(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030672
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】マグネシウム合金の表面改質方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/40 20060101AFI20240229BHJP
【FI】
C23C8/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022133714
(22)【出願日】2022-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】391017849
【氏名又は名称】山梨県
(71)【出願人】
【識別番号】519087941
【氏名又は名称】株式会社グローバルマグネシウムコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】100128071
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 正樹
(72)【発明者】
【氏名】八代 浩二
(72)【発明者】
【氏名】佐野 正明
(72)【発明者】
【氏名】三井 由香里
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 大介
(72)【発明者】
【氏名】野坂 洋一
(57)【要約】
【課題】穏やかな条件でマグネシウム合金の表面を改質する。
【解決手段】マグネシウム合金20の表面改質方法は、OH基を備え25℃で液体である有機化合物と、水とを含有する処理液18にマグネシウム合金20を浸し、100℃以上の温度に処理液18を維持し、処理液18中でマグネシウム合金20の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。有機化合物は多価アルコールであることが好ましい。多価アルコールは、グリセリン、エチレングリコール、およびプロピレングリコールの一種以上であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
OH基を備え25℃で液体である有機化合物と、水とを含有する処理液にマグネシウム合金を浸し、
100℃以上の温度に前記処理液を維持し、前記処理液中で前記マグネシウム合金の表面を処理して、前記表面に耐食性を付与するマグネシウム合金の表面改質方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記有機化合物が多価アルコールであるマグネシウム合金の表面改質方法。
【請求項3】
請求項2において、
前記多価アルコールが、グリセリン、エチレングリコール、およびプロピレングリコールの一種以上であるマグネシウム合金の表面改質方法。
【請求項4】
粒径100μm以下の泡と、水とを含有する処理液にマグネシウム合金を浸し、
90℃以上の温度に前記処理液を維持し、前記処理液中で前記マグネシウム合金の表面を処理して、前記表面に耐食性を付与するマグネシウム合金の表面改質方法。
【請求項5】
気密容器内で水を含有する処理液にマグネシウム合金を浸し、
100℃以上140℃以下の温度に前記処理液を維持し、前記処理液中で前記マグネシウム合金の表面を処理して、前記表面に耐食性を付与するマグネシウム合金の表面改質方法。
【請求項6】
表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金を、水を含有する処理液に浸し、前記処理液中で前記マグネシウム合金の表面を処理して、前記表面に耐食性を付与するマグネシウム合金の表面改質方法。
【請求項7】
請求項6において、
90℃以上100℃以下の温度に前記処理液を維持しながら前記マグネシウム合金の表面を処理するマグネシウム合金の表面改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、マグネシウム合金の表面に耐食性皮膜を形成するマグネシウム合金の表面改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金は、軽量で高強度のため、携帯機器の筐体、エンジンのシリンダー、および建築材料などに利用されている。しかしながら、マグネシウム合金の表面は酸化されやすい。このため、陽極酸化処理または化成処理などによって、マグネシウム合金の表面に耐食性を付与している。特許文献1では、温度170℃~190℃、圧力0.25MPa~1.0MPaの水蒸気で、マグネシウム合金の表面を耐食処理している。特許文献1のマグネシウム合金の表面処理の条件よりも穏やかな条件で、マグネシウム合金の表面を改質する方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願は、このような事情に鑑みてなされたものであり、穏やかな条件でマグネシウム合金の表面を改質することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願のある態様のマグネシウム合金の表面改質方法は、OH基を備え25℃で液体である有機化合物と、水とを含有する処理液にマグネシウム合金を浸し、100℃以上の温度に処理液を維持し、処理液中でマグネシウム合金の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。
