(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002658
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】病原体、微生物、もしくはタンパク質の検出および定量のための計測および解析方法、ならびに当該方法を実施するためのコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20231228BHJP
G01N 27/00 20060101ALI20231228BHJP
【FI】
G01N33/543 521
G01N27/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022101989
(22)【出願日】2022-06-24
(71)【出願人】
【識別番号】518437671
【氏名又は名称】アイポア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】直野 典彦
(72)【発明者】
【氏名】坂本 修
(72)【発明者】
【氏名】武居 弘泰
【テーマコード(参考)】
2G060
【Fターム(参考)】
2G060AA05
2G060AA15
2G060AA19
2G060AD06
2G060AE20
2G060AF20
2G060AG03
2G060AG11
2G060FA10
2G060FA17
2G060HC10
2G060KA10
(57)【要約】 (修正有)
【課題】高感度で高精度なタンパク質や微生物や病原体の検出もしくは定量を可能にすること。
【解決手段】第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、既知抗原濃度の対象抗原を含む既知試料と、前記対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含んだ既知計測対象試料を入れるステップと、前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を計測して、前記抗原濃度を求めて、さらに教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成するステップとを含むことを特徴とする方法。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサを用いて、対象抗原の濃度が未知である未知試料の未知抗原濃度の推定に供するためのデータを調製する方法であって、
第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、既知抗原濃度の対象抗原を含む既知試料と、前記対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含んだ既知計測対象試料を入れるステップと、
前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測するステップと、
前記既知パルス波形群に属する前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算するステップと、
前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成するステップと
を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記方法はさらに、
第2の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第2のセンサを用意し、前記第2のセンサが有するチャンバのうちの一方に、濃度が未知である前記対象抗原を含む未知試料と、前記抗体修飾粒子とを含んだ未知計測対象試料を入れるステップと、
前記第2のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第2のセンサの2つの電極の間に前記第2の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記未知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第2の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の未知パルス波形から成る未知パルス波形群として計測するステップと、
前記未知パルス波形群に属する前記未知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する未知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記未知パルス波形群内における前記未知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する未知分布特徴量を計算するステップと、
前記未知分布特徴量を前記訓練済AIモデルに入力して、前記訓練済AIモデルが前記未知抗原濃度の推定値を出力するステップと
を含むことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記方法はさらに、
前記既知パルス波形群に属する前記既知パルス波形特徴量より既知分岐分布特徴量を計算し、
前記既知分岐分布特徴量が分岐条件を満たす場合は前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとして第1のAIを訓練して第1の訓練済AIを作成し、または
前記既知分岐分布特徴量が前記分岐条件を満たさない場合には、前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとして第2のAIを訓練して第2の訓練済AIを作成するステップと
を含むことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記方法はさらに、
第2の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第2のセンサを用意し、前記第2のセンサが有するチャンバのうちの一方に、濃度が未知である前記対象抗原を含む未知試料と、前記抗体修飾粒子とを含んだ未知計測対象試料を入れるステップと、
前記第2のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第2のセンサの2つの電極の間に前記第2の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記未知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第2の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の未知パルス波形から成る未知パルス波形群として計測するステップと、
前記未知パルス波形群に属する前記未知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する未知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記未知パルス波形群内における前記未知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する未知分布特徴量を計算するステップと、
前記未知パルス波形群に属する前記未知パルス波形特徴量より未知分岐分布特徴量を計算し、
前記未知分岐分布特徴量が前記分布条件を満たす場合は、前記未知分布特徴量を前記第1の訓練済AIに入力して、前記未知抗原濃度の推定値を出力し、または
前記未知分岐分布特徴量が前記分布条件を満たさない場合は、前記未知分布特徴量を前記第2の訓練済AIに入力して、前記未知抗原濃度の推定値を出力するステップと
を含むことを特徴とする請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記方法はさらに、
前記既知抗原濃度が分岐条件を満たす場合は前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとして第1のAIを訓練して第1の訓練済AIを作成し、または
前記既知抗原濃度が前記分岐条件を満たさない場合には、前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとして第2のAIを訓練して第2の訓練済AIを作成するステップ
を含むことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項6】
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが前記細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサを用いて未知試料中に対象微粒子が存在するか否かの推定に供するためのデータを調製する方法であって、
第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が既知である既知試料と電解液とを含んだ既知計測対象試料を入れるステップと、
前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加するステップと、
前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る前記既知計測対象試料に属する既知パルス波形群として計測するステップと、
前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算するステップと、
前記分布特徴量を教師データ、前記既知試料中における前記対象粒子の有無を表現する情報を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成するステップと
を含むことを特徴とする方法。
【請求項7】
前記方法はさらに、
第2の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第2のセンサを用意し、前記第2のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が未知である未知試料と、電解液とを含んだ未知計測対象試料を入れるステップと、
前記第2のチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加するステップと、
前記第2のセンサの2つの電極の間に前記第2の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記未知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第2の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の未知パルス波形からなる前記未知計測対象試料に属する未知パルス波形群として計測するステップと、
前記未知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する未知パルス波形特徴量を計算し、
前記未知パルス波形群内における前記未知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する未知分布特徴量を計算するステップと、
