IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社日立ハイテクソリューションズの特許一覧

特開2024-29845プロセス制御装置、および、プロセス制御方法
<>
  • 特開-プロセス制御装置、および、プロセス制御方法 図1
  • 特開-プロセス制御装置、および、プロセス制御方法 図2
  • 特開-プロセス制御装置、および、プロセス制御方法 図3
  • 特開-プロセス制御装置、および、プロセス制御方法 図4
  • 特開-プロセス制御装置、および、プロセス制御方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024029845
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】プロセス制御装置、および、プロセス制御方法
(51)【国際特許分類】
   G05B 13/04 20060101AFI20240229BHJP
   G05B 23/02 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
G05B13/04
G05B23/02 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022132261
(22)【出願日】2022-08-23
(71)【出願人】
【識別番号】301078191
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクソリューションズ
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】吉田 卓弥
(72)【発明者】
【氏名】徳田 勇也
(72)【発明者】
【氏名】関合 孝朗
(72)【発明者】
【氏名】林 喜治
(72)【発明者】
【氏名】相川 竜一
(72)【発明者】
【氏名】岡部 淳
(72)【発明者】
【氏名】河村 幸生
【テーマコード(参考)】
3C223
5H004
【Fターム(参考)】
3C223AA02
3C223AA05
3C223BA01
3C223CC01
3C223DD01
3C223EB01
3C223FF22
3C223FF26
3C223GG01
5H004GA30
5H004GB02
5H004GB03
5H004GB04
5H004HA01
5H004HA02
5H004HA03
5H004HB01
5H004HB02
5H004HB03
5H004KC22
5H004KC27
5H004KD61
5H004LA12
(57)【要約】
【課題】 制御目標値への追従性と安定性の高いプロセス制御装置を提供する。
【解決手段】 計測端の計測値に基づいて操作端の操作量指令値を計算するプロセス制御装置であって、あるプロセス状態が所定の時間周期後にどのプロセス状態に遷移するかの確率を数値化した状態遷移確率モデルと、状態遷移確率モデルに基づいて、次の制御周期で目指す目標状態を計算する次目標状態計算部と、目標状態を達成する操作量指令値を計算して、操作端に供給する指令値計算部と、を備えており、次目標状態計算部は、現在のプロセス状態を状態遷移確率モデルに入力して遷移先候補を計算し、遷移先候補が現在のプロセス状態と最終目標のプロセス状態の間にあるかを判定し、判定結果が偽の場合、遷移先候補を状態遷移確率モデルに入力して遷移先候補を再計算し、判定結果が真の場合、遷移先候補を目標状態に設定するプロセス制御装置。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
操作端と計測端を備えたプロセスシステムを制御対象とし、前記計測端の計測値に基づいて前記操作端の操作量指令値を計算するプロセス制御装置であって、
あるプロセス状態が所定の時間周期後にどのプロセス状態に遷移するかの確率を数値化した状態遷移確率モデルと、
該状態遷移確率モデルに基づいて、次の制御周期で目指す目標状態を計算する次目標状態計算部と、
前記目標状態を達成する前記操作量指令値を計算して、前記操作端に供給する指令値計算部と、を備えており、
前記次目標状態計算部は、
現在のプロセス状態を前記状態遷移確率モデルに入力して遷移先候補を計算し、
該遷移先候補が現在のプロセス状態と最終目標のプロセス状態の間にあるかを判定し、
判定結果が偽の場合、該遷移先候補を前記状態遷移確率モデルに入力して遷移先候補を再計算し、
判定結果が真の場合、該遷移先候補を前記目標状態に設定することを特徴とするプロセス制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のプロセス制御装置において、
前記現在のプロセス状態とは、現在の制御周期における、前記操作量指令値または前記計測値の任意の1パラメータの値で定義されるプロセス状態、または、前記操作量指令値または前記計測値の任意の複数パラメータの値の組み合わせで定義されるプロセス状態であることを特徴とするプロセス制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載のプロセス制御装置において、
前記状態遷移確率モデルは、複数の状態遷移確率モデルの重みづけ平均に基づいて算出されたものであることを特徴とするプロセス制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載のプロセス制御装置において、
前記次目標状態計算部は、前記遷移先候補が現在のプロセス状態と最終目標のプロセス状態の間にあるかを判定する前に、前記再計算を所定の下限回数に達するまで繰り返したかを判定し、判定結果が偽の場合、現在の遷移先候補を前記状態遷移確率モデルに入力して遷移先候補を再計算することを特徴とするプロセス制御装置。
【請求項5】
請求項4に記載のプロセス制御装置において、