【0006】
本願の他の態様のマグネシウム合金の表面改質方法は、粒径100μm以下の泡と、水とを含有する処理液にマグネシウム合金を浸し、90℃以上の温度に処理液を維持し、処理液中でマグネシウム合金の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。
【0007】
本願のさらに他の態様のマグネシウム合金の表面改質方法は、気密容器内で水を含有する処理液にマグネシウム合金を浸し、100℃以上140℃以下の温度に処理液を維持し、処理液中でマグネシウム合金の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。
【0008】
本願のさらに他の態様のマグネシウム合金の表面改質方法は、表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金を、水を含有する処理液に浸し、処理液中でマグネシウム合金の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。
【発明の効果】
【0009】
本願のマグネシウム合金の表面改質方法によれば、水蒸気でマグネシウム合金の表面を改質する従来の処理条件の温度170℃~190℃かつ圧力0.25MPa~1.0MPaと比べて、穏やかな処理条件でマグネシウム合金の表面が改質できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第一実施形態および第四実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法に使用できる処理装置の断面模式図
【
図2】第二実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法に使用できる処理装置の断面模式図。
【
図3】第三実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法に使用できる処理装置の断面模式図。
【
図4】実施例1-3で得られたマグネシウム合金片の表面の粉末X線回折チャート。
【
図6】実施例2-1で得られたマグネシウム合金片の外観画像。
【
図7】実施例5-3で得られたマグネシウム合金片の外観画像。
【
図8】実施例5-3で得られたマグネシウム合金片の表面の電子顕微鏡像。
【
図9】比較例3で得られたマグネシウム合金片の表面の電子顕微鏡像。
【
図10】実施例7-1で得られたマグネシウム合金片の外観画像。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本願のマグネシウム合金の表面改質方法について、図面を参照しながら実施形態と実施例に基づいて説明する。なお、本願のマグネシウム合金の表面改質方法に使用する処理装置を示す図面は、この処理装置の構成部材および周辺部材を模式的に表したものであり、処理装置の実物の寸法比と必ずしも一致していない。また、同一部材には同一符号を付与することがある。さらに、第二実施形態から第四実施形態までのマグネシウム合金の表面改質方法では、第一実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法との重複説明を適宜省略する。省略する説明は、例えば、処理液に必要成分以外の成分が含まれていてもよいこと、およびマグネシウム合金の表面改質方法が実施できる処理装置は例示に過ぎないことなどである。
【0012】
(第一実施形態:水と所定の有機化合物を含有する処理液での表面改質)
本願の第一実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法は、処理液にマグネシウム合金を浸し、100℃以上の温度に処理液を維持し、処理液中でマグネシウム合金の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法は、表面が改質されたマグネシウム合金の製造方法でもある。第二実施形態から第四実施形態までのマグネシウム合金の表面改質方法についても同様である。マグネシウム合金の表面に耐食性を付与するとは、例えば、マグネシウム合金の表面に存在するマグネシウムを水酸化マグネシウムに変化させて、マグネシウム合金の表面に水酸化マグネシウム皮膜を形成することである。マグネシウム合金の表面に耐食性が付与されることによって、マグネシウム合金の表面が改質される。
【0013】
処理液は、水と所定の有機化合物を含有する。マグネシウムは高温の水と反応して水酸化マグネシウムを生成する(Mg+2H2O→Mg(OH)2+H2)。すなわち、高温であれば水のみでもマグネシウム合金の表面処理は可能である。しかし、水のみを用いる処理の場合、大気圧下では処理温度が事実上100℃未満になってしまい、マグネシウム合金の表面処理速度向上には限界がある。本実施形態では、処理液に所定の有機化合物が含まれているので、処理液の沸点が100℃以上となる。すなわち、100℃以上の処理液中の水でマグネシウム合金の表面が処理できる。したがって、本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法によれば、処理液を用いて短時間でマグネシウム合金の表面に水酸化マグネシウム皮膜が形成できる。
【0014】
