のセットに対する注入時間の調整された分布の総時間が、質量スペクトルデータを取得するための総利用可能注入時間以下であるように、それぞれのm/z部分範囲についての初期注入時間のうちの少なくとも1つを低減することを含む、方法。
24. 注入時間の調整された分布を決定することが、1つ以上の比較的長い初期注入時間を、1つ以上の比較的短い初期注入時間よりも大幅に短縮することを含む、条項23に記載の方法。
25. 注入時間の調整された分布を決定することが、閾値注入時間を超える少なくとも1つの、好ましくは各々の初期注入時間を低減することを含む、条項23又は条項24に記載の方法。
26. 注入時間の調整された分布を決定することが、閾値注入時間を超える複数の初期注入時間をスケーリング係数だけ低減することを含む、条項23~25のいずれか一項に記載の方法。
27. 注入時間の調整された分布を決定することが、閾値注入時間を、スケーリング係数だけ低減された初期注入時間が閾値注入時間未満である各m/z部分範囲についての調整された注入時間として設定することを含む、条項26に記載の方法。
28. 注入時間の調整された分布を決定することが、
初期注入時間が閾値注入時間未満である各m/z部分範囲について、初期注入時間と閾値注入時間との間の差を合計することによって、総予備注入時間を決定することと、
総予備注入を分配することによって、初期注入時間が閾値注入時間を超える1つ以上のm/z部分範囲についての調整された注入時間を設定し、それによって、初期注入時間が閾値注入時間を超える1つ以上のm/z部分範囲についての初期注入時間を増加させることと、を含む、条項23~27のいずれか一項に記載の方法。
29. 注入時間の調整された分布を決定することが、
閾値注入時間を超える各初期注入時間の和sum_exceedingを決定することであって、閾値注入時間が、ITThrである、決定することと、
総利用可能注入時間からITThr以下である各初期注入時間を減算することによって、和sum_remainingを決定することと、
閾値注入時間を超える各初期注入時間を、昇順に、反復的に、
それぞれの初期注入時間old_ITから、
【0161】
【数3】
を計算することによって、調整された注入時間new_ITを計算することと、
sum_exceedingをold_ITだけ減少させることと、
sum_remainingをnew_ITだけ減少させることと、によって、処理することと、を含む、条項23~28のいずれか一項に記載の方法。
30. 閾値注入時間が、1つ以上のm/z部分範囲間で等しく分割された総利用可能注入時間に等しい、条項23~29のいずれか一項に記載の方法。
31.
m/z部分範囲が対象のm/z部分範囲であるという指示を受信することと、対象のm/z部分範囲について比較的高い調整された注入時間を設定することと、を更に含む、条項23~30のいずれか一項に記載の方法。
32. 注入時間の調整された分布を決定することが、各それぞれのm/z部分範囲について初期注入時間を低減することを含む、条項23~31のいずれか一項に記載の方法。
33. 注入時間の調整された分布を決定することが、各それぞれのm/z部分範囲について初期注入時間をスケーリング係数だけ低減することを含む、条項23~32のいずれか一項に記載の方法。
34. 注入時間の初期分布を決定することが、自動利得制御(AGC)アルゴリズムに基づいて、各m/z部分範囲についての初期注入時間を決定することを含む、条項23~33のいずれか一項に記載の方法。
35. 注入時間の調整された分布を決定することが、それぞれのm/z部分範囲に対するイオン存在量の指示に基づいて、m/z部分範囲についての初期注入時間を調整することを含む、条項23~34のいずれか一項に記載の方法。
36. 注入時間の調整された分布を決定することが、それぞれのm/z部分範囲についてのイオン存在量が単一のm/zピークによって実質的に引き起こされるという指示に基づいて、m/z部分範囲についての初期注入時間を低減することを含む、条項23~35のいずれか一項に記載の方法。
37. m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、m/z範囲が、m/z部分範囲の複数のセットを含み、各セットが、1つ以上のm/z部分範囲を含み、方法が、
m/z部分範囲の複数のセットのm/z部分範囲の第1のセットを決定し、m/z部分範囲の複数のセットのm/z部分範囲の第2のセットを決定することであって、第1のセットが、第1のm/z部分範囲を含み、第2のセットが、第2のm/z部分範囲を含む、決定することと、
第1の質量フィルタを使用して、試料を質量フィルタリングし、m/z部分範囲の第1のセットにおけるイオンを単離し、m/z部分範囲の第1のセットにわたって試料に対して質量分析を実施して、第1の部分質量スペクトルデータセットを得ることであって、第1の質量フィルタが、第1のm/z部分範囲に対応する第1の応答プロファイルを有し、第1の応答プロファイルが、比較的高い透過領域及び1つ以上の比較的低い透過領域を有する、質量フィルタリングすることと、
