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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002576
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20240101AFI20231228BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231228BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20231228BHJP
【FI】
A01K67/027
G01N33/15 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022101848
(22)【出願日】2022-06-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (その1) 発行日 2022年1月20日 刊行物 第10回日本プロテインホスファターゼ研究会 学術集会 抄録PDF (その2) 開催日 2022年1月21日から2022年1月22日 集会名、開催場所 第10回日本プロテインホスファターゼ研究会 学術集会(オンライン開催) (その3) 開催日 2022年3月8日 集会名、開催場所 第5回徳島大学統合的がん創薬研究クラスター合同ミーティング(オンライン開催) (その4) ウェブサイトの掲載日 2021年9月28日 ウェブサイトのアドレス http://www.congre.co.jp/jca2021/ http://www.congre.co.jp/jca2021/jp/abs_app/ (その5) 開催日 2021年9月30日から2021年10月2日(オンデマンド配信:2021年10月18日から2021年11月12日) 集会名、開催場所 第80回日本癌学会学術総会 パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1)、ライブ配信及びオンデマンド配信 (その6) ウェブサイトの掲載日 2021年10月25日 ウェブサイトのアドレス https://www2.aeplan.co.jp/jbs2021/outline.html (その7) ウェブサイトの掲載日 2021年10月25日 ウェブサイトのアドレス https://www2.aeplan.co.jp/jbs2021/program.html https://www2.aeplan.co.jp/jbs2021/program.html#1S04a (その8) 発行日 2021年10月25日 刊行物 第94回日本生化学会大会 プログラム集 (その9) 開催日 2021年11月3日から2021年11月5日 集会名、開催場所 第94回日本生化学会大会(Web開催) (その10) ウェブサイトの掲載日 2022年4月22日 ウェブサイトのアドレス https://jacp.info/ https://jacp.info/report/ https://jacp.info/wp/wp-content/uploads/2022/04/No.109.pdf
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「次世代がん医療創生研究事業」「癌抑制遺伝子を標的とする癌治療法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 聡
(72)【発明者】
【氏名】西尾 美希
(72)【発明者】
【氏名】曽山 弘敏
(72)【発明者】
【氏名】前濱 朝彦
(57)【要約】
【課題】基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の提供。
【解決手段】内因性のTAZを活性化する工程を含む、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内因性のTAZを活性化する工程を含む、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
【請求項2】
内因性のTAZを活性化する工程が、
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、個体を出生させる工程を含む、請求項1に記載の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
【請求項3】
胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステムが、プロゲステロン受容体遺伝子の発現依存的にはたらくCre-loxPシステムである、請求項2に記載の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
【請求項4】
内因性のTAZを活性化する工程が、
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物において、
前記任意にノックアウトできるシステムにより、Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子をノックアウ卜する工程を含み、
前記任意にノックアウトできるシステムが、タモキシフェン依存的にはたらくCre-loxPシステムであり、
前記Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子をノックアウ卜する工程が、タモキシフェンを全身投与する工程を含む、請求項1に記載の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の方法で作製された基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物に被験物質を適用する工程、及び
被験物質が適用された基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法。
【請求項6】
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、出生した個体に対して、
被験物質を適用する工程、及び
被験物質が適用された当該個体の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法。
【請求項7】
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物であり、
前記任意にノックアウトできるシステムが、タモキシフェン依存的にはたらくCre-loxPシステムである、非ヒト哺乳動物に対して、
タモキシフェンを全身投与する工程、
被験物質を適用する工程、及び
被験物質が適用された当該非ヒト哺乳動物の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法。
【請求項8】
内腔細胞特異的にMob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物。
【請求項9】
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物、当該動物の作製方法、及び当該動物を用いた底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
乳癌は、部位別癌罹患者数第1位で、日本では毎年10万人近くの女性が罹患する。乳癌にはエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2受容体のいずれかが陽性の乳癌と、これら3つの受容体を全くもたないトリプルネガティブ乳癌がある。これらの受容体があると、ホルモン療法や抗体療法などの分子標的療法で癌を抑制することができるが、トリプルネガティブ乳癌は、これらの受容体をもたないため、有効な分子標的療法がなく、特にトリプルネガティブの最多を占める基底細胞様乳癌は最も予後不良で治療抵抗性である。
【0003】
乳管は、乳汁を分泌して輸送する内腔細胞と、それを取り巻く基底細胞からなる。基底細胞様乳癌は、基底細胞の性質をもっていることから名づけられたが、この癌の起源は、基底細胞でなく内腔細胞由来であることが分かっている。しかし、内腔細胞起源の癌が、どのようにして基底細胞様の性質を獲得するかは不明であった。また、基底細胞様乳癌でTP53遺伝子の変異が多いことから、これが基底細胞乳癌の鍵分子と考えられたが、TP53遺伝子を変異したマウスはなかなか基底細胞様乳癌ができず、他の鍵分子の存在が想定されるものの、その詳細は不明であった。
【0004】
ところで、ヒッポシグナル伝達系(Hippo Pathway)は、哺乳動物においては、MST、SAV、MOB、及びLATSの4遺伝子をコアコンポーネントとする腫瘍抑制系のPathwayであり、YAP1/TAZの機能を抑制する働きを有する。YAP1/TAZは転写共役因子として、腫瘍促進に対し正にはたらく遺伝子(腫瘍促進遺伝子)である(例えば非特許文献1等を参照)。
【0005】
