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特開2024-28868炭化珪素基板および炭化珪素エピタキシャル基板
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024028868
(43)【公開日】2024-03-05
(54)【発明の名称】炭化珪素基板および炭化珪素エピタキシャル基板
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/36 20060101AFI20240227BHJP
   C30B 23/06 20060101ALI20240227BHJP
【FI】
C30B29/36 A
C30B23/06
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023206044
(22)【出願日】2023-12-06
(62)【分割の表示】P 2022092990の分割
【原出願日】2018-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2017236405
(32)【優先日】2017-12-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】沖田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】本家 翼
(57)【要約】      (修正有)
【課題】炭化珪素エピタキシャル層の形成前後において炭化珪素基板の反りの変化を低減する炭化珪素基板を提供する。
【解決手段】応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとし、第1主面から第2主面までの領域において、炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最大値をνmaxとし、第1主面から第2主面までの領域において、炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最小値をνminとし、第1主面における炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとするとき、下記の数式を満たす。



【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1主面と、前記第1主面の反対側にある第2主面とを備え、かつポリタイプ4Hの炭化珪素により構成された炭化珪素基板であって、
前記第1主面の最大径は、140mm以上であり、
前記炭化珪素基板の厚みは、300μm以上600μm以下であり、
前記第1主面は、{0001}面または{0001}面に対して0°より大きく8°以下のオフ角で傾斜した面であり、
応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとし、
前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとすると、
前記第1主面から前記第2主面に向かって3μm以内の領域の任意の位置において、数式4を満たす、炭化珪素基板。
【数1】
【請求項2】
前記第1主面から前記第2主面までの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最大値をΔmaxとし、
前記第1主面から前記第2主面までの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最小値をΔminとしたとき、数式5を満たす、請求項1に記載の炭化珪素基板。
【数2】
【請求項3】
Δmax-Δmin≦0.10を満たし、ΔmaxおよびΔminの単位はcm-1である、請求項2に記載の炭化珪素基板。
【請求項4】
前記第1主面から前記第2主面までの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最大値をνmaxとし、
前記第1主面から前記第2主面までの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最小値をνminとしたとき、
数式1および数式2を満たす、請求項1に記載の炭化珪素基板。
【数3】

【数4】
【請求項5】
前記第1主面から前記第2主面までの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最大値をΔmaxとし、
前記第1主面から前記第2主面までの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最小値をΔminとしたとき、数式5を満たす、請求項4に記載の炭化珪素基板。
【数5】
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の炭化珪素基板と、
前記第1主面に接する炭化珪素エピタキシャル層と、を備えた、炭化珪素エピタキシャル基板。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の炭化珪素基板を準備する工程と、
前記炭化珪素基板上に、炭化珪素エピタキシャル層を形成する工程と、を備える、エピタキシャル基板の製造方法。
【請求項8】
第1主面と、前記第1主面の反対側にある第2主面とを備え、かつポリタイプ4Hの炭化珪素により構成された炭化珪素基板であって、
前記第1主面の最大径は、140mm以上であり、
前記炭化珪素基板の厚みは、300μm以上600μm以下であり、
前記第1主面は、{0001}面または{0001}面に対して0°より大きく8°以下のオフ角で傾斜した面であり、
前記第1主面から前記第2主面に向かって200μmまでの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最大値をΔmaxとし、
前記第1主面から前記第2主面に向かって200μmまでの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最小値をΔminとしたとき、数式5を満たす、炭化珪素基板。
【数6】
【請求項9】
Δmax-Δmin≦0.10を満たし、ΔmaxおよびΔminの単位はcm-1である、請求項8に記載の炭化珪素基板。
【請求項10】
第1主面と、前記第1主面の反対側にある第2主面とを備え、かつポリタイプ4Hの炭化珪素により構成された炭化珪素基板であって、
前記第1主面の最大径は、140mm以上であり、
前記炭化珪素基板の厚みは、300μm以上600μm以下であり、
前記第1主面は、{0001}面または{0001}面に対して0°より大きく8°以下のオフ角で傾斜した面であり、
応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとし、
前記第1主面から前記第2主面に向かって200μmまでの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最大値をνmaxとし、
