(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031023
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】ペロブスカイト量子ドット複合体、ペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法、インク、及び、ペロブスカイト量子ドット膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09K 11/66 20060101AFI20240229BHJP
C09K 11/61 20060101ALI20240229BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20240229BHJP
C09D 11/00 20140101ALI20240229BHJP
B82Y 20/00 20110101ALI20240229BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20240229BHJP
H05B 33/14 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
C09K11/66
C09K11/61
C09K11/08 A
C09K11/08 G
C09D11/00
B82Y20/00
B82Y40/00
H05B33/14 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134308
(22)【出願日】2022-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】390005681
【氏名又は名称】伊勢化学工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】浅倉 聡
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】増原 陽人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 亮太
(72)【発明者】
【氏名】大下 直晃
(72)【発明者】
【氏名】森川 結策
【テーマコード(参考)】
3K107
4H001
4J039
【Fターム(参考)】
3K107AA05
3K107CC21
3K107DD57
3K107DD70
3K107FF14
3K107FF15
3K107GG06
4H001CA02
4H001CC13
4H001CF01
4H001XA01
4H001XA06
4H001XA07
4H001XA11
4H001XA19
4H001XA35
4H001XA37
4H001XA82
4H001XB42
4H001XB72
4J039BA10
4J039BA29
4J039BA34
4J039BC20
4J039BE01
4J039BE12
4J039CA07
4J039EA28
4J039FA04
4J039GA34
(57)【要約】
【課題】ペロブスカイト量子ドットの粒子表面にのみイオン半径の小さい異なるカチオン種を配位させることにより、高耐久性を有するペロブスカイト量子ドット複合体を提供する。
【解決手段】ペロブスカイト型構造(ABX3)を有するハロゲン化合物において、前記ABX3表面の少なくとも一部がAよりもイオン半径の小さいA’で置換され、前記A’に有機酸が配位したペロブスカイト量子ドット複合体(A及びA’は互いに異なる1価カチオン種であり、Bは14族金属の2価カチオン種であり、Xはハロゲンである。)。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペロブスカイト型構造(ABX3)を有する化合物において、前記ABX3表面の少なくとも一部がAサイトよりもイオン半径の小さいA’で置換され、前記A’に有機酸が配位したペロブスカイト量子ドット複合体(A及びA’は互いに異なる1価カチオンであり、Bは14族金属の2価カチオンであり、Xはハロゲン化物イオンである。)。
【請求項2】
粒径が1~30nmである、請求項1に記載のペロブスカイト量子ドット複合体。
【請求項3】
前記Aに対する前記A’の置換率が0.01以上である請求項1に記載のペロブスカイト量子ドット複合体。
【請求項4】
前記A’がナトリウム、カリウム及びルビジウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である、請求項1に記載のペロブスカイト量子ドット複合体。
【請求項5】
ハロゲン化カチオンAXと、14族金属のハロゲン化物BX2と、Aよりもイオン半径の小さいA’で構成された有機酸塩と、液体誘電率が20以上である極性溶媒とを含む前駆体溶液を調製する工程1と、
前記前駆体溶液を液体誘電率10以下の非極性溶媒中に注入して懸濁液を調製する工程2と
を有するペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法(A及びA’は互いに異なる1価カチオンであり、かつ、A’はAよりもイオン半径が小さく、Bは14族金属の2価カチオンであり、Xはハロゲン化物イオンである。)。
【請求項6】
ハロゲン化カチオンAXと、14族金属のハロゲン化物BX2と、液体誘電率が20以上である極性溶媒とを含む前駆体溶液を調製する工程Iと、
前記前駆体溶液を液体誘電率10以下の非極性溶媒中に注入して懸濁液を調製する工程IIと、
Aよりもイオン半径の小さいA’で構成された有機酸塩を前記懸濁液に混合する工程IIIと
を有するペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法(A及びA’は互いに異なる1価カチオンであり、かつ、A’はAよりもイオン半径が小さくBは14族金属の2価カチオンであり、Xはハロゲン化物イオンである。)。
【請求項7】
前記工程2及び前記工程IIにおいて、前駆体溶液及び液体誘電率10以下の非極性溶媒の温度を40℃以下とする請求項5又は6に記載のペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法。
【請求項8】
請求項1から4のいずれか一項に記載のペロブスカイト量子ドット複合体と、液体誘電率10以下の非極性溶媒とを含有するインク。
【請求項9】
請求項8に記載のインクを基板に塗布し、成形する工程と、液体誘電率10以下の非極性溶媒を乾燥により除去して、膜を形成する工程とを有するペロブスカイト量子ドット膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い耐久性及び高い発光効率を有するペロブスカイト量子ドットに関する。
【背景技術】
