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特開2024-30846肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030846
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6869 20180101AFI20240229BHJP
   C12Q 1/6844 20180101ALI20240229BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALI20240229BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
C12Q1/6869 Z ZNA
C12Q1/6844 Z
C12Q1/6876 Z
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134028
(22)【出願日】2022-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】590002389
【氏名又は名称】静岡県
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】大浪 俊平
(72)【発明者】
【氏名】大浪 澄子
(72)【発明者】
【氏名】成岡 茜
(72)【発明者】
【氏名】水口 魔己
(72)【発明者】
【氏名】下田 勇治
(72)【発明者】
【氏名】長嶋 剛史
(72)【発明者】
【氏名】浦上 研一
(72)【発明者】
【氏名】畠山 慶一
(72)【発明者】
【氏名】大島 啓一
(72)【発明者】
【氏名】丸山 宏二
(72)【発明者】
【氏名】大出 泰久
(72)【発明者】
【氏名】井坂 光宏
(72)【発明者】
【氏名】秋山 靖人
(72)【発明者】
【氏名】山口 建
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS32
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】本発明は、性別や喫煙の有無等に制限されない多様な被験者を対象として、被験者由来の検体からより高感度、高効率、かつ低コストに遺伝子変異を検出し、高精度に肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定することを課題とする。
【解決手段】被験者から採取した生体試料中の、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出すること、及び前記変異が有る場合、前記被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクよりも肺腺がんの発症リスクを高く有すると判定すること、を含む方法によって、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法であって、
被験者から採取した生体試料中の、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出すること、及び
前記変異が有る場合、前記被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクよりも肺腺がんの発症リスクを高く有すると判定すること、
を含む、前記方法。
【請求項2】
変異が有る場合、被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクを有しない又はほとんど有しないと判定すること、
をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験者が、非喫煙者を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
被験者が、女性を含む、請求項1又は3に記載の方法。
【請求項5】
変異の有無を検出することが、次世代シークエンサーを用いることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
変異の有無を検出することが、座位特異的なロングレンジPCR法を用いることを含む、請求項1又は5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1に記載の方法に使用するためのキットであって、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することに使用するための試薬を含む、前記キット。
【請求項8】
試薬が、座位特異的プライマー又は座位特異的プローブである、請求項7に記載のキット。
【請求項9】
試薬が、配列番号13に示す塩基配列からなるプライマー、配列番号14に示す塩基配列からなるプライマー、配列番号15に示す塩基配列からなるプライマー、及び配列番号16に示す塩基配列からなるプライマーである、請求項7に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法、並びに該方法に使用するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤をはじめとする治療薬の副作用の発現には、個人差や人種差が存在する。そのため、薬物代謝酵素をコードする遺伝子のバリアントを検出することは、薬物反応のばらつきや副作用の個人リスクを理解する上で重要である。
