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  • 特開-ばね用のステンレス鋼極細線 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024027024
(43)【公開日】2024-02-29
(54)【発明の名称】ばね用のステンレス鋼極細線
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240221BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20240221BHJP
   C22C 38/40 20060101ALI20240221BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20240221BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/44
C22C38/40
C21D8/06 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022129711
(22)【出願日】2022-08-16
(71)【出願人】
【識別番号】000231556
【氏名又は名称】日本精線株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【弁理士】
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100156225
【弁理士】
【氏名又は名称】浦 重剛
(74)【代理人】
【識別番号】100168549
【弁理士】
【氏名又は名称】苗村 潤
(74)【代理人】
【識別番号】100200403
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 幸信
(72)【発明者】
【氏名】駒田 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】柳本 豊
(72)【発明者】
【氏名】瀬尾 尚之
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA24
4K032AA25
4K032AA31
4K032AA32
4K032BA02
4K032CG02
4K032CH04
4K032CH05
4K032CH06
4K032CL03
4K032CM01
(57)【要約】
【課題】 安定して適度なばねの復元力を発揮しつつ、耐熱性をも備えるコンタクトプローブに用いられるばね用のステンレス鋼極細線を提供する。
【解決手段】 コンタクトプローブで使用されるばね用のステンレス鋼極細線であって、等価線径が40μm以下であり、質量%で0.05≦C≦0.15、0.30≦Si≦2.00、0.10≦Mn≦1.30、6.00≦Ni≦12.0、16.0≦Cr≦24.0、0.10≦N≦0.40及び残部がFe及び不可避不純物を含み、Ni+10N≧9.00であり、引張強さが2800MPa以上であり、横弾性係数が10000MPa以上かつ73000MPa以下であり、加工誘起マルテンサイト量が45体積%以上かつ85体積%以下であり、下式で計算される特性値Xが20000以上かつ59000以下である、ばね用のステンレス鋼極細線。
X=横弾性係数(MPa)×加工誘起マルテンサイト量(体積%)÷100
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンタクトプローブで使用されるばね用のステンレス鋼極細線であって、
等価線径が40μm以下であり、
質量%で、0.05≦C≦0.15、0.30≦Si≦2.00、0.10≦Mn≦1.30、6.00≦Ni≦12.0、16.0≦Cr≦24.0、0.10≦N≦0.40及び残部がFe及び不可避不純物であり、
Ni+10N≧9.00であり、
引張強さが2800MPa以上であり、
横弾性係数が10000MPa以上かつ73000MPa以下であり、
加工誘起マルテンサイト量が45体積%以上かつ85体積%以下であり、
式(1)で計算される特性値Xが20000以上かつ59000以下である、
ばね用のステンレス鋼極細線。
X=横弾性係数(MPa)×加工誘起マルテンサイト量(体積%)÷100 …式(1)
【請求項2】
さらに、質量%で、0.10≦Mo≦1.00及び/又は0.015≦Cu≦0.60を含む、請求項1に記載のばね用のステンレス鋼極細線。
【請求項3】
C及びNの含有量は、質量%で、2C+N≧0.20を満たす、請求項1又は2に記載のばね用のステンレス鋼極細線。
【請求項4】
