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特開2024-3202エイコサペンタエン酸を生産する微生物及びエイコサペンタエン酸の製造法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024003202
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】エイコサペンタエン酸を生産する微生物及びエイコサペンタエン酸の製造法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20231228BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20231228BHJP
   C12P 7/6432 20220101ALI20231228BHJP
   C12N 1/19 20060101ALN20231228BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20231228BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20231228BHJP
【FI】
C12N1/21
C12N1/15 ZNA
C12P7/6432
C12N1/19
C12N5/10
C12N15/31
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023194578
(22)【出願日】2023-11-15
(62)【分割の表示】P 2020535922の分割
【原出願日】2019-08-09
(31)【優先権主張番号】P 2018151234
(32)【優先日】2018-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】308032666
【氏名又は名称】協和発酵バイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】大利 徹
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 康治
(72)【発明者】
【氏名】林 祥平
(72)【発明者】
【氏名】中 真以
(72)【発明者】
【氏名】氏原 哲朗
(57)【要約】
【課題】本発明は、効率的にEPAを生産する微生物及び該微生物を用いたEPAの製造法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、ドコサヘキサエン酸(以下、DHAという。)を生産する能力を有する微生物であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、下記(1)及び(2)の置換がされたアミノ酸配列からなる蛋白質(以下、変異型OrfBという。)を含み、且つエイコサペンタエン酸(以下、EPAという。)を生産し得る微生物等に関する。(1)230番目のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換する置換(但し、他のアミノ酸残基がフェニルアラニン又はトリプトファンである場合を除く)
(2)6番目、65番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1を他のアミノ酸残基に置換する置換
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドコサヘキサエン酸(以下、DHAという。)を生産する能力を有する微生物であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、下記(1)及び(2)の置換がされたアミノ酸配列からなる蛋白質(以下、変異型OrfBという。)を含み、且つエイコサペンタエン酸(以下、EPAという。)を生産し得る微生物。
(1)230番目のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換する置換(但し、他のアミノ酸残基がフェニルアラニン又はトリプトファンである場合を除く)
(2)6番目、65番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1を他のアミノ酸残基に置換する置換
【請求項2】
DHAを生産する能力を有する微生物であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質のホモログ蛋白質(以下、OrfBホモログという。)のアミノ酸配列において、OrfBホモログのアミノ酸配列と配列番号2で表されるアミノ酸配列とをアライメントしたときに、下記(3)及び(4)の置換がされたアミノ酸配列からなる蛋白質(以下、変異型OrfBホモログという。)を含み、且つEPAを生産し得る微生物。
(3)配列番号2の230番目に対応するアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換する置換(但し、他のアミノ酸残基がフェニルアラニン又はトリプトファンである場合を除く)
(4)配列番号2の6番目、65番目、231番目及び275番目に対応するアミノ酸残基の少なくとも1を他のアミノ酸残基に置換する置換
【請求項3】
前記(1)の置換が、230番目のアミノ酸残基をロイシンに置換する置換である、請求項1に記載の微生物。
【請求項4】
前記(3)の置換が、配列番号2の230番目に対応するアミノ酸残基をロイシンに置換する置換である、請求項2に記載の微生物。
【請求項5】
DHAを生産する能力を有する微生物が、ラビリンチュラ類微生物である請求項1~4のいずれか1項に記載の微生物。
【請求項6】
ラビリンチュラ類微生物が、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属、スラウストキトリウム(Thraustochytrium)属、ウルケニア(Ulkenia)属、パリエチキトリウム(Parietichytrium)属、ラビリンチュラ(Labyrinthula)属、アプラノキトリウム(Aplanochytrium)属、オブロンギキトリウム(Oblongichytrium)属、又はシゾキトリウム(Schizochytrium)属に属するラビリンチュラ類微生物である請求項5に記載の微生物。
【請求項7】
DHAを生産する能力を有する微生物が、DHA代謝経路を有さない微生物にDHAを合成する活性を有する下記(a)~(j)の各ドメインをコードする遺伝子が導入された微生物である請求項1~4のいずれか1項に記載の微生物。
(a)β-ケトアシル-ACPシンターゼ(以下、KSという。)ドメイン
(b)マロニル-CoA:ACPアシルトランスフェラーゼ(以下、MATという。)ドメイン
(c)ACPドメイン
(d)ケトレダクターゼ(以下、KRという。)ドメイン
(e)ポリケチドシンターゼデヒドラターゼ(以下、PS-DHという。)ドメイン
(f)鎖伸長因子(以下、CLFという。)ドメイン
(g)アシルトランスフェラーゼ(以下、ATという。)ドメイン
(h)FabA様β-ヒドロキシアシル-ACPデヒドラターゼ(以下、FabA-DHという。)ドメイン
(i)エノイルACP-レダクターゼ(以下、ERという。)ドメイン
(j)ホスホパンテテイントランスフェラーゼ(以下、PPTという。)ドメイン
【請求項8】
DHA代謝経路を有さない微生物が、エシェリヒア(Escherichia)属、バチルス(Bacillus)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ヤロウィア(Yarrowia)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、カンジダ(Candida)属、又はピキア(Pichia)属に属する微生物である請求項7に記載の微生物。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載の微生物を培地に培養し、培養物中にEPA又はEPA含有組成物を生成、蓄積させ、該培養物からEPA、又はEPA含有組成物を採取する、EPA又はEPA含有組成物の製造法。
【請求項10】
下記(I)又は(II)のEPAを生産し得る微生物を用いるEPA又はEPA含有組成物の製造法。
(I)DHAを生産する能力を有する微生物であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、下記(1)及び(2)の置換がされたアミノ酸配列からなる変異型OrfBを含み、且つEPAを生産し得る微生物
(II)DHAを生産する能力を有する微生物であって、OrfBホモログのアミノ酸配列において、OrfBホモログのアミノ酸配列と配列番号2で表されるアミノ酸配列とをアライメントしたときに、下記(3)及び(4)の置換がされたアミノ酸配列からなる変異型OrfBホモログを含み、且つEPAを生産し得る微生物
(1)230番目のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換する置換(但し、他のアミノ酸残基がフェニルアラニン又はトリプトファンである場合を除く)
(2)6番目、65番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1を他のアミノ酸残基に置換する置換
(3)配列番号2の230番目に対応するアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換する置換(但し、他のアミノ酸残基がフェニルアラニン又はトリプトファンである場合を除く)
(4)配列番号2の6番目、65番目、231番目及び275番目に対応するアミノ酸残基の少なくとも1を他のアミノ酸残基に置換する置換
【請求項11】
前記(1)の置換が、230番目のアミノ酸残基をロイシンに置換する置換であり、
前記(3)の置換が、配列番号2の230番目に対応するアミノ酸残基をロイシンに置換する置換である、
