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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002581
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】質量数36の塩素分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20231228BHJP
   G01N 30/02 20060101ALI20231228BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N30/02 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022101859
(22)【出願日】2022-06-24
(71)【出願人】
【識別番号】505089614
【氏名又は名称】国立大学法人福島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(71)【出願人】
【識別番号】523120764
【氏名又は名称】PerkinElmer Japan合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100143030
【弁理士】
【氏名又は名称】達野 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100186543
【弁理士】
【氏名又は名称】竹中 陽輔
(74)【代理人】
【識別番号】100120097
【弁理士】
【氏名又は名称】中山 真理子
(74)【代理人】
【識別番号】100200366
【弁理士】
【氏名又は名称】松澤 由香
(71)【出願人】
【識別番号】000140627
【氏名又は名称】株式会社化研
(71)【出願人】
【識別番号】000230940
【氏名又は名称】日本原子力発電株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】高貝 慶隆
(72)【発明者】
【氏名】古川 真
(72)【発明者】
【氏名】川上 智彦
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 祐未
(72)【発明者】
【氏名】野口 裕史
(72)【発明者】
【氏名】村上 直志
(72)【発明者】
【氏名】松田 貴光
(72)【発明者】
【氏名】見上 寿
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA14
2G041EA04
2G041EA06
2G041FA02
2G041GA03
2G041LA08
(57)【要約】
【課題】 質量数36の塩素を迅速かつ正確に分析する方法を提供する。
【解決手段】 試料溶液をプラズマイオン源に導入してイオン化する工程と、
イオン化する工程で得られたイオン群を酸素ガスと接触させ、質量数52のClO酸化物イオンを生成する工程と、
四重極マスフィルタにおいて、52以外の質量数を持つイオンを除去する工程と、
前記四重極マスフィルタを通過した質量数52のイオンの信号を検出する工程と
を含む、質量数36の塩素分析方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液をプラズマイオン源に導入してイオン化する工程と、
イオン化する工程で得られたイオン群を酸素ガスと接触させ、質量数52のClO酸化物イオンを生成する工程と、
四重極マスフィルタにおいて、52以外の質量数を持つイオンを除去する工程と、
前記四重極マスフィルタを通過した質量数52のイオンの信号を検出する工程と
を含む、質量数36の塩素分析方法。
【請求項2】
前記イオン化する工程の前に、イオンクロマトグラフィーにより、前記試料溶液中の妨害元素を除去する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記質量数52のイオンの信号を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記質量数52のイオンの信号を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記イオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク面積の積算値に基づいて質量数36の塩素を定量する工程である、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記イオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク面積の積算値に基づいて質量数36の塩素を定量する工程である、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記イオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク高さ最大値に基づいて質量数36の塩素を定量する工程である、請求項3に記載の方法。