MOBには7つの相同分子があるが、このうちMOB1AとMOB1Bの2つのみがLATSと結合できる。LATSは単独ではYAP1/TAZに対するそのキナーゼ活性は弱いものの、MOB1A/Bが結合することによって非常に強いキナーゼ活性を獲得し、YAP1/TAZを抑制する。また、MOB1AとMOB1Bとは相同性が極めて高く、互いにその機能を代償するため、いずれか一方をノックアウトするのみではMOBの活性は消失しない。なお、MOB1A/MOB1Bを二重に完全欠損(ホモ欠損)するマウスを作製したところ着床直後に致死(胎生致死)となったが、MOB1Bのみをノックアウトしたところ正常な発達・発育を認めたことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2020/013113号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Bin Zhao et al, Nature Cell Biology, 13, 877-883 (2011)
【非特許文献2】Nishio M, et al. (2012) Cancer susceptibility and embryonic lethality in Mob1a/1b double-mutant mice. J Clin Invest 122(12):4505-4518.
【非特許文献3】Soyal SM, et al. (2005) Cre-mediated recombination in cell lineages that express the progesterone receptor. Genesis 41(2):58-66.
【非特許文献4】Srinivas S et al, BMC Dev Biol. 2001;1:4.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本開示は、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、TAZを活性化すること(より具体的には、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的に、又は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒ卜哺乳乳動物を利用すること)により、上記課題を解決できる可能性を見出し、さらに改良を重ねた。
【0010】
本開示は、例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項1.
内因性のTAZを活性化する工程を含む、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
項2.
内因性のTAZを活性化する工程が、
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、個体を出生させる工程を含む、項1に記載の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
項2-1.
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方及びTP53遺伝子は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、個体を出生させる工程を含む、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
項3.
胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステムが、プロゲステロン受容体遺伝子の発現依存的にはたらくCre-loxPシステムである、項2に記載の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
項4.
内因性のTAZを活性化する工程が、
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物において、
前記任意にノックアウトできるシステムにより、Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子をノックアウ卜する工程を含み、
前記任意にノックアウトできるシステムが、タモキシフェン依存的にはたらくCre-loxPシステムであり、
前記Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子をノックアウ卜する工程が、タモキシフェンを全身投与する工程を含む、項1に記載の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
項4-1.
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方及びTP53遺伝子は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物において、
前記任意にノックアウトできるシステムにより、Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子及びTP53遺伝子をノックアウ卜する工程を含み、
前記任意にノックアウトできるシステムが、タモキシフェン依存的にはたらくCre-loxPシステムであり、
前記Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子及びTP53遺伝子をノックアウ卜する工程が、タモキシフェンを全身投与する工程を含む、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
項4-2.
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方及びTP53遺伝子は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物において、
前記任意にノックアウトできるシステムにより、Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子をノックアウ卜する工程を含み、
前記任意にノックアウトできるシステムが、タモキシフェン依存的にはたらくCre-loxPシステムであり、
前記Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子をノックアウ卜する工程が、タモキシフェンを全身投与する工程を含む、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法。
項5.
項1~4のいずれかに記載の方法で作製された基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物に被験物質を適用する工程、及び
被験物質が適用された基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法。
項6.
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、出生した個体に対して、
被験物質を適用する工程、及び
被験物質が適用された当該個体の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法。
項6-1.
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方及びTP53遺伝子は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、出生した個体に対して、
被験物質を適用する工程、及び
被験物質が適用された当該個体の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法。
項7.
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物であり、
前記任意にノックアウトできるシステムが、タモキシフェン依存的にはたらくCre-loxPシステムである、非ヒト哺乳動物に対して、
タモキシフェンを全身投与する工程、
被験物質を適用する工程、及び
被験物質が適用された当該非ヒト哺乳動物の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法。
項7-1.
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方及びTP53遺伝子は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物であって、
前記任意にノックアウトできるシステムが、タモキシフェン依存的にはたらくCre-loxPシステムである、非ヒト哺乳動物に対して、
タモキシフェンを全身投与する工程、
被験物質を適用する工程、及び
被験物質が適用された当該非ヒト哺乳動物の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法。
項8.
内腔細胞特異的にMob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物。
項8-1.
内腔細胞特異的にMob1a遺伝子、Mob1b遺伝子及びTP53遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物。
項8-2.
全身において、Mob1a遺伝子、Mob1b遺伝子及びTP53遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物。
項9.
