(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024030920
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】浸炭焼結体の製造方法、及び浸炭焼結体の製造装置
(51)【国際特許分類】
B22F 3/24 20060101AFI20240229BHJP
C22C 33/02 20060101ALI20240229BHJP
C23C 8/22 20060101ALI20240229BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20240229BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20240229BHJP
C22C 38/12 20060101ALN20240229BHJP
C21D 9/32 20060101ALN20240229BHJP
C21D 9/40 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
B22F3/24 B
C22C33/02 A
C22C33/02 B
C23C8/22
C21D1/06 A
C22C38/00 301Z
C22C38/12
C21D9/32 A
C21D9/40 A
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134159
(22)【出願日】2022-08-25
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-07-03
(71)【出願人】
【識別番号】000167200
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクトサーモシステム
(74)【代理人】
【識別番号】100128912
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 徹
(72)【発明者】
【氏名】中田 綾香
(72)【発明者】
【氏名】幸田 尚久
(72)【発明者】
【氏名】山本 亮介
【テーマコード(参考)】
4K018
4K028
4K042
【Fターム(参考)】
4K018AA24
4K018BA13
4K018DA31
4K018FA11
4K018KA02
4K028AA01
4K028AB03
4K028AC07
4K028AC08
4K042AA18
4K042AA22
4K042AA23
4K042BA03
4K042BA13
4K042CA06
4K042CA08
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DE02
4K042DE03
(57)【要約】
【課題】焼結処理と浸炭処理とを1回の加熱工程で行うことができるとともに、添加物を混ぜる必要がなく、添加物のコストの低減と製造時間の短縮とを図ることができる、浸炭焼結体の製造方法を提供する。
【解決手段】成形工程S2では、鉄合金粉末を加圧成形して成形体を得る。加熱工程S4では、成形体を共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲で加熱することにより、成形体の焼結及び浸炭を行う。加熱工程S4においては、加熱工程S4中の少なくとも一部の期間において浸炭雰囲気中で成形体の加熱が行われる。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄合金粉末を加圧成形して成形体を得る成形工程と、
前記成形体を共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲で加熱することにより、前記成形体の焼結及び浸炭を行う加熱工程と、を備え、
前記加熱工程においては、当該加熱工程中の少なくとも一部の期間において浸炭雰囲気中で前記成形体の加熱が行われることを特徴とする、浸炭焼結体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の浸炭焼結体の製造方法であって、
前記固相線温度は、鉄-炭素系平衡状態図において、液相及びオーステナイト相の共存領域とオーステナイト単相領域との境界線と、液相及びδフェライト相の共存領域とオーステナイト相及びδフェライト相の共存領域との境界線と、液相及びδフェライト相の共存領域とδフェライト単相領域との境界線と、によって規定される温度であることを特徴とする、浸炭焼結体の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の浸炭焼結体の製造方法であって、
前記加熱工程において、当該加熱工程の開始後は第1の温度にて前記成形体を加熱し、当該加熱工程の途中以降は前記第1の温度とは異なる第2の温度にて前記成形体を加熱することを特徴とする、浸炭焼結体の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の浸炭焼結体の製造方法であって、
前記加熱工程において、浸炭雰囲気中で前記成形体が加熱されて前記成形体の浸炭が行われる際に、前記成形体の表面の炭素濃度の上昇に伴って、前記成形体の加熱温度を前記固相線温度に沿って低下させるように変更することを特徴とする、浸炭焼結体の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は請求項2に記載の浸炭焼結体の製造方法であって、
前記加熱工程において、当該加熱工程の開始後は第1の雰囲気ガスでの雰囲気中で前記成形体を加熱し、当該加熱工程の途中以降は前記第1の雰囲気ガスとは異なる第2の雰囲気ガスでの雰囲気中で前記成形体を加熱することを特徴とする、浸炭焼結体の製造方法。
【請求項6】
鉄合金粉末を加圧成形して得られる成形体を共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲で加熱することにより、前記成形体の焼結及び浸炭を行う加熱装置を備え、
前記加熱装置は、前記成形体の加熱期間中の少なくとも一部の期間において浸炭雰囲気中で前記成形体の加熱を行うことを特徴とする、浸炭焼結体の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭焼結体の製造方法、及び浸炭焼結体の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、機械部品等の構造部材において、鉄合金粉末を加圧成形して得られた成形体を焼結することで製造される焼結体が用いられている。焼結体は粉末材料を成形して焼結することで得られるため、焼結体を用いることで、素材のロスを少なくすることができ、最終形状に近い製品を焼結工程を行うだけで得ることができる。
【0003】
焼結体の機械的強度を維持しつつ焼結体の耐摩耗性及び疲労強度の向上のために表面層の硬化を図る場合、焼結体に浸炭処理が施される。浸炭処理が施された焼結体である浸炭焼結体を製造するには、焼結処理と浸炭処理とが必要となるが、焼結処理と浸炭処理とを1回の加熱工程で行うことで浸炭焼結体の製造コストの低減を図る方法として、特許文献1に開示された方法が知られている。特許文献1に開示された方法は、鉄合金粉末にFe-Mn-Si-C粉末を添加物として加えた原料粉末を加圧成形して得られた成形体を850~950℃の浸炭雰囲気中で加熱することで浸炭焼結体を製造する方法として構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された浸炭焼結体の製造方法によると、焼結処理と浸炭処理とを1回の加熱工程で行うことができるが、焼結体の原料である鉄合金粉末にFe-Mn-Si-C粉末を添加物として混ぜる必要がある。このため、特許文献1に開示の浸炭焼結体の製造方法では、添加物のコストが発生するとともに、添加物を原料である鉄合金粉末に添加して混ぜる作業に要する製造時間も必要となる。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みることにより、焼結処理と浸炭処理とを1回の加熱工程で行うことができるとともに、添加物を混ぜる必要がなく、添加物のコストの低減と製造時間の短縮とを図ることができる、浸炭焼結体の製造方法及び浸炭焼結体の製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記課題を解決するために、本発明のある局面に係わる浸炭焼結体の製造方法は、鉄合金粉末を加圧成形して成形体を得る成形工程と、前記成形体を共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲で加熱することにより、前記成形体の焼結及び浸炭を行う加熱工程と、を備え、前記加熱工程においては、当該加熱工程中の少なくとも一部の期間において浸炭雰囲気中で前記成形体の加熱が行われる。
【0008】
