(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031135
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】組成物、及び、抵抗発熱体
(51)【国際特許分類】
C22C 5/04 20060101AFI20240229BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20240229BHJP
C22F 1/14 20060101ALN20240229BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240229BHJP
C22F 1/16 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
C22C5/04
C22C30/00
C22F1/14
C22F1/00 621
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 622
C22F1/00 630K
C22F1/00 661B
C22F1/00 681
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/16 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134489
(22)【出願日】2022-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】514115065
【氏名又は名称】株式会社C&A
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】村上 力輝斗
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 圭
(72)【発明者】
【氏名】吉川 彰
(72)【発明者】
【氏名】山口 大聡
(72)【発明者】
【氏名】糸井 椎香
(72)【発明者】
【氏名】庄子 育宏
(57)【要約】
【課題】本発明は、耐久性、電気抵抗率、電気抵抗率の温度依存性、及び、室温での加工性の各要件をバランスよく満足する、組成物、及び、抵抗発熱体を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の一態様に係る組成物は、化学組成が、原子%で、Mo:0%超、49%以下、W:0%超、45%以下のRu-Mo-W合金を含有し、前記Ru-Mo-W合金における、Mo含有量及びW含有量の合計が30%超50%未満である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、原子%で、
Mo:0%超、49%以下、
W:0%超、45%以下のRu-Mo-W合金を含有し、
Mo含有量及びW含有量の合計が30%超50%未満である、組成物。
【請求項2】
前記化学組成が、原子%で、
Mo:10%以上、40%以下、
W:10%以上、40%以下、を含有する前記Ru-Mo-W合金における、Mo含有量及びW含有量の合計が20%以上47%以下である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記Ru-Mo-W合金が粉末状又は少なくとも溶媒と混合したペースト状である請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
前記Ru-Mo-W合金を含む組成物が薄膜である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項5】
化学組成が、原子%で、
Mo:0%超、49%以下、
W:0%超、45%以下のRu-Mo-W合金を含有し、
Mo含有量及びW含有量の合計が50%未満である、抵抗発熱体。
【請求項6】
前記化学組成が、原子%で、
Mo:10%以上、40%以下、
W:10%以上、40%以下、を含有する前記Ru-Mo-W合金における、Mo含有量及びW含有量の合計が20%以上47%以下である、請求項5に記載の抵抗発熱体。
【請求項7】
室温での単軸引張試験における破断伸びが5%以上である、請求項5又は6に記載の抵抗発熱体。
【請求項8】
前記抵抗発熱体の形状が線状又は棒状である、請求項7に記載の抵抗発熱体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組成物、及び、抵抗発熱体に関する。
【背景技術】
【0002】
抵抗加熱式の加熱炉においては、炉内に配置された抵抗発熱体に対して直流又は交流の電流を印加することによって抵抗発熱体を発熱させることで、加熱炉内を加熱する。抵抗発熱体の材料には、カーボン(C)や炭化ケイ素(SiC)などの炭素系材料、ジルコニア(ZrO2)やランタンクロマイト(LaCrO3)などのセラミックス材料、及びタングステン(W)やタンタル(Ta)などの金属系材料などが知られている。
【0003】
抵抗発熱体に用いることができる材料は、主として加熱に要する雰囲気及び目標到達温度によって規定される。例えば、有機エレクトロルミネッセンス(Organic Light Emitting Diode;OLED)等の成膜に用いられる蒸着セルは、抵抗加熱炉の一種であり、一般に蒸着セル内を高真空(10-5Pa程度)にして使用される。蒸着セルを用いた真空蒸着では、抵抗発熱体によって囲まれた領域に坩堝状の容器を配置し、当該容器に蒸着原料を充填し、抵抗発熱体に通電することで炉内を加熱し、蒸着原料を溶解する。溶解した蒸着原料の表面から脱離した原子又は分子は、蒸着セルによって指向性が付与され、蒸着セルの上方に配置された基板に対して付着することで成膜が進行する。ここで、成膜時の蒸着セル内部には蒸着原料以外の物質の脱離が少ないことが求められるため、蒸着セルに用いることができる抵抗発熱体は、高温かつ高真空中で揮発性の低い物質に限定される。従来、高温かつ高真空条件で使用される抵抗発熱体には、例えば、高融点かつ低蒸気圧である、タングステン、モリブデン、又はタンタル等の高融点金属が用いられてきた。特に、タンタルは、タングステンやモリブデンと異なり、高い延性を有するために室温でも所望の抵抗発熱体形状への加工が容易で、ヒーター線として使用する場合には設計の自由度が高いため広く商用化されている。更に、タンタルは、タングステンやモリブデンよりも高い電気抵抗率を有するため同一体積の抵抗発熱体の加熱において、より低い電流によって加熱できることから電流源や電線類を小型化が可能であるという利点を有する。このようなタンタル線としては、例えば、株式会社ニラコ製のタンタル線が挙げられる(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】インターネット<URL:https://shop.nilaco.jp/jp/estimates/?MENU=15&FROM=14&large_category=1&middle_category=%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB&small_category=%E7%B7%9A>
【非特許文献2】D.W. Rhys, The fabrication and properties of ruthenium, J. Less-Common Met. 1 (1959) 269-291.
