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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025848
(43)【公開日】2024-02-28
(54)【発明の名称】鋼歯車及び鋼歯車の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/22 20060101AFI20240220BHJP
   C23C 8/32 20060101ALI20240220BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20240220BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240220BHJP
   C21D 7/04 20060101ALI20240220BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240220BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20240220BHJP
【FI】
C23C8/22
C23C8/32
C21D9/32 A
C21D1/06 A
C21D7/04 A
C22C38/00 301N
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022129155
(22)【出願日】2022-08-15
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】天野 良則
(72)【発明者】
【氏名】間曽 利治
【テーマコード(参考)】
4K028
4K042
【Fターム(参考)】
4K028AA01
4K028AA03
4K028AB01
4K028AB06
4K028AC03
4K028AC07
4K028AC08
4K042AA18
4K042BA03
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD03
4K042DD05
4K042DE02
4K042DE03
(57)【要約】
【課題】摩擦係数を低減可能な鋼歯車を提供する。
【解決手段】本実施形態の鋼歯車(1)は、複数の歯(GT)の歯面を含む表層に形成されている浸炭硬化層と、浸炭硬化層以外の部分である芯部とを備える。浸炭硬化層において、歯面の法線方向及び歯(GT)の歯すじ方向を含む断面のうち、歯面から深さ10μm、歯すじ方向の長さ50μmの領域を最表層矩形域と定義したとき、浸炭硬化層の少なくとも一部では、最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の歯の歯面を含む表層に形成されている浸炭硬化層と、
前記浸炭硬化層以外の部分である芯部とを含み、
前記浸炭硬化層において、前記歯面の法線方向及び前記歯の歯すじ方向を含む断面のうち、前記歯面から深さ10μm、前記歯すじ方向の長さ50μmの領域を最表層矩形域と定義したとき、
前記浸炭硬化層の少なくとも一部では、
前記最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である、
鋼歯車。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼歯車であって、
前記{203}結晶方位の面積率が10.0%以上である、
鋼歯車。
【請求項3】
請求項1に記載の鋼歯車であって、
前記{203}結晶方位の面積率が12.5%以上である、
鋼歯車。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の鋼歯車の製造方法であって、
複数の歯の歯面を含む表層に形成されている浸炭硬化層と、前記浸炭硬化層以外の部分である芯部とを備え、JIS B 0601:2013に準拠した前記浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、前記浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%である、中間品を準備する中間品準備工程と、
前記中間品の複数の前記歯と噛み合い前記中間品の前記歯の歯面よりも硬い歯面を有する複数の工具歯を含む鋼歯車工具を、前記中間品に噛み合わせ、かつ、前記中間品に8.5~15.0GPaで押し当てながら回転させることにより、前記工具歯を前記中間品の前記歯の歯すじ方向に摺動させて前記浸炭硬化層の最表層を塑性変形させ、前記浸炭硬化層の少なくとも一部で、前記最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率を7.0%以上とする、最表層結晶方位調整工程とを備える、
鋼歯車の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の鋼歯車の製造方法であって、
前記中間品準備工程は、
鋼材を加工する加工工程と、
加工された前記鋼材に対して浸炭処理及び焼戻しを実施して、前記鋼材の表層に前記浸炭硬化層を形成し、前記浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%とする熱処理工程とを含む、
鋼歯車の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の鋼歯車の製造方法であって、
前記中間品準備工程はさらに、
前記熱処理工程後の前記鋼材の前記浸炭硬化層の表面粗さを調整して、JIS B 0601:2013に準拠した前記浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmである前記中間品を製造する表面粗さ調整工程を含む、
鋼歯車の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼歯車及び鋼歯車の製造方法に関し、さらに詳しくは、表層に浸炭硬化層を含む鋼歯車及び鋼歯車の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼歯車は、例えば、自動車のエンジンやモータといったパワーユニットの部品として利用される。これらの鋼歯車の多くは、鋼からなる。
【0003】
上述の用途に用いられる鋼歯車には、高い疲労強度が求められる。これらの鋼歯車の疲労強度を高める手段として、浸炭処理が知られている。浸炭処理には、ガス浸炭処理と、真空浸炭処理とが含まれる。本明細書において、ガス浸炭処理は、ガス浸炭処理だけでなく、ガス浸炭窒化処理も含む。真空浸炭処理は、真空浸炭処理だけでなく、真空浸炭窒化処理も含む。
【0004】
浸炭処理された鋼歯車の表層には、浸炭硬化層が形成されている。浸炭硬化層により、鋼歯車の表層の硬さが高まる。そのため、鋼歯車の疲労強度が高まる。
【0005】
浸炭処理により疲労強度を高めた鋼部品(以下、浸炭鋼部品ともいう)は、例えば、特開2019-026899号公報(特許文献1)、及び、特開2019-031745号公報(特許文献2)に提案されている。
【0006】
特許文献1に開示された浸炭鋼部品は、SCR420に基づく化学組成を有する。さらに、この浸炭鋼部品の化学組成では、Si、Cu、Ni及びCr含有量が、所定の関係となるように調整されている。さらに、表層の浸炭硬化層の炭化物面積率が5~40%に調整されている。これにより、浸炭鋼部品の浸炭層の残留オーステナイト量が抑制され、疲労強度が高まる、と特許文献1には記載されている。
【0007】
