(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024029862
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】エクソソーム膜結合分子の解析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20240229BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240229BHJP
C12Q 1/00 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
G01N33/543 595
G01N33/53 D
C12Q1/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022132291
(22)【出願日】2022-08-23
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、チーム型研究(CREST)、「高精度1分子観察によるエクソソーム膜分子機構の解明」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100183656
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100224786
【弁理士】
【氏名又は名称】大島 卓之
(74)【代理人】
【識別番号】100225015
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 彩夏
(72)【発明者】
【氏名】森垣 憲一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健一
(72)【発明者】
【氏名】笠井 倫志
(72)【発明者】
【氏名】廣澤 幸一朗
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ03
4B063QQ08
4B063QQ79
4B063QR48
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS15
(57)【要約】
【課題】エクソソーム膜結合分子について、二次元分布、拡散、分子間相互作用の解析方法を提供する。更には当該解析に使用される解析用デバイスや解析用キットを提供する。
【解決手段】支持体(a)、ポリマー脂質膜(b)及び固相(c)を含む積層体からなり、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)とし、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)として含むナノギャップ構造型デバイスをエクソソーム膜結合分子解析用デバイスとして用いることで、デバイスの空隙構造(e)を介して導入区画(d)内にエクソソーム由来二次元膜が展開し、エクソソーム膜結合分子がエクソソーム由来膜内を二次元拡散し、膜結合分子の動態を解析しうる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体(a)、ポリマー脂質膜(b)及び固相(c)を含む積層体からなり、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)とし、前記空隙構造(e)において支持体(a)と固相(c)の間でポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)とする、ナノギャップ構造型デバイスを用いることを特徴とする、エクソソーム膜結合分子の解析方法。
【請求項2】
ナノギャップ構造型デバイスが、前記固相(c)に前記空隙構造(e)に通じる開口部(f)が設けられているナノギャップ構造型デバイスである、請求項1に記載のエクソソーム膜結合分子の解析方法。
【請求項3】
ナノギャップ構造型デバイスが、前記導入区画(d)が複数配置されているナノギャップ構造型デバイスである、請求項1に記載のエクソソーム膜結合分子の解析方法。
【請求項4】
以下の工程を含む、請求項2に記載のエクソソーム膜結合分子の解析方法:
1)前記ナノギャップ構造型デバイスの開口部(f)に被検試料を添加し、空隙構造(e)を介して導入区画(d)に、エクソソームを含む被検試料を導入する工程;
2)前記導入した被検試料に含まれるエクソソーム由来の二次元膜を前記導入区画(d)に展開させる工程;
3)前記展開した二次元膜に結合したエクソソーム膜結合分子をシグナルとして検出する工程。
【請求項5】
エクソソーム膜結合分子が、CD9、CD63、CD81、VSVG(exosome-anchoring protein vesicular stomatitis virus glycoprotein)、Lamp2b(lysosome-associated membrane glycoprotein 2b)、インテグリンα6β4、インテグリンαvβ5、CEMIP、CD59やPrionなどのGPIアンカー型タンパク質、flotillinから選択されるいずれか1種又は2種以上の分子である、請求項1に記載の解析方法。
【請求項6】
エクソソーム膜結合分子の解析が、エクソソーム膜結合分子の検出、エクソソーム膜結合分子の二次元拡散性、エクソソーム膜結合分子間の相互作用、エクソソーム膜受容体のリガンド結合能から選択されるいずれか1種又は複数種についての解析である、請求項1に記載の解析方法。
【請求項7】
