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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031710
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】傾斜角度測定器
(51)【国際特許分類】
   G01C 9/06 20060101AFI20240229BHJP
   G01C 9/10 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
G01C9/06 A
G01C9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022135443
(22)【出願日】2022-08-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り https://confit.atlas.jp/guide/event/jsme2021/participant_login?eventCode=jsme2021、令和3年8月30日 日本機械学会2021年度年次大会〔WEB開催〕オンライン会場:Zoom meeting、令和3年9月7日(開催期間:令和3年9月5日~令和3年9月8日) 東京電機大学理工学部 機械工学系 2021年度 機械システム特別研究II 修士論文最終審査会〔WEB開催〕(https://dendai.zoom.us/j/92023645974?)、令和4年1月27日 東京電機大学理工学部 機械工学系 2021年度 機械システム特別研究II 修士論文最終審査会 要旨集、令和4年5月1日 https://shunkosha1.sakura.ne.jp/kt2022/、令和4年3月9日 日本機械学会 関東支部 第28期総会・講演会〔WEB開催〕オンライン会場:Zoom meeting、令和4年3月15日(開催期間:令和4年3月14日~令和4年3月15日)
(71)【出願人】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松谷 巌
(72)【発明者】
【氏名】古屋 治
(57)【要約】
【課題】傾斜角度に対する分解能がより向上し、外乱振動に対して出力の安定性を確保することのできる傾斜角度測定器を提供する。
【解決手段】傾斜角度測定器1は、筐体2と、放射光源3と、受光部5と、レンズ4と、受光部5から出力される電気信号に基づいて、筐体2の鉛直方向に対する傾斜角度を算出する算出部とを備え、レンズ4は、凹面16Aを放射光源3に対向させた凹面レンズ16と、凹面16A上に載置されたボールレンズ15とからなり、凹面レンズ16の凹面16A及び筐体2の内面により囲まれた空間には、ボールレンズ15よりも比重の小さい粘性流体6が、少なくともボールレンズ15の直径を超え、空間内に空気層7を形成するように注入される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛直方向に対する傾斜角度を測定する傾斜角度測定器であって、
筐体と、
前記筐体の内面に固定された放射光源と、
前記放射光源に対向して前記筐体の内面に固定された受光部と、
前記放射光源及び前記受光部の間に配置され、前記放射光源から放射される光を前記受光部に集光させるレンズと、
前記受光部から出力される電気信号に基づいて、前記筐体の鉛直方向に対する傾斜角度を算出する算出部とを備え、
前記レンズは、凹面を前記放射光源に対向させて前記筐体に固定された凹面レンズと、前記凹面上に載置されたボールレンズとからなり、
前記凹面レンズの凹面及び前記筐体の内面により囲まれた空間には、前記ボールレンズよりも比重の小さい粘性流体が、少なくとも前記ボールレンズの直径を超え、前記空間内に気体層が形成されるように注入されている、
傾斜角度測定器。
【請求項2】
前記粘性流体は、粘度が2.50mPa・s超、38.0mPa・s以下である請求項1に記載の傾斜角度測定器。
【請求項3】
前記粘性流体は、前記ボールレンズに対する相対屈折率が0.88以上、0.94以下である請求項1に記載の傾斜角度測定器。
【請求項4】
前記粘性流体は、前記放射光源及び前記受光部の受光面の中心を通る基準軸における、前記放射光源及び前記凹面レンズの凹面間の距離に対して、40%以上、90%以下の高さ寸法で注入される請求項1に記載の傾斜角度測定器。
【請求項5】
前記放射光源及び前記凹面レンズの凹面間の距離は、前記放射光源から放射された光線の指向角内に、前記凹面レンズの光線入射面の全体が含まれるように設定される請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の傾斜角度測定器。
【請求項6】
前記凹面レンズ上を転動する前記ボールレンズの中心の軌道が、前記傾斜角度測定器の重心位置を通るように、前記凹面レンズの下面及び前記受光部の受光面の距離が設定される請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の傾斜角度測定器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、傾斜角度測定器に関する。
【背景技術】
【0002】
建築構造物等における重力方向に対する傾斜角度の測定器として、特許文献1に開示される傾斜角度測定器が知られている。特許文献1に開示された傾斜角度測定器は、筐体内に固定された光源及び受光部と、光源から出射される光を受光部に集光させるレンズとを備え、レンズが、凹面を前記光源に対向させて筐体に固定された凹面レンズと、凹面上に載置されたボールレンズとから構成されている。
【0003】
特許文献1に開示された傾斜角度測定器によれば、ボールレンズ及び凹面レンズで集光された光を受光部に結像させることができるので、鉛直方向に対する傾斜によって生じる受光位置の変位を拡大することができる。従って、傾斜角度測定器では、傾斜角度検出の分解能を向上することができるので、傾斜角度を高精度に測定することができる、という効果がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011-69798号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献1に開示された技術では、筐体内の空気層に対してボールレンズの屈折率が大きく異なるため、光源から放射され、レンズを介して集光された光線の結像距離が短くなってしまう。このため、レンズにより一旦集光された光線が結像距離を超え、再び拡散した状態で受光部に到達してしまい、受光部における感度、線形性が悪くなり、傾斜角度に対する分解能が低くなってしまうという課題がある。また、ボールレンズが凹面レンズ上で自由に転動可能になっているため、外乱振動等によってボールレンズが転動し易く、出力が安定しないという課題がある。
