(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024003083
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】RSウイルスを検出するための検出用試薬又はキット及びRSウイルスを検出する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/569 20060101AFI20231228BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20231228BHJP
G01N 33/577 20060101ALI20231228BHJP
C07K 16/10 20060101ALN20231228BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20231228BHJP
【FI】
G01N33/569 L
G01N33/543 521
G01N33/577 B
C07K16/10 ZNA
C12N15/13
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023187890
(22)【出願日】2023-11-01
(62)【分割の表示】P 2019204604の分割
【原出願日】2019-11-12
(71)【出願人】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桑原 三和
(57)【要約】
【課題】高感度でRSウイルスを検出可能な検査試薬、キット及び方法を提供する。
【解決手段】RSウイルスのN蛋白質のアミノ酸配列に基づいて作製した127のペプチドスポットのうち、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を含む、RSウイルス検出用試薬又はキット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
RSウイルスのN蛋白質のアミノ酸配列に基づいて作製した127のペプチドスポットのうち、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を含む、RSウイルス検出用試薬又はキット。
【請求項2】
捕捉用分子及び検出用分子を含むサンドイッチ型免疫測定試薬又はキットであり、捕捉用分子及び検出用分子のそれぞれが、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその結合性断片である、請求項1に記載のRSウイルス検出用試薬又はキット。
【請求項3】
前記捕捉用分子が、少なくとも配列番号30、39、40、69、70、74、75、83、84、100、101及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片である、請求項2に記載のRSウイルス検出用試薬又はキット。
【請求項4】
抗原結合性断片が、Fab、Fab’、F(ab’)2、一本鎖抗体(scFv)、dsFv、diabody及びminibodyからなる群から選択されるペプチド断片である、請求項1に記載のRSウイルス検出用試薬又はキット。
【請求項5】
イムノクロマト法の試薬又はキットである、請求項1に記載のRSウイルス検出用試薬又はキット。
【請求項6】
RSウイルスのN蛋白質のアミノ酸配列に基づいて作製した127のペプチドスポットのうち、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を用いて、免疫学的検出法により、RSウイルスを検出する方法。
【請求項7】
イムノクロマト法である、請求項6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RSウイルスを検出するための検出用試薬又はキット及びRSウイルスを検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モノクローナル抗体は、特定の抗原のみを認識するため、その特定の抗原の検出に広く用いられている。RSウイルス(respiratory syncytial virus)のエンベロープには、糖蛋白質であるG蛋白質と、細胞融合に関連するF蛋白質とが存在する(非特許文献1)。G蛋白質は、RSウイルスのサブタイプ(A型、B型)間でアミノ酸配列の違いが大きいことが知られている(非特許文献1)。一方、F蛋白質は、RSウイルスのサブタイプ(A型、B型)間でもアミノ酸配列の違いが小さいことが知られており、多くのRSウイルス検査キットがF蛋白質を検出している。しかしながら、F蛋白質に対する抗体の親和性を高めることのみによっては、臨床分離株を漏れなく検出できるような実用に足る陽性検出率を示すRSウイルス検査キットを開発することは非常に困難であった(特許文献1)。
