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  • 特開-シルクフィブロイン成形体の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024003092
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】シルクフィブロイン成形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 5/18 20060101AFI20231228BHJP
   C08J 7/12 20060101ALI20231228BHJP
【FI】
C08J5/18 CFG
C08J7/12
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023188199
(22)【出願日】2023-11-02
(62)【分割の表示】P 2019214828の分割
【原出願日】2019-11-28
(31)【優先権主張番号】P 2018231317
(32)【優先日】2018-12-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002200
【氏名又は名称】セントラル硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002505
【氏名又は名称】弁理士法人航栄事務所
(72)【発明者】
【氏名】萩原 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】河合 亘
(72)【発明者】
【氏名】関矢 雄貴
(72)【発明者】
【氏名】山中 一広
(72)【発明者】
【氏名】松永 佳
(57)【要約】
【課題】
シルクフィブロイン成形体において、αヘリックス構造とβシート構造の割合を制御可能なシルクフィブロイン成形体の製造方法を提供する。また、αヘリックス構造に比べβシート構造を多く含むシルクフィブロインフィルムおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】
含フッ素溶剤を含むシルクフィブロイン溶液を基体上に展開する第1の工程と、温度および相対湿度を制御しつつ、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥する第2の工程を含む、シルクフィブロイン成形体の製造方法。前記第2の工程において、温度10℃以上、120℃以下、且つ相対湿度5%以上、95%以下とすることが好ましい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
含フッ素溶剤を含むシルクフィブロイン溶液を基体上に展開する第1の工程と、温度および相対湿度を制御しつつ、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥する第2の工程を含む、シルクフィブロイン成形体の製造方法。
【請求項2】
前記第2の工程において、温度10℃以上、120℃以下、且つ相対湿度5%以上、95%以下とする、請求項1に記載のシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【請求項3】
前記含フッ素溶剤が含フッ素アルコールである、請求項1または請求項2のいずれか1項に記載のシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【請求項4】
前記含フッ素アルコールが1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールである、請求項3に記載のシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【請求項5】
シルクフィブロイン成形体が、シルクフィブロインフィルムまたはシルクフィブロインシートである、請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載のシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【請求項6】
さらに、シルクフィブロイン成形体を水、炭素数1~3のアルコール、または前記アルコールの水溶液に浸漬させる第3の工程を含む、請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載のシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【請求項7】
赤外吸収スペクトルの1650cm-1付近に位置するピークの強度[abs(1650)]と、1620cm-1付近に位置するピークの強度[abs(1620)]の比である、abs強度比[abs(1650)/abs(1620)]が1以下であるシルクフィブロインフィルム。
【請求項8】
含フッ素溶剤を含むシルクフィブロイン溶液を基体上に展開する第1の工程と、温度15℃以上、35℃以下、且つ相対湿度40%以上、95%以下で、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥する第2の工程を含む、請求項7に記載のシルクフィブロインフィルムの製造方法。
【請求項9】
前記含フッ素溶剤が含フッ素アルコールである、請求項8に記載のシルクフィブロインフィルムの製造方法。
【請求項10】
前記含フッ素アルコールが1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールである、請求項9に記載のシルクフィブロインフィルムの製造方法。
【請求項11】
さらに、シルクフィブロインフィルムを水、炭素数1~3のアルコール、または前記アルコールの水溶液に浸漬させる第3の工程を含む、請求項8乃至請求項10のいずれか1項に記載のシルクフィブロインフィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シルクフィブロイン成形体の製造方法に関する。
【0002】
シルクフィブロイン成形体である、シルクフィブロインのフィルム、シート、被膜または繊維は、生体との高い親和性を示し、再生医療における細胞足場材料、軟骨再生材料等の医療用材料として注目されている。
【背景技術】
【0003】
シルクフィブロインのフィルム、シート、被膜または繊維などのシルクフィブロイン成形体は、例えば、蚕の幼虫が体内で産生するタンパク質であるシルクフィブロインを溶剤に溶解させシルクフィブロイン溶液とした後に、溶液を基体上に展開し、乾燥することで得ることができる。なお、日本工業規格(JIS)の包装用語規格では、フィルムとは「厚さが250μm未満のプラスチックの膜状のもの」、シートとは「厚さが250μm以上のプラスチックの薄い板状のもの」と定義している。
【0004】
シルクフィブロイン成形体の原料であるシルクフィブロインは、蚕の繭玉または生糸に含まれ、繭または生糸からセリシンおよびその他脂肪分などの夾雑物を除いて得ることができる。
【0005】