【0003】
さらに、内因性化合物や環境化学物質等の外因性ハザードによって引き起こされる様々な遺伝子損傷が、がんの病因に寄与していると考えられている。薬物代謝酵素基質の約30%は代謝亢進が可能であるといわれている。薬物代謝酵素の遺伝的バリアントの中には、発がんリスクと相関するものがあるが、矛盾する知見も報告されている。P450遺伝子にコードされるシトクロムP450(CYP)等の第I相薬物代謝酵素は、前発がん物質を遺伝毒性のある求電子性中間体に代謝する。第II相薬物代謝酵素は、中間体を水溶性誘導体に結合させ、解毒サイクルを完結させる。したがって、第I相及び第II相薬物代謝酵素をコードする遺伝子の活性と発現は、発がん感受性や喫煙作用等、環境化学物質の毒性や発がん性を規定する重要な因子である。
【0004】
肺がんは、喫煙や排気ガス等の環境曝露と最も強く関連するがんの一つである。薬物代謝酵素の遺伝的バリアントは、その相対的な活性に大きく影響し、肺がんへの感受性に影響を与える可能性がある。肺がん患者の約85%は、非小細胞肺がん(NSCLC)と総称される組織学的サブタイプに分類され、そのうち腺がんと扁平上皮がんが最も一般的である。
【0005】
肺腺がん及び肺扁平上皮がんの体細胞におけるゲノム異常の全体像は明らかになりつつある。喫煙者の肺がん細胞における変異は、主にタバコの変異原性作用によって生じるシトシン-アデニン(C>A)のヌクレオチドのトランスバージョンである。一方、非喫煙者では通常、シトシン-チミン(C>T)のトランジションが優勢で、体細胞変異やゲノム切断点が少なく、染色体不安定性のあるゲノムの割合が喫煙者より少ないことが知られている。喫煙は、腺がんよりも扁平上皮がんと強く関連している。しかし、遺伝的素因という点では、薬物代謝酵素の生殖細胞系列バリアントにおける肺腺がんと肺扁平上皮がんとの違いは十分に解明されていない。
【0006】
なお、肺がんには腺がんと扁平上皮がんの混在した症例も散見され、それらを特定するにはより詳細な病理組織学的検査が必要である。しかし、これまでの報告では、詳細な臨床情報なしに大まかに組織型が記録されていた可能性もあり、臨床情報の信頼性が低いと疑われる例もあった。
【0007】
次世代シークエンスの普及に伴い、全ゲノムシークエンス(WGS)や全エクソンシークエンス(WES)を用いて、薬物代謝酵素等の遺伝的バリアントを網羅的に解析することが可能となった。しかし、ホモロジーの高いCYPのような遺伝子には、依然として解析不能な遺伝的バリアントが存在する。例えば、CYP2A6遺伝子はCYP2A7遺伝子やCYP2A13遺伝子と90%以上のホモロジーを有し、CYP2D6遺伝子はCYP2D7遺伝子と90%以上のホモロジーを有する。そのようなCYP遺伝子の多型を検出する方法はこれまで貧弱であり、詳細な解析は困難であった。
【0008】
CYP2A6遺伝子多型と肺がんリスクとの関連性については、これまで度々報告されている。例えば、CYP2A6遺伝子の全欠失型アレル(CYP2A64)を有する場合、肺がんのリスクが低下することが報告されている(例えば、非特許文献1~4)。しかし、過去の報告は、その多くが喫煙男性を対象としたものであり、タバコ由来の物質(ニコチンやニトロソアミン等)の代謝低下との関係から肺がんリスクの低下について論じられる傾向にあった。一方で、非喫煙者や女性を対象とした知見は圧倒的に不足していた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Carcinogenesis, 2004, 25(12), 2451-2458.
【非特許文献2】Drug Metab. Pharmacokinet., 2011, 26(5), 516-522.
【非特許文献3】Carcinogenesis, 2017, 38(4), 411-418.
【非特許文献4】J.Biol.Chem., 2021, 296, 100722.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、性別や喫煙の有無等に制限されない多様な被験者を対象として、被験者由来の検体からより高感度、高効率、かつ低コストに遺伝子変異を検出し、高精度に肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、抗がん剤の治療効果や副作用に影響を与える薬物代謝酵素遺伝子を中心に、生活習慣病やがん関連遺伝子等20遺伝子のエクソン領域をカバーする独自の遺伝的バリアントパネルを構築した。また、新規パネル(薬物代謝酵素パネル)と座位特異的プライマーによるマルチプレックスロングレンジPCR(multiplex long-range polymerase chain reaction)と次世代シークエンスを用いて、被験者の生殖細胞系列における肺腺がんと肺扁平上皮がんに対する遺伝的感受性の違いを比較した。その結果、性別や喫煙の有無等に制限されない多様な被験者を含む集団において、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することにより、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定することができることを初めて見いだした。かかる知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の事項により特定されるとおりのものである。
〔1〕肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法であって、