【0003】
RSウイルスのN蛋白質は核蛋白質とも呼ばれ、391のアミノ酸残基からなる。N蛋白質は、ヌクレオカプシドと呼ばれるリボ核蛋白質複合体の構成成分であり、RSウイルスのゲノムRNAを囲みらせん構造を形成している。N蛋白質は、RSウイルスのサブタイプ(A型、B型)間で最もアミノ酸配列の違いが小さいことが知られている。しかしながら、N蛋白質に対する抗体のみで臨床分離株を漏れなく検出することは非常に困難であり、臨床分離株を漏れなく検出できるようなRSウイルス検査キットの開発には、F蛋白質に対する抗体とN蛋白質に対する抗体とを混合する必要があった(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Collins PL and Karron RA. Respiratory syncytial virus. In: Knipe DM et al., eds. Fields Virology, 6th ed. Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia: pp 1086-1123 (2013).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在、各種抗RSウイルス抗体を用いた検査試薬が販売されている。しかしながら、これらの従来のRSウイルス検査試薬でRSウイルスの検出を行った場合、感度が充分ではなかった。
【0007】
上記の現状に鑑み、本発明は、高感度でRSウイルスを検出可能な検査試薬、キット及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、検体に含まれるRSウイルスを効率よく判定部位に捕捉してイムノクロマトグラフィー装置の感度を高めるために、RSウイルスのN蛋白質(核蛋白質)に対する抗体を用いることでRSウイルスの検出感度を向上させ得ることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]RSウイルスのN蛋白質のアミノ酸配列に基づいて作製した127のペプチドスポットのうち、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を含む、RSウイルス検出用試薬又はキット。
[2]捕捉用分子及び検出用分子を含むサンドイッチ型免疫測定試薬又はキットであり、捕捉用分子及び検出用分子のそれぞれが、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその結合性断片である、[1]に記載のRSウイルス検出用試薬又はキット。
[3]前記捕捉用分子が、少なくとも配列番号30、39、40、69、70、74、75、83、84、100、101及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片である、[2]に記載のRSウイルス検出用試薬又はキット。
[4]抗原結合性断片が、Fab、Fab’、F(ab’)2、一本鎖抗体(scFv)、dsFv、diabody及びminibodyからなる群から選択されるペプチド断片である、[1]~[3]のいずれかに記載のRSウイルス検出用試薬又はキット。
[5]イムノクロマト法の試薬又はキットである、[1]~[4]のいずれかに記載のRSウイルス検出用試薬又はキット。
[6]RSウイルスのN蛋白質のアミノ酸配列に基づいて作製した127のペプチドスポットのうち、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を用いて、免疫学的検出法により、RSウイルスを検出する方法。
[7]イムノクロマト法である、[6]に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のRSウイルス検出用試薬、RSウイルス検出用キット又はRSウイルスを検出する方法によれば、高感度でRSウイルスを検出することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1-1】RSウイルスのN蛋白質の391アミノ酸よりなるアミノ酸配列(配列番号128)の15アミノ酸からなる部分ペプチドを3アミノ酸ずつずらした127個のぺプチドのアミノ酸配列を示す図である(ペプチド番号1~43)。
【