【0002】
ペロブスカイト量子ドットは、1粒子の大きさが1nmから数10nmの、量子力学に従う特異的な光学特性を発現させるペロブスカイト構造(ABX3)を有する粒子(ドット)である。励起したときに発する発光波長が化学組成と粒子サイズで連続的に制御でき、非常に高いフォトルミネッセンス量子収率(Photoluminescence quantum yield,PLQYとも言う)、かつ、発光波長分布のばらつきが非常に小さい発光特性を示すことから、近年注目されている。
【0003】
ペロブスカイト量子ドットは、励起時に欠陥があると量子ドット内でキャリアの非発光再結合を起こし、熱エネルギー等として失われる場合がある。この損失は、量子ドットのPLQYを低下させる一因となる。
【0004】
ペロブスカイト量子ドットは、その大きな比表面積のため、表面欠陥(ダングリングボンド)の抑制が重要になる。そのため、一般的にはペロブスカイト量子ドットの表面欠陥形成を抑制するため、粒子表面に有機配位子(酸、塩基、界面活性剤)をキャッピングさせることによる保護が行われてきた。粒子表面に配位した配位子は、水分や極性溶媒との接触を避ける効果を有する。
有機配位子のペロブスカイト量子ドットへの配位率は、ペロブスカイト量子ドットと溶媒中の未配位の配位子の平衡によって決まる。配位子を適切に添加することで、非常に高いPLQYを有するペロブスカイト量子ドット分散溶液の合成に成功している。
【0005】
しかしながら、ペロブスカイト量子ドットを分散させたインクは、使用用途(樹脂溶液、LEDデバイス)に応じて、分散溶媒の溶媒置換や他の溶媒添加が必要になる。分散溶媒の溶媒置換は分散溶媒中の未配位の配位子量の減少、又は分散溶媒の液体誘電率が変化することで、ペロブスカイト量子ドット表面から配位子が脱離する。更に、配位子脱離部分からハロゲン欠損が起こり、表面欠損を失活部としてPLQYを低下させる。また、配位子脱離は粒子間の凝集・融着を引き起こして、粒径の均一性が損なわれる原因となる。ペロブスカイト量子ドットは、量子サイズ効果により粒径が変化すると発光波長が変化する。そのため、粒径の変化は、発光波長の変化や発光波長分布のバラつきの増大を招く。
【0006】
ペロブスカイト量子ドットの表面欠損生成を抑制する一つの手法として、AサイトとXサイトとで形成する結晶格子を安定化する技術がある。イオン結晶の場合、結晶格子を構成する元素のイオン半径が小さいほど格子エネルギーは大きくなり、表面欠損が起こりにくくなる。Aサイトが1価カチオン、Xサイトがハロゲン化物イオンで占有される場合、ボルン・ハーバーサイクルに基づくハロゲン化アルカリの格子エネルギーを参考にして、ペロブスカイト量子ドットを設計することができる。
【0007】
ペロブスカイト太陽電池に関する報告例として、ペロブスカイト半導体の表面に、より小さいイオン半径のカチオンを有するハロゲン化物を配位させることで、表面欠陥を抑制する技術がある(特許文献1、非特許文献1)。
ペロブスカイト量子ドットでも、合成時に臭化カリウムなどのハロゲン化物を原料に入れると欠陥抑制が向上することが知られている(非特許文献2)。
しかしながら、カリウムがペロブスカイト構造全体にドープされ、結晶の格子歪みにより、ペロブスカイトのエネルギーバンド内にトラップ準位が発生し、発光(PL)スペクトルの半値幅(FWHMPL)が広がり、更に発光波長の短波長シフトを起こすという問題がある。そのため、欠陥が形成しやすいペロブスカイト量子ドットの表面にのみ、ペロブスカイト結晶のAサイトより小さいイオン半径のカチオンを置換したペロブスカイト量子ドット複合体の開発が要望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Ya Chu et al., J. Colloid Interface Sci. 2021, 596, 199-205
【非特許文献2】Kai Shen, et al., Adv. Mater. 2020, 32, 2000004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、ペロブスカイト量子ドットの粒子表面にのみイオン半径の小さい異なるカチオン種を置換させることにより、高耐久性を有するペロブスカイト量子ドット複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、カチオン種を弱酸塩である有機酸塩とし、ペロブスカイト量子ドットの合成時に添加することで、特定のカチオンを粒子表面にのみ配位させ、表面の格子エネルギーを向上させることで、表面欠陥の発生を抑制し、外的要因によるPLQYの劣化を抑制することを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
本発明は以下の事項からなる。
[1]ペロブスカイト型構造(ABX3)を有する化合物において、前記ABX3表面の少なくとも一部がAサイトよりもイオン半径の小さいA’で置換され、前記A’に有機酸が配位したペロブスカイト量子ドット複合体(A及びA’は互いに異なる1価カチオンであり、Bは14族金属の2価カチオンであり、Xはハロゲン化物イオンである。)。
[2]粒径が1~30nmである、[1]に記載のペロブスカイト量子ドット複合体。
[3]前記Aに対する前記A’の置換率が0.01以上である[1]に記載のペロブスカイト量子ドット複合体。
[4]前記A’がナトリウム、カリウム及びルビジウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である、[1]に記載のペロブスカイト量子ドット複合体。
【0013】
[5]ハロゲン化カチオンAXと、14族金属のハロゲン化物BX2と、Aよりもイオン半径の小さいA’で構成された有機酸塩と、液体誘電率が20以上である極性溶媒とを含む前駆体溶液を調製する工程1と、前記前駆体溶液を液体誘電率10以下の非極性溶媒中に注入して懸濁液を調製する工程2とを有するペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法(A及びA’は互いに異なる1価カチオンであり、かつ、A’はAよりもイオン半径が小さく、Bは14族金属の2価カチオンであり、Xはハロゲン化物イオンである。)。
【0014】
[6]ハロゲン化カチオンAXと、14族金属のハロゲン化物BX2と、液体誘電率が20以上である極性溶媒とを含む前駆体溶液を調製する工程Iと、前記前駆体溶液を液体誘電率10以下の非極性溶媒中に注入して懸濁液を調製する工程IIと、Aよりもイオン半径の小さいA’で構成された有機酸塩を前記懸濁液に混合する工程IIIとを有するペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法(A及びA’は互いに異なる1価カチオンであり、かつ、A’はAよりもイオン半径が小さくBは14族金属の2価カチオンであり、Xはハロゲン化物イオンである。)。
