(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030843
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】電着塗装設備、電着塗装方法、学習済モデル、学習済モデルを用いた電着最適運転条件算出方法
(51)【国際特許分類】
C25D 13/22 20060101AFI20240229BHJP
B05C 11/00 20060101ALI20240229BHJP
B05C 9/14 20060101ALI20240229BHJP
B05C 3/10 20060101ALI20240229BHJP
G06N 3/02 20060101ALI20240229BHJP
G06N 20/00 20190101ALI20240229BHJP
【FI】
C25D13/22 304B
C25D13/22 304A
C25D13/22 305
B05C11/00
B05C9/14
B05C3/10
G06N3/02
G06N20/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134025
(22)【出願日】2022-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】000110343
【氏名又は名称】トリニティ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【弁理士】
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】金子 悠児
【テーマコード(参考)】
4F040
4F042
【Fターム(参考)】
4F040AA13
4F040AB04
4F040BA38
4F040BA48
4F040CC01
4F040CC16
4F040CC19
4F040DA05
4F040DA12
4F040DB12
4F040DB18
4F042AA09
4F042AB00
4F042BA25
4F042CA01
4F042DB25
4F042DC00
4F042DF16
4F042DH09
(57)【要約】
【課題】意図しない条件変動に起因する電着塗膜の膜厚不足や膜厚過多を検出して、最適運転条件を自動的に更新することにより、電着塗料のロスを削減することができる電着塗装設備を提供すること。
【解決手段】本発明の電着塗装設備10は、電着塗料に浸された車体W1に対して電着塗装を行う設備である。電着塗装設備10は、膜厚測定手段51及び運転条件算出手段を備える。膜厚測定手段51は、電着槽と乾燥炉との間に配置され、車体W1の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚を車体W1ごとに測定する。運転条件算出手段は、ウェット膜厚の測定値に基づいて、電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための最適運転条件を算出し、その算出した最適運転条件を電着槽制御装置に出力する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電着塗料を貯留する電着槽と、前記電着槽外に搬出された車体を乾燥させる乾燥炉と、前記電着槽の運転条件を設定して前記電着槽を制御する電着槽制御装置とを備え、前記電着塗料に浸された前記車体に対して電着塗装を行う電着塗装設備であって、
前記電着槽と前記乾燥炉との間に配置され、前記車体の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚を前記車体ごとに測定する膜厚測定手段と、
前記ウェット膜厚の測定値に基づいて、前記電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための最適運転条件を算出し、その算出した前記最適運転条件を前記電着槽制御装置に出力する運転条件算出手段と
を備えることを特徴とする電着塗装設備。
【請求項2】
前記運転条件算出手段は、
前記ウェット膜厚の測定値、前記電着槽の運転時の調整因子、及び、前記電着塗料の組成条件因子を入力情報として蓄積し、前記ドライ膜厚の目標値を出力する学習済モデルを構築するモデル構築手段を備えるとともに、
その学習済モデルを用いて算出された前記最適運転条件を前記電着槽制御装置に出力する
ことを特徴とする請求項1に記載の電着塗装設備。
【請求項3】
前記運転条件算出手段は、前記ウェット膜厚の測定値と前記ドライ膜厚の目標値との誤差を監視しており、
前記モデル構築手段は、前記ウェット膜厚の測定値と前記ドライ膜厚の目標値との誤差が許容範囲を超える場合に、前記学習済モデルを自動的に更新する
ことを特徴とする請求項2に記載の電着塗装設備。
【請求項4】
前記運転条件算出手段は、
前記ウェット膜厚の測定値、前記電着槽の運転時の調整因子、及び、前記電着塗料の組成条件因子を入力情報として蓄積し、前記ドライ膜厚の目標値を出力する学習済モデルを記憶する記憶手段と、
その学習済モデルに対して、前記ドライ膜厚の目標値を入力し、前記ドライ膜厚の目標値との誤差が最小となる前記最適運転条件を算出して前記学習済モデルから出力させる最適化計算を行う最適化計算手段と
を備えることを特徴とする請求項1に記載の電着塗装設備。
【請求項5】
前記膜厚測定手段は、前記車体の外板部に形成された前記電着塗膜の前記ウェット膜厚を測定し、
前記学習済モデルは、前記車体の内板部に形成された前記電着塗膜の前記ドライ膜厚の目標値を達成するための前記最適運転条件の算出に用いられる
ことを特徴とする請求項2乃至4のいずれか1項に記載の電着塗装設備。
【請求項6】
前記運転条件算出手段は、前記最適運転条件として、電極に与える電圧の設定値を算出し、その算出した電極電圧設定値を前記電着槽制御装置に出力することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の電着塗装設備。
【請求項7】