【請求項8】
前記イオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク高さ最大値に基づいて質量数36の塩素を定量する工程である、請求項4に記載の方法。
【請求項9】
前記イオン化する工程、または前記イオンクロマトグラフィー装置に導入して妨害元素を除去する工程の前に、塩素を特異的に抽出可能な濃縮カラムに前記試料溶液を適用し、塩素を濃縮する工程を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量数36の塩素の分析方法に関する。本発明は、特には、従来法と比較して短時間で正確に質量数36の塩素を定量することが可能な分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量数36の塩素(塩素36あるいはCl-36ともいう)は、半減期3.01×10年でβ崩壊し、最大エネルギー709keVのβ線を98.1%の放出率で放出する長半減期核種である。Cl-36の定量分析法としては、β線を測定する手法が知られており、液体試料中のCl-36分析法が制定されている。
【0003】
β線を測定する手法では、試料中の塩化物イオン濃度を予めイオンクロマトグラフィーなどにより定量し、確認した上で、分析に必要となる塩化物イオン担体を加える。試料中の塩素は、硝酸及び過マンガン酸カリウムを順次添加し加熱する酸化ガス化回収操作により精製する。これらの操作により、Cl-36が放出するβ線を測定する上で妨害となる元素が分離精製操作により除去されていることを確認した後、Cl-36が放出するβ線を測定することで、試料中のCl-36濃度(Bq/g)を求める。
【0004】
このβ線を利用する分析法は、化学分離操作により液中に共存する妨害元素を分離し、Cl-36を単離する操作が必要である。このため、煩雑な処理操作が必要で、その作業に時間が掛かるなどの問題がある。
【0005】
Cl-36と同様に、定量が困難な放射性核種として、質量数90のストロンチウム(Sr-90)がある。Sr-90を短時間で、高精度で分析する方法としては、四重極マスフィルタを用いる方法が知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-87363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
2012年の原子炉等規制法の改正に伴い、今後、高経年化した原子力発電所の廃止措置が増加することが予想される。既に廃止措置が決定された東海原子力発電所は、黒鉛減速炭酸ガス冷却型の原子炉を採用しており、この炉型において発生するCl-36の放射能量は、他の軽水炉と比較して多い。そのため、廃炉にあたって、Cl-36の迅速測定が求められている。黒鉛減速炭酸ガス冷却型の原子炉は、イギリスやフランスの原子力発電所に多くみられ、今後、廃止措置の増加が予測されるため、国際的にもCl-36の迅速測定の要請が高まっている。このため、測定に5日間程度要する従来のβ線を測定する手法では、今後、測定の需要増加に間に合わない。
【0008】
Sr-90については、特許文献1に示すように迅速分析方法が確立されてきたが、Cl-36はSr-90と異なり、その質量数に起因して、質量分析法によって十分な感度を達成するのは困難であった。
【0009】
上述した問題に対し、質量数36の塩素を迅速かつ正確に測定する分析方法が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、一実施形態によれば、質量数36の塩素分析方法であって、
試料溶液をプラズマイオン源に導入してイオン化する工程と、
イオン化する工程で得られたイオン群を酸素ガスと接触させ、質量数52のClO酸化物イオンを生成する工程と、
四重極マスフィルタにおいて、52以外の質量数を持つイオンを除去する工程と、
前記四重極マスフィルタを通過した質量数52のイオンの信号を検出する工程と
を含む方法に関する。
【0011】
前記方法において、前記イオン化する工程の前に、イオンクロマトグラフィーにより、前記試料溶液中の妨害元素を除去する工程を含むことが好ましい。
【0012】
前記方法において、前記質量数52のイオンの信号を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程であることが好ましい。
【0013】
前記方法において、前記イオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク面積の積算値に基づいて質量数36の塩素を定量する工程であることが好ましい。
【0014】
前記方法において、前記イオンカウントのピーク波形に基づいて質量数36の塩素を検出する工程が、質量数52のイオンカウントのピーク高さ最大値に基づいて質量数36の塩素を定量する工程であることが好ましい。
