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特開2024-2662タンパク質の検出および定量のための方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002662
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】タンパク質の検出および定量のための方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/543 20060101AFI20231228BHJP
   G01N 27/00 20060101ALI20231228BHJP
【FI】
G01N33/543 521
G01N27/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022101993
(22)【出願日】2022-06-24
(71)【出願人】
【識別番号】518437671
【氏名又は名称】アイポア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】直野 典彦
(72)【発明者】
【氏名】坂本 修
(72)【発明者】
【氏名】武居 弘泰
【テーマコード(参考)】
2G060
【Fターム(参考)】
2G060AA05
2G060AA15
2G060AA19
2G060AD06
2G060AE20
2G060AF20
2G060AG03
2G060AG11
2G060FA10
2G060FA17
2G060HC10
2G060KA10
(57)【要約】      (修正有)
【課題】高感度、安価、迅速、かつ簡便にタンパク質(又は抗体)の検出や定量を行うことができる手段の提供。
【解決手段】粒子表面に前記抗原と特異的に結合する抗体を付着させた抗体修飾粒子、又は粒子表面に前記抗体と特異的に結合する抗原を付着させた抗原修飾粒子と、第1の電解液と、前記抗原若しくは前記抗体の濃度が既知である既知試料と、を混和させ、第2の電解液を前記第1のセンサの有する前記2つのチャンバの他方に充填して細孔を通じて前記2つのチャンバを電気的に導通させ、前記2つのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、生じるイオン電流の過渡変化を、下限頻度以上の既知パルス頻度で計測される複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測し、既知試料における前記抗原若しくは前記抗体の濃度との相関モデルを作成し、抗原若しくは前記抗体の濃度を推定することを特徴とする方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサを用いて抗原又は抗体を定量する方法であって、
粒子表面に前記抗原と特異的に結合する抗体を付着させた抗体修飾粒子、又は粒子表面に前記抗体と特異的に結合する抗原を付着させた抗原修飾粒子と、
第1の電解液と、
前記抗原若しくは前記抗体の濃度が既知である既知試料と、を混和することで、
前記抗原若しくは前記抗体が第1濃度、かつ前記抗体修飾粒子若しくは前記抗原修飾粒子が第2濃度で、各々含まれる既知計測対象試料を作成し、
前記既知計測対象試料を第1のセンサの有する2つのチャンバのうちの一方に充填し、
第2の電解液を前記第1のセンサの有する前記2つのチャンバの他方に充填して細孔を通じて前記2つのチャンバを電気的に導通させ、
前記2つのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、当該電極の間に前記細孔を経由してイオン電流を流した状態で生じるイオン電流の過渡変化を、下限頻度以上の既知パルス頻度で計測される複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測し、
前記既知パルス波形の形状を表現する既知パルス波形特徴量、または前記既知パルス波形特徴量の前記既知パルス波形群内における分布の特徴を表現する既知分布特徴量と、前記既知試料における前記抗原若しくは前記抗体の濃度との相関モデルを作成し、
前記相関モデルを用いて、前記抗原若しくは前記抗体の濃度の、前記既知パルス波形特徴量若しくは前記既知分布特徴量に対する変化量が所定の閾値を超える値を定め、当該値を凝集加速濃度と定義し、
前記相関モデル及び前記凝集加速濃度を用いることで、未知試料が含む前記抗原若しくは前記抗体の濃度を推定することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記相関モデル及び前記凝集加速濃度を用いて、未知試料が含む前記抗原若しくは前記抗体の濃度を推定することが、
前記抗体修飾粒子若しくは前記抗原修飾粒子と、
前記第1の電解液と、
前記未知試料と、を混和して、
前記抗体修飾粒子若しくは前記抗原修飾粒子が前記第2濃度で含まれる未知計測対象試料を作成し、
前記未知計測対象試料を第2のセンサの有する前記2つのチャンバのうちの一方に充填し、
前記第2の電解液を前記第2のセンサの有する前記2つのチャンバの他方に充填して細孔を通じて前記2つのチャンバを電気的に導通させ、
前記2つのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、当該電極の間に前記細孔を経由してイオン電流を流した状態で生じるイオン電流の過渡変化を、下限頻度以上の未知パルス頻度で計測される複数の未知パルス波形から成る未知パルス波形群として計測し、
前記未知パルス波形の形状を表現する未知パルス波形特徴量、または前記未知パルス波形特徴量の前記未知パルス波形群内における分布の特徴を表現する未知分布特徴量と、前記相関モデルを比較することで前記未知試料の抗原若しくは抗体の濃度を推定すること
を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記凝集加速濃度が前記第1濃度より低くなるように、前記第2濃度を設定することを特徴とする請求項1乃至請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記未知パルス頻度の前記下限頻度が2個/分である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記凝集加速濃度は、
前記凝集加速濃度における基準パルス波形特徴量と、前記凝集加速濃度の10倍の抗原濃度若しくは抗体濃度における前記基準パルス波形特徴量との差が、
前記凝集加速濃度における前記基準パルス波形特徴量と、前記凝集加速濃度の1/10倍の抗原濃度若しくは抗体濃度における前記基準パルス波形特徴量との差の2倍以上であるように、
前記凝集加速濃度を決定することを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記凝集加速濃度は、
前記凝集加速濃度における分布特徴量と、前記凝集加速濃度の10倍の抗原濃度若しくは抗体濃度における基準分布特徴量との第1の差が、
前記凝集加速濃度における分布特徴量と、前記凝集加速濃度の1/10倍の抗原濃度若しくは抗体濃度における前記基準分布特徴量との第2の差の、2倍以上であるように、
前記凝集加速濃度を決定することを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項7】
前記第1の電解液と前記第2の電解液は、その組成が異なることを特徴とする請求項2記載の方法。
【請求項8】
前記第1のセンサと前記第2のセンサが物理的に同一のセンサである、請求項2記載の方法。
【請求項9】
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサとネットワークを介して接続されるように構成されたプロセッサを有するコンピュータにおいて、前記プロセッサが実行することで下記工程を実施するように構成されたコンピュータ可読命令を含むプログラムであって、
粒子表面に抗原と特異的に結合する抗体を付着させた抗体修飾粒子、又は粒子表面に抗体と特異的に結合する抗原を付着させた抗原修飾粒子と、
第1の電解液と、
前記抗原若しくは前記抗体の濃度が既知である既知試料と、を混和することで、