請求項10に記載のEPA又はEPA含有組成物の製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エイコサペンタエン酸を生産する微生物及び該微生物を用いてエイコサペンタエン酸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドコサヘキサエン酸(以下、DHAという。)、エイコサペンタエン酸(以下、EPAという。)、アラキドン酸(以下、ARAという。)、ドコサペンタエン酸(以下、DPAという。)等、分子内に不飽和結合を複数有する長鎖脂肪酸のことを多価不飽和脂肪酸(以下、PUFAという。)という。PUFAは、動脈硬化や高脂血症の予防等様々な生理機能を有することが知られている(非特許文献1及び非特許文献2)。
【0003】
PUFAの生合成経路としては、好気経路と多価不飽和脂肪酸ポリケチドシンターゼ(以下、PUFA-PKSという。)による嫌気経路の二種類が知られている。好気経路は、脂肪酸合成酵素によって合成されたパルミチン酸等の長鎖脂肪酸に、複数の不飽和化酵素による二重結合の導入や鎖伸長酵素による炭素鎖の伸長がなされることによりPUFAが合成される経路で、多くの生物が有する古くから知られている合成経路である(非特許文献3)。
【0004】
一方、PUFA-PKSによる嫌気経路は、アセチル-CoAやマロニル-CoAからPUFAを合成する経路で、一部の海洋性細菌やラビリンチュラ類真核生物が有することが知られている(非特許文献4及び非特許文献5)。
【0005】
PUFA-PKSは、複数の蛋白質から構成される複合酵素(以下、蛋白質複合体ともいう。)であり、各蛋白質にはPUFAの合成に関わる複数の機能ドメインが存在している。
【0006】
PUFA-PKSに存在する機能ドメインとしては、マロニル-ACPとアシル-ACPの縮合に関わるとされているβ-ケトアシル-アシルキャリアー蛋白質シンターゼドメイン(以下、KSドメインという。)、ホスホパンテテイニル基を介してチオエステル結合によりアシル基と結合し、脂肪酸合成の場として機能するとされているアシルキャリアー蛋白質ドメイン(以下、ACPドメインという。)、縮合により生成するカルボニル基を還元するとされているケトレダクターゼドメイン(以下、KRドメインという。)、KRドメインにより生成した水酸基を脱水して二重結合を形成するとされているDHドメイン、炭素鎖の伸長に関わるとされている鎖伸長因子ドメイン(以下、CLFドメインという。)、得られた二重結合を還元するとされているエノイルレダクターゼドメイン(以下、ERドメインという。)、アシル基の転移に関わるとされているアシルトランスフェラーゼドメイン(以下、ATドメインという。)及びマロニル-CoA:アシルトランスフェラーゼドメイン(以下、MATドメインという。)、並びにACPドメインを活性化するとされているホスホパンテテイントランスフェラーゼドメイン(以下、PPTドメインという。)があり、これら複数のドメインが協働して働くことで脂肪酸の炭素鎖が伸長すると考えられている。
【0007】
PUFA-PKSは、その種類によって生産するPUFAの種類が異なることが知られている。例えば、Schizochytrium sp.、Aurantiochytrium sp.及びMoritella marina由来のPUFA-PKSではDHAが、Shewanella oneidensis及びPhotobacterium profundum由来のPUFA-PKSではEPAが、Aureispira marina由来のPUFA-PKSではARAが主要な産物として生産され、他のPUFAはほとんど生産されないか、生産されるとしても主生産物に比べると少量である。
【0008】
このように、PUFA-PKSは高い生産物特異性を有しており、これまでにPUFA-PKSの機能解析を目的とした多くの研究がなされている。非特許文献4及び6では、Shewanella属細菌やストラメノパイル類真核生物からPUFA-PKS遺伝子をクローニングして異種生物中で発現させ、PUFAを生産させる検討がなされている。
【0009】
非特許文献7では、DHAを生産するMoritella marina由来のPUFA-PKSの構成遺伝子であるpfaB遺伝子と、EPAを生産するShewanella pneumatophori由来のPUFA-PKSを構成するpfaB遺伝子とを用いた研究により、ATドメインをコードするpfaB遺伝子が生産されるPUFAの種類に関与することが開示されている。
【0010】
非特許文献8では、大腸菌にThraustochytrium属由来のPUFA-PKSのDHドメインを導入すると、脂肪酸の生産量が増加し、かつ不飽和脂肪酸の割合が増加することが開示されている。
【0011】
EPAの工業的な生産方法としては、魚油から精製するなどの方法が知られているが、副生物が多いという課題がある(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】国際公開第2008/144473号
【特許文献2】日本国特開2013-055893号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Annu.Nutr.Metabol.,1991,35,128-131
【非特許文献2】J.Am.Clin.Nutr.,1994,13,658-664
【非特許文献3】Ann.Rev.Biochem.,1983,52,537-579
【非特許文献4】Science,2001,293,290-293
【非特許文献5】PLoS One,2011,6,e20146
【非特許文献6】Plant Physiol.Biochem.,2009,47,472-478
【非特許文献7】FEMS Microbiol.Lett.,2009,295,170-176
【非特許文献8】Appl.Microbiol.Biotechnol.,2018,847-856
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述したように、EPAの工業的な生産方法としては、魚油から精製する方法等が用いられているが、副生物が多く、生産効率が悪いという課題があるため、効率的なEPAの生産方法が求められている。
【0015】
したがって、本発明は、効率的にEPAを生産する微生物及び該微生物を用いたEPAの製造法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、DHAを生産する能力を有する微生物において、特定のアミノ酸残基に変異を導入したOrfBを発現させることにより、EPAを高濃度で含有するPUFAを生産できることを見出し、本発明を完成させた。
【0017】
本発明は、以下に関する。
1.DHAを生産する能力を有する微生物であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、6番目、65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列からなる蛋白質(以下、変異型OrfBという。)を含み、且つエイコサペンタエン酸(以下、EPAという。)を生産し得る微生物。
2.DHAを生産する能力を有する微生物であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質のホモログ蛋白質(以下、OrfBホモログという。)のアミノ酸配列において、OrfBホモログのアミノ酸配列と配列番号2で表されるアミノ酸配列とをアライメントしたときに、配列番号2の6番目、65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1に対応するアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列からなる蛋白質(以下、変異型OrfBホモログという。)を含み、且つEPAを生産し得る微生物。
3.DHAを生産する能力を有する微生物が、ラビリンチュラ類微生物である前記1または2に記載の微生物。
4.ラビリンチュラ類微生物が、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属、スラウストキトリウム(Thraustochytrium)属、ウルケニア(Ulkenia)属、パリエチキトリウム(Parietichytrium)属、ラビリンチュラ(Labyrinthula)属、アプラノキトリウム(Aplanochytrium)属、オブロンギキトリウム(Oblongichytrium)属、又はシゾキトリウム(Schizochytrium)属に属するラビリンチュラ類微生物である前記3に記載の微生物。
5.DHAを生産する能力を有する微生物が、DHA代謝経路を有さない微生物にDHAを合成する活性を有する下記(a)~(j)の各ドメインをコードする遺伝子が導入された微生物である前記1または2に記載の微生物。
(a)KSドメイン
(b)MATドメイン
(c)ACPドメイン
(d)KRドメイン
(e)ポリケチドシンターゼデヒドラターゼ(以下、PS-DHという。)ドメイン
(f)CLFドメイン
(g)ATドメイン
(h)FabA様β-ヒドロキシアシル-ACPデヒドラターゼ(以下、FabA-DHという。)ドメイン
(i)ERドメイン
(j)PPTドメイン
6.DHA代謝経路を有さない微生物が、エシェリヒア(Escherichia)属、バチルス(Bacillus)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ヤロウィア(Yarrowia)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、カンジダ(Candida)属、又はピキア(Pichia)属に属する微生物である前記5に記載の微生物。
7.前記1~6のいずれか1に記載の微生物を培地に培養し、培養物中にEPA又はEPA含有組成物を生成、蓄積させ、該培養物からEPA、又はEPA含有組成物を採取する、EPA又はEPA含有組成物の製造法。
8.下記(I)又は(II)のEPAを生産し得る微生物を用いるEPA又はEPA含有組成物の製造法。
(I)DHAを生産する能力を有する微生物であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列において6番目、65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列からなる変異型OrfBを含み、且つEPAを生産し得る微生物
