(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024029376
(43)【公開日】2024-03-06
(54)【発明の名称】高静水圧処理による天然油脂の製造方法
(51)【国際特許分類】
C11B 3/00 20060101AFI20240228BHJP
【FI】
C11B3/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022131597
(22)【出願日】2022-08-22
(71)【出願人】
【識別番号】507278650
【氏名又は名称】株式会社東洋サプリ
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野口 裕美
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 憲治
(72)【発明者】
【氏名】石橋 有希
(72)【発明者】
【氏名】酒井 萌奈
【テーマコード(参考)】
4H059
【Fターム(参考)】
4H059BC13
4H059CA73
4H059EA24
4H059EA25
(57)【要約】 (修正有)
【課題】天然油脂が本来持っている特性を発揮させると共に、化粧品においては、皮膚表面への接触を改善し、皮膚表面細胞への浸透・膨潤を促進させることにより皮膚へのなじみ等の特性を、食品においては味覚、口当たり等の特性を改善した機能性油脂等を製造する方法を提供する。
【解決手段】予め不純物及び結晶性の成分を除いた植物由来の油脂を、昇圧して100~600MPaの高静水圧下で所定時間静置し、その後常圧へ脱圧することを特徴とする機能性天然油脂の製造方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物由来の天然油脂からなる油脂であって、予め常温で不溶物及び不純物を除いた油脂を、昇圧し100~600MPaの高静水圧下で所定時間静置、その後常圧へ脱圧することを特徴とする機能性天然油脂の製造方法。
【請求項2】
植物由来の天然油脂からなる油脂であって、予め常温で不溶物及び不純物を除いた油脂を、昇圧し100~600MPaの高静水圧下で所定時間静置、その後常圧へ脱圧することを特徴とする機能性天然油脂であり、単独の又は互いに異なる油脂を主成分とする複数の天然油脂から構成される、請求項1記載の機能性天然油脂の製造方法。
【請求項3】
植物由来の天然油脂が、アルガンオイル、オリーブオイル、パーム油、パーム核油、ヤシ油、椿油、トウモロコシ油、胡麻油、サフラワー油、大豆油、トール油、ナタネ油、綿実油、落花生油、ヒマワリ油、ブドウ種子油、サボテンオイル、亜麻仁油、エゴマ油の群から選ばれた少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の機能性天然油脂の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物由来の天然油脂を高静水圧処理することにより、特性を改善した機能性天然油脂、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物由来の天然油脂であるアルガンオイル、オリーブオイル、パーム油、パーム核油、ヤシ油、椿油、トウモロコシ油、胡麻油、サフラワー油、大豆油、トール油、ナタネ油、綿実油、落花生油、ヒマワリ油、ブドウ種子油などは、食品や医薬品、化粧品の原料として広く利用されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、各種植物油にホホバアルコールのような高級アルコールを添加して、塗布後の感触が良好で、塗布後にすぐに洋服を着ることができ、さっぱりタイプの肌なじみの良い液状化粧オイルとしている。
また、特許文献2では、常温で液体であるアルガンオイルやアプリコットオイルに対して水素添加して融点を40~55℃に調整し、油性固形化粧品としている。
さらに、特許文献3では、植物油からなる香料を、ポリグリセリン脂肪酸エステルを用いてエマルジョン化して水性液体口腔用組成物を製造している。
【0004】
近年、製油技術、貯蔵方法の進歩で良質の天然植物油が得られるようになってきたことから、その需要が急速に拡大している。
しかし、植物由来の天然油脂が有する特有の臭いは用途によっては好まれず、無臭化するため水蒸気蒸留等の精製が実施されてきたが、水蒸気蒸留等の高温処理を伴う方法では過度な加熱による品質の劣化が避けられなかった。