前記抗原若しくは前記抗体が第1濃度、かつ前記抗体修飾粒子若しくは前記抗原修飾粒子が第2濃度で、各々含まれる既知計測対象試料を作成する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知計測対象試料を第1のセンサの有する2つのチャンバのうちの一方に充填する工程と、
前記プロセッサにより、第2の電解液を前記第1のセンサの有する前記2つのチャンバの他方に充填して細孔を通じて前記2つのチャンバを電気的に導通させる工程と、
前記プロセッサにより、前記2つのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、当該電極の間に前記細孔を経由してイオン電流を流した状態で生じるイオン電流の過渡変化を、下限頻度以上の既知パルス頻度で計測される複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形の形状を表現する既知パルス波形特徴量、または前記既知パルス波形特徴量の前記既知パルス波形群内における分布の特徴を表現する既知分布特徴量と、前記既知試料における前記抗原若しくは前記抗体の濃度との相関モデルを作成する工程と、
前記プロセッサにより、前記相関モデルを用いて、前記抗原若しくは前記抗体の濃度の、前記既知パルス波形特徴量若しくは前記既知分布特徴量に対する変化量が所定の閾値を超える値を定め、当該値を凝集加速濃度と定義する工程と、
前記プロセッサにより、前記相関モデル及び前記凝集加速濃度を用いることで、未知試料が含む前記抗原若しくは前記抗体の濃度を推定する工程と
を含むことを特徴とする、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に含まれるタンパク質の検出および定量を行うための方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は生体を構成する基本要素であるため、その検出や定量は、生体に係る研究の基本的な手段である。また、各種タンパク質の検出や定量は様々な疾病の臨床検査に広く用いられている。
【0003】
臨床検査に用いられる方法には、検出や定量対象のタンパク質を抗原とし、これと特異的に結合する抗体で表面を修飾した計測用粒子同士が、抗原を介して結合し凝集する現象を利用した、所謂イムノアッセイが広く用いられている。このような抗体修飾粒子の凝集を観測する方法にはさまざまな方法がある。たとえば、凝集現象による光の吸収や反射の変化を計測する比濁法、吸光度法、イムノクロマトグラフィ、あるいは抗体や抗原を化学発光物質で標識して吸光度や発光を計測するELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assey)、CLEIA(Chemiluminescent Enzyme Immunoassay)、CLIA(Chemiluminescent Immunoassay)などが広く使われている。
【0004】
これらのうちで、比濁法、吸光度法、イムノクロマトグラフィなどは、検査手順が簡便でありかつコストも低い一方で、感度が低く抗原濃度が高い被験試料の検査に用途が限定される。一方ELISA、CLEIAやCLIAは、上記の粒子凝集を観測する方法に比べると一般に高感度であるものの、検査手順が複雑であり、高価な装置や試薬を必要とするという問題があり、高感度と低コストの両立は困難であった。
【0005】
このような中、電解液中のナノサイズの粒子を電気泳動で駆動し、かかる粒子の大きさに近い細孔を通過する際の、電気抵抗の過渡変化を観測する、所謂細孔電気抵抗法(特許文献1)、計測対象のタンパク質を直接計測することで、上記高感度と低コストの両立を図るという技術が提案されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第9726636号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Yusko, Erik C., et al. "Real-time shape approximation and fingerprinting of single proteins using a nanopore." Nature nanotechnology 12.4 (2017): 360-367.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
比濁法、吸光度法、イムノクロマトグラフィのような、抗体修飾粒子の凝集を光で観測する技術の問題は低感度であった。一方、ELISAやCLEIAなどのように化学発光を利用する技術の問題は高いコストと複雑な処理であった。従来の技術では、高感度と安価迅速な検査を両立することができなかった。
【0009】
一方たとえば、新たな技術として提案されている細孔電気抵抗によってタンパク質を計測する方法の実用化には大きな課題が残っている。非特許文献1にあるとおり、タンパク質の検出や定量を行うことは原理的には可能だが、臨床検査等への応用という観点からは以下3つの課題がある。
【0010】
第1の問題は、細孔デバイスを安価・大量に提供することが困難な点である。たとえば60kDaで比重を1.2g/cm3とすれば、球形で近似する場合その直径はおよそ5.4nmとなる。細孔電気抵抗法で、このような大きさの粒子を計測するためには、その細孔の直径は大きくとも30nmから10nmであることが必要である。たとえば特許文献1のように半導体集積回路用のフォトリソグラフィー技術を用いて、このような大きさの細孔デバイスを大量に製造しようとしても、一般的な露光技術は利用できず、電子線描画装置のような高価かつスループットの低い技術を使う必要がある。
【0011】
第2の問題は、生体試料には細孔を通過するさまざまな夾雑粒子が存在しており、対象のタンパク質のみの細孔通過信号を得ることが難しい点がある。
【0012】
第3の問題は、検出や定量の対象であるタンパク質のみを計測することができない点である。応用上計測が必要な生体試料中には無数の種類のタンパク質が含まれており、計測時にはこれらが非特異的に細孔を通過するため、検出や定量の対象であるタンパク質を特異的に計測することはできず、このため実用的な検出や定量は困難である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
細孔電気抵抗法は、光学的な方法では観測できないナノメートルオーダの粒子を直接観測することができ、なおかつ計測が簡便な手段である。このため、前記のような臨床検査への応用に関する課題を克服できれば、高感度で安価なタンパク質の検出や定量を実現できる。本発明では、非特許文献1のように検出または定量対象のタンパク質の細孔通過を直接計測せず、検出または定量対象のタンパク質を抗原とし、これに特異的に結合する抗体で検出用粒子の表面を修飾した抗体修飾粒子の細孔通過を計測する。このような抗体修飾同士は、抗原の存在やその量によって凝集状態が変化するため、その変化を細孔電気抵抗法で観測することで、抗原であるタンパク質の検出や定量を行うことができる。
【0014】
本発明の方法は、従来のタンパク質を直接計測する方法にくらべて、抗体修飾粒子の粒径、細孔の穴径、抗体修飾粒子の濃度などさまざまな最適化の余地が生まれる。たとえば前記第1の問題は、汎用のフォトリソグラフィー技術で細孔デバイスを製造できる300nm以上の穴径を選択して、回避することができる。また前記第2の問題は、生体試料を100kDa程度の細かいフィルタで濾過することで、計測対象のタンパク質以外の夾雑粒子を排除した後に計測することで回避できる。さらに第3の問題は、抗原抗体反応による特異性の高さによって検出や定量対象以外のタンパク質の影響を排除できる。
【0015】
しかしながらこれまで、このような技術における粒径、細孔の穴径、抗体修飾粒子の濃度、抗体修飾粒子基材、抗体修飾方法などの様々な最適条件は不明であり、上記問題はいずれも解決できていなかった。本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、特に重要な条件である計測対象の試料における抗体修飾粒子(又は抗原修飾粒子)の濃度の最適条件を見いだすことで、高感度、安価、迅速、かつ簡便にタンパク質(又は抗体)の検出や定量を行うことができる手段を提供する。すなわち本発明では下記の態様を提供できる。
【0016】
態様1.