特許文献2に開示された浸炭鋼部品は、所定の化学組成を有する。そして、浸炭鋼部品の表層の旧オーステナイトの結晶粒度番号、表面C濃度、及び、有効硬化層深さが、所定の範囲に調整されている。これにより、高い面疲労強度が得られる、と特許文献2には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2019-026899号公報
【特許文献2】特開2019-031745号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、最近、自動車の燃費のさらなる向上が求められている。トランスミッションでのエネルギー損失を抑制できれば、燃費のさらなる向上が実現できる。トランスミッションでのエネルギー損失のうちの一つに、動力伝達の摩擦損失がある。この摩擦損失を低減できれば、エネルギー損失を低減できる。
【0010】
動力伝達の摩擦損失を低減するためには、動力伝達に関与する鋼歯車の摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を低減することが有効である。ここで、静止摩擦係数とは、鋼歯車が回転等の動作を開始するときに、その動作を妨げるように作用する摩擦力に比例する係数である。動摩擦係数とは、鋼歯車が回転中に、その動作を妨げるように作用する摩擦力に比例する係数である。摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を抑えることができれば、静止摩擦力及び動摩擦力が抑えられる。その結果、動力伝達の摩擦損失を低減できる。
【0011】
本開示の目的は、摩擦係数を低減可能な鋼歯車及び鋼歯車の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示による鋼歯車は、次の構成を有する。
【0013】
複数の歯の歯面を含む表層に形成されている浸炭硬化層と、
前記浸炭硬化層以外の部分である芯部とを含み、
前記浸炭硬化層において、前記歯面の法線方向及び前記歯の歯すじ方向を含む断面のうち、前記歯面から深さ10μm、前記歯すじ方向の長さ50μmの領域を最表層矩形域と定義したとき、
前記浸炭硬化層の少なくとも一部では、
前記最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である、
鋼歯車。
【0014】
本開示による鋼歯車の製造方法は、次の工程を含む。
【0015】
上述の鋼歯車の製造方法であって、
複数の歯の歯面を含む表層に形成されている浸炭硬化層と、前記浸炭硬化層以外の部分である芯部とを備え、JIS B 0601:2013に準拠した前記浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、前記浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%である、中間品を準備する中間品準備工程と、
前記中間品の複数の前記歯と噛み合い前記中間品の前記歯の歯面よりも硬い歯面を有する複数の工具歯を含む鋼歯車工具を、前記中間品に噛み合わせ、かつ、前記中間品に8.5~15.0GPaで押し当てながら回転させることにより、前記工具歯を前記中間品の前記歯の歯すじ方向に摺動させて前記浸炭硬化層の最表層を塑性変形させ、前記浸炭硬化層の少なくとも一部で、前記最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率を7.0%以上とする、最表層結晶方位調整工程とを備える、
鋼歯車の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本開示による鋼歯車では、摩擦係数の低減が可能である。本開示による鋼歯車の製造方法は、上述の鋼歯車を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本実施形態の鋼歯車の斜視図である。
図2図2は、図1中の歯の斜視図である。
図3図3は、図2に示す最表層矩形域での方位マッピングの一例を示す図である。
図4A図4Aは、鋼歯車の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率と、静止摩擦係数との関係を示す図である。
図4B図4Bは、鋼歯車の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率と、動摩擦係数との関係を示す図である。
図5図5は、表層塑性加工を実施するための装置(表層塑性加工装置)の模式図である。
図6図6は、ブロックオンリング試験の模式図である。
図7図7は、ブロックオンリング試験での2回目以降の回転試験で得られた摩擦係数のグラフの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、鋼歯車の摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を低減できる手段を検討した。初めに、本発明者らは、浸炭処理を実施して鋼歯車の歯面を含む表層に浸炭硬化層を形成し、鋼歯車の表面硬さを高めれば、摩擦係数が抑制されると考えた。この場合、浸炭硬化層が形成された歯面は、他の鋼歯車と接触して動作する。
【0019】
しかしながら、鋼歯車の表面硬さを高めただけでは、摩擦係数を十分に低減することができなかった。そこで、本発明者らは、摩擦係数を低減するために、他の手段を検討した。
【0020】
本発明者らは、鋼歯車の浸炭硬化層の最表層での結晶方位の配向性が、摩擦係数に影響を与えるのではないかと考えた。そこで、本発明者らは、浸炭硬化層の最表層での結晶方位の配向性と、摩擦係数との関係について調査及び検討した。
【0021】
具体的には、本発明者らは、鋼歯車での歯の歯面の法線方向及び歯の歯すじ方向を含む断面のうち、歯面から深さ10μm、歯すじ方向の長さ50μmの浸炭硬化層領域を、「最表層矩形域」と定義した。そして、最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率と、鋼歯車の摩擦係数との関係を調査した。その結果、本発明者らは、最表層矩形域において、{203}結晶方位の面積率が高いほど、摩擦係数が抑制されることを見出した。そして、さらなる検討の結果、最表層矩形域において、{203}結晶方位の面積率が7.0%以上であれば、摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を十分に抑制できることを初めて見出した。
【0022】
本実施形態の鋼歯車は、上述の技術思想に基づいて完成したものであり、次の構成を有する。
【0023】
[1]
複数の歯の歯面を含む表層に形成されている浸炭硬化層と、
前記浸炭硬化層以外の部分である芯部とを含み、
前記浸炭硬化層において、前記歯面の法線方向及び前記歯の歯すじ方向を含む断面のうち、前記歯面から深さ10μm、前記歯すじ方向の長さ50μmの領域を最表層矩形域と定義したとき、
前記浸炭硬化層の少なくとも一部では、
前記最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である、
鋼歯車。
【0024】
[2]
[1]に記載の鋼歯車であって、
前記{203}結晶方位の面積率が10.0%以上である、
鋼歯車。
【0025】
[3]
[1]に記載の鋼歯車であって、
前記{203}結晶方位の面積率が12.5%以上である、
鋼歯車。
【0026】
[4]
[1]~[3]のいずれか1項に記載の鋼歯車の製造方法であって、
複数の歯の歯面を含む表層に形成されている浸炭硬化層と、前記浸炭硬化層以外の部分である芯部とを備え、JIS B 0601:2013に準拠した前記浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、前記浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%である、中間品を準備する中間品準備工程と、
