(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024028370
(43)【公開日】2024-03-04
(54)【発明の名称】細胞培養物を清浄度の高い空間において調製するための容器及びキット
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240226BHJP
【FI】
C12M1/00 K
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024000037
(22)【出願日】2024-01-04
(62)【分割の表示】P 2021509438の分割
【原出願日】2020-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2019057131
(32)【優先日】2019-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003971
【氏名又は名称】弁理士法人葛和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野口 枝莉
(72)【発明者】
【氏名】結城 りさ
(57)【要約】
【課題】 本発明は、細胞培養物の調製に際し、清浄度の高い空間を準備するために大規模な設備を導入することなく、いかに簡便に、清浄な環境下で細胞培養物の調製を行うことができる道具の提供を目的とする。
【解決手段】 エアフィルタによりISO14644-1に規定されたClass1~9の清浄度の内部空間、容器外から容器内の操作を可能とする操作部、各種細胞培養物の調製に必要なものを収容する収容部を有する、密閉された袋状の容器を提供することにより、上記課題が解決された。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞から細胞培養物を調製するための密閉された袋状の容器であって、
該容器は、遠心分離機の遠心分離バケットに収容できるサイズに収縮でき、
内部の空間の清浄度をISO14644-1で規定されたClass1~9の所定の範囲で維持するための容器の内部と外界とをつなぐように設けられたエアフィルタ、
細胞培養物の調製に使用する物を収容するための容器の内部に設けられた1または2以上の収容部、および
外部から前記細胞培養物の調製に使用する物を操作することができる容器の内部へ突出したグローブ状の構造を有する操作部、
を備え、
収容部は、細胞懸濁液を遠心分離するための尖った先端を備えた遠沈処理部を含む、
前記容器。
【請求項2】
伸縮することのできる構造を有する、請求項1に記載の容器。
【請求項3】
凍結が可能な素材で構成されている、請求項1または2に記載の容器。
【請求項4】
収容部の少なくとも1つが、凍結された細胞を収容している、請求項1~3のいずれか一項に記載の容器。
【請求項5】
収容部が、以下:
播種された細胞を収容し、培養する細胞培養部、
複数の液体を収容しておくための液体収容部、
培養する細胞を収容する細胞保存部、
廃液を収容する廃液部、
からなる群より選択される1または2以上を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の容器。
【請求項6】
収容部が、容器内の清浄度に影響を与えることなく、容器から切り離すことのできる構造を有する、請求項1~5のいずれか一項に記載の容器。
【請求項7】
細胞培養部が、温度応答性細胞培養基材を有する、請求項5または6に記載の容器。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の容器を含む、細胞培養物調製用キット。
【請求項9】
温度応答性細胞培養基材を有する培養容器を、容器の内部にさらに含む、請求項8に記載の細胞培養物調製用キット。
【請求項10】
細胞培養物の調製に使用する器具を、容器の内部にさらに含む、請求項8または9に記載の細胞培養物調製用キット。
【請求項11】
細胞培養物を調製する方法であって、請求項1~7のいずれか一項に記載の容器内で、外部からの操作により、以下:
(i)培養する細胞を播種するステップ、
(ii)細胞を培養するステップ、
を含む、前記方法。
【請求項12】
細胞培養物を調製する方法であって、袋状の容器が収縮した状態において、a)容器を加温するステップ、b)容器を遠心分離機のバケットに納めるステップ、またはc)容器をインキュベーターに供するステップを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
