(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024027590
(43)【公開日】2024-03-01
(54)【発明の名称】熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロール
(51)【国際特許分類】
C22C 37/00 20060101AFI20240222BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20240222BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240222BHJP
C21D 9/38 20060101ALN20240222BHJP
C21D 5/00 20060101ALN20240222BHJP
【FI】
C22C37/00 B
C22C38/00 301L
C22C38/00 302E
C22C38/58
C21D9/38 A
C21D5/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022130492
(22)【出願日】2022-08-18
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】布施 太雅
(72)【発明者】
【氏名】岩田 直道
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA20
4K042AA26
4K042BA03
4K042CA06
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA10
4K042CA11
4K042CA13
4K042CA17
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD05
4K042DE02
4K042DE03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、耐焼付き性および耐スリップ性が従来よりも優れた熱間圧延用ロールの外層材および熱間圧延用複合ロールを提供することを目的とする。
【解決手段】質量%で、C:1.2~2.5%、Si:0.15~2.50%、Mn:0.15~2.50%、Ni:0.2~8.0%、Cr:1.5~10.0%、Mo:3.5~12.0%、V:2.0~7.5%、W:0.1~6.0%、P:0.01~0.04%、S:0.001~0.010%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、かつC、Cr、Mo、V、Wの含有量が特定の式を満たす組成を有し、粒径1μm以上の炭化物が面積率で8.0~20.0%存在し、20℃の時のショア硬さが75.0HS以上85.0HS以下かつ600℃の時のショア硬さが45.0HS以上50.0HS以下である熱間圧延用ロール外層材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:1.2~2.5%、
Si:0.15~2.50%、
Mn:0.15~2.50%、
Ni:0.2~8.0%、
Cr:1.5~10.0%、
Mo:3.5~12.0%、
V:2.0~7.5%、
W:0.1~6.0%、
P:0.01~0.04%、
S:0.001~0.010%を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、かつC、Cr、Mo、V、Wの含有量が下記(1)式および(2)式を満たす組成を有し、粒径1μm以上の炭化物が面積率で8.0~20.0%存在し、20℃の時のショア硬さが75.0HS以上85.0HS以下かつ600℃の時のショア硬さが45.0HS以上50.0HS以下である熱間圧延用ロール外層材。
20.0≦[%C]×([%V]+[%Cr]+[%Mo]+[%W])≦35.0 (1)
1.00≦[%C]×((0.177×[%V])/(0.099×[%Cr]+0.063×[%Mo]+0.033×[%W]))≦3.00 (2)
ここで(1)式および(2)式において、[%C]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%W]は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
外層と内層の2層、または外層と中間層および内層の3層を有する熱間圧延用複合ロールであって、前記外層が質量%で、
C:1.2~2.5%、
Si:0.15~2.50%、
Mn:0.15~2.50%、
Ni:0.2~8.0%、