第2の質量フィルタを使用して、試料を質量フィルタリングし、m/z部分範囲の第2のセットにおけるイオンを単離し、m/z部分範囲の第2のセットにわたって、試料に対して質量分析を実施して、第2の部分質量スペクトルデータセットを得ることであって、第2の質量フィルタが、第2のm/z部分範囲に対応する第2の応答プロファイルを有し、第2の応答プロファイルが、比較的高い透過領域及び1つ以上の比較的低い透過領域を有する、質量フィルタリングすることと、を含み、
m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定するステップが、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域と少なくとも部分的に重複するように、m/z部分範囲の第1及び第2のセットを設定することを含む、方法。
38. m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定することが、
第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が、第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域と少なくとも部分的に重複するかどうかを決定することと、
第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域と少なくとも部分的に重複しないと決定することに基づいて、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域が第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域と少なくとも部分的に重複するように、m/z部分範囲の第1及び/又は第2のセットを調整することと、を含む、条項37に記載の方法。
39.
m/z部分範囲の第1のセットが、第1の複数のm/z部分範囲を含み、第1の質量フィルタが、第1のセットの各m/z部分範囲について、比較的高い透過領域と、1つ以上の比較的低い透過領域とをそれぞれ含む、複数の応答プロファイルを有し、
m/z部分範囲の第2のセットが、第2の複数のm/z部分範囲を含み、第2の質量フィルタが、複数の応答プロファイルを有し、当該複数の応答プロファイルが、それぞれ、第2のセットの各m/z部分範囲について、比較的高い透過領域と、1つ以上の比較的低い透過領域とを含み、
第1及び第2の組のm/z部分範囲を決定するステップが、第1の質量フィルタの各応答プロファイルの各比較的高い透過領域が第2の質量フィルタの応答プロファイルの比較的高い透過領域に少なくとも部分的に重複するように、第1及び第2の組のm/z部分範囲を設定することを含む、条項37又は条項38に記載の方法。
40. 各応答プロファイルが、複数の比較的低い透過領域の間に比較的高い透過領域を有する、条項37~39のいずれか一項に記載の方法。
41. 各応答プロファイルが、実質的に台形である、条項37~40のいずれか一項に記載の方法。
42. 第1の質量フィルタ及び第2の質量フィルタが、同じ質量フィルタである、条項37~41のいずれか一項に記載の方法。
43. 第1の質量フィルタが、四重極であり、かつ/又は第2の質量フィルタが、四重極である、条項37~42のいずれか一項に記載の方法。
44. 第1の応答プロファイル及び/又は第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域が、少なくとも90%のイオン透過、少なくとも95%のイオン透過、又は少なくとも99%のイオン透過を有する領域である、条項37~43のいずれか一項に記載の方法。
45. m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定することが、
第1の質量フィルタ及び第2の質量フィルタを使用して得られた質量スペクトルデータに基づいて、第1の応答プロファイルの第1の台形適合及び/又は第2の応答プロファイルの第2の台形適合を決定することと、
第1の台形適合及び/又は第2の台形適合に基づいて、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域及び第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域を決定することと、を含む、条項37~44のいずれか一項に記載の方法。
46. m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定することが、第1及び/又は第2の応答プロファイルのうちの少なくとも1つの幅に基づいて、第1及び第2の応答プロファイルに対する重複の程度を決定することを含む、条項37~45のいずれか一項に記載の方法。
47. m/z部分範囲の第1及び第2のセットを決定することが、第1及び/又は第2の応答プロファイルのうちの少なくとも1つの比較的低い透過領域の幅に基づいて、第1及び第2の応答プロファイルに対する重複の程度を決定することを含む、条項37~46のいずれか一項に記載の方法。