(II)DHAを生産する能力を有する微生物であって、OrfBホモログのアミノ酸配列において、OrfBホモログのアミノ酸配列と配列番号2で表されるアミノ酸配列とをアライメントしたときに、配列番号2の6番目、65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列からなる変異型OrfBホモログを含み、且つEPAを生産し得る微生物
【発明の効果】
【0018】
本発明の微生物は、DHAを生産する能力を有する微生物において、特定のアミノ酸残基に変異を導入し、基質に対する特異性を変化させた変異型OrfBを発現させることにより、EPAを効率的に生産できる。本発明のEPAの製造法は、工業的レベルでDHAを生産可能な微生物において変異型OrfBを発現させることにより、低コスト且つ高効率でEPAを生産することができ、EPAの工業的レベルでの生産に適用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium sp.)属のPUFA-PKSの構造の模式図を示す。
図2図2は、OrfBとOrfBホモログとのアミノ酸配列のアライメントの結果の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明において、「多価不飽和脂肪酸(PUFA)」とは、炭素鎖長が18以上で不飽和結合数が2以上の長鎖脂肪酸をいう。また、本明細書において「ドメイン」とは、蛋白質中の連続するアミノ酸配列からなる一部分であって、当該蛋白質において、特定の生物学的活性又は機能を有する領域である。
【0021】
本発明において、「PUFA-PKS」とはPUFA synthaseと同義である。PUFA synthaseは、マロニル-CoA等を炭素源として用いて特異的な長鎖の不飽和脂肪酸を合成する酵素群であり、KS、MAT、ACP、KR、PS-DH、CLF、AT、FabA-DH、ER、PPTaseの各ドメインを含有するものをいう(ACOS Lipid Library:PUFA synthase;Science,2001,293,290-293;PLoS One,2011,6,e20146等)。
【0022】
KSドメインとは、PUFA-PKS活性を有する蛋白質複合体を構成する蛋白質が有するドメインであり、マロニルACPとアシルACPの縮合に関わるドメインをいう。
【0023】
MATドメイン、ATドメインとは、PUFA-PKS活性を有する蛋白質複合体を構成する蛋白質が有するドメインであり、アシル基の転移に関わるドメインのことをいう。
【0024】
ACPドメインとは、PUFA-PKS活性を有する蛋白質複合体を構成する蛋白質が有するドメインであり、ホスホパンテテイニル基を介してチオエステル結合によりアシル基と結合し、脂肪酸合成の場として機能する、PUFA-PKS活性に必須のドメインをいう。
【0025】
KRドメインとは、PUFA-PKS活性を有する蛋白質複合体を構成する蛋白質が有するドメインであり、縮合により生成するケトン基の還元に関わるドメインをいう。
【0026】
DHドメインである、PS-DHドメイン及びFabA-DHドメインは、PUFA-PKS活性を有する蛋白質複合体を構成する蛋白質が有するドメインであり、ケトン基を還元することによって生じた水酸基の脱水に関わるドメインのことをいう。
【0027】
CLFドメインとは、PUFA-PKS活性を有する蛋白質複合体を構成する蛋白質が有するドメインであり、炭素鎖の伸長に関わるドメインのことをいう。
【0028】
ERドメインとは、アシル転移酵素ドメイン、マロニル-CoA:ACPアシル転移酵素ドメインとは、PUFA-PKS活性を有する蛋白質複合体を構成する蛋白質が有するドメインであり、アシル基の転移に関わるドメインのことをいう。
【0029】
PPTaseとは、PUFA-PKS活性を有する蛋白質複合体を構成する酵素であり、ACPドメインの活性化に関わる酵素のことをいう。
【0030】
本明細書において、アミノ酸配列やヌクレオチド配列の同一性は、Karlin and AltschulによるアルゴリズムBLAST(Pro.Natl.Acad.Sci.USA,1993,90,5873)、又はFASTA(Methods Enzymol.,1990,183,63)を用いて決定できる。このアルゴリズムBLASTに基づいて、BLASTNやBLASTXとよばれるプログラムが開発されている(J.Mol.Biol.,1990,215,403)。BLASTに基づいてBLASTNによってヌクレオチド配列を解析する場合には、パラメータは例えばScore=100、wordlength=12とする。また、BLASTに基づいてBLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメータは例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(www.ncbi.nlm.nih.gov参照)。
【0031】
本明細書において「外来の」とは内在性ではなく、異種由来のものをいい、形質転換前の宿主生物が、本発明により導入されるべき遺伝子を有していない場合、その遺伝子によりコードされる蛋白質が実質的に発現しない場合、及び異なる遺伝子により当該蛋白質のアミノ酸配列をコードしているが、形質転換後に内因性蛋白質の活性を発現しない場合において、本発明に基づく遺伝子を宿主生物に導入することを意味するために用いられる。
【0032】
〔微生物〕
本発明の微生物は、ドコサヘキサンエン酸(DHA)を生産する能力を有する微生物であって、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、6番目、65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列からなる蛋白質(変異型OrfB)を含み、且つエイコサペンタエン酸(EPA)を生産し得ることを特徴とする。
【0033】
DHAを生産する能力を有する微生物とは、下記の(1)及び(2)が挙げられる。
(1)DHA代謝能を有する微生物。
(2)DHA代謝能を有さない微生物を宿主生物として、該宿主生物にDHAを生合成する活性を有するPUFA-PKSを構成するドメインである、KSドメイン、MATドメイン、ACPドメイン、KRドメイン、PS-DHドメイン、CLFドメイン、ATドメイン、FabA-DHドメイン、ERドメイン及びPPTドメインをコードする遺伝子が導入されたことによりDHA生産能を有する微生物。
【0034】
本明細書において、「宿主生物」とは、遺伝子改変及び形質転換等の対象となる元の生物のことをいう。遺伝子導入による形質転換の対象となる元の生物が微生物の場合は、親株、宿主株ともいう。
【0035】
(1)DHA代謝能を有する微生物としては、ラビリンチュラ類に属する微生物が挙げられる。ラビリンチュラ類に属する微生物としては、例えば、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属、スラウストキトリウム(Thraustochytrium)属、ウルケニア(Ulkenia)属、パリエチキトリウム(Parietichytrium)属、ラビリンチュラ(Labyrinthula)属、アプラノキトリウム(Aplanochytrium)属、オブロンギキトリウム(Oblongichytrium)属、又はシゾキトリウム(Schizochytrium)属の微生物が挙げられる。好ましくはオーランチオキトリウム・リマシナム(Aurantiochytrium・limacinum)、スラウストキトリウム・アウレウム(Thraustochytrium aureum)等が挙げられるが、生来的にDHA代謝経路を有する限り、これらに限定されない。
【0036】
DHA代謝能を有する微生物としては、具体的には例えば、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属に属する微生物が好ましく、例えばオーランチオキトリウム エスピー OH4株(受託番号FERM BP-11524)などが挙げられ、さらにその変異株であってDHA生産能を有する微生物を用いてもよい。
【0037】
前記のオーランチオキトリウム エスピー OH4株は、日本国茨城県つくば市東1丁目1番地中央第6(郵便番号305-8566)に所在する、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の特許微生物寄託センターに寄託された。受領日(寄託日)は平成25年(西暦2013年)1月11日であり、受託番号はFERM BP-11524である。
【0038】
(2)DHA代謝能を有さない微生物とは、生来的にDHA生産能を有さない微生物をいう。DHA代謝能を有さない微生物としては、例えば、細菌、微細藻類、真菌、原生生物、原生動物が挙げられる。
【0039】
細菌としては、例えば、エシェリヒア(Escherichia)属、セラチア(Serratia)属、バチルス(Bacillus)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ミクロバクテリウム(Microbacterium)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、及びオーレオスピラ(Aureispira)属からなる群より選ばれる1の属に属する微生物が挙げられる。これらの中でも、Escherichia coli XL1-Blue、Escherichia coli XL2-Blue、Escherichia coli DH1、Escherichia coli MC1000、Escherichia coli KY3276、Escherichia coli W1485、Escherichia coli JM109、Escherichia coli HB101、Escherichia coli No.49、Escherichia coli W3110、Escherichia coli NY49、Escherichia coli BL21 codon plus(ストラタジーン社製)、Serratia ficaria、Serratia fonticola、Serratia liquefaciens、Serratia marcescens、Bacillus subtilis、Bacillus amyloliquefaciens、Brevibacterium immariophilum ATCC14068、Brevibacterium saccharolyticum ATCC14066、Corynebacterium ammoniagenes、Corynebacterium glutamicum ATCC13032、Corynebacterium glutamicum ATCC14067、Corynebacterium glutamicum ATCC13869、Corynebacterium acetoacidophilum ATCC13870、Microbacterium ammoniaphilum ATCC15354、Pseudomonas sp.D-0110、及びAureispira marina JCM23201からなる群より選ばれる1の微生物が好ましい。
