(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024029554
(43)【公開日】2024-03-06
(54)【発明の名称】亜鉛めっき鋼線
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240228BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20240228BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20240228BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20240228BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/18
C22C38/54
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022131882
(22)【出願日】2022-08-22
(71)【出願人】
【識別番号】000192626
【氏名又は名称】神鋼鋼線工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110003041
【氏名又は名称】安田岡本弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】清田 将司
(72)【発明者】
【氏名】山本 賢治
(72)【発明者】
【氏名】中野 元裕
(72)【発明者】
【氏名】酒道 武浩
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA06
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA21
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA32
4K032AA36
4K032BA02
4K032CA01
4K032CA02
4K032CC04
4K032CD05
4K032CF03
4K032CG02
4K032CH04
4K032CL02
(57)【要約】
【課題】引張強度および捻回特性のいずれも満足する亜鉛めっき鋼線を提供する。
【解決手段】 亜鉛めっき鋼線iは、鉄(Fe)以外の化学成分として質量%で、炭素(C)が0.85~1.00%、珪素(Si)が1.00~1.40%、マンガン(Mn)が0.10~0.40%、リン(P)が0.030%以下、硫黄(S)が0.030%以下、クロム(Cr)が0.40~1.00%、アルミニウム(Al)が0.020~0.080%および窒素(N)が0.0010~0.0100%、を含む。亜鉛めっき鋼線は、軸線を含む長手方向に平行した断面において円周表面からその直径の1/4の深さに存在する球状セメンタイトの平均円相当径が8.6~12.6nmとなっている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe以外の化学成分を質量%で、C:0.85~1.00%、Si:1.00~1.40%、Mn:0.10~0.40%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.40~1.00%、Al:0.020~0.080%、N:0.0010~0.0100%を含有し、
軸線を含む長手方向に平行した断面において円周表面からその直径の1/4の深さに存在する球状セメンタイトの平均円相当径が8.6~12.6nmである
ことを特徴とする亜鉛めっき鋼線。
【請求項2】
前記化学成分に加えて、Cu:0.01~0.20%、Ni:0.01~0.20%、V:0.001~0.100%、B:0.0001~0.0050%からなる群から1種以上を含む
ことを特徴とする請求項1に記載の亜鉛めっき鋼線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛めっきにより被覆される鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛めっき鋼線は、例えば吊り橋の橋梁用ケーブルとして使用される。吊り橋は近年長大化が進み且つ工期短縮の要求も多いため、使用される橋梁用ケーブル(亜鉛めっき鋼線)に対して軽量化のみならず高強度化が求められている。