前記未知分布特徴量を前記訓練済AIモデルに入力して、前記未知試料中に前記対象微粒子が含まれているか否かを推定するステップと
を含むことを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記対象微粒子が細菌であることを特徴とする請求項6乃至請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記対象微粒子がウイルスであることを特徴とする請求項6乃至請求項7記載の方法。
【請求項10】
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが前記細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサを用いて、未知試料中に対象微粒子が存在するか否かの推定に供するためのデータを調製する方法であって、
第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が既知である既知試料と電解液とを含んだ既知計測対象試料を入れるステップと、
前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加するステップと、
前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る前記既知計測対象試料に属する既知パルス波形群として計測するステップと、
前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算するステップと、
前記既知パルス波形特徴量および前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知試料中における前記対象粒子の有無を表現する情報を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成するステップと
を含むことを特徴とする方法。
【請求項11】
前記既知パルス波形特徴量は、畳み込みニューラルネットワークの出力から計算されることを特徴とする請求項1、6、または10記載の方法。
【請求項12】
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサとネットワークを介して接続されるように構成されたプロセッサを有するコンピュータにおいて、前記プロセッサが実行することで下記工程を実施するように構成されたコンピュータ可読命令を含むプログラムであって、
前記プロセッサにより、第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、既知抗原濃度の対象抗原を含む既知試料と、前記対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含んだ既知計測対象試料を入れる工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形群に属する前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成する工程と
を実施する
ことを特徴とする、プログラム。
【請求項13】
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサとネットワークを介して接続されるように構成されたプロセッサを有するコンピュータにおいて、前記プロセッサが実行することで下記工程を実施するように構成されたコンピュータ可読命令を含むプログラムであって、
前記プロセッサにより、第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が既知である既知試料と電解液とを含んだ既知計測対象試料を入れる工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加する工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る前記既知計測対象試料に属する既知パルス波形群として計測する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記分布特徴量を教師データ、前記既知試料中における前記対象粒子の有無を表現する情報を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成する工程と
を実施する
ことを特徴とする、プログラム。
【請求項14】
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサとネットワークを介して接続されるように構成されたプロセッサを有するコンピュータにおいて、前記プロセッサが実行することで下記工程を実施するように構成されたコンピュータ可読命令を含むプログラムであって、
前記プロセッサにより、第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が既知である既知試料と電解液とを含んだ既知計測対象試料を入れる工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加する工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る前記既知計測対象試料に属する既知パルス波形群として計測する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形特徴量および前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知試料中における前記対象粒子の有無を表現する情報を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成する工程と
を実施する
ことを特徴とする、プログラム。
【請求項15】
抗原を抗体に、抗体を抗原に読み替えたものであることを特徴とする請求項1、6、または10に記載の方法、あるいは請求項12~14のいずれか一項に記載のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に含まれる病原体、微生物、もしくはタンパク質の検出および定量を行うための計測及び解析方法、ならびに当該方法を実施するためのコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
生体粒子中に含まれる微量のタンパク質や微生物や病原体の検出や定量は、疾病の原因を特定または推定するための、最も基本的な方法のひとつである。タンパク質の検出や定量にあっては、検出や定量対象のタンパク質を抗原とし、これと特異的に結合する抗体を利用した、所謂イムノアッセイが広く用いられている。たとえば、このような抗体を修飾した微粒子の凝集現象による光の吸収や反射の変化を計測する比濁法、吸光度法、イムノクロマトグラフィ、あるいは抗体や抗原を化学発光物質で標識して吸光度や発光を計測するELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assey)、CLEIA(Chemiluminescent Enzyme Immunoassay)、CLIA(Chemiluminescent Immunoassay)などが広く使われている。近年では、このようなイムノアッセイの高感度化のために、微小なウェル中の抗体修飾粒子を個別に計測する、所謂デジタルELISAも提案されている(特許文献1)。
【0003】
微生物の検出や定量にあっては、イムノアッセイで対象微生物に特異的な抗体や、対象微生物を構成するタンパク質を検出、定量する方法に加えて、微生物の遺伝子を検出、定量するためのPCR(Primer chain reaction)法も広く用いられている(特許文献2)。
【0004】
このような中、電解液中のナノサイズの粒子を電気泳動で駆動し、かかる粒子の大きさに近い細孔を通過する際の、電気抵抗の過渡変化を観測する所謂細孔電気抵抗法(特許文献3、4)により、病原体(非特許文献1)やタンパク質(非特許文献2)を直接計測して、上記高感度と低コストの両立を図るという技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第9482662号明細書
【特許文献2】米国特許第4683195号明細書
【特許文献3】米国特許第9726636号明細書
【特許文献4】特許第6719773号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Taniguchi, Masateru, et al. "Combining machine learning and nanopore construction creates an artificial intelligence nanopore for coronavirus detection." Nature communications 12.1 (2021): 1-8.
【非特許文献2】Yusko, Erik C., et al. "Real-time shape approximation and fingerprinting of single proteins using a nanopore." Nature nanotechnology 12.4 (2017): 360-367.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のイムノアッセイによる方法群にはしかし、各々課題がある。たとえば比濁法やイムノクロマトグラフィなど、抗体修飾の凝集を光学的に観測する従来の方法は、対象とするタンパク質や病原体が希薄な試料の計測における感度不足の課題がある。ELISA等の化学発光物質を利用したイムノアッセイの場合、比濁法に比べて感度を向上させることが可能であるが、コストが高く、計測手順も複雑であるという課題がある。また微生物の遺伝子情報を解析するPCR法もまた、高感度ではあるものの、高感度とコストや手間の低減の両立は同様に解決が難しかった。
【0008】
従来の細孔電気抵抗による方法は、計測対象粒子(微生物、タンパク質など)を1個ずつ直接計測するものである。また当該方法で用いるのは、細孔を有するセンサデバイスとアンプを組み合わせた単純な構成であり、特に高感度の検出や定量を要する用途においては、複雑な光学系や計測プロトコルを必要としないという特徴がある。
【0009】
しかし粒子の細孔通過の様態は、統計的分布を持っている。たとえば、計測対象とする微生物は、同種のものであってもその形が同一とは限らず、個々の微生物から取得される信号にはバラツキが生じる。またたとえば、タンパク質は細孔の穴径に対して小さいため、細孔を通過する際に細孔の中心近くを通過するか、細孔の端を通過するかによって、計測される信号は異なるため、これも計測される信号のバラツキの原因になる。そしてこのような信号バラツキは、細孔電気抵抗法の計測結果解析における誤差の原因となり、これら微生物やタンパク質の検出や定量における精度低下につながる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、細孔電気抵抗法の計測データを解析することで、高感度で高精度なタンパク質や微生物や病原体の検出もしくは定量を可能にする方法を提供する。すなわち本発明によれば、下記態様を提供できる。
【0011】
態様1.
