(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024029250
(43)【公開日】2024-03-05
(54)【発明の名称】フェリチン測定用標準物質およびフェリチン測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20240227BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240227BHJP
【FI】
G01N33/543 581L
G01N33/53 D
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024005672
(22)【出願日】2024-01-17
(62)【分割の表示】P 2019169148の分割
【原出願日】2019-09-18
(71)【出願人】
【識別番号】000120456
【氏名又は名称】栄研化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100162156
【弁理士】
【氏名又は名称】村雨 圭介
(74)【代理人】
【識別番号】100201606
【弁理士】
【氏名又は名称】田岡 洋
(72)【発明者】
【氏名】長竹 由佳
(72)【発明者】
【氏名】門脇 拓也
(57)【要約】
【課題】 検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させる方法を提供する。
【解決手段】 少なくとも2以上のロットのフェリチン測定用標準物質間における検体中のフェリチン測定結果の差を低減する方法であって、標準物質において、下記(1)または(2)を満たすフェリチンを用いる、方法:(1)標準物質中のフェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が90%以上である;(2)標準物質中のフェリチンにおけるトリマー以上のフェリチンオリゴマーの割合の差が、標準物質間で8ポイント以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェリチンの免疫学的測定用標準物質および免疫学的測定試薬を用いて、異なる測定装置で検体中のフェリチンを測定するにあたり、前記異なる測定装置間での測定結果の差を低減する方法であって、
前記標準物質において、下記(1)を満たすフェリチンを用いる、方法:
(1)前記フェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が90%以上である。
【請求項2】
前記免疫学的測定の方法が免疫凝集法である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記フェリチンモノマーの割合が95%以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
少なくとも2以上のロットのフェリチンの免疫学的測定用標準物質を用いるフェリチンの免疫学的測定方法であって、
前記標準物質において、下記(1)または(2)を満たすフェリチンを用いる、方法:
(1)前記標準物質中のフェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が90%以上である;または
(2)前記標準物質中のフェリチンにおけるトリマー以上のフェリチンオリゴマーの割合の差が、前記標準物質間で8パーセントポイント以下である。
【請求項5】
前記(2)において、前記標準物質中のフェリチンにおけるフェリチンダイマーの割合の差が、前記標準物質間で10パーセントポイント以下である、請求項4に記載のフェリチンの免疫学的測定方法。
【請求項6】
前記免疫学的測定方法が免疫凝集法である請求項4または5に記載のフェリチンの免疫学的測定方法。
【請求項7】
前記(1)において、前記フェリチンモノマーの割合が95%以上である、請求項4~6のいずれか一項に記載のフェリチンの免疫学的測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェリチン測定用標準物質およびその製造方法、ならびに上記標準物質を用いたフェリチンの測定方法に関するものである。また、さらに本発明は、フェリチン測定結果の差を低減する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
フェリチンは、24個のポリペプチドサブユニットを含み分子量が約480kDaの球状タンパク質複合体である。ポリペプチドサブユニットとしては、分子量の異なる2種類のH鎖(21kDa)、L鎖(19kDa)が知られている。フェリチン分子の内部は中空となっており、この空間に多数の鉄イオンを貯蔵することができる。フェリチン分子1個当たり4500個の第三鉄イオン(Fe3+)を貯蔵可能である。
【0003】
