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特開2024-31722南関東及び富士火山地域の地殻活動をシュミレーションする方法
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  • 特開-南関東及び富士火山地域の地殻活動をシュミレーションする方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024031722
(43)【公開日】2024-03-07
(54)【発明の名称】南関東及び富士火山地域の地殻活動をシュミレーションする方法
(51)【国際特許分類】
   G01V 1/00 20240101AFI20240229BHJP
【FI】
G01V1/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2022145668
(22)【出願日】2022-08-26
(71)【出願人】
【識別番号】513103276
【氏名又は名称】黒田総合技研株式会社
(72)【発明者】
【氏名】黒田 章裕
【テーマコード(参考)】
2G105
【Fターム(参考)】
2G105AA03
2G105MM01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】富士火山に限れば、噴火の様式は多様で、どうしてそういう差が生じるのかなどの理論的な解説は見られない。ほとんどの火山では、噴火が発生しても、噴火の形式や噴出量などの解説で終わってしまい、どういう機構でその噴火が発生し、どういう理由で噴火が終了したのかの解説がなされるケースは少ない。現状の手法では噴火してみないと分からない状態が継続してしまう。
【解決手段】南関東地域の地殻活動をシミュレーションする際に、富士山の下にメルトによる浮力が働いていること、西相模湾断裂が存在しないものとすることを前提条件とし、伊豆半島北端から北西方向の地殻の弱線の開き具合を計算することで富士火山の噴火の様子を調べること、及び東京湾北部地震の直前予測として、伊豆半島の体積ひずみ計の拡張の速度と、東京湾周辺の地震活動の分布を用いることを特徴とする南関東及び富士火山地域の地殻活動をシミレーションする方法により成す。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
南関東地域の地殻活動をシミュレーションする際に、富士山の下にメルトによる浮力が働いていること、西相模湾断裂が存在しないものとすることを前提条件とし、伊豆半島北端から北東方向の地殻の弱線の開き具合を計算することで富士火山の噴火の様子を調べることを特徴とする、南関東及び富士火山地域の地殻活動をシュミレーションする方法。
【請求項2】
東京湾北部地震の直前予測として、伊豆半島東部の体積ひずみ計の拡張の速度と、東京湾周辺の地震活動の分布を用いることを特徴とする南関東及び富士火山地域の地殻活動をシュミレーションする方法。
【請求項3】
請求項1に記載の地殻の弱線の開き具合を予測するにあたり、静岡県内のGPSによる地殻の動きを用いることを特徴とする南関東及び富士火山地域の地殻活動をシュミレーションする方法。
【請求項4】
請求項1に記載の地殻の弱線の開き具合を予測するにあたり、千葉県北部の地震活動とGPSによる地殻の動きを用いることを特徴とする南関東及び富士火山地域の地殻活動をシュミレーションする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
近年、富士火山の噴火についての危惧が高まり、非特許文献1にあるように令和3年3月26日に富士山火山防災対策協議会からハザードマップの改訂版が発行された。富士山(以下、富士火山という)は、前回の宝永噴火から320年も噴火が発生しなかったため、膨大な量のマグマを蓄えていると考えられている。一方、火山の研究においては、データに基づかないと論文化が難しいことから、議論が可能な深さ30km以内の活動についての議論が主に行われている。一方で沈み込み帯のマグマ生成は、深さ100km前後で含水鉱物が相転移して発生した水が起源であることが判っているが、深さ30~100kmの間の挙動は解像度の低い地震波を用いたトモグラフィーなどに頼ることになり、議論が難しい問題がある。富士火山や箱根火山に関して言えば、その直下のプレートの深さは極めて浅く、マグマの起源も明らかでないため、観測可能なマグマだまりを中心とした議論になってしまう。そのため、どういう原因で噴火が発生するのか、噴火の規模やタイプに違いがでる理由についての予測機構が立てにくく、仮説の仮説のような議論が発生してしまう。