48. 第1の応答プロファイルの相対的に高い透過領域が、第1の応答プロファイルの相対的に低い透過領域の幅、及び/又は第2の応答プロファイルの相対的に低い透過領域の幅よりも大きい量だけ、第2の応答プロファイルの相対的に高い透過領域に重複する、条項37~47のいずれか一項に記載の方法。
49. m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、m/z部分範囲の各セットに対する調整された注入時間分布に従って、条項1~22のいずれか一項に記載の方法を実施することを含み、m/z部分範囲の各セットに対する調整された注入時間分布が、条項23~36のいずれか一項に記載の方法を実施することによって決定され、好ましくは、方法が、条項37~48のいずれか一項に記載の方法を実施することによって決定された第1及び第2のm/z部分範囲について実施される、方法。
50. m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、条項37~48のいずれか一項に記載の方法を実施することによって決定された第1及び第2のm/z部分範囲について条項1~22のいずれか一項に記載の方法を実施することを含む、方法。
51. m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、m/z部分範囲の各セットに対する調整された注入時間分布に従って、条項37~48のいずれか一項に記載の方法を実施することを含み、m/z部分範囲の各セットに対する調整された注入時間分布が、条項23~36のいずれか一項に記載の方法を実施することによって決定される、方法。
52. m/z部分範囲の各セットが、複数のm/z部分範囲を含み、m/z部分範囲の所与のセットにおける各m/z部分範囲が、m/z部分範囲の異なるセットのm/z部分範囲と少なくとも部分的に重複する、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
53. m/z部分範囲の各セットが、少なくとも閾値度に対応するイオン存在量を有するm/z部分範囲を含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
54. m/z部分範囲の少なくとも1つのセットが、試料中の比較的高い又は比較的低いイオン存在量に関連する1つ以上のm/z部分範囲を含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
55. 少なくとも1つの質量分析が、試料中のイオン存在量に基づいて決定された機器パラメータを使用して実施される、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
56. 異なるイオン光学系設定を使用して、それぞれのセットの1つ以上のm/z部分範囲について質量分析を実施することを含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
57. 各質量分析が、MS1質量分析である、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
58. m/z部分範囲のセットの各々のm/z部分範囲が、集合的にm/z範囲に及ぶ、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
59. m/z部分範囲の各セットが、離間された複数のm/z部分範囲を含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
60. m/z部分範囲の複数のセットの各々のm/z部分範囲が、m/z軸に沿ってインターリーブされる、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
61. m/z部分範囲の第1のセットの各m/z部分範囲が、m/z部分範囲の第2のセットのm/z部分範囲と連続している、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
62. 試料をクロマトグラフから受け取ることを含み、好ましくは、試料の時間依存性質量スペクトルデータを得るために、クロマトグラフから得られた1つ以上の試料に対して、先行する条項のいずれか一項に記載の方法を1回以上繰り返すことを含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
63. m/z範囲にわたって試料に対して全範囲質量分析を実施することと、m/z範囲にわたって試料に対する全範囲質量分析に基づいて、少なくとも1つの部分質量スペクトルデータセットの質量スペクトルデータを調整することと、を含む、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