図1-2】RSウイルスのN蛋白質の391アミノ酸よりなるアミノ酸配列(配列番号128)の15アミノ酸からなる部分ペプチドを3アミノ酸ずつずらした127個のぺプチドのアミノ酸配列を示す図である(ペプチド番号44~86)。
【
図1-3】RSウイルスのN蛋白質の391アミノ酸よりなるアミノ酸配列(配列番号128)の15アミノ酸からなる部分ペプチドを3アミノ酸ずつずらした127個のぺプチドのアミノ酸配列を示す図である(ペプチド番号87~127)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.RSウイルスを検出する方法
本発明の一実施形態は、RSウイルスの検出方法である。本実施形態の方法は、RSウイルスのN蛋白質のアミノ酸配列に基づいて作製した127のペプチドスポットのうち、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を用いて、免疫学的検出法により、RSウイルスを検出することを特徴とする。すなわち、本実施形態の方法は、RSウイルスを被検対象とし、その検出に、N蛋白質の特定のアミノ酸配列をエピトープとして認識するモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を用いる方法である。
【0013】
本実施形態の方法は、N蛋白質を抗原として認識するモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を用いて免疫測定を行う。ここで、「認識する」とは、特異的に反応する、すなわち、抗原抗体反応する、という意味である。「特異的」とは、蛋白質と該抗体が混じり合う液系において、該抗体が抗原の蛋白質成分と検出可能なレベルで抗原抗体反応を起こさないか、又は何らかの結合反応や会合反応を起こしたとしても、該抗体の抗原との抗原抗体反応よりも明らかに弱い反応しか起こさないことを意味する。
【0014】
本実施形態の方法は、モノクローナル抗体を基に、抗原結合部位のみを分離させた抗原結合性断片も用い得る。すなわち、モノクローナル抗体と共に、又はこれに代えて、公知の方法により作製された、RSウイルスのN蛋白質に結合するFab、Fab’、F(ab’)2、一本鎖抗体(scFv)、dsFv、diabody、minibodyなどの特異的な抗原結合性を有する断片(抗原結合性断片)を用いる態様も、本実施形態の範囲に含まれる。ここでいうモノクローナル抗体のクラスはIgGに限定されず、IgMやIgYでもよい。
【0015】
本実施形態の方法に用いるモノクローナル抗体は、公知の免疫学的手法を用い、目的の抗原を含む複合体や抽出物、あるいは抗原又はそれらの部分ペプチドを被免疫動物に免疫し、被免疫動物の細胞を用いてハイブリドーマを作製することにより得ることができる。免疫に用いるペプチドの長さは特に限定されないが、好ましくは5アミノ酸以上、より好ましくは10アミノ酸以上のペプチドを用いて免疫原とすることができる。免疫原は培養液から得ることもできるが、任意の抗原をコードするDNAをプラスミドベクターに組み込み、これを宿主細胞に導入して発現させることにより得ることもできる。免疫原とする任意の抗原又はその部分ペプチドは以下に例示するような蛋白質と融合蛋白質として発現させ、精製の後、又は未精製のまま免疫原として用いることもできる。融合蛋白質の作製には、当業者が「蛋白質発現・精製タグ」として一般的に用いる、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)、マルトース結合蛋白質(MBP)、チオレドキシン(TRX)、Nusタグ、Sタグ、HSVタグ、FRAGタグ、ポリヒスチジンタグなどが利用できる。これらとの融合蛋白質は、消化酵素を用いて任意の抗原あるいはその部分ペプチド部分とそれ以外のタグ部分とを切断し、分離精製した後に免疫原として用いることが好ましい。
【0016】
免疫した動物からのモノクローナル抗体の調製は、周知のケラーらの方法(Kohler et al., Nature, vol, 256, p495-497(1975))により容易に行うことができる。すなわち、免疫した動物から、脾細胞やリンパ球等の抗体産生細胞を回収し、これを常法によりマウスミエローマ細胞と融合させてハイブリドーマを作製し、得られたハイブリドーマを限界希釈法等によりクローニングし、クローニングされた各ハイブリドーマが産生するモノクローナル抗体のうち、動物の免疫に用いた抗原と抗原抗体反応するモノクローナル抗体を選択する。
【0017】