この所定の有機化合物は、マグネシウムが水酸化マグネシウムに変化することを妨げず、かつマグネシウムと反応して水酸化マグネシウム以外の物質、例えばハロゲン化マグネシウムなどに変化しないで、高濃度で水と混和できる親水性液体の有機化合物である。より具体的には、OH基を備え、常温で、すなわち25℃で液体の有機化合物(以下「OH基を備え、常温で液体の有機化合物」を「本実施形態の有機化合物」と記載することがある)である。マグネシウムと反応しない、または仮にマグネシウムと反応したとしても水酸化マグネシウム以外の物質が生成しないように、本実施形態の有機化合物は、炭素、酸素、および水素から構成されることが好ましい。
【0015】
さらに具体的には、本実施形態の有機化合物は多価アルコールであることが好ましい。水と常温で液体の多価アルコールを含有する処理液は、沸点が100℃以上であり、100℃以上の液体状態でマグネシウム合金の表面が処理できるからである。このような多価アルコールとしては、グリセリン、エチレングリコール、およびプロピレングリコールの一種以上が挙げられる。これらの多価アルコールと水を含有する処理液を用いると、120℃の液体状態でマグネシウム合金の表面が処理できる。マグネシウムが水酸化マグネシウムに変化することを妨げず、かつマグネシウムと反応して水酸化マグネシウム以外の物質が生成しなければ、水と本実施形態の有機化合物以外の成分が処理液に含まれていてもよい。
【0016】
本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法が適用できるマグネシウム合金には特に制限がないが、マグネシウム合金としては、例えば、AZ91D、AZ61、AZ31、AXM610、およびAZX611が挙げられる。マグネシウム合金は、処理液に全体を浸してもよいし、一部のみを浸してもよい。マグネシウム合金の一部を処理液に浸す場合、浸した部分の表面のみに耐食性が付与される。本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法では、処理液の温度を100℃以上に維持してマグネシウム合金の表面を処理する。
【0017】
本願の「マグネシウム合金の表面を処理する」とは、基本的に、表面が改質されるまでマグネシウム合金を処理液中に浸しておくことである。必要に応じて処理液を撹拌してもよい。処理液の温度は100℃より大きいこと、例えば102℃以上であることが好ましく、107℃以上であることがさらに好ましく、120℃であることが最も好ましい。処理液の温度が120℃を超えても、マグネシウム合金の表面の改質速度があまり向上しないからである。
【0018】
簡易な装置でマグネシウム合金を処理する観点から、本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法は、大気圧下で行うことが好ましい。
図1に、大気圧下で本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法が実施できる処理装置10を模式的に示す。処理装置10以外の装置を用いて、本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法を実施してもよい。処理装置10は、処理容器12と、ヒータ14と、還流機構16を備えている。処理容器12には、処理液18とマグネシウム合金20が入れられる。複数のマグネシウム合金20を処理容器12に入れてもよい。ヒータ14は、処理容器12の周囲に設置されており、処理液18を加熱する。
【0019】
なお、処理液18の温度は、ヒータ14に接続された温度制御機構(不図示)によって一定に保たれる。還流機構16は、処理容器12の上に設置されている。還流機構16の上方は開放されており、大気圧下でマグネシウム合金の表面改質方法が実施される。また、還流機構16は、冷却水が循環できるように構成されている。処理容器12内から蒸発して上昇した処理液18の気体は、還流機構16で冷やされて液化して処理容器12内に戻される。なお、処理装置10はバッチ式であるが、処理容器を水平方向に大きくして、マグネシウム合金の投入口と取出口を処理容器の両端の上方に設け、処理容器内でマグネシウム合金が水平移動できるようにすれば、連続式の処理装置として、効率良くマグネシウム合金の表面改質方法が実施できる。
【0020】
(第二実施形態:水とファインバブルを含有する処理液での表面改質)
本願の第二実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法は、処理液にマグネシウム合金を浸し、90℃以上の温度に処理液を維持し、処理液中でマグネシウム合金の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。処理液は、水と粒径100μm以下の泡を含有する。粒径100μm以下の泡はファインバブルと呼ばれている。本実施形態では、泡が気泡であり、この気泡が水中に分散して安定して存在している。
【0021】
本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法では、処理液に含まれるファインバブルが、マグネシウムと処理液に含まれる水との反応を促進する。したがって、処理液の温度、すなわち処理温度が100℃未満であっても、マグネシウム合金中のマグネシウムは、水と反応して水酸化マグネシウムを生成する。ただし、実用的な反応速度を得るために、処理温度は90℃以上であることが好ましい。
【0022】