支持体(a)、ポリマー脂質膜(b)及び固相(c)を含む積層体からなり、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)とし、前記空隙構造(e)において支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)とするナノギャップ構造型デバイスであり、前記固相(c)に前記空隙構造(e)に通じる開口部(f)が設けられていることを特徴とする、エクソソーム膜結合分子解析用デバイス。
【請求項8】
前記導入区画(d)が、1つのナノギャップ構造型デバイスにおいて独立して複数個配置されている、請求項7に記載のエクソソーム膜結合分子解析用デバイス。
【請求項9】
請求項7に記載のエクソソーム膜結合分子の解析用デバイスを含み、さらにエクソソーム膜結合分子の解析に必要な試薬を含む、エクソソーム膜結合分子解析用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エクソソーム膜結合分子の解析方法及び解析用デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
エクソソーム(exosome)は細胞から分泌される直径30~150 nm程度の膜小胞であり、細胞内のタンパク質、脂質、核酸を細胞外に運搬することにより、局所や全身における細胞間の情報伝達を担っている。由来する細胞の種類や状態によって、内包するmiRNAや膜小胞のタンパク質・脂質組成が異なるため、がんなどの疾患に対するバイオマーカーや治療法として利用する可能性が期待されている。例えば、細胞の表面抗原を解析する分析手法としてフローサイトメーターがあり、複数の表面抗原を異なる試薬で標識することで、同時に解析することも可能である。しかしながら、エクソソームはサイズが極めて小さいうえ、分子組成やサイズの不均一性、分離の難しさなどから、表面抗原をフローサイトメーターで直接検出・定量解析することは困難であり、分離・解析法はいまだ確立していない。エクソソーム膜は、受け手側との細胞の選別や、形質膜上でのシグナル伝達に重要であるにもかかわらず、そこで膜タンパク質の組成や状態を調べる手法が限られていた。特に膜分子の二次元分布、拡散、分子間相互作用などに関する報告はない。例えば、エクソソーム上の膜分子2種を2色同時1分子観察したとしても、エクソソームの大きさが顕微鏡の分解能以下なので、分子同士が側方拡散しながら結合・分離する様子を観察することができない。
【0003】
金属膜に固定化されたエクソソームについて表面プラズモン共鳴を利用して夾雑物の混入を抑制しながら、特定の膜タンパク質を有するエクソソームを回収する方法が開示されている(特許文献1)。ここでは少量の検体から、エクソソームの膜タンパク質及び/又は内包物を高感度且つ簡便に分析、検出する方法が示されている。しかしながら、エクソソームの膜タンパク質に関し、分子同士が側方拡散しながら結合・分離する様子を観察することは示されていない。
【0004】
生体膜と同等の機能や生体適合性を得るために、生体膜と同等な構造を持つ脂質膜を光又は熱で重合して安定化する研究は数多く行われている。本発明者らのグループは、光重合脂質膜を光リソグラフィー技術で重合して天然脂質と組み合わせるパターン化人工脂質膜を開発した(非特許文献1、特許文献2、3)。また、パターン化人工脂質膜とシリコンエラストマー(Polydimethylsiloxane、PDMS)との間に厚さが5~200nmで制御されたナノギャップ構造基板を形成して膜タンパク質を高感度に計測する技術を開発した(特許文献4)。
【0005】
近年、細胞外小胞(Extracellular Vesicles:EV)の研究が加速的に進展している。EVは大きく分けてエンドソーム由来のエクソソームと形質膜由来のマイクロベジクルなどに分類することができる。Blebは形質膜由来のマイクロベジクルなどに分類することができ、その大きさは数十μmに及び、エクソソームとは膜の由来、大きさにおいて全く相違する。さらにBlebにはDNAやRNAなどの核酸は含まれず、Bleb自体には生理活性はない。細胞から分泌されるエクソソームとは、脂質組成、タンパク質組成、内容物等の構成についても異なり、両者は全く相違する。Blebに膜タンパク質であるドーパミンD2受容体(D2R)を導入したモデル膜をナノギャップ構造基板に導入し、D2Rがナノギャップ構造基板のウェル内で拡散したことが報告されている(非特許文献2)。しかしながらエクソソームをナノギャップ構造基板に導入して解析した報告は全くない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開WO2021/144939号
【特許文献2】特開2004-309464号公報(特許第4150793号公報)
【特許文献3】特開2011-226920号公報(特許第5532229号公報)
【特許文献4】特開2016-125946号公報(特許第6400483号公報)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Okazaki et al., Langmuir, 2009 Jan 6;25(1):345-51
【非特許文献2】Nagai et al., Adv. Biol. 5 2100636 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
