(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031295
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】金属有機構造体形成用配位子、並びにこれを用いた金属有機構造体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 47/42 20170101AFI20240229BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20240229BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240229BHJP
A61K 31/12 20060101ALI20240229BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
A61K47/42
A61K47/64
A61K45/00
A61K31/12
A61P35/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134763
(22)【出願日】2022-08-26
(71)【出願人】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】稲田 飛鳥
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C206
【Fターム(参考)】
4C076AA95
4C076CC27
4C076CC47
4C076DD21N
4C076EE41N
4C076EE59
4C076FF34
4C084AA17
4C084MA05
4C084NA13
4C084ZB262
4C206AA01
4C206AA02
4C206CB14
4C206KA01
4C206MA02
4C206MA05
4C206NA13
4C206ZB26
(57)【要約】
【課題】従来提案されている消化ペプチドを用いたDDSキャリアとは異なる、優れた性能を有する新規なDDSキャリアを実現しうる手段を提供する。
【解決手段】下記(a)または(b)のペプチドを、金属有機構造体形成用配位子として用いる:
(a)下記化学式(1)で表されるペプチド(ただし、Gly-His-GlyおよびVal-His-Valを除く):
X
1-His-X
2・・・(1)
式中、X
1およびX
2は、それぞれ独立して、Gly、Val、Thr、Phe、TyrおよびSerからなる群から選択される;
(b)下記化学式(2)で表されるペプチド:
X
3-X
4-X
5-Cys-A-A-Cys-X
6-X
7-X
8・・・(2)
式中、Aは、硫黄原子またはセレン原子を表し、X
3~X
8は、それぞれ独立して、不存在であるか、または任意のアミノ酸である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)または(b)のペプチドからなる、金属有機構造体形成用配位子:
(a)下記化学式(1)で表されるペプチド(ただし、Gly-His-GlyおよびVal-His-Valを除く):
X1-His-X2・・・(1)
式中、X1およびX2は、それぞれ独立して、Gly、Val、Thr、Phe、TyrおよびSerからなる群から選択される;
(b)下記化学式(2)で表されるペプチド:
X3-X4-X5-Cys-A-A-Cys-X6-X7-X8・・・(2)
式中、Aは、硫黄原子またはセレン原子を表し、X3~X8は、それぞれ独立して、不存在であるか、または任意のアミノ酸である。
【請求項2】
前記(a)のペプチドからなり、X1とX2とが同じアミノ酸である、請求項1に記載の金属有機構造体形成用配位子。
【請求項3】
前記同じアミノ酸が、Thr、Phe、TyrおよびSerからなる群から選択される、請求項2に記載の金属有機構造体形成用配位子。
【請求項4】
前記同じアミノ酸が、TyrまたはSerである、請求項3に記載の金属有機構造体形成用配位子。
【請求項5】
前記(b)のペプチドからなり、X3-X4-X5のペプチド鎖長が0~2であり、かつ、X6-X7-X8のペプチド鎖長が0~2である、請求項1に記載の金属有機構造体形成用配位子。
【請求項6】
X3-X4-X5のペプチド鎖長が0~1であり、かつ、X6-X7-X8のペプチド鎖長が0~1である、請求項5に記載の金属有機構造体形成用配位子。
【請求項7】
金属イオンと、
請求項1または2に記載の金属有機構造体形成用配位子と、
を含む、金属有機構造体。
【請求項8】
前記金属イオンが、亜鉛イオン、コバルトイオン、ニオブイオン、ジルコニウムイオン、カドミウムイオン、銅イオン、ニッケルイオン、クロムイオン、バナジウムイオン、チタンイオン、モリブデンイオン、マグネシウムイオン、鉄イオン、アルミニウムイオン、カルシウムイオンおよびストロンチウムイオンからなる群から選択される、請求項7に記載の金属有機構造体。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか1項に記載の金属有機構造体形成用配位子と、金属イオンとを、溶媒を含む反応系中で接触させることを含む、金属有機構造体の製造方法。
【請求項10】
前記反応系を加熱すること、および/または、前記反応系に酸触媒もしくは塩基触媒を添加することをさらに含む、請求項9に記載の金属有機構造体の製造方法。
【請求項11】
請求項7に記載の金属有機構造体からなる、薬物送達システム。
【請求項12】