前記第1主面から前記第2主面に向かって200μmまでの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最小値をνminとしたとき、
数式1および数式2を満たす、炭化珪素基板。
【数7】

【数8】
【請求項11】
前記第1主面から前記第2主面に向かって200μmまでの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最大値をΔmaxとし、
前記第1主面から前記第2主面に向かって200μmまでの領域において、前記炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最小値をΔminとしたとき、数式5を満たす、請求項10に記載の炭化珪素基板。
【数9】
【請求項12】
請求項8から請求項11のいずれか1項に記載の炭化珪素基板と、
前記第1主面に接する炭化珪素エピタキシャル層と、を備えた、炭化珪素エピタキシャル基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、炭化珪素基板に関する。本出願は、2017年12月8日に出願した日本特許出願である特願2017-236405号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
特開2014-210690号公報(特許文献1)には、炭化珪素単結晶基板に対して化学機械研磨が行われることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014-210690号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示に係る炭化珪素基板は、第1主面と、第1主面の反対側にある第2主面とを備え、かつポリタイプ4Hの炭化珪素により構成されている。第1主面の最大径は、140mm以上である。炭化珪素基板の厚みは、300μm以上600μm以下である。第1主面は、{0001}面または{0001}面に対して0°より大きく8°以下のオフ角で傾斜した面である。応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとし、第1主面から第2主面までの領域において、炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最大値をνmaxとし、第1主面から第2主面までの領域において、炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最小値をνminとし、第1主面における炭化珪素基板のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとするとき、数式1~数式3を満たす。
【0005】
【数1】
【0006】
【数2】
【0007】
【数3】
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、本実施形態に係る炭化珪素基板の構造を示す平面模式図である。
図2図2は、図1のII-II線に沿った矢視断面模式図である。
図3図3は、ラマンスペクトルの測定装置の構成を示す模式図である。
図4図4は、ラマンスペクトルの測定方法を示す断面模式図である。
図5図5は、ラマンスペクトルの一例を示す図である。
図6図6は、第1位置で測定されたラマンスペクトルの一例を示す図である。
図7図7は、ピークを示す波数と測定位置との関係を示す図である。
図8図8は、ピークの半値幅と測定位置との関係を示す図である。
図9図9は、本実施形態に係る炭化珪素基板の製造方法の第1工程を示す断面模式図である。
図10図10は、本実施形態に係る炭化珪素基板の製造方法の第1工程を示す平面模式図である。
図11図11は、本実施形態に係る炭化珪素基板の製造方法の第2工程を示す断面模式図である。
図12図12は、本実施形態に係る炭化珪素基板上に炭化珪素エピタキシャル層を形成する工程を示す断面模式図である。
図13図13は、3点基準面の決定方法を示す平面模式図である。
図14図14は、warpおよびbowの測定方法を説明するための第1模式図である。
図15図15は、warpおよびbowの測定方法を説明するための第2模式図である。
図16図16は、サンプル1のΔν(Ne)と測定位置との関係を示す図である。
図17図17は、サンプル2のΔν(Ne)と測定位置との関係を示す図である。
図18図18は、サンプル3のΔν(Ne)と測定位置との関係を示す図である。
図19図19は、サンプル4のΔν(Ne)と測定位置との関係を示す図である。
図20図20は、サンプル1のFWHMと測定位置との関係を示す図である。
図21図21は、サンプル2のFWHMと測定位置との関係を示す図である。
図22図22は、サンプル3のFWHMと測定位置との関係を示す図である。
図23図23は、サンプル4のFWHMと測定位置との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
本開示の目的は、炭化珪素エピタキシャル層の形成前後において炭化珪素基板の反りの変化を低減することである。
【0010】
[本開示の効果]
本開示によれば、炭化珪素エピタキシャル層の形成前後において炭化珪素基板の反りの変化を低減することができる。
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
(1)本開示に係る炭化珪素基板10は、第1主面1と、第1主面1の反対側にある第2主面2とを備え、かつポリタイプ4Hの炭化珪素により構成されている。第1主面1の最大径111は、140mm以上である。炭化珪素基板10の厚みは、300μm以上600μm以下である。第1主面1は、{0001}面または{0001}面に対して0°より大きく8°以下のオフ角で傾斜した面である。応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとし、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最大値をνmaxとし、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最小値をνminとし、第1主面1における炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとするとき、数式1~数式3を満たす。
【0012】
(2)上記(1)に係る炭化珪素基板10において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとすると、第1主面1から第2主面2に向かって3μm以内の領域の任意の位置において、数式4を満たしてもよい。
【0013】
【数4】
【0014】