前記下限回数は、ユーザが設定画面の設定値入力欄に入力することで設定された下限回数であることを特徴とするプロセス制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載のプロセス制御装置において、
前記次目標状態計算部は、前記遷移先候補が現在のプロセス状態と最終目標のプロセス状態の間にあるかを判定する前に、前記再計算を所定の上限回数に達するまで繰り返したかを判定し、判定結果が真の場合に、現在の遷移先候補を前記目標状態に設定することを特徴とするプロセス制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載のプロセス制御装置において、
前記上限回数は、ユーザが設定画面の設定値入力欄に入力することで設定された上限回数であることを特徴とするプロセス制御装置。
【請求項8】
操作端と計測端を備えたプロセスシステムを制御対象とし、前記計測端の計測値に基づいて前記操作端の操作量指令値を計算するプロセス制御方法であって、
あるプロセス状態が所定の時間周期後にどのプロセス状態に遷移するかの確率を数値化した状態遷移確率モデルに、現在のプロセス状態を入力して遷移先候補を計算する工程と、
該遷移先候補が現在のプロセス状態と最終目標のプロセス状態の間にあるかを判定する工程と、
判定結果が偽の場合、該遷移先候補を前記状態遷移確率モデルに入力して遷移先候補を再計算する工程と、
判定結果が真の場合、該遷移先候補を次の制御周期で目指す目標状態に設定する工程と、
前記目標状態を達成する前記操作量指令値を計算して、前記操作端に供給する工程と、
を備えることを特徴とするプロセス制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラント等のプロセスシステムをリアルタイム制御する、プロセス制御装置、および、プロセス制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラント等のプロセスシステムのリアルタイム制御手法として、近年では機械学習技術を応用する手法が提案されている。そのような手法の中には、あるプロセス状態が所定時間後に別のプロセス状態にどのような確率で遷移するかを表す、状態遷移確率モデルを用いる手法がある。
【0003】
例えば、特許文献1の段落0033、0067~0074等では、遷移元の状態siから遷移できる遷移先の状態sjの中で目標とする状態sgoalへ遷移しやすい状態sj*を遷移元の各状態siについて計算し、遷移先となる状態価値関数Vの価値が高い状態を次の制御周期で目指す遷移先の状態と定め、この目指す状態に遷移するために必要な操作量aを計算することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-159876号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、プラント等のプロセスシステのリアルタイム制御に機械学習を適用するに際しては、以下の課題に留意する必要がある。
【0006】
<第1の課題>
第1の課題は、制御対象の操作端に対する操作に対し、制御対象の計測端の計測値の応答が遅れることである。
【0007】
応答の遅れが著しい場合、制御操作のタイミングと、その影響が制御対象の制御量に現れるタイミングが大きくずれる。このようなタイミングのずれを伴う時系列データを、特別に工夫することなくそのまま機械学習すると、実際のプロセスでは「制御操作がなされ、その結果として制御量が変化する」という因果関係が存在していても、制御操作(操作量の変化)とその結果(制御量の変化)の間で位相が異なることに起因して、機械学習で獲得されたモデルにおいては両者の関係が無相関のごとく学習されやすくなり、制御に用いるのに十分な精度でプラント特性を学習することが困難になる。
【0008】
このよう応答の遅れに起因する問題に対応するには、応答の遅れの特性を考慮した学習方法や制御方法の工夫が必要となる。応答の遅れは、理論上は、一定時間のあいだ応答が全く現れない無駄時間要素と、操作直後から応答が現れるがすべての応答が現れるまで時間を要する一次遅れ要素のように無応答の時間を伴わない種類のものに大別できる。
【0009】
無駄時間対策としては、例えば、制御操作を実行する際に、その操作が制御量に影響として現れるまでに無駄時間分の遅れが出ることを想定し、制御量についての現在の計測値に基づいて制御操作を実行するのでなく、何等かの予測計算(もっとも単純には帰納的に予め得られている回帰式)で推定された無駄時間分だけ先の制御量の予測値に基づいて制御操作を実行するなどの工夫が求められる。また、一次遅れなどの遅れ要素対策としては、遅れ要素の種類やパラメータ値に応じた波形の位相を考慮してデータの学習や制御操作の実行方法を計算する工夫が求められる。
【0010】
このように、応答の遅れに対して取りうる有効な対策は、遅れの種類と性質に応じて異なる。しかし、実際のプラント制御では、様々な種類の遅れが混ざり合ったものとして応答の遅れが現れることが多い。このため、体系化された一貫した方法で対策することが難しく、対象プロセスの遅れの性質に応じて制御方法を個別に検討する必要があり、制御方法を検討して確立するまでに多大な労力を要するという問題がある。
【0011】
<第2の課題>
第2の課題は、制御対象とする制御量の計測端と、制御操作を実行する操作端の間に、しばしば大きな外乱が発生するプロセスが存在することである。
【0012】
外乱が大きく不規則な場合、運転条件に応じたプラント状態の違いや、プロセスの入力変動に対応する適切な制御操作の関係性といったプラントの特性を、制御に用いるのに十分な精度で機械学習することが困難になる。本課題は、上述の第1の課題(制御操作に対して大きな応答遅れが存在する条件)下では、さらに深刻になる。