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサを用いて、対象抗原の濃度が未知である未知試料の未知抗原濃度の推定に供するためのデータを調製する方法であって、
第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、既知抗原濃度の対象抗原を含む既知試料と、前記対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含んだ既知計測対象試料を入れるステップと、
前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測するステップと、
前記既知パルス波形群に属する前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算するステップと、
前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成するステップと
を含むことを特徴とする方法。
【0012】
態様2.
前記方法はさらに、
第2の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第2のセンサを用意し、前記第2のセンサが有するチャンバのうちの一方に、濃度が未知である前記対象抗原を含む未知試料と、前記抗体修飾粒子とを含んだ未知計測対象試料を入れるステップと、
前記第2のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第2のセンサの2つの電極の間に前記第2の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記未知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第2の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の未知パルス波形から成る未知パルス波形群として計測するステップと、
前記未知パルス波形群に属する前記未知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する未知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記未知パルス波形群内における前記未知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する未知分布特徴量を計算するステップと、
前記未知分布特徴量を前記訓練済AIモデルに入力して、前記訓練済AIモデルが前記未知抗原濃度の推定値を出力するステップと
を含むことを特徴とする態様1記載の方法。
【0013】
態様3.
前記方法はさらに、
前記既知パルス波形群に属する前記既知パルス波形特徴量より既知分岐分布特徴量を計算し、
前記既知分岐分布特徴量が分岐条件を満たす場合は前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとして第1のAIを訓練して第1の訓練済AIを作成し、または
前記既知分岐分布特徴量が前記分岐条件を満たさない場合には、前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとして第2のAIを訓練して第2の訓練済AIを作成するステップと
を含むことを特徴とする態様1又は2記載の方法。
【0014】
態様4.
前記方法はさらに、
第2の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第2のセンサを用意し、前記第2のセンサが有するチャンバのうちの一方に、濃度が未知である前記対象抗原を含む未知試料と、前記抗体修飾粒子とを含んだ未知計測対象試料を入れるステップと、
前記第2のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第2のセンサの2つの電極の間に前記第2の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記未知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第2の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の未知パルス波形から成る未知パルス波形群として計測するステップと、
前記未知パルス波形群に属する前記未知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する未知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記未知パルス波形群内における前記未知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する未知分布特徴量を計算するステップと、
前記未知パルス波形群に属する前記未知パルス波形特徴量より未知分岐分布特徴量を計算し、
前記未知分岐分布特徴量が前記分布条件を満たす場合は、前記未知分布特徴量を前記第1の訓練済AIに入力して、前記未知抗原濃度の推定値を出力し、または
前記未知分岐分布特徴量が前記分布条件を満たさない場合は、前記未知分布特徴量を前記第2の訓練済AIに入力して、前記未知抗原濃度の推定値を出力するステップと
を含むことを特徴とする態様3記載の方法。
【0015】
態様5.
前記方法はさらに、
前記既知抗原濃度が分岐条件を満たす場合は前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとして第1のAIを訓練して第1の訓練済AIを作成し、または
前記既知抗原濃度が前記分岐条件を満たさない場合には、前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとして第2のAIを訓練して第2の訓練済AIを作成するステップ
を含むことを特徴とする態様1~4のいずれかに記載の方法。
【0016】
態様6.
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが前記細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサを用いて未知試料中に対象微粒子が存在するか否かの推定に供するためのデータを調製する方法であって、
第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が既知である既知試料と電解液とを含んだ既知計測対象試料を入れるステップと、
前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加するステップと、
前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る前記既知計測対象試料に属する既知パルス波形群として計測するステップと、
前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算するステップと、
前記分布特徴量を教師データ、前記既知試料中における前記対象粒子の有無を表現する情報を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成するステップと
を含むことを特徴とする方法。
【0017】
態様7.
前記方法はさらに、
第2の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第2のセンサを用意し、前記第2のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が未知である未知試料と、電解液とを含んだ未知計測対象試料を入れるステップと、
前記第2のチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加するステップと、
前記第2のセンサの2つの電極の間に前記第2の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記未知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第2の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の未知パルス波形からなる前記未知計測対象試料に属する未知パルス波形群として計測するステップと、
前記未知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する未知パルス波形特徴量を計算し、
前記未知パルス波形群内における前記未知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する未知分布特徴量を計算するステップと、
前記未知分布特徴量を前記訓練済AIモデルに入力して、前記未知試料中に前記対象微粒子が含まれているか否かを推定するステップと
を含むことを特徴とする、態様6記載の方法。
【0018】
態様8.
前記対象微粒子が細菌であることを特徴とする態様1~7若しくは10のいずれかに記載の方法又は下記態様12~14のいずれかに記載のプログラム。
【0019】
態様9.
前記対象微粒子がウイルスであることを特徴とする態様1~7若しくは10のいずれかに記載の方法又は下記態様12~14のいずれかに記載のプログラム。
【0020】
態様10.
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが前記細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサを用いて、未知試料中に対象微粒子が存在するか否かの推定に供するためのデータを調製する方法であって、
第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が既知である既知試料と電解液とを含んだ既知計測対象試料を入れるステップと、
前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加するステップと、
前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る前記既知計測対象試料に属する既知パルス波形群として計測するステップと、
前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算するステップと、
前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算するステップと、
前記既知パルス波形特徴量および前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知試料中における前記対象粒子の有無を表現する情報を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成するステップと
を含むことを特徴とする方法。
【0021】
態様11.
前記既知パルス波形特徴量は、畳み込みニューラルネットワークの出力から計算されることを特徴とする態様1~10のいずれかに記載の方法又は下記態様12~14のいずれかに記載のプログラム。
【0022】
態様12.
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサとネットワークを介して接続されるように構成されたプロセッサを有するコンピュータにおいて、前記プロセッサが実行することで下記工程を実施するように構成されたコンピュータ可読命令を含むプログラムであって、
前記プロセッサにより、第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、既知抗原濃度の対象抗原を含む既知試料と、前記対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含んだ既知計測対象試料を入れる工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料中の前記抗体修飾粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形群に属する前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知抗原濃度を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成する工程と
を実施する
ことを特徴とする、プログラム。
【0023】
態様13.