ファインバブルを含有する処理液は、処理容器内のファインバブルを含有しない液体が処理容器外に設置されたファインバブル発生装置を通過するように、この液体を循環させて作製してもよい。また、処理容器内にファインバブル発生器を設置して、処理容器内の液体中にファインバブルを生成させて、ファインバブルを含有する処理液を作製してもよい。また、簡易な装置でマグネシウム合金を処理する観点から、本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法は、大気圧下で行うことが好ましい。
【0023】
図2に、大気圧下で本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法が実施できる処理装置30を模式的に示す。処理装置30は、処理容器12と、ヒータ14と、還流機構16と、循環機構32を備えている。処理容器12と還流機構16は、第一実施形態の処理装置10と同様である。設定温度が異なる場合がある点を除いて、ヒータ14も第一実施形態の処理装置10と同様である。循環機構32は、循環管34と、ポンプ36と、ファインバブル発生器であるファインバブル発生ノズル38を備えている。
【0024】
循環管34は、処理容器12の下方から流出した処理液40が、処理容器12の上方に導かれて処理容器12内に流入する経路である。ポンプ36は、循環管34を用いて、処理容器12の下方から処理液40を吸引し、処理容器12の上方から処理容器12内に処理液40を排出する。ファインバブル発生ノズル38は、通過した液体にファインバブルを含有させる。処理液40が循環機構32を循環し続けると、処理液40中のファインバブルの濃度が所定値まで、例えば飽和濃度まで上昇する。
【0025】
処理装置30によって、水とファインバブルを含有する処理液40内で、マグネシウム合金20の表面が90℃以上で処理され、マグネシウムと水の反応によってマグネシウム合金20の表面に水酸化マグネシウム皮膜が生成する。なお、処理装置30はバッチ式であるが、処理容器を水平方向に大きくして、マグネシウム合金の投入口と取出口を処理容器の両端の上方に設け、処理容器内でマグネシウム合金が水平移動できるようにすれば、連続式の処理装置として、効率良くマグネシウム合金の表面改質方法が実施できる。
【0026】
(第三実施形態:100℃以上140℃以下の水を含有する処理液での表面改質)
本願の第三実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法は、気密容器内で水を含有する処理液にマグネシウム合金を浸し、100℃以上の温度に処理液を維持し、処理液中でマグネシウム合金の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法では、密閉された気密容器内で行われるため、気密容器内の処理液が100℃以上で液体として存在できる。水を含有する処理液が100℃以上でマグネシウム合金の表面と接触するので、水とマグネシウムの反応が促進される。
【0027】
この気密容器は、処理液の処理温度での飽和蒸気圧に耐えられる耐圧性を備えている。例えば、処理液が水の場合、120℃および140℃での飽和水蒸気圧は、それぞれ0.1987MPaおよび0.3615MPaである。したがって、140℃の液体の水で処理する場合、気密容器は0.4MPa程度の耐圧性を備えている。一方、気密容器に要求される耐圧性能と、高温での水とマグネシウムの反応速度を考慮すると、140℃以下の処理液でマグネシウム合金の表面を処理することが好ましい。140℃の水でマグネシウム合金の表面を処理すると、処理時間1時間でマグネシウム合金の表面が十分改質されるからである。
【0028】
図3に、本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法が実施できる処理装置50を模式的に示す。処理装置50は、ヒータ14と、処理容器52と、安全弁54を備えている。設定温度が異なる場合がある点を除いて、ヒータ14は第一実施形態の処理装置10と同様である。処理容器52は耐圧性を備える気密容器である。安全弁54は、開放することによって、処理容器52内の圧力を下げて大気圧にする。高温の処理液56が噴出するのを防ぐため、処理容器52内の温度が下がった状態、例えば室温付近になった状態で、安全弁54を開放することが好ましい。処理液56は、処理容器52内をほぼ満たすように入れられている。
【0029】
処理装置50によって、水を含有する処理液56内で、マグネシウム合金20の表面が100℃以上140℃以下で処理され、マグネシウムと水の反応によってマグネシウム合金20の表面に水酸化マグネシウム皮膜が生成する。なお、処理装置50はバッチ式であるが、処理液とマグネシウム合金を耐圧気密容器に入れて密封し、複数のこの耐圧気密容器を順次移動できるようにして、移動途中で所定温度を所定時間だけ維持する構成とすれば、連続式の処理装置として、効率良くマグネシウム合金の表面改質方法が実施できる。
【0030】
(第四実施形態:表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金の表面改質)
本願の第四実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法は、表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金を、水を含有する処理液に浸し、処理液中でマグネシウム合金の表面を処理して、表面に耐食性を付与する。表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金は、表面が活性化されているので、マグネシウムと処理液に含まれる水との反応が促進される。したがって、処理液の温度、すなわち処理温度が100℃以下であっても、マグネシウム合金中のマグネシウムは、水と反応して実用的な厚さの水酸化マグネシウム皮膜を生成する。ただし、実用的な反応速度を得るために、処理温度は90℃以上であることが好ましい。
