(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030514
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】電気化学装置、電気化学装置の駆動方法
(51)【国際特許分類】
G02F 1/1506 20190101AFI20240229BHJP
【FI】
G02F1/1506
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022133451
(22)【出願日】2022-08-24
(71)【出願人】
【識別番号】000002303
【氏名又は名称】スタンレー電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 祐紀
(72)【発明者】
【氏名】太田 めぐみ
【テーマコード(参考)】
2K101
【Fターム(参考)】
2K101AA23
2K101DA12
2K101DB04
2K101DB53
2K101DC25
2K101DC33
2K101DC63
2K101EC02
2K101EC74
2K101ED01
2K101ED26
2K101ED27
2K101EE02
2K101EG37
2K101EG52
2K101EK02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】電気化学装置において反射状態を維持できる期間をより長くすること。
【解決手段】第1電極と第2電極との間に配置された電解質層と、当該第1電極及び第2電極を介して電解質層に駆動電圧を印加する駆動回路とを含む電気化学装置であって、駆動電圧の駆動波形は、エレクトロデポジション材料を析出させる大きさ及び極性の第1電圧が電解質層に印加される第1期間と、エレクトロデポジション材料が析出した状態において当該状態を保持する大きさであって第1電圧と同極性かつ当該第1電圧よりも小さい第2電圧が電解質層に印加される第2期間と、エレクトロデポジション材料が析出した状態において第1電圧及び第2電圧とは逆極性である第3電圧が電解質層に印加される第3期間と、を有する、電気化学装置である。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向配置された第1電極及び第2電極と、
エレクトロデポジション材料を含んでおり前記第1電極と前記第2電極との間に配置された電解質層と、
前記第1電極及び前記第2電極と接続されており当該第1電極及び第2電極を介して前記電解質層に駆動電圧を印加する駆動回路と、
を含み、
前記駆動電圧の駆動波形は、
電圧無印加の状態から前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料を析出させる大きさ及び極性の第1電圧が前記電解質層に印加される第1期間と、
前記第1期間に次いで、前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において当該状態を保持する大きさであって前記第1電圧と同極性かつ当該第1電圧よりも小さい第2電圧が前記電解質層に印加される第2期間と、
前記第2期間に次いで、前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において前記第1電圧及び前記第2電圧とは逆極性である第3電圧が前記電解質層に印加される第3期間と、
を有する、
電気化学装置。
【請求項2】
前記エレクトロデポジション材料は、AgNO3、AgClO、AgBr、AgCl、AgIの何れかを50~1000mM含む、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項3】
前記駆動波形において前記第2期間は前記第1期間から連続して設けられる、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項4】
前記駆動波形において前記第3期間は前記第2期間から連続して設けられる、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項5】
前記第2電圧は、室温下において前記第1電極又は前記第2電極の何れかを作用電極として用いて当該作用電極の極性をプラスとして二電極式サイクリックボルタンメトリー測定によって得られるCV曲線に基づいて決定される電圧であって、0ボルトから卑方向に掃引して前記エレクトロデポジション材料が前記作用電極に析出した後、貴方向へ折り返した際に前記作用電極の電圧を0ボルト以下とした範囲において現れる還元電流ピークに相当する電圧である、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項6】
前記CV曲線における卑側の折り返し電圧は、-3ボルトから-1.8ボルトの範囲内で設定される、
請求項5に記載の電気化学装置。
【請求項7】
前記CV曲線における貴側の折り返し電圧は、0ボルトから+2.0ボルトの範囲内で設定される、
請求項5に記載の電気化学装置。
【請求項8】
前記CV曲線を得る際の掃引速度は、5ミリボルト/秒以上である、
請求項5に記載の電気化学装置。
【請求項9】
前記第2電圧は、前記第1電極及び前記第2電極のうち、前記作用電極として用いるほうをプラスとし、対向電極として用いるほうをマイナスとしたときに、前記CV曲線において、前記エレクトロデポジション材料が析出して前記電解質層の透過率が低下する電圧より大きく、かつ、貴側の還元電流のピークの終点になる電圧より小さい電圧である、
請求項5に記載の電気化学装置。
【請求項10】
前記第2電圧は、前記エレクトロデポジション材料が析出して前記電解質層の透過率が低下する電圧より大きく、かつ、貴側の還元電流のピークの終点になる電圧から貴方向に0.15ボルトの差異を有する電圧の絶対値である、
請求項9に記載の電気化学装置。
【請求項11】
対向配置された第1電極及び第2電極と、エレクトロデポジション材料を含んでおり前記第1電極と前記第2電極との間に配置された電解質層と、前記第1電極及び前記第2電極と接続されており当該第1電極及び第2電極を介して前記電解質層に駆動電圧を印加する駆動回路と、を含む電気化学装置の駆動方法であって、