64. m/z部分範囲の各セットにおけるm/z部分範囲の総数が、一定であること、ユーザによって構成可能であること、及び/若しくは試料の質量スペクトルデータに基づいて決定されることのうちの少なくとも1つであり、かつ/又は
m/z部分範囲の複数のセットにおけるm/z部分範囲のセットの総数が、一定であること、ユーザによって構成可能であること、及び/若しくは試料の質量スペクトルデータに基づいて動的に決定されることのうちの少なくとも1つである、先行する条項のいずれか一項に記載の方法。
65. m/z部分範囲の各セットにおけるm/z部分範囲の総数及び/又はm/z部分範囲の複数のセットにおけるm/z部分範囲のセットの数に対して最適化手順を実施することを含み、最適化手順が、質量分析のダイナミックレンジ、及び/又は質量分析を実施するための総利用可能時間のうちの少なくとも1つに基づく、条項64に記載の方法。
66. m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、方法が、
先行する条項のいずれか一項に記載の方法を使用して、複数の部分質量スペクトルデータセットを得ることと、
複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることと、を含む、方法。
67. m/z部分範囲の第1のセットの第1のm/z部分範囲が、m/z部分範囲の1つ以上の更なるセットの1つ以上の更なるm/z部分範囲と少なくとも部分的に重複する、条項66に記載の方法。
68. m/z部分範囲の第1のセットの各m/z部分範囲が、m/z部分範囲の第2のセットのm/z部分範囲と少なくとも部分的に重複し、好ましくは、m/z部分範囲の第1のセットの各m/z部分範囲が、m/z部分範囲の第3のセットのm/z部分範囲と少なくとも部分的に重複する、条項66又は条項67に記載の方法。
69. 単一の質量スペクトルデータセットが、複数の部分質量スペクトルデータセットの第1の部分質量スペクトルデータセット、及び複数の部分質量スペクトルデータセットの第2の部分質量スペクトルデータセットからの質量スペクトルデータを含む、条項66~68のいずれか一項に記載の方法。
70.複数の部分質量スペクトルデータセットを組み合わせることが、
m/z部分範囲の第1のセットの第1のm/z部分範囲とm/z部分範囲の第2のセットの第2のm/z部分範囲との交点内にあるエンドm/z値を決定することと、
単一の質量スペクトルデータセットに、
エンドm/z値と第1のm/z部分範囲のエンドポイントとの間からの質量スペクトルデータと、
エンドm/z値と第2のm/z部分範囲のエンドポイントとの間からの質量スペクトルデータと、を含めることと、を含む、条項66~69のいずれか一項に記載の方法。
71. 第1及び/又は第2のm/z部分範囲内の同位体の分布に基づいてエンドm/z値を決定することを含む、条項70に記載の方法。
72. 第1のm/z部分範囲と第2のm/z部分範囲との交点が、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域の少なくとも一部と、第2の応答プロファイルの比較的高い透過領域の少なくとも一部と、を含む、条項70又は条項71に記載の方法。
73. 第1の部分質量スペクトルデータセットが第2の部分質量スペクトルデータセットと一致するかどうかを決定するステップを含む、条項66~72のいずれか一項に記載の方法。
74. 第1のm/z部分範囲及び第2のm/z部分範囲のうちのどちらがより高いイオン存在量に関連付けられるかを決定することを含み、
複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることが、単一の質量スペクトルデータセットに、より高いイオン存在量に関連する第1のm/z部分範囲及び第2のm/z部分範囲のうちの1つからの質量スペクトルデータを含めることを含む、条項66~73のいずれか一項に記載の方法。
75. 第1のm/z部分範囲及び第2のm/z部分範囲のうちのどちらがより高い信号対雑音比に関連付けられるかを決定することを含み、
複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることが、より高い信号対雑音比に関連する第1のm/z部分範囲及び第2のm/z部分範囲のうちの1つからの質量スペクトルデータを単一の質量スペクトルデータセットに含めることを含む、条項66~74のいずれか一項に記載の方法。
76. 先行する条項のいずれか一項に記載の方法を実施するように構成された、質量分析器と、プロセッサと、1つ以上の質量フィルタと、を備える、質量分析システム。
77. 条項76に記載の質量分析システムのプロセッサによって実行されると、条項1~75のいずれか一項に記載の方法を質量分析システムに実施させる命令を含む、コンピュータプログラム。
78. 条項77に記載のコンピュータプログラムを記憶した、コンピュータ可読媒体。
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図3F
図3G
図4A
図4B
図5
【手続補正書】
