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特開2024-25963絶縁電線及びその製造方法、並びに該絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器
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  • 特開-絶縁電線及びその製造方法、並びに該絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器 図1
  • 特開-絶縁電線及びその製造方法、並びに該絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025963
(43)【公開日】2024-02-28
(54)【発明の名称】絶縁電線及びその製造方法、並びに該絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20240220BHJP
   H01B 13/14 20060101ALI20240220BHJP
   H02K 3/02 20060101ALI20240220BHJP
   H02K 3/30 20060101ALI20240220BHJP
【FI】
H01B7/02 A
H01B7/02 Z
H01B13/14 Z
H02K3/02
H02K3/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022129364
(22)【出願日】2022-08-15
(71)【出願人】
【識別番号】320003426
【氏名又は名称】エセックス古河マグネットワイヤジャパン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人イイダアンドパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(72)【発明者】
【氏名】吉田 祥
(72)【発明者】
【氏名】武藤 大介
【テーマコード(参考)】
5G309
5G325
5H603
5H604
【Fターム(参考)】
5G309MA01
5G309RA01
5G325JA02
5G325JB01
5G325JC01
5H603CB01
5H603CE14
5H603FA16
5H604DA13
5H604DB01
5H604PB01
(57)【要約】
【課題】導体としてアルミニウム導体を使用し、この導体を直接覆う樹脂被覆層の材料にPAEK樹脂やPPS樹脂を用いながら、導体と樹脂被覆層との密着性に優れ、高い絶縁破壊電圧を示し、さらに耐熱性にも優れる絶縁電線及び当該絶縁電線の製造方法、並びに、この絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器を提供する。
【解決手段】導体と、該導体の周囲を覆う樹脂被覆層とを有する絶縁電線であって、前記導体がCOプラズマにより表面処理されたアルミニウム導体であり、前記樹脂被覆層の、少なくとも前記導体に接する部分がポリアリールエーテルケトン樹脂及びポリフェニレンスルフィド樹脂の少なくとも1種を含む、絶縁電線。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、該導体の周囲を覆う樹脂被覆層とを有する絶縁電線であって、
前記導体がCOプラズマにより表面処理されたアルミニウム導体であり、
前記樹脂被覆層の、少なくとも前記導体に接する部分がポリアリールエーテルケトン樹脂及びポリフェニレンスルフィド樹脂の少なくとも1種を含む、絶縁電線。
【請求項2】
前記ポリアリールエーテルケトン樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトンケトン樹脂、及びポリエーテルケトン樹脂の少なくとも1種を含む、請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記導体の表面の算術平均粗さSaが3μm以下である、請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記樹脂被覆層の前記導体に対する密着強度が1.0N/mm以上である、請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記絶縁電線を220℃で100時間の加熱処理に付した後の、前記樹脂被覆層の前記導体に対する密着強度が1.0N/mm以上である、請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の絶縁電線を用いたコイル。
【請求項7】
請求項6に記載のコイルを有する回転電機、又は電気・電子機器。
【請求項8】
請求項1~5のいずれかに記載の絶縁電線の製造方法であって、
COプラズマにより表面処理されたアルミニウム導体上に樹脂を押出被覆することにより、少なくとも前記アルミニウム導体に接する部分にポリアリールエーテルケトン樹脂及びポリフェニレンスルフィド樹脂の少なくとも1種を含む樹脂被覆層を形成する工程
を含む、絶縁電線の製造方法。
【請求項9】