前記中間品の複数の前記歯と噛み合い前記中間品の前記歯の歯面よりも硬い歯面を有する複数の工具歯を含む鋼歯車工具を、前記中間品に噛み合わせ、かつ、前記中間品に8.5~15.0GPaで押し当てながら回転させることにより、前記工具歯を前記中間品の前記歯の歯すじ方向に摺動させて前記浸炭硬化層の最表層を塑性変形させ、前記浸炭硬化層の少なくとも一部で、前記最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率を7.0%以上とする、最表層結晶方位調整工程とを備える、
鋼歯車の製造方法。
【0027】
[5]
[4]に記載の鋼歯車の製造方法であって、
前記中間品準備工程は、
鋼材を加工する加工工程と、
加工された前記鋼材に対して浸炭処理及び焼戻しを実施して、前記鋼材の表層に前記浸炭硬化層を形成し、前記浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%とする熱処理工程とを含む、
鋼歯車の製造方法。
【0028】
[6]
[5]に記載の鋼歯車の製造方法であって、
前記中間品準備工程はさらに、
前記熱処理工程後の前記鋼材の前記浸炭硬化層の表面粗さを調整して、JIS B 0601:2013に準拠した前記浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmである前記中間品を製造する表面粗さ調整工程を含む、
鋼歯車の製造方法。
【0029】
以下、本実施形態による鋼歯車について詳述する。
【0030】
[鋼歯車の構成]
図1は、本実施形態の鋼歯車の模式図である。図1を参照して、鋼歯車1は、複数の歯GTを備える。複数の歯GTは、回転軸Cの周囲に配列されている。
【0031】
鋼歯車1はさらに、浸炭硬化層と芯部とを含む。つまり、鋼歯車1では、浸炭処理が施されている。浸炭硬化層は、鋼歯車1の歯GTの歯面を含む表層に形成されている。芯部は、鋼歯車1のうち、浸炭硬化層以外の部分である。
【0032】
浸炭硬化層と芯部とはミクロ組織が異なる。具体的には、浸炭硬化層のミクロ組織は主としてマルテンサイトからなる。一方、芯部はマルテンサイトを実質的に含まない。したがって、周知のミクロ組織観察を行うことにより、浸炭硬化層の有無を判断できることは、当業者に周知である。
【0033】
上述のとおり、本明細書において、「浸炭処理」は、浸炭処理と、浸炭窒化処理とを含む。したがって、本明細書において、「浸炭硬化層」は、浸炭窒化硬化層も含む概念である。なお、浸炭処理は、ガス浸炭処理及び真空浸炭処理を含む。つまり、ガス浸炭処理は、ガス浸炭処理だけでなく、ガス浸炭窒化処理も含む。真空浸炭処理は、真空浸炭処理だけでなく、真空浸炭窒化処理も含む。
【0034】
[鋼歯車1の化学組成]
鋼歯車1は、鋼からなる。鋼歯車1を構成する鋼の化学組成は特に限定されない。鋼歯車1を構成する鋼の化学組成は例えば、90.0%以上のFeを含有する。鋼歯車1を構成する鋼の化学組成は例えば、90.0%以上のFeと、0.05~0.28%のCと、0.10~2.00%のSiと、0.30~2.00%のMnとを含有する。
【0035】
好ましくは、本実施形態の鋼歯車1を構成する鋼の化学組成は、C:0.05~0.28%、Si:0.10~2.00%、Mn:0.30~2.00%、P:0.030%未満、S:0.030%未満、Ni:0~3.50%、Cr:0~2.50%、Mo:0~0.60%、Cu:0~0.50%、Al:0.001~0.100%、N:0.0250%以下、O:0.0050%以下、V:0~0.200%、Nb:0~0.100%、Ti:0~0.200%、B:0~0.0050%、及び、Ca:0~0.0050%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。Si含有量の好ましい上限は1.90%であり、さらに好ましくは1.85%である。Cr含有量の好ましい上限は2.30%であり、さらに好ましくは2.10%である。
【0036】
本実施形態の鋼歯車1を構成する鋼の化学組成は例えば、JIS G4053:2016に規定のSMn420、SCr420、SCM420、SNC415及びSNCM420のいずれかを満たしてもよい。また、例えば、JIS G4053:2016に規定のSMnC420、SCr415、SCM415、SCM418、SCM421、SCM425、SCM822、SNC815、SNCM20、SNCM415、SNCM616及びSNCM815のいずれかを満たしてもよい。本実施形態の鋼歯車1を構成する鋼の化学組成は上述のとおり、公知のものでよい。
【0037】
本実施形態の鋼歯車1の浸炭硬化層の少なくとも一部では、最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である。以下、この点について説明する。
【0038】
図2は、図1中の歯GTの斜視図である。図2を参照して、歯GTの歯面TSを含む表層に浸炭硬化層が形成されているとする。このとき、歯面TSの任意の位置での法線Y1及び歯すじ方向X1を含む断面のうち、歯面TSから深さ10μm、歯すじ方向の長さ50μmの矩形状の任意の領域を、「最表層矩形域」20と定義する。最表層矩形域20は、鋼歯車1の浸炭硬化層に含まれる。
【0039】
最表層矩形域20において、最表層矩形域20の法線N20の結晶方位解析を実施して、最表層矩形域20での方位マッピングを得る。図3は、最表層矩形域20での方位マッピングの一例を示す図である。図3を参照して、最表層矩形域20中の黒色の領域は、{203}結晶方位の領域である。得られた方位マッピングにおいて、{203}結晶方位の面積率を求める。
【0040】
図4Aは、鋼歯車1の浸炭硬化層の最表層矩形域20での{203}結晶方位の面積率と、従来の鋼歯車の静止摩擦係数に対する静止摩擦係数の比である、静止摩擦係数変化率(%)との関係を示す図である。静止摩擦係数変化率は次の式で定義される。
静止摩擦係数変化率=当該鋼歯車の静止摩擦係数/従来の鋼歯車の静止摩擦係数×100
また、図4Bは、鋼歯車1の浸炭硬化層の最表層矩形域20での{203}結晶方位の面積率と、従来の鋼歯車の動摩擦係数に対する動摩擦係数の比である、動摩擦係数変化率(%)との関係を示す図である。動摩擦係数変化率は次の式で定義される。
動摩擦係数変化率=当該鋼歯車の動摩擦係数/従来の鋼歯車の動摩擦係数×100
図4A及び図4Bは、後述のブロックオンリング試験により得られた静止摩擦係数変化率及び動摩擦係数変化率を用いて作成した。
【0041】
図4A及び図4Bを参照して、鋼歯車1の浸炭硬化層の最表層矩形域20での法線N20の結晶方位解析により得られた{203}結晶方位の面積率が7.0%となるまでの間は、{203}結晶方位面積の面積率が増加しても、摩擦係数(静止摩擦係数、動摩擦係数)にそれほど変化が見られない。一方、{203}結晶方位の面積率が7.0%以上となった場合、{203}結晶方位の面積率が増加するに伴い、摩擦係数(静止摩擦係数、動摩擦係数)が顕著に低下する。つまり、図4A及び図4Bのグラフは、{203}結晶方位の面積率が7.0%近傍で、変曲点を有する。
【0042】
したがって、鋼歯車1の浸炭硬化層において、歯面TSの法線方向Y1及び歯GTの歯すじ方向X1を含む断面のうち、歯面TSから深さ10μm、歯すじ方向の長さ50μmの最表層矩形域20での法線方向N20の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上であれば、摩擦係数を十分に抑制することができる。つまり、鋼歯車1の少なくとも一部で、{203}結晶方位の面積率が7.0%以上であれば、摩擦係数は抑制される。
【0043】
