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  • 特開-超高速光スイッチ 図1
  • 特開-超高速光スイッチ 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030360
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】超高速光スイッチ
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/017 20060101AFI20240229BHJP
【FI】
G02F1/017
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022133203
(22)【出願日】2022-08-24
(71)【出願人】
【識別番号】598163064
【氏名又は名称】学校法人千葉工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】小島 磨
【テーマコード(参考)】
2K102
【Fターム(参考)】
2K102AA11
2K102BA02
2K102BA11
2K102BB01
2K102BC02
2K102BD01
2K102CA18
2K102CA28
2K102DA08
2K102DA11
2K102DD03
2K102EB20
(57)【要約】
【課題】簡易な構成で、高速でかつ高強度な信号を出力できる超高速光スイッチを提供することを目的とする。
【解決手段】基板と、前記基板の一面に形成されたバッファ層と、前記バッファ層の一面に形成された多重量子井戸層と、を有し、前記バッファ層は、GaAsにPを添加した、前記多重量子井戸層よりも格子定数が小さい材料から構成され、前記多重量子井戸層は、前記バッファ層によって圧縮歪み加えられた層であることを特徴とする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、前記基板の一面に形成されたバッファ層と、前記バッファ層の一面に形成された多重量子井戸層と、を有し、
前記バッファ層は、GaAsにPを添加した、前記多重量子井戸層よりも格子定数が小さい材料から構成され、
前記多重量子井戸層は、前記バッファ層によって圧縮歪み加えられた層であることを特徴とする超高速光スイッチ。
【請求項2】
前記バッファ層に含まれるPの組成比は、3原子%以上、20原子%以下の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の超高速光スイッチ。
【請求項3】
前記多重量子井戸層は、GaAs/AlAsエピタキシャル成長膜であることを特徴とする請求項1または2に記載の超高速光スイッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光通信や光情報処理に好適な超高速光スイッチに関するものである。
【背景技術】
【0002】
光信号によって、例えば1Tbpsを超えるような超高速の情報処理を実現するために、光によって光を制御する超高速光スイッチが開発されている。こうした超高速光スイッチは、光どうしが相互作用しないために、半導体などの固体材料中の電子状態を介して光の状態を制御するスイッチング動作が一般的である。
【0003】
この一連の過程において、光のパルスが照射される間隔よりも電子の寿命が長いと、一つ前の信号の情報が次の信号に重畳するパターン効果が発生し、信号波形の歪みの原因となる。こうした信号波形の歪みを防止するには、電子の寿命をより短くする必要がある。一方、信号処理を確実に行うためには、より大きな信号強度が要求される。
【0004】
即ち、超高速光スイッチを実現するためには、より大きな信号強度と超高速な電子の緩和が求められているが、この二つの条件を同時に実現することは極めて難しいとされてきた。そこで、電子の位相緩和を利用した超高速光スイッチが提案されてきた。例えば、3次の非線形光学過程の一つであるフォトンエコー、もしくは四光波混合信号を利用した光スイッチが知られている(例えば、特許文献1~3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-125845号公報
【特許文献2】特開2004-279882号公報
【特許文献3】特開2010-072487号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
超高速光スイッチの実現のために、従来から電子を介さずに二光子吸収過程を利用することで、超高速性を達成する研究などが行われてきたが、この場合、信号強度が小さいために、より高強度な光パルスを照射したり、導波路構造にして、相互作用長を大きくしたりする必要があった。こうした構造は、省エネルギーの観点や信号波形の変形などの観点から多くの課題があった。
【0007】
一方、信号強度を大きくするという観点では、半導体の光吸収の利用、特に励起子(電子と正孔の弱束縛状態)を利用するのが好ましいが、この励起子は室温でも比較的長い寿命を有するため、(1ピコ秒以内の)極短時間内で繰り返し動作が可能な超高速応答を示すことが難しいとされてきた。これを克服するために、例えば、微小共振器を利用して誘導放出を高速に緩和させる方法や、不純物などを添加して強制的に励起子を緩和させる方法などが提案されている。しかしながら、こうした方法では、信号強度が小さくなったり、構造がより複雑になり、製造コストが増大するという課題がある。
【0008】
