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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024026938
(43)【公開日】2024-02-29
(54)【発明の名称】水処理装置の運転方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 65/00 20060101AFI20240221BHJP
   C02F 1/44 20230101ALI20240221BHJP
【FI】
B01D65/00
C02F1/44 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022129498
(22)【出願日】2022-08-16
(71)【出願人】
【識別番号】596136316
【氏名又は名称】三菱ケミカルアクア・ソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】佐野 紗代
(72)【発明者】
【氏名】落合 優花子
【テーマコード(参考)】
4D006
【Fターム(参考)】
4D006GA03
4D006GA06
4D006GA07
4D006HA01
4D006HA41
4D006HA93
4D006LA06
4D006LA10
4D006MA01
4D006MA03
4D006MC18
4D006MC27
4D006MC29
4D006MC34
4D006MC39
4D006MC54
4D006MC58
4D006MC62
4D006PA01
4D006PB03
4D006PB04
4D006PB05
4D006PB08
4D006PC11
(57)【要約】
【課題】本発明は、パイロットプラントを省略しても実機のろ過性能を予測できる水処理装置の運転方法を提供する。
【解決手段】本発明の水処理装置の運転方法は、少なくとも下記の工程(2-3)、工程(3)を有する。
・工程(2-3):ろ過性能の許容限界αとなる物質移動係数K(α)を求め、該物質移動係数K(α)を用いて下記式(3)を算出する、予測式算出工程。
・工程(3):式(3)を用い、1または複数の水処理装置Bに物質X含有溶液を通水したときの物質移動係数Kbから水処理装置Bの許容限界運転における運転フラックスを予測する、運転フラックス予測工程。
f(x)=c×(x)+d ・・・式(3)
ただし、xは、標準物質における物質移動係数の値であり、f(x)は設定フラックスであり、cおよびdは、任意の実数である。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離膜を備えるクロスフロー型水処理装置で被処理水を処理する運転方法であって、
下記の工程(1)、工程(2)および工程(3)を有する、水処理装置の運転方法。
・工程(1):下記の工程(1-1)、工程(1-2)および工程(1-3)を有する、直線式(1)取得工程。
工程(1-1):分離膜Yを備えた1または複数の水処理装置Aおよび物質X含有溶液を用い、前記分離膜Yについて複数の表面せん断力における物質移動係数Kaを各々算出する、物質移動係数Ka算出工程。
工程(1-2):前記1または複数の水処理装置Aおよび前記被処理水を用い、運転フラックスM(m/d)における、複数の表面せん断力におけるろ過性能低減率Faを各々算出する、ろ過性能低減率Fa算出工程。
工程(1-3):前記工程(1-1)で算出した物質移動係数Kaおよび前記工程(1-2)で算出した前記ろ過性能低減率Faから下記式(1)で表される直線式(1)を算出する、直線式(1)算出工程。
Fa(Ka)=a×(Ka)+b ・・・式(1)
ただし、aおよびbは、任意の実数である。
・工程(2):下記の工程(2-1)、工程(2-2)および工程(2-3)を有する、予測式取得工程。
工程(2-1):前記1または複数の水処理装置Aおよび前記被処理水を用い、運転フラックスN(m/d)における、複数の表面せん断力におけるろ過性能低減率Fa’を各々算出する、ろ過性能低減率Fa’算出工程。
工程(2-2):前記工程(1-1)で算出した物質移動係数Kaおよび前記工程(2-1)で算出したろ過性能低減率Fa’から下記式(2)で表される直線式(2)を算出する、直線式(2)算出工程。
Fa’(Ka)=a’×(Ka)+b’ ・・・式(2)
ただし、a’およびb’は、任意の実数である。