【0002】
本発明人は、非特許文献2にあるように、火山灰が雪のように圧密しない特性を持つこと、容易に流動して低いところに溜まる特性から避難所のピロティ部分が火山灰の荷重に負けて避難所を閉鎖しないといけないような事故が発生しやすいこと等を報告した。また、桜島火山の火山灰中のナノ粒子の定量と安全性との関係について非特許文献3で報告するなど火山灰に興味を以て研究を行ってきた。
【先行技術文献】
【0003】
【非特許文献1】富士山ハザードマップの改訂について https://www.pref.kanagawa.jp/documents/74008/siryou1.pdf (2022年8月24日検索)
【非特許文献2】黒田章裕,渡邊朗子「火山灰の流動特性が建物に与える影響」,日本建築学会 日本建築学会大会学術講演梗概集(2014)
【非特許文献3】黒田章裕,杉林堅次,藤堂浩明,伊藤公紀,雨宮隆,安部隆,宮城磯治,天然の無機系ナノ粒子―火山灰中のナノ粒子とその安全性―, 日本化粧品技術者会誌,51,4,317-325(2017)
【非特許文献4】HIROSE Fuyuki’s HP フィリピン海スラブおよび太平洋スラブ上面のコンター https://www.mri-jma.go.jp/Dep/sei/fhirose/plate/PAC.html(2022年8月24日検索)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
火山はマグマを火山灰として放出することもあれば、溶岩として放出することもある。富士火山に限れば、噴火の様式は多様であり、どうしてそういう差が生じるのかなどの理論的な解説は見られない。有珠山のように経験則が成立し、予測が可能な火山はごくわずかであり、ほとんどの火山では、噴火が発生しても、噴火の形式や噴出量などの解説で終わってしまい、どういう機構でその噴火が発生し、どういう理由で噴火が終了したのかの解説がなされるケースは少ない。すると、火山噴火に関する限り、現状の手法ではどこまで行っても全ては噴火してみないと分からない状態が継続してしまう。これでは行政上、産業上の対策がとりにくく弊害が大きいことから、本発明人は南関東及び富士火山地域の地殻活動をシミュレーションする方法の検討及びそれに関係する地殻活動の予測を実施した。
【課題を解決するための手段】
南関東地域の地殻活動をシミュレーションする際に、富士山の下にメルトによる浮力が働いていること、西相模湾断裂が存在しないものとすることを前提条件とし、伊豆半島北端から北西方向の地殻の弱線の開き具合を計算することで富士火山の噴火の様子を調べること、及び東京湾北部地震の直前予測として、伊豆半島東部の体積ひずみ計の拡張の速度と、東京湾周辺の地震活動の分布を用いることを特徴とする南関東及び富士火山地域の地殻活動をシミュレーションする方法により成す。
【発明の効果】
【0005】
南関東及び富士火山地域の地殻活動をシュミレーションし、経験則と合わせることにより、災害時の人的、産業的損失を減らすことができる。また、シュミレーション通りの結果が得られた場合では、火山の噴火システムや地震の発生機構についての科学的理解が進む効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】非特許文献4の図1として記載された大平洋プレートとフィリピン海プレートの沈み込み深さを示した図
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
まず、本発明で使用する用語について決めておく。上述のように、プレートの深さ100km付近で含水鉱物が相転移して発生した水とマントルが反応して初生マグマを生じる。この初生マグマの液体部分を以後メルトと言う。そして、火山直下のマグマだまりに蓄積されているマグマを以後マグマという。
【0008】
非特許文献4から引用した図1にあるように、北緯36度50分付近から北では、大平洋プレート由来のメルトは北米プレート上に火山を形成している。一方。北緯36度50分付近より南側では大平洋プレート起源の火山は富士、箱根火山まで存在していない。これは太平洋プレートと北米プレートの間にフィリピン海プレートが入り込んでいるためにメルトがフィリピン海プレートを透過できないためである。東北地方における大平洋プレートの火山の位置の周期性を考えれば、北緯36度50分から富士山までの緯度の差があれば、本来であれば火山が4~5つ生成していてもおかしくない。この火山4~5つ分のメルトはどこに行っているかと考えると、