細胞培養物を調製する方法であって、袋状の容器が伸長した状態において、操作部および各収容部を使用可能にするステップを含む請求項11または12に記載の方法。
【請求項14】
容器内部の清浄度に影響を与えることなく、容器の内容物を取り出すステップをさらに含む、請求項11~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
調製される細胞培養物が、移植用細胞培養物である、請求項11~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
移植用細胞培養物がシート状細胞培養物である、請求項15に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内部に細胞培養物の調製に用いるものを含み、内部が清浄である、細胞培養物を調製するための密閉された袋状の容器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の利用が試みられている(非特許文献1)。
【0003】
このような試みの一例として、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発された。そういった細胞培養物の利用の一部は臨床応用の段階に入っており、すでに医療現場において再生医療などに利用されている(非特許文献2)。
【0004】
臨床応用における細胞培養物の調製の際には、清浄度の高い空間、例えば無菌領域での作業が必要となってくる(非特許文献2)。例えば、特許文献1には無菌領域内の汚染リスクを低減させた細胞培養システムが開示されている。特許文献2には交叉汚染リスクを低減させた細胞培養システムが開示されている。しかしながらいずれのシステムにおいてもアイソレーターなどの大規模な設備の導入を要する。さらに特許文献1に記載のシステムにおいては、細胞培養物を遠心分離機やインキュベーターに導入する際に、非無菌領域を通るリスクが存在し、特許文献2に記載のシステムにおいては、遠心分離機などの機械が無菌領域に設置されているため、無菌化手順の際に機器へとダメージが蓄積される。大規模な設備を用いない特許文献3に記載のシステムもあるが、こちらは凍結された細胞を解凍するのみであり、培養までその用途に含まれていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5592080号明細書
【特許文献2】特開2010-259378号公報
【特許文献3】特開2001-70402号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Haraguchi et al., Stem Cells Transl Med. 2012 Feb;1(2):136-41
【非特許文献2】ハートシート(登録商標)添付文書(2019年2月改訂)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
移植用の細胞培養物の臨床応用が進むにつれて、より広範に細胞培養物を用いた処置が求められるようになってきた。このような移植用の細胞培養物は移植手術を実施する病院内で調製作業を行う必要があることから、臨床応用においてこれらの細胞培養物を取り扱うためには、病院内にもこれら細胞培養物を調製するための清浄度が高く保たれた空間が必要とされている。かかる空間の準備には大型設備の導入が必須とされており、そのためには多額の設備投資費用を要しており、そのような設備の導入や移植用の細胞培養物の取り扱いは、一部の専門性の高い病院に限られていた。本発明は、細胞培養物の調製に際し、大規模な設備を最小限にし、いかに簡便に、清浄な環境下で細胞培養物の調製を行うかを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねる中で、細胞培養物を調製する際に、従来用いられてきたアイソレーターや安全キャビネットのような大型の設備に代わって、内部の空間を、エアフィルタなどにより清浄度を高くした、密閉された袋状の容器を用いることで、十分に細胞培養物を調製するための清浄度を高く保つ空間を確保できることを見出した。その容器の内部にて細胞培養物を調製することにより、大規模な設備を導入する必要なく、清浄な空間にて細胞培養物を調製することができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]密閉された袋状の容器であって、
内部の空間の清浄度をISO14644-1で規定されたClass1~9の所定の範囲で維持するためのエアフィルタ、
