(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024027302
(43)【公開日】2024-03-01
(54)【発明の名称】低層風情報提供システム及び低層風情報提供方法
(51)【国際特許分類】
G01W 1/00 20060101AFI20240222BHJP
G01P 13/00 20060101ALI20240222BHJP
B64F 1/36 20240101ALI20240222BHJP
【FI】
G01W1/00 Z
G01P13/00 E
B64F1/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022129990
(22)【出願日】2022-08-17
(71)【出願人】
【識別番号】303057044
【氏名又は名称】株式会社ソニック
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】林 孝明
(72)【発明者】
【氏名】平井 重雄
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 真
(72)【発明者】
【氏名】櫻木 俊一
(72)【発明者】
【氏名】牧野 育代
(72)【発明者】
【氏名】吉田 大紀
(72)【発明者】
【氏名】橋波 伸治
【テーマコード(参考)】
2F034
【Fターム(参考)】
2F034AA02
2F034AB01
2F034DA10
2F034DB10
(57)【要約】
【課題】所定の広がりを有する領域空間Sにおける低層風に関する情報を提供する。
【解決手段】基準点Pを含む領域空間Sにおける風況情報を提供する低層風情報提供方法は、基準点Pにおける風向と風速との組み合わせごとに領域空間Sに関して数値流体力学(CFD)解析をあらかじめ実行するステップ(101)と、CFD解析結果をデータベースに格納するステップ(102)と、基準点Pにおける風の状況の実測値または予測値に基づいてデータベース内のCFD解析結果を検索するステップ(103)と、有し、検索されたCFD解析結果に基づく情報を出力する。CFD解析結果は、領域空間S内の各点における風の状況についての計算値のデータを含んでいる。基準点Pでの鉛直方向での風速分布に基づいて、検索されたCFD解析結果に対するデータ同化(104)を行ってもよい。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
地上に設けられた基準点を含む領域空間における風についての情報を提供する低層風情報提供システムであって、
前記基準点における風向と風速との組み合わせごとに前記領域空間に関して数値流体力学解析を行って得た解析結果をあらかじめ格納したデータベースと、
前記基準点における風の状況の実測値または予測値に基づいて前記データベース内の前記解析結果を検索する検索部と、
前記検索部によって検索された解析結果に基づく情報を出力する情報出力部と、
を有し、
前記解析結果は、前記領域空間内の各点における風の状況についての計算値のデータを含む、
低層風情報提供システム。
【請求項2】
前記データベースには、風向16方位と弱風及び強風に対応する風速2水準との合計32通りの条件の各々に対して前記数値流体力学解析を実行して得られた前記解析結果が格納されている、請求項1に記載の低層風情報提供システム。
【請求項3】
前記情報出力部が出力する情報は、所定の時間間隔ごとの実況風況を示す情報、前記領域空間における複数の等高度断面での風の状況を示す情報、前記領域空間における複数の鉛直断面での風の状況を示す情報、及び前記領域空間に設定された進入経路に沿う風の状況の変化を示す情報の少なくとも1つの情報を含む、請求項1に記載の低層風情報提供システム。
【請求項4】
前記基準点における風の状況を観測する観測装置と、
少なくとも前記観測装置において実測された値に基づいて、前記検索部によって検索された前記解析結果に対するデータ同化を行うデータ同化部と、
をさらに有する、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の低層風情報提供システム。
【請求項5】
前記データ同化部は、高さと風速との間にべき法則が成立するとして前記観測装置において測定した高さごとの風速に基づいてべき指数を決定して前記観測装置によっては測定できない高さでの風速の解析値を算出し、実測された風速値及び前記算出された解析値に基づいて前記検索された前記解析結果に対する影響係数を算出して感度補正を行い、前記データ同化を実行する、請求項4に記載の低層風情報提供システム。
【請求項6】
