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特開2024-27767可溶型CLEC2を用いた血小板減少性疾患の診断法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024027767
(43)【公開日】2024-03-01
(54)【発明の名称】可溶型CLEC2を用いた血小板減少性疾患の診断法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240222BHJP
【FI】
G01N33/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022130854
(22)【出願日】2022-08-19
(71)【出願人】
【識別番号】591122956
【氏名又は名称】株式会社LSIメディエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】和田 英夫
(72)【発明者】
【氏名】川村 雅英
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA24
2G045CA26
2G045DA36
2G045FB03
(57)【要約】
【課題】特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の診断に有用なバイオマーカーを開発し、明確且つ簡便なITPの診断方法を提供する。
【解決手段】前記診断方法は、ITPの罹患が疑われる患者又はITPと診断された患者から採取した血液中に存在する、可溶型CLEC2濃度を測定する工程を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者から採取した血液中に存在する、可溶型CLEC2濃度を測定する工程を含む、特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法。
【請求項2】
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法であって、
(1)前記患者に由来する血液試料を提供する工程、
(2)前記試料中の可溶型CLEC2濃度を決定する工程、
(3)前記可溶型CLEC2濃度と、前記患者における特発性血小板減少性紫斑病の存在若しくは非存在、を相関させる工程、
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法であって、前記患者における特発性血小板減少性紫斑病の存在若しくは非存在、を相関させる工程が、前記可溶型CLEC2濃度の変化に基づいて、リスクを前記患者が有するかどうかを評価することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法であって、可溶型CLEC2濃度と特発性血小板減少性紫斑病を相関させる工程で、前記可溶型CLEC2濃度のカットオフ値が79~155pg/mLである、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法であって、可溶型CLEC2濃度と特発性血小板減少性紫斑病を相関させる工程で、前記可溶型CLEC2濃度のカットオフ値が93~132pg/mLである、請求項2又は3に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可溶型CLEC2を用いた血小板減少性疾患の診断法に関する。
【背景技術】
【0002】
血小板は血液凝固、血栓形成に重要な働きをしている。この血小板が減少する血小板減少性疾患の原因としては、主として血小板の産生が抑制されること、血小板が消費・破壊されること等によると考えられている。血小板減少性疾患の原因を特定して正しく診断し、適切な治療を行うことは非常に重要である。
【0003】
血小板が減少する疾患としては、血小板産生が抑制される疾患として白血病、骨髄異形成症候群(MDS)、再生不良性貧血、先天性血小板減少症、薬剤性血小板減少症、血小板が消費・破壊される疾患としては播種性血管内凝固症候群(DIC)、血小板減少性微小血管障害(TMA)、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)、抗リン脂質症候群(APS)、全身性エリテマトーデス(SLE)、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)、また感染によるものとしてヘリコバクターピロリ感染、HIV感染等がある。
【0004】