【非特許文献3】A.S. Darling, Some Properties and Applications of the Platinum-Group Metals, Int. Metall. Rev. 18 (1973) 91-122.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、タンタルの抵抗発熱体の耐用温度が1600℃程度であり、タングステンやモリブデンの抵抗発熱体の耐用温度よりも低い。
【0007】
また、一般に金属の電気抵抗率は温度上昇に伴って増大するが、タンタルの電気抵抗率の温度依存性は、タングステンやモリブデンに比して大きく、わずかな温度変化が電気抵抗率の変化をもたらすので電圧又は電流の制御による温度の制御性が低い。更に、タンタルは、低い温度での電気抵抗率が小さいため昇温スピードが遅くなるという課題があった。
【0008】
一方、タングステンやモリブデンの抵抗発熱体の耐用温度は、タンタルの抵抗発熱体の耐用温度よりも高いものの、室温での加工が困難であるため、抵抗発熱体の製造のためにタングステン又はモリブデンは加熱される必要があり、製造コストが増大するという課題があった。
【0009】
上記の通り、従来の金属抵抗発熱体は、高耐久性、電気抵抗率の温度依存性及び室温での加工性という商用化において必要なこれらの要件をバランスよく満足するものではなかった。
【0010】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、耐久性、電気抵抗率、電気抵抗率の温度依存性、及び、室温での加工性の各要件をバランスよく満足する、組成物、及び、抵抗発熱体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の要旨は、以下のとおりである。
[1] 本発明の一態様に係る組成物は、化学組成が原子%で、Mo:0%超、49%以下、W:0%超、45%以下のRu-Mo-W合金を含有し、上記Ru-Mo-W合金における、Mo含有量及びW含有量の合計が30%超50%未満である。
[2] 上記[1]に記載の組成物では、上記化学組成が、原子%で、Mo:10%以上、40%以下、W:10%以上、40%以下、を含有する上記Ru-Mo-W合金における、Mo含有量及びW含有量の合計が20%以上47%以下であってもよい。
[3] 上記[1]又は[2]に記載の組成物は、上記Ru-Mo-W合金が粉末状又は少なくとも溶媒と混合したペースト状であってもよい。
[4] 上記[1]又は[2]に記載の組成物は、薄膜であってもよい。
【0012】
[5] 本発明の別の態様に係る抵抗発熱体は、化学組成が、原子%で、Mo:0%超、49%以下、W:0%超、45%以下のRu-Mo-W合金を含有し、Mo含有量及びW含有量の合計が50%未満である。
[6] 上記[5]に記載の抵抗発熱体は、上記化学組成が、原子%で、Mo:10%以上、40%以下、W:10%以上、40%以下、を含有する上記Ru-Mo-W合金における、Mo含有量及びW含有量の合計が20%以上47%以下であってもよい。
[7] 上記[5]又は[6]に記載の抵抗発熱体は、室温での単軸引張試験における破断伸びが5%以上であってもよい。
[8] 上記[7]に記載の抵抗発熱体は、その形状が線状又は棒状であってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐久性、電気抵抗率、電気抵抗率の温度依存性、及び室温での加工性の各要件をバランスよく満足する組成物及び抵抗発熱体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1における25℃でのRu-Mo-W合金の化学組成に応じた電気抵抗率を示すコンター図である。
【
図2】実施例1におけるRuに対するMo含有量及びW含有量と電気抵抗率との関係を示すグラフである。
【
図3】本発明の一実施形態に係る抵抗発熱体の製造に用いることができる抵抗発熱体の製造装置の構成を示す構成図である。
【
図4】同実施形態に係る抵抗発熱体の製造に用いることができる抵抗発熱体の製造装置の一部構成を示す構成図である。
【
図5】実施例2における電気抵抗率の温度依存性を示すグラフである。
【
図6】実施例3における放射率の温度依存性を示すグラフである。
【
図7】実施例4における各試料のSEM-EBSD分析により得られた画像である。
【
図8】実施例4における各試料の応力-ひずみ曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施形態に係る組成物、及び、抵抗発熱体について添付した図面を参照して説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0016】
<組成物>
