(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030200
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】角膜障害治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/726 20060101AFI20240229BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20240229BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20240229BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20240229BHJP
A61K 31/727 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
A61K31/726
A61K9/08
A61K9/06
A61P27/02
A61K31/727
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022132848
(22)【出願日】2022-08-23
(71)【出願人】
【識別番号】301004743
【氏名又は名称】株式会社エムズサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】三田 四郎
【テーマコード(参考)】
4C076
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA06
4C076AA09
4C076BB24
4C076CC10
4C076FF68
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA26
4C086EA27
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA17
4C086MA28
4C086MA58
4C086NA14
4C086ZA33
(57)【要約】
【課題】新規な剤又は組成物(角膜障害治療及び/又は予防のための剤又は組成物)等を提供する。
【解決手段】剤又は組成物に、平均分子量が10,000以下のグリコサミノグリカン及びその類似物質(類似物、誘導体)から選択された少なくとも1種のグリコサミノグリカン類を含有させる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均分子量が10,000以下のグリコサミノグリカン及びその類似物質から選択された少なくとも1種のグリコサミノグリカン類を含む、角膜障害治療及び/又は予防剤。
【請求項2】
グリコサミノグリカン類の平均分子量が8,000以下である、請求項1記載の剤。
【請求項3】
グリコサミノグリカン類が、グルコサミン単位を少なくとも含む、請求項1又は2記載の剤。
【請求項4】
グリコサミノグリカン類を構成する単糖1個あたりの硫酸基の平均個数が0.2個以上である、請求項1又は2記載の剤。
【請求項5】
グリコサミノグリカン類を構成する単糖1個あたりの硫酸基の平均個数が1.1個以上である、請求項1又は2記載の剤。
【請求項6】
グリコサミノグリカン類が、ヘパリン及びへパリノイドから選択された少なくとも1種である、請求項1又は2記載の剤。
【請求項7】
グリコサミノグリカン類の平均分子量が8,000以下、グリコサミノグリカン類を構成する単糖1個あたりの硫酸基の平均個数が1.2個以上であり、グリコサミノグリカン類が、ヘパリン及びへパリノイドから選択された少なくとも1種である、請求項1又は2記載の剤。
【請求項8】
グリコサミノグリカン類が、ダルテパリン、レビパリン、バルナパリン、エノキサパリン、ダナパロイド、ベミパリン、ナドロパリン、セルトパリン、チンザパリン、フォンダパリヌクスおよびこれら化合物の塩から選択された少なくとも1種である、請求項1又は2記載の剤。
【請求項9】
グリコサミノグリカン類が、フォンダパリヌクス及びフォンダパリヌクス塩から選択された少なくとも1種である、請求項1又は2記載の剤。
【請求項10】
