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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024032171
(43)【公開日】2024-03-12
(54)【発明の名称】認知機能の向上方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 10/00 20060101AFI20240305BHJP
【FI】
A61B10/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022135680
(22)【出願日】2022-08-29
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(71)【出願人】
【識別番号】506185436
【氏名又は名称】株式会社ニューコム
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】大藏 倫博
(72)【発明者】
【氏名】薛 載勲
(57)【要約】
【課題】対象者の認知機能を向上させる認知機能の向上方法を提供する。
【解決手段】認知機能の向上方法は、対象者P1の手指巧緻性を向上させることで、対象者P1の認知機能を向上させる。
【選択図】図17
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の手指巧緻性を向上させることで、前記対象者の認知機能を向上させる、認知機能の向上方法。
【請求項2】
前記手指巧緻性を向上させるために、前記対象者が手の指で操作対象物を移動させる認知機能評価装置を用いる、請求項1に記載の認知機能の向上方法。
【請求項3】
前記認知機能中の実行機能を向上させる、請求項2に記載の認知機能の向上方法。
【請求項4】
前記対象者の前記手指巧緻性を向上させることで、前記対象者の非利き手における前記手指巧緻性を向上させる、請求項1から3のいずれか一項に記載の認知機能の向上方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知機能の向上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、対象者の認知機能を評価可能な認知機能評価装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
特許文献1に開示された認知機能評価装置では、対象者は、指示表示部の表示に基づいて、ペグ(操作対象物)を、保管孔から挿入孔に移動させる。移動にかかった時間を、タイム測定部で測定し、測定結果を出力部に出力する。対象者が出力部の出力を視認すること等により、対象者は、自身の認知機能の評価結果を認識することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-187682号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、自身の認知機能を認識した対象者が、自身の認知機能を向上させようとしても、認知機能を向上させる方法は知られていない。
【0005】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、対象者の認知機能を向上させる認知機能の向上方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
(1)本発明の態様1は、対象者の手指巧緻性を向上させることで、前記対象者の認知機能を向上させる、認知機能の向上方法である。ここで言う手指巧緻性とは、手の指を、巧みで細かく動かせる程度のことを意味する。認知機能とは、ものごとを正しく理解して適切に実行するための機能のことを意味する。
この発明では、発明者等は、これまで認知機能に関連があると分かっていた手指巧緻性について鋭意検討した。その結果、例えば、トレーニング等を行って手指巧緻性を向上させると、認知機能が向上することを見出した。従って、対象者の手指巧緻性を向上させることで、対象者の認知機能を向上させることができる。
【0007】
(2)本発明の態様2は、前記手指巧緻性を向上させるために、前記対象者が手の指で操作対象物を移動させる認知機能評価装置を用いる、(1)に記載の認知機能の向上方法であってもよい。
この発明では、発明者等は鋭意検討の結果、認知機能評価装置の操作対象物を、対象者が手の指で移動させる場合には、例えば手の指で丸を描く場合に比べて、認知機能が効果的に向上することを見出した。従って、この認知機能評価装置を用いることにより、対象者の認知機能を効果的に向上させることができる。
【0008】
