(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024026825
(43)【公開日】2024-02-28
(54)【発明の名称】脳梗塞のリスク評価方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6809 20180101AFI20240220BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20240220BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20240220BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240220BHJP
【FI】
C12Q1/6809 Z
C12Q1/686 Z ZNA
C12Q1/6883 Z
C12N15/12
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024005515
(22)【出願日】2024-01-17
(62)【分割の表示】P 2019223489の分割
【原出願日】2019-12-11
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「東アジア特有の高血圧・脳梗塞リスクRNF213p.R4810K多型の迅速判定法の確立と判定拠点の構築」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】猪原 匡史
(72)【発明者】
【氏名】川上 大輔
(57)【要約】
【課題】施術者が短時間で脳梗塞の種類を特定することできる方法の提供。
【解決手段】被検者のゲノムDNA に存在するRNF213遺伝子におけるp.R4810K多型を検出することを特徴とする、脳梗塞のリスク評価方法であって、(1)前記検体を、界面活性剤およびプロテイナーゼKを含むPCR緩衝液と混合する工程;(2)工程(1)で得られた混合液を、RNF213p.R4810K多型に対応する塩基配列を増幅するPCRプライマー対、ならびに該多型に対応する変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブおよび該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブのセットであって、該オリゴヌクレオチドに結合する蛍光色素がお互いに異なるオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットと混合し、PCRを行う工程; および、(3)前記PCR産物を検出する工程;を含む方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者から採取された検体中のゲノムDNAに存在するRNF213遺伝子におけるp.R4810K多型(RNF213 p.R4810K多型)を検出することを特徴とする、脳梗塞のリスク評価方法であって、
(1)前記検体を、界面活性剤およびプロテイナーゼKを含むPCR緩衝液と混合する工程;
(2)工程(1)で得られた混合液を、DNAポリメラーゼ、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対、ならびにRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブおよび該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブのセットであって、該オリゴヌクレオチドに結合する蛍光色素がお互いに異なるオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットと混合し、PCRを行う工程;および、
(3)前記PCR産物を検出する工程;
を含む方法。
【請求項2】
前記RNF213 p.R4810K多型が、変異型のホモ接合型または変異型と野生型とのヘテロ接合型である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記検体が、血液または唾液である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(1)において、界面活性剤が、ドデシル硫酸ナトリウムである、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(1)において、PCR緩衝液が、KCl、MgCl2およびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(1)において、PCR緩衝液が、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(2)において、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対が、配列番号1(フォワード)および配列番号2(リバース)で示される、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記工程(2)において、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの塩基配列が配列番号3で示され、前記変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの塩基配列が配列番号4で示される、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記工程(3)において、前記変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブに由来する蛍光強度の増加が観察された場合に、RNF213 p.R4810K多型が検出されたと判定する、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
