(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031081
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】無線受信装置
(51)【国際特許分類】
H04B 10/2575 20130101AFI20240229BHJP
G02F 1/065 20060101ALI20240229BHJP
H04B 10/50 20130101ALI20240229BHJP
G02F 1/035 20060101ALI20240229BHJP
G02F 1/025 20060101ALI20240229BHJP
H04B 1/18 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
H04B10/2575
G02F1/065
H04B10/50
G02F1/035
G02F1/025
H04B1/18 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134397
(22)【出願日】2022-08-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、総務省、『無線・光相互変換による超高周波数帯大容量通信技術に関する研究開発:光電気相互変換技術』委託研究(令和3年度から新たに実施する電波資源拡大のための研究開発)、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】弁理士法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安井 武史
(72)【発明者】
【氏名】久世 直也
(72)【発明者】
【氏名】時実 悠
(72)【発明者】
【氏名】長谷 栄治
(72)【発明者】
【氏名】梶 貴博
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 隼
(72)【発明者】
【氏名】諸橋 功
(72)【発明者】
【氏名】久武 信太郎
【テーマコード(参考)】
2K102
5K062
5K102
【Fターム(参考)】
2K102AA22
2K102BA02
2K102BA19
2K102BA40
2K102BB01
2K102BC04
2K102BD01
2K102CA18
2K102DA05
2K102DB02
2K102DD01
2K102DD03
2K102DD05
2K102EA02
2K102EB06
2K102EB16
2K102EB20
2K102EB22
5K062AA09
5K062AB02
5K062AB06
5K062AC01
5K062BC03
5K062BF01
5K102AD01
5K102AD04
5K102AH02
5K102PB03
5K102PC12
5K102PH03
5K102PH41
5K102PH49
5K102PH50
(57)【要約】
【課題】高周波無線通信と光通信とのシームレス接続を可能にする。
【解決手段】情報信号で変調された無線信号を受信する無線受信装置であって、受信アンテナと、所定の波長のレーザー光を出力する励起レーザーと、前記レーザー光で励起され、前記無線信号のキャリアの周波数と差分周波数だけ異なる繰り返し周波数の光周波数コムを生成する微小光共振器と、前記光周波数コムを構成する光周波数モードのうち任意の光周波数モードと繰り返し周波数離れた隣接光周波数モードとをそれぞれ独立に分離する光バンドパスフィルターと、前記分離された光周波数モードと隣接光周波数モードを、それぞれに隣接した波長を有するスレーブレーザーに注入同期して光増幅を行う光サーキュレーターと、前記受信アンテナの受信部に設けられ、さらに前記光周波数モードを前記無線信号に応じて光変調する電気/光変換素子と、前記隣接周波数モードとそれに隣接する前記光周波数モードの変調成分を分離する光バンドパスフィルターとを有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
情報信号で変調された無線信号を受信する無線受信装置であって、
受信アンテナと、
所定の波長のレーザー光を出力する励起レーザーと、
前記レーザー光で励起され、前記無線信号のキャリアの周波数と差分周波数だけ異なる繰り返し周波数の光周波数コムを生成する微小光共振器と、
前記光周波数コムを構成する光周波数モードのうち任意の光周波数モードと繰り返し周波数離れた隣接光周波数モードとをそれぞれ独立に分離する光バンドパスフィルターと、
前記分離された光周波数モードと隣接光周波数モードを、それぞれに隣接した波長を有するスレーブレーザーに注入同期して光増幅を行う光サーキュレーターと、
前記受信アンテナの受信部に設けられ、さらに前記光周波数モードを前記無線信号に応じて光変調する電気/光変換素子と、
前記隣接周波数モードとそれに隣接する前記光周波数モードの変調成分を分離する光バンドパスフィルターとを有する無線受信装置。
【請求項2】
前記差分周波数は10GHz以上100GHz以下であることを特徴とする請求項1に記載の無線受信装置。
【請求項3】
前記任意の光周波数モード変調成分と差分周波数離れて隣接する前記隣接光周波数モードを混合し、光ビート信号を電気信号に変換する復調装置をさらに備えたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の無線受信装置。
【請求項4】