前記導体が、予備加熱後にCOプラズマにより表面処理されたものである、請求項8に記載の絶縁電線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁電線及びその製造方法、並びに該絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
インバーター関連機器(高速スイッチング素子、インバーターモーター、変圧器等の電気・電子機器用コイルなど)には、マグネットワイヤとして、導体の周囲に絶縁性樹脂を含む絶縁皮膜を設けた絶縁電線が用いられている。
小型化された電気・電子機器に用いられる絶縁電線には、絶縁皮膜が高い密着性で導体を被覆していることが求められる。すなわち、このような機器においては、絶縁電線を狭い部分へ押し込むように巻線加工して使用される。例えば、回転電機や変圧器等においては、コイルをステータコアのスロット中に何本入れられるかが、その性能に大きく影響する。そのため、絶縁電線は複雑かつ小さな屈曲半径で曲げ加工される。このとき、導体と被覆樹脂層との密着性が十分でないと、絶縁皮膜が導体から剥離してしまう。
【0003】
近年、モーター等の電気・電子機器の軽量化の要求が高まっている。そのため、導体として銅よりも軽量のアルミニウムを用いた絶縁電線の需要が高まっている。アルミニウム導体はその表面が化学的に安定な酸化膜で覆われており、銅導体と比較して絶縁皮膜との間の密着力に劣るため、アルミニウム導体と絶縁皮膜との密着強度を向上させる技術が開発されてきている。
例えば、特許文献1には、アルミニウム又はアルミニウム合金により構築された導体に接する外周上に、ジフェニルエーテル基を有する熱可塑性樹脂を含有し、該熱可塑性樹脂の250℃における貯蔵弾性率が0.8×10~1.1×10Paである絶縁皮膜を形成することにより、前記導体と絶縁皮膜との密着性が高められたことが記載されている。また特許文献2には、少なくともベンゼン環とイミド環を有する樹脂を含む絶縁被覆層を有し、かつ2層以上の絶縁被覆層を被覆してなる絶縁皮膜アルミニウム電線が開示されている。このアルミニウム電線において、最内層にはイミド環含有モル比の高い樹脂からなる絶縁被覆層が設けられており、かつ被覆樹脂層の間におけるイミド環含有モル比を特定の関係とすることにより、アルミニウム導体との密着性や、絶縁被覆樹脂層間での密着性、耐摩耗性、及び加工後絶縁性に優れることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-157956号公報
【特許文献2】特開2016-021324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の通り、アルミニウム導体の外周を被覆する樹脂被覆層(絶縁皮膜)として特定の樹脂種を適用することによりアルミニウム導体と絶縁皮膜との間の密着性が高められることが知られている。その一方で、絶縁皮膜を形成する熱可塑性樹脂として汎用されるポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂やポリフェニレンスルフィド(PPS)樹脂はアルミニウム導体の周囲に直接押出被覆した場合には、導体との密着強度に劣ることが知られている。
【0006】
本発明は、導体としてアルミニウム導体を使用し、この導体を直接覆う樹脂被覆層の材料にPAEK樹脂やPPS樹脂を用いながら、導体と樹脂被覆層との密着性に優れ、高い絶縁破壊電圧を示し、さらに耐熱性にも優れる絶縁電線及び当該絶縁電線の製造方法、並びに、この絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決すべく検討した結果、アルミニウム導体の表面をCOプラズマ処理することにより、アルミニウム導体と、この導体を直接覆うPAEK樹脂やPPS樹脂との間の密着性が格段に高められることを見出した。本発明は、これらの知見に基づきさらに検討を重ね、完成されるに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明の上記課題は、以下の手段によって解決された。
〔1〕
導体と、該導体の周囲を覆う樹脂被覆層とを有する絶縁電線であって、
前記導体がCOプラズマにより表面処理されたアルミニウム導体であり、
前記樹脂被覆層の、少なくとも前記導体に接する部分がポリアリールエーテルケトン樹脂及びポリフェニレンスルフィド樹脂の少なくとも1種を含む、絶縁電線。
〔2〕
前記ポリアリールエーテルケトン樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトンケトン樹脂、及びポリエーテルケトン樹脂の少なくとも1種を含む、前記〔1〕に記載の絶縁電線。
〔3〕
前記導体の表面の算術平均粗さSaが3μm以下である、前記〔1〕又は〔2〕に記載の絶縁電線。
〔4〕
前記樹脂被覆層の前記導体に対する密着強度が1.0N/mm以上である、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の絶縁電線。
〔5〕
前記絶縁電線を220℃で100時間の加熱処理に付した後の、前記樹脂被覆層の前記導体に対する密着強度が1.0N/mm以上である、前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の絶縁電線。
〔6〕
前記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の絶縁電線を用いたコイル。