フェリチンは、ヒトにおいては肝臓、腎臓、脾臓、胎盤等の器官に存在するほか、血清中にも存在し、鉄輸送タンパク質として機能するものと考えられている。そして、鉄欠乏性障害の治療方法として、フェリチン-鉄複合体を患者に投与する方法が提案されている(例えば、特許文献1)。
【0004】
また、血清中のフェリチン濃度は、体内の鉄貯蔵量と密接に関係していることが分かっており、鉄欠乏性症等の臨床検査において重要な測定項目となっている(例えば、非特許文献1)。フェリチンの測定においては各種免疫学的測定方法が知られているが、近年はラテックス凝集法による免疫測定法が、他法に比べて簡便かつ迅速に測定が行える方法となっているため、広く使用されている。そして、ラテックス凝集法の検出感度を改良するために、反応液中にそれぞれ所定分子量を有するポリビニルピロリドン、プルランおよびポリエチレングリコールからなる群より選択される1種を含有させる方法(特許文献2)が、また、血清検体の鮮度の影響を抑えるために反応液中に第4級アンモニウム塩を含有させる方法(特許文献3)などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2011-516419号公報
【特許文献2】特開平10-115615号公報
【特許文献3】特開2000-88849号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】臨床検査精度管理調査の定量検査評価法と試料に関する日臨技指針,医学検査,2008年,57:109-117
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記非特許文献1においては、測定項目としてのフェリチンが「分類3)基準測定操作法や標準物質が確立されていないうえ、施設間差も大きい項目」と分類されている。このように、フェリチンの免疫学的測定においては、測定施設が異なった場合などに、測定結果に差が生じてしまうことがあり、精度管理が重要な課題となっていた。
【0008】
上記特許文献2は、高感度かつ迅速、簡便なフェリチン定量方法として提案されており、上記特許文献3は、フェリチン検体の鮮度の影響が少ないフェリチン測定方法として提案されている。しかし、これらの方法においても、依然として精度管理の観点から充分なものとはいえなかった。
【0009】
そこで、本発明は、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記問題を解決すべく研究を行った結果、フェリチンは、24個のポリペプチドサブユニットを含み分子量約480kDaであるフェリチンをモノマーとして称した場合、フェリチンモノマーが会合してフェリチンダイマー、フェリチンオリゴマー等を形成し、これらの間で免疫学的測定における反応性が異なること、標準物質におけるこれらの反応性の相違が、測定値の差の一因となっていることを知見した。
すなわち、検体中のフェリチンの測定において、免疫学的測定法のための標準物質(キャリブレータ)を調製するにあたり、標準物質は生体組織に由来するフェリチンを使用することが多いが、ロットの異なるフェリチンを用いるとフェリチンモノマー、ダイマー、オリゴマー等の割合が異なることがあるため、標準物質もこれらの構成割合が異なることがある。そして、フェリチンモノマー、ダイマー、オリゴマー等は、免疫学的測定における反応性が異なることから、フェリチンモノマー、ダイマー、オリゴマー等の構成割合が複数の標準物質のロット間で異なってしまうことが、検量線が変動する原因であり、ひいては検体の測定値が変わってしまう一因となっていることを知見した。
そして、標準物質において、フェリチンモノマー、ダイマー、オリゴマー等の割合が所定範囲にあるフェリチンを用いることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0011】
〔1〕 少なくとも2以上のロットのフェリチン測定用標準物質間における検体中のフェリチン測定結果の差を低減する方法であって、
前記標準物質において、下記(1)または(2)を満たすフェリチンを用いる、方法:
(1)前記標準物質中のフェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が90%以上である;
(2)前記標準物質中のフェリチンにおけるトリマー以上のフェリチンオリゴマーの割合の差が、前記標準物質間で8ポイント以下である。
〔2〕 前記(2)において、前記標準物質中のフェリチンにおけるフェリチンダイマーの割合の差が、前記標準物質間で10ポイント以下である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 前記(1)または(2)において、標準物質として調製される前のフェリチンに対し、前記割合が調整される、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕 フェリチン測定用標準物質の製造方法であって、
前記標準物質において、下記(1)を満たすフェリチンを用いる、方法:
