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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024026471
(43)【公開日】2024-02-28
(54)【発明の名称】緩衝器
(51)【国際特許分類】
   F16F 9/32 20060101AFI20240220BHJP
   C25D 3/12 20060101ALI20240220BHJP
   C25D 3/10 20060101ALI20240220BHJP
   C25D 5/14 20060101ALI20240220BHJP
   C25D 5/26 20060101ALI20240220BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20240220BHJP
   C25D 3/06 20060101ALN20240220BHJP
【FI】
F16F9/32 N
C25D3/12 101
C25D3/10
C25D5/14
C25D5/26 D
C25D7/00 C
C25D3/06
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023216129
(22)【出願日】2023-12-21
(62)【分割の表示】P 2020143519の分割
【原出願日】2020-08-27
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】川村 利則
(72)【発明者】
【氏名】兼元 大
(72)【発明者】
【氏名】中野 広
(72)【発明者】
【氏名】星野 彰人
(57)【要約】
【課題】人体および環境への影響が懸念される6価クロムを使用せず、3価クロムを用いて、高硬度と低摩擦力とを高いレベルで両立する緩衝器およびその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の緩衝器(100)は、作動油(3)が封入されたシリンダ(1)と、シリンダ(1)の内部を移動可能なピストンロッド(2)と、シリンダ(1)に固定され、ピストンロッド(2)と摺動するオイルシール(8)と、を備え、ピストンロッド(2)の表面に6価クロムを使用しない3価クロムめっき浴から得られた3価クロムめっき膜からなる硬質層を有し、該硬質層は、めっきしたままの状態で結晶質と非晶質の両方を含み、かつ、クロム以外の添加物を含むことを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
作動油が封入されたシリンダと、
前記シリンダの内部を移動可能なピストンロッドと、
前記シリンダに固定され、前記ピストンロッドと摺動するオイルシールと、を備え、
前記ピストンロッドの表面に6価クロムを使用しない3価クロムめっき浴から得られた3価クロムめっき膜からなる硬質層を有し、
前記硬質層は、めっきしたままの状態で結晶質と非晶質の両方を含み、かつ、クロム以外の添加物を含む、ことを特徴とする緩衝器。
【請求項2】
前記添加物の含有量が2.3質量%以上4.3質量%以下であり、
前記結晶質と前記非晶質との合計に対する該結晶質の比率が5~26%である、ことを特徴とする請求項1に記載の緩衝器。
【請求項3】
前記添加物は、水素、炭素、窒素および酸素のうちの少なくとも1つの元素を含み、硫黄成分を含んでいない、ことを特徴とする請求項1または2に記載の緩衝器。
【請求項4】
前記ピストンロッドの表面と前記3価クロムめっき膜との間の中間層としてニッケルめっき膜を有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の緩衝器。
【請求項5】
前記硬質層のビッカース固さHVが800HV以上であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の緩衝器。
【請求項6】
