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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030403
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】操舵制御装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20240229BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20240229BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20240229BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022133273
(22)【出願日】2022-08-24
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】松田 哲
(72)【発明者】
【氏名】並河 勲
(72)【発明者】
【氏名】安樂 厚二
(72)【発明者】
【氏名】飯田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】柴田 憲治
【テーマコード(参考)】
3D232
【Fターム(参考)】
3D232CC05
3D232CC34
3D232DA03
3D232DA15
3D232DA23
3D232DA63
3D232DA64
3D232DB03
3D232DB11
3D232DD17
3D232DE06
3D232EA01
3D232EC23
3D232EC29
3D232EC37
3D232GG01
(57)【要約】
【課題】転舵力が不足しないように、転舵モータの出力をより適切に増加させることができる操舵制御装置を提供する。
【解決手段】操舵制御装置は、操舵装置を制御対象とする。操舵装置は、車両の転舵輪を転舵させる転舵シャフトであって、ステアリングホイールとの間の動力伝達が分離されるように構成される転舵シャフトを備える。操舵装置は、転舵シャフトに付与されるトルクであって、転舵輪を転舵させるための転舵力を発生する転舵モータを備える。操舵制御装置は、転舵制御部を備えている。転舵制御部は、ステアリングホイールの操舵状態に応じて、転舵輪に連動して回転するピニオンシャフトの目標ピニオン角θ と、実際のピニオン角θとの差Δθに応じて、転舵モータに対するトルク指令値を演算する。転舵制御部は、差Δθが増加するにつれて、トルク指令値の変化範囲を制限するための制限値Tを増加させる。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の転舵輪を転舵させる転舵シャフトであって、ステアリングホイールとの間の動力伝達が分離されるように構成される転舵シャフトと、
前記転舵シャフトに付与されるトルクであって、前記転舵輪を転舵させるための転舵力を発生する転舵モータと、を備える操舵装置を制御対象とする操舵制御装置であって、
前記ステアリングホイールの操舵状態に応じて、前記転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値を演算するとともに、前記目標値と前記状態変数の実際の値との差に応じて前記転舵モータに対する指令値を演算するように構成される制御部を備え、
前記制御部は、前記差が増加するにつれて、前記指令値の変化範囲を制限するための制限値を増加させるように構成される操舵制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記転舵モータが発生することのできる最大のトルクに対応する前記指令値の最大値よりも小さい値に設定される定格値と、前記定格値よりも大きい値であって前記転舵モータが発生することのできる最大のトルクに対応する前記指令値の最大値を超えない程度の値に設定される許容限界値との間の範囲内で、前記制限値を変更するように構成される請求項1に記載の操舵制御装置。
【請求項3】
前記制御部は、車速が極低速域であって、前記ステアリングホイールが操舵されているとき、前記転舵力が不足しやすい状況であると判定するとともに、前記転舵力が不足しやすい状況であると判定されるとき、前記差に応じて前記制限値を変化させるように構成される請求項2に記載の操舵制御装置。
【請求項4】
前記許容限界値は、第1の許容限界値と、前記第1の許容限界値よりも大きい値に設定される第2の許容限界値と、を含み、
前記制御部は、前記ステアリングホイールの切り込み操舵が行われるときには前記第2の許容限界値を使用する一方、前記ステアリングホイールの切り戻し操舵が行われるときには前記第1の許容限界値を使用するように構成される請求項3に記載の操舵制御装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記差の絶対値が零の近傍値であるしきい値以下の値であるとき、常に、前記制限値の値を前記定格値に設定するように構成される請求項2~請求項4のうちいずれか一項に記載の操舵制御装置。
【請求項6】
前記指令値は、前記ステアリングホイールの操舵状態に応じて演算される前記転舵モータに対するトルク指令値または電流指令値である請求項1~請求項4のうちいずれか一項に記載の操舵制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ステアリングホイールと転舵輪との間の動力伝達を分離した、いわゆるステアバイワイヤ方式の操舵装置が存在する。操舵装置は、ステアリングシャフトに付与される操舵反力の発生源である反力モータ、および転舵輪を転舵させる転舵力の発生源である転舵モータを有している。車両の走行時、操舵装置の制御装置は、反力モータに対する給電制御を通じて操舵反力を発生させるとともに、転舵モータに対する給電制御を通じて転舵輪を転舵させる。
【0003】
ステアバイワイヤ方式の操舵装置においては、路面の摩擦が大きいことなどに起因して、転舵シャフトに過大な軸力が発生することがある。転舵シャフトに発生する軸力の大きさによっては、転舵モータの出力である転舵力が不足するおそれがある。この場合、ステアリングホイールの操舵に対して、転舵輪を十分に転舵させることが困難となるため、運転者が違和感を覚えるおそれがある。
【0004】
そこで、たとえば特許文献1の制御装置は、転舵シャフトに過大な軸力が発生しやすい状況であるとき、転舵モータの出力を増加させる。具体的には、制御装置は、転舵モータに対する指令値の変化範囲を制限するための制限値を増加させる。このため、指令値の変化範囲がその限界値である制限値を超えて拡大される。したがって、過大な軸力の発生に起因して、制限値を超える指令値が演算される場合であれ、転舵モータは、制限値を超える指令値に応じた、より大きい転舵力を発生することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2022-49969号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の制御装置によれば、たしかに転舵力が不足することなく転舵輪を円滑に転舵させることができる。しかし、たとえば、転舵モータの出力を増加させる状態が継続することにより、転舵モータ、あるいは転舵モータに電力を供給するインバータが過熱状態に至るおそれがある。また、制限値が急激に変化する場合、転舵輪の転舵角が急激に変化したり、異音が発生したりするおそれがある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決し得る操舵制御装置は、車両の転舵輪を転舵させる転舵シャフトであって、ステアリングホイールとの間の動力伝達が分離されるように構成される転舵シャフトと、前記転舵シャフトに付与されるトルクであって、前記転舵輪を転舵させるための転舵力を発生する転舵モータと、を備える操舵装置を制御対象とする操舵制御装置である。操舵制御装置は、前記ステアリングホイールの操舵状態に応じて、前記転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値を演算するとともに、前記目標値と前記状態変数の実際の値との差に応じて前記転舵モータに対する指令値を演算するように構成される制御部を備えている。前記制御部は、前記差が増加するにつれて、前記指令値の変化範囲を制限するための制限値を増加させるように構成される。
【0008】
この構成によれば、転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値と、状態変数の実際の値との差に応じて、指令値の変化範囲が拡大される。このため、たとえば転舵シャフトに過大な軸力が発生することに伴い、より大きな指令値が演算される場合であれ、この指令値が制限されることが抑制される。したがって、転舵モータは、より大きな指令値に応じた、より大きい転舵力を発生する。すなわち、転舵シャフトに過大な軸力が発生した場合であれ、転舵力が不足することなく転舵輪を円滑に転舵させることができる。
【0009】
また、転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値と、状態変数の実際の値との差に応じて、制限値が増加する。このため、転舵シャフトに過大な軸力が発生した場合、状態変数の目標値と状態変数の実際の値との差に応じて、指令値が徐々に増加する。したがって、転舵モータが発生するトルク、ひいては転舵角の急変が抑制される。また、状態変数の目標値と状態変数の実際の値との差に応じて指令値が増加するため、指令値が無駄に増加することがない。したがって、転舵モータなどの過熱を抑制することができる。
【0010】
なお、状態変数の目標値と状態変数の実際の値との差の値は、状態変数の目標値に対する実際の値の追従不足量であって、ステアリングホイールの操舵量に対する転舵角の追従不足量を反映する値である。
