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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031003
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】発光素子
(51)【国際特許分類】
   H01L 33/04 20100101AFI20240229BHJP
   H01L 33/30 20100101ALI20240229BHJP
   H01S 5/30 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
H01L33/04
H01L33/30
H01S5/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134276
(22)【出願日】2022-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000291
【氏名又は名称】弁理士法人コスモス国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 幸治
(72)【発明者】
【氏名】荒井 昌和
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 剛
【テーマコード(参考)】
5F173
5F241
【Fターム(参考)】
5F173AF12
5F173AF15
5F173AF20
5F173AH08
5F173AH40
5F173AP05
5F173AR23
5F241AA03
5F241AA14
5F241CA08
5F241CA34
5F241CA65
5F241FF16
(57)【要約】
【課題】エネルギー効率が高く、中赤外領域において広帯域に光を放射することが可能な発光素子を提供すること。
【解決手段】発光スペクトルが3μm以上5μm以下の波長域において第1のピーク波長を備える発光素子1において、半導体基板11と、半導体基板11の上に、InAs層131とGaSb層132とが積層されてなる超格子構造13を複数層(例えば5層)備えること、発光スペクトルは、2μm以上3μm以下の波長域に、第2のピーク波長を備えること。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光スペクトルが3μm以上5μm以下の波長域において第1のピーク波長を備える発光素子において、
半導体基板と、前記半導体基板の上に、InAs層とGaSb層とが積層されてなる超格子構造を複数層備えること、
前記発光スペクトルは、2μm以上3μm以下の波長域に、第2のピーク波長を備えること、
を特徴とする発光素子。
【請求項2】
請求項1に記載の発光素子において、
前記InAs層は、1.2nm以上5nm以下の厚みを備えること、
前記GaSb層は、8nm以上の厚みを備えること、
を特徴とする発光素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の発光素子において、
前記超格子構造は、5層形成されていること、
を特徴とする発光素子。
【請求項4】
請求項1または2に記載の発光素子において、
強度が280mW/mm以上の励起光、または、15A/cm以上の励起電流により発光すること、
を特徴とする発光素子。
【請求項5】
請求項1または2に記載の発光素子において、
前記超格子構造の温度が100K以下であること、
を特徴とする発光素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光スペクトルが3μm以上5μm以下の波長域において第1のピーク波長を備える発光素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、赤外分光法による試料分析や、ガスセンサ等の物質検出等のセンシング技術に、2-10μmの波長の中赤外線を利用することが期待されている。これは、以下の2つの利点があるためである。まず、第1に、中赤外線を利用すれば、C=OやC=Nといった官能基の種類を分析可能なだけでなく、それら官能基の周辺環境の情報を得ることが可能になるという利点、そして、第2に、中赤外線は近赤外線に比べて各段に大きな吸収特性を有するために、微小試料の分析や、微量物質の検出をするに有効であるという利点である。