1.フィリピン海プレートに貫入してやわらかい岩脈を形成。
2.比重差によりフィリピン海プレートの底面を伝ってフィリピン海プレートの浅い部分に移動
していることが想定される。割合としては1が多いのではないかと思われる。
フィリピン海プレートは伊豆半島(や丹沢ブロック)の衝突によりプレートの進行が妨げられる結果、プレートにうねりが発生し、伊豆半島から北側にやや浅い構造を形成しているため、メルトは最も浅い富士火山、箱根火山の深部を目指して横方向から移動しつつ上昇してくることが想定される。
【0009】
富士火山と箱根火山付近のプレートのゆがみを見ると、富士火山側により傾斜が急となっていることから、富士火山へのメルトの供給が優先されると思われる。尚、昔は箱根火山の方がプレートの傾斜の頂となっていたと思われるので、箱根火山の方に主にメルトの供給があったと思われる。将来的にはフィリピン海プレートの進行方向に変化がなければ、伊豆半島の北進に伴い富士火山よりも北西側に火口が移動していくことが想定される。尚、浅間山の近くから富士火山までは距離があるので、富士火山から距離が遠くなるほど上記1にメルトはとられ、実質的に富士火山に供給されるメルトは富士火山に比較的近いところから供給されるものが主になると思われる。これは富士火山の山体の大きさが、伊豆弧に存在する火山体と極端には違わず、もし遠距離からのメルトの供給が潤沢にあるのであれば、もっと大きな山体を形成していても良いと考えられるためである。
【0010】
フィリピン海プレートは伊豆半島の東西で進行速度が異なることから、伊豆半島北端から北西側に速度差を埋めるための断裂または断層帯が存在していることが想定され、断裂が開いた時にメルトが上昇してくるものと思われる。フィリピン海プレートの厚さは30km程度と見積もられ大平洋プレートと比べて薄く熱いため、断裂と弱線を通じてメルトの上昇が可能である。もしこれが厚く冷たい太平洋プレートであれば、プレート内でメルトの上昇は止められてしまう可能性が高い。断裂が開く要因としては、東海地震や関東地震およびその前駆活動、フィリピン海プレートの進行方向等が挙げられる。メルトの供給量については、火山直下近傍に貫入し、かつ火口に出口を見つけたメルト以外にも、関東フラグメントの影響や海溝型地震およびその前駆活動の影響により北米プレート下に潜り込んだフィリピン海プレートに何等かのストレスがかかった場合、プレート内部に貫入していたメルトが押し出されて追加供給されるケースが想定される。尚、上記の弱線は位置的に北米プレートの端に当たっている可能性があるため、昔の古傷が開いている可能性もあるが定かではない。
【0011】
メルトの移動は比重差のみが動力源であるので、地表から5~20kmの深さで比重差がなくなると上昇する力を失うと考えられるが、既にその深さにマグマだまりが存在していた場合は深部からのメルトの供給圧力により、既に存在していたマグマが押し出されて火口が開き、揮発性成分の発泡に基づく体積変化を基礎原理とした噴火へと移行していく。噴火時は、メルトは液体であるため移動に時間がかかることから、気体ベースの噴火によるマグマの減少速度の方がはるかに早い。断裂は不安定な現象であるため、時間と共に余震活動などで閉鎖されてしまう筈で、この時間の長短と開口部の大きさの差で噴火規模が変化する。プリニー型噴火または準プリニー型噴火の場合は、マグマの表面が大気圧と均衡する深さは噴火の時間と共に深くなることが予想され、深さが深くなると、メルトの上に乗っていた荷重がなくなるため、メルトの供給速度も増えることが予想される。メルトの供給が潤沢で、メルト自体が発泡するようになると、元々のマグマよりは温度がかなり高いため爆発のエネルギーも大きく、いわゆる破局噴火に移行するケースも想定される。また、噴火には、小規模な噴火から開始されるとは限らず、最初からプリニー型噴火または準プリニー型噴火で開始されるものが存在している。これは、後述するがメルトとマグマの温度差により揮発成分の発泡が生じ、深部からの爆発現象に繋がったものが該当すると思われる。この場合、深度が深いところでの現象となるため、メルトの供給が潤沢で熱量の差が大きくないと、部分的に発泡が生じてもゆらぎが成長できずに対流をひき起こすか、対流の結果マグマの上部の温度が上昇して発泡が促進され、ブルカノ型等低エネルギーの噴火につながる。高粘度流体中で揮発性物質が発泡しにくく、発泡してもそれが体積変化になりにくい現象は実験的に簡単に調べることができる。高粘度シリコーンをビーカーに入れ、ピペットで下の方に色素で着色した水を少し注入する。