内部に設けられた細胞培養物の調製に使用する物を収容するための1または2以上の収容部、
外部から前記細胞培養物の調製に使用する物を操作することができる操作部、
を備える、容器。
[2]伸縮することのできる構造を有する、[1]に記載の容器。
[3]凍結が可能な素材で構成されている、[1]または[2]に記載の容器。
[4]操作部が、容器の内部へと突出したグローブ状の構造を有する、[1]~[3]のいずれか1つに記載の容器。
【0010】
[5]収容部が、以下:
播種された細胞を収容し、培養する細胞培養部、
複数の液体を収容しておくための液体収容部、
遠心分離する細胞懸濁液を収容する遠沈処理部、
培養する細胞を収容する細胞保存部、
廃液を収容する廃液部、
からなる群より選択される1または2以上を含む、[1]~[4]のいずれか1つに記載の容器。
[6]収容部が、容器から切り離すことのできる構造を有する、[1]~[5]のいずれか1つに記載の容器。
[7]細胞培養部が、温度応答性細胞培養基材を有する、[5]または[6]に記載の容器。
[8][1]~[7]のいずれか1つに記載の容器を含む、細胞培養物調製用キット。
[9]温度応答性細胞培養基材を有する培養容器をさらに含む、[8]に記載の細胞培養物調製用キット。
[10]細胞培養物の調製に使用する器具をさらに含む、[8]または[9]に記載の細胞培養物調製用キット。
【0011】
[11]細胞培養物を調製する方法であって、ISO14644-1で規定された所定の範囲で清浄度が維持された空間を備えた、密閉された伸縮することのできる袋状の容器内で、外部からの操作により、以下:
(i)培養する細胞を播種するステップ、
(ii)細胞を培養するステップ、
を含む、前記方法。
[12]細胞培養物を調製する方法であって、袋状の容器が収縮した状態において、a)容器を加温するステップ、b)容器を遠心分離機のバケットに納めるステップ、またはc)容器をインキュベーターに供するステップを含む、[11]に記載の方法。
【0012】
[13]細胞培養物を調製する方法であって、袋状の容器が伸長した状態において、操作部および各収容部を使用可能にするステップを含む[11]または[12]に記載の方法。
[14]容器内部の清浄度に影響を与えることなく、容器の内容物を取り出すステップをさらに含む、[11]~[13]のいずれか1つに記載の方法。
[15]調製される細胞培養物が、移植用細胞培養物である、[11]~[14]のいずれか1つに記載の方法。
[16]移植用細胞培養物がシート状細胞培養物である、[15]に記載の方法。
[17][11]~[16]のいずれか1つに記載の方法により調製された移植用細胞培養物。
【発明の効果】
【0013】
本発明に依れば、大型の設備を導入することなく、本発明に係る袋状の容器と、必要に応じて遠心分離機、インキュベーターなどを準備すれば、移植用の細胞培養物の取り扱いが可能となる。すなわち、大型設備を導入する設備投資が可能な大病院以外でも、本発明に係る容器を展開させる空間および遠心分離機、インキュベーターなどの機器を有する病院であれば、移植用の細胞培養物の取り扱いが可能となる。
【0014】
また、本発明に係る容器を用いると、細胞培養物は、調製の最初から使用時に取り出すまで、清浄な空間である、容器内にあり続けるため、外界と接触する機会はなく、コンタミネーションのリスクも低減される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態に係る袋状の容器の概略図を示す。
【
図2】
図2は、袋状の容器を収縮させて遠心分離バケットに収納する状態の概略図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は1つの側面において、細胞培養物を調製するための袋状の容器に関する。
本発明において「細胞培養物」とは、細胞培養によって調製されるものであり、ここで細胞培養は接着培養であっても浮遊培養であってもよい。細胞培養物は、これらに限定されるものではないが、シート状細胞培養物、注入用細胞培養物、塊状細胞培養物である。一態様において、細胞培養物は細胞移植の用途に使用されるものである。好ましくは、細胞培養物は移植用シート状細胞培養物、培養軟骨(例えば、ジャック(登録商標))である。
シート状細胞培養物とは、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は細胞接着因子などにより直接連結していてもよく、また細胞外マトリクスなどを介して間接的に連結していてもよい。シート状細胞培養物は、単層であってもよく、2層、3層、4層またはそれ以上といった複層になっていてもよく、もしくは層構造を有さない立体構造であってもよい。
