(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024028791
(43)【公開日】2024-03-05
(54)【発明の名称】上皮細胞培養用培養容器及びその使用
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20240227BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240227BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20240227BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/071
C12N1/20 A
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023201836
(22)【出願日】2023-11-29
(62)【分割の表示】P 2021520078の分割
【原出願日】2020-03-23
(31)【優先権主張番号】P 2019096905
(32)【優先日】2019-05-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 事業名「次世代がん医療創生研究事業」 課題名「がん多階層フェノタイプの理解に基づいた先端的創薬システムの開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊朗
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 伸雄
(57)【要約】 (修正有)
【課題】上皮細胞を平面培養し、頂端膜側と基底膜側の酸素分圧を簡便に制御して、より生体内に近い環境で培養する技術を提供する。
【解決手段】上部容器110と、前記上部容器の開口部111と気密に嵌合する蓋部材120と、前記上部容器及び細胞培養培地130を収容する下部容器140と、を備え、前記上部容器の前記細胞培養培地と接する領域の少なくとも一部は前記細胞培養培地の少なくとも一部の成分を透過し細胞を透過しない膜113で構成されており、前記蓋部材の材質は、酸素透過係数が1.0×10
-6cm
3cm/(cm
2・秒・気圧)以下である、上皮細胞培養用培養容器100。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上部容器と、
前記上部容器の開口部と気密に嵌合する蓋部材と、
前記上部容器及び細胞培養培地を収容する下部容器と、を備え、
前記上部容器の前記細胞培養培地と接する領域の少なくとも一部は前記細胞培養培地の少なくとも一部の成分を透過し細胞を透過しない膜で構成されており、
前記蓋部材の材質は、酸素透過係数が1.0×10-6cm3 cm/(cm2・秒・気圧)以下である、上皮細胞培養用培養容器。
【請求項2】
前記蓋部材又は前記上部容器が、脱酸素剤を保持する脱酸素部を更に備える、請求項1に記載の上皮細胞培養用培養容器。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の上皮細胞培養用培養容器の前記上部容器の表面を細胞外マトリクスでコートする工程(a)と、
前記下部容器に細胞培養培地及び前記上部容器を収容する工程(b)と、
前記細胞外マトリクス上に上皮細胞を播種する工程であって、前記上皮細胞が、立体培養した上皮細胞の3Dオルガノイドを単一細胞に分散した細胞である工程(c)と、
前記上皮細胞培養用培養容器を培養条件下でインキュベートし、その結果、前記細胞外マトリクス上で前記上皮細胞が2Dオルガノイドの層を形成する工程(d)と、
前記上部容器の開口部に前記蓋部材を気密に嵌合させる工程(e)と、
前記上皮細胞培養用培養容器を培養条件下で更にインキュベートする工程(f)と、
を含む、上皮細胞の培養方法。
【請求項4】
前記細胞培養培地が、
インスリン様成長因子1(IGF1)、線維芽細胞増殖因子2(FGF2)及びEGF様成長因子からなる群より選択される少なくとも1種、及び、
Wntアゴニスト、骨形成因子(BMP)阻害剤及び形質転換増殖因子-β(TGF-β)阻害剤からなる群より選択される少なくとも1種、を含む、
請求項3に記載の培養方法。
【請求項5】
前記EGF様成長因子がエピレグリン(EREG)を含む、請求項4に記載の培養方法。
【請求項6】
前記EGF様成長因子が上皮成長因子(EGF)を含む、請求項4又は5に記載の培養方法。
【請求項7】
前記Wntアゴニストが、Wntタンパク質とアファミンとの複合体を含む、請求項4~6のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項8】
前記工程(e)を、雰囲気中の酸素濃度が15体積%以下である低酸素雰囲気下で実施する、請求項3~7のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項9】
前記工程(d)の後(e)の前に、前記2Dオルガノイドの層が形成された前記上部容器に嫌気性細菌を播種する工程を更に含む、請求項3~8のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項10】
立体培養した上皮細胞の3Dオルガノイドを単一細胞に分散した細胞から形成された、上皮細胞の2Dオルガイドと嫌気性細菌との共培養物。
【請求項11】
請求項9に記載の培養方法により得られた、請求項10に記載の共培養物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上皮細胞培養用培養容器及びその使用に関する。より具体的には、本発明は、上皮細胞培養用培養容器、上皮細胞の培養方法、及び、上皮細胞と嫌気性細菌との共培養物に関する。本願は、2019年5月23日に、日本に出願された特願2019-096905号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年のシークエンス技術の進歩により、腸内細菌の分子遺伝学的な系統分類が進んでいる。また、無菌マウスへの腸内細菌接種により、腸内細菌の機能解析が可能になってきた。しかしながら、多くの腸内細菌は依然として人為的な培養が不可能であり、クローニングができていない。このような技術的制約は、医学生物学的な腸内細菌の理解、及び、商業的な腸内細菌の製造においてボトルネックとなっている。
【0003】
発明者らは、以前に、腸管上皮細胞の2Dオルガノイドに下痢症ウイルスを感染させることにより、ノロウイルス等の下痢症ウイルスを培養する技術を開発した(例えば、特許文献1を参照。)。特許文献1に記載しているように、腸内微生物には、腸管上皮細胞を宿主因子とすることで初めて培養可能となる例が散見される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
動物の腸管内は嫌気状態に保たれており、そこに常在している細菌のほとんどは嫌気条件でのみ生育できる嫌気性細菌である。これらの嫌気性細菌が宿主の腸管上皮細胞へ及ぼす生理機能を検証するためには、腸管上皮細胞を嫌気条件で培養する必要がある。しかしながら、腸管上皮細胞をはじめとする上皮細胞は、嫌気性条件では培養することができない。このため、より生体内に近い環境で上皮細胞を培養する技術を開発する需要がある。そこで、本発明は、上皮細胞を平面培養し、頂端膜側と基底膜側の酸素分圧を簡便に制御して、より生体内に近い環境で培養する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の態様を含む。
[1]上部容器と、前記上部容器の開口部と気密に嵌合する蓋部材と、前記上部容器及び細胞培養培地を収容する下部容器と、を備え、前記上部容器の前記細胞培養培地と接する領域の少なくとも一部は前記細胞培養培地の少なくとも一部の成分を透過し細胞を透過しない膜で構成されており、前記蓋部材の材質は、酸素透過係数が1.0×10-6cm3 cm/(cm2・秒・気圧)以下である、上皮細胞培養用培養容器。
[2]前記蓋部材又は前記上部容器が、脱酸素剤を保持する脱酸素部を更に備える、[1]に記載の上皮細胞培養用培養容器。
[3][1]又は[2]に記載の上皮細胞培養用培養容器の前記上部容器の表面を細胞外マトリクスでコートする工程(a)と、前記下部容器に細胞培養培地及び前記上部容器を収容する工程(b)と、前記細胞外マトリクス上に上皮細胞を播種する工程(c)と、前記上皮細胞培養用培養容器を培養条件下でインキュベートし、その結果、前記細胞外マトリクス上で前記上皮細胞が2Dオルガノイドの層を形成する工程(d)と、前記上部容器の開口部に前記蓋部材を気密に嵌合させる工程(e)と、前記上皮細胞培養用培養容器を培養条件下で更にインキュベートする工程(f)と、を含む、上皮細胞の培養方法。
[4]前記上皮細胞が、立体培養した上皮細胞の3Dオルガノイドを単一細胞に分散した細胞である、[3]に記載の培養方法。
[5]前記細胞培養培地が、インスリン様成長因子1(IGF1)、線維芽細胞増殖因子2(FGF2)及びEGF様成長因子からなる群より選択される少なくとも1種、及び、Wntアゴニスト、骨形成因子(BMP)阻害剤及び形質転換増殖因子-β(TGF-β)阻害剤からなる群より選択される少なくとも1種、を含む、[3]又は[4]に記載の培養方法。
[6]前記EGF様成長因子がエピレグリン(EREG)を含む、[5]に記載の培養方法。
[7]前記EGF様成長因子が上皮成長因子(EGF)を含む、[5]又は[6]に記載の培養方法。
[8]前記Wntアゴニストが、Wntタンパク質とアファミンとの複合体を含む、[5]~[7]のいずれかに記載の培養方法。
[9]前記工程(e)を低酸素雰囲気下で実施する、[3]~[8]のいずれかに記載の培養方法。
[10]前記工程(d)の後(e)の前に、前記2Dオルガノイドの層が形成された前記上部容器に嫌気性細菌を播種する工程を更に含む、[3]~[9]のいずれかに記載の培養方法。
[11]上皮細胞の2Dオルガイドと嫌気性細菌との共培養物。
[12][10]に記載の培養方法により得られた、[11]に記載の共培養物。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、上皮細胞を平面培養し、頂端膜側と基底膜側の酸素分圧を簡便に制御して、より生体内に近い環境で培養する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】上皮細胞培養用培養容器の一例の構造を示す模式断面図である。