【0003】
亜鉛めっき鋼線は、圧延材にパテンティングおよび伸線加工を施すことで強度を高め、さらに防錆性の付与を目的として亜鉛めっきが施され、最終的に要求荷重に耐えられる本数に束ねて使用される。
【0004】
亜鉛めっき鋼線の高強度化の手法として、伸線による加工硬化があるが、他の手法として合金成分の添加による鋼線の強度増加も考えられる。
【0005】
しかしながら、「伸線による加工硬化」については、伸線径を太くした場合など脆化による捻回時の縦割れ(以下、デラミネーション)の発生が否めず、逆に伸線径を細くした場合は、束ねる本数の増加による加工コスト上昇や工期延長が懸念される。「合金成分の添加」についても、単純に合金成分を添加すると焼入性が上昇し、パテンティング後にマルテンサイトやベイナイトなど過冷組織が形成され、鋼線の伸線性や延性を確保できない虞がある。このように、高強度化により鋼線自体が脆化しデラミネーションの発生リスクが高まることから、高強度化には延性を維持・改善する方策が望まれている。
【0006】
上記した問題の解決に資すると思われる特許文献としては、以下の特許文献1~特許文献3が挙げられる。
【0007】
特許文献1には、特定の成分組成を有する鋼線について、その内部およびその表層部のパーライト組織のそれぞれの面積率が90%以上、80%以上であり、その全体の組織に占めるセメンタイトの平均長さが1.0μm以上であるラメラ状パーライト組織の面積率が30%以上65%以下であり、セメンタイトの平均長さが0.30μm以下である分断パーライト組織の面積率が20%以上50%以下とすることにより、デラミネーションを防止する(捻回特性が良好である)技術が開示されている。言い換えれば、特許文献1には、捻回特性を改善させる方法として、鋼線中の非パーライトを低減し、セメンタイト長さの異なるラメラパーライトの組織分率を規定する技術が開示されている。
【0008】
特許文献2には、重量%で、C:0.75~1.1% 、Si:0.5~2.0%、Mn:0.2~2.0%を含有し、かつ、Ni:0.1~1.0%、P:0.03~0.5%、Al:0.05~1.0%の2種以上を含有するとともにその合計量が0.2%以上であり、残部はFe及び不可避的不純物からなる高強度溶融めっき鋼線の技術が開示されている。言い換えれば、高強度溶融めっき鋼線を高強度化させる手法として、Ni,Al,Pのうち2種以上を積極添加することで、溶融めっき時のセメンタイトの分断と球状化を抑制する技術が開示されている。
【0009】
特許文献3には、質量%で、C :0.8~1.1%、Si:0.8~2.0%、Mn:0.2~1.0%、Cr:0.1~1.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、伸線加工されたパーライト組織を有する引張強さが2000MPa以上の高強度亜鉛めっき鋼線において、鋼線表層部におけるフェライト中のC濃度の鋼線中心部におけるフェライト中のC濃度に対する比が5以下であり、更にセメンタイト中の合金元素濃度のフェライト中の合金元素濃度に対する比が、主要成分であるSi、Mn、Crについて、Si:0.1~0.5、Mn:1.5~8.0、Cr:1.5~8.0である高強度亜鉛めっき鋼線が開示されている。言い換えれば、鋼線表層のフェライト中のC濃度よびセメンタイト中の合金濃度を加工条件の組み合わせにより制御することで、層状セメンタイトの分断、球状化を防止し、強度と延性を両立する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第6485612号公報
【特許文献2】特開平11-293394号公報
【特許文献3】特許第3302213号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上記した特許文献1~特許文献3を参照したとしても、亜鉛めっき鋼線における高強度化と捻回特性の向上の両立を意図する技術は見当たらない。
【0012】
特許文献1に開示された技術では、合金成分を適正化できているとはいえず、セメンタイトの球状化が不十分なため、引張強度と捻回特性を両立できないという問題がある。
【0013】
特許文献2に開示された技術では、セメンタイトの球状化が不十分なため(セメンタイトをナノオーダーで制御できていないため)、捻回特性を確保できないことが明らかである。また、特許文献2で開示された成分添加によって焼入性の上昇や非金属介在物の増加などにより、鋼線の生産性が悪化する虞が否めない。