RNF213 p.R4810K多型が検出されたと判定された場合に、脳梗塞を発症するリスクが高いと判定する、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記脳梗塞が、もやもや病およびアテローム血栓性脳梗塞である、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
被検者から採取された検体中のゲノムDNAに存在するRNF213遺伝子におけるp.R4810K多型(RNF213 p.R4810K多型)を検出するキットであって、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対、ならびにRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブおよび該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブのセットであって、該オリゴヌクレオチドに結合する蛍光色素がお互いに異なるオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットを備えるキット。
【請求項13】
前記PCRプライマー対が、配列番号1(フォワード)および配列番号2(リバース)で示される、請求項12に記載のキット。
【請求項14】
前記RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの塩基配列が配列番号3で示され、前記変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの塩基配列が配列番号4で示される、請求項12または13に記載のキット。
【請求項15】
さらに、界面活性剤およびプロテイナーゼKを含むPCR緩衝液を備える、請求項12~14のいずれか1項に記載のキット。
【請求項16】
前記界面活性剤が、ドデシル硫酸ナトリウムである、請求項15に記載のキット。
【請求項17】
前記PCR緩衝液が、KCl、MgCl2およびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液である、請求項15または16に記載のキット。
【請求項18】
前記PCR緩衝液が、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む、請求項15~17のいずれか1項に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNF213遺伝子におけるp.R4810K多型を検出することによる脳梗塞のリスク評価方法および該方法を実行するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
日本における脳卒中の死亡者は年間11万人にのぼり、その7~8割を占めている脳梗塞は、半身麻痺や認知症などの主要な原因となっている。脳梗塞は、脳細胞へ血液を送る血管が閉塞し、脳細胞が死滅する疾患であり、脳の比較的太い血管の動脈硬化を主因としたアテローム血栓性脳梗塞、脳の細い血管が多発性に閉塞するラクナ梗塞、心臓内に生じた血栓が心臓から流れ出して脳の大血管を閉塞する心原性脳塞栓などに分類される。一般に、アテローム血栓性脳梗塞およびラクナ梗塞は、高血圧や糖尿病などの生活習慣病と関係し、また心原性脳塞栓は、心房細動等の不整脈などが関係すると考えられている。
【0003】
脳梗塞を発症した患者に対する処置として、MRI(Magnetic Resonance Imaging)画像またはCT(Computed Tomography)画像に基づき、脳梗塞の種類(アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞または心原性脳塞栓)を推定するとともに、血栓の存在部位が特定される。また、血管内に詰まった血栓を溶解させるため、tPA(Tissue Plasminogen Activator)が患者に投与される。必要な場合には、患者に対してカテーテル治療(血管内治療)が行われる。カテーテル治療においては、発症した脳梗塞の種類により、血栓回収デバイスまたは血栓吸引デバイスを用いる治療およびステント留置を含む経皮的血管形成術などから、適切な治療法が選択される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
心原性脳塞栓の治療に対しては、血栓回収デバイス、血栓吸引デバイスおよび経皮的血管形成術のいずれも使用することができるが、アテローム血栓性脳梗塞の治療の場合、血栓回収デバイスを使用すると、閉塞血管に対する内皮障害を引き起こし、in-situ thrombosis(in siteでの血栓形成)による再閉塞の危険性が高まる。このため、アテローム血栓性脳梗塞の治療においては、血栓吸引デバイスの使用または経皮的血管形成術を選択する必要がある。脳梗塞を発症した患者に対するこれらの処置において、MRIまたはCTの画像を使用する場合、施術者は、目視により発症した脳梗塞の種類および適切な治療法を判断する。
【0005】