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサとネットワークを介して接続されるように構成されたプロセッサを有するコンピュータにおいて、前記プロセッサが実行することで下記工程を実施するように構成されたコンピュータ可読命令を含むプログラムであって、
前記プロセッサにより、第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が既知である既知試料と電解液とを含んだ既知計測対象試料を入れる工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加する工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る前記既知計測対象試料に属する既知パルス波形群として計測する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記分布特徴量を教師データ、前記既知試料中における前記対象粒子の有無を表現する情報を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成する工程と
を実施する
ことを特徴とする、プログラム。
【0024】
態様14.
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサとネットワークを介して接続されるように構成されたプロセッサを有するコンピュータにおいて、前記プロセッサが実行することで下記工程を実施するように構成されたコンピュータ可読命令を含むプログラムであって、
前記プロセッサにより、第1の細孔および電解液を介して電気的に導通するように構成された2つのチャンバを有する第1のセンサを用意し、前記第1のセンサが有するチャンバのうちの一方に、前記対象微粒子の有無が既知である既知試料と電解液とを含んだ既知計測対象試料を入れる工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加する工程と、
前記プロセッサにより、前記第1のセンサの2つの電極の間に前記第1の細孔を経由してイオン電流を流した状態で、前記既知計測対象試料に含まれる微粒子が前記第1の細孔を通過することにより生じるイオン電流の過渡変化を、複数の既知パルス波形から成る前記既知計測対象試料に属する既知パルス波形群として計測する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形各々について、形状の特徴を表現する既知パルス波形特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形群内における前記既知パルス波形特徴量の分布の特徴を表現する既知分布特徴量を計算する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形特徴量および前記既知分布特徴量を教師データ、前記既知試料中における前記対象粒子の有無を表現する情報を教師ラベルとしてAIモデルを訓練して訓練済AIモデルを作成する工程と
を実施する
ことを特徴とする、プログラム。
【0025】
態様15.
抗原を抗体に、抗体を抗原に読み替えたものであることを特徴とする態様1~10のいずれかに記載の方法、あるいは態様12~14のいずれか一項に記載のプログラム。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、細孔電気抵抗法の計測データを解析することで、高感度で高精度なタンパク質や微生物や病原体の検出もしくは定量が可能になるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明において利用するセンサの断面構造の一例を示す。
【
図2】電極間に流れるイオン電流における、パルス状の過渡変化の例を示す。
【
図3】本発明で用いることができるパルス特徴量の例である。
【
図4】計測対象試料でチャンバを充填した状態を模式的に表したものである。
【
図5】前立腺特異抗原(PSA)を定量対象タンパク質(対象抗原)とし、抗PSA抗体を修飾した200nm径のラテックスビーズを用い、
図1のセンサによって
図2に例示したようなパルス信号を計測した結果を示す。
【
図6】PSAが含まれない計測対象試料NTCから順次、300fg/mL、3pg/mL、30pg/mL、300pg/mLおよび3ng/mLのPSAが含まれる計測対象試料を、本発明による方法で計測したときの、パルス波形特徴量b(ピーク電流)の度数分布を示す。
【
図7】パルス特徴量bについての分布特徴量の例を示す。
【
図8】本発明によるパルス特徴量と分布特徴量を使ったAI訓練を説明するための図である。
【
図9】
図6に示したパルス特徴量b(パルスピーク電流)の分布特徴量の、PSA濃度依存性を示す図である。
【
図10】
図6に例示した計測について、1パルス群あたりのパルス数nの、PSA濃度に対する依存性を示した図である。
【
図11】
図6に例示した計測について、別の分布特徴量であるピーク電流4.5nA以上のパルス数比率r
bの、PSA濃度に対する相関関係を示した図である。
【
図12】本発明の或る実施形態に従い、AIモデルを訓練する方法を説明するチャートである。
【
図13】黄色ブドウ球菌と表皮ブドウ球菌という形態が近い細菌の未知試料を、各々60試料ずつ計測した結果を、従来技術に係る訓練済AI又は本発明に係る訓練済AIによってそれぞれ分類したときの混同行列である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明では、検出や定量の対象となる細菌やウイルスなどの微生物といった微粒子を、
図1に示すようなセンサにおける細孔を通過させることでパルス波形を計測する。また、本発明では、検出や定量の対象となるタンパク質に特異的に結合する抗体でその表面を修飾した抗体修飾粒子を、やはり
図1に示すようなセンサにおける細孔を通過させることでパルス波形を計測する。そして、これらのパルス波形を、本発明による方法で解析することで、対象とする病原体やタンパク質等の微粒子の検出や定量を行う。なお抗体修飾粒子を用いて対象抗原の検出または定量を行う場合、抗原修飾粒子を用いて対象抗体の検出または定量を行う場合、ともに本発明の手続きと原理は同様である。以下では記載を徒に長くしないようにするため、前者、すなわち抗体修飾粒子を使って対象抗原の検出または定量する例について説明する。