前記硬質層の表面粗さRzが0.6μm以下であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の緩衝器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緩衝器および緩衝器の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硬質クロムめっき膜は、耐摩耗性、耐食性および摺動性などに優れた特性を有することから、サスペンションロッド、ピストンリングおよびブレーキピストンなどの自動車部品をはじめ、油圧機器のシャフトや印刷機器のグラビアロールなど各種産業分野で広く利用されている。例えば、特許文献1には、ショックアブソーバーの摩擦抵抗の安定化を目的として、シリンダ部材の内周面にクロムめっき膜やニッケルめっき膜などの表面硬質層を設けたショックアブソーバーが開示されている。
【0003】
従来、硬質クロムめっき膜の形成には、クロム成分として6価クロムを用いた6価クロムめっき浴が用いられてきた。しかしながら、近年6価クロムはREACH(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals)規制等の環境規制や排水規制において環境高懸念物質として指定されており、その使用削減が世界的に望まれている。そのような背景を受け、6価クロムを用いた硬質クロムめっき膜の代替技術として、毒性の少ない3価クロム化合物を用いた硬質クロムめっき膜の開発が進められている。例えば、特許文献2には、6価クロムめっき浴の代替化を目的に硬質6価クロムめっき膜と同等の硬度や耐摩耗性が得られる硬質3価クロムめっき膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61-21439号公報
【特許文献2】特表2010-540781号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、特許文献1に開示されているサスペンションロッドなどの摺動部品には、硬度と、摩擦力などの摺動性とを高いレベルで両立することが必要である。硬質3価クロムめっき膜は、硬質6価クロムめっきと同等に、めっき後でも800HV以上を得られ、更に熱処理を施すことでクロム炭化物が形成されるため1000HV以上を得ることが可能であることが知られている。しかしながら、硬度や耐摩耗性以外の特性についてはこれまであまり評価されておらず、サスペンションロッドなどの摺動部品に求められる摩擦力などの摺動性を向上するためには更なる検討が必要である。
【0006】
本発明の目的は、上記事情に鑑み、人体および環境への影響が懸念される6価クロムを使用せず、3価クロムを用いて、高硬度と低摩擦力とを高いレベルで両立する緩衝器および緩衝器の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するための本発明の一態様は、作動油が封入されたシリンダと、シリンダの内部を移動可能なピストンロッドと、シリンダに固定され、ピストンロッドと摺動するオイルシールと、を備え、ピストンロッドの表面に6価クロムを有さない3価クロムめっき浴から得られた3価クロムめっき膜からなる硬質層を有し、該硬質層は、めっきしたままの状態で結晶質と非晶質の両方を含み、かつ、クロム以外の添加物を含むことを特徴とする緩衝器である。
【0008】
また、上記目的を達成するための本発明の他の態様は、上述した本発明の緩衝器の製造方法において、ピストンロッドの表面に3価のクロムを主成分とする硬質層からなるめっき膜を形成するめっき工程を有し、該めっき工程は、6価クロム塩を含まず、3価クロム塩、カルボン酸、pH緩衝剤および伝導塩を含み、かつ、pH≦0.1であるめっき浴中において、陰極電流密度を100A/dm以上として実施することを特徴とする緩衝器の製造方法である。
【0009】
本発明のより具体的な構成は、特許請求の範囲に記載される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、人体および環境への影響が懸念される6価クロムを使用せず、3価クロムを用いて、高硬度と低摩擦力とを高いレベルで両立する緩衝器および緩衝器の製造方法を提供することができる。
【0011】
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の緩衝器の一例を示す概略断面図
図2】実施例1~3および比較例1~2の試験片の摩擦力とクロムめっき膜中の添加物の含有量の関係を示すグラフ