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサを用いて抗原又は抗体を定量する方法であって、
粒子表面に前記抗原と特異的に結合する抗体を付着させた抗体修飾粒子、又は粒子表面に前記抗体と特異的に結合する抗原を付着させた抗原修飾粒子と、
第1の電解液と、
前記抗原若しくは前記抗体の濃度が既知である既知試料と、を混和することで、
前記抗原若しくは前記抗体が第1濃度、かつ前記抗体修飾粒子若しくは前記抗原修飾粒子が第2濃度で、各々含まれる既知計測対象試料を作成し、
前記既知計測対象試料を第1のセンサの有する2つのチャンバのうちの一方に充填し、
第2の電解液を前記第1のセンサの有する前記2つのチャンバの他方に充填して細孔を通じて前記2つのチャンバを電気的に導通させ、
前記2つのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、当該電極の間に前記細孔を経由してイオン電流を流した状態で生じるイオン電流の過渡変化を、下限頻度以上の既知パルス頻度で計測される複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測し、
前記既知パルス波形の形状を表現する既知パルス波形特徴量、または前記既知パルス波形特徴量の前記既知パルス波形群内における分布の特徴を表現する既知分布特徴量と、前記既知試料における前記抗原若しくは前記抗体の濃度との相関モデルを作成し、
前記相関モデルを用いて、前記抗原若しくは前記抗体の濃度の、前記既知パルス波形特徴量若しくは前記既知分布特徴量に対する変化量が所定の閾値を超える値を定め、当該値を凝集加速濃度と定義し、
前記相関モデル及び前記凝集加速濃度を用いることで、未知試料が含む前記抗原若しくは前記抗体の濃度を推定することを特徴とする方法。
【0017】
態様2.
前記相関モデル及び前記凝集加速濃度を用いて、未知試料が含む前記抗原若しくは前記抗体の濃度を推定することが、
前記抗体修飾粒子若しくは前記抗原修飾粒子と、
前記第1の電解液と、
前記未知試料と、を混和して、
前記抗体修飾粒子若しくは前記抗原修飾粒子が前記第2濃度で含まれる未知計測対象試料を作成し、
前記未知計測対象試料を第2のセンサの有する前記2つのチャンバのうちの一方に充填し、
前記第2の電解液を前記第2のセンサの有する前記2つのチャンバの他方に充填して細孔を通じて前記2つのチャンバを電気的に導通させ、
前記2つのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、当該電極の間に前記細孔を経由してイオン電流を流した状態で生じるイオン電流の過渡変化を、下限頻度以上の未知パルス頻度で計測される複数の未知パルス波形から成る未知パルス波形群として計測し、
前記未知パルス波形の形状を表現する未知パルス波形特徴量、または前記未知パルス波形特徴量の前記未知パルス波形群内における分布の特徴を表現する未知分布特徴量と、前記相関モデルを比較することで前記未知試料の抗原若しくは抗体の濃度を推定すること
を含む、態様1記載の方法。
【0018】
態様3.
前記凝集加速濃度が前記第1濃度より低くなるように、前記第2濃度を設定することを特徴とする態様1又は2記載の方法。
【0019】
態様4.
前記未知パルス頻度の前記下限頻度が2個/分である、態様2又は3に記載の方法。
【0020】
態様5.
前記凝集加速濃度は、
前記凝集加速濃度における基準パルス波形特徴量と、前記凝集加速濃度の10倍の抗原濃度若しくは抗体濃度における前記基準パルス波形特徴量との差が、
前記凝集加速濃度における前記基準パルス波形特徴量と、前記凝集加速濃度の1/10倍の抗原濃度若しくは抗体濃度における前記基準パルス波形特徴量との差の2倍以上であるように、
前記凝集加速濃度を決定することを特徴とする態様1~4のいずれかに記載の方法。
【0021】
態様6.
前記凝集加速濃度は、
前記凝集加速濃度における分布特徴量と、前記凝集加速濃度の10倍の抗原濃度若しくは抗体濃度における基準分布特徴量との第1の差が、
前記凝集加速濃度における分布特徴量と、前記凝集加速濃度の1/10倍の抗原濃度若しくは抗体濃度における前記基準分布特徴量との第2の差の、2倍以上であるように、
前記凝集加速濃度を決定することを特徴とする態様1~5のいずれかに記載の方法。
【0022】
態様7.
前記第1の電解液と前記第2の電解液は、その組成が異なることを特徴とする態様2~6のいずれか記載の方法。
【0023】
態様8.
前記第1のセンサと前記第2のセンサが物理的に同一のセンサである、態様2~7のいずれかに記載の方法。
【0024】
態様9.