前記金属有機構造体の内部に活性物質が包接されてなる、請求項11に記載の薬物送達システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属有機構造体形成用配位子、並びにこれを用いた金属有機構造体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品開発や化粧品開発等の分野で,投与された物質の効能をより適切に発揮させ、かつ副作用を低減するために、DDS(ドラッグデリバリーシステム)製剤の研究開発が盛んに行われてきた。DDSキャリアには患部に物質を選択的かつ効率的に送達する標的指向性、到達後に物質を速やかに放出する放出制御性といった高度な機能性が求められ、さらにキャリア材料自体は物質の担持容量が大きく、高い生体適合性を持つこと等、多くの条件を満たす必要がある。しかしながら、現時点でこれら全てを同時に満たすDDSキャリアは極めて少ないのが現状である。
【0003】
従来、難水溶性物質の水溶性を改善するための製剤技術として、安全性の高い食用タンパク質酵素分解物(カゼイン消化ペプチド)をDDSキャリアに用い、消化ペプチドとの複合化によって、多くの難水溶性薬物の水溶性や細胞膜透過性が向上することが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、その溶解特性は物質種に大きく依存し、中には溶解性がほとんど向上しない物質も存在するという問題があった。これは、消化ペプチドには物質の水溶化に寄与しないペプチドやそのドメインが数多く含まれており、物質との複合体の安定性が低いことや、薬物放出制御性が低いことなどによるものと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Inada et al., Colloid. Surf. B, 208, 112062 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来提案されている消化ペプチドを用いたDDSキャリアとは異なる、優れた性能を有する新規なDDSキャリアを実現しうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その過程で、上述したような背景技術の状況を踏まえ、「個々の物質に対して水溶化に寄与するペプチドドメインのみを規則正しく配置することができれば,その担体は極めて優れたDDSキャリアになりうるのではないか」との仮説を設定した。そして、物質担体としては報告例の少ない金属有機構造体(MOF:Metal-Organic Framework)をDDSキャリアとして利用することを試みた。その結果、特定の構造を有するペプチド等のアミノ酸誘導体を配位子として用いた金属有機構造体が、DDSキャリアとして優れた性能を発現しうることを見出す形で上記仮説を実証し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明の一形態によれば、下記(a)または(b)のペプチドからなる、金属有機構造体形成用配位子が提供される:
(a)下記化学式(1)で表されるペプチド(ただし、Gly-His-GlyおよびVal-His-Valを除く):
X1-His-X2・・・(1)
式中、X1およびX2は、それぞれ独立して、Gly、Val、Thr、Phe、TyrおよびSerからなる群から選択される;
(b)下記化学式(2)で表されるペプチド:
X3-X4-X5-Cys-A-A-Cys-X6-X7-X8・・・(2)
式中、Aは、硫黄原子またはセレン原子を表し、X3~X8は、それぞれ独立して、不存在であるか、または任意のアミノ酸である。
【0008】
また、本発明の他の形態によれば、金属イオンと、上述した本発明の一形態に係る金属有機構造体形成用配位子とを含む、金属有機構造体が提供される。
【0009】
さらに、本発明のさらに他の形態によれば、上述した本発明の一形態に係る金属有機構造体形成用配位子と、金属イオンとを、溶媒を含む反応系中で接触させることを含む、金属有機構造体の製造方法もまた、提供される。
【0010】
また、本発明のさらに他の形態によれば、上述した本発明の一形態に係る金属有機構造体からなる、薬物送達システムもまた、提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来提案されている消化ペプチドを用いたDDSキャリアとは異なる、優れた性能を有する新規なDDSキャリアを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例において得られた(a)のペプチドを含む金属有機構造体(MOF)であるCu-YHYおよびCu-SHSをX線回折測定(XRD)にて評価した結果を示すXRDパターンである。
【
図2】
図2は、実施例において得られた(b)のペプチドを含む金属有機構造体(MOF)であるZn-CysMOFおよびCu-CysMOFをX線回折測定(XRD)にて評価した結果を示すXRDパターンである。
【
図3】
図3は、実施例において得られた金属有機構造体(Zn-CysMOF)に包接されたクルクミンの放出速度を、pH7.4においてGSHが存在する系と存在しない系とで対比して示すHPLCチャートである。
【
図4】
図4は、実施例において得られた金属有機構造体(Zn-CysMOF)に包接されたクルクミンの放出速度を、GSHが存在しない系においてpH5.4の系とpH7.4の系とで対比して示すHPLCチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を説明する。