図3】実施例1~3および比較例1~2の試験片の表面粗さRとクロムめっき膜中の添加物含有量の関係を示すグラフ
図4】実施例1~3および比較例1~2の試験片のクロムめっき膜の結晶化率と添加物含有量の関係を示すグラフ
図5】実施例2および比較例1~2のXRD分析結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態に係る緩衝器および緩衝器の製造方法について説明する。なお、本発明は、これに限定されて解釈されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識および知見に基づいて、改良を加えることができるものである。
【0014】
[本発明の基本思想]
一般的に、硬質層として使用される6価クロムめっき膜は、めっき浴成分にクロム金属塩以外に添加剤をあまり含まないため、めっき膜中の添加物含有量も少なく結晶質となりやすい。また、クロム金属としての摩擦係数も小さいことから、高硬度で耐摩耗性に優れた硬質めっき膜として広く利用されてきた。
【0015】
一方、硬質6価クロムめっき膜の代替技術として検討されている3価クロムめっき膜は、めっき浴成分として、めっき浴の析出安定性や皮膜硬度を向上させるために、3価クロム化合物以外に、錯化剤、伝導性塩、pH緩衝剤および結晶化剤などの種々の添加剤が含まれる。そのため、結晶質である6価クロムめっき膜とは異なり、めっき膜中にクロム以外の炭素、窒素、酸素および水素など多くの添加物を含むため、基本的には非晶質となる。このため、3価クロムめっき膜は、6価クロムめっき膜と比較して、めっき後の研磨加工によって平滑性を向上させることが困難であり、摩擦力に関しては硬質6価クロムめっき膜より高くなることが判明した。
【0016】
本発明者は、3価クロムめっき膜において、高硬度と低摩擦力とを高いレベルで両立することを目指し、鋭意研究を重ねてきた。その結果、硬質3価クロムめっき膜において、非晶質成分と結晶質成分の割合を調整し、クロム以外の添加物を含むことで、めっき膜の表面粗さおよび摩擦力を低減し、緩衝器に好適なめっき膜を得られることを見出した。本発明は、該知見に基づくものである。
【0017】
以下、本発明の緩衝器について詳細に説明する。
【0018】
[緩衝器の概要]
図1は本発明の緩衝器の一例を示す概略断面図である。図1は緩衝器として、自動車用油圧緩衝器を例にしている。図1に示すように、本発明の緩衝器100は、複筒式であって、底部を有する筒状の外筒11と外筒11の内部に外筒11と同軸に設けられた内筒12とからなるシリンダ1と、シリンダ1に対して相対的に移動可能なピストンロッド2と、シリンダ1に固定され、ピストンロッド2と摺動するオイルシール8とを備える。内筒12の内部および内筒12と外筒11との間のリザーバ室Cには、油圧装置用作動油3と体積補償のためのガスが注入されている。
【0019】
ピストンロッド2の表面には、硬質層4を有しており、内筒12に挿入されたその一端側にはピストン5が固定され、他端はシリンダ1から突出するように配置される。ピストン5の外周部は内筒12の内面に摺動可能に嵌合する。内筒12の下端にはボトムバルブ6が固定され、内筒12の上端にはピストンロッド2を摺動可能にガイドするロッドガイド7が固定される。ロッドガイド7の中央には貫通穴が設けられ、この貫通穴にピストンロッド2が挿入される。外筒11の上部にはオイルシール8が固定され、オイルシール8を介して外筒11の内部は密封される。オイルシール8とピストンロッド2とは嵌合し、これにより、オイルシール8は、ピストンロッド2とロッドガイド7との隙間を通って油圧装置用作動油3がシリンダ1の外部に漏れるのを防ぐ。
【0020】
図1からわかる通り、自動車用油圧緩衝器100においては、ピストン5は内筒12の内部を油室Aと油室Bとに隔てている。また、ボトムバルブ6は、内筒12と外筒11との間のリザーバ室Cと油室Aとを隔てている。ピストン5にはバルブを備えた減衰力発生機構9が設けられている。減衰力発生機構9は、ピストンロッド2が伸長側に移動(ピストンロッド2が図1において上方に移動)する際に、バルブが開いて油室Aと油室Bとの間に断面積の小さな流路を形成し、油圧装置用作動油3の流動を制限することで、所定の減衰力を発生させる。ボトムバルブ6には減衰力発生機構10が設けられている。減衰力発生機構10は、ボトムバルブ6に形成された小断面積の流路により構成される。ピストンロッド2の縮小側に移動(ピストンロッド2が図1において下方に移動)する際に、油室A内の油圧装置用作動油3が小断面積の流路を通ってリザーバ室Cに流動することで減衰力が発生する。
