(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025942
(43)【公開日】2024-02-28
(54)【発明の名称】計測装置
(51)【国際特許分類】
G01H 17/00 20060101AFI20240220BHJP
【FI】
G01H17/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022129330
(22)【出願日】2022-08-15
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】藪野 浩司
(72)【発明者】
【氏名】チョウ マイ
(72)【発明者】
【氏名】中村 匠実
【テーマコード(参考)】
2G064
【Fターム(参考)】
2G064AA11
2G064AB01
2G064AB02
2G064BA02
2G064BD02
2G064CC02
(57)【要約】
【課題】レゾネータの固有周波数の計測精度を向上させ、異種物質や質量等の計測精度を向上ることの可能な計測装置を提供する。
【解決手段】シャトルマス2に複数のレゾネータ3の一端を固定した状態で、シャトルマス2及びレゾネータ3が自励振動するようにフィードバック制御する。このとき、バンドパスフィルタ7の遮断周波数を、レゾネータ3の固有周波数基準値に基づき調整した後、フィードバック制御信号を、バンドパスフィルタ7を介してアクチュエータ8に供給してシャトルマス2を駆動する。シャトルマス2が固有周波数基準値に近い周波数で自励振動するときのシャトルマス2の発振周波数をレゾネータ3の固有周波数として計測し、同様にしてレゾネータ3毎に固有周波数を計測する。計測した固有周波数と予め検出した固有周波数基準値とにずれがあるとき、レゾネータ3に物質が吸着されたと判断する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シャトルマスと、
当該シャトルマスを一方向に振動させるアクチュエータと、
前記シャトルマスに一端が取り付けられ、他端側に予め設定した粒子のみを吸着する吸着剤が配置され、前記シャトルマスと連成振動する複数の振動体と、
前記シャトルマスの振動方向の変位を検出する変位計と、
当該変位計で検出した振動変位に基づき、前記シャトルマスが自励振動すると共に、前記振動体毎に、当該振動体が自励振動するようにフィードバック制御信号により前記アクチュエータを駆動するフィードバック制御部と、
前記フィードバック制御信号が入力されフィルタ処理後の信号を前記アクチュエータに出力する、遮断周波数を調整可能なバンドパスフィルタと、
前記バンドパスフィルタの前記遮断周波数を調整する遮断周波数調整部と、
前記振動変位に基づき、計測対象の粒子を吸着する前記振動体である計測対象振動体の固有周波数を検出する固有周波数検出部と、
当該固有周波数検出部で検出した前記計測対象振動体の固有周波数検出値と、予め検出した前記計測対象振動体の、前記吸着剤によりいずれの粒子も吸着されていないときの固有周波数基準値とのずれに基づき、前記計測対象の粒子の有無及びその質量の少なくともいずれか一方を検出する計測部と、
を備え、
前記複数の振動体の前記固有周波数基準値はそれぞれ異なり、
前記遮断周波数調整部は、前記計測対象振動体の前記固有周波数基準値に基づき前記バンドパスフィルタの前記遮断周波数を調整することを特徴とする計測装置。
【請求項2】
前記遮断周波数調整部は、前記計測対象振動体の前記固有周波数基準値を含み、且つ、前記複数の振動体のうち前記計測対象振動体を除いて、前記固有周波数基準値が、前記計測対象振動体の前記固有周波数基準値よりも高くて最も近い前記振動体の前記固有周波数基準値よりも低い周波数と、前記固有周波数基準値が、前記計測対象振動体の前記固有周波数基準値よりも低くて最も近い前記振動体の前記固有周波数基準値よりも高い周波数とを、前記バンドパスフィルタの遮断周波数として設定することを特徴とする請求項1に記載の計測装置。
【請求項3】
前記遮断周波数調整部は、
前記バンドパスフィルタに入力される信号と出力される信号との位相差が零となるように前記バンドパスフィルタの前記遮断周波数を調整することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の計測装置。
【請求項4】