全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物。
【発明の効果】
【0011】
基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A】タモキシフェン投与後から2.5週間後のカルミン染色及びヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)結果を示す。
図1B】タモキシフェン投与後から2.5週間後のHE染色結果を示す。
図1C】タモキシフェン投与後2.5週間後、及び5週間後の成体TAM誘導性全身Mob1a/bダブルノックアウトマウス(roMob1DKOマウス)の乳腺上皮における腺管上皮内癌(Ductal carcinoma in situ;DCIS)及び浸潤性乳管癌(Invasive ductal carcinoma;IDC,low-grade)の割合を示す。
図1D】roMob1DKOマウスの生存率を図1Dに示す。
図2】内腔細胞特異的Mob1a/bダブルノックアウトマウス(prMob1DKOマウス)作製におけるマウスの交配の詳細を示す。
図3A】3、6、及び60週齢のコントロールマウス及びprMob1DKOマウスの乳腺のカルミン染色結果、及び40週齢のコントロールマウス及びprMob1DKOマウスの乳腺写真を示す。
図3B】1、2、4、6、20、40、及び60週齢のprMob1DKOマウスにおける乳腺腫瘍グレードの割合を示す。
図3C】コントロールマウス及びprMob1DKOマウス(乳腺上皮の低倍率(上段)及び高倍率(下段))のHE染色写真を示す。
図3D】60週齢のprMob1DKOマウスから分離した、肺、リンパ節及び肝臓組織のHE染色写真を示す。
図4A】10週齢のコントロールマウス、及びprMob1DKOマウスの乳腺上皮における免疫染色結果を示す。
図4B】10週齢のコントロールマウス、及びprMob1DKOマウスにおける基底細胞マーカー(Krt14、Krt5、Tp63)及び内腔細胞マーカー(Krt8、Esr1、Foxa1、Erbb2)のmRNA発現量、並びに陽性対照として解析したHippo-TAZ/YAP1下流標的遺伝子であるCtgf及びAnkrd1のmRNA発現量の測定結果を示す。
図4C】10週齢のコントロールマウス、及びprMob1DKOマウスにおけるCD24highCD49fmed内腔細胞及びCD24medCD49fhigh基底細胞を検出した結果を示す。
図4D】2、6及び10週齢のprMob1DKOマウスから分離した腫瘍における免疫染色結果を示す。
図5】コントロール、prMob1DKO、及びroMob1DKOマウスのpre-puberty(1~3週齢)、puberty virgin(8~12週齢)において、乳腺上皮におけるTAZタンパク質の免疫染色結果を示す。
図6A】コントロールマウス及びタモキシフェン投与後5週目のroMob1DKOマウスの乳腺及び皮膚におけるTAZとYAP染色結果を示す。
図6B】コントロールマウス、並びにタモキシフェン投与後5週目のroMob1DKOマウス、roMob1TAZ TKOマウス、及びroMob1YAP1 TKOマウスの乳腺上皮におけるカルミン染色(上段)とHE染色(下段)結果を示す。
図7A】ドキシサイクリン(1μg/ml)添加/無添加で7日間培養した、ドキシサイクリン依存的にTAZが活性化するホルモン受容体陽性ヒト乳癌用細胞株におけるTAZ、基底細胞マーカー(KRT5、及びEGFR)、並びに内腔細胞マーカー(KRT8、及びESR)タンパク質の免疫蛍光染色結果を示す。
図7B】ドキシサイクリン(1μg/ml)添加/無添加で7日間培養した、ドキシサイクリン依存的にTAZが活性化するホルモン受容体陽性ヒト乳癌用細胞株における基底細胞マーカー遺伝子(KRT14、KRT5、EGFR、及びKRT17)、内腔細胞マーカー遺伝子(KRT8、ESR、FOXA1、及びGATA3)、並びにTAZとその下流標的遺伝子CTGF、CYR61、及びANKRD1のmRNAの発現量を示す。
図8】正常乳腺、並びにUDH、ADH、DCIS、及びIDCを示す基底細胞様乳癌患者の病巣におけるTAZ検出の免疫染色を行った。
図9】基底細胞様乳癌、又はエストロゲン受容体陽性乳癌を有する患者からの正常乳腺組織、DCIS及びIDC組織における、核TAZ及びYAPスコアを示す。
図10A】基底細胞様乳癌又はエストロゲン受容体陽性乳癌患者からのDCIS及びIDCの切片におけるTP53を検出するための免疫染色結果を示す。
図10B】10週齢のprMob1DKOマウス及びprMob1TP53TKOマウスの乳腺写真、乳腺のカルミン染色結果、およびHE染色写真を示す。
図10C】prMob1DKO及びprMob1TP53TKOマウスにおける腫瘍径、遠位浸潤の割合、並びに高度異形成を伴うIDC及び軽度異形成を伴うIDCの割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。
本開示は、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法を包含する。
【0014】
本明細書において、「基底細胞様乳癌」とは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、及びHER2受容体のいずれもが陰性であり、基底細胞様マーカーを有する細胞を含む乳癌を指す。なお、浸潤性の乳癌は、上皮の下縁にある基底膜を超えて、下方に浸潤した乳癌を指す。
【0015】
非ヒト哺乳動物の種としては、例えばペット又は家畜、あるいは実験動物として用いられる非ヒト哺乳動物が好ましく、例えばマウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ウシ、ウマ、サル等が挙げられる。中でも、げっ歯類(マウス、ラット、ウサギなど)が好ましい。
【0016】
本開示に包含される、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法は、内因性のTAZを活性化する工程を含むことが好ましい。TAZは多くの哺乳類で既に知られており、例えばTAZのアクセッション番号(NCBI)はGene ID 97064(マウス)、25937(ヒト)で、TAZの別名はWWTR1(WW domain containing transcription regulator 1)である。その他、NM_001348362.2(ヒト)、NM_001168281.1(マウス)等が挙げられる。