工程(2-3):前記式(1)および前記式(2)から、ろ過性能の許容限界α=Fa(Ka)=Fa’(Ka)となる物質移動係数K(α)を求め、前記物質移動係数K(α)、前記運転フラックスM(m/d)および前記運転フラックスN(m/d)を用いて下記式(3)を算出する、予測式算出工程。
f(x)=c×(x)+d ・・・式(3)
ただし、xは、標準物質における物質移動係数の値であり、f(x)は設定フラックスであり、cおよびdは、任意の実数である。
・工程(3):前記式(3)を用い、分離膜Y’を備えた1または複数の水処理装置Bに前記物質X含有溶液を通水したときの物質移動係数Kbから、前記水処理装置Bの運転フラックスを予測する、運転フラックス予測工程。
【請求項2】
前記ろ過性能低減率Faおよび前記ろ過性能低減率Fa’が、フラックス低減率である、請求項1に記載の水処理装置の運転方法。
【請求項3】
前記式(1)、前記式(2)、および前記式(3)が、最小二乗法により算出される直線近似式である、請求項1または2に記載の水処理装置の運転方法。
【請求項4】
前記式(1)のRおよび前記式(2)のRが、0.8以上である、請求項3に記載の水処理装置の運転方法。
【請求項5】
前記分離膜Yと前記分離膜Y’の主成分が同一である、請求項1または2に記載の水処理装置の運転方法。
【請求項6】
前記水処理装置Aの分離機構が、前記水処理装置Bの分離機構と同一である、請求項1または2に記載の水処理装置の運転方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水処理装置の運転方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分離膜を備えた水処理装置の運転方法はいくつか提案されている(例えば、特許文献1、2)。
特許文献1では、逆浸透膜の透過流束を0.6m/d以下に設定し、かつ、3日に1回以上の頻度で背圧弁を開いて設定透過流束の1/3以下で供給水を通水する圧力開放通水が提案されている。しかし、あくまでも単一装置内での運転条件の比較にとどまっている。
特許文献2では、逆浸透膜エレメント毎の生物代謝物系有機物の膜面濃度を物質移動係数から算出し、その平均値を所定の閾値以下とすることが提案されている。
【0003】
水処理装置の適切な運転条件の設定のために、採水した原水の水質分析結果から数値計算を実施することや、小型のラボ機で膜ろ過試験を行うことがある。ラボ機とは、典型的には、圧力をかけてクロスフロー流を発生させる連続膜ろ過運転装置である。しかし、ラボ機では処理プロセスが異なる水処理プラント等の実機の運転条件を取得できない。そのため、実機を建設する前にパイロットプラントを試験的に組み立て、膜閉塞や膜劣化を考慮して実機の運転条件を設定することが一般的である。
【0004】
パイロットプラントとは、実機を模擬して組み立てた試験装置である。パイロットプラントは実機と同様の処理プロセスを適用して水処理を行うため、実機の運転条件の設計の参考になる。ところが、パイロットプラントは高価である。そのため、パイロットプラントの建設を省略して実機の水処理プラントの建設地の水質に応じた運転条件を設定することが望まれている。
例えば、特許文献3では、パイロットプラントを建設することなく、建設地の海水の水質に応じた海水淡水化プラントの設計を支援することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-98298号公報
【特許文献2】特開2015-142903号公報
【特許文献3】特開2016-128170号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献3では、建設地の原水および分離膜を用いた膜ろ過試験が行われていない。実機に通水される原水は建設地や水源によって異なり、また原水は種々の物質を複合的に含有し得る。そのため、膜ろ過試験を省略すると実際のろ過性能の予測は困難であり、また、適切な運転条件を見出すことはできない。実際、特許文献1、2の方法でも、ラボ機および実機の装置間の関係性を考慮していない。そのため、相関の不明なラボ機で取得した運転条件を実機における膜の運転条件として適用しても、そのろ過性能の予測は困難である。
本発明は、パイロットプラントを省略しても実機のろ過性能を予測できる水処理装置の運転方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記の態様を有する。