【0014】
特許文献3に開示された技術でも、セメンタイトの球状化に関し、ナノオーダーのセメンタイトの制御できておらず、鋼線の高強度化を図れるか甚だ疑問である。
【0015】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたもので、引張強度および捻回特性のいずれも満足する亜鉛めっき鋼線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明にかかる亜鉛めっき鋼線は、鉄(Fe)以外の化学成分として質量%で、炭素(C)が0.85~1.00%、珪素(Si)が1.00~1.40%、マンガン(Mn)が0.10~0.40%、リン(P)が0.030%以下、硫黄(S)が0.030%以下、クロム(Cr)が0.40~1.00%、アルミニウム(Al)が0.020~0.080%および窒素(N)が0.0010~0.0100%を含有し、軸線を含む長手方向に平行した断面において円周表面からその直径の1/4の深さに存在する球状セメンタイトの平均円相当径が8.6~12.6nmであることを特徴とする。
【0017】
さらに、亜鉛めっき鋼線には、銅(Cu)を0.01~0.20%、ニッケル(Ni)を0.01~0.20%、バナジウム(V)を0.001~0.100%およびホウ素(B)を0.0001~0.0050%からなる群から1種以上含ませることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、引張強度および捻回特性のいずれも満足する亜鉛めっき鋼線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は亜鉛めっき鋼線を製造する工程を示した図である。
【
図2】
図2は亜鉛めっき鋼線の断面拡大図(TEMによる写真)である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明にかかる亜鉛めっき鋼線の実施形態を、図面を参照して説明する。以下に説明する実施形態は、本発明を具体化した一例であって、その具体例をもって本発明の構成を限定するものではない。
【0021】
亜鉛めっき鋼線は、
図1に示す工程に従って製造される。
【0022】
まず、分塊圧延した角155mmの鋼片(圧延材)を、850~1200℃に加熱し、この温度を60~240分間保持する。このような鋼片の加熱は、鋼片内に存在する粒界セメンタイトを固溶させ、且つ十分にオーステナイト化させるために行うものである。加熱条件は、850~1200℃に昇温し、この温度を60~240分間保持するとしているが、加熱条件の範囲はこれに限定されるものではない。とはいえ、加熱温度を850℃未満とすると、粒界セメンタイトが溶け残りオーステナイト化が不十分な状況となるため圧延での断線リスクが高まる。
【0023】
鋼片加熱の後、鋼片を粗圧延および仕上げ圧延(カリバー圧延)し、φ10~15mmの線材を得る。仕上げ圧延の温度は850~1000℃とし、圧延後はステルモア(空気冷却)で変態完了温度まで冷却する。
【0024】
仕上げ圧延においては、圧延温度を850~1000℃としているが、これに限定されるものではない。とはいえ、仕上げ温度が850℃未満になるとオーステナイト結晶粒が微細になり粒界面積が増加するため、粒界セメンタイトが形成され鋼線においてデラミネーションの起点となる。一方、仕上げ温度が1000℃を超えると、オーステナイト結晶粒が粗大化し焼入性が上昇するため、ステルモアでパーライト変態が完了せず過冷組織が形成されるため、次工程への搬送時に断線するリスクが増大する。
【0025】
その後、線材を900~1000℃で、180~360秒加熱した後、500~650℃の溶融鉛槽に120~250秒浸漬して鉛パテンティングを行う。このパテンティングにより、線材の組織を均一で微細なパーライト組織にすることができる。パテンティングは鉛に代わって塩浴または流動層で行ってもよい。
【0026】
パテンティングに関しては、鋼片加熱時に900℃未満、180秒未満とした場合、線材の組織においてオーステナイト化が不十分のため、パテンティング後の引張強度が低下し線材の引張強度が不足する。
【0027】