隔壁によって隔てられた2つのチャンバが細孔を通じて疎通し、前記2つのチャンバの各々の中に電極を有する構造のセンサとネットワークを介して接続されるように構成されたプロセッサを有するコンピュータにおいて、前記プロセッサが実行することで下記工程を実施するように構成されたコンピュータ可読命令を含むプログラムであって、
粒子表面に抗原と特異的に結合する抗体を付着させた抗体修飾粒子、又は粒子表面に抗体と特異的に結合する抗原を付着させた抗原修飾粒子と、
第1の電解液と、
前記抗原若しくは前記抗体の濃度が既知である既知試料と、を混和することで、
前記抗原若しくは前記抗体が第1濃度、かつ前記抗体修飾粒子若しくは前記抗原修飾粒子が第2濃度で、各々含まれる既知計測対象試料を作成する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知計測対象試料を第1のセンサの有する2つのチャンバのうちの一方に充填する工程と、
前記プロセッサにより、第2の電解液を前記第1のセンサの有する前記2つのチャンバの他方に充填して細孔を通じて前記2つのチャンバを電気的に導通させる工程と、
前記プロセッサにより、前記2つのチャンバが各々有する電極の間に電圧を印加して、当該電極の間に前記細孔を経由してイオン電流を流した状態で生じるイオン電流の過渡変化を、下限頻度以上の既知パルス頻度で計測される複数の既知パルス波形から成る既知パルス波形群として計測する工程と、
前記プロセッサにより、前記既知パルス波形の形状を表現する既知パルス波形特徴量、または前記既知パルス波形特徴量の前記既知パルス波形群内における分布の特徴を表現する既知分布特徴量と、前記既知試料における前記抗原若しくは前記抗体の濃度との相関モデルを作成する工程と、
前記プロセッサにより、前記相関モデルを用いて、前記抗原若しくは前記抗体の濃度の、前記既知パルス波形特徴量若しくは前記既知分布特徴量に対する変化量が所定の閾値を超える値を定め、当該値を凝集加速濃度と定義する工程と、
前記プロセッサにより、前記相関モデル及び前記凝集加速濃度を用いることで、未知試料が含む前記抗原若しくは前記抗体の濃度を推定する工程と
を含むことを特徴とする、プログラム。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、高感度、安価、迅速、かつ簡便にタンパク質(又は抗体)の検出や定量を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1a】本発明において利用するセンサの、デバイス構造の一例を示す。
図1b】パルス波形の計測に用いる細孔の電子顕微鏡画像を示す。
図2】イオン電流の過渡変化の例を示す。
図3a】対象抗原の有無や濃度が既知である既知試料を計測し、対象抗原の有無や濃度と、本発明による方法で得られるパルス信号の形状またはその分布の特徴との相関をモデル化する方法を説明するチャートである。
図3b】対象抗原の有無や濃度が不明な未知試料を計測して、前記モデルと比較することで、未知試料中の対象抗原の検出や定量を行う方法を説明するチャートである。
図4】計測対象試料でチャンバを充填した状態を模式的に表す。
図5】対象抗原の一例であるPSAの、有無および濃度ごとの既知試料計測結果である、パルス波形の特徴の分布を示す。
図6】2種類の対象抗原について、既知パルス頻度の対象抗原濃度を示す。
図7a】パルス波形1つの形状を表現する特徴量の例を示す。
図7b】1計測から得られるパルス波形群内の、1つの特徴量の度数分布について、そのヒストグラムの形状の特徴を表す特徴量の例を示す。
図8】インフルエンザNタンパク質の対象抗原濃度に対して1分あたりのパルス数およびピーク電流下限以上のパルス数比率をプロットした図である。
図9図8の例における、抗体修飾粒子濃度と凝集加速抗原濃度の関係をまとめた図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の或る実施形態では、生体試料中の抗原の検出や定量を行うことができる。また生体試料中の抗体の検出や定量を行うこともできる。前者の場合は、検出や定量の対象となる抗原(以下「対象抗原」という)と特異的に結合する抗体でその表面を修飾した抗体修飾粒子を用いる。後者の場合は検出や定量の対象となる抗体(以下「対象抗体」という)と特異的に結合する抗原でその表面を修飾した抗原修飾粒子を用いる。抗体修飾粒子を用いて対象抗原の検出または定量を行う場合、抗原修飾粒子を用いて対象抗体の検出または定量を行う場合、ともに本発明の手続きと原理は同様である。以下では記載を徒に長くしないようにするため、前者、すなわち抗体修飾粒子を使って対象抗原の検出または定量する例について説明する。
【0028】
また本発明の別の実施形態では、生体試料中の抗体の検出や定量を行うこともできる。すなわち、前段の説明および以下の説明の抗原を抗体、かつ抗体を抗原と読み替えることによって、この別の実施形態を理解することができるであろう。以下都度説明は繰り返さないが、本明細書中の各記載は、矛盾しないかぎりにおいて適宜上述の読み替えが可能であることに留意されたい。
【0029】
本発明では、検出や定量の対象となるタンパク質(以下、「対象抗原」または略して単に「抗原」ともいう)に特異的に結合する抗体でその表面を修飾した抗体修飾粒子が、対象抗原を介して結合する凝集状態を、従来のような光学的方法によらず、図1に示すようなセンサを用いて計測する。
【0030】
図1(a)に、本発明において利用するセンサの、デバイス構造の一例を示す。センサ100は2つのチャンバ110および120が、隔壁141によって隔てられ、かつ隔壁141に設けられた細孔140を経由して接続される断面構造を有している。2つのチャンバには各々電極112および122が設置される。導入口111より電解液に懸濁した粒子を含む試料を、チャンバ110に、導入口121より電解液をチャンバ120に導入し、電圧源152によって前記2つの電極に電圧を印加する。たとえば、電極112と電極122の間に電圧を印加すると、細孔を経由してイオン電流が流れる。なお本明細書においては、「チャンバ」とは試料液(電解液)を格納できる部分を指すものとする。また本明細書において電極は、チャンバ中の試料液が触れる(すなわち通電可能な)場所にあれば、「チャンバの中にある」と定義するものとする。また本明細書においてチャンバへの「充填」とは、必ずしもチャンバの容積を全て埋めるようにすることは意味せず、センサが機能する限りにおいて空隙が残るようにしてもよい。すなわち本明細書では「充填」を「注入」又は「導入」と互換して考えてもよい。なお本明細書では、試料自体が液体である場合、それを一種の電解液と考えてもよい。図1(b)には、以下の実験でパルス波形の計測に用いた細孔140の電子顕微鏡画像を示す。細孔の直径は、計測対象である抗体修飾粒子の直径よりも大きいものを選択する。
