(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002773
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】糸およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
D01F 8/12 20060101AFI20231228BHJP
【FI】
D01F8/12 Z
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022102174
(22)【出願日】2022-06-24
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-04-03
(71)【出願人】
【識別番号】591051966
【氏名又は名称】株式会社サンライン
(74)【代理人】
【識別番号】100096714
【弁理士】
【氏名又は名称】本多 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100124121
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 由美子
(74)【代理人】
【識別番号】100176566
【弁理士】
【氏名又は名称】渡耒 巧
(74)【代理人】
【識別番号】100180253
【弁理士】
【氏名又は名称】大田黒 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100169236
【弁理士】
【氏名又は名称】藤村 貴史
(72)【発明者】
【氏名】中西 巧
(72)【発明者】
【氏名】水津 啓太
(72)【発明者】
【氏名】小川 貴之
【テーマコード(参考)】
4L041
【Fターム(参考)】
4L041BA02
4L041BA05
4L041BA21
4L041BA46
4L041BD02
4L041CA19
4L041CA21
4L041CA25
4L041CA47
4L041DD05
(57)【要約】
【課題】芯鞘構造の糸において、芯部と鞘部との間の剥離を抑制することのできる糸およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】ポリアミドからなる芯部と、フッ素樹脂からなる鞘部とを有する芯鞘構造を備え、前記鞘部のフッ素樹脂は、接着性官能基を有し、融点が220~250℃である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアミドからなる芯部と、フッ素樹脂からなる鞘部とを有する芯鞘構造を備え、前記鞘部のフッ素樹脂は、接着性官能基を有し、融点が220~250℃であることを特徴とする糸。
【請求項2】
前記フッ素樹脂が、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体である請求項1記載の糸。
【請求項3】
請求項1記載の糸を原糸とし、該原糸の複数本を含む撚糸又は製紐糸である糸。
【請求項4】
釣糸である請求項1~3のいずれか一項に記載の糸。
【請求項5】
複合紡糸法によりポリアミドからなる芯部と、フッ素樹脂からなる鞘部とを有する芯鞘構造の糸を製造するに当たり、
前記鞘部のフッ素樹脂に、接着性官能基を有し、融点が220~250℃であるものを用いることを特徴とする糸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸、特に釣糸等に用いられる糸およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糸、特に釣糸の素材として従来から、ナイロン等のポリアミド樹脂、ポリフッ化ビニリデン等のフッ素樹脂、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル樹脂、またはポリエチレン等のポリオレフィン樹脂が用いられてきた。ここに、釣糸に求められる特性は、強力、柔軟性、耐摩耗性、耐水性などがあり、これらの特性には樹脂特性からは相反するものもあるため、上述した各樹脂よりなる糸は市場において共存しており、ユーザは重視する特性によって上述した樹脂のなかから選択していた。
【0003】
上述した各特性を、高いレベルで有する糸を得るために、上述した樹脂の二種以上や、上述した樹脂にフッ素樹脂などをブレンドした糸が考えられた。しかし、樹脂をブレンドした糸は、強力が大きく低下し、また、相溶性の問題もあり、期待したような十分な特性の向上は得られなかった。
【0004】