【0006】
本発明の目的は、傾斜角度に対する分解能がより向上し、外乱振動に対して出力の安定性を確保することのできる傾斜角度測定器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の傾斜角度測定器は、鉛直方向に対する傾斜角度を測定する傾斜角度測定器であって、筐体と、前記筐体の内面に固定された放射光源と、前記放射光源に対向して前記筐体の内面に固定された受光部と、前記放射光源及び前記受光部の間に配置され、前記放射光源から放射される光を前記受光部に集光させるレンズと、前記受光部から出力される電気信号に基づいて、前記筐体の鉛直方向に対する傾斜角度を算出する算出部とを備え、前記レンズは、凹面を前記放射光源に対向させて前記筐体に固定された凹面レンズと、前記凹面上に載置されたボールレンズとからなり、前記凹面レンズの凹面及び前記筐体の内面により囲まれた空間には、前記ボールレンズよりも比重の小さい粘性流体が、少なくとも前記ボールレンズの直径を超え、前記空間内に気体層が形成されるように注入されている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ボールレンズに外乱振動が発生しても、粘性流体によってボールレンズの振動を直ちに減衰させることができるため、外乱振動に対して出力の安定性を確保することができる。また、粘性流体と気体層とを設け、ボールレンズ及び凹面レンズにより集光された光線の結像距離を調整することで、受光部で結像する光スポットの拡散を少なくすることができるため、傾斜角度測定器の傾斜角度に対して、受光部が出力する電気信号の分解能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施形態に係る傾斜角度測定器の構造を示す模式断面図である。
図2】実施形態における傾斜角度測定器が傾斜した状態を示す模式断面図である。
図3】従来技術における光線追跡法を説明するための幾何光学図である。
図4】従来技術における光線追跡法のシミュレーション結果を示す模式図である。
図5】従来技術における光線追跡法の結果を示す模式断面図である。
図6】実施形態における光線追跡法の結果を示す模式断面図である。
図7】実施形態における相対屈折率の違いによる光軸上の結像位置の変化を示す模式図である。
図8】実施形態における粘性流体の注入高さ寸法に応じた光軸上の結像位置を説明するための模式図である。
図9】実施形態における粘性流体の注入高さ寸法の違いによる光軸上の結像位置の変化を示す模式図である。
図10】実施形態における放射光源と凹面レンズの距離と粘性流体の注入高さ寸法を変更した場合を比較した模式図である。
図11】実施形態における粘性流体の注入高さ寸法を変更した場合を比較した模式図である。
図12】実施形態における粘性流体の注入高さ寸法を変更した場合を比較した模式図である。
図13】実施形態における粘性流体の振動抑制効果を説明するための模式図である。
図14】実施形態における減衰比に応じた振動の収束時間の関係を示すグラフである。
図15】実施形態における減衰比に応じた振動の収束時間の関係を示すグラフである。
図16】本発明の実施例に係る実施例と従来例及び参考例(注入物:純水)を説明するための模式図である。
図17】実施例における傾斜発生装置の構造を示す模式図である。
図18】実施例における傾斜角度と受光部から出力される出力電圧の関係を示すグラフである。
図19】実施例、従来例及び参考例(注入物:純水)における受光部の受光面上に形成された光スポットの重心位置(受光位置)をスキャンする方法を説明するための模式図である。
図20】従来例における受光面上に形成される光スポットの状態を示す模式図である。図20(A)は傾斜角度0[deg]の場合であり、図20(B)は傾斜角度0.5[deg]の場合である。
図21】参考例(注入物:純水)における受光面上に形成される光スポットの状態を示す模式図である。図21(A)は傾斜角度0[deg]の場合であり、図21(B)は傾斜角度0.5[deg]の場合である。
図22】実施例における受光面上に形成される光スポットの状態を示す模式図である。図22(A)は傾斜角度0[deg]の場合であり、図22(B)は傾斜角度0.5[deg]の場合である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、以下の説明では、すでに説明した部材、部分等については同一符号を付して説明を省略する。
[1]全体構成
図1には、本実施形態に係る傾斜角度測定器1が示されている。この傾斜角度測定器1は、筐体2と、当該筐体2に固定された放射光源3と、放射光源3から放射された光線を集光するレンズ4と、レンズ4によって集光された光線を受光する受光部5と、放射光源3及びレンズ4の間に注入された粘性流体6と、受光部5と電気的に接続された図示しない算出部とを備える。なお、傾斜角度測定器1は、鉛直方向Zに直交するx方向及びy方向の傾斜角度を測定し得るように構成されているが、x方向及びy方向において構成上特に差異はないので、簡略のため、x方向についてのみ、説明することとする。
【0011】
傾斜角度測定器1は、放射光源3から放射され、空気層7及び粘性流体6を透過させた光線を、レンズ4によって集光し、受光部5に光スポットとして結像させ、受光部5において光スポットの重心位置(以下、「受光位置」という)を検出する。算出部は、受光部5の受光位置に基づいてx方向の変位Δxを算出し、変位Δxからx方向の傾斜角度Δθxを算出し、測定した傾斜角度Δθxを図示しない表示部に表示する。このような傾斜角度測定器1は、例えば建築物等の構造物に設置され、地震等の災害時において、災害の前後において上記のように傾斜角度Δθxを測定し、図示しない表示部に表示することにより、災害の前後における建築物の傾斜角度Δθxの変化をユーザに通知する。
【0012】