前記領域空間に関する数値予報データを受信して前記数値予報データから現在解析値と予測値とを抽出する数値予報データ抽出部をさらに備え、
前記データ同化部は、前記数値予報データから抽出された前記現在解析値と前記予測値との差分を反映して前記データ同化を行うことにより、風についての予測された解析結果を算出する、請求項5に記載の低層風情報提供システム。
【請求項7】
地上に設けられた基準点を含む領域空間における風についての情報を提供する低層風情報提供方法であって、
前記基準点における風向と風速との組み合わせごとに前記領域空間に関して数値流体力学解析をあらかじめ実行するステップと、
前記数値流体力学解析によって得られた解析結果をデータベースに格納するステップと、
前記基準点における風の状況の実測値または予測値に基づいてデータベース内の前記解析結果を検索するステップと、
を有して前記検索された解析結果に基づく情報を出力し、
前記数値流体力学解析において、前記領域空間内の各点における風の状況についての計算値を算出する、低層風情報提供方法。
【請求項8】
前記基準点において観測を実行し、少なくとも前記観測によって得られた値に基づいて前記検索された解析結果に対するデータ同化を実行するステップをさらに有する、請求項7に記載の低層風情報提供方法。
【請求項9】
前記領域空間に関する数値予報データを受信して前記数値予報データから現在解析値と予測値とを抽出し、前記数値予報データから抽出された前記現在解析値と前記予測値との差分を反映して前記データ同化を行うことにより、風についての予測された解析結果を算出するステップを有する、請求項8に記載の低層風情報提供方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空支援などのために低層風の状況に関する情報を利用者に提供する低層風情報提供システム及び低層風情報提供方法に関する。
【背景技術】
【0002】
航空機の離着陸経路上にウインドシアや乱気流などの気流の乱れ(擾乱)が存在すると、安全な離着陸の妨げとなる。特に、着陸地点において着陸経路上に大きな気流の擾乱が存在する場合には、着陸をいったん断念する着陸復行(ゴーアラウンド)などが発生することがあり、航空機の円滑な運航が妨げられる。このように離着陸地点近傍での比較的高さの低い領域(低層領域)での気流の擾乱は離着陸に大きな影響を与えるので、こうした擾乱に関する情報を航空機の操縦士や運航事業者などに的確に提供することが望まれる。的確な情報が操縦士などに提供されるようになれば、着陸復行の回数を減らすことが可能になるとともに就航率の向上も見込まれ、大きな経済的な利点が得られる。
【0003】
固定翼機が離着陸する滑走路を有する空港において、その周辺の気流を測定する技術としては、従来から、空港敷地内に高さ10m程度の観測塔を設けて風向及び風速を観測するものがある。この方法では、上空の風の状態を知ることはできず、特に、風の擾乱についての情報を得ることが難しい。空港において風の擾乱を観測する手段としては、マイクロ波を使用するドップラーレーダーやレーザー光を使用するドップラーライダーによるものがあるが、これらはいずれも設置費用が高く、離着陸回数の多い大規模空港にしか設置できない。またドップラーレーダーは晴天時には観測が難しく、一方でドップラーライダーは降雨時の観測が難しいので、天候によらずに風の擾乱の観測を行うためにはドップラーレーダーとドップラーライダーとを組み合わせる必要があるが、レーダーからのデータとライダーからのデータとを整合させることが難しく、2台の観測装置を用いることから設置費用もさらに高額なものとなる。
【0004】
音波すなわち音響ビームを利用したドップラーソーダーは、設置費用が安く、小規模空港にも導入が可能であるという利点がある。特許文献1は、いずれもフェーズドアレイ型のものである1台の送受波器と少なくとも2台の受波器とを組み合わせたバイスタティック方式のドップラーソーダーシステムであって、例えば高さ200m(約660ft)までの範囲での風向及び風速を3次元的に求めることを可能にしたシステムを開示している。特許文献1に記載のドップラーソーダーシステムは、滑走路周辺に配置した場合には、ウインドシアやダウンバースト、後方乱気流の発生の監視を行うことができる。ドップラーレーダー、ドップラーライダー及びドップラーソーダーは、風の向きや速さをリモートで計測できるものであるから、以下では、風リモート観測装置と総称する。
【0005】