【0003】
そのような中、センシング技術に利用可能な中赤外線領域の赤外光源としては、例えば特許文献1に示すような、量子カスケードレーザ素子等が知られている。この量子カスケードレーザ素子は、井戸層及び障壁層が交互に積層されてなる多重量子井戸内のサブバンド間遷移により発光する発光素子である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-177520号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来技術には、以下の問題点があった。
物質には固有の吸収波長が存するところ、量子カスケードレーザは、単一波長光源であるために、特定の物質の分析や検出を目的とした利用には適する一方で、複数の物質の選択的な分析や検出を目的とした利用には適さないという問題がある。このため、放射波長領域が、中赤外領域においてより広帯域である光源が求められている。
【0006】
なお、放射波長域が広帯域である光源としては、熱型の光源が知られているものの、熱型の光源は、エネルギー効率が悪いという欠点がある。さらに、熱型の光源を分析装置、検出装置に適用した場合、他の波長の遮蔽や断熱のための対策を取る必要があるため、装置の小型化を図ることが困難である。
【0007】
本発明は、上記問題点を解決するためのものであり、エネルギー効率が高く、中赤外領域において広帯域に光を放射することが可能な発光素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明の発光素子は、次のような構成を有している。
(1)発光スペクトルが3μm以上5μm以下の波長域において第1のピーク波長を備える発光素子において、半導体基板と、前記半導体基板の上に、InAs層とGaSb層とが積層されてなる超格子構造を複数層備えること、前記発光スペクトルは、2μm以上3μm以下の波長域に、第2のピーク波長を備えること、を特徴とする。
【0009】
上記発光素子は、InAs層と、InAs層の上のGaSb層と、が積層されてなる超格子構造が複数層設けられることで、InAs層とGaSb層とが交互に積層された状態になる。InAs層とGaSb層とが交互に積層されると、InAsの伝導帯はGaSbの価電子帯よりも低くなる。このようなバンド構造を備える超格子は、一般的にタイプ2超格子と呼ばれており、電子のミニバンド、正孔のミニバンドが形成される。このバンドギャップは、InAs層の層厚などに依存するものであるところ、InAs層の層厚が厚くなるほどバンドギャップが大きくなり、InAs層の層厚が薄くなるほどバンドギャップが小さくなる。したがって、層厚の調整によりバンドギャップの制御が容易である。また、半導体を使った電流注入による発光は、エネルギー効率良く発光可能である。
【0010】
また、上記発光素子の発光スペクトルは、3μm以上5μm以下の波長域において、第1のピーク波長を備え、さらに、2μm以上3μm以下の波長域に、第2のピーク波長を備えるため、全体として、2μm以上5μm以下の波長域をカバーすることができる。このように広帯域をカバーすることができれば、複数の物質の分析や検出を目的とした利用が可能となる。例えば、2μm以上5μm以下の波長域には、一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO)、アセチレン(C)、メタン(CH)、一酸化窒素(NO)等の固有の吸収線が存在するため、これらの選択的な分析、検出が可能になる。
【0011】
(2)(1)に記載の発光素子において、前記InAs層は、1.2nm以上5nm以下の厚みを備えること、前記GaSb層は、8nm以上の厚みを備えることが望ましい。
【0012】
超格子構造に形成されるミニバンドのバンドギャップは、InAs層の層厚、GaSb層の層厚、積層数、温度などに依存する。上記発光素子が放射する光の波長は、井戸層であるInAs層の層厚に最も依存するものであるところ、例えばGaSb層の層厚を6nmとした場合、InAs層の層厚を5nmよりも厚くすると、波長が10μmより長くなり中赤外領域よりも波長が大きくなり、InAs層の層厚を1.2nmよりも薄くすると、中赤外領域よりも波長が短くなる。よって、中赤外領域での発光を得るためには、InAs層は、1.2nm以上5nm以下の層厚とすることが望ましいことが知られていた。これを元に、発明者は、例えば、InAs層の層厚が2.8nmの時、GaSb層の層厚を8nmよりも薄くすると、物質の分析、検出等に用いるために十分な発光強度が得られないことを、発明者は実験により確認した。一方、GaSb層の層厚の上限値については、発光を得るという観点においては特に限定されないが、13.3nmを大きく超えると、成長効率および励起光率の観点において問題が生じる可能性がある。