【0014】
[金属有機構造体形成用配位子]
本発明の一形態は、下記(a)または(b)のペプチドからなる、金属有機構造体形成用配位子である:
(a)下記化学式(1)で表されるペプチド(ただし、Gly-His-GlyおよびVal-His-Valを除く):
X1-His-X2・・・(1)
式中、X1およびX2は、それぞれ独立して、Gly、Val、Thr、Phe、TyrおよびSerからなる群から選択される;
(b)下記化学式(2)で表されるペプチド:
X3-X4-X5-Cys-A-A-Cys-X6-X7-X8・・・(2)
式中、Aは、硫黄原子またはセレン原子を表し、X3~X8は、それぞれ独立して、不存在であるか、または任意のアミノ酸である。
【0015】
((a)のペプチド)
(a)のペプチドは、化学式(1):X1-His-X2で表される。ここで、(a)のペプチドの範囲からは、X1-His-X2がGly-His-Glyであるもの、および、X1-His-X2がVal-His-Valであるものは除かれている。
【0016】
化学式(1):X1-His-X2において、X1およびX2は、それぞれ独立して、Gly、Val、Thr、Phe、TyrおよびSerからなる群から選択される。この(a)のペプチドは、金属有機構造体を形成する際の配位子として用いられるが、金属有機構造体に薬物等を包接させることを意図するのであれば、包接対象である薬物等の疎水性/親水性に応じて、X1およびX2を選択することが好ましい。例えば、包接対象である薬物等が高い疎水性を有するものである場合には、X1およびX2として疎水性の高いアミノ酸残基を選択することができる。X1およびX2は、互いに同一であってもよいし、異なっていてもよいが、X1とX2とは同じアミノ酸であることが好ましい。なかでも、X1およびX2は、互いに独立してThr、Phe、TyrおよびSerからなる群から選択されるものであることがさらに好ましく、Thr、Phe、TyrおよびSerからなる群から選択される同じアミノ酸であることがいっそう好ましく、互いに独立してTyrまたはSerであることが特に好ましく、ともにTyrであるか、またはともにSerであることが最も好ましい。
【0017】
((b)のペプチド)
(b)のペプチドは、化学式(2):X3-X4-X5-Cys-A-A-Cys-X6-X7-X8で表される。
【0018】
化学式(2):X3-X4-X5-Cys-A-A-Cys-X6-X7-X8において、Aは、硫黄原子(S)またはセレン原子(Se)を表す。すなわち、(b)のペプチドは、ジスルフィド結合(-S-S-)を含むシスチンの両末端にそれぞれ0~3個のアミノ酸残基が結合した構造、またはジセレニド結合(-Se-Se-)を含むセレノシスチンの両末端に0~3個のアミノ酸残基が結合した構造を有するといえる。Aは、特に硫黄原子(S)であることが好ましい。
【0019】
化学式(2)において、X3~X8は、それぞれ独立して、不存在であるか、または任意のアミノ酸(残基)である。X3~X8が任意のアミノ酸である場合、当該アミノ酸としては、Arg、Lys、Asp、Asn、Glu、Gln、His、Pro、Tyr、Trp、Ser、Thr、Gly、Ala、Met、Cys、Phe、Leu、Val、およびIle、ならびにこれらの類縁体が例示できる。当該類縁体としては、例えば上記20種のアミノ酸残基の側鎖が任意の置換基で置換された誘導体等であってもよく、例えば、上記20種のアミノ酸残基のハロゲン化誘導体(例えば、3-クロロアラニン)、2-アミノ酪酸、ノルロイシン、ノルバリン、イソバリン、2-アミノイソ酪酸、ホモフェニルアラニン、2,3-ジアミノプロピオン酸、2,4-ジアミノブタン酸、オルニチン、2-ヒドロキシグリシン、ホモセリン、ヒドロキシリジン、ヒドロキシプロリン、3,4-ジデヒドロプロリン、ホモプロリン、ホモシステイン、ホモメチオニン、アスパラギン酸エステル(例えば、アスパラギン酸-メチルエステル、アスパラギン酸-エチルエステル、アスパラギン酸-プロピルエステル、アスパラギン酸-シクロヘキシルエステル、アスパラギン酸-ベンジルエステルなど)、グルタミン酸エステル(グルタミン酸-シクロヘキシルエステル、グルタミン酸-エチルエステル、グルタミン酸-プロピルエステル、グルタミン酸-メチルエステル、グルタミン酸-ベンジルエステルなど)、ホルミルトリプトファン、2-シクロペンチルグリシン、2-シクロヘキシルグリシン、2-フェニルグリシン、2-ピリジルアラニン、3-シクロペンチルアラニン、3-シクロヘキシルアラニン、3-ピリジルアラニン、3-ピラゾリルアラニン、3-フラニルアラニン、3-チエニルアラニン、メトキシフェニルアラニン、3-ナフチルアラニン、および4-ピリジルアラニン等のアミノ酸に由来するアミノ酸残基が例示できるが、これらに制限されない。
【0020】
ここで、X3-X4-X5およびX6-X7-X8のペプチド鎖長について特に制限はないが、X3-X4-X5のペプチド鎖長が0~2であり、かつ、X6-X7-X8のペプチド鎖長が0~2であることが好ましく、X3-X4-X5のペプチド鎖長が0~1であり、かつ、X6-X7-X8のペプチド鎖長が0~1であることがより好ましく、X3-X4-X5のペプチド鎖長およびX6-X7-X8のペプチド鎖長がともに0である(つまり、X3~X8が全て不存在である)ことが特に好ましい。なお、X3~X8が全て不存在である場合、(b)のペプチドは、ペプチド結合を持たないCys-A-A-Cysという(セレノ)シスチンの構造を有するが、本明細書においてはこの(セレノ)シスチンもまた、「ペプチド」の概念に包含されるものとする。