【0015】
前記方法において、前記イオン化する工程、または前記イオンクロマトグラフィー装置に導入して妨害元素を除去する工程の前に、塩素を特異的に抽出可能な濃縮カラムに前記試料溶液を適用し、塩素を濃縮する工程を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の質量数36の塩素分析方法によれば、従来法と比較して数十分の一程度の所要時間にて、高精度でCl-36を定量することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、酸素ガス濃度(mL/min)と四重極マスフィルタを通過した質量数35のイオンカウントを示すグラフである。
図2図2は、酸素ガス濃度(mL/min)と四重極マスフィルタを通過した質量数36のイオンカウントを示すグラフである。測定試料液にCl-36は含まれていない。
図3図3は、酸素ガス濃度(mL/min)と四重極マスフィルタを通過した質量数37のイオンカウントを示すグラフである。
図4図4は、Cl-35とO-16を反応させて、質量数51のClO(ClO-51)として検出する場合の、酸素ガス濃度(mL/min)と四重極マスフィルタを通過したClO-51のイオンカウントを示すグラフである。
図5図5は、Cl-36を含まない塩素とO-16を反応させて、質量数52のClO(ClO-52)として検出する場合の、酸素ガス濃度(mL/min)と四重極マスフィルタを通過したClO-52のイオンカウントを示すグラフである。
図6図6は、Cl-37とO-16を反応させて、質量数53のClO(ClO-53)として検出する場合の、酸素ガス濃度(mL/min)と四重極マスフィルタを通過したClO-53のイオンカウントを示すグラフである。
図7図7は、ClO-51としてCl-35を検出する場合の検量線を示す。
図8図8は、ClO-52としてCl-36を検出する場合の検量線を示す。
図9図9は、ClO-53としてCl-37を検出する場合の検量線を示す。
図10図10は、Cl-35を0.11ppmの濃度で含む試料の注入量を50μLとした場合の、ICP-MSによる経時的なClO-51及びClO-52のイオンカウントを示すグラフである。
図11図11は、Cl-35を0.11ppmの濃度で含む試料の注入量を500μLとした場合の、ICP-MSによる経時的なClO-51及びClO-52のイオンカウントを示すグラフである。
図12図12は、Cl-36標準線源を用いてCl-36を0.16ppm(190Bq/mL)の濃度で含む試料を注入した場合の、IC-ICP-MSによる経時的なClO-51、ClO-52及びClO-53のイオンカウントを示すグラフである。
図13図13は、図12のピーク立ち上がり箇所付近の拡大図であり、Cl-36のピークが検出されたことを示すグラフである。
図14図14は、ClO-52としてCl-36を検出する場合のピーク高さの最大値に基づいて算出した検量線を示す。
図15図15は、ClO-52としてCl-36を検出する場合のピーク面積積算値に基づいて算出した検量線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施の形態によって限定されるものではない。
【0019】
本発明は、一実施形態によれば、質量数36の塩素分析方法に関する。本実施形態による質量数36の塩素の分析方法は、以下の工程を含む。
(1)試料溶液をプラズマイオン源に導入してイオン化する工程
(2)イオン化する工程で得られたイオン群を酸素ガスと接触させ、質量数52のClO酸化物イオンを生成する工程
(3)四重極マスフィルタにおいて、52以外の質量数を持つイオンを除去する工程
(4)前記四重極マスフィルタを通過した質量数52のイオンの信号を検出する工程
【0020】
本実施形態による質量数36の塩素分析方法とは、同位体である質量数35や37の塩素等と区別して、質量数36の塩素を識別する分析方法であり、好ましくは、質量数36の塩素を定量する方法である。本明細書において、質量数36の塩素をCl-36と記載する場合がある。同様に、ある元素の同位体を、「元素記号-質量数」により表現する場合がある。
【0021】
測定対象となる試料溶液は、Cl-36を含みうる溶液状の試料である。溶液は水溶液であってもよく、水以外の溶媒が含まれた溶液であってもよい。後述するイオン化工程において、試料中のCl-36をプラズマイオン源にてイオン化可能な状態でCl-36を含んでいる溶液であればよい。なお、測定結果として、Cl-36を検出限界以下で含む溶液も、Cl-36を含む可能性があり、測定の需要がある溶液は試料溶液に含まれる。そして、工程(1)~(4)を実施する限り、本実施形態による質量数36の塩素分析方法ということができる。
【0022】
