(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024032130
(43)【公開日】2024-03-12
(54)【発明の名称】寛骨臼補強インプラントおよび寛骨臼補強インプラントキット
(51)【国際特許分類】
A61F 2/34 20060101AFI20240305BHJP
【FI】
A61F2/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022135610
(22)【出願日】2022-08-29
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(71)【出願人】
【識別番号】508282465
【氏名又は名称】帝人ナカシマメディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加畑 多文
(72)【発明者】
【氏名】上野 琢郎
(72)【発明者】
【氏名】高橋 広幸
【テーマコード(参考)】
4C097
【Fターム(参考)】
4C097AA06
4C097BB01
4C097BB09
4C097CC01
4C097CC05
4C097DD01
4C097SC06
(57)【要約】
【課題】骨盤への取り付けを容易に行うことができる寛骨臼補強インプラントを提供する。
【解決手段】一実施形態に係る寛骨臼補強インプラント1は、寛骨臼92に相当する球面に沿って湾曲するとともに互いに交差する縦フレームおよび横フレームを含むドーム部2と、前記縦フレームから上向きに折れ曲がる、腸骨91にネジ止めされるフラットなパレット部3と、前記縦フレームから下向きに延びる、閉鎖孔に係合されるフック部4を含む。寛骨臼補強インプラント1が骨盤9に取り付けられたときに、パレット部3が骨盤9の内外方向と直交し、かつ、パレット部3に沿う平面上に縦フレーム21の中心線21aを投影した縦軸1Aが前骨盤平面と平行となるように、フック部4が前記縦フレームに対して骨盤9の前方に向かって傾斜しているとともに前記縦フレームに対して骨盤9の前方に向かって前記骨盤9の内方に近づくように捻じられている。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨盤に取り付けられる寛骨臼補強インプラントであって、
寛骨臼に相当する球面に沿って湾曲するとともに互いに交差する縦フレームおよび横フレームを含むドーム部と、
前記縦フレームから上向きに折れ曲がる、腸骨にネジ止めされるフラットなパレット部と、
前記縦フレームから下向きに延びる、閉鎖孔に係合されるフック部と、を備え、
前記寛骨臼補強インプラントが前記骨盤に取り付けられたときに、前記パレット部が骨盤の内外方向と直交し、かつ、前記パレット部に沿う平面上に前記縦フレームの中心線を投影した縦軸が前骨盤平面と平行となるように、前記フック部が前記縦フレームに対して骨盤の前方に向かって傾斜しているとともに前記縦フレームに対して骨盤の前方に向かって前記骨盤の内方に近づくように捻じられている、寛骨臼補強インプラント。
【請求項2】
前記パレット部は、前記縦フレームから骨盤の前方に向かって延びている、請求項1に記載の寛骨臼補強インプラント。
【請求項3】
前記パレット部には、複数のスクリュー挿通穴が設けられており、
前記複数のスクリュー挿通穴は、前記縦フレームの上方に位置する第1スクリュー挿通穴と、前記第1スクリュー挿通穴の前方かつ上方に位置する第2スクリュー挿通穴と、前記第2スクリュー挿通穴の前方かつ下方に位置する第3スクリュー挿通穴と、前記第3スクリュー挿通穴の前方かつ下方に位置する第4スクリュー挿通穴を含む、請求項2に記載の寛骨臼補強インプラント。
【請求項4】
前記パレット部には、複数のスクリュー挿通穴と、前記複数のスクリュー挿通穴よりも直径の小さな、少なくとも1つのワイヤー挿通穴が設けられている、請求項1~3の何れか一項に記載の寛骨臼補強インプラント。
【請求項5】
前記縦フレームに対する前記フック部の傾斜角度は10度以上30度以下であり、