(1)前記フェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が90%以上である。
〔5〕 第1のロットのフェリチン測定用標準物質を参照して、第2のロットのフェリチン測定用標準物質を製造する方法であって、
前記第2の標準物質において、下記(2)を満たすフェリチンを用いる、方法:
(2)前記標準物質中のフェリチンにおけるトリマー以上のフェリチンオリゴマーの割合の差が、前記第1の標準物質と前記第2の標準物質との間で8ポイント以下である。
〔6〕 前記(2)において、前記標準物質中のフェリチンにおけるフェリチンダイマーの割合の差が、前記第1の標準物質と前記第2の標準物質との間で10ポイント以下である、〔5〕に記載のフェリチン測定用標準物質の製造方法。
〔7〕 前記(1)または(2)において、標準物質として調製される前のフェリチンに対し、前記割合が調整される、〔4〕~〔6〕に記載のフェリチン測定用標準物質の製造方法。
〔8〕 フェリチンを含有するフェリチン測定用標準物質であって、
前記標準物質中のフェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が90%以上であることを特徴とするフェリチン測定用標準物質。
〔9〕 前記標準物質中のフェリチンにおけるトリマー以上のフェリチンオリゴマーの割合が5%以下である、〔8〕に記載のフェリチン測定用標準物質。
〔10〕 〔4〕~〔7〕に記載の方法で製造された標準物質、または〔8〕もしくは〔9〕に記載の標準物質を用いることを特徴とするフェリチンの測定方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、標準物質中のフェリチン反応性を安定化することができ、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明の一実施形態に係る方法は、少なくとも2以上のロットのフェリチン測定用標準物質間における検体中のフェリチン測定結果の差を低減する方法であって、当該標準物質において、標準物質中のフェリチンにおけるモノマー、ダイマー、オリゴマー等の割合が所定範囲にあるフェリチンを用いるものである。
【0014】
1.フェリチン
フェリチンは、24個のポリペプチドサブユニットを含み約480kDaとなる球状タンパク質複合体である。
本実施形態において用いるフェリチンは、肝臓、胎盤、脾臓等から精製して得ることができるほか、リコンビナントタンパク質なども利用することができる。ただし、入手容易性等の観点から、本実施形態で用いるフェリチンはL鎖のリコンビナントではなくてもよく、肝臓または胎盤由来であることが好ましく、肝臓由来であることが特に好ましい。
【0015】
本明細書においては、24個のポリペプチドサブユニットを含み分子量約480kDaであるフェリチン(タンパク質複合体)を、「フェリチンモノマー」と称する(単に「モノマー」ともいうこともある)。
また、上記モノマー2分子がさらに会合し形成された約960kDaの複合体を、「フェリチンダイマー」と称する(単に「ダイマー」ということもある)。
さらに、上記モノマー3分子以上が会合して形成された巨大な複合体を、「トリマー以上のフェリチンオリゴマー」と称する(単に「フェリチンオリゴマー」あるいは「オリゴマー」ということもある)。
【0016】
後述する実施例にて示すように、フェリチンは、モノマー、ダイマー、オリゴマーと多量体化するにつれて、免疫学的測定における反応性が低下する。そのため、標準物質においてこれらの構成割合が大きく変動してしまうと、同一の測定装置においても標準物質から作成される検量線が変動してしまい、検体中のフェリチン濃度の測定値も差が生じてしまう。
これに対し、標準物質に含まれるフェリチンにおいて、上記構成割合が大きく変動しないように調整することで、検量線が大きく変動することなく安定し、検体中のフェリチン濃度の測定値も安定化させることができる。
【0017】
なお、フェリチンにモノマー、ダイマー、オリゴマーが存在することは知られていたが、これらの間で免疫学的測定における反応性が異なることは全く知られておらず、本発明者らの新知見である。
また、後述する実施例にて示すとおり、同じフェリチン測定試薬を用いて異なる測定装置にて測定した場合に、モノマー、ダイマー、オリゴマーの間で免疫学的測定における反応性の相違が認められる。
【0018】
2.モノマー、ダイマーおよびオリゴマーの割合
本実施形態において、フェリチン中のモノマー、ダイマーおよびオリゴマーの各割合は、例えば吸光度換算により表すことができる。具体的には、フェリチンをゲルろ過クロマトグラフィー等により分画し、全フェリチンに対するモノマー、ダイマーおよびオリゴマーのタンパク量としての割合を吸光度換算により表すことができる。
モノマー、ダイマーおよびオリゴマーは、常法に従って分子量で分画することができ、ゲルろ過クロマトグラフィーの具体的な条件は、一例として後述する実施例に示す条件を例示することができる。