【0013】
<第3の課題>
第3の課題は、対象プロセスの制御が他プロセスの制御と干渉している場合の、機械学習適用の困難さである。
【0014】
プラントプロセスの制御系は、プラントの単位プロセスごとの個別の制御がプロセスフローを通して間接的に繋がって機能しており、また、これら単位プロセスごとの制御と別に、複数の単位プロセスに跨る制御や、プラント全系の制御なども設けられ、複雑な階層構造になっていることが多い。このような制御系では、ある単位プロセスの制御の結果が、別の単位プロセスの制御や、別の上位系の制御や、プラント全体の制御に影響するような複雑な干渉ループがしばしば潜在している。既存方法(古典制御理論や現代制御理論)によるプラント制御では、このような制御系の干渉に対して、各プロセスの制御でのパラメータチューニングを工夫することによって、問題が極端に顕在化しないように調整され、実務上問題のない運転がなされている。しかし、このような既存のプラントの制御系に対して、その特定箇所に機械学習による制御を導入するような場合、他の制御系との相互影響や干渉まで予め考慮した学習をすることには困難が伴う。
【0015】
このような干渉系の学習が困難である理由は、以下のようなものである。
【0016】
第一に、既存の制御システムの振る舞いは干渉が問題になるほど顕現化していないため、干渉を想定した学習範囲をどこまで広げればよいか、学習する計測信号をどこまで増やせばよいか、必ずしも事前に明確になっていないことが多いためである。プラントの通常の操業では発生しない問題でもあるため、潜在的問題として具体的に認識することが困難なことが多い。
【0017】
第二に、干渉系の振る舞いを機械学習するには複数の制御系とその相互作用を学習データに含める必要があり、計算機に膨大な記憶容量が求められるのに対して、現実には記憶容量が全く足りないことが多いことが挙げられる。しばしば、学習する対象データに、干渉する他の制御系の情報の全てを含めることができず、学習するデータを制御対象の振る舞いに関わるものを中心に絞り込む必要が生じる。このように範囲を絞って学習したデータを使った制御を実施する場合、従来のよりも高精度な制御を実現するための制御操作の振る舞いは、従来の制御よりもふり幅が大きくあるいは急峻にして積極化するものとなることが多く、これによって制御の干渉が増大して対象プロセスの状態が大きく振動するなど不安定化を招きやすい。このため制御操作は抑制的な振る舞いすることが求められる。しかし、望ましい抑制的な制御操作を具体的にどのように特定するとよいか、これを効率的に解決する方法はこれまで明らかにされていない。
【0018】
<上記課題と特許文献1の関係>
しかしながら、特許文献1は、状態遷移確率モデルを用いて次の制御周期で目指す状態を計算する方法を提案するに留まり、上記の3課題に対する具体的な解決策は記載されていない。
【0019】
そこで、本発明は、プロセスの制御操作に対する制御対象となる制御量の変化が現れるまでの遅れが大きい場合や、制御の操作端と制御量の計測端の間で発生する外乱が大きい場合や、対象プロセスの制御がプラントの他のプロセスの制御と干渉している場合など、制御が困難なプロセスに対して、安定的かつ制御目標値への追従性が高い制御を実現できるプロセス制御装置、および、プロセス制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
以上の課題を解決するため、本発明は、操作端と計測端を備えたプロセスシステムを制御対象とし、前記計測端の計測値に基づいて前記操作端の操作量指令値を計算するプロセス制御装置であって、あるプロセス状態が所定の時間周期後にどのプロセス状態に遷移するかの確率を数値化した状態遷移確率モデルと、該状態遷移確率モデルに基づいて、次の制御周期で目指す目標状態を計算する次目標状態計算部と、前記目標状態を達成する前記操作量指令値を計算して、前記操作端に供給する指令値計算部と、を備えており、前記次目標状態計算部は、現在のプロセス状態を前記状態遷移確率モデルに入力して遷移先候補を計算し、該遷移先候補が現在のプロセス状態と最終目標のプロセス状態の間にあるかを判定し、判定結果が偽の場合、該遷移先候補を前記状態遷移確率モデルに入力して遷移先候補を再計算し、判定結果が真の場合、該遷移先候補を前記目標状態に設定するプロセス制御装置とした。
【発明の効果】
【0021】
本発明のプロセス制御装置およびプロセス制御方法によれば、プロセスの制御操作に対する制御対象となる制御量の変化が現れるまでの遅れが大きい場合や、制御の操作端と制御量の計測端の間で発生する外乱が大きい場合や、対象プロセスの制御がプラントの他のプロセスの制御と干渉している場合など、制御が困難なプロセスに対して、安定的かつ制御目標値への追従性が高い制御を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施例1のプロセス制御システムの機能ブロック図
図2】実施例1で実行される操作量指令値の計算処理のフローチャート
図3】実施例1を適用した場合のプロセス制御量の時系列推移の一例を表す模式図
図4】実施例2で実行される操作量指令値の計算処理のフローチャート
図5】実施例2のプロセス制御装置の設定画面の一例
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を用いて、本発明の実施例を説明する。
【実施例0024】
まず、図1から図3を用いて、実施例1のプロセス制御システム100を説明する。
【0025】
<プロセス制御システム100>
図1は、実施例1のプロセス制御システム100の機能ブロック図である。図示するように、プロセス制御システム100は、制御対象であるプロセスシステム1と、そのプロセスシステム1をリアルタイム制御するプロセス制御装置2を有する。
【0026】