パテンティングにおける加熱で、1000℃超、360秒超とした場合、オーステナイト結晶粒が粗大化して、焼入性が上昇し、次の冷却保持中にパーライト変態が完了せず、一部がマルテンサイト組織になるため、伸線時に断線する虞がある。それ故、パテンティングの好ましい条件は、925~995℃、190~350秒であり、より好ましい条件は、950~990℃、200~320秒である。また、パテンティングにおける冷却の条件で、500℃未満、120秒未満の場合、ベイナイトやマルテンサイト組織が形成されて伸線時に断線する虞がある。冷却条件で650℃超になるとパーライト組織のラメラ間隔が大きくなって引張強度が不足する虞がある。冷却条件で250秒超となるとパテンティングの処理時間が長くなりすぎて生産性が低下するため、あまり好ましいものではない。それ故、パテンティングの冷却条件としては、520~630℃、130~240秒がよく、より好ましくは530~610℃、140~220秒の冷却条件がよい。なお、パテンティングは鉛浴が望ましいが、流動槽や塩浴パテンティングでもよい。
【0028】
次に、線材に対して、表面の酸化物を除去するために硫酸または塩酸などの強酸の水溶液で酸洗を行い、水洗後、線材の表面にリン酸塩皮膜を形成するボンデ処理を施し、処理後の線材をφ5.0~7.0mmに伸線する。この伸線加工における総減面率は65~95%とする。
【0029】
伸線加工の条件であるが、亜鉛めっき鋼線の引張強度が1960MPa以上を満たし、且つデラミネーションの発生を抑制するには、総減面率65~95%の伸線を行うことが不可欠である。総減面率が65%未満になると加工硬化が不十分であり、所望とする強度が得られない虞がある。総減面率が95%を超えると、鋼線が脆化しデラミネーションが発生する。これらを勘案すれば、伸線加工における総減面率は、好ましくは68~93%がよく、さらに好ましくは70~90%がよい。
【0030】
伸線処理後は、鋼線の直線矯正を行い、さらに450~550℃の溶融鉛に25~180秒浸漬して時効処理を行い、次いで420~450℃の溶融亜鉛に25~180秒浸漬した。なお、上記した時効処理は鉛浴に限らず、塩浴、流動層でも代用できる。
【0031】
450~550℃の溶融鉛に、25~180秒浸漬して時効処理を行うことで、伸線加工されたパーライト中の層状セメンタイトを適度に微細な球状セメンタイトに成長させることができる。時効処理の条件として、温度450℃以下では、組織内の球状セメンタイトが微細になって鋼線が脆化しデラミネーションが発生する。550℃を超えると、球状セメンタイトが粗大化して引張強度が低下する。これらを鑑み、時効処理の好ましい条件は455~540℃で30~160秒、より好ましい条件は460~530℃で35~140秒である。
【0032】
最後に、
図1に示すように、時効処理後に溶融亜鉛めっきを行う。溶融亜鉛めっき処理としては、亜鉛層で鋼線表面を被覆するために、420~450℃の溶融亜鉛に25~180秒浸漬する。前記時効処理と同じ条件で亜鉛めっき処理することで時効処理を兼ねてもよい。
【0033】
上記した鋼線、言い換えれば亜鉛めっき鋼線に関し、含まれる鉄(Fe)以外の成分は、以下に示す範囲としている。なお、各成分の含有率についての数値は質量%である。
【0034】
すなわち、鋼線の組成としては、鉄(Fe)以外の化学成分として質量%で、炭素(C
)が0.85~1.00%、珪素(Si)が1.00~1.40%、マンガン(Mn)が0.10~0.40%、リン(P)が0.030%以下、硫黄(S)が0.030%以下、クロム(Cr)が0.40~1.00%、アルミニウム(Al)が0.020~0.080%および窒素(N)が0.0010~0.0100%である。
【0035】
鋼線の成分を上記のように規定した理由は、以下の通りである。
【0036】
まず、炭素(C)の含有率は、0.85~1.00%である。亜鉛めっき鋼線中のパーライト分率およびパーライト中のセメンタイト分率を高めてより高い引張強度を得るためには、炭素の含有率は、少なくとも0.85%以上、好ましくは0.90%以上、さらに0.92%以上がより好ましい。しかし、炭素(C)の過剰な添加は、引張強度に寄与せず、鋼線の延性を低下させる初析セメンタイトが形成されるため、多くても1.00%以下、好ましくは0.98%以下、さらに好ましくは0.96%以下とするとよい。
【0037】