前記フィードバック制御信号は、
前記シャトルマスの振動速度に基づく線形フィードバック成分と、前記計測対象振動体の振幅を抑制するための非線形フィードバック成分とを含み、
当該非線形フィードバック成分は、前記シャトルマスの振動速度に基づく成分、又は前記シャトルマスの振動速度と前記シャトルマスの振動変位とに基づく成分であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の計測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異種物質の検出や、質量の計測等を、レゾネータ等の振動体の振動挙動から行えるようにした計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
微小な質量を計測する方法として、従来、
図12に示すように、レゾネータ(カンチレバーc)の固有振動数のシフト量から計測する方法が提案されている。例えば測定したい粒子が吸着する物質(薬品など)をレゾネータに予め塗布しておけば、対象粒子のみがレゾネータに吸着し、それによってレゾネータの固有振動数が下がる。この固有振動数の減少量とそのときの対象粒子の質量との対応を予め検出しておき、この予め検出しておいた対応と、新たに検出した固有振動数の減少量とから、対象粒子の質量を取得することができる。
【0003】
この固有振動数のシフト量を用いた質量の計測法は、一般に強制振動による共振ピークのシフト量から求められている。しかしながら粘性環境中では共振ピークが鈍ってしまうため、強制振動ではなく自励発振が用いられる場合がある。自励発振を行った場合、フィードバック制御を行うことによって、粘性の影響が除去されるため、対象粒子の質量の検出精度が基本的に落ちない。
【0004】
また、
図13に示すように、複数種の物質の質量を測定するには、上述の自励発振させる方法を拡張し、質量測定の対象とする物質を吸着する物質を塗布したレゾネータ(カンチレバーc1、c2)を、対象粒子の種類の数だけ用意して、上記の共振ピークをもとに質量を測定する方法を用いれば、個々の物質の存在の有り無し、さらにそれらの質量を計測することができる。しかしながら、この方法では個々のレゾネータについて、個別に固有周波数シフト量を計測する必要があり、レゾネータが増えると、つまり、計測したい物質の種類が増えると、センサ数も増加することになり、装置が大型化し、また、処理負荷も増加することになる。
【0005】
このような状況を打開するため、例えば
図14(a)に示すように、シャトルマスにレゾネータ(カンチレバーc1、c2)を装着し、シャトルマスの振動状況、すなわち
図14(b)に示す、強制振動下の周波数応答曲線を観察することで、各レゾネータの固有振動数のシフト量を取得する方法(例えば、非特許文献1参照。)を適用することが考えられる。つまり、例えば、
図14(a)に示すように、シャトルマスに二つのレゾネータを装着した場合、シャトルマスとレゾネータとは連成振動するため、シャトルマスの周波数応答曲線には、
図14(b)に示すように、3つの共振ピークが現れる。すなわち、シャトルマス自体の固有周波数に近い共振ピークと、二つのレゾネータそれぞれの固有周波数に近い共振ピークと、の3つの共振ピークが現れる。そのため、レゾネータ共振ピークそれぞれについて、共振ピーク周波数のシフト量を取得することで、レゾネータに付着した粒子の質量を検出することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Barry E.DeMartini、Jeffrey F.Rhoads、Mark A.Zielke、Kyle G.Owen、Steven W.Shaw、Kimberly L.Turner、“A single input-single output coupled micro resonator array for the detection and identification of multiple analyses、 Appl.Phys.Lett.93、054102(2008);doi:10.1063/1.2964192
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、
図14(a)に示す強制振動を用いた方法では、真空中ではなく、空気中など粘性がある環境中では共振ピークが
