(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030339
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】オフセット印刷用湿し水組成物、及び濃縮湿し水組成物
(51)【国際特許分類】
B41N 3/08 20060101AFI20240229BHJP
【FI】
B41N3/08 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022133163
(22)【出願日】2022-08-24
(71)【出願人】
【識別番号】000105947
【氏名又は名称】サカタインクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100151183
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】福島 克彦
【テーマコード(参考)】
2H114
【Fターム(参考)】
2H114AA04
2H114DA13
2H114DA34
2H114DA43
2H114DA51
2H114EA08
2H114GA23
(57)【要約】
【課題】印刷時における汚れの発生を強力に抑制することのできる、すなわち整面性の高い湿し水組成物及びそれを調製するのに適した濃縮湿し水組成物を提供すること。
【解決手段】湿し水組成物に整面性を付与するリン酸化合物として、下記一般式(1)で表すウルトラリン酸又はその塩を0.0015~0.03質量%含有することを特徴とするオフセット印刷用湿し水組成物を用いる。なお、下記一般式(1)において、MはH、Na又はKであり、0<x/y<1である。
xM2O・yP2O5 ・・・(1)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表すウルトラリン酸又はその塩を0.0015~0.03質量%含有することを特徴とするオフセット印刷用湿し水組成物。
xM2O・yP2O5 ・・・(1)
(上記一般式(1)中、MはH、Na又はKであり、0<x/y<1である。)
【請求項2】
前記ウルトラリン酸又はその塩が、架橋による網目状構造を備えることを特徴とする請求項1記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【請求項3】
前記ウルトラリン酸又はその塩の分子量が1000~100000であることを特徴とする請求項1記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【請求項4】
一般式(1)におけるx及びyが、0.5≦x/y<1となることを特徴とする請求項1記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【請求項5】
一般式(1)におけるMがNaであるウルトラリン酸ナトリウムを含有することを特徴とする請求項1記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【請求項6】
前記ウルトラリン酸ナトリウムにおけるP2O5の含有比率が70~75質量%である請求項5記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物を調製するための濃縮湿し水組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オフセット印刷用湿し水組成物、及び濃縮湿し水組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
オフセット印刷は、油性であるオフセット印刷用インキ組成物(以下、「インキ組成物」又は「インキ」と適宜省略する。)が水に反発する性質を利用した印刷方式であり、凹凸を備えた印刷版を用いる凸版印刷方式とは異なり、凹凸のない印刷版を用いることを特徴とする。この印刷版は、凹凸の代わりに親油性の画像部と親水性の非画像部とを備える。そして印刷に際しては、まず、湿し水によって印刷版の非画像部が湿潤されてその表面に水膜が形成され、次いでインキ組成物が印刷版に供給される。このとき、供給されたインキ組成物は、水膜の形成された非画像部には反発して付着せず、親油性の画像部のみに付着する。こうして、印刷版の表面にインキ組成物による画像が形成され、次いでそれがブランケット及び紙に順次転移することにより印刷が行われる。