この中で特に特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は特異的な診断法が無い。ITPの典型的な症状としては、皮膚の内出血であり、しばしば下腿の皮膚に小さな赤い斑点(点状出血)が多数現れ、ちょっとした打ち身であざ(斑状出血または紫斑)が広がることがある。また、歯ぐきから出血する場合や、便や尿に血液が認められたり、月経の出血が多量になったりすることもある。また、けがによる出血が止まりにくくなる。血小板の減少が進むと、こうした出血傾向が悪化し、血小板数が非常に少なくなると、消化管から多量の血液が失われたり、外傷がなくても生命を脅かす脳内出血を起こしたりすることもある。しかし、これらの症状はITPに特異的なものではなく、白血病、MDS、再生不良性貧血の初期にはほぼ同様の症状を呈する。
【0005】
ITPは他の血小板減少性疾患を除外することにより診断される。即ち、DIC、TMA、HIT、感染症を否定し、白血病・MDSを否定し、再生不良性貧血等を除外して行くことにより、ITPの診断を確定させるが、それらを適切に除外して行くことは容易ではない。
【0006】
血小板減少性疾患の原因は先天性の血小板異常を除くと、血小板の消費・破壊亢進と産生抑制に大別され、この鑑別には未熟血小板分画(IPF)検査が有用であるとされている。IPFは血小板が減少することにより血小板の産生が亢進し、未成熟の血小板の比率が増えることを検出する原理の検査である。IPFは血小板が消費、破壊される場合は血小板産生が亢進するので、その比率は正常から高値を示すが、血小板の産生が抑制されている状態では未成熟の血小板ができにくいのでその比率は低下する。血小板産生が亢進する血小板減少性疾患は、DIC、TMA、HIT、全身性エリテマトーデス、抗リン脂質症候群、及びITP等であり、血小板産生が抑制されている血小板減少性疾患は白血病、MDS、再生不良性貧血等である。しかしながら、IPF検査で血小板消費亢進型と血小板産生抑制型を鑑別しようとしても偽陽性・偽陰性が多く、この検査だけでの血小板産生抑制型と血小板消費・破壊型の鑑別は不可能である。特に初期症状が似ている白血病、MDS、再生不良性貧血とITPを鑑別することは重要であるが、IPF検査のみでは正確な診断は難しく、これを補強する新たな技術が求められていた。
【0007】
ITPの診断方法としては、血中トロンボポエチン(TPO)濃度の測定も検討されている。ITPでは血中TPOは正常~低値を示すが再生不良性貧血のような骨髄低形成の状態では高値を示すので、再生不良性貧血とITPの鑑別には使えるが、他の血小板減少性疾患との鑑別には使えない。また、血小板に対する自己抗体を検査する方法もあるが、感度特異度が低く、実際の臨床検査として普及していない。ITPの診断法は様々な検討がなされているが、迅速かつ簡便に確定診断の補助となるような検査項目は存在しない。
【0008】
血小板は様々な刺激により活性化し、活性化した血小板は凝集を始める。血小板減少性疾患には、血小板の活性化に伴って血小板が減少するというメカニズムのもの、血小板の活性化を伴わずに減少するものがある。血小板の消費・破壊が原因となる血小板減少性疾患の多くは血小板の活性化を伴うが、ITPは血小板に対する自己抗体が関与して、脾臓などの血管外で血小板が貪食される機序によるので、血小板の活性化を伴わない病態である。一方、白血病、MDSの血小板の減少は主に血小板の産生低下によるが、病態として凝固活性化による血栓傾向があるため、血小板が活性化していることが多い。すなわち、ITP以外の血小板減少性疾患は血小板が活性化していることが多いと考えられる。
【0009】
血小板の活性化を評価する検査としては、βトロンボグロブリン(βTG)と血小板第4因子(PF4)が知られている。しかしながら、βTGとPF4の検査は、採血に際し駆血帯の使用を避けること、採血した検体を専用の前処理液と混合後すぐに氷冷すること、血漿を遠心分離後上層の0.3mLのみを測定に使用することなど、測定についての制約条件が多く、また測定上の誤差影響が大きいので、実際の臨床検査にはほとんど普及していない。また、p-セレクチンなどの血小板表面マーカーを利用したフローサイトメトリー法もあるが、これらは全て研究用に検査で実際に臨床検査には使用されていない。
【0010】
C-type lectin-like receptor 2(CLEC2)は血小板活性化蛇毒ロドサイチンの受容体として、血小板上に同定された。CLEC2はヒトではほぼ血小板・巨核球特異的に発現しており、血小板に特異的な分子と言える。このCLEC2は血小板が活性化される際に、可溶型CLEC2(soluble CLEC2、以下sCLEC2と略記することがある)として血液中に放出されることが報告された(特許文献1、非特許文献1)。血中sCLEC2濃度は血小板の活性化に伴って上昇するので、血中sCLEC2濃度は血栓症の形成と関連することが示唆され、脳梗塞、心筋梗塞の診断に利用可能なことも記載されている(特許文献1)。また、sCLEC2は播種性血管内凝固症候群(DIC)、血栓性微小血管症(TMA)(非特許文献2)、深部静脈血栓症等(特許文献2;未公開)のような病的な血栓ができている疾患で高値になることが知られている。つまり、血中sCLEC2が高値であることは血小板が活性化していることを意味し、この検査は生体中の血小板活性化の評価に使用できるバイオマーカーとなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第6078845号公報