(3)上記(1)または(2)に係る炭化珪素基板10において、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最大値をΔmaxとし、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最小値をΔminとしたとき、数式5を満たしてもよい。
【0015】
【数5】
【0016】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面に基づいて本開示の実施形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰返さない。本明細書中の結晶学的記載においては、個別方位を[]、集合方位を<>、個別面を()、集合面を{}でそれぞれ示している。また、負の指数については、結晶学上、”-”(バー)を数字の上に付けることになっているが、本明細書中では、数字の前に負の符号を付けている。
【0017】
まず、本実施形態に係る炭化珪素基板10の構成について説明する。
図1および図2に示されるように、本実施形態に係る炭化珪素基板10は、第1主面1と、第2主面2と、外周面5とを主に有している。第2主面2は、第1主面1の反対側にある。炭化珪素基板10は、ポリタイプ4Hの炭化珪素により構成されている。炭化珪素基板10は、たとえば窒素(N)などのn型不純物を含んでいる。炭化珪素基板10の導電型は、たとえばn型である。炭化珪素基板10のn型不純物の濃度は、たとえば1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下である。
【0018】
図1に示されるように、第1主面1の最大径111は、140mm以上である。第1主面1の最大径111は、特に限定されないが、たとえば160mm以下であってもよいし、200mm以下であってもよいし、250mm以下であってもよいし、300mm以下であってもよい。図2に示されるように、炭化珪素基板10の厚み112は、300μm以上600μm以下である。炭化珪素基板10の厚み112は、特に限定されないが、たとえば350μm以上であってもよいし、400μm以上であってもよい。炭化珪素基板10の厚み112は、特に限定されないが、たとえば550μm以下であってもよいし、500μm以下であってもよい。
【0019】
第1主面1は、{0001}面または{0001}面に対して0°より大きく8°以下のオフ角で傾斜した面である。オフ角は、たとえば1°以上であってもよいし、2°以上であってもよい。オフ角は、7°以下であってもよいし、6°以下であってもよい。具体的には、第1主面1は、(0001)面または(0001)面に対して0°より大きく8°以下のオフ角で傾斜した面であってもよい。第1主面1は、(000-1)面または(000-1)面に対して0°より大きく8°以下のオフ角で傾斜した面であってもよい。第1主面1の傾斜方向は、たとえば<11-20>方向である。
【0020】
図1に示されるように、外周面5は、たとえば第1フラット3と、円弧状部4とを有していてもよい。第1フラット3は、たとえば第1方向101に沿って延在する。円弧状部4は、第1フラット3に連なる。外周面5は、たとえば第2方向102に沿って延在する第2フラット(図示せず)を有していてもよい。第2方向102は、たとえば<1-100>方向である。第1方向101は、第1主面1に対して平行であり、かつ第2方向102に対して垂直な方向である。第1方向101は、たとえば<11-20>方向である。
【0021】
第1主面1は、たとえばエピタキシャル層形成面である。別の観点から言えば、第1主面1上に炭化珪素エピタキシャル層20(図12参照)が設けられる。第2主面2は、たとえばドレイン電極形成面である。別の観点から言えば、第2主面2上にMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)のドレイン電極(図示せず)が形成される。
【0022】
次に、炭化珪素基板10のラマンスペクトルを測定するためのラマン分光装置の構成について説明する。
【0023】
図3に示されるように、ラマン分光装置30は、たとえば光源32と、対物レンズ31と、分光器33と、ステージ34と、ビームスプリッター35と、検出器38とを主に有している。ラマン分光装置30としては、たとえばHORIBA JOBIN YVON社製のLabRAM HR-800を使用することができる。光源32は、たとえばYAG(Yttrium Aluminum Garnet)レーザーである。光源32の励起波長は、たとえば532nmである。レーザー照射強度は、たとえば10mWである。測定方法は、たとえば後方散乱測定である。対物レンズ31の倍率は100倍である。測定領域の直径は、たとえば1μmである。レーザーの照射時間は、たとえば20秒である。積算回数は、たとえば5回である。グレーティングは、2400gr/mmである。
【0024】
次に、炭化珪素基板10のラマンスペクトルを測定する方法について説明する。
まず、光源32のYAGレーザーから入射光36が放射される。図3の矢印61に示されるように、入射光36は、ビームスプリッター35により反射され、炭化珪素基板10の第1主面1に向かって入射される。ラマン分光装置30は、たとえば共焦点光学系を採用している。共焦点光学系においては、対物レンズ31の焦点と共役な位置に円形の開口を有する共焦点アパーチャ(図示せず)が配置されている。これにより、焦点の合った位置(高さ)のみの光を検出することができる。
【0025】
図3の矢印62に示されるように、炭化珪素基板10によって散乱されたラマン散乱光は、ビームスプリッター35を通り、分光器33に導入される。分光器33において、ラマン散乱光が波数毎に分解される。波数毎に分解されたラマン散乱光が検出器38によって検出される。これにより、横軸を波数とし、かつ縦軸をラマン散乱光の強度としたラマンスペクトルが得られる。ステージ34は、炭化珪素基板10の厚み方向(矢印63の方向)に移動することができる。
【0026】
図4に示されるように、炭化珪素基板10の第1主面1に入射光36の焦点を合わせ、測定領域37におけるラマンスペクトルを測定する。この場合、入射光36の焦点の高さ方向の位置は、第1位置Xである。入射光36の焦点は、第1主面1の中心6(図1参照)に合わせられる。ラマン散乱光の測定領域37は、第1主面1の中心6を含む直径約1μmの領域である。次に、ステージ34が上側に移動させられ、入射光36の焦点の高さ方向の位置が第2位置Xに調整される。これにより、第2位置Xにおけるラマンスペクトルが測定される。以上のように、ステージ34を矢印63の方向に沿って移動させることで、第1位置Xから第n位置Xの各々におけるラマンスペクトルが測定される。言い換えれば、炭化珪素基板10の厚み方向において、ラマンスペクトルが測定される。
【0027】