〔7〕
前記〔6〕に記載のコイルを有する回転電機、又は電気・電子機器。
〔8〕
前記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の絶縁電線の製造方法であって、
COプラズマにより表面処理されたアルミニウム導体上に樹脂を押出被覆することにより、少なくとも前記アルミニウム導体に接する部分にポリアリールエーテルケトン樹脂及びポリフェニレンスルフィド樹脂の少なくとも1種を含む樹脂被覆層を形成する工程
を含む、絶縁電線の製造方法。
〔9〕
前記導体が、予備加熱後にCOプラズマにより表面処理されたものである、前記〔8〕に記載の絶縁電線の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の絶縁電線は、アルミニウム導体と樹脂被覆層との密着性に優れ、高い絶縁破壊電圧を有し、さらに熱耐性にも優れる。また本発明の絶縁電線の製造方法によれば、このような優れた性能を有する絶縁電線を得ることができる。また、本発明によれば、このような優れた性能を有する絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の絶縁電線の一実施形態を示す概略断面図である。
図2図2は、本発明の電気・電子機器に用いられるステータの好ましい形態を示す概略分解斜視図である。
図3図3は、本発明の電気・電子機器に用いられるステータの好ましい形態を示す概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[絶縁電線]
本発明の絶縁電線は、導体と、該導体の周囲を覆う、絶縁皮膜として機能する樹脂被覆層とを有する。前記導体はCOプラズマにより表面処理されたアルミニウム導体であり、前記樹脂被覆層の、少なくとも前記導体に接する部分には、PAEK樹脂及びPPS樹脂の少なくとも1種が含まれている。典型的には、樹脂被覆層が1層構造の場合には樹脂被覆層がPAEK樹脂及びPPS樹脂の少なくとも1種で構成され、樹脂被覆層が互いに異なる2種以上の樹脂層で構成された複層構造の場合には、少なくとも導体と接する最内層が、PAEK樹脂及びPPS樹脂の少なくとも1種で構成される。
したがって、本発明の絶縁電線は、前記導体と、該導体に接して、PAEK樹脂及びPPS樹脂の少なくとも1種で構成された樹脂層を有することが好ましい。
本発明において「アルミニウム導体」とは、アルミニウム又はアルミニウム合金で形成された導体を意味する。本明細書においてアルミニウム導体を単に「導体」とも表現することがある。
【0012】
図1に、本発明の絶縁電線の一実施形態における断面図を示す。絶縁電線1は、導体11と、導体11の外周面に形成された絶縁皮膜である樹脂被覆層12とを有する。図1の形態において、導体11は、断面形状が矩形(平角形状)になっている。本発明の絶縁電線1の断面形状は、導体11と相似形であることが好ましい。
本発明の絶縁電線の構成をより詳しく説明する。
【0013】
<導体>
本発明の絶縁電線を構成するアルミニウム導体は、COプラズマによって表面処理が施されている。アルミニウム導体の表面にCOプラズマ処理を施すことにより導体表面が改質され、本来はアルミニウム導体に対する密着性に劣るPAEK樹脂及びPPS樹脂との密着性を格段に向上させることができる。したがって、アルミニウム導体に接してPAEK樹脂又はPPS樹脂からなる樹脂被覆層を設けても、導体と樹脂被覆層との密着性を十分に高めることが可能になる。
【0014】
本発明に用いる導体には、従来から絶縁電線の導体として用いられているアルミニウム又はアルミニウム合金を広く適用することができる。
前記アルミニウム又はアルミニウム合金としては、絶縁電線の導体として使用可能なものであれば特に制限はない。例えば、1000番台の純アルミニウムであるA1050(アルミ純度が99.50%以上)、A1070(アルミ純度が99.70%以上)、A1080(アルミ純度が99.80%以上)や、6000番台のAl-Mg-Si系アルミニウム合金であるA6101等を好適に用いることができる。また、Feを0.2~1.0mass%、Siを0.02~0.3mass%含有し、さらにTiとVを合わせて0.001~0.01mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなるAl-Fe系アルミニウム合金、及びFeを0.05~0.3mass%、Cuを0.05~0.3mass%、Mgを0.05~0.3mass%、Siを0.02~0.3mass%含有し、さらにTiとVを合わせて0.001~0.01mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金(MSAL)等も好適に用いることができる。
例えば、本発明の絶縁電線を回転電機の用途に用いる場合、本発明の絶縁電線に用いる導体は高い電流値を得られる純度99.00%以上の純アルミニウムが好ましい。
【0015】
