(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024029424
(43)【公開日】2024-03-06
(54)【発明の名称】閾値算出方法
(51)【国際特許分類】
G16Z 99/00 20190101AFI20240228BHJP
G01N 23/2273 20180101ALI20240228BHJP
【FI】
G16Z99/00
G01N23/2273
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022131665
(22)【出願日】2022-08-22
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】柳生 進二郎
(72)【発明者】
【氏名】吉武 道子
(72)【発明者】
【氏名】長田 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】知京 豊裕
【テーマコード(参考)】
2G001
5L049
【Fターム(参考)】
2G001AA07
2G001BA08
2G001CA03
5L049DD02
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、人為に左右されずに安定に算出され、簡便な方法でありながら、かつ誤差範囲や測定範囲の妥当性に示唆を与える閾値算出方法を提供することである。
【解決手段】 測定データから閾値μ
0を演算設備、記憶設備、測定データを入力する入力設備および閾値を出力する出力設備を備えた解析装置を用いて算出する閾値算出方法であって、入力設備に測定データを入力するステップと、演算設備および記憶設備を介して予め指定したデータ変換式に基づいて測定データの変換を行いμを変数とする測定変換データを得る測定データ変換ステップと、測定変換データにSoftplus関数をフィッティングさせてフィッティングSoftplus関数を得るフィッティングステップと、フィッティングSoftplus関数のμ
0を閾値として出力設備を介して閾値を出力する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料のおかれている環境を表す量の1つである環境変数μを変化させたときに前記試料から得られる複数の測定値をそのときの環境変数μに対応付けて構成された測定データから閾値μ0を、演算設備、記憶設備、前記測定データを入力する入力設備、および前記閾値を出力する出力設備を備えた解析装置を用いて算出する閾値算出方法であって、
前記入力設備に前記測定データを入力するステップと、
前記演算設備および前記記憶設備を介して、予め指定したデータ変換式に基づいて前記測定データの変換を行い、μを環境変数とする測定変換データを得る測定データ変換ステップと、
前記測定変換データに式(1)で定義されるSoftplus関数をフィッティングさせてフィッティングSoftplus関数を得るフィッティングステップと、
前記フィッティングSoftplus関数のμ0を閾値とし、前記出力設備を介して前記閾値を出力する、閾値算出方法。
f=a×loge(1+exp((μ-μ0)/σ))+b 式(1)
aおよびbは定数であり、σは実効偏差を表す。
【請求項2】
前記フィッティングは絶対誤差法による、請求項1記載の閾値算出方法。
【請求項3】
前記データ変換式は、1/2べき乗変換式、1/3べき乗変換式、2/5べき乗変換式、1乗変換式および2べき乗変換式からなる群より選ばれる1つである、請求項1または2に記載の閾値算出方法。
【請求項4】
前記測定データは、電子が介在した物理現象を測定したデータである、請求項1から3の何れか1記載の閾値算出方法。
【請求項5】
前記測定データは、フェルミディラック分布に基づく現象の測定データである、請求項1から3の何れか1記載の閾値算出方法。
【請求項6】
前記測定データは、光電子収量分光法の測定データである、請求項1から3の何れか1記載の閾値算出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は閾値算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物理現象の解析において、閾値はよく用いられる指標である。例えば、光電子収量分光法(PYS:Photoelectron Yield Spectroscopy)では、励起光として試料に照射する紫外線の励起エネルギーを横軸にとり、試料から放出される光電子収量を測定して縦軸とした場合に、その測定データが描く曲線が急峻に立ち上がる点における励起エネルギーを閾値として求める。得られた閾値は、測定対象試料の仕事関数またはイオン化ポテンシャルと解釈される。