(2)前記固相線温度は、鉄-炭素系平衡状態図において、液相及びオーステナイト相の共存領域とオーステナイト単相領域との境界線と、液相及びδフェライト相の共存領域とオーステナイト相及びδフェライト相の共存領域との境界線と、液相及びδフェライト相の共存領域とδフェライト単相領域との境界線と、によって規定される温度である。
【0009】
(3)前記加熱工程において、当該加熱工程の開始後は第1の温度にて前記成形体を加熱し、当該加熱工程の途中以降は前記第1の温度とは異なる第2の温度にて前記成形体を加熱する。
【0010】
(4)前記加熱工程において、浸炭雰囲気中で前記成形体が加熱されて前記成形体の浸炭が行われる際に、前記成形体の表面の炭素濃度の上昇に伴って、前記成形体の加熱温度を前記固相線温度に沿って低下させるように変更する。
【0011】
(5)前記加熱工程において、当該加熱工程の開始後は第1の雰囲気ガスでの雰囲気中で前記成形体を加熱し、当該加熱工程の途中以降は前記第1の雰囲気ガスとは異なる第2の雰囲気ガスでの雰囲気中で前記成形体を加熱する。
【0012】
(6)上記課題を解決するために、本発明のある局面に係わる浸炭焼結体の製造装置は、鉄合金粉末を加圧成形して得られる成形体を共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲で加熱することにより、前記成形体の焼結及び浸炭を行う加熱装置を備え、前記加熱装置は、前記成形体の加熱期間中の少なくとも一部の期間において浸炭雰囲気中で前記成形体の加熱を行う。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、焼結処理と浸炭処理とを1回の加熱工程で行うことができるとともに、添加物を混ぜる必要がなく、添加物のコストの低減と製造時間の短縮とを図ることができる、浸炭焼結体の製造方法及び浸炭焼結体の製造装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施形態に係る浸炭焼結体の製造装置の一例を模式的に示す図である。
【
図2】
図2(A)は、浸炭焼結体の製造装置における加熱装置の作動について説明するための図であり、
図2(B)は、浸炭焼結体の製造装置における冷却装置の作動について説明するための図である。
【
図3】鉄-炭素系平衡状態図であって、浸炭焼結体の製造の際の加熱処理について説明するための図である。
【
図4】本発明の実施形態に係る浸炭焼結体の製造方法の一例を説明するためのフローチャートである。
【
図5】
図5(A)は、浸炭焼結体の製造方法における加熱工程のヒートパターンの第1の例を示す図であり、
図5(B)は、浸炭焼結体の製造方法における加熱工程のヒートパターンの第2の例を示す図である。
【
図6】
図6(A)は、浸炭焼結体の製造方法における加熱工程のヒートパターンの第3の例を示す図であり、
図6(B)は、浸炭焼結体の製造方法における加熱工程のヒートパターンの第4の例を示す図である。
【
図7】浸炭焼結体の製造方法における加熱工程のヒートパターンの第5の例を示す図である。
【
図8】浸炭焼結体の製造方法を実施した実施例での加熱工程のヒートパターンについて説明するための図である。
【
図9】製造した浸炭焼結体の断面を示す顕微鏡写真である。
【
図10】製造した浸炭焼結体の表面近傍における硬さ分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ説明する。なお、本発明は、浸炭処理が施された焼結体である浸炭焼結体の製造方法及び製造装置として、種々の用途に広く適用することができるものである。以下の説明においては、まず、本発明の一実施の形態に係る浸炭焼結体の製造装置について説明し、次いで、本発明の一実施の形態に係る浸炭焼結体の製造方法について説明する。
【0016】
[浸炭焼結体の製造装置]
図1は、本発明の実施形態に係る浸炭焼結体の製造装置1の一例を模式的に示す図である。
図2(A)は、浸炭焼結体の製造装置1における加熱装置11の作動について説明するための図であり、
図2(B)は、浸炭焼結体の製造装置1における冷却装置12の作動について説明するための図である。なお、以下の説明では、
図1、
図2(A)及び
図2(B)において両端矢印X1、両端矢印X2、及び両端矢印X3で示すように、浸炭焼結体の製造装置1における上下方向X1、左右方向X2、及び前後方向X3を定義する。上下方向X1は鉛直方向を基準として定義される。左右方向X2は、上下方向X1に垂直な方向である水平方向に延びる方向であり、浸炭焼結体の製造装置1の加熱装置11と冷却装置12とが並ぶ方向として定義される。前後方向X3は、上下方向X1及び左右方向X2の両方に垂直な方向として定義される。
【0017】
図1を参照して、本実施形態の浸炭焼結体の製造装置1(以下、単に「製造装置1」とも称する)は、浸炭処理が施された焼結体である浸炭焼結体を製造するための装置である。製造装置1は、加熱装置11を有し、鉄合金粉末を加圧成形して得られた成形体として構成されるワーク100を加熱装置11において1回の加熱工程で加熱して焼結処理及び浸炭処理を施すことで、浸炭焼結体を製造するように構成されている。また、製造装置1は、冷却装置12も有し、加熱装置11で焼結処理及び浸炭処理が施されたワーク100に対して冷却処理としての焼入れ処理を施すように構成されている。
【0018】
製造装置1において処理されるワーク100は、鉄合金粉末を加圧成形して得られた成形体であり、浸炭処理が施された焼結体である浸炭焼結体の素材として構成される。ワーク100は、機械部品等の構造部材の素材であり、例えば、歯車或いは軸受けなどの素材である。
【0019】
製造装置1においては、ワーク100は、搬送トレイ101に載せられた状態で左右方向X2に沿って搬送される。搬送トレイ101には、中心に貫通孔が設けられた枠体と、枠体から貫通孔の中心側に向かって突出して延びる複数の支持軸とが設けられている。ワーク100は、搬送トレイ101の貫通孔の上方で複数の支持軸に支持された状態で搬送トレイ101に支持される。搬送トレイ101における複数の支持軸の先端は互いに隔離している。これにより、搬送トレイ101の複数の支持軸は、加熱装置11における後述の上下駆動部24によってワーク100が搬送トレイ101から持ち上げられる際に、ワーク100の持ち上げ動作を阻害しないように構成されている。
【0020】
図1を参照して、製造装置1は、加熱装置11、冷却装置12、コントローラ13、等を備えて構成されている。
【0021】
加熱装置11には、加熱室21、加熱コイル22、搬送機構23、上下駆動部24、炭化水素系ガス供給系統25、不活性ガス供給系統26、ガス排出系統27、ガス濃度検出部28、温度検出部29、等が設けられている。
【0022】
加熱室21は、ワーク100が配置されてワーク100の加熱処理が行われる処理室として構成されている。加熱室21には、ワーク100が搬入される搬入口21aが設けられており、搬入口21aは、扉21bによって開閉されるように構成されている。ワーク100は、搬送トレイ101に載せられた状態で、搬入口21aから加熱室21内に搬入される。また、加熱室21には、窓21cが設けられている。窓21cは、サファイアガラス等の赤外線透過性を有する材料で形成されており、加熱室21の外部に配置された温度検出部29が加熱室21内で加熱されるワーク100の温度を赤外線検知によって非接触で検出できるように構成されている。
【0023】
加熱コイル22は、ワーク100に対して誘導加熱による加熱処理を施す誘導加熱コイルとして構成されている。加熱コイル22は、例えば、螺旋状のコイルとして形成されており、加熱処理の際には、加熱コイル22における螺旋状の部分の内側の領域にワーク100が配置される。ワーク100が加熱コイル22の螺旋状の部分の内側に配置された状態で、加熱コイル22に対して電源38から高周波電流が供給されることで、ワーク100に対して誘導加熱による加熱処理が施される。電源38は、後述のコントローラ13と電気的に接続しており、加熱コイル22への供給電力は、コントローラ13によって制御されるように構成されている。なお、加熱コイル22の形状としては、螺旋状以外の形状が選択されてもよく、加熱対象のワーク100の形態に応じて種々の形状が選択されてもよい。例えば、ワーク100が筒状或いは棒状に延びる軸状の部材である場合、加熱コイル22は、軸状に延びるワーク100の長手方向に亘ってワーク100を取り囲んだ状態で延びるように構成されていてもよい。
【0024】
搬送機構23は、ベルトコンベヤ式の搬送機構であり、搬送トレイ101を加熱室21内で搬送する機構として設けられている。ワーク100が載せられた搬送トレイ101が搬入口21aから加熱室21内に搬入されると、搬送トレイ101は、搬送機構23によって、左右方向X2に沿って加熱室21内を搬送される。なお、搬送機構23は、一対のベルトコンベヤを有している。一対のベルトコンベヤは、加熱室21内において前後方向X3における両側に配置されており、一対のベルトコンベヤの間の領域には、空間が形成されている。そして、一対のベルトコンベヤのそれぞれが、搬送トレイ101の前後方向X3における両端部をそれぞれ支持するように構成されている。このため、搬送機構23は、後述の上下駆動部24によってワーク100が搬送トレイ101から持ち上げられる際に、ワーク100の持ち上げ動作を阻害しないように構成されている。