具体的な試料溶液としては、原子力発電所の排水や、原子力発電所周囲の環境水、原子炉などの原子力発電所の構成部材に接触した液体、放射性廃棄物の埋設施設近辺の環境水(例えば地下水等)であってよいがこれらには限定されない。原子炉の部材などに付着した固体状態のCl-36や土壌中のCl-36を分析対象とする場合、部材や土壌を硝酸、硫酸等の酸からなるエッチング液で洗浄し、Cl-36を溶出させた溶液を試料溶液とすることができる。
【0023】
試料溶液は、前処理を行った後に工程(1)~(4)に供することもでき、前処理を行うことなく工程(1)~(4)を実施することもできる。前処理としては、Cl-36の濃縮、妨害元素の除去が挙げられるが、これらには限定されない。濃縮及び妨害元素の除去については、後述する。
【0024】
工程(1)~(4)は、誘導結合プラズマ質量分析法(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry:ICP-MS)に基づく方法及び装置を用いることにより実施することができる。特には、コリジョン・リアクションセル(CRC)と、少なくとも1つの四重極マスフィルタ(MS)を備えるICP-MS装置を用いて実施することができる。したがって、CRCの後段に1つのMSが配置されたシングル四重極型の装置であっても、2つのMSでCRCを挟んで、これらを直列に連結したトリプル四重極型の装置であってもよく、それ以外の装置であってもよい。このようなICP-MS装置は市販されており、任意の市販品を用いることができる。
【0025】
ある実施形態において、ICP-MS装置は、試料溶液とキャリアガス(Arガス)とを霧化するネブライザー並びにスプレーチャンバと、補助ガス(Arガス)及びプラズマガス(Arガス)の導入装置とを備える試料導入部と、プラズマを発生させるトーチを備えるイオン化部と、質量分析部とを備えるものであってよい。質量分析部は、インターフェース、イオンレンズ、CRC、四重極マスフィルタ並びに検出器をこの順に備えるものであってよい。ICP-MS装置としては、例えば、株式会社パーキンエルマージャパン製のICP質量分析装置を用いることができるが、特定の装置には限定されない。このような装置を用いることで、人為的な操作を介入することなく、工程(1)~(4)を全自動で行うことができる。
【0026】
(1)イオン化工程
工程(1)では、試料溶液を霧化して、プラズマイオン源に導入してイオン化する。本工程で導入する試料溶液の量は、使用するICP-MS装置によっても異なり、ICP-MS装置の説明書に従って当業者が適宜決定することができる。一例としては、1回の測定あたり、10~5000μLとすることができ、400~3000μLとすることが好ましい。
【0027】
本工程の操作では、ICP-MS装置のイオン化部においてアルゴンプラズマを発生させ、試料溶液中の元素をイオン化する。これにより、検出目的物質であるCl-36イオンを含む複数種のイオンからなるイオン群を生成する。
【0028】
(2)質量数52のClO酸化物イオンを生成する工程
工程(2)では、工程(1)で得られたイオン群を酸素ガスと接触させる。この工程は、ICP-MS装置のCRCをリアクションモードとし、イオン群中に含まれるイオン、特にはCl-36イオンが、酸素ガスと反応可能な条件にてCRCに酸素ガスを供給する。Cl-36イオンが、酸素ガスと反応可能な条件とは、酸素ガスとして高純度酸素を使用し、酸素ガスを流速0.2~1.6mL/minにてCRCに導入することにより実施することができる。
【0029】
本工程の操作により、試料溶液中にCl-36が存在する場合には、CRCにおいて質量数52のClO-52酸化物イオンが生成される。試料溶液中にCl-35やCl-37が含まれている場合には、ClO-51酸化物イオンやClO-53酸化物イオンも生成する。
【0030】
(3)52以外の質量数を持つイオンを除去する工程
工程(3)では、工程(2)で得られたClO-52酸化物イオンを含みうるイオン群を四重極マスフィルタに導入する。四重極マスフィルタでは、52以外の質量数を持つイオンを除去することができる。
【0031】
本工程の操作により、質量数の異なる塩素同位体から生成され得るClO-51酸化物イオンやClO-53酸化物イオンが除去される。
【0032】
(4)質量数52のイオンの信号を検出する工程
工程(4)では、工程(3)で除去されることなく四重極マスフィルタを通過した質量数52のイオン信号をカウントする。これにより、試料中にCl-36が含まれている場合には、ClO-52酸化物イオンとして検出することができる。検出は、例えば、測定時間を横軸とし、単位時間当たりのイオンカウントを縦軸としたプロットにおける質量数52のイオンのピーク波形に基づいて、より詳細にはピーク波高に基づいて行うことができる。
【0033】