{203}結晶方位の面積率の好ましい下限は10.0%であり、さらに好ましくは12.5%であり、さらに好ましくは15.0%であり、さらに好ましくは20.0%であり、さらに好ましくは25.0%である。{203}結晶方位の面積率の上限は特に限定されない。{203}結晶方位の面積率の上限は例えば、80.0%であり、さらに好ましくは70.0%であり、さらに好ましくは65.0%であり、さらに好ましくは60.0%であり、さらに好ましくは50.0%であり、さらに好ましくは40.0%であり、さらに好ましくは35.0%である。
【0044】
[最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率の測定方法]
鋼歯車1の浸炭硬化層の最表層矩形域20での法線N20の結晶方位解析により得られた{203}結晶方位の面積率は、電子線後方散乱回折(EBSD:Electron Back Scatter Diffraction)を用いて、次の方法により求める。
【0045】
図2に示すとおり、鋼歯車1の浸炭硬化層において、歯面TSの法線方向Y1及び歯GTの歯すじ方向X1を含む断面のうち、歯面TSを含み、歯面TSから深さD20が10μm、歯すじ方向の長さL20が50μmの最表層矩形域20を含む試験片を採取する。試験片のサイズは、最表層矩形域20を含んでいれば、特に限定されない。
【0046】
試験片の複数の表面のうち、最表層矩形域20を含む表面を、観察面と定義する。観察面に対して鏡面研磨を実施する。鏡面研磨された観察面のうち、任意の最表層矩形域20(浸炭硬化層の歯面TSを含み、歯面TSから深さD20が10μm、歯すじ方向の長さL20が50μmの矩形領域)を選択する。選択された最表層矩形域20に対して、EBSD測定を実施する。EBSD測定では、加速電圧を15kV、照射電流を25nAとし、照射間隔を0.04μmとする。電子線の入射方向は、最表層矩形域20の法線方向N20から70°傾斜させた方向とする。EBSD測定により、最表層矩形域20内の各測定点の位置に関する情報(以下、位置情報という)と、測定点での結晶方位に関する情報(以下、方位情報という)とが得られる。得られた位置情報及び方位情報に基づいて、方位マッピングを作成する。作成された方位マッピングにおいて、{203}結晶方位の領域を特定する。このとき、許容方位差を10°とする。また、信頼性指数(Confidence Index:CI値)が0.1よりも大きいデータを採用する。
【0047】
方位マッピングでは、図3に示すとおり、特定の結晶方位の領域を区別して示すことが可能である。図3中の黒色の領域は、最表層矩形域20内での{203}結晶方位の領域である。そこで、得られた方位マッピングを用いて、{203}結晶方位の面積率を求める。具体的には、最表層矩形域20におけるCI値が0.1よりも大きい領域の総面積に対する{203}結晶方位の領域の総面積の比率を、{203}結晶方位の面積率(%)と定義する。以上の方法により、最表層矩形域20の{203}結晶方位を示す領域の面積率を測定できる。方位マッピングは例えば、周知の解析ソフトウェア(OIM Analysis Ver.7.3.1:株式会社TSLソリューションズ製)を用いてコンピュータに実行させることが可能である。
【0048】
[鋼歯車1の効果]
以上の構成を有する鋼歯車1において、浸炭硬化層の少なくとも一部では、最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である。そのため、鋼歯車1の当該部分での摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)が低い。そのため、鋼歯車1が使用されるエンジンやパワートレイン等の動力源での摩擦損失を低減でき、燃費の向上に寄与することができる。
【0049】
なお、本実施形態の鋼歯車1では、表層全体に浸炭硬化層を含んでいてもよいし、表層の一部に浸炭硬化層を含んでいてもよい。つまり、鋼歯車1は、少なくとも一部の表層に浸炭硬化層を含む。
【0050】
また、本実施形態の鋼歯車1では、浸炭硬化層の少なくとも一部において、最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上であってもよいし、浸炭硬化層の全体で最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上であってもよい。
【0051】
[鋼歯車1の例示]
図1では、鋼歯車1の一例として、平鋼歯車を示した。しかしながら、鋼歯車1は平鋼歯車に限定されない。鋼歯車1は例えば、歯すじが回転軸Cに対して公差する、はすば鋼歯車、ねじ鋼歯車、やまば鋼歯車であってもよい。鋼歯車1はまた、円錐面上に歯が配列される傘鋼歯車であってもよい。傘鋼歯車は例えば、すぐば傘鋼歯車、はすば傘鋼歯車、ハイボイド鋼歯車等である。鋼歯車1はさらに、内ば鋼歯車であってもよい。
【0052】
[鋼歯車1の製造方法]
本実施形態による鋼歯車1の製造方法の一例を説明する。以降に説明する鋼歯車1の製造方法は、本実施形態による鋼歯車1を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有する鋼歯車1は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態による鋼歯車1の製造方法の好ましい一例である。
【0053】
本実施形態の鋼歯車の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程1)中間品準備工程
(工程2)最表層結晶方位調整工程
以下、各工程について説明する。
【0054】
[(工程1)中間品準備工程]
中間品準備工程では、中間品を準備する。中間品は最終製品である鋼歯車に近い形状を有する。具体的には、中間品は、複数の歯の歯面を含む表層に形成されている浸炭硬化層と、芯部とを含む。中間品は第三者から提供されたものでもよい。また、中間品を製造して準備してもよい。
【0055】
準備する中間品はさらに、次の構成を有する。
(A)JIS B 0601:2013に準拠した浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmである。
(B)浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%である。
【0056】
[(A)浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaについて]
中間品の浸炭硬化層の表面粗さは、後述の最表層結晶方位調整工程での鋼歯車1の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率に影響する。中間品の浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05μm未満であれば、中間品が構成(B)を有していても、最表層結晶方位調整工程後の鋼歯車1の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率が7.0%未満となる。したがって、中間品の浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaを0.05μm以上とする。
【0057】
一方、中間品の浸炭硬化層の表面粗さの上限は特に限定されない。しかしながら、中間品の浸炭硬化層の表面粗さが過剰に粗くなれば、最表層結晶方位調整工程後の鋼歯車1の表面に割れが発生する場合がある。したがって、中間品の浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaを2.00μm以下とする。
【0058】
[(B)浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率について]