【0025】
上下駆動部24は、加熱室21においてワーク100を搬送トレイ101と加熱コイル22との間で上下移動させるための機構として設けられている。上下駆動部24は、加熱室21において、搬送トレイ101に形成された貫通孔を通してワーク100を持ち上げることで、搬送トレイ101を持ち上げずにワーク100のみを加熱コイル22の内側に配置される位置まで持ち上げるように構成されている。
図2(A)は、上下駆動部24がワーク100を加熱コイル22の内側の位置まで持ち上げた状態を示している。上下駆動部24がワーク100を加熱コイル22の内側の位置まで持ち上げた状態で、加熱コイル22による誘導加熱によってワーク100の加熱が行われる。
【0026】
炭化水素系ガス供給系統25は、炭化水素系ガスの供給源(図示省略)と加熱室21とを接続し、加熱室21に対して炭化水素系ガスを供給する系統として設けられている。炭化水素系ガスとしては、例えば、メタンガス(CH4ガス)或いはアセチレンガス(C2H2ガス)など、ワーク100へ浸炭処理ができるガスを用いている。炭化水素系ガス供給系統25には、炭化水素系ガス供給系統25によって加熱室21内に供給する炭化水素系ガスの流量を制御するための制御弁25aが設けられている。制御弁25aは、後述のコントローラ13と電気的に接続しており、制御弁25aの作動は、コントローラ13によって制御されるように構成されている。
【0027】
不活性ガス供給系統26は、不活性ガスの供給源(図示省略)と加熱室21とを接続し、加熱室21に対して不活性ガスを供給する系統として設けられている。不活性ガスとしては、例えば、窒素ガス(N2ガス)など、ワーク100の酸化を抑制できるガスを用いている。不活性ガス供給系統26には、不活性ガス供給系統26によって加熱室21内に供給する不活性ガスの流量を制御するための制御弁26aが設けられている。制御弁26aは、後述のコントローラ13と電気的に接続しており、制御弁26aの作動は、コントローラ13によって制御されるように構成されている。
【0028】
ガス排出系統27は、加熱室21内のガスを外部へ排出するための系統として設けられている。ガス排出系統27には、開閉することで加熱室21と外部との接続状態を連通状態と遮断状態との間で切り換える開閉弁27aが設けられている。開閉弁27aが開放された状態では、加熱室21と外部とが連通し、加熱室21内のガスが外部へと排出される。開閉弁27aが閉鎖された状態では、加熱室21と外部とが遮断され、加熱室21内のガスの外部への排出は行われない。開閉弁27aは、後述のコントローラ13と電気的に接続しており、開閉弁27aの作動は、コントローラ13によって制御されるように構成されている。
【0029】
ガス濃度検出部28は、加熱室21内の炭化水素系ガスの濃度を検出するセンサとして設けられている。加熱室21内でワーク100の加熱処理が行われている際には、加熱室21内の炭化水素系ガスの濃度がガス濃度検出部28によって検出される。ガス濃度検出部28は、コントローラ13と電気的に接続されており、ガス濃度検出部28によって検出された炭化水素系ガスの濃度の検出値は、コントローラ13へと送信される。
【0030】
温度検出部29は、放射温度計として設けられ、加熱コイル22によって加熱されるワーク100の温度を検出するように構成されている。温度検出部29は、加熱室21の外側で窓21cに隣接する位置に設けられている。温度検出部29は、窓21cを介して、加熱コイル22の螺旋状の部分の隙間から加熱コイル22の内側に配置されたワーク100に臨むように配置されている。そして、温度検出部29は、加熱コイル22によって加熱されるワーク100から発せられる赤外線を窓21cを介して検知し、この赤外線の検知結果に基づいてワーク100の温度を検出する。温度検出部29は、コントローラ13と電気的に接続されており、温度検出部29によって検出されたワーク100の温度の検出値は、コントローラ13へと送信される。
【0031】
コントローラ13は、加熱装置11の作動を制御する制御装置として設けられている。コントローラ13は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等を備えて構成されている。CPUは、ROMから処理内容に応じたプログラムを読みだしてRAMに展開し、展開したプログラムと協働して加熱装置11の各構成(22、23、24、25a、26a、27a)の作動を制御する。
【0032】
また、コントローラ13は、温度検出部29から受信するワーク100の温度の検出値に基づいて、ワーク100が所望の温度となるように加熱コイル22の作動を制御するように構成されている。更に、コントローラ13は、ガス濃度検出部28から受信する炭化水素系ガスの濃度の検出値に基づいて、加熱室21内の炭化水素系ガスの濃度が所望の濃度となるように、炭化水素系ガス供給系統25の制御弁25aの作動と不活性ガス供給系統26の制御弁26aの作動とを制御するように構成されている。
【0033】
前述した構成(21~29)を備えてコントローラ13による制御に基づいて作動する加熱装置11は、鉄合金粉末を加圧成形して得られる成形体としてのワーク100を共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲で加熱することにより、ワーク100の焼結及び浸炭を行うように構成されている。
【0034】
図3は、鉄-炭素系平衡状態図であって、浸炭焼結体の製造の際の加熱処理について説明するための図である。
図3を参照して、加熱装置11においては、共晶温度である1150℃以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲でワーク100の加熱が行われる。なお、共晶温度以上で固相線温度未満であるワーク100の加熱温度範囲については、
図3においてドットのハッチングを付した領域として示している。
【0035】
固相線は、鉄-炭素系平衡状態図において、その線以上の温度では固体と液体とが平衡であってその線以下の温度では固体が安定して存在する領域を示す線である。そして、
図3の鉄-炭素系平衡状態図において、固相線温度は、固相線SL1、固相線SL2、及び固相線SL3の3つの固相線によって規定される温度として構成される。固相線SL1は、液相及びオーステナイト相の共存領域とオーステナイト単相領域との境界線として構成される。液相及びオーステナイト相の共存領域については、
図3中において「L+γ」を付した領域として示している。オーステナイト単相領域については、
図3中において「γ」を付した領域として示している。固相線SL2は、液相及びδフェライト相の共存領域とオーステナイト相及びδフェライト相の共存領域との境界線として構成される。液相及びδフェライト相の共存領域については、
図3中において「L+δ」を付した領域として示している。オーステナイト相及びδフェライト相の共存領域については、
図3中において「δ+γ」を付した領域として示している。固相線SL3は、液相及びδフェライト相の共存領域とδフェライト単相領域との境界線として構成される。δフェライト単相領域については、
図3中において「δ」を付した領域として示している。
【0036】
加熱装置11においては、鉄合金粉末を加圧成形した成形体としてのワーク100を共晶温度以上で固相線温度未満の高温で加熱することで、ワーク100の焼結処理を行うことができる。なお、通常、焼結処理は、1050℃以上で行われることが多いが、本実施形態によると、共晶温度である1150℃以上で加熱されるため、短時間で焼結処理を行うことができる。また、本実施形態では、誘導加熱による加熱処理を行うため、ワーク100を急速に高温で加熱することができる。
【0037】
また、前述した構成(21~29)を備えてコントローラ13による制御に基づいて作動する加熱装置11は、ワーク100の加熱期間中の少なくとも一部の期間において浸炭雰囲気中でワーク100の加熱を行うように構成されている。即ち、加熱装置11においては、ワーク100の加熱期間中の全部の期間において、又は、ワーク100の加熱期間中の一部の期間において、浸炭雰囲気中で成形体の加熱が行われる。
【0038】
加熱装置11において浸炭雰囲気中でワーク100の加熱が行われる期間においては、加熱室21に対して、不活性ガスと炭化水素系ガスとが雰囲気ガスとして供給される。即ち、加熱室21に対して、炭化水素系ガス供給系統25から炭化水素系ガスが供給されるとともに、不活性ガス供給系統26から不活性ガスが供給される。加熱室21に対して不活性ガスと炭化水素系ガスとが雰囲気ガスとして供給されることで加熱室21内が浸炭雰囲気となり、浸炭雰囲気中でワーク100が加熱されることで、ワーク100の浸炭処理が行われる。なお、加熱室21に対して不活性ガスと炭化水素系ガスとが雰囲気ガスとして供給される際には、ガス排出系統27の開閉弁27aは開放された状態となり、浸炭処理によって炭素が消費された状態のガスが加熱室21の外部へと排出される。