【
図2】(a)~(c)は、上皮細胞培養用培養容器の具体的な一例の写真である。
【
図3】(a)~(c)は、実験例1において培養した上皮細胞の顕微鏡写真である。(a)は上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を酸素雰囲気下に維持した結果であり、(b)は上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を嫌気性条件に維持した結果であり、(c)は上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持した結果である。
【
図4】(a)及び(b)は、実験例2における溶存酸素濃度の測定結果を示すグラフである。(a)は、上部容器内の細胞培養培地中の溶存酸素濃度の測定結果を示すグラフであり、(b)は、下部容器内の細胞培養培地中の溶存酸素濃度の測定結果を示すグラフである。
【
図5】(a)~(e)は、実験例3で測定した各マーカー遺伝子の発現量の測定結果を示すグラフである。
【
図6】(a)及び(b)は、実験例3における上皮細胞の切片の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。(a)は上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を好気性条件に維持した結果であり、(b)は上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持した結果である。
【
図7】(a)及び(b)は、実験例4における上皮細胞の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図8】(a)及び(b)は、実験例5において、上皮細胞及び嫌気性細菌を共培養した結果を示す顕微鏡写真である。(a)は、上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持した結果である。(b)は、上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を好気性条件に維持した結果である。
【
図9】(a)~(f)は、実験例6において、上皮細胞及び嫌気性細菌を共培養した結果を示す顕微鏡写真である。
【
図10】実施例7において、未分化の上皮細胞上及び成熟した上皮細胞上でそれぞれ共培養した、アッカーマンシア・ムシニフィラ(A.muciniphila)の増殖を定量した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[上皮細胞培養用培養容器]
1実施形態において、本発明は、上部容器と、前記上部容器の開口部と気密に嵌合する蓋部材と、前記上部容器及び細胞培養培地を収容する下部容器と、を備え、前記上部容器の前記細胞培養培地と接する領域の少なくとも一部は前記細胞培養培地の少なくとも一部の成分を透過し細胞を透過しない膜で構成されており、前記蓋部材の材質は、酸素透過係数が1.0×10-6cm3 cm/(cm2・秒・気圧)以下である、上皮細胞培養用培養容器を提供する。
【0010】
図1は、本実施形態の上皮細胞培養用培養容器の一例の構造を示す模式断面図である。
図1では、後述する培養方法により、上皮細胞を培養している状態を示す。
【0011】
図1に示すように、上皮細胞培養用培養容器100は、上部容器110と、上部容器110の開口部111と気密に嵌合する蓋部材120と、上部容器110及び細胞培養培地130を収容する下部容器140と、を備え、上部容器110の細胞培養培地と接する領域112の少なくとも一部は、細胞培養培地130の少なくとも一部の成分を透過し細胞150を透過しない膜113で構成されており、蓋部材120の材質は、酸素透過係数が1.0×10
-6cm
3 cm/(cm
2・秒・気圧)以下である。上部容器110に収容する培地131は、下部容器140に収容する細胞培養培地130と同一の培地とすることもできるし、異なる培地とすることもできる。膜113の材質は、特に限定されず、例えばポリエステル等が挙げられる。
【0012】
また、
図2(a)~(c)は、本実施形態の上皮細胞培養用培養容器の具体的な一例の写真である。
図2(a)は、蓋部材及び上部容器の写真である。また、開口部に蓋部材を嵌合させた上部容器を下部容器に収容し蓋部材側から撮影した写真を
図2(b)に示し、上部容器及び下部容器の側面から撮影した写真を
図2(c)に示す。
【0013】
実施例において後述するように、本実施形態の上皮細胞培養用培養容器により、上皮細胞を平面培養し、頂端膜側と基底膜側の酸素分圧を簡便に制御して、より生体内に近い環境で培養することができる。
【0014】
なお、上皮細胞は、生体内では、例えば、消化管、呼吸器・気道、表皮等の器官に存在している。そして、上皮細胞の各器官の管腔側の細胞膜は、頂端膜と呼ばれ、血管側の細胞膜は基底膜と呼ばれる。
【0015】
図1の例では、上皮細胞150の頂端膜側151は、上部容器110の内部空間に面している。また、上皮細胞150の基底膜側152は、上部容器110の表面に対向している。上皮細胞150の基底膜側152は、膜113に対向しているということもできるし、下部容器140の底面に対向しているということもできる。
【0016】
実施例において後述するように、発明者らは、蓋部材120を上部容器110の開口部111に嵌合させた状態で、上部容器110の内部で上皮細胞150を培養し、上皮細胞150がコンフルエントな状態になると、上部容器110が隔離された状態になり、上部容器110の内部を嫌気性条件で維持することができることが明らかにした。一方、細胞培養培地130から、膜113を通じて上皮細胞150の基底膜側152に酸素が供給されるため、上皮細胞150は、永続的に生存することができる。
【0017】
また、実施例において後述するように、発明者らは、嫌気性細菌を上皮細胞150の頂端膜側に播種することによって、酸素に触れることなく上皮細胞150と接触させることができることを明らかにした。本実施形態の上皮細胞培養用培養容器で上皮細胞と嫌気性細菌とを共培養することにより、嫌気性細菌は、上皮細胞の頂端膜側にアクセスし、上皮細胞が分泌するムコ多糖類等の細胞由来産物(細菌によっては栄養物)と効率的に接触することができる。その結果、上皮細胞を宿主因子として、従来培養することができなかった嫌気性細菌を容易に培養することができる。
【0018】
したがって、本実施形態の上皮細胞培養用培養容器により、従来大量培養することができなかった嫌気性細菌を大量培養することができる。また、上皮細胞と嫌気性細菌との相互作用の計測、腸内細菌の栄養代謝状態の計測、嫌気性細菌による上皮細胞の遺伝子発現変化の計測等をインビトロで簡便且つ効率的に解析することができる。
【0019】
本実施形態の上皮細胞培養用培養容器において、蓋部材は酸素を透過しないか、酸素透過係数が小さい材質で構成されていることが必要である。このため、蓋部材の材質としては、酸素透過係数が1.0×10-6cm3 cm/(cm2・秒・気圧)以下のものを使用する。酸素透過係数は25℃における値を使用することが好ましい。つまり、蓋部材の材質としては、厚さを1cmに換算した場合に、面積1cm2、圧力1気圧、温度25℃のもとで1秒当たりに透過する酸素の量が1.0×10-6cm3以下である材質を使用する。
【0020】
酸素透過係数が1.0×10-6cm3 cm/(cm2・秒・気圧)以下の材質としては、例えば、ブチルゴム、エチレンプロピレンゴム、パーフルオロエラストマー、スチレンブタジエンゴム、フッ素ゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0021】
本実施形態の上皮細胞培養用培養容器において、蓋部材120又は上部容器110が、脱酸素剤を保持する脱酸素部を更に備えていてもよい。
【0022】
上部容器110の内部を嫌気性条件とするため、上部容器110の内部の培地の交換、嫌気性細菌の播種、上部容器110の開口部への蓋部材120の嵌合等を、低酸素雰囲気下で実施することが好ましい。ここで、低酸素雰囲気下とは、雰囲気中の酸素濃度が、例えば15体積%以下、例えば10体積%以下、例えば5体積%以下、例えば0.5体積%以下、例えば0.3体積%以下、例えば0.1体積%以下である雰囲気下をいう。このためには、例えば窒素チャンバー等の特殊な装置が必要である。しかしながら、蓋部材120又は上部容器110が、脱酸素剤を保持する脱酸素部を更に備えていることにより、窒素チャンバーがなくても、蓋部材120を上部容器110の開口部と気密に嵌合させれば、上部容器110の内部の酸素を脱酸素部が吸収又は除去し、上部容器110の内部を嫌気性条件にすることができる。
【0023】
脱酸素剤としては、細胞や細菌の培養に悪影響を及ぼさないものであれば特に限定されず、鉄の酸化を利用して酸素を吸収する薬剤、糖やレダクトン等の酸化反応を利用した有機系の薬剤等を利用することができる。
【0024】
[上皮細胞の培養方法]
1実施形態において、本発明は、上述した上皮細胞培養用培養容器の前記上部容器の表面を細胞外マトリクスでコートする工程(a)と、前記下部容器に細胞培養培地及び前記上部容器を収容する工程(b)と、前記細胞外マトリクス上に上皮細胞を播種する工程(c)と、前記上皮細胞用培養容器を培養条件下でインキュベートし、その結果、前記細胞外マトリクス上で前記上皮細胞が2Dオルガノイドの層を形成する工程(d)と、前記上部容器の開口部に前記蓋部材を気密に嵌合させる工程(e)と、前記上皮細胞用培養容器を培養条件下で更にインキュベートする工程(f)と、を含む、上皮細胞の培養方法を提供する。
【0025】
実施例において後述するように、本実施形態の培養方法により、上皮細胞を平面培養し、頂端膜側と基底膜側の酸素分圧を簡便に制御して、より生体内に近い環境で培養することができる。以下、各工程について説明する。
【0026】
(工程(a))
まず、本工程において、上述した上皮細胞培養用培養容器の前記上部容器の表面を細胞外マトリクスでコートする。これにより、後述する2Dオルガノイドを形成しやすくなる。
【0027】
《細胞外マトリクス》