特許文献2は、低層風に関する情報を飛行中の航空機のコックピットなどに提供してその航空機の着陸判断を支援する着陸判断支援システムを開示している。特許文献2に開示されるシステムは、着陸経路上における滑走路方向に沿った風速の正対風成分の高度に対する変化を示すグラフを含むグラフ画面と、着陸経路上における所定高度ごとの風速の正対風成分を示す表を含む表形式画面とを生成してコックピットの表示装置などに表示させる。表示されるグラフ及び表は、ドップラーレーダーなどの気象センサによって取得された着陸経路上の複数の所定高度における風向データ及び風速データを基に生成されて、指定高度以下における最新及び過去の正対風成分の変化を表すものである。特許文献2に記載のシステムでは鉛直流(下降流及び上昇流)に関する情報が提供されないが、安全な離着陸のためには、滑走路近傍での比較的低い高さでの風の状態、特に、鉛直流の存在の有無とその強さとを知ることも重要である。特許文献3は、滑走路の近傍に配置したドップラーソーダーからのデータを利用することによって、鉛直流に関する情報も含めて低層風に関する情報を提供することが可能な低層風情報提供システムを開示している。
【0006】
本発明は、航空支援などを目的とする情報提供に関するものであるので、本明細書では、航空機運航に関して常用されている単位に基づき必要に応じて、高さ及び距離に関する単位としてフィート(ft:1ftは30.48cm)を使用し、速さに関する単位としてノット(kt:1ktは1.852km/h)を使用する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012-58193号公報
【特許文献2】特開2017-162514号公報
【特許文献3】特開2021-18201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献2に開示される着陸判断支援システムは、ドップラーレーダーなどの高価な気象センサを必要とするので導入コストが高く、かつ、鉛直流に関する情報を提供できないという課題がある。これに対して特許文献3に開示される低層風情報提供システムは、ドップラーソーダーを使用するので低コストであり、かつ、鉛直流に関する情報も提供できるが、滑走路近傍の1点での測定監視に留まる、という課題がある。
【0009】
近年、ドローンなどのUAV(無人飛行機;Unmanned Aerial Vehicle)や、空飛ぶタクシー(エアタクシー)などとも呼ばれるUAM(アーバン・エア・モビリティ;Urban Air Mobility)といった航空機の実用化が進んでいる。これらの航空機は、通常、地上にいる操縦士あるいは運用者によって遠隔で操縦される。UAVやUAMの離着陸場所は空港とは限られず、またこれらの航空機は既存の航空路にとらわれずに比較的低い高度で飛行し、着陸場所への飛行経路もさまざまである。したがって、UAVやUAMの運航を支援するためには、例えば水平方向には数km四方の領域で高さが地上から数百mあるいは千数百m程度までの領域空間内における風向及び風速分布についての情報をそれらの航空機の操縦士や運用者に対して提供できることが必要である。またこのような情報は、航空機に搭乗して滑走路に対して離着陸を行なおうとする操縦士にも有用な情報である。しかしながらこれまではこうした情報を提供する実用的なシステムは存在しなかった。
【0010】
本発明の目的は、所定の広がりを有する領域空間における低層風に関する情報を提供することが可能な低層風情報提供システム及び低層風情報提供方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
所定の広がりを有する領域空間に所定の間隔で格子点を設定し、各格子点での風速の3成分(東西方向での風速成分、南北方向での風速成分及び鉛直方向での風速成分)と乱流強度とを実測することは、地上に多数の風リモート観測装置を配置することが必要であり、現実的ではない。一方、近年の数値流体力学(CFD;Computational Fluid Dynamics)解析における技術の進歩は著しく、水平方向が数km四方程度の領域空間であれば、領域空間内の地上の1点を基準点とし、基準点における各高さでの風向風速を与えれば、地形や建物などの影響を含めて領域空間内の各格子点での風向風速をメッシュデータとして精度よく算出することが可能である。しかしながらこの計算は演算量を必要とし、実時間で実行することは難しい。そこで本発明では、基準点における風向と風速水準ごとにあらかじめCFD解析を行って結果をデータべースに格納しておき、基準点で実測されたあるいは推測された値に基づいてデータベースを検索し、検索されたCFD解析結果に基づいた情報を利用者に提供する。その結果、CFD解析結果をひとたびデータベースに格納しておけば、それ以降は、領域空間内の各格子点での風向風速の推定値を小さな演算量で求めることが可能になり、低層風に関する情報を容易に実時間で提供できるようになる。