腹水や培養上清からのモノクローナル抗体の精製は、公知のイムノグロブリン精製法を用いることができる。例えば、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムを用いた塩析による分画法、PEG分画法、エタノール分画法、DEAEイオン交換クロマトグラフィー法、ゲルろ過法などが挙げられる。また免疫動物種とモノクローナル抗体のクラスに応じて、プロテインA、プロテインG、プロテインLのいずれかを結合させた担体を用いたアフィニティクロマトグラフィー法によっても精製することが可能である。
【0018】
本実施形態の方法は、上記のようにして作製したモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片(以下、実施例の前までの記述において、文脈からそうでないことが明らかな場合を除き、「抗体」は、「モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片」を意味する)と検体中の抗原との抗原抗体反応を利用した免疫測定により測定する方法である。このための免疫測定法としては、競合法、凝集法、ウェスタンブロット法、免疫染色法、サンドイッチ法など、当業者にとって周知のいずれの方法も用いることができる。なお、本明細書において、「測定」には、定量、半定量、検出のいずれもが包含される。
【0019】
本実施形態の方法に使用する抗体のうち少なくとも1つは、RSウイルスのN蛋白質の391アミノ酸よりなるアミノ酸配列(配列番号128)の15アミノ酸からなる部分ペプチドを3アミノ酸ずつずらした127個のペプチドである、配列番号1~127で表されるアミノ酸配列を有するペプチドのうち、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗体である。より好ましくは、本実施形態の方法に使用する抗体のうち少なくとも1つは、配列番号30、39、40、69、70、74、75、83、84、100、101及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する。127個のペプチドのアミノ酸配列を
図1-1~1-3に示す。上記の1~127番目の127個のペプチドのアミノ酸配列はそれぞれ配列番号1~127で表される。
配列番号30:YHVKANGVDVTTHRQ
配列番号39:TLASLTTEIQINIEI
配列番号40:SLTTEIQINIEIESR
配列番号69:IANSFYEVFEKHPHF
配列番号70:SFYEVFEKHPHFIDV
配列番号74:IDVFVHFGIAQSSTR
配列番号75:FVHFGIAQSSTRGGS
配列番号83:FMNAYGAGQVMLRWG
配列番号84:AYGAGQVMLRWGVLA
配列番号100:AGFYHILNNPKASLL
配列番号101:YHILNNPKASLLSLT
配列番号113:YRGTPRNQDLYDAAK
【0020】
本実施形態の方法に使用される抗体は、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドを認識する。当該抗体は、反応性にフレキシビリティーがあり、これらのペプチドを広く認識するものと思われる。例えば、これらのペプチドにより形成される立体構造を認識している可能性がある。
【0021】
免疫測定としては、サンドイッチ型免疫測定が好ましい。サンドイッチ型免疫測定では、通常、固相等に固定化された捕捉用抗体(捕捉用分子)と、標識された検出用抗体(検出用分子)が使用され、これらの抗体で抗原を挟む形で複合体が形成され、標識によって該複合体が検出される。サンドイッチ型免疫測定は免疫測定の分野において周知であり、例えばイムノクロマトグラフィー法やELISA法により行うことができる。本実施形態の方法は、上記したN蛋白質を抗原として認識するモノクローナル抗体を用いること以外は、周知のサンドイッチ型免疫測定のいずれを利用したものとしてもよい。
【0022】
サンドイッチ免疫測定法には、上記した通り、捕捉用抗体及び検出用抗体として、抗原を認識する1種類又は2種類以上の抗体が用いられる。捕捉用抗体と検出用抗体は、同種の抗体であってもよく、また、異なる抗体であってもよい。2種類以上の抗体を用いる場合、これらの2種類の抗体のうち、少なくともいずれか一方を、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドを認識するモノクローナル抗体とする。好ましくは、捕捉用抗体と検出用抗体の両方を、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドを認識する1種類又は2種類の抗体とする。また、前記捕捉用抗体及び検出用抗体のうち、少なくとも捕捉用抗体を、少なくとも配列番号30、39、40、69、70、74、75、83、84、100、101及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドを認識する抗体とすることが好ましい。