前記駆動電圧の駆動波形は、
電圧無印加の状態から前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料を析出させる大きさ及び極性の第1電圧が前記電解質層に印加される第1期間と、
前記第1期間に次いで、前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において当該状態を保持する大きさであって前記第1電圧と同極性かつ当該第1電圧よりも小さい第2電圧が前記電解質層に印加される第2期間と、
前記第2期間に次いで、前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において前記第1電圧及び前記第2電圧とは逆極性である第3電圧が前記電解質層に印加される第3期間と、
を有する、
電気化学装置の駆動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電気化学装置、電気化学装置の駆動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透過型と反射型とを切替え可能な電気化学装置の一種として、例えば国際公開第2016/021190号公報(特許文献1)には、エレクトロクロミック素子が配されたミラー切替え方式の表示装置が記載されている。この表示装置におけるエレクトロクロミック素子は、透明状態時に可視光領域の中心波長での光線透過率が70%以上で、光線反射率が20%以下であり、ミラー状態時に可視光領域の中心波長でのミラー切替え時の光線反射率が65%以上である。しかし、金属膜が良好に析出した状態を維持できる期間が短いという点で改良の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2016/021190号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示に係る具体的態様は、電気化学装置において金属膜が良好に析出した状態を維持できる期間をより長くすることを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示に係る一態様の電気化学装置は、(a)対向配置された第1電極及び第2電極と、(b)エレクトロデポジション材料を含んでおり前記第1電極と前記第2電極との間に配置された電解質層と、(c)前記第1電極及び前記第2電極と接続されており当該第1電極及び第2電極を介して前記電解質層に駆動電圧を印加する駆動回路と、を含み、(d)前記駆動電圧の駆動波形は、(d1)電圧無印加の状態から前記第1電極側又は前記第2電極側に前記エレクトロデポジション材料を析出させる大きさ及び極性の第1電圧が前記電解質層に印加される第1期間と、(d2)前記第1電極側又は前記第2電極側に前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において当該状態を保持する大きさであって前記第1電圧と同極性かつ当該第1電圧よりも小さい第2電圧が前記電解質層に印加される第2期間と、(d3)前記第1電極側又は前記第2電極側に前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において前記第1電圧及び前記第2電圧とは逆極性である第3電圧が前記電解質層に印加される第3期間と、を有する、電気化学装置である。
【0006】
上記構成によれば、電気化学装置において金属膜が良好に析出した状態を維持できる期間をより長くすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1(A)及び
図1(B)は、一実施形態の電気化学装置の構成を示す図である。
【
図2】
図2(A)、
図2(B)は、比較例の駆動電圧の駆動波形を示す図である。
【
図3】
図3は、反射率の経時変化の測定結果を示す図である。
【
図4】
図4(A)~
図4(D)は、黄色化の原因として推察されるメカニズムを説明するための図である。
【
図5】
図5(A)は、反射率モニタの配置を説明するための図である。
【
図6】
図6は、反射率フィードバックによる矩形波印加時の時間に対する反射率の挙動を示す図である。
【
図7】
図7は、CV測定及び分光透過率測定時の測定系の構成例を示す図である。
【
図8】
図8は、実施形態の駆動電圧の駆動波形を示す図である。
【
図9】
図9は、CV曲線及び透過率曲線の一例を示す図である。
【
図10】
図10は、電気化学装置の反射率維持および外観の変化有無を観察した際の駆動条件と観察結果を示す図である。
【
図11】
図11は、
図9に示したCV曲線のうち卑側の電圧範囲を拡大した図である。
【
図13】
図13は、実施例2の電気化学装置について、時間に対する反射率変化を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(一実施形態の電気化学装置の構成)
図1(A)及び
図1(B)は、一実施形態の電気化学装置の構成を示す図である。図示の電気化学装置1は、第1基板11、第2基板12、第1電極13、第2電極14、封止材15、電解質層16、駆動回路17を含んで構成されている。本実施形態の電気化学装置1は、駆動回路17によって第1電極13及び第2電極14に適切な駆動電圧を印加することで
図1(B)に示すように第1電極13側(又は第2電極14側)に金属膜18を析出させることができる。金属膜18を析出させることで、第1基板11側から視認すると鏡状態が得られる。金属膜18を析出させていない場合には、外観上、透明状態となる。
【0009】
第1基板11及び第2基板12は、ガラスや樹脂等を用いて形成された透明基板であり、互いの一面側を対向させるようにして配置されている。第1基板11と第2基板の間には一定の隙間が設けられている。この隙間は、図示しない球状や柱状、隔壁状のスペーサを両基板間に介在させることによって保持される。
【0010】