これを電子レンジで加熱すると、水は蒸気を経て過加熱状態になるが、高粘度シリコーンに囲まれているためその体積変化は周囲に伝わりにくく、ゆっくりと上部に移動していき、液面のごく近傍まで到達したところで破裂する(危険な実験になるため、容器に破裂防止対策を施すなど安全に気をつけて実験することが必要である。)。この実験は大気圧下の実験であるが、マグマの場合はさらに高い圧力がかかっているため、ビーカー中の水が沸騰するような状況とはまるで異なることが判る。つまり新たな熱の供給があった時は局所的に気体と液体の循環が生じるであろうが、この熱的なゆらぎは成長しにくいため、この状態相を変化させるためには相当量の熱量が必要であり、仮に臨界を超えられるだけの熱量が供給された場合は、今度は過加熱状態から非線形的に一気に気化して大爆発となり、結果として規模の大きなプリニー型の噴火、もしくは山体の崩壊を伴う、いわゆる破局噴火となることが予想される。
【0012】
富士火山や古箱根火山の山体が大きい理由としては、上述のように、全部ではないとしても、本来火山4~5個分のメルトの供給余力があることが原因と考えられる。では現在そのメルトは主にどこに蓄積しているのか。これは富士山近傍の地下ではないかと思われる。地下に浮力源を想定した場合、その上側の北米プレート内、深さ30km以内の範囲で拡張型の地震が発生することが予想される。神奈川県西部、山梨県東部、静岡県東部で、過去の地震のメカニズム解を見ると、拡張型とみなせる地震が発生しているのは富士山近傍に集中している。神奈川県や山梨県も地震が多い地域があるが、メカニズムを見るとフィリピン海プレートの北進に伴う逆断層型の地震が多く見られ、拡張型の割合は少ない。
【0013】
上記の考え方に基づくと、富士火山の噴火のシミュレーションとしては、メルトが存在して下からプレートに局所的な浮力がかかっていると仮定した場合に、東海または関東地震の発生とその前駆現象を想定し、伊豆半島から北西部に沈み込んでいるプレートがどのような挙動をするのか、またメルトの供給はどの位で止まるのかなどがテーマとなる。
【0014】
尚、伊豆半島地域の特性として、いくつかシミュレーションに盛り込むべき要素が存在する。以下にその要素を示す。
近年東京湾北部地震の切迫が言われているが、この地震の機構は明らかにされていない。また、南関東ではシミュレーション上避けて通れない地質構造が存在する。これは伊豆半島より東側のフィリピン海プレートの北進に関係するもので、いわゆる関東フラグメントと言われるおおむね東京と埼玉の下に広がっており、北米プレートとフィリピン海プレートの間に存在するマイクロプレートである。このプレートの成因については色々な学説があるが、本発明者は現在のフィリピン海プレートの進行方向の東側先端が大平洋プレートと北米プレートに挟まれて動きにくいことによりフィリピン海プレートが北進しにくくなくなり、途中で破断した断片と考えている。これは、フィリピン海プレートの進行が大平洋プレートにより妨害されるためで、これを解消するにはプレートが破断するか、大きく変形するかする必要がある。相模トラフではプレートは北東方向に進んでいたものが、茨城県では北西方向に進んでいるように見えるが、同時に体積変化も起こっていることになり、どこかでその調整を必要とするため、プレートの一部を切り離すことで体積変化分を相殺したものと考えた。プレートの破断後、南側のプレートは下の方が柔らかいのでフィリピン海プレートは関東フラグメントの下側に進んだ。フィリピン海プレートの進行方向が今のまま維持された場合は、いずれまた破断して2枚目の関東フラグメントが現在のフラグメントの下にできる可能性がある。既にフィリピン海プレートの進行方向先端は動きが束縛されているため、その活動は始まっている可能性が高く、具体的には東西方向のプレート上面の破断としての東京湾北部地震が破断部になっていくのではないかと思われる。フィリピン海プレートは薄く熱いため、上面にプレートを割る方向の断層が形成されると、プレートの前進が抑制された時に、そこが弱線になってプレート下面の変形とプレートの破断を誘発していくと思われる。現在のマイクロプレートも過去の一連の東京湾北部地震で地殻の強度が弱くなったところから破断した後、フィリピン海プレートに押されて北上したものと思われる。尚、今もマイクロプレートの南端でフィリピン海プレートに押される活動は残っており、そのためプレートの南側と進行方向右側で地震活動が活発である。尚、関東フラグメントの生成時期は200~300万年前で、60万年前の伊豆半島衝突と時期にずれがあるため、プレートを東西に分けているのは伊豆半島が原因ではなく、1つ前(600~500万年前)に衝突した丹沢ブロックによるものと考えられる。予測される関東フラグメントの南西の端が丹沢であるのもそれが理由であろう。