点眼液剤、点眼ゲル剤、又は眼軟膏剤である、請求項1又は2記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な角膜障害治療剤(点眼剤)等に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜は眼球の一番外側に位置し、表面は外部に晒されている。従って外来性の異物(ゴミ)やコンタクトレンズの装着などにより、傷害を受けることが多い。また、涙液の減少などによってドライアイという症状を呈して傷害を受けることも多い。一方、細菌やウイルスの感染、アレルギー性の反応による障害や角膜における炎症の発生、あるいはスティーブンス・ジョンソン症候群などの各種疾患によって角膜障害が生じることも多い。このように角膜障害は種々の原因によって引き起こされるが、障害の程度としては、角膜潰瘍や、角膜上皮細胞の大幅な剥脱を生じる重篤なものからドライアイのように軽度のものまで、様々である。
【0003】
このような種々の角膜障害に対しては重症度にかかわらず角膜上皮細胞が増殖、伸展、遊走して障害部位を被覆することが角膜障害の治癒の基本である。しかしながら、実際の角膜障害の治療には人工涙液のような涙液補充的なものや保湿性を高めて角膜を保護するといった薬物しか使われておらず、重篤な角膜障害に対し、より効果の高い薬剤が求められている。角膜障害に治療効果のある物質の探索は精力的に行われており、多糖類のあるもの、たとえばコンドロイチン硫酸やヒアルロン酸は角膜障害の治療効果が報告されている(特許文献1,2,3)。これらの多糖類の効果は高い保湿性に基づく角膜保護的な作用が効果の中心と考えられており(非特許文献1,2)、角膜潰瘍など重症化した角膜障害に対する効果は不十分であり、新規な角膜障害治療剤が強く求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10-226704号公報
【特許文献2】特開2018-8944号公報
【特許文献3】特許第4942681号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】コンドロイチン点眼液1%「日点」添付文書
【非特許文献2】ヒアレイン点眼液0.3%添付文書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、新規な角膜障害治療剤(点眼剤)等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記のように、多糖類のあるものは、角膜疾患の治療点眼剤として使用されているが、多糖類のうち、特にグリコサミノグリカンに分類される多糖類は角膜障害に対し、治癒促進の効果があることが報告されている(特許文献1,2,3)。
【0008】
グリコサミノグリカンはグルコサミンなどのアミノ糖とウロン酸またはガラクトースが結合した2糖の繰り返し構造からなっている。生体内に存在するグリコサミノグリカンの分子量は広い範囲に分布するが、通常、数十万から数百万の大きな分子である。グリコサミノグリカンが角膜障害に対し、治療的効果を表すことを示唆する報告はいくつか存在するが、いずれも分子量が大きいグリコサミノグリカンであることが必要もしくは好ましいと記されている(特許文献1,2,3)。グリコサミノグリカンの基本構成単位である単糖や2糖、あるいは、オリゴ糖あるいは分子量が小さい、例えば分子量10,000以下の多糖に角膜障害に対する治療効果があることは実証されていない。このような中、本発明者は、グリコサミノグリカンの構成糖であるアミノ糖やウロン酸等を含むオリゴ糖あるいは低分子量の多糖は高分子量のグリコサミノグリカンと同等もしくはそれを上回る角膜障害の治療や予防等に有効でありうることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明等に関する。
[1]
特定の分子量又は構成単糖数(例えば、平均分子量が10,000以下)のグリコサミノグリカン及びその類似物質(類似物、誘導体、例えば、グリコサミノグリカンを構成するアミノ糖がグルコサミン及びガラクトサミンを含むものに置換した多糖、グリコサミノグリカンを構成するアミノ糖がグルコサミン及びガラクトサミンのいずれでもないアミノ糖を含む多糖に置換した多糖)から選択された少なくとも1種のグリコサミノグリカン類を含む、角膜障害治療及び/又は予防剤(角膜障害の治療及び/又は予防のための剤又は組成物、以下同じ)。
[2]
グリコサミノグリカン類の平均分子量が8,000以下である、[1]記載の剤。
[3]
グリコサミノグリカン類が、グルコサミン単位を少なくとも含む、[1]又は[2]記載の剤。
[4]
グリコサミノグリカン類を構成する単糖1個あたりの硫酸基の平均個数が0.2個以上である、[1]~[3]のいずれかに記載の剤。
[5]
グリコサミノグリカン類を構成する単糖1個あたりの硫酸基の平均個数が1.1個以上である、[1]~[4]のいずれかに記載の剤。