【0017】
本発明において「袋状の容器」とは容器の内部と外界を隔たせる密閉空間をつくることが可能なものであり、内部で細胞培養物の調製を行うことができる十分な大きさを有するものである。一態様において、容器は伸縮可能な構造を有している。ここで、伸縮可能な構造とは、これに限定されるものではないが、容器が蛇腹状になっており伸縮できる構造となっているものを含む。一態様において、容器は内部の密閉性を保つために細胞培養物の調製の用途に用いる中で、穴や裂け目が生じにくい構造を有する。ここで、穴や裂け目が生じにくい構造とは、これに限定されるものではないが、容器が二重構造になっているものを含む。一態様において、容器は凍結可能な素材でできている。ここで、凍結可能な素材とは、これらに限定されるものではないが、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリウレタンを含む。好ましくは、凍結可能な素材とは、ポリエステルである。例えば、容器が凍結可能であることにより、凍結細胞などを容器内に収容した状態で、容器ごと冷凍保管ができる。
【0018】
一般的に、エアフィルタは、空気中からごみや塵埃などを取り除き、清浄空気にするために使用する物である。エアフィルタは、これらに限定されるものではないが、HEPAフィルタ、ULPAフィルタ、ガス除去フィルタなどを含み、空気清浄機、クリーンベンチなどに使用されている。
本発明において「エアフィルタ」は、容器の表面に組み込まれており、容器の内部と外界をつなぐ唯一の部分となっている。ここでエアフィルタは、外界の空気を取り込む際に、空気中の微粒子などを取り除き、容器の内部に、持ち込まない。また容器の内部の空気を排出する際には、エアフィルタは、内部の物質を捕らえ、それらを外界へと逃さない。かかる機能により、エアフィルタは容器の内部の空間を清浄に保つことを可能にする。またかかる機能により、エアフィルタは内部の因子により外界を汚染しない。
【0019】
一態様において、エアフィルタは容器内の空間の清浄度を高く保つことを可能にする。好ましくは、エアフィルタにより、容器の内部の空間は、ISO14644-1もしくはJIS B9920において規定されている、Class1~9の清浄度、または米国連邦規格209Eにおいて規定されているClass1~100,000の清浄度を有し、さらに好ましくは、容器内の空間は、ISO14644-1のClass1~5の清浄度を有する。一態様において、容器は清浄度の高い空間において製造され、エアフィルタは容器内の空間を、製造時の清浄度の高い状態を維持し続けるものであってもよい。一態様において、エアフィルタは、自発的に容器内の空間の清浄度を上げるために空気清浄装置などに組み込まれたものであってもよい。一態様において、エアフィルタは、ベントフィルタである。
一態様において、容器を伸長させる際に、エアフィルタを介して容器内へ空気を取り込む。ここで空気がエアフィルタを介する際に、空気は、塵埃、微粒子等を除去され清浄になる。一態様において、容器を収縮させる際に、エアフィルタを介して容器内の空気を排出する。ここで空気がエアフィルタを介する際に、空気は、容器内に存在する因子を除去され、それらを外界に持ち出さない。
【0020】
本発明において「操作部」は、容器の表面に備わっていて、容器の外部から、容器内を操作することを可能とする部分である。一態様において、操作部は容器の内部に突出したグローブ状の構造をしており、その中に手をいれて内部にある容器の部分または器具等を操作することが可能であってもよい。一態様において、操作部は、容器が収縮している状態では、共に収縮しており、容器が伸長して、容器内の空間が操作部を広げることができるほど広がった際に、はじめて使用できる状態になるものであってもよい。
【0021】
本発明において「収容部」は、容器の内部に設けられた、細胞培養物の調製において使用する物または調製において生じた廃液を収容する部分である。ここで、収容部は細胞培養物の調製において、内部に収容した物が容器内に漏出しないよう、開閉できる構造を有する。細胞培養物の調製において使用する物は、これらに限定されるものではないが、調製培地、洗浄液、緩衝液、細胞懸濁液、培養する細胞、細胞培養物の調製に使用する器具である。ここで、調製培地、洗浄液、緩衝液については細胞培養に用いられる公知のものを用いることができる。また、細胞培養物の調製に使用する器具とは、収容部そのものを除く細胞培養物の調製に用いるあらゆる器具を指しており、これらに限定するものではないが、ピペット、チップ、スポイト、ピンセット、ヘラを含む。一態様において収容部は、複数あってもよい。