【0039】
加熱装置11において浸炭雰囲気以外の雰囲気中でワーク100の加熱が行われる期間においては、加熱室21に対して、不活性ガスが雰囲気ガスとして供給される。この場合、不活性ガス供給系統26の制御弁26aは開放され、炭化水素系ガス供給系統25の制御弁25aが閉鎖される。これにより、加熱室21に対して、炭化水素系ガス供給系統25からは炭化水素系ガスが供給されず、不活性ガス供給系統26から不活性ガスが供給され、加熱室21には不活性ガスのみが供給される状態となる。このため、加熱室21内において不活性ガスの雰囲気中でワーク100が加熱され、ワーク100の焼結処理が行われる。なお、加熱室21内の雰囲気が不活性ガスの雰囲気の状態でワーク100の加熱が行われる際には、ガス排出系統27の開閉弁27aは閉鎖状態及び開放状態のいずれでもよい。開閉弁27aが閉鎖状態の場合は、加熱室21内に不活性ガスが閉じ込められた状態でワーク100の焼結処理が行われる。開閉弁27aが開放状態の場合は、加熱室21内の不活性ガスが連続的に入れ替えられながらワーク100の焼結処理が行われる。
【0040】
また、コントローラ13による制御に基づいて作動する加熱装置11は、浸炭雰囲気中でワーク100が加熱されてワーク100の浸炭が行われる際に、ワーク100の表面の炭素濃度の上昇に伴って、ワーク100の加熱温度を鉄-炭素系平衡状態図において規定される固相線温度に沿って低下させるように変更してもよい。この場合、コントローラ13は、
図1に示すように、炭素濃度推定部30と固相線接近度合判断部31とを備えて構成される。
【0041】
炭素濃度推定部30は、ガス濃度検出部28から受信する炭化水素系ガスの濃度の検出値と、温度検出部29から受信するワーク100の温度の検出値と、浸炭雰囲気中でのワーク100の加熱時間とに基づいて、ワーク100の表面から内部に拡散浸透する炭素のワーク100の表面での濃度を計算して推定する。固相線接近度合判断部31は、炭素濃度推定部30によって推定される炭素濃度の値に基づいて、鉄-炭素系平衡状態図で規定される固相線SL1に近づいていく度合を判断する。そして、コントローラ13は、固相線接近度合判断部31での判断結果に基づき、所定の閾値よりも固相線SL1に近づいた状態となったときには、ワーク100の加熱温度を固相線SL1で規定される固相線温度に沿って低下させるように制御する。この制御が行われる場合は、ワーク100の加熱温度は、例えば、
図3において破線の矢印CLで示される経過を辿るようにして、固相線SL1で規定される固相線温度に沿って低下するように変更される。
【0042】
加熱装置11での加熱処理が終了すると、上下駆動部24は下方に変位し、ワーク100が搬送トレイ101上に載置される。ワーク100が搬送トレイ101に載置されると、搬送機構23によって搬送トレイ101が冷却装置12へと搬送される。加熱装置11と冷却装置12との間の仕切り壁32には、連通路32aが設けられており、連通路32aは、扉32bによって開閉されるように構成されている。ワーク100は、搬送トレイ101に載せられた状態で搬送機構23によって搬送されて、連通路32aから冷却装置12へと搬入される。
【0043】
図1を参照して、冷却装置12には、冷却室33、搬送機構34、冷媒通路ユニット35、等が設けられている。
【0044】
冷却室33は、加熱装置11で加熱されたワーク100が搬入されてワーク100の冷却処理が行われる処理室として構成されている。冷却室33内で行われる冷却処理としては、例えば、焼入れ処理が挙げられる。冷却室33には、冷却処理が終了したワーク100が搬送トレイ101に載せられた状態で搬出される搬出口33aが設けられており、搬出口33aは、扉33bによって開閉されるように構成されている。また、冷却室33には、後述する冷媒通路ユニット35から流出した冷媒を外部へと排出する排出口33cが設けられている。
【0045】
搬送機構34は、ベルトコンベヤ式の搬送機構であり、搬送トレイ101を冷却室33内で搬送する機構として設けられている。搬送機構34は、加熱装置11の搬送機構23と同様に設けられている。ワーク100が載せられた搬送トレイ101が連通路32aから冷却室33内に搬入されると、搬送トレイ101は、搬送機構34によって、左右方向X2に沿って冷却室33内を搬送される。
【0046】
冷媒通路ユニット35は、冷却室33の外部の冷媒供給源(図示省略)から供給される冷媒を冷却室33内に取り込み、取り込んだ冷媒にワーク100を浸漬させてワーク100を冷却するために設けられている。なお、冷媒通路ユニット35において取り込まれる冷媒としては、液状冷媒としてのポリマー水溶液、冷却水、焼入れ用油、等が用いられる。冷媒通路ユニット35は、円筒形状に形成された下側冷媒通路36と上側冷媒通路37とを備えている。
【0047】
下側冷媒通路36は、冷媒を冷却室33の外部から冷却室33内に取り込む配管として設けられている。下側冷媒通路36には、外部からの冷媒が流入する通路入口36aが設けられている。下側冷媒通路36は、通路入口36aから流入した冷媒を上方に向かって流動させるように構成されている。また、下側冷媒通路36は、上端が開放されている。下側冷媒通路36の上端の開口は、搬送機構34によって搬送された搬送トレイ101が下側冷媒通路36の上方に配置された状態で、搬送トレイ101の貫通孔と対向するように設けられている。
【0048】
上側冷媒通路37は、上端及び下端が開口した円筒状の配管として設けられている。上側冷媒通路37は、下側冷媒通路36の上方に配置されており、図示が省略された上下駆動部によって駆動され、上下に変位するように設けられている。
図1では、上側冷媒通路37が上方に配置された状態が示されており、
図2(B)では、上側冷媒通路37が上下駆動部(図示省略)によって駆動されて下方に変位した状態が示されている。搬送トレイ101が上側冷媒通路37の上方に配置された状態で、上側冷媒通路37が下方に変位することで、下側冷媒通路36と搬送トレイ101の貫通孔と上側冷媒通路37とが上下方向X1に並んで重ね合わされる。これにより、下側冷媒通路36から搬送トレイ101の貫通孔を経て上側冷媒通路37へと冷媒が流動する通路が形成される。
【0049】
加熱装置11でのワーク100の加熱処理が終了し、冷却装置12でのワーク100の冷却処理が行われる際には、ワーク100が載せられた搬送トレイ101が下側冷媒通路36の上方まで搬送される。ワーク100を載せた搬送トレイ101が下側冷媒通路36の上方に配置されると、上側冷媒通路37が下方に変位する。これにより、下側冷媒通路36と搬送トレイ101と上側冷媒通路37とで形成された冷媒の通路内にワーク100が配置された状態となる。この状態で、下側冷媒通路36へと冷媒が供給される。下側冷媒通路36に供給された冷媒は、下側冷媒通路36と搬送トレイ101と上側冷媒通路37とで形成された冷媒の通路を満たしながら上方に流動して、上側冷媒通路37の上端から流出する。このため、下側冷媒通路36と搬送トレイ101と上側冷媒通路37とで形成された冷媒の通路内でワーク100が冷媒に浸漬された状態となり、ワーク100の冷却処理が行われる。なお、冷却室33内で上側冷媒通路37から流出した冷媒は、排出口33cから冷却室33の外部へと排出される。
【0050】
冷却装置12での冷却処理が終了すると、下側冷媒通路36への冷媒の供給が停止され、上側冷媒通路37が上方に変位するように駆動される。次いで、ワーク100を載せた搬送トレイ101は、搬送機構34によって搬送され、搬出口33aから冷却室33の外部へと搬出される。
【0051】
[浸炭焼結体の製造方法]
次に、本発明の実施形態に係る浸炭焼結体の製造方法について説明する。
図4は、本発明の実施形態に係る浸炭焼結体の製造方法の一例を説明するためのフローチャートである。本発明の実施形態に係る浸炭焼結体の製造方法(以下、単に、「本実施形態の浸炭焼結体製造方法」とも称する)は、浸炭処理が施された焼結体である浸炭焼結体を製造するための方法である。本実施形態の浸炭焼結体製造方法は、鉄合金粉末を加圧成形して得られた成形体を1回の加熱工程で加熱して焼結処理及び浸炭処理を施すことで、浸炭焼結体を製造する方法として構成される。
【0052】
図4を参照して、本実施形態の浸炭焼結体製造方法は、粉末原料混合工程S1と、成形工程S2と、脱脂工程S3と、加熱工程S4と、焼入れ工程S5と、焼戻し工程S6と、を備えて構成されている。本実施形態の浸炭焼結体製造方法では、各工程S1~S6が実施されることで、浸炭焼結体が製造される。なお、上記工程S1~S6のうち脱脂工程S3、焼入れ工程S5、及び/または焼戻し工程S6を含まずに浸炭焼結体の製造方法を実施することもできる。
【0053】
(粉末原料混合工程)