Cr:1.5~10.0%、
Mo:3.5~12.0%、
V:2.0~7.5%、
W:0.1~6.0%、
P:0.01~0.04%、
S:0.001~0.010%を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、かつC、Cr、Mo、V、Wの含有量が下記(1)式および(2)式を満たす組成を有し、粒径1μm以上の炭化物が面積率で8.0~20.0%存在し、20℃の時のショア硬さが75.0HS以上85.0HS以下かつ600℃の時のショア硬さが45.0HS以上50.0HS以下である熱間圧延用複合ロール。
20.0≦[%C]×([%V]+[%Cr]+[%Mo]+[%W])≦35.0 (1)
1.00≦[%C]×((0.177×[%V])/(0.099×[%Cr]+0.063×[%Mo]+0.033×[%W]))≦3.00 (2)
ここで(1)式および(2)式において、[%C]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%W]は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールに係り、特に鋼板の粗圧延の後段スタンドに適用する際に好適な熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高品質な鋼板の需要が増加しており、それにともない鋼板の熱間圧延技術を向上させることを求められている。そのため、熱間圧延設備で使用される熱間圧延用ロールの特性の向上、具体的には耐摩耗性や耐焼付き性、耐スリップ性等の向上が強く要求されている。耐摩耗性を向上させるため、Cr系のM7C3炭化物を導入したHiCr鋳鋼ロールや、工具鋼の一種である高速度鋼をベースにV,Cr,Mo,Wなどの炭化物形成元素を含有し、V系MC炭化物、Mo、W系M2C炭化物、Cr系M7C3炭化物(Mは炭化物を形成する金属元素を示す。)などの硬質炭化物を多量に導入したハイスロールが用いられている。しかし、耐摩耗性を向上させるために多量の炭化物を導入すると、硬さが高く耐摩耗性が良いため、ロールの表面粗さが小さくなり、圧延中の摩擦係数が小さくなることから、スリップが発生しやすくなる。一方で、圧延中の摩擦係数が大きくなると圧延材の一部がロール材に移着する現象である焼付きが発生し、焼付き発生後に圧延する製品の品質が劣化するという問題が発生する。
【0003】
このような問題を解決するために様々な技術が開示されており、例えば特許文献1には、外層の化学成分が質量比で、C:1.0~3.0%、Si:0.2~2.0%、Mn:0.2~2.0%、V:3.0~10.0%、Cr:3.0~10.0%およびMo,Wの1種または2種を2.0~10.0%含有し、あるいは、さらにNi:0.2~5.0%またはCo:0.2~10.0%の1種または2種を含有し、残部Feおよび不可逃的不純物からなることを特徴とする熱間圧延用複合ロールが提案されている。これによって、硬く微細で粒状なMC型炭化物を多量に晶出することによって圧延鋼材との間で高く安定した摩擦係数が確保できる熱間圧延用複合ロールになるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、質量%で、C:0.8~4.0%、Si:0.2~2.0%、Mn:0.2~2.0%、Cr:3.0~15%、V:3.0~15%、Mo、Wの1種または2種:≧2%、かつMo+0.5W:≧6.1%、あるいはさらに、Ni:0.2~5%、Co:0.5~10%、Nb:0.50~5.0%、Al,Ti,Zrの1種以上:≦0.5%の1種または2種以上を含有させ、金属組織が面積率で5~30%の炭化物を有し、該各炭化物の分布を隣接する炭化物間の平均間隙が20μm以下である外層材を備える熱間圧延用複合ロールが提案されている。これによって、粒状炭化物の適正量を微細かつ各炭化物間の隣接する間隙を小さく分散させることで、耐スリップ性、耐焼付き性が向上する熱間圧延用複合ロールになるとしている。
【0005】
特許文献3には、質量%で、C:0.90~1.40%、Si:0.50~1.50%、Mn:0.50~1.50%、Ni:0.5~2.0%、Cr:9.0~16.0%、Mo:1.00~3.00%、Al:0.010~0.030%、を含有するとともに、V:0.05~0.50%、Ti:0.05~0.50%、Nb:0.02~0.20%、のうち少なくとも1種を含有し、かつ、(1)式:8≦Cr/C≦14、(2)式:3.0≦12.3C+0.55Cr-15.2≦7.0、および(3)式:26.0≦15.5C+Crを満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなる溶湯組成を有する鋳鋼からなる外殻層と、該外殻層の内側に鋳造されたダクタイル鋳鉄からなる軸芯材が、中間層を介して一体化している熱間圧延粗圧延スタンド用ワークロールが提案されている。これにより、C量とCr量を適切量添加し、M7C3炭化物量を制御することで、耐摩耗性と耐スリップ性が両立できる熱間圧延粗圧延スタンド用ワークロールになるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002-346613号公報