【0015】
ここで東京湾北部地震の解説も以下に行っておく。東京湾北部地震は行政からもその推定機構が明示されておらず、発生の予測のみが行われている地震である。東京湾北部地震はフィリピン海プレートの上部の断裂による正断層と想定されているが、この原因を本発明者はプレート間の速度差にあると考えている。千葉県北部を中心とする一帯で北米プレートとフィリピン海プレートの固着が発生しており、一方で伊豆半島は大平洋プレートの押力の影響を受けて西進するが、北米プレートである房総半島とフィリピン海プレートに乗っている伊豆半島の西向きの速度をGPSの観察結果から比較するとやや伊豆半島の西進速度の方が大きいため、伊豆半島東部と東京湾北部との間でフィリピン海プレートが常時拡張する状態にあり、これを解消するために相模湾で南西-北東の方角に拡張軸を持つ南東-北西方向の正断層による地震が発生したり、伊豆半島から大島近海で時に単性火山の生成を伴うマグマの貫入が生じたりしているが、こういう現象がたまたま発生しないで東京湾北部のプレート上面の強度が限界を超えた時に東京湾北部地震が発生することが予想される。気象庁の東伊豆奈良本観測点の体積ひずみ計は、ここ7年以上継続して地盤が拡張していることを示しており、その拡張速度が大きくなると、相模湾にて上記の正断層地震や群発地震が発生するケースが見られることから、体積ひずみ計の拡張速度の観察は地震の直前予測には利用可能と思われる。
【0016】
次に、上記固着の問題について記す。犬吠埼から西方向に線を引いて東京、埼玉付近までの範囲では、本来北米プレートの下には地震波が伝わりにくい流体の層を挟んで各プレートが上から順にならんでいると考えられる。フィリピン海プレートの下に潜り込んだ大平洋プレートの深部で大きな地震が発生すると異常震域が形成されるが、南関東でこの時の地震波の到達時刻が早い観測点を調べてみると、以前は三浦半島が一番早い時間に地震波が到達している時期があった。つまり大平洋プレートを伝わってきた地震波は三浦半島で最初に北米プレートに伝達したことになり、三浦半島と大平洋プレートの間は実質的に固体としての特性を示していた。東北地方太平洋沖地震以降、栃木県南部、東京都、千葉県で多くの地震が発生し、遠隔地震の到達が早い観測点は三浦半島から北上し、都内も東進した。これは千葉県北部を中心とする固着域が破壊されつつある経過を観察しているものと考えられる。いずれ固着域の破壊が進むと、大平洋プレートが北米プレートの下に潜り込む海溝型の地震やフィリピン海プレートの北進(北北東進)もできるようになるので、複数の地殻変動が近い時間帯で発生することが予想される。このように、伊豆半島と東京湾北部の間にはプレートが拡張しているとみられる状況があるため、以前提唱されていた西相模湾断裂はないものとしてシミュレーションして良い。もし西相模湾断裂があればそこが拡張してマグマの貫入なり、地震の発生なりが生じている筈で、そういう現象が生じていないことから西相模湾断裂はないものとして扱ってよいと考える。尚、近年三浦半島から横浜市にかけて異臭の発生が頻発しているが、これは地殻の拡張により地中の天然ガスが地表にでてきたものと考えられる。また、固着域の成因は北米プレートとフィリピン海プレートと大平洋プレートの厚さを考慮して、千葉県北部のプレートの深度を見ると、フィリピン海プレートの厚さとして30kmを想定すると、北米プレートと太平洋プレートの間隙が足りなくなる範囲がでてくる。この部分がコア部になる。プレートの動きが束縛されて動かなくなったために、その周辺に存在しているマントルがプレートの固体界面の影響を受けて変化し、固体としての性質を帯びて固着域がやや広がっていったものと思われる。これが固着域の成因である。この部分は実質的に非常に厚い地殻が形成されたため、普段は地震が少ないところであったが、上述の通り、東北地方太平洋沖地震以降、周辺部からコア部に向かって破壊が進んできている。コア部はプレート間の間隙から想定して東側の方が西側よりもより強く固着していると考えられることから、もし大きな破壊が発生するとしたらより破壊されやすい西側から東側に向けて破壊が進むものと思われる。
【0017】