【特許文献2】特願2021-003671
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】F. Kazama et al., Platelets 2015; 26(8):711-719
【非特許文献2】Y. Yamashita et al., Thrombosis Research 178 (2019) 54-58
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
血小板減少性疾患は多くの疾患を含むが、それぞれに治療法が異なり、適切に診断して適切な治療を行う事が重要である。その中でITPは特異的な診断法は無く主としてその他の血小板減少性疾患を除外することによって診断されている。
【0014】
ITPと鑑別を要する白血病、MDS、再生不良性貧血はそれぞれ特異的な症状がある。白血病は白血球が異常に増殖する血液ガンであり、MDSは血髄中の造血幹細胞の異常により正常な血液細胞が作られなくなる病態である。また再生不良性貧血は全ての血液細胞、即ち赤血球、白血球、血小板の産生が抑制される病態であるから、最終的には鑑別診断が可能である。しかしながら、これらの病態の早期では血小板のみが減少することがあるため、ITPを早期に鑑別し、診断できることは診療上非常に重要である。
【0015】
従って、本発明の課題は特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の診断に有用なバイオマーカーを開発し、明確且つ簡便なITPの診断法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは前記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、ITP患者血漿中のsCLEC2濃度は、類似の血小板減少性疾患に比較し有意に低いことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
ITPは自己免疫的な機序で血小板に対する自己抗体が産生され、自己抗体が結合した血小板が脾臓中で破壊される病態で、血小板の活性化を伴わない血小板減少性疾患と言える。本発明ではITP患者の血漿中のsCLEC2は低値から正常値を示すことを発見した。一方、多くの血小板減少性疾患では血小板が活性化することにより血小板が凝集して減少するのでsCLEC2値は高値を示す。ITPと類似の病態を示す初期の白血病やMDAも血小板の活性化が見られ、血漿中のsCLEC2は高値を示す。従って血漿中のsCLEC2を測定することにより、明確且つ簡便に、ITPを他の血小板減少性疾患から鑑別することが可能となった。
【0018】
従来の血小板減少性疾患の診断には、血小板が減少する原因、即ち消費・破壊の亢進か産生の抑制かという視点でIPF検査が用いられていた。これは重要な視点であるが、IPF検査の診断能は感度、特異度共に低いという問題点があった。これに加えて血漿中のsCLEC2の測定を行うことは、血小板が活性化しているかという新しい視点を加えることになり、血小板減少性疾患の診断により多くの情報を加えることができる。
【0019】
すなわち、本発明は以下を提供する。
[1]減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者から採取した血液中に存在する、可溶型CLEC2濃度を測定する工程を含む、特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法。
[2]血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法であって、
(1)前記患者に由来する血液試料を提供する工程、
(2)前記試料中の可溶型CLEC2濃度を決定する工程、
(3)前記可溶型CLEC2濃度と、前記患者における特発性血小板減少性紫斑病の存在若しくは非存在、を相関させる工程、
を含む、[1]の方法。
[3]血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法であって、前記患者における特発性血小板減少性紫斑病の存在若しくは非存在、を相関させる工程が、前記可溶型CLEC2濃度の変化に基づいて、リスクを前記患者が有するかどうかを評価することを含む、[2]の方法。