【特許文献2】特開2004-255457号公報
【特許文献3】特開2020-63485号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、高品質鋼板の需要が高まる中で鋼板の熱間圧延技術の向上にともなって、ますます熱間圧延用ロールに要求される特性が厳しくなり、特に耐摩耗性がより強く要求されている。そのため、耐摩耗性の要求に合わせてロールを設計するとスリップし易くなり、逆にスリップ防止のために摩擦係数を大きくすると焼付き易くなり、ロールトラブルの発生頻度が増加する。特許文献1~3に記載された従来の熱間圧延用ロールでは、耐焼付き性および耐スリップ性が十分ではない。
【0008】
そこで本発明は、上記課題を解決した、耐焼付き性および耐スリップ性に優れた熱間圧延用ロールの外層材および熱間圧延用複合ロールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、熱間圧延用ロールの基地組織、炭化物、硬さ、摩擦係数、化学成分の関係を詳細に調査した。その結果、炭化物の面積率や高温硬さが特定の範囲になるよう、化学成分を最適化させることで、耐焼付き性および耐スリップ性が向上することを見出した。
本発明は、これらの知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次の通りである。
[1] 質量%で、
C:1.2~2.5%、
Si:0.15~2.50%、
Mn:0.15~2.50%、
Ni:0.2~8.0%、
Cr:1.5~10.0%、
Mo:3.5~12.0%、
V:2.0~7.5%、
W:0.1~6.0%、
P:0.01~0.04%、
S:0.001~0.010%を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、かつC、Cr、Mo、V、Wの含有量が下記(1)式および(2)式を満たす組成を有し、粒径1μm以上の炭化物が面積率で8.0~20.0%存在し、20℃の時のショア硬さが75.0HS以上85.0HS以下かつ600℃の時のショア硬さが45.0HS以上50.0HS以下である熱間圧延用ロール外層材。
20.0≦[%C]×([%V]+[%Cr]+[%Mo]+[%W])≦35.0 (1)
1.00≦[%C]×((0.177×[%V])/(0.099×[%Cr]+0.063×[%Mo]+0.033×[%W]))≦3.00 (2)
ここで(1)式および(2)式において、[%C]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%W]は、各元素の含有量(質量%)を表す。
[2] 外層と内層の2層、または外層と中間層および内層の3層を有する熱間圧延用複合ロールであって、前記外層が質量%で、
C:1.2~2.5%、
Si:0.15~2.50%、
Mn:0.15~2.50%、
Ni:0.2~8.0%、
Cr:1.5~10.0%、
Mo:3.5~12.0%、
V:2.0~7.5%、
W:0.1~6.0%、
P:0.01~0.04%、
S:0.001~0.010%を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、かつC、Cr、Mo、V、Wの含有量が下記(1)式および(2)式を満たす組成を有し、粒径1μm以上の炭化物が面積率で8.0~20.0%存在し、20℃の時のショア硬さが75.0HS以上85.0HS以下かつ600℃の時のショア硬さが45.0HS以上50.0HS以下である熱間圧延用複合ロール。
20.0≦[%C]×([%V]+[%Cr]+[%Mo]+[%W])≦35.0 (1)
1.00≦[%C]×((0.177×[%V])/(0.099×[%Cr]+0.063×[%Mo]+0.033×[%W]))≦3.00 (2)
