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特開2024-31624細胞壁改質菌体の生産方法及び微生物ワクチンの生産方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031624
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】細胞壁改質菌体の生産方法及び微生物ワクチンの生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20240229BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20240229BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
C12N1/21
C12P21/02 C
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022135288
(22)【出願日】2022-08-26
(71)【出願人】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】梶川 揚申
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AG31
4B064CA19
4B064CC24
4B064CD13
4B064DA01
4B065AA01X
4B065AA30X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BD33
4B065CA45
(57)【要約】
【課題】乳酸菌などのグラム陽性菌を用い、より汎用性が高く簡易的な培養方法によって免疫原性を高めることができる細胞壁改質菌体の生産方法及び微生物ワクチンの生産方法を提供することを目的とする。
【解決手段】グラム陽性菌に抗原をコードする遺伝子を導入することにより、抗原生産能を有する遺伝子組換え体を得る工程と、前記遺伝子組換え体をグリシン添加培地で培養することにより、細胞壁の堅牢性が低下した細胞壁改質菌体を得る工程と、を有する、細胞壁改質菌体又は微生物ワクチンの生産方法を提供するものである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラム陽性菌に抗原をコードする遺伝子を導入することにより、抗原生産能を有する遺伝子組換え体を得る工程と、
前記遺伝子組換え体をグリシン添加培地で培養することにより、細胞壁の堅牢性が低下した細胞壁改質菌体を得る工程と、
を有する、細胞壁改質菌体の生産方法。
【請求項2】
前記グラム陽性菌が、乳酸菌である、請求項1に記載の細胞壁改質菌体の生産方法。
【請求項3】
前記グリシン添加培地のグリシン濃度が、0.1重量%以上5.0重量%未満である、請求項1又は2に記載の細胞壁改質菌体の生産方法。
【請求項4】
前記培養が、8~48時間で実施される、請求項1又は2に記載の細胞壁改質菌体の生産方法。
【請求項5】
さらに、前記培地から細胞壁の堅牢性が低下した前記遺伝子組換え体を分離・精製する工程を有する、請求項1又は2に記載の細胞壁改質菌体の生産方法。
【請求項6】
グラム陽性菌に抗原をコードする遺伝子を導入することにより、抗原生産能を有する遺伝子組換え体を得る工程と、
前記遺伝子組換え体をグリシン添加培地で培養することにより、細胞壁の堅牢性が低下した細胞壁改質菌体を得る工程と、
を有する、微生物ワクチンの生産方法。
【請求項7】
前記グラム陽性菌が、乳酸菌である、請求項6に記載の微生物ワクチンの生産方法。
【請求項8】
前記グリシン添加培地のグリシン濃度が、0.1重量%以上5.0重量%未満である、請求項6又は7に記載の微生物ワクチンの生産方法。
【請求項9】
前記培養が、8~48時間で実施される、請求項6又は7に記載の微生物ワクチンの生産方法。
【請求項10】
さらに、前記培地から細胞壁の堅牢性が低下した前記遺伝子組換え体を分離・精製する工程を有する、請求項6又は7に記載の微生物ワクチンの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞壁改質菌体の生産方法及び微生物ワクチンの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌は安全性が高く、免疫刺激作用を持つことが知られている。また、乳酸菌は遺伝子組換え技術が確立されており異種抗原を発現することができる。そのため、乳酸菌を抗原運搬体とする粘膜ワクチンの開発が試みられている(非特許文献1~4)。粘膜ワクチンは全身性免疫の誘導に加え、粘膜局所の免疫応答を誘導することができ、粘膜を介して感染する多くの病原体に対して高い感染防除効果が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Tarahomjoo S. Development of vaccine delivery vehicles based on lactic acid bacteria. Mol Biotechnol. 2012;51(2):183-199. doi:10.1007/s12033-011-9450-2
【非特許文献2】Akinobu Kajikawa, Eiichi Satoh, Rob J. Leer, Shigeki Yamamoto, and Shizunobu Igimi. “Intragastric immunization with recombinant Lactobacillus casei expressing flagellar antigen confers antibody-independent protective immunity against Salmonella enterica serovar Enteritidis” Vaccine. 2007 May 4; 25(18): 3599-3605.