【0023】
サンドイッチ型免疫測定において、抗体が固定化される固相としては、抗体を公知技術により固定可能なものは全て用いることができ、例えば、毛細管作用を有する多孔性薄膜(メンブレン)、粒子状物質、試験管、樹脂平板など公知のものを任意に選択できる。また、抗体を標識する物質としては、酵素、放射性同位体、蛍光物質、発光物質、有色粒子、コロイド粒子などを用いることができる。前述の種々の材料による免疫測定法の中でも、特に臨床検査の簡便性と迅速性の観点から、メンブレンを用いたラテラルフロー式の免疫測定法であるイムノクロマト法が好ましい。
【0024】
本実施形態の方法により、RSウイルスに感染しているか否かを検出することができ、被検体試料中にN蛋白質が検出された場合に、RSウイルスに感染していると判断することができる。
【0025】
本実施形態の方法を用いた場合、RSウイルスを特異的に認識することができる。特に、本実施形態の方法で使用されるRSウイルスのN蛋白質を認識する抗体は、他のウイルス、例えばアデノウイルス(Adenovirus)、コクサッキーウイルス(Coxsackievirus)、エコーウイルス(Echo virus)、単純ヘルペスウイルス(Herpes simplex virus)、ヒトニューモウイルス(Human Metapneumovirus)、インフルエンザウイルス(Influenza virus)、麻疹ウイルス(Measles virus)、ムンプスウイルス(Mumps virus)、パラインフルエンザウイルス(Parainfluenza virus)を認識することはなく、これらのウイルスを誤検出することはない。
【0026】
また、本実施形態の方法によれば、RSウイルスのF蛋白質を認識する抗体を用いた場合に検出できない臨床分離株も検出することができる。
【0027】
本実施形態の方法における被検体試料としては、検体として、咽頭若しくは鼻腔ぬぐい液、咽頭若しくは鼻腔洗浄液、鼻腔吸引液、唾液、血清、直腸拭い液、便、便懸濁液、尿、角膜拭い液等を用いればよい。
【0028】
2.RSウイルス測定用試薬及びキット
本発明の別の実施形態は、RSウイルス測定用試薬及びキットである。本実施形態の試薬及びキットは、RSウイルスのN蛋白質のアミノ酸配列に基づいて作製した127のペプチドスポットのうち、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を含む、ことを特徴とする。本実施形態の試薬及びキットは、特に記載のない限り、また、特に矛盾のない限り、「1.RSウイルスを検出する方法」の節に記載した方法に使用するための試薬及びキットである。本実施形態の試薬及びキットは、特に記載のない限り、また、特に矛盾のない限り、「1.RSウイルスを検出する方法」の節に記載した抗体を含むものである。本開示において、「試薬」及び「キット」は、本発明の方法を実施するための部材を1つのみ有するものを「試薬」、複数有するものを「キット」として表記するが、これ以外は特に区別されない。
【0029】
本実施形態の試薬及びキットは、N蛋白質を抗原として認識するモノクローナル抗体を用いてラテラルフロー式に免疫測定を行うことができる免疫測定器具を含んでいてもよい。以下、例示的に、前記免疫測定器具の構成を説明するが、本実施形態を下記に限定することを意図するものではない。
【0030】
免疫測定器具は、測定対象物(抗原)を捕捉する抗体(捕捉用抗体)が固定化された検出領域を有する支持体、移動可能な標識化抗体(検出用抗体)を有する標識体領域、検体を滴加するサンプルパッド、展開された検体液を吸収する吸収帯、これら部材を1つに貼り合わせるためのバッキングシートから成り、捕捉用抗体及び検出用抗体の少なくとも一方が、少なくとも配列番号39、40、69、70、及び113で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに反応する抗RSウイルスN蛋白質抗体である免疫測定器具である。該免疫測定器具をイムノクロマト試験片とも呼ぶ。
【0031】