一般的に、細胞外マトリクス(Extracellular Matrix、ECM)とは、生物において細胞の外に存在する超分子構造を意味する。このECMは、上皮細胞が増殖するための足場となる。ECMは、様々な多糖、水、エラスチン、糖タンパク質を含む。糖タンパク質としては、例えば、コラーゲン、エンタクチン(ナイドジェン)、フィブロネクチン、ラミニン等が挙げられる。
【0028】
ECMとしては、例えばマトリゲル(登録商標、BDバイオサイエンス社)、Cellmatrix(新田ゼラチン)、細胞外マトリクスタンパク質(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、ProNectin(SigmaZ378666)等の市販のものを用いることができる。
【0029】
あるいは、ECMを調製して用いてもよい。ECMの調製方法としては、例えば、結合組織細胞を用いる方法等が挙げられる。より具体的には、培養容器内でECM産生細胞、例えば、線維芽細胞を培養した後に、これらの細胞を取り出すと、培養容器の表面にECMがコートされている。
【0030】
ECM産生細胞としては、例えば、主にコラーゲン及びプロテオグリカンを産生する軟骨細胞、主にIV型コラーゲン、ラミニン、間質プロコラーゲン、及びフィブロネクチンを産生する線維芽細胞、主にコラーゲン(I型、III型、及びV型)、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、及びテネイシン-Cを産生する結腸筋線維芽細胞等が挙げられる。
【0031】
(工程(b))
本工程において、下部容器に細胞培養培地及び上部容器を収容する。細胞培養培地については後述する。
【0032】
(工程(c))
本工程において、上部容器の表面にコートした前記細胞外マトリクス上に上皮細胞を播種する。工程(b)及び(c)は、いずれを先に行ってもよい。最終的に、下部容器に細胞培養培地及び上部容器が収容され、上部容器に上皮細胞が播種されればよい。
【0033】
《上皮細胞》
本明細書において、上皮細胞とは、上皮組織から取得した分化した上皮細胞及び上皮幹細胞を含む細胞である。「上皮幹細胞」とは、長期間の自己複製機能と上皮分化細胞への分化能をもつ細胞を意味し、上皮組織に由来する幹細胞を意味する。上皮組織としては、例えば、角膜、口腔粘膜、皮膚、結膜、膀胱、尿細管、腎臓、消化器官(食道、胃、十二指腸、小腸(空腸及び回腸を含む)、大腸(結腸を含む))、肝臓、胆管、膵臓、乳腺、唾液腺、涙腺、前立腺、毛根、気管、肺、卵管等が挙げられる。上皮細胞は、上述の上皮組織由来の細胞が腫瘍化した上皮腫瘍細胞であってもよい。
【0034】
本実施形態の上皮細胞の培養方法は、生体内において嫌気性の器官に由来する上皮細胞の培養に用いられることが好ましい。例えば、消化器官(食道、胃、十二指腸、小腸(空腸及び回腸を含む)、大腸(結腸を含む))、肝臓、膵臓に由来する上皮細胞の培養に用いられることが好ましい。
【0035】
本実施形態の上皮細胞の培養方法において、上皮細胞は、上皮組織から取得した上皮細胞であってもよいが、立体培養した上皮細胞の3Dオルガノイドを単一細胞に分散した細胞であることがより好ましい。
【0036】
本明細書において、「3Dオルガノイド」とは、制御した空間内に細胞を高密度に集積させることにより自己組織化した立体的な細胞組織体を意味する。3Dオルガノイド中には、幹細胞及び分化した細胞の双方が維持されていることが好ましい。3Dオルガノイドの調製方法は特に限定されないが、例えば次のような方法が挙げられる。
【0037】
まず、上皮細胞を細胞マトリクスに包埋してプレートに播種し静置する。上皮細胞はLGR5陽性の上皮幹細胞を含むことが好ましい。続いて、細胞播種後、細胞が乾かないうちに細胞培養培地を添加し培養する。細胞培養培地については後述する。培養温度は30~40℃が好ましく、37℃程度がより好ましい。培養時間は用いる細胞によって適宜調製することができる。培養開始から1~2週間程度後に3Dオルガノイドが形成されることが一般的である。このようにして、3Dオルガノイドを調製することができる。
【0038】
3Dオルガノイドの形成において、低酸素条件下で培養を行ってもよい。低酸素下で培養を行うことにより、3Dオルガノイドの形成効率を向上させることができる。低酸素条件下とは、酸素濃度が0.1~15体積%の条件であることが好ましく、0.3~10体積%であることがより好ましく、0.5~5体積%であることが更に好ましい。
【0039】
続いて、得られた3Dオルガノイドを単一細胞に分散して、上皮細胞培養用培養容器の上部容器の表面にコートした前記細胞外マトリクス上に播種する。
【0040】
3Dオルガノイドから単一細胞を調製する方法としては、特に限定されず、物理的方法、酵素処理法等が挙げられるが、細胞を傷つけない観点から酵素処理法が好ましい。酵素処理法に用いられる酵素としては、TrypLE Express(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、トリプシン、コラゲナーゼ、ディスパーゼI等を用いることができる。
【0041】
(工程(d))
続いて、工程(c)で上皮細胞を播種した上皮細胞用培養容器を培養条件下でインキュベートする。その結果、実施例において後述するように、細胞外マトリクス上で上皮細胞が単層の2Dオルガノイドを形成する。
【0042】
培養条件としては、例えば37℃環境下が挙げられる。また、上皮細胞用培養容器の周囲の気体の条件としては、空気、低酸素条件等が挙げられる。低酸素条件は上述したものと同様である。
【0043】
2Dオルガノイドとは、3Dオルガノイドを構成する細胞と同様の機能を有する細胞が、3次元的にではなく、2次元的に配置されたオルガノイドである。2Dオルガノイド中には、幹細胞及び分化した細胞の双方が維持されていることが好ましい。
【0044】
《細胞培養培地》
細胞培養培地としては、上皮細胞に含まれる幹細胞を未分化状態で維持することができる培地(以下、「拡大培地」という場合がある。)が好ましく用いられる。
【0045】
このような培地としては、インスリン様成長因子1(IGF1)、線維芽細胞増殖因子2(FGF2)及びEGF様成長因子からなる群より選択される少なくとも1種、及び、Wntアゴニスト、骨形成因子(BMP)阻害剤及び形質転換増殖因子-β(TGF-β)阻害剤からなる群より選択される少なくとも1種を含む培地が挙げられる。細胞培養培地は、p38阻害剤を更に含んでいてもよい。EGF様成長因子としては、上皮成長因子(EGF)、エピレグリン(EREG)、HBGF等が挙げられる。WntアゴニストにはWntタンパク質とアファミンとの複合体も含まれる。
【0046】
発明者らは、以前に、このような培地により、従来オルガノイドの作製が困難であった組織からオルガノイドを得ることができることを明らかにした。細胞培養培地は無血清であることが好ましい。
【0047】
《基本培地》
細胞培養培地は、基本培地に上記の成分を添加した培地である。基本培地としては、あらゆる無血清の細胞培養基本培地が含まれる。無血清の細胞培養基本培地としては、例えば、炭酸系の緩衝液でpH7.2~7.6に緩衝化された合成培地等が挙げられる。より具体的には、グルタミン、インスリン、B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、N-Acetyl-L-cystein(和光純薬)、ペニシリン又はストレプトマイシン、トランスフェリンが補充された、アドバンスト-ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12、DMEM/F12)が挙げられる。あるいは、RPMI1640培地(Roswell Park Memorial Institute 1640 medium)、アドバンストRPMI培地等を基本培地としてもよい。
【0048】
《IGF1》
IGF1は、別名ソマトメジンCとも呼ばれるものである。細胞培養培地に含まれるIGF1の濃度は、特に限定されないが、5ng/mL~1μg/mLであることが好ましく、10ng/mL~1μg/mLであることがより好ましく、50ng/mL~500ng/mLであることが更に好ましい。
【0049】
《FGF2》
FGF2は、塩基性の線維芽細胞増殖因子であり、線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)と結合し、血管内皮細胞の増殖促進と筒状構造への組織化、すなわち血管新生を促進する機能を有する。細胞培養培地に含まれるFGF2の濃度は、特に限定されないが、5ng/mL~1μg/mL以下であることが好ましく、10ng/mL~1μg/mL以下であることがより好ましく、50ng/mL~500ng/mL以下であることが更に好ましい。
【0050】
《EGF様成長因子》
EGF様成長因子としては、EGF、EREG、HBGF等が挙げられる。細胞培養培地に含まれるEGFの濃度は、特に限定されないが、5ng/mL~1μg/mLであることが好ましく、10ng/mL~1μg/mLであることがより好ましく、50ng/mL~500ng/mLであることが更に好ましい。EREGは、チロシンキナーゼ(ErbB)ファミリー受容体(ErbB1~4)のうち、ErbB1及びErbB4に特異的に結合するEGF様成長因子である。細胞培養培地に含まれるEREGの濃度は、特に限定されないが、5ng/mL~1μg/mLであることが好ましく、10ng/mL~1μg/mLであることがより好ましく、50ng/mL~500ng/mLであることが更に好ましい。
【0051】
《BMP阻害剤》
BMPは、二量体リガンドとして二種類の異なる受容体セリン/スレオニンキナーゼ、I型及びII型受容体からなる受容体複合体に結合する。II型受容体はI型受容体をリン酸化し、その結果、この受容体キナーゼが活性化される。このI型受容体は、続いて特異的な受容体基質(SMAD)をリン酸化し、その結果、シグナル伝達経路によって転写活性が導かれる。一般的に、BMP阻害剤は、例えば、BMP受容体へのBMP分子の結合を阻止又は阻害するものであって、BMP活性を中和する複合体を形成するためにBMP分子に結合する薬剤である。また、BMP阻害剤は、例えば、BMP受容体と結合し、BMP分子の受容体への結合を阻止又は阻害するものであって、アンタゴニスト又は逆アゴニストとして作用する薬剤である。
【0052】