図15に破線で示すようになだらかになり、共振ピークが曖昧になって(尖り度(Q値)が下がり)、正確にレゾネータの固有振動数を求めることが困難である。その結果、異種物質や質量等の検出精度が低下する。
【0008】
そこで、この発明は、上記従来の未解決の問題に着目してなされたものであり、より高い精度でレゾネータの固有周波数を測定し、異種物質や質量等の検出精度をより向上させることの可能な計測装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様によれば、シャトルマスと、シャトルマスを一方向に振動させるアクチュエータと、シャトルマスに一端が取り付けられ、他端側に予め設定した粒子のみを吸着する吸着剤が配置され、シャトルマスと連成振動する複数の振動体と、シャトルマスの振動方向の変位を検出する変位計と、変位計で検出した振動変位に基づき、シャトルマスが自励振動すると共に、振動体毎に、振動体が自励振動するようにフィードバック制御信号によりアクチュエータを駆動するフィードバック制御部と、フィードバック制御信号が入力されフィルタ処理後の信号をアクチュエータに出力する、遮断周波数を調整可能なバンドパスフィルタと、バンドパスフィルタの遮断周波数を調整する遮断周波数調整部と、振動変位に基づき、計測対象の粒子を吸着する振動体である計測対象振動体の固有周波数を検出する固有周波数検出部と、固有周波数検出部で検出した計測対象振動体の固有周波数検出値と、予め検出した計測対象振動体の、吸着剤によりいずれの粒子も吸着されていないときの固有周波数基準値とのずれに基づき、計測対象の粒子の有無及びその質量の少なくともいずれか一方を検出する計測部と、を備え、複数の振動体の固有周波数基準値はそれぞれ異なり、遮断周波数調整部は、計測対象振動体の固有周波数基準値に基づきバンドパスフィルタの遮断周波数を調整する計測装置が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様によれば、レゾネータの固有周波数の計測精度を向上させることができ、その結果、計測精度のより高い計測装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明を適用した計測装置の一例を模式的に示す構成図である。
【
図2】シャトルマス及びレゾネータの状態を模式的に示す図である。
【
図4】計測装置各部の運動方程式の説明に供する図である。
【
図6】計測装置を用いた実験装置の一例を示す説明図である。
【
図11(a)】遮断周波数調整時の処理手順の一例を示すフローチャートの前半である。
【
図11(b)】
図11(a)に示すフローチャートの後半である。
【
図12】従来の微小質量の計測方法を説明するための説明図である。
【
図13】従来の微小質量の計測方法を説明するための説明図である。
【
図14】従来の微小質量の計測方法を説明するための説明図である。
【
図15】従来の微小質量の計測方法を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
なお、以下の詳細な説明では、本発明の実施形態の完全な理解を提供するように多くの特定の具体的な構成について記載されている。しかしながら、このような特定の具体的な構成に限定されることなく他の実施態様が実施できることは明らかである。また、以下の実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0013】
図1は、本発明の一実施形態に係る計測装置の一例を示した概略構成図である。
本実施形態では、計測装置により測定対象物の質量を測定する場合について説明する。
本実施形態に係る計測装置では、シャトルマスを強制振動させるのではなく、シャトルマスの速度をフィードバックすることにより生じる自励振動を使う。この時自励振動を発生させるための速度フィードバックが、測定環境の粘性効果を除去するため、真空装置などを用いることなく、レゾネータの固有振動数(シフト)を精度よく計測できる。また、速度フィードバックを単に加えたのでは、振動するレゾネータがどのレゾネータであるのかを予想することが困難である。そこで、バンドパスフィルタを用いて、フィードバック信号に含まれる周波数を各レゾネータの周波数近傍に限定し、各レゾネータの固有周波数がどれだけシフトしているかを計測するようにしている。さらに、この時バンドパスフィルタの入出力に位相差があると計測精度が低下するため、位相差をモニタしながら、バンドパスフィルタの遮断周波数を決定している。