また、化粧品基油等の用途においては過度な加熱を伴わない油脂精製方法として、濾過、吸着精製法等が用いられてきたが、天然油脂が本来持つ特性をそのまま保った油を求める要請には十分応えられずにとどまっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-087109号公報
【特許文献2】特開2016-138238号公報
【特許文献3】特開2009-096724号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】大島覚、結晶多形・擬多形を制御するための考え方と課題、SCEJ 39th Autumn Meeting (Sapporo, 2007)
【非特許文献2】納庄康晴・中島淳、油脂結晶化への圧力技術の利用、オレオサイエンス、7(5)、197 (2007)
【非特許文献3】M. Kouidri, et.al., IJASCSE, 4(1) 24 (2015)
【非特許文献4】佐藤清隆・上野聡、「脂質の機能性と構造・物性」、丸善出版(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上述した従来技術における問題点を解決し、天然植物油が本来有する機能が向上した高品質植物油及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、高静水圧下の植物材料処理方法の検討を重ねている中で、植物由来の天然油脂に高静水圧処理を適用すると従来に類を見ない高品質な機能性油脂が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、原料天然油脂を可撓性フィルム製袋に密閉し、これを高静水圧下に置くことを特徴とする植物由来の機能性天然油脂の変性・熟成方法、及び、本発明の方法により変性・熟成され、従来よりも高度な機能性を有する、高品質な植物由来の機能性天然油脂に関するものである。
本発明の方法により得られた植物由来の高静水圧処理による機能性天然油脂を、以下「HPP天然油脂」と称する。
【0009】
本発明は、植物由来の液状天然油脂に高静水圧処理(以下「HPP」と記す場合がある)を施すことにより、天然油脂の変性・熟成を生起させ、従来の天然油脂に認められなかった特徴的性質を付与させることにある。
【0010】
天然油脂の主な構成成分は高級脂肪酸のグリセリンエステル、即ちトリアシルグリセリド(TAGと略)であり以下の構造式で示される。
【0011】
【0012】
通常、液体の有機化合物等は冷却を行っていくとある時点で固体となるが、圧力も同様の効果を示し、加圧により液体の融点が向上し結晶となり、圧力を下げると元の液体に戻り、その程度はクラジウス・クラペイロンの式[式1]に従うとされている。
しかし、植物油は上記[化1]式に示すように種々のR,R’,R”が混在した複数の脂肪酸の複雑な異性体のトリグリセリドからなっており、これらの混合体である植物油の融点を計算により求めることは困難である。
【0013】
[式1]
実際には、油脂を冷却した際に生じる結晶は温度、圧力等の条件により複数の結晶形態を示し、結晶多型と呼ばれている。結晶成長に当ってどのような結晶多型に成長するかは、その結晶核を構成する分子のコンフォメーションにより決まり、又、その結晶が溶解しても液体状態でもそのコンフォ メーションは直ぐには変化せず、結晶であったときのコンフォメーションを維持しているとの考えを大島が非特許文献1で提案している。この考えに従えば、多種のTAGを含むオイル中の直前の結晶のコンフォメーションを有する脂肪油分子が冷却によりクラスター、更には微細結晶核を形成、この結晶核から相当する結晶多型が成長することになる(
図1参照)。
【0014】
液状の油を加圧すると結晶を与えるが、その効果の一例が、納庄らにより非特許文献2で報告されている。
即ち、加圧下における硬化大豆油を65℃から冷却した時の結晶化開始温度が示されており、そのデータを整理し表1に示す。即ち、加圧により硬化大豆油の結晶化開始温度が約3℃/MPaも上昇し、又、様々な食用油脂でも数値は異なるものの同様な結果が認められるとしている。
【0015】
【0016】
更に、油脂を直接加圧すると結晶核の発生が促進されること、加圧により生成した結晶はその成長が抑制されること、従って圧力を受けて発生する結晶は微細であり、かつ同じ結晶量であってもその微細結晶の数は非常に多いことを報告している(非特許文献2)。
【0017】
ここで天然油脂の例として、アルガンオイルの構成成分を表2に、アルガンオイルのTAG組成を表3に示す(非特許文献3)。