粉末原料混合工程S1は、粉末状の原料を混合して浸炭焼結体の原料粉末である鉄合金粉末を準備する工程として構成される。原料粉末としての鉄合金粉末は、全体を100%としたときに、鉄(Fe)以外の成分として、例えば、0.1~3%のモリブデン(Mo)と0.3~5%のクロム(Cr)とを含んで構成されてもよい。原料粉末としての鉄合金粉末にMoおよびCrが含まれることで、浸炭焼結体の焼入れ性を向上させることができる。また、原料粉末としての鉄合金粉末は、Mo及びCrの他、V、Co、Nb、W等を含んで構成されてもよい。また、原料粉末としての鉄合金粉末は、全体を100%としたときに、0.1~0.4%の炭素(C)を含んで構成されてもよい。原料粉末としての鉄合金粉末に過多とならない範囲で炭素が含まれることで、成形性及び浸炭性を確保しつつ浸炭焼結体の強度の向上を図ることができる。また、粉末原料混合工程S1では、成形工程S2での成形体の成形性の向上のため、原料粉末としての鉄合金粉末に潤滑剤を混合してもよい。
【0054】
(成形工程)
成形工程S2は、原料粉末である鉄合金粉末を加圧成形して成形体を得る工程として構成される。成形工程S2では、製品の形状に対応した型に鉄合金粉末が充填され、所望される成形体の密度となるように所定の成形圧力が付与され、型に対応した形状の成形体が形成される。なお、粉末原料混合工程S1において、原料粉末としての鉄合金粉末に潤滑剤を混合している場合は、成形工程S2では、より高圧での成形が可能となり、より高密度の成形体を得ることができる。
【0055】
(脱脂工程)
脱脂工程S3は、成形工程S2で得られた成形体を加熱し、成形体中の油脂成分を気化させて除去する工程として構成される。油脂成分は、成形性の向上のために原料粉末に混合した潤滑材として成形体に含まれており、脱脂工程S3において、成形体中の潤滑剤が成形体から除去される。脱脂工程S3では、例えば、300~600℃の範囲の温度で成形体が加熱され、油脂成分が気化して成形体から除去される。
【0056】
(加熱工程)
加熱工程S4は、脱脂工程S3が終了した成形体を共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲で加熱することにより、成形体の焼結及び浸炭を行う工程として構成される。加熱工程S4は、例えば、前述した製造装置1を用いて実施される。より具体的には、製造装置1において、コントローラ13の制御に基づいて加熱装置11が作動することで、加熱工程S4が実施される。
【0057】
図3の鉄-炭素系平衡状態図を参照して、加熱工程S4においては、共晶温度である1150℃以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲(
図3においてドットのハッチングを付した領域)で成形体の加熱が行われる。
図3の鉄-炭素系平衡状態図において、固相線温度は、固相線SL1、固相線SL2、及び固相線SL3の3つの固相線によって規定される温度として構成される。加熱工程S4においては、鉄合金粉末を加圧成形した成形体を共晶温度以上で固相線温度未満の高温で加熱することで、成形体の焼結処理を行うことができる。
【0058】
また、加熱工程S4においては、鉄合金粉末を加圧成形した成形体を共晶温度以上で固相線温度未満の高温で加熱する加熱装置として、例えば、加熱コイル22によって成形体に対して誘導加熱による加熱処理を施す加熱装置11が用いられる。この場合、誘導加熱による加熱処理を行うことができ、成形体を急速に高温で加熱することができる。なお、加熱工程S4では、誘導加熱以外による加熱処理が行われてもよい。例えば、ヒータからの輻射熱によって成形体が加熱される加熱処理が行われてもよい。また、雰囲気ガスが加熱されることによって成形体が加熱される加熱処理が行われてもよい。
【0059】
また、加熱工程S4においては、加熱工程S4中の少なくとも一部の期間において浸炭雰囲気中で成形体の加熱が行われる。即ち、加熱工程S4においては、加熱工程S4中の全部の期間において、又は、加熱工程S4中の一部の期間において、浸炭雰囲気中で成形体の加熱が行われる。
【0060】
加熱工程S4が製造装置1の加熱装置11を用いて実施される場合、加熱工程S4における浸炭雰囲気中で成形体の加熱が行われる期間においては、成形体の加熱が行われる加熱室21に対して、不活性ガスと炭化水素系ガスとが雰囲気ガスとして供給される。加熱室21に対して不活性ガスと炭化水素系ガスとが雰囲気ガスとして供給されることで加熱室21内が浸炭雰囲気となり、浸炭雰囲気中で成形体が加熱されることで、成形体の浸炭処理が行われる。なお、不活性ガスとしては、例えば、窒素ガス(N2ガス)が用いられる。炭化水素系ガスとしては、例えば、メタンガス(CH4ガス)或いはアセチレンガス(C2H2ガス)が用いられる。
【0061】
加熱工程S4中の全部の期間において浸炭雰囲気中で成形体の加熱が行われる場合は、加熱工程S4の全期間に亘って、窒素ガス等の不活性ガスとメタンガス等の炭化水素系ガスとが混合された状態のガスが雰囲気ガスとして供給される。この場合、加熱工程S4の全期間に亘って浸炭雰囲気中で成形体が加熱され、成形体の焼結処理と浸炭処理とが同時に行われる。
【0062】
加熱工程S4中の一部の期間において浸炭雰囲気中で成形体の加熱が行われる場合は、加熱工程S4の開始後と、加熱工程S4の途中以降とで、異なる雰囲気ガスでの雰囲気中で成形体の加熱が行われる。この場合、加熱工程S4において、加熱工程S4の開始後は第1の雰囲気ガスでの雰囲気中で成形体が加熱され、加熱工程S4の途中以降は第1の雰囲気ガスとは異なる第2の雰囲気ガスでの雰囲気中で成形体が加熱される。第1の雰囲気ガスとしては、例えば、窒素ガス等の不活性ガスが加熱室21内に供給される。そして、第1の雰囲気ガスとして不活性ガスが加熱室21内に供給された場合は、第1の雰囲気ガスとは異なる第2の雰囲気ガスとして、窒素ガス等の不活性ガスとメタンガス等の炭化水素系ガスとが加熱室21内に供給される。即ち、第2の雰囲気ガスとして、不活性ガスと炭化水素系ガスとが混合された状態のガスが加熱室21内に供給される。
【0063】
第1の雰囲気ガスが窒素ガス等の不活性ガスの場合、加熱工程S4の開始後は不活性ガスの雰囲気中で成形体が加熱され、成形体の焼結処理が行われる。そして、加熱工程S4の途中以降は不活性ガスと炭化水素系ガスとが混合された状態のガスとしての第2の雰囲気ガスでの浸炭雰囲気中で成形体が加熱され、成形体の浸炭処理が行われる。
【0064】
なお、第1の雰囲気ガスとして、窒素ガス等の不活性ガスとメタンガス等の炭化水素系ガスとが加熱室21内に供給されてもよい。第1の雰囲気ガスとして不活性ガスと炭化水素系ガスとが混合された状態のガスが加熱室21内に供給された場合は、第1の雰囲気ガスとは異なる第2の雰囲気ガスとして、窒素ガス等の不活性ガスが加熱室21内に供給される。第1の雰囲気ガスが不活性ガス及び炭化水素系ガスが混合された状態のガスの場合、加熱工程S4の開始後は第1の雰囲気ガスでの浸炭雰囲気中で成形体が加熱され、成形体の浸炭処理が行われる。そして、加熱工程S4の途中以降は不活性ガスとしての第2の雰囲気ガスでの雰囲気中で成形体が加熱され、成形体の焼結処理が行われる。
【0065】
また、加熱工程S4においては、一定の加熱温度で成形体を加熱して成形体の焼結及び浸炭を行ってもよく、加熱工程S4の途中で加熱温度を変更して成形体の焼結及び浸炭を行ってもよい。即ち、加熱工程S4においては、共晶温度である1150℃以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲において、一定の加熱温度で成形体の加熱を行ってもよく、或いは、加熱工程S4の途中で加熱温度を変更して成形体の加熱を行ってもよい。
【0066】
加熱工程S4の途中で成形体の加熱温度を変更する場合は、加熱工程S4の開始後は第1の温度にて成形体を加熱し、加熱工程S4の途中以降は第1の温度は異なる第2の温度にて成形体の加熱が行われる。第1の温度と第2の温度とは、浸炭焼結体としての製品において求められる機械的強度及び表面硬さの仕様に応じた精密な焼結処理と浸炭処理とをできるように、それぞれ設定される。即ち、求められる機械的強度の仕様に応じた焼結処理をできるように第1の温度及び第2の温度の一方が設定され、求められる表面硬さの仕様に応じた浸炭処理をできるように第1の温度及び第2の温度の他方が設定される。
【0067】
なお、加熱工程S4において成形体が加熱される加熱時間については、浸炭焼結体としての製品において求められる機械的強度及び表面硬さが得られる焼結時間及び浸炭時間が確保されるように設定される。加熱工程S4において一定の加熱温度で成形体の加熱が行われる場合は、求められる機械的強度及び表面硬さが得られるように、加熱工程S4の全部の期間に亘る加熱時間が設定される。加熱工程S4において第1の温度から第2の温度に加熱温度を変更して成形体の加熱が行われる場合は、求められる機械的強度及び表面硬さが得られるように、第1の温度での加熱時間と第2の温度での加熱時間とがそれぞれ設定される。
【0068】