【0003】
一般に、閾値をもつ測定データが描く曲線は、理想的な環境では閾値までが0、閾値を超えた後は横軸の値に比例、二乗に比例など、物性に則った関数にしたがって変化する。縦軸を測定値そのもの、測定値の平方根などにとって、閾値を超えた後の曲線が直線を描くように設定し、その直線を外挿して横軸との切片を閾値として求める方法が採用されている。
【0004】
その作業、すなわち、直線を設定して横軸との切片を求める作業は、一般に、人為的に行われる。したがって、直線の設定の際に人為による不確実性、曖昧性が発生する。直線の設定に最小二乗法などを用いてフィッティング精度を高める試みはなされているが、その方法は、フィッティング対象範囲の設定に左右されるため、人為法と程度の差はあるものの、やはり不確実で曖昧なものであることに変わりがないという課題を抱えていた。
なお、回帰分析の工夫によりPYSの閾値算出精度を高める閾値算出装置、算出方法および測定装置に関して、特許文献1に開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、人為に左右されずに安定に算出され、簡便な方法でありながら、かつ誤差範囲や測定範囲の妥当性に示唆を与える閾値算出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決するための本発明の構成を下記に示す。
(構成1)
試料のおかれている環境を表す量の1つである環境変数μを変化させたときに前記試料から得られる複数の測定値をそのときの環境変数μに対応付けて構成された測定データから閾値μ0を、演算設備、記憶設備、前記測定データを入力する入力設備、および前記閾値を出力する出力設備を備えた解析装置を用いて算出する閾値算出方法であって、
前記入力設備に前記測定データを入力するステップと、
前記演算設備および前記記憶設備を介して、予め指定したデータ変換式に基づいて前記測定データの変換を行い、μを環境変数とする測定変換データを得る測定データ変換ステップと、
前記測定変換データに式(1)で定義されるSoftplus関数をフィッティングさせてフィッティングSoftplus関数を得るフィッティングステップと、
前記フィッティングSoftplus関数のμ0を閾値とし、前記出力設備を介して前記閾値を出力する、閾値算出方法。
f=a×loge(1+exp((μ-μ0)/σ))+b 式(1)
aおよびbは定数であり、σは実効偏差を表す。
(構成2)
前記フィッティングは絶対誤差法による、構成1記載の閾値算出方法。
(構成3)
前記データ変換式は、1/2べき乗変換式、1/3べき乗変換式、2/5べき乗変換式、1乗変換式および2べき乗変換式からなる群より選ばれる1つである、構成1または2に記載の閾値算出方法。
(構成4)
前記測定データは、電子が介在した物理現象を測定したデータである、構成1から3の何れか1記載の閾値算出方法。
(構成5)
前記測定データは、フェルミディラック分布に基づく現象の測定データである、構成1から3の何れか1記載の閾値算出方法。
(構成6)
前記測定データは、光電子収量分光法の測定データである、構成1から3の何れか1記載の閾値算出方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、人為に左右されずに安定に算出され、簡便な方法でありながら、誤差範囲や測定範囲の妥当性に示唆を与える閾値の算出方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の処理フローを示すフローチャート図である。
【
図2】本発明で使用する閾値算出解析装置の構成を示す構成図である。
【
図4】Cu-PYS測定データに対して閾値を求めるときの例であり、(a)は測定データのみ、(b)は人による測定例、(c)はSP関数フィッティング例を示す。
【
図5】Al-PYS測定データに対して閾値を求めるときの例であり、(a)は測定データのみ、(b)は人による測定例、(c)はSP関数フィッティング例を示す。
【
図6】Au-PYS測定データに対して閾値を求めるときの例であり、(a)は測定データのみ、(b)は人による測定例、(c)はSP関数フィッティング例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の方法では、測定データを予め指定したデータ変換式にしたがって変換された変換データに対してSoftplus関数(以後SP関数とも称す)をフィッティングさせて、そのSP関数から閾値を算出する。
ここで、SP関数とは下記式(1)で表される関数である。その関数の特性、特徴に関しては後程述べる。