プロセスシステム1は、各種のプロセス(例えば、化学製品の製造、製鉄、発電等)を実行するシステム(例えば、化学プラント、製鉄プラント、発電プラント等)であり、操作端11と計測端12を有している。操作端11は、プロセス制御装置2の直接の制御対象であるバルブ等であり、これを操作することで、プロセスシステム1の制御量(例えば、温度、圧力、流量等)を制御することができる。また、計測端12は、プロセスシステム1に設置したセンサであり、プロセスシステム1の制御量の計測値をプロセス制御装置2に出力する。なお、図1のプロセスシステム1では、操作端11と計測端12を1つずつ備えた構成を例示しているが、プロセスシステム1の態様に応じて、操作端11を複数設けても良いし、計測端12を複数設けても良い。
【0027】
プロセス制御装置2は、計測端12の計測値に基づいて操作端11を制御することで、プロセスシステム1の制御量が所望の制御目標値(例えば、目標温度、目標圧力、目標流量等)と略等しくなるように制御する装置であり、操作量計算部21と、学習モデル22を備えている。なお、プロセス制御装置2は、具体的には、CPU等の演算装置、半導体メモリ等の主記憶装置、ハードディスク等の補助記憶装置、および、通信装置などのハードウェアを備えたコンピュータである。そして、演算装置が所定のプログラムを実行することで、操作量計算部21等の機能部を実現するが、以下では、このような周知技術を省略しながら、各部の詳細を説明する。
【0028】
操作量計算部21は、計測端12の計測値に基づいて操作端11に与える操作量指令値を計算する機能部であり、次目標状態計算部21aと、指令値計算部21bを備えている。次目標状態計算部21aは、現制御周期の計測値や操作量指令値から定義される遷移前のプロセス状態Sに基づいて、後述する遷移後のプロセス状態S’を計算したり、次の制御周期で目指すべきプロセス状態(以下、「次の目標状態」と称する)を計算したりする機能部である。また、指令値計算部21bは、次目標状態計算部21aで求めた次の目標状態を達成するような操作端11の操作量指令値を計算し、次の制御周期に先立ち操作端11に供給する機能部である。なお、操作端11が複数設けられている場合、指令値計算部21bは、各操作端を個別に制御できるよう、操作端11と同数の操作量指令値を計算することができる。
【0029】
ここで、前記した遷移前のプロセス状態Sとは、現在の制御周期において、プロセス制御装置2がプロセスシステム1(操作端11)に送信した単数または複数の操作量指令値、および/または、プロセス制御装置2がプロセスシステム1(計測端12)から受信した単数または複数の計測値のうち、任意の1つのパラメータの値で定義されるプロセス状態、または、任意の複数のパラメータの値の組み合わせで定義されるプロセス状態である。
【0030】
このようにプロセス状態の定義においては、プロセス状態を単一または複数の計測値で構成して、かつ操作量指令値を含めない方法と、あるいは操作量指令値を含める方法がある。
【0031】
操作量指令値を含めない方法が適しているのは、計測値で定義された状態遷移を実現するための操作量の計算方法が明確で、実際に計算結果通りに状態遷移を実現できる確度が高いような場合である。操作量指令値を状態に含めないことにより、状態を定義する変数(次元)の数が少なくなり、次に述べる多次元状態空間でメッシュ分割した状態数を小さく抑えることができるため、計算時のメモリ消費が抑制できる。また、状態のメッシュ数が小さいことから学習データの数が(操作量指令値を含める場合よりも)少なくても十分な精度で学習(学習モデル22で後述)できる。
【0032】
操作量指令値を含める場合が適しているのは、操作量指令値と計測値を関係づけて学習することが望ましい場合である。例えば、計測値がある値から別の値に遷移するときに、それがどのような操作指令値のときに生じているか、という対応関係の再現性が高いようなプロセスに対して、制御特性を効果的に学習してモデル化(学習モデル22で後述)できる。
【0033】
複数パラメータの値の組み合わせでプロセス状態Sを定義する場合をより具体的に説明すれば、有限個数のパラメータを組みあわせて構成された多次元空間上での、各パラメータの値の組み合わせで決まる位置がプロセス状態Sを表している。典型的には、プロセス状態の各次元を有限個の領域に分割(離散化)して組み合わせた多次元メッシュとして、プロセス状態Sが定義される。
【0034】
学習モデル22は、プロセスシステム1の状態遷移の実績を機械学習して生成した学習済みモデルであり、あるプロセス状態Sが所定の時間周期後にどのプロセス状態S’に遷移するかの確率を数値化した、状態遷移確率モデルMを含んでいる。
【0035】
<操作量指令値の計算方法の詳細>
次に、図2のフローチャートを用いて、操作量計算部21で、制御周期毎に実行される、操作量指令値の計算処理の詳細を説明する。
【0036】
はじめに、工程St1では、操作量計算部21は、制御周期毎に実施される、操作指令値の計算処理を起動する。
【0037】
次いで、工程St2では、次目標状態計算部21aは、プロセスシステム1の現在のプロセス状態を、状態遷移を計算するための起点となる遷移前のプロセス状態Sに設定する。
【0038】
工程St3では、次目標状態計算部21aは、遷移前のプロセス状態Sを状態遷移確率モデルMに入力して、次の周期のプロセス状態(遷移後のプロセス状態S’)を計算する。ここで計算された遷移後のプロセス状態S’は、次の目標状態の候補であり、以下では「遷移先候補」と称する。なお、遷移先候補は、次の目標状態の候補でしかないため、直ちに操作量指令値の計算に利用されるわけではなく、以下に述べる繰り返し計算(工程St4、St5を経た、再度の工程St3での再計算)によって更新されうるものである。
【0039】