また、加熱工程S4においては、浸炭雰囲気中で成形体が加熱されて成形体の浸炭が行われる際に、成形体の表面の炭素濃度の上昇に伴って、成形体の加熱温度を固相線温度に沿って低下させるように変更してもよい。この場合、炭素濃度推定部30と固相線接近度合判断部31とを備えて構成されるコントローラ13の制御に基づいて、加熱装置11が作動し、加熱工程S4が実施される。
【0069】
加熱工程S4において、成形体の加熱温度を固相線温度に沿って低下させるように変更する場合は、コントローラ13の炭素濃度推定部30は、ガス濃度検出部28から受信する炭化水素系ガスの濃度の検出値と、温度検出部29から受信する成形体の温度の検出値と、浸炭雰囲気中での成形体の加熱時間とに基づいて、成形体の表面での炭素濃度を推定する。固相線接近度合判断部31は、推定される炭素濃度の値に基づいて、鉄-炭素系平衡状態図で規定される固相線SL1に近づいていく度合を判断する。そして、コントローラ13は、固相線接近度合判断部31での判断結果に基づき、固相線SL1に近づいた状態となったときには、成形体の加熱温度を固相線SL1で規定される固相線温度に沿って低下させるように制御する。この制御が行われる場合は、成形体の加熱温度は、例えば、
図3において破線の矢印CLで示される経過を辿るようにして、固相線SL1で規定される固相線温度に沿って低下するように変更される。
【0070】
なお、加熱工程S4において、成形体の加熱温度を固相線温度に沿って低下させるように変更する制御は、ある温度で浸炭が行われ浸炭が進むことで成形体の表面の炭素濃度が鉄-炭素系平衡状態図において高濃度の領域へと変化している状態であれば適用できる。第1の温度にて成形体を加熱して成形体の焼結が行われ、第2の温度にて成形体を加熱して成形体の浸炭が行われる際に、成形体の表面の炭素濃度の上昇に伴って、第2の温度を固相線温度に沿って低下させるように変更してもよい。また、第1の温度で焼結して第2温度で浸炭する場合の第2温度において適用する形態に限らず、1つの温度で焼結と浸炭とを同時に行う場合においても適用することができる。
【0071】
(焼入れ工程)
焼入れ工程S5においては、加熱工程S4において成形体が加熱されることで形成された浸炭焼結体を冷却することにより、浸炭焼結体の焼入れが行われる。焼入れ工程S5は、例えば、前述した製造装置1を用いて実施される。より具体的には、製造装置1において、冷却装置12が作動することで、焼入れ工程S5が実施される。
【0072】
加熱工程S4にて成形体の加熱処理が行われることで浸炭焼結体が得られると、浸炭焼結体は、まず、焼入れ工程S5が開始される温度(焼入れが開始される温度)である焼入れ温度になるまで、自然冷却により空冷される。なお、焼入れ温度は、変態点以上の温度において、浸炭焼結体としての製品において求められる機械的強度及び表面硬さが得られるように適宜設定される。そして、浸炭焼結体の温度が、焼入れ温度まで低下すると、浸炭焼結体の温度が所定の時間に亘ってその焼入れ温度に保たれるように浸炭焼結体の加熱が行われ、浸炭焼結体の均熱が行われる。
【0073】
浸炭焼結体の均熱化が図られると、焼入れ工程S5が行われる。焼入れ工程S5においては、焼入れ温度で均熱化された浸炭焼結体が冷却装置12で冷却されることで、浸炭焼結体の焼入れが行われる。冷却装置12では、冷媒通路ユニット35と搬送トレイ101とで構成された冷媒の通路内で流動する冷媒に浸炭焼結体が浸漬された状態で浸炭焼結体が冷却され、浸炭焼結体の焼入れが行われる。焼入れ工程S5は、浸炭焼結体が所定の冷却完了温度に到達するまで継続される。浸炭焼結体が冷却完了温度に達すると、焼入れ工程S5が終了する。
【0074】
(焼戻し工程)
焼戻し工程S6においては、焼入れ工程S5が終了した後、浸炭焼結体を所定の焼戻し温度まで加熱してその焼戻し温度で保持される。焼戻し工程S6は、浸炭焼結体の焼入れ硬さの調整と靭性の向上とを図るために行われる。なお、焼戻し温度は、浸炭焼結体において求められる硬さ及び靭性の水準に応じて適宜設定される。なお、浸炭焼結体の製造方法においては、焼戻し工程S6にかえて焼なまし工程或いは焼ならし工程が実施されてもよい。浸炭焼結体において、内部応力の除去、組織の軟化、及び切削性の向上が求められる場合には、焼なまし工程が行われる。また、浸炭焼結体において、組織の結晶粒を整粒化して機械的性質の改善及び切削性の向上が求められる場合には、焼ならし工程が行われる。
【0075】
(加熱工程のヒートパターン例)
ここで、本実施形態の浸炭焼結体製造方法の加熱工程S4のヒートパターンの形態の例について第1~第5の例を挙げて説明する。
図5(A)は、加熱工程S4のヒートパターンの第1の例を示す図であり、
図5(B)は、加熱工程S4のヒートパターンの第2の例を示す図である。
図6(A)は、加熱工程S4のヒートパターンの第3の例を示す図であり、
図6(B)は、加熱工程S4のヒートパターンの第4の例を示す図である。
図7は、加熱工程S4のヒートパターンの第5の例を示す図である。なお、各図の縦軸パラメータである温度とは、ワーク100の温度を示している。
【0076】
第1~第5の例のいずれにおいても、加熱工程S4が開始される前に、まず、室温から加熱工程S4における成形体の加熱温度に達するまで、成形体が加熱されて昇温される。なお、ここで、室温とは、製造装置1を用いて加熱工程S4が実施される屋内の温度であり、外部系から加熱も冷却も行われていない状態のことを指している。成形体が室温から加熱工程S4での加熱温度に達するまで昇温されると、加熱工程S4が行われる。加熱工程S4においては、第1~第5の例の各ヒートパターンにて成形体が加熱される。加熱工程S4での加熱処理が終了すると、加熱工程S4で成形体に加熱処理が施されたことで得られた浸炭焼結体が空冷される。そして、空冷された浸炭焼結体は、焼入れ温度である850℃に達すると、1分に亘って均熱される。そして、浸炭焼結体が850℃で1分間均熱された後、焼入れ工程S5が行われ、浸炭焼結体の焼入れが行われる。なお、焼入れ温度の850℃は、例示であり、焼入れ工程S5での焼入れ温度は、これに限定されない。以下、加熱工程S4のヒートパターンの第1~第5の例について説明する。
【0077】
まず、
図5(A)に示すヒートパターンの第1の例について説明する。加熱工程S4における成形体を加熱する温度である所定の温度Tに達すると、加熱工程S4が開始される。ヒートパターンの第1の例では、加熱工程S4の全部の期間に亘って、一定の温度Tで成形体が加熱される。温度Tは、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度に設定される。そして、加熱工程S4の開始後は、加熱室21内には、第1の雰囲気ガスとしてN
2ガス(不活性ガス)のみが供給され、加熱室21内の雰囲気は、N
2ガスの雰囲気に設定される。加熱工程S4の開始後のN
2ガスでの雰囲気での加熱は、例えば、4分間に亘って行われる。この間、成形体は、N
2ガスの雰囲気にて加熱され、成形体の焼結処理が行われる。
【0078】
N2ガスの雰囲気での加熱時間(4分間)が経過すると、加熱室21内には、第2の雰囲気ガスとしてN2ガス(不活性ガス)とCH4ガス(炭化水素系ガス)とが供給される。これにより、加熱室21内の雰囲気は、N2ガスとCH4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気に設定される。N2ガスとCH4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気での加熱は、例えば、3.5分間に亘って行われる。この間、成形体は、浸炭雰囲気にて加熱され、成形体の浸炭処理が行われる。一定の温度Tにて7.5分間に亘って成形体を加熱する加熱工程S4が終了すると、成形体の焼結処理と浸炭処理とが完了し、浸炭焼結体が得られる。加熱工程S4が終了すると、浸炭焼結体は空冷され、次いで浸炭焼結体に対して焼入れ工程S5が行われる。
【0079】
次に、
図5(B)に示すヒートパターンの第2の例について説明する。加熱工程S4で成形体を加熱する温度である所定の温度Tに達すると、加熱工程S4が開始される。ヒートパターンの第2の例では、加熱工程S4の全部の期間に亘って、一定の温度Tで成形体が加熱される。温度Tは、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度に設定される。そして、加熱工程S4の開始後は、加熱室21内には、N
2ガス(不活性ガス)とCH
4ガス(炭化水素系ガス)とが供給される。これにより、加熱室21内の雰囲気は、N
2ガスとCH
4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気に設定される。浸炭雰囲気での加熱は、例えば、7.5分間に亘って行われる。この間、成形体は、浸炭雰囲気にて加熱され、成形体の焼結処理と浸炭処理とが同時に行われる。一定の温度Tにて7.5分間に亘って浸炭雰囲気中で成形体を加熱する加熱工程S4が終了すると、成形体の焼結処理及び浸炭処理が完了し、浸炭焼結体が得られる。加熱工程S4が終了すると、浸炭焼結体は空冷され、次いで浸炭焼結体に対して焼入れ工程S5が行われる。