被験者から採取した生体試料中の、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出すること、及び
前記変異が有る場合、前記被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクよりも肺腺がんの発症リスクを高く有すると判定すること、を含む、前記方法。
〔2〕変異が有る場合、被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクを有しない又はほとんど有しないと判定すること、をさらに含む、上記〔1〕に記載の方法。
〔3〕被験者が、非喫煙者を含む、上記〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕被験者が、女性を含む、上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕変異の有無を検出することが、次世代シークエンサーを用いることを含む、上記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕変異の有無を検出することが、座位特異的なロングレンジPCR法を用いることを含む、上記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕上記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の方法に使用するためのキットであって、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することに使用するための試薬を含む、前記キット。
〔8〕試薬が、座位特異的プライマー又は座位特異的プローブである、上記〔7〕に記載のキット。
〔9〕試薬が、配列番号13に示す塩基配列からなるプライマー、配列番号14に示す塩基配列からなるプライマー、配列番号15に示す塩基配列からなるプライマー、及び配列番号16に示す塩基配列からなるプライマーである、上記〔7〕に記載のキット。
【0013】
また本発明の実施の他の形態として、例えば、以下のものを挙げることができる。
〔10〕被験者から採取した生体試料中の、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出すること、及び
前記変異が有る場合、前記被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクよりも肺腺がんの発症リスクを高く有すると評価すること、を含む、方法。
〔11〕方法が、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクの判定を補助又は支援する方法である、上記〔10〕に記載の方法。
〔12〕方法が、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定するためのデータ、情報、又は指標を、収集、作成、又は提供する方法である、上記〔10〕に記載の方法。
〔13〕方法が、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクに関する検査方法である、上記〔10〕に記載の方法。
〔14〕方法が、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクに関する検査を補助又は支援する方法である、上記〔10〕に記載の方法。
〔15〕医師による診断行為を含まない、上記〔1〕~〔6〕及び〔10〕~〔14〕のいずれかに記載の方法。
〔16〕上記〔10〕~〔15〕のいずれかに記載の方法に使用するためのキットであって、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することに使用するための試薬を含む、前記キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、性別や喫煙の有無等に制限されない多様な被験者を対象として、被験者由来の検体からより高感度、高効率、かつ低コストに生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子の変異を検出し、より高精度に肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】マルチプレックスロングレンジPCR産物の電気泳動パターンを示す図である。
図2】肺がん患者710人における、20種類の薬物代謝酵素の遺伝的バリアントの分布を示す図である。
図3】CYP2A6全遺伝子欠失と野生型コールをIntegrative Genomics Viewer(IGV)を用いて可視化した図である。
図4】肺腺がんにおけるCYP2A6ホモ全遺伝子欠失の有無によるKaplan-Meier生存曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法)
本発明は、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法であって、
被験者から採取した生体試料中の、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出すること(以下、「工程A」ということもある。)、及び
前記変異が有る場合、前記被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクよりも肺腺がんの発症リスクを高く有すると判定すること(以下、「工程B」ということもある。)、