紡糸法に関して、複合紡糸法がある。複合紡糸法によれば、異なる樹脂による芯鞘構造の糸を製造することができる。しかし、複合紡糸法による芯鞘構造の糸は、釣糸の用途では、樹脂の種類によっては芯部の樹脂と、鞘部の樹脂との接着性が良好でない場合があり、芯部と鞘部との間で剥離が生じることがあった。また、芯部の樹脂の熱膨張率と鞘部の樹脂の熱膨張率との相違によっても芯部と鞘部との間で剥離が生じる場合があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の問題を有利に解決するものであり、芯鞘構造の糸において、芯部と鞘部との間の剥離を抑制することのできる糸およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは強力、柔軟性、耐摩耗性、耐水性などを兼ね備えた糸を開発すべく鋭意研究を重ねた結果、芯部をポリアミドとし、鞘部を接着性官能基を有し、融点が220~250℃であるフッ素樹脂とする芯鞘構造の糸が、強力、柔軟性、耐摩耗性を有し、吸水が少ないので、糸、特に釣糸として優れた特性を有し、さらに、芯部と鞘部との間で剥離を抑制できることを見出し、本発明に至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の[1]~[5]である。
[1]ポリアミドからなる芯部と、フッ素樹脂からなる鞘部とを有する芯鞘構造を備え、前記鞘部のフッ素樹脂は、接着性官能基を有し、融点が220~250℃であることを特徴とする糸。
[2]前記フッ素樹脂が、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体である[1]の糸。
[3]上記[1]の糸を原糸とし、該原糸の複数本を含む撚糸又は製紐糸である糸。
[4]釣糸である[1]~[3]のいずれかの糸。
[5]複合紡糸法によりポリアミドからなる芯部と、フッ素樹脂からなる鞘部とを有する芯鞘構造の糸を製造するに当たり、前記鞘部のフッ素樹脂に、接着性官能基を有し、融点が220~250℃であるものを用いることを特徴とする糸の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の糸によれば、芯鞘構造の糸において、芯部と鞘部との間の剥離を抑制することができる。
本発明の糸の製造方法によれば、芯部と鞘部との間の剥離を抑制した芯鞘構造の糸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態の糸の模式的な断面図である。
【
図2】本発明の別の実施形態の糸の断面を示す写真である。
【
図3】直線最大荷重での破断部の断面状態を示す写真である。
【
図4】摩耗による剥離を調べたときの破断直前の状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の糸およびその製造方法をより具体的に説明する。
本発明の糸は、ポリアミドからなる芯部と、フッ素樹脂からなる鞘部とを有する芯鞘構造を備え、前記鞘部のフッ素樹脂は、接着性官能基を有し、融点が220~250℃である。
図1に本発明の糸の模式的な断面図を示す。
図1中、糸1は、芯部2と鞘部3とを備える。
図2に、本発明の糸の断面の一例を顕微鏡写真で示す。
図1、2から、本発明の糸は、芯鞘構造を有することが分かる。
【0011】
芯鞘構造の糸とし、芯部はポリアミドとすることにより、ポリアミドが有する高い強力、耐摩耗性、柔軟性を、糸においても具備している。また、ポリアミドは吸水性が高いことが釣糸として不利であるが、本発明では、鞘部を特定のフッ素樹脂としている。この特定のフッ素樹脂は、吸水性が著しく低い。そこで、糸の使用時において水中や海中などの水分に接する鞘部を、特定のフッ素樹脂とすることにより、吸水性が低い糸とすることができる。したがって、本発明の糸は、芯部をポリアミドとし、鞘部をフッ素樹脂とする芯鞘構造とすることにより、強力、柔軟性、耐摩耗性を有し、しかも吸水が少なく、釣糸として優れた特性を有している。
【0012】
もっとも、一般の芯鞘構造の糸では、芯部の樹脂と鞘部の樹脂との間で、剥離が生じるおそれがある。この点について、本発明の糸は、フッ素樹脂を、接着性官能基を有する樹脂としている。接着性官能基を有するフッ素樹脂により、芯部のポリアミドとの接着性が向上し、剥離を抑制することができる。
【0013】