【0011】
上記の操舵制御装置において、前記制御部は、前記転舵モータが発生することのできる最大のトルクに対応する前記指令値の最大値よりも小さい値に設定される定格値と、前記定格値よりも大きい値であって前記転舵モータが発生することのできる最大のトルクに対応する前記指令値の最大値を超えない程度の値に設定される許容限界値との間の範囲内で、前記制限値を変更するように構成されてもよい。
【0012】
この構成によれば、転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値と、状態変数の実際の値との差に応じて、指令値の変化範囲が定格値を超えて拡大される。このため、たとえば過大な軸力の発生に起因して、定格値を超える指令値が演算される場合であれ、この指令値が制限されることが抑制される。転舵モータは、定格値を超える指令値に応じた、より大きい転舵力を発生する。このため、転舵シャフトに過大な軸力が発生した場合であれ、転舵力が不足することなく転舵輪を円滑に転舵させることができる。
【0013】
また、制限値は、定格値を基準として、転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値と、状態変数の実際の値との差に応じて徐々に増加する。このため、転舵シャフトに過大な軸力が発生した場合、状態変数の目標値と状態変数の実際の値との差に応じて、指令値が徐々に増加する。このため、シャフトの回転角、ひいては転舵角の急変が抑制される。また、状態変数の目標値と状態変数の実際の値との差に応じて指令値が増加するため、指令値が無駄に増加することがない。したがって、転舵モータなどの過熱を抑制することができる。
【0014】
上記の操舵制御装置において、前記制御部は、車速が極低速域であって、前記ステアリングホイールが操舵されているとき、前記転舵力が不足しやすい状況であると判定するとともに、前記転舵力が不足しやすい状況であると判定されるとき、前記差に応じて前記制限値を変化させるように構成されてもよい。
【0015】
この構成によるように、車両が極低速域の速度で走行している状態で、ステアリングホイールが操舵されるとき、転舵シャフトに過大な軸力が発生しやすい。このため、制御部を、車速が極低速域の速度であって、ステアリングホイール11が操舵されているとき、転舵力が不足しやすい状況であると判定するように構成することにより、制御部は、適切なタイミングで指令値の変化範囲を拡大することができる。
【0016】
上記の操舵制御装置において、前記許容限界値は、第1の許容限界値と、前記第1の許容限界値よりも大きい値に設定される第2の許容限界値と、を含んでいてもよい。この場合、前記制御部は、前記ステアリングホイールの切り込み操舵が行われるときには前記第2の許容限界値を使用する一方、前記ステアリングホイールの切り戻し操舵が行われるときには前記第1の許容限界値を使用するように構成されてもよい。
【0017】
切り込み操舵が行われる場合に必要とされる転舵力は、切り戻し操舵か行われる場合に必要とされる転舵力よりも大きい。これは、たとえば、切り戻し操舵が行われる場合、セルフアライニングトルクが働くからである。このため、切り込み操舵が行われる場合は、切り戻し操舵が行われる場合よりも、転舵力が不足しやすいといえる。したがって、ステアリングホイールの切り戻し操舵が行われるときには第1の許容限界値を使用し、ステアリングホイールの切り込み操舵が行われるときには第1の許容限界値よりも大きい値に設定される第2の許容限界値を使用することが好ましい。このようにすれば、ステアリングホイールの操舵状態に応じて、より適切に指令値の変化範囲を拡大することができる。
【0018】
上記の操舵制御装置において、前記制御部は、前記差の絶対値が零の近傍値であるしきい値以下の値であるとき、常に、前記制限値の値を前記定格値に設定するように構成されてもよい。
【0019】
たとえば、転舵モータの起動時、転舵モータの応答性に応じて、転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値と、状態変数の実際の値との間にわずかな差が生じるおそれがある。上記の構成によれば、このような場合にまで、指令値の変化範囲が拡大されることを抑制することができる。
【0020】
上記の操舵制御装置において、前記指令値は、前記ステアリングホイールの操舵状態に応じて演算される前記転舵モータに対するトルク指令値または電流指令値であってもよい。
【0021】
この構成によれば、転舵輪の転舵状態が反映される状態変数の目標値と、状態変数の実際の値との差に応じて、転舵モータに対するトルク指令値または電流指令値の変化範囲を拡大することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の操舵制御装置によれば、転舵力が不足しないように、転舵モータの出力をより適切に増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】第1の実施の形態にかかる操舵制御装置が搭載される操舵装置の構成図である。
図2】第1の実施の形態にかかる操舵制御装置のブロック図である。
図3】(a)は第1の実施の形態にかかる転舵制御部の一部分を示すブロック図、(b)は第2の実施の形態にかかる転舵制御部の一部分を示すブロック図である。
図4】(a)は第1の実施の形態にかかる転舵角の経時的変化の一例を示すタイミングチャート、(b)は転舵角速度の経時的変化の一例を示すタイミングチャート、(c)は車速の経時的変化の一例を示すタイミングチャート、(d)はブーストアップ状態の経時的変化の一例を示すタイミングチャートである。
図5】(a)は第1の実施の形態にかかる制限値設定部のブロック図、(b)は第2の実施の形態にかかる制限値設定部のブロック図、(c)は他の実施の形態にかかる制限値設定部のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
<第1の実施の形態>
以下、操舵制御装置を具体化した第1の実施の形態を説明する。操舵制御装置は、ステアバイワイヤ式の操舵装置に搭載される。
【0025】
<操舵装置10の構成>
まず、操舵装置10の構成について説明する。
図1に示すように、車両の操舵装置10は、車両のステアリングホイール11に操舵反力を付与する反力ユニット20、および車両の転舵輪12を転舵させる転舵ユニット30を有している。操舵反力とは、運転者によるステアリングホイール11の操作方向と反対方向へ向けて作用するトルクをいう。操舵反力をステアリングホイール11に付与することにより、運転者に適度な手応え感を与えることが可能である。
【0026】
反力ユニット20は、ステアリングホイール11が連結されたステアリングシャフト21、反力モータ22、減速機構23、回転角センサ24、トルクセンサ25、および反力制御部27を有している。
【0027】
反力モータ22は、操舵反力の発生源である。反力モータ22としては、たとえば三相のブラシレスモータが採用される。反力モータ22は、減速機構23を介して、ステアリングシャフト21に連結されている。反力モータ22が発生するトルクは、操舵反力としてステアリングシャフト21に付与される。
【0028】
回転角センサ24は反力モータ22に設けられている。回転角センサ24は反力モータ22の回転角θを検出する。
トルクセンサ25は、ステアリングシャフト21における減速機構23とステアリングホイール11との間の部分に設けられている。トルクセンサ25は、ステアリングホイール11の回転操作を通じてステアリングシャフト21に加わる操舵トルクTを検出する。
【0029】
反力制御部27は、つぎの3つの構成C1,C2,C3のうちいずれか一を含む処理回路を有している。
C1.ソフトウェアであるコンピュータプログラムに従って動作する1つ以上のプロセッサ。プロセッサは、CPU(central processing unit)およびメモリを含む。
【0030】
C2.各種処理のうち少なくとも一部の処理を実行する特定用途向け集積回路(ASIC)などの1つ以上の専用のハードウェア回路。ASICは、CPUおよびメモリを含む。
【0031】
C3.構成C1,C2を組み合わせたハードウェア回路。
メモリは、コンピュータ(ここではCPU)で読み取り可能とされた媒体であって、コンピュータに対する処理あるいは命令を記述したプログラムを記憶している。メモリは、RAM(random access memory)およびROM(read only memory)を含む。CPUは、メモリに記憶されたプログラムを定められた演算周期で実行することによって各種の制御を実行する。
【0032】
反力制御部27は、回転角センサ24を通じて検出される反力モータ22の回転角θに基づきステアリングシャフト21の回転角である操舵角θを演算する。反力制御部27は、モータ中点を基準とする回転数をカウントしている。モータ中点は、ステアリングホイール11の操舵中立位置に対応する反力モータ22の回転角θであって、舵角中点情報として反力制御部27に記憶されている。反力制御部27は、モータ中点を原点として回転角θを積算した角度である積算角を演算し、この演算される積算角に減速機構23の減速比に基づく換算係数を乗算することにより、ステアリングホイール11の操舵角θを演算する。
【0033】
反力制御部27は、反力モータ22の駆動制御を通じて操舵トルクTに応じた操舵反力を発生させる反力制御を実行する。反力制御部27は、トルクセンサ25を通じて検出される操舵トルクTに基づき目標操舵反力を演算し、この演算される目標操舵反力および操舵トルクTに基づきステアリングホイール11の目標操舵角を演算する。反力制御部27は、反力モータ22の回転角θに基づき演算される操舵角θと目標操舵角との差を求め、当該差を無くすように反力モータ22に対する給電を制御する。反力制御部27は、回転角センサ24を通じて検出される反力モータ22の回転角θを使用して反力モータ22をベクトル制御する。