[1]分離膜を備えるクロスフロー型水処理装置で被処理水を処理する運転方法であって;下記の工程(1)、工程(2)および工程(3)を有する、水処理装置の運転方法。
・工程(1):下記の工程(1-1)、工程(1-2)および工程(1-3)を有する、直線式(1)取得工程。
工程(1-1):分離膜Yを備えた1または複数の水処理装置Aおよび物質X含有溶液を用い、前記分離膜Yについて複数の表面せん断力における物質移動係数Kaを各々算出する、物質移動係数Ka算出工程。
工程(1-2):前記1または複数の水処理装置Aおよび前記被処理水を用い、運転フラックスM(m/d)における、複数の表面せん断力におけるろ過性能低減率Faを各々算出する、ろ過性能低減率Fa算出工程。
工程(1-3):前記工程(1-1)で算出した物質移動係数Kaおよび前記工程(1-2)で算出した前記ろ過性能低減率Faから下記式(1)で表される直線式(1)を算出する、直線式(1)算出工程。
Fa(Ka)=a×(Ka)+b ・・・式(1)
ただし、aおよびbは、任意の実数である。
・工程(2):下記の工程(2-1)、工程(2-2)および工程(2-3)を有する、予測式取得工程。
工程(2-1):前記1または複数の水処理装置Aおよび前記被処理水を用い、運転フラックスN(m/d)における、複数の表面せん断力におけるろ過性能低減率Fa’を各々算出する、ろ過性能低減率Fa’算出工程。
工程(2-2):前記工程(1-1)で算出した物質移動係数Kaおよび前記工程(2-1)で算出したろ過性能低減率Fa’から下記式(2)で表される直線式(2)を算出する、直線式(2)算出工程。
Fa’(Ka)=a’×(Ka)+b’ ・・・式(2)
ただし、a’およびb’は、任意の実数である。
工程(2-3):前記式(1)および前記式(2)から、ろ過性能の許容限界α=Fa(Ka)=Fa’(Ka)となる物質移動係数K(α)を求め、前記物質移動係数K(α)、前記運転フラックスM(m/d)および前記運転フラックスN(m/d)を用いて下記式(3)を算出する、予測式算出工程。
f(x)=c×(x)+d ・・・式(3)
ただし、xは、標準物質における物質移動係数の値であり、f(x)は設定フラックスであり、cおよびdは、任意の実数である。
・工程(3):前記式(3)を用い、分離膜Y’を備えた1または複数の水処理装置Bに前記物質X含有溶液を通水したときの物質移動係数Kbから、前記水処理装置Bの運転フラックスを予測する、運転フラックス予測工程。
[2]前記ろ過性能低減率Faおよび前記ろ過性能低減率Fa’が、フラックス低減率である、[1]の水処理装置の運転方法。
[3]前記式(1)、前記式(2)、および前記式(3)が、最小二乗法により算出される直線近似式である、[1]または[2]の水処理装置の運転方法。
[4]前記式(1)のRおよび前記式(2)のRが、0.8以上である、[3]の水処理装置の運転方法。
[5] 前記分離膜Yと前記分離膜Y’の主成分が同一である、[1]~[4]のいずれかの水処理装置の運転方法
[6]前記水処理装置Aの分離機構が、前記水処理装置Bの分離機構と同一である、[1]~[5]のいずれかの水処理装置の運転方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、パイロットプラントを省略しても実機のろ過性能を予測できる水処理装置の運転方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】工程(1-1)の概要の説明図である。
図2】工程(1-2)の概要の説明図である。
図3】工程(1-3)の概要の説明図である。
図4】工程(2-1)の概要の説明図である。
図5】工程(2-2)の概要の説明図である。
図6】工程(2-3)の概要の説明図である。
図7】工程(2-3)の概要の説明図である。
図8】工程(3)の概要の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書における以下の用語の意味は以下の通りである。
「R値」とは、統計学における決定係数(Coefficient of determination)であり、寄与率と呼ばれることもある。「R値」は、標本データから求めた回帰直線式のあてはまりの良さの尺度である。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0011】