アルガンオイルは、1955年頃より日本に輸入され始めた、高濃度のオレイン酸とビタミンEを含有する、北アフリカ・モロッコ王国でしか産出されない、貴重な天然オイルで、化粧料として、食品として、広く利用されている。
【0018】
【0019】
【0020】
アルガンオイルはこれだけ多種の脂肪酸の組合せになる多種のTAGからなっており、その結晶化温度、融点も複雑とならざるを得ない。そこで、アルガンオイルを例に、融点、結晶化温度とその圧力による変化を調べた。
即ち、不純物等を予め除いた透明なアルガンオイル、及び30℃で100MPaの高静水圧処理を行った後静置したオイルのそれぞれを一旦マイナス18℃、及びマイナス40℃で冷却し結晶化させたのち加熱し、常圧における融点を同一の方法でそれぞれ測定した結果を表4に示す。
【0021】
【0022】
表4の結果から、アルガンオイル原料を常温、100MPaの高静水圧処理を行った場合、オイルの(融点)結晶化温度がどこまで上昇するかは、圧力容器の構造上測定不能の為不明であるが、高静水圧処理前後のサンプルをマイナス40℃まで冷却し結晶を生成させた後に昇温し、結晶の融点を測定したところ、融点は2.5~2.8℃と、原料も高静水圧処理後に常圧静置した直後も、20時間静置後もほとんど変化を見ない。ところが冷却温度をマイナス18℃とした後昇温すると、原料は3.9℃の融点を示したが、常温、100MPaの高静水圧処理を行ったオイルでは常圧に脱圧静置直後は4.3℃、静置約20時間後は4.5℃と加圧処理により0.5℃程度の融点上昇を認めると共に、常温静置後でも融点は変わらない結果となった。即ち、アルガンオイルのマイナス18℃結晶化後の融点は原料オイルでは3.9℃であったものが、高静水圧処理オイルでは4.3~4.5℃と約0.5℃上昇し、この融点が暫く保持されることを示している。
【0023】
一方、同様な高静水圧処理前後の液体のアルガンオイルをマイナス15℃の冷却槽に浸けて冷却し結晶の生成温度を求めたところ、高静水圧処理前の原料はマイナス9.4℃で白濁し始めたが、高静水圧処理油はマイナス2.6℃で白濁を認め、高静水圧処理を行ったオイルの結晶化開始温度(凝固点)が約7℃上昇する結果となった。
即ち、高静水圧処理によりアルガンオイルの融点及び結晶化開始温度が上昇することを示している。これは、植物油を100MPaまで加圧し、同圧にしばらく静置すると植物油の結晶化温度が上昇した準安定状態の結晶が生成し、これを脱圧すると結晶化温度が低下、準安定状態の結晶は融解するが、微小クラスター又は微細結晶成分の残留した油となったためと解釈される。この油を常圧下で更に冷却すると、残留した微小クラスター又は微細結晶成分が核となって結晶化が起こるため、これら核成分を持たない天然アルガン油とは異なった結晶化温度を示す。
【0024】
また、非特許文献2では圧力処理により微細結晶を非常に多く含む植物油を用いて菓子を製造すると、出来上がった菓子に良好なサクサク感が得られること、バターケーキではボリュームに優れ、しっとりとした食感のものが得られると報告している。後述する実施例で、アルガンオイルを高静水圧処理し、このHPPアルガンオイルを用いた化粧品が滑らかで、良好な感触を与えることが認められたのは、液体状態のオイル中に微細結晶又は微小クラスターが多数存在することが作用しているものと推定される。
【0025】
以上の結果は、他の天然植物油でも、高静水圧処理により元の未処理オイルに対して異なる準安定状態の融点及び結晶化温度(凝固点)を示すことを示唆している。
同様な方法で種々の植物油の高静水圧処理前後の結晶化温度(凝固点)を測定した結果を
図2に示す。植物油の種類により高静水圧処理の効果は異なるが、何れのオイルも未処理のオイルに比べ高圧処理により得られたオイルの凝固点は高い温度を示している。
即ち、植物油は高静水圧処理により高い凝固点を示す準安定状態へのクラスター・微細結晶を含むオイルとなっているものと想定され、得られたオイルは内含するクラスター・微細結晶の効果を含む特性を示す。
【0026】
本発明の主旨は、天然植物油の高静水圧による結晶化プロセスで生成するクラスター又は微細結晶を油中に保持することにより本来天然油脂が保有している特性をさらに引き出す方法に関するものである。
天然油脂の冷却による従来の結晶化方法では、冷却容器の器壁からの伝熱に頼っており、容器内のオイル全体を均一に冷却するにはオイルを攪拌するか、時間の経過を待たなければならず、温度効果はある時間及び温度の効果としてあらわれるが、圧力はオイル全体に瞬時かつ均一に伝わることから、オイル構成成分への効果が均等に表れることも、高圧により生成した微細結晶が大きな結晶として析出することなく液体状態のオイルの中に保たれる理由と考えられ、本発明の圧力法の大きなメリットである。