前記運転条件算出手段は、前記電着塗膜の品質条件を制約条件として、前記電極電圧設定値を算出する最適化計算を行うことを特徴とする請求項6に記載の電着塗装設備。
【請求項8】
前記電着塗装設備は、前記車体を搬送する搬送手段を備え、
前記搬送手段は、前記車体を懸架して前記電着槽に浸漬しながら搬送する複数のハンガーレールと、前記電着槽から引き上げられた前記車体を前記ハンガーレールから台車に載せ替えるドロップリフターとを備え、
前記膜厚測定手段は、前記ドロップリフターの設置箇所に配置されている
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の電着塗装設備。
【請求項9】
電着塗料を貯留する電着槽と、前記電着槽の運転条件を設定して前記電着槽を制御する電着槽制御装置とを備えた電着塗装設備により、前記電着塗料に浸された車体に対して電着塗装を行う方法であって、
前記車体の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚を前記車体ごとに測定する膜厚測定ステップと、
前記ウェット膜厚の測定値に基づいて、前記電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための最適運転条件を算出する運転条件算出ステップと、
その算出した前記最適運転条件を前記電着槽制御装置に出力する運転条件出力ステップと
を行うことを特徴とする電着塗装方法。
【請求項10】
ニューラルネットワークに対して、車体の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚の測定値、電着塗装設備における電着槽の運転時の調整因子、及び、電着塗料の組成条件因子を入力情報として蓄積し、前記ニューラルネットワークから前記電着塗膜のドライ膜厚の目標値を出力するように、コンピュータを機能させることを特徴とする学習済モデル。
【請求項11】
ニューラルネットワークに対して、車体の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚の測定値、電着塗装設備における電着槽の運転時の調整因子、及び、電着塗料の組成条件因子を入力情報として蓄積し、前記ニューラルネットワークから前記電着塗膜のドライ膜厚の目標値を出力するように、コンピュータを機能させる学習済モデルを用いるとともに、
前記学習済モデルに対して、前記ドライ膜厚の目標値を入力し、前記ドライ膜厚の目標値を達成するための前記電着槽の最適運転条件を算出させる
ことを特徴とする、学習済モデルを用いた電着最適運転条件算出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電着塗料に浸された車体に対して電着塗装を行う電着塗装設備及び電着塗装方法、電着塗膜の膜厚を最適化するようにコンピュータを機能させるための学習済モデル、学習済モデルを用いた電着最適運転条件算出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、電着槽内の電着塗料に浸された車体に対して電着塗装を行う電着塗装設備が知られている(例えば、特許文献1参照)。このような電着塗装設備による電着塗装は、防錆性能を付与することを目的として、車体の塗装の下地工程で広く採用されている。なお、車体の表面に形成される電着塗膜の膜厚は、設備の設計条件、車両条件(車両形状等の条件)及び電着塗料(浴液)の条件(浴条件)に基づいて電極電圧の最適値(最適運転条件)を決定し、事前に実験によって決定された設備の設定の下で運用・管理される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-132903号公報(
図1,
図4等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、電着塗装では、上記した各条件が一定に維持されることは少なく、例えば、経時的な浴条件の変動などにより刻々と変化する。しかしながら、浴条件が変動する度に、作業者が最適値を決定して設備の設定を変更するには、高度な知識とノウハウが必要である。そこで、従来では、浴条件の変動に起因する電着塗膜の膜厚不足や膜厚過多を考慮して、安全率の高い過剰な設定値を最適値として用いている。しかし、その反面、設定値が長期間見直されなくなるため、電着塗料の使用量などにロスが発生しやすくなるという問題がある。
【0005】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、第1の目的は、意図しない条件変動に起因する電着塗膜の膜厚不足や膜厚過多を検出して、最適運転条件を自動的に更新することにより、電着塗料のロスを削減することができる電着塗装設備及び電着塗装方法を提供することにある。また、第2の目的は、電着塗膜の膜厚の最適化が可能な学習済モデル、学習済モデルを用いた電着最適運転条件算出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、電着塗料を貯留する電着槽と、前記電着槽外に搬出された車体を乾燥させる乾燥炉と、前記電着槽の運転条件を設定して前記電着槽を制御する電着槽制御装置を備え、前記電着塗料に浸された前記車体に対して電着塗装を行う電着塗装設備であって、前記電着槽と前記乾燥炉との間に配置され、前記車体の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚を前記車体ごとに測定する膜厚測定手段と、前記ウェット膜厚の測定値に基づいて、前記電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための最適運転条件を算出し、その算出した前記最適運転条件を前記電着槽制御装置に出力する運転条件算出手段とを備えることを特徴とする電着塗装設備をその要旨とする。
【0007】