以下、適宜図面を参照しながら一実施形態に係る水処理装置の運転条件について説明する。以下の説明に用いる図面は一例として示すものであり、本発明は以下の実施形態の記載に限定されるものではない。また、図1図8はあくまでも説明のために模式的に描いたものであり、実際の測定結果とは異なるものである。
【0012】
1.概要
本実施形態に係る水処理装置の運転方法(以下、「本運転方法」とも記す。)においては、分離膜を備えるクロスフロー型水処理装置で被処理水を処理する。本運転方法においては、分離膜Yを備えた1または複数の水処理装置Aおよび被処理水を用いて測定したろ過性能低減率から、ろ過性能の許容限界αにおける物質移動係数と運転フラックスの相関関係を取得する。かかる相関関係を直線式として取得することで、分離膜Y’を備えた1または複数の水処理装置Bの運転フラックスを予測する。
【0013】
本運転方法においては、被処理水の膜分離プロセスの種々のパラメータのうち、分離膜の膜面せん断力、物質移動係数、ろ過性能(透水性能)に主に着目する。物質移動係数は水処置装置に固有の値であり、装置依存性がある。また、物質移動係数は膜分離プロセス中の膜面せん断力に依存するパラメータである。
したがって、水処理装置Aおよび水処理装置Bとしては、分離膜による膜分離の際に膜面せん断力が発生するもの、すなわち、クロスフロー型の水処理装置が用いられる。
【0014】
水処理装置Aは典型的には小型のラボ機である。ただし、実機、例えば、建設済みの水処理プラントを水処理装置Aとしてもよい。
本運転方法においては、1個単独の水処理装置Aを用いてもよく、複数個の水処理装置Aを用いてもよい。1個の水処理装置Aを用いる場合、該水処理装置Aを繰り返し使用してデータを取得する。複数個の水処理装置Aを用いる場合、それぞれの水処置装置を並行して稼働させて試験し、データを取得できる。複数個の水処理装置Aを用いる場合、各水処理装置Aの装置構成は、互いに全て同一でもよく、異なってもよい。
【0015】
水処理装置Bは典型的には実機、例えば、建設済みの水処理プラントである。ただし、水処理装置Bは実機に限定されず、小型のラボ機やパイロットプラントでもよい。これら小型のラボ機やパイロットプラントの運転条件を本運転方法によって予測してもよい。
本運転方法においては、1個単独の水処理装置Bを用いてもよく、複数個の水処理装置Bを用いてもよい。1個単独の水処理装置Bを用いる場合、1種の水処理装置Bの分離膜Yで被処理水を処理するための運転条件を予測できる。複数の水処理装置Bを用いる場合、これらの運転条件を一括で予測することもできる。
【0016】
2.実施形態例
以下、本運転方法の一実施形態例について詳細に説明する。本運転方法は、以下に説明する工程(1)、工程(2)および工程(3)を有する。
【0017】
(工程(1))
工程(1)、すなわち、直線式(1)取得工程は、以下に説明する工程(1-1)、工程(1-2)および工程(1-3)を有する。工程(1)においては、工程(1-1)、工程(1-2)および工程(1-3)を経て直線式(1)が取得される。直線式(1)は、運転フラックスM(m/d)で被処理水を水処理装置Aに通水したときのろ過性能低減率Faと、物質移動係数Kaとの相関を直線式で表す。
以下、工程(1-1)、工程(1-2)および工程(1-3)について順に説明する。
【0018】
工程(1-1)、すなわち、物質移動係数Ka算出工程では、分離膜Yを備えた1または複数の水処理装置Aおよび物質X含有溶液を用い、分離膜Yについて複数の表面せん断力における物質移動係数Kaを各々算出する。具体的には、拡散係数が既知の物質X含有液を1または複数の水処理装置Aの分離膜Yに通水し、ある膜面せん断力における値として物質移動係数Kaを算出する。
【0019】
一般に物質移動係数は、以下の通り定義される値である。
【0020】
【数1】
【0021】
式中、kは濃度分極槽内の溶質の物質移動係数(単位m/s)として、拡散係数D(単位m/s)と濃度境界層の厚さδ(単位m)である。
【0022】
物質移動係数kと膜面近傍に濃縮される成分濃度Cの関係は、以下の手順で求めることができる。膜面に向かって輸送される溶質量JCと,膜面からバルク側に逆拡散する溶質量D(dC/dx)および膜を通過する溶質量JCの物質収支を取ると以下の通りとなる。
【0023】
【数2】
【0024】
式中、Jはろ過流速(m/s)であり、Cは濃度である。定常状態では、膜を通過する溶質濃度をCとして、x=0,x=δ(濃度境界層の厚さで単位はm)において膜面およびバルク側の溶出濃度がC,Cという境界条件を用いて数2を積分すると、以下の濃度分極式が得られる。