ここで(1)式および(2)式において、[%C]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%W]は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、耐焼付き性および耐スリップ性に優れた熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールを提供することができる。その結果、ロールトラブル発生による圧延中断の時間損失が低減されることで、熱間圧延用ロールの圧延効率が向上し、それにともない熱間圧延鋼板の生産性が向上するという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】熱間転動摩耗試験で使用した試験機の構成、熱間転動摩耗試験用試験片を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の熱間圧延用ロールの外層材の組成限定理由について説明する。なお、以下、質量%は、特に断らない限り、単に%と記す。
【0013】
C:1.2~2.5%
CはV、Cr、Mo、W等と結合して硬質炭化物を形成し、耐摩耗性の向上に寄与する。また、基地に固溶して硬さを増加させる。Cが1.2%未満では炭化物量が不足し、優れた耐摩耗性を得ることができない。また、硬さが低くなるため、塑性流動が起こることで摩擦係数が大きくなり、焼付き易くなる。一方で、Cが2.5%を超えると炭化物が過剰に生成し、耐肌荒れ性、耐クラック性が低下する。また、硬さが高くなるとロールの表面粗さが小さくなり、摩擦係数が低下することでスリップが発生する。よって、Cは1.2%以上、2.5%以下に限定した。なお、Cの含有量は好ましくは1.5%以上2.2%以下である。
【0014】
Si:0.15~2.50%
Siは溶湯中で脱酸剤として作用し、溶湯の流動性を良くし、鋳造欠陥を防ぐ効果を持つ。Siが0.15%未満では脱酸効果が不足する。一方で、Siが2.50%を超えても効果が飽和する。よって、Siは0.15%以上、2.50%以下に限定した。なお、Siの含有量は好ましくは0.30%以上1.50%以下である。
【0015】
Mn:0.15~2.50%
Mnは溶湯の脱酸効果や、悪影響を及ぼすSをMnSとして固定する効果を持つ。Mnが0.15%未満ではその添加効果は不十分である。一方で、Mnが2.50%を超えても効果が飽和する。よって、Mnは0.15%以上、2.50%以下に限定した。なお、Mnの含有量は好ましくは0.30%以上1.50%以下である。
【0016】
Ni:0.2~8.0%
Niは基地の焼入れ性を向上させ、基地の硬さを向上させる効果を持つ。Niが0.2%未満ではその効果はほとんど発現しない。一方で、Niが8.0%を超えるとオーステナイトが残留しやすくなるため硬さが低下する。よって、Niは0.2%以上、8.0%以下に限定した。なお、Niの含有量は好ましくは1.0%以上4.0%以下である。
【0017】
Cr:1.5~10.0%
Crは炭化物形成元素であり、Cと結合してM7C3炭化物を形成する。硬質な炭化物であるため、耐摩耗性を向上させる効果を持つ。Crが1.5%未満ではM7C3炭化物量が不足し、耐摩耗性が低下する。一方で、Crが10.0%を超えると、粗大なM7C3炭化物が生成し、かえって耐摩耗性が悪化する。よって、Crは1.5%以上、10.0%以下に限定した。なお、Crの含有量は好ましくは3.0%以上7.0%以下である。
【0018】
Mo:3.5~12.0%
Moは炭化物形成元素であり、Cと結合してM2C炭化物を形成する。硬質な炭化物であるため、耐摩耗性を向上させる効果を持つ。Moが3.5%未満ではそれらの効果が不十分である。一方で、Moが12.0%を超えると粗大なM2C炭化物が生成し、靭性が低下する。よって、Moは3.5%以上、12.0%以下に限定した。なお、Mo含有量は好ましくは5.5%以上9.5%以下である。
【0019】
V:2.0~7.5%
Vは炭化物形成元素であり、Cと結合してMC炭化物を形成する。MC炭化物はビッカース硬さHvで2800の値を有し、最も硬い炭化物のうちの一つである。Vが2.0%未満では、MC炭化物の晶出・析出量が不十分であり、耐摩耗性が悪化する。一方で、Vが7.5%を超えると、鉄溶湯より比重の軽いVC炭化物が遠心鋳造中の遠心力により外層の内側に濃化し、偏析が起こる。よって、Vは2.0%以上、7.5%以下に限定した。なお、V含有量は好ましくは3.0%以上6.5%以下である。
【0020】
W:0.1~6.0%
Wは炭化物形成元素であり、Cと結合して硬質なM2C等の硬質な炭化物を生成し、外層の硬さが増加するとともに、耐摩耗性を向上させる効果を持つ。Wが0.1%未満ではその効果が不十分であり、耐摩耗性が悪化する。一方で、Wが6.0%を超えると粗大なM2C炭化物が生成し、耐摩耗性がかえって悪化する。よって、Wは0.1%以上、6.0%以下に限定した。なお、W含有量は好ましくは1.0%以上4.0%以下である。
【0021】