本発明の絶縁電線に用いる前記導体は、導体表面に予めCOプラズマによる表面処理が施されている。COプラズマの照射により、導体の表面(アルミニウム導体の表面に酸化皮膜が形成される場合には、該酸化皮膜の表面)に特定の官能基が導入され、PAEK樹脂やPPS樹脂との親和性に優れた表面状態となり、導体と樹脂被覆層との密着性が向上すると考えられる。前記官能基は必ずしも明らかではないが、原理的には、プラズマ照射によって、例えばヒドロキシ基、カルボニル基、アルデヒド基、カルボキシル基等の官能基が導入されるものと考えられる。本発明では、前記アルミニウム導体表面のCOプラズマ処理により、前記アルミニウム導体表面において水酸化アルミニウムやエステル結合の割合が増加することなどが、上記のPAEK樹脂やPPS樹脂との密着性が特異的に高められる一因と考えられる。
また、プラズマ照射工程において、COプラズマの照射ノズルに存在する原子が、COプラズマ照射と共に前記アルミニウム導体の表面に付着する。前記照射ノズル由来の原子としては、例えばCr原子、Fe原子、Ni原子、Cu原子等の各原子が挙げられる。これらの原子は、アルミニウム導体と樹脂被覆層との密着性に影響を及ぼさない範囲で導体表面に存在していてもよく、洗浄等の操作により導体表面から除去されてもよい。
【0016】
COプラズマ照射後の前記アルミニウム導体は、導体表面のぬれ性が向上する。前記アルミニウム導体の表面において、水に対する接触角(θ)は15°以下であることが好ましく、13°以下であることがより好ましく、11°以下であることがさらに好ましい。また、表面自由エネルギー(Surface Free Energy,SFE)は、70mN/m以上であることが好ましく、75mN/m以上であることがより好ましく、79mN/m以上であることがさらに好ましい。なお、表面自由エネルギーの分散成分(分散力)は、43mN/m以上であることが好ましく、45mN/m以上であることがより好ましく、49mN/m以上であることがさらに好ましい。
本発明に用いるアルミニウム導体に対してCOプラズマ処理を施す際は、プラズマ処理後の導体が上記の特性を有するように、適宜プラズマ照射条件を設定することができる。プラズマ処理の具体的な条件は後述する。
なお本発明において、前記導体表面の水に対する接触角、表面自由エネルギー、及びその分散成分についての上記各好ましい範囲は、いずれもアルミニウム導体のプラズマ処理後、樹脂被覆層の形成前のアルミニウム導体における好ましい範囲である。
【0017】
金属基板と樹脂素材との密着強度を向上させるために、金属基板の表面にレーザー処理を施すことで基板表面を荒くする(粗面化)手法が知られている。他方、該手法をアルミニウム導体に適用した場合にはレーザー処理によりアルミ微粒子が発生し、該微粒子が絶縁電線の製造時に絶縁皮膜内に混入することで、絶縁破壊電圧を低下させる要因ともなり得る。
本発明の絶縁電線では、アルミニウム導体の表面粗度を過度に高くすることなく、COプラズマ処理により絶縁皮膜との密着性を向上させることができる。本発明の絶縁電線における導体は、絶縁破壊電圧を高める観点から、その表面の算術平均粗さ[Sa;ISO規格]が3μm以下であることが好ましく、2.5μm以下であることがより好ましく、2μm以下であることがさらに好ましい。なお、前記導体の算術平均粗さは、例えばキーエンス社製のレーザ顕微鏡VK-X250を用いて400倍の倍率により導体表面を測定し、面粗さ測定方法(ISO 25178 表面性状)に準拠して決定することができる。
なお本発明において、前記導体表面の算術平均粗さの好ましい範囲は、アルミニウム導体のプラズマ処理後、樹脂被覆層の形成前のアルミニウム導体における好ましい範囲である。
【0018】
本発明で使用する導体の長手方向と直交する断面形状は特に限定されるものではない。例えば、円形または矩形(平角形状)の断面形状の導体が挙げられる。本発明では、断面形状が矩形の導体、すなわち平角導体が好ましい。断面形状が矩形の導体は、円形のものと比較し、巻線時にステータコアのスロットに対する占積率が高くなる。このため、一定の狭い空間に多くの絶縁電線を組み込むような用途に好ましい。本発明で使用する導体の好ましい例として、図1は、導体が断面矩形(平角形状)の場合を示している。
断面形状が矩形の導体は、コーナー部(角部)からの部分放電を抑制する点において、図1に示すように、4隅に面取り(曲率半径r)を設けた形状であることが好ましい。曲率半径rは、0.6mm以下が好ましく、0.2~0.4mmがより好ましい。
導体の大きさは、特に限定されないが、平角導体の場合、矩形の断面形状において、幅(長辺)は1.0~7.0mmが好ましく、1.4~4.0mmがより好ましく、厚み(短辺)は0.4~3.0mmが好ましく、0.5~2.5mmがより好ましい。幅(長辺)と厚み(短辺)の長さの比(厚み:幅)は、1:1~1:4が好ましい。一方、断面形状が円形の導体の場合、直径は0.3~3.0mmが好ましく、0.4~2.7mmが好ましい。
【0019】
<樹脂被覆層>
本発明の絶縁電線における樹脂被覆層は、導体と接する部分にPAEK樹脂、及びPPS樹脂の少なくとも1種の熱可塑性樹脂を含む。前記樹脂被覆層は上記の通り、単層でもよく、2層以上の複層構造であってもよい。
【0020】
前記樹脂被覆層の厚さは特に限定されず、20~200μmとすることができ、50~100μmとしてもよく、20~50μmとしてもよい。
【0021】