【0021】
[硬質層]
本発明の硬質層4としては、3価のクロムを主成分とし、結晶質と非晶質の両方を含み、且つ、クロム以外の添加物を含有することを特徴とするめっき膜である。このようなクロムめっき膜質とすることで、めっき後の研磨加工における表面粗さを低減することが可能となり、摩擦係数を小さくすることが可能となる。すなわち、平滑で低摩擦係数の硬質3価クロムめっき膜からなる硬質層4をピストンロッド2の表面に備えることで、低摩擦力の自動車用油圧緩衝器100を実現することができる。
【0022】
[硬質3価クロムめっき膜の添加物]
硬質3価クロムめっき膜は、添加物として、水素、炭素、窒素および酸素などを含む。これらは、めっき浴に含まれるカルボン酸塩、pH緩衝剤および伝導塩などの有機成分に由来と推察される。また、添加物含有量は、めっき処理条件で異なり、特にpHと電流密度条件に大きく寄与していることが確認された。この原因は、クロムが析出する際の添加物の取込み性が、電流密度(還元速度)とpH(錯体形成)に影響しているためと推察される。
【0023】
めっき膜に含まれる添加物の含有量は、2.3質量%以上4.3質量%以下とすることが好ましい。添加物を2.3質量%以上含有することで、摩擦係数を小さくする効果が得られる。この原因は、添加物が緩衝器中のオイルと化学吸着を生じ、めっき膜表面のオイル保持性が向上するためと推察される。一方で、添加物含有量が増加することで、めっき後の研磨加工後の表面粗さRzが増大する傾向が確認された。この原因は、めっき膜に含まれる添加物が研磨加工を阻害し平滑性を低下させるためと推察される。したがって、本発明の硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量は、2.3質量%以上4.3質量%以下とすることが好ましい。
【0024】
[硬質3価クロムめっき膜の結晶化率]
硬質3価クロムめっき膜の下記式で求められる結晶化率は、5~26%であることが好ましい。めっき膜の添加物含有量と相関性が見られ、添加物含有量の増加に伴い結晶化率は低下する傾向が確認された。この原因は、添加物が結晶性を低下させるためと推察される。実験の結果、添加物含有量と結晶化率の相関性から、上述した低摩擦力を得られる硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量2.3質量%以上4.3質量%以下における結晶化率は、5~26%であった。
結晶化率(ピーク積分強度比)=(結晶質/(結晶質+非晶質))×100%…(式1)
上記(式1)の積分強度比は、XRD(X‐ray diffraction)分析において、2θ:30~140°、結晶質の半値幅:<3°、非晶質の半値幅:≧3°として求めた値である。
【0025】
[硬質3価クロムめっき膜の硬度]
硬質3価クロムめっき膜の硬度は、工業用6価クロム(JIS(Japanese Industrial Standards) H8615)同等の750HV以上が良好であるが、ピストンロッドの耐摩耗性を向上させるためには800HV以上が好適である。なお、本発明の硬質3価クロムめっき膜は、めっき後に熱処理を施すことで更なる高硬度化も可能である。
【0026】
[硬質3価クロムめっき膜の表面粗さ]
硬質3価クロムめっき膜の表面粗さ(Rz)については、0.6μm以下が好ましい。本発明の硬質3価クロムめっき膜は、研磨加工後の表面粗さRzを0.6以下とすることで摩擦力を硬質6価クロム以下に低減することが可能である。なお、研磨加工法に特に限定は無いが、研磨フィルムを用いたスーパーフィニュッシュ加工が好適である。
【0027】
[緩衝器の製造方法]