吸光度は、例えば波長280nmの吸光度により測定することができる。モノマー、ダイマーおよびオリゴマーのタンパク量としての割合は、当該波長で測定したゲルろ過クロマトグラフィーのピークの面積比などにより特定することができる。
【0019】
なお、フェリチンにおけるモノマー等の割合を決定すべき組成物がフェリチン以外の成分を含む等の理由により、各画分の吸光度をフェリチンの吸光度とみなせない場合には、例えば以下の(a)または(b)の方法により、上記割合を決定することができる。
【0020】
(a)アフィニティ精製や結晶化等によりフェリチンを精製する。その後、前述と同様にゲルろ過クロマトグラフィー等により分画し、吸光度を測定することでタンパク量を求め、モノマー等の割合(タンパク量比)を決定する。
【0021】
(b)一般的に入手可能なフェリチンをモノマー、ダイマーおよびオリゴマーに分画し、各画分について、吸光度を測定するとともに、特定のフェリチン測定試薬および測定装置の組み合わせにてシグナル強度を測定し、フェリチンモノマー等におけるシグナル強度と吸光度との関係式を特定する。その後、フェリチンにおけるモノマー等の割合を決定すべき組成物について、ゲルろ過クロマトグラフィー等により分画し、各画分について上記特定のフェリチン測定試薬および測定装置の組み合わせによりフェリチンのシグナル強度を測定する。各画分のシグナル強度と、上記関係式とから、各画分におけるシグナル強度を吸光度に換算し、モノマー、ダイマーおよびオリゴマーの割合を算出する。
【0022】
ここで、フェリチンの「吸光度」とは、フェリチン抗原単体を分光光度計にて測定したときの波長280nmの光の吸収強度をいう。
また、「シグナル強度」とは、免疫学的測定により検出されるシグナルの変化量をいう。上記シグナルは、免疫学的測定の方法によって、濁度、吸光、蛍光、発光、RI等が挙げられる。シグナル強度は、フェリチンの量に相関して増減するところ、なお、免疫学的測定における反応性がフェリチンモノマー、ダイマーおよびオリゴマーの間で異なることから、上記増減の程度はフェリチンモノマー、ダイマーおよびオリゴマーの間で異なるものとなる。
【0023】
3.検体中のフェリチン測定結果の差の低減方法
本実施形態においては、前述したとおり、標準物質に含まれるフェリチンにおいて、モノマー、ダイマーおよびオリゴマーの構成割合が大きく変動しないように調整することで、検量線が大きく変動することなく安定し、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させることができる。
ここで、フェリチンにおけるモノマー等の構成割合が大きく変動しないように調整する方法としては、具体的には、標準物質中のフェリチンとして、下記(1)を満たすフェリチンを用いる方法が挙げられる。
(1)標準物質中に含まれるフェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が90%以上である。
【0024】
上記(1)のようにすることで、反応性の低いダイマーやオリゴマー等の割合の変動を抑制することができ、標準物質中のフェリチンの反応性を安定化させ、検量線が安定化し、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させることができる。すなわち、上記(1)を満たすフェリチンを用いることで、ロットの異なる標準物質間において、検体中のフェリチン測定結果の差を低減することができる。
上記(1)において、フェリチンモノマーの割合は、95%以上とすることがさらに好ましく、98%以上とすることが特に好ましい。
【0025】
また、後述する実施例にて示すとおり、同じフェリチン測定試薬を用い異なる測定装置にて測定した場合、モノマー、ダイマー、オリゴマーの間で反応性の相違が認められる。このことに起因して、標準物質中のフェリチンがオリゴマー(あるいはダイマー)の割合が多いと、同一ロットの標準物質を用い、同一の検体を測定した場合でも、測定装置間で測定結果に差が生じてしまう場合がある。
これに対し、標準物質に用いるフェリチンにおいて、フェリチンモノマーの割合を高くする、例えば90%以上、95%以上、または98%以上とすることで、ロットの異なる標準物質間で測定値差を低減できるだけでなく、同一ロットの標準物質を用い、異なる免疫学的測定装置間での測定値差を低減することもできる。
【0026】
ここで、本明細書における「ロット」とは、同一の原料を用い、同一の条件のもとに製造された製品単位をいう。例えば、フェリチン等の原料として同一のものを用い、かつ製造された条件が同一であれば、同一ロットの標準物質ということができる。
ロットについては、標準物質だけでなく、フェリチンについても定義することができ、例えば、同一の原料を用い、同一の条件のもとに製造されたフェリチンであれば、同一ロットのフェリチンとなる。フェリチンのロットが同一であれば、フェリチンにおけるモノマー、ダイマー、オリゴマーの構成割合が同一とみなすことができる。