第1電極13は、第1基板11の一面側に設けられている。第2電極14は、第2基板12の一面側に設けられている。第1電極13及び第2電極14は、透明導電膜を用いて形成されており、互いに対向するように配置されている。
【0011】
第1電極13及び第2電極14を構成する透明導電膜としては、例えば、スズドープ酸化インジウム(ITO)、鉛ドープ酸化インジウム(IZO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、アンチモンドープ酸化スズ(AZO)、SnO2等の導電性酸化物、ポリピロール、PEDOT(ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェン)等の導電性ポリマーあるいはIrOx、MnOx、CrOx、NOx、WOx等x(xは任意の正の数)のエレクトロクロミック材料のいずれか一種以上を単層あるいは複層にして用いることができる。
【0012】
封止材15は、第1基板11と第2基板12の各一面の間に設けられている。この封止味15は、平面視において環状に設けられており、その内側に電解質層16が配置されている。封止材15は、第1基板11と第2基板12を固定する部材としても機能する。
【0013】
電解質層16は、第1電極13と第2電極14の間に設けられており、封止材15によって封止されている。電解質層16は、エレクトロデポジション材料、支持塩、メディエーターを溶媒中に含有する液体状またはゲル状の層である。電解質層16の層厚は、例えば10~数百μmとすることができる。本実施形態では、電解質層16の層厚は100μmである。
【0014】
エレクトロデポジション材料は、銀、ビスマス、クロム、鉄、カドミウム、コバルト、ニッケル、錫、鉛および銅からなる群より選択される一種以上の金属元素を含む材料である。例えば、銀を含む材料の場合、AgNO3、AgCl、AgClO4、AgBr、ビスマスを含む材料の場合、Bi(NO3)3、BiCl3、BiBr3などを用いることができる。本実施形態では、エレクトロデポジション材料として銀を含む材料を用いる。
【0015】
支持塩としては、エレクトロデポジション材料の酸化還元反応を促進するものであれば限定されない。例えばリチウム塩(LiCl、LiBr、LiI、LiBF4、LiClO4等)、カリウム塩(KCl、KBr、KI等)、ナトリウム塩(NaCl、NaBr、NaI等)を用いることができる。
【0016】
メディエーターとしては、例えばTaを含む材料が用いられる。メディエーター材料にTaを含む材料を用いることによって、電解質層をほぼ無色にすることができる。なお、Taの他にも、Mo、Nb等を含むメディエーター材料を用いても電解質層の透明度を高められる。メディエーター材料には、例えば、TaCl5、MoCl5、NbCl5等を用いることができる。
【0017】
溶媒としては、エレクトロデポジション材料等を安定的に保持できるものであれば限定されない。例えばN,N-ジメチルアセトアミド(DMA)、4-ブチロラクトン、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、炭酸プロピレン、アセトニトリル等を用いることができる。ゲル化剤は使用しなくてもよいが、電解質層をゲル化する場合は、ポリマーが溶媒中で安定であるものであれば限定されない。例えばポリビニルアルコール系樹脂、ポリビニルブチラール系樹脂、ポリフッ化ビニリデン系樹脂等を用いることができる。
【0018】
駆動回路17は、第1電極13及び第2電極14と接続されており、これらを介して電解質層16へ直流の駆動電圧を印加する。駆動回路17によって印加される駆動電圧の詳細については後述する。
【0019】
金属膜18は、駆動回路17によって第1電極13及び第2電極14を介して電解質層16へ駆動電圧を供給することによって、例えば第1電極13側に析出する(
図1(B)参照)。詳細には、金属が析出する電位差以上の電圧を印加すると第1電極13と第2電極14の間に電流が流れ、作用電極としての第1電極13側では電解質層16に含有される金属イオン(例えばAg
+)が電極を介して電子(e
-)を受け取り還元され、金属単体(例えばAg)として析出する。このとき、電極面がフラットであれば外観上、鏡状態となり、電極面に凹凸が設けられていれば黒色が観察される。また、金属膜18が作用電極としての第1電極13側に析出した状態で、第1電極13と第2電極14の間の電圧を金属の析出電圧以下にすると電解質層16に含有されるメディエーターにより析出した金属が酸化され、金属はイオン化して電解質中に溶解する。これにより、金属膜18は消失し、外観上は透明状態となる。
【0020】
(比較例の駆動方法についての検証)
上記した実施形態の電気化学装置1に対し、
図2(A)、
図2(B)に示す比較例の駆動波形による駆動電圧を印加してその動作状態を検証した。検証に用いた電気化学装置1は、第1電極13及び第2電極14としてITO膜を用い、電解質層16の層厚を100μmとし、金属塩はAgBrを200mMとし、支持塩はLiBrを800mMとし、メディエーターはMoCl
5を10mMとし、溶媒はDMAとして構成した。駆動電圧は、駆動回路17から電気化学装置1へ供給した。以下、この条件による電気化学装置1を「実施例1の電気化学装置1」という。
【0021】
図2(A)に示す駆動波形の駆動電圧は、期間T11において金属膜18を析出させる電圧V11が電解質層16に印加され、次の期間T13において金属膜18を溶解させる電圧V13(V11と逆極性の電圧)が電解質層16に印加されるものである。この駆動方法では、期間T11をより長くすることで電気化学装置1の金属膜18の析出状態を維持できるが、長時間の電圧印加により消費電力が増大する。また、作用電極である第1電極13に析出した金属膜18に剥離や割れが生じ、鏡状態の品位低下および反射率低下が生じ得る。
【0022】