それだけでなく、本発明の鞘部のフッ素樹脂は、融点が220~250℃のものである。これまでの知見では、鞘部のフッ素樹脂は、芯部の樹脂の融点にできるだけ近い融点を有するものが好ましいと考えられていて、具体的には芯部がポリアミドであるとき、200℃程度の融点のフッ素樹脂が好ましいと考えられてきた。しかしながら、本発明者らの研究によれば、鞘部のフッ素樹脂は220~250℃の融点のものが特に好ましいことが分かった。その理由は必ずしも明らかではないが、鞘部のフッ素樹脂の融点が220~250℃であると、ポリアミドとフッ素樹脂との熱膨張率の相違による剥離を抑制できると考えられ、又釣り糸としての延伸性も確保できる。
【0014】
芯部のポリアミドは、PA6、PA12、PA6/66、PA6/12などが挙げられる。ポリアミドには、添加剤として顔料、染料、性能付与添加剤を含むことができる。
【0015】
鞘部のフッ素樹脂は、接着性官能基を有するものであり、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)であって、接着性官能基を有するものが好ましい。接着性官能基は、カルボニル基、カーボネート基、カルボキシ基、ハロホルミル基、アルコキシカルボニル基、酸無水物基が挙げられる。
【0016】
鞘部のフッ素樹脂は、融点が220~250℃である。220~250℃の範囲でポリアミドとの剥離を良好に抑制することができる。フッ素樹脂の融点は、好ましくは225~240℃であり、より好ましくは230℃を超え240℃以下である。
上記の接着性官能基を有し、融点が220~250℃であるフッ素樹脂として、AGC社の商品名AH-2000、AH-5000がある。
【0017】
鞘部のフッ素樹脂は、水との接触角が100度以上あることが好ましく、これにより撥水性が高い糸とすることができる。
【0018】
芯部のポリアミドと、鞘部のフッ素樹脂との比率は、体積比(ポリアミド)/(フッ素樹脂)で(60/40)~(90/10)であることが好ましい。体積比が(60/40)に満たないと剥離が生じる可能性があるという不利がある。体積比が(90/10)を超えると鞘部の成形性の安定の点で好ましくない。体積比のより好ましい範囲は、(70/30)~(80/20)である。
【0019】
本発明の糸を製造するには、複合紡糸法により、複合紡糸機の同心円状に配置された口金から、中心側の溶融ポリアミドと、周囲側の溶融フッ素樹脂とを共押出することにより、芯鞘構造の糸を得ることができる。
【0020】
紡出温度は、285~330℃が好ましい。285℃以上であることにより、芯部と鞘部の界面に優れた接着性を発現することができ、330℃を超えると炭化する恐れが生じる。
【0021】
紡出後のモノフィラメントは冷却され、次いで延伸される。冷却間距離は40~100mmが好ましく、40mm以上であることにより、より優れた接着性を付与することができる。また、延伸倍率は4~6倍とすることかできる。
モノフィラメントの鞘部の表面にはシリコーンや界面活性剤などをコーティングすることができる。
【0022】
本発明の糸は、モノフィラメントの態様で用いることができる。モノフィラメントの直径は0.05~3.5mmであることが好適であり、0.1~1mmであることがより好適である。また、モノフィラメントの横断面形状は、特に限定されるものではないが、通常は円形である。円形以外の形状も、撚溜りが生じる、糸癖が付き易いなどの釣糸として使用時のトラブルを生じない程度であれば、公知のあらゆる異形形状とすることが可能である。
【0023】
本発明の糸の引張強度は7~10cN/dTexであることが好ましく、そのときの伸度は23~35%であることが好ましい。また、本発明の糸の結節強度は4~9cN/dTexであることが好ましく、そのときの伸度は10~20%であることが好ましい。
【0024】
また、本発明の糸はモノフィラメントばかりでなく、フィラメントの複数本を撚糸又は製紐糸として用いることができる。
【0025】
本発明の糸は、高い強力、耐摩耗性、柔軟性を、糸においても具備していて、吸水性が低い。したがって、釣糸として好適である。もっとも、本発明の糸の用途は釣糸に限定されるものではない。高い強力、耐摩耗性、柔軟性又は低い吸水性が求められる他の用途にも好適に用いることができる。
【実施例0026】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。
表1に示す実施例1~2、比較例1~5の糸を用意した。
【0027】
【0028】
実施例1:芯がPA6/66(UBE社、商品名5033TX12)、鞘がETFE(AGC社、商品名AH-5000、融点225℃)
実施例1の糸は、複合紡糸機の紡出温度を285℃にして押出し成形した後、延伸倍率5.7倍で延伸して製造した。
【0029】
実施例2の糸は、実施例1と芯鞘比率を異ならせた以外は実施例1と同様にして製造した。
【0030】