前記電気/光変換素子は、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、テルル化亜鉛(ZnTe)、ガリウム・リン(GaP)、ガリウム砒素(GaAs)、DASTからなる群より選択される1種以上の電気光学結晶材料から構成されることを特徴とする請求項3に記載の無線伝送装置。
【請求項5】
前記電気/光変換素子は電気光学ポリマーによって構成されることを特徴とする請求項3に記載の無線伝送装置。
【請求項6】
前記微小光共振器は非線形光学効果を有する媒質であって、窒化ケイ素(Si3N4)、ガリウム砒素アルミニウム(AlGaAs)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、五酸化タンタル(Ta2O5)、および窒化ガリウム(GaN)からなる群より選択される1種以上の媒質から構成されることを特徴とする請求項3に記載の無線伝送装置。
【請求項7】
前記受信アンテナはパラボラアンテナ、カセグレンアンテナまたはホーンアンテナ等であり、アンテナ焦点付近に前記電気/光変換素子が設けられたことを特徴とする請求項3に記載の無線伝送装置。
【請求項8】
前記スレーブレーザーは出射部に光アイソレーターを有さない分布帰還型(DFB)レーザーによって構成されることを特徴とする請求項3に記載の無線伝送装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、他の基地局等から無線信号を受信する、無線受信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、移動(無線)通信(2G/3G/4G/5G等)では、半導体技術の進歩に伴う技術革新が、世代進化(高速化、高周波化)を牽引してきた。しかし、次世代移動通信(Beyond 5G/6G)で扱う周波数はキャリア周波数300GHz以上のいわゆるテラヘルツ帯(以降、THz帯)に及ぶとされ、電気的手法の技術的限界(周波数上限)に達する可能性がある。つまり、無線キャリア波の低出力化と位相ノイズ増大、信号伝送損失の増大による高周波化と省電力化の両立困難、光通信と移動通信の信号変換に伴う時間遅延といった本質的問題が顕在化すると言われている。
【0003】
THz波の検出には、一般的には電気的手法が利用される。ショットキーバリアダイオード(SBD)のような高速THz検出素子を用いると、テラヘルツ波を電気信号として直接検出することが出来る(ホモダイン検出または自乗検出)。一方、THz波(RF信号)と局部発振器(LO信号)を高周波ミキサーでミキシングして、両者の差周波であるビート信号(IF信号)をマイクロ波帯やRF帯で計測することも出来る(ヘテロダイン検出)。
【0004】
一方、光ファイバー網を用いた光通信は最速の情報伝送速度を有し、最近ではデバイス内部の電子配線を光配線に置き換えて超高速・大容量・低遅延・低消費電力を実現するシリコン・フォトニクスの技術開発が進んでいる。このような背景から、無線通信においても、光学的に電波を検出する例が最近見受けられる。例えば、空間伝搬するTHz波を電気光学結晶に印加される電界信号として捉え、電気光学効果(例えば、ポッケルス効果)を用いることにより、THzの伝送情報を変調サイドバンド光として光信号に重畳することが出来る(非特許文献1)。また、THz波(無線キャリア)周波数程度だけ周波数が離間された2モード光を用い、一方のモード光の変調サイドバンド光と、それに隣接した他方のモード光の非変調キャリア光の光ビート信号を検出することにより、共通の位相ノイズを相殺すると共にヘテロダイン検出により、信号対雑音比(SN比)を向上する手法が開示されている(非特許文献2)。
【0005】
一方、微小光共振器から生成した光周波数コム(マイクロ光コム)を用いて、THz波(無線キャリア)周波数に等しい光周波数差で光位相も同期した2モード光を生成し、光学的なTHz波発生に用いられている(非特許文献3)。さらに、マイクロ光コムを構成するモード光の良好なSN比を維持しながら光増幅させるため、レーザー注入同期の利用が報告されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T. Kaji, I. Morohashi, Y. Tominari, N. Sekine, T. Yamada, and A. Otomo, "W-band optical modulators using electro-optic polymer waveguides and patch antenna arrays," Optics Express,Vol. 29, Issue 19, pp. 29604-29614 (2021).
【非特許文献2】S. Hisatake, H. H. N. Pham, and T. Nagatsuma, "Visualization of the spatial-temporal evolution of continuous electromagnetic waves in the terahertz range based on photonics technology," Optica, Vol. 1, Issue 6, pp. 365-371 (2014).
【非特許文献3】N. Kuse, K. Nishimoto, Y. Tokizane, S. Okada, G. Navickaite, M. Geiselmann, K. Minoshima, and T. Yasui,"Low phase noise THz generation from a fiber-referenced Kerr microresonator soliton comb," arXiv:2204.02564 (2022).