【0021】
また、(b)のペプチドの構造は、(セレノ)シスチン構造(-Cys-A-A-Cys-)に対して対称のアミノ酸配置を有することが好ましく、X3およびX8の末端(N末端またはC末端)の構造も含めて対照の構造を有することがより好ましい。例えば、X3-X4-X5およびX6-X7-X8のペプチド鎖長がともに2である場合、(b)のペプチドは、His-Phe-Cys-A-A-Cys-Phe-Hisの構造を有することが好ましい。また、X3-X4-X5およびX6-X7-X8のペプチド鎖長がともに1である場合、(b)のペプチドは、His-Cys-A-A-Cys-HisまたはAsp-Cys-A-A-Cys-Aspの構造を有することが好ましい。
【0022】
この(b)のペプチドもまた、金属有機構造体を形成する際の配位子として用いられるが、金属有機構造体に薬物等を包接させることを意図するのであれば、包接対象である薬物等のサイズに応じて、X3~X8のアミノ酸残基の鎖長および種類を選択することが好ましい。
【0023】
本明細書に記載のアミノ酸配列は、特に言及がない限り、慣例に従ってN末端(アミノ末端)側からC末端(カルボキシル末端)側への方向に表記される。
【0024】
また、本明細書に記載のペプチドのC末端は、カルボキシル基(-COOH)、カルボキシレート(-COO-)、アミド(-CONH2)またはエステル(-COOR)のいずれであってもよい。ここで、C末端がエステル(-COOR)である場合におけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチルなどのC1-6アルキル基、シクロペンチル、シクロヘキシルなどのC3-8シクロアルキル基、フェニル、α-ナフチルなどのC6-12アリール基、ベンジル、フェネチルなどのフェニル-C1-2アルキル基もしくはα-ナフチルメチルなどのα-ナフチル-C1-2アルキル基などのC7-14アラルキル基、ピバロイルオキシメチル基、-OBut、-OPac(フェナシル基)、-OTce(トリクロロエチル基)、-ONb(p-ニトロベンジル基)、-ODpm(ジフェニルメチル基)、-OBzl(OMe)(p-メトキシベンジル基)、-OPic(4-ピコリル基)などが挙げられる。一方、本明細書に記載のペプチドのN末端のアミノ基は、保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC1-6アルカノイルなどのC1-6アシル基、Fmoc基、Boc基など)で保護されていてもよい。
【0025】
さらに、IleやThrのように、側鎖に不斉炭素を有するジアステレオマーが存在するものについては、天然型(例えば、(2R*,3R*)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸、および(2R*,3S*)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸)および非天然型(例えば、(2R*,3S*)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸、および(2R*,3R*)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸)が特に区別なく使用されうる。すなわち、「Ile」は(2R*,3R*)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸および(2R*,3S*)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸の両方を含む意味として使用され、「Thr」は(2R*,3S*)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸および(2R*,3R*)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸の両方を含む意味として使用される。好ましくは、天然型ジアステレオマー(すなわち、Ileであれば(2R*,3R*)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸、Thrであれば(2R*,3S*)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸)が使用される。
【0026】
また、本明細書に記載のペプチドは、遊離体であってもよいし、塩であってもよい。かような塩としては、生理学的に許容される酸(例、無機酸、有機酸)や塩基(例、アルカリ金属塩)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。このような塩としては、例えば、無機酸(例、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トリフルオロ酢酸)との塩などが用いられる。
【0027】
なお、アミノ酸にはD型およびL型の光学異性体が存在する。本明細書に記載のペプチドを構成するアミノ酸(-A-A-結合を含むシスチンまたはセレノシスチンを構成する(セレノ)システインを含む)は、すべての部位においてL型であってもD型であってもよいが、好ましくはすべてのアミノ酸がL型である。
【0028】