膜小胞であるエクソソームは由来細胞の種類や状態によって膜を形成するタンパク質や脂質の組成が異なり、当該タンパク質や脂質等の膜結合分子を解析することで、エクソソームの起源細胞や送達される細胞、そこでのシグナル生成など機能に関わる情報を得ることができると期待される。しかし、エクソソーム自体のサイズの小ささ(直径30~150 nm程度)、及びエクソソームだけを選択する方法が限られていたため、エクソソームに関連するタンパク質や脂質等の膜結合分子解析が困難であった。
【0009】
本発明は、エクソソーム膜結合分子について、二次元分布、拡散、分子間相互作用の解析方法を提供することを課題とし、更には当該解析に使用される解析用デバイスや解析用キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、支持体(a)、ポリマー脂質膜(b)及び固相(c)を含む積層体からなり、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)とし、前記空隙構造(e)において支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)として含むナノギャップ構造型デバイスをエクソソーム膜結合分子解析用デバイスとして用いることで、デバイスの導入区画(d)内でエクソソーム由来二次元膜が展開し、エクソソーム膜結合分子がエクソソーム由来膜内を二次元拡散し、膜結合分子の動態を解析しうることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.支持体(a)、ポリマー脂質膜(b)及び固相(c)を含む積層体からなり、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)とし、前記空隙構造(e)において支持体(a)と固相(c)の間でポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)とする、ナノギャップ構造型デバイスを用いることを特徴とする、エクソソーム膜結合分子の解析方法。
2.ナノギャップ構造型デバイスが、前記固相(c)に前記空隙構造(e)に通じる開口部(f)が設けられているナノギャップ構造型デバイスである、前項1に記載のエクソソーム膜結合分子の解析方法。
3.ナノギャップ構造型デバイスが、前記導入区画(d)が複数配置されているナノギャップ構造型デバイスである、前項1に記載のエクソソーム膜結合分子の解析方法。
4.以下の工程を含む、前項2に記載のエクソソーム膜結合分子の解析方法:
1)前記ナノギャップ構造型デバイスの開口部(f)に被検試料を添加し、空隙構造(e)を介して導入区画(d)に、エクソソームを含む被検試料を導入する工程;
2)前記導入した被検試料に含まれるエクソソーム由来の二次元膜を前記導入区画(d)に展開させる工程;
3)前記展開した二次元膜に結合したエクソソーム膜結合分子をシグナルとして検出する工程。
5.エクソソーム膜結合分子が、CD9、CD63、CD81、VSVG(exosome-anchoring protein vesicular stomatitis virus glycoprotein)、Lamp2b(lysosome-associated membrane glycoprotein 2b)、インテグリンα6β4、インテグリンαvβ5、CEMIP、CD59やPrionなどのGPIアンカー型タンパク質、flotillinから選択されるいずれか1種又は2種以上の分子である、前項1に記載の解析方法。
6.エクソソーム膜結合分子の解析が、エクソソーム膜結合分子の検出、エクソソーム膜結合分子の二次元拡散性、エクソソーム膜結合分子間の相互作用、エクソソーム膜受容体のリガンド結合能から選択されるいずれか1種又は複数種についての解析である、前項1に記載の解析方法。
7.支持体(a)、ポリマー脂質膜(b)及び固相(c)を含む積層体からなり、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)とし、前記空隙構造(e)において支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)とするナノギャップ構造型デバイスであり、前記固相(c)に前記空隙構造(e)に通じる開口部(f)が設けられていることを特徴とする、エクソソーム膜結合分子解析用デバイス。
8.前記導入区画(d)が、1つのナノギャップ構造型デバイスにおいて独立して複数個配置されている、前項7に記載のエクソソーム膜結合分子解析用デバイス。
9.前項7に記載のエクソソーム膜結合分子の解析用デバイスを含み、さらにエクソソーム膜結合分子の解析に必要な試薬を含む、エクソソーム膜結合分子解析用キット。
【発明の効果】
【0012】
本発明のナノギャップ構造型デバイスをエクソソーム膜結合分子解析用デバイスとして用いることで、デバイスの導入区画(d)内でエクソソーム由来二次元膜が展開し、膜結合分子の1分子蛍光顕微鏡観察を可能にした。これによりエクソソーム由来二次元膜内で膜結合分子の動態を観察することに成功し、膜結合分子間の相互作用解析に適した系を提供することができた。また、エクソソームに結合した膜分子組成の検証、膜分子の会合や活性化・制御機構の解明、エクソソームによって輸送される外来因子の解析等を可能にすることができる。これにより、これまで解析が極めて困難であったエクソソームに関する情報を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明のエクソソーム膜結合分子解析用デバイスを示す図である。
図1Aはポリマー脂質膜(b)を構成する光重合性脂質膜分子を示し、
図1Bは解析用デバイスの作製工程を示す。開口部は、固相(c)に覆われていない部分であり、固相(c)が覆っている部位は空隙構造(e)である。