中間品の浸炭硬化層中の残留オーステナイトの体積率は、鋼歯車1の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率に影響する。残留オーステナイトの体積率が10.0%未満、又は、40.0%を超えれば、最表層結晶方位調整工程を実施しても、鋼歯車1の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率が7.0%未満となる。したがって、構成(A)を有する中間品の浸炭硬化層中の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%とする。この場合、最表層結晶方位調整工程を実施することにより、鋼歯車1の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率を7.0%以上とすることができる。
【0059】
以上の構成を有する中間品は、例えば、次の製造工程で製造される。
(工程11)加工工程
(工程12)熱処理工程
(工程13)表面粗さ調整工程
以下、各工程について説明する。
【0060】
[(工程11)加工工程]
加工工程では、鋼歯車の素材となる鋼材を加工して、鋼材を、最終製品である鋼歯車の形状に近い形状とする。
【0061】
鋼材の加工方法は周知の方法でよい。例えば、鋼材を熱間加工して、鋼材を所定形状にしてもよい。熱間加工方法は例えば、熱間鍛造、熱間圧延等である。鋼材を冷間加工して、鋼材を所定形状にしてもよい。冷間加工方法は例えば、冷間鍛造、冷間引抜等である。鋼材を切削加工して、鋼材を所定形状にしてもよい。鋼材を熱間加工又は冷間加工した後、さらに切削加工を実施して、鋼材を所定形状にしてもよい。
【0062】
[(工程12)熱処理工程]
熱処理工程では、加工された鋼材に対して熱処理を実施して、中間品の表層に浸炭硬化層を形成する。具体的には、加工された鋼材に対して、浸炭処理及び焼戻しを実施する。本製造工程例での浸炭処理は、浸炭工程と、焼入れ工程とを含む。つまり、熱処理工程は、次の工程を含む。
(工程121)浸炭工程
(工程122)焼入れ工程
(工程123)焼戻し工程
熱処理工程を実施することにより、中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%に調整する。以下、各工程について説明する。
【0063】
[(工程121)浸炭工程]
浸炭工程では、ガス浸炭処理、ガス浸炭窒化処理、真空浸炭処理、真空浸炭窒化処理のいずれかを実施する。浸炭工程により、中間品の表層のC濃度を、芯部のC濃度よりも高める。以降の説明では、ガス浸炭処理とガス浸炭窒化処理を合わせて、「ガス浸炭処理」と称する。また、真空浸炭処理と真空浸炭窒化処理とを合わせて、「真空浸炭処理」と称する。
【0064】
[ガス浸炭処理]
ガス浸炭処理の浸炭工程は、時系列順に、加熱工程、ガス浸炭工程、拡散工程を含む。
【0065】
加熱工程では、熱処理炉内に装入された鋼材を浸炭温度まで加熱する。加熱工程での浸炭温度は例えば、830~1100℃である。
【0066】
ガス浸炭工程は、加熱工程後に実施される。ガス浸炭工程では、所定のカーボンポテンシャルCp1及び浸炭温度で、鋼材を所定時間(保持時間)保持する。浸炭工程におけるカーボンポテンシャルCp1は、例えば0.5~1.2%であり、浸炭温度での保持時間は例えば、60~240分である。
【0067】
拡散工程は、ガス浸炭工程後に実施される。拡散工程では、所定のカーボンポテンシャルCp2及び浸炭温度で、鋼材を所定時間(保持時間)保持する。拡散工程では、浸炭工程で鋼材に侵入したCを鋼材内で拡散させる。拡散工程でのカーボンポテンシャルCp2は例えば、0.5~1.2%である。拡散工程での浸炭温度での保持時間は例えば、30~90分である。拡散工程でのカーボンポテンシャルCp2は、浸炭工程でのカーボンポテンシャルCp1よりも低くしてもよいし、カーボンポテンシャルCp1と同じであってもよい。
【0068】
なお、ガス浸炭工程及び拡散工程は1回ずつ実施されてもよいし、交互に複数回実施されてもよい。
【0069】
[真空浸炭処理]
真空浸炭処理の浸炭工程は、時系列順に加熱工程、真空浸炭工程、拡散工程を含む。
【0070】
加熱工程では、熱処理炉内に装入された鋼材を浸炭温度まで加熱する。加熱工程での浸炭温度は例えば、830~1100℃である。加熱工程ではさらに、炉内を真空又は減圧する。例えば、炉内を1kPa以下まで減圧する。
【0071】
真空浸炭工程は、加熱工程後に実施される。真空浸炭工程では、真空又は減圧下において、炉内に炭化水素系のガスを導入し、上記浸炭温度で鋼材を所定時間(保持時間)保持する。真空浸炭工程における導入ガスは炭化水素系ガスであれば特に限定されない。炭化水素系ガスは例えば、アセチレン、プロパン等である。浸炭温度での保持時間は特に限定されない。浸炭温度での保持時間は、例えば、5~120分である。真空又は減圧下で浸炭を実施することにより、ガス浸炭の場合と比較して、鋼材の表層に侵入するC濃度を高めることができる。
【0072】
拡散工程は、真空浸炭工程後に実施される。拡散工程では、炉内に炭化水素系のガスを導入しない状態で、浸炭温度で所定時間(保持時間)保持する。拡散工程における炉内の圧力は、真空浸炭工程と同じでもよい。また、拡散工程における炉内の圧力は、真空浸炭工程における残留ガスを取り除くため、真空浸炭工程よりも減圧してもよい(例えば、100Pa以下)。拡散工程での浸炭温度での保持時間は特に限定されないが、例えば、5~150分である。
【0073】
なお、真空浸炭工程及び拡散工程は1回ずつ実施されてもよいし、交互に複数回実施されてもよい。
【0074】
[(工程122)焼入れ工程]
焼入れ工程は、浸炭工程後に実施される。焼入れ工程では、浸炭工程後の鋼材に対して、周知の焼入れを実施する。具体的には、焼入れ工程では、浸炭工程後の鋼材をAr3点以上の焼入れ温度で保持する。その後、鋼材を急冷して焼入れする。
【0075】
焼入れ温度での保持時間は特に限定されないが、例えば、30~60分である。焼入れ温度は、浸炭温度よりも低い方が好ましい。焼入れ処理における冷却方法は、油冷又は水冷である。具体的には、冷却媒体である油又は水を収納した冷却浴に、焼入れ温度に保持された鋼材を浸漬して急冷する。冷却媒体である油又は水の温度は、例えば、室温~200℃である。また、必要に応じて、サブゼロ処理を実施してもよい。
【0076】
[(工程123)焼戻し工程]
焼戻し工程は、焼入れ工程後に実施される。焼戻し工程では、焼入れ工程後の鋼材に対して、周知の焼戻しを実施する。焼戻し温度は例えば、100~200℃である。焼戻し温度での保持時間は例えば、90~150分である。
【0077】
上述のとおり、熱処理工程において、中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%に調整する。残留オーステナイトの体積率は、ガス浸炭工程のカーボンポテンシャルCp1、拡散工程のカーボンポテンシャルCp2、ガス浸炭工程及び真空浸炭工程における浸炭温度、浸炭温度での保持時間、拡散工程における浸炭温度での保持時間、焼入れ工程での冷却媒体(水又は油)の温度、を適宜調整することにより、10.0~40.0%に調整できる。
【0078】
[(工程13)表面粗さ調整工程]
表面粗さ調整工程では、熱処理工程後の鋼材に対して、切削加工を実施したり、研削加工を実施したり、ショットピーニングを実施したりして、中間品の浸炭硬化層の表面粗さを所定の粗さに調整する。具体的には、表面粗さ調整工程では、最表層結晶方位調整工程前の中間品の浸炭硬化層の表面での算術平均粗さRaを0.05~2.00μmの範囲に調整する。算術平均粗さRaの好ましい下限は0.10μmであり、さらに好ましくは0.15μmであり、さらに好ましくは0.20μmであり、さらに好ましくは0.25μmである。算術平均粗さRaの好ましい上限は、1.50μmである。なお、算術平均粗さRaは、JIS B 0601:2013に準拠して測定される。