【非特許文献3】Corinne Grangette, Heide Muller-Alouf, Pascal Hols, Denise Goudercourt, Jean Delcour, Mireille Turneer, Annick Mercenier “Enhanced mucosal delivery of antigen with cell wall mutants of lactic acid bacteria” Infect Immun. May 2004, Pages 2731-7
【非特許文献4】Ho P.S., Kwang J., Lee Y.K. “Intragastric administration of Lactobacillus casei expressing transmissible gastroenteritis coronavirus spike glycoprotein induced specific antibody production.” Vaccine. 2005 Feb 3; 23(11): 1335-1342
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、一般的に経口ワクチンの免疫誘導効率は低く、実用的な経口ワクチンの開発に向けた免疫誘導効率の改善が求められる。このため、アジュバントを用いた方法など、様々な方法で免疫誘導効率の改善が検討されている。
【0005】
免疫誘導効率が低い要因の一つとして乳酸菌の細胞壁が堅牢であることが考えられる。乳酸菌細胞壁の堅牢性は胃や腸といった過酷な環境での生存性を高める。一方で、乳酸菌細胞内抗原の隔離による免疫誘導効率の低下が起きることが仮定される。
【0006】
2004年、Palumboらは Lactiplantibacillus plantarum NCIMB8826のアラニンラセマーゼ(細胞壁合成に関与する酵素)遺伝子欠損株を作出した。変異株はD-アラニン非存在下では増殖できず、細胞壁の堅牢性が低下する。2004年Grangetteらはこの株変異株を宿主として、破傷風毒素断片抗原(TTFC)を発現させた遺伝子組換え乳酸菌を作出.細胞壁の堅牢性が低下した状態でマウスへ投与したところ、免疫誘導効率が大幅に改善されることを報告した。これは細胞壁の堅牢性が低下することで細胞壁の透過性が増加し、生体内においてより多くの抗原が漏出したことが考えられる。実際にこの変異株においてはin vitroにおいて細胞内の酵素を多量に放出していることが知られている。
【0007】
しかし、Grangetteらの手法は事前に宿主のアラニンラセマーゼ遺伝子を事前に欠失させておく必要があり、宿主菌株の恒常的な生育阻害や汎用性の低さが問題となっていた。
【0008】
そこで、本発明では、乳酸菌などのグラム陽性菌を用い、より汎用性が高く簡易的な培養方法によって免疫原性を高めることができる細胞壁改質菌体の生産方法及び微生物ワクチンの生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するため、乳酸菌の細胞壁合成に干渉するグリシンを添加した培養方法に着目した。グリシン添加培養はペプチドグリカン前駆体へのアラニンの取り込みをグリシンが拮抗阻害することで細胞壁の合成が阻害され、結果として、細胞壁の堅牢性が低下することから、安全性が高く、培地へ添加するだけの簡便な方法となり得るとの知見を得た。
【0010】
本発明は係る知見に基づくものであり、グラム陽性菌に抗原をコードする遺伝子を導入することにより、抗原生産能を有する遺伝子組換え体を得る工程と、前記遺伝子組換え体をグリシン添加培地で培養することにより、細胞壁の堅牢性が低下した細胞壁改質菌体を得る工程と、を有する、細胞壁改質菌体の生産方法を提供するものである。
【0011】