【0017】
内因性のTAZを活性化する方法としては、当該技術分野において公知の方法、任意の条件を採用することができる。例えば、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子をダブルノックアウトする方法等が挙げられる。
【0018】
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子は多くの哺乳類で既に知られており、例えばマウスのMob1a mRNAのアクセッション番号(NCBI)はNM_145571であり、マウスのMob1b mRNAのアクセッション番号(NCBI)はNM_026735である。その他、gene ID 232157(Mob1a)、gene ID 68473(Mob1b)等が挙げられる。
【0019】
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子をダブルノックアウトする方法としては、例えば、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、個体を出生させる方法等が挙げられる。本明細書において、当該方法を用いる基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法を、「本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)」と表記することがある。
すなわち、Mob1a遺伝子がノックアウトされており、Mob1b遺伝子が胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にあってもよいし、Mob1b遺伝子がノックアウトされており、Mob1a遺伝子が胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にあってもよい。また、Mob1a遺伝子がノックアウトされており、Mob1b遺伝子が胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある場合には、当該方法でノックアウトされる遺伝子はMob1b遺伝子であり、Mob1b遺伝子がノックアウトされており、Mob1a遺伝子が胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある場合には、当該方法でノックアウトされる遺伝子はMob1a遺伝子である。
【0020】
ノックアウトされている遺伝子におけるノックアウトの方法は特に制限されず、例えば、遺伝子全体が欠損した状態であってもよいし、遺伝子の塩基配列が1又は2以上、遺伝子機能が失われるように置換、欠失、又は挿入された状態であってもよい。ノックアウトの手法も特に制限されず、公知の方法を用いることができる。例えば、胚性幹細胞に対して遺伝子組み替えを行い、初期胚(胚盤胞)の中に挿入し、そして生まれてくる生物のうちで、遺伝子組換え細胞が生殖系列に分化したものが、ノックアウトされた遺伝子を次世代に残すことができるので、これを交配してノックアウト生物を得ることができる。
【0021】
胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステムとしては、例えばCre-loxPシステムが挙げられる。当該システムは当該技術分野において周知である。Creタンパク質は部位特異的組換え酵素であり、DNA分子の特定の配列(loxP)同士の間で組換えを起こす。マウスを例に取ると、次のように説明することができる。発現特性が既知のプロモーターを利用して、Creを特定の組織あるいは特定の時期に生産するマウスを用意する。特定の組織でだけ遺伝子をオフにしたいなら、当該特定の組織だけで機能するプロモーターをさがし、その後ろにCreの遺伝子を繋げて、当該特定の組織でだけCreが生産されるようにする。次に、目的遺伝子の前後にloxPを挿入したマウスを用意する。この2つのマウスを交配させて得られた子孫のうち、双方の遺伝子を持つものを選択する。当該選択されたマウスは、当該特定の組織でのみCreが発現し、よってloxP同士の間で組み換えが起こり、結果として当該特定の組織でのみ目的遺伝子がノックアウトされる。
【0022】
胎生期内腔細胞特異的にノックアウトする場合は、例えば、胎生期内腔細胞特異的に発現するプロゲステロン受容体遺伝子(Progesteron receptor;PGR)の発現特異的にCreが生産されるPGR-Creを用いることができる。これを利用して、Cre-loxPシステムのはたらく時期及び組織を、胎生期内腔細胞特異的に制御することが可能である。このようなPGR-Cre-loxPシステムは、胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステムとして特に好適である。このような胎生期内腔細胞特異的に発現するプロゲステロン受容体遺伝子の発現依存的にはたらくCre遺伝子を有するマウスと、目的遺伝子の前後にloxP配列が挿入されたマウスを交配することにより、内腔細胞特異的に、目的の遺伝子がノックアウトされたマウスを作製することができる。より具体的には、胎生期内腔細胞特異的に発現するプロゲステロン受容体遺伝子の発現依存的にはたらくCre遺伝子を有するマウスとMob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物とを交配することにより、内腔細胞特異的にMob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた個体を得ることができる。乳腺内腔細胞特異的にノックアウトする場合、PGR-Creに代えて、Blg-Cre(Cell Stem Cell. 2010 Sep 3;7(3):403-17.)、K8-CreERT2(Nat Commun. 2017 Feb 13;8:14431.)、Adeno-K8 Cre(mammary ductal injection model)等を用いることができる。