【0003】
このときに用いられる湿し水の最も簡単な構成は水のみであってもよいが、水のみでは湿し水に要求される機能を十分に満足できないことも多い。例えば、湿し水の供給量が適正でないと、画像部へ十分にインキ組成物が転移せずに画像濃度が低下したり、非画像部にインキ組成物が付着して印刷汚れを生じたりして印刷トラブルとなるが、湿し水の構成が水のみでは適正供給量の範囲が狭く(これは、いわゆる「水幅が狭い」状態である。)、印刷条件が少し変化しただけで良好な印刷物を得ることが難しくなる。そこで、通常は、酸や塩基及びその塩類、界面活性剤、湿潤性水溶性樹脂といった各種添加剤を配合することで、湿し水の粘度、表面張力、pH、インキ組成物に対する乳化特性等を調整し、湿し水の適正供給量の拡大を図るのが一般的である。
【0004】
湿し水の組成面から見て、印刷汚れに対する最も効果の高い成分の1つとしてリン酸化合物を挙げることができる。湿し水の分野では、1つのリン酸骨格を備えたリン酸(これはオルトリン酸とも呼ばれる。)及びその塩、2つのリン酸骨格が縮合してなる骨格を備えたピロリン酸及びその塩、複数のリン酸骨格が直線状に縮合してなる骨格を備えたポリリン酸若しくはヘキサメタリン酸及びその塩、さらに縮合が進んだり環状構造をとったりすることでリン原子の個数とリン酸のカウンターカチオン(水素イオン及び/又はナトリウムイオン等の金属イオン)の個数がほぼ釣り合ったメタリン酸及びその塩がこうしたリン酸化合物として用いられてきた(例えば、特許文献1、2等を参照)。これらのリン酸化合物よりもさらに縮合が進んだウルトラリン酸を湿し水組成物へ用いてもよいとされる従来技術も散見されるが(例えば、特許文献3、4等を参照)、これら従来技術のいずれも、リン酸化合物の一例としての多数列挙の1つとしてウルトラリン酸を挙げているに過ぎず、実際にウルトラリン酸を用いてその効果を検証したものはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-119921号公報
【特許文献2】特開2022-084485号公報
【特許文献3】特開2007-021806号公報
【特許文献4】特開2020-104378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
リン酸化合物や各種の添加剤を用いることで、湿し水組成物による大きな印刷適性向上効果を得ることができる。しかしながら、印刷汚れによる損紙の更なる低減や、高精細印刷実現のために湿し水の使用量を極力低減しても汚れの発生を抑制できることへのユーザーからの要望は強く、湿し水組成物にはこうした要望に応えることが常に求められている。
【0007】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、印刷時における汚れの発生を強力に抑制することのできる、すなわち整面性の高い湿し水組成物及びそれを調製するのに適した濃縮湿し水組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、以上の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、リン酸化合物として下記一般式(1)で表すウルトラリン酸又はその塩を湿し水組成物へ添加することにより、湿し水組成物による整面作用が著しく向上することを見出した。本発明は、こうした知見に基づいてなされたものであり、以下のようなものを提供する。
【0009】
(1)本発明は、下記一般式(1)で表すウルトラリン酸又はその塩を0.0015~0.03質量%含有することを特徴とするオフセット印刷用湿し水組成物である。
xM2O・yP2O5 ・・・(1)
(上記一般式(1)中、MはH、Na又はKであり、0<x/y<1である。)
【0010】
(2)また本発明は、上記ウルトラリン酸又はその塩が、架橋による網目状構造を備えることを特徴とする(1)項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【0011】
(3)また本発明は、上記ウルトラリン酸又はその塩の分子量が1000~100000であることを特徴とする(1)項又は(2)項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【0012】