【0040】
微細藻類としては、例えば、ユーグレナ藻綱(Euglenophyceae)[例えば、ユーグレナ(Euglena)属およびペラネマ(Peranema)属]、緑藻綱(Chrysophyceae)[例えば、オクロモナス(Ochromonas)属]、サヤツナギ綱(Dinobryaceae)[例として、サヤツナギ(Dinobryon)属、プラチクリシス(Platychrysis)属およびクリソクロムリナ(Chrysochromulina)属]、渦鞭毛藻綱(Dinophyceae)[例えば、クリプセコディニウム(Crypthecodinium)属、ギムノジニウム(Gymnodinium)属、ペリジリウム(Peridinium)属、セラチウム(Ceratium)属、ギロジニウム(Gyrodinium)属およびオキシルリス(Oxyrrhis)属]、クリプト藻綱(Cryptophyceae)[例えば、クリプトモナス(Cryptomonas)属およびロドモナス(Rhodomonas)属]、黄緑藻綱(Xanthophyceae)[例えば、オリストディスカス(Olisthodiscus)属][かつ、鞭毛虫リゾクロリス類(Rhizochloridaceae)ならびにアファノカエテパシェリ(Aphanochaete pascheri)、ブミレリアスティゲオクロニウム(Bumilleria stigeoclonium)およびバウケリアゲミナタ(Vaucheria geminata)の遊走子/配偶子においてのようなアメーバ状期を生じる藻類の品種を含む]、真正眼点藻綱(Eustigmatophyceae)およびプリムネシウム藻綱(Prymnesiopyceae)[例えば、プリムネシウム(Prymnesium)属およびディアクロネマ(Diacronema)属を含む]が挙げられる。
【0041】
これらの属内の好ましい種は、特に限定されないが、Nannochloropsis oculata、Crypthecodinium cohnii、Euglena gracilisが挙げられる。
【0042】
真菌としては、例えば、サッカロマイセス(Saccharomyces)属[例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロマイセス・カールスベルゲンシス(Saccharomyces carlsbergensis)を含む酵母]、もしくはヤロウィア(Yarrowia)属、カンジダ(Candida)属、ピキア(Pichia)属、クルイベロマイセス(Kluyveromyces)属のような他の酵母、又は他の真菌、例えば、アスペルギルス(Aspergillus)属、ノイロスポラ(Neurospora)属、ペニシリウム(Penicillium)属のような繊維状真菌などが挙げられる。
【0043】
宿主細胞として利用できる細胞株は、通常の意味での野生型であってよく、又は、栄養要求性変異株、抗生物質耐性変異株であってもよく、各種マーカー遺伝子を有するように形質転換されていてもよい。例えば、クロラムフェニコール、アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン等の抗生物質に耐性を示す株が挙げられる。
【0044】
(2)DHA代謝能を有さない微生物にDHA生産能を獲得させるための、DHAを生合成する活性を有するPUFA-PKSを構成する各ドメインをコードする遺伝子としては、上記した(1)DHA代謝能を有する微生物が有するDHAを生合成する活性を有するPUFA-PKSを構成する各ドメイン(KSドメイン、MATドメイン、ACPドメイン、KRドメイン、PS-DHドメイン、CLFドメイン、ATドメイン、FabA-DHドメイン、ERドメイン及びPPTドメイン)をコードする遺伝子が好ましい。
【0045】
PUFA-PKSを構成する各ドメインは、該ドメインが協働してDHAを生産する限りにおいて、各ドメインは限定されないが、例えば、既知のPUFA-PKSが有する各ドメインが挙げられる。
【0046】
本明細書において「協働する」とは、ある蛋白質を他の蛋白質と共存させたとき、一体となって特定の反応を行うことであり、特に本明細書では、PUFA-PKS活性に必要な複数のドメインを共存させたとき、他のドメインと一体となってPUFA-PKS活性を示すことをいう。
【0047】
本明細書において「既知のPUFA-PKS」とは、好ましくは、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属、スラウストキトリウム(Thraustochytrium)属、ウルケニア(Ulkenia)属、パリエチキトリウム(Parietichytrium)属、ラビリンチュラ(Labyrinthula)属、アプラノキトリウム(Aplanochytrium)属、オブロンギキトリウム(Oblongichytrium)属、又はシゾキトリウム(Schizochytrium)属からなる群より選ばれる属に属する微生物が元来有しているPUFA-PKSを、より好ましくは、Aurantiochytrium limacinum ATCC MYA-1381、Schizochytrium sp.ATCC 20888、Thraustochytrium aureum ATCC 34304からなる群より選ばれる微生物が、元来有しているPUFA-PKSが挙げられる。
【0048】
各ドメインからなるPUFA-PKSがDHA合成活性を有することは、各ドメインをコードする遺伝子で形質転換した微生物を造成し、該微生物を培地に培養し、培養物中にDHAを生成、蓄積させ、該培養物中に蓄積したDHAを、ガスクロマトグラフィーで測定することにより、確認できる。
【0049】
PUFA-PKSは上記したドメインを有する複数の蛋白質から構成される蛋白質複合体(複合酵素)であり、OrfBはPUFA-PKSを構成する蛋白質である。図1に、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium sp.)属に属する微生物におけるPUFA-PKSの蛋白質複合体を構成するドメイン構造の模式図を示す。OrfB内には、1個のKSドメイン、CLFドメイン、ATドメイン、ERドメインがある。
【0050】
変異型OrfBとしては、以下の(a)又は(b)に記載の蛋白質が挙げられる。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、6番目、65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基の少なくとも1が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列からなる蛋白質
(b)OrfBホモログのアミノ酸配列において、該アミノ酸配列と配列番号2で表されるアミノ酸配列とをアライメントしたときに、配列番号2で表されるアミノ酸配列の6番目、65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基に対応するアミノ酸残基の少なくとも1が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列からなる蛋白質。
【0051】
前記(a)の蛋白質について、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、少なくとも230番目のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されていることが好ましく、230番目のアミノ酸残基に加えて、さらに6番目、65番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基から選ばれる少なくとも1が他のアミノ酸残基に置換されていることがより好ましく、6番目及び230番目のアミノ酸残基、65番目及び230番目のアミノ酸残基、6番目、65番目及び230番目のアミノ酸残基又は65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されていることが特に好ましい。
【0052】
また、前記(b)の蛋白質について、OrfBホモログのアミノ酸配列において、OrfBホモログのアミノ酸配列と配列番号2で表されるアミノ酸配列とをアライメントしたときに、少なくとも配列番号2で表されるアミノ酸配列の230番目のアミノ酸残基に対応するアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されていることが好ましく、230番目のアミノ酸残基に対応するアミノ酸残基に加えて、さらに6番目、65番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基に対応するアミノ酸残基から選ばれる少なくとも1が他のアミノ酸残基に置換されていることがより好ましく、6番目及び230番目のアミノ酸残基、65番目及び230番目のアミノ酸残基、6番目、65番目及び230番目のアミノ酸残基又は65番目、230番目、231番目及び275番目のアミノ酸残基に対応するアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されていることが特に好ましい。
【0053】
OrfBホモログとは、配列番号2で表されるアミノ酸配列と高い相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するOrfBと構造及び機能が類似することにより、該蛋白質をコードする遺伝子が進化上の起源を元の蛋白質をコードする遺伝子と同一にすると考えられる、自然界に存在する生物が有する蛋白質をいう。
【0054】