【0031】
図1(a)のように、チャンバ110に存在する粒子が細孔140を通過する際に、イオン電流が一時的に妨げられ、粒子がチャンバ120に通過した後はもとに戻る。このため、粒子1個が細孔140を通過するたびに、図1の電極間に流れるイオン電流は図2に例示するようなパルス状の過渡変化を呈する。図1の例では、これを電流計151で計測する。図2に示す例では、パルス信号は時刻201ごとの電流値202である。別の実施形態では縦軸202は電圧値であってもよい。ベースラインは、パルスがないときの電流値(ノイズが有る場合には或る期間の平均)、ピーク電流208はベースラインとパルス波形で最も電流現象が大きい電流値(ノイズが有る場合には或る期間の平均)との差である。
【0032】
図3で、本発明によって被検査物中の抗原を検出または定量する原理と手順の概要を説明する。本発明では、未知試料の計測の前に、図3(a)のように対象抗原の有無や濃度が既知である既知試料を計測し、対象抗原の有無や濃度と、本発明による方法で得られるパルス信号の形状またはその分布の特徴との相関をモデル化する。次に図3(b)のように、対象抗原の有無や濃度が不明な未知試料を計測して、前記モデルと比較することで、未知試料中の対象抗原の検出や定量を行う。本発明の好ましい実施形態においては、図3(a)のような既知計測試料の計測に用いるセンサと、図3(b)のような未知計測試料の計測に用いるセンサとは、物理的に別のセンサであってよい(例えば、製品型式としては同一だが物理的には別個のセンサであってもよく、あるいは別の製品型式のセンサを個別に用いるのであってもよい)。このようにすることで例えば、既知計測試料を用いたモデル化を行う場所/者と、そのモデル(のデータ)を使って未知計測試料の計測を行う場所/者とが、遠隔に在るものであっても本発明を好ましく実施することが可能となる。あるいは別の実施形態では、既知計測試料と未知計測試料の計測に物理的に同じセンサを用いたとしてもかまわない。なお本明細書では、既知の抗原濃度の対象抗原を含む既知試料と、当該対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含むものを「既知計測対象試料」と呼ぶことがある。また未知の抗原濃度の対象抗原を含む未知試料と、当該対象抗原に特異的に結合する抗体で表面を修飾した抗体修飾粒子とを含むものを「未知計測対象試料」と呼ぶことがある。これらの計測対象試料は、対象抗原と抗体の反応効率に応じて配合、調製可能である。これらの計測対象試料が、チャンバ間を電気的に導通させるための電解液を含むと解釈してもよい。両チャンバに注入される電解液はそれぞれ異なる組成であってもよいし、同じ組成であってもよい。なお電解液としては、本発明の適用の形態に応じて、当該技術分野で知られる任意のものを使用できる。
【0033】
図3(a)に示す方法ではまず、検出または定量対象の抗原(以下対象抗原という)と特異的に結合する抗体(以下対象抗体という)を、検出用粒子に修飾した抗体修飾粒子を作成する(ステップS301)。次に、この抗体修飾粒子、第1の電解液および、対象抗原の有無や濃度が既知である試料を混和する(ステップS302)。このときの混和済試料中には、対象抗原が第1濃度で、また抗体修飾粒子が第2濃度で含まれる状態とする。本発明ではこの第2濃度を、実用上検出や定量を求められる未知試料の抗原濃度に応じて、後述の条件に従い設定する。次に対象抗原が既知試料にある場合に抗体修飾粒子と結合するように、インキュベーションを行い、既知計測対象試料を作成する(ステップS303)。この既知計測対象試料中には、第1濃度の対象抗原と、第2濃度の抗体修飾粒子が含まれる。次に既知計測対象試料でセンサ100の片方のチャンバを充填し、第2の電解液で他方のチャンバを充填することで、電極112および電極122の間を電気的に導通させる(ステップS304)。その後センサの電極間に電圧を印加して、細孔140の粒子通過に伴い発生する、既知パルス頻度で計測される複数のパルス波形から成るパルス波形群を計測する(ステップS305)。そして既知である対象抗原の有無や濃度と、上記ステップS305で得られたパルス波形個々の形状を表現するパルス特徴量、あるいはパルス波形群内におけるパルス特徴量の分布との相関をモデル化する。このモデル化は、解析的な手法によってもよく、あるいはAIモデルを訓練することで実行してもよい。AIモデルの訓練は、パルス波形そのもの、パルス波形の特徴を表すパルス特徴量、パルス波形の特徴の分布の特徴を表す分布特徴量などを教師データとして、また既知である対象抗原の有無や濃度を教師ラベルとしてAIモデルを訓練する。AIモデルを利用する場合、そのアルゴリズムはたとえば、サポートベクターマシン、線形識別変換、k近傍法、決定木やこれらのアンサンブル学習、あるいは各種の深層学習、再帰型アルゴリズムなど、どのようなアルゴリズムを利用してもよい。図3(b)に示す方法で未知試料中に対象抗原が含まれるか否かを調べる場合は、有無を出力とする分類アルゴリズム等を用いる。また図3(b)の方法で対象抗原の定量を行う場合は、連続量を出力とする回帰アルゴリズム等を用いてよい。
【0034】
上記モデル化(またはAIの訓練)の後、図3(b)に例示するように対象抗原の有無や濃度が未知である未知試料の計測結果を前記モデル(または訓練済AI)と照らして、対象抗原の有無や濃度を推定する。ステップS311乃至S315の処理は図3(a)とおおむね同様であるが、ステップS312の試料混和おいては、対象抗原の濃度が未知であるため抗体修飾粒子を、ステップS302と同じ第2濃度としている。またステップS315では、未知パルス頻度で計測される複数のパルス波形からなるパルス波形群を計測する。ステップS301とS311は同じ抗体と同じ検出用粒子を利用し、また同じプロトコルで抗体修飾粒子を作成する。
【0035】
次に、本発明における対象抗原の検出または定量の原理を説明する。図4(a)乃至(c)は、計測対象試料でチャンバ110を充填した状態を模式的に表したものである。既知試料または未知試料に対象抗原が含まれていない場合は、図4(a)のように計測対象試料に対象抗体と結合した対象抗原は存在しない。この状態で電極112および122間に電圧を印加すると、計測対象試料中の抗体修飾粒子は、図4(a)のように、単独で細孔140を通過する。図4(a)の一例では、抗体修飾粒子411、412および413が細孔140を通過したパルス信号が各々421、422および423である。計測対象試料に対象抗原が含まれない場合、対象抗原を通じて抗体修飾粒子が結合することはない。このため、多くの抗体修飾粒子は単独で細孔を通過する。しかし、たとえば粒子419のように、一部は対象抗原を介しない非特異結合をすることがあり、結合した状態で細孔を通過する抗体修飾粒子が観測されることもある。