【0014】
〔計測装置の構成〕
図1に示すように、計測装置1は、シャトルマス2、レゾネータ(振動体)3(31、32)、シャトルマス2の変位を検出する変位センサ(変位計)5、DSP(digital signal processor)及びFPGA(Field Programmable Gate Array)を含むコントローラ(フィードバック制御部、遮断周波数調整部)6、遮断周波数可変のバンドパスフィルタ7、シャトルマス2を駆動するアクチュエータ8である。
シャトルマス2は、支持部材に一端が支持されたばね定数kのバネと、同様に支持部材に一端が支持された減衰定数cのダンパとを備えた力学系の等価モデルで表される。
【0015】
レゾネータ31、32は、例えば同一材質で形成され、薄く細長い板状の部材で構成され、レゾネータ31、32は互いに長さが異なり、したがって互いに固有周波数が異なる。レゾネータ31、32の一端は、シャトルマス2の振動方向に対して上面視で直交するように固定され、他端は自由端となっている。これにより、アクチュエータ8でシャトルマス2を駆動することによって、レゾネータ31、32の自由端が、シャトルマス2の振動方向と同一方向に変位して連成振動するようになっている。また、レゾネータ3のそれぞれには、他端側に、計測対象である粒子を吸着する吸着剤(薬品など)が塗布されており、例えばレゾネータ3毎に異なる粒子を吸着する吸着剤が塗布されている。
なお。レゾネータ3の数は2つに限るものではなく、任意の複数のレゾネータを設けることができ、また、複数のレゾネータ3は、形状や材質が異なっていてもよく、固有周波数が異なっていればよい。3つ以上のレゾネータ3を設ける場合には、粒子を吸着する吸着剤は、必ずしもレゾネータ3毎に異なっていなくてもよく、任意に設定することができる。
【0016】
変位センサ5はシャトルマス2の振動方向の変位を検出し、変位信号を、コントローラ6に出力する。
コントローラ6は、シャトルマス2の振動速度に基づく線形フィードバック成分と、シャトルマス2の振動速度と振動変位とに基づく成分を含み、レゾネータ3の振幅を抑制するための非線形フィードバック成分とからフィードバック信号を形成する。また、コントローラ6は、バンドパスフィルタ7の遮断周波数を調整し、バンドパスフィルタ7でフィルタ処理をした後のフィードバック信号をアクチュエータ8に供給する。このときコントローラ6は、レゾネータ3毎にバンドパスフィルタ7の遮断周波数を調整し、レゾネータ3毎に異なる遮断周波数でフィルタ処理を行うことで、レゾネータ3を順に自励振動させるようになっている。
【0017】
図2は、シャトルマス2及びレゾネータ3の状態を模式的に示した図であって、3つのレゾネータ31~33を備えた場合を示す。レゾネータ31~33は、材質や厚み幅は同一であり、長さのみが異なる。長さの長いものから順にレゾネータ31、32、33とする。
図2中(a)はシャトルマス2が動的平衡状態にあるときの上面図、(b)は静的平衡状態での側面図、(c)はフィードバック制御をしていない状態での自由振動状態での側面図、(d)はシャトルマス2が自励振動している状態にあるときの側面図である。
【0018】
図3は、計測装置1のより具体的な一例を示す構成図であり、レゾネータ3としてカンチレバーc1及びカンチレバーc2を適用し、アクチュエータ8としてリニアモータを適用している。なお、カンチレバーc1の方がカンチレバーc2よりも長く、固有周波数がより低い。また、コントローラ6は、
図3に示すように、変位センサ5で検出したシャトルマス2の変位y0に基づき、レゾネータ3を自励振動させるため、シャトルマス2の振動速度をフィードバックする線形フィードバック成分を生成する線形フィードバック部6aと、シャトルマス2の振動速度と振動変位とに基づき、レゾネータ3の自励振動の振幅を抑制するための非線形フィードバック成分を生成する非線形フィードバック部6bとを備え、これら線形フィードバック成分と非線形フィードバック成分とを含むフィードバック信号を生成し、バンドパスフィルタ7を介してフィードバック信号によりアクチュエータ8を駆動制御する。
なお、バンドパスフィルタ7は、ハードウエアで構成してもよいし、ソフトウエアで構成してもよい。