ここで、状態遷移確率モデルMは、典型的には、上述のように離散化されたプロセス状態のそれぞれが、予め定めた時間周期後に、どのプロセス状態に遷移するかが表されたものである。例えば、取りうるプロセス状態の数がN個あり、遷移前のプロセス状態Sの状態番号をi,遷移後のプロセス状態S’の状態番号をjとして、プロセス状態Siからプロセス状態S’jに遷移する確率がPijという形で状態遷移確率行列として表される。あるいは、状態遷移確率モデルMは、離散化されていない連続空間でプロセス状態が定義されたまま、遷移前のプロセス状態Sから遷移後のプロセス状態S’への遷移確率P(S,S’)が連続関数として表わされたものであってもよい。
【0040】
また、上記した状態遷移確率モデルMの説明は、ある時間周期での1回の状態遷移をモデル化したものとして述べたが、本実施例で用いる状態遷移確率モデルMは、複数回数の状態遷移をモデル化したものであってもよい。その1例としては、状態遷移回数が1回、2回、3回、・・・と、特定の有限回数までの遷移回数を想定し、これら各回数の状態遷移確率モデルMを重みづけ平均したものを挙げることができる。このような状態遷移確率モデルMは、離散化された状態定義で1回の状態遷移確率行列がPと表される場合、0<γ<1を満たすような減衰係数γを用いて、式1のように表すことができる。
【0041】
【数1】
【0042】
また、別の方法としては、状態遷移回数の上限を有限回数に限定せず無限回数まで想定して、各回数の状態遷移確率モデルMを重みづけ平均したものを状態遷移確率モデルMとして用いることも可能である。この状態遷移確率モデルMは、離散化された状態定義の場合、上述の(式1)に極限N→∞をとったものとなり、これは数式変形して単位行列をIと表すと、式2のように表すことができる。
【0043】
【数2】
【0044】
ここで、(I-γP)-1は行列(I-γP)の逆行列であり、βは定数係数であり例えばβ=1-γとおくことができる。
【0045】
これらの状態遷移確率モデルMを用いた、工程St3での遷移先候補の計算は、状態遷移確率モデルMに入力された現在のプロセス状態Sから、次に取りうる各プロセス状態S’に遷移するそれぞれの確率と、遷移先になりうる各プロセス状態S’から最終目標状態に到達する確からしさについて、あらかじめ定めた手順で計算もしくは設定された評価値とに基づいて、次のプロセス状態として遷移しやすく、かつ、その後に最終目標状態に到達する可能性が高いと推定されるプロセス状態を計算して求めるものとして実行される。
【0046】
具体的な方法としては、特許文献1に示された計算手順を用いることができる。典型的には、1回の状態遷移を対象とする状態遷移確率モデルMを参照して現在のプロセス状態Siから次に取りうる各プロセス状態S’jに遷移するそれぞれの確率Pijを取得し、該遷移先になりうる各プロセス状態S’jから最終目標状態に到達する確からしさの評価値を表したものとして(式2)の行列における最終目標状態を表す列(仮に第k列とする)の各行の値(これは前記各プロセス状態S’jから最終目標状態Skへの遷移の確からしさをあらゆる状態遷移回数のパターンを考慮して平均化して表わしたものとなっている)を乗じて、この乗算値が最も大きいプロセス状態S’jを次の目標状態とする方法がある。
【0047】
この例では、遷移先になりうる各プロセス状態S’jから最終目標状態に到達する確からしさを表したものとして(式2)の行列を用いたが、代わりに(式1)の行列と用いてもよい。それぞれの適性は以下の述べる通りである。
【0048】
(式1)のように表された行列は、プロセスシステム1へのプロセス入力の外乱などの変動とその影響がおよそある時間スケールの長さで続くような場合に、その時間スケールに該当する状態遷移回数を上限回数とする有限個の状態遷移回数のそれぞれについての状態遷移モデルMを平均化したものに相当する。従って、(式1)の行列を用いた場合は、このような現象特性をもつプロセスシステム1に対して、外乱などの変動によってプロセス状態が1回の制御周期で最終目標状態に接近することが難しい場合においても、複数回の制御周期で最終目標状態に到達する可能性を広く想定して状態遷移を繰り返すことができるため、制御性能の安定性を高めることができる。
【0049】
一方、(式2)のように表された行列は、1回の状態遷移から無限回の状態遷移まで幅広い状態遷移のパターンが想定されて平均化された状態遷移の確からしさが抽出されている。従って、(式2)の行列を用いた場合は、プロセス状態が最終目標状態に到達するまでどのように長い状態遷移を重ねてもよくかつ最終目標状態に到達することが重視されるようなプロセスシステム1や、外乱などの不安定化要因の影響が残存する時間スケールが容易に特定しにくいようなプロセスシステム1に対して、効果的に最終目標状態に接近し、外乱によって最終目標状態を逸脱した場合も、より確度が高く効果的に最終目標状態にプロセス状態を近づけることができる。
【0050】
工程St4では、次目標状態計算部21aは、工程St3で計算した遷移先候補が、現在のプロセス状態Sと予め設定された最終目標状態の間にあるかを判定する。そして、遷移先候補が両者の間になければ、その遷移先候補を更新すべく工程St5に進み、遷移先候補が両者の間にあれば、その遷移先候補を次の目標状態に設定すべく工程St6に進む。
【0051】
ここで、最終目標状態とは、前述の定義に基づく多次元空間において、少なくとも、制御対象パラメータの制御量値(例えば、温度、圧力、流量等)が、制御目標値と略一致するプロセス状態である。これは、例えば、プロセス状態が離散的に定義されている場合は、制御目標値が所定の分割領域に含まれるような状態として定義できる。このような定義は、制御量の離散化の分割幅が十分細かい場合、制御目標値との一致や大小比較(すなわち、制御量値の次目標値が現在のプロセス状態値と制御目標値の間にあるかの判定)を実用上十分な精度で判定できる。
【0052】