[4]血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法であって、可溶型CLEC2濃度と特発性血小板減少性紫斑病を相関させる工程で、前記可溶型CLEC2濃度のカットオフ値が79~155pg/mLである、[2]又は[3]の方法。
[5]血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法であって、可溶型CLEC2濃度と特発性血小板減少性紫斑病を相関させる工程で、前記可溶型CLEC2濃度のカットオフ値が93~132pg/mLである、[2]又は[3]の方法。
【発明の効果】
【0020】
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の血液中に存在するsCLEC2濃度を測定することで、他の血小板減少性疾患から鑑別し、明確且つ簡便にITPの診断を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】ヒトsCLEC2蛋白質を標準品として用いて作成した標準曲線である。
図2】健常者及びITP患者、その他の血小板減少性疾患患者の血中sCLEC2濃度のプロット図である。
図3】sCLEC2によるITP vs その他の血小板減少性疾患鑑別のROC曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下において、ITPの診断を行う方法の実施態様として、血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者の血中sCLEC2測定方法を例として、本発明の実施形態について詳細に説明するが、利用方法の態様についてはこれに限定されるものではない。
【0023】
例えば、本発明には、
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者から採取した血液中に存在する、可溶型CLEC2濃度を測定する、特発性血小板減少性紫斑病の診断方法;
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者から採取した血液中に存在する、可溶型CLEC2濃度を測定する、特発性血小板減少性紫斑病の診断を補助する方法;
特発性血小板減少性紫斑病を診断するために、血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者から採取した血液中に存在する、可溶型CLEC2濃度を測定する方法;
血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者から採取した血液中に存在する、可溶型CLEC2濃度を測定する、特発性血小板減少性紫斑病のin vitro診断方法;
可溶型CLEC2に特異的な抗体の、特発性血小板減少性紫斑病の診断用キットの製造における使用;
特発性血小板減少性紫斑病の診断に必要な情報を提供するために、血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者から採取した血液中に存在する、可溶型CLEC2濃度を測定する方法
が含まれる。
【0024】
また、本発明には、可溶型CLEC2に特異的な抗体の、本発明の各種方法に使用するためのキットの製造における使用が含まれる。
更に、本発明の各種方法は、in vitro及びin vivoのいずれでも実施することができるが、in vitroで実施することが好ましい。
【0025】
本明細書においてITPとの鑑別が必要となる血小板減少性疾患は白血病、骨髄異形成症候群(MDS)、再生不良性貧血、先天性血小板減少症、薬剤性血小板減少症、播種性血管内凝固症候群(DIC)、血小板減少性微小血管障害(TMA)、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)、抗リン脂質症候群(APS)、全身性エリテマトーデス(SLE)、また感染によるものとしてヘリコバクターピロリ感染、HIV感染等が挙げられるがこれに限定される訳ではない。
【0026】
血小板の産生が亢進しているか抑制されているかを知るための検査に、未熟血小板分画(IPF)検査を用いても良いし、血小板の減少そのものの評価には血小板数の測定が用いられる。
【0027】
本明細書において用語「CLEC2」とは、C型レクチンファミリーに属する血小板活性化受容体であり、通常、血小板の膜に存在するが、血小板の活性化に伴って、血液中に放出される。
本明細書において用語「可溶型CLEC2(sCLEC2)」とは、このような血小板から遊離し、血液中(バッファー中でインキュベートする場合はバッファー中)に検出されるCLEC2またはCLEC2由来の分子のことを意味する。
【0028】