請求項1に記載の発明では、意図しない条件変動に起因して電着塗膜に膜厚不足や膜厚過多が生じたとしても、膜厚測定手段がウェット膜厚の測定値を測定し、運転条件算出手段が、ウェット膜厚の測定値に基づいて、電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための電着槽の最適運転条件を算出する。その結果、最適運転条件が自動的に更新されるため、運転条件算出手段が、算出した最適運転条件を電着槽制御装置に出力し、電着槽制御装置が電着槽を制御する。この制御により、電着塗膜のドライ膜厚を常時最適化することができ、車体の塗装品質が向上するとともに、電着塗料のロスを最小限に抑えることができる。
【0008】
なお、電着塗料としては、カチオン電着塗料やアニオン電着塗料が挙げられるが、防錆の観点から言えば、カチオン電着塗料を用いることが好ましい。
【0009】
請求項2に記載の発明は、請求項1において、前記運転条件算出手段は、前記ウェット膜厚の測定値、前記電着槽の運転時の調整因子、及び、前記電着塗料の組成条件因子を入力情報として蓄積し、前記ドライ膜厚の目標値を出力する学習済モデルを構築するモデル構築手段を備えるとともに、その学習済モデルを用いて算出された前記最適運転条件を前記電着槽制御装置に出力することをその要旨とする。
【0010】
請求項2に記載の発明では、学習済モデルに対して、ウェット膜厚の測定値、電着槽の運転時の調整因子、及び、電着塗料の組成条件因子を蓄積していくことにより、ドライ膜厚の目標値の精度が高くなる。よって、学習済モデルを用いて電着槽の最適運転条件を算出し、電着槽制御装置が、算出した最適運転条件に基づいて電着槽を制御すれば、目標とするドライ膜厚を高精度に得ることができる。
【0011】
なお、電着槽の運転時の調整因子としては、車体に印加される電圧の電流値、電着塗料の液温、電圧の印加時間などが挙げられる。また、電着塗料の組成条件因子としては、酸濃度(MEQ)、NV(ノンボラタイルコンテント)、灰分、塗料電導度、クーロン効率などが挙げられる。
【0012】
請求項3に記載の発明は、請求項2において、前記運転条件算出手段は、前記ウェット膜厚の測定値と前記ドライ膜厚の目標値との誤差を監視しており、前記モデル構築手段は、前記ウェット膜厚の測定値と前記ドライ膜厚の目標値との誤差が許容範囲を超える場合に、前記学習済モデルを自動的に更新することをその要旨とする。
【0013】
請求項3に記載の発明では、ウェット膜厚の測定値とドライ膜厚の目標値との誤差が許容範囲を超える場合、即ち、車体の表面に形成される電着塗膜のドライ膜厚が膜厚不足または膜厚過多になると想定される場合に、学習済モデルを自動的に更新する。この場合、上記の誤差が許容範囲を超えてからの時間が殆ど経過していない状態で、学習済モデルを更新してドライ膜厚の目標値を変更できるため、目標値の変更前に誤差が許容範囲から大きく外れることが防止される。その結果、ウェット膜厚に応じて変動するドライ膜厚を、狙った厚さにすることができるため、車体の塗装品質が向上する。
【0014】
請求項4に記載の発明は、請求項1において、前記運転条件算出手段は、前記ウェット膜厚の測定値、前記電着槽の運転時の調整因子、及び、前記電着塗料の組成条件因子を入力情報として蓄積し、前記ドライ膜厚の目標値を出力する学習済モデルを記憶する記憶手段と、その学習済モデルに対して、前記ドライ膜厚の目標値を入力し、前記ドライ膜厚の目標値との誤差が最小となる前記最適運転条件を算出して前記学習済モデルから出力させる最適化計算を行う最適化計算手段とを備えることをその要旨とする。
【0015】
請求項4に記載の発明では、最適化計算手段が、ドライ膜厚の目標値との誤差が最小となる最適運転条件を算出して学習済モデルから出力させるため、最適な最適運転条件を得ることができる。よって、電着槽制御装置が、算出した最適運転条件に基づいて電着槽を制御すれば、目標とするドライ膜厚を高精度に得ることができる。
【0016】
請求項5に記載の発明は、請求項2乃至4のいずれ1項において、前記膜厚測定手段は、前記車体の外板部に形成された前記電着塗膜の前記ウェット膜厚を測定し、前記学習済モデルは、前記車体の内板部に形成された前記電着塗膜の前記ドライ膜厚の目標値を達成するための前記最適運転条件の算出に用いられることをその要旨とする。
【0017】
請求項5に記載の発明では、膜厚測定手段が、車体の外板部に形成された電着塗膜のウェット膜厚を測定するため、内板部のウェット膜厚を対象とした場合に比べて測定を容易にかつ迅速に行うことができる。しかも、膜厚測定手段を長く延ばして車体内に入れる必要がないので、膜厚測定手段と車体との衝突を防止することができる。また、学習済モデルは、車体の内板部(即ち、電着塗料が廻り込みにくく塗り残しが生じやすい部位)に形成された電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための最適運転条件の算出に用いられる。よって、内板部を含む車体の表面全体に、電着塗膜を確実に形成することができる。
【0018】
請求項6に記載の発明は、請求項1乃至4のいずれか1項において、前記運転条件算出手段は、前記最適運転条件として、電極に与える電圧の設定値を算出し、その算出した電極電圧設定値を前記電着槽制御装置に出力することをその要旨とする。
【0019】
請求項6に記載の発明では、意図しない条件変動に起因して電着塗膜に膜厚不足や膜厚過多が生じたとしても、運転条件算出手段が、電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための電着槽の最適運転条件として、電極に与える電圧の設定値を算出する。その結果、最適運転条件が自動的に更新されるため、運転条件算出手段が、算出した電極電圧設定値を電着槽制御装置に出力し、電着槽制御装置が電着槽を制御することにより、ドライ膜厚の目標値を常に達成することができる。
【0020】
請求項7に記載の発明は、請求項6において、前記運転条件算出手段は、前記電着塗膜の品質条件を制約条件として、前記電極電圧設定値を算出する最適化計算を行うことをその要旨とする。
【0021】