図1Cは導入区画(d)のパターンを示す。(参考例1)
【
図2】各実施例で使用するエクソソーム膜結合分子解析用デバイスの使用方法を示す図である。支持体(a)と固相(c)の間に空隙構造(e)が形成される。支持体(a)と固相(c)の間で、ポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画、即ちポリマー脂質膜(b)に囲まれた導入区画(d)が構成される(実施例1)~(実施例5)
【
図3】エクソソームマーカー分子であるCD9について、導入区画(d)内での拡散を確認した結果を示す図である。
図3Aはエクソソーム含有試料1での結果を示し、
図3Bはエクソソーム含有試料2での結果を示す。(実施例1)
【
図4】エクソソームマーカー分子であるCD9について、導入区画(d)内での拡散を解析した結果を示す図である。
図4AはCD9分子の拡散係数のヒストグラムを示し、
図4BはCD9分子の拡散軌跡を確認した結果を示す。(実施例2)
【
図5】エクソソームマーカー分子であるCD63について、導入区画(d)内での拡散を確認した結果を示す図である。
図5Aはエクソソーム膜結合分子解析用デバイスのパターン化構造を上部より確認した図であり、
図5Bは導入区画(d)内でのCD63の拡散を確認した結果を示す。(実施例3)
【
図6】エクソソームマーカー分子であるCD81について、導入区画(d)内での拡散を確認した結果を示す図である。
図6Aはエクソソーム膜結合分子解析用デバイスを示し、
図6Bは導入区画(d)内でのCD81の拡散を確認した結果を示す。(実施例4)
【
図7】エクソソーム結合分子であるWnt4について、導入区画(d)内での拡散を確認した結果を示す図である。(実施例5)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、エクソソーム膜結合分子の解析方法及び解析用デバイスに関する。以下本発明について説明する。
【0015】
(エクソソーム)
エクソソームは、エンドソーム起源の直径30~150 nm程度の膜小胞であり、多胞体(multivesicular body:MVB)を介した独特な経路で生合成される細胞外小胞(extracellular vesicle:EV)である。MVBは、エンドソーム内腔へ内向きに出芽する腔内膜小胞(intraluminal membrane vesicle:ILV)の存在によって定義される。MVBが細胞膜へ融合し、ILVはエクソソームとして細胞内から放出される。エクソソーム内には、microRNA、mRNA、DNAなどの核酸が含まれ、細胞間の情報伝達が行なわれる。エクソソームは組織や、血液、尿、涙液、唾液、汗、羊水、母乳、精液、リンパ液、髄液等を含む体液中にも含まれ、起源細胞に由来するさまざまな分子的構成要素を含む。例えば、がん細胞から放出されたエクソソームが他の臓器の細胞に取り込まれた後、その細胞の周りにはがん細胞が転移しやすい環境が生まれることが示唆されている。
【0016】
本発明の解析方法に供される被検試料の調製のため、採取する生体検体は例えば上述する組織や体液等エクソソーム含有可能性のある検体である限り限定されず、解析の目的に応じて適宜決定することができる。例えばがんとの関係でエクソソーム膜結合分子を解析する場合には、目的とするがん組織からエクソソームを回収・精製することができる。また、血液、尿、唾液、汗、精液、リンパ液、羊水、母乳等も検体とし、エクソソームを回収・精製して被検試料とすることができる。
【0017】
本発明の解析方法に供されるエクソソーム試料の調製のため、エクソソームを生体検体から回収及び精製する方法は、例えば超遠心法や密度勾配遠心法、サイズ排除クロマトグラフィーを用いたカラムでの溶出方法、ポリマー(例えばポリエチレングリコール等)、エクソソームマーカータンパク質であるCD9やCD63に対する抗体で被覆したビーズ、またはホスファチジルセリン受容体であるTim-4で被覆したビーズによる精製法、限外濾過膜や様々なマイクロ流体デバイスを用いた単離方法等が公知である。本発明の解析方法に用いられるエクソソームの回収・精製方法は特に限定されず、自体公知の方法又は今後開発されるあらゆる方法を適用することができる。また、解析の目的に応じて回収・精製方法を適宜選択することができる。
【0018】
(エクソソーム膜結合分子)
本発明において解析対象となる分子は、エクソソーム膜結合分子である。エクソソーム膜結合分子としては、エクソソームを構成する膜に結合する膜タンパク質やエクソソームを構成する膜と挙動を共にする膜タンパク質等が挙げられる。例えばエクソソームのマーカータンパク質が挙げられ、具体的にはCD9、CD63、CD81、VSVG(exosome-anchoring protein vesicular stomatitis virus glycoprotein)、Lamp2b(lysosome-associated membrane glycoprotein 2b)、インテグリンα6β4、インテグリンαvβ5、CEMIP、CD59やPrionなどのGPIアンカー型タンパク質、flotillin等が挙げられる。また、例えばがん細胞由来エクソソームには、特定のタンパク質、例えば肺転移に関するインテグリンα6β4、肝臓転移に関するインテグリンαvβ5、脳転移に関するCEMIP等が含まれる。これらのことから、エクソソーム膜結合分子の解析により、自体公知のマーカーのみならず、今後確認されるマーカーについても、本発明の方法で検出可能である。例えば新たに検出された膜タンパク質に関し、さらに分子同士が側方拡散、結合・分離する様子を観察することで、疾患と各種マーカーとの関係を見極めることができる。