まず、本発明の一実施形態に係る組成物を説明する。本実施形態に係る組成物は、化学組成が、原子%で、Mo:0%超、49%以下、W:0%超、45%以下、及び、残部:Ru及び不純物からなる、Ru-Mo-W合金を含有し、Ru-Mo-W合金における、Mo含有量及びW含有量の合計が30%超50%未満である。以下に詳細に説明する。なお、以下では化学組成の説明において特に断りのない限り、「%」との表記は「原子%」を表わすものとする。また、各元素の含有量は、Ru-Mo-W合金に対する含有量である。
【0017】
(Ru-Mo-W合金)
本実施形態に係る組成物におけるRu-Mo-W合金は、ルテニウム(Ru)、タングステン(W)、及びモリブデン(Mo)を含有する。
【0018】
Ruは、白金族元素の一つであり、高い融点(約2334℃)を有し、化学的安定性に優れ、真空雰囲気における蒸気圧が低い。Ruは、六方最密充填(hexagonal close-packed;HCP)構造を有し、他の元素が固溶することでRu合金を構成する。本実施形態に係る組成物におけるRu-Mo-W合金は、Ruを主成分とする。
【0019】
Ru単体の電気抵抗率は他の純金属と同様に低いが、Ruが合金元素を含有することで電気抵抗率が変化する。Ruが含有する合金元素の量が増大するにつれて電気抵抗率は増大する。詳細には、
図2に示すように、縦軸にRu合金の電気抵抗率をとり、横軸に合金元素の含有量をとると、Ru-Mo合金におけるMo含有量及びRu-W合金におけるW含有量がそれぞれ40原子%以下の範囲では、Mo含有量及びW含有量が増加するにつれて電気抵抗率は増大する。
【0020】
一方で、含有する合金元素によっては、定比化合物が形成する。例えば、金属間化合物のような定比化合物が形成される場合、Ru合金の金属組織は複相組織となり、Ru合金の電気抵抗率は析出相である金属間化合物の形態によって変化する。そして、金属間化合物の形態を制御することも難しいことから、複相組織を有するRu合金の電気抵抗率の制御は困難である。したがって、複相組織を有する金属材料は、通常、抵抗発熱体用材料としては好ましくない。ただし、析出相が熱処理によって溶体化できる場合はその限りでなく、合金元素が固溶している場合、電気抵抗率は合金元素の含有量に応じた値となる。このため、Ru合金の電気抵抗率を高めて組成物の電気抵抗率を高めるという観点からは、Ruに対してより高い固溶度を有し、かつ合金元素の単位濃度あたりの電気抵抗率の増大の程度がより高い元素を含有することが好ましい。また、高温での使用の観点からは、Ru合金の融点は高い方が好ましく、例えば、Ru合金の固相線温度が1600℃を上回ることが望ましい。Ru合金の固相線温度が1600℃超であれば、例えば、有機EL材料の製造における蒸着セルを構成する組成物に使用することができる。
【0021】
また、蒸気圧の観点からは、合金元素は、Ruと同程度以下の蒸気圧を有することが望ましい。
【0022】
[Mo:0%超、49%以下]
Moは、高い融点(2623℃)を有し、化学的に安定であり、低い蒸気圧を有する。Mo含有量が49%以下であれば、Ru-Mo-W合金の融点及び電気抵抗率を高めることができる。Moは、Ruに対して最大約40%固溶し、それ以上のMoは、σ相などの金属間化合物を形成することがあるが、Mo含有量が49%以下であれば、加熱によりσ相が消滅する。一方、Mo含有量が49%超であると、形成した金属間化合物を熱処理によって消滅させることができず、Ru-Mo-W合金の金属組織を単相とすることができない。したがって、Mo含有量が49%以下であれば、Ru-Mo-W合金の融点及び電気抵抗率が高められ、かつ、加工性の低下が抑制される。その結果、組成物の電気抵抗率が高められ、かつ、加工性の低下が抑制される。さらに、Mo含有量が40%以下であれば、金属間化合物の生成が抑制されるため、高い電気抵抗率を維持し、かつ、優れた加工性を維持することができる。したがって、Mo含有量は、好ましくは40%以下である。一方、Mo含有量の下限は特段制限されないが、Moによる融点向上効果及び電気抵抗率向上効果を得るために、Mo含有量は10%以上であることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは13%以上である。
【0023】
[W:0%超、45%以下]
Wは、高い融点(3442℃)を有し、化学的に安定であり、低い蒸気圧を有する。W含有量が45%以下であれば、Ru-Mo-W合金の融点及び電気抵抗率を高めることができる。Wは、Ruに対して最大約40%固溶し、それ以上のWは、σ相などの金属間化合物を形成することがあるが、W含有量が45%以下であれば、加熱によりσ相が消滅する。一方、W含有量が45%超であると、形成した金属間化合物を熱処理によって消滅させることができず、Ru-Mo-W合金の金属組織を単相とすることができない。したがって、W含有量が45%以下であれば、組成物の融点及び電気抵抗率が高められ、かつ、加工性の低下が抑制される。さらに、W含有量が40%以下であれば、金属間化合物の生成が抑制されるため、高い電気抵抗率を維持し、かつ、優れた加工性を維持することができる。したがって、W含有量は、好ましくは40%以下である。一方、W含有量の下限は特段制限されないが、Wによる融点向上効果及び電気抵抗率向上効果を得るために、W含有量は10%以上であることが好ましい。W含有量は、より好ましくは20%以上である。