また、プロセス状態が離散化されずに連続的に扱われている場合は、制御対象パラメータの制御量値が制御目標値から予め定められた上下限範囲にあるプロセス状態を、最終目標状態として定めることも可能である(この場合、目標状態に幅を設けることにより、安定的な制御が実現することが期待される)。
【0053】
さらに、最終目標状態については、このように制御対象パラメータの制御量値が制御目標値と一致する条件だけでなく、さらに、状態を構成するその他の次元の値が、予め定められた範囲内にあることを条件として定義されたものであってもよい。
【0054】
このような設定の例として、例えば、制御対象パラメータの制御量の時間軸に沿った変化率が0もしくは0の近傍になることを、最終目標状態の要件として追加することがある。このようにすると、制御量が制御目標値と一致しても、勾配をもって交わっているときは(すなわち、その後、制御目標値から離れるときは)、最終目標状態に該当せず、制御対象パラメータの制御量が制御目標値に漸近して一致したときや、制御目標値の近傍にとどまっているときだけが、最終目標状態に該当することとなる。この結果、状態遷移を計算しながら制御がなされて実現される制御量の変動が、制御目標値の近辺にとどまる傾向が強くなり、制御の安定性を高めることができる。
【0055】
同様に、プロセス状態を構成する他のパラメータについても、プロセス制御が安定しているときに出現する傾向が高い値の範囲や、プロセス制御の安定性の観点から満たすべき値の範囲が既知の場合は、これらの値の範囲を最終目標状態の追加要件として含めると、既知のプロセス制御の安定性の知見や求められる要件が、状態遷移を辿って実現される制御の過程において反映されることになり、制御の安定性や性能や安全性をさらに多面的に高めることができる。
【0056】
また、工程St4の判定は、工程St3で計算された遷移先候補について、プロセス状態を構成するパラメータのうち少なくとも制御量値が、そのときの現在の計測値と制御目標値とで区切られた区間内に存在するかどうかで判定しても良い。このような判定は、状態の離散化における分割幅が粗いときであっても、最終目標状態の領域の大きさが分割幅に依存して変化することなく、制御目標値という1点であり不変であるため、一貫した判定が期待できる。
【0057】
また、この際に、最終目標状態が制御量だけでなくその他の状態を構成するパラメータについても数値範囲の要件が上述のように規定されている場合には、これらの要件の少なくとも一つ以上について、遷移先での当該要件のパラメータの値が要件を満足する範囲の境界(ここでは上限・下限の両境界のうち現在の値に近い側の境界をさすものとする)と現在の値との間に存在することが、現在の状態と最終目標状態との間にあるかどうかの判定の要件に含められていてもよい。
【0058】
このように判定の要件が増える場合、追加される要件が慎重に選定・設定されていなければ判定結果が真になりにくくなり、次の目標状態を効率的・効果的に見出すことが困難になるが、追加される要件として適切な信号が選定され、要件を満足する値の範囲が適切に設定されていれば、制御目標を達成するための次の目標状態を効果的に特定することができ、高い制御性を得ることができる。
【0059】
工程St5では、次目標状態計算部21aは、工程St3で計算した遷移先候補を遷移前のプロセス状態Sに再設定する。その後、再び工程St3が呼び出され、次目標状態計算部21aは、工程St5で再設定した遷移前のプロセス状態Sに基づいて遷移先候補を再計算する。この再計算は、工程St4での判定が真となるまで繰り返されるため、工程St4で偽と判定される毎に、遷移先候補が更新されることになる。
【0060】
一方、工程St6では、次目標状態計算部21aは、工程St4で真と判定したときの遷移先候補を、次の制御周期で目指す目標状態に設定する。
【0061】
工程St7では、指令値計算部21bは、工程St6で設定した目標状態を実現するための操作端11への操作量指令値を計算し、操作端11へ送信する。
【0062】
工程St8では、操作量計算部21は、次の目標状態の計算と、その次の目標状態を実現するための操作量指令値の計算という、一連の処理を終了する。なお、図2の処理は、制御周期毎に実施されるため、工程St8の後には、次の制御周期の工程St1が実施される。
【0063】
<本実施例のプロセス制御方法の効果>
次に、図2で説明した本実施例のプロセス制御方法によって、制御対象となるプロセスシステム1の制御目標値への追従性能と安定性が向上する仕組みを説明する。
【0064】
図3は、ある制御対象プロセスの制御量の時系列トレンドを模式的に示したものである。「発明が解決しようとする課題」欄で説明したように、プロセス制御においては、しばしば、操作端への制御操作に対して制御対象となる制御量の計測端で計測される応答が遅れたり、制御対象とする制御量の計測端と制御操作を実行する操作端の間に大きな外乱を伴うプロセスが存在したり、対象プロセスの制御が他プロセスの制御と干渉していたりすることがある。
【0065】
これらの課題が顕在化するプロセス制御では、制御対象パラメータの制御量の時系列的変化が、図中の線L11に例示するように、設定された制御目標値v0(図中の線L0)を挟んだ長周期の上下動を繰り返すことが多い。このような振動特性のあるプロセスの運転データやシミュレーションデータを教師データとして状態遷移確率モデルMにプロセス状態の遷移を学習させた場合、その状態遷移確率モデルMを用いて求めた次の目標状態の制御量値(次の目標状態を構成するパラメータのうち制御対象の制御量についての値)にも、教師データの上下動が反映される可能性がある。換言すれば、次の目標状態の制御量値が、現在の制御量値よりも制御目標値から遠ざかる可能性がある。
【0066】