BMP阻害剤は、この阻害剤の非存在下でのBMP活性レベルと比較して、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上、特に好ましくは、90%以上の阻害活性を有する。BMP阻害活性は、例えばBMPの転写活性を測定することによって、評価することができる。
【0053】
細胞培養培地に含まれるBMP阻害剤としては、天然のBMP結合タンパク質であることが好ましく、例えば、ノギン(Noggin)、グレムリン、コーディン(Chordin)、コーディンドメイン等のコーディン様タンパク質;ホリスタチン(Follistatin)、ホリスタチンドメイン等のホリスタチン関連タンパク質;DAN、DANシステイン-ノットドメイン等のDAN様タンパク質;スクレロスチン/SOST、デコリン、α-2マクログロブリン等が挙げられる。
【0054】
BMP阻害剤としては、中でも、コーディン様タンパク質又はDAN様タンパク質が好ましく、コーディン様タンパク質がより好ましい。コーディン様タンパク質としては、ノギンが好ましい。コーディン様タンパク質やDAN様タンパク質は拡散性タンパク質であり、様々な親和度でBMP分子に結合し、シグナル伝達受容体へのBMP分子の接近を阻害することができる。
【0055】
細胞培養培地に含まれるBMP阻害剤の濃度は、10~100ng/mLであることが好ましく、20~100ng/mLであることがより好ましく、50~100ng/mLであることが更に好ましい。
【0056】
《TGF-β阻害剤》
形質転換増殖因子-β(transforming growth factor-β;TGF-β)は、増殖因子の一種であり、腎臓、骨髄、血小板等ほぼすべての細胞で産生される。TGF-βには、5種類のサブタイプ(β1~β5)が存在する。また、TGF-βは、骨芽細胞の増殖、並びに、コラーゲンのような結合組織の合成及び増殖を促進し、上皮細胞の増殖や破骨細胞に対しては抑制的に作用することが知られている。一般的に、TGF-β阻害剤は、例えば、TGF-β受容体へのTGF-βの結合を阻止又は阻害するものであって、TGF-β活性を中和する複合体を形成するためにTGF-βに結合する薬剤である。また、TGF-β阻害剤は、例えば、TGF-β受容体と結合し、TGF-βの受容体への結合を阻止又は阻害するものであって、アンタゴニスト又は逆アゴニストとして作用する薬剤である。
【0057】
TGF-β阻害剤は、この阻害剤の非存在下でのTGF-β活性レベルと比較して、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上、特に好ましくは、90%以上の阻害活性を有する。
【0058】
細胞培養培地に含まれるTGF-β阻害剤としては、例えば、A83-01(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1-フェニルチオカルバモイル-4-キノリン-4-イルピラゾール)、ALK5 Inhibitor I(3-(ピリジン-2-イル)-4-(4-キノニル)-1H-ピラゾール)、LDN193189(4-(6-(4-(ピペラジン-1-イル)フェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル)キノリン)、SB431542(4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-ピリジン‐2‐イル-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、SB-505124(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-5-イル-2-tert-ブチル-3H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン塩酸塩水和物)、SD-208(2-(5-クロロ-2-フルオロフェニル)プテリジン-4-イル)ピリジン-4-イル-アミン)、SB-525334(6-[2-(1,1-ジメチルエチル)-5-(6-メチル-2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-4-イル]キノキサリン)、LY-364947(4-[3-(2-ピリジニル)-1H-ピラゾール-4-イル]-キノリン)、LY2157299(4-[2-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル]-キノリン-6-カルボン酸アミド)、TGF-β RI Kinase Inhibitor II 616452(2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン)、TGF-β RI Kinase Inhibitor III 616453(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-4-イル-2-tert-ブチル-1H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン, HCl)、TGF-β RI Kinase Inhibitor IX 616463(4-((4-((2,6-ジメチルピリジン-3-イル)オキシ)ピリジン-2-イル)アミノ)ベンゼンスルホンアミド)、TGF-β RI Kinase Inhibitor VII 616458(1-(2-((6,7-ジメトキシ-4-キノリル)オキシ)-(4,5-ジメチルフェニル)-1-エタノン)、TGF-β RI Kinase Inhibitor VIII 616459(6-(2-tert-ブチル-5-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-4-イル)-キノキサリン)、AP12009(TGF-β2アンチセンス化合物「Trabedersen」)、Belagenpumatucel-L(TGF-β2アンチセンス遺伝子修飾同種異系腫瘍細胞ワクチン)、CAT-152(Glaucoma-lerdelimumab(抗-TGF-β-2モノクローナル抗体))、CAT-192(Metelimumab(TGFβ1を中和するヒトIgG4モノクローナル抗体)、GC-1008(抗-TGF-βモノクローナル抗体)等が挙げられる。本実施形態のオルガノイド培養用細胞培養培地に含まれるTGF-β阻害剤としては、中でも、A83-01が好ましい。
【0059】
細胞培養培地に含まれるTGF-β阻害剤の濃度は、100nM~10μMであることが好ましく、500nM~5μMであることがより好ましく、500nM~2μMであることが更に好ましい。
【0060】
《Wntアゴニスト》
本明細書において、「Wntアゴニスト」とは、細胞内でT-cell factor(以下、TCFともいう。)/lymphoid enhancer factor(以下、LEFともいう。)介在性の転写を活性化する薬剤を意味する。Wntアゴニストは、Wntファミリータンパク質に限定されず、Frizzled受容体ファミリーメンバーに結合して活性化するWntアゴニスト、細胞内β-カテニン分解の阻害剤、TCF/LEFの活性化物質を包含する。Wntアゴニストは、Wntタンパク質、R-スポンジン、及びGSK-3β阻害剤からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0061】
細胞培養培地に含まれるWntアゴニストとしては、Wntタンパク質とアファミンとの複合体がより好ましく、Wntタンパク質とアファミンとの複合体及びR-スポンジン(R-spondin)の双方が含まれることがより好ましい。
【0062】
《Wntタンパク質》
Wntタンパク質としては、特に限定されず、各種生物由来のWntタンパク質を用いることができる。中でも、哺乳動物由来のWntタンパク質であることが好ましい。哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ブタ、ウサギ等が挙げられる。哺乳動物のWntタンパク質としては、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16等が挙げられる。Wntタンパク質は複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0063】
Wntタンパク質を製造する方法としては、例えば、Wntタンパク質発現細胞を用いて製造する方法等が挙げられる。Wntタンパク質発現細胞において、細胞の由来(生物種、培養形態等)は特に限定されず、Wntタンパク質を安定発現する細胞であればよく、Wntタンパク質を一過性に発現する細胞でもよい。Wntタンパク質発現細胞としては、例えば、マウスWnt3aを安定発現するL細胞(ATCC CRL-2647)、マウスWnt5aを安定発現するL細胞(ATCC CRL-2814)等が挙げられる。また、Wntタンパク質発現細胞は、公知の遺伝子組換え技術を用いて作製することができる。すなわち、所望のWntタンパク質をコードするDNAを公知の発現ベクターに挿入し、得られた発現ベクターを適切な宿主細胞に導入することにより、Wntタンパク質発現細胞を作製することができる。所望のWntタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、例えば、GenBank等の公知のデータベースから取得することができる。
【0064】
Wntタンパク質発現細胞により発現されるWntタンパク質は、Wnt活性を有する限り、Wntタンパク質のフラグメントでもよく、Wntタンパク質のアミノ酸配列以外のアミノ酸配列を含むものでもよい。Wntタンパク質のアミノ酸配列以外のアミノ酸配列について、特に限定はなく、例えばアフィニティータグのアミノ酸配列等が挙げられる。また、Wntタンパク質のアミノ酸配列は、GenBank等の公知のデータベースから取得できるアミノ酸配列と完全に一致している必要はなく、Wnt活性を有する限り、公知のデータベースから取得できるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列であってもよい。
【0065】
GenBank等の公知のデータベースから取得できるWntタンパク質のアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列としては、例えば、公知のデータベースから取得できるアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列等が挙げられる。