[6]
グリコサミノグリカン類が、ヘパリン(低分子量ヘパリン)及びへパリノイド(低分子量へパリノイド)から選択された少なくとも1種である、[1]~[5]のいずれかに記載の剤。
[7]
グリコサミノグリカン類の平均分子量が8,000以下、グリコサミノグリカン類を構成する単糖1個あたりの硫酸基の平均個数が1.2個以上であり、グリコサミノグリカン類が、ヘパリン及びへパリノイドから選択された少なくとも1種である、[1]~[6]のいずれかに記載の剤。
[8]
グリコサミノグリカン類が、ダルテパリン、レビパリン、バルナパリン、エノキサパリン、ダナパロイド、ベミパリン、ナドロパリン、セルトパリン、チンザパリン、フォンダパリヌクスおよびこれら化合物の塩から選択された少なくとも1種である、[1]~[7]のいずれかに記載の剤。
[9]
グリコサミノグリカン類が、フォンダパリヌクス及びフォンダパリヌクス塩から選択された少なくとも1種である、[1]~[8]のいずれかに記載の剤。
[10]
点眼液剤、点眼ゲル剤、又は眼軟膏剤である、[1]~[9]のいずれかに記載の剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、角膜障害の治療および予防のための新規な剤又は組成物等を提供できる。
【0011】
このような剤又は組成物は、特定の成分すなわち構成成分としては分子量が10,000以下のグリコサミノグリカンあるいはグリコサミノグリカン類似の多糖もしくはオリゴ糖を含有しており、角膜上皮障害の治療に有効でありうる。
そのため、本発明の剤又は組成物等は、角膜上皮障害の治療用途等に好適に使用しうる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[用途・機能]
本発明の剤又は組成物は、眼科用等として好適に使用しうる。
【0013】
特に、本発明の剤又は組成物は、角膜上皮細胞の遊走、伸展及び/又は増殖等を促進することにより、角膜障害の改善効果が期待できる。
【0014】
そのため、本発明の剤又は組成物は、角膜障害の治療及び/又は予防(これらをまとめて「治療」等ということがある)を目的として使用することができる。
【0015】
角膜障害としては、角膜上皮が広範囲に剥離し、角膜潰瘍を起こすなど遷延化して重症なものや、コンタクトレンズや異物による障害あるいは、涙液減少などによる軽度の角膜上皮障害など重症度は多岐にわたる。角膜上皮障害の原因としては、手術や異物による物理的な障害、薬物などによる障害が挙げられるが、疾患による角膜上皮障害としては、細菌性角膜炎、ヘルペス性角膜炎、流行性角結膜炎、ドライアイ、マイボーム腺不全、シェーグレン症候群、スティーブンス・ジョンソン症候群、慢性表層角膜炎、角膜糜爛、点状表層角膜症、糸状角膜炎、神経麻痺性角膜症、糖尿病角膜症等が挙げられる。
【0016】
剤又は組成物は、これらの1種又は2種以上の角膜障害の治療及び/又は予防のために使用してもよい。
【0017】
[グリコサミノグリカン及びその組成物]
本発明の剤又は組成物は、グリコサミノグリカン及びその類似物質(類似物、誘導体)から選択された少なくとも1種(以下、これらをまとめてグリコサミノグリカン、グリコサミノグリカン類等ということがある)を含む。
【0018】
グリコサミノグリカンは、通常、アミノ糖と、ウロン酸又はガラクトースが結合した2糖構造を基本単位とし、それが何回も繰り返す構造を持つ多糖である。
【0019】
グリコサミノグリカンを構成するアミノ糖はグルコサミンもしくはガラクトサミンのどちらか一方であるが、本発明に関連した物質(グリコサミノグリカンの類似物質)としてこれら両方のアミノ糖を含むものやマンノースやフコース等の他の単糖にアミノ基が付加したアミノ糖を含むものもあり得る。
【0020】
アミノ糖は、代表的には、グルコサミン単位を少なくとも含んでいてもよく、グルコサミン単位のみで構成してもよい。
【0021】
ウロン酸としては、イズロン酸、グルクロン酸が挙げられる。
【0022】
ウロン酸は、これらを単独で又は2種以上組み合わせて有していてもよい。
【0023】
グリコサミングリカン類は、ウロン酸単位及び/又はガラクトース単位のうち、特に、少なくともウロン酸単位を有していてもよく、ウロン酸単位のみを有していてもよい(ガラクトース単位を有していなくてもよい)。
【0024】
グリコサミノグリカン類の構成糖(アミノ糖、ウロン酸、ガラクトース)は、誘導体化、例えば、アシル化、硫酸化、架橋化等されていてもよい。
【0025】