【0019】
〔各部の運動方程式〕
図3に示すようにレゾネータ3としてカンチレバーc1及びカンチレバーc2を用いた場合の運動方程式は、次式(1)及び(2)で表すことができる。また、シャトルマス2の運動方程式は、次式(3)で表すことができる。カンチレバーc1及びカンチレバーc2の境界条件は、次式(4)~(7)及び(8)~(11)で表すことができる。
(3)式において、右辺のfcを含む項は、環境の粘性効果を打ち消し、自励振動を発生させるためのフィードバック成分、右辺のfnを含む項は、自励振動振幅を小さく保ち、カンチレバーc1、カンチレバーc2が線形の固有振動数で発振できるようにするための非線形フィードバック成分である。なお、(3)式では、非線形フィードバック成分として、シャトルマス2の速度成分とシャトルマス2の変位の二乗との積に比例した信号を用いているが、例えば、シャトルマス2の速度の3乗に比例した信号を非線形フィードバック成分として用いてもよい。
なお、式(1)~(11)中の符号は、
図4中の符号と対応している。
【0020】
【0021】
シャトルマスが静止しているときの計測装置1(
図4(a))の各変数の数値例及び、シャトルマスが振動しているときの計測装置1(
図4(b))の各変数の数値例を説明する。
図4中に示すカンチレバーc1のたわみy1(x,t)及びカンチレバーc2のたわみy2(x,t)は、次式(12)及び(13)で表すことができる。なお、(12)式及び(13)式中のβは次式(14)で表すことができる。また、(14)式中のfは、固有周波数であり、(12)式の場合には、カンチレバーc1の固有周波数であり、(13)式の場合には、カンチレバーc2の固有周波数である。
【0022】
【0023】
(12)~(14)式を用いて、(1)~(11)式に示す各運動方程式及び境界条件から固有周波数を求めると
図5に示す固有周波数を得ることができる。
図5は、シャトルマス2を含めた
図4に示す計測装置1(パラメータ値は適当な例を使用)の固有周波数分布を表しており、最低次f0はシャトルマス2単独の固有振動数に対応し、f1及びf2は、それぞれ、カンチレバーc1、カンチレバーc2の固有周波数に対応している。
【0024】
〔計測実験〕
図6は、計測装置1を用いた実験装置の一例を示す。
図6(a)は側面図、
図6(b)は上面図である。
実験装置として、固有周波数の異なる二つのカンチレバーc1及びc2を用い、カンチレバーc1及びc2の一端をシャトルマス2に固定し、シャトルマス2をアクチュエータ8としてのリニアモータによって、水平な一方向に往復動させた。また、変位センサ5によりシャトルマス2の変位を検出した。
【0025】
図7から
図9に、プロトタイプのマクロカンチレバー(c1、c2)を用いて、自励発振による各カンチレバーc1、c2の周波数変化を、シャトルマス2の自励発振周波数変化からとらえた実験結果を示す。
図7から
図9において、(a)は実験装置の回路図、(b)はシャトルマス2のFFTスペクトラムを示したものであり、FFTスペクトラムにおいて横軸は自励発振周波数(Hz)、縦軸は振幅(mm)である。
【0026】
図7(a)に示すように、カンチレバーc1のみに3g、4g及び5gの質量体Sを順次切り替えて吸着させた場合の周波数変化を
図7(b)に示し、
図8(a)に示すように、カンチレバーc2のみに、3g、4g及び5gの質量体Sを順次切り替えて吸着させた場合の周波数変化を
図8(b)に示す。なお、質量体Sを吸着していない状態でのカンチレバーc1、c2の固有周波数(以下、固有周波数基準値ともいう。)f1(0),f2(0)は、f1(0)<f2(0)である。ここでいう、質量体Sを吸着していない状態でのカンチレバーの固有周波数とは、カンチレバーに吸着剤が塗布された状態における固有周波数のことをいう。
【0027】
図7(a)に示すように、カンチレバーc1のみに質量体Sを吸着させた場合、カンチレバーc2の発振周波数は固有周波数基準値f2(0)と同一であるが、カンチレバーc1の発振周波数は変化し、固有周波数基準値f1(0)よりも小さくなり、且つ質量体Sの質量が大きくなるほど、発振周波数はより小さくなる。つまり、質量体Sが吸着されたカンチレバーc1に関する発振周波数のみが固有周波数基準値f1(0)からずれ、質量体Sの質量に応じて固有周波数基準値f1(0)からの発振周波数のずれ量が変化することがわかる。