を含む方法(以下、単に「本発明の方法」ということもある。)に関する。
【0017】
本発明の方法は、医師による診断行為は含まない。すなわち、本発明の方法は、人間を診断する方法には該当しない。本発明において「発症リスクを判定する方法」は、「発症リスクの判定を補助又は支援する方法」、「発症リスクを判定するためのデータ、情報、又は指標を、収集、作成、又は提供する方法」、「発症リスクに関する検査方法」、「発症リスクに関する検査を補助又は支援する方法」、等と換言することもできる。
また、本発明において「判定」は「評価」と換言することもできる。
【0018】
(肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がん)
本発明において、発症リスクを判定する対象疾患は、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんである。すなわち、本発明の方法は、肺腺がんの発症リスクを判定する方法、肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法、並びに、肺腺がん及び肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法、を含む。これらの発症リスクは、肺腺がんと肺扁平上皮がんの発症リスクの比較において判定される。
【0019】
(発症リスク)
本発明において「発症リスク」は、既に被験者が対象疾患を発症している可能性、及び/又は、将来被験者が対象疾患を発症する可能性、を含む。
【0020】
(工程A)
本発明の方法は、以下の(工程A)を含む。
(工程A)被験者から採取した生体試料中の、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出すること。
【0021】
(被験者)
本発明において、被験者(被験者集団)は特に制限されず、例えば、喫煙ステータス(喫煙の有無、喫煙量等)、飲酒ステータス(飲酒の有無、飲酒量等)、人種、性別、年齢、がんの発症の有無等によって制限されない。すなわち、本発明において、被験者(被験者集団)は、喫煙者及び/又は非喫煙者を含んでも含まなくてもよく、男性及び/又は女性を含んでも含まなくてもよい。従来、肺がんリスクに関する知見は喫煙男性を対象としたものに偏っていたが、本発明によれば、喫煙男性のみならず、喫煙女性、非喫煙男性、及び/又は非喫煙女性、のいずれを被験者としても、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを高精度に判定することができる。したがって、本発明は、臨床現場での使用はもとより、様々な属性の被験者を含む被験者集団を対象とする健康診断やがん検診等においても広く利用可能である。なお、被験者の人種としては、例えば、白色人種、黒色人種、東アジア人種等の黄色人種、特に日本人が挙げられる。
【0022】
(生体試料)
本発明において、生体試料は、被験者の生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することが可能な試料であれば特に制限されず、一般的に核酸採取に用いられる任意の生物学的試料を挙げることができる。また、生体試料の採取方法も特に制限されない。ただし、採取及びその後の取扱いが容易であることから、生体試料は、血液であることが好ましい。また、血液はそのまま用いることでもよいが、核酸を効率的に得る観点から、血液から分離したバフィーコート(白血球層)を用いることがより好ましい。
【0023】
(生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異)
本発明においては、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出対象とする。生殖細胞系列における遺伝子変異は、生殖細胞系列以外に生じる体細胞変異と区別され、一般的に血液由来DNA試料に遺伝子変異がある場合、それは生殖細胞系列における遺伝子変異であると判断することができる。CYP2A6は、シトクロムP450スーパーファミリー酵素のメンバーで、薬物代謝並びにコレステロール、ステロイド及び脂質の合成に関与する多くの反応を触媒するモノオキシゲナーゼである。本発明において、「CYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異」とは、CYP2A6遺伝子をホモで全欠失している変異を意味する。一般的に、CYP2A6遺伝子の全欠失型アレルは、従来の制限酵素切断法による分類慣行に従って「CYP2A6(*4)」と表現されることもあり、それをホモで有する遺伝型は「CYP2A6(*4/*4)」と表現されることもある。
【0024】
(変異の有無を検出すること)
本発明において、CYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することは、その方法を特に制限されないが、例えば、次世代シークエンサー等のDNAシークエンサーを用いることや、ハイブリダイゼーション法を用いることを含んでよい。ただし、より高感度、高効率、かつ低コストに変異の有無を検出する観点から、特に次世代シークエンサーを用いることを含むことが好ましい。また、それらの方法においては、変異を特異的に検出するためのプローブ又はプライマーを使用してもよい。プライマー又はプローブは、1又は2以上の他のプライマー又はプローブと組み合わせて、プライマーセット、プローブセット、又はプライマーとプローブのセットとして使用してもよい。