請求項7に記載の発明では、運転条件算出手段が、電着塗膜の品質条件(制約条件)を満たすように電極電圧設定値を算出するため、ドライ膜厚の目標値を達成しつつ、電着塗膜の品質を向上させることができる。
【0022】
なお、制約条件としては、電着塗膜内にガスピンホールが生じない電極電圧設定値や、電着塗料の付き廻り性が良く塗り残しが生じない電極電圧設定値などが挙げられる。
【0023】
請求項8に記載の発明は、請求項1乃至4のいずれか1項において、前記電着塗装設備は、前記車体を搬送する搬送手段を備え、前記搬送手段は、前記車体を懸架して前記電着槽に浸漬しながら搬送する複数のハンガーレールと、前記電着槽から引き上げられた前記車体を前記ハンガーレールから台車に載せ替えるドロップリフターとを備え、前記膜厚測定手段は、前記ドロップリフターの設置箇所に配置されていることをその要旨とする。
【0024】
一般的に、電着槽から引き上げられた車体は、水洗エリアにおいて表面に付着している余分な電着塗料が洗い流された後、乾燥炉において焼付乾燥される。しかし、電着塗膜のウェット膜厚を測定する膜厚測定手段を、シャワーを有する水洗エリア内や、高温になる乾燥炉内に配置することはできない。そこで、請求項8に記載の発明では、膜厚測定手段を、水洗エリア及び乾燥炉とは別の箇所である、ドロップリフターの設置箇所に配置している。これにより、膜厚測定手段による測定を確実にかつ迅速に行うことができる。
【0025】
請求項9に記載の発明は、電着塗料を貯留する電着槽と、前記電着槽の運転条件を設定して前記電着槽を制御する電着槽制御装置とを備えた電着塗装設備により、前記電着塗料に浸された車体に対して電着塗装を行う方法であって、前記車体の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚を前記車体ごとに測定する膜厚測定ステップと、前記ウェット膜厚の測定値に基づいて、前記電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための最適運転条件を算出する運転条件算出ステップと、その算出した前記最適運転条件を前記電着槽制御装置に出力する運転条件出力ステップとを行うことを特徴とする電着塗装方法をその要旨とする。
【0026】
請求項9に記載の発明では、意図しない条件変動に起因して電着塗膜に膜厚不足や膜厚過多が生じたとしても、膜厚測定ステップにおいてウェット膜厚の測定値を測定し、運転条件算出ステップにおいて、ウェット膜厚の測定値に基づいて、電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための電着槽の最適運転条件を算出する。その結果、最適運転条件が自動的に更新されるため、運転条件出力ステップにおいて、算出した最適運転条件を電着槽制御装置に出力し、電着槽制御装置が電着槽を制御することにより、電着塗膜のドライ膜厚を常時最適化することができ、車体の塗装品質が向上する。しかも、意図しない条件変動を考慮して、最適運転条件を過剰に安全率の高い運転条件に設定しなくても済むため、最適運転条件が長期間見直されなくなることに起因する、電着塗料のロスを削減することができる。
【0027】
請求項10に記載の発明は、ニューラルネットワークに対して、車体の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚の測定値、電着塗装設備における電着槽の運転時の調整因子、及び、電着塗料の組成条件因子を入力情報として蓄積し、前記ニューラルネットワークから前記電着塗膜のドライ膜厚の目標値を出力するように、コンピュータを機能させることを特徴とする学習済モデルをその要旨とする。
【0028】
請求項10に記載の発明では、ニューラルネットワークに対して、ウェット膜厚の測定値、電着槽の運転時の調整因子、及び、電着塗料の組成条件因子を蓄積していくようにコンピュータを機能させることにより、ニューラルネットワークから出力されるドライ膜厚の目標値の精度が高くなる。よって、学習済モデルを用いれば、電着塗膜の膜厚の最適化が可能になる。
【0029】
なお、ニューラルネットワークは、人間の脳神経系のニューロンをシナプスで結合して形成されたネットワークをモデル化したものである。代表的なニューラルネットワークとしては、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)やリカレントニューラルネットワーク(RNN)などが挙げられる。
【0030】
請求項11に記載の発明は、ニューラルネットワークに対して、車体の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚の測定値、電着塗装設備における電着槽の運転時の調整因子、及び、電着塗料の組成条件因子を入力情報として蓄積し、前記ニューラルネットワークから前記電着塗膜のドライ膜厚の目標値を出力するように、コンピュータを機能させる学習済モデルを用いるとともに、前記学習済モデルに対して、前記ドライ膜厚の目標値を入力し、前記ドライ膜厚の目標値を達成するための前記電着槽の最適運転条件を算出させることを特徴とする、学習済モデルを用いた電着最適運転条件算出方法をその要旨とする。
【0031】
請求項11に記載の発明では、ニューラルネットワークに対して、ウェット膜厚の測定値、電着槽の運転時の調整因子、及び、電着塗料の組成条件因子を蓄積していくようにコンピュータを機能させることにより、ニューラルネットワークから出力されるドライ膜厚の目標値の精度が高くなる。よって、学習済モデルに対してドライ膜厚の目標値を入力し、電着槽の最適運転条件を算出させれば、電着塗膜の膜厚の最適化が可能になる。
【発明の効果】
【0032】
以上詳述したように、請求項1~9に記載の発明によると、意図しない条件変動に起因する電着塗膜の膜厚不足や膜厚過多を検出して、最適運転条件を自動的に更新することにより、電着塗料のロスを削減することができる。また、請求項10,11に記載の発明によると、電着塗膜の膜厚の最適化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本実施形態における電着塗装設備を示す概略断面図。