図2(B)に示す駆動波形の駆動電圧は、国際公開第2016/021190号公報に記載の駆動方法に準じたものである。具体的には、期間T11において金属膜18を析出させる電圧V11が相対的に短い時間で電解質層16に印加される。次の期間T12においては、金属膜18の析出速度とメディエーターによる金属の溶解速度とが平衡状態になる電圧を中心にして、矩形波、略矩形波、サイン波のいずれかで、平衡状態になる電圧よりも析出速度が大きくなる電圧V12’と、平衡状態になる電圧よりも溶解速度が大きくなる電圧V12とが交互に繰り返されるようにして電解質層16に印加されることで、作用電極である第1電極13に析出する金属膜18が保持される。期間T13は、金属膜18を溶解させる電圧V13が電解質層16に印加される期間である。しかしながら、この比較例の駆動方法では、より長時間に渡って金属膜18の析出状態を維持することは難しい。本願発明者の検証によれば、実施例1の電気化学装置1では約1時間の駆動後には鏡状態の品位の低下や反射率の低下が生じた。
【0023】
上記の不具合が生じる理由として、金属膜18の溶解と析出を繰り返すことで、析出条件や溶解条件の不適による金属膜18の溶解や剥離が引き起こされていることが考えられる。前述のとおり、
図2(B)に示す比較例の駆動方法は、金属の析出と溶解の平衡を中心として高い電圧と低い電圧を交互にかける手法である。この電圧が不適で析出電圧が大きい場合は、析出量は溶解量よりも多くなる。この場合、電解質層16と接触する端子接続部13a、14a(
図1(B)参照)の各近傍にて、作用電極である第1電極13上での金属膜18の過析出による金属膜18の剥離が生じ、鏡状態の品位が低下する。これは、電極抵抗により端子接続部13a、14aの各近傍と第1電極13の中心部において電流密度に差が生じていることによる。
【0024】
端子接続部13a、14aの各近傍では電流密度が大きく金属の析出量が多い一方で、第1電極13の中央部では電流密度が小さく金属の析出が少なくなる。そのため、金属の析出量の多い端子接続部13a、14aの各近傍において、第1電極13と金属膜18との間に働く斥力により、端子接続部13a、14aの各近傍の第1電極13において金属膜18が保持できなくなり、金属膜18に剥離を生じ得る。さらに、剥離した金属膜18が対極である第2電極14に接触することで、電極間ショートによる素子破壊が生じる懸念がある。これは、ショート箇所において電解質層16に大きな電流が流れ、溶媒が分解することによる。一方で、溶解電圧が大きい場合は、析出量よりも溶解量が大きくなる。この場合、析出した金属膜18が溶解し、反射率が低下する。あるいはメディエーターによる溶解時に金属膜18へ引力(第1電極13から引きはがす力)が働き、金属膜18と第1電極13との間に剥離や割れが生じ得る。
【0025】
比較例の駆動方法によって駆動した場合の電気化学装置の反射率の経時変化を測定した。ここでは、上記と同様の実施例1の電気化学装置1を用い、駆動電圧としては
図2(B)に示した駆動波形のものを印加した。詳細には、析出電圧V11として電極間(第1電極13と第2電極の間)に与える電位差を2.5ボルトとし、期間T11を5秒間とした。その後に連続する期間T12においては、保持電圧V12を0ボルト、成長電圧V12’を析出電圧V11と同極性の2.0ボルトとして、V12とV12’の各々を5秒間毎に切り替えて繰り返しn回印加した。分光器として測定波長範囲が400~800nmのものを用いた。光源としては波長範囲が360~2400nmのハロゲンランプを用いた。光源と分光器からそれぞれ光ファイバを接続し、各ファイバによる反射率測定角度は15度の正反射条件とした。
【0026】
図3は、反射率の経時変化の測定結果を示す図である。ここでの反射率としては、各波長の反射率に視感度を考慮して算出した視感反射率が示されている。図示のように、駆動電圧V12、V12’を用いた保持駆動が開始された後、5分経過時点までは徐々に反射率が上昇するが、その後は徐々に反射率が低下した。さらに保持駆動を続けると、60分間経過後には反射率が20%程度まで低下した。外観上では、計測開始時には鏡状態となっており反射像が得られたが、60分間経過後には鏡状態の黄色化や濁りが発生し、光沢がなくなっていた。この黄色化が生じるメカニズムの検討結果を次に説明する。
【0027】
図4(A)~
図4(D)は、黄色化の原因として推察されるメカニズムを説明するための図である。ここでは上記のように金属塩をAgBrとした場合を例にしている。
図4(A)に示す透明状態では、電解質層中でAgはAg
+と過剰量のBr
-により錯イオンを形成し、溶解している。このとき、Br
-の量が不足すると、電解質層に対して難溶性で淡黄色のAgBrが析出することが知られている(化学式 AgBr
n
(n-1) n=1~4、n=1の場合はAgBrとして淡黄色沈殿)。
【0028】
図4(B)に示すように、Agイオンが還元できる閾値以上の電位差を電圧として各電極間に印加することで、作用電極上でAgイオンが電子を受け取り還元され、Ag膜として析出する(化学反応式 Ag
++e
-→Ag)。
【0029】
さらに、
図4(C)の保持駆動時、Agの析出と溶解の平衡よりも低い電圧を印加すると、析出したAg膜は、メディエーターによる酸化反応を受ける。このとき、電解質層と接触する界面近傍のAgが溶解し、Agイオンとなる(化学反応式 Ag→Ag
++e
-)。このとき、Ag膜の溶解により電解質層とAg膜の界面では急激にAgイオンが増加する。Ag膜界面でのAg溶解によりAgイオン濃度が急激に増大することで、Agイオンに対するBr
-の量が不足する。そのため、Ag膜中にAgBrが混入して析出すると考えられる。
【0030】
さらに、
図4(D)に示すようにAgの析出と溶解の平衡を中心として相対的に高い電圧と相対的に低い電圧を交互に印加することで、Ag膜中のAgBrの量が増大し、鏡が濁る、黄色になるといった現象が生じ、これにより外観上の品位が低下する。鏡が濁った状態は、Ag膜中にAgBrが入り込むことでAg膜が粗くなることによるもので、この場合、鏡状態の反射率は低下する。
【0031】
以上のメカニズムにより、
図2(B)に示すような比較例の駆動波形、すなわちAgの析出と溶解が平衡状態になる電圧よりも析出速度が大きくなる電圧と平衡状態になる電圧よりも溶解速度が大きくなる電圧とが交互に繰り返される駆動波形による駆動電圧を用いた場合には、高反射率を維持できる期間が短くなるものと推察される。これを解決する手段としては、Agの溶解と析出を繰り返さない手法、言い換えれば溶解と析出が平衡になる電圧での駆動が適していると考えられるが、国際公開第2016/021190号公報によるとそのような駆動は非常に困難であることが指摘されている。