本発明ないし本明細書において、「ポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂」とは、フェニレン基と、フェニレン基同士を結合するエーテル基と、フェニレン基同士を結合するカルボニル基とを有するポリマーからなる樹脂である。フェニレン基は無置換でもよく、本発明の効果を損なわない範囲で置換基を有してもよい。このような置換基としては、例えばアルキル基(好ましくは炭素数1~3のアルキル基)等が挙げられる。
本発明における好ましいPAEK樹脂としては、例えばポリエーテルケトン(PEK)樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)樹脂、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)樹脂、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)樹脂、ポリエーテルケトンエステル樹脂等が挙げられる。本発明の樹脂被覆層に用いるPAEK樹脂は、上記の樹脂を1種単独で用いてもよいし、2種以上の樹脂成分を混合して用いてもよい。前記PAEK樹脂は、ポリエーテルケトン(PEK)樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、及びポリエーテルケトンケトン(PEKK)樹脂の少なくとも1種を含む樹脂であることが好ましい。
また、前記PAEK樹脂は結晶性(半結晶性)であってもよく、非晶性であってもよい。
【0022】
本発明の樹脂被覆層に用いることができる上記PAEK樹脂及びPPS樹脂の具体例としては、例えば、PEEK樹脂としてはSolvay社製のKT-880(商品名)、PEKK樹脂としてはSolvay社製のNovaSpire(商品名)、PEK樹脂としてはVICTREX社製のVICTREX HT(商品名)等の市販品を挙げることができ、またPPS樹脂としては東ソー社製のサスティール(商品名)等の市販品を挙げることができる。
【0023】
上記樹脂被覆層が互いに異なる2種以上の樹脂層で構成された複層構造の場合、導体と接する最内層が上記PAEK樹脂で構成されていることが好ましい。この場合、最内層以外の樹脂層の構成材料は特に制限されず、汎用の熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂を適用できる。
例えば、熱硬化性樹脂としてはポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、及びポリエステルイミド(PEsI)などのイミド結合を有する熱硬化性樹脂や、ポリウレタン(PU)、熱硬化性ポリエステル(PEst)、H種ポリエステル(HPE)、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステル、ポリヒダントイン、ポリベンゾイミダゾール、メラミン樹脂、又はエポキシ樹脂が挙げられる。また、熱可塑性樹脂としては、ポリアミド(PA)(ナイロン)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリアセタール(POM)、ポリカーボネート(PC)、ポリフェニレンエーテル(変性ポリフェニレンエーテルを含む)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、超高分子量ポリエチレン等の汎用エンジニアリングプラスチックの他、ポリスルホン(PSF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリアリレート(Uポリマー)、ポリアミドイミド、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(変性ポリエーテルエーテルケトン(変性PEEK)を含む)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)、ポリアミドイミド(PAI)、液晶ポリエステル等のスーパーエンジニアリングプラスチック、さらに、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)をベース樹脂とするポリマーアロイ、ABS/ポリカーボネート、ナイロン6,6、芳香族ポリアミド樹脂(芳香族PA)、ポリフェニレンエーテル/ナイロン6,6、ポリフェニレンエーテル/ポリスチレン、ポリブチレンテレフタレート/ポリカーボネート等の前記エンジニアリングプラスチックを含むポリマーアロイが挙げられる。
【0024】
上記樹脂被覆層は、本発明の効果を損なわない範囲で、気泡化核剤、酸化防止剤、帯電防止剤、紫外線防止剤、光安定剤、蛍光増白剤、顔料、染料、相溶化剤、滑剤、強化剤、難燃剤、架橋剤、架橋助剤、可塑剤、増粘剤、減粘剤およびエラストマーなどの各種添加剤を含有してもよい。
【0025】
(密着強度)
上述のように、本発明の絶縁電線は、COプラズマ処理を施したアルミニウム導体を用いて、この導体に接してPAEK樹脂やPPS樹脂を含む層を形成することにより、導体と樹脂被覆層との間の密着性に優れる。本発明の絶縁電線において、前記導体と樹脂被覆層との間の密着強度(密着力)は、好ましくは1.0N/mm以上であり、1.5N/mm以上であることがより好ましく、2.0N/mm以上であることがさらに好ましい。また、通常該密着強度は、通常は10.0N/mm以下であり、5.0N/mm以下であってもよい。