【0025】
【数3】
【0026】
式中、Cは分離膜の膜面付近の溶質濃度であり、Cは溶質濃度であり、Cは分離膜のろ過(透過)水の溶質濃度である。
【0027】
物質移動係数は上記の式から算出できる。ところで物質移動係数は、水処理装置に固有の値である。すなわち、物質移動係数は装置依存性を持つ値である。水処理装置が異なれば、その物質移動係数は互いに異なる。実際の水処理プロセスにおいて物質移動係数は、分離膜の膜面せん断力に依存する。そのため、物質移動係数は、特定の膜面せん断力における値として取得される。
【0028】
水処理装置Aの物質移動係数Kaは、拡散係数が既知の物質X含有液を水処理装置Aの分離膜Yに通水したときのパラメータから算出して取得できる。ここでいうパラメータとは、具体的には、分離膜のろ過流束(フラックス;J)、分離膜の膜面付近の溶質濃度(C)、溶質濃度(C)、分離膜の透過水の溶質濃度(C)、水処理装置Aの膜面せん断力等である。
例えば、2つの水処理装置A1、水処理装置A2を用いるとき、水処理装置A1および水処理装置A2の各物質移動係数Kaは、ある膜面せん断力Pにおける値として算出される。また、該物質移動係数Kaは複数の膜面せん断力Pにおいてそれぞれ測定される。このとき、図1に示すように、水処理装置A1および水処理装置A2の各物質移動係数Kaは、膜面せん断力Pと相関関係を示す。また、各物質移動係数Kaはそれぞれ互いに異なる値となり、装置依存性を示す。
【0029】
物質X含有液は拡散係数が既知であれば特に限定されない。例えば、食塩水(NaCl水溶液)の場合、拡散係数は25℃において500ppm1.05×10―5/sである。他にも物質X含有液として、デキストラン(例えば、3.0×10-5/s)、ポリエチレングリコール(例えば、3.5×10-5/s)、腐植物質(1.25×10-10/s)等が挙げられる。括弧内の数値(ppmm/s)は拡散係数である。
【0030】
工程(1-2)、すなわち、ろ過性能低減率Fa算出工程では、1または複数の水処理装置Aおよび被処理水を用い、運転フラックスM(m/d)における、複数の表面せん断力におけるろ過性能低減率Faを各々算出する。
【0031】
図2に示す例では、3個の互いに異なる膜面せん断力(P1、P2、P3)の条件下で、運転フラックスM(m/d)におけるろ過性能低減率(FaMP1、FaMP2、FaMP3)をそれぞれ取得している。
この一例においては、膜面せん断力P1におけるろ過性能低減率FaMP1の測定および膜面せん断力P2におけるろ過性能低減率FaMP2の測定には、水処理装置A1を用いている。また、膜面せん断力P3におけるろ過性能低減率FaMP3の測定には、水処理装置A2を用いている。
【0032】
図2に示すように、膜面せん断力をP1、P2、P3にそれぞれ固定した条件下で、各水処理装置A1および水処理装置A2の各分離膜Yに被処理水を運転フラックスM(m/d)で通水したときのフラックス(m/d)の時間経過を時系列順にプロットする(図2では各5点。)。次いで、これらのプロットから最小二乗法により算出される直線近似式を求める。このとき、ろ過性能低減率(FaMP1、FaMP2、FaMP3)は、図2の各グラフに図示した直線の傾きとして取得できる。
この一例に示すようにして、運転フラックスM(m/d)における複数の表面せん断力におけるろ過性能低減率Faを算出できる。
【0033】
工程(1-3)、すなわち、直線式(1)算出工程では、工程(1-1)で算出した物質移動係数Kaおよび工程(1-2)で算出したろ過性能低減率Faから下記式(1)で表される直線式(1)を算出する。
Fa(Ka)=a×(Ka)+b ・・・式(1)
ただし、aおよびbは、任意の実数である。
【0034】
図3に示す例では(x,y)平面座標において、(KA1P1,FaMP1)、(KA1P2,FaMP2)、(KA2P3,FaMP3)の3点をプロットしている。これら3点のプロットから最小二乗法により算出される直線近似式として直線式(1):Fa(Ka)=a×(Ka)+bを取得している。直線式(1)は、運転フラックスMで被処理水を分離膜Yに通水したときにおける物質移動係数Kaとろ過性能低減率Faとの相関関係を表す。
【0035】