【0022】
収容部は、「細胞培養部」として機能する収容部、「液体収容部」として機能する収容部、「遠沈処理部」として機能する収容部、「細胞保存部」として機能する収容部、「廃液部」として機能する収容部からなる群から選択される、1または2以上の収容部を含んでいてもよい。一態様において、収容部は、容器内の清浄度に影響を与えることなく、容器から切り離せる構造を有していてもよい。容器から切り離せる構造とは、例えば、容器外からのヒートシールなどにより容器内と収容部とで空間が分け隔てられた状態で、容器内の空間に影響を与えることなく収容部が切り離すことができる構造などを指す。一態様において、容器外にて細胞懸濁液の濃度を測定するために、収容部は細胞懸濁液の一部を収容して切り離されてもよい。
【0023】
ここで「細胞培養部」は、播種された細胞を収容し、細胞培養物を調製する部分である。一態様において、細胞培養部は培養容器であってもよい。培養容器は、細胞培養に用いられる公知のものを用いることができ、これらに限定されるものではないが、シャーレ、培養フラスコ、マイクロプレートを含む。好ましい態様として、細胞培養部の底面は培養基材でコーティングされている。培養基材は、細胞培養に用いられる公知のものを用いることができ、これらに限定されるものではないが、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニンなどを含む。さらに好ましい態様として、細胞培養部の底面は、温度応答性細胞培養基材でコーティングされており、例えばこれは株式会社セルシードのUpCell(登録商標)として市販されているものを使用することができる。
【0024】
ここで「液体収容部」は、細胞培養物の調製に用いる細胞以外の各種液体を収容する収容部であり、培地、洗浄液、緩衝液などを収容しておくことが可能である部分である。一態様において液体収容部は、内部の液体を漏出させないように密閉可能である開閉できる構造を有していてもよい。かかる構造は、例えばチャックなどである。
ここで「遠沈処理部」は、細胞培養物の調製において、細胞懸濁液を収容し、遠心分離を行うために、それに適した構造をしている部分である。ここで遠心分離に適した構造とは、これに限定されるものではないが、遠心分離を行うときにかかる遠心力により破損、変形することがなく、遠心分離をしたのちに細胞と上清が分かれやすいように先がとがっている構造を指す。
【0025】
ここで「細胞保存部」は、細胞培養物の調製の作業前の培養する細胞を収容しておく部分である。一態様において、細胞保存部は細胞を含む凍結バイアルが容器内に収容されていてもよい。
ここで「廃液部」は、細胞培養物の調製において生じた廃液を収容する部分であり、収容された廃液が廃液部の外に漏れず、他の収容部に収容されている液体や培養物などに影響を与えない構造をしている。
【0026】
一態様において、収容部は複数の機能を併せ持つものであってもよい。例えば、ある収容部が、遠沈処理部と細胞保存部の両方の機能を有していてもよい、すなわち、培養する細胞を保存している収容部が、遠心分離に適した構造を有しており、そこに洗浄液を加え、細胞懸濁液とし、遠心分離に供してもよい。例えば、細胞培養物の調製に用いる器具を収容している収容部が、器具を取り出されたのちに廃液部として用いられてもよい。
【0027】
本発明は1つの側面において、上記袋状の容器を含む、細胞培養物の調製のためのキットに関する。
本発明におけるキットは、これらに限定されるものではないが、例えば、細胞培養物を調製するための細胞、調製培地、洗浄液、緩衝液、培養容器、遠沈管、チューブ、細胞培養に使用する器具、輸送容器、使用説明書などを含んでもよい。
【0028】
本発明は別の側面において、清浄度が維持された、密閉された伸縮することのできる袋状の容器を用いて、細胞培養物を調製する方法に関する。
ここで「伸縮することのできる」とは、清浄度等の内部の状態に影響を与えずに、容器を伸長および/または容器を収縮することができることを指す。
本発明において「細胞培養物の調製」とは、これらに限定されるものではないが、以下のステップを含む;(i)凍結細胞を加温し、融解するステップ;(ii)細胞を遠心分離可能な容器へと移すステップ;(iii)移された細胞に洗浄液を加えるステップ;(iv)遠心分離を行い、上清と細胞を分離するステップ;(v)上清を廃棄するステップ、ここで必要に応じて、ステップ(iii)~(v)は複数回繰り返される、また細胞が凍結されていない場合ステップ(i)~(v)は不要である;(vi)細胞に培地を加えて懸濁し、培養に適した容器へ播種するステップ;(vii)播種した細胞をインキュベートするステップ:(viii)前記ステップにおけるインキュベートにより完成した細胞培養物を緩衝液にて洗浄するステップ;(ix)細胞培養物を回収するステップ。