【0031】
表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金は、例えば、切削または研削などによるマグネシウム合金表面の機械加工、ショットピーニングなどのアルミナ、鋼球、重曹、または粉砕したクルミなどの粒子を圧縮した気体でマグネシウム合金に衝突させる噴射加工、水または粒子を含む液体を高速でマグネシウム合金に衝突させる噴射加工、レーザーなどの電気エネルギーのマグネシウム合金への照射による電気加工、または超音波で固体または液体をマグネシウム合金の表面に衝突させる超音波加工などにより得られる。
【0032】
本実施形態のマグネシウム合金の表面改質方法は、
図1に示す処理装置10と同様の処理装置を用いて実施できる。このような処理装置によって、水を含有する処理液内で、表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金の表面が100℃以下で処理され、マグネシウムと水の反応によってマグネシウム合金の表面に水酸化マグネシウム皮膜が生成する。なお、処理容器を水平方向に大きくして、マグネシウム合金の投入口と取出口を処理容器の両端の上方に設け、処理容器内でマグネシウム合金が水平移動できるようにすれば、連続式の処理装置として、効率良くマグネシウム合金の表面改質方法が実施できる。また、本願では、第一実施形態から第四実施形態までのマグネシウム合金の表面改質方法またはその一部を適宜組み合わせてもよい。
【実施例0033】
本願のマグネシウム合金の表面改質方法について、以下の実施例に基づいてさらに詳しく説明する。なお、本願の発明はこれらの実施例に限定されない。処理対象のマグネシウム合金片は、大きさが例えば縦25mm×横50mm×厚さ3mmの板形状を備えている。実施例1から実施例8までではAZ91D合金を用い、実施例9および実施例10ではAXM610(JIS-H4201)を基本組成とし難燃性を向上させた合金(Al:5.75%、Ca:0.3%、Mn:0.3%、Mm(ミッシュメタル;希土類鉱石を還元して得られる希土類元素の混合物):1.0%、Mg:残部(%は質量%))を用いた。なお、マグネシウム合金片の横寸法は実施例によって少々異なるが、縦寸法と厚さはほぼ一定である。
【0034】
実施例1:水とエチレングリコールを含有する処理液での表面改質
(実施例1-1)
容量500mLのガラス容器に、水350mLとエチレングリコール(関東化学株式会社、14114-70(以下同じ))150mLを入れた。この30vol%エチレングリコール含有液である処理液に、マグネシウム合金片の全体を浸した。大気圧下、バブリングによってこの処理液を緩やかに撹拌しながら、マントルヒータを用いてこの処理液を102℃に維持し、処理時間6時間をかけてマグネシウム合金片の表面を改質した。マグネシウム合金片の表面の色は、処理前の金属色から処理後の黒色に変化した。
【0035】
(実施例1-2)
処理時間を6時間から16時間に変更した点を除いて、実施例1-1と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。本実施例のマグネシウム合金片の表面は、実施例1-1のマグネシウム合金片の表面と比べて黒色の程度が強かった。
【0036】
(実施例1-3)
処理時間を6時間から24時間に変更した点を除いて、実施例1-1と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。なお、本実施例のマグネシウム合金片の表面は、実施例1-2のマグネシウム合金片の表面と比べて黒色の程度が強かった。粉末X線回折装置(株式会社リガク、SmartLab)を用いて、処理後のマグネシウム合金片の表面を分析した。この粉末X線回折チャートを
図4に示す。
図4の[7]に示すように、40.01°に水酸化マグネシウム(Mg(OH)
2)に起因する回折ピークが観測された。
図4の他の回折ピークはマグネシウムに起因する。
【0037】
以上より、100℃以上の温度に維持した水および多価アルコールを含有する処理液中でマグネシウム合金の表面を処理すると、この表面に水酸化マグネシウム皮膜が形成され、表面の色が金属色から黒色に変化することが分かった。また、処理時間の増加に伴って黒色の程度が強くなったことから、水酸化マグネシウム皮膜の形成量も処理時間とともに増加する。そして、この水酸化マグネシウム皮膜によって、マグネシウム合金の表面に耐食性が付与される。耐食性の評価結果については後述する。
【0038】
(実施例1-4)
水250mLとエチレングリコール250mLから構成される50vol%エチレングリコール含有液を処理液とした点、および処理温度を102℃から107℃に変更した点を除いて、実施例1-1と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。
【0039】
(実施例1-5)
処理時間を6時間から16時間に変更した点を除いて、実施例1-4と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。なお、本実施例のマグネシウム合金片の表面は、実施例1-4のマグネシウム合金片の表面と比べて黒色の程度が強かった。