実際の脳梗塞の治療現場では、短時間(患者が病院に搬送されてから約1時間~1時間半程度)でこれらの判断を行う必要があるが、画像情報だけではこれらの判断は困難であり、画像情報とは別に脳梗塞の種類を迅速かつ簡便に特定できる方法が求められている。したがって、本発明の目的は、施術者が短時間で脳梗塞の種類を特定することできる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明の目的は、以下の発明により達成される。
〔1〕
被検者から採取された検体中のゲノムDNAに存在するRNF213遺伝子におけるp.R4810K多型(RNF213 p.R4810K多型)を検出することを特徴とする、脳梗塞のリスク評価方法であって、
(1)前記検体を、界面活性剤およびプロテイナーゼKを含むPCR緩衝液と混合する工程;
(2)工程(1)で得られた混合液を、DNAポリメラーゼ、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対、ならびにRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブおよび該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブのセットであって、該オリゴヌクレオチドに結合する蛍光色素がお互いに異なるオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットと混合し、PCRを行う工程;および、
(3)前記PCR産物を検出する工程;
を含む方法。
【0007】
〔2〕
前記RNF213 p.R4810K多型が、変異型のホモ接合型または変異型と野生型とのヘテロ接合型である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕
前記検体が、血液または唾液である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕
前記工程(1)において、界面活性剤が、ドデシル硫酸ナトリウムである、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕
前記工程(1)において、PCR緩衝液が、KCl、MgCl2およびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液である、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕
前記工程(1)において、PCR緩衝液が、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕
前記工程(2)において、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対が、配列番号1(フォワード)および配列番号2(リバース)で示される、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の方法。
〔8〕
前記工程(2)において、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの塩基配列が配列番号3で示され、前記変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの塩基配列が配列番号4で示される、〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の方法。
〔9〕
前記工程(3)において、前記変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブに由来する蛍光強度の増加が観察された場合に、RNF213 p.R4810K多型が検出されたと判定する、〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の方法。
〔10〕
RNF213 p.R4810K多型が検出されたと判定された場合に、脳梗塞を発症するリスクが高いと判定する、〔1〕~〔9〕のいずれかに記載の方法。
〔11〕
前記脳梗塞が、もやもや病およびアテローム血栓性脳梗塞である、〔1〕~〔10〕のいずれかに記載の方法。
【0008】
〔12〕
被検者から採取された検体中のゲノムDNAに存在するRNF213遺伝子におけるp.R4810K多型(RNF213 p.R4810K多型)を検出するキットであって、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対、ならびにRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブおよび該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブのセットであって、該オリゴヌクレオチドに結合する蛍光色素がお互いに異なるオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットを備えるキット。
【0009】
〔13〕
前記PCRプライマー対が、配列番号1(フォワード)および配列番号2(リバース)で示される、〔12〕に記載のキット。
〔14〕
前記RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの塩基配列が配列番号3で示され、前記変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの塩基配列が配列番号4で示される、〔12〕または〔13〕に記載のキット。
〔15〕
さらに、界面活性剤およびプロテイナーゼKを含むPCR緩衝液を備える、〔12〕~〔14〕のいずれかに記載のキット。
〔16〕