【0036】
計測対象試料に対象抗原が存在する場合は、たとえば、図4(b)および図4(c)のように対象抗原が抗体修飾粒子に結合した状態で、チャンバ110に充填される。図4(b)は、抗原が希薄な場合であり、抗体修飾粒子に対象抗原が結合しているものの、抗原濃度が高い図4(c)のように、対象抗原を介した、抗体修飾粒子同士の凝集はほとんど発生していない。
【0037】
図4(c)のように、対象抗原の濃度が高い場合、抗体修飾同士が対象抗原を介して凝集塊を形成する。これらが細孔を通過したときに生じるパルス信号の波形は、抗体修飾粒子が単独で細孔を通過したときのパルス信号よりも、そのピーク電流値が大きくなる。大きな粒子が細孔を通過する際には、小さな粒子の通過時にくらべて、細孔を流れるイオン電流がより大きく妨げられるためである。たとえば図4(c)において、凝集塊451、粒子452および凝集塊453の細孔140通過のパルス信号は各々461、462および463である。パルス信号のピーク電流値が、単独粒子452のそれより凝集塊451のそれの方が大きく、さらにこれらより凝集塊453のそれが大きいのはこのためである。
【0038】
本発明者らは、原理検証のための一例として、対象抗原をPSA(Prostate Specific Antigen)とし、疎水性相互作用によってラテックス製の検出用粒子に付着させた抗体修飾粒子を利用して、本発明による方法で実験および解析を行った。
【0039】
図5は、対象抗原の一例であるPSAの、有無および濃度ごとの既知試料計測結果である、パルス波形の特徴の分布について例示する。図5(a)は対象抗原濃度511ごとの、計測毎のパルス波形群内でのパルス波形のピーク電流の平均512である。NTC521は、計測対象試料に対象抗原が含まれない計測対象試料の結果を表す。図4(a)のように、ほとんどは抗体修飾ビーズ単体で細孔を通過している。同様に、計測毎のパルス波形群内のパルス数を図5(b)に示した。対象抗原が含まれない計測対象試料では、1計測あたりのパルス数は541のとおりであった。一方、対象抗原濃度が30pg/mL、300pg/mLになると、図3(c)のように凝集塊が形成され、図5(a)のとおりピーク電流値の平均が上昇523する。またこの対象抗原濃度では、凝集塊が多数形成される結果、単体の抗体修飾粒子が消費され、図5(b)のとおり1計測あたりのパルス数が減少543している。
【0040】
この結果から、さまざまな対象抗原PSA濃度とステップS301乃至S303の本発明によるプロトコルで作成した計測対象試料の場合、おおよそ10pg/mL以下のときには図4(b)の状態であり、またPSA濃度が10pg/mL以上のときには図4(c)の状態であると推測される。
【0041】
本発明者らは図5に相当する他の対象抗原についての実験結果を併せて、図4(a)の対象抗原のない状態からfg/mL、pg/mLと対象抗原濃度を順次高くした場合、一般に図4(c)の凝集の結果生じるパルス波形(たとえば461や463)の数が徐々に増えていくわけではないことを見いだした。すなわち、ある対象抗原濃度が閾値に達するまでは図4(b)のパルス波形441乃至443のように、パルス波形のピーク電流は対象抗原のない場合と比べてほとんど変化がない。この場合は、対象抗原濃度に応じて徐々に抗体修飾粒子に対象抗原が付着する量が増えるものと考えられる。一方、対象抗原濃度が閾値を超えると、図4(c)のように対象抗原を介した抗体修飾粒子同士の凝集が急速に進む。筆者らがステップS301で利用した、抗PSA抗体で表面修飾を施した抗体修飾粒子による前記実験では、この閾値は10pg/mL程度であった。発明者らが、さまざまな種類のタンパク質(抗原)について実験を行ったところ、図4(b)と図4(c)のような状態の閾値は、対象抗原、抗体修飾粒子および各々の濃度の組み合わせにより、pg/mLオーダからμg/mLオーダまで大きく変化することがわかった。一方、上記のようなある抗原濃度の閾値を境として凝集が急速に進む現象は共通であった。本明細書ではこの閾値を、凝集加速抗原濃度と呼ぶ。なお別の実施形態において同様に定義できる抗体濃度の閾値のことを、凝集加速抗体濃度と呼ぶ。また本明細書においては、凝集加速抗原濃度と凝集加速抗体濃度とを包括する概念として「凝集加速濃度」という用語も使うことがある。
【0042】
図6に一例として、2種類の対象抗原について、既知パルス頻度612の対象抗原濃度611を示す。図4(c)に示すような濃度範囲では急速な凝集により、抗体修飾粒子が消費される結果、パルス数が有意に減少する。A型インフルエンザウイルスのリコンビナントNタンパク質の計測結果631の場合、凝集加速抗原濃度632はおおよそ1ng/mLのオーダであると決定できる。これに対してPSAの計測結果621によれば、凝集加速抗原濃度は10pg/mLと求められる。
【0043】
図5に戻り、PSAの結果を例に、凝集加速抗原濃度以上の濃度域での、パルス波形分布の振る舞いを説明する。図5(a)では、後述する分布特徴量の一例であるピーク電流平均μb512は、凝集加速抗原濃度500より高い濃度領域523において、対象抗原が含まれないNTC521と比べて明らかに大きく、かつ対象抗原であるPSAの濃度と強い正の相関がある。同様に、図5(b)では、後述する分布特徴量の他の一例である既知パルス数頻度532も、凝集加速抗原濃度500より高い濃度領域543において、対象抗原が含まれていないNTC541と比べて明らかに小さく、かつ対象抗原であるPSA濃度と強い負の相関がある。これらの結果を合わせて利用すれば、凝集加速抗原濃度500以上の濃度領域における、既知である試料の対象抗原の有無や濃度と、パルス信号の形状およびその分布との関係をモデル化できる(ステップS306)。したがって、本発明による図5の一例では、この相関から10pg/mLを検出限界とする、PSAの検出手段または定量手段を提供可能である。すなわち本明細書では、「検出」は「定量」の一種であると考えてもよい。
【0044】
検出においては、図5に例示したようなデータから、パルス波形の形状や分布の特徴についての、凝集加速抗原濃度を求めた上で(ステップS306)、図3(b)に示した未知試料における対象抗原の検出(ステップS316)において、かかる閾値と比較することで未知試料の抗原の有無を推定する検出が行える。また定量においては、図5に例示したようなデータから、対象抗原とパルス波形の形状や分布の特徴との、たとえば相関計数を求め(ステップS306)、図3(b)に示した未知試料における対象抗原の検出(ステップS316)において、かかる相関係数をもとに、未知試料の抗原濃度推定値を計算することができる。