【0023】
本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)(より具体的には、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、個体を出生させる方法)により、内腔細胞特異的にMob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物を得ることができる。
【0024】
また、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子をダブルノックアウトする方法としては、例えば、全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物において、前記任意にノックアウトできるシステムにより、Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子をノックアウ卜する方法等が挙げられる。本明細書において、当該方法を用いる基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法を、「本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(II)」と表記することがある。
すなわち、Mob1a遺伝子がノックアウトされており、Mob1b遺伝子が任意にノックアウトできるシステム下にあってもよいし、Mob1b遺伝子がノックアウトされており、Mob1a遺伝子が任意にノックアウトできるシステム下にあってもよい。また、Mob1a遺伝子がノックアウトされており、Mob1b遺伝子が任意にノックアウトできるシステム下にある場合には、当該方法でノックアウトされる遺伝子はMob1b遺伝子であり、Mob1b遺伝子がノックアウトされており、Mob1a遺伝子が任意にノックアウトできるシステム下にある場合には、当該方法でノックアウトされる遺伝子はMob1a遺伝子である。
【0025】
ノックアウトされている遺伝子におけるノックアウトの方法については、上記の本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)で説明したのと同様である。
【0026】
任意にノックアウトできるシステムとしては、例えばCre-loxPシステムが挙げられる。Cre-loxPシステムについては、上記の本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)で説明したのと同様である。
また、Cre-loxPシステムには、特定の薬剤(例えばタモキシフェン等)によりCreタンパク質の発現を誘導できるようにしたバリエーションも存在しており、これも周知である。より具体的には、例えば、Creと変異エストロゲン受容体の融合タンパク質であるCre-ERタンパク質は通常細胞質に存在するが、エストロゲン誘導体であるタモキシフェンと結合することにより核内に移行し、loxP配列に対して組換えを起こす。これを利用してCre-loxPシステムのはたらく時期をタモキシフェン依存的に調節することが可能である。このような薬剤(タモキシフェン)依存的にはたらくCre-loxPシステムは、任意にノックアウトできるシステムとして特に好適である。
【0027】
また、Cre-loxPシステムの他、例えばテトラサイクリン発現調整システム(Tet-On System)も前記任意にノックアウトできるシステムとして挙げられる。当該システムは、ドキシサイクリンの投与及び除去により目的遺伝子の発現をON及びOFFとすることができるシステムであり、当該技術分野において周知である。
【0028】
本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(II)としては、前記非ヒト哺乳動物にタモキシフェンを全身投与する工程を含むことが好ましい。投与方法は特に制限されず、例えば、腹腔内投与、経口投与、経血管投与、皮下投与、経皮投与等が挙げられる。
【0029】
本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(II)(より具体的には、全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物において、前記任意にノックアウトできるシステムにより、Mob1a遺伝子又はMob1b遺伝子をノックアウ卜する方法)により、全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物を得ることができる。
【0030】
また、本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)及び(II)は、さらに、TP53遺伝子をノックアウトする工程を含んでいてもよい。TP53遺伝子は多くの哺乳類で既に知られており、例えばマウスのTP53のアクセッション番号(NCBI)はGene ID 7157(ヒト)、22059(マウス)である。その他、NM_001276761.3(ヒト)、NM_001276761.3(マウス)等が挙げられる。
【0031】
TP53遺伝子をノックアウトする方法としては、例えば、本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)において、TP53遺伝子を、胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステムにより、ノックアウトする方法等が挙げられる。また、例えば、本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(II)において、TP53遺伝子を、任意にノックアウトできるシステムにより、ノックアウトする方法等が挙げられる。
【0032】
また、本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)及び(II)に用いられる非ヒト哺乳動物(より具体的には、作製方法(I)においては、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物、作製方法(II)においては、全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物)は、さらに、TP53遺伝子がノックアウトされていてもよい。ノックアウトの方法については、上記の本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)で説明したのと同様である。