本発明に係るペプチドを製造する手法について特に制限はなく、ペプチドの取得に関する従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、本発明のペプチドは、公知のペプチド合成法に従って製造されうる。ペプチドの合成法としては、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。すなわち、本発明のペプチドを構成するアミノ酸と残余部分とを縮合させ、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的のペプチドを製造することができる。公知の縮合方法や保護基の脱離としては、例えば、以下の(i)~(v)に記載された方法が挙げられる。
(i)M.BodanszkyおよびM.A.Ondetti、ペプチド・シンセシス(Peptide Synthesis),Interscience Publishers,New York(1966年)
(ii)SchroederおよびLuebke、ザ・ペプチド(The Peptide),Academic Press,New York(1965年)
(iii)泉屋信夫他、ペプチド合成の基礎と実験、丸善(株)(1975年)
(iv)矢島治明および榊原俊平、生化学実験講座1、タンパク質の化学IV、205、(1977年)
(v)矢島治明監修、続医薬品の開発、第14巻、ペプチド合成、廣川書店
このようにして得られたペプチドは、公知の精製法により精製単離することができる。ここで、精製法としては、例えば、溶媒抽出・蒸留・カラムクロマトグラフィー・液体クロマトグラフィー・再結晶などが挙げられる。
【0029】
上記方法で得られるペプチドが遊離体である場合は、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって適当な塩に変換することができるし、逆にペプチドが塩で得られた場合は、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって遊離体または他の塩に変換することができる。
【0030】
本発明のペプチドの合成には、通常市販のペプチド合成用樹脂を用いることができる。そのような樹脂としては、例えば、クロロメチル樹脂、ヒドロキシメチル樹脂、ベンズヒドリルアミン樹脂、アミノメチル樹脂、4-ベンジルオキシベンジルアルコール樹脂、4-メチルベンズヒドリルアミン樹脂、PAM樹脂、4-ヒドロキシメチルメチルフェニルアセトアミドメチル樹脂、ポリアクリルアミド樹脂、4-(2’,4’-ジメトキシフェニル-ヒドロキシメチル)フェノキシ樹脂、4-(2’,4’-ジメトキシフェニル-Fmocアミノエチル)フェノキシ樹脂などが挙げられる。このような樹脂を用い、α-アミノ基と側鎖官能基を適当に保護したアミノ酸を、目的とするペプチドの配列通りに、それ自体公知の各種縮合方法に従い、樹脂上で縮合させる。反応の最後に樹脂からペプチドを切り出すと同時に各種保護基を除去して、目的のペプチドを取得する。
【0031】
原料の反応に関与すべきでない官能基の保護ならびに保護基、およびその保護基の脱離、反応に関与する官能基の活性化などは公知の基または公知の手段から適宜選択されうる。
【0032】
また、本発明に係る(b)のペプチドを合成する際には、その合成中間体として、X3~X5およびX6~X8のペプチド(またはアミノ酸)のN末端またはC末端に(セレノ)システイン残基が結合したモノマーを用い、これらのモノマーが有するチオール基間にジスルフィド結合を形成することによって(b)のペプチドを得てもよい。このジスルフィド結合の形成反応を行う具体的な手法や条件については特に制限はなく、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、上記モノマーを炭酸アンモニウム水溶液中、1~10℃程度の温度で空気酸化することにより、上述したジスルフィド結合の形成(および(b)のペプチドの合成)が可能である。
【0033】
[金属有機構造体]
上述した本発明の一形態に係る(a)または(b)のペプチドは、金属有機構造体を形成するための配位子として用いられる。すなわち、本発明の他の形態によれば、金属イオンと、上述した本発明の一形態に係る金属有機構造体形成用配位子とを含む、金属有機構造体が提供される。
【0034】
(金属イオン)
本形態に係る金属有機構造体を構成する金属イオンの種類について特に制限はないが、金属イオンとしては、例えば、亜鉛イオン、コバルトイオン、ニオブイオン、ジルコニウムイオン、カドミウムイオン、銅イオン、ニッケルイオン、クロムイオン、バナジウムイオン、チタンイオン、モリブデンイオン、マグネシウムイオン、鉄イオン、アルミニウムイオン、カルシウムイオンおよびストロンチウムイオンからなる群から選択される1種または2種以上が挙げられる。なかでも、金属イオンは、亜鉛イオン、銅イオン、鉄イオン、アルミニウムイオン、カルシウムイオンまたはマグネシウムイオンであることが好ましく、亜鉛イオンまたは銅イオンであることがより好ましい。金属イオンは1種のみが単独で用いられてもよいが、2種以上が併用されてもよい。ただし、金属有機構造体を構成する金属イオンは1種のみであることがより好ましい。
【0035】
(配位子)
本形態に係る金属有機構造体は、上述した本発明の一形態に係る金属有機構造体形成用配位子を必須に含むものであるが、他の配位子をさらに含んでもよい。他の配位子としては、従来公知の配位子が適宜用いられうるが、他の配位子の含有モル比率は、配位子の全量100モル%に対して、好ましくは50モル%未満であり、より好ましくは10モル%以下であり、さらに好ましくは5モル%以下であり、特に好ましくは1モル%以下であり、最も好ましくは0モル%である(つまり、他の配位子を含まない)。
【0036】
(製造方法)