【0012】
したがって本発明の低層風情報提供システムは、地上に設けられた基準点を含む領域空間における風についての情報を提供する低層風情報提供システムであって、基準点における風向と風速との組み合わせごとに領域空間に関してCFD解析を行って得た解析結果をあらかじめ格納したデータベースと、基準点における風の状況の実測値または予測値に基づいてデータベース内の解析結果を検索する検索部と、検索部によって検索された解析結果に基づく情報を出力する情報出力部と、を有する。CFD解析によって得られる解析結果は、領域空間内の各点における風の状況についての計算値のデータを含んでいる。
【0013】
本発明の低層風情報提供方法は、地上に設けられた基準点を含む領域空間における風についての情報を提供する低層風情報提供方法であって、基準点における風向と風速との組み合わせごとに領域空間に関して数値流体力学解析をあらかじめ実行するステップと、数値流体力学解析によって得られた解析結果をデータベースに格納するステップと、基準点における風の状況の実測値または予測値に基づいてデータベース内の解析結果を検索するステップと、を有して検索された解析結果に基づく情報を出力し、数値流体力学解析において、領域空間内の各点における風の状況についての計算値を算出する。
【0014】
本発明において、CFD解析による解析結果に含まれる風の状況としては、例えば、風速の東西成分、南北成分及び鉛直成分と乱流強度との4つの要素を用いることができる。またCFD解析は、例えば、弱風に対応する風速水準と強風に対応する風速水準の2通りの風速に対して実行され、データベースからCFD解析結果を検索するときは、観測された(あるいは予測された)風速に応じていずれかの風速水準のCFD解析結果が検索されるようにすることができる。また、CFD解析は、風向に関しては、風向を16方位で表したときの各方位ごとに実行することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、所定の広がりを有する領域空間における低層風に関する情報を少ない演算量で速やかに提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施の一形態の低層風情報提供システムを示すブロック図である。
【
図5】進入経路に沿った風の4要素の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に、本発明を実施するための形態について、図面を参照して説明する。
図1は、本発明の実施の一形態の低層風情報提供システムの構成を示している。
図1に示す低層風情報提供システム10は、航空機の離発着に用いられる滑走路の近傍や、UAV、UAMなどの運航が行なわれる区域内に基準点Pが設定されているとして、基準点Pを含む領域空間Sにおける風についての3次元的な情報(風況情報)をインターネットなどのネットワーク50を介して利用者に対して提供するシステムである。利用者としては、航空機に搭乗している操縦士、航空機の運用者、航空機がUAVやUAMの場合であれば地上においてその航空機を操縦している者などが想定される。
【0018】
まず、領域空間Sについて説明する。
図2は領域空間Sの設定例を示す図であり、(a)は領域空間Sが設定される区域を地形図として示し、(b)は斜視図として領域空間Sの広がりを立体的に示している。
図2に示す例では、滑走路61の近傍に基準点Pが設定されている。領域空間Sは、例えば、水平方向には一辺の長さがLである正方形であり、鉛直方向には地表から高さHまでの領域である。Lは数kmであり、Hは数百から千数百mである。基準点Pは、領域空間Sの中心の近くで地表に設定されていることが好ましい。このような領域空間Sはメッシュ状に分割されており、数十m間隔で格子点が配置されている。一例として、低層風情報提供システム10が滑走路61に離着陸する航空機に対して情報を提供することを主目的とする場合には、Lは4km、Hは1000mであり、水平方向には60m間隔で、鉛直方向には20m間隔で格子点が配置される。一方、UAVやUAMの操縦者に対して情報を提供することを主目的とするの場合であれば、Lは2km、Hは500mであり、水平方向には30m間隔で、鉛直方向には10m間隔で格子点が配置される。この格子点は、後述する数値流体力学(CFD)解析において用いられるものである。いずれにせよここに示す例では、領域空間Sは217800(=66×66×50)個のセルに分割されたことになる。
【0019】