図5は、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの一例を示している。図5の横軸は、波数(ラマンシフト)である。図5の縦軸は、ラマン散乱光の強度(ラマン強度)である。光源32の励起光の波長は、514.5nmである。ラマンシフトとは、励起光の波数と被測定物のラマン散乱光の波数との差である。被測定物がポリタイプ4Hの炭化珪素の場合、ラマンスペクトルにおいて主に4つのピークが観測される。第1ピーク41は、縦波光学(LO)分岐の折り返しモードに起因するラマン散乱光である。第1ピーク41は、たとえば964cm-1付近に出現する。第2ピーク42は、横波光学(TO)分岐の折り返しモードに起因するラマン散乱光である。第2ピーク42は、たとえば776cm-1付近に出現する。第3ピーク43は、縦波音響(LA)分岐の折り返しモードに起因するラマン散乱光である。第3ピーク43は、たとえば610cm-1付近に出現する。第4ピーク44は、横波音響(TA)分岐の折り返しモードに起因するラマン散乱光である。第4ピーク44は、たとえば196cm-1付近に出現する。
【0028】
図6の実線で示すラマンプロファイルは、炭化珪素基板10の第1位置X図4参照)で測定されたラマンスペクトルを示している。当該ラマンスペクトルを用いて、縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピーク41の波数νが求められる。同様に、当該ピーク41の半値幅Δが求められる。なお縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピーク41とは、縦型光学分岐の折り返しモードに起因して発生するラマンプロファイルのピークである。図6の一点鎖線で示すラマンプロファイル50は、応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークである。当該ピークの波数νは、たとえば以下のようにして求めることができる。Lely結晶(Lely法で成長した結晶)をラマン測定して求められるラマンスペクトルのピークを応力0の波数νとする。Lely結晶は自然核発生により成長し、不純物が少ないため応力0とみなすことができる。
【0029】
スライス加工後の炭化珪素基板10の第1主面1付近は、引張応力または圧縮応力が発生している。そのため、炭化珪素基板10の第1位置Xで測定されたラマンプロファイルの縦型光学分岐の折り返しモードに起因するピークを示す波数は、応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数νからシフトする。測定領域に引張応力が発生していると、測定領域のラマンプロファイルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数は、マイナス側にシフトする。反対に、測定領域に圧縮応力が発生していると、測定領域のラマンプロファイルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数は、プラス側にシフトする。このようにシフト量Sを求めることにより、測定領域の応力を定量的に評価することができる。
【0030】
図7は、横軸を炭化珪素基板10の測定位置とし、かつ縦軸を炭化珪素の縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの波数としてプロットした図である。図4に示されるように、炭化珪素基板10の測定位置は、第1主面1から第2主面2まで、一定の間隔tで変化させる。間隔tは、たとえば2.75μmである。具体的には、第1位置Xにおける炭化珪素基板10のラマンスペクトルを測定した後、当該ラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの波数が求められる。次に、ステージ34を矢印63の方向に移動させ、第2位置Xにおける炭化珪素基板10のラマンスペクトルを測定した後、当該ラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの波数が求められる。同様に、第3位置Xから第n位置Xまでにおけるラマンスペクトルが測定され、各測定位置におけるラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの波数が求められる。以上のようにして、図7に示す波数と測定位置との関係が求められる。
【0031】
第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最大値がνmaxとして求められる。図7において、第1位置Xにおける波数がνmaxである。同様に、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最小値がνminとして求められる。図7において、第m位置Xにおける波数がνminである。第1主面1における炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数がνとして求められる。
【0032】
応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピーク波数をνとすると、νmaxは上述の数式1を満たす。νmaxは(ν+0.045cm-1)以下であってもよいし、(ν+0.04cm-1)以下であってもよい。νminは上述の数式2を満たす。νminは(ν-0.045cm-1)以上であってもよいし、(ν-0.04cm-1)以上であってもよい。νは上述の数式3を満たす。νは(ν-0.015cm-1)以上であってもよいし、(ν-0.01cm-1)以上であってもよい。νは(ν+0.03cm-1)以下であってもよいし、(ν+0.025cm-1)以下であってもよい。
【0033】
図7に示されるように、第1位置Xで測定されたラマンプロファイルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数は、波数νよりも大きくてもよい。炭化珪素基板10は、第1主面1から第2主面2に向かう方向において、ラマンプロファイルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数が単調に小さくなる領域(たとえば第1位置Xから第m位置Xまで)を有していてもよい。炭化珪素基板10は、第1主面1から第2主面2に向かう方向において、ラマンプロファイルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数が単調に大きくなる領域(たとえば第m位置Xから第n-1位置Xn-1まで)を有していてもよい。ラマンプロファイルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数は、第2主面2に向かうにつれて波数νに漸近していてもよい。
【0034】
なお第2主面2の面粗さが大きい場合、第2主面2におけるラマンスペクトルには多くのノイズが入り、縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数を正確に算出することができない。そのため、波数の最大値および波数の最小値の算出に際して、第2主面2におけるラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数は考慮しない。図7においては、第2主面2における測定位置(第n位置X)の波数を白丸により示している。このことは、第n位置Xにおける波数は、測定されてもよいけれども、波数の最大値および波数の最小値の算出に際して考慮されないことを意味している。