珪素(Si)は、フェライトの固溶強化、初析セメンタイトの抑制、溶融亜鉛めっき時の球状セメンタイトの微細化に寄与する。Siの含有率は、少なくとも1.00%以上、好ましくは1.10%以上、より好ましくは1.15%以上である。しかし、珪素が過剰になるとフェライトの脆化を招き鋼線の延性を低下させるため、その含有率は1.40%以下、好ましくは1.30%以下、さらに好ましくは1.25%以下とするのがよい。
【0038】
マンガン(Mn)は硫黄(S)と結合して延性を有する硫化マンガン(MnS)を形成する。マンガンの含有率は、少なくとも0.10%以上、好ましくは0.13%以上、より好ましくは0.15%以上である。しかし、過剰にマンガンを含むと、焼入性の向上効果が大きくパテンティング時に過冷組織が形成されやすくなるため、その含有率は0.40%以下、好ましくは0.35%以下、より好ましくは0.30%以下とするとよい。
【0039】
りん(P)は、鋼線中に偏析し延性に悪影響があるため、その含有率は0.030%以下、好ましくは0.020%以下、より好ましくは0.015%以下である。しかし、りんの含有率を低減させるためには長時間の溶鋼処理が必要となり、生産性の低下およびコストの増加に繋がるので、好ましくは0.002%以上であり、0.003%以上がより好ましい。
【0040】
硫黄(S)は、マンガンと結合し延性を有する硫化マンガンを形成する。硫黄は、その含有率が高いと硫化マンガンを起点として伸線時に断線するリスクがあり、また鋼線の延性低下を招くため、0.020%以下が好ましく、0.015%以下がより好ましい。一方、硫黄の低減は長時間の溶鋼処理が必要となり、生産性低下やコスト増加に繋がるため、好ましくは0.002%以上、より好ましくは0.003%以上とするとよい。
【0041】
クロム(Cr)は、パーライトのラメラ間隔の微細化および時効処理時の球状セメンタイトの微細化に寄与する。高炭素鋼においてクロムの含有率が0.40~1.00%であれば焼入性の上昇が抑えられる。球状セメンタイトの微細化を実現するためには、クロムの含有率は0.40%以上であることを要し、好ましくは0.45%以上、より好ましくは0.48%以上である。
【0042】
一方、クロムの過剰な添加は焼入性の著しい上昇を招き、パテンティング時に過冷組織が形成されやすくなることから、その含有率は1.00%以下、好ましくは0.90%以下、より好ましくは0.85%以下である。
【0043】
アルミニウム(Al)は、鋼線中の窒素(N)と結合して微細な窒化アルミニウム(AlN)を形成し、焼入性を上昇させる。アルミニウムの含有率は、パテンティング時のオーステナイト粒の粗大化を抑制するため、0.020%以上、好ましくは0.030%以上であり、0.035%以上がより好ましい。一方、過剰に含まれると粗大な窒化アルミニウム(AlN)や非金属介在物である酸化アルミニウム(Al2O3)が形成され鋼線の延性低下を招く。したがってアルミニウムの含有率は、0.080%以下であり、好ましくは0.075%以下であり、より好ましくは0.070%以下がよい。
【0044】
窒素(N)は、鋼線中のアルミニウムと結合して微細な窒化アルミニウム(AlN)を形成し、焼入性を上昇させる。窒素の含有率は、焼入性の上昇に繋がるパテンティング時の結晶粒の粗大化を抑制するために0.0010%以上とし、好ましくは0.0020以上、より好ましくは0.0030%以上である。一方、窒素は鋼線中に過剰に含まれると
、固溶窒素が増加し伸線処理中に時効脆化して延性が低下するため、窒素含有率は0.0100%以下であり、好ましくは0.0080%以下であり、0.0070%以下がより好ましい。
【0045】
銅(Cu)は、鋼線の防錆性を高め耐水素脆性にも寄与するため、必要に応じて添加してもよい。ただし、銅の過剰な添加は熱間延性を低下させ製造性を悪化させるため、その含有率は0.20%以下が適切であり、好ましくは0.10%以下、より好ましくは0.05%以下である。
【0046】
ニッケル(Ni)は、鋼線表面からの水素侵入を抑制し耐水素脆性を向上させるため必要に応じて添加してもよい。ただし、ニッケルは、含有率が高いと焼入性を増大させパテンティング時の過冷リスクを高めることから、その含有率は0.20%以下が適切であり、好ましく0.10%以下、より好ましくは0.05%以下である。
【0047】
バナジウム(V)は、鋼線内で微細炭化物を形成し析出強化に寄与するため、必要に応じて添加してもよい。バナジウムの含有率は、好ましくは0.010%以上、より好ましくは0.015%以上である。ただし、バナジウムは、含有率が高いと鋼線の延性を低下させ、また焼入性の増大によりパテンティング時の過冷リスクが高まることから、その含有率は、0.100%以下が適切であり、好ましくは0.080%以下、より好ましくは0.060%以下がよい。