【0034】
転舵ユニット30は、転舵シャフト31、転舵モータ32、減速機構33、ピニオンシャフト34、回転角センサ35、および転舵制御部36を有している。
転舵シャフト31は、車幅方向(図1中の左右方向)に沿って延びている。転舵シャフト31の両端には、それぞれタイロッド13,13を介して左右の転舵輪12が連結されている。
【0035】
転舵モータ32は転舵力の発生源である。転舵モータ32としては、たとえば三相のブラシレスモータが採用される。転舵モータ32は、減速機構33を介してピニオンシャフト34に連結されている。ピニオンシャフト34のピニオン歯34aは、転舵シャフト31のラック歯31aに噛み合わされている。転舵モータ32が発生するトルクは、転舵力としてピニオンシャフト34を介して転舵シャフト31に付与される。転舵モータ32の回転に応じて、転舵シャフト31は車幅方向(図1中の左右方向)に沿って移動する。転舵シャフト31が移動することにより転舵輪12の転舵角θが変更される。転舵シャフト31は、転舵輪12に連動して回転するシャフトでもある。
【0036】
回転角センサ35は転舵モータ32に設けられている。回転角センサ35は転舵モータ32の回転角θを検出する。
転舵制御部36は、反力制御部27と同様に、先の3つの構成C1,C2,C3のうちいずれか一を含む処理回路を有している。
【0037】
転舵制御部36は、転舵モータ32の駆動制御を通じて転舵輪12を操舵状態に応じて転舵させる転舵制御を実行する。転舵制御部36は、回転角センサ35を通じて検出される転舵モータ32の回転角θに基づきピニオンシャフト34の回転角であるピニオン角θを演算する。ピニオン角θは、転舵輪12の転舵状態が反映される状態変数である。また、転舵制御部36は、反力制御部27により演算される目標操舵角を使用してピニオンシャフト34の目標回転角である目標ピニオン角を演算する。ただし、目標ピニオン角は、所定の舵角比を実現する観点に基づき演算される。目標ピニオン角は、転舵輪12の転舵状態が反映される状態変数の目標値である。転舵制御部36は、ピニオンシャフト34の目標ピニオン角と実際のピニオン角θとの差を求め、当該差を無くすように転舵モータ32に対する給電を制御する。転舵制御部36は、回転角センサ35を通じて検出される転舵モータ32の回転角θを使用して転舵モータ32をベクトル制御する。
【0038】
なお、反力制御部27および転舵制御部36は、操舵装置10を制御対象とする操舵制御装置を構成する。
<反力制御部27の構成>
つぎに、反力制御部27の構成について詳細に説明する。
【0039】
図2に示すように、反力制御部27は、操舵角演算部51、操舵反力指令値演算部52、および通電制御部53を有している。
操舵角演算部51は、回転角センサ24を通じて検出される反力モータ22の回転角θに基づきステアリングホイール11の操舵角θを演算する。
【0040】
操舵反力指令値演算部52は、操舵トルクTおよび車速Vに基づき操舵反力指令値Tを演算する。操舵反力指令値演算部52は、操舵トルクTの絶対値が大きいほど、また車速Vが遅いほど、より大きな絶対値の操舵反力指令値Tを演算する。操舵反力指令値Tは、反力モータ22に対する第2の指令値に相当する。
【0041】
通電制御部53は、操舵反力指令値Tに応じた電力を反力モータ22へ供給する。具体的には、通電制御部53は、操舵反力指令値Tに基づき反力モータ22に対する電流指令値を演算する。また、通電制御部53は、反力モータ22に対する給電経路に設けられた電流センサ54を通じて、当該給電経路に生じる実際の電流Iの値を検出する。この電流Iの値は、反力モータ22に供給される実際の電流の値である。そして通電制御部53は、電流指令値と実際の電流Iの値との偏差を求め、当該偏差を無くすように反力モータ22に対する給電を制御する。これにより、反力モータ22は操舵反力指令値Tに応じたトルクを発生する。運転者に対して路面反力に応じた適度な手応え感を与えることが可能である。
【0042】
<転舵制御部36の構成>
つぎに、転舵制御部36の構成について詳細に説明する。
図2に示すように、転舵制御部36は、ピニオン角演算部61、目標ピニオン角演算部62、ピニオン角フィードバック制御部63、および通電制御部64を有している。
【0043】
ピニオン角演算部61は、回転角センサ35を通じて検出される転舵モータ32の回転角θに基づきピニオンシャフト34の実際の回転角であるピニオン角θを演算する。転舵モータ32とピニオンシャフト34とは減速機構33を介して連動する。このため、転舵モータ32の回転角θとピニオン角θとの間には相関関係がある。この相関関係を利用して転舵モータ32の回転角θからピニオン角θを求めることができる。また、ピニオンシャフト34は、転舵シャフト31に噛合されている。このため、ピニオン角θと転舵シャフト31の移動量との間にも相関関係がある。すなわち、ピニオン角θは、転舵輪12の転舵角θを反映する値である。
【0044】
目標ピニオン角演算部62は、操舵角演算部51により演算される操舵角θに基づき目標ピニオン角θ を演算する。本実施の形態において、目標ピニオン角演算部62は、目標ピニオン角θ を操舵角θと同じ値に設定する。すなわち、操舵角θと転舵角θとの比である舵角比は「1:1」である。
【0045】
ちなみに、目標ピニオン角演算部62は、目標ピニオン角θ を操舵角θと異なる値に設定するようにしてもよい。すなわち、目標ピニオン角演算部62は、たとえば車速Vなど、車両の走行状態に応じて操舵角θに対する転舵角θの比である舵角比を設定し、この設定される舵角比に応じて目標ピニオン角θ を演算する。目標ピニオン角演算部62は、車速Vが遅くなるほど操舵角θに対する転舵角θがより大きくなるように、また車速Vが速くなるほど操舵角θに対する転舵角θがより小さくなるように、目標ピニオン角θ を演算する。目標ピニオン角演算部62は、車両の走行状態に応じて設定される舵角比を実現するために、操舵角θに対する補正角度を演算し、この演算される補正角度を操舵角θに加算することにより舵角比に応じた目標ピニオン角θ を演算する。
【0046】
ピニオン角フィードバック制御部63は、目標ピニオン角演算部62により演算される目標ピニオン角θ 、およびピニオン角演算部61により演算される実際のピニオン角θを取り込む。ピニオン角フィードバック制御部63は、実際のピニオン角θを目標ピニオン角θ に追従させるべくピニオン角θのフィードバック制御を通じて、転舵モータ32が発生するトルクに対するトルク指令値T を演算する。トルク指令値T は、転舵モータ32に対する第1の指令値に相当する。
【0047】
通電制御部64は、トルク指令値T に応じた電力を転舵モータ32へ供給する。具体的には、通電制御部64は、トルク指令値T に基づき転舵モータ32に対する電流指令値を演算する。また、通電制御部64は、転舵モータ32に対する給電経路に設けられた電流センサ65を通じて、当該給電経路に生じる実際の電流Iの値を検出する。この電流Iの値は、転舵モータ32に供給される実際の電流の値である。そして通電制御部64は、電流指令値と実際の電流Iの値との偏差を求め、当該偏差を無くすように転舵モータ32に対する給電を制御する。これにより、転舵モータ32はトルク指令値T に応じた角度だけ回転する。
【0048】
<転舵制御部36の補足説明>
つぎに、転舵制御部36の構成について補足説明する。
図3(a)に示すように、転舵制御部36は、先のピニオン角演算部61、目標ピニオン角演算部62、ピニオン角フィードバック制御部63、および通電制御部64に加えて、判定部71、調停処理部72、および制限値設定部73を有している。
【0049】
制限値設定部73は、ピニオン角フィードバック制御部63により演算されるトルク指令値T の変化範囲を制限するための制限値Tを設定する。制限値Tは、トルク指令値T の変化が許容される許容範囲の限界値でもある。制限値Tは、何らかの原因で過大なトルク指令値T が演算される場合であれ、この過大なトルク指令値T に基づき過大な電流が転舵モータ32へ供給されること、ひいては転舵モータ32が過大なトルクを発生することを抑制する観点に基づき設定される。制限値Tは、たとえば転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応するトルク指令値T の最大値を100%としたときの80%程度の値に設定される。
【0050】
ただし、たとえば、路面の摩擦が大きいことに起因して、操舵装置10に過大な軸力が発生した場合、転舵力が不足することにより、転舵輪12を転舵することが困難となるおそれがある。このとき、転舵制御部36は、ステアリングホイール11の操舵角θに転舵輪12の転舵角を追従させようとする。このため、転舵制御部36では、転舵モータ32に対してより大きい電流を供給するために、制限値Tを超える、より大きい値のトルク指令値T が演算されるおそれがある。
【0051】
そこで、制限値設定部73は、転舵力が不足しやすい状況であるとき、ブーストアップ処理を実行する。ブーストアップ処理は、制限値Tを増加させるための処理であって、トルク指令値T が制限値Tの定格値を超えて増加することを許容するために実行される処理である。定格値は、たとえば転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応するトルク指令値T の最大値を100%としたときの80%程度の値である。ブーストアップ処理については、後に詳述する。
【0052】
調停処理部72は、制限値設定部73により設定される制限値Tに基づき、ピニオン角フィードバック制御部63により演算されるトルク指令値T の変化範囲を制限する。トルク指令値T の絶対値が制限値Tを超えるとき、トルク指令値T は制限値Tに制限される。たとえば、トルク指令値T が正の値である場合、トルク指令値T の値が正の制限値Tを超えるとき、トルク指令値T は正の制限値Tに制限される。トルク指令値T が負の値である場合、トルク指令値T が負の制限値Tを超えるとき、トルク指令値T は負の制限値Tに制限される。したがって、許容範囲の限界値を超える過大なトルク指令値T に基づき転舵モータ32が過大なトルクを発生することが抑制される。