シルクフィブロインは、塩化カルシウムとエタノールの混合水溶液などの特定の金属水溶液、ギ酸、ヘキサフルオロアセトンおよび1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール(HC(CFOH、CAS番号920-66-1、以下、HFIPと呼ぶことがある)に溶解することが知られている。
【0006】
特許文献1には、シルクフィブロインは、塩化カルシウム、臭化リチウム、チオシアン酸リチウムおよびチオシアン酸ナトリウムなどの特定の金属塩水溶液に溶解することが記載され、溶解後、透析により金属塩を除去することで、シルクフィブロイン水溶液を得ることができると記載されている。
【0007】
特許文献2および特許文献3には、金属塩の水溶液にシルクフィブロインを一旦溶解させた後、乾燥して得たシルクフィブロインは、HFIPに溶解することが記載されている。
【0008】
シルクフィブロイン水溶液またはシルクフィブロインHFIP溶液を基体上に展開した後に乾燥させれば、シルクフィブロインフィルムまたはシートを得ることができる。得られたフィルムまたはシートを医療用材料として用いる際は、生体内で即座に溶解し消失することを予防するために水に不溶であることが好ましい。
【0009】
特許文献4には、シルクフィブロイン成形体の二次構造として、αヘリックス構造と、βシート構造があることが記載されている。非特許文献1において、βシート構造は「分子内あるいは分子間でペプチド結合の間に水素結合が形成され、全体的に平面的な構造となるタンパク質二次構造」と定義されている。
【0010】
特許文献5には、蚕から取り出された中部絹糸腺を10から100%アルコール水溶液に浸漬して固定化する工程と、上記固定化した中部絹糸腺から夾雑物を取り除きフィブロインタンパク質を取得する工程と、含ハロゲン溶剤を用いて、湿潤状態にある上記フィブロインタンパク質を溶解してフィブロイン溶液を調製する工程と、上記フィブロイン溶液を乾燥させてフィブロイン成形体を形成する工程と、を含む、水に対して不溶性のフィブロイン成形体を形成する方法が開示されており、含ハロゲン溶剤としてHFIPが例示されている。また、特許文献5には、前述のシルクフィブロイン水溶液から製造されるシルクフィブロイン成形体(例えば、フィルム)は、高い水溶性を示し、水との接触によって溶解もしくは強度の脆弱化を示すことが記載されている。
【0011】
特許文献5の実施例において、前述のシルクフィブロイン水溶液を凍結乾燥し、スポンジ状乾燥物を得た後、これをHFIPに溶解させキャストしたフィルムは、容易に水に溶解することが確認されている。
【0012】
また、特許文献5の実施例において、前述のシルクフィブロインHFIP溶液から製造されるフィルムは、フーリエ変換型赤外スペクトル測定において、αヘリックス構造に由来するスペクトルを示すことが確認されている。一方、前述の中部絹糸腺より取得したフィブロインタンパク質をHFIPに溶解して得られる溶液から製造されるフィルムは、フーリエ変換型赤外スペクトル測定において、結晶性のβシート構造に由来するスペクトルを示すことが確認されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2001-163899号公報
【特許文献2】特表平7-503288号公報
【特許文献3】特表2006‐504450号公報
【特許文献4】特開2004-68161号公報
【特許文献5】特開2017-149674公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】「絹の化学と材料開発」玉田靖、化学と教育 64巻9号(2016年)456~459頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
水溶性のシルクフィブロイン成形体は、生体材料としては一般に不適切であるので、使用に際しては、不溶化処理が施される。特許文献5に記載される様に、不溶化処理としては、アルコールによる結晶化の誘起、あるいは熱処理による結晶化の誘起が知られている。
【0016】
しかしながら、特許文献5に、アルコールによる結晶化の誘起については、アルコール処理後に乾燥工程が必要なため工程が煩雑化することが記載され、また、熱処理による結晶化の誘起については、200℃前後の高温処理が必要なため、タンパクの変性による褐色化が進行することが記載されるように、いずれの処理もフィブロインの高次構造に影響を与え、力学物性の低下(脆さの誘因)を招くことが記載されている。
【0017】
シルクフィブロイン成形体は、通常シルクフィブロイン溶液を基体に展開後に乾燥させて成形される。この際、得られたシルクフィブロイン成形体において、αヘリックス構造に比べβシート構造を多く含む場合、生体材料とする際の不溶化処理は不要となる、または不溶化処理を簡便化することができる。
【0018】
シルクフィブロイン成形体は、αヘリックス構造と、βシート構造とを、ある比率で有する。不溶化処理を行う際の条件は、シルクフィブロイン成形体中のαヘリックス構造とβシート構造との比率(以下、αβ強度比ということがある)に依存する。不溶化処理の条件を統一するなど簡便化するため、またはシルクフィブロイン成形体の品質管理からは、シルクフィブロイン成形体は、αヘリックス構造と、βシート構造とは一定の比率で生成されることが好ましい。
【0019】
本発明は、シルクフィブロイン成形体において、αヘリックス構造とβシート構造の割合を調整可能なシルクフィブロイン成形体の製造方法を提供することを第一の目的とする。さらに、αヘリックス構造に比べβシート構造を多く含む、シルクフィブロインフィルムの製造方法を提供することを第二の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
タンパク質の二次構造として、アミノ基とカルボキシル基が水素結合した右巻き螺旋のαヘリックス構造と、隣り合ったペプチド鎖の間で一方の主鎖の N-H が隣接する主鎖の C=O と水素結合した、結晶性の高い平面構造を形成しているβシート構造があることが知られている。
【0021】
特許文献5には、HFIPにシルクフィブロインを溶解すると、シルクフィブロインの二次構造がαヘリックス構造へ誘起されることが記載されている。また、シルクフィブロインをHFIPに溶解させた溶液から調製したフィルムは、αヘリックス構造を多く含み、水溶性であることが記載されている。
【0022】
すなわち、シルクフィブロインのHFIP溶液より得られたシルクフィブロイン成形体は、結晶性のβシート構造よりもαヘリックス構造を多く含み、その低い結晶性ゆえに水溶性を示す、というのが従来の認識であった。
【0023】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、
キャスト法によりシルクフィブロイン溶液よりシルクフィブロイン成形体を得る方法であって、蚕の繭を特定の金属塩水溶液に溶解した後、脱塩処理して得られたシルクフィブロイン、あるいは市販のシルクフィブロインを、含フッ素アルコール溶剤であるHFIPに溶解させたシルクフィブロインHFIP溶液を、基体上に展開した後の乾燥の際、温度および湿度を制御することによって、シルクフィブロイン成形体中のαヘリックス構造とβシート構造の割合を調整できることを見出し、本発明に到達した。本発明において、キャスト法とは、シルクフィブロイン溶液を基体上に展開し、溶剤を蒸発させてシルクフィブロイン成形体を得る方法のことを言う。