筐体2は、上面部8と、上面部8に平行に設けられた下面部9と、上面部8及び下面部9の間に形成されたレンズ設置部10とを備える。本実施形態の場合、筐体2は、金属板で形成された、上面部8と下面部9と側面部11とを有する円筒状の箱体である。上面部8の筐体2の内面には、放射光源3が下面部9に向かって光線を放射し得るように固定されている。下面部9の筐体2の内面には、放射光源3に対向するように受光面5Aを配置した受光部5が固定されている。ここで、放射光源3の中心と、受光面5Aの中心とを通る軸を基準軸L0と呼ぶこととする。
【0013】
側面部11には、筐体2の内面11Aにレンズ設置部10が形成されている。レンズ設置部10は、側面部11の内面から突出する一対のリング状体から構成され、後述する凹面レンズ16を上下から挟み込んでいる。レンズ設置部10の中央部には放射光源3から放射された光線が透過する開口部が形成されている。
【0014】
放射光源3は、点光源とみなすことができる発光面の狭いものであって、一定の範囲に拡散するように光線を放射する。本実施形態の場合、放射光源3には、LED(Light Emitting Diode)が用いられている。放射光源3から放射された光線は、基準軸L0に対して任意の角度で一様に拡散して、レンズ4を構成する凹面レンズ16の光線入射面に到達する。
【0015】
ここで、光源として放射光源3を採用したのは、レーザー光のような指向性の高い光源を用いると、傾斜角度測定器1を傾斜させたときに、傾斜角度に対して検出される受光部5の変位量の感度が低くなってしまうからである。また、レーザー光を光源とした場合、傾斜角度測定器1の傾斜角度が4[deg]以上になると、レーザー光線がボールレンズ15から外れてしまい、レンズ4によって集光することができないからである。
【0016】
レンズ4は、ボールレンズ15と、凹面レンズ16とから構成される。ボールレンズ15は、放射光源3から放射された光線を受光し、集光する。ボールレンズ15は、球面レンズであり、凹面レンズ16の凹面16A上に転動可能に載置される。凹面レンズ16は、ボールレンズ15で集光された光線を受光面5Aに結像させる。ボールレンズ15及び凹面レンズ16の材質は一般的な光学ガラスとされ、本実施形態では、光学ガラスBK7が使用されている。
【0017】
凹面レンズ16は、一側表面が凹面16Aであって他側表面が平坦面16Bである平凹レンズである。凹面レンズ16は、凹面16Aを放射光源3に対向させた状態で、凹面16Aの中心が基準軸L0に一致するようにレンズ設置部10に固定されている。これにより、凹面レンズ16は、受光部5から所定距離だけ離れた位置に保持される。凹面16Aは、球状であって、曲率半径がボールレンズ15の半径より大きく設定され、凹面レンズ16の最も薄い部分が基準軸L0上となるように配置される。また、レンズ設置部10の下側のリング状体及び凹面レンズ16の下面の間には、図示しないOリングがレンズ設置部10の開口部回りに設けられ、放射光源3側に注入された粘性流体6が受光部5側に漏れ出すことを防止している。
【0018】
基準軸L0上における、放射光源3と凹面レンズ16の凹面16Aとの距離D1は、放射光源3の指向角(半値角)と凹面レンズ16の面積によって決定され、凹面レンズ16の光線入射面(凹面16A)の全体が、放射光源3から放射された光線の指向角(半値角)内に含まれるように設定されている。本実施形態では、放射光源3から放射された指向角(半値角)内の光線の拡がりが、凹面レンズ16の光線入射面(凹面16A)全体と一致するように距離D1が設定される。これにより、傾斜角度測定器1が傾斜してボールレンズ15が凹面16A上を転動した場合、ボールレンズ15には、転動位置によらず放射光源3の基準軸L0から出射される光線の1/2以上の明るさの光線が入射する。なお、放射光源3から放射された指向角内の光線の拡がりが、凹面レンズ16の光線入射面全体と一致するとは、完全に一致する場合だけなく、ボールレンズ15の転動位置によらず放射光源3の基準軸L0から出射される光線の1/2以上の明るさの光線がボールレンズ15に入射できる程度であればずれた場合も含み得る。
【0019】
また、ボールレンズ15と凹面レンズ16は、表面に微細な凹凸がある。当該凹凸に起因した摩擦や帯電により、凹面16A上をボールレンズ15が移動するのを妨げるおそれがあるので、ボールレンズ15の表面及び凹面16Aに処理膜を形成してもよい。処理膜としては、例えば単分子膜を形成することが考えられる。単分子膜は、種々のものが考えられるが、例えば、有機シラン膜等の疎水性膜を用いてもよい。
【0020】
受光部5は、受光位置xを電気信号に変換して算出部へ出力し得るように構成された素子を備える。具体的には、受光部5は、受光面5Aが二次元状に形成された二次元センサであり、レンズ4を介して集光された光スポットの受光位置を検出する。受光部5としては、例えば平板状の光位置センサ(PSD; Position Sensitive Detector)や四分割フォトダイオード等を好適に用いることができる。
【0021】
受光部5の受光面5Aと凹面レンズ16の平坦面16B(凹面レンズ16の下面)との距離D2は、傾斜角度測定器1の重心位置G0とボールレンズ15の軌道によって決定される。具体的には、傾斜角度測定器1が傾斜した際に凹面レンズ16上を転動するボールレンズ15の中心の軌道が、傾斜角度測定器1の重心位置G0を通るように、距離D2が設定される。これにより、傾斜角度測定器1の傾斜発生に応じて直ちにボールレンズ15が転動するので、傾斜検出の即応性及び精度が向上する。
【0022】
粘性流体6は、凹面レンズ16の凹面16A、筐体2の上面部8、及び側面部11に囲まれた空間に注入された液体である。この粘性流体6は、凹面レンズ16及び筐体2の上面部8の間の空間すべてに注入されているわけではなく、少なくともボールレンズ15を埋没させ、かつ、筐体2内に中空の気体層となる空気層7が形成されるように高さ寸法D3だけ注入されている。なお、高さ寸法D3とは、傾斜角度測定器1の基準軸L0が鉛直方向Zと平行になっているときの、凹面レンズ16の凹面16A上の最も低い位置から粘性流体6の液面までの距離である。粘性流体6は、ボールレンズ15の比重よりも小さく、粘度が2.50mPa・s超38.0mPa・s以下であることが望ましい。また、粘性流体6は、ボールレンズ15に対する相対屈折率が0.88以上0.94以下であることが望ましい。本実施形態では、グリセリンを水で希釈した50質量%水溶液を用いている。なお、上述した粘性流体6の粘度と相対屈折率との最適範囲の詳細については後述する。
【0023】