【0024】
[Mo含有量及びW含有量の合計が30%超50%未満]
Mo含有量及びW含有量の合計が50%未満であれば、Mo又はWの金属間化合物が生成しないか、生成したとしてもごく少量又は加熱によって消滅する。その結果、Mo及びWによる融点向上効果及び電気抵抗率向上効果が得られ、かつ、優れた加工性が得られる。したがって、Mo含有量及びW含有量の合計が50%未満とする。Mo含有量及びW含有量の合計は、好ましくは47%以下である。また、Mo及びWは、Ruに対して合計で40%固溶することができる。金属間化合物の生成による電気抵抗率の低下及び加工性の低下を抑制するために、Mo含有量及びW含有量の合計は、より好ましくは40%以下である。Mo含有量及びW含有量の合計は、30%以上である。Mo含有量及びW含有量の合計は、33%以上であってもよい。
【0025】
[Ru-Mo-W合金]
組成物におけるRu-Mo-W合金には、製造装置及び製造プロセスの条件から不純物が混入する場合がある。不純物は、原料に混入又は製造工程で混入する元素であり、例えば、るつぼに含まれる、H、Li、B、C、N、O、S、Na、Mg等の軽元素、Fe、Ni、Cu、Pb等の遷移金属、希土類元素、ランタノイド、アクチノイドが挙げられる。不純物含有量は、少ないほど好ましく、0%であってよい。
【0026】
Ru-Mo-W合金は、Ruの一部に変えて、融点が1500℃以上の元素を含有していてもよい。融点が1500℃以上の元素は、比較的低い蒸気圧を有するため、当該元素による炉内や被加熱物の汚染が抑制される。融点が1500℃以上の元素としては、例えば、Fe、Ni、V、Pt、Ir、Rh、Al、C、又はNなどが挙げられる。
【0027】
Pt、Ir、又はRhなどの白金族元素は、高い融点と化学的安定性を有し、また、Ruに対して高い溶解度を有する。したがって、Ru-Mo-W合金は、白金族元素を含有していてもよい。
【0028】
また、Al、C、又はNなどの典型元素は、Ruと化合物を形成しないため、これらが含有されていても高い電気抵抗率が維持される。したがって、Ru-Mo-W合金は、典型元素を含有していてもよい。
【0029】
上述したような、融点が1500度以上の元素は、Ru-Mo-W合金の固相線温度が1600℃以上となる含有量の範囲で含有される。
【0030】
Ru-Mo-W合金の化学組成は以下の方法で測定する。すなわち、波長分散型X線分光法(Wavelength-dispersive X-ray Spectroscopy;WDS)、又は、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectrometer;EDS)などを用いることができる。
【0031】
本実施形態に係る組成物は、Ru-Mo-W合金のみで構成されてもよいし、他の構成材料を含んでいてもよい。組成物は、例えば、ペーストであってもよい。詳細には、本実施形態に係る組成物は、粉末状のRu-Mo-W合金と、少なくとも溶媒と混合した混合物であってもよい。粉末状のRu-Mo-W合金の粒径は、溶媒と混合してペースト状の組成物とすることができるサイズであればよい。溶媒には、有機溶剤に樹脂を溶解したものであり、金属粉末を含有するペーストを製造するのに一般に使用されるものであればよい。
上記ペースト状の組成物には分散性、粘度等の観点から性能を調整するためのバインダーを含んでもよい。
【0032】
上記混合物には、更に絶縁材料の微粒子が含有されてもよい。絶縁材料の微粒子は、公知の材料であってよく、例えば、ガラス又は無機酸化物の少なくともいずれかであってよい。絶縁材料の含有量は、特段制限されず、任意の含有量であってよく、例えば、0.01体積%以上、0.1体積%以上、又は1体積%以上であってよいし、99体積%以下であって良い。
【0033】
また、本実施形態に係る組成物は、薄膜状及び積層膜であってもよい。
ここまで、本発明の一実施形態に係る組成物を説明した。
【0034】
<抵抗発熱体>
次いで、本発明の実施形態に係る抵抗発熱体について説明する。本実施形態に係る抵抗発熱体は、化学組成が、原子%で、Mo:0%超、49%以下、W:0%超、45%以下のRu-Mo-W合金を含有し、Mo含有量及びW含有量の合計が0%超50%未満である。より好ましくは10%以上50%未満であり、さらに好ましくは30%以上50%未満である。
【0035】
(形状)