【0013】
(3)(1)または(2)に記載の発光素子において、前記超格子構造は、5層形成されていることが望ましい。
【0014】
発明者は、実験により、発光強度が超格子構造の層数に依存することを突き止め、2μm以上3μm以下の波長域における十分な発光強度を得るためには、超格子構造が5層形成されていることが望ましいことを確認した。
【0015】
(4)(1)乃至(3)のいずれか1つに記載の発光素子において、強度が280mW/mm以上の励起光、または、15A/cm以上の励起電流により発光することが望ましい。
【0016】
上記の発光素子は、ミニバンド間の遷移により発光するところ、励起光の強度または励起電流の電流値を上げていくと、エネルギー準位の下位の方が電子で詰まることで、対応する波長域の発光強度が飽和するとともに、次第にエネルギー準位の上位の方が電子で詰まりはじめ、対応する波長域の発光強度が大きくなり始めることを摂動法によるバンド計算から確かめた。上記の発光素子の発光スペクトルは、3μm以上5μm以下の波長域において第1のピーク波長を備えているが、励起光の強度が280mW/mm以上(レーザ強度で25mW)、または、15A/cm以上の励起電流になったとき、3μm以上5μm以下の波長域における発光強度の飽和が見られるとともに、2μm以上3μm以下の波長域において、第2のピーク波長が現れ、物質の分析、検出等に用いるために十分な発光強度を得られることを、発明者は実験により確認した。
【0017】
(5)(1)または(2)に記載の発光素子において、前記超格子構造の温度が100K以下であることが望ましい。
【0018】
発明者は、実験により、100K以下である場合に、発光素子がエネルギー効率良く発光可能であること、そして、温度は低温ほど望ましいことを確認した。
【発明の効果】
【0019】
本発明の発光素子によれば、エネルギー効率が高く、中赤外領域において広帯域に光を放射することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本実施形態に係る発光素子の断面模式図である。
図2】本実施形態に係る発光素子の発光スペクトルを表す図である。
図3】比較試料の発光スペクトルを表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の発光素子の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本実施形態に係る発光素子1の断面模式図である。なお、図1に示す発光素子1はあくまで模式図であり、各構成の大きさ等は、理解の簡単のため、実際の大きさ等を表していない。よって、ここに開示する発明は、必ずしも図面に表された大きさ等に限定されるものではない。
【0022】
(発光素子の構成について)
発光素子1は、約5mm角の大きさを備える発光素子である。発光素子1は、図1に示すように、半導体化合物の層(後述のバッファ層12や超格子構造13、InAs層14)を積層するための半導体基板11を備えている。この半導体基板11は、例えば、n型InAs(ヒ化インジウム)、GaSb(アンチモン化ガリウム)、GaAs(ヒ化ガリウム)により形成されている。
【0023】
そして、半導体基板11の上には、InAsによるバッファ層12が積層されている。バッファ層12は、半導体基板11と後述する超格子構造13との間の格子不整合を抑制するための層であり、その層厚は、10nm以上100nm以下であることが望ましく、本実施形態においては、30nmである。なお、バッファ層12は、GaSbにより形成されることとしても良い。
【0024】
さらに、バッファ層12の上には、超格子構造13が積層されている。超格子構造13は、ノンドープの、すなわち、意図的な不純物の添加が行われていないInAsにより形成されるInAs層131と、ノンドープのGaSb(アンチモン化ガリウム)により形成されるGaSb層132とが積層されてなる。InAs層131の層厚は、2.8nmであり、GaSb層132の層厚は、13.0nmである。