式(2)で計算されるMd30が-200℃以上かつ-20℃以下である、請求項1又は2に記載のばね用のステンレス鋼極細線。
Md30(℃)=413-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-9.5Ni-18.5Mo …式(2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ばね用のステンレス鋼極細線に関し、より詳しくは、シリコンウエハや各種モジュール等の導電試験で使用されるコンタクトプローブに用いられるばね用のステンレス鋼極細線に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、シリコンウエハ等の導電試験には、コンタクトプローブが用いられる。この種のコンタクトプローブは、例えば、下記特許文献1に示されるように、筒状のスリーブと、前記スリーブにスライド自在に配された中心導体と、前記中心導体を突出方向に付勢するばねとを含む。そして、導電試験では、中心導体の先端部をプリント基板等の測定面に接触させて導電性がチエックされる。また、被測定面に押し当てられた中心導体は、接触面での面圧が過度に高くならないように、ばねを押し縮めてスリーブ内に引き込まれるように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001-311744号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、コンタクトプローブを用いたシリコンウエハ等の導電試験のスピードの向上が求められている。このため、コンタクトプローブは、検査面との接触、離隔を高速で繰り返すことから、コンタクトプローブに用いられるばねには、高速の繰り返し変形時でも安定したばね特性(とりわけ安定した復元力)を発揮できることが求められる。
【0005】
また、自動車や特殊用途のシリコンウエハやデバイスモジュールについては、例えば200℃以上の温度環境下で熱的及び電気的な負荷をかけるバーンイン試験が行われる。したがって、コンタクトプローブ用のばねには、高温環境下においても、へたり等が生じない耐熱性が求められる。
【0006】
本発明は、以上のような実情に鑑み案出なされたもので、繰り返し変形時において安定したばねの復元力を発揮しつつ、高温環境下においてもへたり等が生じない耐熱性を備え得るばね用のステンレス鋼極細線を提供することを主たる課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、コンタクトプローブで使用されるばね用のステンレス鋼極細線であって、
等価線径が40μm以下であり、
質量%で、0.05≦C≦0.15、0.30≦Si≦2.00、0.10≦Mn≦1.30、6.00≦Ni≦12.0、16.0≦Cr≦24.0、0.10≦N≦0.40及び残部がFe及び不可避不純物であり、
Ni+10N≧9.00であり、
引張強さが2800MPa以上であり、
横弾性係数が10000MPa以上かつ73000MPa以下であり、
加工誘起マルテンサイト量が45体積%以上かつ85体積%以下であり、
式(1)で計算される特性値Xが20000以上かつ59000以下である、
ばね用のステンレス鋼極細線である。
X=横弾性係数(MPa)×加工誘起マルテンサイト量(体積%)÷100 …式(1)
【0008】
本発明のばね用のステンレス鋼極細線は、さらに、質量%で、0.10≦Mo≦1.00及び/又は0.015≦Cu≦0.60を含むことができる。
【0009】
本発明のばね用のステンレス鋼極細線において、C及びNの含有量は、質量%で、2C+N≧0.20とされても良い。
【0010】
本発明のばね用のステンレス鋼極細線は、式(2)で計算されるMd30が-200℃以上かつ-20℃以下とされても良い。
Md30(℃)=413-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-9.5Ni-18.5Mo …式(2)
【発明の効果】
【0011】
本発明のばね用のステンレス鋼極細線は、上記の構成を採用したことにより、繰り返し変形時において安定したばねの復元力を発揮しつつ、高温環境下においてもへたり等が生じない耐熱性を備えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本実施形態のステンレス鋼極細線をばねとして用いたコンタクトプローブの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の一形態が説明される。
実施形態で説明された具体的な構成は、本発明の内容理解のためのものであって、本発明は、これらの具体的な実施形態に限定して解釈されるものではない。
【0014】