また、本発明は、グラム陽性菌に抗原をコードする遺伝子を導入することにより、抗原生産能を有する遺伝子組換え体を得る工程と、前記遺伝子組換え体をグリシン添加培地で培養することにより、細胞壁の堅牢性が低下した細胞壁改質菌体を得る工程と、を有する、微生物ワクチンの生産方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、菌体として乳酸菌など安全性の高い微生物を使用すれば、大腸菌を使用した場合に比べ、組換え体を精製する工程が不要である。つまり、仮に遺伝子組換えがされなかったグラム陽性菌が存在していたとしてもプロバイオティクスとしてそのまま利用することができる。また、遺伝子組換えによらなくてもグリシンを添加するだけで細胞壁の堅牢性を低下させることができるため、極めて簡便な方法で細胞壁改質菌体又は微生物ワクチンを生産することができる。
【0013】
また、細胞壁の堅牢性が適度に低下した細胞壁改質菌体が抗原をコードしているため、これを経口投与することで、体内で抗原を漏出させることができ、効率よく免疫応答を改善することができる。この特徴により、免疫誘導効率に優れた微生物ワクチンとしての利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】グリシン添加培養によるL.plantarum NBRC8826 pLPD4::FliC(SE)細胞壁脆弱性を比較した結果を示す図である。
図2】グリシン添加培養によるFliCタンパク質発現量を比較した結果を示す図である。
図3】FliCタンパク質を電気泳動したSDS-PAGEの電気泳動パターンを示す図である。
図4】血清中FliC特異的抗体価を経時的に測定した結果を示す図である。
図5】血清中IgG、粘膜洗浄液IgA、盲腸内容物IgAを測定した結果を示す図である。
図6】FliC特異的IgG1/IgG2aを測定した結果を示す図である。
図7】HEK-293TM hTLR5(invivogen)を用いた菌体外FliCを検出した結果を示す図である。
図8】抗サルモネラ血清を用いた菌体外FliCの検出結果を示す図である。
図9】グリシン添加培地上清中のFliCタンパク質の検出結果を示す図である。
図10】脾細胞のグリシン添加培養乳酸菌刺激による時間ごとのサイトカイン(IL-10、IL-12、TNF-α)産生量の測定結果を示す図である。
図11】脾細胞の抗原を発現していないグリシン添加培養乳酸菌刺激によるサイトカイン(IL-10、IL-12、TNF-α)産生量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明の実施形態に係る細胞壁改質菌体の生産方法について説明する。本実施形態の細胞壁改質菌体の生産方法は、グラム陽性菌に抗原をコードする遺伝子を導入することにより、抗原生産能を有する遺伝子組換え体を得る工程と、前記遺伝子組換え体をグリシン添加培地で培養することにより、細胞壁の堅牢性が低下した細胞壁改質菌体を得る工程と、を有する。
【0016】
前記グラム陽性菌としては、例えば、乳酸菌、ビフィズス菌、枯草菌、プロピオン酸菌などを挙げることができるが、安全性の観点やプロバイオティクスとしても利用できる観点から、乳酸菌であることが好ましい。
【0017】
乳酸菌の中でも、特に、アセチラクトバチルス(Acetilactobacillus)属、アグリバクトバチルス(Agrilactobacillus)属、アミロラクトバチルス(Amylolactobacillus)属、アピラクトバチルス(Apilactobacillus)属、ボンビラクトバチルス(Bombilactobacillus)属、コンパニラクトバチルス(Companilactobacillus)属、デラグリオア(Dellaglioa)属、フルクティラクトバチルス(Fructilactobacillus)属、フルフリラクトバチルス(Furfurilactobacillus)属、ホルザプフェリア(Holzapfelia)属、ラクチカゼイバチルス(Lacticaseibacillus)属、ラクチプランチバチルス(Lactiplantibacillus)