【0024】
さらに、本発明者らは、室温(約25℃)下、相対湿度が40%以上、95%以下で乾燥させ、必要に応じてさらに水、炭素数1~3のアルコール、または前記アルコールの水溶液に浸漬させることで、βシート構造を多く含み、水に対して不溶なシルクフィブロインフィルムを製造できることを見出した。
【0025】
本発明は、以下の発明1~11を含む。
[発明1]
含フッ素溶剤を含むシルクフィブロイン溶液を基体上に展開する第1の工程と、温度および相対湿度を制御しつつ、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥する第2の工程を含む、シルクフィブロイン成形体の製造方法。
【0026】
尚、発明1における「温度および相対湿度を制御」のための好ましい態様を[発明を実施するための形態]の中で[温度および相対湿度の制御]にて詳述する。
【0027】
[発明2]
前記第2の工程において、温度を10℃以上、120℃以下、且つ相対湿度を5%以上、95%以下とする、発明1のシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【0028】
[発明3]
前記含フッ素溶剤が含フッ素アルコールである、発明1~2のいずれかのシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【0029】
[発明4]
前記含フッ素アルコールが1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールである、発明3のシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【0030】
[発明5]
シルクフィブロイン成形体が、シルクフィブロインフィルムまたはシルクフィブロインシートである、発明1~4のいずれかのシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【0031】
[発明6]
さらに、シルクフィブロイン成形体を水、炭素数1~3のアルコール、または前記アルコールの水溶液に浸漬させる第3の工程を含む、発明1~5のいずれかのシルクフィブロイン成形体の製造方法。
【0032】
[発明7]
赤外吸収スペクトルの1650cm-1付近に位置するピークの強度[abs(1650) ] と、1620cm-1付近に位置するピークの強度[abs(1620) ]の比である、abs強度比[abs(1650)/abs(1620) ]が1以下であるシルクフィブロインフィルム。
【0033】
[発明8]
含フッ素溶剤を含むシルクフィブロイン溶液を基体上に展開する第1の工程と、温度15℃以上、35℃以下、且つ相対湿度40%以上、95%以下で、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥する第2の工程を含む、発明7のシルクフィブロインフィルムの製造方法。
【0034】
[発明9]
前記含フッ素溶剤が含フッ素アルコールである、発明8のシルクフィブロインフィルムの製造方法。
【0035】
[発明10]
前記含フッ素アルコールが1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールである、発明9のシルクフィブロインフィルムの製造方法。
【0036】
[発明11]
さらに、シルクフィブロインフィルムを水、炭素数1~3のアルコール、または前記アルコールの水溶液に浸漬させる第3の工程を含む、発明8~10のいずれかのシルクフィブロインフィルムの製造方法。
【発明の効果】
【0037】
本発明により、シルクフィブロイン成形体において、αヘリックス構造とβシート構造の割合を調整可能なシルクフィブロイン成形体の製造方法、さらに、αヘリックス構造に比べβシート構造を多く含むシルクフィブロインフィルムおよびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1図1は、温度25℃におけるシルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥させる時の相対湿度と、得られるシルクフィブロインフィルムの、フーリエ変換型赤外スペクトル測定における、αヘリックス構造およびβシート構造に由来するピークのabs強度比の相関を表すための、横軸を相対湿度、縦軸をabs強度比とするグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明についてさらに詳しく説明するが、本発明は以下に限定されるものではない。
【0040】
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法は、含フッ素溶剤を含むシルクフィブロイン溶液を基体上に展開する第1の工程と、温度および相対湿度を制御しつつ、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥する第2の工程を含む。
【0041】
また、本発明のシルクフィブロインフィルムは、赤外吸収スペクトルの1650cm-1付近に位置するαヘリックス構造に由来するピークの強度[abs(1650) ]と、1620cm-1付近に位置するβシート構造に由来するピークの強度[abs(1620) ]の、abs強度比[abs(1650)/abs(1620) ]を1以下とすることができる。すなわち、最終的にαヘリックス構造に比べてβシート構造を多く含むシルクフィブロインフィルムを得ることができる。
【0042】
なお、本明細書において、赤外吸収スペクトルの1650cm-1付近とは、1650cm-1を中心として、±10cm-1の範囲を意味するものであり、赤外吸収スペクトルの1650cm-1付近に位置するピークとは、1650cm-1を中心として、±10cm-1の範囲内における最大のピークを意味する。
【0043】
本明細書において、赤外吸収スペクトルの1620cm-1付近とは、1620cm-1を中心として、±10cm-1の範囲を意味するものであり、赤外吸収スペクトルの1620cm-1付近に位置するピークとは、1620cm-1を中心として、±10cm-1の範囲内における最大のピークを意味する。
【0044】
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法は、操作環境を大気圧から減圧または加圧して行ってもよいが、大気圧(標準気圧101.325 kPa付近)で行うことができる。
【0045】
1.シルクフィブロイン
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法、およびシルクフィブロインフィルムにおいて、原料として用いるシルクフィブロインは、蚕の繭玉、または生糸から夾雑などを除いて、得ることができる。蚕の幼虫が吐き出す繭糸は、フィブロインのフィラメントとその周りを被覆している膠質のセリシンからなり、繭玉は、フィブロインのフィラメントをセリシンで接着し創製される。繭玉中のフィブロインの含有率は70~80質量%で、セリシンの含有率が20~30質量%、その他少量の脂肪分などの夾雑物が含まれる。なお、生糸は、繭玉を熱水に漬け解した後、繭から取り出した糸であり夾雑物を含む。