【0033】
TP53遺伝子をノックアウトすることにより、例えば、基底細胞様乳癌の腫瘍サイズの増大、浸潤の程度増大、及び/又は悪性度の増大等が期待される。
【0034】
また、本開示は、内腔細胞特異的にMob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物をも包含する。当該、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物は、前記本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)により作製することができる。
【0035】
また、本開示は、全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がノックアウトされた、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物をも包含する。当該、基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物は、前記本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(II)により作製することができる。
【0036】
これらの基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物は、内因性のTAZが活性化されていることが好ましい。
【0037】
また、これらの当該基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物は、さらにTP53遺伝子がノックアウトされていてもよい。
【0038】
また、本開示は、(A)基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物に被験物質を適用する工程、及び(B)被験物質が適用された基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法をも包含する。
【0039】
また、本開示は、(A-I)Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は胎生期内腔細胞特異的にノックアウトできるシステム下にある非ヒト哺乳動物から、出生した個体に対して、被験物質を適用する工程、及び(B)被験物質が適用された当該個体の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法をも包含する。
【0040】
また、本開示は、(A-II)全身において、Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子のうち、一方はノックアウ卜されており、もう一方は任意にノックアウトできるシステム下にある、非ヒト哺乳動物であって、前記任意にノックアウトできるシステムが、タモキシフェン依存的にはたらくCre-loxPシステムである、非ヒト哺乳動物に対して、タモキシフェンを全身投与する工程、及び被験物質を適用する工程、並びに(B)被験物質が適用された当該非ヒト哺乳動物の基底細胞様乳癌の抑制若しくは改善の程度を測定する工程を含む、基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングする方法をも包含する。
【0041】
被験物質は特に制限されず、例えば、化合物及び組成物であり得る。化合物としては、例えば低分子化合物や、核酸(例えばDNA、RNA等)やタンパク質(例えば抗体又はその一部等)、ポリマー等の高分子化合物であってよい。組成物としても、生物(例えば動物、植物、微生物等)から得た抽出物等であってもよく、化合物を2種以上組み合わせたものであってもよい。被験物質の適用方法についても特に制限されるものではなく、例えば、腹腔内投与、経口投与、経血管投与、皮下投与、経皮投与等が挙げられる。
なお、(A-II)工程においては、タモキシフェンと被験物質の適用時期は、同時であってもよく、タモキシフェンを投与した後に被験物質を適用してもよく、被験物質を適用した後にタモキシフェンを投与してもよい。タモキシフェンと被験物質の適用時期が同時でない場合、それらの適用間隔は、特に限定されないが、例えば、1、2、3、4、又は5週間程度とすることができる。例えば、タモキシフェンを全身投与した、1週間後、2週間後、3週間後、4週間後、又は5週間後に被験物質を適用してもよい。また、タモキシフェンと被験物質の適用方法は同じであってもよく、異なっていてもよい。タモキシフェンの投与部位や投与方法等については、上記の本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(II)で説明したのと同様である。
【0042】
また、(B)工程において、癌の抑制若しくは改善の程度を測定する方法としては、特に制限されず、公知の方法を用いることができる。例えば癌組織を直接観察する方法や、癌組織を採取して染色(例えばHE染色や免疫学的染色)を行ったうえで細胞観察し、各細胞の癌の程度から全体の癌の進行度を解析する方法等が挙げられるが、特にこれらに制限されるものではない。
【0043】
Mob1a遺伝子及びMob1b遺伝子がダブルノックアウトされた、本開示の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物の作製方法(I)又は(II)により作製される基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物においては、Hippo PathwayにおけるYAP1及びTAZのうち、YAP1ではなく、TAZのはたらきにより癌化が起こっており、また、TAZをノックアウトすることにより、癌化は抑制される。このため、当該基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物は、TAZ依存性の基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物ということもできる。