【0079】
切削加工及び研削加工は周知の方法を採用すればよい。また、ショットピーニングも周知の方法を採用すればよい。特に限定されないが、ショットピーニングは例えば、直径が0.7mm以下のショット粒を用い、アークハイトが0.4mm以上の条件で行ってもよい。
【0080】
本製造工程例では、表面粗さ調整工程により、結晶方位調整工程前の中間品の浸炭硬化層の表面粗さを敢えて粗くする。これにより、最表層結晶方位調整工程において、{203}結晶方位の面積率を高めることができる。
【0081】
なお、熱処理工程後の中間品の浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであれば、表面粗さ調整工程は省略されてもよい。
【0082】
以上の工程により、浸炭硬化層と芯部とを備え、浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%である中間品を準備する。
【0083】
[中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率、及び、中間品の表面の算術平均粗さRaの測定方法]
中間品の残留オーステナイトの体積率、及び、中間品の表面の算術平均粗さRaは、次の方法で測定できる。
【0084】
[残留オーステナイトの体積率]
中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率を、X線回折法により求める。具体的には、中間品から、浸炭硬化層を含むサンプルを採取する。サンプルの浸炭硬化層の表面に対してX線回折を実施して、bcc構造の(211)面と、fcc構造の(220)面の回折ピークの積分強度比を得る。得られた回折強度比に基づいて、残留オーステナイトの体積率(%)を求める。光源にはCr管球を使用する。光源の電圧は40kV、電流値は40mAとする。
【0085】
[表面の算術平均粗さRa]
中間品の浸炭硬化層表面の算術平均粗さRaを、JIS B 0601:2013に規定された測定方法に準拠して測定する。具体的には、中間品の浸炭硬化層の表面において、任意の10箇所を測定箇所とする。測定箇所において、軸方向Lに延びる評価長さで、算術平均粗さRaを測定する。基準長さ(カットオフ波長)は、算術平均粗さRaが0.02~0.10μmの場合は0.25mmとし、算術平均粗さRaが0.10超~2.00μmの場合は0.80mmとする。さらに、評価長さは、基準長さ(カットオフ波長)の5倍とする。算術平均粗さRaの測定は、触針式の粗さ計を用いて行い、測定速度は、0.2mm/secとする。求めた10個の算術平均粗さRaのうち、最大の算術平均粗さRa、2番目に大きい算術平均粗さRa、最小の算術平均粗さRa、及び、2番目に小さい算術平均粗さRaを除いた、6個の算術平均粗さRaの算術平均値を、算術平均粗さRa(μm)と定義する。
【0086】
[(工程2)最表層結晶方位調整工程]
最表層結晶方位調整工程では、JIS B 0601:2013に準拠した浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%である中間品の浸炭硬化層の最表層矩形域において、最表層矩形域の法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率を高める。
【0087】
具体的には、複数の工具歯が配列された鋼歯車工具を準備する。工具歯の歯面の硬さは、中間品の歯の歯面の硬さよりも高くする。鋼歯車工具の複数の工具歯を中間品の複数の歯と噛みわせ、かつ、中間品方向に8.5~15.0GPaで押し当てながら回転させることにより、工具歯を中間品の歯すじ方向に摺動させて、中間品の浸炭硬化層の最表層を塑性変形させ、浸炭硬化層の最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率を7.0%以上とする。以下、この点について説明する。
【0088】
図5は、表層塑性加工を実施するための装置(表層塑性加工装置)の模式図である。図5を参照して、表層塑性加工装置30は、回転軸部31と、鋼歯車工具32とを備える。回転軸部31は鋼歯車工具32の中心軸上に配置されており、鋼歯車工具32に固定されている。回転軸部31は鋼歯車工具32の回転軸C2周りを回転して、鋼歯車工具32を回転させる。
【0089】
鋼歯車工具32は、螺旋状工具歯33を含む。螺旋状工具歯33は、回転軸C2周りに螺旋状に形成された工具歯を有する。螺旋状工具歯33の中心軸は、鋼歯車工具32の中心軸C2と一致する。螺旋状工具歯33は、中間品100の歯TGと噛み合う形状を有する。上述のとおり、螺旋状工具歯33の歯面の硬さは、中間品100の歯TGの歯面の硬さよりも高い。螺旋状工具歯33は例えば、超硬工具であってもよいし、ダイヤモンドで構成されていてもよい。螺旋状工具歯33は、超硬工具の表面にDLC等のコーティングが施されていてもよい。
【0090】
鋼歯車工具32は、回転軸C2周りを回転しながら、図示しない加圧機構により、F1方向に荷重を付与される。そのため、鋼歯車工具32の螺旋状工具歯33は、回転しながら中間品100の歯TGに押し当てられる。
【0091】
表層塑性加工装置30を用いた表層塑性加工は次のとおり実施される。初めに、表層塑性加工装置30の鋼歯車工具32の螺旋状工具歯33を中間品100の歯TGに噛み合わせる。そして、鋼歯車工具32を中間品100に押し当てながら、鋼歯車工具32を回転軸C2周りに回転される。螺旋状工具歯33と中間品100とが噛み合っているため、鋼歯車工具32の回転により、中間品100は回転軸C1周りに回転する。
【0092】
鋼歯車工具32を中間品100に押し当てながら回転させることにより、螺旋状工具歯33が中間品100の歯TGの歯すじ方向に摺動する。これにより、歯TGの歯面近傍の浸炭硬化層が歯すじ方向に圧力を受け、浸炭硬化層の最表層が塑性変形する。このとき、浸炭硬化層の最表層において、塑性変形に起因した結晶方位回転が発生する。
【0093】
表層塑性加工装置30を用いた表層塑性加工では、次の条件を満たす加工を実施する。
(C)表層塑性加工において、8.5~15.0GPaの圧力で鋼歯車工具32を中間品100に押し当てる。以下、上記圧力を「押圧力」という。
【0094】
押圧力が8.5GPa未満であれば、構成(A)及び構成(B)を有する中間品を用いても、最終製品である鋼歯車1の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率が7.0%未満となる。押圧力が8.5GPa以上であれば、最終製品である鋼歯車1の最終層矩形域20の{203}結晶方位の面積率が7.0%以上となる。押圧力は高いほど、中間品の浸炭硬化層の最表層の塑性変形を促進させる。そのため、押圧力の好ましい下限は、10.0GPaであり、さらに好ましくは11.5GPaである。
一方、押圧力が高すぎれば、鋼歯車1の表面に割れが発生する場合がある。そのため、押圧力の上限は15.0GPaである。
したがって、本実施形態では、押圧力を8.5~15.0GPaとする。
【0095】
上記(A)及び(B)の構成を有する中間品に対して(C)の条件で表層塑性加工を実施すれば、鋼歯車1の浸炭硬化層の最表層矩形域20での法線方向N20において、{203}結晶方位の集積度が高まる。その結果、最表層矩形域20での{203}結晶方位の面積率が7.0%以上となる。
【0096】
以上の製造方法により、本実施形態の鋼歯車1は製造される。上記の製造方法は本実施形態の鋼歯車1の製造方法の一例である。したがって、鋼歯車1が上述の構成を有すれば、本実施形態の鋼歯車1は、他の製造方法により製造されてもよい。