f=a×loge(1+exp((μ-μ0)/σ))+b 式(1)
μ0が閾値である。環境変数はμで、PYS測定の場合は試料に照射する紫外線のエネルギーが相当する。その環境変数μのときの測定結果、すなわちPYS測定の場合の光電子収量がfである。aおよびbは定数であり、σは実効偏差を表す。σは、SP関数の2次微分関数である確率密度関数の分散(σp
2)が(1/3)×(π×σ)2で表されるため、実効偏差と呼ぶ。なおσpは偏差である。
【0011】
本発明の閾値算出手順を
図1のフローチャート図及び、
図2の構成図を参照しながら説明する。
まず、測定装置によって取得された測定データを準備して、
図2の閾値算出解析装置101の入力設備11に入力する(
図1の工程S11)。ここで、データはバッチ式にため込んですべて入力してもよいし、測定装置と閾値算出解析装置101をオンライン接続して測定ごとに逐次入力してもよい。
【0012】
閾値算出解析装置101は、その構成を
図2に示すように、入力設備11、演算設備14、記憶設備15、情報路(情報パス)16および出力設備17を具備し、入力設備11への測定データ(入力データ)12の入力とデータ変換式13の指示を受けて出力設備17から出力データ(閾値など)18が出力される構成になっている。したがって、本発明の閾値算出処理は人手によるものではなく、装置によって行われるものになっている。
ここで、演算設備14はCPU、MPU、GPUなど主に半導体演算デバイスによって構成される演算装置であり、記憶設備15はDRAM、SRAMなどの一時記憶装置、FLASHメモリ、FRAM(登録商標)、EPROM、ハードディスク、フロッピーディスク、磁気テープなどの長期記憶装置(ストレッジ)などからなる記憶装置からなる。長期記憶装置は必ずしも備えておく必要はないが、オプションとしてデータ参照機能など閾値データの高度な解析を行う際に役立つ。また、一時記憶装置をもたず長期記憶装置のみで記憶設備15を構成することも可能ではあるが、その場合はデータ転送に時間がかかる。よって、一時記憶装置と長期記憶装置の両者を備えておくことが好ましい。
情報路(情報パス)16は、入力設備14,演算設備14、記憶設備15および出力設備17間を結んでデータ、情報を伝える設備で、一般には配線からなる(光インターコネクトでもよい)。
【0013】
閾値算出解析装置101の入力設備11にはデータ変換式を指定する指示を入力しておく(工程S12)。ここで、データ変換式とは、閾値を超えた後は環境変数の増大に伴い比例、二乗に比例など、物性に則った関数にしたがって変化することを念頭において、測定データを変換するための式であって、好ましくは、1/2べき乗変換式、1/3べき乗変換式、2/5べき乗変換式、1乗変換式および2べき乗変換式からなる群より選ばれる1つから選ばれる。
【0014】
次に、演算設備14および記憶設備15を使って測定データを指示されたデータ変換式に基づいてデータ変換する(工程S13)。
一方で、式(1)に示したSP関数を準備し(工程S14)、データ変換された測定値にSP関数をフィッティング処理する(工程S15)。
フィッティング処理は、パラメータの値を様々に変化させて、幅広い環境変数μの範囲に対してSP関数の値fとそれに対応するデータ変換された測定値との差が少なくなるようにSP関数のパラメータを追い込んで求める処理である。そのフィッティングの最小化処理として最小二乗法を含め様々な処理を検討した結果、フィッティング処理には絶対誤差法を用いることがよいことがわかった。これは、絶対誤差法は、外れ値の影響をあまり受けない方法であり、特に測定点が少ない場合や測定のノイズが大きい場合(ガウス分布のようなノイズが仮定できない)に有効であるという理由による。
【0015】
その後、フィッティングされたSP関数のμ0を閾値(18)として出力設備17から出力あるいは表示して(工程S16)、終了する(S17)。
【0016】
次に、SP関数の特徴について
図3を参照しながら述べる。
先にも述べたようにSP関数1は式(1)で示された関数で、数学的にLogistic関数と同じ系列の関数である。
なお、PYSの場合の閾値をI
pとして、式(2)として表すこともできる。
f=a×log
e(1+exp((x-I
p)/(κ
B×T)))+b 式(2)
ここで、κ
Bはボルツマン定数で、Tは実効温度である。
SP関数を1次微分した関数は、Sigmoid関数、
図3中2の分布(累積分布関数)になる。
【0017】
なお、電子が介在した物理現象は、ほぼ全てフェルミディラック分布(FD分布)に帰属させて解析することができるが、FD分布もLogistic関数と同系列の関数であるSigmoid関数で取り扱うことができる。したがって、本発明の閾値算出方法は、PYSのみならず、フェルミディラック分布に基づく現象の測定、言い換えれば電子が介在した現象の測定に対しても本発明の閾値算出方法を適用することが可能である。