本発明の緩衝器の製造方法は、緩衝器のピストンロッド2に上述した硬質3価クロムめっき膜からなる硬質層4をめっきする。硬質3価クロムめっき膜のめっき浴としては、上述したように、主成分となる3価クロム塩、添加剤として錯化剤、pH緩衝剤および伝導塩などの成分を含む。3価クロム塩としては、塩化クロム、硫酸クロムおよび塩基性硫酸クロムなどが使用できるが、塩化クロムが特に好ましい。錯化剤としては、カルボン酸塩であるグリシン、ギ酸、シュウ酸および酢酸などが使用できるが、グリシンが特に好ましい。pH緩衝剤としては、ホウ酸およびクエン酸などが使用できるが、ホウ酸が特に好ましい。伝導塩としては、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウムおよびスルファミン酸アンモニウムなどを使用できるが、塩化アンモニウムが特に好ましい。
【0028】
めっき浴のpHは、強酸性が良好であり、pH0.1以下が好適である。pH4.0以上の場合は、結晶質と非晶質の両方を含んだめっき膜を得ることができない。電流密度としては、高い方が良好であり100A/dm以上が好ましい。電流密度50A/dm以下の場合は、pH0.1としても結晶質と非晶質の両方を含んだめっき膜を得ることができない。この原因は、上述したが結晶化率は電流密度(還元速度)とpH(錯体形成)が影響するためと推察する。
【0029】
なお、めっき浴温度と撹拌法としては、特に限定はなく、温度は10~90℃、撹拌法は、エアおよび撹拌子などを使用できる。また、陽極材については不溶性が良好であり、Pt、Ti、Irおよびカーボンなどが使用できる。
【0030】
なお、上記した一実施形態では、ピストンロッド2の表面に硬質3価クロムめっき膜を備えた自動車用油圧緩衝器について説明したが、製品に要求される耐食性の仕様に応じて、ピストンロッド2と硬質3価クロムめっき膜の中間層にニッケルめっき膜を設けた2層構造にすることもできる。また、本発明の硬質3価クロムめっき膜は、ピストンロッド2の表面以外の摺動部にも備えることができる。例えば、ピストン5に対して摺動面となるシリンダ内筒21の表面に備えても良好である。
【実施例0031】
上記、ピストンロッド2の表面に硬質3価クロムめっき膜の硬質層4を形成し、結晶化率、表面粗さRz、硬度および摩擦力を評価した実施例を以下に説明する。
【0032】
[実施例1~3]
実施例1~3では、添加物分析および結晶化率測定用に、銅板の表面に硬質3価クロム膜を厚さ20μm形成した試験片を作製した。また、硬度測定、研磨加工後の表面粗さ測定および摩擦力評価用に、炭素鋼材のピストンロッドの表面にニッケルめっき膜を厚さ10μm形成し、そのニッケルめっき膜の上に硬質3価クロムめっき膜を厚さ10μm形成した試験片を作製した。
【0033】
ニッケルめっき膜の形成には、ワット浴を用いた。硬質3価クロムめっき膜の形成には、3価クロム塩、錯化剤、pH緩衝剤および伝導塩を主成分としためっき浴を用いた。めっき処理条件としては、pH0.1とし、電流密度100~400A/dm、温度50℃とした。陽極材にはPt/Tiを用いた。なお、ピストンロッド試験片は、めっき加工後に研磨フィルムによるスーパーフィニュッシュ加工を施した。
【0034】
[比較例1]
炭素鋼を基材とし、この基材の表面に硬質6価クロムめっき膜を形成した試験片を作製した。添加物分析および結晶化率測定用に、銅板の表面に硬質6価クロム膜を厚さ20μm形成した試験片を作製した。また、硬度測定、研磨加工後の表面粗さ測定および摩擦力評価用に、炭素鋼材のピストンロッドの表面に硬質6価クロムめっき膜を厚さ20μm形成した試験片を作製した。
【0035】
硬質6価クロムめっき膜の形成には、HEEF浴を用いた。めっき処理条件としては、電流密度60A/dm、温度60℃とした。陽極材には鉛合金を用いた。なお、ピストンロッド試験片は、めっき加工後に研磨フィルムによるスーパーフィニュッシュ加工を施した。
【0036】
[比較例2]
比較例2は、従来の硬質3価クロムめっき膜を実施例1と同様に試験片を作製した。従来の硬質3価クロムめっき膜の形成には、3価クロム塩、錯化剤、pH緩衝剤および伝導塩を主成分としためっき浴を用いた。めっき処理条件としては、pH5.5とし、電流密度40A/dm、温度50℃とした。陽極材にはPt/Tiを用いた。なお、ピストンロッド試験片は、めっき加工後に研磨フィルムによるスーパーフィニュッシュ加工を施した。
【0037】
[結晶化率測定]