算出部は、受光部5から出力された電気信号に基づき、基準軸L0と受光面5Aとが交差する点(以下、「原点」という)O(x)からの受光位置xまでの変位Δxを算出する。さらに、算出部は、当該変位Δxより、基準軸L0の鉛直方向Zに対する傾斜角度Δθxを算出する。傾斜角度Δθxを算出するには、種々の方法が考えられるが、例えば、変位Δxと傾斜角度Δθxとの関係を表す理論式(特許文献1参照)や、変位Δxと傾斜角度Δθxの関係を与える検量線をあらかじめ作成することにより求めることができる。
【0024】
[2]実施形態の作用
次に、本実施形態の作用について説明する。傾斜角度測定器1は、図1に示す位置関係、すなわち上面部8を上方、下面部9を下方に配置した状態で、例えば建築物の柱等の構造物に設置されたり、レーザー墨出し機等の内部に設置される傾斜計として使用される。
【0025】
傾斜角度測定器1の基準軸L0が鉛直方向Zと平行である場合(図1)、凹面レンズ16の凹面16A上の最も低い位置は中心位置となるので、ボールレンズ15は、凹面16Aの中心位置で静止する。すなわち、レンズ4は、基準軸L0上にボールレンズ15が静止する。
【0026】
この状態で、図示しない電源がオンされると、放射光源3が光線を放射する。放射光源3から放射された光線は、空気層7、粘性流体6、ボールレンズ15、粘性流体6、凹面レンズ16、及び下部の空気層中を進行し、受光部5の受光面5Aに到達する。この際、光線は、空気層7及び粘性流体6の界面、粘性流体6及びボールレンズ15の界面、ボールレンズ15及び粘性流体6の界面、粘性流体6及び凹面レンズ16の界面、凹面レンズ16及び下部の空気層の界面でそれぞれ屈折して受光部5の受光面5Aで結像する。なお、図1及び図2では、簡略のために、ボールレンズ15の略中央で屈折するように光線を描画している。
【0027】
受光部5は、受光位置xに基づき電気信号を生成し、算出部へ出力する。算出部は当該電気信号に基づき、変位Δxを算出する。さらに、算出部は、変位Δxから傾斜角度Δθxを算出する。なお、この場合、受光位置は原点O(x)であるので、変位Δx及び傾斜角度Δθxは、ともに0となる。
【0028】
図2に示すように、傾斜角度測定器1の基準軸L0が鉛直方向Zに対し、本図正面視において時計回転方向に角度Δθxだけ傾いた場合、ボールレンズ15は、凹面レンズ16の凹面16Aの基準軸L0上から重力によって凹面16A上の最も低い位置、この場合、右方向へ移動する。この際、ボールレンズ15は、粘性流体6中に埋没しているため、傾斜角度測定器1に外乱振動が生じても、粘性流体6により外乱振動を速やかに減衰させて停止する。
【0029】
この状態で、放射光源3から出射された光線がボールレンズ15に入射すると、ボールレンズ15は、光線を所定位置に集光する。凹面レンズ16は、ボールレンズ15で集光された光線を受光面5Aに結像させる。この場合、放射光源3の中心を通り鉛直方向Zに平行な鉛直軸ZLと受光面5Aとが交差する点が受光位置xとなる。これにより、算出部は、受光位置xから変位Δxを算出し、さらに当該受光位置Δxから傾斜角度Δθxを算出する。なお、傾斜角度Δθxと受光部5から出力される電気信号との関係は、検量線を作成することにより求めることができる。
【0030】
以上の構成において、傾斜角度測定器1は、凹面レンズ16の凹面16A及び筐体2の内面により囲まれた空間に、ボールレンズ15よりも比重の小さい粘性流体6を、少なくともボールレンズ15の直径を超え、かつ、空間内に空気層7が形成されるように注入するようにした。これにより、傾斜角度測定器1では、ボールレンズ15に外乱振動が発生しても、粘性流体6によってボールレンズ15の振動を直ちに減衰させることができるため、外乱振動に対して出力の安定性を確保することができる。また、粘性流体6と空気層7とを設け、ボールレンズ15及び凹面レンズ16の集光による光軸上の結像位置を調整することで、受光部5で結像する光スポットの拡散を少なくすることができるため、傾斜角度測定器1の傾斜角度に対して、受光部5が出力する電気信号の分解能を向上させることができる。
【0031】
[3]粘性流体6の屈折率の最適範囲について
次に、筐体2の内部に封入される粘性流体6の屈折率の最適範囲の導出について説明する。
[3-1]従来技術における問題点の把握
特許文献1に示すように、筐体内でボールレンズが配置された空間全てが中空になっている従来の傾斜角度測定器について、傾斜角度測定器1が傾斜角度0[deg]の状態において、放射光源3から基準軸L0に対して任意の角度α[deg]で放射された光線が、鉛直方向に沿った基準軸L0上のどの位置で1点に集光するかを検討する。
【0032】
図3に示すように、傾斜角度測定器1が傾斜角度0[deg]の状態で放射光源3から任意の角度αで放射された光線がボールレンズ15の表面位置の点Kに入射した場合を考える。この場合に任意の角度αで放射された光線の受光面5A上の結像位置を、スネルの法則及び幾何光学を用いて求めていく。なお、以下の説明では、図3に示される各種パラメータを以下の物理量として定義する。また、ここでは、角度αで放射された光線の受光面5A上の結像位置をどのようにして算出するかについて、参考として概要を説明するものであるため、各種パラメータ等に関する詳細な説明は省略する。
【0033】
α~λ:角度[deg]
~n:屈折率
~h:基準軸L0と直交する方向の光線の離間距離[mm]
r:ボールレンズ15の半径[mm]
R:凹面レンズ16の曲率半径[mm]
t:凹面レンズ16の中心厚[mm]
l:放射光源3及び凹面レンズ16の下面間の距離[mm]
u:凹面レンズ16及び受光部5の受光面5A間の基準軸L0における結像距離[mm]
まず、△BKDにおいて正弦定理から下記式(1)が成立する。
【0034】
【数1】
【0035】
図3の△BKDにおいて角度ψ=180-αーβであり、基準軸L0から点Kまでの離間距離hは、下記式(2)により求めることができる。
【0036】
【数2】
【0037】
ここで、光線がボールレンズ15に入射するには、角度δが臨界角以下である必要があるため、空気層(屈折率n)及びボールレンズ15(屈折率n)の界面において、スネルの法則により、式(3)が成り立つ。
【0038】
【数3】
【0039】
図3の点D回りにおいて角度φ=2ε―ψ(180=180-2ε+ψ+φ)となるため、基準軸L0から点Lまでの離間距離hは、式(4)によって求められる。
【0040】
【数4】
【0041】
図3の△DLIにおいて、角度δ=φ―γだから、点Dから点Iの距離bは下記式(5)により求めることができる。
【0042】
【数5】
【0043】
図3の△AIMについて、正弦定理を用いると、sin(180-γ―η)=sin(γ+η)となるため、下記式(6)が成り立つ。