【0029】
また本発明の別の実施形態では、生体試料中の抗体の検出や定量を行うこともできる。すなわち、前段の説明および以下の説明の抗原を抗体、かつ抗体を抗原と読み替えることによって、この別の実施形態を理解することができるであろう。以下都度説明は繰り返さないが、本明細書中の各記載は、矛盾しないかぎりにおいて適宜上述の読み替えが可能であることに留意されたい。
【0030】
図1に、本発明において利用するセンサの断面構造の一例を示す。センサ100は、2つのチャンバ110および120が、隔壁141によって隔てられ、かつ隔壁141に設けられた細孔140を経由して接続される断面構造を有している。2つのチャンバには各々電極112および122が設置される。導入口111より電解液に懸濁した計測対象粒子を含む試料を、チャンバ110に、導入口121より電解液をチャンバ120に導入し、電圧源152によって前記2つの電極に電圧を印加する。たとえば、電極112と電極122の間に電圧を印加すると、細孔を経由してイオン電流が流れる。なお本明細書においては、「チャンバ」とは試料液(電解液)を格納できる部分を指すものとする。また本明細書において電極は、チャンバ中の試料液が触れる(すなわち通電可能な)場所にあれば、「チャンバの中にある」と定義するものとする。また本明細書においてチャンバへの「充填」とは、必ずしもチャンバの容積を全て埋めるようにすることは意味せず、センサが機能する限りにおいて空隙が残るようにしてもよい。すなわち本明細書では「充填」を「注入」又は「導入」と互換して考えてもよい。たとえば
図1に例示するとおり、チャンバ110に存在する粒子が細孔140を通過する際、イオン電流が一時的に妨げられ、粒子がチャンバ120に通過した後はもとに戻る。このため、粒子1個が細孔140を通過するたびに、
図1の電極間に流れるイオン電流は
図2に例示するようなパルス状の過渡変化を呈する。
図1の例では、これを電流計151で計測する。なお
図1は本発明において用いるセンサの一例であって、各々電極を有する2つのチャンバが細孔を通じて疎通している構造のセンサであれば、どのような形態であってもよい。
【0031】
図2に、粒子1個の通過にともなう電流のパルス波形の一例210を示す。パルス波形は時刻201ごとの電流値202である。縦軸202は電圧値であってもよい。パルス信号の形状は、通過する粒子の大きさ、形状、表面状態によって変化する。本発明では、通過粒子1個によるパルス波形計測結果から、そのパルス形状を表すパルス特徴量を計算する。
図3の特徴量a乃至hに、本発明で用いるパルス特徴量を例示する。たとえばパルス特徴量a301はパルスの幅、パルス特徴量b302はパルスのピーク電流値である。
図3はパルス特徴量の例であり、パルスの形状を表現する量であればどのようなものであってもよい。またたとえば、CNN(Convolutional Neural Network)における畳み込み層の出力も、本発明におけるパルスの形状を表現する量であってよい。たとえばCNNにおいて、パルス内における時刻をiとした時の第l(エル)層の特徴量z
i
(l)を次式のように計算してもよい。
【0032】
【数1】
ここで、Hはフィルタサイズ、S
iはストライド、h
pはpにおけるフィルタ係数、pはフィルタ内の位置、b
iはバイアスである。
【0033】
本発明は、細菌、ウイルスやエクソソームなどの生体粒子自体の細孔通過によるパルス波形の解析にも、あるいは抗体修飾粒子の細孔通過によるパルス波形の解析にも用いることができる。以下では、後者を例として、従来技術の課題と本発明の原理について説明する。以下、検出または定量対象のタンパク質を対象抗原と称する。なお本明細書では、既知の抗原濃度の対象抗原を含む既知試料と、当該対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含むものを「既知計測対象試料」と呼ぶことがある。また未知の抗原濃度の対象抗原を含む未知試料と、当該対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含むものを「未知計測対象試料」と呼ぶことがある。これらの計測対象試料は、対象抗原と抗体の反応効率に応じて配合、調製可能である。これらの計測対象試料が、チャンバ間を電気的に導通させるための電解液を含むと解釈してもよい。両チャンバに注入される電解液はそれぞれ異なる組成であってもよいし、同じ組成であってもよい。なお電解液としては、本発明の適用の形態に応じて、当該技術分野で知られる任意のものを使用できる。
【0034】
図4(a)乃至(c)は、計測対象試料でチャンバ110を充填した状態を模式的に表したものである。
図4凡例に、対象抗原401、抗体修飾粒子402および抗体403を示す。既知試料または未知試料に対象抗原が含まれていない場合は
図4(a)のように、計測対象試料に対象抗体と結合した対象抗原は存在しない。この状態で電極112および122間に電圧を印加すると、計測対象試料中の抗体修飾粒子は、
図4(a)のように、各々単独で細孔140を通過する。
図4(a)の一例では、抗体修飾粒子411、412および413が細孔140を通過したパルス信号が各々421、422および423である。計測対象試料に対象抗体が含まれない場合、対象抗原を通じて抗体修飾粒子が結合することはない。このため、多くの抗体修飾粒子は単独で細孔を通過する。
【0035】
計測対象試料に対象抗原が存在する場合は、たとえば、
図4(b)および
図4(c)のように対象抗原が抗体修飾粒子に結合した状態で、チャンバ110に充填される。
図4(b)は、対象抗原濃度が希薄な場合であり、抗体修飾粒子に対象抗原が結合しているものの、後述する
図4(c)とは異なり、対象抗原を介した、抗体修飾粒子同士の凝集は発生していない。
【0036】
一方、
図4(c)のように、対象抗原の濃度が高い場合には、抗体修飾同士が対象抗原を介して凝集塊を形成する。これらが細孔を通過したときに生じるパルス信号の波形は、抗体修飾粒子が単独で細孔を通過したときのパルス信号よりも、そのピーク電流値が大きくなる。大きな粒子が細孔を通過する際には、小さな粒子の通過時にくらべて、細孔を流れるイオン電流がより大きく妨げられるためである。たとえば