【0046】
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法、またはシルクフィブロインフィルムに用いるシルクフィブロインを産生する蚕種は特に制限されない。例えば、チョウ目に含まれるヤママユガ科、カイコガ科、オビガ科、カレハガ科、ドクガ科、ヒトリガ科、コブガ科、ヤガ科、ミノガ科、ヒロズコガ科、ハモグリガ科、アトヒゲコガ科、コナガ科、マダラガ科、セミヤドリガ科、イラガ科、メイガ科、アゲハオドキ科、シャチホコガ科、アゲハチョウ科、または、それらの遺伝子組み換え品種を挙げることができる。日本国内では入手が容易であることから、ヤママユガ科、カイコガ科、またはそれらの遺伝子組み換え品種が好ましく、特に好ましくはカイコガ科およびその遺伝子組み換え品種である。
【0047】
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法において、例えば、精練を経て得られたシルクフィブロインを用いることができる。精練は繭玉から上記夾雑物を除去する工程であり、例えば、繭玉または生糸を、石鹸液、灰汁またはソーダ液などのアルカリ性溶液に接触させることで、上記夾雑物を除去することができる。また、絹糸、絹織物、健康食品などとして市販されているシルクフィブロインを使用してもよい。
【0048】
また、蚕の幼虫の絹糸腺から直接採取したシルクフィブロインを用いることもできる。
絹糸腺を使用する場合は、蚕の幼虫内から採取後そのままの絹糸腺から選別したシルクフィブロインでもよいが、採取後の絹糸腺をメタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、またはこれらの10~99体積%未満の混合水溶液などで固定化し得られた絹糸腺中に含まれるフィブロインでもよい。
【0049】
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法に用いる、シルクフィブロインの分子量(Mw)は特に制限されない。繭玉または生糸の精練で使用されるアルカリ溶液の種類および精練条件にもよるが、通常、シルクフィブロインのMwは50,000~370,000である。なお、家蚕の絹糸腺から産生されるシルクフィブロインの文献値は370,000である(非特許文献 Tashiro Yutaka and Otsuki Eiichi, Journal of Cell Biology, Vol.46, P1(1970)、非特許文献Prog.Polym.Sci.2007;32(8-9):991-1007に記載)。
【0050】
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法において、シルクフィブロインを含フッ素溶剤に溶解させシルクフィブロイン溶液とした後に、溶液を基体上に展開し、乾燥することで、シルクフィブロインのフィルム、シート、被膜または繊維などの成形体を得ることができる。
【0051】
2.シルクフィブロイン溶液
2-1.含フッ素溶剤
前記含フッ素溶剤は、シルクフィブロインを溶解できるものであればよく、好ましくは含フッ素アルコール、ヘキサフルオロアセトン(HFA)またはその水和物を挙げることができる、特に好ましくは含フッ素アルコールである。含フッ素アルコールの具体例としては、記載の限りではないが、HFIP、2,2,2-トリフルオロエタノール、炭素数1~3のパーフルオロアルコール、好ましくはHFIPを挙げることができる。また、前記含フッ素溶剤は単独で用いてもよく、混合して用いてもよい。さらに、前記含フッ素溶剤は他の溶剤を1種類または2種類以上混合して用いてもよい。他の溶剤としては、シルクフィブロインの変質および分子量の低下を起こすことなく溶解を妨げない溶剤であればよい。このような溶剤としては、水、N-メチルモルホリンN-オキシド、メタノール、アセトン、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルアセトアミド、トルエンまたはジクロロメタンを例示することができる。これら溶剤は、シルクフィブロイン溶液を得る際に、含フッ素溶剤の質量を100とする相対比で表して、20以下、好ましくは15以下、さらに好ましくは10以下の範囲内で用いることができる。
【0052】
2-2.シルクフィブロイン溶液の濃度
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法に用いるシルクフィブロイン溶液におけるシルクフィブロインの濃度は、シルクフィブロイン溶液全体に対して、0.01質量%以上、50質量%以下である。好ましくは0.1質量%以上、40質量%以下であり、特に好ましくは1質量%以上、25質量%以下である。濃度が0.01質量%以上であれば、成形体の生産性が高く好ましい。50質量%以下であれば、シルクフィブロイン溶液の粘度が扱いやすく、成形しやすい。
【0053】
2-3.シルクフィブロインの溶解温度
含フッ素溶剤にシルクフィブロインを溶解させる温度は、特に限定されない。含フッ素溶剤が凝固および蒸発しなければよく、密閉型耐圧容器(オートクレーブ)を用いない場合では、例えば0℃以上、120℃以下である。さらに好ましくは10℃以上、80℃以下であり、特に好ましくは15℃以上、60℃以下である。密閉型耐圧容器を用いる場合では、例えば0℃以上、200℃以下である。さらに好ましくは10℃以上、160℃以下であり、特に好ましくは15℃以上、140℃以下である。
【0054】
2-4.シルクフィブロインの溶解時間
含フッ素溶剤にシルクフィブロインを溶解させる時間は、特に限定されない。溶解時間は温度に依存するが、例えば、0.5時間以上、168時間以内である。さらに好ましくは0.75時間以上、96時間以内、特に好ましくは1時間以上、72時間以内である。
【0055】
3.シルクフィブロイン成形体の製造方法
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法は、含フッ素溶剤を含むシルクフィブロイン溶液を基体上に展開する第1の工程と、温度および相対湿度を制御しつつ、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥する第2の工程を含む。
【0056】
3-1.第1の工程(展開工程)
前記第1の工程は、前記シルクフィブロイン溶液を基体上に展開する工程である(以下、展開工程と呼ぶことがある)。
【0057】
シルクフィブロイン溶液を基体上へ展開する方法に特に制限はない。
【0058】
[基体]
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法において、シルクフィブロイン溶液を展開する基体は、シルクフィブロイン溶液に侵されず、シルクフィブロイン溶液を均一に展開することのできる平面または曲面を有するものであればよい。形状は所望の成形体の形状に応じ、平板、型枠、シャーレ、または円筒型などを挙げることができ、樹脂、金属、ガラスまたはセラミックス製などの基体を用いることができる。
【0059】
[展開]