【0044】
【数6】
【0045】
図3の△AFMから、基準軸L0から点Mまでの離間距離hは、式(7)によって求めることができる。
【0046】
【数7】
【0047】
図3の△AILから、角度τ=γ+ηが成り立ち、空気層(屈折率n)と凹面レンズ16(屈折率n)の界面(点M回り)において、スネルの法則により式(8)が成り立つ。
【0048】
【数8】
【0049】
図3の△MNOから、基準軸L0から点Oまでの離間距離hは、下記式(9)により求めることができる。
【0050】
【数9】
【0051】
同位角、錯角の関係により角度κ=ξ―ηが成り立ち、凹面レンズ16(屈折率n)と空気層(屈折率n)との界面(点O回り)では、スネルの法則により以下の式(10)が成り立つ。
【0052】
【数10】
【0053】
凹面レンズ16の下面から出射した光線が結像する基準軸L0上の結像距離u(=HJ)は、図3の△HJOから、式(11)によって求めることができる。
【0054】
【数11】
【0055】
また、放射光源3から角度αで放射された光線は、凹面レンズ16の平坦面16Bと受光面5Aとの距離をs(=D2)とすると、下記式(12)で求められる基準軸L0から点Pまでの離間距離hで結像する。
【0056】
【数12】
【0057】
以上のように、放射光源3から任意の角度αで放射された光線は、スネルの法則及び幾何光学を用いることにより、凹面レンズ16の下面からの基準軸L0上における結像距離u、受光部5の受光面5A上の基準軸L0からの離間距離hを求めることができる。以下、このようにして放射光源3から放射された光線の結像位置(距離)を求める方法を、光線追跡法と称す。
【0058】
本発明者らは、前述した光線追跡法を用いて、放射光源3から基準軸L0に対して角度αで放射される光線がどこで結像するのかについて、角度αを変化させてシミュレーションを行った。すると、図4に示すように、筐体2内でボールレンズ15が配置された空間全てが中空になっている従来の傾斜角度測定器では、すべての光線が凹面レンズ16から極めて近い位置で基準軸L0上の1点に集光し、結像することを確認した。
【0059】
すなわち、図5に示すように、筐体2内でボールレンズ15が配置された空間全てが中空になっている従来の傾斜角度測定器110では、放射光源3から放射された複数の光線が、凹面レンズ16の平坦面16Bから短い距離uで1点に集光してしまう(以下、基準軸L0上の結像距離uという)。このため、放射光源3から任意の角度αで放射された光線(以下、拡散光とも称する)が受光部5の受光面5Aに到達する段階では、受光面5Aからはみ出す拡散光となってしまう。従って、受光面5Aにおける光線の拡がり(基準軸L0からの離間距離h)が受光面5Aの面積よりも大きくなり、傾斜角度測定器110の傾斜に対して受光部5から出力される出力電圧の線形性の低下を招くこととなる。
【0060】
[3-2]筐体2内への粘性流体6の注入による効果
従来の傾斜角度測定器110において基準軸L0上の結像距離uが短くなるのは、空気層の屈折率n(≒1.0)とボールレンズ15の屈折率n(≒1.5)との屈折率差が原因である。そこで、本発明者らは、図6に示すように、放射光源3と凹面レンズ16との間の空間に、中空の空気層7が形成されるようにして、屈折率n(n<n<n)の粘性流体6を高さ寸法D3だけ注入することにより、屈折率差を緩和することとした。
【0061】
図6において、放射光源3から任意の角度αで放射された光線は、空気層7と粘性流体6の界面で屈折し、基準軸L0に対する角度が小さくなった状態でボールレンズ15に入射する。粘性流体6に入射した光線は、ボールレンズ15との界面で屈折し、基準軸L0に対する角度が拡散する方向から集光する方向に変換される。ボールレンズ15から出射した光線は、再び粘性流体6との界面で屈折し、凹面レンズ16に入射する。凹面レンズ16に入射した光線は、粘性流体6と凹面レンズ16との界面で屈折する。凹面レンズ16から出射した光線は、筐体2の受光部5側の空気層との界面で屈折して、受光部5の受光面5Aに到達する。
【0062】
このように粘性流体6を注入することにより、空気層7及びボールレンズ15間の屈折率差を緩和することができるため、放射光源3から放射された光線の基準軸L0上の結像距離uを大きくとることができる。放射光源3から放射された光線は、基準軸L0上の結像距離uで集光する前、または、基準軸L0上の結像距離uで集光した後であっても大きく拡散しないうちに、受光部5の受光面5Aに到達する。従って、傾斜角度測定器1が傾斜した場合、受光面5Aで受光する光スポットの領域を受光面5A内に収めることができるので、傾斜角度測定器1の傾斜と受光部5から出力される電気信号との線形性を確保することができる。
【0063】
[3-3]粘性流体6の屈折率の最適範囲
次に、本発明者らは、光線追跡法によるシミュレーションを行って、ボールレンズ15と粘性流体6の相対屈折率を0.66から0.96まで変化させたときに、受光部5の受光面5Aに形成される光スポットの大きさを確認した。粘性流体6は、グリセリン水溶液を用い、濃度を変化させることにより、粘性流体6の屈折率nを変化させて相対屈折率を変化させた。シミュレーションでは、演算を簡単にするため、粘性流体6の液面から凹面レンズ終端(凹面16Aの最も低い位置)までを、距離D3として規定し、凹面レンズ終端を基準にして粘性流体6の注入量を、凹面レンズ16の凹面レンズ終端から光線出射位置までの距離D1に対して87.5%とした。なお、放射光源3は赤色LED(ピーク波長640nm)を想定し、屈折率が1.517のボールレンズ15(半径5mm)及び屈折率が1.519の凹面レンズ16(曲率半径77.85mm)を想定した。
【0064】
シミュレーションの結果を図7に示す。なお、図7の横軸に示す「40」の実線及び破線は、凹面レンズ16の出射面(凹面レンズ終端)を示す。図7の相対屈折率0.66のシミュレーション結果は、屈折率が1.00である空気に相当するものである(相対屈折率を0.66(≒1.00/1.517))。図7に示すように、相対屈折率0.66では放射光源3から出射された光線の基準軸L0上の結像距離uが短くなり、受光面5Aに形成される光スポットが極端に大きくなり過ぎてしまう。また、相対屈折率0.96では集光できず発散し、受光面5Aに形成される光スポットが大きくなってしまうので、同様に不適切であると考えられる。従って、このシミュレーションの結果から、ボールレンズ15と粘性流体6の相対屈折率は、0.88以上0.94以下が好ましいと考えられる。相対屈折率がこの範囲から外れると、受光部5から出力される出力電圧のばらつきも大きくなり、その分、傾斜角度測定器1の傾斜に対する出力電圧の線形性及び分解能が低下してしまうことが予測される。