【0015】
[7]前記工程2及び前記工程IIにおいて、前駆体溶液及び液体誘電率10以下の非極性溶媒の温度を40℃以下とする[5]又は[6]に記載のペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法。
【0016】
[8][1]から[4]のいずれか一項に記載のペロブスカイト量子ドット複合体と、液体誘電率10以下の非極性溶媒とを含有するインク。
[9][8]に記載のインクを基板に塗布し、成形する工程と、液体誘電率10以下の非極性溶媒を乾燥により除去して、膜を形成する工程とを有するペロブスカイト量子ドット膜の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、有機酸塩を、ペロブスカイト量子ドットの合成時に添加して、イオン半径の小さい異なるカチオンを表面にのみ配位させることにより、粒子表面の格子エネルギーを向上させることができる。
本発明のペロブスカイト量子ドット複合体は、その表面にイオン半径の小さいカチオンが配位することで、表面欠陥の発生が抑制されるため、耐久性が向上し、かつ、外的要因によるPLQYの劣化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】比較例1のペロブスカイト量子ドットはその表面をイオン半径の小さいアルカリ金属で置換しなかったため、溶媒置換により、表面欠陥が生じていることを示す概略図と、実施例1のペロブスカイト量子ドット複合体はその表面をイオン半径の小さいアルカリ金属で置換したため、溶媒置換を2回行っても、表面欠陥が生じることが無いことを示す概略図である。
【
図2】実施例1において、L
3があるため、ペロブスカイト量子ドット複合体の結晶内部にカリウムイオン(K
+)が入らないこと、臭化鉛(II)の臭化物イオン(Br
-)とオレイン酸カリウム(POAc)のカリウムイオン(K
+)との結合(X-A’結合)が強いために、表面の一部が欠陥を生じても、連動して追加欠陥が生じないこと、カリウムイオン(K
+)の非配位部分に引っ張られて、臭化物イオン(Br
-)が欠陥を補完することを示す概略図である。なお、
図2中、L
1はR
1-NH
3
+(ホルムアミジニウムイオン(HN=CH-NH
3
+))であり、L
2はR
2-COO
-(オレイン酸イオン(CH
3(CH
2)
7CH=CH(CH
2)
7COO
-))であり、L
3はR
3-COO
-(オレイン酸イオン(CH
3(CH
2)
7CH=CH(CH
2)
7COO
-))である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[ペロブスカイト量子ドット複合体]
本発明のペロブスカイト量子ドット複合体は、ペロブスカイト型構造(ABX3)を有する化合物において、前記ABX3表面の少なくとも一部がAよりもイオン半径の小さいA’で置換された構造を有する。
【0020】
ペロブスカイト型構造を有する化合物は、ABX3で表される組成を有するハロゲン化合物である。具体的には、Aに元素の周期表の第1族や1価有機カチオン、Bに第14族及びXに第17族元素から構成された有機無機ペロブスカイト有機無機ペロブスカイト、または無機ペロブスカイトと有機無機ペロブスカイト結晶である。
Aはセシウム、ルビジウム、カリウム、ナトリウム及びリチウムなどのアルカリ金属やメチルアンモニウム(MA)、エチルアンモニウム(EA)、ホルムアミジニウム(FA)やグアニジウム(GA)などの有機カチオンを表す。これらのうち、結晶構造の許容因子(Tolerance factor,TFとも言う)の観点から、Aサイトカチオンの60モル%以上、好ましくは70モル%以上、より好ましくは80モル%以上がセシウム、MA、EA、FA、GAからなる群から選択される少なくとも一種であると好ましい。Aは1種のみであってもよいが、2種以上であっても良い。
【0021】
Bは鉛、ゲルマニウム、スズ及びケイ素などを表す。これらのうち、鉛及びスズが好ましい。また、鉛及びスズなどの元素比率5%以下の範囲で、アンチモン、ビスマス、銅、ニッケル、コバルト、鉄、マンガン、クロム、カドミウム、ユーロピウム、イッテルビウム及び銀を含んでもよい。Bは1種のみであってもよいが、2種以上であっても良い。
Xは、塩素、臭素及びヨウ素などのハロゲンを表す。Xとして、1種又は2種以上の元素を含むことができる。
【0022】
ABX3の具体例には、CspMA1-p-q-r-s-t-uEAqFArGAsKtRbuPb(1-y-z)SnyGez(ClaBr1-a-bIb)3(0≦p≦1、0≦q≦1、0≦r≦1、0≦s≦1、0≦t≦1、0≦u≦1、p+q+r+s+t+u≦1、0≦a≦1、0≦b≦1、a+b≦1、0≦y≦1、0≦z≦1、y+z≦1)などがある。
ペロブスカイト型構造であるABX3の結晶構造が安定するためにはTFが0.70~1.10の範囲である必要があり、例えばCsPbBr3(TF=0.86)、FAPbBr3(TF=1.01)、CsPbI3(TF=0.85)、CsSnI3(TF=0.92)などが挙げられる。
【0023】
本発明のペロブスカイト量子ドット複合体では、前記ABX3表面の少なくとも一部がAよりもイオン半径の小さいA’で置換されている。A’はAよりもイオン半径の小さいカチオンである。例えば、Aがセシウムである場合、A’には周期表の上の列のカリウムやナトリウムなどが用いられる。
イオン半径が小さいほど格子エネルギーは大きくなることから、A’はAサイトに配位するXサイトとの結晶格子を強固にする。その結果、ABX3表面のAサイトを占有するカチオン脱離を抑制することができる。
【0024】
また、A’には有機酸塩の有機酸の部位が配位している。このような部位は、ペロブスカイト量子ドット複合体の合成時に粒子の結晶成長に寄与する。結果的に、粒径が均一化され、FWHMPLが小さくなる。
【0025】
本発明のペロブスカイト量子ドット複合体は、溶媒中に分散されると、その配位子の一部が脱離し、表面への脱離及び配位が平衡状態となる。デバイス化のため溶媒置換を行うと、溶媒中に分散していた配位子が溶媒の除去とともに失われ、ペロブスカイト量子ドット複合体の表面から配位子が脱離することで失われる。これにより、ABX3のAサイトに欠陥(ダングリングボンド)が生じると、耐久性が大幅に減少する。Aサイトの欠陥をきっかけとして、Xサイトに欠陥が生じるとPLQYが低下する。
【0026】