したがって、ピークの有無により、ClO-52酸化物イオンの有無を確認し、Cl-36の有無を検出することができる。また、ピーク波形に基づいて、Cl-36を定量することができる。一態様によれば、ピーク高さの最大値に基づいてCl-36を定量することができる。別の態様によれば、ピーク面積の積算値に基づいてCl-36を定量することができる。定量の精確性の観点からは、ピーク面積の積算値に基づいた定量方法がより好ましい。いずれの態様の場合も、Cl-36の標準線源などの濃度既知の複数の試料について、本実施形態の方法によりピーク高さの最大値またはピーク面積の積算値を得て、これらに基づいて検量線を作成することで、Cl-36を定量することができる。
【0034】
本発明の一実施形態によれば、上記工程(1)~(4)を実施することで、Cl-36を、同位体や同重体と区別して検出することができる。特には、従来のβ線を測定する手法と比較してより簡便かつ迅速に、Cl-36を定量することが可能となる。
【0035】
本発明の別の実施形態によれば、上記工程(1)~(4)の前に、イオンクロマトグラフィー(Ion Chromatography:IC)により、試料溶液の妨害元素を除去する工程を含んでもよい。本明細書において、当該工程をIC前処理工程ともいう。
【0036】
IC前処理工程は、塩素イオンを選択的に抽出可能なカラムを備えるイオンクロマトグラフィー装置(IC装置)により実施することができる。このようなIC装置及び塩素イオンを選択的に抽出可能なカラムは市販されており、任意の市販品を用いることができる。ある実施形態において、IC装置は、溶離液を装置に送るポンプを備える送液部と、試料溶液を装置に導入する導入部と、ガードカラム及び分離カラムを備える分離部と、移動相を分離するサプレッサー部とから主として構成されるものであってよい。本実施形態においては、妨害元素が除去された試料溶液を、工程(1)~(4)を実施するICP-MS装置の試料導入部に送る送液手段をさらに備えることが好ましい。
【0037】
IC前処理工程は、試料溶液をIC装置に導入することにより実施することができる。試料溶液をIC装置のカラムに導入することにより、塩素イオンは分離カラムに一旦保持されるが、溶離液により流されてカラム内を移動する。イオンの価数、イオン半径、疎水性などの違いによりカラム内を移動する速度が異なるため、カラムを通過する間に塩素イオンと他のイオンを分離、濃縮する。送液の速度は、装置の説明書に従って適宜決定することができる。なお、ここでいう塩素イオンとは、Cl-35イオン、Cl-36イオン、Cl-37イオンの全てを含むものとする。IC装置では、塩素の同位体であるCl-35、Cl-36、Cl-37等を区別することはできないため、IC前処理工程を経た試料溶液には、Cl-35イオン、Cl-36イオン、Cl-37イオンが主として含まれる。
【0038】
次に、IC前処理工程を経た試料溶液を、ICP-MS装置の試料導入部に送り、先に説明したとおりに工程(1)~(4)を実施する。IC前処理工程を行うことで、妨害元素が除去され、工程(3)において生成する酸化物イオンが、実質的にClO-51酸化物イオン、ClO-52酸化物イオン、ClO-53酸化物イオンに限られる。ClO-51酸化物イオン、ClO-53酸化物イオンは次の工程(3)にて除去可能であるため、工程(4)にて高い精度でClO-52酸化物イオンを検出することが可能になる。
【0039】
本発明のまた別の実施形態によれば、IC前処理工程の前、IC前処理工程の後、またはIC前処理工程を行わない場合の工程(1)の前に、試料溶液を濃縮カラムに適用してCl-36を濃縮する工程を実施することができる。以下、本工程を濃縮工程と指称する。
【0040】
濃縮工程で用いる濃縮カラムは、Cl-36を抽出可能な樹脂製カラムであってよい。例えば、TRISKEM INTERNATIONAL製抽出クロマトグラフィー用CLレジンを用いることができるが、特定の濃縮カラムには限定されない。TRISKEM INTERNATIONAL製CLレジンを用いる場合の工程は、より詳細には、例えば、Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry volume 286, pages 539-546 (2010)に記載された方法を参照して実施することができる。
【0041】
濃縮工程においては、試料溶液から塩素を抽出し、約300倍程度に濃縮することができる。試料溶液に含まれうるCl-35、Cl-36やCl-37、他の元素は濃縮カラムに吸着される。
【0042】
濃縮工程を行うことで、試料溶液から塩素を選択的に抽出することができ、硫黄の同重体を低減した試料溶液にて、IC装置またはICP-MS装置に導入することができる。これにより、IC装置における妨害元素の分離をより高い精度で行うことができる。またICP-MS装置において、質量数52のイオンとして、ClO酸化物イオンのみを選択的に生成し、カウントすることが可能になる。
【実施例0043】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。しかしながら、以下の実施例は本発明を限定するものではない。以下の実施例において、操作は、ICP-MS装置としてパーキンエルマー社製NexION2000及びIC装置としてサーモフィッシャー(旧ダイオネクス)製DX-800を用いて実施した。