(4)また本発明は、一般式(1)におけるx及びyが0.5≦x/y<1となることを特徴とする(1)項~(3)項のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【0013】
(5)また本発明は、一般式(1)におけるMがNaであるウルトラリン酸ナトリウムを含有することを特徴とする(1)項~(4)項のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【0014】
(6)また本発明は、上記ウルトラリン酸ナトリウムにおけるP2O5の含有比率が70~75質量%である(5)項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【0015】
(7)本発明は、(1)~(6)項のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物を調製するための濃縮湿し水組成物でもある。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、印刷時における汚れの発生を強力に抑制することのできる、すなわち整面性の高い湿し水組成物及びそれを調製するのに適した濃縮湿し水組成物が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明のオフセット印刷用湿し水組成物(これを本発明の湿し水組成物等と適宜省略する。)の一実施形態、及び濃縮湿し水組成物の一実施形態について説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものでなく、本発明の範囲において適宜変更を加えて実施することができる。
【0018】
本発明の湿し水組成物は、オフセット印刷用の湿し水として用いられる。本発明の湿し水組成物は、酸性、中性及びアルカリ性のいずれでもよい。なお、法令(下水道法)で定める排水のpH基準に合致し、特に中和処理を行うことなく不要になった湿し水組成物を排水として処理することができるとの観点からは、本発明の湿し水組成物は中性であることが好ましい。なお、本発明における中性領域は、法令の基準を参考に、pHが5を超え9未満の領域とする。
【0019】
本発明の湿し水組成物は、湿し水を用いるオフセット印刷全般に適用することが可能である。このようなオフセット印刷としては、ポスター、パッケージ、書籍等の印刷等を行う商業印刷や、新聞の印刷を行う新聞印刷等を挙げることができる。また、その印刷方式も、枚葉印刷や輪転印刷等が挙げられ、特に限定されない。
【0020】
本発明の湿し水組成物は、下記一般式(1)で表すウルトラリン酸又はその塩を0.0015~0.03質量%含有することを特徴とする。下記一般式(1)において、MはH、Na又はKであり、0<x/y<1である。このウルトラリン酸又はその塩の濃度としては、0.003~0.02質量%が好ましく挙げられ、0.005~0.01質量%がより好ましく挙げられる。
【0021】
xM2O・yP2O5 ・・・(1)
【0022】
リン酸化合物は、五酸化二リンと水との反応により調製されるものであり、これには、一般的にリン酸と呼ばれる1つのリン酸骨格からなるオルトリン酸を初めとして、オルトリン酸のOH基が縮合してなる各種の縮合リン酸が含まれる。例えば、2つのリン酸骨格が縮合した化合物は、ピロリン酸と呼ばれ、3つ以上のリン酸骨格が直線上に縮合した化合物は、ポリリン酸やヘキサメタリン酸と呼ばれ、さらに縮合が進んだり環状構造をとったりすることでリン原子の個数とリン酸のカウンターカチオン(水素イオン及び/又はナトリウムイオン等の金属イオン)の個数がほぼ釣り合った化合物は、メタリン酸と呼ばれる。これら縮合リン酸化合物は、2個以上のPO4四面体が酸素原子を共有して生成したものといえる。
【0023】
縮合リン酸化合物において、縮合が進むとM2O/P2O5のモル比(MはH、Na又はK)が小さくなる。このモル比はR値とも呼ばれ、R値により縮合リン酸化合物の分類を行うことも可能である。例えば、ピロリン酸におけるR値は2であり、ピロリン酸を含め2つ以上のリン酸骨格が縮合したポリリン酸におけるR値は2≧R>1となる。縮合リン酸化合物の重合度がさらに進んだり環状構造をとると、その縮合リン酸化合物の化学式は(MPO3)nで表され、このときのR値は1となる。このように、縮合リン酸化合物が直線構造や環状構造をとる場合、R値は1が最も小さいものとなるが、縮合リン酸化合物の縮合がさらに進んで網目状の架橋構造を含むようになるとR値はさらに小さくなり、R<1となる。R<1となる縮合リン酸化合物はウルトラリン酸と呼ばれ、本発明で用いるのもこのタイプの縮合リン酸化合物になる。なお、上記一般式(1)におけるx/yがR値に相当し、上記一般式(1)で表す化合物が0<x/y<1を満たすものであれば、その化合物はウルトラリン酸に相当することになる。