(3)本発明の態様3は、前記認知機能中の実行機能を向上させる、(2)に記載の認知機能の向上方法であってもよい。ここで言う実行機能(注意機能)とは、課題の遂行時の維持やスイッチング、情報の更新等によって、思考や行動を制御する能力を意味する。
この発明では、認知機能評価装置を用いると、対象者が手の指で操作対象物を摘まんだり離したりするため、対象者の思考や行動が、操作対象物に関する思考や行動に集中する。このため、認知機能の中でも実行機能を向上させることができる。
【0009】
(4)本発明の態様4は、前記対象者の前記手指巧緻性を向上させることで、前記対象者の非利き手における前記手指巧緻性を向上させる、(1)から(3)のいずれか一に記載の認知機能の向上方法であってもよい。
この発明では、対象者は、利き手ではない非利き手を使用しやすくなり、作業等が行いやすくなる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の認知機能の向上方法では、対象者の認知機能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態の認知機能の向上方法に好ましく用いられる認知機能評価装置の平面図である。
図2】同認知機能の向上方法の実験の対象者の基本属性等を説明する図である。
図3】対象者の群分けを説明する図である。
図4】Pモードでの、トレーニング時間に対する挿入時間の変化を示す図である。
図5】Aモードでの、トレーニング時間に対する挿入時間の変化を示す図である。
図6】Bモードでの、トレーニング時間に対する挿入時間の変化を示す図である。
図7】ストループテストの中立課題の一例を示し、(A)は正しいと判断される課題であり、(B)は誤っていると判断される課題である。
図8】ストループテストの一致課題の一例を示し、(A)は正しいと判断される課題であり、(B)は誤っていると判断される課題である。
図9】ストループテストの不一致課題の一例を示し、(A)は正しいと判断される課題であり、(B)は誤っていると判断される課題である。
図10】中立課題での、実験前後及び群による回答時間の変化を示す図である。
図11】一致課題での、実験前後及び群による回答時間の変化を示す図である。
図12】不一致課題での、実験前後及び群による回答時間の変化を示す図である。
図13】ストループ干渉量での、実験前後及び群による回答時間の変化を示す図である。
図14】認知機能検査で用いられるパターンを説明する図である。
図15】認知機能検査で用いられる回答用紙を説明する図である。
図16】認知機能検査での、実験前後及び群による得点の変化を示す図である。
図17】パーデューペグテストを行っている状態を説明する写真である。
図18】右手実験での、実験前後及び群による移動本数の変化を示す図である。
図19】左手実験での、実験前後及び群による移動本数の変化を示す図である。
図20】両手実験での、実験前後及び群による移動本数の変化を示す図である。
図21】右手、左手、及び両手実験の合計での、実験前後及び群による移動本数の変化を示す図である。
図22】組み立て実験での、実験前後及び群による移動本数の変化を示す図である。
図23】ΔB/Aモード比に対するΔ不一致課題の変化を示す図である。
図24】ΔB/Aモード比に対するΔストループ干渉量の変化を示す図である。
図25】ΔB/Aモード比に対するΔ左手実験の変化を示す図である。
図26】ΔB/Aモード比に対するΔ右手、左手、及び両手実験の変化を示す図である。
図27】中立課題、右手実験等におけるトレーニング群及びコントロール群の効果量の算出結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る認知機能の向上方法の一実施形態を、図1から図27を参照しながら説明する。
まず、認知機能の向上方法を検証した実験について説明する。
【0013】
〔1.認知機能評価装置を用いた実験〕
〔1.1.実験に用いられた認知機能評価装置〕
実験には、特許文献1に開示された、図1に示す認知機能評価装置10を用いた。以下では、この実験を、評価装置実験と言う。認知機能評価装置10には、ペグアモーレ(登録商標。株式会社ニューコム製)が、好ましく用いられる。
認知機能評価装置10は、対象者の認知機能を評価するための装置である。ここで言う認知機能とは、ものごとを正しく理解して適切に実行するための機能のことを意味する。認知機能評価装置10は、複数のペグ(操作対象物)11と、筐体16と、を有する。
筐体16には、複数の保管穴17と、複数の挿入孔18と、複数の指示表示部19と、検出センサ20と、報知部21と、タイム計測部(不図示)と、出力部22とが、配置されている。
【0014】
複数のペグ11は、対象者が手の指で摘まんで移動させる対象物である。
複数の保管穴17は、筐体16の保管エリア16aに形成された、複数のペグ11を挿入可能な孔である。
複数の挿入孔18は、筐体16の操作エリア16bに形成された、複数のペグ11を複数の保管穴17から移動して挿入可能な孔である。