硫酸化の態様としては、例えば、アミノ糖を構成するアミノ基の硫酸化(N-硫酸化)、アミノ糖、ウロン酸、ガラクトース等のグリコサミノグリカンの構成糖のヒドロキシ基の硫酸化(O-硫酸化)等が挙げられる。
【0026】
また、誘導体化(例えば、硫酸化)は、同じ構成糖における1つのアミノ基又はヒドロキシ基が誘導体化(例えば、硫酸化)されていてもよく、同じ構成糖の2以上のアミノ基及び/又はヒドロキシ基が誘導体化(例えば、硫酸化)されていてもよい。
【0027】
硫酸化されたグリコサミノグリカン類は、好ましくは、硫酸化されたアミノ糖単位を少なくとも有していてもよく、硫酸化されたアミノ糖単位と、硫酸化されたウロン酸単位及び/又は硫酸化されたガラクトース単位とを有していてもよい。
【0028】
硫酸化されたグリコサミノグリカン類において、硫酸化の程度は、構成する単糖1個あたり(単糖1個あたりの平均値として)、0.1個以上程度であってもよく、好ましくは0.5個以上、さらに好ましくは1個以上、特に1個超(例えば、1.1個以上、1.2個以上、1.3個以上、1.4個以上)であってもよい。
なお、硫酸化の程度の上限値は、特に限定されず、例えば、構成する単糖1個あたり(単糖1個あたりの平均値として)、3個、2.5個、2.2個、2個、1.8個、1.7個、1.6個等であってもよい。
【0029】
なお、具体的なグルコサミノグルカン類について、概ねの硫酸化の程度を挙げると、例えば、ヘパラン硫酸では単糖1個あたり約1個程度、コンドロイチン硫酸では単糖1個あたり約1個程度、ヘパリン(低分子量ヘパリン)では単糖1個あたり約1.5個程度、へパリノイド(低分子量へパリノイド)では単糖1個あたり約1.5個程度、ヒアルロン酸では単糖1個あたり約0個程度である。
【0030】
このような程度で硫酸化されたグリコサミノグリカン類は、その分子量等との組み合わせもあいまってか、本発明の機能(例えば、角膜細胞の遊走促進)をより一層効率よく発揮しやすい。
【0031】
硫酸化されたグリコサミノグリカン類は、硫酸化以外に誘導体化されていてもよく、されていなくてもよい。
【0032】
グリコサミノグリカン類は、薬理学的に許容可能な塩を形成していてもよい。塩としては、例えば、アルカリ金属塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等)、アルカリ土類金属塩(例えば、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩等)、アンモニウム塩等が挙げられる。
【0033】
これらの塩は、1種で又は2種以上組み合わせてグリコサミノグリカン類の塩を形成してもよい。
【0034】
なお、グリコサミノグリカン類は、低分子量多糖(類)に分類されるもの(例えば、低分子量ヘパリン、低分子量へパリノイド)や、このような低分子量多糖(類)を含むものであってもよい。
【0035】
具体的なグリコサミノグリカン類としては、例えば、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸、へパラン硫酸、ヘパリン、デルマタン硫酸、ヘパリノイド(ヘパリン類似物質)、これらの塩(例えば、ナトリウム塩、カルシウム塩)等が挙げられる。
【0036】
また、具体的なグルコサミン類[製品(商品名)]としては、ダルテパリン、レビパリン、バルナパリン、エノキサパリン、ダナパロイド、ベミパリン、ナドロパリン、セルトパリン、チンザパリン、フォンダパリヌクス、これらの塩(例えば、ナトリウム塩、カルシウム塩)等が挙げられる。
【0037】
なお、化合物名を含めた一例を挙げると、フォンダパリヌクス又はその塩は、下記式で示される化合物[メチル O-(2-デオキシ-6-O-スルホ-2-スルホアミノ-α-D-グルコピラノシル)-(1→4)-O-(β-D-グルコピラノシルウロン酸)-(1→4)-O-(2-デオキシ-3,6-ジ-O-スルホ-2-スルホアミノ-α-D-グルコピラノシル)-(1→4)-O-(2-O-スルホ-α-L-イドピラノシルウロン酸)-(1→4)-2-デオキシ-6-O-スルホ-2-スルホアミノ-α-D-グルコピラノシド ナトリウム塩,分子量1,728.08、単糖1個あたり約1.6個の硫酸化]である。
【0038】
フォンダパリヌクス又はその塩は、化学的に合成された製品であり、生物学的汚染の影響が無いという点でも好適に使用しうる。
【0039】
【0040】
グリコサミノグリカン類の分子量は、10,000以下の範囲から選択してもよく、8,000以下、好ましくは6,000以下であってもよい。
【0041】
グリコサミノグリカン類は、多糖(類)(例えば、単糖数が10を超えるもの)であってもよく、オリゴ糖(例えば、単糖数が10個までのもの)であってもよい。