【0035】
図7に示されるように、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとすると、第1主面1から第2主面2に向かって3μm以内の領域の任意の位置において、νは上述の数式4を満たす。具体的には、第1位置Xにおける炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの波数と、第2位置Xにおける炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの波数とは、上述の数式4を満たす。νは(ν-0.015cm-1)以上であってもよいし、(ν-0.01cm-1)以上であってもよい。νは(ν+0.03cm-1)以下であってもよいし、(ν+0.025cm-1)以下であってもよい。
【0036】
図8は、横軸を炭化珪素基板10の測定位置とし、かつ縦軸を炭化珪素の縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅としてプロットした図である。図7の場合と同様に、炭化珪素基板10の測定位置は、第1主面1から第2主面2まで一定の間隔tで変化させ、各測定位置において炭化珪素基板10のラマンスペクトルを測定される。各測定位置におけるラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅Δが求められる。半値幅Δは、具体的には、半値全幅(FWHM:Full Width at Half Maximum)である。以上のようにして、図8に示す半値幅と測定位置との関係が求められる。なお当該ピークの半値幅は、第1主面1に平行な測定領域内における応力分布の指標である。当該ピークの半値幅が小さいと測定範囲内における応力分布は小さい。反対に、当該ピークの半値幅が大きいと測定範囲内における応力分布は大きい。
【0037】
第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最大値がΔmaxとして求められる。図8において、第1位置Xにおける半値幅がΔmaxである。同様に、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最小値がΔminとして求められる。図8において、第n-1位置Xn-1における半値幅がΔminである。図8においては、第2主面2における測定位置(第n位置X)の波数を白丸により示している。このことは、第n位置Xにおける半値幅は、測定されてもよいけれども、半値幅の最大値および半値幅の最小値の算出に際して考慮されないことを意味している。
【0038】
図8に示されるように、ラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅Δは、第1主面1から第2主面2に向かって単調に減少していてもよい。当該ピークの半値幅Δは、第2主面2に向かうにつれて、Δminに漸近していてもよい。本実施形態に係る炭化珪素基板10によれば、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最大値をΔmaxとし、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの半値幅の最小値をΔminとしたとき、上述の数式5を満たす。(Δmax-Δmin)は0.13cm-1以下であってもよいし、0.11cm-1以下であってもよい。
【0039】
上記においては、第1主面1の中心6を通り、第1主面1に対してほぼ垂直な直線に沿ってラマンプロファイルが測定される場合について説明したが、ラマンプロファイルの測定箇所は上記直線に限定されない。たとえば外周面5から内側に所定の距離(たとえば3mm)までの領域を除いた炭化珪素基板10の任意の領域において、数式1~数式5が満たされてもよい。
【0040】
次に、本実施形態に係る炭化珪素基板10の製造方法について説明する。
まず、スライス加工工程が実施される。具体的には、たとえば昇華法によりポリタイプ4Hの炭化珪素単結晶から構成されたインゴットが形成される。インゴットが整形された後、インゴットがワイヤーソー装置によりスライスされる。これにより、炭化珪素基板10がインゴットから切り出される。ソーワイヤーの表面にはダイヤモンド砥粒が固着されている。ダイヤモンド砥粒の径は、たとえば15μm以上25μm以下である。ソーワイヤーの径は、たとえば120μmである。ソーワイヤーの線速は、たとえば800m/分以上1500m/分以下である。ソーワイヤーの張力は、たとえば18Nである。
【0041】
炭化珪素基板10は、ポリタイプ4Hの六方晶炭化珪素から構成されている。炭化珪素基板10は、第1主面1と、第1主面1の反対側にある第2主面2とを有する。第1主面1は、たとえば{0001}面に対して<11-20>方向に4°以下オフした面である。具体的には、第1主面1は、たとえば(0001)面に対して4°以下程度の角度だけオフした面である。第2主面2は、たとえば(000-1)面に対して<11-20>方向に4°以下程度の角度だけオフした面である。
【0042】
図9に示されるように、炭化珪素基板10は、第1領域7と、中間領域8と、第2領域9とを有している。第1領域7は、第1主面1を含む領域である。第2領域9は、第2主面2を含む領域である。中間領域8は、第1領域7と第2領域9との間の領域である。上記スライス加工工程において、第1領域7および第2領域9の各々に対しては加工ダメージが加えられる。そのため、第1領域7および第2領域9の各々は、中間領域8よりも歪んでいる。第1主面1は、たとえば中心が第2主面2に近づき、かつ外周が第2主面2から遠ざかるように湾曲している。第2主面2は、たとえば中心が第1主面1から遠ざかり、かつ外周が第1主面1に近づくように湾曲している。図10に示されるように、炭化珪素基板10の第1主面1には、第1主面1に対して垂直な方向から見て略円状の歪領域51が点在していてもよい。歪領域は、加工ダメージが残留した領域である。歪領域51は、歪領域51の周りの領域と応力が異なっている。
【0043】
次に、第1エッチング工程が行われる。具体的には、水酸化カリウム(KOH)と、過マンガン酸カリウム(KMnO)と、純水とが混合されて調製されたエッチング液に、炭化珪素基板10全体が浸漬されることにより、炭化珪素基板10がエッチングされる。エッチング液の体積比率は、KOH:KMnO:純水=5~15:1~3:20~30である。エッチング液の温度は、たとえば70℃以上95℃以下である。次に、フッ酸(HF)と、硝酸(HNO)とが混合されて調製されたエッチング液に、炭化珪素基板10全体が浸漬されることにより、炭化珪素基板10がエッチングされる。エッチング液の体積比率は、HF:HNO=3~5:2~4(ここで、HFの体積は、HNOの体積よりも多い)である。エッチング液の温度は、たとえば70℃以上95℃以下である。これにより、炭化珪素基板10の表面が1μm以上5μm以下程度エッチングされる。第1エッチングにより、炭化珪素基板10の厚み方向における応力の分布が低減される。結果として、炭化珪素基板10の反りが低減される(図11参照)。第1主面1は、第2主面2とほぼ平行になる。