【0025】
超格子構造13の層数は、特に限定されないが、図1に示すように、InAs層131とGaSb層132との組み合わせを1層として、5層積層されていることが最も望ましい。これは、後述する発光スペクトルの測定結果に示すように、2μm以上3μm以下の波長域における十分な発光強度を得ることが可能なことによる。そして、5層の超格子構造13のさらに上には、InAs層14が積層されている。これにより、最上層のGaSb層132の酸化を防止することが可能である他、超格子構造13において高品質の結晶性が得られるようになる。このInAs層14の層厚は、フォトルミネッセンス法(PL法)で発光させる場合には厚すぎないことが望ましく、一方で、電流注入により発光させる場合は、100nm以上必要である。本実施形態においては、30nmである。
【0026】
発光素子1は、超格子構造13が5層積層されることで、InAs層131とGaSb層132とが交互に積層された状態になっている。InAs層131とGaSb層132とが交互に積層されると、InAsの伝導帯はGaSbの価電子帯よりも低くなる。このようなバンド構造を備える超格子は、一般的にタイプ2超格子と呼ばれており、電子のミニバンド、正孔のミニバンドが形成される。このバンドギャップは、主にInAs層131の層厚に依存するものであるところ、InAs層131の層厚が厚くなるほどバンドギャップが大きくなり、InAs層131の層厚が薄くなるほどバンドギャップが小さくなる。したがって、層厚の調整によりバンドギャップの制御が容易である。
【0027】
バンドギャップの大小は、発光素子1が放射する光の波長と相関関係がある。つまり、発光素子1が放射する光の最も長い波長は、InAs層131の層厚に依存する。InAs層131の層厚を5nmよりも厚くすると、中赤外領域よりも波長が大きくなり、層厚を1.2nmよりも薄くすると、中赤外領域よりも波長が短くなるため、中赤外領域での発光を得るためには、InAs層131は、1.2nm以上5nm以下の層厚とすることが望ましいことが知られているが、発明者は、実験に基づき、本実施形態におけるInAs層131の層厚は、上記の通り2.8nmを採用している。
【0028】
また、InAs層131の電子エネルギーを量子化するための障壁層の機能を有するところのGaSb層132は、層厚が8nm以上であることが望ましい。これは、層厚を8nmよりも薄くすると、物質の分析、検出等に用いるために十分な発光強度が得られないことを、発明者は実験により確認したからである。層厚の上限値については、発光を得るという観点においては特に限定されないが、13.3nmを超えると、成長効率および励起光率の観点において問題が生じる可能性がある。これに基づき、本実施形態におけるGaSb層132の層厚は、上記の通り13.0nmを採用している。なお、上記したInAs層131の層厚およびGaSb層132の層厚は、X線回析法により測定した値である。さらに上記したバッファ層12の層厚、InAs層14の層厚も同様である。
【0029】
(製法について)
以上のような構成を備える発光素子1は、半導体基板11上に、有機金属気相成長法(MOVPE)によって、バッファ層12や超格子構造13、InAs層14の各層を形成することで製造された。原料ガスはトリエチルガリウム、トリメチルインジウム、トリエチルアンチモン、アルシンを用い、500度から600度、約10kPaの条件で成長させた。
【0030】
(発光スペクトルの測定について)
発光素子1の発光スペクトルの測定を行った結果を以下に説明する。測定は、フォトルミネッセンス法(PL法)による。具体的には、20Kの環境温度下において、励起光としては、特に限定されないが、波長532nmのNd:YAGレーザを発光素子1に照射することで測定を行った。なお、検出器には、液体窒素冷却をしたInSb(アンチモン化インジウム)の赤外線検出素子を用いた。なお、環境温度を20Kとしているのは、発明者が、実験により、100K以下である場合に、発光素子1が強く発光可能であること、そして、温度が20Kであることが最も望ましいことを確認したことによる。
【0031】