前記界面活性剤が、ドデシル硫酸ナトリウムである、〔15〕に記載のキット。
〔17〕
前記PCR緩衝液が、KCl、MgCl2およびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液である、〔15〕または〔16〕に記載のキット。
〔18〕
前記PCR緩衝液が、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む、〔15〕~〔17〕のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、アテローム血栓性脳梗塞と相関のあるRNF213 p.R4810K多型を、患者から採取した生体試料から、前処理としてDNA抽出をすることなく迅速に、かつ特異的に検出することができる。これにより、被検者が発症した脳梗塞の種類を迅速に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の方法およびキットを用いて、(A)人工合成したRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型遺伝子および該変異型遺伝子に対応する野生型遺伝子を分析した結果、および(B)ヒト血液および唾液サンプルを分析した結果を示す図である。PCRプライマー対としては、配列番号1(フォワード)および配列番号2(リバース)で示されるプライマー対を使用した。オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットとしては、配列番号3および配列番号4で示される塩基配列を有する蛍光標識プローブを使用した。(A)野生型遺伝子(ホモ体)を含むA1では、野生型遺伝子に対する蛍光強度(実線)は増強するが、変異型遺伝子に対する蛍光強度(破線)は増強しなかった。変異型遺伝子(ホモ体)を含むA2では、変異型遺伝子に対する蛍光強度(破線)は増強するが、野生型遺伝子に対する蛍光強度(実線)は増強しなかった。野生型遺伝子および変異型遺伝子(ヘテロ接合体)を含むA3では、野生型遺伝子および変異型遺伝子に対する蛍光強度(それぞれ実線および破線)がそれぞれ増強した。(B)血液および唾液サンプル(それぞれB1およびB2)において、野生型遺伝子に対する蛍光強度(実線)は増強したが、変異型遺伝子に対する蛍光強度(破線)は増強しなかった。いずれのサンプルとも、野生型のホモ接合体と判定された。血液または唾液サンプルを含まないネガティブコントロール(B3)では、蛍光強度の増強は観察されなかった。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、被検者から採取された検体中のゲノムDNAに存在するRNF213遺伝子におけるp.R4810K多型(RNF213 p.R4810K多型)を検出することを特徴とする、脳梗塞のリスク評価方法を提供する。本発明の方法は、(1)前記検体を、界面活性剤およびプロテイナーゼKを含むPCR緩衝液と混合する工程;(2)工程(1)で得られた混合液を、DNAポリメラーゼ、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対、ならびにRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列および該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットであって、該オリゴヌクレオチドに結合する蛍光色素がお互いに異なるオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットと混合し、PCRを行う工程;および、(3)前記PCR産物を検出する工程;を含む。
【0013】
本発明の方法において、RNF213 p.R4810K多型を検出するためには、被検者から採取された検体中のゲノムDNAを用いることができる。被検者から採取された検体は、ゲノムDNAを含むものであれば特に限定されない。検体としては、例えば、全血、血漿および
血清などを含む血液ならびに血液関連試料、リンパ液、唾液、鼻汁、汗、涙、尿、糞便、組織液(組織間液、細胞間液および間質液)、体腔液(腹水、胸水、心嚢液、脳脊髄液、関節液および眼房水)、胸腔、腹腔、頭蓋腔もしくは脊柱管内の滲出液(胸水または腹水等)、ならびに細胞、組織または臓器の破砕物および抽出液などが挙げられる。これらの検体の中で、採取時の被検者への侵襲性が低いことから末梢血および唾液が好ましく、さらに侵襲性が低いことから唾液がより好ましい。本発明の方法において使用される検体量としては、検体に含有されるゲノムDNA量に依存するが、検体が唾液または末梢血であれば、0.1~10μLが好ましく、0.5~2μLがより好ましい。
【0014】
RNF213 p.R4810K多型は、RNF213遺伝子がコードするタンパク質の4810番目のアルギニンがリジンに変わる多型である。この遺伝子多型は、RNF213遺伝子の14576番目の塩基が、野生型ではグアニン(G)であるのに対し、変異型ではアデニン(A)となる一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)である(Liu W, Morito D, Takashima S, et al. PLoS One. 2011;6:e22542.)。本発明の方法は、このSNPを検出することにより、脳梗塞のリスク評価を行うことができる。本発明により検出されるRNF213 p.R4810K多型は、変異型のホモ接合型または変異型と野生型とのヘテロ接合型である。
【0015】