本発明のさらに他の形態は、金属有機構造体の製造方法を提供する。すなわち、本形態に係る金属有機構造体の製造方法は、上述した(a)または(b)のペプチドからなる金属有機構造体形成用配位子と、金属イオンとを、溶媒を含む反応系中で接触させることを含む点に特徴がある。当該製造方法の原料である金属有機構造体形成用配位子および金属イオンの詳細については、上述した通りである。
【0037】
金属イオン源としては、上述した金属イオンを含む化合物(塩)が適宜用いられうるが、一例としては、上述した金属イオンを含む硝酸塩、硫酸塩、アンモニウム塩、アミン、炭酸塩、重炭酸塩、臭化物、塩化物などのハロゲン化物、亜硝酸塩、蓚酸などの無機塩類、ギ酸塩などのカルボン酸塩および水酸化物、アルコキシド、酸化物などの、溶媒中で上記金属イオンを発生する化合物(塩)が好ましく挙げられる。上記金属イオンを含む化合物(塩)としては、1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。金属イオンを含む化合物(塩)の使用量についても特に制限はなく、形成される金属有機構造体について想定される構造を考慮して、上記配位子との配合比を適宜決定すればよい。
【0038】
溶媒は、特に限定されず、水系溶媒としてもよいし、有機系溶媒としてもよいが、水を含む溶媒であることが好ましい。この工程では、水を溶媒とする溶液に対してアルコールを加えることにより、金属有機構造体を生成してもよい。アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノールおよびブタノールなどが挙げられ、このうちメタノールまたはエタノールが好ましい。なお、水を含まない有機系溶媒としては、上記アルコールのほか、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族系溶媒;ジクロロエタンなどのハロゲン原子含有溶媒;プロピレングリコールメチルエーテル、ジプロピレングリコールメチルエーテル、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブなどのエーテル系溶媒;酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸セロソルブなどのエステル系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジアセトンアルコールなどのケトン系溶媒;ジメチルホルムアミドなどのアミド系溶媒などが挙げられる。
【0039】
本形態に係る金属有機構造体の製造方法は、反応系を加熱すること(加熱工程)をさらに含むことが好ましい。これにより、金属有機構造体の形成反応が促進されうる。加熱工程では、反応系を例えば40℃以上150℃以下の温度範囲で加熱することができる。加熱温度は、40℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましく、70℃以上としてもよい。一方、この加熱温度は、150℃以下が好ましく、120℃以下がより好ましく、100℃以下がより好ましく、80℃以下としてもよい。また、この加熱工程は、常圧下で行ってもよいし、真空下で行ってもよい、加熱処理を常圧下で行うと、構造への負担が少なく好ましい。また、加熱処理を真空下で行うと、処理時間をより短縮することができ好ましい。この工程において、加熱処理する加熱時間は、例えば、1時間以上48時間以下の範囲が好ましく、3時間以上24時間以下の範囲がより好ましい。
【0040】
また、本形態に係る金属有機構造体の製造方法は、反応系に酸触媒または塩基触媒を添加すること(触媒添加工程)をさらに含んでもよい。これにより、金属有機構造体の形成反応が促進されうる。触媒添加工程は、反応系の溶媒に対して、上述した配位子や金属イオン源の化合物(塩)を添加するのと同時に行ってもよいし、これよりも前または後に行ってもよい。酸触媒としては、例えば、塩酸、硝酸、ベンゼンスルホン酸、シュウ酸、およびギ酸などが挙げられる。また、塩基触媒としては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、トリエチルアミン、重炭酸ナトリウム、およびピリジンなどが挙げられる。これらの触媒の使用量についても特に制限はなく、上記配位子および金属イオン源の使用量を考慮して適宜決定されうる。
【0041】
[薬物送達システム]
本発明の一形態に係る金属有機構造体は、薬物送達システム(DDS)として利用可能である。すなわち、本発明によれば、上述した金属有機構造体からなる薬物送達システム(DDS)もまた、提供される。この薬物送達システム(DDS)においては、金属有機構造体の内部に活性物質が包接されていることが好ましい。このような構成とすることで、本発明に係る薬物送達システム(DDS)は、標的部位へ到達した後、金属有機構造体の崩壊を通じて、包接された活性物質を当該標的部位において制御放出(controlled release)することができる。このため、副作用が問題となりうる薬物等を標的部位のみに選択的に送達することができるといった利点がある。
【0042】
「活性物質」とは、それ自体の徐放化が有益であり、かつ、その薬物送達システム(DDS)からの放出が何らかの手段で検出可能な物質を意味する。生理活性作用を有する生理活性物質は、この「活性物質」の1種である。
【0043】