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ラピディラクトバチルス(Lapidilactobacillus)属、ラティラクトバチルス(Latilactobacillus)属、レンティラクトバチルス(Lentilactobacillus)属、レヴィラクトバチルス(Levilactobacillus)属、リギラクトバチルス(Ligilactobacillus)属、リモシラクトバチルス(Limosilactobacillus)属、リコリラクトバチルス(Liquorilactobacillus)属、ロイゴラクトバチルス(Loigolactobacillus)属、パララクトバチルス(Paralactobacillus)属、パウキラクトバチルス(Paucilactobacillus)属、シュレイフェリラクトバチルス(Schleiferilactobacillus)属、セカンディラクトバチルス(Secundilactobacillus)属、ラクトコッカス属、ロイコノストック属の乳酸菌を用いることが安全性や遺伝子組換え技術の適合性の観点から好ましい。
【0018】
グラム陽性菌に抗原をコードする遺伝子を導入する方法については特に限定はなく、エレクトロポレーション法、接合伝達法、ファージによる遺伝子導入法など、懸濁(培養)細胞(溶液中に浮遊状態にした細胞)への外来遺伝子を導入する方法として一般的に使用されている外来遺伝子導入方法を利用することができる。
【0019】
本実施形態で使用される抗原としては、目的とする免疫誘導に応じて適宜設定されるが、細菌由来の抗原及びウイルス由来の抗原が挙げられ、より具体的には、弱毒化又は不活化したウイルス由来タンパク質、毒素、トキソイド、莢膜多糖、その他抗原タンパク質等が挙げられる。これらの他の抗原は、1種が単独で選択されてもよいし、複数種が選択されてもよい。
【0020】
本実施形態において、グリシン添加培地中のグリシン濃度は、使用する乳酸菌株によって適宜設定されるが、0.1重量%以上5.0重量%未満とすることで、グラム陽性菌の生育を維持しつつ、細胞壁の堅牢性を低下させることができる。なお、ベースとなる基本培地は、グラム陽性菌を培養するために使用される一般的な培地を使用することができる。例えば、乳酸菌用の培地であるMRS液体培地、LBS液体培地、GAM液体培地などを挙げることができる。
【0021】
グラム陽性菌の培養時間は、グリシンの添加濃度、初期菌体濃度、使用菌株に応じて適宜変更されるが、8~48時間であることが好ましい。
【0022】
本実施形態に係る細胞壁改質菌体の生産方法は、さらに、前記培地から細胞壁の堅牢性が低下した前記遺伝子組換え体を分離・精製する工程を実施してもよい。
【0023】
分離・精製工程により、遺伝子組換え体の濃度を高めることができる。分離・精製工程は微生物の分離・精製の際に使用される一般的な方法を利用することができる。例えば、遠心分離し、上清を除去した後、純水で洗浄することにより実施することができる。
【0024】
次に、本発明の実施形態に係る微生物ワクチンの生産方法について説明する。本実施形態の微生物ワクチンの生産方法は、グラム陽性菌に抗原をコードする遺伝子を導入することにより、抗原生産能を有する遺伝子組換え体を得る工程と、前記遺伝子組換え体をグリシン添加培地で培養することにより、細胞壁の堅牢性が低下した細胞壁改質菌体を得る工程と、を有する。
【0025】
本実施形態に係る微生物ワクチンの生産方法は、上述した細胞壁改質菌体の生産方法により得られた細胞壁改質菌体が経口投与される微生物ワクチン、いわゆる飲むタイプのワクチンとして利用できることから、微生物ワクチンの生産方法として規定したものである。従って、生産方法の詳細は先述した細胞壁改質菌体の生産方法が適用できる。
【0026】
本実施形態により生産された微生物ワクチンは、グリシン添加培地で培養されたことにより細胞壁の堅牢性が低下し、経口投与された後にグラム陽性菌からより多くの抗体が漏出することで免疫細胞との接触する機会が増加することにより、免疫誘導が増強される。