【0024】
既に述べたように、本発明は、湿し水組成物がウルトラリン酸又はその塩を含むことにより、湿し水組成物による整面作用が著しく向上するとの知見に基づいてなされたものである。そのような効果の得られる理由は、必ずしも明らかではないが、概ね次のようなものと推察される。湿し水を用いたオフセット印刷では、砂目加工のされたアルミニウムの露出した部分を非画像部とする印刷版が用いられる。湿し水組成物に添加されたリン酸化合物は、非画像部であるアルミニウムに吸着又は結合することで整面性を発揮すると考えられるが、このとき全てのリン酸化合物が必ずしも非画像部に吸着又は結合するわけではなく、非画像部のうちリン酸化合物の吸着又は結合しない箇所では整面性がやや劣ることになると考えられる。一方、湿し水組成物がリン酸化合物としてウルトラリン酸又はその塩を含む場合、非画像部に吸着又は結合した1分子のリン酸化合物によりカバーされる面積が、ウルトラリン酸でない場合よりも格段に大きなものとなり、ゆえに湿し水組成物による整面性が向上するものと考えられる。
【0025】
上記ウルトラリン酸又はその塩としては、架橋による網目構造を備え、その分子量が1000~100000であるものが好ましく挙げられる。このようなウルトラリン酸又はその塩を用いることにより、ウルトラリン酸又はその塩による印刷版の非画像部の整面効果を高いものとできるので好ましい。より好ましくは、ウルトラリン酸又はその塩の分子量として2000~20000程度を挙げることができる。
【0026】
既に述べたように、上記一般式(1)におけるx及びyは、0<x/y<1を満足するが、0.5≦x/y<1を満足することが好ましい。x/y比、すなわちR値が0.5以上であることにより、ウルトラリン酸の水に対する安定性を維持しながらその架橋密度を十分に高いものとすることができ、非画像部における整面性が高くなるので好ましい。
【0027】
また、上記一般式(1)におけるMとしては、入手の容易性等の観点から、Naが好ましく挙げられる。この場合、一般式(1)で表す化合物はウルトラリン酸ナトリウムとなり、そのときのP2O5の含有比率としては、70~75質量%であることを好ましく挙げることができる。
【0028】
本発明の湿し水組成物では、上記のウルトラリン酸又はその塩に加えて、これ以外のリン酸化合物を併用してもよい。このようなリン酸化合物としては、R=3のオルトリン酸(塩)M3PO4(MはH、Na又はKであり、以下この段落において同様である。);2≧R>1であるポリリン酸(塩)類のうち、R=2となるピロリン酸(塩)M4P2O7、R=5/3となるトリポリリン酸(塩)M5P3O10、R=5/3~11/9混合物となる短鎖ポリリン酸(塩)、R≦12/10となる一般名称ヘキサメタリン酸(塩)(Mn+H2)PnO3n+1 (n≧10);メタリン酸(塩)類のうち、鎖状構造で重合度nが大きくR≒1となる高分子量ポリリン酸(塩)、R=1となる環状構造のcyclo(シクロ)-リン酸(塩)(MPO3)n (n=3~6)等を挙げることができる。なお、この段落においてA(塩)の記載は、A又はその塩を意味する。
【0029】
次に、本発明の湿し水組成物中におけるウルトラリン酸又はその塩、及びその他のリン酸化合物の含有量について説明する。これらリン酸化合物は、河川や海洋における富栄養化の原因とされ、排水におけるリン含有量が下水道法にて32mg/L未満と規定されている。そこで、本発明の湿し水組成物においては、湿し水組成物に添加されたウルトラリン酸又はその塩、及びその他のリン酸化合物を純リン分に換算したときの濃度が32mg/L未満となるようにリン酸化合物の塩を添加することが好ましい。ここで、「リン酸化合物の塩を純リン分に換算したときの濃度」とは、次式で表される、リン酸化合物の塩に含まれるリン原子の濃度である。
リン原子の濃度=Ccomp.×Pncomp.×リンの原子量/Mwcomp.