【0045】
図5では、ピーク電流平均μbおよびパルス数nというパルス波形の分布の特徴を利用して、凝集加速領域以上の対象抗原濃度において、対象抗原の検出または定量を行えることを示した。これは一例であって、本発明ではどのようなパルス波形の特徴やその分布の特徴を利用してもよい。図7(a)には、パルス波形1つの形状を表現する特徴量の例を示す。また、図7(b)には、1計測から得られるパルス波形群内の、1つの特徴量の度数分布について、そのヒストグラムの形状の特徴を表す特徴量の例を示す。前者をパルス波形特徴量、後者を分布特徴量と呼ぶ。図5に示したパルス波形ピーク電流平均μb512は、図7(a)のピーク電流値bというパルス波形特徴量を、1パルス波形群内のn個のパルスについて平均をとった分布特徴量μbに相当する。図5に示したパルス数nは、1パルス波形群内のパルス数nであった。図7(a)の縦軸は電流値であり、図7(b)の縦軸は度数である点に注意されたい。本発明で利用するパルス波形特徴量や分布特徴量はどのようなものをいくつ使ってもよく、またパルス波形特徴量と分布特徴量の組み合わせも任意である。パルス波形特徴量の種類をNとし、分布特徴量の種類をMとすると、本発明で用いることのできる分布特徴量はM×N種類となる。
【0046】
また検出のためには、図5に示した特徴量の例であるパルス波形のピーク電流平均およびパルス数にとどまらず、さまざまなパルス波形の特徴やその分布の特徴を教師データとし、対象抗原のあり/なしを教師ラベルとして、2値分類AIを訓練することで、対象抗原の有無を推定するAI検出器を作成することもできる(ステップS306)。さらに、図5に示した特徴量であるピーク電流平均よびパルス数にとどまらず、さまざまなパルス波形の特徴やその分布の特徴を教師データとし、対象抗原の濃度を教師ラベルとして、回帰AIや多値分類AIを訓練することで、対象抗原の有無を推定するAI定量器を作成することもできる(ステップS306)。そして、対象抗原の有無や濃度が未知である試料について図3(b)に示す手順によって、その有無や濃度を推定することができる。図5に示したPSAの結果は一例であり、上に述べた本発明の方法は、任意の抗原とこれに特異的に結合する抗体が存在する抗原は、すべて対象となりうる。
【0047】
次に、図3におけるステップS301乃至S303、およびステップS311乃至S313の計測前の処理について説明する。以下ではこれらの処理を総称して、計測前処理と呼ぶ。計測前処理への好ましい要求としては以下の2点が挙げられる。第1の要求は、用途に応じた上記凝集加速抗原濃度の適切な制御、第2の要求は、安定計測の実現である。
【0048】
計測前処理に対する第1の要求について説明する。臨床応用を前提とした場合、検出または定量するべき対象抗原の濃度領域は、対象抗原により大きく異なる。たとえば、前記図5の説明において、対象抗原の一例として示したPSAの前立腺癌検査における正常値は、4ng/mL以下とされる。一方で、代表的な炎症マーカであるCRP(C―Reactive Protein)の場合、その血中濃度正常値は3μg/mL以下である。このため、たとえばこれらのタンパク質を対象抗原とした検査手段を、図4(c)に示すような状態を利用して対象抗原の検出や定量を行う場合には、上記凝集加速抗原濃度を、臨床的な要求に合わせて適切に制御することが好ましい。
【0049】
第2の要求は、抗体修飾粒子またはその凝集体の安定した細孔通過を実現することである。計測前処理によって、対象抗原量に応じて図4(a)や(c)の各上図のような状態変化を実現したとしても、必ずしも同各下図のようなパルス波形を安定して検出できるとは限らない。たとえば、図5図6のような、パルス波形の特徴、ないしはその分布の特徴を解析するだけの数のパルスが、実用的な計測時間で取得できることが好ましい。図5(b)に示した例では、対象抗原であるPSA濃度553が300pg/mLではNTCに比べてパルス数が極端に小さくなっている。こうした場合には、PSA濃度553以上である対象抗原濃度域において、S306やS316にとって十分な数のパルス波形を得る計測時間の長さを最適化するために、試料と混和する抗体修飾粒子の濃度を調節することが好ましい。
【0050】
これら第1および第2の要求を満たすためには、対象抗原の種類や、臨床的要請ごとに、ステップS301乃至S303およびS311乃至S313における計測前処理を最適化することが好ましい。以下では上記第1および第2の要求を満たせるような計測前処理方法のうち、ステップS302およびS312において試料と混和する抗体修飾粒子の最適濃度の例について説明する。
【0051】
また図5とは異なる一例として、インフルエンザNタンパク質を対象抗原とし、計測用粒子に抗インフルエンザNタンパク質抗体を修飾した抗体修飾粒子を用い、本発明による方法でパルス波形を計測した結果に基づいて計測前処理をする方法について説明する。図8は、インフルエンザNタンパク質の対象抗原濃度に対して1分あたりのパルス数およびピーク電流下限以上のパルス数比率をプロットした図である。ここでは、既知計測対象試料中の対象抗原濃度が各々0g/mL(NTC)、2pg/mLから2μg/mLまで10倍ごとの濃度になるよう調製した。図8の横軸811および812にその濃度を示す。図8では、各々対象抗原濃度ごとに、7×109個/mL、7×108個/mLおよび7×107個/mLの、3種類の濃度(上記態様2で言うところの「第2濃度」)890の抗体修飾粒子を用いて、本発明による方法で計測を行った結果を示してある。図8(a)の縦軸812は1計測で得られるパルス波形群についての1分あたりの平均パルス数、図8(b)の縦軸822は1計測パルス波形群内のピーク電流値が0.7nA以上のパルス数比率rb/n(t>0.7nA)である。これは、図7に示すパルス数n714で分布特徴量rb717を除したものである。既述の通り、抗体修飾粒子同士の凝集が進むと、ピーク電流値が大きくなるので、このrb/nは、凝集した凝集塊を反映する分布特徴量と考えられる。
【0052】
図8に示す例では、抗体修飾粒子濃度(上記態様2で言うところの「第2濃度」)が109個/mLにあっては、計測対象試料中の対象抗原濃度がおおよそ10-7g/mL以上で、(a)分布特徴量nが大きく減少870し、また(b)分布特徴量rb/n比率は大きく上昇890する。この場合は、10-7g/mL以上の対象抗原濃度において、急速に抗体修飾粒子同士の凝集が進み、図4(c)の状態になると考えられる。すなわちこの例では、この対象抗原濃度閾値を凝集加速抗原濃度として定めることができる。また図7の例では、抗体修飾粒子濃度が109個/mLの場合に、凝集加速抗原濃度は10-7g/mL程度とすることができる。一方同様に、抗体修飾粒子濃度が108個/mLで計測前処理を行った場合は、計測対象試料中の対象抗原濃度がおおよそ10-10g/mL以上で、(a)パルス数が大きく減少860し、また(b)ピーク電流0.7nA以上のパルス数比率は大きく上昇880する。なお、図8(a)の縦軸は対数表示であることに注意されたい。