【0027】
以下、具体的な実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【実施例0028】
1.グリシン添加培養条件の検討
(1)リゾチーム消化による細胞壁の堅牢性評価
細胞壁の堅牢性を評価するため、細胞壁ペプチドグリカンの加水分解反応を触媒することが知られており、生体内に広く存在していることが知られているリゾチームを利用した。グリシンを0~3 %添加したMRS液体培地で乳酸菌(Lactiplantibacillus plantarum NBRC8826 pLPD4::Flic(SE))を培養し、菌体を回収・洗浄後にリゾチームを加えて37 ℃でインキュベートした。その後、終濃度1 %となるようにSDSを加えて溶菌させ、残った菌体の濁度を測定した。
【0029】
結果を図1に示す。リゾチーム添加前、添加後0、10、20、30分後の濁度をそれぞれ示した。添加したグリシン濃度依存的に濁度が低下したことから、グリシン添加培養により細胞壁の堅牢性が低下し、リゾチームによる分解を受けやすくなっていることが示された。一方、グリシン3 %では過度の生育阻害が認められたことから、添加するグリシン濃度は2 %が適当であると考えられた。
【0030】
(2)グリシン添加培養におけるFliC抗原発現量の確認
グリシン添加培養による菌体内FliC抗原発現量への影響が考えられるため、通常培養乳酸菌体、グリシン添加培養乳酸菌体タンパク質中のFliCをWestern Blotにより検出した。
【0031】
結果を図2に示す。通常培養乳酸菌、グリシン添加培養乳酸菌の破砕液においては理論値である約58 kDaの位置にバンドを確認することができた。また、通常培養乳酸菌とグリシン添加培養乳酸菌間でFliC抗原発現レベルの明確な差異は見られなかった。従って、通常培養とグリシン添加培養の間でFliC抗原発現レベルの明確な差異は見られず、グリシン添加培養による抗原発現量への影響は軽微であると考えられた。
【0032】
2.グリシン添加培養菌体を用いたマウスの免疫
(1)マウスへの腹腔内投与
グリシン添加培養乳酸菌の抗原性を評価するためにマウスの免疫を行った。免疫誘導が容易な注射による腹腔内投与により投与を行った。Balb/Cマウスに2週間に一度、採血(0週、3週、5週、7週)とサンプル投与(1週、3週、5週、7週)を行い、投与期間終了後、脾臓、パイエル板、血清、粘膜洗浄液、盲腸内容物を回収した。サンプルは、生理食塩水(Control)200μl、通常培養乳酸菌(4.0×109)200μl、グリシン添加培養乳酸菌(4.0×109)200μlの計3群で試験を行った。
【0033】
(2)FliCタンパク質の精製
試験を行うにあたり必要となるHis-FliCタンパク質の精製を行った。免疫刺激活性を有するLPSが再刺激による評価に影響を与えることが考えられるため、LPSフリーな E. coli Clear coliにpQE30::FliC(SE),pREP4を導入した株を用いた。精製したタンパク質をSDS-PAGE後のCBB染色により精製確認をした。
【0034】
結果を図3に示す。CBB染色の結果、水溶性画分に目的サイズのバンドが確認できたため、FliCタンパク質の精製に成功した。
【0035】
(3)FliC(SE)特異的抗体価
免疫誘導の指標として血清中抗原特異的IgG、粘膜洗浄液、盲腸内容物中の抗原特異的IgAを測定した。また、Th2型の免疫応答が誘導されるとB細胞を介してIgG1が産生され、Th1型の免疫応答が誘導されるとB細胞を介してIgG2aが産生されることが知られており、Th2型、Th1型免疫応答の指標として血清中抗原特異的IgG1/IgG2aを測定した。
【0036】
図4は、各週ごとの血清中FliC特異的抗体価である。各投与群の血清を1000倍希釈しFliC特異的な抗原特異的IgGを測定した。
【0037】