【0025】
(座位特異的プライマー又は座位特異的プローブ)
本発明において、プライマー又はプローブは、特に座位特異的プライマー又は座位特異的プローブであることが好ましい。前述のとおり、CYP2A6遺伝子とホモロジーが高い遺伝子が複数存在するため、従来の制限酵素切断法では、正確にCYP2A6遺伝子の変異が検出できていなかった可能性もあった。しかしながら、座位特異的プライマー又は座位特異的プローブを用いれば、そのような問題が解消し、高感度にCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することができる。
【0026】
本発明において、座位特異的プライマー又は座位特異的プローブは、例えば、配列番号13、配列番号14、配列番号15、又は配列番号16に示す塩基配列を含んでよく、配列番号13、配列番号14、配列番号15、又は配列番号16に示す塩基配列と80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、又は99%以上の同一性を有する塩基配列を含んでよい。座位特異的プライマー又は座位特異的プローブは、配列番号13、配列番号14、配列番号15、又は配列番号16に示す塩基配列からなることが好ましい。
【0027】
(座位特異的なロングレンジPCR法)
変異の有無を検出するためにDNAライブラリーの調製が必要である場合、その方法は特に制限されず、公知の方法や市販のキット等を使用してもよい。ただし、前述のとおり、CYP2A6遺伝子とホモロジーが高い遺伝子が複数存在することを考慮すると、DNAライブラリーの調製にあたり、特に座位特異的なロングレンジPCR法を用いることを含むことが好ましい。座位特異的なロングレンジPCR法とは、座位特異的プライマーと、長鎖増幅が可能なDNAポリメラーゼ等を用いて、より長鎖(例えば、1kb以上、3kb以上、5kb以上等)のDNAを座位特異的に、かつ効率的に増幅するPCR方法である。
【0028】
(他の遺伝子変異)
なお、本発明において、変異の有無を検出することの必須の対象は、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異のみであるが、それに限らず、1又は2以上の他の遺伝子変異に関しても同時に検出してもよい。他の遺伝子変異は、特に制限されず、例えば、CYP2A6遺伝子における全遺伝子欠失変異以外の変異であってもよいし、CYP2A6遺伝子以外の遺伝子における何らかの変異であってもよい。また、検出した他の遺伝子変異情報に基づいて、肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスク以外の事項に関してさらに判定してもよい。
【0029】
CYP2A6遺伝子以外の遺伝子としては、例えば、以下の薬物代謝酵素遺伝子等を挙げることができる。CYPアイソフォーム(CYP1A2、CYP2A6、CYP2B6、CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6、CYP2E1、CYP3A4、及びCYP3A5)、チオプリンメチルトランスフェラーゼ(thiopurine methyltransferase:TPMT)、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(dihydropyrimidine dehydrogenase:DPYD)、N-アセチルトランスフェラーゼ2(N-acetyltransferase 2:NAT2)、UDP-グルクロノシルトランスフェラーゼファミリーメンバーA1(UDP glucuronosyltransferase family member A1:UGT1A1)、カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(catechol-O-methyltransferase:COMT)、ATP結合カセットサブファミリーGメンバー2(ATP-binding cassette subfamily G member 2:ABCG2)、シチジンデアミナーゼ(cytidine deaminase:CDA)、アルコールデヒドロゲナーゼ1B(alcohol dehydrogenase 1B:ADH1B)、アルデヒドデヒドロゲナーゼ2(aldehyde dehydrogenase 2 :ALDH2)、5-メチルテトラヒドロ葉酸ホモシステインメチルトランスフェラーゼリダクターゼ(5-methyltetrahydrofolate-homocysteine methyltransferase reductase:MTRR)、並びにメチレンテトラヒドロ葉酸リダクターゼ(methylenetetrahydrofolate reductase:MTHFR)。
【0030】
(工程B)
本発明の方法は、以下の(工程B)を含む。
(工程B)前記変異が有る場合、前記被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクよりも肺腺がんの発症リスクを高く有すると判定すること。
【0031】
また、本発明の方法は、以下の(工程B´)をさらに含んでもよい。又は、本発明の方法において、(工程B)が以下の(工程B´)に置換されてもよい。
(工程B´)前記変異が有る場合、前記被験者は肺腺がんの発症リスクよりも肺扁平上皮がんの発症リスクを低く有すると判定すること。
【0032】