グリコサミノグリカン類を構成する単糖の数は、例えば、30以下、好ましくは20以下、さらに好ましくは15以下であってもよい。
【0042】
なお、グリコサミノグリカン類を構成する単糖の数の下限値は、例えば、2以上であってもよい。
【0043】
このような比較的小さい分子量ないし構成糖数のグリコサミノグリカン類によれば、本発明の機能(例えば、角膜細胞の遊走促進)を効率よく発揮しやすい。
【0044】
グリコサミノグリカン類の分子量や糖の数(重合度)は、その大きさや測定方法等によっては、平均値[平均分子量、平均数(平均重合度)]であってもよい。
【0045】
グリコサミノグリカン類の各種物性(平均分子量等)は、慣用の分析手段、例えば、高速液体クロマトグラフィーによって測定できる。
【0046】
グリコサミノグリカン類は、単独で又は2種以上組み合わせて使用してもよい。
【0047】
剤または組成物の形態は点眼可能な剤型であれば、点眼液剤、点眼ゲル剤、眼軟膏剤などが挙げられる。
【0048】
剤または組成物は、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合して調整(調製)してもよい。
【0049】
点眼液剤および点眼ゲル剤の場合は、添加剤として、等張化剤、緩衝剤、pH調節剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等を適宜配合することにより、周知の方法で製剤化することができる。
【0050】
等張化剤としては、例えば、グリセリン、プロピレングリコール、塩化ナトリウム、塩化カリウム、ソルビトール若しくはマンニトール等を挙げることができる。
【0051】
緩衝剤としては、例えば、リン酸又はその塩(リン酸1水素ナトリウム等)、ホウ酸又はその塩、クエン酸又はその塩(クエン酸ナトリウム等)、酒石酸又はその塩(酒石酸ナトリウム等)、ε-アミノカプロン酸等を挙げることができる。
【0052】
増粘剤及び分散剤としては、例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース若しくはヒドロキシプロピルセルロース等のセルロース系高分子、ポリビニルアルコール、又はポリビニルピロリドン等を、また、安定化剤としては、例えば、エデト酸若しくはエデト酸ナトリウム等を挙げることができる。
【0053】
保存剤(防腐剤)としては、例えば、汎用のソルビン酸、ソルビン酸カリウム、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル若しくはクロロブタノール等が挙げられ、これらの保存剤を組み合わせて使用することもできる。
【0054】
眼軟膏剤の場合は、製剤分野で通常使用される眼軟膏製剤でよく、日本薬局方製剤総則、眼軟膏剤の項に記載された方法に基づき、製造することができる。例えば、軟膏基剤として精製ラノリン、白色ワセリン、流動パラフィンを適宜ずつ混合して使用することにより、眼軟膏を調整(調製)できる。
【0055】
点眼剤のpHは眼科製剤に許容される範囲内にあればよいが、4.0~8.5に設定することが望ましい。
【0056】
剤又は組成物の投与対象としては、非ヒト動物(例えば、犬、猫等の哺乳類)であってもよく、好ましくはヒトであってもよい。
【0057】
剤又は組成物において、グリコサミノグリカン類の濃度は、特に限定されず、剤形、投与量等に応じて適宜選択できる。例えば、剤又は組成物において、グリコサミノグリカン類の濃度は、0.00001%~5%(w/v)の範囲で設定できる。
【0058】
[方法等]
本発明の剤又は組成物によれば、前述のように、角膜上皮細胞の遊走、伸展及び/又は増殖等を促進しうる。
【0059】
また、本発明の剤又は組成物は、この機能に関連して、角膜障害を治療しうる。
【実施例0060】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0061】
[実験1]
HCE-T(不死化ヒト角膜上皮)細胞[ヒト角膜上皮より分離樹立されたもの、理研セルバンク(RIKEN Cell Bank)より入手]を、5%のウシ胎仔血清を含むDMEM/F12培地を用いて、37℃でCO2インキュベーター中にて培養した。
T75フラスコで60~80%コンフルエントに増殖したHCE-T細胞をトリプシン-EDTAで剥離回収し、新たなウシ胎児血清を含むDMEM/F12培地に懸濁した。
各ウェルにcell seeding stopperを装着した96穴のマルチプレートに1ウェルあたり60,000個の細胞をこの細胞懸濁液から播種した。