なお、少なくとも2以上の標準物質において、原料として用いたフェリチンのロットがそれぞれ異なる場合は、用いた原料が同一ではないため、標準物質のロットも異なるものとなる。また、少なくとも2以上の標準物質(またはフェリチン)において、製造された工程、場所、時期等が異なる場合には、製造された条件が同一ではないため、標準物質(またはフェリチン)のロットも異なるものとなる。
【0027】
また、少なくとも2以上のロットの標準物質では、上記(1)の他に、標準物質中のフェリチンとして下記(2)を満たすフェリチンを用いてもよい。
(2)標準物質中のフェリチンにおけるトリマー以上のフェリチンオリゴマーの割合の差が、標準物質間で8ポイント以下である。
なお、本明細書における「ポイント」はパーセントポイントである。
【0028】
上記(2)のようにすることで、最も反応性の低いオリゴマーの割合の変動を抑制することができ、異なるロットの標準物質を用いた場合であっても、標準物質中のフェリチン反応性を安定化させ、検量線が安定化し、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させることができる。すなわち、上記(2)を満たすフェリチンを用いることにより、ロットの異なる、少なくとも2以上のロットのフェリチン測定用標準物質間において、検体中のフェリチン測定結果の差を低減することができる。
上記(2)において、標準物質中のフェリチンにおけるオリゴマーの割合の差は、標準物質間で5ポイント以下であることがさらに好ましく、3ポイント以下であることが特に好ましい。
【0029】
また、標準物質を製造する場合、上記(1)または(2)のようなフェリチンを用いることで、任意のロットのフェリチンを用いて、それぞれ異なる、複数ロットの標準物質を製造したとしても、フェリチン測定結果の差が低減された標準物質を得ることができる。
【0030】
上記(1)または(2)においては、標準物質に用いるフェリチンが、さらに下記(3)を満たすことが好ましい。
(3)標準物質中のフェリチンにおけるトリマー以上のフェリチンオリゴマーの割合が、5%以下である。
さらに、上記オリゴマーの割合は、4%以下であることがさらに好ましく、3%以下となることが特に好ましい。最も反応性の低いオリゴマーの割合を少なくすることで、標準物質中のフェリチン反応性をより一層安定化させることができ、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させることができる。
【0031】
また、少なくとも2以上のロットの標準物質間においては、標準物質に用いるフェリチンが、上記(1)または(2)に加え、下記(4)を満たすことが好ましい。
(4)上記標準物質中のフェリチンにおけるフェリチンダイマーの割合の差が、標準物質間で10ポイント以下である。
さらに、標準物質中のフェリチンにおけるダイマーの割合の差は、標準物質間で7ポイント以下となることがさらに好ましく、5ポイント以下となることが特に好ましい。
【0032】
さらに、上記(2)においては、標準物質中のフェリチンとして、当該フェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、最も好ましくは90%以上である、フェリチンを用いることが好ましい。
【0033】
ここで、フェリチンにおけるモノマー等の構成割合が大きく変動しないように調整する(例えば、上記(1)~(4)等)方法としては、例えば、フェリチンにおけるモノマー等の構成割合を確認する方法が挙げられる。この場合において、ロットの異なるフェリチンを用いる場合には、ロットごとに上記構成割合を確認することとなる。フェリチンにおけるモノマー等の構成割合を確認する方法は、上述したとおりであり、フェリチンをゲルろ過クロマトグラフィー等により分画し、構成割合を吸光度換算により表すことができる。
フェリチンにおけるモノマー等の構成割合が、所望の条件(例えば、上記(1)または(2)等)を満たす場合は、既に所望の構成割合に調整されているため、当該フェリチンをそのまま標準物質に用いればよい。一方、所望の条件を満たさない場合には、例えば、ゲルろ過クロマトグラフィー等により分画して得られた各画分を、適宜組み合わせることにより、所望の構成割合となるよう調整することができる。
本実施形態においては、標準物質として調製される前のフェリチンに対し、当該フェリチンにおけるモノマー等の構成割合が調整されることが好ましい。
【0034】
4.標準物質
本発明の一実施形態に係るフェリチン測定用標準物質は、モノマー等の構成割合が上記のような範囲にあるフェリチンを含むものである。
本実施形態に係る標準物質は、上記フェリチンを含むほか、標準物質に許容されるその他の成分を含有してもよい。このような成分として、例えば、水;塩類;緩衝剤;安定化剤;血清などを適宜添加することができる。
【0035】