【0032】
反射率モニタを用いて鏡状態保持の検討を行った。ここでも上記した実施例1の電気化学装置1を用いた。
図5(A)に示す反射率モニタ30として光学センサを用いた。この光学センサに搭載されたLEDの発光波長のピークは526nm、受光センサの感度が最大となる波長は635nmである。図示のように、反射率モニタ30は、電気化学装置1の平面視における上下左右の各中央付近に対向させて配置した。また、反射率評価のため、光源31a、治具31b、分光器31c及び制御装置(コンピュータ)31dを含んで構成される反射率測定装置31を取り付け、治具は反射率モニタ30から約1.5cm離して配置された。
【0033】
駆動電圧としては、上記した
図2(B)に示す駆動波形をベースにし、析出電圧V11を2.5ボルト、期間T11を5秒間とし、期間T12においては保持電圧V12を0ボルト、V12’を析出電圧と同極性の2.0ボルトとした。このとき、V12とV12’の各々を切り替えるタイミングについては、
図5(B)に例示するように、反射率モニタ30によって計測される反射率が所定値R1に達したら駆動電圧としてV12を印加し、反射率が所定値R2(<R1)に達したら駆動電圧としてV12’を印加する、というように保持電圧を切り替えた。反射率に応じた駆動電圧の切り替えは制御装置32によって行われた。反射率R1は反射率R2よりも大きい値であり、ここではR1=43%、R2=40%とした。
【0034】
図6は、反射率フィードバックによる矩形波印加時の時間に対する反射率の挙動を示す図である。
図6では、駆動電圧の駆動波形も併せて示されている。
図6より、駆動電圧の印加開始から7分間を経過するあたりまでは所望の反射率(ここでは40%以上)を得られることが分かる。しかしながら、その後は、駆動電圧としてV12とV12’が交番して印加されるものの、徐々に反射率が低下し、10分経過後には反射率が35%まで低下する。さらに、20分経過後には急激に反射率が低下し、30分経過後には約12%まで反射率が低下する。20分経過後は常に駆動電圧がV12’(=2.0ボルト)となっていることから、析出電圧を印加しても反射率が上昇しない状態であることが分かる。
【0035】
また、試験後の電気化学装置1は、外観上、鏡状態であるものの黄色化や濁りが観察された。上記と同様の黄色化メカニズムによって反射率が低下したと推察される。なお、5分経過時点から20分経過時点までの間でわずかに反射率が低下した領域は、反射率の測定位置とモニタ位置が約1.5cm離れていることによるもので、モニタ位置では正確にモニタされていたが、反射率測定位置ではわずかに黄色化が進み反射率が低下したと推察される。
【0036】
(本実施形態の駆動方法)
鏡状態を保持し得る駆動条件の決定のため、以下の構成にて電気化学装置1のサイクリックボルタンメトリー測定(CV測定)を行った。このとき、CV測定中の金属膜の析出有無を透過率変化として評価するため、分光透過率測定を同時に行った。本実施形態では素子状態での二電極式CV測定とした。二電極式CV測定とは、電気化学装置1に対し、対向する電極間に直線的に電圧を掃引し、その時の応答電流を評価する手法である。以後、単に「CV測定」という場合には全て素子状態での二電極式CV測定を示すものとする。
【0037】
図7は、CV測定及び分光透過率測定時の測定系の構成例を示す図である。例えば、以下の条件でCV測定することで後述する
図9の下側領域に示すような電圧-電流曲線が得られる。測定対象は上記した実施例1の電気化学装置1とした。電気化学装置1の作用電極(金属膜析出面)と対向電極のそれぞれをCV測定用のポテンショスタット35の対応した端子に接続する。CV測定では、一般的に作用電極の極性をプラス、対向電極をマイナスとして電位差を印加する。なお、作用電極と対向電極は、第1電極13と第2電極14の何れとしてもよい。
【0038】
ポテンショスタット35は、制御装置(制御用コンピュータ)36に接続される。ポテンショスタット35にて電圧を制御し、例えば0ボルトから卑方向(マイナス側ないしネガティブ側)に一定の速度で電圧の掃引をはじめ、-2.5ボルトに達したら貴方向(プラス側ないしポジティブ側)に折り返し、+1.2ボルトまで掃引する。+1.2ボルトに達したら、さらに卑方向に折り返して-2.5ボルトまで掃引する。
【0039】
このサイクルは1周以上、より好ましくは3周以上繰り返される。結果的に-2.5ボルトから1.2ボルトの掃引範囲となる。このときの掃引速度は5ミリボルト/秒以上、より好ましくは20ミリボルト/秒~100ミリボルト/秒の間で設定することが好ましい。卑側に電圧を掃引することで作用電極上に金属が析出し、その後、貴側に掃引することで析出した金属は溶解する。さらに貴側に掃引すると対向電極上に金属が析出する。
【0040】
卑側の折り返し電圧は、作用電極への金属イオンの核生成電圧を超えて十分に金属膜が析出する電圧であり、例えばAgを例とすると、-3ボルト~-1.8ボルトの間の値とするのが好ましい。より好ましくは-2.5ボルト~-2.0ボルトの間の値とするのが好ましい。貴側の折り返し電圧は、作用電極に析出する金属膜が十分に溶解する電圧であり、Agを例とすると0ボルト~+2.0ボルトの間の値とするのが好ましい。より好ましくは対極に析出しない範囲までの掃引とし、+0.5ボルト~+1.5ボルトの間の値である。
【0041】
ポテンショスタット35によって電圧を掃引し、制御装置36内に搭載された(あるいは外部に接続した)データロガーにて電圧および電圧に対する電流値の応答を評価する。電気化学装置1の場合は両電極間に流れる電流値が観測される。作用電極をプラス、対向電極をマイナスとしたとき、負電流が観測される場合には、作用電極上で還元反応が有意に進行している。逆に正電流が観測される場合には、作用電極上で酸化反応が有意に生じている。その後各方向に電圧を掃引して反応が進むことで電極と電解質層との界面の反応種の濃度が低下し、それぞれの還元(又は酸化)反応を示す電流がピークとなる。