【
図3】ウェット膜厚センサの配置方法を示す概略断面図。
【
図5】目的関数及び制約条件の数理モデル(数式)を示す説明図。
【
図6】ニューラルネットワークを用いた最適化計算の方法を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に基づき詳細に説明する。
【0035】
図1に示されるように、本実施形態の電着塗装設備10は、電着塗料P1に浸された車体W1に対して電着塗装を行うための設備である。電着塗装設備10は、電着塗料P1を貯留する電着槽11を備えている。電着槽11では、車体W1が電着塗料P1に浸された状態で搬送されるようになっている。電着槽11は、同電着槽11の天井部を構成する槽上部12と、電着槽11の床部を構成する槽底部13と、2つの側壁14とによって構成されている。また、電着槽11には、同電着槽11内に車体W1を搬入するための搬入口15と、電着槽11外に車体W1を搬出するための搬出口16とが開口されている。なお、本実施形態の電着塗料P1は、例えば、陽イオン電解性樹脂をビヒクルの主体として用いた塗料である。
【0036】
また、電着塗装設備10は、搬送方向(
図1では右方向)に車体W1を搬送するコンベア21(搬送手段)を備えている。コンベア21は、車体W1を下降させながら搬入口15を介して電着槽11内に搬入するとともに、車体W1を上昇させながら搬出口16を介して電着槽11外に搬出するようになっている。なお、コンベア21は、搬送方向に延びるレール22と、レール22に設けられ車体W1を懸架して電着槽11に浸漬しながら搬送する複数のハンガーレール23とを備えている。さらに、電着槽11内には複数の電極31が配置されている。各電極31は、帯板状をなしており、車体W1の搬送方向に沿って間隔を空けて配置されている。
【0037】
図2,
図3に示されるように、電着塗装設備10は、水洗エリア(図示略)、ドロップリフター41、プレヒーティングエリア42及び乾燥炉43をさらに備えている。水洗エリアは、シャワーを有するエリアであり、電着槽11から引き上げられた車体W1の表面に付着している余分な電着塗料P1を洗い流すようになっている。ドロップリフター41は、水洗エリアを通過した車体W1を、ハンガーレール23からコンベア44上の台車45に載せ替えるためのものである。プレヒーティングエリア42は、台車45に載せ換えられた車体W1に熱風を作用させて、電着塗料P1の溶剤分を蒸発させるためのエリアである。そして、乾燥炉43は、プレヒーティングエリア42を通過した車体W1に熱風を作用させて電着塗料P1を焼付乾燥させることにより、電着塗膜を形成するようになっている。
【0038】
また、電着槽11と乾燥炉43との間(正確には電着槽11とプレヒーティングエリア42との間)には、膜厚測定手段であるウェット膜厚センサ51が配置されている。具体的に言うと、ウェット膜厚センサ51は、ドロップリフター41の設置箇所(本実施形態では、ドロップリフター41の側壁)にて横向きに突出するようにして配置(固定)されている。ウェット膜厚センサ51は、車体W1の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚(乾燥前の電着塗膜の膜厚)を車体W1ごとに測定するためのものである。また、ウェット膜厚センサ51は、車体W1の外板部(例えば、ドア外板部など)に形成された電着塗膜のウェット膜厚を測定するようになっている。なお、本実施形態のウェット膜厚センサ51は、車体W1に対してレーザを照射することによりウェット膜厚を測定する非接触式のセンサであり、ウェット膜厚センサ51の先端面と車体W1の表面との距離が、例えば100mm以上130mm以下となるように配置される。そして、ウェット膜厚センサ51は、ケーブル(図示略)を介してパソコン60に接続される。なお、本実施形態ではレーザ式のウェット膜厚センサ51を用いているが、非接触式であれば他の方式のセンサを使用してもよい。
【0039】
次に、電着塗装設備10の電気的構成について説明する。
【0040】
図1に示されるように、電着塗装設備10はパソコン60を備えており、パソコン60は、設備全体を統括的に制御するための制御装置61を備えている。制御装置61は、CPU62、ROM63、RAM64、入出力回路等により構成されている。また、CPU62には、パソコン60のキーボード65、及び、パソコン60のディスプレイ66が電気的に接続されている。さらに、CPU62は、コンベア21,44、各電極31、ドロップリフター41及びウェット膜厚センサ51に電気的に接続されており、各種の駆動信号によってそれらを制御する。
【0041】
次に、電着塗装設備10による電着塗装方法を説明する。
【0042】
まず、CPU62は、コンベア21に駆動信号を出力し、搬入口15を介して電着槽11内に車体W1(ハンガーレール23)を連続的に搬入させるとともに、搬出口16を介して電着槽11外に車体W1を連続的に搬出させる。そして、電着槽11内に搬入された車体W1が電着塗料P1に浸されると、電着槽11内に配置された各電極31から車体W1に電流が印加され、車体W1に対する電着塗装が行われる。その結果、車体W1の表面に電着塗膜が形成される。
【0043】
なお、電着塗装が終了した車体W1は、電着槽11から引き上げられた後、水洗エリア内に搬入される。そして、水洗エリア内において、車体W1の表面に付着している余分な電着塗料P1がシャワーによって洗い流される。さらに、水洗エリアを通過した車体W1は、ドロップリフター41によってハンガーレール23から台車45に載せ替えられる。その後、車体W1は、プレヒーティングエリア42内に搬入された際に電着塗膜の溶剤分が蒸発し、乾燥炉43内に搬入された際に電着塗膜が焼付乾燥される。
【0044】