本実施形態に係る抵抗発熱体の形状は特段制限されず、線状、棒状、板状、バルク状、又はこれらが適宜加工された形状など種々の形状とすることができる。後述するマイクロ引き下げ法を用いた製造方法では、線状とすることができるため、抵抗発熱体の形状は線状であることが好ましい。なお、ここでいう線状とは、直径又は円相当径が3mm以下であり一方向に伸長した形状を言い、棒状とは、直径又は円相当径が50mm超であり一方向に伸長した形状を言う。
【0036】
(金属組織)
金属製の既存の抵抗発熱体は、鍛造、伸線等の機械加工を経て成形されることから多結晶体である。このような金属製の抵抗発熱体(以下では、金属製の抵抗発熱体を単に金属抵抗発熱体と呼称することがある。)は、加熱サイクルの中で再結晶が生じ、電気抵抗率及び機械強度の経時変化が生じる。これにより、任意の温度へ昇温させるための電流及び電圧の印加条件が変化する場合がある。また、機械強度が低下して抵抗発熱体が変形し、周辺部材との予期しない接触や断線が生じる可能性がある。また、金属抵抗発熱体の使用中に、再結晶ないしは結晶粒成長によってしばしば節状の構造が形成されることがある。この節状の構造によっても、電気的特性や機械的特性が劣化し、断線に至る場合がある。
【0037】
(破断伸び)
本実施形態に係る抵抗発熱体は、室温での単軸引張試験における破断伸びが5%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上である。短軸引張試験は、JIS Z2241:2011又はASTM A370に準拠して行う。ただし、抵抗発熱体から、規格に準拠した試験片を得ることができない場合は、標点間での幅方向の最大値に対する標点間距離の比が3以上である試験片を用いる。
【0038】
本実施形態に係る抵抗発熱体が線材である場合、その直径は特段制限されないが、例えば0.1mm以上3mm以下とすることができる。ただし、この直径はあくまでも例示であり、様々な径とすることができる。後述するマイクロ引き下げ法では、例えば、2mm以下とすることができる。
ここまで、本発明の実施形態に係る抵抗発熱体を説明した。
【0039】
<製造方法>
上述した組成物及び抵抗発熱体の製造方法は特段制限されないが、例えば以下の方法で製造することができる。以下では、一例として、抵抗発熱体の線材を製造する方法を挙げて説明する。抵抗発熱体の線材は、マイクロ引き下げ法(以下では、マイクロ引き下げ法をμ-PD法と呼称する。)を適用することができる。μ-PD法では、
図3、
図4に示すように、高周波誘導コイル101により加熱可能とされた坩堝102内に、原料となる溶融金属103を収容し、育成結晶104を介して凝固した金属(線材)105を、ノズル106に通過させつつ引き下げて結晶育成を行う。ノズル106は、坩堝102の底部107に設けられている。坩堝102は、処理室108の内部において、坩堝台109の上に支持固定されている。なお、
図4は、
図3の点線の円内を拡大して示している。
【0040】
本実施形態に係る抵抗発熱体は、上述したとおり高融点であることから、μ-PD法に基づく線材の製造方法では、坩堝102の構成材料としては、高温で溶解及び揮発し難い材料が用いられる。坩堝102の構成材料には、具体的には、マグネシア、ジルコニア、アルミナなどのセラミックスやカーボン(グラファイト)等が用いられる。
【0041】
坩堝102の底部107に設けられているノズル106は、底部107より通過する溶融金属103を冷却して凝固させる機能と、冶具(ダイ)として凝固する金属(線材)105を拘束して成形する機能の双方を有する。ノズル106の構成材料は、坩堝102と同様に高温で溶解及び揮発し難い材料で形成されていることが好ましい。ノズル106の内壁では、凝固した金属との摩擦が生じるため、ノズル106の内壁表面は平滑であることが好ましい。
【0042】
ノズル106の長さは、特段制限されないが、ノズル106内で溶融金属103を凝固させ、所望の直径の線材を得るために、3~30mmであることが好ましい。ノズル106の長さが短すぎると、ノズル106内での溶融金属103の凝固が不十分となり、凝固が不十分である線材105がノズル106から排出された際に、ノズル106による拘束が開放された後に線材105の凝固が完了するため、線材105が膨張してその線径が太くなるおそれがある。一方、ノズル106の長さが長すぎると、ノズル106内で凝固した線材がノズル106内を移動する距離が長くなり、線材105の引き下げの抵抗が大きくなる。その結果、ノズル106の摩耗又は損傷が生じ、線材の形状及び寸法の制御が困難となることがある。
【0043】