A1P1は、膜面せん断力P1における水処理装置A1の物質移動係数Kaである。KA1P1は、工程(1-1)で取得済みである。FaMP1は、膜面せん断力P1および運転フラックスMにおける水処理装置A1のろ過性能低減率Faである。FaMP1は、工程(1-2)で取得済みである。
A1P2は、膜面せん断力P2における水処理装置A1の物質移動係数Kaである。KA1P2は、工程(1-1)で取得済みである。FaMP2は、膜面せん断力P2および運転フラックスMにおける水処理装置A1のろ過性能低減率Faである。FaMP2は、工程(1-2)で取得済みである。
A2P3は、膜面せん断力P3における水処理装置A2の物質移動係数Kaである。KA2P3は、工程(1-1)で取得済みである。FaMP3は、膜面せん断力P3および運転フラックスMにおける水処理装置A2のろ過性能低減率Faである。FaMP3は、工程(1-2)で取得済みである。
この一例に示すようにして、直線式(1)を算出できる。
【0036】
(工程(2))
工程(2)、すなわち、予測式取得工程は、以下に説明する工程(2-1)、工程(2-2)および工程(2-3)を有する。工程(2)においては、工程(2-1)、工程(2-2)および工程(2-3)を経て直線式(3)が取得される。直線式(3)は、設定フラックスxと、標準物質における物質移動係数f(x)との相関を表す。当該工程で用いる標準物質は、前記工程(1)で用いる物質Xである。特に限定するものではないが、例えばNaClが挙げられる。
以下、工程(2-1)、工程(2-2)および工程(2-3)について順に説明する。
【0037】
工程(2-1)、すなわち、ろ過性能低減率Fa’算出工程では、1または複数の水処理装置Aおよび被処理水を用い、運転フラックスN(m/d)における、複数の表面せん断力におけるろ過性能低減率Fa’を各々算出する。
図4に示す例では、3個の互いに異なる膜面せん断力(P4、P5、P6)の条件下で、運転フラックスN(m/d)におけるろ過性能低減率(FaNP4’、FaNP5’、FaNP6’)をそれぞれ取得している。
この一例においては、膜面せん断力P4におけるろ過性能低減率FaNP4’の測定には、水処理装置A1を用いている。膜面せん断力P5におけるろ過性能低減率FaNP5’の測定には、水処理装置A2を用いている。膜面せん断力P6におけるろ過性能低減率FaPNP6’の測定には、水処理装置A3を用いている。
【0038】
図4に示すように、膜面せん断力をP4、P5、P6にそれぞれ固定した条件下で、各水処理装置A1、水処理装置A2および水処理装置A3の各分離膜Yに運転フラックスNで被処理水を通水したときのフラックス(m/d)の時間経過を時系列順にプロットする(図4では各5点。)。次いで、これらのプロットから最小二乗法により算出される直線近似式を求める。このとき、ろ過性能低減率(FaNP4’、FaNP5’、FaNP6’)は、図4の各グラフに図示した直線の傾きとして取得できる。
この一例に示すようにして、運転フラックスN(m/d)における複数の表面せん断力におけるろ過性能低減率Fa’を算出できる。
【0039】
工程(2-2)、すなわち、直線式(2)算出工程では、工程(1-1)で算出した物質移動係数Kaおよび工程(2-1)で算出したろ過性能低減率Fa’から下記式(2)で表される直線式(2)を算出する。直線式(2)は、運転フラックスNで被処理水を分離膜Yに通水したときにおける物質移動係数Kaとろ過性能低減率Fa’との相関関係を表す。
Fa’(Ka)=a’×(Ka)+b’ ・・・式(2)
ただし、a’およびb’は、任意の実数である。
【0040】
図5に示す例では(x,y)平面座標において、(KA1P4,FaNP4’)、(KA2P5,FaNP5’)、(KA3P6,FaNP6’)の3点をプロットしている。これら3点のプロットから最小二乗法により算出される直線近似式として直線式(2):Fa’(Ka)=a’×(Ka)+b’を取得している。
【0041】
A1P4は、膜面せん断力P4における水処理装置A1の物質移動係数Kaである。KA1P4は、工程(1-1)で取得済みである。FaNP4’は、膜面せん断力P4および運転フラックスNにおける水処理装置A1のろ過性能低減率Fa’である。FaNP4’は、工程(2-1)で取得済みである。
A2P5は、膜面せん断力P5における水処理装置A2の物質移動係数Kaである。KA2P5は、工程(1-1)で取得済みである。FaNP5’は、膜面せん断力P5および運転フラックスNにおける水処理装置A2のろ過性能低減率Fa’である。FaNP5’は、工程(2-1)で取得済みである。