ところで、電着塗料P1の条件(浴条件)は刻々と変化するため、電着塗装を継続すると、電着塗膜のドライ膜厚(乾燥後の電着塗膜の膜厚)が変動する可能性がある。このため、CPU62は、電着塗料P1のドライ膜厚の目標値を達成するための処理を行う。
【0045】
まず、CPU62は、プレヒーティングエリア42及び乾燥炉43に搬入される前の段階で膜厚測定ステップを行う。膜厚測定ステップでは、ウェット膜厚センサ51に駆動信号を出力し、車体W1の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚を(インラインで)車体W1ごとに測定する。ここでは、車体W1の表面に設定されうる複数(30~40箇所程度)の管理測定点のうち、代表となる1箇所の管理測定点(本実施形態では、ドア外板部に設定された管理測定点)のみにおいて、ウェット膜厚を測定する。ウェット膜厚の測定は、例えば車体W1をドロップリフター41に移載した後の停止状態にて、数秒間のうちに実行される。なお、ウェット膜厚に関するデータ(ウェット膜厚データ)は、ケーブルを介してパソコン60(CPU62)に送信され、車体W1ごとにRAM64に記憶される。この膜厚測定ステップを繰り返すことにより、ウェット膜厚データがビックデータ化される。
【0046】
続く運転条件算出ステップにおいて、CPU62は、ウェット膜厚の測定値に基づいて、電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための最適運転条件を算出する。即ち、CPU62は、『運転条件算出手段』としての機能を有している。具体的に言うと、まず、CPU62は学習済モデルを構築する。即ち、CPU62は、『モデル構築手段』としての機能を有している。なお、学習済モデルは、車体W1の内板部(本実施形態では、ドア内板部)に形成された電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための最適運転条件の算出に用いられる。詳述すると、学習済モデルは、
図4に示されるニューラルネットワーク71に対して入力情報X1~X10を蓄積し、ニューラルネットワーク71からドライ膜厚の目標値(Y=内板膜厚)を出力するように、コンピュータである制御装置61を機能させるためのものである。
【0047】
なお、入力情報X1~X10のうち入力情報X1~X4は、電着槽11の運転時の調整因子となる情報である。入力情報X1は、1台の車体W1に印加される電圧の印加時間、即ちタクト(タクトタイム)である。入力情報X2は、搬送方向(
図1では右方向)における前半部分(
図1では左半分)に配置された電極31に印加される電圧値(前半部電極電圧)であり、入力情報X3は、搬送方向における後半部分(
図1では右半分)に配置された電極31に印加される電圧値(後半部電極電圧)である。入力情報X4は、電着塗料P1の液温である。
【0048】
また、入力情報X5~X10は、必要に応じて適宜設定可能である。本実施形態では、入力情報X5をウェット膜厚の測定値(ウェット膜厚データ)、入力情報X6を酸濃度(MEQ)、入力情報X7をNV(ノンボラタイルコンテント)、入力情報X8を灰分、入力情報X9を塗料電導度、入力情報X10をクーロン効率に設定している。なお、入力情報X5~X10のうち入力情報X6~X10は、電着塗料P1の組成条件因子となる情報である。
【0049】
なお、CPU62は、構築された学習済モデルをRAM64に記憶する。即ち、RAM64は、『記憶手段』としての機能を有している。
【0050】
そして、
図6に示されるように、CPU62は、RAM64に記憶されている学習済モデル(ニューラルネットワーク71)に対して、ドライ膜厚の目標値を入力し、ドライ膜厚の目標値との誤差が最小となる最適運転条件を算出して学習済モデルから出力させる最適化計算を行う。即ち、CPU62は、『最適化計算手段』としての機能を有している。具体的に言うと、CPU62は、最適運転条件として、電極31に与える電圧の設定値(電極電圧設定値)を算出する。また、CPU62は、電着塗膜の品質条件を制約条件として、電極電圧設定値を算出する最適化計算を行う。なお、本実施形態の制約条件は、電着塗膜内にガスピン(ガスピンホール)が生じず、電着塗料P1の付き廻り性が良く塗り残しが生じない条件であり、この条件を満たすような電極電圧設定値が算出される。
【0051】
なお、
図4に示されるように、ニューラルネットワーク71からの出力は、ブラックボックス関数(NN回帰モデル)となっている。この場合、予測モデル(学習済モデル)を用いて最適運転条件(電極電圧設定値)を算出したいが、ブラックボックス関数の形状が分からないため、線形回帰のように、回帰式を変形して最適運転条件を求めることはできない。
【0052】
そこで、本実施形態では、ブラックボックス関数を、上記した制約条件の下で、所定の目的関数を最小にする解を求める数理最適化問題として定式化する。なお、
図5に示されるように、目的関数数理モデル(数式)は、ウェット膜厚の測定値(y)とドライ膜厚の目標値(y´)との誤差を最小化することを示している。
【0053】
その結果、ニューラルネットワーク71に対して、ドライ膜厚の目標値(X=内板膜厚(目標値))を入力し、目標値との誤差が最小となる電極電圧設定値を算出してニューラルネットワーク71から出力させることが可能となり、制約条件を満たす電極電圧設定値が得られる。このとき、誤差に関する情報は、出力側から入力側に、換言すると、
図6において右側から左側に伝達される。また、電極電圧設定値は、タクト(タクトタイム)や電着塗料P1の液温を現在値に固定した状態でシミュレーション(算出)される。
【0054】
その後、運転条件出力ステップにおいて、CPU62は、学習済モデル(ニューラルネットワーク71)を用いて算出された最適運転条件(電極電圧設定値)を制御装置61に出力(フィードバック)する。即ち、制御装置61は、電着槽11の運転条件を設定して電着槽11を制御する『電着槽制御装置』としての機能も有している。
【0055】