【0044】
1.同位体、同重体の検討
検出目的とするCl-36には、S-36、Ar-36の同重体が存在する。ICP-MSでは、Arプラズマを利用して原子をイオン化するため、Ar-36の干渉がありうる。また、塩素の同位体Cl-35から生じる同重体、35ClHにより、Cl-36の検出が妨害される場合がありうる。これらの除去について検討した。
【0045】
2.コリジョンガス、リアクションガスの検討
コリジョンガス(He)、リアクションガス(O、NH、CH)により、同重体の影響を軽減することができるかを検討した。コリジョンガスは、CRCにてイオン化ポテンシャルの違いを利用し、除去したいイオンと衝突させて非イオンとし干渉を除去するために用いることができる。リアクションガスは、CRCにて、検出目的のイオンと反応させて、酸化物イオンとして検出するために用いることができる。
【0046】
安定同位体の塩素の同位体Cl-35、Cl-37と安定同位体の硫黄の同位体S-36、超純水を用いて、コリジョンガス(He)、リアクションガス(O、NH、CH)による質量数35、36、37のカウント数と質量数51、52、53のカウント数の変化を測定し、質量数36によるCl-36あるいは質量数52によるClO-52酸化物イオンでの検出可能性を検討した。具体的には、安定同位体の塩素は100ppm、安定同位体の硫黄は100ppm、コリジョンガス(He)の供給速度は0~5.0mL/min、リアクションガス(O、NH、CH)の供給速度は0~1.6mL/minの条件で実験を行った。結果を表1、2に示す。表中、質量数35、37、51、53については、安定同位体の塩素のカウント数が安定同位体の硫黄、超純水のカウント数と比較して、カウント差が2桁程度大きい場合を〇、カウント差が大きくなく1桁未満の場合を△、カウント差がない場合を×とした。また、質量数36、52については安定同位体の塩素、安定同位体の硫黄、超純水のカウント数が低く、カウント差がなく、ガス流量の調整によるカウント数を低減できる場合を〇、ガス流量の調整によるカウント数を低減できる場合を△、カウント数が高く検出できない場合を×とした。
【0047】
【表1】
【表2】
【0048】
表1、2の結果より、リアクションガスとして酸素ガスを流すことにより、元素間の反応性の違いを利用し、目的元素であるClを反応させて酸化物イオン(ClO質量数52)とすることで、Cl-36の高感度測定が可能と判断された。
【0049】
安定同位体の塩素濃度が100ppmの試料溶液について、酸素ガスをリアクションガスとして使用した場合の、酸素ガス流量と、質量数35、36、37のイオンカウントとの関係を調べた。
【0050】
測定結果を図1~3にそれぞれ示す。質量数35、37は、酸素ガスを混合し、その流量が高くなるにつれてカウントが低減した。質量数35は、酸素ガス流量が低い0.2mL/minの条件では超純水とClの差があったが、それ以上になるとClと超純水の差が無くなったため、Cl-36を高感度に検出できる可能性が低いことがわかった。質量数36の塩素は、100ppm硫黄溶液との差が無かったので、影響を受けない。Ar-36の影響によるバックグランドの上昇があり、Cl-36の高感度分析は難しいと判断した。
【0051】
安定同位体の塩素濃度が100ppmの試料溶液について、酸素ガスをリアクションガスとして使用した場合の、酸素ガス流量と質量数51、質量数52、質量数53のイオンカウントとの関係を調べた。
【0052】
測定結果を図4~6にそれぞれ示す。質量数51、53は、100ppmの硫黄溶液や超純水と比較して100ppmのCl溶液でカウントの増加を確認した。酸素ガスと反応し、ClOイオンが生成する。質量数52は、酸素ガス量を増やすとカウントが低下し、バックグランドのカウントを下げる。質量数51、53は100ppmのClと超純水のカウント差が大きいほどよく、超純水のカウントが低いほど良い。質量数52はカウントが低い方がよく(Ar-36の影響を低減)、超純水と100ppmの硫黄とのカウント差が無いほうがよい(S-36の影響を受けない)。また、Cl 100ppmと超純水のカウント差が少ないほどよい。
【0053】
3.検量線の検討
次に下記表3のとおりのCl-36の線源希釈液と、濃度既知の安定同位体の同位体であるCl-35及びCl-37を試料溶液として、ICP-MS装置に導入し、リアクションガスとして、高純度酸素ガスを1.0mL/minで注入し、それぞれ、質量数51、52、53のイオンカウントを得た。
【表3】
【0054】
ICP-MS装置による測定結果に基づいて作成した検量線を図7~9にそれぞれ示す。各図の縦軸に示すイオンカウント測定値cps(count per second)は、ピーク高さ最大値に基づく値である。質量数52で検出したCl-36の検量線は、R=0.8342で、ばらつきが大きかった。
【0055】
4.IC-ICP-MS法の検討