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法において、展開とは、任意の成形体の形状を得るために、型内に流体を流し込み、所望の成形体の形に整える行為である。例えば、シルクフィブロイン溶液を円筒状の型、例えば、シャーレなどに流し込むことを指す。
またシリンジなどを用いて流体を押し出し成形し繊維状にすることなども含まれる。
【0060】
[展開する際の条件]
展開工程において、シルクフィブロイン溶液を基体上に展開する際の温度は、使用する溶剤の沸点にもよるが、10℃以上、120℃以下である。好ましくは15℃以上、80℃以下であり、さらに好ましくは20℃以上、40以下である。
【0061】
溶剤がHFIPである場合、HFIPの沸点が58.6℃であることより、シルクフィブロイン溶液を基体上に展開する際の温度は、58.6℃以下であり、好ましくは20℃以上、40℃以下である。
【0062】
3-2.第2の工程 前記第2の工程は、前記シルクフィブロイン溶液を基体上、または基体に展開した後に乾燥する工程である(以下、乾燥工程と呼ぶことがある)。乾燥工程により、シルクフィブロイン溶液から、含フッ素溶剤を含む溶剤が除去されることによって、シルクフィブロインのフィルム、シート、被膜または繊維などのシルクフィブロイン成形体を製造することができる。
【0063】
「乾燥」とは、熱を加えるなどして、目的のものから液体を除去し、乾いた状態にすること、または乾いた状態になっていることを指すが、本明細書においては、主に含フッ素溶媒を除去し乾いた状態にすることを「乾燥」と呼ぶ。
【0064】
以下、乾燥工程におけるシルクフィブロイン溶液の乾燥条件について記載する。
【0065】
[温度]
乾燥工程において、基体上、または基体に展開したシルクフィブロイン溶液を乾燥させる際の環境温度は、使用する溶剤の沸点にもよるが、10℃以上、120℃以下である。好ましくは15℃以上、40℃以下、さらに好ましくは15℃以上、35℃以下である。10℃以上であれば、乾燥に過度の長時間を要さないため好ましい。120℃以下であれば、シルクフィブロインが熱により変質する恐れがないため好ましい。
【0066】
[相対湿度]
乾燥工程において、基体上に展開したシルクフィブロイン溶液を乾燥させる際の相対湿度は、5%以上、95%以下である。シルクフィブロイン溶液を基体上に展開後、温度および相対湿度を制御し、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥することで、所望のabs強度比を有するシルクフィブロイン成形体を得ることが可能となる。
【0067】
本発明の実施例の条件に基づいて作製されたシルクフィブロイン成形体は、[図1]に示す様に、温度15℃以上、35℃以下、且つ相対湿度40%以上、95%以下の環境で乾燥させることで、abs強度比が1以下であって、水に不溶性を示すシルクフィブロインフィルムを得ることができる。また、温度15℃以上、35℃以下、且つ相対湿度40%未満で乾燥させることで、abs強度比が1を超える水溶性のシルクフィブロインフィルムが得られる。このことから、第2の工程にて、温度および相対湿度を制御しつつ、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥すれば、所望のαヘリックス構造とβシート構造の割合を有するシルクフィブロイン成形体が得られることがわかる。
【0068】
[温度および相対湿度の制御]
所望のabs強度比を有するシルクフィブロイン成形体を得るには、乾燥工程のうち、溶液中に含まれる溶剤の蒸発量が、下に規定する理論蒸発量の10%以上、100%以下にあたる時間内において、温度を10℃以上、120℃以下、好ましくは15℃以上、40℃以下、さらに好ましくは15℃以上、35℃以下の範囲で所望の温度(X℃)に設定し、前記(X℃)に対する温度の振れを±20℃以内、好ましくは±10℃以内、特に好ましくは±5℃以内に制御し、且つ相対湿度を5%以上、95%以下の範囲で所望の相対湿度(Y%)に設定し、その振れを±20%以内、好ましくは±10%以内、特に好ましくは±5%以内に制御することが好ましい。温度及び相対湿度を制御することによって、第2の工程で得られるシルクフィブロイン成形物は一定のabs強度比となる。
【0069】
なお、本発明において、abs強度比とは、赤外吸収スペクトルにおける1650cm-1付近に位置するピークの強度[abs(1650)]と、1620cm-1付近に位置するピークの強度[abs(1620)]のabs強度比[abs(1650)/abs(1620)]のことを指し、この値が低いほど、シルクフィブロイン成形体中のαヘリックス構造に対し、βシート構造の存在比が大きくなり、水に溶け難いシルクフィブロイン成形体が得られる。
【0070】
<理論蒸発量>
理論蒸発量は以下の式により算出した。
理論蒸発量(g)=キャスト溶液の重量(g)×(100-シルクフィブロインの濃度(%))/100
【0071】
[時間]
乾燥工程において、基体上、または基体に展開したシルクフィブロイン溶液を乾燥させる時間は、特に限定しない。環境の温度、相対湿度、およびシルクフィブロイン溶液の濃度や使用量にもよるが、好ましくは0.1秒以上、92時間以下、より好ましくは1秒以上、72時間以下である。乾燥時間が1秒より短いと、溶剤の蒸発が不十分となる可能性がある。溶解時間が72時間より長いと生産性が低く実用的でない。乾燥は、得られたシルクフィブロイン成形体の外観、および成形体を計量した際に(例えば、成形体を基体ごと天秤に乗せて計量した際に)、重量変化がみられないことを確認し終了するのが好ましい。
【0072】
[乾燥]
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法において、基体上に展開したシルクフィブロイン溶液を乾燥させる環境は、一定の温度および相対湿度を維持できる設備であれば、特に制限されない。実験室内のドラフトなどの通常の環境でもよく、乾燥剤を備えたデシケータ、または環境試験機を用いてもよい。
【0073】
4.シルクフィブロイン成形体
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法において得られるシルクフィブロイン成形体の形状は限定されない。
【0074】
[膜厚]
成形体がシルクフィブロインフィルムの場合、シルクフィブロイン溶液の量および濃度を適宜調整することで、所望の膜厚に制御することができる。膜厚の制御が容易なことから、1μm以上、250μm未満であることが好ましい。
【0075】
成形体がシルクフィブロインシートの場合、シルクフィブロイン溶液の量および濃度を適宜調整することで、所望の膜厚に制御することができる。膜厚の制御が容易なことから、250μm以上、2cm未満であることが好ましい。
【0076】
[繊維径]
成形体がシルクフィブロイン繊維の場合、シルクフィブロイン溶液の量および濃度を適宜調整することで、所望の繊維径に制御することができる。例えば50nm以上、1mm以下、好ましくは100nm以上、500μm以下、特に好ましくは500nm以上、250μm以下である。
【0077】
[シルクフィブロイン成形体の二次構造]
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法により、シルクフィブロインの、フィルム、シート、被膜または繊維などの成形体を得ることができる。