前記縦フレームに対する前記フック部の捻じれ角度は5度以上15度以下である、請求項1~3の何れか一項に記載の寛骨臼補強インプラント。
【請求項6】
前記横フレームは、骨盤の前後方向において、前記縦フレームの前方に位置する前枝と、前記縦フレームの後方に位置する後枝を有し、
前記前枝は前記後枝よりも短い、請求項1~3の何れか一項に記載の寛骨臼補強インプラント。
【請求項7】
前記縦フレームの幅方向における前記前枝の長さは、前記球面の直径の30%以上50%未満であり、
前記縦フレームの幅方向における前記後枝の長さは、前記球面の直径の40%以上50%以下である、請求項6に記載の寛骨臼補強インプラント。
【請求項8】
請求項1~3の何れか一項に記載の寛骨臼補強インプラントと、
前記寛骨臼補強インプラントの前記パレット部と前記腸骨との間に介在する樹脂製のオーギュメントと、
前記寛骨臼補強インプラントの前記ドーム部にセメントで固定される半球状のライナーと、
を備える、寛骨臼補強インプラントキット。
【請求項9】
前記寛骨臼補強インプラントの前記パレット部に装着可能な、前記ライナーの設置角度を決定するための設置ガイドをさらに備える、請求項8に記載の寛骨臼補強インプラントキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、寛骨臼補強インプラント、およびこの寛骨臼補強インプラントを含む寛骨臼補強インプラントキットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、変形性股関節症や大腿骨頭壊死などの病気により股関節が高度に破壊されたときに、破壊された股関節を人工股関節に入れ替える全人工股関節置換術(Total Hip Arthroplasty:THA)が行われている。このTHAでは、寛骨臼に略半球状のソケットが取り付けられることもあるし、寛骨臼を補強し再建するための寛骨臼補強インプラントが骨盤に取り付けられることもある。なお、寛骨臼補強インプラントは、THAで寛骨臼に取り付けられたソケットが破綻した際にも再置換用として使用されることがある。
【0003】
例えば、非特許文献1には、
図8に示すような寛骨臼補強インプラント100が開示されている。この寛骨臼補強インプラント100は、ドーム部110、パレット部120およびフック部130を含む。
【0004】
ドーム部110は、寛骨臼に相当する球面に沿って湾曲するとともに互いに交差する縦フレーム111および横フレーム112を含む。パレット部120は、ドーム部110の縦フレーム111から上向きに折れ曲がっている。パレット部120はフラットであり、腸骨にネジ止めされる。フック部130は、ドーム部110の縦フレーム111から下向きに延びている。フック部130は、閉鎖孔に係合される。
【0005】
寛骨臼補強インプラント100は、左足用としても右足用としても使用できるように、ドーム部110の縦フレーム111の中心線に対して対称な形状を有している。
【0006】
また、非特許文献2には、
図8に示す寛骨臼補強インプラント100に対して、横フレーム112が縦フレーム111の中心線に対して非対称となった点のみが異なる寛骨臼補強インプラントが開示されている。具体的に、この寛骨臼補強インプラントでは、ドーム部110の内側から見たときに横フレーム112における縦フレーム111の左側に位置する部分(左足用では前枝、右足用では後枝)の長さと右側に位置する部分(左足用では後枝、右足用では前枝)の長さが、左足用と右足用とで異なっている。すなわち、左足用の寛骨臼補強インプラントでも右足用の寛骨臼補強インプラントでも、前枝が後枝よりも短く設定されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】エマニュエル・ギボン(Emmanuel Gibon)、外3名、「重度の寛骨臼欠損に対する同種移植に関連する寛骨臼補強リング(Acetabular reinforcement rings associated with allograft for severe acetabular defects)」、インターナショナル・オルソペディクス(International Orthopaedics)、2018年9月13日