低層風情報提供システム10は、大別すると、情報提供サーバ20と、基準点Pに配置される観測装置30とによって構成される。情報提供サーバ20は、領域空間Sに対して事前に行ったCFD解析の結果をデータベースとして記憶する記憶部21と、観測装置30での観測結果に基づいて記憶部21に対する検索を行う検索部22と、検索部22で得られた解析結果に基づいて利用者に提供すべき風況情報を生成し出力する情報出力部23と、ネットワーク50との間で通信を行うインタフェース(I/F)24とを備えている。情報出力部23から出力された風況情報は、インタフェース24及びネットワーク50を介して利用者に提供される。さらに情報提供サーバ20には、データ同化部25と数値予報データ抽出部26とを備えている。数値予報データ抽出部26は、気象庁などの気象機関から数値予報データを受信して数値予報データからデータ抽出を行う。一方、データ同化部25は、記憶部21から検索されたCFD解析結果と数値予報データ抽出部26で抽出された抽出データとに対し、観測装置30での観測結果に応じてデータ同化を行う。
【0020】
基準点Pに配置される観測装置30は、最低限、基準点Pでの地上風向及び地上風速を観測できるものであればよい。しかしながら、上空の風の状況をより正確に把握して風況情報の正確さを向上させるために、基準点Pにおける各高さでの風速成分を求めることができる風リモート観測装置であることが好ましい。例えば特許文献1に記載されたドップラーソーダーシステムを観測装置30として用いることできる。さらに、領域空間S内において、基準点Pに観測装置30を設けるとともに基準点P以外の場所にも観測装置30を設け、後述するデータ同化の精度を高めるようにすることもできる。例えば、滑走路に進入する航空機に対して風況情報を提供する場合において、航空機の侵入経路に沿って地上に複数の観測装置30を配置することができる。
【0021】
図3は、本実施形態の低層風情報提供システム10を使用して利用者に対して風況情報を提供するときの手順を示している。まずステップ101において、事前に、領域空間Sにおける地形や建物の配置などのデータを使用して、基準点Pでの地上風向ごとに領域空間Sにおける気流乱れのCFD解析を行い、気流乱れ分布を求める。CFD解析では、工学モデルとして、強風時の気流が地形や建物の影響を受けることにより発生する空間的な風速シア(風向風速の歪)や強い気流乱れを監視できるk-εモデルなどを用いることが好ましい。このCFD解析は、例えば、風向に関して16方位の各々について、さらに弱風に対応する風速5m/sと強風に対応する風速10m/sの2つの風速水準の各々について実施し、各格子点での風の4要素を数値計算により求める。ここで求める風の4要素とは、風速の3成分(東西風成分、南北風成分及び鉛直風成分)と乱流強度である。水平方向には2km四方であり、高さが500mである領域空間Sに対し、水平方向に30m×30m。高さ方向に10mである空間分解能の格子条件でk-εモデルによりCFD解析を行ったときに数値計算が収束することは確認済みである。
【0022】
このようにしてCFD解析を行って得られた解析結果は、ステップ102において、記憶部21に格納される。ここで示す例では、風向が16方位、風速水準が2水準であるので、32個の解析結果が記憶部21に格納される。各々の解析結果は、
図2を用いて説明したように領域空間Sが設定されているとすれば、領域空間S内の217800個の格子点ごとに4要素の数値データを有するものである。ここまでの処理が、風況情報の提供のために事前に行っておくべき処理である。
【0023】
次にステップ103において、基準点Pに設けられている観測装置30において実測した風向及び風速に基づいて、検索部22により、データベースとして記憶部21に格納されている解析結果から、実測された風向及び風速に対応する解析結果を検索する。風速に関しては、実測された風速が弱風に該当するか強風に該当するかを判定して、その判定結果に応じて検索を行う。観測装置30が各高さでの風向及び風速を観測できるものであるときは、風速水準の判定において、例えば高度100ftでの風速が7.5m/s(15kt)未満であれば弱風と判定し、それ以上の風速では強風であると判定することができる。検索により得られた結果を情報出力部23に入力させて、この時点で利用者に対する情報提供を行ってもよい。CFD解析結果は3次元メッシュにおける各格子点での値の集合であり、このままでは利用者による風況の判断には使いづらい。そこで、領域空間Sを複数の解析断面で切断して、それらの解析断面における風向及び風速分布として風況情報を表すことが好ましい。なお風の息の影響を抑制するため、風向及び風速を観測するときは、例えば10分間の平均値を用いることが好ましい。