試料溶液中には多くのイオンが存在するため、共存するイオンの除去を目的として、イオンクロマトグラフ法(IC)によるCl-36の前処理を検討した。ICP-MS装置の前段にIC装置を設け、かつ、ICP-MS装置に導入する試料溶液の量を検討した。この実験では、IC装置で妨害元素を除去した後の、Cl-35を0.11ppm含む試料溶液をICP-MS装置に導入した。リアクションガスとしてOガスを注入量1.0mL/minでCRCに供給し、四重極マスフィルタを通過した質量数51及び52のイオンをカウントした。測定時間に対し、質量数51及び52のイオンカウントをプロットした。結果を図10、11に示す。
【0056】
図10は試料注入量50μL、図11は試料注入量500μLのプロット結果である。注入量50μLの場合は、3.74min(図10の一点鎖線で囲んだピーク)に、注入量500μLの場合は、3.80min(図11の短破線で囲んだピーク)に、質量数51のイオンカウントのピークが確認された。図10図11の比較から、注入量が多いほど感度が上がり、注入量を変更することで他の影響はないことがわかった。図11を参照すると、質量数52のイオンカウントの1min付近(長破線で囲んだ部分)にベースラインの変化があった。これはIC検出器においても同様の結果が確認された(図示せず)。IC検出器では、3.6minにおいて、Clのピークが得られた。ICP-MSによる0.11ppmのCl-35(質量51)のピークは、ICの検出器から約10秒後に検出された。
【0057】
次に、Cl-36を190Bq/mL含む試料溶液を500μL、IC装置に導入し、IC装置で妨害元素を除去した試料溶液をICP-MS装置に導入した。リアクションガスとしてOガスを注入量1.0mL/minでCRCに供給し、四重極マスフィルタを通過した質量数51、52及び53のイオンをカウントした。図12は、測定時間に対し、質量数51、52及び53のイオンカウントをプロットした結果を示し、図13は、図12の2~4分におけるピークの拡大図である。先の実験と同条件にて、Cl-36の検出の指標となるピークを質量数52で検出することができた。
【0058】
濃度既知のCl-36溶液をIC-ICP-MS法で測定し、検量線を作成した。リアクションガスとしてOガスを注入量1.0mL/minでCRCに供給し、四重極マスフィルタを通過した質量数52のイオンカウントを測定時間に対しプロットした。プロット結果から、ピーク高さ(最大値)及びピーク面積(積算値)を得て、それぞれに基づいて検量線を作成した。図14は、ピーク高さに基づく検量線であり、図15は、ピーク面積に基づく検量線である。ピーク面積に基づく検量線は、R=0.9999でばらつきが少なかった。ピーク面積に基づく検量線は特に、Cl-36が低濃度で含まれる場合にも検出できる点で有利であった。
【0059】
4.従来法との精度比較
Cl-36標準線源を用いて模擬サンプルを作製し、本発明によるICP-MS法と、従来法(従来のβ線を用いる手法)で使用される液体シンチレーションカウンター(liquid scintillation counter:LSC)による測定結果を比較した。検量線は、図15で得られたピーク面積に基づく検量線を用いた。結果を表4に示す。ICP-MS法は2回行い、それぞれの結果を示す。163Bq/mLの模擬サンプルを測定した結果、従来法と、本発明に係るICP-MS法では、ほぼ同等の結果が得られた。
【0060】
【表4】
【0061】
5.従来法との所要時間の比較
Cl-36が付着していると考えられる部材50gを、100mLのエッチング液(硫酸)で洗浄した液体を試料溶液とする場合の、従来法と、本発明に係るIC-ICP-MS法による分析所要時間を比較した。
【0062】
従来法では、サンプル液の蒸留、吸収液の調製に約1日、γ線チェック、乾固、溶解に約1日、加熱熟成、ろ過、乾燥、回収率測定に約1日を要し、液体シンチレーションカウンターによる測定に約2日を要する。よって、100mLの試料の分析結果を得るためには、前処理に3日、測定に2日を要し、合計で約5日間(120時間)を要する。これらの作業は全て放射線の管理区域内で行う必要がある。
【0063】
一方、本発明のIC-ICP-MS法では、IC装置によるカラム濃縮に約2.5時間を要する。より具体的には、サンプル通水(100mL)、洗浄液(10mL)、Cl-36の溶離(5mL)を、0.8mL/minで行うと仮定した場合、約2.5時間を要する。次いで、得られた試料溶液をICP-MS法で測定するためには1サンプルあたり13分を要し、合計で約3時間を要する。よって、本発明によれば、従来法の約1/40の所要時間で、従来法と同等の精度にてCl-36を定量することが可能であるといえる。
【0064】
以上より、本発明に係るICP-MS法あるいはIC-ICP-MS法を用いることで、従来法と比較して迅速にCl-36を定量することが可能となる。
図1
図2
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図10
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図15