本発明では、ABX3表面の少なくとも一部をAよりもイオン半径の小さいA’で置換することで、A’が近傍にあるXサイトを占有するハロゲン化物イオンと強いイオン結合を形成することとなり、ダングリングボンドを大幅に抑制することができる。そのため、外的要因に耐えうる高性能なペロブスカイト量子ドット複合体を形成することができる。なお、外的要因とは、溶媒置換プロセスにおいて、例えば、合成後のインクから不純物を除去するため、溶媒を置換したり、フィルム化するため、樹脂を溶解させた溶媒に混合したり、発光素子にするため、下地基板と相性の良い溶媒に置換することや、大気中の水分が溶け込むことによって溶媒の極性が変化することである。
【0027】
A’の原料は、有機酸塩、具体的には、脂肪酸のような弱酸の塩である。ペロブスカイト量子ドット複合体の表面の少なくとも一部において、AがA’で置換されると、A’が有するアルキル鎖で表面が修飾される。このような修飾部位があると、ペロブスカイト量子ドット複合体の合成時に粒子の成長が調整されるため、粒径を均一化することができる。その結果、発光スペクトルの極大波長を所望の波長にシフトしたり、FWHMPLを小さくすることができる。
【0028】
前記ペロブスカイト量子ドット複合体の平均粒径は1~30nmが好ましく、2~20nmがより好ましく、4~16nmが特に好ましい。ペロブスカイト量子ドット複合体の平均粒径が前記範囲であると、ペロブスカイト量子ドット複合体に高い溶媒分散性を付与することができる。ペロブスカイト量子ドット複合体の粒径が極端に小さいと、オストワルド熟成や凝集が促進され、良好に結晶構造を維持できなくなるため、量子サイズ効果により発光波長が大きくなる。一方、粒径が極端に大きいと、励起時の励起子の安定性が低下することでPLQYが低下する。
【0029】
ペロブスカイト量子ドット複合体の平均粒径は、蛍光分光光度計等によるフォトルミネッセンス(PL)の極大波長(λPL)から求めることができる。発光体であるペロブスカイト量子ドット複合体は、粒径によってエネルギーバンドギャップが変化し、λPLが変化する。例えば、ペロブスカイト量子ドットCsPbBr3では、平均粒径が2.6nmでλPLが450nm、平均粒径が6.2nmでλPLが500nm、平均粒径が15nmでλPLが523nmである。
【0030】
前記ペロブスカイト量子ドット複合体は、可視光から近赤外波長領域(300~1000nm)に発光を生じる。光励起による発光でもよいし、電気励起による発光でもよい。光励起によって発光させる場合、励起光の波長は200~800nm、具体的には250~750nm、より具体的には300~600nmである。
【0031】
[ペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法]
本発明のペロブスカイト量子ドット複合体は、例えば、配位子支援再沈殿(LARP)法、ホットインジェクション法、メカノケミカル法、超音波ビーズミル法、マイクロフローリアクター法、及び強制薄膜式フローリアクター法により製造することができる。これらのうち、簡便かつ高い汎用性の点で、LARP法が好ましい。
本発明では、LARP法を用いたペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法について説明する。
【0032】
本発明のペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法は、ハロゲン化カチオンAXと、14族金属のハロゲン化物BX2と、Aよりもイオン半径の小さいA’で置換された有機酸塩と液体誘電率が20以上である極性溶媒とを含む前駆体溶液を調製する工程1と、前記前駆体溶液を液体誘電率10以下の非極性溶媒中に注入して懸濁液を調製する工程2とを有する。この方法では、工程1の前駆体溶液にA’で置換された有機酸塩が含まれている。ハロゲン化カチオンAXとA’で置換された有機酸塩とを非極性溶媒に同時に添加することから、この方法を以下「同時添加法」ともいう。
【0033】
具体的にいうと、工程1では、有機酸配位子及び/又は有機塩基配位子を入れたスクリュー管に、ハロゲン化カチオンAXと、14族金属のハロゲン化物BX2と、A’で置換された有機酸塩とを極性溶媒に溶解させた溶液を添加して攪拌後、遠心分離し、上澄みを回収し、ペロブスカイト量子ドット複合体の前駆体溶液を調製する。
【0034】
ハロゲン化カチオンAXとしては、A+であるセシウムイオン、ルビジウムイオン、カリウムイオン、ナトリウムイオン及びリチウムイオンなどの一価カチオンと、X-である塩化物イオン、臭化物イオン及びヨウ化物イオンなどのハロゲン化物イオンとからなる化合物などが挙げられる。或いは、A+である有機カチオンと前記のハロゲン化物イオンとからなる化合物、例えば、メチルアミンハロゲン化水素酸(MAX)、エチルアミンハロゲン化水素酸(EAX)、ホルムアミジンハロゲン化水素酸(FAX)、グアニジンハロゲン化水素酸(GAX)であってもよい。これらのうち、塩化セシウム、臭化セシウム、ヨウ化セシウム、塩化メチルアンモニウム、臭化メチルアンモニウム、ヨウ化メチルアンモニウム、塩化エチルアンモニウム、臭化エチルアンモニウム、ヨウ化エチルアンモニウム、ホルムアミジン塩酸塩、ホルムアミジン臭化水素酸塩、ホルムアミジンヨウ化水素酸塩、グアニジン塩酸塩、グアニジン臭化水素酸塩、及びグアニジンヨウ化水素酸塩などが好ましい。これらの化合物は、一種を単独で、又は任意の比率で二種類以上を混合して用いることができる。
【0035】
14族金属のハロゲン化物BX2は、B2+である鉛イオン、ゲルマニウムイオン、及びスズイオンなどと、前記のハロゲン化物イオンとからなる化合物などが挙げられる。これらのうち、臭化鉛(II)(PbBr2)、ヨウ化鉛(II)(PbI2)、塩化鉛(II)(PbCl2)、臭化スズ(II)(SnBr2)、ヨウ化スズ(II)(SnI2)、塩化スズ(II)(SnCl2)、臭化ゲルマニウム(II)(GeBr2)、ヨウ化ゲルマニウム(II)(GeI2)及び塩化ゲルマニウム(II)(GeCl2)などが好ましい。これらの化合物は、一種を単独で、又は任意の比率で二種類以上を混合して用いることができる。
ハロゲン化カチオンAXと14族金属のハロゲン化物BX2との混合比率は、通常1:10~10:1、好ましくは1:3~3:1、より好ましくは1:1.5~1.5:1のモル比である。混合比率の差が大きくなり、ペロブスカイト量子ドット複合体の金属元素が価数の異なるペロブスカイト結晶構造が形成されると、PLQYが低下する傾向にある。
【0036】