【非特許文献4】N. Kuse and K. Minoshima,"Amplification and phase noise transfer of a Kerr microresonator soliton comb for low phase noise THz generation with a high signal-to-noise ratio," Optics Express,Vol. 30, Issue 1, pp. 318-325 (2022).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、電気的THz検出法は、装置が中型・複雑・高価で、電磁誘導ノイズ等に弱いという問題点がある。また、無線通信と光通信の接続において、電気信号/光信号間での信号変換に伴う時間遅延が生じる。一方、光学的THz検出法は、THz波伝送情報を、電気光学効果を介して瞬時に光キャリア信号に重畳し、光信号として計測出来るので、小型・単純・安価で技術的に成熟した光通信プラットフォームをそのまま流用できる。その結果、光通信との親和性が良好で汎用性も高いが、次世代移動通信で利用されるTHz周波数帯では低い電気/光変換効率のため、高速無線通信に十分な検出感度を得ることが困難である。また、THz波(無線キャリア)周波数程度だけ周波数が離間され、かつ低位相ノイズな2モード光を得るのは困難であった。更に、そのような低位相ノイズ2モード光を、良好なSN比を維持しながら光増幅させる方法については全く示唆されていない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係る無線受信装置は、情報信号で変調された無線信号を受信する無線受信装置であって、受信アンテナと、所定の波長のレーザー光を出力する励起レーザーと、前記レーザー光で励起され、前記無線信号のキャリアの周波数と差分周波数だけ異なる繰り返し周波数の光周波数コムを生成する微小光共振器と、前記光周波数コムを構成する光周波数モードのうち任意の光周波数モードと繰り返し周波数離れた隣接光周波数モードとをそれぞれ独立に分離する光バンドパスフィルターと、前記分離された光周波数モードと隣接光周波数モードを、それぞれに隣接した波長を有するスレーブレーザーに注入同期して光増幅を行う光サーキュレーターと、前記受信アンテナの受信部に設けられ、さらに前記光周波数モードを前記無線信号に応じて光変調する電気/光変換素子と、前記隣接周波数モードとそれに隣接する前記光周波数モードの変調成分を分離する光バンドパスフィルターとを有する。
【0009】
前記差分周波数は10GHz以上100GHz以下であってもよい。
【0010】
前記任意の光周波数モード変調成分と差分周波数離れて隣接する前記隣接光周波数モードの非変調成分を混合し、光ビート信号を電気信号に変換する復調装置をさらに備えたものであってもよい。
【0011】
前記電気/光変換素子は、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、テルル化亜鉛(ZnTe)、ガリウム・リン(GaP)、ガリウム砒素(GaAs)、DASTからなる群より選択される1種以上の電気光学結晶材料から構成されるものであってもよい。
【0012】
前記電気/光変換素子は電気光学ポリマー(以下、「EOポリマー」という場合がある)によって構成されるものであってもよい。
【0013】
前記微小光共振器は非線形光学効果を有する媒質であって、窒化ケイ素(Si3N4)、ガリウム砒素アルミニウム(AlGaAs)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、五酸化タンタル(Ta2O5)、および窒化ガリウム(GaN)からなる群より選択される1種以上の媒質から構成されるものであってもよい。
【0014】
前記受信アンテナはパラボラアンテナ、カセグレンアンテナ、またはホーンアンテナ等であり、アンテナの焦点付近に前記電気/光変換素子が設けられたものであってもよい。
【0015】
前記スレーブレーザーは出射部に光アイソレーターを有さない分布帰還型(DFB)レーザーであってもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一態様によれば、テラヘルツ帯の無線キャリアで送られてくる無線伝送信号をキャリア光に高効率・低位相ノイズ・低時間遅延で重畳することができ、通常の光通信プラットフォームで容易に情報信号を復調することができる。その結果、Beyond5G以降の通信規格の要望をも満たし、光通信とのシームレス接続を可能にする無線受信装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の第1の実施の形態の無線受信装置のブロック図である。