【0044】
次に、両面機械研磨工程が実施される。具体的には、第1主面1が第1定盤(図示せず)に対向し、かつ第2主面2が第2定盤(図示せず)に対応するように炭化珪素基板10が第1定盤と第2定盤との間に配置される。次に、第1主面1と第1定盤の間および第2主面2と第2定盤との間にスラリーが導入される。スラリーは、たとえばダイヤモンド砥粒を含む。ダイヤモンド砥粒の径は、たとえば1μm以上3μm以下である。第1定盤によって第1主面1に荷重が加えられ、かつ第2定盤によって第2主面2に荷重が加えられることにより、炭化珪素基板10の両面に対して機械研磨が行われる。
【0045】
次に、第2エッチング工程が行われる。具体的には、水酸化カリウム(KOH)と、過マンガン酸カリウム(KMnO)と、純水とが混合されて調製されたエッチング液に、炭化珪素基板10全体が浸漬されることにより、炭化珪素基板10がエッチングされる。エッチング液の体積比率は、KOH:KMnO:純水=5~15:1~3:20~30である。エッチング液の温度は、たとえば70℃以上95℃以下である。次に、フッ酸(HF)と、硝酸(HNO)とが混合されて調製されたエッチング液に、炭化珪素基板10全体が浸漬されることにより、炭化珪素基板10がエッチングされる。エッチング液の体積比率は、HF:HNO=3~5:2~4(ここで、HFの体積は、HNOの体積よりも多い)である。エッチング液の温度は、たとえば70℃以上95℃以下である。これにより、炭化珪素基板10の表面が1μm以上5μm以下程度エッチングされる。第2エッチングにより、炭化珪素基板10の厚み方向における応力の分布が低減される。結果として、炭化珪素基板10の反りが低減される。
【0046】
次に、炭化珪素基板10の第1主面1において第1CMP(Chemical Mechanical Polishing)が行われる。具体的には、第1主面1が定盤に対向するように、炭化珪素基板10が研磨ヘッドに保持される。砥粒として酸化アルミニウムが用いられる。砥粒の平均粒径は、180nmである。酸化剤として、硝酸塩系酸化剤が用いられる。炭化珪素基板10に対する荷重(面圧)は、たとえば250g/cm以上500g/cm以下である。定盤の回転数は、たとえば60rpm以上90rpm以下である。研磨ヘッドの回転数は、80rpm以上120rpm以下である。
【0047】
次に、炭化珪素基板10の第1主面1において第2CMPが行われる。具体的には、砥粒としてコロイダルシリカが用いられる。酸化剤として、バナジン酸塩が添加された過酸化水素水が用いられる。炭化珪素基板10に対する荷重(面圧)は、たとえば300g/cmである。これにより、炭化珪素基板10の第1主面1の歪が低減される。以上により、本実施形態に係る炭化珪素基板10が製造される(図1参照)。
【0048】
次に、本実施形態に係る炭化珪素基板10に炭化珪素エピタキシャル層を形成する方法について説明する。
【0049】
たとえばホットウォール方式の横型CVD(Chemical Vapor Deposition)装置の反応室に炭化珪素基板10が配置される。次に、炭化珪素基板10が、たとえば1630℃程度に昇温される。次に、たとえばシラン(SiH)とプロパン(C)とアンモニア(NH)と水素(H)とを含む混合ガスが反応室に導入される。これにより、炭化珪素基板10の第1主面1に炭化珪素エピタキシャル層20が形成される(図12参照)。図12に示されるように、炭化珪素エピタキシャル層20は、第1主面1に接している。炭化珪素エピタキシャル層は、第1主面1に対向する表面21を有している。炭化珪素エピタキシャル層20の厚みは、たとえば5μm以上100μm以下である。
【0050】
次に、本実施形態に係る炭化珪素基板10の作用効果について説明する。
ダイヤモンド砥粒を用いて炭化珪素基板10に対してスライスまたは機械研磨などの加工を行う場合、炭化珪素基板10に対して加工ダメージが加えられる。これにより、炭化珪素基板10の第1主面1および第2主面2の各々から内部に向かって数十μm~数百μmまでの領域において歪(応力)が変化する領域(具体的には、第1領域7および第2領域9)が形成される。歪が変化する領域は、機械研磨におけるダイヤモンド砥粒の転動によって形成されると考えられる。最終的にCMP後の状態においても、図10に示される歪領域51と、歪領域51の周辺部の領域には、歪が存在している。歪領域51の周辺部の領域と比較して、歪領域51は、より深い(強い)歪が存在している。
【0051】
炭化珪素基板10の第1主面1に対して水素エッチングを行うことにより、歪が変化する領域の一部が除去される。これにより、応力分布が変化し、炭化珪素基板10の反りの形状が変化する。応力分布が変化する領域の一部は炭化珪素基板10に残っている。この時点から反りが変化している。更に、炭化珪素エピタキシャル層20を炭化珪素基板10上に形成するために炭化珪素基板10を昇温すると、炭化珪素基板10に残った応力分布が変化する領域の応力分布が変化することで、炭化珪素基板10の反りが更に大きく変化する。つまり、炭化珪素エピタキシャル層の形成前後において炭化珪素基板10の反りが大きく変化する。
【0052】
本実施形態に係る炭化珪素基板10によれば、歪が変化する領域の大部分が除去されており、厚み方向において応力の分布が低減されている。具体的には、応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとし、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最大値をνmaxとし、第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数の最小値をνminとし、第1主面1における炭化珪素基板10のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数をνとするとき、数式1~数式3を満たす。これにより、炭化珪素エピタキシャル層の形成前後における、炭化珪素基板10の反りの変化を低減することができる。
【0053】
炭化珪素基板10の厚み方向において応力の分布が大きいと、炭化珪素基板10を昇温した際に、炭化珪素基板10の第1主面1に歪領域51を起点として<1-100>方向に延在する直線状のスジ(突出部)が形成されることがある。炭化珪素基板10に炭化珪素エピタキシャル層20を形成する際、炭化珪素基板10の第1主面1に形成されていた直線状のスジは、第1主面1上に形成された炭化珪素エピタキシャル層20に引き継がれる。結果として、炭化珪素エピタキシャル層20の表面21に、直線状のスジが形成される。本実施形態に係る炭化珪素基板10においては、炭化珪素基板10の厚み方向において応力の分布が低減されている。これにより、炭化珪素基板10上に形成される炭化珪素エピタキシャル層20の表面21において、直線状のスジが形成されることを抑制することができてもよい。