【0080】
次に、
図6(A)に示すヒートパターンの第3の例について説明する。ヒートパターンの第3の例では、成形体が加熱工程S4の開始時の温度としての第1の温度である所定の温度T1まで加熱され、加熱工程S4が開始される。ヒートパターンの第3の例では、加熱工程S4の開始後は、まず、一定の温度T1で成形体が加熱される。温度T1は、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度に設定され、例えば、1350℃に設定される。加熱工程S4の開始後の温度T1での加熱時には、加熱室21内には、第1の雰囲気ガスとしてN
2ガス(不活性ガス)のみが供給され、加熱室21内の雰囲気は、N
2ガスの雰囲気に設定される。加熱工程S4の開始後の温度T1での加熱であってN
2ガスの雰囲気での加熱は、例えば、4分間に亘って行われる。この間は、成形体の焼結処理が行われる。
【0081】
温度T1でN2ガスの雰囲気での加熱時間(4分間)が経過すると、成形体の加熱温度が温度T1から温度T1よりも低い温度としての温度T2へと変更される。具体的には、温度検出部29で検出される成形体の温度が温度T2となるように加熱コイル22の作動がコントローラ13によって制御される。温度T2は、第1の温度である温度T1とは異なる第2の温度であり、温度T1よりも低い温度として設定される。温度T2は、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度であり、例えば、1200℃に設定される。成形体の加熱温度が温度T2へと変更されると、その後は、成形体の加熱温度は温度T2に維持される。また、成形体の加熱温度が温度T2へと変更されると、加熱室21内には、第2の雰囲気ガスとしてN2ガス(不活性ガス)とCH4ガス(炭化水素系ガス)とが供給される。これにより、加熱室21内の雰囲気は、N2ガスとCH4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気に設定される。温度T2での加熱であってN2ガスとCH4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気での加熱は、例えば、3.5分間に亘って行われる。この間、成形体は、浸炭雰囲気にて加熱され、成形体の浸炭処理が行われる。温度T2にて3.5分間に亘って成形体が加熱されると、加熱工程S4が終了する。加熱工程S4が終了すると、成形体の焼結処理と浸炭処理とが完了し、浸炭焼結体が得られる。その後、浸炭焼結体は空冷され、次いで浸炭焼結体に対して焼入れ工程S5が行われる。
【0082】
次に、
図6(B)に示すヒートパターンの第4の例について説明する。ヒートパターンの第4の例では、成形体が加熱工程S4の開始時の温度としての第1の温度である所定の温度T1まで加熱され、加熱工程S4が開始される。ヒートパターンの第4の例では、加熱工程S4の開始後は、まず、一定の温度T1で成形体が加熱される。温度T1は、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度に設定され、例えば、1150℃に設定される。加熱工程S4の開始後の温度T1での加熱時には、加熱室21内には、第1の雰囲気ガスとしてN
2ガス(不活性ガス)のみが供給され、加熱室21内の雰囲気は、N
2ガスの雰囲気に設定される。加熱工程S4の開始後の温度T1での加熱であってN
2ガスの雰囲気での加熱は、例えば、4分間に亘って行われる。この間は、成形体の焼結処理が行われる。
【0083】
温度T1でN2ガスの雰囲気での加熱時間(4分間)が経過すると、成形体の加熱温度が温度T1から温度T1よりも高い温度としての温度T2へと変更される。温度T2は、第1の温度である温度T1とは異なる第2の温度であり、温度T1よりも高い温度として設定される。温度T2は、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度であり、例えば、1200℃に設定される。成形体の加熱温度が温度T2へと変更されると、その後は、成形体の加熱温度は温度T2に維持される。また、成形体の加熱温度が温度T2へと変更されると、加熱室21内には、第2の雰囲気ガスとしてN2ガス(不活性ガス)とCH4ガス(炭化水素系ガス)とが供給される。これにより、加熱室21内の雰囲気は、N2ガスとCH4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気に設定される。温度T2での加熱であってN2ガスとCH4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気での加熱は、例えば、3.5分間に亘って行われる。この間、成形体は、浸炭雰囲気にて加熱され、成形体の浸炭処理が行われる。温度T2にて3.5分間に亘って成形体が加熱されると、加熱工程S4が終了する。加熱工程S4が終了すると、成形体の焼結処理と浸炭処理とが完了し、浸炭焼結体が得られる。その後、浸炭焼結体は空冷され、次いで浸炭焼結体に対して焼入れ工程S5が行われる。
【0084】
次に、
図7に示すヒートパターンの第5の例について説明する。ヒートパターンの第5の例では、成形体が加熱工程S4の開始時の温度としての第1の温度である所定の温度T1まで加熱され、加熱工程S4が開始される。ヒートパターンの第5の例では、加熱工程S4の開始後は、まず、一定の温度T1で成形体が加熱される。温度T1は、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度に設定され、例えば、1150℃に設定される。加熱工程S4の開始後の温度T1での加熱時には、加熱室21内には、第1の雰囲気ガスとしてN
2ガス(不活性ガス)のみが供給され、加熱室21内の雰囲気は、N
2ガスの雰囲気に設定される。加熱工程S4の開始後の温度T1での加熱であってN
2ガスの雰囲気での加熱中は、成形体の焼結処理が行われる。
【0085】
温度T1でN2ガスの雰囲気での加熱が所定の時間に亘って行われると、成形体の加熱温度が温度T1から温度T1よりも高い温度としての温度T2へと変更される。温度T2は、第1の温度である温度T1とは異なる第2の温度であり、温度T1よりも高い温度として設定される。温度T2は、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度であり、成形体の加熱温度を温度T2へ変更した直後は、例えば、温度T2は、1200℃に設定される。成形体の加熱温度が温度T2へと変更されると、加熱室21内には、第2の雰囲気ガスとしてN2ガス(不活性ガス)とCH4ガス(炭化水素系ガス)とが供給される。これにより、加熱室21内の雰囲気は、N2ガスとCH4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気に設定される。温度T2での加熱であってN2ガスとCH4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気での加熱中は、成形体の浸炭処理が行われる。また、浸炭雰囲気であって温度T2での加熱時には、炭素濃度推定部30と固相線接近度合判断部31とを備えるコントローラ13の制御に基づいて、成形体の表面の炭素濃度の上昇に伴い、成形体の加熱温度である温度T2が固相線温度に沿って低下するように変更される。温度T2で浸炭雰囲気での加熱が所定の時間に亘って行われると、加熱工程S4が終了する。加熱工程S4が終了すると、成形体の焼結処理と浸炭処理とが完了し、浸炭焼結体が得られる。その後、浸炭焼結体は空冷され、次いで浸炭焼結体に対して焼入れ工程S5が行われる。
【0086】
[本実施形態の作用効果]
以上説明したように、本実施形態によると、加熱工程S4においては、鉄合金粉末を加圧成形した成形体を共晶温度以上で固相線温度未満の高温で加熱することで、成形体の焼結処理を行うことができる。なお、通常、焼結処理は、1050℃以上で行われることが多いが、本実施形態によると、共晶温度である1150℃以上で加熱されるため、短時間で焼結処理を行うことができる。また、本実施形態によると、加熱工程S4中の少なくとも一部の期間においては、共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲の浸炭雰囲気中で成形体を加熱することで、成形体の浸炭処理を行うことができる。そして、加熱工程S4中に行われる浸炭処理においては、共晶温度未満で成形体が加熱されることがない。これにより、成形体の表面の炭素濃度が鉄-炭素系平衡状態図におけるAcm線にすぐに到達してセメンタイト(Fe3C)が析出して炭素拡散が律速してしまうことを防止でき、浸炭の進展が阻害されてしまうことを防止できる。更に、加熱工程S4中に行われる浸炭処理においては、共晶温度以上で固相線温度未満の高温で成形体が加熱されるため、成形体の表面から内部への炭素拡散を促進し、浸炭を進展させることができる。よって、本実施形態によると、焼結処理と浸炭処理とを1回の加熱工程で行って浸炭焼結体を製造することができる。更に、本実施形態によると、浸炭焼結体の製造において、原料である鉄合金粉末に添加物を混ぜる必要がなく、添加物のコストの低減と製造時間の短縮とを図ることができる。