塩類としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、塩化セシウム、リン酸塩等を適宜用いることができ、1種を単独でまたは2種以上を併用して用いることができる。塩類の濃度は、例えば5~3000mMとすることができ、100~2000mMとすることができる。
【0036】
緩衝剤としては、HEPES、PIPES等のグッド緩衝剤、リン酸緩衝剤、トリス緩衝剤、グリシン緩衝剤、グリシルグリシン緩衝剤等が挙げられ、1種を単独でまたは2種以上を併用して用いることができる。緩衝剤の濃度は、例えば1~200mMとすることができ、5~50mMとすることができる。
【0037】
安定化剤は、フェリチンを安定化させるために用いられるものであり、具体的には、ウシ血清アルブミン、スキムミルク、ゼラチン等が挙げられ、1種を単独でまたは2種以上を併用して用いることができる。安定化剤の濃度は、例えば0.01~20質量%とすることができ、0.1~10質量%とすることができる。
【0038】
さらに、標準物質を希釈するために、血清を用いてもよい。かかる血清は、脱脂血清であることが好ましく、フェリチンを含まない血清であることが好ましい。フェリチンを含んでいないことは、例えば、後述する免疫学的測定などにおいて確認することができる。具体的には、当該血清を複数回測定した結果がフェリチン不含有の対照試料と有意差が認められないことをもって、当該血清がフェリチンを含んでいないと判断することができる。
【0039】
さらに、本実施形態に係る標準物質は、本実施形態の効果を損なわない範囲において、その他の添加剤、例えば:アジ化ナトリウム等の防腐剤;安息香酸類、ソルビン酸類等の保存料;オルトフェニルフェノール類、ジフェニル、チアベンタゾール等の防かび剤などを適宜配合することができる。
【0040】
なお、標準物質のpHは、具体的にはpH5~10とすることができ、さらにはpH6~8とすることができる。
【0041】
5.標準物質の製造方法
本発明の一実施形態に係るフェリチン測定用標準物質の製造方法は、モノマー等の構成割合が上記のような範囲にあるフェリチンを用いるほか、常法に従って製造することができる。例えば、フェリチンと、所望によりその他の成分とを混合することで、本実施形態に係る標準物質を製造することができる。
【0042】
より具体的には、標準物質を製造するにあたり、下記(1)を満たすフェリチンを用いる:
(1)前記フェリチンにおけるフェリチンモノマーの割合が90%以上である。
【0043】
また、ロットの異なる標準物質を製造する場合、すなわち、第1のロットの標準物質を参照して、異なるロット(第2のロット)の標準物質を製造する場合には、当該第2の標準物質において、下記(2)を満たすフェリチンを用いる:
(2)標準物質中のフェリチンにおけるトリマー以上のフェリチンオリゴマーの割合の差が、第1の標準物質と第2の標準物質との間で8ポイント以下である。
ここで、第1のロットの標準物質を参照して、第2のロットの標準物質を製造する場合とは、互いに参照しつつ第1および第2のロットの標準物質を同時に製造してもよく、既に得られている標準物質(第1のロットの標準物質)を参照して、新たな標準物質(第2のロットの標準物質)を製造してもよい。
【0044】
フェリチンにおけるフェリチンモノマー等の構成割合のより好ましい条件や、標準物質に許容されるその他の成分は、前述したとおりであることが好ましい。
【0045】
6.フェリチンの測定方法
本発明の一実施形態に係るフェリチンの測定方法は、上記のようにして得られたフェリチン測定用標準物質を用いるものである。かかる標準物質を用いることにより、検量線が安定化され、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させることができる。
フェリチンの測定は、具体的には、まず、上記フェリチン測定用標準物質を用い、フェリチン測定試薬により、種々の既知濃度のフェリチン測定用標準物質のシグナル強度の測定を行い、検量線を作成する。次に、フェリチン測定試薬により検体のシグナル強度の測定を行い、先に作製した検量線に当てはめて濃度の算出を行う。
【0046】
本実施形態に係る測定方法は、フェリチンを免疫学的に測定する。すなわち、フェリチンを抗原として抗フェリチン抗体との特異的な抗原抗体反応を利用するものである。なお、抗フェリチン抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれを用いてもよく、また、組換え抗体を使用してもよく、さらにはFab、F(ab’)2、Fab’、Fv等の抗体断片を使用してもよい。
【0047】
免疫学的測定方法としては、例えば、ラテックス凝集法や金コロイド凝集法等の免疫凝集法、酵素免疫測定法(ELISA法等)や化学発光測定法等のサンドイッチ法、放射性免疫測定法、イムノクロマトグラフ法等によることができ、特に限定されない。