OrfBホモログの具体例としては、配列番号27で表されるPhotobacterium profundum由来のPhoC、配列番号28で表されるShewanella oneidensis由来のEpaC、配列番号29で表されるMoritella marina由来のDhaC、配列番号30で表されるAureispira marina由来のAraC、配列番号31で表されるSchizochytrium sp.(ATCC20888)由来のOrfB等が挙げられる。OrfBとOrfBホモログとのアミノ酸配列のアライメントの結果の一例を図2に示す。
【0055】
アミノ酸配列のアライメントは、公知のアライメントプログラムClustalW[Nucelic Acids Research 22,4673,(1994)]を用いて作成し得る。ClustalWは、http://www.ebi.ac.uk/clustalw/(European Bioinformatics Institute)より利用できる。ClustalWを用いてアライメントを作成する際のパラメータは、例えばデフォルトの値を用いる。
【0056】
変異型OrfBとしては、より好ましくは、上記(a)又は(b)記載の蛋白質のアミノ酸配列において、下記アミノ酸残基の置換の少なくとも1がなされた蛋白質が挙げられる。
(i)配列番号2のアミノ酸配列の6番目のアミノ酸残基又はOrfBホモログのアミノ酸配列の該アミノ酸残基に対応するアミノ酸残基がセリンに置換
(ii)配列番号2のアミノ酸配列の65番目のアミノ酸残基又はOrfBホモログのアミノ酸配列の該アミノ酸残基に対応するアミノ酸残基がロイシンに置換
(iii)配列番号2のアミノ酸配列の230番目のアミノ酸残基又はOrfBホモログのアミノ酸配列の該アミノ酸残基に対応するアミノ酸残基がロイシン、L-トリプトファン、L-アスパラギン、グリシン、L-アスパラギン酸又はL-アラニンに置換
(iv)配列番号2のアミノ酸配列の231番目のアミノ酸残基又はOrfBホモログのアミノ酸配列の該アミノ酸残基に対応するアミノ酸残基がスレオニンに置換
(v)配列番号2のアミノ酸配列の275番目のアミノ酸残基又はOrfBホモログのアミノ酸配列の該アミノ酸残基に対応するアミノ酸残基がグリシンに置換
【0057】
上記置換後のアミノ酸残基は相互に置換可能なアミノ酸としてもよい。以下に、相互に置換可能なアミノ酸の例を示す。同一群に含まれるアミノ酸は相互に置換可能である。
A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2-アミノブタン酸、メチオニン、O-メチルセリン、t-ブチルグリシン、t-ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン
B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2-アミノアジピン酸、2-アミノスベリン酸
C群:アスパラギン、グルタミン
D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4-ジアミノブタン酸、2,3-ジアミノプロピオン酸
E群:プロリン、3-ヒドロキシプロリン、4-ヒドロキシプロリン
F群:セリン、スレオニン、ホモセリン
G群:フェニルアラニン、チロシン
【0058】
上記置換されるアミノ酸は天然型と非天然型とを問わない。天然型アミノ酸としては、L-アラニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-グルタミン、L-グルタミン酸、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-アルギニン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリン、L-システインなどが挙げられる。
【0059】
〔微生物の造成方法〕
DHAを生産する能力を有する微生物に変異型OrfB又は変異型OrfBホモログを発現させる方法としては、例えば、以下の(I)及び(II)が挙げられる。
(I)DHAを生産する能力を有する微生物に、変異型OrfB又は変異型OrfBホモログをコードする外来の遺伝子を導入する。
(II)DHAを生産する能力を有する微生物における内因性のOrfB又はOrfBホモログをコードする遺伝子に変異を導入する。
【0060】
前記(I)について、変異型OrfB又は変異型OrfBホモログをコードする外来の遺伝子の導入としては、自律複製可能なプラスミドとして当該宿主生物の細胞中に存在する場合、該細胞中の置換対象の遺伝子を対応する外来の遺伝子と置換する場合、変異型OrfB又は変異型OrfBホモログをコードする外来の遺伝子を当該細胞における染色体DNA中のOrfBをコードする遺伝子とは別の領域に組み込む場合を含む。なお、外来の遺伝子を導入する際には宿主となる微生物のコドン使用頻度を参考に配列の至適化を行うことが好ましい。
【0061】
前記(II)について、例えば、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Third Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(2001)(以下、モレキュラー・クローニング第3版と略す)、Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley&Sons(1987-1997)(以下、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジーと略す)、Nucleic Acids Research,10,6487(1982)、Proc.Natl.Acad.Sci.USA,79,6409(1982)、Gene,34,315(1985)、Nucleic Acids Research,13,4431(1985)、Proc.Natl.Acad.Sci.USA,82,488(1985)等に記載の部位特異的変異導入法を用いて部位特異的変異を導入することにより、内因性のOrfB又はOrfBホモログをコードする遺伝子に変異を導入し得る。
【0062】
本明細書において、「遺伝子」とは、蛋白質のコーディング領域に加え、転写調節領域、プロモーター領域及びターミネーター領域などを含んでもよいDNAをいう。宿主生物に細菌などの原核生物を親株として用いる場合は、該DNAとしては、リボソーム結合領域であるシャイン-ダルガノ(Shine-Dalgarno)配列と開始コドンとの間を適当な距離(例えば6~18塩基)に調節したプラスミドを用いることが好ましい。該DNAにおいては、該DNAの発現に転写終結因子は必ずしも必要ではないが、構造遺伝子の直下に転写終結配列を配置することが好ましい。
【0063】
宿主生物に導入する遺伝子としては、例えば、適当な発現ベクターのプロモーターの下流に挿入した組換え遺伝子とすることにより、宿主細胞に導入し得る。発現ベクターには、プロモーター、転写終結シグナル、形質転換体を選択するための選択マーカー遺伝子(例えば、カナマイシン耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子、カルボキシン耐性遺伝子、ゼオシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子、ロイシン、ヒスチジン、メチオニン、アルギニン、トリプトファン、リジン等のアミノ酸要求変異を相補する遺伝子等、ウラシル、アデニン等の核酸塩基要求性変異を相補する遺伝子等)も含むことができる。ウラシル要求株の場合、マーカー遺伝子としては、例えばオロチジン-5’-リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(ura3遺伝子)、又はオロチジル酸ピロホスホリラーゼ遺伝子(ura5遺伝子)が挙げられる。
【0064】
プロモーターとして、構造性プロモーターであるか調節プロモーターであるかに拘わらず、RNAポリメラーゼをDNAに結合させ、RNA合成を開始させるDNAの塩基配列と定義される。強いプロモーターとはmRNA合成を高頻度で開始させるプロモーターであり、好適に使用される。lac系、trp系、TAC又はTRC系、λファージの主要オペレーター及びプロモーター領域、fdコートタンパク質の制御領域、解糖系酵素(例えば、3-ホスホグリセレートキナーゼ、グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素)、グルタミン酸デカルボキシラーゼA、セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼに対するプロモーター等が、その宿主細胞の性質等に応じて利用可能である。
【0065】
プロモーター及びターミネーター配列のほかに、他の調節エレメントとして、例えば、選択マーカー、増幅シグナル、複製起点などが挙げられる。好ましい調節配列としては、例えば、”Gene Expression Technology:Methods in Enzymology 185”、Academic Press(1990)に記載されている配列が挙げられる。
【0066】
ベクターとして、目的とする遺伝子を発現させることができれば、特に限定されない。ベクターを構築するための試薬類、例えば制限酵素又はライゲーション酵素等の種類についても特に限定されず、市販品を適宜用いることができる。
【0067】
宿主生物として、ラビリンチュラ類微生物を用いる場合のプロモーターとしては、ラビリンチュラ類微生物の細胞中で機能するプロモーターであれば特に限定されず、例えば、アクチンプロモーター、チューブリンプロモーター、Elongation factor Tuプロモーター、解糖系遺伝子の発現プロモーターが挙げられる。
【0068】