被検者から採取された検体は、界面活性剤およびプロテイナーゼKを含むPCR緩衝液と混合することにより、検体が溶解し、核酸が遊離される。PCR緩衝液に含まれる界面活性剤は、細胞および生体組織等を溶解するが、界面活性剤としては、陰イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、両性界面活性剤または非イオン界面活性剤を選択することができる。好ましくは、陰イオン界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウムであり、検体との混合時に0.1~0.5%(w/v)であることが好ましい。プロテイナーゼKは、DNAおよびRNA分解酵素を不活化する作用があり、検体との混合時に100~300μg/mLであることが好ましい。本発明の一実施態様において、前記PCR緩衝液は、KCl、MgCl2およびdNTPミックス(deoxyribonucleotide 5’-triphosphate;dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含む。前記PCR緩衝液はトリス塩酸が好ましいが、これに限定されない。dNTP、MgCl2、KClおよび緩衝液について、当業者であれば適切な濃度を設定することができる。例えば、MgCl2が1.5mM、KClが35mM、dNTPがそれぞれ200μMおよびトリス塩酸が10mMである。本発明の一実施態様において、前記PCR緩衝液は、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質(例えば、ある種の糖および色素等)およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質(例えば、ある種のタンパク質等)であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む。前記PCR緩衝液として、遺伝子増幅用試薬Ampdirect(登録商標、島津製作所)を使用することができる。
【0016】
検体と前記PCR緩衝液との混合液は、DNAポリメラーゼおよびRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対と混合することによりPCRを開始することができる。前記DNAポリメラーゼは、好熱性細菌由来の耐熱性DNAポリメラーゼであり、Taq、Tth、KOD、Pfuおよびこれらの変異体を使用することができるが、これらに限定されない。DNAポリメラーゼによる非特異的増幅を避けるため、ホットスタートDNAポリメラーゼを使用してもよい。ホットスタートDNAポリメラーゼとしては、例えば、BIOTAQ(登録商標)ホットスタートDNAポリメラーゼが挙げられる。ホットスタートDNAポリメラーゼには、抗DNAポリメラーゼ抗体が結合したDNAポリメラーゼおよび酵素活性部位を熱感受性化学修飾したDNAポリメラーゼがあるが、本発明においてはいずれも使用することができる。
【0017】
本発明において使用するPCRプライマー対は、被検者から採取された検体中のゲノムDNAを鋳型とし、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction、PCR)によ
り、分析対象であるRNF213 p.R4810K多型の前記一塩基多型部位を含む核酸断片を増幅することができる。野生型RNF213遺伝子についても増幅部位は同一である。増幅する核酸断片の長さとしては、RNF213 p.R4810K多型の前記一塩基多型部位を含む80~100塩基が好ましい。このようなPCRプライマー対としては、配列番号5に示す塩基配列からなる領域に対してストリンジェントな条件でハイブリダイズするオリゴヌクレオチド(フォワードプライマーおよびリバースプライマー)が好ましい。ここでのストリンジェントな条件とは、鋳型DNAにプライマーが結合するステップであるPCRにおけるアニーリングにおいて、鋳型DNAとプライマーとの結合が特異的である条件をいう。本発明のPCRプライマー対は、塩基長として15~25塩基が好ましい。本発明において最も好ましいPCRプライマー対の塩基配列は、以下に示される。
(フォワード)5'- TTCCAGAACGTCCAGCAAGT -3'(配列番号1)
(リバース)5'- ACAGTCCTGGTCCTGTCAGA -3'(配列番号2)
【0018】
下記の配列番号5は、RNF213遺伝子においてRNF213 p.R4810K多型の前記一塩基多型を含む領域の塩基配列である。前記一塩基多型部位を含む限りにおいて、配列番号5の任意の塩基配列を増幅することができる。
5'- CCCAATAACATTTTTTAGGTAAATAAAAATTGTTACTGGGTGGTCTTCCC
TTCTCCAGGAAGCAGAGCTGAGGCTGGTAAAGTTCCTGCCTGAGATTTTG
GCCTTGCAAAGGGATCTAGTGAAGCAGTTCCAGAACGTCCAGCAAGTTGA
ATACAGCTCCATCAGAGGCTTCCTCAGCAAGCACAGCTCAGGTGTGGCTC
TGCTCTGACAGGACCAGGACTGTCCCGCATTTGGCGGTTCGAAAGGATCA
CTGCATAGGGGAACAGGGTGGGGCGGAGGGGAGGAGGCGCTGATGGGTGC
TCTATAGCCTAAGCCCTTACCATGCGGTGAAGGGTGCTTGAACCCCAAAA -3'(配列番号5)
【0019】