Ccomp.:湿し水組成物中のリン酸化合物の塩の濃度
Pncomp.:リン酸化合物の塩1分子中に含まれるリン原子の数
Mwcomp.:リン酸化合物の塩の分子量
【0030】
なお、リン酸化合物の塩が複数種類含まれている場合は、それぞれのリン酸化合物の塩においてリン純分に換算した濃度の総和となる。例えば、湿し水組成物1L中にリン酸一 ナトリウム(分子量119.98)10mg及びリン酸三ナトリウム(分子量163.92)10mgが含まれているときのリン酸化合物の塩のリン純分に換算した濃度は、(10×30.97/119.98)+(10×30.97/163.92)=4.47mg/Lとなる。
【0031】
また、本発明の湿し水組成物における、純リン分に換算した濃度の好ましい上限は水質汚濁防止法、東京都下水道条例の基準値を満たす16mg/Lであり、より好ましい上限は水質汚濁防止法の日間平均を満たす8mg/Lである。
【0032】
本発明の湿し水組成物は、これらの各成分の他に、湿し水組成物として一般に用いられる化合物を含んでもよい。このような化合物としては、無機酸塩、有機酸塩、水溶性樹脂、キレート剤、防腐剤、湿潤剤、界面活性剤、消泡剤、防錆剤等が挙げられる。これらのうち、無機酸塩及び有機酸塩は、整面剤やpH調整剤等として機能する成分である。
【0033】
無機酸塩としては、硝酸塩、ホウ酸塩、硫酸塩、アルミニウムミョウバン等を好ましく挙げることができる。これらの塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等を好ましく挙げられる。例えば硝酸塩としては、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、硝酸マグネシウム等が挙げられる。なお、これらの無機酸塩は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0034】
これら無機酸塩の含有量としては、湿し水組成物の全量に対して0.0015~0.03質量%程度を好ましく挙げることができる。この添加量が上記の範囲であることにより、良好な印刷適性が得られるばかりでなく、濃縮湿し水組成物とした場合の安定性が良好なものになる。
【0035】
なお、pH5を超え9未満の中性湿し水においては、上記の無機酸塩として、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム等の硝酸塩が好ましく挙げられる。また、pH9以上11未満のアルカリ性湿し水組成物においては、上記の無機酸塩として、オルトケイ酸ナトリウム、メタケイ酸ナトリウム等のケイ酸塩が好ましく挙げられ、メタケイ酸ナトリウムがより好ましく挙げられる。
【0036】
有機酸塩としては、印刷版の非画像部へのインキ付着汚れを抑制する働きをするヒドロキシカルボン酸塩や二塩基酸塩が好ましく挙げられ、例えば、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸、グルコン酸、乳酸、シュウ酸、マレイン酸、マロン酸、アスパラギン酸等のナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等を挙げることができる。これらの中でも、整面性とカルシウムイオンの封鎖作用に優れるクエン酸塩、リンゴ酸塩、コハク酸塩が好ましく挙げられ、リンゴ酸ナトリウムやクエン酸三ナトリウムをより好ましく挙げることができる。なお、これらの有機酸塩は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0037】
この有機酸塩の含有量としては、湿し水組成物の全量に対して0.0025~0.06質量%程度を好ましく挙げることができる。この添加量が上記の範囲であることにより、良好な印刷適性が得られるばかりでなく、濃縮湿し水組成物とした場合の安定性が良好なものになる。
【0038】
水溶性樹脂としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような水溶性樹脂の一例として、アラビアゴム、カルボキシメチルセルロース、メチルグルコシド、ペクチン、ポリビニルピドリドン、ポリビニルアルコール、メチルビニルエーテル、無水マレイン酸共重合体、アルギン酸等を挙げることができる。これらの水溶性樹脂は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0039】
キレート剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このようなキレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸、ニトリロ三酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸塩、L-グルタミン酸二酢酸塩、3-ヒドロキシ-2,2’-イミノジコハク酸塩等が挙げられる。