【0078】
5.シルクフィブロイン成形体の洗浄
本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法により得られた、シルクフィブロイン成形体を、必要に応じて洗浄してもよい。成形する際に用いた溶剤の大部分は乾燥時に除去されるが、洗浄することで、さらに溶剤の含有を低減させることができる。不溶性のシルクフィブロイン成形体(abs強度比が2.3以下、好ましくは1.7以下、特に好ましくは1.0以下)の場合、得られたフィルムを水、メタノール、エタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、またはそれらの混合溶液に浸漬し、洗浄することができる。洗浄に用いる溶剤の温度に特に制限はないが、好ましくは5℃以上、100℃以下、さらに好ましくは10℃以上、60℃以下である。また、浸漬時間に特に制限はないが、好ましくは10秒以上、24時間以内、さらに好ましくは30秒以上、2時間以内である。浸漬後、必要に応じて風乾、加熱(例、ホットプレス)などの通常の手段により乾燥させることも可能である。なお、シルクフィブロイン成形体のabs強度比が1.0を超える場合は、成形体が水に溶解しやすいため、上記洗浄に水を使用することはできないが、メタノール、エタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、またはそれらの混合溶液の使用は可能である。上記の混合溶液の濃度は、特に制限はなく、それぞれが相溶し、成形体を溶かすことがなければよい。
【実施例0079】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0080】
[シルクフィブロインの調製(繭玉の精練)]
500mLのガラス製セパラブルフラスコに、濃度が0.2質量%となるように調製した炭酸ナトリウム水溶液500mL、および繭玉(品種、錦秋×鐘和)10.0gを入れ、100℃に加温し煮沸した。煮沸を2時間行った後で静置し、40℃まで冷却した後、内容物を濾過器で吸引濾過し繭玉を取り出した。次いで、繭玉をセパラブルフラスコに戻し、フラスコ内にイオン交換水500mLを加えた後、100℃に昇温し煮沸、洗浄した。煮沸を30分間行った後、40℃まで冷却し、吸引濾過を行った。この洗浄操作を2回繰り返した後、繭玉を減圧乾燥器に入れ、温度60℃、圧力10hPaで6時間減圧乾燥し、シルクフィブロイン6.90gを得た。ゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography、以下、GPCと呼ぶことがある)により、得られたシルクフィブロインの重量平均分子量(Mw)を測定したところ、測定値は160,000であった。
【0081】
[シルクフィブロインスポンジの調製]
シルクフィブロインスポンジは、以下に示すシルクフィブロインスポンジの調製(1)またはシルクフィブロインスポンジの調製(2)により行った。
【0082】
<シルクフィブロインスポンジの調製(1)>
ジムロート型還流器付き100mLガラス製フラスコ中に、前述の[シルクフィブロインの調製]で得たシルクフィブロイン5.00gを採取し、塩化カルシウム/エタノール水溶液(塩化カルシウム:エタノール:水=1:2:8(モル比))50mLを加えた。
次いで、フラスコ底部を60℃のオイルバスに漬け1時間加温し、シルクフィブロインを溶解させ、シルクフィブロイン水溶液を得た。次いで、シルクフィブロイン水溶液を濾過し、濾液を回収した。
【0083】
濾液を透析チューブ(米国スペクトラムラボラトリーズ社製、再生セルロース膜、製品名:Spectra/por4、分子量分画12-14kDa)中に加え、透析バッファーにイオン交換水を使用し透析を行い、塩化カルシウムとエタノールを除去した。透析バッファーは8時間ごとに計12回入れ替えた。この透析チューブ中の水溶液を凍結乾燥し、多孔質のシルクフィブロインスポンジを得た。
【0084】
シルクフィブロインスポンジの収量は4.36gであり、収率は87.2%であった。GPCにより重量平均分子量(Mw)を測定したところ、測定値は160,000であり、原料である[シルクフィブロインの調製]で得たシルクフィブロインのMwと同等であった。
【0085】
<シルクフィブロインスポンジの調製(2)>
ジムロート型還流器付き100mLガラス製フラスコ中に、10mm×10mmに裁断した繭(品種、錦秋×鐘和)1.00gを採取し、塩化カルシウム/エタノール水溶液(塩化カルシウム:エタノール:水=1:2:8(モル比))50mLを加えた。次いで、フラスコ底部を90℃のオイルバスに漬け3時間加温し、繭を溶解させ、繭タンパク質水溶液を得た。次いで、繭タンパク質水溶液を濾過し、濾液を回収した。この濾液を透析チューブ(米国スペクトラムラボラトリーズ社製、再生セルロース膜、製品名:Spectra/Por4、分子量分画12-14kDa)中に加え、透析バッファーにイオン交換水を使用し透析を行い、塩化カルシウムとエタノールを除去した。透析バッファーは8時間ごとに計12回入れ替えた。この透析チューブ中の水溶液を凍結乾燥し、多孔質のシルクフィブロインスポンジを得た。シルクフィブロインスポンジの収量は、0.52gであり、収率は51.9%であった。GPCにより重量平均分子量(Mw)を測定したところ、測定値は390,000であった。
【0086】
[GPCによるタンパク質の重量平均分子量(Mw)の測定]
シルクフィブロインのMwの測定に際し、GPC装置には東ソー株式会社製、製品名:HLC-8320GPCを用い、カラムには東ソー株式会社製、製品名:TSK gel Super HM-Hを2個連結して用いた。カラム中には溶離液として、5×10-3モル濃度のトリフルオロ酢酸ナトリウムを含むHFIPを流した。ポリメチルメタクリレートを基準物質として検量線を作成して、シルクフィブロインの重量平均分子量を算出した。
【0087】
GPC測定試料は、ヘキサフルオロアセトン3水和物、1mLの入った試験管中にシルクフィブロイン10mgを量り入れ、室温(25℃)で溶解させた後、溶液からマイクロシリンジで5μLを採取し、上記溶離液2mLに添加し、GPC用測定試料とした。
【0088】
[シルクフィブロインHFIP溶液の調製]
シルクフィブロインHFIP溶液は、以下に示すシルクフィブロインHFIP溶液の調製(1)、シルクフィブロインHFIP溶液の調製(2)またはシルクフィブロインHFIP溶液の調製(3)により調製した。
【0089】
<シルクフィブロインHFIP溶液の調製(1)>
温度計および撹拌子を備えた100mLのステンレス鋼製耐圧容器内に、室温(25℃)にて、前述の[シルクフィブロインの調製]で得たシルクフィブロイン0.2gを量り入れ、シルクフィブロインの濃度が1質量%となる様に、HFIP19.8gを採取した。次いで、耐圧容器内部を110℃まで昇温後、2時間攪拌しシルクフィブロインを溶解させた。得られたシルクフィブロインHFIP溶液から、エバポレータを用いて10.0gのHFIPを減圧留去することで、濃度2質量%のシルクフィブロインHFIP溶液(A)10.0gを得た。
【0090】
<シルクフィブロインHFIP溶液の調製(2)>