【0019】
(エクソソーム膜結合分子解析用デバイス)
本発明はエクソソーム膜結合分子解析用デバイスにも及ぶ。本発明におけるエクソソーム膜結合分子解析用デバイスとして、ナノギャップ構造型デバイスを利用することができる(
図1参照)。本明細書において「ナノギャップ構造型デバイス」とは、具体的には支持体(a)と固相(c)を含む積層体からなり、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)とするデバイスをいう。前記空隙構造(e)において、支持体(a)と固相(c)の間で、ポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)とする(
図1、
図2参照)。本発明のエクソソーム膜結合分子解析用デバイスにおいて、前記固相(c)が積層されていない部位を開口部(f)とし、被検試料を添加孔とすることができる。被検試料は開口部(f)に添加され、空隙構造(e)を介して導入区画(d)に導入され、展開する。
【0020】
本発明のエクソソーム膜結合分子解析用デバイスは、前記導入区画(d)が、1つのナノギャップ構造型デバイスにおいて複数個配置されていてもよい。例えば、1つのナノギャップ構造型デバイスにおいて、ポリマー脂質膜(b)が格子状に配置され、導入区画(d)が複数形成されたパターン化デバイスとすることができる。導入区画(d)の形状や大きさは目的に応じて適宜決定することができ、例えば1辺の長さを1~100μm、好ましくは5~20μmとすることができる。本発明のエクソソーム膜結合分子解析用デバイスにおいて、ポリマー脂質膜(b)と固相(c)を接着させる層として接着層(g)を設ける事ができる。
【0021】
本明細書のエクソソーム膜結合分子解析用デバイスにおける「支持体(a)」は、生体膜が支持され、生体膜が物理的相互作用又は化学的結合で結合可能な固体であればよく、特に限定されない。支持体の材料としては例えばガラス、石英、プラスチック、セラミック、金属等が挙げられ、適宜選択することができる。好適には、ガラス、石英、高分子エラストマー、酸化シリコン等が挙げられる。高分子エラストマーとはゴム状の弾力性を有する工業用材料の総称をいい、具体的にはスチレン系、オレフィン系、塩ビ系、ウレタン系、アミド系等のエラストマーが挙げられる。より具体的には、例えばポリジメチルシロキサン(Polydimethylsiloxane: PDMS)のようなシリコンエラストマーが挙げられる。またその形状は平板であっても曲線状であってもよい。
【0022】
本明細書のエクソソーム膜結合分子解析用デバイスにおける「ポリマー脂質膜(b)」とは、生体膜と同等の膜構造を有するポリマー脂質膜であって、光重合性脂質膜であるのが好ましく、疑似生体膜であってもよい。光重合性脂質膜としては、光重合性基を少なくとも一つ有する脂質であればよく、特に限定されない。光重合性基としては、二重結合、三重結合、エポキシ塩、α、β-不飽和カルボニル基などが例示され、好ましくは二重結合又は三重結合である。光重合性基は、1つの脂質分子あたり1~10個、より好ましくは2~6個含まれる。光重合性脂質分子の親水性部位に化学反応性を持つ1級アミンなどの反応性基を導入することで、ポリマー脂質膜表面に生体関連分子を化学結合して生体機能を有する人工生体膜を作製することができる。重合可能な脂質としては、リン脂質が例示され、具体的にはフォスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリンの1又は2のアシル基が光重合性基を少なくとも1個含む直鎖又は分岐状で、通常C6~C30好ましくはC6~C24、より好ましくはC12~C22の脂肪族のカルボン酸に由来する基であるのが好ましい。脂質は2つのアシル基を有するグリセロリン脂質が好ましいが、リン脂質のアシル基の1つが加水分解された、アシル基(光重合性基を有する) が1つのリン脂質を併用することも可能である。光重合性リン脂質の具体例として、1,2-bis(10,12-tricosadiynoyl)-sn-glycero-3-phosphochorine(以下「DiynePC」)が挙げられる。
【0023】
本発明のエクソソーム膜結合分子解析用デバイスの作製において、ポリマー脂質膜の配置は、光リソグラフィー技術を用いて任意に決定することができる。光重合性のポリマー脂質膜を、例えば特許文献3(特許第5532229号公報)に示す光重合法に従って基板上に付着させ、二分子構造からなる脂質膜をパターン化して形成させることができる。光重合法に従って基板上に付着させ、二分子構造からなる脂質膜を形成させる場合において、前記吸着した重合性脂質(モノマー)の一部を光照射から保護し、光照射から保護されていない重合性脂質(モノマー)を光照射して重合させ、ポリマー脂質膜を形成させることができる。この場合に、光照射から保護する部位は任意に決定することができ、光照射する部位の形状をパターン化することができる。光重合反応から保護されたモノマー分子を界面活性剤又は有機溶媒によって支持体(a)上から除去することができる。
【0024】
本明細書のエクソソーム膜結合分子解析用デバイスにおける「固相(c)」とは、ポリマー脂質膜(b)において、支持体(a)とは反対側の面に積層される固相をいい、ポリマー脂質膜(b)と固相(c)は、接着層(g)を介して結合可能である。特許文献4に示す接着層を参照し、適宜適用することができる。固相(c)の材料は、支持体と同様に、高分子エラストマー(elastomer)、ガラス、石英、金属などが挙げられ、適宜選択することができる。特に好ましくは、高分子エラストマーである。高分子エラストマーとはゴム状の弾力性を有する工業用材料の総称をいい、具体的にはスチレン系、オレフィン系、塩ビ系、ウレタン系、アミド系等のエラストマーが挙げられる。より具体的には、例えばポリジメチルシロキサン(Polydimethylsiloxane: PDMS) のようなシリコンエラストマーが挙げられる。固相(c)の材料は、上記より選択される素材であればよく、その種類は支持体(a)とは同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0025】