支持体は、被検出物質(抗原)を捕捉するための抗体(捕捉用抗体)を固定化する性能を持つ材料であり、かつ液体が水平方向に通行することを妨げない性能を持つ。好ましくは、毛細管作用を有する多孔性薄膜であり、液体及びそれに分散した成分を吸収により輸送可能な材料である。支持体を成す材質は特に限定されるものではなく、例えばセルロース、ニトロセルロース、セルロースアセテート、ポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、ガラス繊維、ナイロン、ポリケトンなどが挙げられる。このうちニトロセルロースを用いて薄膜としたものがより好ましい。抗体を固定化したメンブレンを抗体固定化メンブレンと呼ぶ。
【0032】
標識体領域は、標識化した抗体(検出用抗体)を含む多孔性基材から成り、基材の材質は一般的に用いられているガラス繊維や不織布等を用いることができる。該基材は、多量の検出用抗体を含浸させるために、厚さ0.3mm~0.6mm程度のパッド状であることが好ましい。検出用抗体を含浸させ乾燥させた多孔性基材を乾燥パッドとも呼ぶ。
【0033】
検出用抗体の標識には、アルカリフォスファターゼや西洋ワサビペルオキシダーゼのような酵素、金コロイドのような金属コロイド、シリカ粒子、セルロース粒子、着色ポリスチレン粒子及び着色ラテックス粒子等が用いられることが多い。金属コロイド粒子、着色ポリスチレン粒子や着色ラテックス粒子等の着色粒子を用いる場合には、これらの標識試薬が凝集することによって着色が生じるので、この着色を測定する。抗体を固定化した粒子を抗体固定化粒子と呼ぶ。抗体の固定化量は、特に限定されないが、標識領域に数ngから数十μg存在すればよい。
【0034】
検出領域は、被検出物質(抗原)を捕捉する抗体(捕捉用抗体)が固定化された支持体の一部の領域を指す。検出領域は、抗原を捕捉するための抗体(検出用抗体)を固定化した領域を少なくとも1つ設ける。検出領域は支持体に含まれていればよく、支持体上に抗体を固定化すればよい。抗体の固定化量は、特に限定されないが検出領域に数ngから数十μg固定化すればよい。
【0035】
サンプルパッドは、検体を滴加するための部位であり、多孔性材料である。サンプルパッドは免疫測定器具の最も上流にある部位である。該材料には一般的に用いられるろ紙、ガラス繊維、不織布等を用いることができる。多量の検体を免疫測定に用いるために、厚さ0.3mm~1mm程度のパッド状であることが好ましい。検体には、検体を他の溶液に浮遊して得られる試料等、検体を用いて調製された試料も含む。
【0036】
吸収帯は、支持体に供給され検出領域で反応に関与しなかった成分を吸収するための部材である。該材料には、一般的な天然高分子化合物、合成高分子化合物等からなる保水性の高いろ紙、スポンジ等を用いることができるが、検体の展開促進のためには吸水性が高いものが好ましい。
【0037】
バッキングシートは、前述の全ての材料、すなわち支持体、サンプルパッド、標識体領域、吸収帯等が、部分的な重なりをもって貼付し固定されるための部材である。バッキングシートは、これらの材料が最適な間隔で配置し固定されるのであれば、必ずしも必要ではないが、製造上あるいは使用上の利便性から、一般的には用いた方が好ましい。
【0038】
前記免疫測定器具には、さらに対照表示領域(部材)が存在していてもよい。対照表示領域は試験が正確に実施されたことを示す部位である。例えば、対照表示領域は、検出領域の下流に存在し、検体試料が検出領域を通過し、対照表示領域に到達したときに着色等によりシグナルを発する。対照表示領域には、標識担体を結合させた抗体に結合する物質を固相化しておいてもよいし、検体が到達したときに色が変化するpHインジケーター等の試薬を固相化しておいてもよい。標識担体を結合させた抗体がマウスモノクローナル抗体の場合、抗マウスIgG抗体を用いればよい。
【0039】
免疫測定器具の大きさは限定されないが、例えば、縦の長さ数cm~十数cm、横の長さ数mm~数cm程度である。
【0040】
免疫測定器具は、格納容器内に収められていてもよく、該格納容器により、例えば紫外線や空気中の湿気による劣化を防ぐことができる。また、汚染性、感染性の有る検体試料を用いる場合、格納容器によりアッセイを行う試験者が汚染又は感染するのを防止することができる。例えば適当な大きさの樹脂製ケースを格納容器として用い、該ケース中に器具を収納すればよい。格納容器とその中に納められた免疫測定器具を、一体として免疫測定デバイスという場合がある。
【0041】
前記免疫測定器具を使用する方法において、捕捉用抗体を固定化した固相支持体に毛管現象を利用して、着色ポリスチレン粒子や金コロイド等の適当な標識物質で標識した被検出物質(標識試薬)と結合し得る検出用抗体と被検出物質の複合体を展開移動させる。この結果、捕捉用抗体-被検出物質-検出用抗体の複合体が固相支持体上に形成され、該複合体から発する標識由来のシグナル(金コロイドの場合は、被検出物質と結合し得る捕捉用抗体を固定化した固相支持体部分が赤くなる)を検出することにより、被検出物質を検出することができる。該免疫測定方法は、5~35℃、好ましくは室温で行うことができる。