カチオン種A’の原料は、有機酸の水素原子が一価カチオンで置換された有機酸塩である。有機酸には、オレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、グルタル酸、セバシン酸安息香酸、3,4,5-トリ(2-プロペノキシ)安息香酸などのカルボン酸、オクチルホスホン酸、テトラデシルホスホン酸、ジ-tert-オクチルホスフィン酸などのリンのオキソ酸化合物、並びにベンゼンスルフィン酸などがある。一価カチオンには、カリウム、ナトリウム、セシウム及びMAなどがある。本発明に係る有機酸塩は、これらを任意に組み合わせたものである。一例を挙げると、水酸化カリウム(KOH)及びオレイン酸(CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-COOH)を混合する(下式(1))、もしくは炭酸カリウム(K2CO3)及びオレイン酸(CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-COOH)を混合する(下式(2))と、有機酸塩(CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-COOK)が得られる。
【0037】
KOH + CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-COOH
→ CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-COOK + H2O (1)
K2CO3 + 2CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-COOH
→ 2CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-COOK + H2O + CO2 (2)
例えば、オレイン酸リチウム、オレイン酸カリウム(POAc)、オレイン酸ナトリウム(SOAc)、オレイン酸ルビジウム(ROAc)などである。
これらの化合物は、一種を単独で、又は任意の比率で二種類以上を混合して用いることができる。また、有機酸塩に用いる有機酸と、有機酸配位子に用いる有機酸は、異なる化合物を用いることができる。
【0038】
有機酸配位子は、ペロブスカイト量子ドット複合体を形成するカチオン、すなわち、主に一般式ABX3中のBと配位結合を形成する化合物である。
有機酸配位子は、有機カルボン酸、有機スルホン酸、有機スルフィン酸、及びリンのオキソ酸化合物(有機ホスホン酸、有機ホスホネート、有機ホスフィン酸)などである。例えば、オレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、グルタル酸、セバシン酸、安息香酸及び3,4,5-トリ(2-プロペノキシ)安息香酸などの有機カルボン酸;ベンゼンスルフィン酸などの有機スルフィン酸;オクチルホスホン酸、テトラデシルホスホン酸及びトリ-n-オクチルホスフィンオキシドなどの有機ホスホン酸;並びにジ-tert-オクチルホスフィン酸及びジイソオキシルホスフィン酸などの有機ホスフィン酸が挙げられる。これらの化合物は、一種を単独で、又は任意の比率で二種類以上を混合して用いることができる。
【0039】
有機塩基配位子は、ペロブスカイト量子ドット複合体を形成するアニオン、すなわち、主にABX3中のXと配位結合を形成する化合物、または、ペロブスカイト量子ドット複合体を形成する1価のカチオン、すなわち、ABX3中のAと、有機塩基配位子のカチオン部を置換することで配位結合を形成する化合物である。
【0040】
有機塩基配位子には、脂肪族アミン、芳香族アミン、四級アンモニウム塩のいずれであってもよい。例えば、オレイルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、ペンチルアミン、オクチルアミン、ヘキサデジルアミン及びオクタデシルアミン等の炭素数3~16の脂肪族アミン;アニリン、ベンジルアミン、フェネチルアミン、3-フェニル-2-プロペン-1-アミン、フェニルメチルアミン、2,2’-イミノジ安息香酸、3-フェニルプロピルアミン、4-フェニルブチルアミン、ナフチルアミン、4-アミノビフェニル及び3,4,5-トリス(プロパ-2-エン-1-イルオキシ)ベンジルアミンなどの炭素数6~34の芳香族アミン;並びにジデシルジメチルアンモニウム塩、臭化ベンジルトリメチルアンモニウム、3-(N,N-ジメチルオクタデシルアンモニオ)プロパンスルホナート塩及びステアリルトリメチルアンモニウム塩などの脂肪族4アンモニウム塩が挙げられる。これらの化合物は、一種を単独で、又は任意の比率で二種類以上を混合して用いることができる。
【0041】
ペロブスカイト量子ドット複合体を作製するに際し、有機酸配位子及び有機塩基配位子は、粒径の均一化及び表面欠陥の補填の双方に作用する。なお、本明細書において、有機酸配位子及び有機塩基配位子の「配位子」は、配位性の化合物を指す。
【0042】
本明細書において、極性溶媒は、室温(概ね20~25℃)における液体誘電率が20以上であって、非極性溶媒と混和性のある非プロトン性溶媒である。液体誘電率が20以上の極性溶媒には、N-メチルピロリドン(NMP;液体誘電率32.2)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF;液体誘電率36.7)及びアセトニトリル(液体誘電率35.9)などがある。
【0043】
前駆体溶液中のハロゲン化カチオンAXの濃度は、0.01~1.00mol/l、好ましくは0.10~0.50mol/lであり、14族金属のハロゲン化物BX2の濃度は、0.01~1.0mol/l、好ましくは0.10~0.60mol/lである。
【0044】
ペロブスカイト量子ドット複合体の表面のAを置換するA’の量は、有機酸塩/ハロゲン化カチオン(A’/A)の比率(モル比)で0.01~10.00、好ましくは0.03~5.00、より好ましくは0.05~1.00である。A’/Aのモル比が前記範囲であるとき、ペロブスカイト量子ドット複合体の表面がA’-Xの強固なイオン結合を含むこととなるため、Aサイトからの脱離が防止され、結果的に表面欠陥が強固に補填でき、外的要因によるPLQYの劣化を抑制する。
【0045】
次いで、工程2では、沈殿物を回収し、非極性溶媒を添加して、再び遠心分離して、上澄みを回収することにより、透明感のあるペロブスカイト量子ドット複合体の分散液を得る。
非極性溶媒は、室温(概ね20~25℃)における液体誘電率10以下の有機溶媒であり、例えば、酢酸エチル(液体誘電率6.4)、トルエン(液体誘電率2.4)、ヘキサン(液体誘電率1.9)、オクタデセン、クロロベンゼン(液体誘電率5.6)及びクロロホルム(液体誘電率4.8)などである。
【0046】
また、本発明のペロブスカイト量子ドット複合体の製造方法は、ハロゲン化カチオンAXと、14族金属のハロゲン化物BX2とを混合して前駆体溶液を調製する工程Iと、前記前駆体溶液を液体誘電率10以下の非極性溶媒中に注入して懸濁液を調製する工程IIと、Aよりもイオン半径の小さいA’で置換された有機酸塩を前記懸濁液に混合する工程IIIとを有する。この方法では、工程IIIにおいてA’で置換された有機酸塩を後から添加することから、以下「後添加法」ともいう。
【0047】