【実施例0054】
(サンプル準備)
表2に記載の製造工程を用いてサンプル1~4に係る炭化珪素基板10が準備された。サンプル1に係る炭化珪素基板10を実施例とした。サンプル2~4に係る炭化珪素基板10を比較例とした。具体的には、まずポリタイプ4Hの炭化珪素インゴットをワイヤーソー装置によりスライスすることにより、炭化珪素基板10がインゴットから切り出された。サンプル1は、条件Aを用いてスライスされた。スライス工程の条件Aは以下の通りである。ダイヤモンド砥粒の径は、15μm以上25μm以下とした。ソーワイヤーの径は、120μmとした。ソーワイヤーの線速は、800m/分以上1500m/分以下とした。ソーワイヤーの張力は、18Nとした。サンプル2~4は、条件Bを用いてスライスされた。スライス工程の条件Bは以下の通りである。ダイヤモンド砥粒の径は、30μm以上40μm以下とした。ソーワイヤーの径は、180μmとした。ソーワイヤーの線速は、800m/分以上1200m/分以下とした。ソーワイヤーの張力は、45Nとした。
【0055】
次に、サンプル1に係る炭化珪素基板10に対して第1エッチング工程が実施された。第1エッチング工程の条件は上述の通りである。サンプル2~4に係る炭化珪素基板10に対しては、第1エッチング工程は実施されなかった。
【0056】
次に、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10に対して両面機械研磨工程が実施された。両面機械研磨工程の条件は上述の通りである。
【0057】
次に、サンプル1に係る炭化珪素基板10に対して第2エッチング工程が実施された。第2エッチング工程の条件は上述の通りである。サンプル2~4に係る炭化珪素基板10に対しては、第2エッチング工程は実施されなかった。
【0058】
次に、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10に対して第1CMP工程が実施された。サンプル1~4に係る炭化珪素基板10に対しては、それぞれ条件C、条件D、条件Eおよび条件Fが用いられた(表1参照)。
【0059】
【表1】
【0060】
第1CMP工程の条件Cは以下の通りである。具体的には、砥粒として酸化アルミニウムが用いられた。砥粒の平均粒径は、180nmとした。酸化剤として、硝酸塩系酸化剤が用いられた。炭化珪素基板10に対する荷重(面圧)は、250g/cm以上500g/cm以下とした。定盤の回転数は、60rpm以上90rpm以下とした。研磨ヘッドの回転数は、80rpm以上120rpm以下とした。
【0061】
第1CMP工程の条件Dは以下の通りである。具体的には、砥粒として酸化アルミニウムが用いられた。砥粒の平均粒径は、250nmとした。酸化剤として、硝酸塩系酸化剤が用いられた。炭化珪素基板10に対する荷重(面圧)は、250g/cm以上500g/cmとした。定盤の回転数は、60rpm以上90rpm以下とした。研磨ヘッドの回転数は、80rpm以上120rpm以下とした。
【0062】
第1CMP工程の条件Eは以下の通りである。具体的には、砥粒として酸化アルミニウムが用いられた。砥粒の平均粒径は、180nmとした。酸化剤として、硝酸塩系酸化剤が用いられた。炭化珪素基板10に対する荷重(面圧)は、600g/cm以上700g/cmとした。定盤の回転数は、60rpm以上90rpm以下とした。研磨ヘッドの回転数は、80rpm以上120rpm以下とした。
【0063】
第1CMP工程の条件Fは以下の通りである。具体的には、砥粒として酸化アルミニウムが用いられた。砥粒の平均粒径は、250nmとした。酸化剤として、硝酸塩系酸化剤が用いられた。炭化珪素基板10に対する荷重(面圧)は、500g/cm以上600g/cmとした。定盤の回転数は、60rpm以上90rpm以下とした。研磨ヘッドの回転数は、80rpm以上120rpm以下とした。
【0064】
次に、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10に対して第2CMP工程が実施された。第2CMP工程の条件は上述の通りである。以上により、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10が準備された。
【0065】
【表2】
【0066】
(評価方法1)
次に、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10の第1主面1のwarpおよびbowが測定された。第1主面1のwarpおよびbowは、Tropel社製のFlatmasterにより測定された。図13に示されるように、第1主面1の3点基準面94が決定された。3点基準面94とは、第1主面1上の3点(第5位置95、第6位置96および第7位置97)を含む仮想平面である。第5位置95、第6位置96および第7位置97を繋ぐことにより構成される三角形は、内部に第1主面1の中心6を含む正三角形である。
【0067】
図14および図15に示されるように、3点基準面94と垂直な方向において、3点基準面94から見た第1主面1の最高位置92と3点基準面94との間の距離154と、3点基準面94から見た第1主面1の最低位置93と3点基準面94との間の距離155との合計がwarpである。図14および図15に示されるように、3点基準面94と垂直な方向において、第1主面1の中心6の位置91と3点基準面94との間の距離がbowである。図14に示されるように、第1主面1の中心6の位置91が3点基準面94よりも低い場合、bowは負の値を示す。図15に示されるように、第1主面1の中心6の位置91が3点基準面94よりも高い場合、bowは正の値を示す。
【0068】
(評価結果1)
表3に示されるように、エピタキシャル成長前において、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10の第1主面1のwarpは、それぞれ16.4μm、23.3μm、36.1μmおよび57.5μmであった。またサンプル1~4に係る炭化珪素基板10の第1主面1のbowは、それぞれ-10.9μm、8.0μm、21.8μmおよび-31.2μmであった。
【0069】
【表3】
【0070】
(評価方法2)