図3に則して述べると、まず、現在の時刻t1における制御量値v1がグラフ上の点B1で表されており、この制御量値v1が制御目標値v0を上回っているものとする。これを遷移前のプロセス状態Sに設定して(工程St2)、状態遷移確率モデルMによって遷移先候補を計算すると(工程St3)、時刻t2の遷移先候補に相当する制御量値(点B2)が現在の制御量値v1を上回ってしまう場合がある(工程St4で偽)。この場合、仮に、点B2を次の制御周期の目標状態に設定すると、現在よりさらに制御目標値v0から遠ざかる目標状態が設定されることになり、プロセス制御の追従性能や安定性が低下する要因となる。
【0067】
そこで、本実施例では、状態遷移確率モデルMを用いて計算した遷移先候補を直ちに次の目標状態に設定するのではなく、遷移先候補のうち工程St4の要件を満たすもの(すなわち、現在の制御量値v1より小さく、しかし制御目標値v0を通り過ぎて下回るようなことのない遷移先候補)を次の目標状態に設定する(工程St4で真の場合にのみ、工程St6に進む)こととした。
【0068】
より具体的には、時刻t1の制御周期中に、図2の工程St3、St4、St5で構成される制御ループを、工程St4の要件を満たす遷移先候補(点B7)が算出されるまで繰り返すと、時刻t2~t7の遷移先候補(点B2~B7)が算出される。この過程で、工程St4の要件を満たさない黒丸で示す点B2~B6と、工程St4の要件を満たす白丸で示す点B7が算出されるが、工程St6では、要件を満たさない点B2~B6ではなく、要件を満たす点B7が次の目標状態に設定される。そして、工程St7では、最終目標状態(制御目標値)への途上にある点B7の状態を実現する操作量指令値を計算し、操作端11を制御する。これにより、点B2~B6の状態を実現する操作量指令値を順次生成して操作端11を順次制御した場合に比べ、制御量が速やかに制御目標値v0に収束するため、プロセス制御の追従性能と安定性を向上させることができる。
【0069】
以上のように、状態遷移先の計算と遷移先候補が現在状態と制御目標設定状態の間にあるかの判定を繰り返すことにより、本実施例では、次に目指す目標状態の制御量が現在の制御量の値からさらに制御目標値v0から遠ざかるように設定されて制御性能が低下することを防ぐことができる。この結果、前述した3つの課題があるようなプロセスに対しても安定的で追従性の高い制御性能を得ることができる。
【0070】
なお、図3では、点B1~B7と時刻t1~t7を例示したが、これらは、ある時間経過に応じた状態遷移先の計算結果を一般化して表したものであり、必ずしも制御周期毎や状態遷移周期毎の時間刻みに対応するものではない。
【0071】
以上で説明したように、本実施例によれば、プロセスの制御操作に対する制御対象となる制御量の変化が現れるまでの遅れが大きい場合や、制御の操作端と制御量の計測端の間で発生する外乱が大きい場合や、対象プロセスの制御がプラントの他のプロセスの制御と干渉している場合など、制御が困難なプロセスに対して、安定的かつ制御目標値への追従性が高い制御を実現することができる。
【実施例0072】
次に、図4を用いて、本発明の実施例2を説明する。なお、実施例1との共通点は重複説明を省略する。
【0073】
実施例1では、図2のフローチャートに則ってプロセスシステム1の操作量指令値を計算したが、本実施例では、図4のフローチャートに則ってプロセスシステム1の操作量指令値を計算する。
【0074】
両フローチャートの構成の違いは、実施例1の繰り返し計算ループが、工程St3、S4、S5で形成されるのに対し、本実施例の繰り返し計算ループは、工程St3、St3A、St3B、St4、St5で形成される点である。本実施例で追加された、工程St3Aは、繰り返し計算の回数が予め定められた下限回数に達したか判定する工程であり、工程St3Bは、繰り返し計算の回数が予め定められた上限回数に達したか判定する工程であるが、これらの工程の詳細は後述することとする。なお、図4では図示を省略しているが、繰り返し計算の実行中に工程St3が実行されるたびに実行された回数を累積的に取得する計数工程も備えられている。
【0075】
工程St3Aの判定が偽となった場合、すなわち、繰り返し計算の実行回数が予め定められた下限回数に達しない間は、工程St3で計算した遷移先候補の値に拘わらず、工程St5に進み、その遷移先候補を次の計算のための遷移前状態に設定し、工程St3で遷移先候補を再計算する。
【0076】
一方、工程St3Aの判定が真になると、すなわち、繰り返し計算の実行回数が予め定められた下限回数に達した場合は、次の工程St3Bに進む。
【0077】
そして、工程St3Bの判定が偽となった場合、すなわち、繰り返し計算の実行回数が予め定められた上限値に達しない間は、工程St4に進み、実施例1の場合と同様に、遷移先候補が現在状態と最終目標状態の間にあるかを判定する。
【0078】
一方、工程St3Bの判定が真になると、すなわち、繰り返し計算の実行回数が予め定められた上限値に達した場合は、工程St6に移行し、直近の工程St3で計算された遷移先候補を、次の制御周期の目標状態に設定する。
【0079】
このような工程St3Aと工程St3Bを追加した理由と効果を以下に述べる。
【0080】
まず、先に課題として挙げたように、プロセス制御においてはプロセスシステム1の操作端11に対して操作量指令値を伝達して制御操作を実行した後に、制御すべき対象となる信号(制御量)の計測端12での計測値に、その影響が現れるまでの遅れを伴うことが少なくない。この際に、操作端11と制御量の計測端12の間に大きな外乱が発生しやすいプロセスが存在するような場合には、制御操作の影響が現れるまでの遅れの識別がさらに不明瞭になることは前に述べたとおりである。
【0081】