また、上記の固着域がなぜ富士火山のシミュレーションに重要かの理由を以下に示す。富士山が活発に活動するためには、フィリピン海プレートの上記弱線がある程度の大きさで開口できる必要がある。しかしながら、上記の千葉県北部の固着域があると伊豆半島東側のプレートはある程度南北には動けても東西には動けない。すると、噴火を促進するためには、伊豆半島西側のプレートが西側に開くしかない。1702年宝永噴火は1707年宝永地震の前駆活動により、この地域の北米プレートに西側に移動しようとする力がかかり、富士山付近の地殻が東西方向に拡張したために発生したものと思われる。東北地方太平洋沖地震後、固着域が短期間に破壊されてきていることから、この影響で伊豆半島東側のフィリピン海プレートが動けるようになると、宝永噴火とは別の機構で富士火山の噴火につながる可能性がある。また、近い将来東海地震が発生するのであれば、地震後はプレートを西側に引っ張る力が働かないので、宝永噴火に倣えば地震発生の前5年程度の時期に富士火山が噴火する可能性はある。近い将来にいつくものイベントが控えているため、一度噴火が始まれば、比較的短い周期で機構の異なる噴火が続く可能性がある。尚、伊豆半島の北上に伴う地殻の広がりが主因であれば、本来は伊豆半島に近い箱根火山の方が開口幅は大きくなることが予想されるが、おそらく箱根火山の深部に到達できているメルトの量が富士火山の深部に来ているメルトの量よりも少ないため、活動が相対的に低くなっていることが予想される。この理由としては、箱根火山は火山活動で成長した部分と伊豆半島の衝突により成長した部分があり、富士火山の地下深部と異なり、箱根火山は伊豆半島の潜り込みにより地殻がやや厚くなってメルトが溜まりにくくなっている可能性が想定される。
【0018】
ここ500年程の南関東の地震を見ると、東京湾北部地震と関東地震を除くと、小田原地震など神奈川県西部、東京都西部の活動が突出していることから、フィリピン海プレートが固着域の西側で北進していると考えると、関東フラグメントが時計廻りに押されることになり、その影響で野田隆起帯が形成されているとすると説明がつきやすい。小田原地震は昔周期性が想定されていたが、近年はこの周期性が崩れている。これは固着域の西側でフィリピン海プレートのストレスがプレートの北上を許さない程蓄積していることを示している可能性がある。これが2枚目のマイクロプレート形成を促進する前駆的な動きであるとすると、東京湾北部地震の後、震源断層西端から西側に破断が広がるフィリピン海プレート上面の逆断層地震が発生するかもしれない。この場合、地震の深さは30kmと想定されるので直下型となりうる。尚、地殻活動が発生した場合は地震の震度は大きいものの、南北方向の動きであるため、富士火山、箱根火山への影響は大きくないと思われるが、シミュレーションには重要な要素となる。
【0019】
富士火山は近年多くの警鐘が鳴らされているように、320年分のマグマを蓄積しているため、噴火の規模が大きくなる可能性がある。特に地下深部に潤沢なメルトの供給ができる体制が整っていることから、開口部が大きくなると昔の箱根火山のような山体崩壊につながるような噴火が発生する可能性がある程度想定される。一方、開口部が狭かった場合は、メルトの浮力に依存して押し出されたマグマが溶岩噴泉となってひたすら流れ出す864年の貞観噴火タイプとなることが予想される。簡単な想定ではあるが、来る東海地震の震源想定域が駿河トラフにまで及んでいて、西側への力がかかりだすと爆発の強度が強くなることが想定されることから、GPSにて富士山と東海地震の想定震源域の西側へのベクトルの大きさの観察を行い、差が大きくなってきたら用心が必要である。前回の宝永地震の時は駿河トラフは活動していないと考えられ、その場合でさえプリニー型噴火の発生を伴う規模の大きな噴火となったことから、この時の地殻の開き方が1つの基準になると思われる。火山学者の鎌田は東海地震の発生時期を2035±5年と想定している。すると、2025年の少し前からGPSに変化が生じる可能性がある。もし変化が生じ、その大きさが十分に大きい場合は爆発の起点となる深度は現在のマグマだまりの下方である、深さ15~20kmあたりとなることが想定され、その場合は噴火の規模は大きくなり、場所は山体の中心部に近いところを使う可能性が高い。一方、大きな変位がなく東海地震が発生した場合は噴火はなしか小規模、小さな変位が長期間持続した場合は、山体の北西-南東軸に沿った方向で板状マグマの貫入が発生し、その位置は噴出するマグマの総量が多い場合は山体の低い部位から、噴出するマグマの総量が少なくなるにつれて山体の上の方からの噴火になると思われる。これは板状マグマが山体を開くには大きなエネルギーが必要で、山体の低い部位から噴出するには、マグマがより広範囲に貫入する必要があるためである。これは過去に噴出した溶岩のマップからも分かり、広い範囲に溶岩を出した時の火口はおおむね標高が低い場所に形成されている。