【0066】
1~数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列とは、例えば、部位特異的突然変異誘発法等の変異ペプチド作製法等により、欠失、置換若しくは付加できる程度の数(10個以下が好ましく、7個以下がより好ましく、6個以下が更に好ましい。)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されていることを意味する。
【0067】
また、実質的に同一のアミノ酸配列としては、例えば、公知のデータベースから取得できるアミノ酸配列との同一性が、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは92%以上、特に好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上であるアミノ酸配列等が挙げられる。
【0068】
《R-スポンジン》
R-スポンジンとしては、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3、及びR-スポンジン4からなるR-スポンジンファミリーが挙げられる。R-スポンジンファミリーは、分泌タンパク質であり、Wntシグナル伝達経路の活性化及び制御に関わることが知られている。細胞培養培地において、R-スポンジンを複数種組み合わせて用いてもよい。また、R-スポンジン活性を有する限り、R-スポンジンのフラグメントを用いてもよく、R-スポンジンのアミノ酸配列以外のアミノ酸配列を含むものでもよい。
【0069】
細胞培養培地に含まれるWntタンパク質の濃度は、50ng/mL以上であることが好ましく、100ng/mL~10μg/mLであることがより好ましく、200ng/mL~1μg/mLであることが更に好ましく、300ng/mL~1μg/mLであることが特に好ましい。
【0070】
《GSK-3β阻害剤》
GSK-3β阻害剤としては、例えば、CHIR-99021(CAS番号:252917-06-9)、CHIR-98014(CAS番号:252935-94-7)、リチウム(Sigma)、ケンパウロン(CAS番号:142273-20-9)、6-ブロモインジルビン-30-アセトキシム、SB216763(CAS番号:280744-09-4)、SB415286(CAS番号:264218-23-7)、GSK-3とaxinとの相互作用を阻止するFRATファミリーメンバー及びFRAT由来ペプチドを含む。
【0071】
《p38阻害剤》
本明細書において、「p38阻害剤」は、p38シグナル伝達を直接的又は間接的に負に調節する任意の阻害剤を意味する。一般的に、p38阻害剤は、例えば、p38に結合し、且つその活性を低減する。p38プロテインキナーゼは、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)ファミリーの一部である。MAPKは、環境ストレス及び炎症サイトカイン等の細胞外刺激に応答し、遺伝子発現、有糸分裂、分化、増殖、及び細胞生存/アポトーシス等の様々な細胞活性を調節するセリン/スレオニン特異的プロテインキナーゼである。p38 MAPKは、α、β、β2、γ、及びδアイソフォームとして存在する。また、p38阻害剤は、例えば、少なくとも1つのp38アイソフォームに結合し、且つその活性を低減する薬剤でもある。
【0072】
p38阻害剤は、この阻害剤の非存在下でのp38活性レベルと比較して、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは、90%以上の阻害活性を有する。p38阻害剤による阻害効果は、当業者にとって公知の方法で評価することできる。係る評価系としては、Thr180/Tyr182リン酸化のリン酸化部位特異的抗体検出方法、生化学的組換えキナーゼアッセイ、腫瘍壊死因子α(TNF-α)分泌アッセイ、p38阻害剤用のDiscoverRxハイスループットスクリーニングプラットフォーム、p38活性アッセイキット(例えば、Millipore社製、Sigma-Aldrich社製等)等が挙げられる。
【0073】
細胞培養培地に含まれるp38阻害剤としては、例えば、SB-202190(4-(4-フルオロフェニル)-2-(4-ヒドロキシフェニル)-5-(4-ピリジル)-1H-イミダゾール)、SB-203580(4-[4-(4-フルオロフェニル)-2-[4-(メチルスルフィニル)フェニル]-1H-イミダゾール-5-イル]ピリジン)、VX-702(6-(N-カルバモイル-2,6-ジフルオロアニリノ)-2-(2,4-ジフルオロフェニル)ピリジン-3-カルボキシアミド)、VX-745(5-(2,6-ジクロロフェニル)-2-[2,4-ジフルオロフェニル)チオ]-6H-ピリミド[1,6-b]ピリダジン-6-ワン)、PD-169316(4-(4-フルオロフェニル)-2-(4-ニトロフェニル)-5-(4-ピリジル)-1H-イミダゾール)、RO-4402257(6-(2,4-ジフルオロフェノキシ)-2-{[3-ヒドロキシ-1-(2-ヒドロキシエチル)プロピル]アミノ}-8-メチルピリド[2,3-D]ピリミジン-7(8h)-ワン)、BIRB-796(1-[5-tert-ブチル-2-(4-メチルフェニル)ピラゾール-3-イル]-3-[4-(2-モルフォリン-4-イレトキシ)ナフタレン-1-イル]ウレア)等が挙げられる。
【0074】
細胞培養培地に含まれるp38阻害剤の濃度は、50nM以上100μM以下であることが好ましく、100nM以上50μM以下であることがより好ましく、100nM以上10μM以下であることがさらに好ましい。幹細胞の培養中、2日ごとにp38阻害剤を培養培地に添加することが好ましく、4日ごとに培養培地を新鮮なものに交換することが好ましい。
【0075】
《アファミン》
アファミンは、アルブミンファミリーに属する糖タンパク質であり、血液又は体液中に存在することが知られている。血清には、当該血清を採取した動物由来のアファミンが含まれている。血清中にはアファミン以外の不純物等を含むため、細胞培養培地は、血清を含まず、アファミンを単独で含むことが好ましい。
【0076】
アファミンの由来は特に限定されず、各種生物由来のアファミンを用いることができる。中でも、哺乳動物由来のアファミンであることが好ましい。主な哺乳動物のアファミンのアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列は、例えば、GenBank等の公知のデータベースから取得することができる。例えば、GenBankにおいて、ヒトアファミンのアミノ酸配列はAAA21612、これをコードする遺伝子の塩基配列はL32140のアクセッション番号で登録されており、ウシアファミンのアミノ酸配列はDAA28569、これをコードする遺伝子の塩基配列はGJ060968のアクセッション番号で登録されている。
【0077】
細胞培養培地に含まれるアファミンは、血清等に含まれる天然のアファミンを公知の方法で精製したものであってもよく、遺伝子組換えアファミンであってもよい。
【0078】
Wntタンパク質は、特定のセリン残基が脂肪酸(パルミトレイン酸)で修飾されているため、強い疎水性を有する。そのため、Wntタンパク質は、水溶液中では凝集又は変性しやすいため、精製及び保存が非常に難しいことが広く知られている。一方、この特定のセリン残基の脂肪酸による修飾は、Wntタンパク質の生理活性に必須であり、Frizzled受容体ファミリーメンバーとの結合に関与することが報告されている。また、水溶液中において、Wntタンパク質がアファミンと1対1で結合し複合体を形成し、高い生理活性を保ちながら、可溶化する知見もある。
【0079】
そこで、Wntタンパク質及びアファミンの両方を発現する細胞を培養する方法により、Wntタンパク質-アファミン複合体を製造してもよく、Wntタンパク質発現細胞とアファミン発現細胞を共培養する方法により、Wntタンパク質-アファミン複合体を製造してもよい。
【0080】
細胞培養培地に含まれるアファミンの濃度は、特に限定されないが、50ng/mL~10μg/mLであることが好ましく、100ng/mL~1μg/mLであることがより好ましく、300μg/mL~1μg/mLであることが更に好ましい。
【0081】
《その他の成分》
本実施形態のオルガノイド培養用細胞培養培地は、さらに、Rock(Rho-キナーゼ)阻害剤を含んでいてもよい。Rock阻害剤としては、例えば、Y-27632((R)-(+)-トランス-4-(1-アミノエチル)-N-(4-ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミド二塩酸塩一水和物)、ファスジル(HA1077)(5-(1,4-ジアゼパン-1-イルスルホニル)イソキノリン)、H-1152((S)-(+)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]-ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン二塩酸塩)等が挙げられる。Rock阻害剤として、Y-27632を用いる場合は、単一細胞に分散された上皮細胞の培養の最初の2日間に添加することが好ましい。細胞培養培地に含まれるY-27632の濃度は約10μMであることが好ましい。
【0082】
細胞培養培地は、更にガストリン(又はLeu15-ガストリン等の適切な代替物)が添加されていてもよい。細胞培養培地に含まれるガストリン(又は適切な代替物)の濃度は、1ng/mL~10μg/mLであることが好ましく、1ng/mL~1μg/mLであることがより好ましく、5~100ng/mLであることが更に好ましい。
【0083】
細胞培養培地は、さらに、少なくとも1種のアミノ酸を含んでもよい。アミノ酸としては、例えば、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-シスチン、L-グルタミン酸、L-グルタミン、L-グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリン、これらの組み合わせ等が挙げられる。細胞培養培地に含まれるL-グルタミンの濃度は0.05~1g/Lであることが好ましく、0.1~0.75g/Lであることがより好ましい。細胞培養培地に含まれるその他のアミノ酸は、0.001~1g/Lであることが好ましく、0.01~0.15g/Lであることがより好ましい。