【0053】
判定部71は、転舵輪12の転舵状態、および車両の走行状態に応じて、転舵力が不足しやすい状況であるかどうかを判定する。判定部71は、転舵輪12の転舵状態、および車両の走行状態に応じて、区分Fの値をセットする。区分Fは、車両の状態が、転舵シャフト31に過大な軸力が発生しやすい状態であるかどうか、すなわち転舵力が不足しやすい状態であるかどうかを示す情報である。判定部71は、第1の判定処理、第2の判定処理、第3の判定処理、および第4の判定処理を実行する。
【0054】
<DP1.第1の判定処理>
判定部71は、第1の判定処理として、つぎの2つの関係式(A1),(A2)の両方が成立するかどうかを判定する。
【0055】
A1.「θ>0」かつ「ω>ωwth
A2.0≦V≦Vth
ただし、「θ」は、転舵輪12の転舵角である。転舵角θは、たとえば、ピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θに基づき演算される。転舵角θの符号は、たとえば、転舵中立位置を基準として、転舵輪12が左に転舵している場合は正、転舵輪12が右に転舵している場合は負である。転舵中立位置は、車両の直進状態に対応する転舵輪12の位置である。「ω」は、転舵角速度である。転舵角速度ωは、たとえば、転舵角θを微分することにより得られる。「ωwth」は、転舵角速度しきい値である。転舵角速度しきい値ωwthは、たとえば、「0」の近傍値に設定される。「V」は、車速センサを通じて検出される車速である。「Vth」は、車速しきい値である。車速しきい値Vthは、極低速(たとえば5km/h)を基準として設定される。これは、車両が停止している状況、あるいは車両が極低速で走行している状況は、ステアリングホイール11の操作に伴い、より大きな軸力が発生しやすい状況といえるからである。
【0056】
判定部71は、関係式(A1)が成立するとき、操舵中立位置を基準として、ステアリングホイール11が左に切り込み操舵されていると判定する。切り込み操舵は、操舵中立位置を基準として、転舵輪12を転舵角θの絶対値が増加する方向へ転舵させようとするステアリングホイール11の操作である。操舵中立位置は、車両の直進状態に対応するステアリングホイール11の位置である。また、判定部71は、関係式(A2)が成立するとき、車両が停止した状態、あるいは車両が極低速で走行している状態であると判定する。判定部71は、2つの関係式(A1),(A2)の両方が成立するとき、区分Fの値を第2のブーストアップ状態Sb2にセットする。
【0057】
<DP2.第2の判定処理>
判定部71は、第2の判定処理として、つぎの2つの関係式(A3),(A4)の両方が成立するかどうかを判定する。
【0058】
A3.「θ<0」かつ「ω<-ωwth
A4.0≦V≦Vth
判定部71は、関係式(A3)が成立するとき、操舵中立位置を基準として、ステアリングホイール11が右に切り込み操舵されていると判定する。また、判定部71は、関係式(A4)が成立するとき、車両が停止した状態、あるいは車両が極低速で走行している状態であると判定する。判定部71は、2つの関係式(A3),(A4)の両方が成立するとき、区分Fの値を第2のブーストアップ状態Sb2にセットする。
【0059】
<DP3.第3の判定処理>
判定部71は、第3の判定処理として、つぎの2つの関係式(A5),(A6)の両方が成立するかどうかを判定する。
【0060】
A5.「θ>0」かつ「ω<ωwth
A6.0≦V≦Vth
判定部71は、関係式(A5)が成立するとき、ステアリングホイール11が左から右に切り戻し操舵されていると判定する。切り戻し操舵は、転舵輪12を操舵中立位置へ戻す方向へ転舵させようとするステアリングホイール11の操作である。また、判定部71は、関係式(A6)が成立するとき、車両が停止した状態、あるいは車両が極低速で走行している状態であると判定する。判定部71は、2つの関係式(A5),(A6)の両方が成立するとき、区分Fの値を第1のブーストアップ状態Sb1にセットする。
【0061】
<DP4.第4の判定処理>
判定部71は、第4の判定処理として、つぎの2つの関係式(A7),(A8)の両方が成立するかどうかを判定する。
【0062】
A7.「θ<0」かつ「ω>-ωwth
A8.0≦V≦Vth
判定部71は、関係式(A7)が成立するとき、ステアリングホイール11が右から左に切り戻し操舵されていると判定する。また、判定部71は、関係式(A8)が成立するとき、車両が停止した状態、あるいは車両が極低速で走行している状態であると判定する。判定部71は、2つの関係式(A7),(A8)の両方が成立するとき、区分Fの値を第1のブーストアップ状態Sb1にセットする。
【0063】
判定部71は、関係式(A1),(A2)、関係式(A3),(A4)、関係式(A5),(A6)、および関係式(A7),(A8)のいずれも成立しないとき、区分Fの値を非ブーストアップ状態Sb0にセットする。
【0064】
<区分Fの値の経時的変化>
つぎに、ステアリングホイール11の操舵状態、および車両の走行状態に応じた、区分Fの値の経時的変化の一例について説明する。
【0065】
図4(a)のグラフに示すように、たとえば、ステアリングホイール11が操舵中立位置を基準として左へ操舵されるとき、転舵角θは正の値となる。転舵中立位置に対応する転舵角θの値は、たとえば「0」である。ステアリングホイール11の操作量の増加に伴い、転舵角θは正の方向に増加し、やがて転舵輪12の物理的な可動範囲の限界位置である正の最大転舵角θweに達する(時刻t1)。このとき、図4(b)に示すように、転舵角速度ωは、正の値であって、たとえば正の転舵角速度しきい値ωwthよりも正の方向に大きな値となる。図4(c)のグラフに示すように、この状態において、車速Vの値が「0」であるとき、先の2つの関係式(A1),(A2)の両方が成立する。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、第2のブーストアップ状態Sb2にセットされる。
【0066】
図4(a),(b)のグラフに示すように、転舵角θが正の最大転舵角θweに維持されている期間、転舵角速度ωの値は「0」である。図4(c)のグラフに示すように、この状態において、車速Vの値が「0」であるとき、先の関係式(A1),(A2)、関係式(A3),(A4)、関係式(A5),(A6)、および関係式(A7),(A8)のいずれも成立しない。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、非ブーストアップ状態Sb0にセットされる。
【0067】
図4(a)のグラフに示すように、転舵角θが正の最大転舵角θweに維持された状態において、ステアリングホイール11が右へ切り戻し操舵されるとき(時刻t2)、ステアリングホイール11の操舵に伴い、転舵角θは、転舵中立位置に対応する値である「0」へ向けて、徐々に減少し、やがて「0」に達する(時刻t3)。このとき、図4(b)に示すように、転舵角速度ωは、負の値であって、たとえば負の転舵角速度しきい値ωwthよりも負の方向に大きな値となる。すなわち、転舵角速度ωは、正の転舵角速度しきい値ωwthよりも小さい値となる。図4(c)のグラフに示すように、この状態において、車速Vの値が「0」であるとき、先の2つの関係式(A5),(A6)の両方が成立する。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、第1のブーストアップ状態Sb1にセットされる。
【0068】
図4(a)のグラフに示すように、ステアリングホイール11が操舵中立位置に達した後、続いてステアリングホイール11が右へ切り込み操舵されるとき、転舵角θは負の値となる。ステアリングホイール11の操作量の増加に伴い、転舵角θは負の方向に増加し、やがて転舵輪12の物理的な可動範囲の限界位置である負の最大転舵角-θweに達する(時刻t4)。このとき、図4(b)に示すように、転舵角速度ωは、負の値であって、負の転舵角速度しきい値ωwthよりも負の方向に大きな値となる。図4(c)のグラフに示すように、この状態において、車速Vの値が「0」であるとき、先の2つの関係式(A3),(A4)の両方が成立する。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、第2のブーストアップ状態Sb2にセットされる。
【0069】
図4(a),(b)のグラフに示すように、転舵角θが負の最大転舵角-θweに維持されている期間、転舵角速度ωの値は「0」である。図4(c)のグラフに示すように、この状態において、車速Vの値が「0」であるとき、先の関係式(A1),(A2)、関係式(A3),(A4)、関係式(A5),(A6)、および関係式(A7),(A8)のいずれも成立しない。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、非ブーストアップ状態Sb0にセットされる。
【0070】
図4(a)のグラフに示すように、転舵角θが負の最大転舵角-θweに維持された状態において、ステアリングホイール11が左へ切り戻し操舵されるとき(時刻t5)、ステアリングホイール11の操舵に伴い、転舵角θは、転舵中立位置に対応する値である「0」へ向けて、徐々に増加し、やがて「0」に達する(時刻t6)。この期間、図4(b)に示すように、転舵角速度ωは、正の値であって、たとえば負の転舵角速度しきい値-ωwthよりも正の方向に大きな値となる。図4(c)のグラフに示すように、この状態において、車速Vの値が「0」であるとき、先の2つの関係式(A7),(A8)の両方が成立する。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、第1のブーストアップ状態Sb1にセットされる。ちなみに、時刻t6のタイミングで車速Vが増加し始める。