前述の(工程A)において、被験者から採取した生体試料中の、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異が有ることが検出された場合、(工程B)において、被験者が有する肺腺がんの発症リスクは、肺扁平上皮がんの発症リスクとの比較において、より高いと判定される。及び/又は、(工程B´)において、被験者が有する肺扁平上皮がんの発症リスクは、肺腺がんの発症リスクとの比較において、より低いと判定される。
【0033】
(工程C)
本発明の方法は、以下の(工程C)をさらに含んでもよい。
(工程C)前記変異が有る場合、前記被験者は肺扁平上皮がんの発症リスクを有しない又はほとんど有しないと判定すること。
【0034】
前述の(工程A)において、被験者から採取した生体試料中の、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異が有ることが検出された場合、(工程C)において、被験者が有する肺扁平上皮がんの発症リスクは、無い又はほとんど無いと判定してもよい。なお、本発明において「リスクを有しない」及び「リスクが無い」とは、可能性が0%であることを意味する。また、本発明において「リスクをほとんど有しない」及び「リスクがほとんど無い」とは、例えば、可能性が10%以下であること、5%以下であること、3%以下であること、1%以下であること、等が挙げられる。
【0035】
(その他の工程又は方法との組合せ)
本発明の方法は、上記(工程A)、(工程B)、(工程B´)、又は(工程C)以外のさらなる工程を含んでもよい。また、本発明の方法は、他の方法と組み合わせて使用することもできる。また、本発明の方法によって得られた判定を、例えば、被験者に対する生活指導や治療法の選択を補助することに使用してもよい。
【0036】
(キット)
本発明はまた、本発明の方法に使用するためのキット(以下、単に「本発明のキット」ということもある。)に関する。本発明のキットは、「本発明の方法に使用するため」という用途が特定されたキットである。本発明のキットは、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することに使用するための試薬を含むことを必須とするが、それに限らず、1又は2以上の他の遺伝子変異に関して検出することに使用するための試薬を同時に含んでもよい。すなわち、本発明のキットは、遺伝子パネル検査用キットとして提供されてもよい。「他の遺伝子変異」は前述の意味と同様である。また、本発明のキットは、試薬に加え、その他のものを含んでよく、特に制限されないが、例えば、容器、用具、使用方法や使用手順に関する取扱説明書、本発明の肺腺がん及び/又は肺扁平上皮がんの発症リスクを判定する方法に関する説明書、その他の添付文書、記録媒体、解析用プログラム、等を含んでよい。なお、試薬やその他のものは、いずれも1又は2以上含まれていてもよい。
【0037】
(試薬)
本発明のキットは、生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出することに使用するための試薬を含む。ここで、「生殖細胞系列におけるCYP2A6遺伝子のホモ全遺伝子欠失変異の有無を検出すること」は前述の意味と同様である。本発明において「試薬」としては、例えば、プライマー、プローブ、pH緩衝剤、安定剤、担体、その他のPCR用試薬、その他のシークエンス用試薬、その他のハイブリダイゼーション用試薬、等が挙げられる。プライマー又はプローブは、酵素、蛍光物質、発光物質、発色物質、放射性物質、その他の化学物質等によって標識されたものであってもよい。なお、プライマー又はプローブは、1又は2以上の他のプライマー又はプローブと組み合わせて、プライマーセット又はプローブセットとしてキットに含まれてもよい。また、本発明において、試薬は、特に座位特異的プライマー又は座位特異的プローブであることが好ましい。「座位特異的プライマー又は座位特異的プローブ」は前述の意味と同様である。本発明のキットは、試薬として、特に、配列番号13に示す塩基配列からなるプライマー、配列番号14に示す塩基配列からなるプライマー、配列番号15に示す塩基配列からなるプライマー、及び配列番号16に示す塩基配列からなるプライマーを含むことが好ましい。
【0038】
本発明のキットは、1又は2以上の他の遺伝子変異に関しても同時に検出するために使用する場合、試薬としては、例えば、配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号6、配列番号7、配列番号8、配列番号9、配列番号10、配列番号11、配列番号12、配列番号17、配列番号18、配列番号19、配列番号20、配列番号21、及び配列番号22、に示す塩基配列からなる群から選択される1又は2以上の塩基配列を含む1又は2以上のプライマー又はプローブをさらに含んでよい。
【0039】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に制限されない。
【実施例0040】
1.材料及び方法
1-1.患者及び試料
生殖細胞系列の解析用の血液サンプルを、2014年1月から2020年1月の間に、静岡県立静岡がんセンター病院(日本、静岡)で術中に肺がん患者710人(肺腺がん559人、及び肺扁平上皮がん151人)から採取した。なお、肺腺がん又は肺扁平上皮がんの診断は、複数の病理学医による詳細な病理組織学的検査に基づき行われた。術中血液サンプルを用いて、以下に詳述するようにカスタムDME(drug-metabolizing enzymes)パネルのディープシークエンスを実施した。なお、静岡県立静岡がんセンターの倫理審査委員会によってすべての実験プロトコルが承認された。また、本研究に参加したすべての患者から、書面によるインフォームドコンセントを得た。臨床サンプルを用いたすべての実験は、日本の公的な倫理指針に従って行われた。