図4(c)において、凝集塊451、粒子452および凝集塊453の細孔140通過のパルス信号は各々461、462および463である。単独粒子452より凝集塊451のパルス波形のピーク電流値が大きく、さらに凝集塊453のパルス波形のピーク電流値が一段と大きいのはこのためである。したがって
図4(c)のような対象抗原濃度においては、たとえばピーク電流値というパルス特徴量を解析対処とすることで、計測対象試料中の抗体修飾粒子の凝集状態を推定し、さらにそこから計測対象試料中の対象抗原の有無や濃度を推定することができる。
【0037】
以上のとおり、本発明では抗体修飾ビーズに対する抗原である対象タンパク質の付着(
図4)、または対象タンパク質を介した抗体結合ビーズ同士の凝集の状態を、
図1に示したセンサによって観測する。しかし現実の試料では、抗原の抗体への結合は確率的現象であり、かつ抗原抗体反応に依らないビーズ同士の非特異吸着も起こる。このため計測対象試料中では一般に、対象タンパク質の付着しない単独抗体修飾ビーズや付着した単独抗体修飾ビーズ、さらには一部非特異吸着等により凝集したビーズが混合して存在する。また、
図1のようなセンサでの粒子細孔通過によるパルス波形は、同一粒子起因であっても統計的な分布が存在する。たとえば、粒子が細孔の中心を通過した場合と、端を通過した場合では、そのパルス波形の形状は異なる。
【0038】
たとえば
図5は、前立腺特異抗原(PSA)を定量対象タンパク質(対象抗原)とし、抗PSA抗体を修飾した200nm径のラテックスビーズを用い、
図1のセンサによって
図2に例示したようなパルス信号を計測した結果である。横軸501にパルス幅(
図3に示すパルス特徴量a)、縦軸502にピーク電流値(パルス特徴量b)をとり、1パルスを1点としてプロットした。また、NTC(No Template Control)のプロット511はPSAが含まれない計測対象試料、300fgのプロット512はPSAが300fg/mLの濃度で含まれている計測対象試料であり、以下3pg、30pg、300pgのプロットも同様である。一般に、より大きな凝集塊が細孔を通過した場合には、単独のビーズが細孔を通過した場合にくらべて、パルスピーク電流、パルス高さともに大きくなる。
図5を見ると、全体として、計測対象タンパク質であるPSA濃度が高いほうがパルス高さ、パルス幅ともに大きくなる傾向はあるものの、たとえばパルス高さ15nA以上となる領域においても、NTCのプロット590もあれば、300pg/mLのプロット580もある。NTCの計測対象試料には、PSAは含まれないため、プロット590のようなパルスはビーズ同士の非特異吸着、あるいは抗体修飾粒子の細孔通過経路のバラツキにより変化し、一定の統計的な分布を持つことになる。このため、特許文献4に開示されているように、1つのパルスについてたとえば
図3に例示するような複数のパルス特徴量を解析したとしても、それが試料から得られる複数のパルス波形の傾向を反映しているとは限らない。
【0039】
図1のようなセンサを利用して、粒子の細孔通過によるパルス波形の特徴を訓練データとして、AIを訓練することで粒子を分類分析する従来技術に係る方法は開示されている(特許文献4参照)。この従来の方法では、パルス1個ずつのたとえば
図3に示すようなパルス波形の形状の特徴でAIを訓練する。しかし
図5のように同じ教師ラベルを付す複数のパルスの形状が大きくばらつくような現象を訓練させると、その性能が大きく低下するという課題が解決できなかった。
【0040】
そこで本発明では、1つの計測対象試料より複数のパルス波形を計測する。1つの計測対象試料より得られる複数のパルス波形を1つのパルス波形群という。また、
図3に例示したように、1つのパルスの形状の特徴を表現するパルス特徴量の他に、1つのパルス波形群内におけるパルス特徴量の分布を表現する特徴量を、分布特徴量という。
【0041】
図6は、PSAが含まれない計測対象試料NTCから順次、300fg/mL、3pg/mL、30pg/mL、300pg/mLおよび3ng/mLのPSAが含まれる計測対象試料を、本発明による方法で計測したときの、パルス波形特徴量b(ピーク電流)の度数分布(
図6中の610乃至615)である。1mLあたりのPSA濃度の変化に対して、パルス特徴量であるピーク電流bの分布には変化が観察されるので、これを利用して対象抗原であるPSAの定量が可能なことがわかる。30pg/mLよりPSA濃度が高い計測においては、5nA以上の大きなピーク電流bのパルス600が出現し、PSA濃度が高いほどその数が増える。これは、
図4(c)に示すような抗体修飾粒子同士の凝集塊が生成されていることを反映している。
図6は、対象抗原濃度が既知である既知試料の計測結果であり、本発明ではこのような既知試料の計測データを以下の方法でAI訓練の教師データとして利用する。
図6は、対象抗原濃度が既知である既知試料の計測結果であったが、本発明では、対象抗原の有無が既知である既知試料、微生物の濃度が既知である既知試料、微生物の有無が既知である既知試料を使ってAIを訓練してもよい。
【0042】
パルス波形群ごとに、
図6に例示したようなパルス特徴量の分布について、その特徴を表現する分布特徴量を計算することができる。
図7に、パルス特徴量bについての分布特徴量を例示する。パルス特徴量bの平均μ
b710、モードm
b711、標準偏差σ
b712などがその例である。またパルス波形群内のパルス数n713も分布特徴量である。この他ヒストグラムの形状の特徴を表す分布特徴量714乃至717などもパルス特徴量bの分布特徴量の例である。本発明における分布特徴量は、
図7に限定されず、パルス特徴量の分布の特徴を表す量であれば、どのようなものでもよい。また、
図7はパルス特徴量bの分布特徴量を例示したが、各パルス特徴量について、各々さまざま分布特徴量を定義することができる。本発明では、分布特徴量、または分布特徴量とパルス特徴量の両方を利用して、AIモデルの訓練を行うことができる。
【0043】
本発明において訓練するAIアルゴリズムの種類はどのようなものであってもよい。たとえば、サポートベクターマシン、線形識別変換、k近傍法、決定木やこれらのアンサンブル学習、あるいは各種の深層学習、再帰型アルゴリズム、ボルツマンマシンなどであってよいが、これらに限定されない。未知試料中に対象抗原や対象微生物が含まれるか否かを調べる場合は、2値を出力とする分類アルゴリズム等を用いてもよい。また定量を行う場合は、連続量を出力とする回帰アルゴリズム等を用いてもよい。また、対象抗原や対象微生物の種類を特定する場合は、種類の数の多値分類結果を出力するAIアルゴリズムを用いてもよい。