【0040】
防腐剤としては、例えば、有機窒素硫黄系化合物、有機窒素系化合物、有機臭素系化合物、有機銅化合物、ベンゾイミダゾール系化合物、チアゾリン系化合物、N-ハロメチルチオフタルイミド系化合物、トリアジン系化合物等を挙げることができる。これらの中でも、防腐剤としてチアゾリン系化合物を好ましく挙げることができる。チアゾリン系化合物は、経時安定性が良好であり、湿し水組成物の防腐効果を長期に渡って得ることができる。
【0041】
このようなチアゾリン系化合物のより具体的な例としては、例えば、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、1,2-ベンゾイソチアゾリン-3-オン、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン等を挙げることができる。
【0042】
防腐剤の添加量としては、湿し水組成物全体に対して0.0001~0.05質量%が好ましく挙げられる。防腐剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0043】
湿潤剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような湿潤剤の一例として、アルコール類、グリコール類又はグリセリン類等を挙げることができる。これらの湿潤剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0044】
界面活性剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような水溶性樹脂の一例として、グリセリン脂肪酸エステル系、ポリグリセリン脂肪酸エステル系、プロピレングリコール脂肪酸エステル系、ペンタエリスリトール脂肪酸エステル系、ポリオキシエチレン系(ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンポリスチリルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンブロックポリマー類等)等を挙げることができる。これらの界面活性剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0045】
消泡剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような消泡剤の一例として、シリコン系消泡剤等が挙げられる。これらの消泡剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0046】
防錆剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような防錆剤の一例として、テトラゾール化合物及び/又はその水溶性塩、ベンゾトリアゾール系化合物等が挙げられる。テトラゾール化合物及び/ 又はその水溶性塩の具体例としては、5置換-1H-テトラゾール、1置換-1H-テトラゾール、1置換-5置換-1H-テトラゾール等、及びその水溶性塩が挙げられ、中でも、1H-テトラゾール、5-アミノ-1H-テトラゾール、それらの水溶性塩(特に有機窒素含有化合物の塩)が好ましく挙げられる。これらの防錆剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0047】
本発明の湿し水組成物を調製するには、通常、純水(イオン交換水、脱塩水)、軟水等の水に上記の各成分を添加して、撹拌機で撹拌混合すればよい。また、濃縮湿し水組成物を調製しておき、使用時に印刷現場にて純水、軟水、水道水等の水で希釈することにより本発明の湿し水組成物を調製してもよい。この場合、湿し水組成物の濃縮倍率としては約50~300倍程度を挙げることができる。
【0048】
上記本発明の湿し水組成物を調製するための濃縮湿し水湿し水組成物もまた本発明の一つである。本発明の湿し水組成物は、上記のように、濃縮時の安定性に優れるため50倍以上は勿論、100倍以上の濃縮湿し水組成物として扱うことが可能である。この濃縮湿し水組成物は、印刷現場での使用時に例えば50~300倍に希釈され、湿し水組成物として用いられる。
【実施例0049】
以下、実施例を示すことにより本発明の湿し水組成物をさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されることはない。
【0050】