【0048】
ホウ素(B)は、パテンティングの際、オーステナイト粒界に偏析して初析フェライトを抑制し鋼線の延性を高めるため、必要に応じて添加してもよい。ただし、ホウ素は含有率が高いと鋳造時に割れが発生しやすくなり製造性が悪化するため、その含有率は0.0050%以下が適切であり、好ましくは0.040%以下、より好ましくは0.0035%以下である。
【0049】
このような組成の鋼片に対して、
図1に示す工程を行うことで、亜鉛めっき鋼線が製造されるが、本発明の亜鉛めっき鋼線は、次に記する特徴的な構成を備えている。
【0050】
すなわち、本発明の亜鉛めっき鋼線の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察すると、板状のセメンタイトとフェライトが交互に層状になった伸線パーライト組織が観察される。しかしながら、出願人は鋭意研究を行い、浸漬後の鋼線の断面に対して、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いてナノオーダーレベルで組織観察を行った。その結果、SEMにて板状セメンタイトと認識されたものが、TEMによる分析により、実は微細な球状セメンタイトの集合体であることを知見するに至った。この理由として、伸線後の時効処理等により鋼線に熱が加わることで、伸線により塑性変形したセメンタイトが準安定的な球状ナノ粒子に変化したものと考えられる。
【0051】
出願人は更に研究を進め、ナノオーダーの球状セメンタイトの粒子径を一定の範囲内に制御すれば高い次元で引張強度と捻回特性を両立できることを知見するに至った。球状セメンタイトの粒子径を一定の範囲内とするには、鋼線成分および伸線後の熱処理条件を適正化すればよいことを知見するに至った。
【0052】
具体的には、鋼線の軸線を含む長手方向に平行した断面において円周表面からその直径の1/4の深さに存在する球状セメンタイトの平均円相当径を8.6~12.6nmとすることで、引張強度および捻回特性のいずれも満足する亜鉛めっき鋼線を得ることができることを見出した。
【実施例0053】
鋼線の組織において、球状セメンタイトの平均円相当径を8.6~12.6nmとすることで、引張強度および捻回特性のいずれも満足する亜鉛めっき鋼線を得ることができることに関し、出願人はいくつかの実験を行っている。その結果を実施例として記す。
【0054】
実験で使用した鋼線(試験材)の鋼種は、No1(発明例)とNo2(比較例)があり、鋼種成分は、表1に示す通りとなっている。
【0055】
【0056】
鋼線の圧延条件は表2に示す通りである。
【0057】
【0058】
圧延条件1は、鋼線を946℃の炉内で93秒加熱して粗圧延し、901℃で仕上げ圧延するものである。仕上げ圧延後の線径は15mmである。
【0059】
圧延条件2は、鋼線を919℃の炉内で88秒加熱して粗圧延し、898℃で仕上げ圧延するものである。仕上げ圧延後の線径は14mmである。
【0060】
表3は、鋼線に対するパテンティングの条件を記載しており、表4は、鋼線に対する伸線条件を示している。
【0061】
【0062】
【0063】
表5は、鋼線の時効処理条件を記載しており、表6は、鋼線についての亜鉛めっき処理条件を示している。
【0064】
【0065】
【0066】
これらの条件をそれぞれ変えた、鋼線1~鋼線7を製造し、各種試験を行った。その結果を表7に示す。
【0067】
【0068】
表7における引張強度の測定は、JIS Z 2241(2011年)に準拠して行った。引張強度の測定は、標点距離(GL)を200mmとし、引張速度を0.008S-1で行った。表7に記載の引張強度は、3本の試験片の測定結果を平均して求めた。
【0069】
表7におけるデラミネーションの有無を評価するための捻回試験(ねじり試験)は、JIS H 3521(1991年)に準拠して、GL=100×D(D:直径mm)にて実施し、破断面を目視にて観察した。
【0070】
捻回試験は、それぞれ3~6本の試験片について行い、デラミネーションの発生の有無は、破断後の破断面にデラミネーション特有の縦割れが存在するか否で判断した。複数の試験片の全てで縦割れが認められないものを、デラミネーション無しと評価した(1本でも発生すれば、デラミネーションあり)。