本発明において使用するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットは、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブと、該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブとの組み合わせである。RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列とは、RNF213遺伝子の14576番目のSNP(GがAに置き換わったもの)を含む塩基配列を指し、該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列とは、変異のないRNF213遺伝子の14576番目の塩基(G)を含む塩基配列を指す。変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブは、PCRにより増幅されたRNF213 p.R4810K多型の前記一塩基多型部位を含む核酸断片に対して、ストリンジェントな条件でハイブリダイズするが、野生型RNF213遺伝子を鋳型としてPCRにより増幅された野生型塩基配列を有する核酸断片に対して、ストリンジェントな条件でハイブリダイズしない。一方、前記野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブは、野生型RNF213遺伝子を鋳型としてPCRにより増幅された野生型塩基配列を有する核酸断片に対して、ストリンジェントな条件でハイブリダイズするが、PCRにより増幅されたRNF213 p.R4810K多型の前記一塩基多型部位を含む核酸断片に対して、ストリンジェントな条件でハイブリダイズしない。ここでのストリンジェントな条件とは、PCRにより増幅された核酸断片とオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブとの間で、アニーリング時に特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドは形成されない条件をいう。
【0020】
本発明のオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブは、塩基長として10~25塩基が好ましく、より好ましくは15~20塩基である。本発明において最も好ましいオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットの塩基配列は、以下に示される。
変異型塩基配列に結合する蛍光標識プローブ:5'- CTCCATCAAAGGCTTCCT -3'(配列番号3)
野生型塩基配列に結合する蛍光標識プローブ:5'- CTCCATCAGAGGCTTCCT -3'(配列番号4)
【0021】
本発明において、RNF213 p.R4810K多型を検出するためにPCRを用いる。PCR条件(温度、時間およびサイクル数)の設定は、当業者であれば容易に行うことができる。本発明において、PCR産物の検出はリアルタイム測定によって行うことができる。PCR産物のリアルタイム測定は、リアルタイムPCRとも呼ばれる。本発明では、PCR産物を蛍光により検出するため、オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブを用いる。蛍光標識プローブとしては、加水分解プローブ、Molecular Beaconおよびサイクリングプローブなどが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。加水分解プローブは、5'末端が蛍光色素で、また3'末端がクエンチャー物質で修飾されたオリゴヌクレオチドである。加水分解プローブは、PCRのアニーリング時に、鋳型DNAに特異的にハイブリダイズするが、プローブ上にクエンチャーが存在するため、励起光を照射しても蛍光の発生は抑制される。その後の伸長反応ステップで、Taq DNAポリメラーゼのもつ5'→3'エキソヌクレアーゼ活性により、鋳型DNAにハイブリダイズした加水分解プローブが分解されると、蛍光色素がプローブから遊離し、クエンチャーによる蛍光の発生の抑制が解除されて蛍光を発する。この蛍光強度を測定することにより、増幅産物の生成量を測定することができる。前記蛍光色素としては、FAM(6-carboxyfluorescein)、ROX(6-carboxy-X-rhodamine)、Cy3およびCy5(Cyanine系色素)ならびにHEX(4,7,2',4',5',7'-hexachloro-6-carboxyfluorescein)など挙げられるが、これらに限定されない。前記クエンチャーとしては、TAMRA(登録商標)、BHQ(Black Hole Quencher、登録商標)1、BHQ2、MGB-Eclipse(登録商標)およびDABCYLなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0022】
本発明においては、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブおよび該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの2種類の蛍光標識プローブを使用し、2種類のDNA標的塩基配列を区別して検出する。このため、前記2種類の蛍光標識プローブは、お互いに異なる蛍光色素で標識される。お互いに異なる蛍光色素の組み合わせは、蛍光特性が異なり、蛍光測定において相互に干渉がなければ特に限定されない。
【0023】