【
図2】本発明の第1の実施の形態における電気/光変換素子および受信アンテナの具体例を示した模式図である。
【
図3】光周波数コム・モードに対するスレーブ・レーザーの注入同期の動作説明図である。
【
図4】本発明の第1の実施の形態における電気/光変換素子の具体例を示す概念図である。
【
図5】本発明の第1実施の形態の電気/光変換素子の動作説明図である。
【
図6】本発明の第1実施の形態の電気光学的位相変調の動作説明図である。
【
図7】本発明の第1実施の形態の変調サイドバンド光の光ヘテロダイン・ビート検出の動作説明図である。
【
図8】本発明の第1の実施例の実験方法を示す説明図である。
【
図9】本発明の第1の実施例の実験結果を示すグラフである。
【
図10】本発明の第2の実施例の実験方法を示す説明図である。
【
図11】本発明の第2の実施例の実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(第1の実施の形態)
以下、第1の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。本実施の形態における無線受信装置2は、無線基地局1から送信される無線信号を受信し、無線信号に含まれる情報信号を、光キャリアに重畳して復調装置3に伝送するまでの処理を行う装置を想定したものである。
【0019】
図1に本実施の形態における無線受信装置2のブロック図を示す。
図1において、無線受信装置2は受信アンテナ201を有し、無線信号S4を受信する。受信アンテナ201には受信アンテナ201が受信した無線信号を光変調信号に変換する電気/光変換素子202が設けられている。受信アンテナ201の具体例を
図2に示す。
【0020】
受信アンテナ201は凹状の反射面を有するパラボラアンテナやカセグレンアンテナであってもよい。また、開口面に凸レンズを有したホーンアンテナであってもよい。いずれにおいても、アンテナ焦点付近に電気/光変換素子202が設けられている。なお、本実施の形態においては、無線基地局1のアンテナもハイゲインの指向性アンテナであるとし、伝送ロスが最小となるように受信アンテナ201との位置調整が十分にできているものとする。
【0021】
さらに
図1において、203は単一周波数(波長)のレーザー光を発する励起レーザーである。発光波長が1550nmまたはその周辺の波長に合わせこまれた光を発するDFBレーザーが好ましい。204は微小光共振器であり、前記レーザー光で励起され、光周波数コムを生成する。光周波数コムとは、多数の光周波数モード列が等周波数間隔で櫛の歯状に光位相が揃った状態で立ち並んだ超離散マルチスペクトル構造を有する光である。
【0022】
微小光共振器204は半導体基板上に環状に形成されたものであってもよい。直径は40μm~400μmであってもよい。また、非線形光学効果を有する媒質であって、窒化ケイ素(Si3N4)、ガリウム砒素アルミニウム(AlGaAs)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、五酸化タンタル(Ta2O5)、および窒化ガリウム(GaN)からなる群より選択される1種以上の媒質から構成されるものであってもよい。
【0023】
微小光共振器204により生成された光周波数コム(マイクロ光コム)は光学的共振器長が短いため、隣接する光周波数モード間の周波数をテラヘルツ帯まで高く設計することができる。隣接する光周波数モード間の周波数(frep)は50GHz~3THzに、好ましくは100GHz~1THzに、さらに好ましくは350GHz~600GHzに設定してもよい。
【0024】
本実施の形態においては、光周波数コムの繰り返し周波数(frep)は、無線信号のキャリア周波数(fTHz)より差分周波数Δfだけ異なる繰り返し周波数に設定されている。Δfは後段において中間周波数として扱われるものであり、電子回路で扱える周波数以下であることが好ましいが、情報信号の低域まで近づくと情報信号に歪等が生じる。例えば10GHz~100GHz程度が好ましい。
【0025】
ここで、無線信号S4に含まれるキャリアが別の光周波数コムから生成されたものであるとして、繰り返し周波数(すなわちキャリア周波数)をfTHzとした場合、受信側の光周波数コムの繰り返し周波数(frep)はfTHz-ΔfまたはfTHz+Δfであればよい。言い換えれば、励起レーザー203によって励起される微小光共振器204は繰り返し周波数fTHz-ΔfまたはfTHz+Δfの光周波数コムを生成するものであればよい。
【0026】