【0084】
細胞培養培地は、更に、少なくとも1種のビタミンを含んでいてもよい。ビタミンとしては、例えば、チアミン(ビタミンB1)、リボフラビン(ビタミンB2)、ナイアシン(ビタミンB3)、D-パントテン酸カルシウム(ビタミンB5)、ピリドキサール/ピリドキサミン/ピリドキシン(ビタミンB6)、葉酸(ビタミンB9)、シアノコバラミン(ビタミンB12)、アスコルビン酸(ビタミンC)、カルシフェロール(ビタミンD2)、DL-α-トコフェロール(ビタミンE)、ビオチン(ビタミンH)、メナジオン(ビタミンK)等が挙げられる。
【0085】
細胞培養培地は、更に、少なくとも1種の無機塩を含んでいてもよい。無機塩は、細胞の浸透圧平衡の維持を助け、また、膜電位の調節を助ける機能を有する。無機塩の具体例としては、カルシウム、銅、鉄、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、亜鉛の塩が挙げられる。塩は、通常、塩化物、リン酸塩、硫酸塩、硝酸塩、及び重炭酸塩の形で用いられる。さらに具体的な塩には、CaCl2、CuSO4-5H2O、Fe(NO3)-9H2O、FeSO4-7H2O、MgCl、MgSO4、KCl、NaHCO3、NaCl、Na2HPO4、Na2HPO4-H2O、ZnSO4-7H2O等が挙げられる。
【0086】
細胞培養培地は、更に、少なくとも1種の炭素エネルギー源となり得る糖を含んでいてもよい。糖としては、例えば、グルコース、ガラクトース、マルトース、フルクトース等が挙げられる。中でも、グルコースが好ましく、D-グルコース(デキストロース)が特に好ましい。細胞培養培地に含まれる糖の濃度は、1~10g/Lであることが好ましい。
【0087】
細胞培養培地は、更に、少なくとも1種の微量元素を含んでいてもよい。微量元素としては、例えば、バリウム、ブロミウム、コバルト、ヨウ素、マンガン、クロム、銅、ニッケル、セレン、バナジウム、チタン、ゲルマニウム、モリブデン、ケイ素、鉄、フッ素、銀、ルビジウム、スズ、ジルコニウム、カドミウム、亜鉛、アルミニウム、これらのイオン等が挙げられる。
【0088】
細胞培養培地は、更に、少なくとも1種の付加的な薬剤を含んでいてもよい。薬剤としては、幹細胞培養を改善することが報告されている栄養素又は増殖因子、例えば、コレステロール、トランスフェリン、アルブミン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン、亜セレン酸塩等が挙げられる。
【0089】
(工程(e))
続いて、本工程において、上部容器の開口部に前記蓋部材を気密に嵌合させる。本工程は、工程(c)の後であればいつ行ってもよい。例えば、工程(d)の後に行ってもよい。実施例において後述するように、工程(d)において、上皮細胞がコンフルエントな2Dオルガノイドの層を形成した後に本工程を行った場合、上部容器が隔離される。この場合、本工程を低酸素雰囲気下で実施すれば、上部容器の内部を嫌気性条件に維持することができる。
【0090】
本工程を低酸素雰囲気下で実施する方法としては、例えば窒素チャンバーの中で本工程を実施すること等が挙げられる。
【0091】
また、窒素チャンバーを用いなくても、例えば、蓋部材又は上部容器が、脱酸素剤を保持する脱酸素部を更に備えている場合、脱酸素剤が上部容器の内部の酸素を吸収又は除去し、上部容器の内部を速やかに嫌気性条件にすることができる。
【0092】
あるいは、窒素チャンバーを用いず、蓋部材又は上部容器が脱酸素部を備えていない場合であっても、上皮細胞が上部容器内の酸素を消費した後は、上部容器の内部が嫌気性条件(低酸素状態)に維持されることになる。
【0093】
また、上皮細胞がコンフルエントな2Dオルガノイドの層を形成する前に上部容器の開口部に前記蓋部材を気密に嵌合させて、上皮細胞培養用培養容器を好気性条件下でインキュベートした場合、上部容器の一部に配置された、細胞培養培地の少なくとも一部の成分を透過し細胞を透過しない膜を通じて酸素が上部容器内に供給されるため、蓋部材を嵌合させた直後は上部容器の内部を嫌気性条件にすることはできない。
【0094】
しかしながら、このような場合であっても、上皮細胞が増殖して、上部容器内でコンフルエントな2Dオルガノイドの層を形成した後は、上部容器が隔離される。更に、上皮細胞が上部容器内の酸素を消費した後は、上部容器の内部が低酸素状態に維持されることになる。
【0095】
また、工程(d)の後(e)の前に、2Dオルガノイドの層が形成された上部容器に嫌気性細菌を播種する工程を更に含んでいてもよい。
【0096】
工程(d)で上皮細胞がコンフルエントな2Dオルガノイドの層を形成した後は、上部容器の内部を嫌気性条件に維持することができる。したがって、実施例において後述するように、嫌気性細菌を上皮細胞の頂端膜側に播種することによって、酸素に触れることなく上皮細胞と接触させることができる。この結果、上皮細胞と嫌気性細菌とを共培養することができる。この場合、本実施形態の上皮細胞の培養方法は、上皮細胞と嫌気性細菌とを共培養する方法であるということができる。
【0097】
また、嫌気性細菌を播種する時に、上部容器の内部の培地を低酸素状態にした細菌用培地に交換してもよい。実施例において後述するように、下部容器に細胞培養用培地を収容していれば、上部容器の内部の培地を細菌培養培地に交換しても、上皮細胞を維持することができる。細菌培養培地としては、変法GAMブイヨン(ニッスイ社)、強化クロストリジウム培地、BHI培地、BL培地、LB培地、EG培地等が挙げられる。
【0098】
嫌気性細菌は、従来培養することが困難であった細菌であってもよい。嫌気性細菌は、上皮細胞を宿主因子とするものであることが好ましい。嫌気性細菌としては、特に限定されず、クロストリジウム目、バクテロイデス目、ビフィドバクテリウム目、ウェルコミクロビウム目、デスルフォビブリオ目等に属する細菌を用いることができる。
【0099】
(工程(f))
本工程において、上部容器の開口部に蓋部材を気密に嵌合させた上皮細胞用培養容器を培養条件下で更にインキュベートする。培養条件としては、工程(d)における培養条件と同様の条件が挙げられる。
【0100】
また、本工程において、下部容器に収容する細胞培養培地を、上皮細胞に含まれる幹細胞を未分化状態で維持することができる培地(以下、「拡大培地」という場合がある。)から、幹細胞の分化を誘導する培地(以下、「分化培地」という場合がある。)に交換し、上皮細胞の分化を誘導してもよい。
【0101】
(上皮細胞と嫌気性細菌との共培養物)
1実施形態において、本発明は、上皮細胞の2Dオルガイドと嫌気性細菌との共培養物を提供する。従来、上皮細胞を嫌気性条件下で培養することはできなかった。このため、従来、上皮細胞の2Dオルガノイドと嫌気性細菌との共培養物を製造することはできなかった。
【0102】
本実施形態の共培養物は、上述した上皮細胞の培養方法により得られたものであってもよい。
【0103】
本実施形態の共培養物により、上皮細胞と嫌気性細菌との相互作用の計測、腸内細菌の栄養代謝状態の計測、嫌気性細菌による上皮細胞の遺伝子発現変化の計測、上皮細胞と嫌気性細菌との相互作用に変化を及ぼす薬物のスクリーニング等を、インビトロで簡便且つ効率的に解析することができる。
【実施例0104】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0105】
[実験例1]
(上皮細胞の培養)
図2(a)~(c)に写真を示す上皮細胞培養用培養容器を用いて上皮細胞を培養した。上部容器としては、市販のセルカルチャーインサート(商品名「ThinCert」、Greiner Bio-One社)又はトランズウェル(商品名「Transwell」、コーニング社)を使用した。また、蓋部材は自作した。蓋部材の材質としては、ブチルゴムを使用した。ブチルゴムの酸素透過係数は、0.99×10
-8cm
3 cm/(cm
2・秒・気圧)である。また、下部容器としては、市販の12ウェルプレート又は48ウェルプレートを使用した。
【0106】
《細胞培養培地の調製》
細胞培養培地として、市販のAdvanced DMEM/F-12培地(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)に、終濃度1μg/mLとなるようにヒト組換えR-スポンジン1(R&D systems社製)を添加し、終濃度100ng/mLとなるようにノギン(Peprotech社製)を添加し、終濃度500nMとなるようにA83-01(Tocris社製)を添加し、Wnt3aの終濃度が300ng/mLとなるように血清含有培地で培養したW-Wnt3a/HEK由来の培養上清を添加し、終濃度100ng/mLとなるようにIGF1(Biolegend社製)を添加し、終濃度50ng/mLとなるようにFGF2(peprotech社製)を添加し、終濃度50ng/mLとなるようにマウス組換えEGF(Life Technologies社)を添加し、終濃度10μMとなるようにY-27632(Rock阻害剤、和光純薬社製)を添加した培地を用意した。以下、この培地をMHCO(Modified human colonic organoid)培地という場合がある。
【0107】
《3Dオルガノイドの調製》
慶應義塾大学医学部倫理委員会で承認された倫理研究計画に基づき、説明と同意を得られた消化管腫瘍患者より、消化管腫瘍から少なくとも5cm以上離れた部分を正常粘膜として採取した。採取した組織はEDTA又はリベラーゼTHにより腸上皮細胞を抽出し、マトリゲル(登録商標)に包埋した。続いて、腸上皮細胞を25μLのマトリゲル(登録商標)(BD Bioscience社製)と共に、48ウェルプレートに播種した。続いて、上述した細胞培養培地をウェルに100μLずつ添加し、37℃で培養した。培養開始から2日毎に培地交換を行い、7日間培養し、3Dオルガノイドを得た。
【0108】
《上皮細胞培養用培養容器の準備》
図2(a)~(c)に写真を示す上皮細胞培養用培養容器の上部容器にAdvanced DMEM/F-12培地で希釈した5%マトリゲル(登録商標)、又は、0.1M塩酸で10倍希釈した10%Cellmatrix type I-C、 type IV(新田ゼラチン)を、24ウェルサイズの場合には50μL、12ウェルサイズの場合には200μL添加し、37℃で30分以上インキュベートし、クリーンベンチ内で30~60分間乾燥させた。その後、上部容器をAdvanced DMEM/F-12培地で3回洗い、以下の細胞培養に使用した。