結果として、グリシン添加培養乳酸菌投与群において早い段階である3週目から抗体価の上昇が確認でき、その後5、7週目血清で高い抗体価を示した。このことから、グリシン添加培養乳酸菌は通常培養乳酸菌と比較して少ない投与回数で免疫を誘導すると共により強く免疫を誘導することが示された。
【0038】
図5は血清中のFliC特異的抗体価を測定した結果を示す図である。血清中IgG、粘膜洗浄液、盲腸内容物中IgAを測定した。サンプルは2倍階段で希釈しEnd point toterを用いて比較を行った。
【0039】
図6はFliC特異的IgG1/IgG2aを測定した結果を示す図である。血清中IgG1/IgG2aを測定した。サンプルは4倍階段で希釈しEnd point toterを用いて比較を行った。
【0040】
グリシン添加培養乳酸菌投与群では通常培養乳酸菌投与群と比較して血清、粘膜洗浄液中の抗原特異的抗体産生がより強く誘導された。また、盲腸内容物中の抗原特異的抗体価においても有意な差は確認できなかったものの上昇傾向が見られた。さらにグリシン添加培養乳酸菌投与群においては血清中抗原特異的IgG1(Th2型)が抗原特異的IgG2a(Th1型)と比較してより強く誘導された。このことからグリシン添加培養乳酸菌投与群においてはTh2型の免疫応答が強く誘導されていることが考えられた。
【0041】
3.in vitroにおけるグリシン添加培養乳酸菌の免疫学的特性の評価
(1)レポーターアッセイによる細胞外漏出FliC抗原の検出
生体内においてグリシン添加培養乳酸菌投与により抗原特異的抗体産生が強く誘導された要因として、細胞壁の堅牢性低下に伴うFliC抗原の細胞外漏出が考えられる。このため、FliCの特異的受容体であるTLR5を発現するHEK-293TMhTLR5(invivogen)を用いて菌体外FliCを検出した。HEK-293TM hTLR5は細胞をTLR5のリガンドであるフラジェリンで刺激することでAP-1とNF-kBを活性化する。それに応じてアルカリホスファターゼ(SEAP)が分泌され培地中の基質と反応し、培地の色が変化する。これにより菌体外FliCの検出を行うことが可能である。
【0042】
(i)菌体外FliCの検出
通常培養乳酸菌、グリシン添加培養乳酸菌それぞれによりHEK-293TM hTLR5細胞を刺激することで、細胞外FliCの検出を行った。
【0043】
図7は、HEK-293TM hTLR5(invivogen)を用いた菌体外FliCを検出した結果を示す図である。グリシン添加培養乳酸菌は通常培養乳酸菌と比較して104~5 CFU/wellにおいて高いOD620を示した。このことからグリシン添加培養後の乳酸菌においては通常培養乳酸菌と比較して菌体外のFliC量が多いことが示唆された。
【0044】
(ii)抗サルモネラ血清を用いた菌体外FliCの検出
前記(i)で見られた結果が上清中にFliC漏出したことによる結果であるかを調べるために、抗サルモネラ血清を用いた評価を行った。抗サルモネラ血清を培地中に添加することで上清中の抗原はブロッキングされる。そのため、TLR5を介して免疫応答が起こらず結果として、上清中に漏出した抗原の影響を除いたHEK-293TM hTLR5による検出を行うことが可能となる。
【0045】
図8は抗サルモネラ血清を用いた菌体外FliCの検出結果を示す図である。グリシン添加培養乳酸菌において添加量依存的に活性が低下したことから、前記(i)の結果は上清中に漏出した抗原が要因であると考えられた。このことからグリシン添加培養乳酸菌において上清中に比較的多くのFliCが遊離していること示唆された。
【0046】
(iii)上清中FliCの検出
グリシン添加培養乳酸菌における細胞培地中での抗原漏出を評価するため、培養上清中に漏出した抗原の検出を行った。
【0047】
図9は上清中FliCの検出結果を示す図である。グリシン添加培養乳酸菌は通常培養乳酸菌と比較して培養上清中に多くのFliCが遊離していること示唆された。
【0048】