(エクソソーム膜結合分子解析方法)
本発明エクソソーム膜結合分子解析のために供される被検試料は、上述の方法、例えば超遠心法や密度勾配遠心法、サイズ排除クロマトグラフィーを用いたカラムでの溶出方法、ポリマー(例えばポリエチレングリコール等)、エクソソームマーカータンパク質であるCD9やCD63に対する抗体で被覆したビーズ、またはホスファチジルセリン受容体であるTim-4で被覆したビーズによる精製法、限外濾過膜や様々なマイクロ流体デバイスを用いた単離方法等により調製することができる。
【0026】
本発明のエクソソーム膜結合分子解析は、
図2に従い以下の手順で行うことができる。
1)エクソソーム膜結合分子解析用デバイスであるナノギャップ構造型デバイスの開口部(f)に被検試料を添加し、空隙構造(e)を介して導入区画(d)に、エクソソームを含む被検試料を導入する工程;
2)前記導入した被検試料に含まれるエクソソーム由来の二次元膜を前記導入区画(d)に展開させる工程;
3)前記展開した二次元膜に結合したエクソソーム膜結合分子をシグナルとして検出する工程。
【0027】
この場合において、前記1)の工程は積層体に設けられた開口部(f)に被検試料を添加することで空隙構造(e)を通じて導入区画(d)に導入することができる。前記工程3)の工程で、「二次元膜に結合したエクソソーム膜結合分子」とは、二次元膜分子中を側方拡散するエクソソーム膜結合分子も含まれる。また、シグナルは、光、電気又は化学的シグナル等適宜最適なシグナルを選択することができる。
【0028】
上記の解析方法においてエクソソーム膜結合分子は、例えばエクソソームの膜に結合しうる膜タンパク質が挙げられ、具体的にはCD9、CD63、CD81、VSVG(exosome-anchoring protein vesicular stomatitis virus glycoprotein)、Lamp2b(lysosome-associated membrane glycoprotein 2b)、インテグリンα6β4、インテグリンαvβ5、CEMIP、CD59やPrionなどのGPIアンカー型タンパク質、flotillin等が挙げられる。
【0029】
(エクソソーム膜結合分子解析用キット)
本発明は、エクソソーム膜結合分子解析用キットにも及ぶ。本発明のエクソソーム膜結合分子解析用キットには、上述のエクソソーム膜結合分子解析用デバイス含み、さらに解析に必要な試薬及び/又は器具を含む。ここにおいて、「解析に必要な試薬」とは、例えば被検試料調製に必要な水溶性試薬、被検試料希釈用バッファー試薬、検査用マーカー試薬等が挙げられるが、これらに限定されずキットとして使用可能なあらゆる試薬が挙げられる。また、「器具」とは、例えばエクソソーム膜結合分子解析用デバイスに被検試料や試薬などを導入する際に使用する器具、測定を行うための器具、エクソソーム膜結合分子解析用デバイスを保護するための器具等が挙げられるが、これらに限定されずキットとして使用可能なあらゆる器具が挙げられる。
【実施例0030】
本発明の理解を深めるために、参考例及び実施例を示して本発明の内容をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例等に限定されるものではないことは明らかである。
【0031】
(参考例1)エクソソーム膜結合分子解析用デバイスの作製
以下の各実施例で使用するエクソソーム膜結合分子解析用デバイスを作製した。光重合性脂質(DiynePC)をガラスの支持体(a)上に積層、一部を遮光して紫外光照射してポリマー脂質膜(b)を調製した。面活性剤溶液にて前記ポリマー脂質膜(b)を積層した支持体(a)を洗浄し、モノマー脂質膜を除去した。次に直径3.5mmの開口部(f)を有するPDMSシートを固相(c)とし、前記ポリマー脂質膜(b)を積層した支持体(a)に積層した。前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)という。前記空隙構造(e)において、支持体(a)と固相(c)の間で、ポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)とする(
図1、
図2参照)。
図1Bにおいて開口部は、固相(c)に覆われていない部分であり、固相(c)が覆っている部位は空隙構造(e)である。
【0032】
前記導入区画(d)(20μm×20μm)が1つのナノギャップ構造型デバイスにおいて複数個パターン化して配置されている。エクソソーム膜結合分子解析用デバイス(以下、「パターン化デバイス」という場合もある。)を作製した(
図1C)。
【0033】
(実施例1)エクソソームマーカー分子(CD9)の解析
本実施例ではエクソソームマーカー分子であるCD9について解析した。
【0034】