本発明は、ステンレス鋼極細線であって、コンタクトプローブのばねに使用される。図1は、このようなコンタクトプローブ1の一例の断面図である。図1に示されるように、コンタクトプローブ1は、典型的には、筒状のスリーブ2と、スリーブ2にスライド自在に配された導体からなるプランジャ3と、プランジャ3をスリーブ2から突出する方向に付勢するためのばね4とを含む。そして、プランジャ3とばね4とは電気的に接続されている。
【0015】
コンタクトプローブ1は、IC、ウエハ、ソケット、ピン等の電気特性の検査に用いられる。導電試験では、プランジャ3の先端部を検査対象面に接触させて、そこでの電気特性が検査される。また、コンタクトプローブ1において、検査面に押し付けられたプランジャ3は、ばね4を押し縮めてスリーブ2内へと引き込まれる。これにより、検査面には、過度の面圧が作用することが防止され、被検査面での傷付きが防止される。また、バーンイン試験では、上記検査が、例えば200℃以上の高温環境下で行われる。
【0016】
本実施形態のステンレス鋼極細線は、コンタクトプローブ1のプランジャ3を検査面側へと付勢するばね4へと加工されて利用される。とりわけ、本発明のステンレス鋼極細線は、バーンイン試験で用いられるコンタクトプローブ用のばね材に適する。
【0017】
[ステンレス鋼極細線の線径]
本実施形態のステンレス鋼極細線は、40μm以下の等価線径を有する。本明細書において、ステンレス鋼極細線の「等価線径」とは、線材の断面形状が真円の場合にはその直径とされるが、断面形状が非真円の場合、その横断面の面積に等しい真円が持つ直径とされる。また、ステンレス鋼極細線は、必ずしも真円である必要はなく、長円、楕円等の非円形断面であっても良い。
【0018】
40μm以下の等価線径を有するステンレス鋼極細線は、小型素子や精密パターン等を検査する小型化されたコンタクトプローブ用のばねとして好適に利用され得る。ステンレス鋼極細線の等価線径の下限値は、加工が可能な範囲で定められれば良く、特に制限されないが、加工性や加工後のばね定数等を考慮すると、例えば、5μm以上が望ましい。
【0019】
[ステンレス鋼極細線の化学成分]
本実施形態のステンレス鋼極細線は、オーステナイト系のステンレス鋼であって、質量%で0.05≦C≦0.15、0.30≦Si≦2.00、0.10≦Mn≦1.30、6.00≦Ni≦12.0、16.0≦Cr≦24.0、0.10≦N≦0.40及び残部がFe及び不可避不純物で構成される。これらの化学成分の選定理由は次のとおりである。
【0020】
[C:炭素]
Cは、質量%で、0.05≦C≦0.15とされる。Cは、強力なオーステナイト生成元素であり、鋼の強度を増加させるために、0.05%以上とされる。一方、Cの多量の添加は、延性や靭性を低下させる。また、Cの多量の添加は、炭化物などを生成して縦割れ感受性を高める他、耐食性を低下させるおそれがある。このような観点で、Cは0.15%以下とされる。より好ましくは、0.06%≦C≦0.13%とされる。
【0021】
[Si:ケイ素]
Siは、質量%で、0.30≦Si≦2.00とされる。Siは、引張強さの向上や、耐酸化性、耐食性及び耐孔食性の改善に寄与するので、0.30%以上とされる。一方、Siの多量の添加は、鋼の靭性や伸線加工後の強度を低下させるおそれがある。また、Siの多量の添加は、焼鈍による線細りや偏径差にも影響を及ぼすおそれがある。このような観点より、Siは、2.00%以下とされる。特に好ましくは、0.40%≦Si≦1.70%とされる。
【0022】
[Mn:マンガン]
Mnは、質量%で、0.10≦Mn≦1.30とされる。Mnは、オーステナイト生成元素であり、極細線の引張強さを高めるために、0.10%以上とされる。一方、Mnの多量の添加は、耐食性や耐酸化性を劣化させるおそれがあるため、1.30%以下とされる。特に好ましくは、0.20%≦Mn≦1.20%とされる。
【0023】
[Ni:ニッケル]
Niは、質量%で、6.00≦Ni≦12.00とされる。Niは、オーステナイトステンレス鋼の基本成分であり、靭性を向上させるために、6.00%以上とされる。一方、Niの多量の添加は、引張強さを低下させるおそれがあるため、12.00%以下とされる。特に好ましくは、7.00%≦Ni≦11.0%とされる。
【0024】
[Cr:クロム]
Crは、質量%で、16.00≦Cr≦24.00とされる。Crは、ステンレス鋼の基本成分であり、耐食性を確保するために、16.00%以上とされる。一方、Crの多量の添加は、引張強さや硬さを低下させるおそれがあるため、24.00%以下とされる。特に好ましくは、17.00%≦Cr≦22.00%とされる。
【0025】
[N:窒素]