(i)~(iii)の結果、グリシン添加培養乳酸菌においては、通常培養乳酸菌と比較し多くの抗原が菌体外へ漏出していることが示された。このことからグリシン添加培養乳酸菌投与により免疫誘導効率が改善した要因として細胞外に多量の抗原漏出し免疫細胞による抗原認識の機会が増大したことが要因であることが示された。
【0049】
(2)脾細胞の乳酸菌体刺激によるサイトカイン産生誘導
(i)脾細胞のグリシン添加培養乳酸菌刺激によるサイトカイン産生誘導
生体内においてグリシン添加培養乳酸菌投与群ではTh2型の免疫応答がより強く誘導されることが示された。もしグリシン添加培養乳酸菌にそのような免疫学的特性があるとすれば、細胞レベルにおいても同様な特性を示すと思われる。そこで、脾細胞をグリシン添加培養乳酸菌により刺激し、産生されるサイトカインを定量した。Th2型免疫応答の指標としてIL-10、Th1型の免疫応答の指標としてIL-12、炎症性サイトカインとしてしられるTNF-αをそれぞれ測定した。
【0050】
図10は、脾細胞のグリシン添加培養乳酸菌刺激による時間ごとのサイトカイン(IL-10、IL-12、TNF-α)産生量の測定結果を示す図である。脾細胞のグリシン添加培養乳酸菌刺激による時間ごとのサイトカイン産生量比較した。グリシン添加培養乳酸菌により刺激した場合、IL-10の産生量が有意に高く、IL-12、TNF-αの産生量が有意に低かった。また、経時的な測定において、グリシン添加培養乳酸菌は通常培養のものより早い段階でIL-10 産生を誘導することで、拮抗するIL-12、TNF-αの産生を抑制することが示された。
【0051】
(ii)抗原を発現していないグリシン添加培養乳酸菌を用いた脾細胞の刺激
可溶性FliCはTh2型の免疫応答を誘導することが知られている。このため、Th2型の免疫応答が強く誘導された要因としてFliC抗原が考えられ、FliC抗原を発現していない乳酸菌を用いた評価を行った。
【0052】
図11は、脾細胞の抗原を発現していないグリシン添加培養乳酸菌刺激によるサイトカイン(IL-10、IL-12、TNF-α)産生量を示す図である。抗原を発現していない乳酸菌においてもグリシン添加培養によりTh2型免疫応答を増強することが示された。
【0053】
(i)、(ii)の結果から、グリシン添加培養乳酸菌はTh2型の免疫応答を誘導し、結果としてTh1型の免疫応答を抑制していることが示された。また、抗原を発現していない乳酸菌においても同様の傾向が見られた。このことから、抗原の漏出ではなく乳酸菌自体に変化が起きることでTh2型の免疫を誘導していることが示された。
【0054】
4.総括
本実施例では生体内において確認された免疫応答をin vitroにおいて検証した。まず、生体内においてグリシン添加培養乳酸菌投与により抗原特異的抗体産生が強く誘導された要因として細胞壁の堅牢性低下に伴うFliC抗原の細胞外漏出が考えられる。そのため、FliCの特異的受容体であるTLR5を発現するHEK-293TM hTLR5(invivogen)を用いて菌体外FliCを検出した。その結果、グリシン添加培養により多量の抗原が漏出していることが示され、抗原特異的抗体産生が強く誘導された要因として、細胞外に漏出FliC抗原が関与することが示された。
【0055】
また、生体内においてグリシン添加培養乳酸菌投与群ではTh2型の免疫応答がより強く誘導されることが示された。これと同様の反応がin vitroにおいても同様の現象が確認できるかを調べた。その結果、グリシン添加培養乳酸菌は生体内と同様にTh2型の免疫応答をより強く誘導していることが示された。
【0056】
またグリシン添加培養乳酸菌はより早い段階でIL-10 産生を誘導することで、拮抗するIL-12、TNF-αの産生を抑制することが示された。この現象はグリシン添加培養による抗原の漏出ではなく、乳酸菌自体に変化が起きたことが要因であると示された。
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