【0024】
解析断面には、例えば等高度面である水平標高高度断面62と、等高度面に対して垂直な面である鉛直断面63とがある。
図4(a)は、水平標高高度断面62である複数の解析断面で領域空間Sを切断した例を示し、
図4(b)は、鉛直断面63である複数の解析断面で領域空間Sを切断した例を示している。水平標高高度断面62は、例えば、高度が70ftから1500ftの範囲内で任意に指定することができる。鉛直断面63は、滑走路61に着陸する飛行機を対象とするときは進入経路の鉛直断面(滑走路進入断面)であってよく、UAVやUAMを対象とするときは、離着陸点を中心とした16方位の中から指定された方位に沿った鉛直断面であってよい。
【0025】
情報出力部23は、各解析断面における風速3成分と乱流強度の4要素の分布を示す図(解析断面図)を出力する。解析断面図は、例えば、多色多諧調のビットマップイメージとして生成される。さらには情報出力部23は、航空機の進入経路に沿った格子点のデータに基づいて、進入経路方向に向かって風の4要素がそれぞれどのように変化するかを示すグラフを生成してもよい。情報出力部23は、このグラフに対応した数値データをそのまま出力してもよい。
図5は、風向が北東(すなわち45°)であるときに東西方向に延びる滑走路に対して東側から着陸するとして、生成されるグラフの例を示している。
図5では、風速水準が5m/sと10m/sであるときの各々について、着陸点からの距離Lxに応じて各風速成分や乱流強度がどのように変化するかが示されている。
図5(a)は、滑走路に進入する航空機に対する正対風の変化を示し、
図5(b)はその航空機に対する横風の変化を示しており、
図5(c)は上下流(鉛直風)の変化を示し、
図5(d)は乱流強度として乱流エネルギー密度の変化を示している。
【0026】
高さごとの風速が測定されあるいは実測値からの補間内挿やフィッティング適合外挿で算出できる場合には、
図3においてステップ104に示すように、データ同化部25において、実際の風速(後述の
図7に示す例では実測値[a])を用いて各解析断面でのデータに対してデータ同化を行う。データ同化の目的は、CFD解析による高さごとの風速と実際の風速(あるいは実測値から内挿または外挿された風速)が異なるときに、CFD解析による風速が実際の風速に一致するように影響係数を決定して、高さごとのCFD解析データの感度補正を行うことである。このデータ同化(第1のデータ同化あるいはデータ同化[1]と呼ぶ)を行うことにより、解析断面ごとの断面図として表される風況情報も実際の観測値に整合するように修正されることになる。
【0027】
観測装置30がドップラーソーダーのみである場合、100m~200m程度までの各高さでの風速を実測することができるが、それ以上の高さでの風速の値を求めることはできない。100m~200m程度を超える高さの点での風速を求めるためには、航空機からDAPs(Downlink Aircraft Parameters)として送られてくる情報に含まれる上空風データや、ドップラーライダー、ドップラーレーダーなどで観測されたデータ、さらには、数値予報データ(特に気象庁が提供する局地数値予報モデル(LFM;Local Forecast Model)データ)に含まれる現在解析値データ(後述の
図7に示す例ではLFM解析値[B])などを使用することができる。ドップラーライダー、ドップラーレーダーは設置されているとは限られず、航空機が飛行していなければDAPsデータも入手できないので、実際には、ドップラーソーダーで得られた高さごとの風速値を外挿するか、LFMデータに含まれる現在解析値データを用いることになる。外挿により高度ごとの風速を求めるときは、一例として、風速のべき法則を使用してフィッティング適合外挿を行うことができる。風速のべき法則は、高さをzとし、基準高さをz
refとしてべき指数をpとしたときに、高さzでの風速V(z)が
V(z)=V(z
ref)×(z/z
ref)
p (1)
で表されるという経験則である。
【0028】
実測値が得られる各高度での風速を求めて最小二乗法などにより式(1)にあてはめてべき指数pを決定すれば、実測値が得られないような高度における風速を外挿による解析値として求めることができる。第1のデータ同化は、実測値及び解析値によって風速の鉛直分布を決定し、この各高度での風速とCFD解析結果での各高度の風速との比を影響係数として感度補正を行うことより行われる。なお、高さごとの風速の解析値を外挿で求めるときに、べき法則の代わりに対数分布則を用いてもよい。気象学においては、大気成層が中立(強風時はほぼすべてこれに該当する)の場合には、べき法則と対数分布則のいずれもが成立することが経験的に知られている。