【0040】
(実施例1-6)
処理時間を6時間から24時間に変更した点を除いて、実施例1-4と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。なお、本実施例のマグネシウム合金片の表面は、実施例1-5のマグネシウム合金片の表面と比べて黒色の程度が強かった。
【0041】
(実施例1-7)
水150mLとエチレングリコール350mLから構成される70vol%エチレングリコール含有液を処理液とした点、および処理温度を102℃から120℃に変更した点を除いて、実施例1-1と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。
【0042】
(実施例1-8)
処理時間を6時間から16時間に変更した点を除いて、実施例1-7と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。なお、本実施例のマグネシウム合金片の表面は、実施例1-7のマグネシウム合金片の表面と比べて黒色の程度が強かった。
【0043】
(実施例1-9)
処理時間を6時間から24時間に変更した点を除いて、実施例1-7と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。なお、本実施例のマグネシウム合金片の表面は、実施例1-8のマグネシウム合金片の表面と比べて黒色の程度が強かった。
【0044】
実施例2:水とグリセリンを含有する処理液での表面改質
(実施例2-1)
容量500mLのガラス容器に、水350mLとグリセリン(関東化学株式会社、17029-70(以下同じ))150mLを入れた。この30vol%グリセリン含有液である処理液に、マグネシウム合金片の全体を浸した。大気圧下、バブリングによってこの処理液を緩やかに撹拌しながら、マントルヒータを用いてこの処理液を102℃に維持し、処理時間6時間をかけてマグネシウム合金片の表面を改質した。マグネシウム合金片の表面の色は、処理前の金属色から処理後の黒色に変化した。処理前と処理後のマグネシウム合金片の外観を
図5と
図6にそれぞれ示す。
【0045】
(実施例2-2~実施例2-9)
実施例2でも実施例1と同様にして、グリセリン濃度(vol%)、処理温度、および処理時間を変化させた。各実施例の条件を、“実施例番号:グリセリン濃度、処理温度、処理時間”で下記に記載する。
実施例2-2:30%、102℃、16時間
実施例2-3:30%、102℃、24時間
実施例2-4:50%、107℃、6時間
実施例2-5:50%、107℃、16時間
実施例2-6:50%、107℃、24時間
実施例2-7:70%、120℃、6時間
実施例2-8:70%、120℃、16時間
実施例2-9:70%、120℃、24時間
【0046】
実施例2の全てで、処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。同じ処理温度では、処理時間が長いほど、マグネシウム合金片の表面の黒色の程度が強かった。また、同じ処理時間では、処理温度とグリセリン濃度が高いほど、マグネシウム合金片の表面の黒色の程度が強かった。
【0047】
実施例3:水とプロピレングリコールを含有する処理液での表面改質
(実施例3-1)
容量500mLのガラス容器に、水350mLとプロピレングリコール(関東化学株式会社、32458-70(以下同じ))150mLを入れた。この30vol%プロピレングリコール含有液である処理液に、マグネシウム合金片の全体を浸した。大気圧下、バブリングによってこの処理液を緩やかに撹拌しながら、この処理液を102℃に維持し、処理時間6時間をかけてマグネシウム合金片の表面を改質した。マグネシウム合金片の表面の色は、処理前の金属色から処理後の黒色に変化した。
【0048】
(実施例3-2~実施例3-9)
実施例3でも実施例1と同様にして、プロピレングリコール濃度(vol%)、処理温度、および処理時間を変化させた。各実施例の条件を、“実施例番号:プロピレングリコール濃度、処理温度、処理時間”で下記に記載する。
実施例3-2:30%、102℃、16時間
実施例3-3:30%、102℃、24時間
実施例3-4:50%、107℃、6時間
実施例3-5:50%、107℃、16時間
実施例3-6:50%、107℃、24時間
実施例3-7:70%、120℃、6時間
実施例3-8:70%、120℃、16時間
実施例3-9:70%、120℃、24時間
【0049】
実施例3の全てで、処理後のマグネシウム合金片の表面の色は黒色に変化した。同じ処理温度では、処理時間が長いほど、マグネシウム合金片の表面の黒色の程度が強かった。また、同じ処理時間では、処理温度とプロピレングリコール濃度が高いほど、マグネシウム合金片の表面の黒色の程度が強かった。
【0050】
比較例1:98℃の水での表面改質
処理液を水とした点、大気圧下で液体として存在できるほぼ上限の98℃に処理温度を変更した点、および処理時間を6時間から24時間に変更した点を除いて、実施例1と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は、一部が金属色のままで、残部が黒色に変化した。しかも、この黒色部分は色むらが多かった。すなわち、100℃未満の水を含有する処理液中でマグネシウム合金の表面を処理しても、この表面に均一な水酸化マグネシウム皮膜が形成されなかった。
【0051】