P:0.01~0.04%
Pは、製造過程で混入し、機械的特性が低下すると考えられてきたが、発明者らの鋭意検討の結果、少量のPの含有は硬さや耐摩耗性を向上させる効果があることを明らかにした。Pが0.01%未満ではその効果が十分ではなく、一方でPが0.04%を超えると機械的性質が劣化する。よって、Pは0.01%以上、0.04%以下に限定した。なお、P含有量は好ましくは0.02%以上0.03%以下である。
【0022】
S:0.001~0.010%
Sは、通常、鉄系合金では有害元素として取り扱われ、一定量以下の含有量に制限されるが、その範囲内において、MnSは潤滑材の効果をもつ。一方で、含有量が多いと材質が脆くなる。よって、Sは0.001%以上、0.010%以下に限定した。なお、S含有量は好ましくは0.002%以上0.006%以下である。
【0023】
不可避的不純物
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0024】
また、本発明では、C、Cr、Mo、V、Wの含有量が上記の範囲内であり、加えて下記(1)式および下記(2)式を満たすことを特徴とする。
20.0≦[%C]×([%V]+[%Cr]+[%Mo]+[%W])≦35.0 (1)
1.00≦[%C]×((0.177×[%V])/(0.099×[%Cr]+0.063×[%Mo]+0.033×[%W]))≦3.00 (2)
ここで(1)式および(2)式において、[%C]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%W]は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0025】
[%C]×([%V]+[%Cr]+[%Mo]+[%W])について、このパラメータは、炭素と炭化物形成元素の関係を示しており、上記(1)を満たすように調整することで炭化物量および基地中のC含有量が適正化され、硬さが向上し、それによって耐摩耗性が向上する。[%C]×([%V]+[%Cr]+[%Mo]+[%W])の値が20.0未満の場合、炭化物量の不足もしくは、基地中のC含有量が少ないため、十分な硬さを得られず、耐摩耗性が低下する。また、圧延中に塑性流動が起こりやすく、鋼材が焼付きやすくなる。一方、35.0を超えると、炭化物量の増加もしくは、基地中のC含有量が多いため、十分すぎる硬さが得られる。そのため、圧延中のロール表面粗さが小さくなることによって摩擦係数が低くなり、スリップが発生しやすくなる。よって、[%C]×([%V]+[%Cr]+[%Mo]+[%W])の値は20.0以上、35.0以下に限定した。さらに、好ましくは25.0以上30.0以下である。
【0026】
[%C]×((0.177×[%V])/(0.099×[%Cr]+0.063×[%Mo]+0.033×[%W]))について、このパラメータは、MC炭化物量と(M2C炭化物量+M7C3炭化物量)の比を表しており、上記(2)を満たすように調整することで、各炭化物量の割合が適正化され、圧延中の摩擦係数が焼付きおよびスリップが起こらない値を取ることが可能となる。[%C]×((0.177×[%V])/(0.099×[%Cr]+0.063×[%Mo]+0.033×[%W]))の値が1.00未満の場合、M2C、M7C3炭化物量の割合が多くなる。これらは面状に広く晶出するため、ロール表面が平坦化し、表面粗さが小さくなり、圧延中の摩擦係数が小さくなることでスリップが発生し易くなる。一方で、3.00を超える場合は、MC炭化物量の割合が多くなる。これは、微細な粒状な炭化物であり、ロール表面の突起部が多くなることにより圧延中の摩擦係数が大きくなり、焼付きが発生し易くなる。よって、[%C]×((0.177×[%V])/(0.099×[%Cr]+0.063×[%Mo]+0.033×[%W]))の値は、1.00以上、3.00以下に限定した。さらに、好ましくは1.20以上2.00以下である。
次に、本発明の熱間圧延用ロール外層材の組織限定理由について説明する。
【0027】
本発明の熱間圧延用ロール外層材は、上記した範囲の組成を有し、かつ粒径1μm以上の炭化物が面積率で8.0~20.0%存在する組織であることを特徴とする。炭化物とは、凝固中に晶出したMC炭化物、M2C炭化物、M7C3炭化物である。
ここで、基地とはマルテンサイトまたはベイナイトであることが好ましい。炭化物については様々な研究がされているが、そのほとんどは耐摩耗性に関する研究である。発明者らの鋭意検討の結果、各炭化物量を適切な割合にするため、上記した範囲の組成を有し、かつ粒径1μm以上の炭化物が面積率で8.0~20.0%存在する組織に限定することで、耐焼付き性および耐スリップ性が大きく向上することを発見した。各炭化物の硬さだけではなく、形態に着目し、粒状かつ微細なMC炭化物量と面状に晶出するM2CおよびM7C3炭化物量およびその割合を調整することで、圧延中の摩擦係数値を制御することができ、それにともなって耐焼付き性および耐スリップ性が向上したと考えられる。