「生理活性物質」とは、生物の営む精妙な生命現象に、微量で関与し影響を与える有機物質および無機物質の総称である。生理活性物質としては、動物、好ましくはヒトに投与できる任意の化合物あるいは物質組成物であれば、特に限定されない。例えば生理活性物質としては、体内で生理活性を発揮し、疾患の予防または治療に有効な化合物または組成物、例えば造影剤等の診断に用いる化合物または組成物、さらに遺伝子治療に有用な遺伝子等も含まれる。
【0044】
活性物質(または生理活性物質)として、各種の医薬品を好適に用いることができる。例えば、抗癌剤、抗生物質、鎮痛剤、免疫増強剤、免疫抑制剤、抗血栓剤、気管支拡張剤、高血圧剤、成長因子、ホルモンなどが用いられうる。
【0045】
活性物質として、例えば抗腫瘍剤(抗癌剤)を好適に用いることができる。抗腫瘍剤としては、例えば、アルキル化剤、各種代謝拮抗剤、抗腫瘍性抗生物質、その他抗腫瘍剤、抗腫瘍性植物成分、BRM(生物学的応答性制御物質)、血管新生阻害剤、細胞接着阻害剤、マトリックス・メタロプロテアーゼ阻害剤またはホルモン等が挙げられる。
【0046】
本発明の一形態に係る金属有機構造体形成用配位子のうち、特に(b)のペプチドは、還元条件下や酸性条件下においてジスルフィド結合またはジセレニド結合が切断される。このため、(b)のペプチドを配位子として有する金属有機構造体からなる薬物送達システム(DDS)は、還元条件下や酸性条件下において、配位子の切断を通じて崩壊し、包接している活性物質を放出することができる。ここで、がん細胞における還元型グルタチオン(GSH)の濃度は2~10mMと正常細胞と比較して著しく高いことが知られており、また、がん細胞の周辺環境のpHは6.5程度と酸性であることも知られている。したがって、特に(b)のペプチドを配位子として用いた金属有機構造体は、がん細胞を標的とするDDSとして非常に有望なものであるといえる。
【0047】
なお、上述した金属有機構造体の内部に薬物等の活性物質を包接させる手法について特に制限はなく、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、上述した方法により作製した金属有機構造体と、包接させたい活性物質とを適当な溶媒中で混合し、必要に応じて加熱した後に乾燥させることにより薬物送達システムを得ることができる。また、場合によっては、金属イオンと配位子とを混合して金属有機構造体を作製する際の反応系に、包接させたい活性物質を共存させることによっても薬物送達システムを得ることができる。
【実施例0048】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0049】
[実施例1]
(配位子ペプチド((a)のペプチド)を用いたMOFの合成)
まず、配位子ペプチドとして、疎水性ペプチドであるYHY(Tyr-His-Tyr)および親水性ペプチドであるSHS(Ser-His-Ser)を、Fmoc固相合成法によって合成し、目的ペプチドの合成の成否および純度をESI-MSおよびHPLCにて確認した。別々の2mLガラスバイアル中にYHYおよびSHSを45μmol相当ずつ秤量し、0.3M Cu(OAc)
2水溶液をそれぞれ150μL(45μmol)加えた。その後、YHYについては蒸留水を780μL加えて加熱(24時間,60℃)した。また、SHSについてはEtOHを1250μL加えて常温で静置した。このようにして生成した結晶(Cu-YHYおよびCu-SHS)をX線回折測定(XRD)にて評価した。このようにして得られたXRDパターンを
図1に示す。
図1に示すように、Cu-YHYおよびCu-SHSのいずれについても結晶性を示すピークが確認され、Cu-SHSはより高い結晶性を示した。このことから、難水溶性薬物を包接しうるMOFが合成されたものと考えられる。
【0050】
(MOFへの薬物の担持)
抗がん剤のモデル薬物としてクルクミン(CCM)を用い、上記で作製したCu-YHYおよびCu-SHSのそれぞれに対して、共沈殿法によりCCMを包接させた。具体的には、まず、Cu-YHYおよびCu-SHSのそれぞれをエッペンチューブに5mg秤量し、1.0g/L CCM/MeOH溶液を1.0mL加えた。その後、サーモシェイカーにて振とう(24時間,25℃,1500rpm)を行った。振とう後、CCMを包接したMOFに対して遠心分離(12000rpm,25℃,2分間)を行い、上清を除去した。その後、少量のMeOHを加え、再び遠心分離、上清除去する操作を5回行って表面のCCMを取り除き、ろ過後に固体を風乾させた。
【0051】
(MOFに担持された薬物の定量)
上記の実験で風乾した後のMOFのそれぞれに、MeOH/1N HCl(3:1(v/v))溶液を1mL加え、MOFを完全に溶解させた。この溶液についてHPLCにて測定を行い、MOFに包接されたCCMを定量した。また、下記式に従ってDLC(薬物担持量)[%]を算出した。
【0052】
DLC[%]=担持されたCCM量/各MOFに添加したCCM量×100
その結果、Cu-YHYおよびCu-SHSのDLCは、それぞれ0.149[%]および0.013[%]であり、いずれのMOFにもCCMが担持されていることが確認された。このように、疎水性ペプチドを配位子に用いたMOF(Cu-YHY)は弱い結晶性を示したにもかかわらず、親水性ペプチドを配位子に用いたMOF(Cu-SHS)の約10倍の薬物担持量の値を示した。したがって、MOFの薬物担持能力には、MOFの結晶性よりもMOFを構成する配位子の疎水性が大きく寄与しているものと考えられる。
【0053】
[実施例2]
(((b)のペプチド)を用いたCysMOFの合成および物性評価)
Tris-HCl緩衝液(10mM,pH8.0)470mLに、l-シスチン(構造は下記)の1N NaOH水溶液(50mM,pH12)20mLを加え、混合した。