【実施例0097】
以下、実施例により本実施形態の鋼歯車1の一態様の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の鋼歯車1の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の鋼歯車1はこの一条件例に限定されない。
【0098】
表1に示す化学組成を有する鋼材を準備した。
【0099】
【表1】
【0100】
鋼材の形状は、図1に示す平鋼歯車形状であった。
【0101】
表1の各試験番号の鋼材に対して、表2に示す浸炭処理(熱処理)を実施した。
【0102】
【表2】
【0103】
表2中の「浸炭種類」欄の「ガス」は、熱処理工程として、以下の条件のガス浸炭処理を実施したことを意味する。「真空」は、熱処理工程として、以下の条件の真空浸炭処理を実施したことを意味する。
【0104】
[ガス浸炭処理]
ガス浸炭処理を次の条件で実施した。鋼材を熱処理炉に装入し、930℃で60分均熱した。その後、ガス浸炭工程を実施した。具体的には、930℃の浸炭温度で100分保持した。このとき、カーボンポテンシャルCp1及びCp2を0.6~1.2で調整した。ガス浸炭工程後、拡散工程を実施した。拡散工程では、ガス浸炭工程と同じ浸炭温度で60分保持した。カーボンポテンシャルCp1及びCp2を上記の範囲で調整して、中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率を調整した。
【0105】
拡散工程後、焼入れ工程を実施した。焼入れ工程は、ガス浸炭処理と同じ炉内で、拡散工程に引き続き実施した。焼入れ工程では、鋼材を860℃で30分保持した。その後、鋼材を60℃の油を用いて油冷した。
【0106】
焼入れ工程後の鋼材に対して、焼戻し工程を実施した。焼戻し工程では、鋼材を180℃で120分保持した。その後、鋼材を大気中で放冷した。
【0107】
[真空浸炭処理]
真空浸炭処理を次の条件で実施した。鋼材を熱処理炉に装入し、930℃で60分均熱した。その後、炉内を1kPaまで減圧した。減圧後、真空浸炭工程を実施した。具体的には、炉内にアセチレンガスを導入しながら、930℃の浸炭温度で20~120分保持した。真空浸炭工程後、拡散工程を実施した。拡散工程では、アセチレンガスの導入を停止した状態で、減圧下において930℃で60~150分保持した。以上の工程において、真空浸炭工程の保持時間、及び、拡散工程の保持時間を調整して、中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率を調整した。
【0108】
拡散工程後、焼入れ工程を実施した。焼入れ工程は、真空浸炭処理と同じ炉内で、拡散工程に引き続き実施した。焼入れ工程では、鋼材を860℃で30分保持した。その後、鋼材を60℃の油を用いて油冷した。
【0109】
焼入れ工程後の鋼材に対して、焼戻し工程を実施した。焼戻し工程では、鋼材を180℃で120分保持した。その後、鋼材を大気中で放冷した。
【0110】
浸炭処理後の鋼材に対して、表面粗さ調整工程を実施した。具体的には、鋼材の表面に対して、研削加工、又は旋削加工を実施して、表面粗さを調整した。
【0111】
以上の工程により、各試験番号の中間品を製造した。
【0112】
[表面粗さ調整工程後の各試験番号の中間品の残留オーステナイトの体積率及び表面の算術平均粗さRaの測定試験]
表面粗さ調整工程後の各試験番号の中間品の残留オーステナイトの体積率及び表面の算術平均粗さRaを次の方法で求めた。
【0113】
[残留オーステナイトの体積率]
中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率を、X線回折法により求めた。具体的には、各試験番号の中間品から、浸炭硬化層を含むサンプルを採取した。サンプルの浸炭硬化層の表面に対してX線回折を実施して、bcc構造の(211)面と、fcc構造の(220)面の回折ピークの積分強度比を得た。得られた回折強度比に基づいて、残留オーステナイトの体積率(%)を求めた。なお、X線回折には、株式会社リガク製の商品名:RINT-2500HL/PCを使用した。また、光源にはCr管球を使用した。光源の電圧は40kV、電流値は40mAとした。得られた残留オーステナイトの体積率を表2の「残留γ(体積%)」欄に示す。
【0114】
[表面の算術平均粗さRa]
各試験番号の中間品の浸炭硬化層表面の算術平均粗さRaを、JIS B 0601:2013に規定された測定方法に準拠して測定した。具体的には、中間品の浸炭硬化層の表面において、任意の10箇所を測定箇所とした。測定箇所において、軸方向Lに延びる評価長さで、算術平均粗さRaを測定した。基準長さ(カットオフ波長)は、算術平均粗さRaが0.02~0.10μmの場合は0.25mmとし、算術平均粗さRaが0.10超~2.00μmの場合は0.80mmとした。さらに、評価長さは、基準長さ(カットオフ波長)の5倍とした。算術平均粗さRaの測定は、触針式の粗さ計を用いて行い、測定速度は、0.2mm/secとした。求めた10個の算術平均粗さRaのうち、最大の算術平均粗さRa、2番目に大きい算術平均粗さRa、最小の算術平均粗さRa、及び、2番目に小さい算術平均粗さRaを除いた、6個の算術平均粗さRaの算術平均値を、算術平均粗さRaと定義した。
【0115】
接触式の粗さ計として、株式会社ミツトヨ製の表面粗さ測定機(商品名:サーフテストSJ-301)を用いた。得られた算術平均粗さRa(μm)を表2の「Ra(μm)」欄に示す。
【0116】
表面粗さ調整工程後の中間品に対して、最表層結晶方位調整工程を実施した。具体的には、図5に示す表層塑性加工装置30を用いて、各試験番号の中間品に対して、表層塑性加工を実施した。鋼歯車工具32として、超硬工具からなる工具歯を有する鋼歯車工具32を用いた。表層塑性加工時の押圧力は、表2の「押圧力(GPa)」欄に記載のとおりであった。
【0117】
なお、静止摩擦係数変化率及び動摩擦係数変化率の基準となる従来の鋼歯車(以下、基準鋼歯車という)については、表1の試験番号Cの鋼材に対して上述の真空浸炭処理を実施し、通常の研削加工を実施した。最表層結晶方位調整工程は実施しなかった。以上の製造工程により、最終製品である鋼歯車(平歯車)を製造した。
【0118】
[評価試験]
各試験番号の鋼歯車に対して、次の評価試験を実施した。
【0119】
[最表層領域での{203}結晶方位の面積率測定試験]
各試験番号の鋼歯車の浸炭硬化層において、歯面の法線方向及び歯の歯すじ方向を含む断面のうち、歯面を含み、歯面から深さが10μm、歯すじ方向の長さが50μmの最表層矩形域を含む試験片を採取した。試験片の複数の表面のうち、最表層矩形域を含む表面を観察面と定義した。
【0120】
観察面に対して鏡面研磨を実施した。鏡面研磨された観察面のうち、任意の最表層矩形域(浸炭硬化層の歯面を含み、歯面から深さが10μm、歯すじ方向の長さが50μmの矩形領域)を選択した。選択された最表層矩形域に対して、EBSD測定を実施した。EBSD測定では、加速電圧を15kVとし、照射間隔を0.04μmとした。電子線の入射方向は、最表層矩形域20の法線方向N20から70°傾斜させた方向とした。EBSD測定により得られた位置情報及び方位情報に基づいて、鋼歯車の軸方向の方位マッピングを作成した。作成された方位マッピングにおいて、{203}結晶方位の領域を特定した。このとき、許容方位差を10°とした。また、信頼性指数CI値が0.1よりも大きいデータを採用した。
【0121】