【非特許文献2】田中千晶(Chiaki Tanaka)、外3名、「Kerboull型臼蓋補強器具とハイドロキシアパタイト顆粒を用いた臼蓋再建:3~8年後の追跡調査(Acetabular reconstruction using a Kerboull-type acetabular reinforcement device and hydroxyapatite granules: a 3- to 8-year follow-up study)」、ジャーナル・オブ・アルスロプラスティー(Journal of Arthroplasty)、2003年9月1日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述したような全体的に対称な形状の寛骨臼補強インプラント100および横フレーム112を除いて対称な形状の寛骨臼補強インプラントは解剖学的に骨盤に適合するように設計されていないため、しばしば設置が困難である。しかも、全体的にまたは横フレームを除いて対称な形状の寛骨臼補強インプラントを骨盤に取り付けるには、技術と経験が必要である。
【0009】
そこで、本発明は、骨盤への取り付けを容易に行うことができる寛骨臼補強インプラントを提供することを目的とする。また、本発明は、その寛骨臼補強インプラントを含む寛骨臼補強インプラントキットを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、骨盤に取り付けられる寛骨臼補強インプラントであって、寛骨臼に相当する球面に沿って湾曲するとともに互いに交差する縦フレームおよび横フレームを含むドーム部と、前記縦フレームから上向きに折れ曲がる、腸骨にネジ止めされるフラットなパレット部と、前記縦フレームから下向きに延びる、閉鎖孔に係合されるフック部と、を備え、前記寛骨臼補強インプラントが前記骨盤に取り付けられたときに、前記パレット部が骨盤の内外方向と直交し、かつ、前記パレット部に沿う平面上に前記縦フレームの中心線を投影した縦軸が前骨盤平面と平行となるように、前記フック部が前記縦フレームに対して骨盤の前方に向かって傾斜しているとともに前記縦フレームに対して骨盤の前方に向かって前記骨盤の内方に近づくように捻じられている、寛骨臼補強インプラントを提供する。
【0011】
また、本発明は、上記の寛骨臼補強インプラントと、前記寛骨臼補強インプラントの前記パレット部と前記腸骨との間に介在する樹脂製のオーギュメントと、前記寛骨臼補強インプラントの前記ドーム部にセメントで固定される半球状のライナーと、を備える、寛骨臼補強インプラントキットを提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、骨盤への取り付けを容易に行うことができる寛骨臼補強インプラント、およびその寛骨臼補強インプラントを含む寛骨臼補強インプラントキットが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る寛骨臼補強インプラントの斜視図である。
【
図2】(a)、(b)および(c)は、それぞれ前記寛骨臼補強インプラントの上面図、正面図および下面図である。
【
図3】(a)、(b)および(c)は、それぞれ前記寛骨臼補強インプラントの右側面図、背面図および左側面図である。
【
図4】(a)および(b)は、それぞれ寛骨臼補強インプラントが取り付けられた骨盤の正面図および側面図である。
【
図5】(a)および(b)は、それぞれ寛骨臼補強インプラントキットを説明するための骨盤の正面図および側面図である。
【
図7】(a)~(c)は、寛骨臼補強インプラントキットの使用方法を説明するための図である。
【
図8】従来の寛骨臼補強インプラントの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1、
図2(a)~(c)および