また、本発明の絶縁電線は耐熱性にも優れ、熱処理後であっても導体と樹脂被覆層との間の優れた密着強度を維持することができる。例えば、本発明の絶縁電線に対し、220℃で100時間の熱処理を施した場合でも、前記導体と前記樹脂被覆層との密着強度を1.0N/mm以上とすることができ、1.5N/mm以上とすることもでき、2.0N/mm以上とすることもできる。また、この密着強度は通常は10.0N/mm以下であり、5.0N/mm以下であってもよい。
なお、アルミニウム導体と樹脂被覆層の密着強度は、例えば実施例に記載の方法により決定することができる。また、絶縁皮膜が薄いために、実施例に記載の密着強度の測定試験では絶縁皮膜が破断して密着強度が測定できない場合には、サイカス(Surface And Interface Cutting Analysis System、SAICAS)法により測定することが好ましい。例えば、樹脂被覆層が50μm以下の絶縁電線について、導体と該樹脂被覆層との密着強度を測定する場合、サイカス装置(DN-20S、ダイプラ・ウィンテス社製)を用い、水平速度:2μm/秒;押圧荷重:20N、垂直速度:0.2μm/秒;押圧荷重:10Nの定速度モードで、当該密着強度を測定することができる。
【0026】
(絶縁破壊電圧)
また、本発明の絶縁電線において、絶縁破壊電圧は100kV/mm以上であることが好ましく、120kV/mm以上であることがより好ましく、130kV/mm以上であることがさらに好ましい。絶縁破壊電圧は、実施例に記載の方法により決定することができる。
【0027】
[絶縁電線の製造方法]
(COプラズマ処理)
本発明の絶縁電線の製造方法では、COプラズマ処理が施されたアルミニウム導体を絶縁電線の導体として用いる。COガスを電極に流して高周波・高電圧を印加することにより、大気圧状態でアルミニウム導体の表面にCOプラズマを発生させるか、発生したCOプラズマをアルミニウム導体の表面に照射することにより、アルミニウム導体の表面改質を行うことができる。
COプラズマ照射に用いるプラズマガスの原料ガスにおいて、COガス濃度は通常5Vol%以上(5体積%以上)であり、50Vol%以上であることが好ましく、70Vol%以上がより好ましく、80Vol%以上がさらに好ましく、90Vol%以上がさらに好ましく、95Vol%以上であることがより好ましい。上記COガス濃度は100Vol%であってもよい。
【0028】
COプラズマ処理の各種条件は、目的の表面改質に応じて適宜設定することができる。プラズマ処理時間、電力、周波数、導体温度、照射方向等を適宜選定して目的の表面改質を行うことができる。
【0029】
COプラズマ処理は、樹脂被覆層形成のための導体予熱(予備加熱)の前後いずれか一方(導体予熱の前、若しくは導体予熱の後)、又は導体予熱の前後両方において行うことが好ましい。導体予熱は、例えば誘導加熱炉などにより行うことができる。加熱温度に特に制限はなく、例えば押出直前の導体温度が200~600℃となるように設定することができ、押出直前の導体温度が300~500℃となるように設定することがより好ましく、押出直前の導体温度が350~450℃となるように設定することがさらに好ましい。なお、COプラズマ処理によってもアルミニウム導体が昇温するため、当該プラズマ処理工程の時間を長くするなどすれば導体予熱工程を代用することもできる。このような形態も、導体予熱を行う形態に包含される。
【0030】
(樹脂被覆層の形成)
本発明の絶縁電線は、COプラズマ処理後のアルミニウム導体を心線とし、例えば、押出機のスクリューを用いて上記の特定の熱可塑性樹脂を含む組成物を押出被覆することにより樹脂被覆層を形成することにより得ることができる。押出被覆の方法それ自体は常法により行えばよい。押出被覆のヘッド前温度は、導体と絶縁皮膜との密着性を考慮して適宜設定することができる。例えば、ヘッド前温度は350℃以上であることが好ましく、400℃以上であることがより好ましく、450℃以上であることがさらに好ましい。
【0031】
また、非晶性の熱可塑性樹脂を用いる場合には、押出被覆の他に、有機溶媒等に溶解させたワニスを、導体の形状と相似形のダイスを使用して、エナメル線上にコーティングして焼付けて、形成することもできる。
【0032】
[コイル、回転電機および電気・電子機器]
本発明の絶縁電線は、コイルとして、回転電機、各種電気・電子機器など、電気特性(耐電圧性)と耐熱性を必要とする分野に利用可能である。例えば、本発明の絶縁電線はモーターやトランス等に用いられ、高性能の回転電機、電気・電子機器を構成できる。特にハイブリッド自動車(HV)や電気自動車(EV)の駆動モーター用の巻線として好適に用いられる。
【0033】
本発明のコイルは、本発明の絶縁電線をコイル加工して形成したもの、本発明の絶縁電線を曲げ加工した後に所定の部分を電気的に接続してなるもの等が挙げられる。
本発明の絶縁電線をコイル加工して形成したコイルとしては、特に限定されず、長尺の絶縁電線を螺旋状に巻き回したものが挙げられる。このようなコイルにおいて、絶縁電線の巻線数等は特に限定されない。通常、絶縁電線を巻き回す際には鉄芯等が用いられる。
【0034】
本発明の絶縁電線を曲げ加工した後に所定の部分を電気的に接続してなるものとして、回転電機等のステータに用いられるコイルが挙げられる。このようなコイルは、例えば、図2に示されるように、本発明の絶縁電線を所定の長さに切断してU字形状等に曲げ加工して複数の電線セグメント34を作製し、各電線セグメント34のU字形状等の2つの開放端部(末端)34aを互い違いに接続して、作製されたコイル33(図2図3参照)が挙げられる。