工程Iでは、有機酸配位子有機塩基配位子を入れたスクリュー管に、ハロゲン化カチオンAXと、14族金属のハロゲン化物BX2とを極性溶媒に溶解させた溶液を添加して攪拌後、遠心分離し、上澄みを回収し、ペロブスカイト量子ドット複合体の前駆体溶液を調製する。次いで、工程IIで、前駆体溶液を液体誘電率10以下の非極性溶媒中に注入して懸濁液を調製した後、工程IIIで、懸濁液にA’で置換された有機酸塩を添加する。
ハロゲン化カチオンAX、14族金属のハロゲン化物BX2、A’で置換された有機酸塩、極性溶媒、有機酸配位子、有機塩基配位子、及び液体誘電率10以下の非極性溶媒は同時添加法で使用するものと同じである。
【0048】
[インク]
本発明のインクは、前記ペロブスカイト量子ドット複合体と、液体誘電率が20以上である極性溶媒と、液体誘電率が10以下である非極性溶媒とを含有する。
液体誘電率が20以上である極性溶媒と、液体誘電率が10以下である非極性溶媒とについては、前記したとおりである。
【0049】
前記極性溶媒に対する前記非極性溶媒の体積比は、概ね4倍以上、好ましくは6倍以上、より好ましくは10倍以上である。析出したペロブスカイト量子ドット複合体の再溶解抑制や反応収率を高くする観点から、極性溶媒は、非極性溶媒に比べて少ない方が望ましい。極性溶媒は、ペロブスカイト量子ドット複合体の合成後に溶媒置換などを行い一部を除去してもよい。また、ペロブスカイト量子ドット複合体の合成後に非極性溶媒を添加してもよい。
【0050】
前記インクの別の実施形態は、前記ペロブスカイト量子ドット複合体と、硬化型樹脂とを含有する樹脂インクである。
硬化型樹脂は、熱硬化性樹脂及び光硬化性樹脂のいずれでもよく、またこれらの混合物であってもよい。硬化型樹脂は、芳香環を複数有するものなど、紫外線の吸収率の高いものが好ましい。
【0051】
熱硬化性樹脂には、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、アミノ樹脂、ベンゾオキサジン樹脂、カルボジイミド樹脂、シクロカーボネート化合物、エポキシ化合物、多官能オキセタン化合物及びエピスルフィド樹脂などが挙げられる。
光硬化性樹脂には、公知の感光性モノマーであるアクリロイル化合物、エポキシ化合物、光重合性オリゴマーや光重合性ビニルモノマーなどが用いられる。これらの感光性モノマーは、ラジカル重合性及びカチオン重合性のモノマーのいずれでもよい。
硬化型樹脂は、一種を単独で、又は任意の比率で二種類以上を混合して用いることができる。
前記樹脂インク中、ペロブスカイト量子ドット複合体と硬化型樹脂との重量比は、通常、硬化剤樹脂に対してペロブスカイト量子ドット複合体が5.0重量%以下、好ましくは2.0重量%以下、さらに好ましくは1.0重量%以下である。
【0052】
前記樹脂インクは、添加剤を含有してもよい。添加剤としては、ポリカルボン酸樹脂、ウレタン樹脂、フッ素樹脂、アクリル樹脂及びその誘導体などの分散剤の他に、非極性溶媒、硬化開始剤、重合禁止剤、架橋剤、及びフッ素添加剤などが挙げられる。
【0053】
硬化開始剤は、露光時にラジカル、カチオン又はアニオンなどの活性種を発生する化合物である。ペロブスカイト量子ドットの励起エネルギーによってモノマーが活性化し重合は進むが、重合開始剤を添加することでより露光時間を短くすることができる。具体的には、有機過酸化物、アゾ化合物、及びトリエチルボランなどのラジカル開始剤、n-ブチルリチウムなどの求核剤、及びモノボランなどの求電子剤など多種のものが挙げられる。
【0054】
重合禁止剤は、貯蔵中にモノマーが不必要に重合することを防止する化合物である。具体的には、ヒドロキノン化合物などを用いることができる。
【0055】
架橋剤は、光硬化性樹脂を改質する化合物である。具体的には、ホモ二機能性架橋剤であるN-ヒドロキシエステル化合物、イミドエステル化合物、及びマレイミド化合物などを用いることができる。
【0056】
フッ素添加剤は、表面改質により樹脂インク、もしくは硬化後の樹脂膜に撥水性を付与するために用いる。パーフルオロアルキル基を備えた有機フッ素化合物が挙げられる。
【0057】
前記インクに励起光、例えば、波長370nmの紫外線を照射すると、青~赤色(波長450~800nm)の蛍光を発する。
【0058】
[ペロブスカイト量子ドット膜の製造方法]
本発明のペロブスカイト量子ドット膜の製造方法は、前記インクを基板に塗布し、成形する工程と、溶媒を乾燥により除去して、膜を形成する工程とを有する。
前記ペロブスカイト量子ドット膜は、基板と、前記基板上に一層又は二層以上形成された前記インクの薄膜からなることが好ましい。これらの工程を複数回繰り返すことにより、基板上にペロブスカイト量子ドット膜を複数の層で形成することができる。
なお、基板にはガラス板、樹脂板及び半導体板など公知のものが用いられる。
【0059】
得られたペロブスカイト量子ドット膜は、可視光から近赤外波長領域に発光を生じる。ペロブスカイト量子ドット膜は、励起により発光する性質を有し、具体的には、励起光による励起、及び電気による励起により発光する性質を有する。ペロブスカイト量子ドット積層膜を励起する光の波長は200~800nm、具体的には250~750nm、より具体的には300~600nmである。
【0060】
本発明のペロブスカイト量子ドット膜は、硬化材料とともに使用することで、波長変換材料として好適である。硬化材料としては、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、ガラス及びセラミックスなどが用いられる。
また、本発明のペロブスカイト量子ドット複合体を分散したインクを、基材に塗布したペロブスカイト量子ドット膜は、電気励起による自発光材料として使用することができる。
【実施例0061】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
[実施例1]POAc50/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸288μL(0.908mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)及びPOAc32.0mg(0.10mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0062】
(1)溶媒置換1回
懸濁液を遠心管に入れて、卓上遠心分離機AS165W(アズワン(株)製)で12000rpm、5分間、遠心分離した後、上澄み液を除去し、オクタン1mLを添加して再分散させた後、16500rpm、3分間に設定して遠心分離した。上澄みをガラスセルに入れて、蛍光分光光度計FP-8600(日本分光(株)製;励起波長350nm)に積分球をセットして、蛍光分光特性を評価したところ、蛍光スペクトルの最大波長(λPL)は529nm、FWHMPLは27nm及びPLQYは83.1%であった。