【提出日】2023-09-14
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、前記m/z範囲が、1つ以上のm/z部分範囲のセットを含み、前記方法が、
1つ以上のm/z部分範囲の前記セットの各m/z部分範囲についての初期注入時間を含む注入時間の初期分布を決定することと、
前記注入時間の初期分布の総時間が前記質量スペクトルデータを取得するための総利用可能注入時間を超えたと決定することに基づいて、各m/z部分範囲についての調整された注入時間を含む注入時間の調整された分布を決定することと、
部分質量スペクトルデータセットを得るために、調整された注入時間分布に従って各m/z部分範囲について質量分析を実施することと、を含み、
注入時間の前記調整された分布を決定することが、1つ以上のm/z部分範囲の前記セットに対する注入時間の前記調整された分布の総時間が、前記質量スペクトルデータを取得するための前記総利用可能注入時間以下であるように、それぞれのm/z部分範囲についての前記初期注入時間のうちの少なくとも1つを低減することを含む、方法。
【請求項2】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、1つ以上の比較的長い初期注入時間を、1つ以上の比較的短い初期注入時間よりも大幅に低減することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、閾値注入時間を超える少なくとも1つの、好ましくは各々の初期注入時間を低減することを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、閾値注入時間を超える複数の初期注入時間をスケーリング係数だけ低減することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、前記閾値注入時間を、前記スケーリング係数だけ低減された前記初期注入時間が前記閾値注入時間未満である各m/z部分範囲についての前記調整された注入時間として設定することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、
前記初期注入時間が前記閾値注入時間未満である各m/z部分範囲について、前記初期注入時間と前記閾値注入時間との間の差を合計することによって、総予備注入時間を決定することと、
前記総予備注入を分配することによって、前記初期注入時間が前記閾値注入時間を超える1つ以上のm/z部分範囲についての調整された注入時間を設定し、それによって、前記初期注入時間が前記閾値注入時間を超える前記1つ以上のm/z部分範囲についての前記初期注入時間を増加させることと、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、
前記閾値注入時間を超える各初期注入時間の和sum_exceedingを決定することであって、前記閾値注入時間が、ITThrである、決定することと、
前記総利用可能注入時間からITThr以下である各初期注入時間を減算することによって、和sum_remainingを決定することと、
前記閾値注入時間を超える各初期注入時間を、昇順に、反復的に、
それぞれの初期注入時間old_ITから、
【数1】
を計算することによって、調整された注入時間new_ITを計算することと、
sum_exceedingをold_ITだけ減少させることと、
sum_remainingをnew_ITだけ減少させることと、によって、処理することと、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記閾値注入時間が、前記1つ以上のm/z部分範囲間で等しく分割された前記総利用可能注入時間に等しい、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
m/z部分範囲が対象のm/z部分範囲であるという指示を受信することと、前記対象のm/z部分範囲について比較的高い調整された注入時間を設定することと、を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、各それぞれのm/z部分範囲について前記初期注入時間を低減することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、各それぞれのm/z部分範囲について前記初期注入時間をスケーリング係数だけ低減することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
注入時間の前記初期分布を決定することが、自動利得制御(AGC)アルゴリズムに基づいて、各m/z部分範囲についての初期注入時間を決定することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、前記それぞれのm/z部分範囲に対するイオン存在量の指示に基づいて、m/z部分範囲についての前記初期注入時間を調整することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