この不均一な水酸化マグネシウム皮膜によって、マグネシウム合金の表面への耐食性付与は限定的であると考えられる。なお、処理時間をさらに長くすれば、マグネシウム合金の表面全体に水酸化マグネシウム皮膜が形成される可能性がある。しかしながら、100℃以上の温度に維持した水および多価アルコールを含有する処理液中でマグネシウム合金の表面を処理すると、この表面全体に水酸化マグネシウム皮膜が短時間で形成される。
【0052】
比較例2:90℃の水での表面改質
処理温度を90℃に変更した点を除いて、比較例1と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。
【0053】
実施例4:耐食性評価(塩水浸漬試験)
原料(未処理)のマグネシウム合金片、ならびに比較例2および実施例1-3で得られた処理後のマグネシウム合金片の耐食性を評価した。温度35℃の5質量%塩化ナトリウム水溶液100mLに、各マグネシウム合金片の全体を浸漬して24時間静置した。各マグネシウム合金片の浸漬前後の質量変化率((浸漬後質量-浸漬前質量)/浸漬前質量×100)を求めた。
【0054】
質量変化率が負の場合、質量変化率が小さいほど、すなわち質量減少率が大きいほど、腐食されやすいことを示している。原料と比較例2のマグネシウム合金片の質量変化率は、それぞれ-0.710%と-0.154%であったのに対して、実施例1-3のマグネシウム合金片の質量変化率は-0.015%であった。100℃以上の温度に維持した処理液中で表面を処理したマグネシウム合金の耐食性は、処理前のマグネシウム合金および100℃未満の処理液中で表面を処理したマグネシウム合金の耐食性と比べて高いことが確認できた。
【0055】
実施例5:水とファインバブルを含有する処理液での表面改質
(実施例5-1)
容量33.6Lのステンレス容器に水約30Lを入れた。熱水循環ポンプ(グルンドフォス社、UPS20)を用いて、容器内の水を取り出し、ファインバブル発生器(株式会社かいわ、乱舞UFB―M50(参考特許第7040697号))にこの取り出した水を通過させて水とファインバブル(直径100μm以下)を含有する処理液を作製し、この処理液をステンレス容器内に戻した。一方、ラバーヒータ(アズワン社、1-340-10)をステンレス容器の周囲に貼り付け、処理液の温度を90℃に維持した。
【0056】
ステンレス容器内の水がファインバブルを含有する処理液に置換されたところで、マグネシウム合金片を設置したステンレスかごをこのステンレス容器に投入し、処理液にマグネシウム合金片の全体を浸した。処理時間6時間をかけてマグネシウム合金片の表面を改質した。マグネシウム合金片の表面の色は、処理前の金属色から処理後の白色に変化した。実施例1~実施例3でマグネシウム合金片の表面の色が黒色に変化したのは、マグネシウム合金片の表面粗さを反映した状態で、マグネシウム合金片の表面に水酸化マグネシウム皮膜が形成したからである。これに対して、本実施例でマグネシウム合金片の表面の色が白色に変化したのは、後述する
図8と
図9の比較からもわかるように、処理前の粗い表面に水酸化マグネシウム皮膜が平滑に形成され、本来の水酸化マグネシウムの色を示したからである。
【0057】
(実施例5-2)
処理時間を6時間から13時間に変更した点を除いて、実施例5-1と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は白色に変化した。なお、本実施例のマグネシウム合金片の表面は、実施例5-1のマグネシウム合金片の表面と比べて白色の程度が強かった。
【0058】
(実施例5-3)
処理時間を6時間から21時間に変更した点を除いて、実施例5-1と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は白色に変化した。なお、本実施例のマグネシウム合金片の表面は、実施例5-2のマグネシウム合金片の表面と比べて白色の程度が強かった。処理後のマグネシウム合金片の外観を
図7に、表面の電子顕微鏡(日本電子株式会社、JSM-7100F(以下同じ))の画像を
図8にそれぞれ示す。
【0059】
比較例3:水での表面改質
熱水循環ポンプで容器内から取り出した水にファインバブルを含有させなかった点を除いて、実施例5-3と同様にしてマグネシウム合金片の表面を改質した。処理後のマグネシウム合金片の表面の色は白色に変化したが、実施例5-3と比べて白色の程度は弱かった。処理後のマグネシウム合金片の電子顕微鏡の画像を
図9にそれぞれ示す。
【0060】
実施例6:耐食性評価(塩水浸漬試験)
実施例4と同様にして、比較例3と実施例5-3で得られたマグネシウム合金片の質量変化率をそれぞれ求めた。比較例3のマグネシウム合金片の質量変化率は-0.154%であったのに対して、実施例5-3のマグネシウム合金片の質量変化率は-0.129%であった。水とファインバブルを含有する処理液中で表面を処理したマグネシウム合金は、水で表面を処理したマグネシウム合金と比べて、耐食性が高いことが確認できた。すなわち、処理液中のファインバブルの存在は、マグネシウム合金の表面の耐食化に寄与していた。
【0061】
実施例7:100℃以上140℃以下の水での表面改質
(実施例7-1)