親株にエシェリヒア属に属する微生物を用いる場合は、発現ベクターとして、例えば、pColdI(タカラバイオ社製)、pET21a、pCOLADuet-1、pACYCDuet-1、pCDF-1b、pRSF-1b(いずれもノバジェン社製)、pMAL-c2x(ニューイングランドバイオラブス社製)、pGEX-4T-1(ジーイーヘルスケアバイオサイエンス社製)、pTrcHis(インビトロジェン社製)、pSE280(インビトロジェン社製)、pGEMEX-1(プロメガ社製)、pQE-30(キアゲン社製)、pET-3(ノバジェン社製)、pTrc99A(ジーイーヘルスケアバイオサイエンス社製)、pKYP10(日本国特開昭58-110600号公報)、pKYP200[Agric.Biol.Chem.,48,669(1984)]、pLSA1[Agric.Biol.Chem.,53,277(1989)]、pGEL1[Proc.Natl.Acad.Sci.,USA,82,4306(1985)]、pBluescriptII SK(+)、pBluescriptII KS(-)(ストラタジーン社製)、pTrS30[エシェリヒア・コリ JM109/pTrS30(Ferm BP-5407)より調整]、pTrS32[エシェリヒア・コリ JM109/pTrS32(Ferm BP-5408)より調整]、pTK31[APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY、2007、Vol.73、No.20、p6378-6385]、pPAC31(国際公開第98/12343号)、pUC19[Gene,33,103(1985)]、pSTV28(タカラバイオ社製)、pUC118(タカラバイオ社製)、pPA1(日本国特開昭63-233798号公報)、pHSG298(タカラバイオ社製)、pUC18(タカラバイオ社製)が挙げられる。
【0069】
上記発現ベクターを用いる場合のプロモーターとしては、エシェリヒア属に属する微生物の細胞中で機能するプロモーターであれば特に限定されず、例えば、trpプロモーター(Ptrp)、lacプロモーター(Plac)、PLプロモーター、PRプロモーター、PSEプロモーター、T7プロモーター等の、エシェリヒア・コリやファージ等に由来するプロモーターが挙げられる。また、例えば、Ptrpを2つ直列させたプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、lacT7プロモーター、letIプロモーターのように人為的に設計改変されたプロモーターが挙げられる。
【0070】
親株にコリネ型細菌を用いる場合は、発現ベクターとしては、例えば、pCG1(日本国特開昭57-134500号公報)、pCG2(日本国特開昭58-35197号公報)、pCG4(日本国特開昭57-183799号公報)、pCG11(日本国特開昭57-134500号公報)、pCG116、pCE54、pCB101(いずれも日本国特開昭58-105999号公報)、pCE51、pCE52、pCE53[いずれもMolecular and General Genetics,196,175(1984)]等が挙げられる。
【0071】
前記発現ベクターを用いる場合のプロモーターとしては、コリネ型細菌の細胞中で機能するプロモーターであれば特に限定されず、例えば、P54-6プロモーター[Appl.Microbiol.Biotechnol.,53,674-679(2000)]が挙げられる。
【0072】
親株に酵母菌株を用いる場合には、発現ベクターとしては、例えば、YEp13(ATCC37115)、YEp24(ATCC37051)、YCp51(ATCC37419)、pHS19、pHS15等が挙げられる。
【0073】
前記発現ベクターを用いる場合のプロモーターとしては、酵母菌株の細胞中で機能するプロモーターであれば特に限定されず、例えば、PH05プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、gal 1プロモーター、gal 10プロモーター、ヒートショックポリペプチドプロモーター、MFα1プロモーター、CUP1プロモーター等のプロモーターが挙げられる。
【0074】
組換え遺伝子を宿主生物の染色体に組み込む方法としては、相同組換え法を用いることができる。相同組換え法としては、例えば、導入したい親株内では自律複製できない薬剤耐性遺伝子を有するプラスミドDNAと連結して作製できる相同組換え系を利用して、組換え遺伝子を導入する方法が挙げられる。エシェリヒア・コリで頻用される相同組換えを利用した方法としては、ラムダファージの相同組換え系を利用して、組換え遺伝子を導入する方法[Proc.Natl.Acad.Sci.USA,97,6641-6645(2000)]が挙げられる。
【0075】
さらに、組換え遺伝子と共に染色体上に組み込まれた枯草菌レバンシュークラ―ゼによって大腸菌がシュークロース感受性となることを利用した選択法や、ストレプトマイシン耐性の変異rpsL遺伝子を有する大腸菌に野生型rpsL遺伝子を組み込むことによって大腸菌がストレプトマイシン感受性となることを利用した選択法[Mol.Microbiol.,55,137(2005)、Biosci.Biotechnol.Biochem.,71,2905(2007)]等を用いて、親株の染色体DNA上の目的の領域が組換え体DNAに置換された微生物を取得できる。
【0076】
また、相同組換え法としては、例えば、アグロバクテリウムを介したATMT法[Appl.Environ.Microbiol.,(2009),vol.75,p.5529-5535]が挙げられる。さらに、目的の形質を安定して保持する形質転換体を得ることができれば、ATMT法の改良法等を含み、これらに限定されない。
【0077】
導入する遺伝子を宿主生物において自律複製可能なプラスミドとして導入させる方法としては、例えば、カルシウムイオンを用いる方法[Proc.Natl.Acad.Sci.,USA,69,2110(1972)]、プロトプラスト法(日本国特開昭63-248394号公報)、エレクトロポレーション法[Nucleic Acids Res.,16,6127(1988)]等の方法が挙げられる。
【0078】
上記した方法により取得した微生物が目的の微生物であることは、該微生物を培養し、その培養物に蓄積されたEPAをガスクロマトグラフィーで検出することで、確認できる。
【0079】
本発明の微生物は、例えば、20℃にて48時間培養した時に産生される最終産物(PUFA)におけるEPA/DHA比が、実施例において後述するガスクロマトグラフィー質量分析法で測定したときに、0.1以上であることが好ましく、より好ましくは0.2以上、さらに好ましくは0.5以上である。
【0080】
〔EPA又はEPA含有組成物の製造法〕
本発明は、上記造成された微生物を培地に培養し、培養物中にEPA又はEPA含有組成物を生成、蓄積させ、該培養物からEPA又はEPA含有組成物を採取することを特徴とする、EPA又はEPA含有組成物の製造法(以下、本発明の製造法という。)を含む。
【0081】
EPA含有組成物は、例えば、EPA含有油脂又はEPA含有リン脂質を、好ましくはEPA含有油脂が挙げられる。該微生物の培養物は、該微生物を適当な培地に接種して、常法にしたがって培養することにより得られる。
【0082】
培地としては、炭素源、窒素源及び無機塩等を含む公知の培地をいずれも使用できる。例えば、炭素源としてはグルコース、フルクトース、ガラクトース等の炭水化物の他、オレイン酸、大豆油などの油脂類や、グリセロール、酢酸ナトリウムなどが例示できる。これらの炭素源は、例えば、培地1リットル当たり20~300gの濃度で使用できる。特に好ましい態様によれば、初発の炭素源を消費した後に、炭素源をフィードすることにより引き続き培養できる。このような条件で培養することにより、消費させる炭素源の量を増大させて、EPA含有組成物の生産量を向上できる。
【0083】
また、窒素源としては、例えば、酵母エキス、コーンスティープリカー、ポリペプトン、グルタミン酸ナトリウム、尿素等の有機窒素、又は酢酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、アンモニア等の無機窒素が挙げられる。無機塩としては、リン酸カリウム等を適宜組み合わせて使用できる。
【0084】
上記の各成分を含有する培地は、適当な酸又は塩基を加えることによりpHを4.0~9.5の範囲内に調整した後、オートクレーブにより殺菌して使用することが好ましい。培養温度は、一般的には10~45℃であり、好ましくは20~37℃である。培養温度は、EPA含有組成物を生産しうる培養温度に制御することが好ましい。培養時のpHは、一般的には3.5~9.5であり、好ましくは4.5~9.5である。特に好ましいpHは目的によって異なり、油脂を多く生産するためには、pH5.0~8.0である。
【0085】
培養時間は、例えば2~7日間とすることができ、通気攪拌培養等で培養を行うことができる。培養物から培養液と微生物とを分離する方法は、当業者により公知の常法により行うことができ、例えば、遠心分離法や濾過等により行うことができる。上記の培養物から分離した微生物を、例えば超音波やダイノミルなどによって破砕した後、例えば、クロロホルム、ヘキサン、ブタノール等による溶媒抽出を行うことにより、EPA含有組成物が得られる。
【0086】
上記の製造法で製造されるEPA含有組成物は、例えば、低温溶媒分別法[高橋是太郎,油化学,40:931-941(1991)]、又はリパーゼ等の加水分解酵素で短鎖の脂肪酸を遊離除去する方法[高橋是太郎,油化学,40:931-941(1991)]等の方法により、EPA含有組成物を濃縮して、EPA含量が高いEPA含有組成物を得ることができる。
【0087】
EPA含有組成物からEPAを分離して採取することにより、EPAを製造することができる。例えば、加水分解法によりEPA含有組成物からEPAを含有する混合脂肪酸を調整した後、例えば、尿素付加法、冷却分離法、高速液体クロマトグラフィー法又は超臨界クロマトグラフィー法などにより、EPAを分離して採取することにより、EPAを製造できる。
【0088】
また、EPA含有組成物からEPAアルキルエステルを分離して採取することにより、EPAアルキルエステルを製造できる。EPAアルキルエステルは、EPAアルキルエステルであれば特に限定されないが、好ましくは、EPAエチルエステルが挙げられる。
【0089】
EPA含有組成物からEPAアルキルエステルを分離して採取するには、例えばアルコーリシス法によりEPA含有組成物からEPAアルキルエステルを含有する混合脂肪酸アルキルエステルを調整した後、例えば、尿素付加法、冷却分離法、高速液体クロマトグラフィー法又は超臨界クロマトグラフィー法等により、EPAアルキルエステルを分離して採取することにより行うことができる。
【実施例0090】
以下に実施例を示すが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0091】
[実施例1]