【0028】
一方、
図8(a)に示すように、カンチレバーc2のみに質量体Sを吸着させた場合、カンチレバーの発振周波数は固有振動数基準値f1(0)と同一であるが、カンチレバーc2の発振周波数は変化し、固有周波数基準値f2(0)よりも小さくなり、且つ質量体Sの質量が大きくなるほど、発振周波数はより小さくなる。つまり、質量体Sが吸着されたカンチレバーc2のみ発振周波数が固有周波数基準値f2(0)からずれ、質量体Sの質量に応じて固有周波数基準値F2(0)からの発振周波数のずれ量が変化することがわかる。
【0029】
図9は、カンチレバーc1及びc2の両方に、同一質量の質量体Sを吸着させた場合(
図9(a))の、周波数変化(
図9(b))を示したものであり、質量体Sの質量を、カンチレバーc1及びc2同時に、3g、4g及び5gに順に切り替えたものである。
図9(b)に示すように、質量体Sが吸着されたカンチレバーc1及びc2共に、発振周波数が、固有周波数基準値f1(0),f2(0)よりも小さくなり、且つ質量体Sの質量が大きくなるほど、発振周波数はより小さくなる。つまり、質量体Sが吸着されたカンチレバーc1及びc2共に、発振周波数が固有周波数基準値f1(0),f2(0)からずれ、質量体Sの質量に応じて固有周波数基準値f1(0),f2(0)からの発振周波数のずれ量が変化することがわかる。
【0030】
以上により、
図7~
図9から、カンチレバーc1、c2の発振周波数の、固有周波数基準値からのずれ量の有無によって、カンチレバーc1又はc2又は両方に質量体Sが吸着されているか否かを検出することができ、さらに、発振周波数の固有周波数基準値からのずれ量の大きさと、質量体Sの質量との関係を予め検出しておくことによって、発振周波数の、固有周波数基準値からのずれ量の大きさから、吸着されている質量体Sの質量を推測できることがわかる。
【0031】
図10は、カンチレバーc1、c2それぞれに同一質量の質量体Sを吸着させ、且つ質量体Sの質量を共に3g、4g及び5gに順に切り替えた場合の、自励発振周波数の変化を示したものであり、横軸は自励発振周波数、縦軸は質量体Sの質量を表し、記号「△」はカンチレバーc1の場合、記号「○」はカンチレバーc2の場合を示す。
図10に示すように、質量体Sの質量と自励発振周波数とはほぼ線形の関係にあることがわかる。線形の関係にない場合であっても、キャリブレーションを行うことにより、定量的な付着した質量体Sを計測することができることがわかる。
【0032】
〔遮断周波数の調整〕
次に、バンドパスフィルタ7の遮断周波数の調整方法を、
図11に示すコントローラ6の処理手順の一例を示すフローチャートを伴って説明する。
まず、変数iをi=0に初期設定する(ステップS1)。
次いで、ステップS2に移行し、シャトルマス2の固有周波数(Hz)をf0として設定し、レゾネータ1の固有周波数をf1として設定し、同様にしてレゾネータn(nは正の整数)の固有周波数をfnとして設定する。なお、ここでいうレゾネータの固有周波数とは、吸着剤によりいずれの粒子も吸着されていない状態でのレゾネータの固有周波数、すなわち固有周波数基準値のことである。この固有周波数基準値は予め検出しておく。また、これらレゾネータの固有周波数は、f0<f1<f2<……<fn-1<fnを満足する。
【0033】
次いで、ステップS3に移行し、変数(低周波数側の遮断周波数)fL=fL0、変数fH0=fi+2、変数(高周波数側の遮断周波数)fH=fH0に設定する。
次いで、ステップS4に移行し、レゾネータi+1の固有周波数(つまりfi+1)に近い振動数でシャトルマス2が自励発振しているかを判定する。具体的には、シャトルマス2が振動していることを検出し、このときのシャトルマス2の振動周波数がレゾネータi+1の固有周波数と近いか否かを判定する。例えば、シャトルマス2の振動周波数とレゾネータi+1の固有周波数との差が予め設定した閾値よりも小さいとき、両者の周波数は近いと判定する。
【0034】
ステップS4の判定結果が「NO」である場合には、ステップS5に移行する。
ステップS5では、レゾネータiの固有周波数(つまりfi)に近い振動数でシャトルマス2が自励発振しているかを判定する。ステップS4での処理と同様に、シャトルマス2の振幅が時間と共に大きくなっていくかを検出し、このときのシャトルマス2の振動周波数がレゾネータiの固有周波数と近いか否かを判定する。例えば、シャトルマス2の振動周波数とレゾネータiの固有周波数との差が予め設定した閾値よりも小さいとき、両者の周波数は近いと判定する。