【0035】
このコイルを用いてなる電気・電子機器としては、特に限定されない。このような電気・電子機器の好ましい一態様として、トランスが挙げられる。また、例えば、図2図3に示されるステータ30を備えた回転電機(特にHV及びEVの駆動モーター)が挙げられる。この回転電機は、ステータ30を備えていること以外は、従来の回転電機と同様の構成とすることができる。
ステータ30は、電線セグメント34が本発明の絶縁電線で形成されていること以外は従来のステータと同様の構成とすることができる。すなわち、ステータ30は、ステータコア31と、例えば図2に示されるように本発明の絶縁電線からなる電線セグメント34がステータコア31のスロット32に組み込まれ、開放端部34aが電気的に接続されてなるコイル33とを有している。このコイル33は、隣接する融着層同士、あるいは融着層とスロット32とが固着されて固定化された状態となっている。ここで、電線セグメント34は、スロット32に1本で組み込まれてもよいが、好ましくは図2に示されるように2本1組として組み込まれる。このステータ30は、上記のように曲げ加工した電線セグメント34を、その2つの末端である開放端部34aを互い違いに接続してなるコイル33が、ステータコア31のスロット32に収納されている。このとき、電線セグメント34の開放端部34aを接続してからスロット32に収納してもよく、また、絶縁セグメント34をスロット32に収納した後に、電線セグメント34の開放端部34aを折り曲げ加工して接続してもよい。
【実施例0036】
以下に、本発明を実施例に基づいて、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらの形態に限定されるものではない。
【0037】
<製造方法>
[実施例1]
下記の方法により、アルミニウム導体と絶縁皮膜(押出被覆層)からなる絶縁電線を作製した。
アルミニウム導体として、断面平角(長辺3.5mm×短辺2.0mmで、四隅の面取りの曲率半径r=0.3mm)の平角導体(純度99.50のアルミニウム製;A1050)を用いた。当該アルミニウム導体に対し、誘導加熱炉にて押出直前の導体温度が400℃になるように予備加熱を行い、COガス濃度が99Vol%、出力500W、照射時間0.5秒の条件下でCOプラズマ照射を行った。プラズマ処理後のアルミニウム導体の表面粗さ(算術平均粗さ[Sa];ISO規格)は、キーエンス社製のレーザ顕微鏡VK-X250(倍率:400倍)を用い、面粗さ測定(ISO 25178 表面性状)に従って測定した。
前記COプラズマ処理後のアルミニウム導体を心線とし、スクリューとして30mmフルフライト型スクリュー(スクリューL/D=25、スクリュー圧縮比=3)を備えた押出機を用い、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂を、絶縁皮膜の断面の外形が導体の形状と相似形になるように、押出ダイを用いて心線上に押出被覆した。こうして、導体の外周に、厚さ100μmのPEEK樹脂からなる絶縁皮膜が形成された実施例1の絶縁電線を得た。なお、下記の密着強度試験の比較対象として、プラズマ未処理のアルミニウム導体を用いたこと以外は実施例1と同様にして比較対象となる絶縁電線を得た。
【0038】
[実施例2~12]
アルミニウム導体の種類(材質)、及び絶縁皮膜を構成する樹脂の種類を下記表1に記載のものとした以外は、上記と同様にして下表に示す実施例2~12の絶縁電線を作製した。導体及び樹脂の詳細情報を下記に示す。また下記の密着強度試験の比較対象として、プラズマ未処理の導体を用いたこと以外は実施例2~12と同様にして比較対象となる各絶縁電線を得た。

-導体-
・A1070:純度99.70のアルミニウム
・A1080:純度99.80のアルミニウム
・MSAL :Al-0.2Fe-0.2Cu-0.1Mg
・Al-Fe:Al-0.6Fe
・A6101:Al-Mg-Si系

-樹脂-
・PEKK:OXPEKK-IG100(商品名)、オックスフォード・パフォーマンス・マテリアルズ社製
・PPS:FZ-2100(商品名)、DIC社製
・PEK:HT-G22(商品名)、ビクトレックス社製
【0039】
[比較例1]
プラズマ未処理のアルミニウム導体を用いて絶縁電線を作製した以外は、上記と同様にして下表に示す比較例1の絶縁電線を得た。なお、比較例1ではプラズマ処理を施していないため、表1に記載の導体の表面粗さは、用いた導体そのままの表面粗さである。
【0040】
[比較例2~6]
COプラズマに代えて、それぞれ異なるプラズマ処理を施した以外は、上記と同様にして下表に示す比較例2~6の絶縁電線を得た。また下記の密着強度試験の比較対象として、プラズマ未処理の導体を用いたこと以外は比較例2~6と同様にして比較対象となる各絶縁電線を得た。なお、各プラズマの照射条件は、いずれも出力500W、照射時間0.5秒であった。
【0041】
[比較例7]