【0044】
当該基底細胞様乳癌モデル非ヒト哺乳動物は、発癌がTAZに依存していることから、TAZをターゲットとした基底細胞様乳癌治療薬候補物質をスクリーニングするために、特に有用であるということができる。
【0045】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term "comprising" includes "consisting essentially of” and "consisting of.")。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件の任意の組み合わせを全て包含する。
【0046】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0047】
本開示の内容を以下の実施例を用いて具体的に説明する。しかし、本開示はこれらに何ら限定されるものではない。下記において、特に言及する場合を除いて、実験は大気圧及び常温条件下で行っている。
【0048】
Mob1a/bコンディショナルダブルノックアウト(DKO)マウスの作製
Mob1b遺伝子をホモで欠損しており、Mob1a遺伝子がホモでタモキシフェン依存的Cre-loxPシステム下に存在するマウス(Mob1aflox/flox,Mob1b-/-,Rosa26CreERT2)は、Mob1aflox/flox,Mob1b-/-マウス及びRosa26CreER-Tgマウスを交配することによって作製した。
【0049】
なお、Mob1aflox/flox,Mob1b-/-マウスは非特許文献2及び3に記載の方法に従って作製した。Rosa26CreER-TgマウスはThe Jackson Laboratoryから入手した(非特許文献4参照)。
【0050】
成体TAM誘導性全身Mob1a/bダブルノックアウトマウス(roMob1DKO)の作製
生後8~12週齢のMob1a/bコンディショナルDKOマウスに1mgのタモキシフェン(TAM;Toronto Research Chemicals,Toronto,Canada)を腹腔内単回投与することにより、成体TAM誘導性全身Mob1a/bダブルノックアウトマウス(Rosa26CreERT2;Mob1aflox/flox,Mob1b-/-;roMob1DKOと表記することがある)を作製した。
【0051】
タモキシフェン投与開始から2.5週間後に乳腺上皮を採取し、カルミン染色及びヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)を行って観察した。観察結果を図1A及びBに示す。
【0052】
タモキシフェン投与後2.5週間後、及び5週間後のroMob1DKOマウスの乳腺上皮における腺管上皮内癌(Ductal carcinoma in situ;DCIS)及び浸潤性乳管癌(Invasive ductal carcinoma;IDC,low-grade)の割合を図1Cに示す。
【0053】
さらに、roMob1DKOマウスの生存率を図1Dに示す。
【0054】
これらの結果から、roMob1DKOマウスは、生後2.5週までに腺管上皮内癌を発症し、生後5週には全て浸潤性乳管癌を発症することが確認された。つまり、基底細胞様乳癌モデルマウスを得ることができた。
【0055】
内腔細胞特異的Mob1a/bダブルノックアウトマウス(prMob1DKO)の作製
Mob1aflox/flox,Mob1b-/-マウス(C57BL/6マウスに最低6回以上戻し交配済)及びPGR(Progesteron receptor)-Cre Tgマウス(C57BL/6背景;Lydon博士より供与)を交配することにより、Mob1aflox/+,Mob1b+/-,PGR-Cre Tgマウスを作製し、このマウスとMob1aflox/flox,Mob1b-/-マウスをさらに交配することで、内腔細胞特異的Mob1aがノックアウトされるマウス(Mob1aflox/flox,Mob1b-/-,PGR-Cre Tg;prMob1DKOと標記)を作製した。マウスの交配の詳細を図2に示す。
【0056】
3、6、及び60週齢のコントロールマウス(Mob1aflox/flox,Mob1b-/-)及びprMob1DKOマウスの乳腺についてカルミン染色を行った。また、40週齢のコントロールマウス及びprMob1DKOマウスの乳腺を肉眼で観察した。結果を図3Aに示す。
【0057】
1、2、4、6、20、40、及び60週齢のprMob1DKOマウスにおける乳腺腫瘍グレードの割合を図3Bに示す。図中、usual ductal hyperplasia(UDH)は、正常乳管過形成、atypical ductal hyperplasia(ADH)は、異型乳管過形成、ductal carcinoma in situ(DCIS)は腺管上皮内癌、invasive ductal carcinoma(IDC)は浸潤性乳管癌を示す。
【0058】
コントロールマウス及びprMob1DKOマウス(乳腺上皮の低倍率(上段)及び高倍率(下段))のHE染色写真を図3Cに示す。
【0059】
60週齢のprMob1DKOマウスから分離した、肺、リンパ節及び肝臓組織のHE染色写真を図3Dに示す。
【0060】
これらの結果から、prMob1DKOマウスは、加齢に伴い、UDH、ADH、DCIS、低度IDC、高度IDCを順次発症していることが確認された。
【0061】
10週齢のコントロールマウス、及びprMob1DKOマウスの乳腺上皮において、KRT14、KRT5、p63、KRT8、及びエストロゲン受容体を検出するために免疫染色を行った。結果を図4Aに示す。
【0062】
10週齢のコントロールマウス、及びprMob1DKOマウスから分離したEpCAMmed/high proximal MECsにおけるqPCRで決定した基底細胞マーカー(Krt14、Krt5、Tp63)及び内腔細胞マーカー(Krt8、Esr1、Foxa1、Erbb2)のmRNA発現量、並びに陽性対照として解析したHippo-TAZ/YAP1下流標的遺伝子であるCtgf及びAnkrd1のmRNA発現量を図4Bに示す。