sCLEC2には、還元条件下SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)における分子量約40kDaのタンパク質、分子量約32kDaのタンパク質、分子量約25kDaのタンパク質などが含まれるとされる(非特許文献1)。分子量約40kDaのタンパク質、分子量約32kDaのタンパク質は血小板膜表面に存在し、血小板活性化に伴って産生されるマイクロパーティクルに含まれた状態で放出されると推定される。これらには糖鎖が付加されていると考えられる。一方、分子量約25kDaのタンパク質は血小板の活性化に伴ってプロテアーゼによって切断を受けて血小板から遊離すると考えられる。本発明においては、前記のようなsCLEC2の量を測定する。sCLEC2は分子量約40kDaのタンパク質、分子量約32kDaのタンパク質および分子量約25kDaのタンパク質をまとめて検出してもよいし、分子量約25kDaのタンパク質のみを検出してもよい。
【0029】
本発明において使用するsCLEC2濃度は、sCLEC2濃度のみで使用してもよいし、sCLEC2濃度を血小板数で除して得られた値を使用してもよい。本明細書においては、特に断りが無い限り、sCLEC2濃度とはsCLEC2濃度を使用した場合、sCLEC2濃度を血小板数で除した場合のいずれも含む概念と解釈される。
【0030】
測定に用いる試料はヒト由来であることが好ましいが、実験動物の病態把握等のために、ヒト以外の動物由来の試料を用いてもよい。実験動物としては特に制限されないが、例えば、モルモット、ラット、マウス、イヌ等が挙げられる。
【0031】
sCLEC2の存在を検出するための方法は、特に制限されないが、sCLEC2を認識する抗体(以下、これを「抗sCLEC2抗体」と称することがある)を用いた免疫学的方法が好ましい。免疫学的にタンパク質の検出を行う方法としては、例えば、酵素免疫測定法(ELISA法)、化学発光免疫測定法、電気化学発光免疫測定法、蛍光免疫測定法、放射免疫測定法、免疫クロマトグラフィー等の標識抗体を用いた免疫測定法、あるいは、ウェスタンブロッティング法、ラテックス凝集法、免疫比濁法等のそれ自体公知の通常用いられる方法であればいかなる方法でも用い得る。しかしながら、単純な免疫測定法ではITP患者、健常者のsCLEC2濃度を測定するのに測定感度が十分でないことあるので、ITP患者、健常者の血中sCLEC2を測定するのに十分な感度を有する測定法を用いるべきである。そのためには高感度測定法が望ましく、化学発光免疫測定法や電気化学発光免疫測定法、蛍光免疫測定法等が特に好ましく用いられる。
【0032】
対象の被験者(特には患者)から、例えば、血漿採血用の採血管で検体を採取する。通常は残存血小板の少ないクエン酸入りの採血管が好適であるが、ヘパリン、EDTA入りのものでも可能である。血中血小板数測定用にはEDTA入り採血管が用いられるが、同時採血であれば、各々別の採血管でもよい。血漿中sCLEC2濃度は例えば2000gで20分程度遠心分離した血漿を用いて測定するが、遠心の条件はこれに限るものではなくまた全血を使用した測定系であってもよい。以下、血漿中sCLEC2濃度の測定を例にとって説明するが、これに限定されるものではない。
本明細書において用語「患者」とは、特に断りが無い限り、血小板減少性疾患の罹患が疑われる患者又は血小板減少性疾患と診断された患者を含む。血小板減少性疾患であるか否かは、公知の診断方法、例えば、血小板数を測定することにより判断できる。
【0033】
測定された患者由来試料中のsCLEC2濃度を用いたITPの診断には、ITP患者由来試料中のsCLEC2濃度と、健常人由来試料中のsCLEC2濃度や他の血小板減少性疾患患者由来の試料中のsCLEC2濃度との比較から閾値を適宜設定して使用してもよい。
【0034】
例えば、ITP患者のsCLEC2濃度の値が、健常人と比較して同程度か減少している場合は血小板が活性化していないと考えられる。血小板が活性化するタイプの血小板減少性疾患患者のsCLEC2濃度の値と比較してこれらとの鑑別のカットオフ値を設定して診断に活用することも可能である。
例えば、感度または特異度が60%以上になるようにする場合、カットオフ値は79~155pg/mLの間の任意の値を、感度または特異度が70%以上になるようにする場合、カットオフ値は93~132pg/mLの間の任意の値を選ぶことで適宜設定してよい。
【0035】
sCLEC2は、血小板の活性化に伴い血中に放出される。既存の血小板活性化マーカー、例えば、PF4、βTGは、採血による物理的な圧力により顆粒が刺激され、非特異的な放出を起こすことが問題とされているがsCLEC2は、血小板活性化を惹起するシグナル伝達依存的な放出機序であり、生体内の血小板の活性化をより正確に反映するマーカーである。また、CLEC2はヒトでは血小板・巨核球系に発現がほぼ限られるため、偽陽性が少ない血小板特異的なマーカーになる。従って、血液中のsCLEC2を測定することにより血小板の活性化状態を把握することが可能となるため、血小板減少性疾患の鑑別診断が可能となり、当該sCLEC2の測定は、明確且つ簡便なITPの診断に利用可能となる。