また、上述したように、四光波混合を利用する場合も、信号強度が小さいことが課題であった。更に、半導体結晶中における励起子の安定性を表す指標である励起子束縛エネルギーは、通常の半導体では室温の熱エネルギーと比較して極めて小さいため、低温領域でのみ励起子性を示し、室温付近では励起子は容易に熱乖離するとされてきた。
【0009】
これを克服するために、例えば、イオン性度が高い半導体(例えば、GaN,ZnOなど)を用いることも考えられるが、通信波長帯よりも遥に波長域が短い高エネルギー帯に光吸収エネルギーが存在するため、実際の通信におけるデバイスヘの適用は困難である。こうした状況において、より高速で、かつ高強度な信号を実現する方法として、励起子準位間の干渉現象(励起子量子ビート)の利用が提案されてきたが、これも低温環境に限られるという課題がある。
【0010】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、簡易な構成で、高速でかつ高強度な信号を出力できる超高速光スイッチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、GaAs基板上にGaAsPバッファ層をエピタキシャル成長させ、その上に多重量子井戸層をエピタキシャル成長させることにより、多重量子井戸層に圧縮歪みを加えた。こうした試料のポンププローブ信号を測定したところ、高速に緩和する成分が観測されることを見出した。こうした構成によって、簡易な構成で、高速でかつ高強度な信号を出力できる超高速光スイッチを実現できる。
【0012】
本発明の一実施形態の超高速光スイッチは、以下の手段を提案している。
(1)本発明の態様1の超高速光スイッチは、基板と、前記基板の一面に形成されたバッファ層と、前記バッファ層の一面に形成された多重量子井戸層と、を有し、前記バッファ層は、GaAsにPを添加した、前記多重量子井戸層よりも格子定数が小さい材料から構成され、前記多重量子井戸層は、前記バッファ層によって圧縮歪み加えられた層であることを特徴とする。
【0013】
(2)本発明の態様2は、態様1の超高速光スイッチにおいて、前記バッファ層に含まれるPの組成比は、3原子%以上、20原子%以下の範囲であることを特徴とする。
【0014】
(3)本発明の態様3は、態様1または2の超高速光スイッチにおいて、前記多重量子井戸層は、GaAs/AlAsエピタキシャル成長膜であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、簡易な構成で、高速でかつ高強度な信号を出力できる超高速光スイッチを提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本実施形態の超高速光スイッチを含む光制御装置の構成を示す模式図である。
図2】本実施形態の超高速光スイッチの構成を示す模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態の超高速光スイッチについて説明する。なお、以下に示す実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。また、以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために、便宜上、要部となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
【0018】
図1は、本実施形態の超高速光スイッチを含む光制御装置の構成を示す模式図である。
本実施形態の光制御装置1は、入力光照射器2と、制御光照射器3と、超高速光スイッチ10とを備えている。
入力光照射器2は、例えば、励起子エネルギー準位と複数の高次励起子エネルギー準位とを励起可能な入力光L1を、励起子となる超高速光スイッチ10に入射させる。
【0019】
制御光照射器3は、励起子エネルギー準位と複数の高次励起子エネルギー準位とを励起可能な制御光L2を超高速光スイッチ10に入射させて、複数の励起子エネルギー準位が励起されたことによって生じる振動構造を利用し、超高速光スイッチ10からの応答信号光L3の出射を制御する。
【0020】
励起子となる超高速光スイッチ10は、入力光L1と制御光L2との少なくとも一方が、複数の励起子エネルギー準位を励起した際に、量子干渉により励起子状態の振動構造を生じさせる。
【0021】
図2は、本実施形態の超高速光スイッチの構成を示す模式断面図である。
本実施形態の超高速光スイッチ10は、基板11と、この基板の一面11a側に形成されたバッファ層12と、このバッファ層12の一面12a側に形成された多重量子井戸層13と、を少なくとも備えている。また、多重量子井戸層13に重ねて、p型半導体層14が形成されている。
【0022】
基板11は、例えば、砒化ガリウム(GaAs)から構成される。GaAsは、1.43eVのバンドギャップを持つIII-V族半導体である。基板11は、厚みが、例えば500μm~200μm程度になるように形成されていればよい。また、図1のような光を透過させるタイプのデバイスを考えた場合は、基板を研磨してさらに薄くすることもできる。
【0023】
バッファ層12は、基板の一面11a側に、エピタキシャル成長によって形成した、砒化ガリウムにリンが加えられたn型半導体(GaAsP)からなる層である。バッファ層12に含まれるPの組成比は、3原子%以上、20原子%以下の範囲であり、本実施形態では、Pは5原子%含まれている。なお、本実施形態では、バッファ層12は、不純物ドープによりn型半導体としているが、基板を半絶縁基板などにすることで、ノンドープとすることもでき、半導体型が限定されるものではない。