次に、本発明の熱間圧延用ロール外層材及び熱間圧延用複合ロールの好ましい製造方法について説明する。
【0028】
本発明では、ロール外層材の製造方法としては、遠心鋳造法や連続肉盛鋳造法などが好ましいが、製造コストの観点から着目すると、遠心鋳造法がより好ましい。なお、本発明ではこれらの製造方法に限定されない。
【0029】
本発明の熱間圧延用複合ロールは、遠心鋳造法でロール外層材を鋳造する場合、遠心鋳造された外層と、該外層と溶着一体化した内層とからなる。なお、外層と内層との間に中間層を配してもよい。すなわち、外層と溶着一体化した内層に代えて、外層と溶着一体化した中間層および該中間層と溶着一体化した内層としてもよい。なお、内層は静置鋳造法で製造することが好ましい。
【0030】
静置鋳造法で製造する内層は、鋳造性や機械的性質に優れた球状黒鉛鋳鉄、いも虫状黒鉛鋳鉄(CV鋳鉄)などを用いることが好ましい。遠心鋳造製ロールは、外層と内層が溶着一体化しており、外層材の成分が内層に混入する。外層材に含まれるCr、V等の炭化物形成元素が内層へ混入すると、内層を脆弱化する。このため、内層への外層材成分の混入率はできるだけ抑えるのが好ましい。
【0031】
また、中間層を形成する場合は、中間層材として、黒鉛鋼、高炭素鋼、亜共晶鋳鉄等を用いることが好ましい。中間層と外層は溶着一体化しており、外層材の成分が中間層に混入する。内層への外層材成分の混入率を抑制するためには、外層材の中間層への混入率はできるだけ抑えるのが好ましい。
【0032】
本発明の熱間圧延用複合ロールは、鋳造後、熱処理を施されることが好ましい。熱処理は、900~1100℃に加熱し、空冷あるいは衝風空冷する焼入れ処理と、さらに下式(3)に記載している焼戻しパラメータPが10000~20000の範囲内となるように、加熱保持したのち冷却する焼戻し処理を2回以上行うことが好ましい。この時、焼入れ温度、焼戻しパラメータ、焼戻し回数は成分に応じて記載の範囲内で変更することによって、前述した組織を得ることが可能となる。
P=T(log(t)+A) (3)
ここで、Tは焼戻し温度(K)、tは焼戻し時間(h)、Aは定数である。(本発明ではA=20を使用)
【0033】
なお、本発明の熱間圧延用複合ロールの好ましい硬さは、20℃時のショア硬さで75.0HS~85.0HS、600℃時のショア硬さで45.0HS~50.0HSである。20℃ショア硬さが75.0HS未満では耐摩耗性が劣化し、一方で硬さが85.0HSを超えると、熱間圧延中に熱間圧延用ロール表面に形成されたクラックを研削除去するのが困難になる。また、熱間圧延中のロール表面温度は約600℃付近であり、600℃時のショア硬さが45.0HS未満では、塑性流動が起こり、鋼材がロール面に焼付きやすくなる。一方で、硬さが50.0HSを超えると、ロール硬さが高すぎることで、圧延中にスリップが発生し易くなる。このような硬さは、本発明の成分を有するロールを焼戻しパラメータPが10000~20000の範囲内となるように熱処理することで安定して確保できる。
【実施例0034】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0035】
表1に示す熱間圧延用ロール外層材の化学組成(残部はFe及び不可避的不純物である。)にて、No.1~8の本発明実施例の各供試材と、No.9~20の比較例の各供試材を、1450~1550℃まで加熱、溶解し、Y型キールブロック鋳型(直方体部:厚み35mm、幅230mm、高さ120mm)に鋳造した。冷却後、鋳塊を取り出し、900℃~1100℃で焼入れ処理したのち、焼戻しパラメータPが10000~20000の範囲内となるように、加熱保持したのち冷却する焼戻し処理を3回行った。その後、組織観察、硬さ測定、熱間転動摩耗試験機を用いた摩擦係数測定を行った。なお、組織観察と硬さ測定の試験片は肉厚中心部から採取した。
【0036】
【0037】
本発明例及び比較例の鋳塊から切り出した各試料をビッカース硬さ計(試験力:1kgf)で20℃と600℃時のビッカース硬さHVを各5点測定し、その平均値を算出した。高温(600℃時)ビッカース測定においては、JIS Z2252「高温ビッカース硬さ試験方法」に準拠した。圧子はダイヤモンドを使用し、ニコン製QM‐2(圧子および試験片の同時加熱式)の試験機を用いて、試験雰囲気はアルゴンガス雰囲気中、昇温速度20℃/min、荷重保持時間は10secで実験を行った。得られたビッカース硬さをJIS B 7731の計算式でショア硬さに換算した。