硬質クロムめっき膜の結晶化率測定には、XRD分析を用いた。測定条件は、X線源Cu、回折角度20≦2θ≦140°とした。結晶化率の算出法は、30≦2θ≦140°の範囲で求めたピーク積分強度比で、全ピークの積分強度総和に対する結晶質ピークの積分強度総和の割合として求めた(式1参照)。なお、結晶質と非晶質の判別はピークの半値幅で行い、半値幅<3°を結晶質、半値幅≧3°を非晶質とした。
結晶化率(ピーク積分強度比)=(結晶質/(結晶質+非晶質))×100…(式1)。
【0038】
[添加物分析]
クロムめっき膜中の添加物分析には、グロー放電発光分光分析法(GD-OES)による半定量分析を用いた。分析条件は、高周波電力35W、パルス周波数100Hz、ガス種Arとした。
【0039】
[表面粗さ測定]
研磨加工後のめっき膜の表面粗さ測定には、表面触診式の表面粗さ測定機(ティディエス株式会社製、製品名:サーフコム1500 DX)を用いた。測定条件は、JIS B0633に従い測定距離4mmとした。
【0040】
[硬度測定]
硬度測定には、ビッカース硬度計を用いた。計測条件は、荷重25gf、荷重保持時間15sとした。
【0041】
[摩擦力評価]
ピストンロッドとオイルシールとの摩擦力評価には、微振幅加振器試験を用いた。試験構成は、ピストンロッドとオイルシールのみとし、正立状態とした。試験条件は、ガス及びオイル有、摺動幅±1mm、周波数10Hzとした。
【0042】
[特性評価結果]
表1に実施例1~3および比較例1、2の添加物含有量、結晶化率、硬度、研磨加工後の表面粗さおよび摩擦力を示す。
【0043】
【表1】
【0044】
(添加物成分と添加物含有量)
実施例1~3の主な添加物成分は、水素(H)、炭素(C)、窒素(N)および酸素(O)であり、添加物含有量は、2.3~4.3質量(mass)%であった。一方、比較例1および2の主な添加物成分は、水素、炭素、窒素、酸素の他に硫黄(S)を含み、添加物含有量は、比較例1は0.4質量%、比較例2は21.4質量%であった。この結果、本発明の硬質3価クロムめっき膜の添加物含有量は、硬質6価クロムめっき膜より多く、従来の3価クロムめっき膜より少ないことが判明した。また、本発明の硬質3価クロムめっき膜の添加物成分は、硬質6価クロムめっき膜と従来の硬質3価クロムめっき膜とは異なり、硫黄成分を含んでいないことが判明した。
【0045】
(結晶性と結晶化率)
図5は実施例2および比較例1~2のXRD分析結果を示すグラフである。図5に示す通り、比較例1ではクロム由来のシャープなピークのみ検出されていることから結晶質であると推察される。なお、(222)ピークが顕著となっていることから、優先方位を(111)とした配向性を持つと推察される。比較例2では、ブロードなピークのみとなっていることから、非晶質であると推察される。実施例2では、ブロードなピーク以外にクロム由来のシャープなピークが検出されたことから、結晶質と非晶質の両方が含まれていると推察される。また、結晶化率は、実施例1~3は5~26%、比較例1は100%、比較例2は0%であった。これらの結果、本発明の硬質3価クロムめっき膜は、硬質6価クロムめっき膜と従来の硬質3価クロムめっき膜とは異なり、結晶質と非晶質の両方を含んだめっき膜であることが判明した。
【0046】
(研磨加工後の表面粗さ)
研磨加工後の表面粗さ(R)は、実施例1~3は0.52~0.58μm、比較例1は0.42μm、比較例2は0.79μmであった。この結果、本発明の硬質3価クロムめっき膜の研磨加工後の表面粗さ(R)は、硬質6価クロムめっき膜よりは高くなるものの、従来の硬質3価クロムめっき膜より低いことが判明した。
【0047】
(硬度)
硬度は、実施例1~3は827~894HV、比較例1は974HV、比較例2は919HVであった。この結果、本発明の硬質3価クロムめっき膜の硬度は、硬質6価クロムめっき膜と従来の硬質3価クロムめっき膜よりはやや低いが、ピストンロッドの耐摩耗性を確保できる800HV以上であることを確認した。
【0048】
(摩擦力)
摩擦力は、実施例1~3は33.4~39.5N、比較例1は47.3N、比較例2は70.6Nであった。この結果、本発明の硬質3価クロムめっき膜の摩擦力は、硬質6価クロムめっき膜と従来の硬質3価クロムめっき膜よりも低い値であることが判明した。
【0049】
[結果の考察]