【0071】
図4(a)のグラフに示すように、ステアリングホイール11が操舵中立位置に達した後、続いてステアリングホイール11が左へ切り込み操舵されるとき、転舵角θは正の値となる。ステアリングホイール11の操作量の増加に伴い、転舵角θは正の方向に増加し、やがて転舵輪12の物理的な可動範囲の限界位置である正の最大転舵角θweに達する(時刻t7)。この期間内においては、図4(b)に示すように、転舵角速度ωは、正の値であって、正の転舵角速度しきい値ωwthよりも正の方向に大きな値となる。図4(c)のグラフに示すように、たとえば車速Vの値が「0」から増加し始めてから車速しきい値Vthに達するまでの期間(時刻t8)、先の2つの関係式(A1),(A2)の両方が成立する。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、第2のブーストアップ状態Sb2にセットされる。また、車速Vの値が車速しきい値Vthを超えた以降、先の関係式(A1),(A2)、関係式(A3),(A4)、関係式(A5),(A6)、および関係式(A7),(A8)のいずれも成立しない。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、非ブーストアップ状態Sb0にセットされる。
【0072】
図4(a),(b)のグラフに示すように、転舵角θが正の最大転舵角θweに維持されている期間、転舵角速度ωの値は「0」である。このため、先の関係式(A1),(A2)、関係式(A3),(A4)、関係式(A5),(A6)、および関係式(A7),(A8)のいずれも成立しない。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、非ブーストアップ状態Sb0にセットされる。ちなみに、図4(c)のグラフに示すように、転舵角θが正の最大転舵角θweに維持されている期間において、車速Vの値は、たとえば、車速しきい値Vthを超える値から車速しきい値Vthを下回る値に変化している。
【0073】
図4(a)のグラフに示すように、転舵角θが正の最大転舵角θweに維持された状態において、ステアリングホイール11が右へ切り戻し操舵されるとき(時刻t9)、ステアリングホイール11の操舵に伴い、転舵角θは、転舵中立位置に対応する値である「0」へ向けて、徐々に減少し、やがて「0」に達する(時刻t10)。この期間内においては、図4(b)に示すように、転舵角速度ωは、負の値であって、負の転舵角速度しきい値ωwthよりも負の方向に大きな値となる。すなわち、転舵角速度ωは、正の転舵角速度しきい値ωwthよりも小さい値となる。このため、先の2つの関係式(A5),(A6)の両方が成立する。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、第1のブーストアップ状態Sb1にセットされる。ちなみに、図4(c)のグラフに示すように、転舵角θが正の最大転舵角θweから転舵中立位置に対応する値である「0」へ向けて減少する期間の途中において、車速Vの値は、車速しきい値Vth未満の値から車速しきい値Vthへ向けて増加している。車速Vの値は、転舵角θが「0」に達するタイミングで、車速しきい値Vthに達する。
【0074】
図4(a)のグラフに示すように、転舵角θが正の最大転舵角θweから減少して「0」に達した以降、ステアリングホイール11が右へ切り込み操舵されるとき(時刻t10)、ステアリングホイール11の操舵に伴い、転舵角θは負の方向に増加し、やがて転舵輪12の物理的な可動範囲の限界位置である負の最大転舵角-θweに達する(時刻t11)。このとき、図4(b)に示すように、転舵角速度ωは、負の値であって、たとえば負の転舵角速度しきい値ωwthよりも負の方向に大きな値となる。ただし、図4(c)のグラフに示すように、たとえば、車速Vの値が車速しきい値Vthを超えている。したがって、先の関係式(A3)は成立するものの、関係式(A4)は成立しない。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、非ブーストアップ状態Sb0にセットされる。
【0075】
図4(a),(b)のグラフに示すように、転舵角θが負の最大転舵角-θweに維持されている期間、転舵角速度ωの値は「0」である。また、図4(c)のグラフに示すように、車速Vの値が、たとえば、車速しきい値Vthを超えた状態に維持されている。このため、先の関係式(A1),(A2)、関係式(A3),(A4)、関係式(A5),(A6)、および関係式(A7),(A8)のいずれも成立しない。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、非ブーストアップ状態Sb0にセットされる。
【0076】
図4(a)のグラフに示すように、転舵角θが負の最大転舵角-θweに維持された状態において、ステアリングホイール11が左へ切り戻し操舵されるとき(時刻t12)、ステアリングホイール11の操舵に伴い、転舵角θは、転舵中立位置に対応する値である「0」へ向けて、徐々に増加し、やがて「0」に達する(時刻t13)。この期間、図4(b)に示すように、転舵角速度ωは、正の値であって、たとえば負の転舵角速度しきい値-ωwthよりも正の方向に大きな値となる。図4(c)のグラフに示すように、転舵角θが負の最大転舵角-θweから「0」へ変化するまでの期間において、車速Vは、たとえば、車速しきい値Vthを超える値から「0」へ向けて徐々に減少し、転舵角θが「0」に達するタイミングで「0」に至る。このため、車速Vが車速しきい値Vthを超えているとき、先の関係式(A7)は成立するものの、関係式(A8)は成立しない。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、非ブーストアップ状態Sb0にセットされる。車速Vが車速しきい値Vth以下の値に減少した以降(時刻t14)、先の関係式(A7),(A8)の両方が成立する。したがって、図4(d)に示すように、区分Fの値は、第1のブーストアップ状態Sb1にセットされる。
【0077】
以上のように、ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われる場合であって、車速Vが「0」または車速しきい値Vth以下の値であるとき、区分Fの値は、第2のブーストアップ状態Sb2にセットされる。また、ステアリングホイール11の切り戻し操舵が行われる場合であって、車速Vが「0」または車速しきい値Vth以下の値であるとき、区分Fの値は、第1のブーストアップ状態Sb1にセットされる。また、ステアリングホイール11が保舵される場合、または、車速Vの値が車速しきい値Vthを超える場合、区分Fの値は、非ブーストアップ状態Sb0にセットされる。
【0078】
<ブーストアップ処理>
つぎに、ブーストアップ処理について詳細に説明する。
制限値設定部73は、転舵力が不足しやすい状況であるとき、ブーストアップ処理を実行する。具体的な処理内容の一例は、つぎの通りである。
【0079】
制限値設定部73は、判定部71によりセットされる区分Fの値に応じて、制限値Tを設定する。たとえば、制限値設定部73は、区分Fの値が非ブーストアップ状態Sb0であるとき、制限値Tを増加させない。すなわち、制限値Tは、定格値に維持される。定格値は、たとえば転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応するトルク指令値T の最大値を100%としたときの80%程度の値である。
【0080】
制限値演算部73Bは、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるとき、制限値Tを定格値から第1の許容限界値まで増加させる。第1の許容限界値は、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるときのトルク指令値T の増加を許容する観点に基づき設定される。第1の許容限界値は、制限値Tの定格値よりも大きい値であって、転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応するトルク指令値T の最大値を超えない程度の値である。
【0081】
制限値演算部73Bは、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるとき、制限値Tを定格値から第2の許容限界値まで増加させる。第2の許容限界値は、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるときのトルク指令値T の増加を許容する観点に基づき設定される。第2の許容限界値は、第1の許容限界値よりも大きい値であって、転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応するトルク指令値T の最大値を超えない程度の値である。
【0082】
このように、転舵力が不足しやすい状況であるとき、転舵力の不足の程度に応じて、制限値Tが定格値よりも大きい値に変更されることによって、トルク指令値T の変化範囲が拡大される。これにより、ブーストアップ処理の実行時、トルク指令値T は、定格値を超えて変化することが可能となる。このため、トルク指令値T が定格値に制限される場合に比べて、転舵モータ32へ供給される電流量はより多くなる。したがって、転舵モータ32へ供給される電流量が多くなる分だけ、転舵モータ32が発生する転舵力は増加する。これにより、転舵輪12をより円滑に転舵させることが可能となる。
【0083】
ただし、制限値Tが急激に変化すると、転舵輪12の転舵角θが急激に変化したり、異音が発生したりするおそれがある。そこで、本実施の形態では、制限値設定部73として、つぎの構成を採用している。
【0084】
<制限値Tの徐変処理>