【0063】
10週齢のコントロールマウス、及びprMob1DKOマウスから分離したEpCAMmed/high proximal MECs中のCD24highCD49fmed内腔細胞及びCD24medCD49fhigh基底細胞を検出した。結果を図4Cに示す。
【0064】
2、6及び10週齢のprMob1DKOマウスから分離した腫瘍におけるKRT8及びKRT5を検出するために、免疫染色を行った。さらに、prMob1DKOマウスから分離した乳腺腫瘍細胞中のKRT5陽性、KRT8陽性/KRT5陽性、及びKRT8陽性細胞のパーセンテージを算出した。結果を図4Dに示す。
【0065】
これらの結果から、prMob1DKOマウスにおける乳癌は、まずは、内腔細胞の形質を獲得するものの、最終的には基底細胞様乳癌にシフトすることが確認された。
【0066】
基底細胞様乳癌モデルマウスの癌化メカニズムの検討
コントロール、prMob1DKO、及びroMob1DKOマウスのpre-puberty(1~3週齢)、puberty virgin(8~12週齢)において、乳腺上皮におけるTAZタンパク質を検出するために免疫染色を行った。さらに、puberty virginのコントロールマウスの太い腺管及び細い腺管の内腔細胞及び基底細胞におけるTAZ核染色強度を測定した。また、puberty virginのコントロール、prMob1DKO、及びroMob1DKOマウスの太い腺管における内腔細胞及び基底細胞のTAZ核染色強度を測定した。また、puberty virginのコントロール、prMob1DKO、及びroMob1DKOマウスの太い腺管及び細い腺管の内腔細胞のTAZ核染色強度を測定した。それぞれの結果を図5に示す。
【0067】
これらの結果から、TAZは太い腺管の内腔細胞で特に強く活性化していることが確認された。
【0068】
コントロールマウス及びタモキシフェン投与後5週目のroMob1DKOマウスの乳腺及び皮膚についてTAZとYAPを染色した。結果を図6Aに示す。
【0069】
コントロールマウス、並びにタモキシフェン投与後5週目のroMob1DKOマウス、roMob1TAZ TKOマウス、及びroMob1YAP1 TKOマウスの乳腺上皮についてカルミン染色及びHE染色を行った。なお、roMob1TAZ TKOマウス、及びroMob1YAP1 TKOマウスは、roMob1DKOマウスと、Taz flox/flox(Dr J. Wrana(トロント大学)から提供)、又はYap1flox/flox(Yap1 flox/flox ES細胞(Knockout Mouse Project Repository, UC Davis, CA, USA.)を発生させて作製)を交配することにより、作製した。結果を図6Bに示す。
【0070】
これらの結果から、Mob1a/bのノックアウトにより乳腺においてTAZが活性化することが確認された。また、TAZをノックアウトすることにより、癌が発症しないことが確認された。
【0071】
ドキシサイクリン(1μg/ml)添加/無添加で7日間培養した、ドキシサイクリン依存的にTAZが活性化するホルモン受容体陽性ヒト乳癌用細胞株におけるTAZ、基底細胞マーカー(KRT5、及びEGFR)、並びに内腔細胞マーカー(KRT8及び、エストロゲン受容体)タンパク質の免疫蛍光染色を行った。結果を図7Aに示す。
【0072】
ドキシサイクリン(1μg/ml)添加/無添加で7日間培養した、ドキシサイクリン依存的にTAZが活性化するホルモン受容体陽性ヒト乳癌用細胞株における基底細胞マーカー遺伝子(KRT14、KRT5、EGFR、及びKRT17)、内腔細胞マーカー遺伝子(KRT8、エストロゲン受容体(ESR)、FOXA1、及びGATA3)、並びにTAZとその下流標的遺伝子CTGF、CYR61、及びANKRD1のmRNAの発現量を定量した。結果を図7Bに示す。
【0073】
これらの結果から、ホルモン受容体陽性ヒト乳癌用細胞株は、TAZを活性化することにより、基底細胞様乳癌に転換することが確認された。
【0074】
正常乳腺、並びにUDH、ADH、DCIS、及びIDCを示す基底細胞様乳癌患者の病巣においてTAZ検出のために免疫染色を行った。また核及び細胞質のTAZ染色の程度をスコアリングした。結果を図8に示す。
【0075】
これらの結果から、基底細胞様乳癌患者では、癌発症前からTAZが活性化し、癌の進展とともにその活性はさらに増強することが確認された。
【0076】
基底細胞様乳癌、又はエストロゲン受容体陽性乳癌を有する患者からの正常乳腺組織、DCIS及びIDCについて、核TAZ及びYAP1を定量化した。結果を図9に示す。
【0077】
これらの結果から、基底細胞様乳癌では、TAZが活性化されているのに対して、エストロゲン受容体陽性乳癌ではTAZは活性化していないことが確認された。また、基底細胞様乳癌及びエストロゲン受容体陽性乳癌のいずれでも、YAP1は活性化されていないことが確認された。
【0078】
基底細胞様乳癌又はエストロゲン受容体陽性乳癌患者からのDCIS及びIDCの切片においてTP53を検出するために、免疫染色を行った。また、TP53変異の割合を算出した。結果を図10Aに示す。
【0079】
10週齢のprMob1DKOマウス及びprMob1TP53TKOマウスの乳腺を観察した。結果を図10Bに示す。また、prMob1DKO及びprMob1TP53TKOマウスにおける腫瘍径、遠位浸潤の割合、並びに高度異形成を伴うIDC及び軽度異形成を伴うIDCの割合を図10Cに示す。なお、prMob1TP53TKOマウスは、Mob1aflox/flox,Mob1b-/-マウスに代えて、Mob1aflox/flox,Mob1b-/-,TP53 flox/floxをコントロールに用いた以外は、prMob1DKOと同様に作製した。
【0080】
これらの結果から、基底細胞様乳癌の早期段階ではTP53変異は少ないこと、及びTP53をさらにノックアウトすることによって、腫瘍サイズ、浸潤の程度及び悪性度が増大することが確認された。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図4A
図4B
図4C
図4D
図5
図6A
図6B
図7A
図7B
図8
図9
図10A
図10B
図10C