【0109】
《2Dオルガノイドの調製》
上述した3DオルガノイドをTrypLE Express(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて崩し、単一細胞にした。続いて、得られた単一細胞を上述したMHCO培地に懸濁し、24ウェルサイズの場合には2~4×105個の細胞を上部容器に播種し、コンフルエントになるまで37℃の通常酸素存在下のインキュベーター内で3~5日間培養した。複数の上皮細胞培養用培養容器に同様に細胞を播種した。
【0110】
続いて、コンフルエントになった上皮細胞培養用培養容器の1つを通常酸素存在条件でインキュベートした。
【0111】
また、コンフルエントになった上皮細胞培養用培養容器の1つを酸素非存在下となるように嫌気チャンバー内でインキュベートした。この結果、上部容器の内部及び下部容器の内部の双方が嫌気性条件に維持された。
【0112】
また、コンフルエントになった上皮細胞培養用培養容器の1つの上部容器の培地を、予め嫌気チャンバー内で嫌気状態にした細胞培養培地に交換し、上部容器の開口部に蓋部材を嵌合させ、通常の酸素雰囲気下でインキュベートした。この結果、上部容器の内部は嫌気性条件に維持され、下部容器の内部は好気性条件に維持された。上部容器の内部は上皮細胞の頂端膜側に面し、下部容器の内部は上皮細胞の基底膜側に面する。
【0113】
図3(a)~(c)は、各上皮細胞培養用培養容器内の上皮細胞を電子顕微鏡で撮影した代表的な写真である。スケールバーは50μmである。
図3(a)中、「好気条件」は上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を酸素雰囲気下に維持した結果であることを示し、
図3(b)中、「嫌気条件」は、上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を嫌気性条件に維持した結果であることを示し、
図3(c)中、「嫌気/好気条件」は、上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持した結果であることを示す。
図3(a)及び(c)は、培養開始から5日後に撮影したものであり、
図3(b)は培養開始から6時間後に撮影したものである。
【0114】
その結果、
図3(a)に示すように、好気条件下では上皮細胞の生存を維持することができた。これに対し、
図3(b)に示すように、上皮細胞の頂端膜側及び基底膜側の双方を嫌気性条件に維持すると、細胞の生存を維持することができず、一部死滅して剥離した状態が観察された。一方、
図3(c)に示すように、上皮細胞の頂端膜側を嫌気性条件に維持しても、基底膜側を好気性条件に維持すれば、基底膜側から供給される酸素によって上皮細胞が生存を維持することができることが明らかとなった。また、後述するように、
図3(c)では、成熟した2Dオルガノイドが形成されていることが確認された。
【0115】
[実験例2]
(酸素濃度の測定)
実験例1と同様にして、
図2(a)~(c)に写真を示す上皮細胞培養用培養容器で腸上皮細胞を培養した。上部容器の内部は嫌気性条件に維持し、下部容器の内部は好気性条件に維持した。また、比較のために、上皮細胞を播種しなかった点以外は、実験例1と同様の操作を行った試料、及び蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させずに上皮細胞を培養した試料も用意した。
【0116】
続いて、上皮細胞の上部容器への播種から3日後に、各群の試料について、上部容器内の細胞培養培地中の溶存酸素濃度及び下部容器内の細胞培養培地内の溶存酸素濃度を測定した。溶存酸素濃度の測定には、市販の溶存酸素計(ニードル式・非破壊酸素計、製品名「Microx4/Microx4 trace」、PreSens社)を使用した。
【0117】
図4(a)及び(b)は、溶存酸素濃度の測定結果を示すグラフである。
図4(a)は、上部容器内の細胞培養培地中の溶存酸素濃度の測定結果を示すグラフであり、
図4(b)は、下部容器内の細胞培養培地中の溶存酸素濃度の測定結果を示すグラフである。
図4(a)及び(b)中、「top」は上部容器内の結果であることを示し、「bottom」は下部容器内の結果であることを示し、「no epithelium + aerobic」は上皮細胞を播種しなかった上皮細胞培養用培養容器の結果であることを示し、「aerobic」は上皮細胞を播種し、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させなかった上皮細胞培養用培養容器の結果であることを示し、「hemi-anaerobic」は上皮細胞を播種し、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させた上皮細胞培養用培養容器の結果であることを示す。また、「****」はp<0.0001で有意差が存在することを示し、「ns」は有意差が存在しないことを示す。
【0118】
その結果、上皮細胞を播種し、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させた上皮細胞培養用培養容器では、上部容器内の細胞培養培地中の溶存酸素濃度が低く、嫌気性条件に維持されていることが確認された。一方、下部容器内の細胞培養培地内の溶存酸素濃度は高く、好気性条件に維持されていることが確認された。また、上皮細胞を播種しなかった場合には、上部容器内の細胞培養培地中の溶存酸素濃度は高く、嫌気性条件を維持することができないことが確認された。また、上皮細胞を播種し、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させなかった場合においても、上部容器内の細胞培養培地中の溶存酸素濃度は高く、嫌気性条件を維持することができないことが確認された。
【0119】
以上の結果から、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させた場合、上部容器内の上皮細胞が2Dオルガノイドを形成してコンフルエントな状態になると、上部容器の内部が隔離され、嫌気性条件を維持することができることが明らかとなった。
【0120】
[実験例3]
(2Dオルガノイドの検討1)
図2(a)~(c)に写真を示す上皮細胞培養用培養容器を用いて、上部容器内を嫌気性条件に保ったまま腸上皮細胞を培養し、上皮幹細胞の維持が可能か否か、分化細胞の維持が可能か否かについて検討した。
【0121】
まず、実験例1と同様にして、上部容器の表面にコンフルエントな2Dオルガノイドの層を形成した。続いて、嫌気チャンバー内で上部容器内の培地を交換した。同様の上皮細胞培養用培養容器を2組用意し、一方の上皮細胞培養用培養容器では、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合し、もう一方には、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させなかった。これらの細胞を、37℃、空気環境下でインキュベートした。この結果、上部容器の内部は嫌気性条件に維持され、下部容器の内部は好気性条件に維持された。
【0122】
続いて、培地交換から3日後に、各上皮細胞を回収し、定量的RT-PCRにより、幹細胞マーカー遺伝子及び分化マーカー遺伝子の発現量を測定した。幹細胞マーカーとしては、LGR5遺伝子、PTK7遺伝子の発現量を測定した。また、分化マーカーとしては、杯細胞のマーカーであるMUC2遺伝子、神経内分泌細胞のマーカーであるCHGA遺伝子、大腸細胞のマーカーであるAQP8遺伝子の発現量を測定した。
【0123】
図5(a)~(e)は、各遺伝子の発現量の測定結果を示すグラフである。
図5(a)~(e)中、縦軸は、各遺伝子の発現量の相対値を示し、「aerobic」は蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させないで培養した結果であることを示し、「hemi-anaerobic」は蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させて培養した結果であることを示し、「ns」は有意差が存在しないことを示す。
【0124】
また、
図5(a)はLGR5遺伝子のmRNAの発現量を測定した結果を示すグラフであり、
図5(b)はPTK7遺伝子のmRNAの発現量を測定した結果を示すグラフであり、
図5(c)はMUC2遺伝子のmRNAの発現量を測定した結果を示すグラフであり、
図5(d)はCHGA遺伝子のmRNAの発現量を測定した結果を示すグラフであり、
図5(e)はAQP8遺伝子のmRNAの発現量を測定した結果を示すグラフである。
【0125】
その結果、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させて上皮細胞の頂端膜側を嫌気性条件に維持し、基底膜側を好気性条件に維持した場合においても、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させないで好気条件で培養した場合と同様に、上皮幹細胞のみならず、大腸上皮を構成する全ての機能性分化細胞を維持して培養できることが明らかになった。
【0126】
図6(a)及び(b)は、上記の上皮細胞の切片を、杯細胞のマーカーであるMUC2タンパク質に対する抗体で染色した蛍光顕微鏡写真である。対照としてファロイジンでF-アクチンを染色した。スケールバーは20μmである。
図6(a)及び(b)中、向かって上側が上端膜側であり、向かって下側が基底膜側である。また、
図6(a)中、「好気条件」は、上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を好気性条件に維持した結果であることを示し、
図6(b)中、「嫌気/好気条件」は、上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持した結果であることを示す。
【0127】
図6(a)の示す免疫染色の結果から、好気条件における2Dオルガノイド培養では、生体の腸管内同様に杯細胞から産出されるムチンによって層構造が形成されることが明らかとなった。また