CO2インキュベーター内で37℃にて一晩培養後、cell stopperを除去し、無血清培地で2回洗浄した。その後、被験物質を添加した無血清培地あるいは無添加コントロールの無血清培地に交換し、28時間培養した。
【0062】
被験物質を添加した無血清培地には、フォンダパリヌクスナトリウム[セレック(Selleck)より入手]を0.1%(w/v)又は0.3%(w/v)の濃度で含むもの、0.5%(w/v)のコンドロイチン硫酸ナトリウム(東京化成工業より入手、平均分子量約30,000)を含むものを用いた。
【0063】
培養後、Calcein-AM(ナカライテスクより入手)で細胞を染色し、stopperのあった部分へ遊走したHCE-T細胞による蛍光を測定した。また、蛍光強度測定後、蛍光顕微鏡撮影を行い、BZ-Xアナライザーを用いた画像解析により細胞遊走面積を測定した。
【0064】
[結果]
下記表に、蛍光強度と、この蛍光強度をもとに算出したコントロールに対する蛍光強度(相対蛍光強度)を示した。相対蛍光強度は、無添加群(コントロール)の蛍光強度を100%とし、各被験物添加群の蛍光強度を%で表したものであり、コントロールに対する相対的な細胞遊走の程度を示すものとなる。
【0065】
【0066】
なお、表中の値はそれぞれ3例の平均値および標準誤差を示し、*はDunnettの検定法でP<0.05で統計学的に有意であることを示す。
【0067】
上記表の結果から明らかなように、本発明の特定のグリコサミノグリカン類に相当するフォンダパリヌクスナトリウムの添加によって、蛍光強度が増し、細胞遊走が促進されたことが判る。なお、本実験では培地中にウシ胎仔血清は添加されていないことから、蛍光強度の増加はほとんどが細胞の伸展、遊走によるものであると考えられるが、細胞増殖の増加も多少はかかわっているものと考えられる。
【0068】
このように、フォンダパリヌクスナトリウム添加群では、無添加コントール群に比べて明らかに蛍光強度が増しており、このことは、蛍光顕微鏡の画像からも確認された。
そのため、蛍光顕微鏡で撮影した画像から、画像解析によって細胞遊走面積を算出(測定)するとともに、この面積をもとに算出した無添加コントロール群に対する面積(相対遊走面積)を算出した。
【0069】
結果を下記表に示す。
相対遊走面積は、無添加コントロール群の細胞遊走面積を100%とし、各被験物添加群の相対的な細胞遊走面積を%で表したものである。
【0070】
【0071】
なお、表中の値はそれぞれ3例の平均値および標準誤差を示し、*はDunnettの検定法でP<0.05で統計学的に有意であることを示す。
【0072】
以上のように(いずれの解析方法によっても)、フォンダパリヌクスナトリウムによって、ヒト角膜上皮細胞の遊走、伸展が促進されること、ひいては、フォンダパリヌクスナトリウムが、角膜上皮障害の改善ないし治療に有効であることが明らかになった。
【0073】
[実験2]
実験1と同じく不死化ヒト角膜上皮細胞のHCE-T細胞を使用し、HCE-T細胞の遊走に対して被験物がどの程度影響するかを調べた。被験物としては、フォンダパリヌクスナトリウム、高分子量ヒアルロン酸ナトリウム(平均分子量887,000)、ヘパラン硫酸ナトリウム(平均分子量23,000)、低分子量ヘパリン(平均分子量5,400)を用いた。これら被験物のうちフォンダパリヌクスナトリウムは前述の通りセレック社より、他のグリコサミノグリカン類はすべて岩井化学薬品株式会社より入手した。被験物の濃度は、それぞれ0.3%(w/v)とした。
【0074】
ストッパー内に遊走した生細胞をCalcein-AMで染色した結果を表3に示す。
【0075】
【0076】
また、実験1と同様にストッパー内に遊走した細胞面積を写真から計算した結果を表4に示す。
【0077】
【0078】
なお、表中の値はそれぞれ4例の平均値および標準誤差を示し、*はDunnettの検定法で、P<0.05を示し、統計学的に有意であることを示す。
【0079】
以上の結果は、ヒト角膜上皮細胞の遊走に対しては、フォンダパリヌクスのみならず低分子量ヘパリンに強い促進作用があることを示している。このことは、総じて分子量が小さい(例えば、分子量10000以下のような)グリコサミノグリカン(特に、硫酸化されたもの)が、ヒト角膜上皮細胞の遊走を強く促進することを示すものである。分子量が大きい多糖ほど角膜上皮細胞の遊走、伸展を促進する効果が強いと言われてきたが、角膜上皮に対する作用は、むしろ分子量が小さい(例えば、10,000以下)のものに強い効果があることが見出された。