【0029】
ドップラーソーダーなどによる実測値から得られたべき指数pと、数値予報モデルで得られる解析値から得られたべき指数pとに差異がある場合には、低層領域では地形等の影響により精度が低い数値予報モデルから得られたべき指数pを修正して使用することができる。数値予報モデルで得られたべき指数pを系統誤差の影響を受けたデータとして修正して使用するデータ同化のことを第2のデータ同化あるいはデータ同化[2]とする。上述したように実測値について10分平均値を求めているので、第2のデータ同化による解析断面データの更新も10分間隔で行われる。このように第2のデータ同化を行うことにより、各高度での風速の解析値に基いて修正された解析断面データが得られる。これを気象現況についての情報提供に用いることができる。
【0030】
本実施形態の低層風情報提供システム10では、数値予報データを使用することにより、数時間程度先の風況についても利用者に対して情報を提供することができる。数値予報データとしては、総観的あるいは大域的な数値予報データではなく、基準点Pにおける風の状況を的確に予想できる局地数値予報モデル(LFM)などを使用する。そして、
図3においてステップ105に示すように、上記のようにデータ同化が行われた解析断面データに対し、数値予報データでの現在解析値と予測値の差分(変化量)を反映させて、実測値とCFD解析結果とに基づいた系統誤差を補正した予測したデータを得る。その結果、例えば領域空間Sにおける数時間程度先の風況を表す情報を得ることができる。その手順は具体的にはまず、Xを1~5程度として、数値予報データ抽出部26において、数値予報データから、基準点Pにおける風速の現在解析値とX時間後の予測値(短時間予測値)を抽出する。そしてデータ同化部25において、系統誤差の補正を行った後に、高度ごとに数値予報データでの現在解析値と短時間予測値との差分(変化量)を求める。そして、観測装置30により風速を実測できる高度以下の高度については、数値予報データから求めた差分を、数値予報データでの現在解析値に対応する時刻の実測値に加算する。風向及び風速の予測値が現在解析値と大きく異なる場合には、予測された風向に基づいてステップ103及びステップ104の処理を再度実行するか、あるいは、方位ごとに算出される実測値のべき指数pを弱風時または強風時の経験値として学習した上で低層領域の系統誤差の補正を行い、べき法則を用いた外挿による第2のデータ同化を行って、予測データを得ればよい。このような処理を行うことにより、1時間から5時間程度将来の風況情報を得ることができる。なお、数値予報データの更新は例えば1時間ごとであるので、ステップ105の処理によるデータ更新も1時間ごとに行われる。
【0031】
数値予報データにおける風向及び風速の予測値が現在解析値と大きく異なる場合、すなわち数値予報データにおける短時間予測値において、予測される風向が、風向を16方位で表すものとして現在観測されている風向と1方位以上異なっていたり、風速水準が変わることがある。そのような場合には、予測された風向に基づいてステップ103及びステップ104の処理を再度実行すればよい。風向と風速水準ごとにべき法則において用いるべき指数pをあらかじめ学習によって求めてデータベースとして記憶しておき、短時間予測値で得られた風向及び風速水準によってデータベースから検索される指数pを用いて系統誤差の補正を行い、短時間予測値(
図7に示す例では短時間予測値[D])で得られる風速そのものにべき法則を適用して、第2のデータ同化を行ってもよい。
【0032】
ステップ104及びステップ105の処理によって、領域空間Sにおける気流の現在の状態を示すデータと短時間予測による将来の気流の状態を示すデータとが得られたことになる。本実施形態の低層風情報提供システム10は、ステップ106において、統合データベースとして、ネットワーク50を介してアクセスしてきた利用者に対し、風況情報として、気流実況と短時間予測による情報とを提供する。提供の形態としては多種多様なものが可能である。提供される情報としては、例えば以下に示すようなものがある。
(1) 観測装置30における実測データによる基準点Pにおける高度ごとの実測実況情報。この実測実況情報は、特許文献3に記載された低層風情報提供システムによって提供されるものと同様のものであり、1分ごとに更新されて利用者に提供される。
(2) 解析断面における風の4要素の分布。
図4を用いて説明した解析断面ごとに、実況と予測の各々について、風の4要素の強度分布を示すカラーのビットマップ画像が提供される。
(3) 進入経路に沿った風の4要素の各々の変化を示すグラフ。