【0087】
また、本実施形態によると、オーステナイト単相領域、オーステナイト相及びδフェライト相の共存領域、及び、δフェライト単相領域のいずれにおいても焼結処理及び浸炭処理を行うことができる。
【0088】
また、本実施形態によると、浸炭焼結体としての製品において求められる機械的強度及び表面硬さの仕様に応じた精密な焼結処理と浸炭処理とをできるように、加熱工程S4において、第1の温度と第2の温度とをそれぞれ設定することができる。即ち、求められる機械的強度の仕様に応じた焼結処理をできるように第1の温度及び第2の温度の一方を設定でき、求められる表面硬さの仕様に応じた浸炭処理をできるように第1の温度及び第2の温度の他方を設定できる。
【0089】
また、本実施形態によると、加熱工程S4中の浸炭処理においては、成形体の表面の炭素濃度の上昇に伴って、成形体の加熱温度が固相線温度に沿って低下するように変更される。このため、固相線温度に近づくまで、極力、高温で浸炭処理を行うことができる。これにより、浸炭処理に要する時間を短くでき、浸炭焼結体の製造に要する時間を短縮することができる。
【0090】
また、本実施形態によると、加熱工程S4の途中において、雰囲気ガスを第1の雰囲気ガスから第2の雰囲気ガスへと変更することで、加熱温度のパラメータとは別に浸炭処理の時間をコントロールすることができる。
【実施例0091】
次に、本実施形態の製造装置1を用いて、本実施形態の浸炭焼結体の製造方法を実施し、浸炭焼結体を製造した実施例について説明する。浸炭焼結体の製造方法の実施例においては、原料の鉄合金系粉末としては、鉄以外の組成として1.5%のモリブデン(Mo)と0.25%の炭素(C)とを含んだ鉄合金粉末(ヘガネス社製Astaloy Mo+0.25%C)を用いた。また、浸炭焼結体の製造方法の実施例では、浸炭焼結体の歯車の製造を実施した。
【0092】
図8は、本実施形態の浸炭焼結体の製造方法を実施した実施例での加熱工程S4のヒートパターンについて説明するための図である。浸炭焼結体の製造方法の実施例では、まず、室温から加熱工程S4の開始時の温度としての第1の温度である温度T1まで成形体を加熱して加熱工程S4を開始した。なお、成形体を温度T1まで加熱する途中において、1分間に亘って1050℃で均熱する予熱工程を設定した。加熱工程S4の開始後は、加熱室21内の雰囲気を第1の雰囲気ガスとしてのN
2ガスでの雰囲気に設定するとともに、第1の温度である温度T1でt1分間に亘って成形体を加熱した。これにより、成形体の焼結処理を行った。そして、加熱工程S4開始後t1分経過すると、加熱室21内の雰囲気を第2の雰囲気ガスとしてのN
2ガスとCH
4ガスとが混合された状態のガスでの浸炭雰囲気に設定するとともに、成形体の加熱温度を温度T1から第2の温度である温度T2へと変更し、3.5分間に亘って加熱した。これにより、成形体の浸炭処理を行った。浸炭雰囲気中で温度T2で3.5分間に亘って成形体を加熱することで加熱工程S4が終了すると、加熱工程S4で得られた浸炭焼結体を途中905°での均熱区間を経て焼入れ温度である850℃まで空冷し、その後、焼入れ工程S5を行った。焼入れ工程S5の終了後は、200℃にて60分間に亘って焼き戻し工程S6を行った。
【0093】
浸炭焼結体の製造方法の実施例としては、上記の加熱工程S4の条件を変更した実施例1と実施例2とを実施した。実施例1では、第1の温度である温度T1を1300℃とし、温度T1での加熱時間t1分を2分とした。実施例2では、第1の温度である温度T1を1250℃とし、温度T1での加熱時間t1分を4分とした。なお、実施例1及び実施例2のいずれにおいても、第2の温度である温度T2は1200℃とした。また、比較のために、焼結工程と浸炭工程とを別々の加熱工程にて実施する従来の浸炭焼結体の製造方法によって、比較例に係る浸炭焼結体の製造も実施した。
【0094】
また、浸炭焼結体の製造方法の実施例の評価のため、実施例1及び実施例2のそれぞれにおいて製造した浸炭焼結体の断面について顕微鏡にて観察を行った。
図9は、製造した浸炭焼結体の断面を示す顕微鏡写真である。顕微鏡での観察は、歯車としての浸炭焼結体の歯面と歯底とについて行った。なお、歯面は、相手側の歯車と噛み合う歯の輪郭の面であり、歯底は、隣り合う歯の間の溝の底の部分である。
図9(A)は、実施例1で製造した歯車の歯面の断面の顕微鏡写真であり、
図9(B)は、実施例2で製造した歯車の歯面の断面の顕微鏡写真である。
図9(C)は、実施例1で製造した歯車の歯底の断面の顕微鏡写真であり、
図9(D)は、実施例2で製造した歯車の歯底の断面の顕微鏡写真である。
【0095】
また、浸炭焼結体の製造方法の実施例の評価のため、実施例1と実施例2と比較例とについて、製造した浸炭焼結体の表面部分の硬さの測定も行った。
図10は、製造した浸炭焼結体の表面近傍における硬さ分布図である。なお、硬さ分布については、切断した試料の表面側から順次、試験荷重0.05kgfとした微小硬さ(マイクロビッカース)を測定することにより求めた。また、硬さ分布の測定は、歯車としての浸炭焼結体の歯面と歯底とについて行った。
図10(A)は、実施例1、実施例2、及び比較例についての歯面の表面部分の硬さ分布図である。
図10(B)は、実施例1、実施例2、及び比較例についての歯底の表面部分の硬さ分布図である。
【0096】
顕微鏡観察の結果、
図9の顕微鏡写真から分かるように、実施例1及び実施例2のいずれにおいても、焼結により形成された組織構造が全体的にむらなく形成されており、何ら問題なく焼結体が製造できていることが確認できた。
【0097】
浸炭焼結体の表面部分の硬さについては、微小硬さ(マイクロビッカース)が550HV以上である有効硬化層深さが0.5mm以上であることが求められる製品について実施した。
図10(A)に示す歯面の表面部分の硬さ分布によると、微小硬さが550HV以上である有効効果層深さは、実施例1で0.52mmであり、実施例2では、0.53mmであった。また、
図10(B)に示す歯底の表面部分の硬さ分布によると、微小硬さが550HV以上である有効効果層深さは、実施例1で0.67mmであり、実施例2では、0.68mmであった。このため、実施例1及び実施例2のいずれの歯面及び歯底においても、有効硬化層深さが0.5mm以上であることが確認できた。更に、焼結工程と浸炭工程とを別々の加熱工程にて実施する従来の浸炭焼結体の製造方法で製造した比較例と比較しても、同等の有効硬化層深さを確保できていることが確認できた。また、従来の特許文献1に開示された浸炭焼結体の製造方法で製造された浸炭焼結体の有効硬化層深さについては、特許文献1において開示されており、これと比較しても、同等の有効硬化層深さを確保できていることが確認できた。
【0098】
上記の実施例から分かるように、本実施形態の浸炭焼結体の製造方法及び製造装置によると、従来の浸炭焼結体の製造方法で製造した浸炭焼結体と比較しても、焼結体の組織構造としても有効硬化層深さとしても全く遜色ない浸炭焼結体を製造できることが実証できた。そして、焼結処理と浸炭処理とを1回の加熱工程で行うことができるとともに、添加物を混ぜる必要がなく、添加物のコストの低減と製造時間の短縮とを図ることができる、浸炭焼結体の製造方法及び浸炭焼結体の製造装置を提供できることが実証できた。なお、特許文献1に開示された浸炭焼結体の製造方法によると、特許文献1の段落[0036]に記載されているように、30~300分に亘る長時間の浸炭処理時間が必要となる。しかし、本実施形態の浸炭焼結体の製造方法及び製造装置によると、
図8に示すように、非常に短時間で完了する加熱工程S4によって品質上全く遜色のない浸炭焼結体を製造できることが実証できた。
鉄合金粉末を加圧成形して得られる成形体を共晶温度以上であって且つ固相線温度未満の温度範囲で加熱することにより、前記成形体の焼結及び浸炭を行う加熱装置を備え、
前記加熱装置は、前記成形体の加熱期間中の少なくとも一部の期間において浸炭雰囲気中で前記成形体の加熱を行い、
前記加熱装置は、浸炭雰囲気中で前記成形体を加熱して前記成形体の浸炭を行う際に、前記成形体の表面の炭素濃度に基づいて、液相及びオーステナイト相の共存領域とオーステナイト単相領域との境界線として規定される固相線に近づいていく度合を判断し、その判断結果に基づいて、前記成形体の加熱温度を低下させるように変更することを特徴とする、浸炭焼結体の製造装置。
浸炭焼結体の製造方法の実施例としては、上記の加熱工程S4の条件を変更した実施例1と実施例2とを実施した。実施例1では、第1の温度である温度T1を1300℃とし、温度T1での加熱時間t1分を2分とした。実施例2では、第1の温度である温度T1を1250℃とし、温度T1での加熱時間t1分を4分とした。また、比較のために、焼結工程と浸炭工程とを別々の加熱工程にて実施する従来の浸炭焼結体の製造方法によって、比較例に係る浸炭焼結体の製造も実施した。