変異型OrfBを生産する大腸菌を用いたEPAの製造-1
(1)各発現プラスミドの造成
[OrfA蛋白質発現プラスミドの造成]
林ら(Sci.Rep.,2016,6,35441)と同様の方法により、Schizochytrium sp.(ATCC20888)株由来のOrfA蛋白質をコードするDNA(配列番号4で表わされる塩基配列からなるDNA)を有する発現プラスミドpET21-orfAを得た。
【0092】
[OrfC蛋白質発現プラスミドの造成]
常法により抽出したAuranctiochytrium sp.OH4株のゲノムDNAを鋳型に、配列番号7及び8で表わされるプライマーを用いてPCRを行い、OrfC蛋白質をコードするDNA(配列番号3で表わされる塩基配列からなるDNA)を含むDNA断片を得た。得られたDNA及び大腸菌ベクターpCOLADuet-1 (メルクミリポア社製)を制限酵素NdeI及びMfeIでそれぞれ処理し、得られた制限酵素処理断片をライゲーションすることにより、Auranctiochytrium sp.OH4株由来のOrfC蛋白質の発現プラスミドpCOLA-OH4_orfCを得た。
【0093】
[HetI蛋白質発現プラスミドの造成]
林ら(Sci.Rep.,2016,6,35441)と同様の方法により、Nostoc sp. PCC7120(ATCC27893)株由来のHetI蛋白質をコードするDNA(配列番号5で表わされる塩基配列からなるDNA)を有する発現プラスミドpSTV-hetIを得た。
【0094】
(2)変異型OrfBをコードするDNAライブラリーの構築
[野生型OrfB発現プラスミドの造成]
Schizochytrium sp.(ATCC20888)株由来のOrfB発現プラスミドpCDF-orfB1(Sci.Rep.,2016,6,35441)をAgeIで処理してAgeI処理断片を取得し、Blunting highキット(東洋紡社製)を用いて該AgeI処理断片の末端を平滑化したのちセルフライゲーションした。これより、pCDF-orfB1のT7ターミネーター下流のAgeI認識配列が削除されたpCDF-orfB1’を得た。
【0095】
続いて、常法により抽出したAurantiochytrium sp.OH4株のゲノムDNAを鋳型に、配列番号9、10、11及び12で表わされるプライマーを用いてオーバーラップエクステンションPCRを行い、OrfBをコードするDNA(配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA)を含むDNA断片を増幅した。当該増幅したDNA断片においては、コーディング領域の4713番目の塩基が、アデニンからチミジンに置換されており、NdeI認識配列(4712~4717番目の塩基配列)が削除されている。得られたDNA断片及びpCDF-orfB1’を制限酵素NdeI及びEcoRIでそれぞれ処理し、得られた制限酵素処理断片をライゲーションすることによりpCDF-OH4_orfBを得た。
【0096】
続いて、pCDF-OH4_orfBを鋳型に、配列番号9、12、13及び14で表わされるプライマーを用いてオーバーラップエクステンションPCRを行い、OrfBをコードするDNAを含むDNA断片を増幅した。当該DNA断片においては、コーディング領域の2625番目の塩基が、グアニンからアデニンに置換され、2623~2628番目の塩基配列にSphI認識配列が導入されている。得られたDNA断片及びpCDF-orfB1’を制限酵素NdeI及びEcoRIでそれぞれ処理し、得られた制限酵素処理断片をライゲーションすることにより、Auranctiochytrium sp.OH4株由来の野生型OrfBを発現するプラスミドpCDF-OH4_orfBsを得た。
【0097】
[変異型OrfBをコードするDNAライブラリーの構築]
続いて、pCDF-OH4_orfBsを鋳型とし、配列番号15及び16で表わされるプライマーを用い、TaKaRa Taq Hot Start Version(タカラバイオ社製)を用いてエラープローンPCRを行った。エラープローンPCRにおいては、変異を誘発するため、PCR反応液中のMgClの濃度を5mMとした。
【0098】
エラープローンPCRによって得られたDNA断片を精製後、制限酵素NdeI及びAgeIで処理し、同一の制限酵素処理を行ったpCDF-OH4_orfBsとライゲーションした。これより、変異型OrfBをコードするDNAライブラリーを構築した。
【0099】
(3)EPAの生産性評価
林ら(Sci.Rep.,2016,6,35441)と同様の方法で、アシル-CoAデヒドロゲナーゼFadE(配列番号6で表わされるアミノ酸配列からなる蛋白質)をコードする遺伝子が欠失した大腸菌BLR(DE3)ΔfadE株を造成した。
【0100】
pET21-orfA、pCOLA-OH4_orfC及びpSTV-hetI、並びにpCDF-OH4_orfBs又は変異型OrfBをコードするDNAライブラリーで、大腸菌BLR(DE3)ΔfadE株を形質転換した。
【0101】
得られた大腸菌を、アンピシリン100mg/L、カナマイシン20mg/L、クロラムフェニコール30mg/L、ストレプトマイシン20mg/Lを含むTerrific Broth培地(べクトン・ディッキンソンアンドカンパニー社製)2mLへ植菌し、30℃にて16時間振とう培養を行った。
【0102】
得られた培養液1mLを、新たに調製した、アンピシリン100mg/L、カナマイシン20mg/L、クロラムフェニコール30mg/L、ストレプトマイシン20mg/L、1mM IPTGを含むTerrific Broth培地(べクトン・ディッキンソンアンドカンパニー社製)20mLの入った200mL羽根つきフラスコに植菌し、230rpm、20℃にて48時間培養した。
【0103】
培養後、培養液を採取し、Bligh―Dyer法[Bligh,e.G.and Dyer,W.J.(1959)Can.J.Biochem.Physiol.37,911-917]にて脂質抽出した後、三フッ化ホウ素・メタノール溶液にて脂肪酸をメチル化し、ガスクロマトグラフィー質量分析法にて分析した。ガスクロマトグラフィー質量分析法でDHAメチルエステル、EPAメチルエステルに相当するピークのエリア面積から培養液中のDHAとEPAの存在量を算出し、さらにEPAとDHAの存在比についても計算した。
【0104】
その結果、野生型のOrfBを生産する大腸菌はEPAを生産しなかったのに対し、変異型OrfBをコードするDNAライブラリーで形質転換した大腸菌において、EPAを生産した株が確認された。
【0105】
当該EPAを生産した大腸菌が生産する変異型OrfBをコードするDNAの塩基配列を決定したところ、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換されていた。
【0106】
(4)さらなる変異型OrfBの取得
さらに、230番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換されているアミノ酸配列からなる変異型OrfBをコードするDNAを鋳型として、前記と同様の方法でエラープローンPCRを行い、前記と同様の方法で大腸菌BLR(DE3)ΔfadE株に導入し、EPAの生産性を確認した。
【0107】
その結果、前記で取得した、230番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換されているアミノ酸配列からなる変異型OrfBを生産する大腸菌よりも、さらにEPAの生産性が向上した株が確認された。
【0108】
EPAの生産性が向上した大腸菌が発現する変異型OrfBをコードするDNAの塩基配列を決定したところ、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換されていたのに加え、6番目のL-アスパラギンがL-セリンに、65番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換されていた。
【0109】
上記培養液中のEPA、DHA及びDPAを測定した結果のまとめを表1に示す。
【0110】
【表1】
【0111】
表1に示すとおり、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基をL-ロイシンに置換した変異型OrfB、又は6番目のアミノ酸残基をL-セリンに、65番目のアミノ酸残基をL-ロイシンに、及び230番目のアミノ酸残基をL-ロイシンに置換した変異型OrfBを生産する大腸菌を用いることにより、野生型のOrfBを生産する大腸菌を用いた場合に比べ、効率的にEPAを製造できることがわかった。
【0112】
[実施例2]
変異型OrfBを生産する大腸菌を用いたEPAの製造-2
(1)各発現プラスミドの造成
実施例1(2)で取得したpCDF-OH4_orfBを鋳型に、配列番号9及び17で表わされるプライマーを用いてPCRを行い、OrfBのKSドメインのN末端領域をコードするDNAを含むDNA断片を増幅した。
【0113】
また、pCDF-OH4_orfBを鋳型に、配列番号16で表わされるプライマー及び配列番号18、19、20、21又は22で表わされるプライマーを用いてPCRを行い、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基がL-トリプトファン、L-アスパラギン、グリシン、L-アスパラギン酸又はL-アラニンに置換された変異型OrfBのKSドメインのC末端領域をコードするDNAを含むDNA断片を増幅した。
【0114】
取得した、KSドメインのN末端領域又はC末端領域をコードするDNA断片並びに配列番号9及び16で表わされるプライマーを用いてオーバーラップエクステンションPCRを行い、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基がL-トリプトファン、L-アスパラギン、グリシン、L-アスパラギン酸又はL-アラニンに置換された変異型OrfBのKSドメインの全長をコードするDNAを含むDNA断片を取得した。
【0115】
当該DNA断片及びpCDF-OH4_orfBsを制限酵素NdeI及びAgeIでそれぞれ処理し、得られた制限酵素処理断片をライゲーションすることにより、pCDF-OH4_orfB-F230W、pCDF-OH4_orfB-F230N、pCDF-OH4_orfB-F230G、pCDF-OH4_orfB-F230D及びpCDF-OH4_orfB-F230Aを得た。