λPLからペロブスカイト量子ドット複合体の粒径を求めたところ、平均粒径は12nmであった。
【0063】
(2)溶媒置換1回、2回の比較
前記(1)溶媒置換1回において、オクタン1mLではなく、酢酸エチル2mLを添加して再分散させた後、10分間攪拌した。16500rpm、15分間、遠心分離をした後、上澄み液を除去し、更にオクタン1mLを添加して再分散させた。16500rpm、3分間に設定して遠心分離した。上澄みをガラスセルに入れて、蛍光分光特性を評価したところ、λPLは531nm、FWHMPLは25nm及びPLQYは88.8%であった。
【0064】
溶媒置換1回、溶媒置換2回のPLQYを比較するために下式からΔPLQYを算出した。
ΔPLQY = (PLQY(溶媒置換2回)- PLQY(溶媒置換1回)) / PLQY(溶媒置換1回)
その結果、ΔPLQYは+6.9%であった。
結果を表1に示す。
【0065】
[実施例2]POAc5/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸317μL(0.998mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)POAc3.20mg(0.01mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0066】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回のPLQYを測定したところ、ΔPLQYは+0.1%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は12nmであった。
結果を表1に示す。
【0067】
[実施例3]POAc10/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸314μL(0.988mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)及びPOAc6.40mg(0.02mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様にして、酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0068】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは+1.4%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は12nmであった。
結果を表1に示す。
【0069】
[実施例4]POAc20/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸307μL(0.968mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)及びPOAc12.8mg(0.04mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様にして、酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0070】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは+1.2%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は12nmであった。
結果を表1に示す。
【0071】
[実施例5]POAc25/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸304μL(0.958mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)及びPOAc16.0mg(0.05mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様にして、酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0072】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは+0.1%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は12nmであった。
結果を表1に示す。
【0073】
[実施例6]POAc75/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸272μL(0.858mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)及びPOAc48.0mg(0.15mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様にして、酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0074】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは+10.8%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は13nmであった。
結果を表1に示す。
【0075】
[実施例7]POAc100/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸256μL(0.808mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)及びPOAc64.1mg(0.20mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様にして、酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0076】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは+28.5%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は13nmであった。
結果を表1に示す。
【0077】