【0054】
【0055】
上記で得られた混合溶液に、金属塩化物である塩化銅(II)・2水和物(CuCl
2・2H
2O)または塩化亜鉛(ZnCl
2)のメタノール溶液(100mM)10mLをそれぞれ滴下した。この操作により析出した固体(Cu-CysMOF、Zn-CysMOF)をそれぞれろ過し、風乾させた後、XRDにて評価した。このようにして得られたXRDパターンを
図2に示す。
図2に示すように、Cu-CysMOF、Zn-CysMOFのいずれのXRDパターンにおいても、シャープなピークが確認された。このことから、難水溶性薬物を包接しうるMOFが合成されたものと考えられる。
【0056】
(CysMOFへの薬物の担持)
抗がん剤のモデル薬物としてクルクミン(CCM)を用い、上記で作製したCu-CysMOFおよびZn-CysMOFのそれぞれに対して、共沈殿法によりCCMを包接させた。具体的には、まず、Cu-CysMOFおよびZn-CysMOFのそれぞれをエッペンチューブに5mg秤量し、1.0g/L CCM/MeOH溶液を1.0mL加えた。その後、サーモシェイカーにて振とう(24時間,25℃,1500rpm)を行った。振とう後、CCMを包接したCysMOFに対して遠心分離(12000rpm,25℃,2分間)を行い、上清を除去した。その後、少量のMeOHを加え、再び遠心分離、上清除去する操作を3回行って表面のCCMを取り除き、ろ過後に固体を風乾させた。
【0057】
(CysMOFに担持された薬物の定量)
上記の実験で風乾した後のCysMOFのそれぞれに、MeOH/1N HCl(3:1(v/v))溶液を1mL加え、CysMOFを完全に溶解させた。この溶液についてHPLCにて測定を行い、CysMOFに包接されたCCMを定量した。また、下記式に従ってDLC(薬物担持量)[%]を算出した。
【0058】
DLC[%]=担持されたCCM量/各CysMOFに添加したCCM量×100
その結果、Cu-CysMOFおよびZn-CysMOFのDLCは、それぞれ0.26[%]および0.92[%]であり、いずれのCysMOFにもCCMが担持されていることが確認された。
【0059】
(CysMOFの薬物放出性評価)
上記でCCMを担持させたZn-CysMOFについて、以下の方法により、pH7.4において還元型グルタチオン(GSH)の有無がZn-CysMOF中のクルクミンの放出速度に与える影響を評価した。
【0060】
・試験試薬の調製
塩化ナトリウムを8.05g、塩化カリウムを0.201g、リン酸水素二ナトリウム・12水和物3.62g、リン酸二水素カリウム0.275gをそれぞれ量り取り、約900mLの蒸留水に溶解させた。この溶液に、pH5.4またはH7.4になるまで1N HClを加えた後、再び蒸留水を加え、pH5.4またはpH7.4の生理食塩水(PBS)を1Lずつ調製した。また、透析膜内に用いるpH5.4またはpH7.4のPBS 10mLに対して、還元型グルタチオン(GSH)をそれぞれ15.4mg加え、5mM GSHのPBS(pH5.4またはpH7.4)を調製した。また、透析膜外に用いる30%MeOHのPBS(pH5.4またはpH7.4)溶液も調製した。
【0061】
・金属有機構造体からのクルクミンの放出速度評価
クルクミンを包接したZn-CysMOFを用いて、クルクミンの放出速度評価を行った。具体的には、上記で調製したGSH濃度が0mMまたは5mMのPBS(pH7.4)のそれぞれを1mLずつ、5mgのクルクミン包接CysMOFとともに透析膜内部に入れた(透析膜の分画分子量は12,000~14,000)。この透析膜を30%MeOHのPBS(pH5.4またはpH7.4)30mL中に入れ、37℃で撹拌し、その間一定時間に透析膜外部の溶液を1mLずつ採取した。これらの溶液をHPLCにて測定し、クルクミンの定量を行った。また、採取した溶液のpHと同様の溶液(30%MeOHのPBS(pH5.4またはpH7.4))を1mLずつ加え、透析膜外部の溶液の体積を一定(30mL)とした。なお、HPLCによる測定条件は以下の通りである:
カラム:C18XBridge 3.5μm(4.6mmx150mm)
移動相:A:0.1%TFA水溶液
B:0.1%TFAアセトニトリル溶液
注入量:10μL
カラムオーブン温度:25℃
検出波長:420nm
流速:0.8mL/min 時間(min):0→20
B%:50→50。
【0062】
上記の測定の結果について、pH7.4においてGSHが存在する系と存在しない系とを対比したHPLCチャートを
図3に示す。
図3に示すように、pH7.4において、Zn-CysMOFに包接されたクルクミンの溶出速度は、GSHが反応系に存在しない場合に比べて、GSH(5.0mM)存在下の方が大きく向上した。これは、Zn-CysMOFを構成する配位子であるL-シスチンのジスルフィド(-S-S-)結合が、GSHの有する還元作用によって切断されたことによりMOF構造が崩壊し、包接されていたCCMが放出されたことによるものと考えられる。
【0063】
また、GSHが存在しない系においてpH5.4の系とpH7.4の系とを対比したHPLCチャートを
図4に示す。
図4に示すように、GSHが反応系に存在しない場合であっても、Zn-CysMOFに包接されたクルクミンの溶出速度は、pH7.4の反応系に比べて、pH5.4の反応系の方が大きく向上した。これは、Zn-CysMOFを構成する配位子であるL-シスチンのジスルフィド(-S-S-)結合が、より酸性の条件下において切断されたことによりMOF構造が崩壊し、包接されていたCCMが放出されたことによるものと考えられる。