図3(a)~(c)に、本発明の一実施形態に係る寛骨臼補強インプラント1を示す。この寛骨臼補強インプラント1は、
図4(a)および(b)に示すように、骨盤9に取り付けられるものであり、ドーム部2、パレット部3およびフック部4を含む。例えば、寛骨臼補強インプラント1は、チタン合金からなる。
【0015】
本実施形態では、寛骨臼補強インプラント1が左足用である。すなわち、
図2(b)に示すように、ドーム部2の内側から見た正面図において、左側が骨盤9の前方、右側が骨盤9の後方である。ただし、寛骨臼補強インプラント1は、右足用であってもよい。
【0016】
ドーム部2は、寛骨臼92(
図4(a)および(b)参照)に相当する球面10(
図3(a)および(c)参照)に沿って湾曲するとともに互いに交差する縦フレーム21および横フレーム22を含む。縦フレーム21は球面10に沿って湾曲しながら一定の幅で上下方向に延びており、横フレーム22は球面10に沿って湾曲しながら一定の幅で横方向(すなわち、縦フレーム21の幅方向)に延びている。
【0017】
横フレーム22は、骨盤9の前後方向において、縦フレーム21の前方に位置する前枝23と、縦フレーム21の後方に位置する後枝24を含む。本実施形態では、前枝23が後枝24よりも短い。例えば、縦フレーム21の幅方向における前枝23の長さL1(
図2(b)参照)は、球面10の直径の30%以上50%未満であり、縦フレーム21の幅方向における後枝24の長さL2(
図2(b)参照)は、球面10の直径の40%以上50%%以下である。
【0018】
図8に示す従来の対称な形状の寛骨臼補強インプラント100では、前枝が寛骨臼から突出して前方に存在する腸腰筋腱に悪影響を及ぼすおそれがあった。これに対し、本実施形態のように前枝23が後枝24よりも短ければ、前枝23が寛骨臼92から突出することを抑制することができる。特に、前枝23および後枝24の長さを上述したように設定すれば、寛骨臼92からの前枝23の突出を極力防止することができる。ただし、前枝23および後枝24の双方の長さが短い場合は、前枝23は後枝24と同じ長さであってもよい。
【0019】
さらに、ドーム部2は、前枝23の上方で縦フレーム21から球面10に沿って湾曲しながら横方向に張り出す小前枝25と、後枝24の上方で縦フレーム21から球面10に沿って湾曲しながら横方向に張り出す小後枝26を含む。これらの小前枝25および小後枝26は、互いに同程度の長さを有する。
【0020】
パレット部3は、ドーム部2の縦フレーム21から上向きに折れ曲がっている。パレット部3はフラットであり、腸骨91(
図4(a)および(b)参照)にネジ止めされる。パレット部3には、腸骨91にねじ込まれるスクリューに挿通される複数のスクリュー挿通穴31が設けられている。
【0021】
本実施形態では、パレット部3が縦フレーム21から骨盤9の前方に向かって延びている。換言すれば、パレット部3の中心は、縦フレーム21の中心線21aよりも骨盤9の前方に位置している。より詳しくは、パレット部3は上向きに尖る略ブーメラン状の形状を有し、その一端が縦フレーム21に接続されている。
【0022】
ただし、パレット部3は必ずしも縦フレーム21から骨盤9の前方に向かって延びている必要はなく、パレット部3の中心が縦フレーム21の中心線21aの延長線上に位置してもよい。
【0023】
本実施形態では、スクリュー挿通穴31が、第1スクリュー挿通穴31A、第2スクリュー挿通穴31B、第3スクリュー挿通穴31Cおよび第4スクリュー挿通穴31Dを含む。ただし、スクリュー挿通穴31の数は2つまたは3つであってもよいし、5つ以上であってもよい。
【0024】
第1スクリュー挿通穴31Aは縦フレーム21の上方に位置しており、第2スクリュー挿通穴31Bは第1スクリュー挿通穴31Aの前方かつ上方に位置しており、第3スクリュー挿通穴31Cは第2スクリュー挿通穴31Bの前方かつ下方に位置しており、第4スクリュー挿通穴31Dは第3スクリュー挿通穴31Cの前方かつ下方に位置している。このような構成であれば、第3スクリュー挿通穴31Cまたは第4スクリュー挿通穴31Dにスクリューを挿通することで、下前腸骨棘付近の厚い母床骨を利用して寛骨臼補強インプラント1を強固に固定することができる。