所望の形状及び直径の線材を製造するためには、ノズル106内の溶融金属103及び線材105の状態を制御することが重要である。詳細には、固液界面111の位置がノズル106の長手方向の中央付近にあることが好ましい。固液界面111の位置が上側(坩堝102の側)にあると、ノズル106内で凝固した線材がノズル106内を移動する距離が長くなり、線材105の引き下げの抵抗が大きくなる。その結果、ノズル106の摩耗又は損傷が生じ、線材の形状及び寸法の制御が困難となることがある。一方、固液界面111が下側(ノズル106の出口側)にあると、ノズル106内での溶融金属103の凝固が不十分となり、凝固が不十分である線材105がノズル106から排出された際に、ノズル106による拘束が開放された後に線材105の凝固が完了するため、線材105が膨張してその線径が太くなるおそれがある。固液界面111の位置の制御は、引き下げ速度を適宜調整して行う。引き下げ速度は、0.5~200mm/minとすることが好ましい。引き下げ速度は、巻取り装置(図示せず)によって、ノズル106から排出された線材105の巻取り速度を変更して調整される。
【0044】
ノズル106から排出された線材105は、再結晶温度超の温度範囲では、緩冷することが好ましい。再結晶温度超の温度範囲で線材105が急冷されると、微細結晶が生じることがある。微細結晶が生じた抵抗発熱体は、使用回数が増えるにつれて再結晶が生じ、電気抵抗率及び機械強度が変化することがある。したがって、微細結晶の発生を防止するために、再結晶温度超の温度範囲では線材105を緩冷することが好ましい。少なくとも、上述した化学組成を有する抵抗発熱体を製造する場合、1200℃超の温度範囲で緩冷することが好ましい。
【0045】
再結晶温度以下の温度範囲は、特段制限されないが、1000℃以下の温度範囲では、急冷してもよい。
【0046】
冷却速度の調整は、特段制限されず、例えば、坩堝102の下部にセラミックス等の熱伝導材からなるアフターヒータ(図示せず)を坩堝102に連結し、坩堝102(溶融金属103)の熱を利用して行われてもよい。
【0047】
坩堝102による溶融金属103の処理、及び線材105の引き下げは、酸化防止のため不活性ガスの雰囲気で行うことが好ましい。不活性ガスは、例えば、窒素、アルゴン、又はヘリウムなどであってよい。
【0048】
冷却後の線材105に対して、追加の加工により線径の調整を行っても良い。但し、線形の調整を行う場合、残留歪を残さないように加工することが好ましい。加工温度が低い場合や加工率が高い場合、歪が残留することとなり、高温での使用の際に再結晶による組織変化が生じることがある。
【0049】
μ-PD法では、ノズル106により断面積を微小に限定しつつ結晶育成を行うことから、長手方向に垂直な断面において、隣り合う結晶粒と15°以上の方位差を有する結晶粒の個数密度が200個/mm2未満とすることができる。また、μ-PD法によれば、その後の加工を要しない、又は、少ない回数の加工で所望の寸法の線材を得ることができる。
【0050】
抵抗発熱体の棒材は、μ-PD法に限らず、公知の方法により製造することができる。例えば、フローティングゾーン(Floating zone;FZ)法又はゾーンメルト(Zone melting)法を適用してもよい。フローティングゾーン法及びゾーンメルト法によれば、μ-PD法と比較して大きなサイズの抵抗発熱体を製造することができる。
【0051】
組成物を構成するRu-Mo-W合金粉末の製造は、特段制限されないが、例えば、上述した方法で製造された抵抗発熱体を公知の方法で粉砕して製造することができる。また、例えば、アトマイズ法など、公知の金属粉末の製造方法を適用してもよい。
【0052】
Ru-Mo-W合金粉末を含む組成物は、公知の方法で、溶媒、又は、溶媒及び絶縁材料粉末と混合して製造してもよい。
【0053】
また、薄膜状の組成物は、例えば、物理蒸着(Physical Vapor Deposition;PVD)、化学蒸着(Chemical Vapor Deposition;CVD)、又はアークイオンプレーティング(Arc Ion Plating;AIP)などによって製造されればよい。
【0054】
ここまで、本発明の実施形態に係る組成物及び抵抗発熱体を説明した。ただし、本発明の技術的範囲は上記実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0055】
後述する実施例においてさらに詳細に説明するが、本発明の実施形態に係る組成物及び抵抗発熱体は、耐久性、電気抵抗率、電気抵抗率の温度依存性、及び、室温での加工性に優れる。そのため、本発明の実施形態に係る組成物及び抵抗発熱体は、種々の加熱装置に適用できる。本発明の実施形態に係る組成物及び抵抗発熱体は、例えば、セラミックス、磁石又はコンデンサの焼成などに用いられる焼成炉、スパッタリングターゲットの製造又は異種材料の拡散接合などに用いられる、HIP(Hot isostatic press)装置もしくはホットプレス装置、金属の内部欠陥除去などに用いられる熱処理炉、単結晶の育成などに用いられる単結晶製造装置、成膜装置において基板の加熱などに用いられるヒーター、又は蒸着装置のフィラメントもしくはボート等に適用することができる。