【0042】
透過率測定は、
図7に示した制御装置36に接続された光源33及び分光器34の間に電気化学装置1を設置して行われる。本実施形態では、光源33はハロゲンランプを用いたものであってその波長範囲は360nm~2400nmであり、分光器34の測定波長範囲は400nm~800nmである。分光器34と光源33との間における電気化学装置1の設置方向は、光源33からの出射光の光軸に対して金属の析出面が略垂直になるようにする。電気化学装置1の表裏はどちらでも構わず、光源33側に作用電極が配置されるようにしてもよいし、分光器34側に作用電極が配置されるようにしてもよい。
【0043】
透過率測定はCV測定と連動しており、電圧の掃引にあわせて変化する電気化学装置1の透過率が測定される。CV測定時、電気化学装置1へ与える電圧を0ボルトから卑方向に掃引すると、金属イオンの還元に伴う還元電流が流れ始め、作用極上に金属が析出する。さらにメディエーターによる溶解量に対して金属の析出量が優位になると透過率が低下する。十分に金属膜が析出した後、掃引電圧を貴方向に折り返すと金属膜が電極上で酸化し、メディエーターによって溶解される。透過率が上昇してさらに貴方向へ掃引することで金属膜が完全に溶解すると透過率は初期状態に戻る。
【0044】
図8は、実施形態の駆動電圧の駆動波形を示す図である。この駆動電圧は駆動回路17によって電気化学装置1の第1電極13と第2電極14の間に印加される。具体的には、透明状態の電気化学装置1に対して、第1期間T1においてAg膜の析出電圧V1として各電極間にAgが十分に析出する電圧が印加される。第1期間T1から連続した第2期間T2において、Ag膜の保持電圧V2が印加される。その後、第2期間T2から連続した第3期間T3において、Ag膜の溶解電圧V3が印加される。このときの各電圧V1、V2、V3は、予め測定されたCV曲線及び電圧に対する透過率曲線に基づいて決定される。決定方法を以下に詳述する。
【0045】
図9は、CV曲線及び透過率曲線の一例を示す図である。図中、上側領域に透過率曲線が示され、下側領域にCV曲線が示されている。ここでは、電気化学装置1として、第1電極13及び第2電極14をITO膜とし、電解質層16の層厚を100μmとし、金属塩はAgBrを400mMとし、支持塩はLiBrを1600mMとし、メディエーターはMoCl
5を10mMとし、溶媒はDMAとして構成した。駆動電圧は、駆動回路17から電気化学装置1へ供給した。以下、この条件による電気化学装置1を「実施例2の電気化学装置1」という。上記した実施例1の電気化学装置1との相違点は、金属塩及び支持塩の量である。
【0046】
図8に示した実施形態の駆動波形における析出電圧V1は、Agが析出する電圧であり、電圧に対する透過率曲線におけるAgが析出して透過率が低下し始める電圧より卑側の電圧かつ電解質層が分解しない範囲の電圧の絶対値である。これは、
図9に示す範囲Aに相当する。第1期間T1の長さは所望の反射率になる長さに設定される。実施例2の電気化学装置1の場合、例えば反射率50%を所望の反射率とすると、析出電圧V1を2.6ボルト、第1期間T1の長さを10秒間に設定することが好ましい。これは一例であり、この構成および条件に限らない。
【0047】
図8に示した駆動波形における保持電圧V2は、電気化学装置1を0ボルトから卑方向へ掃引し、十分にAgが析出した後に貴方向へ折り返した際に0ボルトより卑側の電圧に現れる還元ピークあるいは変曲点に相当する電圧である。これは、
図9に示す範囲Bに相当する。より好ましくは電流がピークとなる点で、
図9の場合は-1.6ボルトであり、駆動時はその絶対値に相当する電位差の電圧が各電極の間に印加される。保持電圧V2を与える際には定電圧に限られず、定電流駆動時に電気化学装置1に印加される電圧が前記電圧になるように調整した電流を与えてもよい。
【0048】
図8に示した駆動波形における溶解電圧V3は、作用電極上へのAgの析出電圧以下、かつ対向電極にAgが析出しない電圧である。これは、
図9に示す範囲Cに相当する。Ag溶解時(消色反応時)の応答速度を考慮すると、0ボルトより貴側の電圧が好ましい。実施例2の電気化学装置1の場合、析出時と逆極性の電位差で0.5~0.7ボルト程度の電圧を印加することが好ましい。
【0049】
ここで、
図8に示した駆動波形における保持電圧V2についてさらに詳細に説明する。第2期間T2における保持電圧V2としては、
図9のCV曲線における範囲Bの電圧の絶対値に相当する電位差の電圧が用いられる。範囲Bの卑側の電圧は、
図9のCV曲線において0ボルトから電圧を掃引したときに透過率が下がり始める点である。貴側の電圧は、
図9のCV曲線において0ボルトから卑方向に掃引して十分に金属が析出した後に貴方向に折り返した際に生じる還元ピークの終点である。範囲Bは、
図9のCV曲線においては-2.0ボルト(透過率の下がり始める点)から-1.45ボルト(還元ピークの終点)である。さらに、貴側の電圧範囲は、より好ましくは還元ピークとなる電圧から0.15ボルトだけ貴方向に差異を有する電圧である。上記電圧の設定根拠を以下に説明する。
【0050】
Ag膜はメディエーター溶解時に電解質層側への引力を受ける。このとき、作用電極と析出したAg膜との密着力を超えるとAg膜が作用電極から剥がれる。そこで、実施例2の電気化学装置1を室温下で定電圧駆動にて駆動した場合の試験中の反射率維持および外観の変化有無を観察した。
図10は、駆動条件と観察結果を示す図である。
図8に示した駆動波形において第1期間T1でV1を印加した後、続く第2期間T2において、ピーク電圧(-1.61ボルト)から0.15ボルトだけ貴側の電圧(-1.46ボルト)の絶対値である1.46ボルトを保持電圧V2として用いて保持駆動を行った(図中、No.3の条件)。この場合、50分間経過した頃にAg膜の面内に点状の剥離が生じた。保持電圧V2を-1.43ボルトとした場合も同様であった(図中、No.4の条件)。保持電圧V2を-1.62ボルト又は-1.61ボルトとした場合には18時間経過した後も反射率50%以上が維持された(図中、No.1、No.2の条件)。他方、さらに貴側の電圧(-1.41ボルト)を印加した場合には、Agの溶解が生じ、明らかに析出量が少なくなった(図中、No.5の条件)。Ag膜の点状の剥離は、上記したメディエーターの引力によるものであると考えられる。以上の結果から、ピーク電圧から貴方向に0.15ボルト未満の範囲内に含まれる電圧が好ましいといえる。これは、V2の設定範囲の考え方として、溶解と析出が等しくなる点に着目していることによる。