【0071】
さて、伸線加工された亜鉛めっき鋼線は、その破断した断面を走査型電子顕微鏡(以下「SEM」と略す)で観察すると、板状のセメンタイトとフェライトとが交互に層状になった伸線パーライト組織がみられる。
【0072】
亜鉛めっき鋼線において、セメンタイト組織の構造等と捻回変形時のデラミネーションの発生とは緊密に関連する。デラミネーションの発生有無をセメンタイトラメラの構造変化の程度に関連づけて一般化するには、亜鉛めっき鋼線における変化後のパーライト組織のより詳細な観察が有効である。
【0073】
そこで、SEMよりも解像度が高い透過型電子顕微鏡(以下「TEM」と略す)を用いて、製造後の亜鉛めっき鋼線の組織構造とデラミネーションとの関係を調べた。
【0074】
図2はTEMにより試験片を撮影した写真である。
図2の(a)は表7におけるNo1(鋼線1)、(b)はNo4(鋼線4)の写真であり、球状セメンタイトはいずれも矢印で指し示している。
【0075】
亜鉛めっき鋼線から採取した試験片をTEM(日本FEI社製TalosF200X、加速電圧200kV)で撮影し、得られた画像から球状セメンタイト円相当径を求めた。
【0076】
具体的には、亜鉛めっき鋼線の中心軸を含み中心軸に平行な面において円周表面から内方に径DのD/4の位置において試験片を薄膜法により採取し、これを観察倍率32万倍で3視野撮影した。視野内に観察される粒状コントラストを球状セメンタイトと判断した
。表7における球状セメンタイト円相当径は、視野内に存在する球状セメンタイトの面積から個々の円相当径を計算し、その平均値を算出した。
【0077】
出願人は、透過型電子顕微鏡によりナノオーダーにて組織観察を行った結果、板状セメンタイトは微細な球状セメンタイトの集合体であることを知見した。
【0078】
これは伸線後の時効処理等により鋼線に熱が加わることで、伸線により塑性変形したセメンタイトが準安定的な球状ナノ粒子に変化したと考えられる。
【0079】
さらに鋭意検討の結果、ナノオーダーの球状セメンタイトの粒子径が一定の範囲内であれば高い次元で引張強度と良好な捻回特性とを両立でき、そのためには鋼線成分および伸線後の熱処理条件を適正化すればよいことを見出した。
【0080】
表7に示す如く、引張強度が1960MPa以上、且つデラミネーションが発生していないものが発明例(鋼線1~鋼線3)である。すなわち、鋼線1~鋼線3は成分および球状セメンタイトの円相当径が特許請求の範囲内になっており引張強度および捻回特性が良好となっている。
【0081】
一方、鋼線4は球状セメンタイトの円相当径が上限を超えており、引張強度が低下している。鋼線5~鋼線7はセメンタイトの円相当径が下限を下回っており、引張強度は所望値を満たすもののデラミネーションが発生していることがわかる。
【0082】
以上まとめれば、球状セメンタイトの平均円相当径に関し、以下の知見が得られる。
【0083】
まず、球状セメンタイトに関し、時効処理工程では、伸線加工および直線矯正において鋼線内に過剰に導入された転位を低減し鋼線の延性を改善する効果がある。しかしながら同時にラメラセメンタイトが球状化しさらに粗大化することで引張強度が低下したり、球状化が不十分なために延性が回復せずデラミネーションが発生したりすることが懸念される。
【0084】
以上、出願人は、鋭意研究の結果、時効処理後の球状セメンタイトの円相当径の平均値が8.6~12.6nmであれば強度と延性を高い次元で両立することが可能であることを知見した。円相当径の平均値が8.6nm未満だと延性の回復が不十分でありデラミネーションが発生する虞がある。一方、12.6nmを超えると軟化が過度に進行するため引張強度が1960MPaを下回る。したがって、球状セメンタイトの円相当径の平均値が8.6~12.6nmであることがよく、好ましくは9.0~12.4nm、より好ましくは9.2~12.2nmであるとよい。
【0085】
なお、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。特に、今回開示された実施形態において、明示されていない事項、例えば、作動条件や操作条件、構成物の寸法、重量などは、本明細書に開示されている本発明の解決課題、解決手段、作用及び効果等を参照することによって、通常の当業者であれば、容易に選定することが可能な事項である。