【0116】
また、実施例1(3)で取得した大腸菌より、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基がL-ロイシンに置換されている変異型OrfBをコードするDNAを有するプラスミドpCDF-OH4_orfB-F230Lを取得した。
【0117】
(2)EPAの製造
pET21-orfA、pCOLA-OH4_orfC及びpSTV-hetI、並びに野生型OrfB又は6種類の変異型OrfBの発現プラスミド(pCDF-OH4_orfBs、pCDF-OH4_orfB-F230L、pCDF-OH4_orfB-F230W、pCDF-OH4_orfB-F230N、pCDF-OH4_orfB-F230G、pCDF-OH4_orfB-F230D又はpCDF-OH4_orfB-F230A)で大腸菌BLR(DE3)ΔfadE株を形質転換した。
【0118】
得られた大腸菌を、アンピシリン100mg/L、カナマイシン20mg/L、クロラムフェニコール30mg/L、ストレプトマイシン20mg/Lを含むTerrific Broth培地(べクトン・ディッキンソンアンドカンパニー社製)2mLへ植菌し、30℃にて16時間振とう培養を行った。
【0119】
得られた培養液1mLを、新たに調製した、アンピシリン100mg/L、カナマイシン20mg/L、クロラムフェニコール30mg/L、ストレプトマイシン20mg/L、1mM IPTGを含むTerrific Broth培地(べクトン・ディッキンソンアンドカンパニー社製)20mLが入った200mL羽根つきフラスコに植菌し、230rpm、20℃にて48時間培養した。
【0120】
培養後、培養液を採取し、Bligh―Dyer法にて脂質抽出した後、三フッ化ホウ素・メタノール溶液にて脂肪酸をメチル化し、ガスクロマトグラフィー質量分析法にて分析した。
【0121】
培養液中のEPA、DHA及びDPAを測定した結果を表2に示す。
【0122】
【表2】
【0123】
表2に示すとおり、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基をL-ロイシンに置換した変異型OrfBを用いたときと同様、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基をL-トリプトファン、L-アスパラギン、グリシン、L-アスパラギン酸又はL-アラニンに置換した変異型OrfBを生産する大腸菌を用いても、野生型のOrfBを生産する大腸菌を用いた場合に比べ、効率的にEPAを製造できることがわかった。
【0124】
[実施例3]
変異型OrfBを生産する大腸菌を用いたEPAの製造-3
(1)各発現プラスミドの造成
[pCDF-OH4_orfB-N6S-F230Lの造成]
pCDF-OH4_orfB-F230Lを鋳型に、配列番号23及び16で表わされるプライマーを用いてPCRを行い、OrfBのKSドメインをコードするDNAを含むDNA断片を得た。得られたDNA断片及びpCDF-OH4_orfB-F230Lを制限酵素NdeI及びAgeIでそれぞれ処理し、得られた制限酵素処理断片をライゲーションすることにより、pCDF-OH4_orfB-N6S-F230Lを得た。
【0125】
pCDF-OH4_orfB-N6S-F230Lは、Auranctiochytrium sp.OH4株由来のOrfBのアミノ酸配列のうち6番目のアミノ酸残基がL-セリンに、230番目のアミノ酸残基がL-ロイシンに置換されたアミノ酸配列をコードするDNAを有する。
【0126】
[pCDF-OH4_orfB-F65L-F230Lの造成]
pCDF-OH4_orfB-F230Lを鋳型に、配列番号24、25、26及び16で表わされるプライマーを用いてオーバーラップエクステンションPCRを行い、OrfBのKSドメインをコードするDNAを含むDNA断片を得た。得られたDNA断片及びpCDF-OH4_orfB-F230Lを制限酵素NdeI及びAgeIでそれぞれ処理し、得られた制限酵素処理断片をライゲーションすることにより、pCDF-OH4_orfB-F65L-F230Lを得た。
【0127】
pCDF-OH4_orfB-F65L-F230Lは、Auranctiochytrium sp.OH4株由来のOrfBのアミノ酸配列のうち65番目のアミノ酸残基がL-ロイシンに、230番目のアミノ酸残基がL-ロイシンに置換されたアミノ酸配列をコードするDNAを有する。
【0128】
[pCDF-OH4_orfB-N6S-F65L-F230Lの造成]
実施例1(4)で取得した、230番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに、6番目のL-アスパラギンがL-セリンに、65番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換したOrfBを生産する大腸菌よりプラスミドを抽出し、pCDF-OF4_orfB-N6S-F65L-F230Lを得た。
【0129】
pCDF-OF4_orfB-N6S-F65L-F230Lは、Auranctiochytrium sp.OH4株由来のOrfBのアミノ酸配列のうち6番目のアミノ酸残基がL-セリンに、65番目のアミノ酸残基がL-ロイシンに、及び230番目のアミノ酸残基がL-ロイシンに置換されたアミノ酸配列をコードするDNAを有する。
【0130】
(2)EPAの製造
pET21-orfA、pCOLA-OH4_orfC及びpSTV-hetI、並びに野生型OrfB又は4種類の変異型OrfBの発現プラスミド(pCDF-OH4_orfBs、pCDF-OH4_orfB-F230L、pCDF-OH4_orfB-N6S-F230L、pCDF-OH4_orfB-F65L-F230L又はpCDF-OH4_orfB-N6S-F65L-F230L)で大腸菌BLR(DE3)ΔfadE株を形質転換した。
【0131】
得られた大腸菌を、アンピシリン100mg/L、カナマイシン20mg/L、クロラムフェニコール30mg/L、ストレプトマイシン20mg/Lを含むTerrific Broth培地(べクトン・ディッキンソンアンドカンパニー社製)2mLへ植菌し、30℃にて16時間振とう培養を行った。
【0132】
得られた培養液1mLを、新たに調製した、アンピシリン100mg/L、カナマイシン20mg/L、クロラムフェニコール30mg/L、ストレプトマイシン20mg/L、1mM IPTGを含むTerrific Broth培地(べクトン・ディッキンソンアンドカンパニー社製)20mLが入った200mL羽根つきフラスコに植菌し、230rpm、20℃にて48時間培養した。
【0133】
培養後、培養液を採取し、Bligh―Dyer法にて脂質抽出した後、三フッ化ホウ素・メタノール溶液にて脂肪酸をメチル化し、ガスクロマトグラフィー質量分析法にて分析した。
【0134】
培養液中のEPA、DHA及びDPAを測定した結果を表3に示す。
【0135】
【表3】
【0136】
表3に示すとおり、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基に加え、6番目のアミノ酸残基及び/又は65番目のアミノ酸残基をそれぞれL-セリン、L-ロイシンに置換した変異型OrfBを生産する大腸菌を用いると、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基がL-ロイシンに置換した変異型OrfBを生産する大腸菌を用いた場合と比べ、より効率的にEPAを製造できることがわかった。
【0137】
[実施例4]
変異型OrfBを生産する大腸菌を用いたEPAの製造-4
実施例3で取得した、230番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに、65番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換されているアミノ酸配列からなる変異型OrfBをコードするDNAを鋳型として、実施例1(2)と同様の方法でエラープローンPCRを行い、実施例1(3)と同様の方法で大腸菌BLR(DE3)ΔfadE株に導入し、EPAの生産性を確認した。
【0138】
その結果、230番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに、65番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換されているアミノ酸配列からなる変異型OrfBを生産する大腸菌よりも、さらにEPAの生産性が向上した株が確認された。
【0139】
EPAの生産性が向上した大腸菌が発現する変異型OrfBをコードするDNAの塩基配列を決定したところ、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに、65番目のL-フェニルアラニンがL-ロイシンに置換されていたのに加え、231番目のL-イソロイシンがL-スレオニンに、275番目のL-アスパラギン酸がL-グリシンに置換されていた。
【0140】
上記培養液中のEPA、DHA及びDPAを測定した結果のまとめを表4に示す。
【0141】
【表4】
【0142】
表4に示すとおり、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基及び65番目のアミノ酸残基に加え、231番目のアミノ酸残基がL-スレオニンに、275番目のアミノ酸残基がグリシンに置換した変異型OrfBを生産する大腸菌を用いると、OrfBのアミノ酸配列のうち230番目のアミノ酸残基及び65番目のアミノ酸残基がそれぞれL-ロイシンに置換した変異型OrfBを生産する大腸菌を用いた場合と比べ、より効率的にEPAを製造できることがわかった。
【0143】
本発明を特定の態様を参照して詳細に説明したが、本発明の精神と範囲を離れることなく様々な変更および修正が可能であることは、当業者にとって明らかである。なお、本出願は、2018年8月10日付けで出願された日本特許出願(特願2018-151234)に基づいており、その全体が引用により援用される。また、ここに引用されるすべての参照は全体として取り込まれる。
図1
図2
【配列表】
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