このような条件において、例えば、状態遷移確率モデルMを用いて計算された次の目標状態が、該状態に到達するまでの所要時間が短く、操作端への操作から制御量に影響が現れるまでの時間の長さを下回るような場合には、制御操作の効果をプロセス変動の影響が上回り、制御の実行がプロセスの変動に常に追い付かない状況になる危険性がある。このような場合は、操作端への操作から制御量に影響が現れる時間(遅れ時間)よりも長い時間の先までの状態の遷移を過去の実績から推定して、十分大きい時間先で望ましいと推定される遷移先を計算することが望まれることになる。
【0082】
工程St3Aのように、状態遷移の繰り返し計算の下限回数をあらかじめ設定して補償する工程が備えられることで、この状態遷移の下限回数に相当する時間だけ先を想定した好適な遷移先を推定することを可能にする。これにより、制御操作に対する制御量の変化の出現が遅れやすいプロセスに対しても、効果的に将来の好ましい状態を推定しながら状態遷移の目標先を決定することができ、制御操作に対する応答の遅延に起因する制御性能の低下を抑制して安定的な制御を実現することができる。
【0083】
また、状態遷移先の繰り返し計算においては、繰り返し計算の回数が大きくなるほど、長い時間の先を想定した状態遷移を推定することとなる。状態遷移計算の繰り返し回数が過大になると、推定の精度が低下するだけでなく、現在の状態から推定される状態が大きく乖離するという問題を生じる。
【0084】
そこで、工程St3Bのように、状態遷移の繰り返し計算の上限回数を予め設定して制限しておくことで、このような推定精度の低下に起因する制御性能の低下や、現在の状態から極端に乖離した状態に遷移させる目標が計算されて制御が不安定化することが抑制できる。
【0085】
なお、本実施例は、繰り返し回数が下限に達したか判定する工程St3Aと、上限に達したか判定する工程St3Bをともに備えたものとして説明したが、下限回数側を判定する工程St3Aとこれに基づく制御フローの切り替えと、上限回数側を判定する工程St3Bとこれに基づく制御フローの切り替えは、上の述べたようにそれぞれ異なる意義と効果があるため、プロセスの特性に応じて工程St3Aまたは工程St3Bの一方を備えたものであってもよい。
【0086】
<繰り返し計算の下限回数と上限回数の設定方法>
次に、図5を用いて、図4の工程St3Aで用いる「下限回数」と、工程St3Bで用いる「上限回数」の設定方法を説明する。本実施例のプロセス制御装置2には、ユーザが上記の「下限回数」と「上限回数」を設定する際に利用する、表示装置と入力装置が接続されている。なお、表示装置は、液晶ディスプレイ等であり、入力装置は、キーボードとマウス、または、表示装置が備えたタッチスクリーン機能等である。
【0087】
図5は、表示装置に表示される、設定画面4の一例を示したものである。ここに示すように、設定画面4には、工程St3Aの下限回数を入力するための設定値入力欄41と、工程St3Bの上限回数を入力するための設定値入力欄42が設けられている。ユーザは、これらの入力欄に、入力装置を介して所望の値を入力する。なお、図中の「状態遷移最小回数」は、繰り返し計算の下限回数の入力欄であることを示す項目名であり、「状態遷移最大回数」は、繰り返し計算の上限回数の入力欄であることを示す項目名である。
【0088】
これらの入力後、ユーザが、設定画面4に設けられた登録ボタン43をクリック(タッチスクリーンの場合は接触)すると、入力された設定値が工程St3Aと工程St3Bで用いる「下限回数」および「上限回数」として、プロセス制御装置2に取り込まれ、設定ファイルに保存される。
【0089】
その後、ユーザが、設定画面4が備える戻るボタン44をクリック(タッチスクリーンの場合は接触)すると、プロセス制御システム100の運転中に通常の表示される運転監視画面に遷移する。
【0090】
本実施例では、図5のような設定画面4を設けることで、プロセスシステム1の特性に応じた、遷移先候補の繰り返し計算の上限回数と下限回数を容易に設定したり、変更したりできるようにしている。
【0091】
例えば、下限回数の設定時には、遷移先候補の繰り返し計算回数と制御操作後に制御量に影響が現れる時間の大小関係と、これらの影響の大小の判断が必要であるため、ユーザは、その判断結果に基づいて下限回数を設定したり、設定したものが不適切であればより適切なものに変更したりする必要がある。一方、上限回数の設定時には、遷移先候補の繰り返し計算回数が過剰であると、望ましい遷移先候補の推定精度が下がったり、現在のプロセス状態からの乖離が過大なプロセス状態が次の目標状態として計算されたりするような副作用が考えられる。そのため、これらの副作用を抑えるための適切な上限回数を設定したり、設定したものが不適切であればより適切なものに変更したりする必要がある。
【0092】
これらの遷移先候補の計算回数の下限値と上限値の設定は、制御対象プロセスの前述の3つの課題が制御上の問題として大きく表れているときにはとくに、制御の安定性と性能に大きくかかわりうるため、これらの設定・調整作業が可視化されかつ容易になることで、プラントの操業効率を上げ常に効率的に運転するために効果を発揮する。
【0093】
さらに、長時間の運転にともなう運転状態の経時的な変化や、プロセスの機器の保守や部分改修等によってプロセスの仕様が変化してプロセスの応答特性や制御に求められる要件が変わった時に、これらの変化に応じて制御の設定を微調整して安定的な運転と操業を効率的に継続することを容易にする効果がある。
【0094】
なお、図5の設定画面4では、設定値入力欄41、42の両方を表示しているが、これら両方を備える必要はなく、プロセスの特性に応じて工程St3Aまたは工程St3Bの一方を省略した場合は、対応する入力欄を省略してもよい。
【符号の説明】
【0095】
100 プロセス制御システム
1 プロセスシステム
11 操作端
12 計測端
2 プロセス制御装置
21 操作量計算部
21a 次目標状態計算部
21b 指令値計算部
22 学習モデル
4 設定画面
41、42 設定値入力欄
43 登録ボタン
44 戻るボタン
図1
図2
図3
図4
図5