Nは、質量%で、0.10%≦N≦0.40%とされる。Nは、オーステナイト生成元素であり、オーステナイトの結晶粒を微細化して材料の強度、靭性及び耐食性をさらに向上させる一方、材料の横弾性係数の低下に寄与する。また、オーステナイトが安定し、マルテンサイトの発生を抑制するので、磁性の発生の抑制にも寄与する。このような観点より、Nは、0.10%以上とされる。一方、Nの多量の添加は、材料の加工性を低下させるおそれがあるため、0.40%以下とされる。特に好ましくは、0.12%≦N≦0.30%とされる。
【0026】
[Ni+10N]
また、本実施形態のステンレス鋼極細線は、質量%で、Ni+10N≧9.00とされ、より好ましくはNi+10N≧9.50とされる。このようなステンレス鋼極細線は、Ni及びNを相対的に高く含有し、安定したオーステナイトを得ることができる他、ステンレス鋼極細線の耐熱性をより一層高めることができる。
【0027】
本実施形態のステンレス鋼極細線は、さらに、任意元素として、質量%で、0.10≦Mo≦1.00及び/又は0.015≦Cu≦0.60を含むことができる。
【0028】
[Mo:モリブデン]
Moは、炭化物を形成して高温強さやクリープ破断強さをさらに高め、かつ、靭性をさらに改善させる観点より、0.10%以上とされるのが望ましい。一方、Moの多量の添加は、耐食性を低下させるおそれがあるため、1.00%以下とされる。特に好ましくは、0.13%≦Mo≦0.90%とされるのが望ましい。
【0029】
[Cu:銅]
Cuは、上述のMoとともに用いられてもよく、又は、Cu単独で用いられても良い。Cuは、オーステナイト生成元素であり、加工硬化の抑制に対して有効な元素である。このような観点より、Cuは、0.015%以上とされるのが望ましい。一方、Cuの多量の添加は、高温で粒界脆性を促進し、高温割れに敏感になる(材料強度を低下させる)おそれがある。このような観点では、Cuは0.60%以下が望ましい。特に好ましくは、0.015%≦Cu≦0.40%とされるのが望ましい。
【0030】
本実施形態のステンレス鋼極細線は、その機械的特性として、引張強さが2800MPa以上であり、かつ、横弾性係数が10000MPa以上かつ73000MPa以下とされる。
【0031】
[ステンレス鋼極細線の引張強さ]
本実施形態のステンレス鋼極細線は、コンタクトプローブ1のばね4用の材料として、等価線径40μm以下のものを対象とし、かつ、引張強さが2800MPa以上とされる。このようなステンレス鋼極細線は、コンタクトプローブ1のばね4用の材料として要求される強度を備えることができる。ステンレス鋼極細線の引張強さは、より好ましくは2900MPa以上とされ、さらに好ましくは3000MPa以上とされる。なお、本実施形態のステンレス鋼極細線の引張強さは、大きいほど好ましいことから、その上限値は特に制限されるものではない。
【0032】
本明細書において、ステンレス鋼極細線の「引張強さ」は、一様断面を持つ鋼線材の長手方向に引張荷重を加える引張試験において、鋼線材を破断させたときに、破断に至るまでに到達した最大荷重を、荷重を加える前の鋼線材の断面積で除した値として定義される。上記引張試験は、JIS-Z2241に準拠して測定される。より正確に測定するために、例えば歪計及び伸び計を用いて行うことが推奨される。
【0033】
[ステンレス鋼極細線の横弾性係数]
本実施形態のステンレス鋼極細線において、横弾性係数は10000MPa以上かつ73000MPa以下とされる。本実施形態のステンレス鋼極細線は、ばね4に加工されるが、ばね4の復元力を決めるばね定数は、加工前の極細線の横弾性係数に比例する。本実施形態では、ばね4の復元力が過度に高まって被検査面や素子の傷付きを防止する観点から、ステンレス鋼極細線の横弾性係数が73000MPa以下とされる。
【0034】
ステンレス鋼極細の横弾性係数が73000MPaを超えると、等価線径40μm以下のステンレス鋼極細線では、ばね定数(ひいては、ばねの復元力)が過大となる傾向がある。このようなばねは、コンタクトプローブ1のプランジャ3が検査面と接触したときの面圧を高め、被検査面や素子を傷つける虞がある。一方、ステンレス鋼極細線の横弾性係数が73000MPa以下の場合、上述のような面圧の上昇を防止でき、素子等の傷付きを抑制することができる。このような観点では、ステンレス鋼極細線の横弾性係数は、好ましくは70000MPa以下、さらに好ましくは69000MPa以下とされる。
【0035】
一方、ステンレス鋼極細線の横弾性係数が過度に小さくなると、ばね4に加工されたときにばね定数が小さくなりやすく、プランジャ3への付勢力が低下する虞がある。この結果、導電検査時、ばねの復元力が不足してスリーブ2内に押し込まれたプランジャ3が戻りきらず、プランジャ3が検査面と十分に接触しないいわゆる「試験漏れ(空打ち等)」が生じる虞がある。このような観点では、ステンレス鋼極細線の横弾性係数は10000MPa以上とされ、好ましくは35000MPa以上とされ、さらに好ましくは40000MPa以上とされる。