【0042】
なお、検出領域の数及び標識体領域に含まれる検出用抗体の種類は1つに限られるものではなく、複数の測定対象物に対応する抗体を用いることで、2以上の抗原を同一の免疫測定器具にて検出することができる。
【0043】
本実施形態の試薬又はキットは、前記免疫測定器具を含むことができる。また、前記キットは、他にブロッシャー、検体採取器具等を含んでいてもよい。
【実施例0044】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0045】
実施例1 抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体の作製
1.RSウイルスN蛋白質抗原の調製
RSウイルスを感受性のある哺乳類細胞に感染させ、数日間培養した後にRSウイルス感染細胞の培養液を紫外線照射で不活化したものを用いた。
【0046】
2.抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体の作製
1.のRSウイルス不活化抗原をBALB/cマウスに免疫し、一定期間飼育したマウスから腸骨リンパ節を摘出する、「マウス腸骨リンパ節法」(Sado Y et al., Acta Histochem. Cytochem. 39: 89-94 (2006))により抗RSウイルスN蛋白質抗体を産生するハイブリドーマ細胞株が複数得られた。
【0047】
取得した細胞株をプリスタン処理したBALB/cマウスに腹腔投与し、約2週間後、抗体含有腹水を採取した。得られた腹水から、プロテインAカラムを用いたアフィニティクロマトグラフィー法によりIgGを精製し、精製抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体(以下「抗N蛋白質抗体」と称することがある。)を7クローン(No.1~7)得た。
【0048】
実施例2 RSウイルスN抗体固定化メンブレン及びRSウイルスN蛋白質抗体固定化粒子の調製
1.抗RSウイルスN蛋白質抗体のニトロセルロースメンブレンへの固定化
実施例1で作製した抗RSウイルスN蛋白質抗体No.1、3~7を、それぞれ緩衝液で希釈した液及び抗マウスIgG抗体を準備し、PETフィルムで裏打ちされたニトロセルロースメンブレンのサンプルパッド側に抗N蛋白質抗体、吸収体側に抗マウスIgG抗体をそれぞれ線状に塗布した。その後、ニトロセルロースメンブレンを温風下で十分に乾燥させ、抗N蛋白質抗体固定化メンブレンを得た。
【0049】
2.抗RSウイルスN蛋白質抗体の着色ポリスチレン粒子への固定化
実施例1で作製した抗N蛋白質抗体No.2~7を、それぞれ着色ポリスチレン粒子に共有結合させ、浮遊液に懸濁し、超音波処理により十分に分散させた、抗N蛋白質抗体結合着色ポリスチレン粒子を得た。本明細書において、抗N蛋白質抗体固定化粒子と呼ぶ。
【0050】
実施例3 RSウイルス抗原を用いたサンドイッチ免疫測定系の感度比較試験
RSウイルス抗原液30μLと検体浮遊液400μLで混合した抗原入り検体浮遊液を作製した。その後、検体浮遊液で4倍希釈、8倍希釈した抗原入り浮遊液を調整した。抗N蛋白質抗体固定化粒子(No.2~7)を検体浮遊液に約0.3%の濃度に浮遊した抗N蛋白質抗体固定化粒子浮遊液を作製した。No.7の抗体固定化粒子は、分散性が悪いことからその後の試験には使用しなかった。96穴プレートに抗N蛋白質抗体固定化粒子浮遊液を4μL/ウェル滴下した。
【0051】
4倍希釈、8倍希釈した抗原入り浮遊液を1ウェルあたり100μL滴下し、ピペッティングした。また、ブランクとして抗原の入っていない検体浮遊液を100μL/ウェル滴下し、ピペッティングした。各抗N蛋白質抗体固定化メンブレン(No.1、3~9)を、それぞれのウェルにその一端が浸るように挿し、8分後に取り出して着色状態を判定した。
【0052】
判定は目視で行い、ニトロセルロースメンブレンの抗N蛋白質抗体を線状に塗布した箇所に抗N蛋白質抗体固定化粒子由来の着色が見えれば陽性、見えなければ陰性と判断した。また、陽性は色の濃さから+~+++++の5段階で判定した。結果を表1に示す。
【0053】
【0054】
表1に示す通り、抗体固定化メンブレンにNo.3、抗体固定化粒子にNo.3又はNo.4を用いた系において、強い着色が見られた。これにより、RSウイルスの検出において、捕捉用抗体としてはNo.3の抗体、検出用抗体としてはNo.3又はNo.4の抗体を使用することが、検出感度の面において有利であることが示された。