【0029】
一態様において、「細胞培養物の調製」は、(i)のステップの後に、(vi)のステップから続けてもよい。この時、凍結細胞を保存している溶液の成分は、培地交換によって取り除かれる。
【0030】
一態様において、「細胞培養物の調製」は、袋状の容器が収縮した状態において、容器を加温するステップ、容器を遠心分離機のバケットに納めるステップ、またはインキュベーターに供するステップを含んでもよい。一態様において、「細胞培養物の調製」は、袋状の容器が伸長した状態において、操作部および各収容部を使用可能にするステップを含んでもよい。例えば、容器を収縮した状態にすることにより、容器の占有体積を小さくし、細胞培養物の調製において、既存の遠心分離機またはインキュベーターなどに収容することが可能である。例えば、容器を伸長した状態にすることにより、容器内の体積を大きくすることで、細胞培養物の調製において、十分な作業空間を提供することができる。
一態様において、「細胞培養物の調製」は、容器内の清浄度に影響を与えることなく、容器の内容物を取り出すステップをさらに含んでもよい。例えば、このステップにより、使用を終えた液体を収容している収容部や使用を終えた廃液部を容器外に切り離すことができる。また、例えばこのステップにより、上記ステップ(iii)~(v)における細胞懸濁液を容器外に取り出し、細胞濃度を測定することができる。
【0031】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は本発明の実施形態に係る容器の概念図である。なお、本願における図面において、説明を容易とするために、各部分の大きさ、配置は適宜強調されており、図中の各部分は、実際の大きさ、配置を示すものではない。
図1に示すように、本発明の実施形態に係る容器1は、エアフィルタ2、操作部3、収容部4を含む。容器1は、また培養する細胞5、細胞培養物の調製に使用する器具6をさらに含んでいてもよい。操作部3は、手をいれて各収容部を用いた作業が可能であるよう構成されている。収容部4は、任意に細胞培養部41、遠沈処理部42、液体収容部43を含むように構成することもできる。また収容部4は、任意に、細胞保存部44をさらに含むよう構成することもできる。
【0032】
次に、容器1を用いて細胞培養物を調製する際の作業の概略を説明する。
使用者は、出荷状態の容器1または収縮させた状態の容器1を加温し、細胞保存部44にある凍結細胞を融解させる。例えば、加温は37℃に設定した恒温の湯浴に浸すことにより行われる。また、容器を収縮させて加温することで、加温のための機器の大きさを小さくすることができ、かつ熱が凍結細胞に伝わりやすくなる。次に、容器1を伸長させ、容器内の空間を広げて、操作部3および各収容部4が使用可能であるようにする。
使用者は、操作部3に手をいれ、融解した凍結細胞を遠沈処理部42に移す。さらにそこにいずれかの液体収容部43に収容されている洗浄液(以下、洗浄液と称する)を添加する。必要に応じて、洗浄液の添加は数段階に分けて行う。
【0033】
使用者は、容器1を収縮させて、その収縮させた状態の容器を遠心分離機の遠心バケットに収納して、遠心分離を行う。
図2は、遠心分離機に収縮させた状態の容器1を収納させる際の概略図を示す。この時、容器を収縮させることにより、既存の遠心分離バケットに収容できるサイズまで収縮でき、既存の遠心分離機の使用が可能となる。
遠心分離後、容器1を伸長し、操作部3および各収容部4を使用可能であるようにし、操作部3を介して、遠沈処理部42の上清を廃液部45に廃棄する。さらに洗浄液を加え、上記遠心分離操作を繰り返す。
最後の遠心分離操作を終えて、再度容器1を伸長させて、上清を捨てたのち、いずれかの液体収容部43に収容されている調製培地を細胞に加えて懸濁する。
【0034】
ここで、最後の遠心分離操作の前に、収容部4のうちで切り離しが可能なものにおいて、その中に細胞懸濁液を含むようにして、容器内の清浄度に影響を与えないように切り離すことで、細胞懸濁液を容器外へ取り出し、その細胞懸濁液の細胞濃度を測定することで、調製培地に加える細胞懸濁液量を算出することができる。例えば、細胞濃度は容器外において、血球計算盤を用いて測定してもよい。
【0035】