【実施例0036】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0037】
《実施例1:ヒト血漿中sCLEC2の測定》
本実施例では、以下に示す手順に従って、血漿中のsCLEC2濃度を測定した。
(測定用試薬の作製と被検試料の調製)
・検体希釈液:防腐剤を含む0.1mol/LのHEPES緩衝液(pH7.5)を用いて、オクタン酸ナトリウム2%、n-オクチル-β-D-グルコシド(OG)0.5%になるように組み合わせて検体希釈液とした。
試薬に含まれる抗体は、特許第6078845号公報の実施例に記載の抗体を使用し、以下のように調製した。
・第1抗体溶液:磁性ラテックス粒子(JSR社)にsCLEC2を認識するマウスモノクローナル抗体(11D5)を結合させ、防腐剤を含む0.01mol/LのMES緩衝液(pH6.0)に分散させた。
・第2抗体溶液:sCLEC2を認識する別のマウスモノクローナル抗体(11E6)をマレイミド法によりアルカリホスファターゼ(ALP)標識し、防腐剤を含む0.01mol/LのMES緩衝液(pH6.5)に分散させた。
・発光基質溶液:2-クロロ-5-(4-メトキシスピロ{1,2-ジオキセタン-3,2´-(5´-クロロ)-トリシクロ[3.3.1.13,7]デカン}-4-イル)-1-フェニルホスフェート・二ナトリウム(CDP-Star(登録商標):アプライドバイオシステム社)を使用した。
・B/F洗浄液:0.1mol/Lクエン酸(pH6.5)、0.15mol/L NaCl、0.1%TritonX-100を含む緩衝液を使用した。
・被検試料:組換えhCLEC2蛋白質を緩衝液(0.025mol/L HEPES、0.14mol/L NaCl、0.1%オクタン酸ナトリウム、0.3%BSA)を用いて希釈したものを被検試料1、クエン酸血漿を用いて希釈したものを被検試料2として使用した。
【0038】
(測定試薬による測定)
測定には、全自動臨床検査システムSTACIA(登録商標、LSIメディエンス社製)を使用した。
STACIA専用ボトルに、調製した検体希釈液、第1抗体溶液(磁性ラテックス試薬)、第2抗体溶液(酵素標識抗体試薬)をそれぞれ充填し、装置にセットした。以下、前記装置の運転方法に従い測定した。
具体的には、試料10μLに検体希釈液40μLを加え、37℃で数分間加温した後、第1抗体溶液(磁性ラテックス試薬)25μLを加え、37℃で数分間加温した。次いで、B/F分離を行い、50μLの第2抗体溶液(酵素標識抗体試薬)を加え、37℃で数分間加温し、再度B/F分離を行った後、100μLの発光基質溶液を加え、37℃で数分反応後にシグナル強度(カウント)を測定した。
図1にsCLEC2蛋白質を標準品として用いて作成した標準曲線を示す。
【0039】
《実施例2:健常者、ITP患者及びその他血小板減少性疾患患者の血漿検体中のsCLEC2の測定》
健常者、ITP、その他様々な疾患で血小板が減少した患者の血漿中sCLEC2を測定した。表1に健常者・患者数、平均値、標準偏差を示す。
【0040】
【表1】
【0041】
図2にこれらの測定値をプロットした結果を示す。このように多くの血小板減少性疾患例では血漿中sCLEC2濃度は健常者と比べ高値を示すのに対し、ITP患者では健常者と同程度を示す。従って、血小板減少性疾患の血漿中sCLEC2値を測定することによりITPの鑑別が可能となるため、ITP診断を明確且つ簡便に行うことができる。
【0042】
《実施例3:健常者、ITP患者及びその他血小板減少性疾患患者の血漿検体中のsCLEC2によるITPの診断能》
実施例2で得られたITP患者のsCLEC2測定値(N=35)とその他の血小板減少性疾患患者の測定値(N=67)を用いてROC曲線を作成した(図3)。
これよりカットオフ値を102pg/mLと設定したところ、ITPを他の血小板減少性疾患から鑑別する診断能は以下の表2のようになった。
【0043】
【表2】
【0044】
また、感度または特異度が70%以上になるカットオフ値は93~132pg/mLであった。また、感度または特異度が60%以上になるように設定した場合、カットオフ値は79~155pg/mLであった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
以上のように、本発明における血中sCLEC2測定は血小板減少性疾患の鑑別診断(特にはITPの診断)に使用できる臨床検査となることができ、又、sCLEC2測定試薬は血小板減少性疾患の鑑別診断薬(特にはITPの臨床検査診断薬)になることができる。これらにより、従来無かった分子マーカー(即ち、血中sCLEC2測定)を用いることで、血小板減少性疾患から鑑別し、明確且つ簡便なITPの診断が可能となる。
図1
図2
図3