PCR産物のリアルタイム測定において、使用する蛍光色素に対応した蛍光フィルターを用いてPCR産物の増幅曲線をモニターする。PCRサイクル数に応じて蛍光強度が増加する場合には、検体における分析対象のDNAの存在が陽性であると判定され、一方、PCRにおいて蛍光強度が増加しない場合には陰性であると判定される。本発明の一実施態様において、前記変異型塩基配列に結合する蛍光標識プローブおよび前記野生型塩基配列に結合する蛍光標識プローブに由来する蛍光強度の増加を比較することにより、RNF213 p.R4810K多型の存在を判定することができる。RNF213 p.R4810K多型がホモ接合型である場合、前記変異型塩基配列に結合する蛍光標識プローブに由来する蛍光強度の増加が観察されるが、前記野生型塩基配列に結合する蛍光標識プローブに由来する蛍光強度の増加は観察されない。RNF213 p.R4810K多型が変異型と野生型とのヘテロ接合型である場合、前記変異型塩基配列に結合する蛍光標識プローブおよび前記野生型塩基配列に結合する蛍光標識プローブの両方に由来する蛍光強度の増加が観察される。一方、野生型RNF213遺伝子(ホモ接合型)では、前記野生型塩基配列に結合する蛍光標識プローブに由来する蛍光強度の増加のみが観察される。前記変異型塩基配列に結合する蛍光標識プローブに由来する蛍光強度の増加が観察される場合に、RNF213 p.R4810K多型が検出されたと判定される。
【0024】
他の実施態様において、PCR産物の増幅曲線が、ある一定の閾値線(Threshold Line)と交差するPCRサイクル数(Cq値)を基に、RNF213 p.R4810K多型の存在を判定することができる。通常、Cq値が小さい場合、鋳型DNA量が多い、すなわち遺伝子発現
量が高く、一方、Cq値が大きい場合、鋳型DNA量が少ない、すなわち遺伝子発現レベルが低いことが示される。前記変異型塩基配列に結合する蛍光標識プローブの使用に対して所定のCq値が与えられる場合、RNF213 p.R4810K多型が検出されたと判定される。RNF213 p.R4810K多型が変異型と野生型とのヘテロ接合型である場合、両方の蛍光標識プローブの使用に対して一定のCq値が与えられるが、両者が同一の値を示すとは限らない。野生型RNF213遺伝子(ホモ接合型)では、前記野生型塩基配列に結合する蛍光標識プローブの使用に対してのみ、一定のCq値を与える。用いた蛍光標識プローブおいて、PCR産物の増幅曲線がある一定の閾値線と交差しない場合、すなわちCq値が与えられない場合は、該蛍光標識プローブが結合する塩基配列が存在しないことが示される。
【0025】
RNF213遺伝子は脳梗塞の疾患感受性遺伝子であり、RNF213 p.R4810K多型の存在は、日系人を含む東アジア系人におけるもやもや病およびアテローム血栓性脳梗塞の発症と相関することが報告されている(非特許文献1および2)。したがって、RNF213 p.R4810K多型が検出された場合には、脳梗塞であるもやもや病およびアテローム血栓性脳梗塞を発症するリスクが高いと判定することができる。
【0026】
本発明は、被検者から採取された検体中のゲノムDNAに存在するRNF213遺伝子におけるp.R4810K多型(RNF213 p.R4810K多型)を検出するキットを提供する。本発明のキットは、RNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む塩基配列を増幅するPCRプライマー対、ならびにRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型塩基配列および該変異型塩基配列に対応する野生型塩基配列に結合するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットであって、該オリゴヌクレオチドに結合する蛍光色素がお互いに異なるオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットを備える。
【0027】
本発明のキットに備えられる前記PCRプライマー対および前記オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブセットは、本発明の脳梗塞のリスク評価方法において用いられるPCRプライマー対および蛍光標識プローブセットと同一である。本発明のキットは、臨床現場で簡便かつ迅速に遺伝子検査を行う遺伝子型迅速判定システムにおいて使用することができる。遺伝子型迅速判定システムとしては、例えば島津製作所製GTS-7000が挙げられる。
【0028】
一実施態様において、本発明のキットは、遺伝子型迅速判定システムへの適用を容易にするため、検体前処理に用いる界面活性剤およびプロテイナーゼKを含むPCR緩衝液を備えることができる。前記界面活性剤は、好ましくは陰イオン界面活性剤であり、より好ましくはドデシル硫酸ナトリウムである。一実施態様において、前記PCR緩衝液は、KCl、MgCl2およびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液であってもよい。一実施態様において、前記PCR緩衝液は、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含んでもよい。一実施態様において、本発明のキットは、遺伝子増幅用試薬Ampdirectまたは同Ampdirect Plus(いずれも登録商標、島津製作所)を備えることができる。
【0029】
本発明のキットを、遺伝子型迅速判定システムへ適用する際に、ポジティブコントロールとして、人工合成したRNF213 p.R4810K多型に対応する遺伝子変異を含む変異型遺伝子および該変異型遺伝子に対応する野生型遺伝子を前記システムに組み込むことにより、遺伝子型の自動判定が可能となる。
【実施例0030】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらよって限定されない。