【0065】
粘性流体6として使用したグリセリン水溶液の濃度と屈折率nの関係は、米国・グリセリン生産者協会の資料から下記の表1のようになることが知られている。なお、グリセリン水溶液の濃度は、下記式(13)に基づいて導出できる。
【0066】
【数13】
【0067】
なお、上述した相対屈折率0.88のシミュレーション結果は、下記の表1に示すように、粘性流体6として、屈折率が1.333の純水を用いた場合に相当する(相対屈折率0.88≒1.333/1.517)。その他、液体として、屈折率が1.329のメタノール及びアルコールも、相対屈折率がおおよそ純水と同じ0.88(≒1.329/1.517)になると言える。従って、シミュレーションの結果から、相対屈折率が0.88となる純水や、メタノール、アルコールの液体についても、粘性流体6として用いることもできる。
【0068】
また、粘性流体6が20%グリセリン水溶液の場合、ボールレンズ15との相対屈折率は、0.895(≒1.357/1.517)であり、100%グリセリン水溶液の場合、0.972(≒1.474/1.517)であり、80%グリセリン水溶液の場合、0.951(≒1.443/1.517)である。従って、このシミュレーションの結果と表1との関係からは、相対屈折率が0.94以下であることが好ましいとすると、粘性流体6としてグリセリン水溶液を適用した場合、相対屈折率の観点からは80%未満のグリセリン水溶液が好ましいと考えられる。なお、ボールレンズ15と粘性流体6との相対屈折率は、ボールレンズ15の材質が変更されても変化せず、ボールレンズ15の屈折率の変化に応じて、粘性流体6の屈折率nも変化する。
【0069】
【表1】
【0070】
[3-4]粘性流体6の注入高さ寸法D3について
さらに、本発明者らは、放射光源3から凹面レンズ16の間の空間に、粘性流体6をどれだけ注入すればよいかについて、前述した光線追跡法を用いてシミュレーションを行った。具体的には、図8に示すように、放射光源3から凹面レンズ16の凹面16A間の距離D1に対して、粘性流体6の液面の高さ寸法D3(傾斜角度測定器1の基準軸L0が鉛直方向Zと平行になっているときの、凹面レンズ16の凹面16A上の最も低い位置から粘性流体6の液面までの距離)を変化させることにより、放射光源3の基準軸L0上の結像距離uがどのように変化するかを確認した。
【0071】
シミュレーションの結果、図9に示すように、放射光源3から凹面レンズ16の凹面16A間の距離D1に対して、粘性流体6の注入量(粘性流体6の高さ寸法D3)が増加するにしたがって、放射光源3から放射された光線の基準軸L0上の結像距離uが長くなることが分かった。しかし、空気層7をなくし、粘性流体6を100%注入して筐体2内のボールレンズ15が配置された空間全てを粘性流体6で満たした状態にすると、放射光源3から放射された光線は、レンズ4の中央部を通る光線が平行光に近くなるため、受光部5から出力される出力電圧の感度がかえって低下することが予測される。
【0072】
また、図10に示すように、放射光源3及び凹面レンズ16の平坦面16B(出射面)の間の距離D4(40mm、34mm)を変化させるとともに、粘性流体6の注入割合D3/D1(40%、85%)を変化させるシミュレーションを行った。その結果、凹面レンズ16の平坦面16Bと放射光源3との距離D4が違っていても、粘性流体6の注入高さ寸法D3を変更することにより、基準軸L0上の結像距離uをほぼ同じとすることができることが分かった。このことは、放射光源3と凹面レンズ16の平坦面16Bとの距離D4(=放射光源3と凹面レンズ16の凹面16Aとの距離D2)を必要最低限とすることにより、注入する粘性流体6の注入高さ寸法D3を少なくして、傾斜角度測定器1のコンパクト化を図ることができることを意味する。
【0073】
さらに、本発明者らは、粘性流体6の注入高さ寸法D3(空気層7の厚さ寸法)を変化させたときの光線の集光位置の変化を、光線追跡シミュレーションによって確認した。放射光源3及び凹面レンズ16の凹面16A間の距離D1に対する粘性流体6の注入高さ寸法D3を40%から100%まで変化させたところ、図11及び図12に示す結果となった。図9の場合と同様に、粘性流体6の注入高さ寸法D3の増加にしたがって、基準軸L0上の結像距離が増加する。
【0074】
しかし、粘性流体6の注入高さ寸法D3が100%の場合、空気-液体の屈折がなくなることにより、光線(特に基準軸L0上を通る光線)がほぼ平行光近くなってしまうため、90%の場合より感度が落ちることがわかった。粘性流体6がボールレンズ15を空気層7に露出させることなく、傾斜角度測定器1が傾斜した際、粘性流体6が筐体2の上面部8に到達しないようにすることを考えると、40%以上90%以下とするのが好ましい。
【0075】
以上のことを勘案すると、粘性流体6の注入高さ寸法D3は、放射光源3及び凹面レンズ16の凹面16Aの間の距離D1に対して、40%以上90%以下の範囲が好ましいと考えられる。また、放射光源3と凹面レンズ16の平坦面16Bとの距離D4(=放射光源3と凹面レンズ16の凹面16Aとの距離D2)を必要最低限とするには、放射光源3から放射された指向角(半値角)内の光線の拡がりが、凹面レンズ16の入射面(凹面16A)と一致するように凹面レンズ16を配置すればよい。これにより、傾斜角度に対する分解能がより向上し、傾斜角度測定器1のコンパクト化を図ることができる。
【0076】
[4]粘性流体6の振動抑制効果について
次に、本発明者らは、粘性流体6を筐体2内に注入したことにより、ボールレンズ15に作用する外乱振動の抑制効果について検討した。まず、図13に示すように、転動可能に配置されたボールレンズ15の中心の軌道(ボールレンズ中心軌跡)が傾斜角度測定器1の重心位置G0を通ることを前提として、凹面レンズ16の凹面16A上におけるボールレンズ15の並進と回転に関する運動方程式を立てる。運動は減衰のある1自由度系とし、角度θに対して微小角近似を行い、外力(外乱振動)としてFsinωtを想定する。
【0077】
また、以下の説明で用いる記号は、次の物理量として定義する。
m:ボールレンズ質量[kg]
g:重力加速度[m/s2]
r:ボールレンズ半径[mm]
R:凹面レンズ曲率半径[mm]
F:摩擦力[N]
θ:傾斜角度[rad]
φ:ボールレンズの変位角[rad]