ここで、図2は、本実施形態に係る発光素子1の発光スペクトルを表す図である。具体的には、励起光の出力が、0.25mW、1.25mW、2.5mW、5mW、12.5mW、25mW、50mW、125mW、250mW、それぞれの場合における、発光素子1の発光スペクトルの測定結果を表している。また、図3は、比較試料の発光スペクトルを表す図である。比較試料とは、超格子構造13を15層積層し、その他の構成は発光素子1と同一の試料である。発光素子1の比較対象として、当該比較試料についても上記したPL法による発光スペクトルの測定を行った。
【0032】
発光素子1は、図2に示すように、励起光の出力が、0.25mW、1.25mW、2.5mW、5mW、12.5mW、25mW、50mW、125mW、250mW、いずれの場合においても、3μm以上5μm以下の波長域において、第1のピーク波長が現れている。具体的には、励起光の出力が0.25mWの場合には、約4.7μmにおいて第1のピーク波長P11が現れている。励起光の出力が1.25mWの場合には、約4.6-4.7μmにおいて第1のピーク波長P12が現れている。励起光の出力が2.5mWの場合には、約4.6μmにおいて第1のピーク波長P13が現れている。励起光の出力が5mWの場合には、約4.5-4.6μmにおいて第1のピーク波長P14が現れている。励起光の出力が12.5mWの場合には、約4.5μmにおいて第1のピーク波長P15が現れている。励起光の出力が25,50mWの場合には、約4.1-4.2μmにおいて第1のピーク波長P16,P17が現れている。励起光の出力が125mWの場合には、約3.7-3.9μmにおいて第1のピーク波長P18が現れている。励起光の出力が250mWの場合には、約3.7-3.8μmにおいて第1のピーク波長P19が現れている。第1のピーク波長は励起光の出力が大きいほど、短波長側に移動するとともに発光強度が増大しており、これに伴い、3μm以上5μm以下の波長域における強度幅(発光帯域)も拡大している。
【0033】
そして、励起光の出力が、0.25mW、1.25mW、2.5mW、5mW、12.5mWである場合、3μm以下の波長域においては、ピークは明確に表れていないが、励起光の出力が25mW、50mW、125mW、250mWである場合、2μm以上3μm以下の波長域に、上記した第1のピーク波長とは別に、約2.5μmにおいて、第2のピーク波長P26,P27,P28,P29が明確に現れている。この第2のピーク波長は、励起光の出力が大きいほど大きくなっており(すなわち発光強度が増大しており)、これに伴い、2μm以上3μm以下の波長域における強度幅(発光帯域)も増大している。中でも、励起光の出力が125mW、250mWである場合には、第1のピーク波長P18,P19と第2のピーク波長P28,P29の間の谷が小さく、幅広い帯域で発光していることが分かる。以上のような測定結果から、発光素子1により、中赤外領域において広帯域の発光を得るためには、強度が25mW以上の励起光により発光させることが望ましく、強度が125mW以上の励起光により発光させることが更に望ましいと言える。
【0034】
このように励起光の出力が大きいほど、第2のピーク波長が明確に現れてくるのは、発光素子1は、ミニバンド間の遷移により発光するところ、励起光の強度を上げていくと、エネルギー準位の下位の方が電子で詰まることで、対応する波長域の発光強度が飽和するとともに、次第にエネルギー準位の上位の方が電子で詰まりはじめ、対応する波長域の発光強度が大きくなり始めるためである。つまり、励起光の出力が、25mW以上になると、エネルギー準位の下位の方が電子で詰まり、波長約4.5μmの付近で飽和が始まる。このことは、図2に示すように、励起光の出力が25mWになるとショルダーS16が現れ、このショルダーの増大幅が、励起光の出力が50mWの場合のショルダーS17、励起光の出力が125mWの場合のショルダーS18、励起光の出力が250mWの場合のショルダーS19と、徐々に小さくなっていることから見てとれる。そして、次第にエネルギー準位の上位の方が電子で詰まりはじめ、2μm以上3μm以下の波長域において、発光強度が大きくなり始めたことをバンド計算から確かめた。
【0035】
次に、超格子構造13を15層積層した試料(比較試料)による、発光スペクトルの測定結果について説明する。
【0036】