【0024】
多重量子井戸層13は、例えば、厚みが7.25nmの砒化ガリウム(GaAs)からなる井戸層13aと、厚みが7.25nmの砒化アルミニウム(AlAs)からなる障壁層13bとを、エピタキシャル成長によって交互に形成した歪み多重量子井戸構造を成す層である。なお、多重量子井戸層13の厚みは、一般的に5nm~20nm程度の範囲であればよい。
【0025】
従来より、光スイッチは、基板の構成材料、バッファ層の構成材料、および多重量子井戸層の井戸層および障壁層のそれぞれの構成材料は、格子定数が互いにできるだけ近い材料を組み合わせることで、結晶性の高い高品質な光スイッチを得ることができるとされてきた。
【0026】
しかしながら、バンドギャップエネルギーは格子定数と密接に関係しており、有効に電子や正孔を多重量子井戸層に閉じ込めるためには、井戸層と障壁層とのバンドギャップエネルギーの差が大きい方が良い。このため、実際にエピタキシャル成長によって成膜が可能な材料の組み合わせは限られており、従来は、殆どがIII-V族半導体である。また、III-V族半導体であっても、格子定数の差が大きいと、量子ドットや量子ダッシュ、または量子アイランドと称されるナノ構造が形成されてしまい、均一な膜構造の多重量子井戸層は得られない。
【0027】
一方、本実施形態の超高速光スイッチ10では、バッファ層12に3原子%以上、20原子%以下、例えば5原子%のPを添加することによって、多重量子井戸層13に圧縮歪みが加えられた、結晶性の高い良質な多重量子井戸層13を形成することを可能にした。
【0028】
以上、本発明の実施形態を説明したが、こうした実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。こうした実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【実施例0029】
以下、本発明の超高速光スイッチを実際に作製した。
まず、厚みが350μm程度のGaAsからなる基板上に、GaAsPを厚みが100nm程度になるまで成長させてバッファ層を形成した。なお、このGaAsPに含まれるPは、5原子%となるようにした。なお、本実施形態のGaAs基板は、バルクのGaAs基板上に、厚みが400nm程度のGaAsエピタキシャル膜を形成したものを用いている。
【0030】
次に、このバッファ層に重ねて、厚みが7.25nmのGaAsからなる井戸層と、厚みが7.25nmのAlAsからなる障壁層とを交互にエピタキシャル成長させた多重量子井戸層を形成した。更に、この多重量子井戸層に重ねてp型半導体層を形成した。
なお、本実施形態では、井戸層と障壁層との厚みが同一になるように形成しているが、井戸層と障壁層との厚は互いに異なっていても良く、限定されるものではない。
以上の工程により、バッファ層に含まれる5原子%のPによって、多重量子井戸層に圧縮歪みが加えられた、実施例の超高速光スイッチを形成した。
【0031】
こうして得られた実施例の超高速光スイッチを用いて、ポンプ-プローブ分光法( pump-probe spectroscopy)によって、常温でポンプ光で励起させてプローブ光で測定したところ、高速に緩和する成分が観測された。測定を行ったレーザー光のエネルギーは量子化された2つの励起子エネルギー(重い正孔励起子と軽い正孔励起子)のほぼ中心であることから、励起子準位間の干渉現象による高速緩和が発生していると考えられる。
【0032】
測定した信号には量子ビートによる明瞭な振動構造は観測されていないが、パルスを照射した瞬間に生成された励起子が干渉し、1サイクルに満たない時間内で可干渉性が緩和するために、高速緩和として観測されたと考えられる。
【0033】
こうした結果から、従来よりも簡易な構造で、超高速光スイッチを実現できることが確認された。なお、従来の比較例として、Pを含まないバッファ層(GaAs)以外では、本発明と同様の構成の光スイッチの多重量子井戸層では、このような高速な緩和成分は観測されなかった。
【0034】
今回の実験例のポイントは、室温で行ったこと、そして、ポンプ-プローブ分光法によって測定を行ったことである。これまで、二種類の励起子を同時励起したことによる量子ビートを室温で観測した例は極めて少なく、特に励起子束縛エネルギーが小さいGaAs系の半導体材料では、ほとんどない。
【0035】
また、上述した量子ビートを使った超高速光スイッチは、四光波混合による測定結果に基づいていたが、これは励起子の位相緩和を反映したものであり、励起子寿命の変化を観測したものではない。そのため、本質的にパターン効果の問題を解決するには至らなかった。
【0036】
これに対して、本願発明は、ポンプ-プローブ分光法で観測される信号は寿命の変化であり、パターン効果と直接関係する。よって、干渉の周期に合わせてパルスを照射することで、パターン効果を抑制できるようになると考えられる。この干渉の周期は、量子井戸の厚さを変えることで制御できることから、より高速なスイッチングを実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の超高速光スイッチによれば、入力光と制御光とを励起子に照射して励起子からの応答信号光の出射を制御する超高速光スイッチに適用することができる。従って、本発明は産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0038】
1…光制御装置
2…入力光照射器
3…制御光照射器
10…超高速光スイッチ
11…基板
12…バッファ層
13…多重量子井戸層
13a…井戸層
13b…障壁層
図1
図2