撹拌子を備えたガラス製ナス型フラスコ中に、前述の<シルクフィブロインスポンジの調製(1)>で得たシルクフィブロインスポンジ(Mw:160,000)0.2gを量り入れた後、HFIP9.8gを加えた。次いで、室温(25℃)にて6時間撹拌し、シルクフィブロインスポンジを溶解させ、濃度2質量%のシルクフィブロインHFIP溶液(B)10.0gを得た。
【0091】
<シルクフィブロインHFIP溶液の調製(3)>
撹拌子を備えたガラス製ナス型フラスコ中に、前述の<シルクフィブロインスポンジの調製(2)>で得たシルクフィブロインスポンジ(Mw:390,000)0.2gを量り入れた後、HFIP19.8gを加えた。次いで、室温(25℃)にて24時間撹拌し、シルクフィブロインスポンジを溶解させた後、濾過により不溶分を除去した。得られたシルクフィブロインHFIP溶液から、エバポレータを用いて10.0gのHFIPを減圧留去することで、濃度2質量%のシルクフィブロインHFIP溶液(C)10.0gを得た。
【0092】
[シルクフィブロインフィルムの膜厚測定]
シルクフィブロインフィルムの膜厚を測定した。測定には株式会社ミツトヨ製マイクロメータ、製品名:MDC-25MXを用いた。測定はフィルムの中心を含む、任意の5点を測定し、その平均値を膜厚とした。
【0093】
実施例1
ポリスチレン製の滅菌シャーレ(88mm径)に、前述の<シルクフィブロインHFIP溶液の調製(1)>で得た濃度2質量%のシルクフィブロインHFIP溶液(A)10mLを展開し蓋を被せた。次いで、温度25℃、相対湿度10%に調整されたデシケータ中に静置し、蓋を外し48時間乾燥させることでシルクフィブロインフィルムを得た。乾燥中は、温度25±5℃、相対湿度10±5%に制御した。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0094】
実施例2~5
相対湿度を30%(実施例2)、40%(実施例3)、50%(実施例4)、70%(実施例5)に変更した以外は、実施例1と同様に温度を±5℃以内および相対湿度を±5%以内に制御しシルクフィブロインフィルムを得た。いずれのフィルムの膜厚も50μmであった。
【0095】
実施例6
前記ポリスチレン製の滅菌シャーレに、前述の<シルクフィブロインHFIP溶液の調製(2)>で得た、濃度2質量%のシルクフィブロインHFIP溶液(B)10mLを展開し蓋を被せた。次いで、温度25℃、相対湿度70%に調整されたデシケータ中に静置し、蓋を外し48時間乾燥させることでシルクフィブロインフィルムを得た。乾燥中は、温度25±5℃、相対湿度70±5%に制御した。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0096】
実施例7
前記ポリスチレン製の滅菌シャーレに、前述の<シルクフィブロインHFIP溶液の調製(3)>で得た、濃度2質量%のシルクフィブロインHFIP溶液(C)10mLを展開し蓋を被せた。次いで、温度25℃、相対湿度70%に調整されたデシケータ中に静置し、蓋を外し48時間乾燥させることでシルクフィブロインフィルムを得た。乾燥中は、温度25±5℃、相対湿度70±5%に制御した。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0097】
実施例8
相対湿度を14%に変更した以外は、実施例1と同様に温度を±5℃以内および相対湿度を±5%以内に制御しシルクフィブロインフィルムを得た。フィルムの膜厚は50μmであった。
【0098】
実施例9~10
相対湿度を14%(実施例9)、50%(実施例10)に変更した以外は、実施例6と同様に温度を±5℃以内および相対湿度を±5%以内に制御しシルクフィブロインフィルムを得た。いずれのフィルムの膜厚も50μmであった。
【0099】
実施例11~12
相対湿度を14%(実施例11)、50%(実施例12)に変更した以外は、実施例7と同様に温度を±5℃以内および相対湿度を±5%以内に制御しシルクフィブロインフィルムを得た。いずれのフィルムの膜厚も50μmであった。
【0100】
比較例1
ジムロート型還流器付き100mLガラス製フラスコ中に、前述の[シルクフィブロインの調製]で得たシルクフィブロイン1.00gを採取し、塩化カルシウム/エタノール水溶液(塩化カルシウム:エタノール:水=1:2:8(モル比))50mLを加えた。次いで、フラスコ底部を90℃のオイルバスに漬け3時間加温し、繭を溶解させ、繭タンパク質水溶液を得た。次いで、繭タンパク質水溶液を濾過し、濾液を回収した。この濾液を透析チューブ(米国スペクトラムラボラトリーズ社製、再生セルロース膜、製品名:Spectra/Por4、分子量分画12-14kDa)中に加え、透析バッファーにイオン交換水を使用し透析を行い、塩化カルシウムとエタノールを除去した。透析バッファーは8時間ごとに計12回入れ替えた。この透析チューブ中のシルクフィブロイン水溶液10mLをポリスチレン製シャーレに展開し、蓋を被せた。次いで、温度25℃、相対湿度15%に調整されたデシケータ中に静置し、蓋を外し48時間乾燥させることでシルクフィブロインフィルムを得た。乾燥中は、温度25±5℃、相対湿度15±5%に制御した。得られたシルクフィブロインフィルムを得た。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0101】
比較例2
相対湿度を50%に変更した以外は、比較例1と同様に温度を±5℃以内および相対湿度を±5%以内に制御しシルクフィブロインフィルムを得た。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0102】
比較例3
相対湿度を70%に変更した以外は、比較例1と同様に温度を±5℃以内および相対湿度を±5%以内に制御しシルクフィブロインフィルムを得た。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0103】
[水への不溶性の評価]
実施例1~12で得られたシルクフィブロインフィルムを、室温で水に1時間浸漬させた後、目視観察を行い、以下の基準にて評価した。
A:外観に変化は見られない。
B:外観に一部欠損がみられる。
C:完全に溶解する。
【0104】
[フーリエ変換型赤外(FTIR)スペクトル測定による高次構造の確認]
得られたシルクフィブロインフィルムのIRスペクトルを測定した。IRスペクトル測定装置には、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、製品名:NicoletiS5を用いた。
【0105】
<abs強度比>
シルクフィブロインフィルムのFTIRスペクトル測定において1650cm-1付近に観測されるαヘリックス構造に由来するピークの強度[abs(1650) ]、および1620cm-1付近に観測されるβシート構造に由来するピークの強度[abs(1620) ]より、abs強度比[abs(1650)/abs(1620) ]を算出した(各高次構造に由来するピークの波数については、非特許文献 Taiyo Yoshioka, Tamako Hata, Katsura Kojima, Yasumoto Nakazawa, and Tsunenori Kameda,Biomater. Sci. Eng., Vol.3, P3207-3214(2017)に記載)。