η:流体の粘度[Pa・s]
ζ:減衰比
ω:入力振動数[Hz]
:入力振幅[N]
【0078】
ボールレンズ15の並進運動の粘性抵抗Dは、ストークス・アインシュタインの式(14)により求められる。γは用いた流体の粘性抵抗係数である。
【0079】
【数14】
【0080】
従って、ボールレンズ15の接線方向の並進運動方程式は、式(15)のようになる。
【0081】
【数15】
【0082】
一方、ボールレンズ15の回転運動の粘性抵抗Dは、ストークス・アインシュタイン・デバイの式(16)により求められる。γはボールレンズ15の回転運動の粘性抵抗係数である。
【0083】
【数16】
【0084】
また、ボールレンズ15の慣性モーメントIは、式(17)で求められる。
【0085】
【数17】
【0086】
角度θ、φの関係は、円弧長が等しいので、式(18)のようになる。
【0087】
【数18】
【0088】
従って、ボールレンズ15の重心回りの回転運動方程式は、式(19)のようになる。
【0089】
【数19】
【0090】
式(15)及び式(19)において、±Fについて整理すると、運動方程式として式(20)が導かれる。
【0091】
【数20】
【0092】
式(20)の運動方程式から粘度ηと減衰比ζとの関係は式(21)のようになる。
【0093】
【数21】
【0094】
式(21)からわかるように、粘性流体6の外乱振動に対する減衰比ζは、粘性流体6の粘度ηに比例して大きくなる。すなわち、図14に示すように、ζ<1の場合には、初期振動よるボールレンズ15の振動を完全に停止させるまでに時間を要する。一方、ζ=1の場合、臨界減衰比となり、ボールレンズ15は振動することなく、変位が収束する。ζ>1では、過減衰となり、振動することなく変位が徐々に収束する。外乱振動の影響を少なくするためには、減衰比ζ=0.1超とするのがより好ましいと考えられる。
【0095】
次に、粘性流体6の外乱振動に対する減衰比ζを0.1、0.2、0.3とした場合について、対数減衰自由振動波形を調べたところ、図15に示すような結果が得られた。図15に示すように、減衰比ζが大きくなるにしたがって、振動抑制時間が短くなるという傾向が認められる。従って、減衰比ζの下限値は、0.1超とすることがより好ましく、0.2以上とすることがさらに好ましい。
【0096】
ここで、粘性流体6の減衰比ζは、表2に示すように、粘性流体6として純水を用いた場合でも空気に比べて減衰比が高く空気よりも高い振動抑制効果が得られるが、グリセリン水溶液の濃度が増加すればするほど、振動抑制効果が向上する。減衰比ζが0.1となる粘性流体6は、30%グリセリン水溶液の場合に2.50mPa・sであるため、減衰比ζを0.1超とすることが好ましいとすると、粘性流体6の粘度は、2.50mPa・s超とするのが好ましい。また、粘性流体6は、傾斜開始から一定時間内に振動が停止したとみなせる減衰比ζとなるのが好ましく、例えば、後述する実験では、傾斜角度測定器1の傾斜開始からデータの記録開始までの時間を20秒としていたので、20秒以内に振動が収束するものを選ぶのが好ましい。粘性流体6の粘度が38.0mPa・sになると、ボールレンズ15がほとんど動かなくなってしまうので、粘性流体6の粘度の上限は、38.0mPa・s以下とするのが好ましい。
【0097】
【表2】
【0098】
[5]総括
以上のことから、傾斜角度測定器1における粘性流体6としては、以下の物性を有するものを採用するのが好ましいと考えられる。
[5-1]ボールレンズ15との相対屈折率が、0.88以上、0.94以下の粘性流体6を使用する。
[5-2]粘度が2.50mPa・s超、38.0mPa・s以下の流体を使用する。
[5-3]粘性流体6の注入高さ寸法D3は、放射光源3と凹面レンズ16の凹面16Aとの間の距離D1に対して40%以上、90%以下の範囲とする。
【0099】
[6]実施形態の変形
本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、以下に示すような変形を含むものである。
前述した実施形態では、ボールレンズ15、凹面レンズ16の材質として、光学ガラスBK7を使用していたが、本発明はこれに限られない。屈折率の異なる合成石英等の他の光学ガラスをボールレンズ、凹面レンズとして使用してもよい。
【0100】
前述した実施形態では、粘性流体6としてグリセリン水溶液を用いていたが、本発明はこれに限られない。粘性流体としては、例えば、シリコーン等を用いることができる。なお、ボールレンズの屈折率が材質変更により変更されれば、粘性流体6の屈折率nも、本発明の相対屈折率の範囲でボールレンズの屈折率nに応じて適宜変更すればよい。
【0101】
前述した実施形態では、凹面レンズ16の平坦面16Bと受光部5の受光面5Aとの距離D2を、ボールレンズ15の中心の軌道が傾斜角度測定器1の重心位置G0を通るように規定していたが、本発明はこれに限られない。例えば、ボールレンズ15の中心の軌道が傾斜角度測定器1の重心位置G0を通らなくてもよい。ただし、ボールレンズ15の中心の軌道が重心位置G0を通ることにより、傾斜角度測定器1に生じた実際の傾斜角度に応じて正確にボールレンズ15が転動するので、傾斜角度の検出精度を向上させる点ではより好ましい。
【0102】
前述した実施形態では、放射光源3と凹面レンズ16の凹面16Aとの距離D1を、放射光源3の指向角(半値角)による拡散光が、凹面レンズ16の凹面16A全体を照明するように決定していたが、本発明はこれに限られない。例えば、放射光源3の指向角による拡散光が、凹面レンズ16の凹面16A全体よりも大きくなる距離D1としてもよい。ただし、この場合、放射光源3の拡散光は、筐体2の側面部11等を直接照明することとなって、迷光となり、受光面5Aにおける光スポットの検出精度を低下させる可能性がある。従って、距離D1は、放射光源3の指向角と凹面レンズ16の入射面(凹面16A)の大きさに応じて適切に決定するのが好ましい。
【0103】
また、前述した実施形態では、気体層として、空気層7を適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、例えば、窒素、アルゴン等の空気以外の気体が筐体2内に充填されて形成された気体層を適用してもよい。ただし、空気以外の気体層でも屈折率に大きな違いはないため、本発明の作用及び効果に変わりはない。
【実施例0104】
以下、本発明の実施例について説明する。なお、本発明は実施例に限定されるものではなく、前述した実施形態の変形のように種々の変更を含むものである。