但し、富士火山に関しては、山体内に多量に水を含んでいるとの想定があるため、マグマが地上に近いところまで到達した段階でマグマ水蒸気爆発により山体のどこかが開口した場合は、マグマの単純な移動に加えてマグマ自体の発泡が加わるためより複雑に見える噴火に移行することが予想される。マグマ水蒸気爆発から溶岩噴泉を経由し、活動末期になって噴出物の組成が変化したりすると、爆発的噴火に移行して活動終了のようなパターンになる可能性もある。このようなパターンもメルトの供給量と開口部の大きさから推定ができる。尚、GPSでみることができるのはあくまで地表部の変化であり、活動している部位は地下30km程度の深さにあるため、GPSのデータは地下の現象をかなり薄めたものになる。そのため、各種観測機器のデータから地下深部での動きを想像して対応することが重要である。
【0020】
以上はメルトの動きを元にしたシミュレーションの基本情報であるが、噴火においては富士火山の山体内に形成されたマグマだまりの影響も大きいため、低周波地震の分布も重要である。富士火山の低周波地震は、防災科研 火山活動連続観測網 VIVA Ver.2(http://vivaweb2.bosai.go.jp/viva/v_datalist_fuji.html)などで調べることができる。例えば8月で比較してみると、2011年ごろはほとんど見られなかったが、2014年ごろから北緯35.35~35.40度範囲の深さ10~20kmの範囲に少しみられるようになった。2019年ごろから地震の範囲が拡大し、より北側の活動が強くなり、2022年では北緯35.40度より北側に地震の分布が広がった。低周波地震の分布範囲がマグマだまりの位置と一致していると仮定すると、2019年ごろから山体内に大きなマグマだまりが1つ形成されたものと思われる。2022年ではその大きさは5km×5km×5kmと大変大きなものになっている(注:固定の岩盤の中に流体が貫入したような構造となっていると考えられるため、この体積全てがマグマではないが、一部だとしても大きな体積となっていることが推定できる)。富士火山では深さ25~30kmで発生する低周波地震が北緯35.40度、東経138.74度付近を中心とした場所に観察されることから、この辺りにメルトの供給ルートがあるものと考えられる。また、箱根火山北東部の御殿場市、北緯35.26~35.28度、東経138.95~139.0度の付近にも低周波地震が時々観察されることから、箱根火山に対するメルトの供給はこの付近にルートがあるものと考えられる。両方のメルトの供給ルートが北米プレートの底で一体化したものなのかどうかは不明であるが、富士火山と箱根火山の間で拡張型の地震がそれほど見られないことから、別々に存在しているのではないかと思われる。また、低周波地震の分布の拡大の時期は両火山で一緒であることから、2019年ごろから少しずつ富士火山と箱根火山近傍の地殻内の弱線が開口し始めている可能性は高いと思われる。一方、これだけ低周波地震に変化が生じていても、富士火山に設置されているGPSと傾斜計はその変化を捉えることができなかった。深さが深いことが原因であると思われるが、上述のように地下15~20kmの地点から爆発が発生した場合、これらの機器ではそれを捉えることができないことを示している。今のところ、地震計が最も変化を捉えられているので、噴火の直前予測の際には、地震計のデータにより重きをおいてデータの判断をするべきと考える。
【0021】
南関東ではないが、上述のフィリピン海プレートの深さ方向への傾斜の影響は浅間山(以後浅間火山という)の噴火規模が大きいことにも関連している。伊豆半島や丹沢ブロックが北米プレートと衝突したことによりこの部分のフィリピン海プレートの北進が抑制されているため、他の地域のプレートの進行速度との差を埋めるためにフィリピン海プレートはうねっており、それが富士火山や箱根火山の成因につながっていると考えているが、伊豆半島の北北西側の北緯35~36度にかけてフィリピン海プレートは急速に沈み込むような形状でうねっている。それに引っ張られる形で関東北部のフィリピン海プレートの先端部は大きく西側に傾いている。沈み込みに伴いプレートに湾曲が生じるが、沈み込み部の端で湾曲の頂点に位置するのが浅間火山になる。このため、東北地方のようにプレートがほぼ同じ角度で潜り込んでいる場合は、位置ゆらぎの成長が等間隔になって概ね同じような周期で火山が形成されるが、浅間火山の場合は、プレートのうねりのために山体西側からより多くのメルトの供給があると考えられる。そのため、噴火規模が近隣の火山と比べて大きめになっていることが考えられる。浅間火山は烏帽子火山群の東端に位置し、東西方向に火口が並んでおり、東に行くほど火山体が新しい特徴がある。烏帽子火山群は100万年程の活動歴があり、この年代は上述の通り、伊豆半島だけではなく丹沢ブロックや他の衝突地塊も含めた活動によってもたらされたものと考えられる。そして、衝突によるフィリピン海プレートのうねりにより深く沈み込んだプレート部分に引きずられる形で浅間火山より東側のプレートが移動してくる過程で、プレートの頂の湾曲部の頂点が100万年かけて(烏帽子火山群の東西方向の長さである)22km程東側に移動してきたことが想定される。将来的にはさらに東側に活動が移動していく筈である。