【0038】
熱間転動摩耗試験機を用いた摩擦係数測定方法は次の通りとした。得られた各発明例及び各比較例の鋳塊から熱間転動摩耗試験片(外径60mmφ、幅10mm、C1面取りあり)を採取した。摩耗試験は、
図1に示すように、試験片と相手片との2円盤すべり転動方式で行った。試験片1を冷却水2で水冷しながら76rpmで回転させ、回転する該試験片1に、高周波誘導加熱コイル3で1000℃に加熱した相手片(外径190mmφ、幅15mm、C1面取り)4を荷重の方向7に荷重を180N加え、接触させながら転動させた。試験片の回転方向5と相手片の回転方向6は、試験片1と相手片4の接点における接線が同一方向となる回転方向である。摩擦係数測定方法は、試験を300分間実施し、60分ごとに相手片を新品に更新して計5回試験を行った。試験中のトルクと荷重を測定し、下式(4)から摩擦係数を算出した。
μ=T/P×L (4)
ここで、μは摩擦係数、Tはトルク(kgf・m)、Pは荷重(kgf)、Lは試験片の半径(m)である。
【0039】
上記試験は、熱間圧延の連続的な操業を想定している試験のため、相手片を1000℃に加熱し、300分後における摩擦係数や焼付き状況を評価している。焼付きの有無は300分後における試験片表面を目視で確認し、相手片の材質の移着があるものを焼付きありとし、移着がなかったものを焼付き無しとした。
【0040】
熱間転動摩耗試験(以下、摩耗試験ともいう。)方法は次の通りとした。摩擦係数測定試験時と同様に、得られた各発明例及び各比較例の鋳塊から、熱間転動摩耗試験片(外径60mmφ、幅10mm、C1面取りあり)を採取した。摩耗試験は、
図1に示すように、試験片1と相手片4との2円盤すべり転動方式で行った。試験片1を冷却水2で水冷しながら700rpmで回転させ、回転する該試験片1に、高周波誘導加熱コイル3で800℃に加熱した相手片(外径190mmφ、幅15mm、C1面取り)4を荷重の方向7に荷重を686N加え、接触させながら転動させた。試験片の回転方向5と相手片の回転方向6は、試験片1と相手片4の接点における接線が同一方向となる回転方向である。摩耗試験は135分間実施し、45分(試験片31500回転)ごとに相手片を新品に更新して計3回(試験片94500回転)試験を行い、試験前後の試験片の質量減少量、すなわち摩耗量を測定した。
【0041】
熱処理後の各試料について、鏡面研磨後、ナイタール液で腐食した後、デジタルマイクロスコープで組織観察を行った。撮影する視野内に共晶セルが200個以上確認できる視野で撮影を行った.また、画像解析ツール(ImageJ)を用いて、測定倍率200倍の写真の二値化処理を行った。写真中の基地組織と炭化物の輝度に違いがあるため、二値化処理をすることで、基地組織と炭化物を分類し面積を求めることができる。各試料5枚撮影し、炭化物の面積率の平均値を算出した。ここで、前記炭化物の面積率は、粒径1μm以上の炭化物の面積率である。前記炭化物の粒径は、500倍で撮影したデジタルマイクロスコープ画像から、炭化物の直径を測定し、これを前記炭化物の粒径とした。棒状の炭化物については、短辺の長さを前記炭化物の粒径とした。また、炭化物の形状が楕円形等の場合は、最小径を粒径とした。
【0042】
得られた結果を表2に示す。
【0043】
【0044】
表2の摩擦係数は、0.15~0.30の範囲で合格、0.15未満もしくは0.30より大きい値は不合格とした。摩擦係数が0.15未満の場合、試験中の摩擦係数が小さいことから耐スリップ性が十分ではないと考えられる。また、0.30より大きい場合は、試験中の摩擦係数が高いため、焼付きが発生した。適正な基地の高温硬さおよび各炭化物量の割合によって、試験中の摩擦係数が適切な範囲の値となり、耐焼付き性および耐スリップ性が向上したと考えられる。また摩耗量は、発明例では0.50g以下であるのに対し、摩擦係数が0.30より大きい比較例のサンプルNo.16~20では0.50gを超えている。さらに、Crを規定成分より過剰量含んでいる比較例のサンプルNo.11においても摩耗量が0.50gを超えている。上限以下の摩擦係数および適正な成分組成によって耐摩耗性が向上したと考えられる。
【0045】
したがって、本発明によれば、耐焼付き性および耐スリップ性に優れた熱間圧延用ロール外層材および複合ロールを製造することが可能となる。その結果、スリップによるロール噛みこみ不良や、被圧延材にスリップマークが付く等の肌荒れなどのロールトラブル発生による圧延中断時の時間損失が低減することで熱間圧延用ロールの圧延効率が向上し、それにともない熱間圧延鋼板の生産性が向上するという効果も得られる。