実施例1~3および比較例1、2の各種特性評価の結果について考察する。図2は摩擦力とクロムめっき膜中の添加物の含有量の関係を示すグラフである。この結果、摩擦力は添加物含有量と相関性が見られ、添加物含有量が約2~3質量%付近で最低値を示していることが確認できる。すなわち、低摩擦力を得るためには添加物含有量に最適値が存在することを示唆している。
【0050】
図3は緩衝器の研磨後の表面粗さRとクロムめっき膜中の添加物含有量の関係を示すグラフである。この結果、研磨加工後の表面粗さ(R)は、添加物含有量に比例して増大することが確認できる。この図2図3の結果から、摩擦力は添加物含有量の増加に伴い低下する傾向があるが、一方で添加物含有量が増加すると研磨加工後の表面粗さ(R)が増大するため、図2と合わせて、摩擦力関しては添加物含有量に最適値が存在すると推察される。
【0051】
なお、添加物含有による摩擦力低減の原因は、添加物がオイルと化学吸着を生じ、めっき膜表面のオイル保持性が向上するためと推察する。また、添加物含有量の増加による研磨加工後の表面粗さの低下の原因は、添加物が研磨加工を阻害し平滑性を低下させるためと推察する。
【0052】
図4はクロムめっき膜の結晶化率と添加物含有量の関係を示すグラフである。この結果から、結晶化率は添加物含有量の増加に伴い低下し、添加物含有量が約5質量%を超えると非晶質となることが判明した。すなわち、添加物含有量5質量%以下の範囲では、結晶化率と添加物含有量に相関性があると推察される。この結果から、従来の硬質6価クロムより低摩擦力を得られる硬質3価クロムめっき膜(添加物含有量2.3~4.3質量%)おける結晶化率を求めると、5~26%であることが確認できる。なお、結晶化率と添加物含有量に相関性が見られる原因は、添加物が結晶性を低下させるためと推察する。
【0053】
[実施例4~5および比較例3~6]
本実施例では、pHの異なる2種類の硬質3価クロムめっき浴を用いて、電流密度を変えた場合のめっき膜の結晶性を検討した。表2に実施例4~5および比較例3~6のめっき処理条件を示す。実施例4、5、比較例3は、グリシンを含むpH0.1のめっき浴とし、電流密度は、40~400A/dmとした。比較例4~6は、ギ酸を含むpH5.5のめっき浴とし、電流密度は、40~400A/dmとした。なお、本実験では、基材に銅板を用いた。表2に結果を示す。
【0054】
【表2】
【0055】
この結果、結晶質と非晶質の両方を含むめっき膜を得られたのは、実施例4および5のみであった。すなわち、グリシンを含むpH0.1のめっき浴で電流密度が100A/dm以上でなければ結晶質と非晶質の両方を含むめっき膜が形成できないことが判明した。
【0056】
この結果について以下に考察する。従来の硬質3価クロムめっき膜は、添加物含有量が多くなることから非晶質になる傾向がある。また、一般的に高電流密度の方がめっき膜中に添加物は混入しにくいと考えられる。したがって、硬質3価クロムめっき膜においても高電流密度条件の方が添加物含有量は少なくなり、結晶化率は向上すると推察されるが、比較例4~6のギ酸を含むpH5.5のめっき浴では、電流密度100A/dm以上でも非晶質であった。すなわち、結晶化率は、電流密度条件以外にもpHとめっき浴の添加剤成分に影響することが示唆された。この原因としては、電流密度はクロムイオンの還元速度因子であり、pHはクロムイオンの錯体形成因子であるためと推察する。
【0057】
以上、説明したように、本発明によれば、人体および環境への影響が懸念される6価クロムを使用せず、3価クロムを用いて、高硬度と低摩擦力とを高いレベルで両立する緩衝器および緩衝器の製造方法を提供できることが実証された。
【0058】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。上記した実施例は本発明を分かりやすく説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることも可能であり、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることも可能である。
【符号の説明】
【0059】
100…緩衝器、1…シリンダ、2…ピストンロッド、3…油圧装置用作動油、
4…硬質層、5…ピストン、6…ボトムバルブ、7…ロッドガイド、8…オイルシール、
9,10…減衰力発生機構、11…外筒、12…内筒、A,B…油室、C…リザーバ室。
図1
図2
図3
図4
図5