使用者は、調製培地で懸濁した細胞を細胞培養部41に播種する。その後、容器1を収縮させて、その収縮した状態の容器1をインキュベーターに供し培養する。例えば、培養はCO2インキュベーターで2~26時間行われる。この時、容器を収縮させることで、インキュベーター内における容器の占有体積を小さくすることができ、1つのインキュベーターに複数の容器を供することができる。
培養終了後、培養上清を廃液部45に廃棄し、いずれかの液体収容部43に収容されている緩衝液で洗浄する。必要に応じて洗浄は複数回行う。
必要に応じて細胞培養物を静置し、その後、清浄度の高い、例えば手術室などで容器1を開封し、細胞培養物を回収する。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の容器を用いることにより、清浄度の高い空間を準備するための大規模な設備を導入することなく、細胞培養物の調製が可能となる。そのため、大規模な設備を導入するための多額の投資が不要となり、中規模病院においても使用期限の短い移植用細胞培養物の取り扱いが可能となり、よりいっそう移植用細胞培養物を用いた再生医療が広く普及し得ることとなる。
【符号の説明】
【0037】
1 容器
2 エアフィルタ
3 操作部
4 収容部
41 細胞培養部
42 遠沈処理部
43 液体収容部
44 細胞保存部
45 廃液部
5 培養する細胞
6 細胞培養物の調製に使用する器具
【手続補正書】
【提出日】2024-02-05
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養物を調製するための密閉された袋状の容器であって、
容器内の清浄度をISO14644-1で規定されたClass1~9の所定の範囲で維持するための容器内と容器外とをつなぐように設けられたエアフィルタ、および
細胞培養物の調製に使用する物を容器内に収容するための1以上の収容部、
を備え、
収容部を、容器内の清浄度に影響を与えることなく、容器から切り離すことができるように構成されている、
前記容器。
【請求項2】
収容部が、開口部を有し、容器を伸長させたときに、容器に接続された収容部の開口部が上向きになるように構成されている、請求項1に記載の容器。
【請求項3】
開口部が、開閉できるように構成されている、請求項2に記載の容器。
【請求項4】
収容部または容器をヒートシールすることにより、容器内の清浄度に影響を与えることなく、収容部を容器から切り離すことができるように構成されている、請求項1~3のいずれか一項に記載の容器。
【請求項5】
外部から細胞培養物の調製に使用する物を操作することができる容器内へ突出した操作部をさらに備える、請求項1~4のいずれか一項に記載の容器。
【請求項6】
容器が、凍結可能な素材で構成されている、請求項1~5のいずれか一項に記載の容器。
【請求項7】
収容部が、以下:
播種された細胞を収容し、培養する細胞培養部、
異なる液体を収容しておくための液体収容部、
遠心分離する細胞懸濁液を収容する遠沈処理部、
培養する細胞を収容する細胞保存部、および
廃液を収容する廃液部、
からなる群より選択される1以上を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の容器。
【請求項8】
細胞培養物を調製するための密閉された袋状の容器であって、
容器内の清浄度をISO14644-1で規定されたClass1~9の所定の範囲で維持するための容器内と容器外とをつなぐように設けられたエアフィルタ、および
細胞培養物の調製に使用する物を容器内に収容するための1以上の収容部、
を備え、
収容部が、開口部を有し、容器を伸長させたときに、容器に接続された収容部の開口部が上向きになるように構成されている、
前記容器。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の容器、ならびに細胞、調製培地、洗浄液、緩衝液、培養容器、遠沈管、チューブ、細胞培養物の調製に使用する器具、輸送容器および使用説明書の少なくとも1つを含む、細胞培養物調製用キット。
【請求項10】
細胞培養物を調製する方法であって、
請求項1~8のいずれか一項に記載の容器または請求項9に記載の細胞培養物調製用キットを提供するステップ、
培養する細胞を播種するステップ、
播種した細胞を培養するステップ、および
収容部を、容器内の清浄度に影響を与えることなく、容器から切り離すステップ、
を含む、前記方法。
【請求項11】
容器から切り離すステップが、収容部または容器をヒートシールすることにより、収容部を容器から切り離すステップである、請求項10に記載の方法。