【0035】
ステップS5の判定結果が「YES」であればステップS6に移行して、変数fL=fL+ΔfLに更新する。一方、「NO」であればステップS7に移行して、変数fH=fH-ΔfHに更新する。ステップS6又はステップS7で変数fL又は変数fHを更新した後、ステップS4に戻る。
ステップS4の判定結果が「YES」である場合にはステップS8に移行し、バンドパスフィルタ7の入出力の位相差が0であるか否かを判定する。バンドパスフィルタ7の入出力の位相差が零であるか否かの判定は、例えばバンドパスフィルタ7への入力信号と、バンドパスフィルタ7の出力信号との位相差があるか否かを判定することで行う。
【0036】
ステップS8での判定結果が、位相差≠0であるときにはステップS9に移行し、位相差=0であるときには後述のステップS15に移行する。
ステップS9では、変数fH=fH-ΔfHに更新し、ステップS10に移行する。
ステップS10では、バンドパスフィルタ7の入出力の位相差が0であるか否かを判定する。判定結果が、位相差≠0であるときにはステップS11に移行し、位相差=0であるときには後述のステップS15に移行する。
ステップS11では、fH<fi+1であるかを判定し、判定結果が「NO」であるときにはステップS9に戻り、判定結果が「YES」であるときにはステップS12に移行する。
【0037】
ステップS12では、変数fH=fH0に更新し、続いてステップS13に移行して変数fL=fL+ΔfLに更新する。
次いでステップS14に移行し、バンドパスフィルタ7の入出力の位相差が零であるかを判定する。判定の結果、位相差が零でない場合にはステップS9に戻り、判定の結果、位相差が零である場合にはステップS15に移行する。
ステップS15では、シャトルマス2の発振周波数を計測する(固有周波数検出部)。この発振周波数はレゾネータi+1の固有周波数に相当する。
ついでステップS16に移行し、変数iをi=i+1に更新し、ステップS17に移行して、i>n-1であるかを判定する。判定結果が「NO」であるときにはステップS3に戻り、判定結果が「YES」であるときには処理を終了する。
【0038】
つまり、ステップS4~ステップS7の処理では、バンドパスフィルタ7の遮断周波数の範囲を狭めることで、シャトルマス2がレゾネータiの固有周波数基準値近傍の周波数で自励発振する状態を探していく。そして、ステップS8~ステップS14の処理では、バンドパスフィルタ7の入出力の位相差が零でない場合、高周波数側の遮断周波数を徐々に下げる処理を行い、fHがfi+1未満まで下がっても、バンドパスフィルタ7の入出力の位相差が0にならない場合には、下側のカットオフ周波数をΔfLだけ上げた状態にしてから、再度、上側のカットオフ周波数をfH0から徐々に下げる処理を実行して、バンドパスフィルタ7の入出力の位相差が0になる状態を探していく。
なお、ここでは、
図11に示すフローチャートの手順で、レゾネータ毎に、その固有振動数基準値にあわせてバンドパスフィルタ7の遮断周波数を調整すると共に、入出力の位相差が0となるように調整しているが、これらの調整は
図11に示すフローチャートの手順に限るものではなく、任意の方法で調整してもよい。
【0039】
〔計測手順〕
以上から、例えば、計測対象空間内にどのような粒子が存在し、どの程度の量存在するかを測定する場合には、まず、計測対象空間内に存在すると予測される粒子を吸着させる吸着剤をレゾネータに塗布する。計測したい粒子の種類毎にこの粒子を吸着させる吸着剤を異なるレゾネータに塗布する。そして、計測対象空間内に計測装置を配置する。
計測対象空間内の粒子がレゾネータに吸着されるのに十分な時間が経過した後、計測装置1を、計測対象空間から取り出すか、又は計測対象空間内においた状態で、
図11に示すフローチャートにしたがって、レゾネータ毎に固有周波数を取得する。
そして、得られた固有周波数と、予め検出していた固有周波数基準値とを比較し、周波数のずれの有無、また、ずれ量を検出する。そして、周波数のずれがあるレゾネータに塗布した吸着剤から粒子の種類を特定し、また予め検出していたずれ量と質量との関係等から、粒子の質量を特定する(計測部)。これによって、計測対象空間内に含まれる粒子の有無やその種類、また、その質量を計測することができる。