2051および2052は光バンドパスフィルターであり、光周波数コムからそれぞれ隣接する任意の光周波数モードm3およびm4(周波数はそれぞれν3、ν4)を分離抽出する。本実施の形態においては、光周波数モードm3およびm4はいずれも光サーキュレーター2061および2062に供給される。
【0027】
光サーキュレーター2061は、光周波数モードm3をスレーブレーザー2071に入射することにより、注入同期を行う。注入同期の構成と動作を、
図3を用いてさらに詳しく説明する。光周波数モードm3は、光サーキュレーター2061を介して、スレーブレーザー2071に入射される。
図3(a)に示すように、光周波数モードm3が入射された状態で、スレーブレーザー2071の波長を光周波数モードm3の波長近傍に走査する。その結果、
図3(b)に示すように、スレーブレーザー2071の波長が光周波数モードm3の波長に引き込まれて注入同期がかかる。これにより、光周波数モードm3の低位相ノイズ特性を、スレーブレーザー2071に転送することが可能になる。ここで、スレーブレーザー2071が光周波数モードm3よりも十分に高出力かつ高SN比であるならば、低位相ノイズ・高出力・高SN比で光周波数モードm3を光増幅することと等価である。このようにして光増幅された光周波数モードm3は、光サーキュレーター2061を介して、電気/光変換素子202に供給される。
【0028】
光サーキュレーター2062は、光周波数モードm4をスレーブレーザー2072に入射することにより、スレーブレーザー2072の注入同期を行い、光周波数モードm4と同様に光増幅された光周波数モードm4を得る。
【0029】
電気/光変換素子202は電気光学(EO)材料中に、あるいは基板に設けられた光導波路にプローブ光を伝搬させ、その位相を外部からの電界に応じて変調させる機能を有するものである。電気光学材料として例えばニオブ酸リチウム(LiNbO3)結晶を使った、いわゆるLN変調器でもよい。本実施の形態の場合、「外部からの電界」とはすなわち受信アンテナが受信した無線信号(S4)を意味する。ニオブ酸リチウム以外に、電気光学結晶材料としてテルル化亜鉛(ZnTe)、ガリウム・リン(GaP)、ガリウム砒素(GaAs)、DAST、EOポリマーを用いてもよい。
【0030】
本明細書において、電気光学ポリマー(EOポリマー)としては、例えば、特願2019-537669明細書に記載の電気光学ポリマーが挙げられる。
【0031】
EOポリマーを用いた電気/光変換素子202の構造および動作を、
図4~
図6を用いてさらに詳しく説明する。まず無線伝送装置1から送られてきた無線信号S4は受信アンテナ201により電気/光変換素子202に外部電界として印加される。無線信号S4は周波数fTHz(例えば300GHz)のキャリア信号が情報信号で変調されたものであってもよい。電気/光変換素子202の構造は、
図4(a)、(b)に示す構造であってもよいが、特に限定されない。同図(a)は斜視図を、同図(b)は断面構造図をそれぞれ示す。
【0032】
両図において、電気/光変換素子202はCOP(シクロオレフィンポリマー)上に設けられたEOポリマーよりなる光導波路を有する。また、その両側にUV硬化性樹脂に埋め込まれるように金パッチアンテナが設けられている。無線信号の電界成分が光導波路を跨いで振動しているとき、光導波路を挟む金パッチアンテナの間に交流電界が生じる。この電界はEOポリマーに対してポッケルス効果を生じさせ、屈折率を変化させる(Δn)。これにより、EO材料の内部を伝搬する光周波数モードに位相変調が引き起こされる。この様子を
図5に示す。
【0033】
図6に示すように、電気/光変換素子202の光出力の光スペクトルには、光周波数モードm3(周波数ν3)以外に、無線信号S4(キャリア周波数fTHz、変調周波数帯域Δf)によって誘起された電気光学的位相変調により、ν3からfTHzだけ離れた位置に帯域幅Δfの変調信号成分(変調サイドバンド光S5)が現れる。
【0034】
ファイバーカップラー208は、電気/光変換素子202の出力光(m3,S5)と、光サーキュレーター2062から出力された光周波数モード光(m4)を合波する。その時のスペクトルの様子を
図7に示す。
図7の例では、光周波数モードm3の光周波数ν3に対して、その変調信号成分はν3±fTHzの周波数で電気/光変換素子202から出力される。光バンドパスフィルター209は、電気光学的位相変調を受けていない光周波数モード光(m4)と、その波長に最も隣接している出力光S5を抽出する。本実施の形態においては、無線信号S4は周波数fTHzのキャリアが変調幅Δfの情報信号で変調されたものであり、光周波数モード対(m3およびm4)の光周波数差(frep)はfTHz-Δfであるから、光バンドパスフィルター209で抽出される光周波数モードm3の高周波側変調信号成分S5と光周波数モードm4との周波数間隔は(ν3+fTHz)-(ν3+fTHz-Δf)=Δfとなる。