【0044】
図8を使って、本発明によるパルス特徴量と分布特徴量を使ったAI訓練を説明する。AI訓練対象の教師データとして、試料1から試料mまでのm回の計測を行ったとする。各々の試料について、n
i(iは試料番号)個のパルス波形を計測する。たとえば
図8(a)では、試料1の計測結果810の各パルスについてのパルス特徴量の例としてパルス幅a
11(811)乃至a
1n1(812)というn1個のパルス特徴量a
1j(jはパルス番号)が得られる。これらの平均が試料1におけるパルス幅aというパルス特徴量の平均という分布特徴量μ
a1(814)となる。同様にすべての計測について、パルス幅aの平均という分布特徴量μ
ai(iは試料番号)がm個作れる。本発明では、たとえばこれらの分布特徴量μ
aiを訓練データとし、また試料iの対象抗原濃度、対象抗原の有無、微生物の有無、微生物の濃度などを正解ラベルとしてAIモデルを訓練できる。またたとえば、
図8(b)の一例では、試料iの計測データより、パルス特徴量であるピーク電流b
ijより、パルス波形群内の標準偏差σ
biという分布特徴量を計算する方法を模式的に表している。同様にこのb
ij訓練データとし、試料iの対象抗原濃度、対象抗原の有無、微生物の有無、微生物の濃度などを正解ラベルとしてAIモデルを訓練することができる。
【0045】
図9は、
図6に示したパルス特徴量b(パルスピーク電流)の分布特徴量の、PSA濃度依存性を示す。
図9(a)は、パルス特徴量bの平均であり、910乃至915は各々
図6の610乃至615に示すパルス特徴量の分布を表す分布特徴量μ
bである。
図9(b)に分布特徴量の他の一例を示す。これはパルス特徴量の分布につき、次式で表される尖度qであり、920乃至925は各々
図6の610乃至615の分布特徴量q
bである。
【0046】
【数2】
ここでnはパルス数、jはパルス群番号、iはパルス群j内におけるパルス番号、n
jはパルス群j内のパルス総数である。すなわち、分布特徴量q
bjは、パルス群j内のパルス特徴量bの分布の尖度を表す。
図9をみると、これらの分布特徴量は、PSA濃度をよく反映しており、これらの分布特徴量を教師データ、PSA濃度を教師ラベルとしてAIを訓練することで、高い精度でのPSA定量が可能になることがわかる。本発明では、たとえばこのμ
bとq
bのように、複数の分布特徴量を教師データとしてAIモデルを訓練することができる。このため、1つの分布特徴量では反映できない既知試料の性質をより正しくAIモデルに反映させることができる。
図9の一例は、ピーク電流bという1つのパルス波形特徴量から複数の分布特徴量を導いたが、たとえばパルス幅aからも複数の分布特徴量を計算することができる。本発明では、複数種類のパルス波形特徴量の各々から複数種類の分布特徴量を計算して、これらを教師データとしてAIを訓練してよい。
【0047】
図10には、
図6に例示した計測について、1パルス群あたりのパルス数n1002の、PSA濃度1001依存性を表す。プロット1010乃至1014は各々、
図6の610乃至614に相当する。パルス数は、
図6に示した各度数分布の総和であるので、パルス数nも分布特徴量の1つであり、
図7の分布特徴量n713として例示した。この分布特徴量nもやはり、粒子の凝集状態を反映していることがわかる。
【0048】
分布特徴量は、パルスの特徴の数と分布の特徴の数の組み合わせと、パルス波形群の数の積だけ作成可能である。本発明では、これのような分布特徴量から計測対象試料の抗体修飾ビーズの状態を最もよく表すものを利用して、計測対象試料中の対象抗原質の検出や定量、対象微生物の検出や定量を行う。
【0049】
これまで、本発明の実施形態の一例として、
図4のように対象抗原による抗体修飾粒子の表面状態または抗体修飾粒子同士の凝集状態を、本発明による方法で計測しさらにデータ解析する方法を説明した。本発明の他の実施形態の例として、分布特徴量に応じて複数の訓練済AIモデルで検出や定量を行ってもよい。
図4(b)の例では、対象抗原濃度が小さい場合には、抗体修飾粒子表面への対象抗原の付着状態をパルス波形441乃至443に読み出す。一方、
図4(c)の例では、対象抗原濃度が大きい場合は、抗体修飾粒子の凝集状態をパルス波形461乃至463に読み出す。これらは(b)が抗体修飾粒子への抗原付着、(c)は抗体修飾粒子同士の凝集と、訓練対象とする現象が異なるので、
図4(b)、
図4(c)は各々異なるAIモデルを訓練する方が、良い性能が期待できる。
【0050】
たとえば、
図9(b)に示したピーク電流尖度q
bは、NTCからPSA濃度30pg/mL(920乃至923)のPSA濃度とは負の相関があり、
図4(b)のように対象抗原が希薄な状態における対象抗原濃度の推定に適した分布特徴量である。しかしこのq
bは、300pg/mLから3ng/mL(924および925)のPSA濃度とは負の相関がなく、
図4(c)のような状態における対象抗原濃度の推定には適さない。一方、
図11に示す別の分布特徴量であるピーク電流4.5nA以上のパルス数比率r
bでは、30pg/mLから3ng/mL(1113乃至1115)は、PSA濃度とは正の相関があり、
図4(c)の対象抗原濃度領域では上記q
bに比べて、対象抗原濃度の推定に適した分布特徴量であることがわかる。
【0051】
そこで本発明の一例では、
図10に示す分布特徴量nを、AI訓練における分岐に使う。このような分岐条件とする分布特徴量を分岐分布特徴量という。ここでは、分布特徴量nが分岐分布特徴量であり、また数n=500を分岐条件1050とする。この一例では、n<500となるパルス波形群1051を、
図4(a)および(b)で表される領域として第1AIの訓練に使う。第1AIは、教師ラベルである対象抗原濃度に対して、分布特徴量q
b903により大きな重みを持ったモデルで訓練されるだろう。一方n≧500となるパルス波形群1052を、図(c)で表される領域として第2AIの訓練に使う。第2AIでは、教師ラベルである対象抗原濃度に対して、分布特徴量r