図5に示すように、制限値設定部73は、角度偏差演算部73A、および制限値演算部73Bを有している。
【0085】
角度偏差演算部73Aは、目標ピニオン角演算部62により演算される目標ピニオン角θ 、およびピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θを取り込む。角度偏差演算部73Aは、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの差Δθを演算する。差Δθの値は、目標ピニオン角θ に対するピニオン角θの追従不足量である。差Δθの値は、目標転舵角に対する転舵角θの追従不足量を反映する値でもある。目標転舵角は、目標ピニオン角θ に対応する転舵角θである。
【0086】
制限値演算部73Bは、角度偏差演算部73Aにより演算される差Δθの値を取り込む。制限値演算部73Bは、差Δθの値に応じて、最終的な制限値Tを演算する。制限値演算部73Bは、たとえば、マップM1を使用して、制限値Tを演算する。マップM1は、横軸を差Δθの絶対値、縦軸を制限値Tの絶対値とするマップである。マップM1は、判定部71によりセットされる区分Fの値に応じた3つの特性を有している。
【0087】
制限値演算部73Bは、区分Fの値が非ブーストアップ状態Sb0であるとき、マップM1の第1の特性線L1で示される第1の特性に従って、制限値Tを演算する。第1の特性は、具体的には、つぎの通りである。すなわち、差Δθの絶対値にかかわらず、制限値Tの絶対値は定格値TL0に維持される。定格値TL0は、ブーストアップ処理が実行されない通常時の制限値であって、たとえば転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応するトルク指令値T の最大値を100%としたときの80%程度の値である。
【0088】
制限値演算部73Bは、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるとき、マップM1の第2の特性線L2で示される第2の特性に従って、制限値Tを演算する。第2の特性は、具体的には、つぎの通りである。すなわち、マップM1において、差Δθの絶対値が「0」からしきい値θpthまでの範囲には、制限値Tの値を定格値TL0とする不感帯が設定されている。しきい値θpthは、「0」の近傍値である。また、マップM1において、差Δθの絶対値が、しきい値θpthを超えるとき、制限値Tの絶対値は、差Δθの絶対値が増加するにつれて線形的に増加する。制限値Tの絶対値が、第1の許容限界値TL1に達した以降、差Δθの絶対値にかかわらず、制限値Tの絶対値は、第1の許容限界値TL1に維持される。
【0089】
第1の許容限界値TL1は、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるときのトルク指令値T の増加を許容する観点に基づき設定される。第1の許容限界値TL1は、定格値TL0の絶対値よりも大きい値であって、転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応するトルク指令値T の最大値を超えない程度の値である。
【0090】
制限値演算部73Bは、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるとき、マップM1の第3の特性線L3で示される第3の特性に従って、制限値Tを演算する。具体的には、第3の特性は、つぎの通りである。すなわち、マップM1において、差Δθの絶対値が「0」からしきい値θpthまでの範囲には、制限値Tの値を、定格値TL0とする不感帯が設定されている。また、マップM1において、差Δθの絶対値が、しきい値θpthを超えるとき、制限値Tの絶対値は、差Δθの絶対値が増加するにつれて線形的に増加する。制限値Tの絶対値が、第1の許容限界値TL1を通過して第2の許容限界値TL2に達した以降、差Δθの絶対値にかかわらず、制限値Tは第2の許容限界値TL2に維持される。
【0091】
第2の許容限界値TL2は、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるときのトルク指令値T の増加を許容する観点に基づき設定される。第2の許容限界値TL2は、第1の許容限界値TL1よりも大きい値であって、転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応するトルク指令値T の最大値を超えない程度の値である。
【0092】
<第1の実施の形態の効果>
第1の実施の形態は、以下の効果を奏する。
(1-1)転舵力が不足しやすい状況であるとき、トルク指令値T の変化範囲が、制限値Tの定格値TL0を超えて拡大される。このため、たとえば過大な軸力の発生に起因して、制限値設定部73により設定される制限値Tの定格値TL0を超えるトルク指令値T が演算される場合であれ、このトルク指令値T が制限されることが抑制される。転舵モータ32は、制限値Tの定格値TL0を超えるトルク指令値T に応じた、より大きい転舵力を発生する。このように、過大な軸力が発生する状況に備えてトルク指令値T の変化範囲を予め拡大させておくことにより、転舵シャフト31に実際に大きな軸力が発生した場合であれ、転舵力が不足することなく転舵輪12を円滑に転舵させることができる。
【0093】
(1-2)制限値Tは、その定格値TL0を基準として、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの差Δθが増加するにつれて、徐々に増加する。このため、転舵シャフト31に過大な軸力が発生した場合、差Δθの値に応じて、トルク指令値T が時間に対して徐々に増加する。このため、ピニオン角θ、ひいては転舵角θの急変が抑制される。また、差Δθの値に応じて、制限値Tの値、ひいてはトルク指令値T が増加する。すなわち、制限値Tの値、ひいてはトルク指令値T が無駄に増加することがない。したがって、転舵モータ32、および転舵モータ32に電力を供給するインバータの過熱を抑制することができる。
【0094】
(1-3)車両が極低速域の速度で走行している状態で、ステアリングホイール11が操舵されるとき、転舵シャフト31に過大な軸力が発生しやすい。このため、転舵制御部36は、車速Vが極低速域の速度であって、ステアリングホイール11が操舵されているとき、転舵力が不足しやすい状況であると判定するとともに、転舵力が不足しやすい状況であると判定されるとき、差Δθの値に応じて制限値Tを変化させる。したがって、転舵制御部36は、適切なタイミングでトルク指令値T の変化範囲を拡大することができる。
【0095】
(1-4)ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われる場合に必要とされる転舵力は、ステアリングホイール11の切り戻し操舵か行われる場合に必要とされる転舵力よりも大きい。これは、たとえば、切り戻し操舵が行われる場合、セルフアライニングトルクが働くからである。このため、切り込み操舵が行われる場合は、切り戻し操舵が行われる場合よりも、転舵力が不足しやすいといえる。したがって、ステアリングホイール11の切り戻し操舵が行われるときには第1の許容限界値TL1を使用し、ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われるときには第1の許容限界値TL1よりも大きい値に設定される第2の許容限界値TL2を使用することが好ましい。
【0096】
具体的には、転舵制御部36は、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるとき、制限値Tの絶対値を定格値TL0から第1の許容限界値TL1まで増加させる。また、転舵制御部36は、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるとき、制限値Tの絶対値を定格値TL0から第2の許容限界値TL2まで増加させる。このようにすれば、ステアリングホイール11の操舵状態に応じて、より適切にトルク指令値T の変化範囲を拡大することができる。また、ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われるときであれ、ステアリングホイール11の切り戻し操舵が行われるときであれ、転舵力が不足することなく、転舵輪12を円滑に転舵させることができる。
【0097】
(1-5)転舵制御部は、マップM1を使用することにより、制限値Tを簡単に演算することができる。また、マップM1は、制限値Tを定格値TL0に維持する不感帯を有している。このため、不要なブーストアップ処理が実行される頻度を減らすことができる。たとえば、転舵モータ32の起動時、転舵モータ32の応答性に応じて、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの間にわずかな差Δθが生じるおそれがある。このような場合にまで、ブーストアップ処理が実行されることが抑制される。したがって、転舵モータ32、あるいは転舵モータ32に電力を供給するインバータの過熱を抑制することができる。また、より長期間にわたって、転舵制御の実行を継続することが可能となる。
【0098】
<第2の実施の形態>
つぎに、操舵装置を具体化した第2の実施の形態を説明する。本実施の形態は、基本的には、先の図1および図2に示される第1の実施の形態と同様の構成を有している。本実施の形態は、通電制御部64に先の調停処理部72と同様の処理機能を持たせている点、および制限値設定部73により設定される制限値の制限対象の点で第1の実施の形態と異なる。本実施の形態では、転舵制御部36として先の調停処理部72を割愛した構成が採用されている。したがって、第1の実施の形態と同様の部材および構成については、第1の実施の形態と同一の符号を付し、その詳細な説明を割愛する。
【0099】