測定方法としては、例えば、免疫反応液の吸光度や散乱光、発光、蛍光等を光学的手法により測定する方法、標識した放射性同位体の放射能を測定する方法などが挙げられる。光学的手法としては、例えば、汎用の光学的測定装置を用いてもよく、例えば、7180形日立自動分析装置(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて測定することができる。
【0048】
検体としては、全血、血清、血漿等などが挙げられる。検体はそのまま用いてもよいが、希釈等して測定用の試料としてもよい。
【0049】
以上述べた実施形態に係るフェリチン測定用標準物質によれば、標準物質中のフェリチン反応性を安定化することができ、検量線が安定化するため、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させることができる。
【0050】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物・均等方法をも含む趣旨である。
【実施例0051】
以下、試験例等を示すことにより本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の試験例等に何ら限定されるものではない。
【0052】
〔試験例1〕ロットの異なるフェリチンを用いたキャリブレータ(標準物質)による測定
フェリチン(BBI社製,ヒト肝臓由来,ロット1およびロット2,SDS-PAGEによる純度:95%以上)を用い、フェリチン免疫学的測定用のキャリブレータ(標準物質)を調製した。キャリブレータは、フェリチンの2つのロット(それぞれロット1およびロット2)をそれぞれ用いた2種類(2ロット)を調製した。フェリチン濃度はメーカー表示値に基づき、脱脂血清により希釈して1000ng/mLに調整し、さらに濃度25、250、500、750ng/mLのキャリブレータも調製した。
なお、希釈に用いた脱脂血清は、市販の脱脂血清を用い、抗フェリチン抗体を用いたアフィニティゲルによりフェリチンを除去したものである。除去後の脱脂血清がフェリチン不含有であることは、LZテスト‘栄研’FERを用いて確認した。
【0053】
得られたキャリブレータを用いて検量線を作成し、ヒト検体(No.1~6)におけるフェリチン濃度を測定した。測定試薬としては、ラテックス凝集試薬(栄研化学社製,「LZテスト‘栄研’FER」)を用い、測定装置としては7180形日立自動分析装置(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いた。
また、得られた結果に基づき、ロット間の相違として、ロット1のキャリブレータで得られた測定値に対する、ロット2のキャリブレータで得られた測定値の比を算出した。
結果を表1に示す。
【0054】
【0055】
表1に示すように、異なるロットのフェリチンを用いた異なるロットのキャリブレータでは、シグナル強度が異なることでそれぞれ検量線が相違するため、測定結果に差が生じてしまうことが明らかとなった。キャリブレータにおけるその他の成分は同様に調製していることから、測定結果の差は、キャリブレータに用いたフェリチンのロットの相違に起因していると考えられた。
【0056】
〔試験例2〕ゲルろ過クロマトグラフィーによる分析
ロット1およびロット2のフェリチンについて、緩衝液(0.05M リン酸緩衝液:pH7.0,塩化ナトリウム:0.3M)に溶解させ(フェリチン濃度:表示値換算で10質量%)、以下の条件にてゲルろ過クロマトグラフィーによる分析を行った。なお、分子量マーカーとしてはGel Filtrate Standard(BIO RAD社製)を用いた。
【0057】
=ゲルろ過クロマトグラフィー条件=
カラム:Yarra SEC3000(島津GLC社製)
移動相:0.05M リン酸緩衝液,0.3M NaCl,pH7.0
流量:0.5mL/min
検出:UV(280nm)
【0058】
ロット1および2のいずれも、3つのピークが認められ、これらはそれぞれフェリチンのモノマー(分子量約480kDa)、ダイマー(同約960kDa)、およびオリゴマー(同約1400kDa以上)に対応するピークであると認められた。
ピーク面積の比から求められる構成割合は表2に示すとおりであり、2つのロット間で異なっていたことから、フェリチンにおけるモノマー等の構成比が測定結果の差の原因である可能性が考えられた。
【0059】
【0060】
〔試験例3〕モノマー等を用いたキャリブレータによる測定
試験例2で分画したロット1のフェリチンについて、以下のようにしてフェリチンの吸光係数を決定した。
まず、フェリチンWHO国際標準(リコンビナント,3rd IS,94/572)を基準として上記モノマー画分の濃度を決定し、当該モノマー画分の吸光度よりフェリチンの吸光係数を決定した。
ここで、フェリチン標準は上記WHO国際標準に準拠すべきとされているが、WHO国際標準はリコンビナントフェリチンタンパク質を血漿で希釈したものであり、フェリチン以外のタンパク質を多く含む。そのため、モノマーの濃度決定に当たっては、ラテックス凝集試薬(LZテスト‘栄研’FER)および7180形日立自動分析装置(H7180)を用い、WHO国際標準の表示値を基準として上記モノマー画分の濃度を決定した。このようにして得られたモノマー画分の濃度と、当該モノマー画分の吸光度より、フェリチンモノマーの吸光係数(波長:280nm)は、1mg/mLにおいて11.27と決定された。