[実施例8]SOAc50/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸288μL(0.908mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)及びオレイン酸ナトリウム(SOAc)30.4mg(0.10mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様にして、酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0078】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは+5.4%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は12nmであった。
結果を表1に示す。
【0079】
[実施例9]ROAc50/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸256μL(0.908mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol)及びオレイン酸ルビジウム(ROAc)36.7mg(0.10mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様にして、酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0080】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは+5.3%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は8nmであった。
結果を表1に示す。
【0081】
[実施例10]POAc50/FAPbBr3
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸320μL(1.008mmol)、オクチルアミン20μL(0.12mmol))をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、1分間攪拌した後、オレイン酸320μL(1.008mmol)、POAc32.0mg(0.10mmol)を加え、その後さらに、2分間混合して懸濁液を得た。
【0082】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは+3.2%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は13nmであった。
結果を表1に示す。
【0083】
[実施例11]POAc50/CsPbBr3
臭化セシウム(CsBr)85.1mg(0.4mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)146.8mg(0.4mmol)、をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)8mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
酢酸エチル4.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、オレイン酸90μL(0.284mmol)、及びオレイルアミン4.5μL(0.0137mmol)室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、1分間攪拌した後、オレイン酸87.0μL(0.274mmol)、POAc3.20mg(0.01mmol)を加え、その後さらに、2分間混合して懸濁液を得た。
【0084】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、ΔPLQYは-9.8%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は12nmであった。
結果を表1に示す。
【0085】
[比較例1]
ホルムアミジン臭化水素酸塩(CH4N2・HBr)25mg(0.2mmol)、臭化鉛(II)(PbBr2)110mg(0.3mmol)、オレイン酸320μL(1.008mmol)、及びオクチルアミン20μL(0.12mmol)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mLに溶解させて前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様にして、酢酸エチル2.5mLをスクリュー管に入れて、ここに、室温、大気下で攪拌しながら前駆体溶液0.4mLを注入し、3分間混合して懸濁液を得た。
【0086】
実施例1と同様にして、溶媒置換1回と溶媒置換2回の蛍光分光特性を測定したところ、溶媒置換1回はλPLは534nm、FWHMPLは23nm及びPLQYは84%、溶媒置換2回は発光ピークが未検出(PLQY0%)であった。ΔPLQYは-100%であった。また、溶媒置換1回の平均粒径は14nmであった。
結果を表1に示す。
【0087】
[LEDデバイス]
実施例1で作製した溶媒置換1回、溶媒置換2回、及び比較例1で作製した溶媒置換2回のペロブスカイト量子ドット複合体を有するインクを、テルモシリンジ(テルモ製)とPuradisc 13(口径0.2μm、Whatman製)でフィルター濾過後、LEDデバイスの発光層として使用した。
【0088】
ITO基板上にスピンコート法にて、PEDOT:PSS、ポリ(9-ビニルカルバゾール)(PVK)の順で成膜後、発光層として、ペロブスカイト量子ドット複合体を有するインクを成膜し、蒸着法にて、2,2’,2”-(1,3,5-ベンジントリイル)-トリス(1-フェニル-1-H-ベンズイミダゾール)(TPBi)、Liq/Alをコートし、LEDデバイスを構築した。
構築したLEDデバイスの外部量子効率(EQE)を測定したところ、実施例1の溶媒置換1回がEQE1.1%であるのに対して、実施例1の溶媒置換2回はEQE3.3%だった。比較例1の溶媒置換2回はEQE0%だった。溶媒置換の回数を増やすことでペロブスカイト量子ドットの分散溶媒中の不純物が取り除かれ、ペロブスカイト量子ドット膜の電気抵抗が低下する。且つ実施例1の溶媒置換2回では、溶媒置換によるペロブスカイト量子ドットの表面欠陥が抑制された。この2つの相乗効果によりEQEが上昇した。
【表1】
【0089】
A’を有する有機酸塩を添加した実施例1~11では、溶媒置換によるPLQYの減少率が著しく改善したことが解る。また、A’/Aが増加するほどΔPLQYが増加する傾向が見られた。つまり、ペロブスカイト量子ドット複合体は、その表面をイオン半径の小さいカチオンで置換することで、格子エネルギーが増加し、外的要因による表面欠陥が抑制できている。
【0090】
本発明のペロブスカイト量子ドット複合体は、溶媒の置換などデバイスを作製する過程での発光特性の劣化を抑制し、高い発光特性の波長変換材料及び自発光デバイスを作製することができる。