【0041】
1-2.自作のカスタムDMEパネルの構築
以下に挙げる酵素をコードする遺伝子について解析した。これらの遺伝子のバリアントは、日本人集団において薬物反応に影響を及ぼすと報告されているためである。:
CYPアイソフォーム(CYP1A2、CYP2A6、CYP2B6、CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6、CYP2E1、CYP3A4、及びCYP3A5)、
チオプリンメチルトランスフェラーゼ(thiopurine methyltransferase:TPMT)、
ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(dihydropyrimidine dehydrogenase:DPYD)、
N-アセチルトランスフェラーゼ2(N-acetyltransferase 2:NAT2)、
UDP-グルクロノシルトランスフェラーゼファミリーメンバーA1(UDP glucuronosyltransferase family member A1:UGT1A1)、
カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(catechol-O-methyltransferase:COMT)、
ATP結合カセットサブファミリーGメンバー2(ATP-binding cassette subfamily G member 2:ABCG2)、
シチジンデアミナーゼ(cytidine deaminase:CDA)、
アルコールデヒドロゲナーゼ1B(alcohol dehydrogenase 1B:ADH1B)、
アルデヒドデヒドロゲナーゼ2(aldehyde dehydrogenase 2 :ALDH2)、
5-メチルテトラヒドロ葉酸ホモシステインメチルトランスフェラーゼリダクターゼ(5-methyltetrahydrofolate-homocysteine methyltransferase reductase:MTRR)、並びに
メチレンテトラヒドロ葉酸リダクターゼ(methylenetetrahydrofolate reductase:MTHFR)。
【0042】
各遺伝子のアレル頻度は、以下の公的な日本人集団データベースから得られたものと比較した。:
Human Genetic Variation Database(HGVD)(http://www.genome.med.kyoto-u.ac.jp)、及び
Integrative Japanese Genome Variation Database(iJGVD)(https://ijgvd.megabank.tohoku.ac.jp)。
【0043】
ゲノムDNAは、QIAmp DNA Blood Kit(Qiagen社製、ヒルデン、ドイツ)を用いて血液サンプルのバフィーコートから分離した。すべての遺伝的バリアントは、マルチプレックスロングレンジPCRアッセイとNextera DNA Flex library prep kit(Illumina社製、カリフォルニア州サンディエゴ、米国)を用いてIllumina社製の次世代シークエンサーで解析した。簡潔に言えば、50-100ngのDNAを、座位特異的プライマーとGXL DNAポリメラーゼを用いたマルチプレックスロングレンジPCRで、各プライマーセットで増幅した(表1)。
【0044】
【表1】
【0045】
なお、表1におけるプライマープールとしては、8つのプライマープール(a~h)を使用した。プライマープールには、各遺伝子に特異的な合計113のプライマーセットが含まれる。予想されるPCR産物のサイズは1,865bpから9,545bpであった(図1)。これらの中から抜粋したプライマーの塩基配列等を表2に示す。これらのプライマーは、すべて本発明者らが設計した座位特異的プライマーである。
【0046】
【表2】
【0047】
Nextra DNA Flex Library Prep kit(Illumina社製)を用いてアンプリコンライブラリーを調製し、D5000 kit (Agilent technologies社製、サンタクララ、カリフォルニア、米国) を用いてTapeStation上でライブラリーDNAの定量を行った。その後、ライブラリーを用いてシークエンスを行った。シークエンスデータは、発明者らの既報(Cancer Sci., 2020, 111, 687-699.)に記載されたパイプラインと、臨床シークエンスデータ解析インテグレーター(csDAI)(Mizuho-ir.co.jp/solution/research/life/infold data/csdai/index.html)を用いて解析した。遺伝的バリアントは、Integrative Genomics Viewer(Nat Biotechnol., 2011, 29, 24-26.)を用いて可視化した。
【0048】
1-3.統計解析
フィッシャーの正確検定、粗オッズ比(OR)、及び95%信頼区間(CI)を採用して、肺がん患者における腺がんと扁平上皮がんの間の遺伝型分布と各バリアントのアレル頻度の統計的差異を評価した。患者特性はFisherの正確検定で比較し、生存期間はKaplan-Meier法とlog-rank検定で解析した。統計的有意性はP<0.05と定義した。