【0055】
実施例4 RSウイルス検査デバイスの調製
1.抗RSウイルスN蛋白質抗体結合着色ポリスチレン粒子の塗布及び乾燥
実施例2の2で作製したNo.4の抗体固定化粒子をグラスファイバー不織布に所定量塗布し、温風化で十分に乾燥させた。本明細書において、標識体パッドと呼ぶ。
【0056】
2.RSウイルス検査デバイスの作製
実施例2の1で作製したNo.3の抗体固定化メンブレンと実施例4の1で作製した標識体パッドを組み合わせ、他部材(バッキングシート、吸収帯、サンプルパッド)と貼り合せて5mm幅に切断し、RSウイルス検査デバイスとした。
【0057】
3.RSウイルス検査デバイスの特異性及び正確性の確認
2で作製したRSウイルス検査デバイスに、呼吸器感染症を引き起こすウイルスを含む検体浮遊液(10mM Tris(pH8.0)、1%(w/v)ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、3%(w/v)アルギニン、3%(w/v)BSA)を50μL滴加し、5分間静置した。
【0058】
抗マウスIgG抗体及び抗N蛋白質抗体の両方の塗布位置で発色を目視で確認できた場合に+と判定した。抗マウスIgG抗体の塗布位置のみで発色を目視で確認でき、抗N蛋白質抗体の塗布位置で発色を目視で確認できない場合は-と判定した。また、抗マウスIgG抗体の塗布位置で発色を目視で確認できない場合は無効と判定した。結果を表2に示す。
【0059】
【0060】
表2に示された通り、抗RSウイルスN蛋白質抗体No.3及びNo.4を用いた免疫測定器具は、RSウイルスに反応するものの、他の呼吸器感染症の病因ウイルスに対して交差反応性を示さないことから、RSウイルスに対して特異的に反応することが確認できた。
【0061】
実施例5 抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体の抗原認識部位
1.PepSpot(商標)技術を用いた解析
抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体No.3及びNo.4の抗原認識部位を、GenBankに登録されているRSウイルスN蛋白質のアミノ酸配列(Accession No.AHC94758.1)をもとに、JPT Peptide Technologies社(Volmerstrasse 5(UTZ),12489,ベルリン、独国)のPepSpot(商標)技術を用いて解析した。PepSpot(商標)メンブレンは、JPT社で調製した。この方法の原理は、先にKramerらの論文(Cell, 91:799-809 (1997))により紹介され、かつ説明されている。メンブレンに固相したペプチドの配列を
図1-1、1-2及び1-3に示す。
【0062】
2.PepSpot(商標)技術を用いた解析方法
解析はJPT Peptide Technologies社から提示されたプロトコールに従って実施した。ペルオキシダーゼと複合された抗マウス二次抗体を、標準的手法に従うシグナル検出のために使用した。
【0063】
3.PepSpot(商標)技術を用いた解析結果
メンブレンに固相された127のペプチドスポットのうち、実施例1で得られたNo.3の抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体は、少なくともペプチド番号30、39、40、69、70、74、75、83、84、100、101、113に反応した。一方、No.4の抗RSウイルスN蛋白質モノクローナル抗体は、少なくともペプチド番号39、40、69、70、113に反応した。
【0064】
実施例6 抗RSウイルスN蛋白質抗体の感度比較
臨床検体から分離され培養されたRSウイルス3株について、実施例4で調製した抗N蛋白質抗体を用いた抗原検出試薬と、市販の抗F蛋白質抗体を用いた抗原検出試薬の検出感度を比較した。
【0065】
2016年に採取された臨床検体から分離したRSウイルス3株を、それぞれVero細胞に接種し増殖させた。緩衝液を用いてRSウイルス感染細胞培養上清の2倍希釈系列を調製し、そのうち所定量を検体浮遊液へ添加したものを試料とした。結果を表3に示す。
【0066】
【0067】
臨床検体から分離されたウイルス3株を用いて感度比較試験を実施した結果、3株中2株において、抗N蛋白質抗体を用いた抗原検出試薬は抗F蛋白質抗体を用いた抗原検出試薬と同等以上の感度を示した。
【0068】
3株のうち1株については、抗F蛋白質抗体を用いた抗原検出試薬では全く反応がみられなかったのに対し、抗N蛋白質抗体を用いた抗原検出試薬では高い検出感度を示した。