【0018】
SP関数を2次微分した関数は、確率密度分布関数
図3中3(PDF:Probability density function)である。
PDFの平均値(極大値でもある)は、μ
0(式2準拠の場合はI
p)、PDFの分散(σ
p
2)は(1/3)×(π×σ)
2で表される(式2準拠の場合の分散は(1/3)×(π×κ
B×T)
2)。
PDFは正規分布に似ている波形の分布で、解析的に1σ
pは72.0%、2σ
pは94.8%、そして3σ
pは99.1%の確率を与える。すなわち、閾値(平均値)I
pから±1σ
pの範囲は72.0%の確率範囲を示す。また、閾値I
p+3σ
pより測定範囲が広ければ十分な精度が得られることになる。
なお、
図3には、人手によって閾値を求めるときに近い関数の形をもったReLU関数4も参考までに合わせて記載してある。
【0019】
以上から、本方法により、人為的要因を排除して解析的に、電子が介在した物理現象、フェルミディラック分布に基づく物理現象、例えばPYSの閾値を簡便かつ安定に算出することができる。
さらに、本方法により、閾値の誤差範囲(偏差)および測定範囲の妥当性も評価、示唆することが可能になる。
【実施例0020】
(実施例1)
実施例1では、
図2に示した閾値算出解析装置101を用いて、銅(Cu)、アルミニウム(Al)および金(Au)のPYSの閾値を算出した結果を述べる。なお、そこでは、参考までに、人為法の結果についても簡単に触れておく。
但し、当然ながら、本発明はこのような特定の形式に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲により規定されるものであることに注意されたい。
【0021】
Cu、AlおよびAuのPYSの測定データは下記のようにして取得した。
Cu、AlおよびAuは、純度99.5%以上の多結晶試料である。測定前に各々の試料は、エタノールにて洗浄されものを用いて、清浄な表面が露出するように処理されている。なお、自然酸化膜が表面に形成されていると考えられる。
PYS測定装置としては、AC-3(理研計器社製)を用い、大気中環境、室温の下測定を行った。その測定結果をCu、AlおよびAuについて、各々
図4(a)、
図5(a)および
図6(a)に示す。
【0022】
PYS測定結果に対して人為により、すなわち人により直線を引いて閾値を求めた結果を、Cu、AlおよびAuについて、各々
図4(b)、
図5(b)および
図6(b)に示す。そこでは、被験者を2人とし、被験者による差がわかるようにした。測定結果に、大きなばらつきが認められる。
【0023】
本発明の方法を、Cu、AlおよびAuのPYSに適用して閾値を求めた。
適用方法を下記に詳細に述べる。
測定データに対して、理論的なモデルから光電子収量(測定強度)に対して1/2のべき乗を適用した。1/2のべき乗を適用した強度に対して、絶対誤差法を用いてSoftplus関数フィッティングを行った。ここで、Softplus関数としては、式(2)の形式のものを用いた。
フィッティングの結果、Ipおよび、Tが求まる。Ipは閾値になり、Tから分散を求める。分散の値(σp
2)の平方根が偏差(σp)になる。閾値に対して±σpの領域が誤差範囲となり、±3倍の偏差が妥当最低測定範囲になる。
【0024】
その結果を、各々
図4(c)、
図5(c)および
図6(c)に示す。
CuのPYSの閾値は5.56eV、偏差σ
pは0.30eV、算出された妥当最低測定範囲は4.66~6.46eV、AlのPYSの閾値は6.14eV、偏差σ
pは0.24eV、算出された妥当最低測定範囲は5.42~6.86eV、そしてAuのPYSの閾値は5.36eV、偏差σ
pは0.41eV、算出された妥当最低測定範囲は4.13~6.59eVであった。
本発明の方法により、測定値に対して良好にフィッティングされ、人為性が排除され、安定性が高く、誤差および測定範囲の示唆が得られた閾値を得ることができた。
本発明はPYSの閾値算出に留まらない。透過・反射測定による吸光度によるバンドギャップや電流―電圧測定によるショットキーバリア障壁など物理状態の解析およびその状態を利用して材料やデバイスの状態、品質を管理する上で指標となる閾値を、人為に左右されずに安定に、しかも簡便な方法で算出することができる。さらに、算出された閾値は、誤差範囲や測定範囲の妥当性も同時に示唆されるものになっている。したがって、本方法は、科学技術の発展に寄与するとともに、製品の品質向上、性能向上、すなわち産業の発展に寄与するものと考える。