【0106】
表1に実施例1~12、および比較例1~3で得られたフィルムの、abs強度比[abs(1650)/abs(1620)]の値、および水への不溶性の評価を示す。
【0107】
また、図1に、実施例1~12、および比較例1~3で得られたフィルムに関して、横軸を相対湿度、縦軸をabs強度比とし、プロットしたグラフを示す。
【0108】
【表1】
【0109】
表1に示すように、実施例1(相対湿度10%)および実施例2(相対湿度30%)、
実施例8(相対湿度14%)においては、シルクフィブロインのabs強度比がそれぞれ、3.22、1.12、2.21であり、αヘリックス構造に由来する[abs(1650) ]ピークの強度が大きく、水に対し溶解性を示した。
【0110】
一方、実施例3(相対湿度40%)で乾燥させたシルクフィブロインフィルムは、abs強度比が0.73となり、βシート構造に由来する[abs(1620) ]のピーク強度が大きく、得られたシルクフィブロインフィルムは水に対し不溶性を示した。
【0111】
実施例4(相対湿度50%)、および実施例5(相対湿度70%)で得られたシルクフィブロインフィルムのabs強度比がそれぞれ、0.66、0.60であり、相対湿度40%の実施例3のabs強度比0.73よりも低くなることが判った。すなわち、相対湿度が高いほど、βシート構造に由来する[abs(1620) ]のピーク強度が大きく、
相対湿度が低いほどαヘリックス構造に由来する[abs(1650) ]のピーク強度が大きい高い。すなわちシルクフィブロイン中の二次構造を乾燥時の温度と相対湿度で制御できていた。
【0112】
また、実施例6および実施例7、実施例9~12においては、シルクフィブロインフィルムのabs強度比は、実施例1~5、実施例8の同相対湿度と同等の値であった。
【0113】
一方で、水溶液から得られた成形物の比較例1~3では、表1のabs強度比で示すように、相対湿度の相違にかかわらず、一定の値をとり、実施例の含フッ素溶剤を使用した場合と比較して、abs強度比を調整することはできなかった。
【0114】
実施例13
実施例5で得られたシルクフィブロインフィルムをイオン交換水に1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。
【0115】
実施例14
実施例6で得られたシルクフィブロインフィルムをイオン交換水に1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。
【0116】
実施例15
実施例7で得られたシルクフィブロインフィルムをイオン交換水に1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。
【0117】
実施例16
実施例8で得られたシルクフィブロインフィルムをエタノールに1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。
【0118】
実施例17
実施例9で得られたシルクフィブロインフィルムをエタノールに1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。
【0119】
実施例18
実施例11で得られたシルクフィブロインフィルムをエタノールに1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。
【0120】
比較例4
比較例1で得られたシルクフィブロインフィルムをエタノールに1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0121】
比較例5
比較例2で得られたシルクフィブロインフィルムをエタノールに1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0122】
比較例6
比較例3で得られたシルクフィブロインフィルムをエタノールに1時間浸漬し、室温で乾燥し、洗浄されたシルクフィブロインフィルムを得た。シルクフィブロインフィルムの膜厚は50μmであった。
【0123】
[残留溶媒評価]
得られたシルクフィブロインフィルムの残留溶媒(HFIP)を定量した。溶媒の定量には、燃焼イオンクロマトグラフィを用いた。検量線には、フッ化ナトリウムを使用し、得られた検量線のフッ素イオン量からシルクフィブロインフィルム中の残溶媒量を計算式Iから算出した。
・HFIP(ppm)=(フッ素イオン濃度/6)×(168/(19×6)) ・・・ 計算式I
・燃焼装置; AQF-2100H、株式会社三菱化学アナリテック製
・イオンクロマトグラフ; DIONEX ICS5000+、Thermo Fisher Scientific社製
・カラム;AG11-HC(4×50mm)/AS11-HC(4×250mm)、Thermo Fisher Scientific社製
・溶離液;KOH水溶液
【0124】
[引張り試験によるフィルムの力学物性評価]
得られたシルクフィブロインフィルムの力学物性を測定した。力学物性測定装置には、株式会社島津製作所製オートグラフ、製品名:AG-ISを用いた。
【0125】
試験片は、長さ40mm、幅2mmの短冊状に裁断したものを用いた。試験条件は、チャック間距離20mm、引張り速度10mm/minにて実施した。なお、試験に供したフィルムの膜厚はいずれも50μmであった。
【0126】
表2に実施例5~7、実施例13~18、比較例1~3で得られたシルクフィブロインフィルムのabs強度比、残留溶媒(HFIP)、引張り試験における弾性率、破断点応力、破断点ひずみの測定結果を示す。
【0127】
【表2】
【0128】
表2に示すように、実施例5~7、実施例13~18で得られたシルクフィブロインフィルムは、比較例4~6で得られたシルクフィブロインフィルムと比較して、同等もしくはそれ以上の高い破断応力と破断点ひずみであった。また、得られた実施例の中でイオン交換水やエタノールに浸漬し、洗浄操作を行うと、成形物中のフッ素溶剤が低減されていた。洗浄操作をしていないフィルムと同等の力学強度の値を示し、力学物性の大幅な低下を招くことなく成形物を作製できていた。
【0129】
表1および表2に示す様に、本発明のシルクフィブロイン成形体の製造方法により、含フッ素溶剤を含むシルクフィブロイン溶液から温度および相対湿度を制御することによって乾燥されたシルクフィブロイン成形物は、αヘリックス構造とβシート構造の割合を所望の値に調整可能であり、さらにはαヘリックス構造に比べβシート構造を多く含むシルクフィブロイン成形物を得ることができた。
図1
【手続補正書】
【提出日】2023-11-29
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
蚕の繭玉または生糸から夾雑を除いて原料として用いるシルクフィブロインを得る工程と
前記シルクフィブロインを含フッ素溶剤に溶解させシルクフィブロイン溶液とする工程と、
前記シルクフィブロイン溶液を基体上に展開する第1の工程と、温度および相対湿度を制御しつつ、前記シルクフィブロイン溶液を基体上で乾燥する第2の工程を含む、シルクフィブロイン成形体の製造方法。