図6(b)の示す免疫染色の結果から、上皮細胞の頂端膜側を嫌気性条件に維持し、基底膜側を好気性条件に維持した場合においても,好気条件と同様に杯細胞からのムチンによって形成される層構造が観察されることが明らかとなった。
【0128】
[実験例4]
(2Dオルガノイドの検討2)
図2(a)~(c)に写真を示す上皮細胞培養用培養容器で腸上皮細胞を培養し、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させて上皮細胞の頂端膜側を嫌気性条件に維持し、基底膜側を好気性条件に維持した場合においても、上皮細胞の維持が可能か否か、分化細胞の維持が可能か否かについて検討した。
【0129】
まず、実験例1と同様にして、上部容器内にコンフルエントな2Dオルガノイドの層を形成した。続いて、窒素チャンバー内で上部容器内の培地を交換した。同様の上皮細胞培養用培養容器を2組用意し、一方の上皮細胞培養用培養容器では、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合し、もう一方には、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させなかった。続いて、これらの細胞を、37℃、空気環境下でインキュベートした。この結果、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合した場合には、上部容器の内部は嫌気性条件に維持され、下部容器の内部は好気性条件に維持された。
【0130】
続いて、培地交換から3日後に、各上皮細胞を免疫染色し、蛍光顕微鏡で観察した。具体的には、上皮細胞の頂端極性を検証するために、タイトジャンクションのマーカーであるZO-1タンパク質に対する抗体、アドへレンスジャンクションのマーカーであるCDH1タンパク質に対する抗体、杯細胞のマーカーであるMUC2タンパク質に対する抗体、神経内分泌細胞のマーカーであるCHGAタンパク質に対する抗体で各群の細胞を染色した。また、対照としてファロイジンでF-アクチンを染色した。
【0131】
図7(a)及び(b)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは50μmである。
図7(a)中、「好気条件」は、上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を好気性条件に維持した結果であることを示し、
図7(b)中、「嫌気/好気条件」は、上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持した結果であることを示す。
【0132】
その結果、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させて上皮細胞の頂端膜側を嫌気性条件に維持し、基底膜側を好気性条件に維持した場合においても、蓋部材を上部容器の開口部に嵌合させないで好気条件で培養した場合と同様に、タイトジャンクションやアドへレンスジャンクションが正常に形成されており、頂端極性も保たれていることが明らかとなった。また、上皮細胞の頂端側のみ嫌気条件に維持した場合においても、上皮幹細胞から機能性分化細胞である杯細胞や神経内分泌細胞を分化させることができることが明らかとなった。
【0133】
[実験例5]
(上皮細胞と嫌気性細菌との共培養1)
実験例1と同様にして、
図2(a)~(c)に写真を示す上皮細胞培養用培養容器で腸上皮細胞を培養し、上部容器の表面にコンフルエントな2Dオルガノイドの層を形成した。続いて、上皮細胞の上部容器への播種から5日後に、嫌気チャンバー内で、上部容器内の培地を捨て、嫌気状態にした細胞培養培地に懸濁したビフィドバクテリウム・アドレッセンティス(B.adolescentis)を播種した。ビフィドバクテリウム・アドレッセンティスは偏性嫌気性細菌である。
【0134】
ビフィドバクテリウム・アドレッセンティスを播種した上皮細胞培養用培養容器を2組用意し、一方の上部容器の開口部に蓋部材を嵌合させた。また、一方の上部容器の開口部には蓋部材を嵌合させず、開口したままにした。続いて、37℃、空気環境下でインキュベートした。この結果、前者では、上部容器の内部が嫌気性条件に維持され、下部容器の内部は好気性条件に維持された。また、後者では、上部容器の内部及び下部容器の内部の双方が好気性条件に維持された。
【0135】
図8(a)及び(b)は、ビフィドバクテリウム・アドレッセンティスの播種から1日後の顕微鏡写真である。スケールバーは50μmである。
図8(a)中、「anaerobic/aerobic」は、上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持した結果であることを示す。また、
図8(b)中、「aerobic/aerobic」は、上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を好気性条件に維持した結果であることを示す。
【0136】
その結果、
図8(a)に示すように、上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持した場合では、上皮細胞と共にビフィドバクテリウム・アドレッセンティスの増殖が観察された。
図8(a)中、ビフィドバクテリウム・アドレッセンティスのコロニーを矢印で示す。
【0137】
一方、
図8(b)に示すように、上部容器の内部及び下部容器の内部の双方を好気性条件に維持した場合では、ビフィドバクテリウム・アドレッセンティスの増殖は観察されなかった。
【0138】
この結果から、上皮細胞の頂端膜側を嫌気性条件に維持し、基底膜側を好気性条件に維持し、上皮細胞の頂端膜側に嫌気性細菌を播種することにより、上皮細胞と嫌気性細菌を共培養することができることが明らかとなった。
【0139】
[実験例6]
(上皮細胞と嫌気性細菌との共培養2)
実験例5と同様にして、ビフィドバクテリウム・アドレッセンティス以外の嫌気性細菌を上皮細胞と共培養した。嫌気性細菌としては、バクテロイデス・フラジリス(B.fragilis)、クロストリジウム・ブチリカム(C.butyricum)及びアッカーマンシア・ムシニフィラ(A.muciniphila)を使用した。上部容器の内部を嫌気性条件に維持し、下部容器の内部を好気性条件に維持して培養した。
【0140】
図9(a)~(f)は、各嫌気性細菌の播種から1日後の顕微鏡写真である。
図9(a)はバクテロイデス・フラジリスの結果である。スケールバーは50μmである。
図9(b)は、
図9(a)の点線の四角で囲んだ領域を拡大した顕微鏡写真である。スケールバーは10μmである。
【0141】
また、
図9(c)はクロストリジウム・ブチリカムの結果である。スケールバーは50μmである。また、クロストリジウム・ブチリカムのコロニーを矢印で示す。
図9(d)は、
図9(c)の点線の四角で囲んだ領域を拡大した顕微鏡写真である。スケールバーは10μmである。
【0142】
また、
図9(e)はアッカーマンシア・ムシニフィラの結果である。スケールバーは20μmである。
図9(f)は、
図9(e)の点線の四角で囲んだ領域を拡大した顕微鏡写真である。スケールバーは10μmである。
【0143】
この結果から、上皮細胞の頂端膜側を嫌気性条件に維持し、基底膜側を好気性条件に維持し、上皮細胞の頂端膜側に嫌気性細菌を播種することにより、バクテロイデス・フラジリス、クロストリジウム・ブチリカム及びアッカーマンシア・ムシニフィラを上皮細胞と共培養することができることが明らかとなった。この結果は、本実験例の方法により、様々な嫌気性細菌を培養することができることを示す。
【0144】
特に、アッカーマンシア・ムシニフィラは、成熟した上皮細胞から産生されるムチンを生育に必要とし、嫌気性が必須の微生物であり、従来インビトロで培養することができなかった微生物である。本発明の方法によって、これまでインビトロで培養することができなかったアッカーマンシア・ムシニフィラのような腸内細菌も培養できることが明らかとなった。
【0145】
[実験例7]
(上皮細胞と嫌気性細菌との共培養3)
未分化の上皮細胞では杯細胞がほとんど認められず、杯細胞からのムチンの産生が見られない。アッカーマンシア・ムシニフィラは、その生育にムチンが必須であり、嫌気性条件も必須である。
【0146】
本実験例では、実験例5と同様にして、成熟した上皮細胞の2Dオルガノイド上で、アッカーマンシア・ムシニフィラを共培養し菌の増殖を検討した。成熟した上皮細胞の2Dオルガノイドは、MHCO培地で培養した。また、比較のために、未分化な上皮細胞の2Dオルガノイド上でアッカーマンシア・ムシニフィラを共培養した。
【0147】
未分化な上皮細胞の2Dオルガノイドは、p38阻害剤及びニコチンアミドを添加した未分化培養培地を用いた、系統的分化を阻害する条件で上皮細胞の3Dオルガノイドを形成後、2Dオルガノイドにして作製した。
【0148】
未分化培養培地は、終濃度3μMのSB202190(Sigma-Aldrich社)及び終濃度10mMのニコチンアミド(Sigma-Aldrich社)をMHCO培養培地に添加して調製した。
【0149】
図10は、培養したアッカーマンシア・ムシニフィラを定量した結果を示すグラフである。
図10中、「MHCO」は、MHCO培地を用いて培養した、成熟した上皮細胞上で共培養したアッカーマンシア・ムシニフィラを定量した結果であることを示し、「Undifferentiated」は、未分化培養培地を用いて培養した、未分化の上皮細胞上で共培養したアッカーマンシア・ムシニフィラを定量した結果であることを示す。また、「**」は、p<0.01で有意差が存在することを示す。
【0150】
その結果、未分化の上皮細胞上では、アッカーマンシア・ムシニフィラの増殖がほとんど認められないことが明らかとなった。これに対し、成熟した上皮細胞上では、アッカーマンシア・ムシニフィラの増殖が認められた。この結果は、本発明の方法によって、成熟した上皮細胞からなる2Dオルガノイド製造することができ、嫌気性の微生物を共培養できることを更に支持するものである。
100…上皮細胞培養用培養容器、110…上部容器、111…開口部、120…蓋部材、130…細胞培養培地、140…下部容器、112…領域、113…膜、130,131…培地、150…上皮細胞、151…頂端膜側、152…基底膜側。