アルミニウム導体として、断面平角(長辺3.5mm×短辺2.0mmで、四隅の面取りの曲率半径r=0.3mm)の平角導体(純度99.70のアルミニウム製;A1070)を用いた。当該アルミニウム導体に対し、パルスエネルギー1mJ、加工密度500点/mmの条件でレーザー照射を行った。なお、レーザー処理後の導体の表面粗さ(算術平均粗さ[Sa])は、キーエンス社製のレーザ顕微鏡VK-X250(倍率:400倍)を用い、面粗さ測定(ISO 25178 表面性状)に従って測定した。
得られたレーザー処理後のアルミニウム導体を用いたこと以外は、上記と同様にして下表に示す絶縁皮膜を形成し、比較例7の絶縁電線を得た。なお、下記の密着強度試験の比較対象として、レーザー照射未処理の導体を用いたこと以外は比較例7と同様にして比較対象となる絶縁電線を得た。
【0042】
[参考例1]
PEEK樹脂に代えてポリエーテルイミド(PEI)樹脂を用いた以外は、上記と同様にして下表に示す参考例1の絶縁電線を作製した。なお、下記の密着強度試験の比較対象として、プラズマ未処理の導体を用いたこと以外は参考例1と同様にして絶縁電線を得た。
【0043】
上記で製造した各絶縁電線に対して、下記のようにして、密着強度、絶縁破壊電圧、及び耐熱性の評価を行った。得られた結果を、下記表1にまとめて示す。
【0044】
<評価方法>
[密着強度の測定]
アルミニウム導体と絶縁皮膜との密着強度は、日本工業規格:JIS Z 0237 2009に準拠し、下記の方法により測定した。
上記で製造した各実施例及び比較例の絶縁電線(表面未処理(表面処理前)のアルミニウム導体を用いて製造した比較対象の絶縁電線と、表面処理(プラズマ処理又はレーザー処理)後のアルミニウム導体を用いて製造した絶縁電線)に対して、長手方向に1mm幅で平行な切り込みを50mm以上入れた。この切れ込みは導体まで到達するようにした。当該切り込みの間にある絶縁皮膜全体を、導体から引張試験機(株式会社島津製作所製、装置名「オートグラフAGSJ」)を用いて剥離し、この剥離の際にかかる力(180°ピール強度、ピール速度4mm/分)を測定して、最大剥離強度を密着強度(密着力)とした。結果を表1に示す。
また、表面処理による密着強度の変化率を、計算式[(表面処理後の導体と絶縁皮膜との密着強度)/(表面処理前の導体と絶縁皮膜との密着強度)](表1中、[後/前]と表記する)により算出して数値化した。結果を表1併せて示す。
【0045】
[絶縁破壊電圧]
各絶縁電線を50cmの長さに切り出したサンプル(直状試験片)の中央に幅約20mmのアルミ箔を一周巻き付け、このアルミ箔に電極を設けた。また、この絶縁電線の一方の端末から5mmの距離までの間の樹脂被覆層を剥離してむき出しになった導体に電極を設けた。これらの電極間に正弦波50Hzの交流電圧を昇圧速度500V/秒で印加し、絶縁破壊が生じた際の電圧(実効値)を測定して絶縁破壊電圧とした。測定環境の温度は室温(約23℃)とした。結果を表1に示す。
【0046】
[熱処理後の密着強度評価]
表面処理後のアルミニウム導体を用いて製造した上記の各絶縁電線を300mm長に切り出し、220℃の温度条件で100時間、大気中で加熱処理した。加熱処理後の各絶縁電線について、上記と同様にして密着強度を測定した。結果を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
比較例1の絶縁電線は、アルミニウム導体に表面処理を施していないため、該アルミニウム導体に対するPEEK樹脂からなる絶縁皮膜の密着性に劣る結果となった。また、COプラズマに代えて各種プラズマを用いてプラズマ処理を行った比較例2~6の絶縁電線では、いずれもプラズマ照射後のアルミニウム導体とPEEK樹脂からなる絶縁皮膜との密着性に劣っていた。いずれの比較例でも密着強度は0.5N/m以下であり、プラズマ照射による密着強度の変化率も5倍以下であった。また、絶縁電線に対して熱処理を施すことにより、さらに密着強度の低下が見られた。
また、プラズマ処理に代えて、アルミニウム導体の表面をレーザー処理により粗面化させた比較例7では、粗面化によりアルミニウム導体とPEEK樹脂からなる絶縁皮膜との密着性は向上したが、絶縁破壊電圧は100kV/mm以下となった。これはレーザー粗化によるアルミニウム微粒子が絶縁皮膜中に混入することにより、絶縁破壊電圧が低下したものと考えられた。
さらに、PEI樹脂を用いて製造した参考例1の絶縁電線では、COプラズマ処理をせずともアルミニウム導体とPEI樹脂からなる絶縁皮膜との密着性が高く、逆にこの密着性はアルミニウム導体をCOプラズマ処理してもあまり変わらない結果となった。このことから。アルミニウム導体のCOプラズマ処理の効果は、導体に接する絶縁皮膜としてPAEK樹脂やPPS樹脂を用いた場合に顕在化することがわかる。
【0049】
これに対し、本発明の構成を満たす実施例1~12の絶縁電線では、いずれもアルミニウム導体をCOプラズマ処理することにより、導体とPEEK、PEKK、PPS、PEKのいずれかの樹脂からなる絶縁皮膜との密着性に優れ、いずれも密着強度が1N/mm以上であった。また、COプラズマ処理により、上記絶縁皮膜との密着強度が17倍以上も上昇することが示された。また、いずれの絶縁電線も高い絶縁破壊電圧を示し、さらに熱処理後においても優れた密着性を有することが示された。
【符号の説明】
【0050】
1 絶縁電線
11 導体
12 樹脂被覆層
30 ステータ
31 ステータコア
32 スロット
33 コイル
34 電線セグメント
34a 開放端部
図1
図2
図3