【0022】
但し、浅間火山については、その成因は上述のように説明ができても、噴火規模についてはシミュレーションが難しいため、本発明からは除外している。このように、本発明のシミュレーションの方法において示された方法は富士火山と箱根火山には適用できるが、他の火山については適用外である。これは、火山下のメルトが富士火山では潤沢にあると考えられるのでそれを前提としてシミュレーションが可能であるのに対して、他の火山では地下にどの程度のメルトが存在しているのかを見積もることができないためである。
【0023】
ここで、上述したGPSについて補足する。GPSはあくまで相対的な位置関係を見る機器であるため、基準点をどこに設けるかでデータの見え方が変化する。日本国内は様々な力がかかっており、本来基準点を設置するのに適した場所がない。また、国土地理院のデータではたまに基準点が変更になっていたりする。本発明者はなるべくユーラシア大陸に近いところに基準点を置きたいため、上対馬に基準点をおいているが、将来的に可能であれば朝鮮半島あたりに基準点があると、プレートの動きがより細かく追えるようになると思われる。
【0024】
また、上述したマグマとメルトの温度の関係についても記しておく。富士火山の地下20kmのマグマ溜まりの温度は鎌田によると1000℃とされている。これに対してメルトの温度は1200~1400℃と考えられる。富士火山のマグマ溜まりの下部は、結晶分化作用のために比重が高くなっていると考えられるので、ここに高温のメルトが混合されると、マグマ密度は減少する。その際にガス飽和曲線を超えると発泡が開始される。メルトの供給量が少なければ発泡しても時間と共に気泡は吸収され、マグマの対流を促進して終わるが、メルトの供給量が多い場合は泡と泡の合一が進み、地殻に圧力がかかる。その際に地震が発生して亀裂にガスが入ると地殻の温度はマグマよりも低いためガスは体積を縮小する。この空間は液体であるマグマが充填されるが、再び発泡すると、今度は亀裂の先端に向かって圧がかかるので、次々とマグマ溜まり近傍の地殻を破壊していく。これが地震計でみるとエンゼルフィッシュのような形状をとると考えられる。メルトの供給速度が大きくない場合は、これで地殻を破壊しながら温度が下がることで、火山性地震は発生しても噴火が生じないか、しばらく時間をかけて対流により熱の運搬がされてブルカノ型の噴火や水蒸気爆発など、エネルギーの低い活動を行うと考えられる。もしメルトの供給速度がさらに大きくなり、気泡が成長して火道の高粘性流体の中央部を突き抜けられるようになるとプリニー型、準プリニー型の噴火が生じる。気泡がそこまで成長できない位のメルトの供給速度だったり、供給が一定していなくて間欠があったりすると、ストロンボリ型の噴火が生じる可能性が高い。これは高粘度流体に圧力をかけても急な動きはできないが、ゆっくりとした動きは可能であるためである。さらにメルトの供給量が多いと、カルデラを作るような大きな爆発となることが予想される。
【0025】
次に富士火山でなぜ多種多様な噴火形態が数千年という大変短い期間に発生できたかについて考察したい。数千年では関東フラグメントのような大きな地殻変動による影響は排除される。一方、上述のようにメルトの供給量と供給速度により色々な噴火形態を取り得ることから、富士火山の下の弱線の開口の仕方が現在とは異なっていたことが考えられる。すると、開口の仕方を色々変化させることが可能な現象が1つ存在している。それはフィリピン海プレートの進行方向が今よりも西向きのベクトルが強かった場合である。この場合、富士火山の下の弱線はより開口しやすくなるので、噴火の頻度を上げることが可能である。尚、プレートの進行方法はGPSで見るとかなり頻繁に変化していることが判るので、ここでいうベクトルは年単位での変位量とした方が良いかもしれない。逆に今のプレートの進行方向であると、北向き成分が強すぎて開口部が広がる方向に向かわないため、富士火山は中々噴火しにくいものと考えられる。
図1