【0025】
さらに、パレット部3には、仮止め用のワイヤーに挿通される少なくとも1つのワイヤー挿通穴32が設けられている。本実施形態では、ワイヤー挿通穴32の数が3つである。各ワイヤー挿通穴32の直径は、スクリュー挿通穴31の直径よりも小さい。1つのワイヤー挿通穴32は第2スクリュー挿通穴31Bの下方であって第1スクリュー挿通穴31Aと第3スクリュー挿通穴31Cの間に位置する。残りの2つのワイヤー挿通穴32は、第3スクリュー挿通穴31Cの上方でパレット部3の輪郭に沿って並んでいる。このような構成であれば、ワイヤー挿通穴32にワイヤーを挿通して寛骨臼補強インプラント1を仮止めすることができる。これにより、寛骨臼補強インプラント1の固定を容易に行うことができる。
【0026】
フック部4は、ドーム部2の縦フレーム21から下向きに延びている。フック部4は、閉鎖孔93(
図4(a)および(b)参照)に係合される。フック部4は、縦フレーム21と連続する板状部が縦フレーム21と逆向きに折り返されることによって形成される。
【0027】
フック部4は、ドーム部2の縦フレーム21に対して骨盤9の前方に向かって傾斜している。また、フック部4は、縦フレーム21に対して骨盤9の前方に向かって骨盤9の内方に近づくように捻じられている。
【0028】
より詳しくは、フック部4の傾斜および捻じれは、
図4(a)および(b)に示すように、寛骨臼補強インプラント1が骨盤9に取り付けられたときに、パレット部3が骨盤9の内外方向と直交し、かつ、パレット部3に沿う平面上に縦フレーム21の中心線21aを投影した縦軸1Aが前骨盤平面(anterior pelvic plane:APP)と平行となるように設定されている。APPは、両上前腸骨棘と恥骨結節を含む平面である。
【0029】
換言すれば、APPに沿った上下方向をX軸、APPに沿った骨盤9の左右方向をY軸、APPと直交する方向をZ軸と定義したとき、寛骨臼補強インプラント1の縦軸1AはY軸と平行であり、寛骨臼補強インプラント1の横軸1B(横軸1Bは、パレット部3に沿う平面上で縦軸1Aと直交する)はZ軸と平行である。
【0030】
例えば、縦フレーム21に対するフック部4の傾斜角度、すなわち縦フレーム21の中心線21aとフック部4の中心線4aとの間の角度θ1(
図2(b)参照)は10度以上30度以下である。例えば、縦フレーム21に対するフック部4の捻じれ角度、すなわち縦フレーム21の幅方向とフック部4の幅方向との間の角度θ2(
図2(a)参照)は5度以上15度以下である。
【0031】
このような寛骨臼補強インプラント1では、寛骨臼補強インプラント1が解剖学的に骨盤9に適合する形状を有するため、寛骨臼補強インプラント1を骨盤9に容易に取り付けることができる。実際に264人の被験者に対して寛骨臼のAPPに対する傾斜を測定したところ、傾斜角度が20~30度の被験者は約36%、傾斜角度が15~25度の被験者は約50%、傾斜角度が10~20度の被験者は約48%であった。従って、上述したように、縦フレーム21に対するフック部4の傾斜角度は10度以上30度以下であることが望ましい。また、同じ264人の被験者に対して閉鎖孔のAPPに対する捻じれを測定したところ、約71%の被験者で閉鎖孔が前方に向かって内向きに捻じられ、約29%の被験者で閉鎖孔が前方に向かって外向きに捻じられていた。また、閉鎖孔が前方に向かって内向きに捻じられている被験者の間での閉鎖孔の捻じれ角度については、平均が8.3度であり、標準偏差が5.9度であった(すなわち、主な分布範囲は8.3±5.9度)。従って、上述したように、フック部4が縦フレーム21に対して骨盤9の前方に向かって骨盤9の内方に近づくように捻じられるとともに、縦フレーム21に対するフック部4の捻じれ角度が5度以上15度以下であることが望ましい。
【0032】