そして、算出された最適運転条件に基づいて電着塗装設備10の設定が変更され、この状態で電着塗装が行われる。詳述すると、制御装置61のCPU62は、算出された電極電圧設定値に基づいて、電極31から車体W1に電圧を印加させる。これにより、車体W1の表面に形成される電着塗膜のドライ膜厚が目標値に近付くように調整される。なお、一般的に、電圧(電極電圧設定値)が高くなるのに伴って、ドライ膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、電圧とドライ膜厚との間には、正の相関関係があると言うことができる。
【0056】
また、CPU62は、電極電圧設定値が変更(更新)された状態でウェット膜厚センサ51によって測定したウェット膜厚に基づき、ウェット膜厚の測定値とドライ膜厚の目標値との誤差を監視する。そして、CPU62は、ウェット膜厚の測定値とドライ膜厚の目標値との誤差が許容範囲を超える場合に、学習済モデル(ニューラルネットワーク71)を自動的に更新する。
【0057】
例えば、ウェット膜厚の測定値とドライ膜厚の目標値との誤差が許容範囲の上限値よりも高い場合、CPU62は、学習済モデルを更新し、ニューラルネットワーク71に、現状よりも低い電極電圧設定値を算出させる。これにより、電着塗膜(ドライ膜厚)が膜厚過多になることが抑制される。一方、ウェット膜厚の測定値とドライ膜厚の目標値との誤差が許容範囲の下限値よりも低い場合、CPU62は、学習済モデルを更新し、ニューラルネットワーク71に、現状よりも高い電極電圧設定値を算出させる。これにより、電着塗膜(ドライ膜厚)が膜厚不足になることが抑制される。
【0058】
従って、本実施形態によれば以下のような効果を得ることができる。
【0059】
(1)本実施形態では、意図しない条件変動に起因して電着塗膜に膜厚不足や膜厚過多が生じたとしても、ウェット膜厚センサ51がウェット膜厚の測定値を測定し、CPU62が、ウェット膜厚の測定値に基づいて、電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための電着槽11の最適運転条件(電極電圧設定値)を算出する。その結果、電極31に印加される電圧(電極電圧設定値)が自動的に更新される。このため、CPU62が、算出した電極電圧設定値に基づいて電着槽11を制御することにより、電着塗膜のドライ膜厚を常時最適化することができ、車体W1の塗装品質が向上するとともに、電着塗料P1のロスを最小限に抑えることができる。ゆえに、電着塗料P1の使用量を最小化することができる。
【0060】
(2)本実施形態では、ウェット膜厚センサ51が、車体W1の外板部(具体的には、ドア外板部)に形成された電着塗膜のウェット膜厚を測定する。また、CPU62は、ウェット膜厚の測定値に基づいて、車体W1の内板部に形成された電着塗膜のドライ膜厚の目標値を達成するための電極電圧設定値を推定(算出)する。つまり、電着塗料P1が廻り込みにくく塗り残しが生じやすい部位である内板部に関する推定を行うことにより、内板部を含む車体W1の表面全体に、電着塗膜を確実に形成することができる。また、ウェット膜厚センサ51は、車体W1の表面に設定されうる複数の管理測定点のうち、代表となる1箇所の管理測定点(具体的には、ドア外板部に設定された管理測定点)のみにおいて、ウェット膜厚を測定する。このため、ウェット膜厚センサ51が各管理測定点のそれぞれにおいてウェット膜厚を測定する場合に比べて、測定に要するコストや時間を低減することができる。
【0061】
(3)一般的に、電着槽11から引き上げられた車体W1は、水洗エリアにおいて表面に付着している余分な電着塗料P1が洗い流された後、プレヒーティングエリア42において電着塗膜の溶剤分が蒸発し、乾燥炉43において電着塗膜が焼付乾燥される。しかし、電着塗膜のウェット膜厚を測定するウェット膜厚センサ51を、シャワーを有する水洗エリア内や、高温になるプレヒーティングエリア42内及び乾燥炉43内に配置することはできない。そこで、本実施形態では、ウェット膜厚センサ51を、水洗エリア、プレヒーティングエリア42及び乾燥炉43とは別の箇所である、ドロップリフター41の設置箇所に配置している。これにより、ウェット膜厚センサ51による測定を確実に、かつウェット膜厚センサ51に負荷を与えることなく行うことができる。
【0062】
(4)従来は、乾燥炉において車体W1を焼付乾燥した後、接触式の電磁式膜厚計を用いて、車体W1の表面に形成された電着塗膜の膜厚(ドライ膜厚)を測定していた。また、従来では、多数(例えば、1週間で約1万台)の車体W1から抜き出した代表の車体W1のみに対して膜厚を測定していた。しかしながら、膜厚を測定していない車体W1の電着塗膜に膜厚不足や膜厚過多といった不良が生じていると、不良品が市場に流出してしまうという問題がある。
【0063】
一方、本実施形態では、焼付乾燥する前の段階で、ウェット膜厚センサ51を用いて、車体W1の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚を(インラインで)車体W1ごとに測定している(全数検査)。このため、電着塗膜に膜厚不足や膜厚過多といった不良が生じた車体W1を、確実に検出することができる。
【0064】
(5)従来は、車体W1を所定時間焼付乾燥した後で、電着塗膜の膜厚(ドライ膜厚)を測定しているため、電着塗膜の品質(膜厚不足や膜厚過多といった不良が生じているか否か)が判明するまでに、かなりの時間がかかっていた。
【0065】
それに対して、本実施形態では、車体W1に対して電着塗装を行った直後に、電着塗膜の膜厚(ウェット膜厚)を測定するため、リアルタイムに近い感覚で、電着塗膜の品質を迅速に知ることができる。よって、電着塗膜の品質不良が判明した場合には、電極電圧設定値を直ちに反映(更新)させて、電着塗膜の膜厚(ドライ膜厚)を短時間で修正することができるため、不良品となる車体W1の台数を最小限に抑えることができる。その結果、車体W1が廃車になるロスを低減することができる。
【0066】
なお、上記実施形態を以下のように変更してもよい。
【0067】