【0036】
本明細書において、ステンレス鋼極細線の横弾性係数は、周知のねじれ振り子を用い、線材の復元力によって生じるねじれ振動の周期を測定することによって測定することができる。
【0037】
[ステンレス鋼極細線の加工誘起マルテンサイト量]
本実施形態のステンレス鋼極細線は、例えば、ロッド材を引き抜き伸線加工することにより製造されるが、加工時の塑性変形や衝撃によってオーステナイトの一部は加工誘起マルテンサイトに変態する。発明者らの実験の結果、ステンレス鋼極細線中の加工誘起マルテンサイト量が多くなると、ばね加工後にへたりやすく、ばね性能の低下を招く虞があることが判明している。一方、ステンレス鋼極細線中の加工誘起マルテンサイト量が少ないと、十分な強度が得られない。そこで、本実施形態のステンレス鋼極細線では、この加工誘起マルテンサイト量が45体積%以上かつ85体積%以下とされる。このようなステンレス鋼極細線は、十分な強度を維持しながら、加工後のばねとして、へたりや性能の低下を長期に亘って抑制することができる他、強い磁性を帯びるのが抑制される。
【0038】
上述のような作用をさらに高めるために、ステンレス鋼極細線の加工誘起マルテンサイト量は、好ましくは78体積%以下、より好ましくは70体積%以下とされる。ステンレス鋼極細線において、加工誘起マルテンサイト量を85体積%以下とするためには、オーステナイト生成元素であるCやMn、Ni、Nの割合を高めれば良い。一方、加工誘起マルテンサイト量が45体積%未満の場合は、十分な強度を得ることができない。このような観点では、加工誘起マルテンサイト量の下限値は、好ましくは50体積%以上とされる。ステンレス鋼極細線において、加工誘起マルテンサイト量を45体積%以上とするためには、オーステナイト生成元素の割合の総和であるC+Mn+Ni+Nの範囲を、質量%で、6.5以上かつ13.5以下とし、より好ましくは7.0以上かつ13.0以下とするのが望ましい。
【0039】
本明細書において、ステンレス鋼極細線の加工誘起マルテンサイト量の特定に際し、直流式のB-Hトレーサー(磁化特性測定装置)にて測定される飽和磁束密度を用いて飽和磁化量が算出される。具体的には、加工誘起マルテンサイト量は、理論上の飽和磁化量に対する実測した飽和磁化量の割合を示し、次の式(3)により算出される。
加工誘起マルテンサイト量(体積%)=σ/σs×100 …式(3)
【0040】
ここでσsは、ステンレス鋼極細線の理論上の飽和磁化量であり、σはステンレス鋼極細線から実測された飽和磁化量である。σsはステンレス鋼極細線の化学成分により次の式(4)により算出される。また、σは次の式(5)により、上記直流式のB-Hトレーサーにて測定されたステンレス鋼極細線(測定試料)の飽和磁束密度Bを当該測定試料の重量Wで除すことにより算出される。
σs=214.5-3.12(Cr+0.5Ni) …式(4)
σ=B(T)/W(g) …式(5)
【0041】
[特性値X]
さらに、本実施形態のステンレス鋼極細線は、式(1)で計算される特性値Xが20000以上かつ59000以下とされる。
X=横弾性係数(MPa)×加工誘起マルテンサイト量(体積%)÷100 …(1)
【0042】
本実施形態のばね用のステンレス鋼極細線は、その機械的特性等として、前記のとおり40μm以下の等価線径、2800MPa以上の引張強さ、10000~73000MPaの横弾性係数、及び、45体積%以上かつ85体積%以下の加工誘起マルテンサイト量を備えるが、さらに、加工後のばねとして、へたりやの性能低下を長期に亘って抑制するために、特性値Xが規定される。
【0043】
発明者らは、種々の実験の結果、ステンレス鋼極細線の横弾性係数(MPa)と加工誘起マルテンサイト量(体積%)との積(特性値X)に着目したところ、この特性値Xを一定の範囲にコントロールすると、加工後のばねのへたりやの性能低下の抑制に一定の効果が見られることがわかった。例えば、ステンレス鋼極細線の特性値Xが20000未満になると、加工後のばねのばね定数(すなわち、復元力)が、本来期待される値よりも過度に小さくなる傾向があることがわかった。このような観点より、ステンレス鋼極細線の特性値Xは、より好ましくは30000以上、さらに好ましくは33000以上とされる。
【0044】
一方、ステンレス鋼極細線の特性値Xが59000を超えると、加工後のばねのへたりや性能低下が早期に見られる傾向がある。このような観点より、ステンレス鋼極細線の特性値Xは、より好ましくは57000以下、さらに好ましくは56000以下とされる。
【0045】
[2C+N]