A3P6は、膜面せん断力P6における水処理装置A3の物質移動係数Kaである。KA3P6は、工程(1-1)で取得済みである。FaNP6’は、膜面せん断力P6および運転フラックスNにおける水処理装置A3のろ過性能低減率Fa’である。FaNP6’は、工程(2-1)で取得済みである。
この一例に示すようにして、直線式(2)を算出できる。
【0042】
工程(2-3)、すなわち予測式算出工程では、式(1)および式(2)から、ろ過性能の許容限界α=Fa(Ka)=Fa’(Ka)となる物質移動係数K(α)を求め、該物質移動係数K(α)、運転フラックスM(m/d)および運転フラックスN(m/d)を用いて下記式(3)を算出する。
f(x)=c×(x)+d ・・・式(3)
ただし、xは、標準物質における物質移動係数の値であり、f(x)は設定フラックスであり、cおよびdは、任意の実数である。
【0043】
ろ過性能の許容限界αは、ろ過性能低減率がこれを上回ると、被処理水を処理する際の分離膜の劣化耐久性が不充分であると判断される閾値である。例えば、1か月で10%の許容低減率を許容限界αとするなら、通水開始後1カ月以内に初期ろ過性能が10%を超えて低下したとき、分離膜の劣化耐久性が不充分であると判断される。ろ過性能の許容限界αは、実機に期待または要求されるろ過性能に応じて任意に設定され得る。
【0044】
図6に示す一例では、工程(1-3)、工程(2-2)でそれぞれ取得した2個の直線式(1)、直線式(2)を用い、ろ過性能の許容限界α=Fa(Ka)=Fa’(Ka)となる物質移動係数K(α)を求めている。つまり、Fa(Ka)、Fa’(Ka)が許容限界αに到達したと仮定したときの物質移動係数K(α)、K(α)を求めている。
【0045】
式(3)は、(x,y)平面座標において、複数の点(K(α),f)をプロットし、これらのプロットから最小二乗法により算出される直線近似式として求めることができる。ここで、fは、フラックスであり、式(3)の左辺のf(x)に対応する。
図7に示す一例では、図6で取得した2個の物質移動係数K(α)、K(α)、運転フラックスM(m/d)および運転フラックスN(m/d)を用いて式(3)を算出している。図7では、別途、運転フラックスLにおけるろ過性能低減率から取得した物質移動係数K(α)を用いている。K(α)は、運転フラックスをLに変更する以外は、K(α)やK(α)と同じ手法によって取得できる。
【0046】
図7に示す例では、ろ過性能低減率が許容限界αに到達するときのK(α)をx軸に、対応するフラックスfをy軸に合計3点プロットしている。具体的には(x,y)平面座標において、(K(α),M)、(K(α),N)、(K(α),L)の3点をプロットしている。これら3点のプロットから最小二乗法により算出される直線近似式として直線式(3):f(x)=c×(x)+dを取得している。
【0047】
(工程(3))
工程(3)、すなわち、運転フラックス予測工程では、工程(2)で取得した式(3)を用い、分離膜Y’を備えた1または複数の水処理装置Bに物質X含有溶液を通水したときの物質移動係数Kbから、水処理装置Bの運転フラックスを予測する。
図8に示す例では、工程(2-3)で取得した式(3)を用い、水処理装置Bの物質移動係数Kbを式(3)の右辺の変数に代入することで、水処理装置Bの許容限界運転における運転フラックスを予測できる。
物質移動係数Kbおよび式(3)を用いることで、水処理装置Bの許容限界運転における運転フラックスを予測できる。
【0048】
水処理装置Bの物質移動係数Kbは、工程(1-1)で説明した内容と同じ手法によって水処理装置Bおよび物質X含有溶液を用いて試験して取得した値でもよく、本運転方法の使用前にあらかじめ取得した値でもよい。
すなわち、本運転方法において物質移動係数Kbは、新たに試験して取得してもよく、試験を省略して以前に取得したデータを参照して取得してもよい。そのため、本運転方法の使用の度に毎回実験、試験を行わなくてもよい。
【0049】
(作用機序)
以上一例を用いて説明した本運転方法においては、水処理装置Aおよび被処理水を用いて取得したデータから、式(3)を取得している。式(3)は各装置に固有の物質移動係数を変数とするため、結果として、式(3)にはラボ機と実機との装置相関が反映される。よって、式(3)によれば、実機の運転条件も予測できる。
したがって本運転方法によれば、パイロットプラントを省略しても、小型のラボ機から実機の運転フラックスを予測でき、実機の適切な運転条件を見出して設定できる。