図9のCV曲線のうち、0ボルト(透明状態)から卑方向に電圧を掃引したときに着目すると、CV曲線より-1.7ボルトでAg核生成による電流増大があるにも関わらず、透過率が下がらず、電圧が-2.1ボルト付近になることでやっと透過率が下がり始める。これは、Agの析出と溶解が均衡して等しい状態になっているためと推察される。さらに電圧を掃引して卑な電圧になると、析出量が溶解量を上回り透過率が一気に低下する。このことから、核生成電圧から透過率が低下し始める点は溶解と析出が等しくなっているといえるので、貴方向の電圧範囲は透過率の下がり始める点までと設定できる。
【0051】
図11は、
図9に示したCV曲線のうち卑側の電圧範囲(-1ボルト~-2.5ボルト)を拡大した図である。図中、CV曲線の通る順序を(1)~(5)の番号と矢印で示した。また、
図12(A)~
図12(D)は、
図11に示す各番号の電圧に対応するAg膜の状態モデルを示す図である。各図では、作用電極と析出する金属の模式的な断面図が示されている。
【0052】
図11に示すCV曲線において、0ボルトから卑方向に電圧を掃引した際、図中の(1)に示した位置で電流が流れ始めてAg
+イオンが還元する。このとき作用電極40上にはAgの核41が発生する(
図12(A)参照)。さらに、その後卑方向に電圧を掃引して
図11の(2)の位置では(1)の位置で析出したAgの核41が主に作用電極40の一面に対して平行な方向(図中の左右方向)に成長して平滑なAg膜42となる(
図12(B)参照)。
【0053】
その後、
図11の(3)の位置で貴方向へ折り返した際もAgが還元できる電圧より高い電圧のため、Ag膜42は成長していく。さらにAg膜42が成長すると徐々に作用電極40の一面と直交方向(図中、上方向)へのAg膜42の成長が優位になり、電解質層中で成長するAg膜42が荒くなり表面積が増える。表面積はAgが還元する反応面積に等しいため、電解質層に接触するAg膜42の表面積が増えることでAgの還元反応量が増大し、一時的に電流値が増大すると考えられる(
図12(C)参照)。
【0054】
その後、さらに電圧を貴方向へ掃引すると、Agが還元して析出する量よりもメディエーターによるAg膜の溶解量が多くなり、一時的に増大した表面積は減っていく(
図12(D)参照)。表面積が低下すると還元反応量も低下するため、結果的に
図11に示す範囲Dにおいてピークあるいは変曲点として還元電位の変位が現れる。さらに電圧を貴方向に掃引するとAgの還元反応による還元電流はゼロに近づく。
【0055】
以上の考察より、ピーク電圧では析出するAgとメディエーターにより溶解するAgとの平衡が生じており、この電圧付近で動作させることで、Agの析出量とAgの溶解量が等しくなると考えられる。
【0056】
図13は、実施例2の電気化学装置1について、時間に対する反射率変化を測定した結果を示す図である。ここでの反射率は、各波長の反射率に視感度を考慮して算出した視感反射率であり、正反射を測定した。駆動条件は
図10に示したNo.2の条件である。具体的には、
図8に示した駆動波形を用いて、第1期間T1では析出電圧V1を-2.6ボルトとして10秒間印加し、次いで第1期間T1から連続して第2期間T2では保持電圧V2を析出電圧V1と同極性の-1.61ボルトとして18時間印加した。
【0057】
第1期間T1での析出駆動直後の反射率は57%であった。その後わずかに反射率は上昇するが、18時間連続通電後の反射率は60%を示した。18時間の連続駆動後も反射率50%を達成し、かつ試験中の反射率変化は3%と少なかった。CV曲線から得られたピークに基づく保持駆動とすることで、Ag溶解量とAg析出量が等しくなり、18時間の連続駆動中も反射率変化がほとんど見られなかったと考えられる。さらに、試験後の電気化学装置1に対して第3期間T3の溶解電圧V3として保持駆動と逆極性で+0.7ボルトを印加したところ、析出したAg膜は溶解し、透明状態に戻った。
【0058】
以上のように本実施形態によれば、電気化学装置において金属膜が良好に析出した状態を維持できる期間をより長くすることが可能となる。本実施形態の電気化学装置は、例えば、スマートミラー、ミラーディスプレイ(オフ時に鏡状態となるディスプレイやデジタルフォトフレーム等)、車両などの移動体の窓の可変ミラーシェードといった用途に好適に用いることができる。
【0059】
(変形実施例等)
なお、本開示は上記した実施形態の内容に限定されるものではなく、本開示の要旨の範囲内において種々に変形して実施をすることが可能である。例えば、電気化学装置1の実施例1、2として挙げた数値等の条件は一例であり、これらに限定されない。また、上記した実施形態では第1電極13側に金属膜18を析出させる場合を例示していたがこれに限定されない。駆動電圧の極性を入れ替えれば第2電極14側に金属膜18を析出させることができる。
【0060】
また、
図8に示した駆動波形における第1期間では電圧V1を定電圧としていたが、
図14(A)、
図14(B)に示す変形例のように、第1期間における電圧を一定条件で変動させることも好ましい。
【0061】
具体的には、
図14(A)に示す変形例の駆動波形では、第1期間T1の始めにおいて、電圧V1よりも高い電圧V0を所定時間印加し、その後電圧V1を印加している。この駆動波形における電圧V0は金属核をより早く生成するための電圧であり、次いで印加される電圧V1は金属核を成長させるための電圧である。電圧V0をより大きい値とすることで、鏡状態を得る際の応答時間を速める効果が得られる。他方、あまり長い時間で電圧V0を印加すると素子信頼性の低下につながり得るため、金属核の生成後は、析出電圧以上であって電圧V0より電位差の小さい電圧V1に変更する。従って、電圧V0の印加時間は電圧V1の印加時間よりも短いことが好ましい。