【0061】
決定されたモノマー画分の濃度(すなわちフェリチン吸光係数)に基づき、上記脱脂血清を用いてモノマー画分の濃度を1000ng/mLに調整した。さらに、濃度25、250、500、750ng/mLに調整し、一連のキャリブレータを調製した。
また、上記フェリチン吸光係数に基づき、ダイマー、オリゴマーの各画分の濃度を1000ng/mLに調整し、モノマー画分と同様にして一連のキャリブレータを調製した。
得られたキャリブレータを用い、試験例1と同様にして検量線を作成し、ヒト検体(No.1~6)におけるフェリチン濃度を測定した。ただし、測定値が1000ng/mLを超えた結果については、検量線(0~1000ng/mL)の範囲から外れたものとして対比不可とした。
結果を表3に示す。
【0062】
【0063】
表3に示されるとおり、モノマー、ダイマー、オリゴマーと多量体化するにつれて、反応性が顕著に減少し、各キャリブレータから得られる検量線が低くなった。その結果、ダイマーやオリゴマーをキャリブレータとした場合、同じ検体であっても測定値が高く算出されてしまうことが明らかとなった。そのため、フェリチン標準は、フェリチンにおけるモノマー、ダイマー、オリゴマー等の構成比率が非常に重要であることが示された。また、モノマーの割合を高めることで、少量のフェリチンでも充分に高い反応性を得られ、生産性の向上に有用であるものと認められた。
【0064】
〔試験例4〕モノマー等の構成比率を調整したキャリブレータによる測定
モノマー、ダイマー、オリゴマーの各画分について、試験例3で決定された濃度に基づき、表4に示す種々の比率にて混合した。得られた混合フェリチンを、試験例3と同様に濃度25、250、500、750、1000ng/mLに調整し、一連のキャリブレータを調製した。得られたキャリブレータを用い、試験例1と同様にして検量線を作成し、ヒト検体(No.1~6)におけるフェリチン濃度を測定した。ただし、測定値が1000ng/mLを超えた結果については、検量線(0~1000ng/mL)の範囲から外れたものとして対比不可とした。
結果を表4に示す。
【0065】
【0066】
表4に示されるとおり、キャリブレータにおけるモノマー比率が低下するにつれ、同じ検体であっても測定値が高くなる傾向が確認された。
ロットの異なるフェリチンを標準物質に用いた場合に、同じ検体において測定値の差を小さくするためには、モノマーの割合を高める(例えば、90%以上とする)ことが有用であると認められた。
また、モノマーの割合が高くないフェリチンを用いた場合であっても、次のロットにおいてフェリチン中の構成比率をなるべく一定に調整すること(例えば、反応性の低いオリゴマーの割合の差を8ポイント以下にする、さらにはダイマーの割合の差を10ポイント以下にする、など)により、ロット間におけるフェリチン測定値の差を低減することができると認められた。
【0067】
〔試験例5〕異なる測定装置による測定
試験例3で調製したモノマー、ダイマー、オリゴマーの各キャリブレータを用い、測定装置をTBA-120 Pearl Edition(キヤノンメディカルシステムズ社製)およびJCA-BM6070(日本電子社製)に変更して、ヒト検体(No.1~6)におけるフェリチン濃度を測定した。測定試薬としては、試験例3等と同様にラテックス凝集試薬(栄研化学社製,「LZテスト‘栄研’FER」)を用いた。
得られた測定値から、測定装置間における測定値の差を評価した。ただし、測定値が1000ng/mLを超えた結果については、検量線(0~1000ng/mL)の範囲から外れたものとして対比不可とした。
結果を表5に示す。
【0068】
【0069】
表5に示すように、モノマー100%のキャリブレータを用いた場合、測定装置が異なるものであっても、得られる測定値の差を小さく抑えられるとの結果が得られた。
ここで、同じ測定試薬を用い異なる測定装置で測定する場合、測定原理は同一であるものの、反応セルの材質・大きさ、試薬の添加順序や添加量、加温条件、撹拌条件、検出条件など、測定装置の間でかなりの相違が存在する。これらの相違により、測定装置間での結果の差(ひいては施設間での結果の差)が生じるものと考えられる。
表5の結果より、モノマー、ダイマー、オリゴマー等の反応性の差は、測定装置間での結果の差にも影響するものと認められた。そのため、フェリチン標準物質においてモノマーの割合を高くすることにより、測定装置間での結果の差(ひいては施設間での結果の差)が低減され、安定した測定値を得ることができると認められた。
本発明によれば、検体中のフェリチン濃度の測定値を安定化させることができる。フェリチン測定においては精度安定化が長年の課題となっていたところ、本発明によればかかる課題解決の一助となるものである。