しかも、本実施形態の寛骨臼補強インプラント1では、寛骨臼補強インプラント1の縦軸1AがAPPに沿った上下方向と平行となるので、寛骨臼補強インプラント1自体を骨盤9の解剖学的指標のガイドとして使用することができる。すなわち、寛骨臼補強インプラント1の縦軸1AがAPPに沿った上下方向と平行ように寛骨臼補強インプラント1を設置すれば、寛骨臼補強インプラント1のドーム部2に固定される半球状のライナー8(
図7(c)参照)を術前計画通りの設置角度で設置することが可能となる。このため、股関節の理想的な再建が可能となり、広い関節可動域を実現することができる。その結果、脱臼や寛骨臼補強インプラント1の緩みなどの合併症の発生を低減させる効果が期待される。
【0033】
また、本実施形態では、パレット部3が縦フレーム21から骨盤9の前方に向かって延びているので、腸骨91によるパレット部3の支持面積を広く確保することができる。
【0034】
ここで、本実施形態の寛骨臼補強インプラント1の有用性を確認するために行ったシミュレーションについて説明する。当該シミュレーションでは、寛骨臼補強インプラント1を用いたときと、
図8に示す従来の寛骨臼補強インプラント100を用いたときとで、骨盤に寛骨臼補強インプラントを取り付けたときのインプラント取付角度(インプラントのAPPに対する屈曲・伸展角、APPと垂直な面に対するパレット部の内転・外転角ならびに前捻・後捻角)に、目標角度に対してどれだけのズレが生じるかを検証した。
【0035】
まず、日本人患者約1500症例の骨盤CTデータから、寛骨臼の直径が52mm前後である骨盤を無作為に6例抽出し、そのCTデータから実物大の寛骨臼モデルを3Dプリンターで6体作製した。この6体の寛骨臼モデルに、本実施形態の寛骨臼補強インプラント1(後述する樹脂製のオーギュメント6をパレット部3に装着したもの)と従来の寛骨臼補強インプラント100とを取り付け、インプラント取付角度を計測した。
【0036】
寛骨臼モデルへの寛骨臼補強インプラント1,100の取り付けは、5名の経験の異なる検者(28年目整形外科医師、12年目整形外科医師、7年目整形外科医師、5年目整形外科医師、医学生)が行った。各検者における寛骨臼補強インプラント1,100の寛骨臼モデルへの取り付けは1週間以上の間隔を空けて3回行い、その度にインプラント取付角度を計測した。
【0037】
インプラントの内転・外転角、前捻・後捻角、屈曲・伸展角のいずれも、本実施形態の寛骨臼補強インプラント1の方が従来の寛骨臼補強インプラント100よりも統計学的に有意に精度が高かった(マンホイットニーU検定)。本実施形態の寛骨臼補強インプラント1と従来の寛骨臼補強インプラント100での目標取り付け角度に対する絶対値誤差の平均値は、内転・外転角でそれぞれ0.8±0.7度と3.1±1.7度、前捻・後捻角でそれぞれ5.3±2.4度と11.1±4.0度、屈曲・伸展角でそれぞれ1.5±1.1度と3.1±2.6度であった。
【0038】
また、本実施形態の寛骨臼補強インプラント1の方が従来の寛骨臼補強インプラント100よりも、検者間誤差を表す検者要因の平均平方の値が小さかった。本実施形態の寛骨臼補強インプラント1と従来の寛骨臼補強インプラント100における取り付け角度の平均平方は、内転・外転角でそれぞれ0.82と3.17、前捻・後捻角でそれぞれ0.19と8.51、屈曲・伸展角でそれぞれ33.1と142.0であった。すなわち、本実施形態の寛骨臼補強インプラント1であれば、術者の経験の量にかかわらず、誰が設置しても、取り付け角度の誤差が少ないこともわかった。
【0039】
次に、
図5(a)および(b)、
図6、ならびに
図7(a)~(c)を参照して、寛骨臼補強インプラント1を含む寛骨臼補強インプラントキット5を説明する。
【0040】
寛骨臼補強インプラントキット5は、寛骨臼補強インプラント1の他に、寛骨臼補強インプラント1のパレット部3と腸骨91との間に介在するオーギュメント6と、寛骨臼補強インプラント1のドーム部2にセメントで固定される半球状のライナー8と、ライナー8用の設置ガイド7を含む。
【0041】
オーギュメント6は、例えばポリエチレンなどの樹脂からなる。オーギュメント6は、