本実施例においてエクソソーム含有試料を次の方法で調製した。Mouse L-Cell(マウス由来細胞株)に蛍光標識用タグを付したD9(CD9-Halo SF 650T)及び蛍光標識したWnt4(Wnt4-mGFP)を発現させて培養した。血清を含まない培養培地で、約48時間培養し、約80-100 mLの培地を回収し、300 g×10分間の遠心分離を行い、上清を回収した。さらに2,000 g×10分間及び10,000 g×30分間の遠心分離を続けて行い、それぞれ上清を回収した。回収された上清を限外ろ過フィルタ(100kDa)にかけて濃縮し、約150-500μLのサンプルを回収した。HaloTag(R) SaraFluorTM 650T ligand(五稜化薬株式会社)を最終濃度10 nMになるように加えて、暗所37℃で1時間蛍光標識した。上記調製したサンプルに対して、以下の1)又は2)の方法でエクソソームを回収し、エクソソーム含有試料とした。
【0035】
1)MagCaptureTM Exosome Isolation Kit PS Ver. 2(FUJIFILM Wako Pure Chemical, 290-84103)によりホスファチジルセリンに結合するTim4ビーズを用いて約100μLのエクソソーム含有試料を回収した(エクソソーム含有試料1)。
2)CD9 Fab-TACS, Exosome Agarose column Starter Kit, human(IBA Lifesciences GmbH, 6-3319-002)により抗CD9抗体を用いて約1.2 mLのエクソソーム含有試料を回収した(エクソソーム含有試料2)。
【0036】
参考例1で作製したエクソソーム膜結合分子解析用デバイス(パターン化デバイス)の開口部(f)に、上記調製したエクソソーム含有試料1又は2を添加し、導入区画(d)に導入した。各々について室温(25℃)で30分間インキュベーションした後、過剰なエクソソームをリン酸緩衝液(pH6.7)で洗浄した。その後、倒立型顕微鏡(Olympus IX73)を用いて、パターン化デバイスに組み込まれたエクソソーム由来のCD9-Halo SF650Tを蛍光観察した(励起波長:640nm、蛍光波長:690±25 nm)。その結果、CD9-Halo SF650Tが前記導入区画(d)内で二次元拡散することが観測された(
図3)。
【0037】
(実施例2)エクソソームマーカー分子(CD9)の拡散の解析
本実施例では実施例1で二次元拡散が確認された導入区画(d)内でのエクソソームマーカー分子(CD9)を1分子蛍光観察し、画像解析ソフト(Fiji)で連続的に追跡(トラッキング)し、二次元拡散係数を定量してヒストグラムを作成した。拡散係数の中央値は、0.60 μm
2/sであった(
図4A)。また拡散軌跡を
図4Bに示した。この拡散係数は、生体膜中を二次元拡散する分子のものとして想定される範囲内であるが、膜タンパク質の種類、脂質組成や周辺環境(細胞骨格など)によって影響を受けるものである。
【0038】
(実施例3)エクソソームマーカー分子(CD63)の拡散の解析
本実施例ではエクソソームマーカー分子であるCD63について解析した。
【0039】
本実施例においてエクソソーム含有試料を次の方法で調製した。Mouse L-Cell(マウス由来細胞株)に蛍光標識したCD63(CD63-mGFP)を発現させて培養した。血清を含まない培養培地で、約48時間培養し、約80-100 mLの培地を回収し、300 g×10分間の遠心分離を行い、上清を回収した。さらに2,000 g×10分間及び10,000 g×30分間の遠心分離を続けて行い、それぞれ上清を回収した。回収された上清を限外ろ過フィルタ(100kDa)にかけて濃縮し、約150-500μLのサンプルを回収した。さらに、20万Gで4時間の超遠心分離を行い、沈殿を回収後、リン酸緩衝液(PBS)に懸濁してCD63-mGFPを含むエクソソーム溶液として調製した。
【0040】
参考例1で作製したエクソソーム膜結合分子解析用デバイス(パターン化デバイス)の開口部(f)に、上記調製したエクソソーム含有試料を添加し、導入区画(d)に導入した。各々について室温(25℃)で30分間インキュベーションしたのち、過剰なエクソソームをリン酸緩衝液(pH6.7)で洗浄した。その後、倒立型顕微鏡(Olympus IX73)を用いて、パターン化デバイスに組み込まれたエクソソーム由来のCD63-mGFPを蛍光観察し、
図5に示した(励起波長:470-490 nm、蛍光波長:510-550 nm)。
【0041】
図5において破線上部(開口部)は、固相(c)に覆われていない開口部であり、破線より下部は固相(c)が覆っている空隙構造(e)である(
図1B 参照)。上記の結果、CD63-mGFPは導入区画(d)内で二次元拡散することが観測された(
図5)。なお、ポリマー脂質膜の蛍光が非常に強いため、
図5Aにおいて点線で囲まれた四角の領域を拡大して画像のコントラストを増強したものが
図5Bである。コントラストを増強することで導入区画(d)内のCD63-mGFPを観測することができた。
【0042】
(実施例4)エクソソームマーカー分子(CD81)の拡散の解析
本実施例ではエクソソームマーカー分子であるCD81について解析した。
【0043】
本実施例においてエクソソーム含有試料を次の方法で調製した。Mouse L-Cell(マウス由来細胞株)に蛍光標識用タグを付したCD81(CD81-Halo SF 650T)を発現させて培養した。血清を含まない培養培地で、約48時間培養し、約80-100 mLの培地を回収し、300 g×10分間の遠心分離を行い、上清を回収した。さらに2,000 g×10分間及び10,000 g×30分間の遠心分離を続けて行い、それぞれ上清を回収した。回収された上清を限外ろ過フィルタ(100kDa)にかけて濃縮し、約150-500μLのサンプルを回収した。次にMagCaptureTM Exosome Isolation Kit PS Ver. 2(FUJIFILM Wako Pure Chemical, 290-84103)によりホスファチジルセリンに結合するTim4ビーズを用いて約100μLのエクソソーム含有試料を回収した。