【0049】
2.結果
DMEパネルで検出された20の標的遺伝子のバリアント総数は433であった(図2)。標的領域の平均リード深度は、DMEパネルの455倍であった。これらの遺伝的バリアントのうち、日本人集団において薬物反応に影響を及ぼすと報告されているものはすべて検出可能であった。これらのバリアントのマイナーアレル頻度(MAF)は、公的なデータベースに登録されている正常者のものと大きな違いはなく、DMEパネルが生殖細胞系列変異の網羅的検出に有用であることが示唆された(表3:日本人集団において臨床的に重要な遺伝子と認識されている遺伝的バリアントのリスト)。
【0050】
【表3】
【0051】
肺の腺がんと扁平上皮がんの患者の特徴を表4に示す。肺扁平上皮がん患者の喫煙者数は肺腺がん患者の喫煙者数より有意に大きかった(P<0.001)。また、肺扁平上皮がん患者の飲酒率(73.5%、111/151人)は、肺腺がん患者の飲酒率(55.4%、309/558人)より有意に大きかった(P<0.001)。
【0052】
【表4】
【0053】
肺の扁平上皮がんと腺がんの個々のバリアントの関連解析の結果(P<0.1のデータのみ抜粋)を表5に示す。DPYDの2つのバリアント(rs190771411とrs200562975)及びALDH2のバリアント(rs568781254)は、優性モデルにおいて肺腺がんと比較して肺扁平上皮がんのリスク増加と関連していた(P<0.05)(表6)。
【0054】
【表5】
【0055】
【表6】
【0056】
注目すべきことに、CYP2A6のホモ全遺伝子欠失は、腺がん患者の22人で検出されたが、扁平上皮がん患者では検出されなかった(表5、表7、図3)。また、CYP2A6のホモ全遺伝子欠失を有する患者の63.6%(14/22人)は非喫煙者であり、72.7%(16/22人)は女性であり、59.1%(13/22人)は非喫煙女性であった。
【0057】
【表7】
【0058】
臨床的影響を評価するために、肺腺がんにおけるCYP2A6のホモ全遺伝子欠失の全生存期間(OS)への影響をKaplan-Meier法を用いて解析した。CYP2A6のホモ全遺伝子欠失を有する患者は、そうでない患者と比較して、OSに有意差は認められなかった(図4)。
【0059】
3.考察
本研究では、薬物代謝酵素の遺伝的バリアントと環境関連因子又は生活習慣関連因子を効率的かつ高感度に解析する方法を提示した。また、CYP2A6及びCYP2D6は、それぞれCYP2A7及びCYP2D7と90%以上同一である等、他のCYPとの配列同一性が高い。そこで、DMEパネルに特異的なライブラリー産物については、座位特異的プライマーによるマルチプレックスロングレンジPCR増幅と次世代シークエンサーを採用することで、効率的な解析を行うことができた。
【0060】
全遺伝子欠失を含むCYP2A6の遺伝子変異が肺がんリスクと関連するという報告があるが、肺腺がんと肺扁平上皮がんのリスクの違いはまだ十分に理解されていない。注目すべきは、CYP2A6全遺伝子欠失が肺腺がん患者22人で確認されたが、扁平上皮がん患者には確認されなかったことである。また、全遺伝子欠失を有する患者は、ほとんどが女性の非喫煙者であった。この結果は、肺腺がんは、CYP2A6によって活性化される発がん物質とは異なるメカニズムで引き起こされる可能性を示唆している。
【0061】
CYP2A6は、ニコチン及びタバコ特有の発がん物質の代謝に関与する酵素である。CYP2A6の遺伝子変異は、CYP2A6酵素の活性の変化と関連しており、喫煙作用やいくつかのタバコ特有の発がん物質の代謝速度に影響を与え、その結果、肺がんの発生率を決定している。
【0062】
CYP2A6活性が緩やかな喫煙者は、タバコ特有のニトロソアミンの活性化レベルが低く、これらの活性化肺がん物質への曝露が減少する。CYP2A6の全遺伝子欠失は肺腺がんでのみ認められることを考慮すると、CYP2A6の生殖細胞系列バリアントが肺がん発生に果たす役割のポテンシャルは興味深い。
【0063】
その役割は、次のように説明できる可能性がある:CYP2A6全遺伝子欠失の個体は喫煙の影響を受けにくい可能性がある;したがって、肺腺がんの一部は、喫煙に関係なく、CYP2A6の機能とは無関係な経路で発生した可能性がある。逆に、扁平上皮細胞に発生する扁平上皮がんは、CYP2A6バリアントの機能を維持したまま、用量依存的に喫煙の影響を直接受けている可能性がある。
【0064】
CYP2A6欠失のヘテロ接合体又はホモ接合体は、女性における胃がんの発生率の低下と、女性非喫煙者における肺がん、大腸がん、胃がんを含む全がんの減少と関連している可能性があるといわれている。腺がんは女性の原発性肺がんの最も一般的なサブタイプであり、女性の喫煙の受け入れが遅かったためと考えられている。
【0065】
さらに、エストロゲンとその受容体は、肺腺がんのリスクを高める要因として同定されている。肺腺がんにおけるCYP2A6全遺伝子欠失の生物学的意義は、がんの表現型の調節である可能性があり、その性質についてはさらなる調査が待たれ、肺腺がんの発がん機構についての理解を深めることができる可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、特に医薬分野において利用可能である。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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