図6および
図5(a)中に二点鎖線で示すように、元々はパレット部3に類似する一定の断面形状で延びる柱状の部材であり、術中に適切な厚さに切断される。寛骨臼補強インプラント1のパレット部3から腸骨91までの距離は、術前の3Dテンプレートで計測可能である。
【0042】
このように、寛骨臼補強インプラント1のパレット部3と腸骨91との隙間に合わせてオーギュメント6の厚さを調整することで、寛骨臼補強インプラント1の縦軸1AがAPPに沿った上下方向と平行ように寛骨臼補強インプラント1を設置することができる。
【0043】
切断されたオーギュメント6は、寛骨臼補強インプラント1のパレット部3に裏側から装着される。オーギュメント6には、パレット部3のスクリュー挿通穴31と対応する位置に、腸骨91にねじ込まれるスクリューに挿通される複数の開口61が設けられている。各開口61は、貫通穴であってもよいし切り欠きであってもよい。
【0044】
ライナー8は、例えばポリエチレンなどの樹脂からなる。ライナー8内には、大腿骨に埋め込まれるステムに取り付けられる骨頭が挿入される。ライナー8は、円形状の開口を形成するリング状の端面を有する。
【0045】
設置ガイド7は、ライナー8の設置角度を決定するためのものである。設置ガイド7は、寛骨臼補強インプラント1のパレット部3に表側から装着可能である。
【0046】
具体的に、設置ガイド7は、パレット部3に類似する形状の基部71と、ライナー8の端面の周縁に沿う円弧部73と、基部71と円弧部73とを連結するアーム部72を含む。円弧部73は設置基準面に沿って湾曲しており、その設置基準面のAPPのX軸に対する角度である外方開角は例えば32~40度であり、設置基準面のAPPのZ軸に対する角度である前方開角は例えば4.7~25.4度である。
【0047】
設置ガイド7としては、外方開角および前方開角が異なる複数のものが準備されることが好ましい。この構成であれば、個々の患者の股関節角度に応じて適切な設置ガイド7を使用することができる。
【0048】
ライナー8を寛骨臼補強インプラント1のドーム部2に固定する際には、まず
図7(a)に示すように、設置ガイド7を寛骨臼補強インプラント1のパレット部3に装着する。ついで、ドーム部2の内側面にセメントを塗布し、
図7(b)に示すようにライナー8をドーム部2内に挿入する。このとき、ライナー8の端面の周縁を設置ガイド7の円弧部73に一致させる。これにより、ライナー8を術前計画通りの設置角度で設置する、換言すれば術前計画を正確に再現することができる。セメントが硬化した後は、
図7(c)に示すように、設置ガイド7を取り外す。
【0049】
(まとめ)
第1の態様として、本発明は、骨盤に取り付けられる寛骨臼補強インプラントであって、寛骨臼に相当する球面に沿って湾曲するとともに互いに交差する縦フレームおよび横フレームを含むドーム部と、前記縦フレームから上向きに折れ曲がる、腸骨にネジ止めされるフラットなパレット部と、前記縦フレームから下向きに延びる、閉鎖孔に係合されるフック部と、を備え、前記寛骨臼補強インプラントが前記骨盤に取り付けられたときに、前記パレット部が骨盤の内外方向と直交し、かつ、前記パレット部に沿う平面上に前記縦フレームの中心線を投影した縦軸が前骨盤平面と平行となるように、前記フック部が前記縦フレームに対して骨盤の前方に向かって傾斜しているとともに前記縦フレームに対して骨盤の前方に向かって前記骨盤の内方に近づくように捻じられている、寛骨臼補強インプラントを提供する。
【0050】
上記の構成によれば、寛骨臼補強インプラントが解剖学的に骨盤に適合する形状を有するため、寛骨臼補強インプラントを骨盤に容易に取り付けることができる。しかも、寛骨臼補強インプラントの縦軸がAPPに沿った上下方向と平行となるので、寛骨臼補強インプラント自体を骨盤の解剖学的指標のガイドとして使用することができる。すなわち、寛骨臼補強インプラントの縦軸がAPPに沿った上下方向と平行ように寛骨臼補強インプラントを設置すれば、寛骨臼補強インプラントのドーム部に固定される半球状のライナーを術前計画通りの設置角度で設置することが可能となる。このため、股関節の理想的な再建が可能となり、広い関節可動域を実現することができる。その結果、脱臼や寛骨臼補強インプラントの緩みなどの合併症の発生を低減させる効果が期待される。