オートクレーブ装置(日東高圧株式会社製)の容量1000mLのステンレス容器に、処理液として水200mLを入れた。この処理液にマグネシウム合金片の全体を浸した。ステンレス容器を密閉した後、処理液を100℃に維持し、処理時間12時間をかけてマグネシウム合金片の表面を改質した。すなわち、マグネシウム合金片の表面は、水蒸気で処理されるのではなく、100℃の水(液体)で処理される。なお、100℃での飽和水蒸気圧は0.1014MPaである。マグネシウム合金片の表面の色は、処理前の金属色から処理後の黒色に変化した。
【0062】
(実施例7-2~実施例7-8)
実施例7でも実施例1と同様にして、処理温度と処理時間を変化させた。各実施例の条件を、“実施例番号:処理温度、処理時間”で下記に記載する。
実施例7-2:100℃、24時間
実施例7-3:100℃、48時間
実施例7-4:100℃、72時間
実施例7-5:120℃、1時間
実施例7-6:120℃、12時間
実施例7-7:120℃、24時間
実施例7-8:140℃、1時間
【0063】
実施例7の全てで、処理後のマグネシウム合金片の表面の色が黒色に変化した。同じ処理温度では、処理時間が長いほど、マグネシウム合金片の表面の黒色の程度が強かった。また、同じ処理時間では、処理温度が高いほど、マグネシウム合金片の表面の黒色の程度が強かった。なお、処理温度120℃では、処理時間24時間でマグネシウム合金片の表面の黒色が顕著だったので、処理時間24時間を超える処理を行わなかった。同様に、処理温度140℃では、処理時間1時間でマグネシウム合金片の表面の黒色が顕著だったので、処理時間1時間を超える処理を行わなかった。以上より、水を含有する処理液を100℃以上140℃以下に維持し、この処理液中でマグネシウム合金の表面を処理することによって、水酸化マグネシウム皮膜が形成されることが確認された。実施例7-1で得られたマグネシウム合金片の外観を
図10に示す。
【0064】
実施例8:耐食性評価(塩水噴霧試験)
「JISZ2371 塩水噴霧試験方法」に準拠して、原料(未処理)のマグネシウム合金片と、実施例7で得られた処理後のマグネシウム合金片の耐食性を評価した。これらのマグネシウム合金片の噴霧前後の質量変化率((噴霧後質量-噴霧前質量)/噴霧前質量×100(以下同じ))をそれぞれ求めた。この塩水噴霧試験では、マグネシウム合金の耐食性が低いと、表面のマグネシウムまたは水酸化マグネシウムの内部のマグネシウムから水酸化マグネシウム水和物が生成し、噴霧後に試験片の質量が増加する。
【0065】
原料のマグネシウム合金片の質量変化率は0.408%であったのに対して、実施例7-4、実施例7-7、および実施例7-8のマグネシウム合金片の質量変化率は、それぞれ-0.153%、-0.112%、および-0.048%であった。100℃以上の温度に維持した水中で表面を処理したマグネシウム合金の耐食性は、処理前のマグネシウム合金の耐食性と比べて高かった。
【0066】
実施例9:表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金の表面改質
重曹粉末(AGC株式会社、ファイン重曹、食品添加物グレード、粒径0.1mm)をメディアとし、重力式エアーブラスト装置(アネスト岩田キャンベル株式会社、CHB-100)を用いて、投射距離150mm、投射圧力0.6MPaの圧縮空気で、マグネシウム合金片にショットピーニングを行い、表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金片(以下「塑性ひずみマグネシウム合金片」と記載することがある)を得た。
【0067】
このマグネシウム合金片の表面に塑性ひずみが付与されたことは、Ti管球を用いた粉末X線回折分析による2θ=136.5°の回折ピークを用い、sin2Ψ法で応力測定したときの圧縮残留応力、および応力測定時のΨ=3.9°における回折ピークの半価幅によって確認した。すなわち、この圧縮残留応力が、ショットピーニング前の13MPaから95MPaへ約7倍に増加したことと、この半値幅がショットピーニング前の1.89°から3.74°へほぼ倍増したことによって、このマグネシウム合金片の表面に塑性ひずみが付与されたと判定した。
【0068】
容量500mLのガラス容器に、処理液として水500mLを入れ、バブリングせずに大気圧下で沸騰させながら、この処理液にこの塑性ひずみマグネシウム合金片の全体を浸した。処理温度は約98.5℃であった。処理時間8時間(実施例9-1)と24時間(実施例9-2)をかけてマグネシウム合金片の表面を改質した。マグネシウム合金片の表面の色は、いずれも処理前の金属色から処理後の黒色に変化した。実施例9-1と実施例9-2の処理前後のマグネシウム合金片の重量増加率((処理後質量-処理前質量)/処理前質量×100)は、それぞれ3.65%と10.5%であり、処理時間が長いと水酸化マグネシウム皮膜が厚く形成することが確認された。
【0069】
実施例10:耐食性評価(塩水噴霧試験)
実施例8と同様にして、表面に塑性ひずみが付与されていない原料(未処理)のマグネシウム合金片と、実施例9で得られたマグネシウム合金片の噴霧前後の質量変化率をそれぞれ求めた。原料のマグネシウム合金片の質量変化率は0.4%であったのに対して、わずかな水酸化マグネシウム水和物の形成により、実施例9-1のマグネシウム合金片の質量変化率は0.0064%であった。また、実施例9-2のマグネシウム合金片では、水酸化マグネシウム水和物の形成がほとんど認められず、水酸化マグネシウムのごくわずかな消耗のみが確認され、重量変化率は-0.0129%であった。沸騰状態に維持した水中で、表面に塑性ひずみが付与されたマグネシウム合金の表面を処理したマグネシウム合金の耐食性は、処理前のマグネシウム合金の耐食性と比べて高かった。