比較例1:芯がPA6/66(UBE社、商品名5033TX12)、鞘がETFE(AGC社、商品名Fluon(R)ETFE、融点260℃)
比較例1の糸は、実施例2と鞘部の原料を異ならせた以外は同様にして製造した。
【0031】
比較例2:芯がPA6/66(UBE社、商品名5033TX12、ナイロン6/66
共重合体)、鞘がPVDF(クレハ社、商品名KF1000、融点173℃)
比較例2の糸は、実施例2と鞘部の原料を異ならせた以外は同様にして製造した。
【0032】
比較例3:芯がPA6/66(UBE社、商品名5033TX12)、鞘がPVDF(3M社、商品名6010/0000、融点173℃)
比較例3の糸は、実施例2と鞘部の原料を異ならせた以外は同様にして製造した。
【0033】
比較例4:芯鞘構造を有しない、PVDFモノフィラメント(ソルベイ社、商品名TA-6012/0001、融点170~174℃)
比較例4の糸は、通常の紡糸機により紡出温度を270℃にし製造した。
【0034】
比較例5:芯鞘構造を有しない、PA6/66モノフィラメント(UBE社、商品名5033TX12)
比較例5の糸は、通常の紡糸機により紡出温度を265℃にし製造した。
【0035】
各実施例、各比較例の芯鞘比率(体積比率)、号数は表1中に併記した。
各実施例、各比較例について、直線強力、結節強力、2時間水中浸漬後の吸水率及び収縮率、沸水20分後の収縮率、耐摩耗性、柔軟性、摩耗後の直線低下率、摩耗による剥離、破断による剥離を調べた結果を表1中に併記した。これらの試験及び評価は次のように行った。
【0036】
(1)直線強力
AND社のテンシロン万能試験機を用いて、上下チャック間の25cmの試験糸が300mm/minの速度で移動し破断した時の最大荷重値と伸度を計測した。
【0037】
(2)結節強力
一重結びした試料糸をAND社のテンシロン万能試験機を用いて、上下チャック間の25cmの試験糸が300mm/minの速度で移動し破断した時の最大荷重値と伸度を計測した。
【0038】
(3)2時間水中浸漬後の吸水率及び収縮率
1mカットした試料糸を23℃で温度管理された水槽内に2時間浸漬、ブランクとの長さの差(収縮率)、重量差(吸水率)を測定した。
【0039】
(4)沸水20分後の収縮率
1mカットした試料糸を沸騰した水に20分間浸漬、ブランクとの長さの差(収縮率)を測定した。
【0040】
(5)耐摩耗性
水中にセットした砥石(#60)に150gの荷重をかけ、100mmのストローク長、56.8mm/secで擦り付け、破断するまでの往復回数を測定した。
【0041】
(6)柔軟性
試料長25mmで糸の先端部をそれぞれ固定、その幅は2mm、その状態で秤に接地するようにセットする。そこから降下速度1.5mm/秒で3mm降下させ、秤にかかった荷重を測定した。(値が低いほど柔らかい事を示す。)
【0042】
(7)摩耗後の直線低下率
水中にセットした砥石(#60)に150gの荷重をかけ、100mmのストローク長、56.8mm/secで10往復擦り付け、AND社のテンシロン万能試験機を用いて、上下チャック間の25cmの試験糸が300mm/minの速度で移動し破断した時の最大荷重値を測定した。
【0043】
(8)摩耗による剥離
水中にセットした砥石(#60)に150gの荷重をかけ、100mmのストローク長、56.8mm/secで擦り付け、破断するまでの往復、破断後の試料状態を確認した。
【0044】
(9)破断による剥離
AND社のテンシロン万能試験機を用いて、上下チャック間の25cmの試験糸が300mm/minの速度で移動し破断させ、破断後の断面を確認した。
【0045】
表1から、実施例1、2は、比較例5と同程度の直線強力を有しながら比較例4と同程度の結節強度を有し、水中浸漬で評価される吸水性が比較例5よりも低く、比較例5に近い耐摩耗性、柔軟性を有しつつ、摩耗による剥離、破断による剥離が生じなかった。
図3に、上述した直線強力を調べたときの直線最大荷重での破断部の断面状態を写真で示す。
図3(a)は実施例1、
図3(b)は比較例1、
図3(c)は比較例2、
図3(d)は比較例3の糸を示している。
図3(a)~(d)から、実施例1は芯部と鞘部との間で剥離が見られなかったのに対して、比較例1、2、3では芯部と鞘部との間で剥離が生じていた。
また、
図4に、上述した摩耗による剥離を調べたときの破断直前の状態を写真で示す。
図4(a)は実施例1、
図4(b)は比較例1、
図4(c)は比較例2、
図4(d)は比較例3の糸を示している。
図4(a)~(d)から、実施例1は芯部と鞘部との間で剥離がほとんど見られなかったのに対して、比較例1、2、3では芯部と鞘部との間で著しく剥離が生じていた。