比較試料は、図3に示すように、励起光の出力が、0.25mW、1.25mW、2.5mW、5mW、12.5mW、25mW、50mW、125mW、250mW、いずれの場合においても、3μm以上5μm以下の波長域において、第1のピーク波長が現れている。具体的には、励起光の出力が0.25mWの場合には、約4.6-4.7μmにおいて第1のピーク波長P31が現れている。励起光の出力が1.25mWの場合には、約4.6μmにおいて第1のピーク波長P32が現れている。励起光の出力が2.5mWの場合には、約4.5-4.6μmにおいて第1のピーク波長P33が現れている。励起光の出力が5mWの場合には、約4.5μmにおいて第1のピーク波長P34が現れている。励起光の出力が12.5mWの場合には、約4.4-4.5μmにおいて第1のピーク波長P35が現れている。励起光の出力が25,50mWの場合には、約4.1-4.2μmにおいて第1のピーク波長P36,P37が現れている。励起光の出力が125mWの場合には、約4.1μmにおいて第1のピーク波長P38が現れている。励起光の出力が250mWの場合には、約3.8-4.0μmにおいて第1のピーク波長P39が現れている。第1のピーク波長は励起光の出力が大きいほど、短波長側に移動するとともに発光強度が増大しており、これに伴い、3μm以上5μm以下の波長域における強度幅(発光帯域)も拡大している。この点は、超格子構造13を5層積層した発光素子1と同様である。
【0037】
しかし、3μm以下の波長域においては、励起光の出力が、0.25mW、1.25mW、2.5mW、5mW、12.5mW、25mW、50mWである場合、ピークは明確に表れていない。また、励起光の出力が、125mW、250mWである場合には、第2のピーク波長P48,P49が現れているが、発光素子1に比べると顕著ではない。
【0038】
以上のような測定結果から、発光強度が超格子構造13の層数に依存することが明らかであり、2μm以上3μm以下の波長域において、広帯域にかつ十分な発光強度を得るためには、超格子構造13が5層形成されていることが最も望ましいと言える。
【0039】
発光素子1の発光スペクトルは、3μm以上5μm以下の波長域において、第1のピーク波長を備え、さらに、2μm以上3μm以下の波長域に、第2のピーク波長を備えるため、全体として、2μm以上5μm以下の波長域をカバーすることができる。このように広帯域をカバーすることができれば、複数の物質の分析や検出を目的とした利用が可能となる。例えば、2μm以上5μm以下の波長域には、一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO)、アセチレン(C)、メタン(CH)、一酸化窒素(NO)等の固有の吸収線が存在するため、これらの選択的な分析、検出が可能になる。
【0040】
以上詳細に説明したように、本実施形態に係る発光素子1によれば、
(1)発光スペクトルが3μm以上5μm以下の波長域において第1のピーク波長を備える発光素子1において、半導体基板11と、半導体基板11の上に、InAs層131とGaSb層132とが積層されてなる超格子構造13を複数層(例えば5層)備えること、発光スペクトルは、2μm以上3μm以下の波長域に、第2のピーク波長を備えること、を特徴とする。
【0041】
発光素子1は、InAs層131と、InAs層131の上のGaSb層132と、が積層されてなる超格子構造13が複数層(例えば5層)設けられることで、InAs層131とGaSb層132とが交互に積層された状態になる。InAs層131とGaSb層132とが交互に積層されると、InAsの伝導帯はGaSbの価電子帯よりも低くなる。このようなバンド構造を備える超格子は、一般的にタイプ2超格子と呼ばれており、電子のミニバンド、正孔のミニバンドが形成される。このバンドギャップは、InAs層131の層厚に依存するものであるところ、InAs層131の層厚が厚くなるほどバンドギャップは大きくなり、InAs層131の層厚が薄くなるほどバンドギャップは小さくなる。したがって、層厚の調整によりバンドギャップの制御が容易である。また、半導体を使った電流注入による発光は、エネルギー効率良く発光可能である。
【0042】