【0035】
本実施の形態(
図7)では、fTHzは300GHz、m3とm4の光周波数差(frep)は270GHzとしている。Δfはいわゆる中間周波数に相当する周波数であり、30GHzである。そこで周波数差Δf=30GHzのm4とS5を光混合し、ビート信号を電気に変換すれば、30GHzのキャリア信号(ベースバンド信号)で変調された伝送情報信号が得られる。30GHz程度であれば通常の電子回路を用いて復調処理は可能である。本実施の形態では、光バンドパスフィルター209の出力光は光ファイバーを通して復調装置3に送られ(S6)、復調装置3内部で電気的に復調処理がなされ、最終的にベースバンドの情報信号が得られる。
【0036】
なお、本実施の形態において、EO材料としてEOポリマーを用いた。EOポリマーは、従来の電気光学結晶(ZnTeやLNなどの無機材料)と比較して大きなEO係数を有する一方で、THz領域での損失が比較的低く、数100GHz以上の超高速応答が可能である。また、THz波と光信号の群速度ミスマッチの調整も可能である。
【実施例0037】
以下本発明の実施例について説明する。
【0038】
(第1の実施例)
本実施例では実際に微小光共振器で光周波数コムを生成し、従来のファイバー光増幅過程におけるSN比の変化を評価した実験について説明する。本実施例の実験方法を
図8に示す。本実施例においては、励起レーザー203として波長1560nmの外部共振器型半導体レーザーを用い、前置ファイバー光増幅器4で光増幅した後、微小光共振器204に供給される。微小光共振器204から出力された光周波数コムは、光バンドストップフィルター5で励起レーザー光を除去した後、後置ファイバー光増幅器6を用いた光増幅を行い、光スペクトラムアナライザー7で光スペクトル計測を行った。
【0039】
光スペクトラムアナライザー7によって測定された光スペクトラムと対応した光パワーの変化を
図9に示す。励起レーザー203の出力は、
図9(a)に示すように、単一モードの光スペクトルを有し、光パワー1mWでSN比60dBが得られている。微小光共振器204での光損失を見越し、励起レーザー203の出力を前置ファイバー光増幅器4で光増幅したところ、
図9(b)に示すように、光パワー500mWを得られたが、単一モードの光スペクトルの裾部分に自然放射増幅光(ASE)の光スペクトルが重畳し、SN比が45dBに低下した。前置ファイバー光増幅器4からの出力を微小光共振器204に供給したところ、
図9(c)に示すように、その出力光パワーは1.5mWに減少し、光周波数コムとASEのスペクトルが重畳されて観測された。ここで波長1560nmの光周波数コム・モードは励起レーザー光が重畳しているので、それ以外のモード成分に着目すると、SN比は30dB以下であった。最後に、後置ファイバー光増幅器6で光増幅したところ、
図9(d)に示すように、出力光パワー30mWの光周波数コムが得られたが、ASEスペクトルの重畳により、SN比は20dB以下となった。
【0040】
(第2の実施例)
本実施例では、微小光共振器で光周波数コムを生成し、その出力をスレーブレーザーに注入同期した実験について説明する。本実施例の実験方法を
図10に示す。本実施例において、励起レーザー203として波長1540nmの外部共振器型半導体レーザーを用い、前置ファイバー光増幅器4で光増幅した後、微小光共振器204に供給される。微小光共振器204から出力された光周波数コムから、光バンドストップフィルター5で励起レーザー光が除去される。
【0041】
さらに、光バンドパスフィルター8を用いて波長1550nmの単一モードを抽出し、光減衰器9で光パワー調整をした後、光サーキューレーター2061を介して、スレーブレーザー2071に入射した。ここで、抽出された光周波数コム・モードのパワーと、スレーブレーザー2071の波長を最適化することより、スレーブレーザー2071が光周波数コム・モードに引き込まれ、注入同期がかかる。
【0042】
光バンドパスフィルター8で抽出された光周波数コム・モードと、注入同期されたスレーブレーザー2071の光スペクトルの比較を
図11に示す。スレーブレーザー2071の単一モード光スペクトルの波長が、抽出された光周波数コム・モードの波長と厳密に一致していることが確認でき、光周波数コムの低位相ノイズ性がスレーブレーザー2071に転写されている。一方で、注入同期されたスレーブレーザー2071の光出力パワーは30mWでSN比が60dBとなっており、光周波数コムの低出力性と低SN比が大きく改善されている。