図3(b)に示すように、通電制御部64は、ピニオン角フィードバック制御部63により演算されるトルク指令値T を取り込む。また、通電制御部64は、判定部71によってセットされる区分Fの値を取り込む。
【0100】
制限値設定部73は、通電制御部64において演算される電流指令値の変化範囲を制限するための制限値Iを設定する。制限値Iは、トルク指令値T に基づき演算される電流指令値の変化が許容される許容範囲の限界値でもある。制限値Iは、何らかの原因で過大な電流指令値が演算される場合であれ、この過大な電流指令値に基づき過大な電流が転舵モータ32へ供給されること、ひいては転舵モータ32が過大なトルクを発生することを抑制する観点に基づき設定される。制限値Iは、たとえば転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値を100%としたときの80%程度の値に設定される。
【0101】
通電制御部64は、制限値設定部73により設定される制限値Iに基づき、トルク指令値T に基づき演算される電流指令値の変化範囲を制限する。電流指令値の絶対値が制限値Iを超えるとき、電流指令値は制限値Iに制限される。たとえば、電流指令値が正の値である場合、電流指令値が正の制限値Iを超えるとき、電流指令値は正の制限値Iに制限される。電流指令値が負の値である場合、電流指令値が負の制限値Iを超えるとき、電流指令値は負の制限値Iに制限される。したがって、許容範囲の限界値を超える過大な電流指令値に基づき転舵モータ32が過大なトルクを発生することが抑制される。
【0102】
ただし、たとえば、路面の摩擦が大きいことに起因して、操舵装置10に過大な軸力が発生した場合、転舵力が不足することにより、転舵輪12を転舵することが困難となるおそれがある。このとき、転舵制御部36は、ステアリングホイール11の操舵角θに転舵輪12の転舵角を追従させようとする。このため、転舵制御部36では、転舵モータ32に対してより大きい電流を供給するために、制限値Iを超える、より大きい値の電流指令値が演算されるおそれがある。
【0103】
そこで、制限値設定部73は、転舵力が不足しやすい状況であるとき、ブーストアップ処理を実行する。ブーストアップ処理は、制限値Iを増加させるための処理であって、電流指令値が制限値Iの定格値を超えて増加することを許容するために実行される処理である。定格値は、たとえば転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値を100%としたときの80%程度の値である。
【0104】
制限値設定部73は、判定部71によりセットされる区分Fの値に応じて、制限値Iを設定する。たとえば、制限値設定部73は、区分Fの値が非ブーストアップ状態Sb0であるとき、制限値Iを増加させない。すなわち、制限値Iは、定格値に維持される。
【0105】
制限値演算部73Bは、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるとき、制限値Iを定格値から第1の許容限界値まで増加させる。第1の許容限界値は、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるときの電流指令値の増加を許容する観点に基づき設定される。第1の許容限界値は、制限値Iの定格値よりも大きい値であって、転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値を超えない程度の値である。
【0106】
制限値演算部73Bは、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるとき、制限値Tを定格値から第2の許容限界値まで増加させる。第2の許容限界値は、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるときの電流指令値の増加を許容する観点に基づき設定される。第2の許容限界値は、第1の許容限界値よりも大きい値であって、転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値を超えない程度の値である。
【0107】
このように、転舵力が不足しやすい状況であるとき、転舵力の不足の程度に応じて、制限値Iが定格値よりも大きい値に変更されることによって、電流指令値の変化範囲が拡大される。これにより、ブーストアップ処理の実行時、電流指令値は、制限値Iの定格値を超えて変化することが可能となる。このため、電流指令値が定格値に制限される場合に比べて、転舵モータ32へ供給される電流量はより多くなる。したがって、転舵モータ32へ供給される電流量が多くなる分だけ、転舵モータ32が発生する転舵力は増加する。これにより、転舵輪12をより円滑に転舵させることが可能となる。
【0108】
ただし、制限値Iが急激に変化すると、転舵輪12の転舵角θが急激に変化したり、異音が発生したりするおそれがある。そこで、本実施の形態では、制限値設定部73として、つぎの構成を採用している。
【0109】
<制限値Iの徐変処理>
図5(b)に示すように、制限値設定部73は、角度偏差演算部73C、および制限値演算部73Dを有している。
【0110】
角度偏差演算部73Cは、目標ピニオン角演算部62により演算される目標ピニオン角θ 、およびピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θを取り込む。角度偏差演算部73Cは、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの差Δθを演算する。差Δθの値は、目標ピニオン角θ に対するピニオン角θの追従不足量である。差Δθの値は、目標転舵角に対する転舵角θの追従不足量を反映する値でもある。目標転舵角は、目標ピニオン角θ に対応する転舵角θである。
【0111】
制限値演算部73Dは、角度偏差演算部73Cにより演算される差Δθの値を取り込む。制限値演算部73Dは、差Δθの値に応じて、最終的な制限値Iを演算する。制限値演算部73Dは、たとえば、マップM2を使用して、制限値Iを演算する。マップM2は、横軸を差Δθの絶対値、縦軸を制限値Iの絶対値とするマップである。マップM2は、判定部71によりセットされる区分Fの値に応じた3つの特性を有している。
【0112】
制限値演算部73Dは、区分Fの値が非ブーストアップ状態Sb0であるとき、マップM2の第1の特性線L4で示される第の1特性に従って、制限値Iを演算する。第1の特性は、具体的には、つぎの通りである。すなわち、差Δθの絶対値にかかわらず、制限値Iの絶対値は定格値IL0に維持される。定格値IL0は、ブーストアップ処理が実行されない通常時の制限値であって、たとえば転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値を100%としたときの80%程度の値である。
【0113】
制限値演算部73Dは、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるとき、マップM2の第2の特性線L5で示される第2の特性に従って、制限値Iを演算する。第2の特性は、具体的には、つぎの通りである。すなわち、マップM2において、差Δθの絶対値が「0」からしきい値θpthまでの範囲には、制限値Iの値を定格値IL0とする不感帯が設定されている。また、マップM2において、差Δθの絶対値が、しきい値θpthを超えるとき、制限値Iの絶対値は、差Δθの絶対値が増加するにつれて線形的に増加する。制限値Iの絶対値が、第1の許容限界値IL1に達した以降、差Δθの絶対値にかかわらず、制限値Iの絶対値は、第1の許容限界値IL1に維持される。
【0114】
第1の許容限界値IL1は、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるときの電流指令値の増加を許容する観点に基づき設定される。第1の許容限界値IL1は、定格値TL0の絶対値よりも大きい値であって、転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値を超えない程度の値である。
【0115】
制限値演算部73Dは、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるとき、マップM2の第3の特性線L6で示される第3の特性に従って、制限値Iを演算する。具体的には、第3の特性は、つぎの通りである。すなわち、マップM2において、差Δθの絶対値が「0」からしきい値θpthまでの範囲には、制限値Iの値を、定格値IL0とする不感帯が設定されている。また、マップM2において、差Δθの絶対値が、しきい値θpthを超えるとき、制限値Iの絶対値は、差Δθの絶対値が増加するにつれて線形的に増加する。制限値Iの絶対値が、第1の許容限界値IL1を通過して第2の許容限界値IL2に達した以降、差Δθの絶対値にかかわらず、制限値Iは第2の許容限界値IL2に維持される。
【0116】
第2の許容限界値IL2は、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるときの電流指令値の増加を許容する観点に基づき設定される。第2の許容限界値IL2は、第1の許容限界値IL1よりも大きい値であって、転舵モータ32が発生することのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値を超えない程度の値である。
【0117】
<第2の実施の形態の効果>
第2の実施の形態は、以下の効果を奏する。
(2-1)転舵力が不足しやすい状況であるとき、トルク指令値T に基づき演算される電流指令値の変化範囲が、制限値Iの定格値IL0を超えて拡大される。このため、たとえば過大な軸力の発生に起因して、制限値設定部73により設定される制限値Iの定格値IL0を超える電流指令値が演算される場合であれ、この電流指令値が制限されることが抑制される。転舵モータ32は、制限値Iの定格値IL0を超える電流指令値に応じた、より大きい転舵力を発生する。このように、過大な軸力が発生する状況に備えて電流指令値の変化範囲を予め拡大させておくことにより、転舵シャフト31に実際に大きな軸力が発生した場合であれ、転舵力が不足することなく転舵輪12を円滑に転舵させることができる。