【0050】
3.その他の実施形態
以下、本運転方法の他の実施形態や好ましい実施形態について説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
【0051】
ろ過性能低減率は、フラックスの低下量、ろ過水量の低下量、被処理水の供給圧力の上昇量、または、ろ過抵抗の上昇量に基づいて算出できる。上述した実施形態例では、ろ過性能低減率Faおよびろ過性能低減率Fa’が、フラックス低減率である場合を一例に説明した。ただし、本運転方法において、ろ過性能低減率は、フラックス低減率やこれら例示したパラメータに限定されない。
【0052】
分離膜Y、分離膜Y’は特に限定されない。例えば、精密ろ過膜(MF膜)、限外ろ過膜(UF膜)、ナノろ過膜(NF膜)、逆透過膜(RO膜)が挙げられる。分離膜Yの形態も特に限定されない。個々の被処理水の膜分離に適した任意の形態、例えば、平膜、中空糸膜が採用され得る。
【0053】
分離膜の主成分となる樹脂も特に限定されない。例えば、セルロースアセテート、ポリスルホン、ポリアクリルニトリル、エチレン-ビニルアルコール共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリイミド、ポリフッ化ビニリデンが挙げられる。
【0054】
本運転方法においては、水処理装置Aの分離膜Yと水処理装置Bの分離膜Y’の主成分が同一であることが好ましい。分離膜の「主成分が同一である」とは、複数の分離膜に共通して含まれる樹脂成分の含有量が50質量%超であることを意味する。共通して含まれる樹脂成分の含有量は70%以上でもよく、85質量%以上でもよく、90質量%以上でもよい。分離膜の樹脂成分および樹脂組成は、一般的な分析方法を用いることができるが、例えば、NMR法、IR法、またはこれらの組み合わせで評価することができる。
【0055】
運転フラックスを予測しやすい点から、水処理装置Aの分離機構が、水処理装置Bの分離機構と同一であることが好ましい。「水処理装置Aの分離機構が、水処理装置Bの分離機構と同一である」とは、水処理装置Aおよび水処理装置Bにおいて、以下に列挙する要件の少なくとも1つ、好ましくは全てを満たすことを意味する。
・分離膜が浸漬される槽の底面積、容積、槽形状が同一であること。
・分離膜が浸漬される槽に被処理水を供給する態様(供給配管の接続位置、加圧ポンプ、吸引ポンプ等)が同一であること。
【0056】
上述した実施形態例においては、図7に示すように(K(α),M)、(K(α),N)、(K(α),L)の3点のプロットから直線式(3)を取得しているが、直線式(3)の取得に用いるプロット数は多いほどよい。そのため、運転フラックスの値を異なる値に変更した条件下で、K(α)やK(α)と同様にして物質移動係数K(α)を求め、プロット数を増やすことが好ましい。
プロット数については、直線式(1)および直線式(2)についても同じことが言える。信頼性の点から直線式(1)のRおよび直線式(2)のRは、0.8以上であることが好ましい。
【0057】
その他、水処理装置の運転条件は何ら特に限定されず、被処理水の水質、水温等の性状、水処理装置(水処理プラント等の実機)の建設場所の気候、分離膜の性状に応じて適宜選択すればよい。
被処理水は上述の本運転方法で用いた被処理水と同一であればよく、特に限定されない。被処理水の採取地、組成も何ら特に限定されない。浄化、精製の対象となる水、種々の原水、飲料品、飲料食品が挙げられる。例えば、海水、河川水、湖沼水、地下水、清涼飲料、工業排水、酪農排水、畜産排水、下水が挙げられる。
【0058】
以上一実施形態例を示して一実施形態について説明したが、本発明は本明細書に開示の実施形態例に限定されず、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施できる。本明細書に開示の実施形態は、その他の様々な形態で実施可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置換、変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、パイロットプラントを省略しても実機のろ過性能を予測できる水処理装置の運転方法が提供される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8