またラマン分光法を用いて、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10の第1主面1から第2主面2までの領域において、炭化珪素基板10のラマンスペクトルが測定された。当該ラマンスペクトルを用いて、Δν(Ne)と測定位置の関係を求めた。同様に、ピークの半値幅(FWHM)と測定位置との関係を求めた。ここで、Δν(Ne)は、ポリタイプ4Hの炭化珪素の縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの波数から、ネオンのラマンスペクトルのピークの波数を差し引いた値である。ネオンのラマンスペクトルのピークを示す波数を基準として、炭化珪素の縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークの波数を求めた。縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークおよび当該ピークの半値幅の測定方向は上述の通りである。応力が0であるポリタイプ4Hの炭化珪素のラマンスペクトルの縦型光学分岐の折り返しモードに対応するピークを示す波数からネオンのラマンスペクトルのピークを示す波数を差し引いた値(Δν(Ne))は、たとえば-44.25cm-1である。測定位置は、第1主面1からの距離である。炭化珪素基板10の第1主面1の測定位置は、0μmの位置である。
【0071】
【表4】
【0072】
(評価結果2)
図16および表4に示されるように、サンプル1に係る炭化珪素基板10においては、Δν(Ne)maxとΔν(Ne)との差の絶対値は、0.032cm-1であった。Δν(Ne)minとΔν(Ne)との差の絶対値は、0.046cm-1であった。測定位置が0μmにおけるΔν(Ne)は、-44.218cm-1であった。第1主面1のΔν(Ne)からΔν(Ne)を引いた値は、0.032cm-1であった。
【0073】
図17および表4に示されるように、サンプル2に係る炭化珪素基板10においては、Δν(Ne)maxとΔν(Ne)との差の絶対値は、0.140cm-1であった。Δν(Ne)minとΔν(Ne)との差の絶対値は、0.069cm-1であった。測定位置が0μmにおけるΔν(Ne)は、-44.110cm-1であった。第1主面1のΔν(Ne)からΔν(Ne)を引いた値は、0.140cm-1であった。
【0074】
図18および表4に示されるように、サンプル3に係る炭化珪素基板10においては、Δν(Ne)maxとΔν(Ne)との差の絶対値は、0.003cm-1であった。Δν(Ne)minとΔν(Ne)との差の絶対値は、0.061cm-1であった。測定位置が0μmにおけるΔν(Ne)は、-44.247cm-1であった。第1主面1のΔν(Ne)からΔν(Ne)を引いた値は、0.003cm-1であった。
【0075】
図19および表4に示されるように、サンプル4に係る炭化珪素基板10においては、Δν(Ne)maxとΔν(Ne)との差の絶対値は、0.071cm-1であった。Δν(Ne)minとΔν(Ne)との差の絶対値は、0.028cm-1であった。測定位置が0μmにおけるΔν(Ne)は、-44.179cm-1であった。第1主面1のΔν(Ne)からΔν(Ne)を引いた値は、0.071cm-1であった。
【0076】
図20および表4に示されるように、サンプル1に係る炭化珪素基板10においては、ΔmaxからΔminを差し引いた値は、0.1cm-1であった。図21および表4に示されるように、サンプル2に係る炭化珪素基板10においては、ΔmaxからΔminを差し引いた値は、0.15cm-1であった。
【0077】
図22および表4に示されるように、サンプル3に係る炭化珪素基板10においては、ΔmaxからΔminを差し引いた値は、0.18cm-1であった。図23および表4に示されるように、サンプル4に係る炭化珪素基板10においては、ΔmaxからΔminを差し引いた値は、0.22cm-1であった。
【0078】
次に、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10の第1主面1上にエピタキシャル成長により炭化珪素エピタキシャル層20が形成されることにより、炭化珪素エピタキシャル基板が製造された。炭化珪素エピタキシャル基板の製造条件は上述の通りである。
【0079】
(評価方法3)
次に、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10上に形成された炭化珪素エピタキシャル層20の表面21のwarpおよびbowが測定された。表面21のwarpおよびbowは、Tropel社製のFlatmasterを使用して上述した方法と同様に測定された。
【0080】
またサンプル1~4に係る炭化珪素基板10上に形成された炭化珪素エピタキシャル層20の表面21における直線状のスジの本数が測定された。測定領域は、250μm×250μmの正方領域とした。高さが0.5μm以上である直線状の突起をスジとして特定した。
【0081】
(評価結果3)
表3に示されるように、エピタキシャル成長後において、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10上に形成された炭化珪素エピタキシャル層20の表面21のwarpは、それぞれ12.3μm、89.6μm、64.3μmおよび34.9μmであった。またサンプル1~4に係る炭化珪素基板10上に形成された炭化珪素エピタキシャル層の表面21のbowは、それぞれ-7.8μm、-65.6μm、48.9μmおよび-0.03μmであった。炭化珪素基板10に炭化珪素エピタキシャル層を形成する前後におけるwarpの変化量は、+4.1μm、-112.9μm、+28.2μmおよび+22.6μmであった。なお炭化珪素基板10に炭化珪素エピタキシャル層を形成する前後におけるwarpの変化量は、bowの符号をwarpに適用し、エピタキシャル成長後の表面21のwarpからエピタキシャル成長前の第1主面1のwarpを差し引くことにより求められた。
【0082】
表3に示されるように、サンプル1~4に係る炭化珪素基板10上に形成された炭化珪素エピタキシャル層の表面21に形成された直線状のスジの数は、それぞれ0本、11本、2本および多数(12本以上)であった。
【0083】
以上の結果より、サンプル1に係る炭化珪素基板10は、サンプル2~4に係る炭化珪素基板10と比較して、warpの変化量が低減可能であることが確かめられた。またサンプル1に係る炭化珪素基板10は、サンプル2~4に係る炭化珪素基板10と比較して、直線状のスジの発生を抑制可能であることが確かめられた。
【0084】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0085】
1 第1主面、2 第2主面、3 第1フラット、4 円弧状部、5 外周面、6 中心、7 第1領域、8 中間領域、9 第2領域、10 炭化珪素基板、20 炭化珪素エピタキシャル層、21 表面、30 ラマン分光装置、31 対物レンズ、32 光源、33 分光器、34 ステージ、35 ビームスプリッター、36 入射光、37 測定領域、38 検出器、41 第1ピーク(ピーク)、42 第2ピーク、43 第3ピーク、44 第4ピーク、50 ラマンプロファイル、51 歪領域、91 位置、92 最高位置、93 最低位置、94 3点基準面、95 第5位置、96 第6位置、97 第7位置、101 第1方向、102 第2方向、111 最大径、112 厚み。
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