また、上記発光素子1の発光スペクトルは、3μm以上5μm以下の波長域において、第1のピーク波長を備え、さらに、2μm以上3μm以下の波長域に、第2のピーク波長を備えるため、全体として、2μm以上5μm以下の波長域をカバーすることができる。このように広帯域をカバーすることができれば、複数の物質の分析や検出を目的とした利用が可能となる。例えば、2μm以上5μm以下の波長域には、一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO)、アセチレン(C)、メタン(CH)、一酸化窒素(NO)等の固有の吸収線が存在するため、これらの選択的な分析、検出が可能になる。
【0043】
(2)(1)に記載の発光素子1において、InAs層131は、1.2nm以上5nm以下の厚みを備えること、GaSb層132は、8nm以上の厚みを備えることが望ましい。
【0044】
超格子構造13に形成されるミニバンドのバンドギャップは、InAs層131の層厚などに依存する。つまり、発光素子1が放射する光の波長は、井戸層であるInAs層131の層厚に依存するものであるところ、例えばGaSb層132の層厚を6nmとした場合、InAs層131の層厚を5nmよりも厚くすると、中赤外領域よりも波長が大きくなり、層厚を1.2nmよりも薄くすると、中赤外領域よりも波長が短くなる。よって、中赤外領域での発光を得るためには、InAs層131は、1.2nm以上5nm以下の層厚とすることが望ましいことが知られていた。これを基に、発明者は、例えば、InAs層131の層厚が2.8nmの時、GaSb層132の層厚を8nmよりも薄くすると、物質の分析、検出等に用いるために十分な発光強度が得られないことを、発明者は実験により確認した。一方、GaSb層132の層厚の上限値については、発光を得るという観点においては特に限定されないが、13.3nmを大きく超えると、成長効率および励起光率の観点において問題が生じる可能性がある。
【0045】
(3)(1)または(2)に記載の発光素子1において、超格子構造13は、5層形成されていることが望ましい。
【0046】
発明者は、実験により、発光強度が超格子構造13の層数に依存することを突き止め、2μm以上3μm以下の波長域における十分な発光強度を得るためには、超格子構造13が5層形成されていることが望ましいことを確認した。
【0047】
(4)(1)乃至(3)のいずれか1つに記載の発光素子1において、強度が280mW/mm以上の励起光、または、15A/cm以上の励起電流により発光することが望ましい。
【0048】
上記の発光素子1は、ミニバンド間の遷移により発光するところ、励起光の強度を上げていくと、エネルギー準位の下位の方が電子で詰まることで、対応する波長域の発光強度が飽和するとともに、次第にエネルギー準位の上位の方が電子で詰まりはじめ、対応する波長域の発光強度が大きくなり始める。上記の発光素子1の発光スペクトルは、3μm以上5μm以下の波長域において第1のピーク波長を備えているが、励起光の強度が280mW/mm以上になったとき、3μm以上5μm以下の波長域における発光強度の飽和が見られるとともに、2μm以上3μm以下の波長域において、第2のピーク波長が現れ、物質の分析、検出等に用いるために十分な発光強度を得られることを、発明者は実験により確認し、摂動法によるバンド計算でも同様の傾向を確認した。なお、発光素子1の発光は、励起光によるものとして説明しているが、これに限定されるものではなく、発光素子1が電極を備えるものとし、当該電極を介して、発光素子1に励起電流を与え、発光させるものとしても良い。この場合、励起電流密度は15A/cm以上であることが望ましい。これより小さい励起電流密度では、中赤外領域の短波長領域において、十分な発光強度が得られないためである。
【0049】
(5)(1)または(2)に記載の発光素子1において、超格子構造13の温度が100K以下であることが望ましい。
【0050】
発明者は、実験により、100K以下である場合に、発光素子が強く発光可能であること、そして、温度が低温であるほど望ましいことを確認した。
【0051】
なお、上記の実施形態は単なる例示にすぎず、本発明を何ら限定するものではない。したがって本発明は当然に、その要旨を逸脱しない範囲内で様々な改良、変形が可能である。例えば、本実施例では、InAs層131、GaSb層132ともに、それぞれノンドープのInAs、GaSbにより形成される層として説明しているが、ドーピングをしたInAs、GaSbにより形成することを排除するものではない。
【符号の説明】
【0052】
1 発光素子
11 半導体基板
13 超格子構造
131 InAs層
132 GaSb層
図1
図2
図3