・上記実施形態のウェット膜厚センサ51は、ドロップリフター41の設置箇所(本実施形態では、ドロップリフター41の側壁)に配置(固定)されていたが、他の箇所に配置されていてもよい。例えば、ドロップリフター41の設置箇所に可動体であるロボットを配置し、そのロボットにウェット膜厚センサ51を搭載してロボットを駆動させることにより、測定位置を変更させてもよい。また、ウェット膜厚センサ51は複数設けられていてもよい。例えば、ウェット膜厚センサ51は、車体W1を挟み込むように一対設けられていてもよい。
【0068】
・上記実施形態のウェット膜厚センサ51は、車体W1の表面に設定されうる複数(30~40箇所程度)の管理測定点のうち、代表となる1箇所の管理測定点のみにおいて、車体W1の表面に形成された電着塗膜のウェット膜厚を測定していた。しかし、ウェット膜厚センサ51は、各管理測定点から選択した2箇所以上の管理測定点においてウェット膜厚を測定してもよいし、全ての管理測定点においてウェット膜厚を測定してもよい。
【0069】
・上記実施形態において、学習済モデル(ニューラルネットワーク71)に入力情報として蓄積される電着槽11の運転時の調整因子は、車体W1に印加される電圧の印加時間であるタクトタイム(入力情報X1)、車体W1に印加される電圧の電圧値である前半側電極電圧、後半側電極電圧(入力情報X2,X3)、電着塗料P1の液温(入力情報X4)であった。しかし、調整因子は、印加時間(入力情報X1)、電圧値(入力情報X2,X3)及び液温(入力情報X4)から選択した少なくとも1つであってもよい。一般的に、印加時間が長くなるのに伴って、ドライ膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、印加時間とドライ膜厚との間には、正の相関関係があるということができる。また、液温が高くなるのに伴って、ドライ膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、液温とドライ膜厚との間にも、正の相関関係があるということができる。なお、上記実施形態の電圧値は、2つの電圧値(前半側電極電圧、後半側電極電圧)に分けられていたが、1つの電圧値にまとめられていてもよい。
【0070】
・上記実施形態において、学習済モデル(ニューラルネットワーク71)に入力情報として蓄積される電着塗料P1の組成条件因子は、酸濃度(MEQ)(入力情報X6)、NV(ノンボラタイルコンテント)(入力情報X7)、灰分(入力情報X8)、塗料電導度(入力情報X9)、クーロン効率(入力情報X10)であった。しかし、組成条件因子は、酸濃度(MEQ)、NV(ノンボラタイルコンテント)、灰分、塗料電導度及びクーロン効率から選択した少なくとも1つであってもよい。
【0071】
なお、一般的に、酸濃度が低くなって酸が減少するのに伴って、電着塗料P1に含まれる塗料粒子同士の反発が弱まり、凝集しやすくなる。その結果、酸濃度が高い場合と比べると、クーロン効率(1クーロン当りの析出量)が高くなるため、少ない電気量で車体W1の表面に電着塗料P1を析出させやすくなる。よって、同じ通電条件であれば、ドライ膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、酸濃度とドライ膜厚との間には、負の相関関係があると言うことができる。また、NVが高くなるのに伴って、乾燥時に電着塗膜に残る樹脂成分が増えるため、ドライ膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、NVとドライ膜厚との間には、正の相関関係があると言うことができる。さらに、灰分が高くなるのに伴って、電着塗料P1の顔料分が増加して膜抵抗が増加し、付き廻り性が向上するため、ドライ膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、灰分とドライ膜厚との間にも、正の相関関係があると言うことができる。また、塗料電導度が高くなるのに伴って、電着塗膜が形成されやすくなるため、ドライ膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、塗料電導度とドライ膜厚との間にも、正の相関関係があると言うことができる。また、クーロン効率が高くなるのに伴って、上記したように少ない電気量で車体W1の表面に電着塗料P1を析出させやすくなるため、ドライ膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、クーロン効率とドライ膜厚との間にも、正の相関関係があると言うことができる。
【0072】
次に、特許請求の範囲に記載された技術的思想のほかに、前述した実施形態によって把握される技術的思想を以下に列挙する。
【0073】
(1)請求項2乃至5のいずれか1項において、前記電着槽の運転時の調整因子は、前記車体に印加される電圧の電圧値、前記電着塗料の液温及び電圧の印加時間から選択される少なくとも1つであることを特徴とする電着塗装設備。
【0074】
(2)請求項2乃至5のいずれか1項において、前記電着塗料の組成条件因子は、酸濃度(MEQ)、NV(ノンボラタイルコンテント)、灰分、塗料電導度及びクーロン効率から選択される少なくとも1つであることを特徴とする電着塗装設備。
【0075】
(3)請求項7において、前記制約条件は、前記電着塗膜内にガスピンホールが生じず、前記電着塗料の付き廻り性が良く塗り残しが生じない前記電極電圧設定値であることを特徴とする電着塗装設備。
【符号の説明】
【0076】
10…電着塗装設備
11…電着槽
21…搬送手段としてのコンベア
23…ハンガーレール
31…電極
41…ドロップリフター
43…乾燥炉
45…台車
51…膜厚測定手段としてのウェット膜厚センサ
61…電着槽制御装置及びコンピュータとしての制御装置
62…運転条件算出手段、モデル構築手段及び最適化計算手段としてのCPU
64…記憶手段としてのRAM
71…ニューラルネットワーク
P1…電着塗料
W1…車体
X1~X10…入力情報