[1]実験方法
前述した実施形態に係る傾斜角度測定器1について、放射光源3から凹面レンズ16の凹面16Aまでの距離D1間の空間に注入される注入物を変更し、それぞれの傾斜角度測定器1に0degから0.01degまでの傾斜を与え、その際、受光部5から出力される電気信号(出力電圧)を測定した。
【0105】
傾斜角度測定器1の部材仕様は、以下のとおりである。
放射光源3:エレキット社製LK-5RD(指向角30deg、ピーク波長640nm)
ボールレンズ15:モノテック社製MT-L5100(直径10mm、材質BK7)
凹面レンズ16:シグマ光機社製SSLB-20-150N
(曲率半径77.5mm、材質BK7、中心厚2mm)
受光部5:浜松ホトニクス社製二次元PSDS2044
(受光面積4.7mm□、最小位置分解能0.6μm)
【0106】
放射光源3と凹面レンズ16の凹面16Aの間の距離D1の空間に注入される注入物は、注入物なし(従来例)、純水(注入割合D3/D1=85%として、空間内に空気層7を形成)、50%グリセリン水溶液(注入割合D3/D1=85%として、空間内に空気層を形成)とした。図16にそれぞれの場合における基準軸L0上の結像距離uと受光面5Aの関係を示す。凹面レンズ16の平坦面16Bと受光部5の受光面5Aの距離D2は、前述したようにボールレンズ15の中心の軌道が傾斜角度測定器1の重心位置を通る位置に設定した。
【0107】
傾斜発生装置100は、図17に示すように、一端がピン101で支持され、他端に傾斜を発生させるアクチュエータ102が設けられた台座103を備えている(回動スパン570mm)。台座103の中央に傾斜角度測定器1を配置し、アクチュエータ102で傾斜を発生させた際の傾斜角度測定器1から出力される出力電圧を測定することにより、傾斜角度測定器1の精度を確認する。なお、アクチュエータ102で発生した傾斜角度は、図示を略したが、台座103上に設けられた加速度センサ(セイコーエプソン社製M-A352AD10)で計測する。
【0108】
[2]実験結果
傾斜発生装置100で発生させた傾斜に対して、傾斜角度測定器1の受光部から出力される出力電圧の変化を図18に示す。図18からわかるように、50%グリセリン水溶液を注入して空気層7を形成した場合(以下、単に50%グリセリン水溶液を注入した場合と称する)、注入物なしの場合、及び純水を注入して空気層7を形成した場合(以下、単に純水を注入した場合と称する)を比較すると、いずれの場合も傾斜角に対する出力電圧の変化は、線形性が確保されていることがわかる。
【0109】
一方、注入物なしの場合及び純水を注入した場合と比較して、50%グリセリン水溶液を注入した場合、傾斜角に対する出力電圧の傾きが大きくなっていることがわかる。このことは、同じ傾斜角の変化であっても。50%グリセリン水溶液を注入した場合の方が、出力電圧が大きくなるので、傾斜角の変化に対する出力電圧の分解能が向上していることを意味する。それぞれの場合の感度、分解能、及び標準偏差(線形性のばらつき)を表3に示す。なお、傾斜角度測定器1の分解能R[deg]は、受光部5(PSD)の位置分解能P=0.6[μm]、傾斜角度測定器1の感度S[μm/deg]から式(22)により求めている。
【0110】
【数22】
【0111】
【表3】
【0112】
[3]考察
本発明者らは、実施例で行った実験と同様の条件で、光線追跡ソフトOpTalix(独Optenso社製)を用いて、放射光源3から放射された光線追跡のシミュレーションを行った。受光部5の受光面5A上に形成された光スポットの重心位置(受光位置)の評価は、図19に示すように、受光面5Aに形成された光スポットを、x軸方向にスキャンすることにより、受光部5の出力電圧が、“Left”half・”Right”halfの比率として出力される。そこで、比率が1:1となる位置を光スポットの重心位置(受光位置)とした。
【0113】
図20には注入物なし(従来例)の場合の結果、図21には注入物が純水の場合の結果、図22には注入物が50%グリセリン水溶液の場合の結果を示す。いずれの場合も、(A)傾斜角度0[deg]、(B)傾斜角度0.5[deg]における受光面5A上に形成された光スポットを示している。
【0114】
図20(A)からわかるように、注入物なし(従来例)の場合、基準軸L0上の結像距離uが短すぎるため、受光面5A上に形成される光スポットの拡散が大きくなりすぎ、受光面5Aの面積を上回る光スポットとなってしまう。このため、図20(B)に示すように、傾斜角度測定器1が傾斜角度0.5[deg]の状態では、形成される光スポットが受光面5Aから大きくはみ出してしまう。従って、受光面5A上に形成される光スポットの光量を受光部5で正確に検出することができないので、実際の傾斜角度測定器1の傾斜角度と受光部5から出力される出力電圧との線形性及び分解能を確保することが困難となると考えられる。
【0115】
図21(A)及び図21(B)からわかるように、空気層7を設け注入物が純水の場合、基準軸L0上の結像距離uが長くなっているため、傾斜角度0[deg]、0.5[deg]のいずれの場合であっても、受光面5A上に形成される光スポットは受光面5Aからはみ出さない。従って、実際の傾斜角度測定器の傾斜角度と受光部5から出力される出力電圧との線形性は確保できたと考えられる。しかしながら、受光面5A上に形成された光スポットが、受光面5Aの面積に対して、若干小さくなってしまったため、光スポットの重心位置(受光位置)を検出する際の分解能が低下してしまったと考えられる。
【0116】
これに対して、図22(A)及び図22(B)からわかるように、空気層7を設け注入物が50%グリセリン水溶液の場合、受光面5A上に形成される光スポットは、傾斜角度0.5[deg]の状態でも受光面5Aからはみ出すこともなく、受光面5Aの面積に対して十分な大きさで形成されている。従って、50%グリセリン水溶液を注入して空気層7を設けた傾斜角度測定器1は、傾斜角度測定器1に生じた傾斜角度に対して、受光部5から出力される出力電圧の線形性及び分解能を向上することができたと考えられる。
【符号の説明】
【0117】
1 傾斜角度測定器
2 筐体
3 放射光源
4 レンズ
5 受光部
5A 受光面
6 粘性流体
7 空気層(気体層)
15 ボールレンズ
16 凹面レンズ
16A 凹面
16B 平坦面
G0 重心位置
L0 基準軸
Z 鉛直方向
ZL 鉛直軸
図1
図2
図3
図4
図5
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