b1102により大きな重みを持ったモデルで訓練をするだろう。未知試料の定量においては分布特徴量nが、n<500の場合は第1AIに分布特徴量を入力して、対象抗原濃度の推定値を出力させる。またn≧500の場合には第2AIに分布特徴量を入力して、対象抗原の推定値を出力させる。本発明では、このように訓練の対象とする粒子の状態の違いを、分布特徴量によって分け、複数のAIモデルを訓練することで、より高い性能を提供できる。
図4の例のように、対象抗原濃度などの変化に対して、粒子状態が質的に変化する場合、分岐境界を設定して複数のAIを訓練する本実施形態は有効である。この例では、分岐条件は1つの分岐特徴量を使ったが、複数の分布特徴量を分岐条件に使ってよい。またこの例では分岐条件は分岐分布特徴量nを境に2つの領域に分けたが、分岐条件は検出や定量の成績が向上するような論理で構成されていてもよい。さらに本発明では、AI訓練時の分岐条件として、既知抗原濃度を利用し、定量時の分岐条件として分岐分布特徴量を用いてもよい。
【0052】
このような複数のAIモデルを訓練する本発明の一実施形態について、
図12で説明する。
図12(a)が定量のためのAI訓練である。まず、抗原濃度がわかっている既知試料と対象抗原に結合する抗体を修飾した粒子および電解液とを含んだ既知計測対象試料を作成する(ステップS1201)。次にこれを
図1に例示したようなセンサで計測し、複数のパルスからなる既知パルス波形群を計測する(ステップS1202)。その既知パルス波形群内の各パルス波形の既知パルス特徴量を計算する(ステップS1203)。次に、その既知パルス特徴量から既知分布特徴量を計算する(ステップS1204)。この定量の一例では、既知パルス特徴量は何種類使ってもよく、また複数の各々の既知パルス特徴量から何種類の分布特徴量を計算してもよい。計算した既知分布特徴量のうちで、上記AI学習の分岐に使う分布特徴量(以下分岐分布特徴量という)を決める。分岐分布特徴量は、既知分布特徴量の中のどれを、いくつ使ってもよい。またAI訓練に使わない分布特徴量を分岐分布特徴量とすることもできる。これらステップS1201乃至S1204を、教師データとして訓練に使う試料すべてについて行う。上の例では、分岐分布特徴量をnとした。1試料(たとえば
図8の試料番号m899)に対して、複数の(たとえば
図8のパルス数n
m898)パルス波形からなるパルス波形群と、1つ以上の分布特徴量(たとえば
図8のμ
am894やσ
bm896)が取得できる。
【0053】
教師データとする試料を計測し、各々のパルス波形群について既知分布特徴量と分岐分布特徴量を計算(ステップS1205)の後、分岐特徴量が分岐境界以上のパルス分布特徴量と分岐境界以下である分布特徴量にわける(ステップ1206)。前者の既知分布特徴量を教師データ、それに対応する既知抗原濃度を教師ラベルとして第1AIモデルを訓練(ステップS1207)する。また後者の既知分布特徴量を教師データ、それに対応する既知抗原濃度を教師ラベルとして第2AIモデルを訓練する(ステップS1207)。
【0054】
このように第1および第2の2つのAIモデルを訓練した後、本発明では未知試料の対象抗原定量を、たとえば
図12(b)のような方法で行う。まず、抗原濃度が不明な未知試料と対象抗原に結合する抗体を修飾した粒子および第1の電解液とを含んだ未知計測対象試料を作成する(ステップS1221)。次にこれを
図1に例示したようなセンサで計測し、複数のパルスからなる、未知パルス波形群を計測する(ステップS1222)。その未知パルス波形群内の各パルス波形の未知パルス特徴量を計算する(ステップS1223)。次に、その未知パルス特徴量から未知分布特徴量と分岐特徴量を計算する(ステップS1224)。そして、分岐分布特徴量を用いてこの未知試料の定量に使う訓練済AIとして、第1または第2のどちらを利用するかを選択する(ステップS1225)。そして未知分布特徴量を選択した訓練済AIに入力して、この未知試料の抗原濃度推定結果を出力する。
【0055】
本発明のこの実施形態においては、粒子の細孔通過の様態が、抗原濃度等によって質的に変化する現象に対して、各々の様態にあわせた異なるAIモデルを個別に訓練することにより、より高い精度のAI訓練が可能となる。
【0056】
図5、6、9、10および11の例では、抗体修飾粒子が細孔を通過する際のパルス波形を本発明によるデータ解析方法の対象として説明したが、本発明では細菌粒子、ウイルス粒子、細胞外小胞体などの生体粒子の細孔通過パルス波形について、同様の方法で解析してもよい。
【0057】
以上説明してきた本発明に係る方法は、プロセッサ(単数のプロセッサでもマルチコアプロセッサでもよく、またマイクロプロセッサも含んでよい)を有するコンピュータ装置・端末により実施可能である。そうしたコンピュータ装置は、
図1のセンサ100等のセンサと一体化した装置であってもよい。あるいは、そうしたセンサとネットワーク(有線、無線を問わず、例えばインターネット、専用閉域網、LAN等であってよい)を介して動作可能に接続するコンピュータ装置であってもよい。
【0058】
本発明に関して使用できるコンピュータ装置の形態は任意であり、例えばワークステーション、タブレット、スマートフォン等であってよい。
【0059】
本発明の或る実施形態においては、コンピュータにより可読であるプログラムを提供でき、当該プログラムをプロセッサが実行することで、上述した方法が含む任意の工程を実施するようにできる。
【実施例0060】
本発明の効果の一例を実証するため、対象抗原をインフルエンザNタンパク質として、下記の実験を行った。まず、表面を抗インフルエンザNタンパク質抗体で修飾した80nmのポリスチレンビーズを分散した電解液に、対象抗原を含まない試料を混和およびインキュベートした陰性試料と、対象抗原を20ng/mLの濃度で含む試料を混和およびインキュベートした陽性試料を、各々50試料作成した上、上述した方法で各々計測してAIを訓練した。
図13は、訓練済AIの性能を交差検定によって評価するための混同行列である。縦1311および1321が既知試料の陽陰性の真値、横1312および1322が訓練済AIが陽陰性を推定したAI出力である。右下がりの対角線が正解数である。
図13(a)は従来の方法により、パルス特徴量を教師データとして訓練した訓練済AIモデルの性能を示し、また(b)は本発明の方法により、分布特徴量を教師データとして訓練した訓練済AIモデルの性能を示している。従来の方法のF値は0.770であったのに対し、分布特徴量を教師データとした本発明の方法ではF値が0.920と、その性能が大きく向上していることがわかる。