【実施例0056】
次に本発明の実施例を示すが、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0057】
<実施例1>
複数のMo含有量で作製したRu-Mo合金線材、複数のW含有量で作製したRu-W合金線材、複数のMo含有量及びW含有量で作製したRu-Mo-W合金線材のそれぞれについて電気抵抗率を測定した。詳細には、
図3、
図4を用いて説明した製造装置を用い、μ-PD法により、それぞれ化学組成の異なる、Ru-Mo-W合金、Ru-Mo合金、及びRu-W合金の線材を作製した。詳細には、原料金属をジルコニア製の坩堝(容器寸法40mm×30mm×50mm)に入れた。また、坩堝の底部に設置したノズル(寸法:内径1mm、長さ5mm)の下方から育成結晶(φ0.8mmの種結晶)を挿入した。この状態で、高周波誘導コイルを用いて原料を高周波誘導加熱して溶解した。
坩堝内に原料の溶融金属が形成された後、引き下げ速度100mm/minで溶融金属の引き下げを行い、線径1mm、長さ5000mmの線材を製造した。
【0058】
作製した各Ru-Mo-W合金の化学組成は、Ru0.60Mo0.10W0.30、Ru0.60Mo0.20W0.20、Ru0.70Mo0.10W0.20、Ru0.70Mo0.15W0.15、Ru0.70Mo0.20W0.10、及び、Ru0.90Mo0.05W0.05、とした。
【0059】
電気抵抗率は、4端子法により室温で測定された。
【0060】
図2に、Ruに対するMo含有量及びW含有量と電気抵抗率との関係を示すグラフを示す。
図2に示すように、Ru-Mo合金におけるMo含有量及びRu-W合金におけるW含有量がそれぞれ40原子%以下の範囲では、Mo含有量及びW含有量が増加するにつれて電気抵抗率は増大することが分かった。
【0061】
図1に、25℃におけるRu-Mo-W合金の電気抵抗率を示す。
図1は、実測値を基にOriginLab Corporation製グラフ作成ソフトOrigin2022を用いて作成したグラフである。
図1中のプロットは実測値である。
図1に示すように、RuがMo又はWの少なくともいずれかを含有することで電気抵抗率は増大することが分かった。
【0062】
<実施例2>
化学組成を変更し、実施例1と同様の方法でRu-Mo-W合金の線材を作製し、電気抵抗率の温度依存性を調査した。Ru-Mo-W合金の化学組成は、Ru
0.65Mo
0.15W
0.25及びRu
0.60Mo
0.20W
0.20とした。各試料の温度毎の電気抵抗率は、パルス通電加熱法によって測定された。
図5に、電気抵抗率の温度依存性を示すグラフを示す。また、
図5には、比較例として、Taの電気抵抗率の温度依存性を示した。
【0063】
抵抗加熱炉における炉内温度制御は、一般に、炉内温度を熱電対等の温度計測機器によって実測し、得られた炉内温度を目標温度に近づけるように、抵抗発熱体に対する印加電圧及び電流を制御することによって実現される。このため、抵抗発熱体における温度変化に対する電気抵抗率の変化率は、より少ないことが望ましい。金属における電気抵抗率は概ね温度に対して線形に増大することが知られているが、比例係数は金属によって異なる。また、しばしばフォノンの非調和振動の影響によって、電気抵抗率の温度依存性は非線形となる。
【0064】
図5に示すように、Ru-Mo-W合金の電気抵抗率は、1800℃超の温度範囲では、Taの電気抵抗率と同程度であるが、1800℃以下の温度範囲では、Taの電気抵抗率よりも大きくなる。したがって、Ru-Mo-W合金は、1800℃以下の温度範囲では、Taに比べて加熱効率が大きくなるため、昇温速度が速くなる。例えば、有機ELとなる蒸着原料の一つであるLiFの融点は848.2℃であり、LiFの蒸着における抵抗発熱体の使用温度は1300℃以下である。したがって、Ru-Mo-W合金は、LiF等の有機ELの原料の蒸着にも有用である。
【0065】
また、
図5に示すように、Ru-Mo-W合金の電気抵抗率のグラフの傾きはTaの電気抵抗率のグラフの傾きと比較して小さくなった。すなわち、Ru-Mo-W合金の電気抵抗率の温度依存性はTaの電気抵抗率の温度依存性に比べて小さいことから、Ru-Mo-W合金は、Taに比べてより高い炉内温度の制御性を実現することが可能である。
【0066】
<実施例3>
実施例1と同様の方法でRu-Mo-W合金を作製し、温度毎の放射率を測定した。Ru-Mo-W合金の化学組成は、Ru
0.65Mo
0.15W
0.25とした。各試料の温度毎の放射率は、パルス通電加熱法によって測定した。
図6に、放射率の温度依存性を示すグラフを示す。また、
図6には、比較例として、Ta、W、及びMoの電気抵抗率の温度依存性を示した。
【0067】