【0027】
本発明の実施態様は以下の通りである。
〔1〕植物由来の天然油脂からなる油脂であって、予め常温で不溶物及び不純物の成分を除いた油脂を昇圧し100~600MPaの高静水圧下で所定時間静置、その後常圧へ脱圧することを特徴とする機能性天然油脂の製造方法。
〔2〕植物由来の天然油脂からなる油脂であって、予め常温で不溶物及び不純物の成分を除いた油脂を昇圧し100~600MPaの高静水圧下で所定時間静置、その後常圧へ脱圧することを特徴とする機能性天然油脂であり、単独の又は互いに異なる油脂を主成分とする複数の天然油脂から構成される、〔1〕記載の機能性天然油脂の製造方法。
〔3〕植物由来の天然油脂が、アルガンオイル、オリーブオイル、パーム油、パーム核油、ヤシ油、椿油、トウモロコシ油、胡麻油、サフラワー油、大豆油、トール油、ナタネ油、綿実油、落花生油、ヒマワリ油、ブドウ種子油、サボテンオイル、亜麻仁油、エゴマ油の群から選ばれた少なくとも1種である、〔1〕又は〔2〕に記載の機能性天然油脂の製造方法。
【0028】
本発明における「不溶物及び不純物」とは、油脂の濁りとなるタンニン等に代表されるTAG以外の成分や、搾汁や輸送など加工時に混入した果実殻や砂ホコリなど異物のこと指す。
【発明の効果】
【0029】
本発明により、変性・熟成された従来に類を見ない高品質な植物由来の機能性天然油脂が高収率で得られる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】大島らの考えに基づき、植物油中の脂肪油分子が冷却によりクラスター、更には微細結晶核を形成、これらが液体状態の油の中に存在することを説明した模式図
【
図2】種々の植物油の高静水圧処理前後の結晶化温度(凝固点)を測定した結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明の方法は、まず、原料の植物由来の天然油脂中に含まれる不溶物や不純物をフィルター濾過により除き、清澄な植物由来の天然油脂を得る。得られた植物由来の天然油脂を不活性気体雰囲気下で可撓性フィルム製袋に入れ、ヒートシールにより密封する。これを、高静水圧処理装置(ここでは(株)東洋高圧製まるごとエキス装置)に入れ常温付近で100~600MPaの高静水圧状態に移行・静置し、そのあと脱圧し常圧に戻すことにより、油脂の変性・熟成を通じて高品質な植物由来の天然油脂を得るものである。
【0032】
このろ過工程の目的は、油脂の濁りとなる結晶核生成又は結晶成長の原因となりえる不溶物や不純物、即ち、原料の植物由来の天然油脂中に含まれる、或いは、油脂の充填・包装・輸送・保管途中に発生・混入した不溶物や不純物を除去することであり、通常の篩、濾紙、濾布による濾過、遠心分離等、適切に選択実施すればよい。
【0033】
本発明の方法は高静水圧処理においては油脂を可撓性プラスチック袋に密閉して処理することから、窒素ガス等の不活性気体雰囲気下での作業とすることが容易であり、植物由来の天然油脂が空気中の酸素に触れて生ずる酸化反応による品質劣化を事実上なくすことができる。
また、一般生菌は数百MPaの高圧下で殺菌されることは公知であり、本発明の方法は条件の選択によっては植物由来の天然油脂の殺菌を達成することも可能である。
【0034】
本発明の高静水圧処理において適用される処理圧力は100~600MPa、好ましくは200~400MPaであり、処理温度は0~70℃、好ましくは15~60℃、より好ましくは室温~50℃であり、処理時間はその効果を確実に得るためには1時間以上~数日間が望ましいが、作業効率から1~3昼夜程度とするのがより望ましい。
【0035】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0036】
モロッコから直輸入したアルガンオイルをステンレスの篩を用いて不溶物、不純物を除去、透明なアルガンオイルを得た。このアルガンオイル原料20gをサイズ14×20cmのレトルト袋(メイワパックス社製:品番R1420)に入れ、空間の窒素ガスを出来るだけ押出し、ヒートシールにより密封した。これを高静水圧処理装置(東洋高圧製まるごとエキスTFS-20)の圧力容器に入れ、常温、100MPaで18時間保持した。袋を取り出し、開封しHPP天然油脂を得た。
得られたHPPアルガンオイルは殆ど淡黄色無臭で、常圧における融点は4.3℃であった。