注入時間の前記調整された分布を決定することが、前記それぞれのm/z部分範囲についての前記イオン存在量が単一のm/zピークによって実質的に引き起こされるという指示に基づいて、m/z部分範囲についての前記初期注入時間を低減することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
m/z部分範囲の各セットが、複数のm/z部分範囲を含み、m/z部分範囲の所与のセットにおける各m/z部分範囲が、m/z部分範囲の異なるセットのm/z部分範囲と少なくとも部分的に重複する、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
異なるイオン光学系設定を使用して、それぞれのセットの1つ以上のm/z部分範囲について質量分析を実施することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
各質量分析が、MS1質量分析である、請求項1に記載の方法。
【請求項18】
m/z部分範囲の前記セットの各々の前記m/z部分範囲が、前記m/z範囲に集合的に及ぶ、請求項1に記載の方法。
【請求項19】
前記試料をクロマトグラフから受け取ることを含み、好ましくは、前記試料の時間依存性質量スペクトルデータを得るために、前記クロマトグラフから得られた1つ以上の試料に対して、請求項1に記載の方法を1回以上繰り返すことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項20】
m/z範囲の少なくとも一部にわたって試料の質量スペクトルデータを取得するための方法であって、前記方法が、
請求項1に記載の方法を使用して、複数の部分質量スペクトルデータセットを得ることと、
前記複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることと、を含む、方法。
【請求項21】
前記複数の部分質量スペクトルデータセットを組み合わせることが、
m/z部分範囲の前記第1のセットの第1のm/z部分範囲とm/z部分範囲の前記第2のセットの第2のm/z部分範囲との交点内にあるエンドm/z値を決定することと、
前記単一の質量スペクトルデータセットに、
前記エンドm/z値と前記第1のm/z部分範囲のエンドポイントとの間からの質量スペクトルデータと、
前記エンドm/z値と前記第2のm/z部分範囲のエンドポイントとの間からの質量スペクトルデータと、を含めることと、を含み、
好ましくは、
前記方法が、前記第1及び/又は前記第2のm/z部分範囲内の同位体の分布に基づいて前記エンドm/z値を決定することを含み、かつ/又は
前記第1のm/z部分範囲と前記第2のm/z部分範囲との前記交点が、第1の応答プロファイルの比較的高い透過領域の少なくとも一部と、第2の応答プロファイルの前記比較的高い透過領域の少なくとも一部と、を含む、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記第1のm/z部分範囲及び前記第2のm/z部分範囲のうちのどちらがより高いイオン存在量に関連付けられるかを決定することであって、前記複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることが、前記より高いイオン存在量に関連付けられる前記第1のm/z部分範囲及び前記第2のm/z部分範囲のうちの1つからの前記質量スペクトルデータを前記単一の質量スペクトルデータセットに含めることを含む、決定すること、及び/又は
前記第1のm/z部分範囲及び前記第2のm/z部分範囲のうちのどちらがより高い信号対雑音比に関連付けられるかを決定することであって、前記複数の部分質量スペクトルデータセットを単一の質量スペクトルデータセットに組み合わせることが、前記より高い信号対雑音比に関連付けられる前記第1のm/z部分範囲及び前記第2のm/z部分範囲のうちの前記1つからの前記質量スペクトルデータを前記単一の質量スペクトルデータセットに含めることを含む、決定すること、を含む、請求項20又は21に記載の方法。
【請求項23】
請求項1に記載の方法を実施するように構成された、質量分析器と、プロセッサと、1つ以上の質量フィルタと、を備える、質量分析システム。
【請求項24】
請求項23に記載の質量分析システムの前記プロセッサによって実行されると、前記質量分析システムに、請求項1に記載の方法を実施させる命令を含む、コンピュータプログラム。
【請求項25】
請求項24に記載のコンピュータプログラムを記憶した、コンピュータ可読媒体。
【手続補正書】
【提出日】2023-09-28
【手続補正1】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】全図
【補正方法】変更
【補正の内容】
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図3F
図3G
図4A
図4B
図5
【外国語明細書】