図5を用いて説明したようなグラフが実況と予測の各々について提供される。
【0033】
本実施形態の低層風情報提供システム10は、このような風況情報を生成して出力することにより、航空機の操縦士や運用者に対して、航空機の運航に有用な情報を提供することができる。上記の説明は、
図2に示すように滑走路61に離着陸する固定翼機を対象として滑走路近傍を領域空間Sとするものであったが、本発明に基づく低層風情報提供システム10は、ヘリポートやドローン基地、UAMの離発着陸地点での低層風情報の提供に使用することができる。また、観測装置30を車載型のものとして移動可能にすれば、任意の領域空間Sにおける低層風情報の提供を行うことも可能である。
【0034】
1つの領域空間Sに対して観測装置30を複数配置することもできる。例えば、滑走路やUAV/UAMの離着陸地点の周囲であって気流乱れが大きいと予想される気流監視地点を基準点Pとして観測装置30を配置するととともに、CFD解析による解析値を影響係数で補正するための境界条件の算出に適する地点に観測装置30を配置することができる。このように複数の観測装置30を配置することにより、
図3に示す一連の処理でのステップ104,105で得られる計算結果の精度を向上させることができる。
【0035】
空港内において滑走路61の近傍に観測装置30を配置する場合、あるいは、UAMの離発着陸場所の近傍に観測装置30を配置する場合、これらの場所は法令上の制限区域として立ち入りが制限されている。そこで低層風情報提供システム10の運用中に遠隔から観測装置30における異常の発生を検知できることが好ましい。例えば、観測装置30から得られる観測データやステータス情報を監視することによって異常の発生の有無を検出しその発生した異常の内容を診断できるようにし、異常の発生が検出されたときにはその情報が情報提供サーバ20の管理者や観測装置30の保守管理者にメールなどで通知されるようにする。管理者は、異常についての診断結果にしたがって対応を実施するが、システムの再起動や、全ての運転パラメータ・運転条件の設定は、遠隔で行えるようにする。
【0036】
次に、実際に得られたデータなどに基づいて本発明をさらに詳しく説明する。
図6は、数値予報データ65の一例を示している。この数値予報データ65は、気象庁が提供する局地数値モデル(LFM)データの一例を抜粋したものである。LFMデータは、水平格子解像度を約2kmとし、1000hPa、975hPa、950hPa、925hPa、900hPa、850hPa、…などの気圧面ごとに当該気圧面のジオポテンシャル高度(HGT)、東西風成分の風速(UGRD)、南北風成分の風速(VGRD)、温度(TMP)、上昇流の風速(VVEL)及び相対湿度(RH)の各項目について、現在解析値と1時間後から10時間後までの1時間ごとの予測値とを含んでいる。数値予報データ抽出部26は、現在解析値とX時間後予測値について、気圧面ごとに、図において破線で囲むように、高度、東西風成分の風速及び南北風成分の風速を抽出する。データ同化では、東西風成分の風速と南北風成分の風速とから合成風速と風向とが算出される。
図6に示した例では、現在解析値では風向は南であるのに対し、3時間後予測値では風向は南西に変化し、風速が約30%低下している。このように風向や風速の変化があったときは、
図3で示した処理手順のうちステップ103からが再実行されて再計算がなされる。
【0037】
図7は、風速の高度分布の一例を示している。ある日の8時にドップラーソーダーにより地上高300ftまでの領域での風速(データ[A])を実測し、また、LFMデータにおける8時での現在解析値により地上高400ftから800ftまでの範囲での風速値(データ[B])を得て、データ[A],[B]より、べき法則を表す式(1)を満たすべき指数pを算出した。さらにLFMデータから、5時間後の13時の風速の予測値(データ[C])を得た。LFMによる予測値に対し、既に求めたべき指数pを適用することによって、地上高300ftまでの領域での風速の短時間予測値(データ[D])が得られる。8時の実測値(データ[A])と13時の短時間予測値(データ[D])とを比較すると、風速が減少することが予測された。13時でのドップラーソーダーによる実測値がデータ[E]として示されており、予測通り、風速は減少した。
【符号の説明】
【0038】
10 低層風情報提供システム
20 情報提供サーバ
21 記憶部
22 検索部
23 情報出力部
24 インタフェース(I/F)
25 データ同化部
26 数値予報データ抽出部
30 観測装置(ドップラーソーダ―・風リモート観測装置)
P 基準点
S 領域空間