【0062】
図14(B)に示す変形例の駆動波形では、第1期間T1において、電圧V1とそれよりも高い電圧V0を交互に複数回印加している。この駆動波形においても、電圧V0は金属核をより早く生成するための電圧であり、印加される電圧V1は金属核を成長させるための電圧である。電圧V0をより大きい値とすることで、鏡状態を得る際の応答時間を速める効果が得られる。他方、あまり長い時間で電圧V0を印加すると素子信頼性の低下につながり得るため、金属核の生成後は、析出電圧以上であって電圧V0より電位差の小さい電圧V1に変更する。1回の電圧V0の印加時間と1回の電圧V1の印加時間は、例えば同じ長さにしてもよいし、異なる長さにしてもよい。後者の場合、例えば1回の電圧V0の印加時間を1回の電圧V1の印加時間よりも短くすることが考えられる。
【0063】
また、上記した実施形態では金属膜18を析出させる電極(第1電極13又は第2電極14)が平坦であり、金属膜18を析出させた際に外観上鏡状態となる場合を例示していたが、電極表面に微細な凹凸(例えば、ナノ~サブミクロンオーダーの凹凸)を持たせておいた場合には金属膜18を析出させた際に、ナノオーダーの場合には外観上黒状態(反射率の低い状態)となり、サブミクロンオーダーの場合には外観上、光は散乱し白状態となり、それぞれ当該状態を良好に維持することができる。
【0064】
本開示は、以下に付記する特徴を有する。
(付記1)
対向配置された第1電極及び第2電極と、
エレクトロデポジション材料を含んでおり前記第1電極と前記第2電極との間に配置された電解質層と、
前記第1電極及び前記第2電極と接続されており当該第1電極及び第2電極を介して前記電解質層に駆動電圧を印加する駆動回路と、
を含み、
前記駆動電圧の駆動波形は、
電圧無印加の状態から前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料を析出させる大きさ及び極性の第1電圧が前記電解質層に印加される第1期間と、
前記第1期間に次いで、前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において当該状態を保持する大きさであって前記第1電圧と同極性かつ当該第1電圧よりも小さい第2電圧が前記電解質層に印加される第2期間と、
前記第2期間に次いで、前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において前記第1電圧及び前記第2電圧とは逆極性である第3電圧が前記電解質層に印加される第3期間と、
を有する、
電気化学装置。
(付記2)
前記エレクトロデポジション材料は、AgNO3、AgClO、AgBr、AgCl、AgIの何れかを50~1000mM含む、
付記1に記載の電気化学装置。
(付記3)
前記駆動波形において前記第2期間は前記第1期間から連続して設けられる、
付記1又は2に記載の電気化学装置。
(付記4)
前記駆動波形において前記第3期間は前記第2期間から連続して設けられる、
付記1~3の何れかに記載の電気化学装置。
(付記5)
前記第2電圧は、室温下において前記第1電極又は前記第2電極の何れかを作用電極として用いて当該作用電極の極性をプラスとして二電極式サイクリックボルタンメトリー測定によって得られるCV曲線に基づいて決定される電圧であって、0ボルトから卑方向に掃引して前記エレクトロデポジション材料が前記作用電極に析出した後、貴方向へ折り返した際に前記作用電極の電圧を0ボルト以下とした範囲において現れる還元電流ピークに相当する電圧である、
付記1~4の何れかに記載の電気化学装置。
(付記6)
前記CV曲線における卑側の折り返し電圧は、-3ボルトから-1.8ボルトの範囲内で設定される、
付記5に記載の電気化学装置。
(付記7)
前記CV曲線における貴側の折り返し電圧は、0ボルトから+2.0ボルトの範囲内で設定される、
付記5又は6に記載の電気化学装置。
(付記8)
前記CV曲線を得る際の掃引速度は、5ミリボルト/秒以上である、
付記5~7の何れかに記載の電気化学装置。
(付記9)
前記第2電圧は、前記第1電極及び前記第2電極のうち、前記作用電極として用いるほうをプラスとし、対向電極として用いるほうをマイナスとしたときに、前記CV曲線において、前記エレクトロデポジション材料が析出して前記電解質層の透過率が低下する電圧より大きく、かつ、貴側の還元電流のピークの終点になる電圧より小さい電圧である、
付記5~8の何れかに記載の電気化学装置。
(付記10)
前記第2電圧は、前記エレクトロデポジション材料が析出して前記電解質層の透過率が低下する電圧より大きく、かつ、貴側の還元電流のピークの終点になる電圧から貴方向に0.15ボルトの差異を有する電圧の絶対値である、
付記9に記載の電気化学装置。
(付記11)
対向配置された第1電極及び第2電極と、エレクトロデポジション材料を含んでおり前記第1電極と前記第2電極との間に配置された電解質層と、前記第1電極及び前記第2電極と接続されており当該第1電極及び第2電極を介して前記電解質層に駆動電圧を印加する駆動回路と、を含む電気化学装置の駆動方法であって、
前記駆動電圧の駆動波形は、
電圧無印加の状態から前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料を析出させる大きさ及び極性の第1電圧が前記電解質層に印加される第1期間と、
前記第1期間に次いで、前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において当該状態を保持する大きさであって前記第1電圧と同極性かつ当該第1電圧よりも小さい第2電圧が前記電解質層に印加される第2期間と、
前記第2期間に次いで、前記第1電極側又は前記第2電極側の何れかに前記エレクトロデポジション材料が析出した状態において前記第1電圧及び前記第2電圧とは逆極性である第3電圧が前記電解質層に印加される第3期間と、
を有する、
電気化学装置の駆動方法。
【符号の説明】
【0065】
1:電気化学装置、11:第1基板、12:第2基板、13:第1電極、14:第2電極、15:封止材、16:電解質層、17:駆動回路、18:金属膜