【0118】
(2-2)制限値Iは、その定格値IL0を基準として、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの差Δθの値に応じて徐々に増加する。このため、転舵シャフト31に過大な軸力が発生した場合、差Δθの値に応じて、トルク指令値T に基づく電流指令値が時間に対して徐々に増加する。このため、ピニオン角θ、ひいては転舵角θの急変が抑制される。また、差Δθの値に応じて、制限値Iの値、ひいては電流指令値が増加する。すなわち、制限値Iの値、ひいては電流指令値が無駄に増加することがない。このため、転舵モータ32、および転舵モータ32に電力を供給するインバータの過熱を抑制することができる。
【0119】
(2-3)車両が極低速域の速度で走行している状態で、ステアリングホイール11が操舵されるとき、転舵シャフト31に過大な軸力が発生しやすい。このため、転舵制御部36は、車速Vが極低速域の速度であって、ステアリングホイール11が操舵されているとき、転舵力が不足しやすい状況であると判定するとともに、転舵力が不足しやすい状況であると判定されるとき、差Δθの値に応じて制限値Iを変化させる。したがって、転舵制御部36は、適切なタイミングでトルク指令値T に基づき演算される電流指令値の変化範囲を拡大することができる。
【0120】
(2-4)ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われる場合に必要とされる転舵力は、ステアリングホイール11の切り戻し操舵か行われる場合に必要とされる転舵力よりも大きい。これは、たとえば、切り戻し操舵が行われる場合、セルフアライニングトルクが働くからである。このため、切り込み操舵が行われる場合は、切り戻し操舵が行われる場合よりも、転舵力が不足しやすいといえる。したがって、ステアリングホイール11の切り戻し操舵が行われるときには電流指令値に対する第1の許容限界値IL1を使用し、ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われるときには第1の許容限界値IL1よりも大きい値に設定される第2の許容限界値IL2を使用することが好ましい。
【0121】
具体的には、転舵制御部36は、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるとき、制限値Iの絶対値を定格値IL0から第1の許容限界値IL1まで増加させる。また、転舵制御部36は、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるとき、制限値Iの絶対値を定格値IL0から第2の許容限界値IL2まで増加させる。このようにすれば、ステアリングホイール11の操舵状態に応じて、より適切にトルク指令値T に基づく電流指令値の変化範囲を拡大することができる。また、ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われるときであれ、ステアリングホイール11の切り戻し操舵が行われるときであれ、転舵力が不足することなく、転舵輪12を円滑に転舵させることができる。
【0122】
(2-5)転舵制御部は、マップM2を使用することにより、制限値Iを簡単に演算することができる。また、マップM2は、制限値Iを定格値IL0に維持する不感帯を有している。このため、不要なブーストアップ処理が実行される頻度を減らすことができる。たとえば、転舵モータ32の起動時、転舵モータ32の応答性に応じて、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの間にわずかな差Δθが生じるおそれがある。このような場合にまで、ブーストアップ処理が実行されることが抑制される。したがって、転舵モータ32、あるいは転舵モータ32に電力を供給するインバータの過熱を抑制することができる。また、より長期間にわたって、転舵制御の実行を継続することが可能となる。
【0123】
<他の実施の形態>
なお、各実施の形態は、つぎのように変更して実施してもよい。
・第1および第2の実施の形態において、転舵力が不足しやすい状況は、つぎの状況(D1),(D2)を含んでいてもよい。
【0124】
(D1)複数系統の巻線群を有する転舵モータ32において、いずれか1系統の巻線群に失陥が発生することによって、転舵モータ32の出力が低下する状況。
(D2)極低温環境下において、操舵装置10の摩擦、特に転舵ユニット30の機構部分の摩擦が増加することによって、ステアリングホイール11の操舵に対する転舵輪12の追従性が低下する状況。
【0125】
・第1および第2の実施の形態において、角度偏差演算部73A,73Cは、目標ピニオン角θ に代えて、操舵角演算部51により演算される操舵角θを取り込むようにしてもよい。この場合、角度偏差演算部73A,73Cは、操舵角θをピニオン角θに変換し、この変換されるピニオン角θと、ピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θとの差を演算する。
【0126】
・第1の実施の形態において、製品仕様によっては、図5(a)に示されるマップM1は、不感帯を有していなくてもよい。この場合、たとえば、差Δθの絶対値が「0」を起点として増加するにつれて、制限値Tの絶対値が定格値TL0を基準として線形的に増加するように、マップM1を設定してもよい。
【0127】
・第2の実施の形態において、製品仕様によっては、図5(b)に示されるマップM2は、不感帯を有していなくてもよい。この場合、たとえば、差Δθの絶対値が「0」を起点として増加するにつれて、制限値Iの絶対値が定格値IL0を基準として線形的に増加するように、マップM2を設定してもよい。
【0128】
・第1の実施の形態において、トルク指令値T に対する許容限界値は、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるときと、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるときとで、同じ値であってもよい。許容限界値は、たとえば第2の許容限界値TL2に設定される。この場合、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1または第2のブーストアップ状態Sb2であるとき、すなわち転舵力が不足しやすい状況であるとき、制限値Tは、最大で第2の許容限界値TL2まで増加させることが可能である。
【0129】
・第2の実施の形態において、トルク指令値T に基づき演算される電流指令値に対する許容限界値は、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1であるときと、区分Fの値が第2のブーストアップ状態Sb2であるときとで、同じ値であってもよい。許容限界値は、たとえば第2の許容限界値IL2に設定される。この場合、区分Fの値が第1のブーストアップ状態Sb1または第2のブーストアップ状態Sb2であるとき、すなわち転舵力が不足しやすい状況であるとき、制限値Iは、最大で第2の許容限界値IL2まで増加させることが可能である。
【0130】
・第1の実施の形態において、転舵制御部36として、判定部71を割愛した構成を採用してもよい。この場合、ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われているか、ステアリングホイールの切り戻し操舵が行われているかにかかわらず、トルク指令値T に対する許容限界値は、同じ値に設定される。図5(c)に括弧付きの符号を付して示すように、トルク指令値T に対する許容限界値は、たとえば第2の許容限界値TL2に設定される。制限値設定部73は、単に、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの差Δθの値に応じて、制限値Tを設定するだけである。制限値Tは、差Δθの値に応じて、最大で第2の許容限界値TL2まで増加させることが可能である。
【0131】
・第2の実施の形態において、転舵制御部36として、判定部71を割愛した構成を採用してもよい。この場合、ステアリングホイール11の切り込み操舵が行われているか、ステアリングホイールの切り戻し操舵が行われているかにかかわらず、トルク指令値T に基づき演算される電流指令値に対する許容限界値は、同じ値に設定される。図5(c)に示すように、電流指令値に対する許容限界値は、たとえば第2の許容限界値IL2に設定される。制限値設定部73は、単に、目標ピニオン角θ とピニオン角θとの差Δθの値に応じて、制限値Iを設定するだけである。制限値Iは、差Δθの値に応じて、最大で第2の許容限界値IL2まで増加させることが可能である。
【0132】
・第1および第2の実施の形態において、反力制御部27と転舵制御部36とで単一の制御部を構成してもよい。
・第1および第2の実施の形態では、車両の操舵装置10として、ステアリングシャフト21と転舵輪12との間の動力伝達が分離されたいわゆるリンクレス構造を採用した例を挙げたが、クラッチによりステアリングシャフト21と転舵輪12との間の動力伝達を分離可能とした構造を採用してもよい。クラッチが切断されるとき、ステアリングホイール11と転舵輪12との間の動力伝達が切断される。クラッチが接続されるとき、ステアリングホイール11と転舵輪12との間の動力伝達が連結される。
【符号の説明】
【0133】
10…操舵装置(制御対象)
11…ステアリングホイール
12…転舵輪
31…転舵シャフト
32…転舵モータ
36…操舵制御装置を構成する転舵制御部(制御部)
図1
図2
図3
図4
図5