本実施形態のステンレス鋼極細線の好ましい態様では、質量%において、2C+N≧0.20とされ、より好ましくは2C+N≧0.22とされる。このようなステンレス鋼極細線は、加工硬化性に優れる。
【0046】
[Md30
本実施形態のステンレス鋼極細線の好ましい態様では、式(2)で計算されるMd30が-200℃以上かつ-20℃以下とされる。
Md30(℃)=413-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-9.5Ni-18.5Mo
但し、上記式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない場合はゼロとする。
【0047】
Md30の値は、オーステナイト相単相のオーステナイト系ステンレス鋼に対し30%の引張り歪みを与えた時に、オーステナイト系ステンレス鋼の組織の50%がマルテンサイト相に変態する温度(℃)を示す。そして、Md30の値は、オーステナイト相の安定度の指標であり、高温であるほどオーステナイト相が不安定であることを示す。
【0048】
本実施形態では、ステンレス鋼極細線のMd30の値を-200℃以上とすることにより、オーステナイト相を安定化し、ひいては、ステンレス鋼極細線の引張強さや伸びが劣化するのを抑制できる。また、Md30の値を-20℃以下とすることにより、材料から発する磁性の影響を低減することができる。これは、コンタクトプローブ1の検査対象物(実装された素子等)の品質への悪影響を防止することができる。以上のような観点より、ステンレス鋼極細線のMd30は、より好ましくは-180℃以上とされ、より好ましくは-40℃以下とされる。
【0049】
以上、本発明の実施形態が詳細に説明されたが、本発明は、上記の具体的な開示に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範囲内において、種々変更して実施することができる。
【実施例0050】
次に、本発明のより具体的な実施例が、表1及び表2を用いて説明される。ただし、本発明は、これらの実施例に限定して解釈されるものではない。なお、表2の比較例1については、マルテンサイト相が発生しないため、加工誘起マルテンサイト量を0としている。これに伴い、比較例1の特性値Xはゼロである。
【0051】
[実施例1~8、比較例1~3]
表1に示されるような化学成分を有するそれぞれのステンレス鋼素線に、冷間伸線加工と700~1300℃での熱処理とを繰り返し、90%以上の加工率で、断面円形のオーステナイト系ステンレス鋼極細線を得た。
【0052】
【表1】
【0053】
次に、各極細線のばねに加工する前の機械特性等が測定された。その後、ばねコイリング機を用い、各極細線から、ばねコイル平均径:0.2mm、有効巻数:18、自由長(ばねの高さ):2mmの形状のばねが製造された。なお、密着巻きの箇所については、ばねとしての機能を果たさないことから、巻数に含めていない。
【0054】
また、各ばねを用いてコンタクトプローブが試作された。そして、これらのコンタクトプローブを使用して、温度250℃の雰囲気下で連続導電試験(バーンイン試験)が行われた。連続導電試験では、シリコンウエハ又は素子等の検査面にコンタクトプローブのプランジャを連続的に10000回高速で接触させた。その後、次の2つの評価が行われた。
【0055】
<評価1>
連続導電試験中の試験漏れ(空打ち等)の発生の有無が調べられた。また、被検査面(シリコンウエハや実装された素子)の傷の有無、程度等が調べられた。これの傷は、主に、ばねの過大な復元力が原因の1つと考えられる。
【0056】
<評価2>
連続導電試験後、ばねについて、試験前後の耐熱性、すなわち温度250℃の雰囲気下で連続導電試験の前後を比較した連続導電試験後の熱劣化度合いが評価された。
評価の結果などが表2に示される。
【0057】
【表2】
【0058】
実施例1~8について:
いずれも連続導電試験中にシリコンウエハやシリコンウエハに実装した素子に性能の劣化に繋がる顕著なキズは発生しなかった。また、導電試験漏れも発生せず、250℃という高温環境下で長時間導電試験を行ってもばね材の性能劣化は見られなかった。
【0059】
比較例1について:
導電試験後にばね材が熱によって塑性変形しており、引き続き試験を実施することが困難であることが確認された。
【0060】
比較例2及び3について:
導電試験回数が増えるにつれ、プランジャによる空打ちによる導電試験漏れが散見された。また、高温環境下において、ばね特性の性能劣化が見られた。また、比較例3については、ばねが劣化していない導電試験初期の時点で、被検査素子に小さな傷が確認された。
【符号の説明】
【0061】
1 コンタクトプローブ
2 スリーブ
3 プランジャ
4 ばね
図1