【0040】
〔効果〕
(1)本発明の一実施形態に係る計測装置1では、シャトルマス2を、このシャトルマス2の速度をフィードバックすることで自励振動させている。自励振動を発生させるための速度フィードバック成分が、測定環境の粘性効果を除去するため、真空装置などを用いることなく、レゾネータの固有振動数(シフト)を精度よく計測できる。つまり、シャトルマス2を強制振動させた場合、真空中ではなく、空気中など粘性がある環境中では、シャトルマス2の変位信号から得られる共振ピークがあいまいになってしまい、すなわちレゾネータの固有振動数を正確に求めることが困難となる。本実施形態に係る計測装置1では、自励振動を行わせているため、シャトルマス2の共振ピークをより明確に得ることができ、すなわち、レゾネータの固有振動数を精度よく計測でき、その結果、レゾネータに吸着された粒子の有無或いはその質量をより高精度に計測することができる。例えば、対象空間にどのような粒子がどの程度の質量含まれているかをナノ・ピコグラムオーダーの高精度でかつ簡便に計測することができる。
また、自励発振を行わせることで、測定環境に関係なく、速度に比例した粘性効果を除去することができるため、真空装置などの大がかりな装置が不要で、小型化を図ることができ、例えばMEMS化によって携帯することも可能な装置を実現することができる。すなわち、いつでもどこでも環境中に含まれる微小質量計測が可能になる。
【0041】
(2)バンドパスフィルタ7の遮断周波数を各レゾネータの固有振動数基準値近傍の範囲に制限し、フィードバック信号に含まれる周波数を、各レゾネータの周波数近傍に制限するため、レゾネータの固有振動数基準値近傍の共振ピーク周波数を容易に検出することができる。
【0042】
(3)バンドパスフィルタ7の入出力の位相差が零となるように遮断周波数を設定しているため、バンドパスフィルタ7の入出力の位相差により生じるレゾネータの共振ピーク周波数のずれを抑制することができ、実際の粒子の質量に応じた共振ピーク周波数のずれを検出することができる。すなわち、粒子の有無或いは粒子量をより精度よく計測することができる。つまり、位相差があるとフィードバック成分によって、レゾネータの質量を見かけ上、増減させるように制御するため、実際にはレゾネータに質量体が吸着されていない場合でも、あたかも質量体の吸着があったかのようにレゾネータの固有周波数をシフトさせてしまうため、質量の計測精度が悪化する。
【0043】
(4)シャトルマス2の変位信号から、シャトルマス2の共振ピーク周波数のずれを検出することで、各レゾネータが吸着した粒子の有無や質量を計測することができる。そのため、シャトルマス2の変位信号のみを計測することで、全てのレゾネータに吸着した粒子の有無や質量を計測することができ、計測装置1の小型化を図ることができる。
【0044】
(5)フィードバック制御信号として、シャトルマス2の振動速度に基づく線形フィードバック成分と、振動速度及び変位の二乗の積に比例した非線形フィードバック成分とを含む信号を用いている。そのため、線形フィードバック成分をフィードバックすることによりシャトルマス2を自励振動させることができると共に、測定環境の粘性効果を除去することができ、また、非線形フィードバック成分をフィードバックすることによって、レゾネータの振幅を抑制することができる。そのため、アクチュエータ8に入力するフィードバック信号がオーバーフローすることを抑制することができる。また、レゾネータの振幅が大きいと、発振周波数が求めたい固有周波数(線形の固有周波数)からずれてしまうため非線形の固有周波数で発振し質量計測精度が劣化する可能性があるが、本実施形態1に係る計測装置1では、非線形フィードバック成分によってレゾネータの振幅を抑制しているため、固有周波数の計測精度の劣化を抑制することができる。
【0045】
なお、本発明の範囲は、図示され記載された例示的な実施形態に限定されるものではなく、本発明が目的とするものと均等な効果をもたらす全ての実施形態をも含む。さらに、本発明の範囲は、全ての開示されたそれぞれの特徴のうち特定の特徴のあらゆる所望する組み合わせによって画され得る。
【符号の説明】
【0046】
1 計測装置
2 シャトルマス
3、31、32 レゾネータ
5 変位センサ
6 コントローラ
7 バンドパスフィルタ
8 アクチュエータ