次に、抵抗発熱体を輻射加熱用ヒーターとして使用する場合を考える。
抵抗発熱体は、温度に従った放射による光エネルギーを発生する。抵抗発熱体を有機EL材料の蒸着用加熱ヒーターとして使用する場合は、高真空状態で使用されるため、放射が主たる熱伝達機構となる。その場合、被加熱体は、下記(1)式で表されるステファン・ボルツマン則に従う放射エネルギーIによって加熱される。
【0068】
I=εσT4 …(1)式
ここで、上記(1)式中、εは放射率(Wm-2)、σはステファン・ボルツマン定数(Wm-2K-4)、Tは温度(K)である。抵抗発熱体から発せられる放射エネルギーの強度は放射率に比例することから、放射率が高いほど熱伝達効率が向上する。
【0069】
図6に示すように、Ru-Mo-W合金の放射率は1800℃以上でTa、W、及びMoと同等であり、1800℃未満の温度域では、Ta、Mo及びWのいずれよりも高く、低温になる程その差も大きくなっている。したがって、1800℃未満の温度域では、Ru-Mo-W合金の消費電流は、Ta線材の消費電流よりも小さくできるため、1800℃未満の温度域では、Ru-Mo-W合金の消費電力は、Ta線材の消費電力よりも小さくなる。更に、Ru-Mo-W合金は熱伝達効率が高いため、電圧印加による温度上昇の応答速度が速い。そのため、有機EL材料の蒸着にRu-Mo-W合金を用いた場合、蒸着速度が安定するまでの時間(安定化時間)は、Ta線材を用いた場合の安定化時間に比べて短い。
【0070】
<実施例4>
実施例1と同様の方法でRu0.60Mo0.15W0.25(試料R-2、R-3)、及びRu0.60Mo0.20W0.20(試料R-4)のRu-Mo-W合金の線材、並びにRuの線材(R-1)を作製し、金属組織の観察及び室温引張試験を行った。試料R-1、R-3、及びR-4は、実施例1と同様の方法で作製し、試料R-2とR-3の作製には、互いに結晶粒数が異なるシード結晶を用いた。詳細には、試料R-2には、結晶粒数が多いシード結晶を用いた。
【0071】
R-1~R-4の各試料の金属組織を電子線後方散乱回折(Electron backscatter diffraction;EBSD)法により観察した。具体的には、抵抗発熱体の長手方向に垂直な断面をエッチング又はイオンミリング処理し、処理後の断面を、走査型電子顕微鏡(Scanning electron microscope;SEM)を用いて倍率30~300倍の視野で観察し、電子線後方散乱回折法を利用して、結晶粒および結晶方位を特定した。EBSD法において、隣り合う結晶粒間の方位差が15°を超える境界を大角粒界とし、大角粒界によって隔てられる粒子を1つの結晶粒と定義した。
図7にEBSD法による分析結果を示す。
【0072】
作製した各試料に対して室温引張試験を行い、応力-ひずみ曲線を作成した。室温引張試験はJIS Z2241:2011に準拠して行った。
図8に、各試料の応力-ひずみ曲線を示す。
【0073】
Ru及び従来のRu合金の多結晶体は難加工性材料であり、室温で加工しようとすると、粒界破壊によって脆性破壊することが知られている。したがって、Ru及び従来のRu合金の多結晶体を室温で加工することは極めて困難又は不可能とされている。Ru及びRu合金の延性を向上する手法として、合金化及び単結晶化又は一方向凝固組織化による粒界密度の低減を行うことが有効である。
【0074】
合金化に関し、RuにWを添加しても延性は改善されず、室温において脆性破壊する。一方で、MoはRuに対して延性を付与する効果を有する。
【0075】
単結晶化又は一方向凝固組織化による粒界密度の低減に関し、Ru粒界密度の減少は、大きな延性の改善をもたらす。非特許文献2~3によれば、粉末冶金によって製造されたRuの破断伸びは0~3%程度であり、ほとんど延性を示さない。単体及び合金における粒界密度は一般に結晶成長法によって低減することが可能である。Ru合金に対して適用可能な手法には、従来から知られるCzochralski法、Bridgman法、Floating zone法、及びμ-PD法などの結晶育成法が適用可能であるが、特にμ-PD法では精密な形状制御が可能であり、また連続して数十mに及ぶ線材を製造可能であるために、抵抗発熱体のNet-shape成形法として望ましい。
【0076】
図7に示すように、EBSDの結果、試料R-1、R-3、及びR-4は、単結晶又はごく少数の結晶粒で構成された多結晶であり、R-2は、多結晶であった。また、
図8に示すように、R-1では約80%の破断伸びが得られ、R-2では約70%の破断伸びが得られ、これらは、R-4よりも大きな破断伸びであった。一方、R-3は、R-4よりも小さな破断伸びであった。また、R-2及びR-3の破断伸びは、従来のRu合金の破断伸び0~3%より著しく大きかった。したがって、μ-PD法で製造されたRu-Mo-W合金は、大きな延性を示すことが分かった。