得られた方位マッピングを用いて、{203}結晶方位の面積率を求めた。具体的には、最表層領域におけるCI値が0.1よりも大きい領域の総面積に対する{203}結晶方位の領域の面積の比率を、{203}結晶方位の面積率(%)と定義した。得られた{203}結晶方位の面積率を、表2の「{203}面積率(%)」欄に示す。
【0122】
[最大静止摩擦係数測定試験]
各試験番号の鋼歯車に対して、ブロックオンリング試験を実施して、最大静止摩擦係数を求めた。
【0123】
図6は、ブロックオンリング試験の模式図である。図6を参照して、ブロックオンリング試験機200は、潤滑油202を貯めた浴槽201と、リング試験片203とを備えた。潤滑油202として、100℃における動粘度が5.4mm/sの市販のエンジンオイルを使用した。
【0124】
リング試験片203の材質は、自動車技術協会(Society of Automotive Engineers)の工業規格で規定されたSAEO1であった。リング試験片203の外径Dは、34.99mmであった。リング試験片203の幅Wは8.74mmであった。
【0125】
ブロック試験片300は、各試験番号の鋼歯車の歯からブロック試験片300を作製した。ブロック試験片300のうち、リング試験片203の周面と接触する表面(接触面という)は鋼歯車の歯の歯面とした。
【0126】
図6に示すとおり、リング試験片203の下部を浴槽201中の潤滑油202内に漬けた。そして、リング試験片203の上方にブロック試験片300を配置した。このとき、ブロック試験片300の接触面が、リング試験片203の周面に対向し、かつ、歯の歯すじ方向がリング試験片203の回転軸と平行になるように、ブロック試験片300を配置した。
【0127】
以上の準備をした後、次の工程1~工程4を10回繰り返した。
工程1:
ブロック試験片300の上方から下方に向かって100Nの荷重Pで、ブロック試験片
300をリング試験片203の周面に押し付けた。
工程2:
潤滑油202を、ブロック試験片300の接触面と、リング試験片203の周面との間から排出させるため、工程1の状態で30秒保持した。
工程3:
すべり速度0.1m/秒(55rpm)で、リング試験片203の回転を開始し、その後、30秒回転させた。
工程4:
30秒回転させた後、荷重Pを除荷した。その後、リング試験片203の回転を停止した。
【0128】
工程1~工程4の実施中において、ブロック試験片300に加わる力Fを、ロードセルで測定した。そして、次の式により摩擦係数μ(-)を求めた。
F=μP
得られた摩擦係数μと試験時間との関係を求めた。図7は、2回目以降の回転試験の摩擦係数のグラフの一例を示す図である。図7のグラフの横軸は時間、縦軸は摩擦係数である。図7を参照して、リング回転時の摩擦係数のピーク(図中の丸領域内)を、静止摩擦係数と定義した。2回目~10回目の試験で得られた静止摩擦係数の算術平均値を、各試験番号の静止摩擦係数(-)と定義した。
【0129】
なお、1回目の試験では、潤滑油がリング試験片203に十分に馴染んでいないため、1回目の試験で得られた静止摩擦係数は、2回目~10回目の試験で得られた静止摩擦係数よりも顕著に大きかった。そのため、1回目の試験で得られた静止摩擦係数は対象から除外した。
【0130】
最表層結晶方位調整工程を実施しなかった基準鋼歯車の静止摩擦係数を基準鋼歯車の静止摩擦係数と定義した。各試験番号の鋼歯車の静止摩擦係数変化率(%)を次式により求めた。
静止摩擦係数変化率=対応の試験番号の静止摩擦係数/基準鋼歯車の静止摩擦係数×100
【0131】
[動摩擦係数測定試験]
各試験番号の鋼歯車に対して、静止摩擦係数測定試験と同様のブロックオンリング試験を実施して、動摩擦係数を求めた。
【0132】
図6に示すブロックオンリング試験において、潤滑油202の動粘度、リング試験片203の外径D、及びリング試験片203の幅W、ブロック試験片300の材質、ブロック試験片300の表面のうち、リング試験片203の周面と接触する接触面は、いずれも、静止摩擦係数測定試験と同じであった。
【0133】
図6に示すとおり、リング試験片203の下部を浴槽201中の潤滑油202内に漬けた。そして、リング試験片203の上方にブロック試験片300を配置した。このとき、ブロック試験片300の接触面が、リング試験片203の周面に対向し、かつ、歯の歯すじ方向がリング試験片203の回転軸と平行になるように、ブロック試験片300を配置した。
【0134】
以上の準備をした後、次の工程1~工程3を行った。
工程1:
すべり速度1.0m/秒(550rpm)で、リング試験片203の回転を開始した。
工程2:
ブロック試験片300の上方から下方に向かって300Nの荷重Pで、ブロック試験片
300をリング試験片203の周面に押し付けた。
工程3:
300秒回転させた後、荷重Pを除荷した。その後、リング試験片203の回転を停止した。
【0135】
工程1~工程3の実施中において、ブロック試験片300に加わる力Fを、ロードセルで測定した。そして、次の式により摩擦係数μ(-)を求めた。
F=μP
300秒間の回転中に得られた摩擦係数μのピークを除いた算術平均値を、各試験番号の動摩擦係数(-)と定義した。
【0136】
最表層結晶方位調整工程を実施しなかった基準鋼歯車の動摩擦係数を基準鋼歯車の動摩擦係数と定義した。各試験番号の鋼歯車の動摩擦係数変化率(%)を次式により求めた。
動摩擦係数変化率=対応の試験番号の動摩擦係数/基準鋼歯車の動摩擦係数×100
【0137】
[試験結果]
試験番号1~20は、最表層結晶方位調整工程前の中間品の浸炭硬化層の算術平均粗さRa、及び、浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が適切であった。さらに、最表層結晶方位調整工程での押圧力が適切であった。そのため、製造された鋼歯車の最表層矩形域での法線方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率は、7.0%以上であった。静止摩擦係数変化率が90.0%未満と低く、さらに、動摩擦係数変化率も80.0%未満と低く、摩擦係数が十分に低減された。
【0138】
一方、試験番号21及び22では、最表層結晶方位調整工程前の中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が低すぎた。そのため、鋼歯車の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数変化率が90.0%以上と高く、動摩擦係数変化率も80.0%以上と高く、摩擦係数が十分に低減されなかった。
【0139】
試験番号23及び24では、最表層結晶方位調整工程前の中間品の浸炭硬化層の残留オーステナイトの体積率が高すぎた。そのため、鋼歯車の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数変化率が90.0%以上と高く、動摩擦係数変化率も80.0%以上と高く、摩擦係数が十分に低減されなかった。
【0140】
試験番号25及び26では、最表層結晶方位調整工程前の中間品の浸炭硬化層の表面の算術平均粗さRaが低すぎた。そのため、鋼歯車の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数変化率が90.0%以上と高く、動摩擦係数変化率も80.0%以上と高く、摩擦係数が十分に低減されなかった。
【0141】
試験番号27及び28では、最表層結晶方位調整工程での荷重F1が低すぎた。そのため、鋼歯車の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数変化率が90.0%以上と高く、動摩擦係数変化率も80.0%以上と高く、摩擦係数が十分に低減されなかった。
【0142】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7