【0044】
参考例1で作製したエクソソーム膜結合分子解析用デバイス(パターン化デバイス)の開口部(f)に、上記調製したエクソソーム含有試料を添加し、導入区画(d)に導入した。室温(25℃)で30分間インキュベーションしたのち、過剰なエクソソームをリン酸緩衝液(pH6.7)で洗浄した。その後、倒立型顕微鏡(Olympus IX73)を用いて、パターン化デバイスに組み込まれたエクソソーム由来のCD81-Halo SF650Tを蛍光観察し、
図6に示した(励起波長:640nm、蛍光波長:690±25 nm)。
【0045】
図6において破線上部(開口部)は、固相(c)に覆われていない開口部であり、破線より下部は固相(c)が覆っている空隙構造(e)である(
図1B 参照)。CD81-Halo SF650Tが導入区画(d)内で二次元拡散することが観測された。なお、ポリマー脂質膜の蛍光とCD81-Halo SF650Tは異なる励起・蛍光波長で別々に観察した。これら2種類の観察画像を
図6A((ポリマー脂質膜:励起波長470-490 nm、蛍光波長510-550 nm)及び
図6B(CD81-Halo SF650T:励起波長640nm、蛍光波長690±25 nm)に示した。
【0046】
(実施例5)Wnt4の挙動の解析
本実施例ではエクソソーム結合分子であるWnt4について解析した。
【0047】
本実施例においてエクソソーム含有試料を次の方法で調製した。Mouse L-Cell(マウス由来細胞株)に蛍光標識用タグを付したCD9(CD9-Halo SF 650T)及び蛍光標識したWnt4(Wnt4-mGFP)を発現させて培養した。血清を含まない培養培地で、約48時間培養し、約80-100 mLの培地を回収し、300 g×10分間の遠心分離を行い、上清を回収した。さらに2,000 g×10分間及び10,000 g×30分間の遠心分離を続けて行い、それぞれ上清を回収した。回収された上清を限外ろ過フィルタ(100kDa)にかけて濃縮し、約150-500μLのサンプルを回収した。CD9 Fab-TACS, Exosome Agarose column Starter Kit, human(IBA Lifesciences GmbH, 6-3319-002)により抗CD9抗体を用いて約1.2 mLのエクソソーム含有試料を回収した。
【0048】
参考例1で作製したエクソソーム膜結合分子解析用デバイス(パターン化デバイス)の開口部(f)に上記調製したエクソソーム含有試料を添加し、導入区画(d)に導入した。室温(25℃)で30分間インキュベーションしたのち、過剰なエクソソームをリン酸緩衝液(pH6.7)で洗浄した。その後、倒立型顕微鏡(Olympus IX73)を用いて、パターン化デバイスに組み込まれたエクソソーム由来のWnt4-mGFPを蛍光観察し、
図7に示した(励起波長:470-490 nm、蛍光波長:510-550 nm)。なお、ポリマー脂質膜(b)の蛍光が非常に強いため、画像のコントラストを増強することで導入区画(d)内のWnt4-mGFPを観測することができた。
【0049】
図7においてWnt4-mGFPがポリマー脂質膜(b)に囲まれた導入区画(d)内において二次元拡散することが観測された。なお、ポリマー脂質膜(b)の蛍光が非常に強く、画像のコントラストを増強することで区画内のWnt4-mGFPを観測することができた。この結果は、Wnt4がエクソソームに結合して輸送されることを示唆している。細胞の分化などに関与するWnt4分子がエクソソームに結合していることは、Wnt4の動態、機能を理解する上で重要な情報である。
以上詳述したように、支持体(a)、ポリマー脂質膜(b)及び固相(c)を含む積層体からなり、前記支持体(a)と固相(c)の間にポリマー脂質膜(b)が部分的に積層されており、前記固相(c)が積層されて形成される空隙を空隙構造(e)とし、前記空隙構造(e)において前記支持体(a)と固相(c)の間で前記ポリマー脂質膜(b)が積層されていない区画を導入区画(d)として含むナノギャップ構造型デバイスをエクソソーム膜結合分子解析用デバイスとして用いることで、エクソソーム含有試料、例えばヒトの血液由来や尿由来のエクソソームを二次元膜化することができ、エクソソーム膜に含まれる分子の種類、量、会合状態を一度に定量することが可能となる。このことから極めて非侵襲的に健康状態をモニターすることができ、新たな診断法として利用することができる。
本発明の解析方法によれば、エクソソーム含有試料をエクソソーム膜結合分子解析用デバイスに加えて40分程度で膜結合分子の1分子蛍光顕微鏡観察をすることができ、スループット性が高い方法であるため、高速かつ汎用的な診断が可能である。例えば1区画当たり20μm×20μmの導入区画(d)を有するエクソソーム膜結合分子解析用デバイスを用いる場合、直径100nmの大きさからなるエクソソームが1区画当たりに1万2千個程度必要とされるため、エクソソーム間のばらつきを十分に平均化することができる。一方、導入区画(d)の一区画を小さくすることで、より微量のエクソソーム含有試料からエクソソーム由来脂質平面膜の性質を調べ、エクソソーム間の性質のばらつきを調べることも可能である。
エクソソームそのもの、さらに、エクソソームのサブタイプごとの膜分子組成、会合などの動態、機能は、まだ未解明のものが多いため、エクソソーム研究用の新規ツールとして基礎研究や応用にも広く用いることができ、産業上の利用可能性が高い。