表1及び2に示す各材料を撹拌機で混合することで、実施例1~5、及び比較例1~5の200倍又は300倍濃縮湿し水組成物を調製した。ここで、表1に記載した濃縮湿し水組成物が200倍濃縮となり、表2に記載した濃縮湿し水組成物が300倍濃縮となる。表1及び2において、リン酸化合物Aは、ウルトラリン酸ナトリウムであり、リン酸化合物Bは、オルトリン酸塩であるリン酸二水素ナトリウムであり、リン酸化合物Cは、ポリリン酸塩である鎖状トリポリリン酸ナトリウムであり、リン酸化合物Dは、環状トリメタリン酸ナトリウムであり、リン酸化合物Eは、一般名ヘキサメタリン酸ナトリウムである。また、表1及び2において、有機酸塩Fは、クエン酸ナトリウムであり、有機酸塩Gは、リンゴ酸ナトリウムであり、有機酸Hは、クエン酸であり、無機酸塩Iは、硝酸ナトリウムであり、無機酸塩Jは、オルトケイ酸ナトリウムn水和物であり、無機酸塩Kは、無水メタケイ酸ナトリウムである。また、表1及び2において、界面活性剤は、ポリオキシエチレンアルキルエーテルであり、防腐剤Mは、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オンであり、防腐剤Nは、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オンであり、消泡剤は、シリコン系消泡剤であり、水溶性樹脂は、カルボキシメチルセルロースである。なお、リン酸化合物Aはやや強い酸性であり、リン酸化合物Bは酸性であり、リン酸化合物Cはアルカリ性であり、リン酸化合物D及びEは弱酸性なので、各湿し水組成物についてのpHの差が小さくなるように、有機酸塩F及び有機酸Hの量を調整した。また、表1及び2に示す各配合量は、質量部である。また、表1における「濃縮時のpH」は、200倍濃縮湿し水組成物としてのpHであり、表2における「濃縮時のpH」は、300倍濃縮湿し水組成物としてのpHであり、表1における「希釈時のpH」は、この濃縮湿し水組成物を水で200倍希釈したときの、表2における「希釈時のpH」は、この濃縮湿し水組成物を300倍希釈したときの、すなわちそれぞれ湿し水組成物としたときのpHである。また、リン酸化合物Aであるウルトラリン酸ナトリウムとしては、0.5≦R<1であり、P2O5含有率が70~75%のものを用いた。
【0051】
[濃縮湿し水組成物の安定性評価]
表1及び2に示す各実施例及び比較例の濃縮湿し水組成物を3等分してそれぞれ透明な容器に入れ、密閉した。得られた3つのサンプルを別々に、(1)冷蔵0~2℃で4日間、(2)加温50~53℃で4日間、(3)室温で1ヶ月間にてそれぞれ保管し、沈殿又は分離、及び変色等の変質を目視観察して評価した。評価基準は次の通りとし、その評価結果を表1及び2の「濃縮時安定性」欄に記載した。なお、下記の△評価までが濃縮湿し水組成物として使用可能なものになる。湿し水組成物は、通常、印刷工場へ濃縮湿し水組成物の状態で納品され、印刷現場で所定の濃度に希釈して用いられる。濃縮湿し水組成物は、流通や在庫の段階で冬期夏期の気温条件に曝されるが、本評価はそのような条件を考慮したものとなる。
○:3種の温度条件のいずれでも外観上の変化が認められない
△:濁りや沈殿分離があるが、室温に戻すと濁りや沈殿分離がなくなり再び均一な状態になる
×:濁りや沈殿分離や変色が目立ち、室温に戻しただけではこれが解消されない
【0052】
[湿し水組成物の整面性評価]
表1に示す各実施例及び比較例の濃縮湿し水組成物を水で200倍希釈し、又は表2に示す各実施例及び比較例の濃縮湿し水組成物を水で300倍希釈して湿し水組成物を調製し、それぞれの湿し水組成物を用いて東浜精機製新聞輪転機にて印刷を行うことにより、各湿し水組成物の整面性評価を行った。印刷に際し、インキ組成物はサカタインクス株式会社製の新聞オフセット印刷用インキ(製品名:Luce Y-TS Magenta)を用い、印刷版は完全に現像が終了したものを用い、印刷速度は12万部/時とした。標準の湿し水組成物にて印刷汚れの生じない水量を標準水量とし、各湿し水組成物については、この標準水量から段階的に水量を減じて、各段階での紙面の汚れ程度を相対的に評価観察した。表1では実施例1の湿し水組成物の結果を標準として、表2では実施例2の湿し水組成物の結果を標準として、評価基準は次の通りとし、その評価結果を表1及び2の「整面性」欄に記載した。
◎:標準の湿し水組成物を用いたときよりも紙面汚れが少なかった
〇:標準の湿し水組成物を用いたときと同等の紙面汚れだった
×:標準の湿し水組成物を用いたときよりも紙面汚れが多かった
【0053】
【0054】
【0055】
表1及び2に示すように、ウルトラリン酸塩を含む湿し水組成物を用いて印刷を行うと、印刷汚れの発生が少なく、良好な整面性が得られることがわかる。一方で、ウルトラリン酸塩でないリン酸化合物を含む湿し水組成物を用いた場合には、いずれもウルトラリン酸塩を含む湿し水組成物を用いた場合よりも整面性が劣る結果となった。