【0051】
第2の態様として、第1の態様において、前記パレット部は、前記縦フレームから骨盤の前方に向かって延びてもよい。この構成によれば、腸骨によるパレット部の支持面積を広く確保することができる。
【0052】
第3の態様として、第2の態様において、前記パレット部には、複数のスクリュー挿通穴が設けられており、前記複数のスクリュー挿通穴は、前記縦フレームの上方に位置する第1スクリュー挿通穴と、前記第1スクリュー挿通穴の前方かつ上方に位置する第2スクリュー挿通穴と、前記第2スクリュー挿通穴の前方かつ下方に位置する第3スクリュー挿通穴と、前記第3スクリュー挿通穴の前方かつ下方に位置する第4スクリュー挿通穴を含んでもよい。この構成によれば、第3スクリュー挿通穴または第4スクリュー挿通穴にスクリューを挿通すれば、下前腸骨棘付近の厚い母床骨を利用して寛骨臼補強インプラントを強固に固定することができる。
【0053】
第4の態様として、第1~第3の態様の何れかにおいて、前記パレット部には、複数のスクリュー挿通穴と、前記複数のスクリュー挿通穴よりも直径の小さな、少なくとも1つのワイヤー挿通穴が設けられてもよい。この構成によれば、ワイヤー挿通穴にワイヤーを挿通して寛骨臼補強インプラントを仮止めすることができる。これにより、寛骨臼補強インプラントの固定を容易に行うことができる。
【0054】
第5の態様として、第1~第4の態様の何れかにおいて、例えば、前記縦フレームに対する前記フック部の傾斜角度は10度以上30度以下であり、前記縦フレームに対する前記フック部の捻じれ角度は5度以上15度以下であってもよい。
【0055】
第6の態様として、第1~第5の態様の何れかにおいて、前記横フレームは、骨盤の前後方向において、前記縦フレームの前方に位置する前枝と、前記縦フレームの後方に位置する後枝を有し、前記前枝は前記後枝よりも短くてもよい。従来の対称な形状の寛骨臼補強インプラントでは、前枝が寛骨臼から突出することがあった。これに対し、前枝が後枝よりも短ければ、前枝が寛骨臼から突出することを抑制することができる。
【0056】
第7の態様として、第6の態様において、前記縦フレームの幅方向における前記前枝の長さは、前記球面の直径の30%以上50%未満であり、前記縦フレームの幅方向における前記後枝の長さは、前記球面の直径の40%以上50%以下であってもよい。この構成によれば、寛骨臼からの前枝の突出を極力防止することができる。
【0057】
第8の態様として、本発明は、第1~第7の態様の何れかの寛骨臼補強インプラントと、前記寛骨臼補強インプラントの前記パレット部と前記腸骨との間に介在する樹脂製のオーギュメントと、前記寛骨臼補強インプラントの前記ドーム部にセメントで固定される半球状のライナーと、を備える、寛骨臼補強インプラントキットを提供する。この構成によれば、寛骨臼補強インプラントのパレット部と腸骨との隙間に合わせてオーギュメントの厚さを調整することで、寛骨臼補強インプラントの縦軸がAPPに沿った上下方向と平行ように寛骨臼補強インプラントを設置することができる。
【0058】
第9の態様として、第8の態様において、上記の寛骨臼補強インプラントキットは、前記寛骨臼補強インプラントの前記パレット部に装着可能な、前記ライナーの設置角度を決定するための設置ガイドをさらに備えてもよい。この構成によれば、術前計画通りの設置角度でライナーを設置する、換言すれば術前計画を正確に再現することができる。
【符号の説明】
【0059】
1 寛骨臼補強インプラント
10 球面
2 ドーム部
21 縦フレーム
22 横フレーム
23 前枝
24 後枝
3 パレット部
31,31A~31D スクリュー挿通穴
32 ワイヤー挿通穴
4 フック部
5 寛骨臼補強インプラントキット
6 オーギュメント
7 設置ガイド
8 ライナー
9 骨盤
91 腸骨
92 寛骨臼
93 閉鎖孔