【0053】
図8の一例における抗体修飾粒子濃度(上記態様2で言うところの「第2濃度」)と凝集加速抗原濃度の関係を図9にまとめた。抗体修飾粒子濃度が109個/mLのときの凝集加速抗原濃度はおよそ10-7g/mL、抗体修飾粒子濃度が108個/mLのときの凝集加速抗原濃度はおよそ10-10g/mLとすることができる。たとえば、図8の濃度領域850の未知試料について、インフルエンザNタンパク質を対象抗原として検出や定量を行いたい場合、もし抗体修飾粒子濃度を109個/mLとすると、図8の分布特徴量813および823を利用することになる。しかし検出/定量対象抗原領域850ではこれらの分布特徴量は、NTC800と大きな差がなく、また対象抗原濃度との相関も明確ではない。しかし、もし抗体修飾粒子濃度を108個/mLとした場合、図8の分布特徴量814および824が利用できるため、より精度の高い検出や定量が可能である。つまり本発明では、検出/定量対象抗原濃度が、凝集加速抗原濃度より高くなるように、抗体修飾粒子濃度を設定することで、高い精度での対象抗原検出または定量が可能となる。これが計測前処理に対する第1の要求に応える方法である。
【0054】
本発明における凝集加速抗原濃度は、図5図6図8に例示したような、パルス波形特徴量または分布特徴量の、計測対象試料中の対象抗原濃度依存性を求めることで、決めることができる。既知試料の対象抗原濃度の変化に対して、低濃度域よりもパルス波形特徴量または分布特徴量が大きく変化を始める対象抗原濃度(言い換えれば、対象抗原濃度の、パルス波形特徴量または分布特徴量に対する変化量が所定の閾値を超える対象抗原濃度)を、凝集加速抗原濃度としてよい。このような変化量の測定には例えば、図5、6、又は8に示したような相関関係において、濃度(横軸)で微分すること(図示されたプロットの近似曲線に対する接線の傾きを求めること)で行える。
【0055】
また或る実施形態では、下記のように変化量に対する閾値を定めるようにしてもよい。たとえば、図5(a)を参照すると、300fg/mLから3pg/mLへと対象抗原濃度が10倍になった場合のピーク平均電流μbの変化は、約7%増である。一方3pg/mLから30pg/mLへのμbの変化は約36%増えている。このことから10pg/mL近辺500を凝集加速抗原濃度としてよい。図5(b)においても同様に300fg/mLから3pg/mLのパルス数nの変化に比べて、3pg/mLから30pg/mLへのμbの変化は大きくなっている。たとえば、凝集加速抗原濃度における分布特徴量と、その10倍の抗原濃度における同じ分布特徴量の差を第1の差とし、凝集加速抗原濃度における分布特徴量と、その1/10倍の抗原濃度における同じ分布特徴量の差を第2の差としたときに、第1の差が第2の差の2倍以上であるように凝集加速抗原濃度を決めてよい。なお上記は一例であって、本発明の別の実施形態では、対象抗原濃度に対するパルス波形特徴量または分布特徴量の変化を利用して凝集加速濃度を決めればどのような方法であってもよく、また単独のパルス波形特徴量や分布特徴量を用いても、複数を組み合わせて凝集加速濃度を決めてもよい。
【0056】
さらにより希薄な領域の対象抗原検出または定量のためには、抗体修飾粒子の濃度をさらに低くしてもよい。しかし、単位時間あたりに計測されるパルス数は、概ね抗体修飾粒子の粒子濃度と強い正の相関がある。これは細孔を通過する粒子数は、試料中の粒子濃度に概ね比例するからである。たとえば図8(a)では、107個/mLの抗体修飾粒子濃度の場合、対象抗原濃度に依らず、1分あたりのパルス頻度は2個以下である。
【0057】
図1のようなセンサにおいて、計測されるパルス波形は一般に統計的バラツキを有している。またたとえば、粒子が円形である細孔の中心を通過する場合と、中心から偏りのある位置を通過する場合では、パルス波形の形状が異なる。抗体修飾粒子を作成するための検出用粒子の粒径や大きさにも多少のバラツキがあることは回避できない。また、凝集加速抗原濃度以上の領域における、抗体修飾粒子の凝集は一様ではなく、多くの粒子が凝集した大きな凝集塊や、数個のみ凝集した小さな凝集塊などが広く分布する状態である。このため好ましい実施形態においては、図3(a)における相関モデルの作成、(b)における未知試料からの対象抗原検出または定量ともに、1計測あたり少なくとも100個程度のパルス波形群を計測することで、ステップS306やS316においてこれら統計的バラツキの影響を低減できる。
【0058】
図8(a)の一例では、抗体修飾粒子濃度107個/mLの場合、対象抗原濃度によらずパルス頻度は2個/分であるから、50個のパルス波形を計測するためには、約40分の計測を要することになる。抗体修飾粒子濃度106個/mLを使えば、計測時間は400分となってしまう。迅速性の効果を得るために好ましくは、ステップS305やS315の計測においては、少なくとも2個/分程度以上の頻度でパルス波形が取得できることが望ましい。これが上記計測前処理に関する第2の要求に応える方法である。
【0059】
以上まとめると、好ましい試料前処理においては、第1に凝集加速抗原濃度が検出または定量対象の抗原濃度より低くなるように、かつ第2にパルス波形頻度が2個/分以上になるような、抗体修飾粒子濃度を選択することで、より高精度かつ迅速な対象抗原の検出または定量の手段を提供することができる。
【0060】
以上説明してきた本発明に係る方法は、プロセッサ(単数のプロセッサでもマルチコアプロセッサでもよく、またマイクロプロセッサも含んでよい)を有するコンピュータ装置・端末により実施可能である。そうしたコンピュータ装置は、図1のセンサ100等のセンサと一体化した装置であってもよい。あるいは、そうしたセンサとネットワーク(有線、無線を問わず、例えばインターネット、専用閉域網、LAN等であってよい)を介して動作可能に接続するコンピュータ装置であってもよい。
【0061】
本発明に関して使用できるコンピュータ装置の形態は任意であり、例えばワークステーション、タブレット、スマートフォン等であってよい。
【0062】
本発明の或る実施形態においては、コンピュータにより可読であるプログラムおよび当該プログラムを格納する媒体を提供でき、当該プログラムをプロセッサが実行することで、上述した方法が含む任意の工程を実施するようにできる。
図1a
図1b
図2
図3
図4
図5
図6
図7a
図7b
図8
図9