【0015】
複数の指示表示部19は、複数の挿入孔18の近傍にそれぞれ配置されている。複数の指示表示部19は、ペグ11の挿入孔18への移動挿入操作指示を表示する。
検出センサ20は、複数のペグ11の複数の挿入孔18への挿入状態を検出する。
報知部21は、検出センサ20により検出される挿入状態が、指示表示部19による移動挿入操作指示と一致するか否かの判定結果を報知する。
タイム計測部は、複数のペグ11の移動挿入操作に要する時間を計測可能である。
出力部22は、タイム計測部による時間に基づいて認知機能評価情報を出力する。
【0016】
なお、ペグ11を手の指で摘まんで移動させることによる手指巧緻性は、これ以外の一般的な手指巧緻性、筋力、バランス、柔軟性、歩行能力、及び敏捷性に比べて、対象者の認知機能との相関係数が大きいことが分かっている。
ここで言う手指巧緻性とは、手の指を、巧みで細かく動かせる程度のことを意味する。
認知機能評価装置10では、対象者が手の指でペグ11を移動させる。このため、認知機能評価装置10は、手指巧緻性を向上させるために有効である。
【0017】
〔1.2.実験内容〕
図2に示す内容の、ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)を行った。実験の対象者は、地域在住で、無作為に抽出した高齢者60名とした。
例えば、対象者の基本属性として、年齢の平均は73.8歳で、年齢の標準偏差は6.0歳である。年齢の最小値は65歳で、最大値は88歳である。
対象者の既往歴として、既往歴がない人は、15人(25.0%)である。
対象者の服薬状況として、睡眠薬を服薬している人は、0人(0.0%)である。
【0018】
図3を用いて、対象者の群分けについて説明する。
実験には、地域在住の高齢者、73名が応募した。この73名中から、無作為で、60名を抽出した。60名の内訳は、男性が18名、女性が42名であった。
この60名の対象者を、30名のトレーニング群と、30名のコントロール群とに、分けた。トレーニング群の対象者は、実際に認知機能評価装置10を用いた実験を行う。
一方で、コントロール群の対象者は、認知機能評価装置10を用いた実験を行わずに、普段通りの生活を維持する。コントロール群の対象者は、トレーニング群の対象者の比較対象となる。
【0019】
30名のトレーニング群から、MMSE(Mini Mental State Examination:ミニメンタルステート検査)の点数が26点である対象者2名を除外し、トレーニング群は28名となった。28名のトレーニング群のうち、2名が離脱したため、トレーニング群は26名となった。最終的に、分析対象者となるトレーニング群は、28名となった。
一方で、30名のコントロール群から、利き手が左手である対象者1名を除外し、コントロール群は29名となった。29名のコントロール群のうち、6名が離脱したため、コントロール群は23名となった。最終的に、分析対象者となるコントロール群は、29名となった。
なお、トレーニング群及びコントロール群合計の57名は、利き手が右手である。分析対象者に、離脱した人は含まれていない。
【0020】
例えば、認知機能評価装置10によるトレーニングには、Aモード、Bモード、Cモード、Fモード、Mモード、Pモード、及びVモードの、7つのモードがある。
トレーニング群の対象者に、3カ月(12週間)の全介入期間の中で、3つの期間に分けてトレーニングしてもらった。トレーニング期間は、合計で2週間である。3つの期間を、以下では期間の開始時から終了時に向かって順に、介入初期、介入中期、介入後期と言う。
例えば、認知機能評価装置10は、25本のペグ11、25個の保管穴17、25個の挿入孔18、及び25個の指示表示部19を有する。
【0021】
例えば、Pモードでは、トレーニングの開始時に、25個の指示表示部19に、右上から左下に向かって順に、「1」から「25」までの数字が表示される。対象者は、25本のペグ11を、「1」が表示された指示表示部19の近傍の挿入孔18(以下では、「1」近傍の挿入孔18と言う)、‥、「25」近傍の挿入孔18に、順に挿入する。そして、トレーニングの開始から、25本のペグ11の挿入を終えるまでの時間(以下では、挿入時間と言う)を、タイム計測部により測定する。
【0022】
Aモードでは、トレーニングの開始時に、25個の指示表示部19に、「1」から「25」までの数字がランダムに表示される。これ以降は、Pモードと同様である。
例えば、Bモードでは、トレーニングの開始時に、25個の指示表示部19に、「1」から「13」までの13個の数字、「あ」から「し」までの12個の平仮名がランダムに表示される。対象者は、25本のペグ11を、「1」近傍の挿入孔18、「あ」近傍の挿入孔18、「2」近傍の挿入孔18、「い」近傍の挿入孔18、‥に、順に挿入する。これ以降は、Pモードと同様である。
【0023】
そして、例えば、月曜日、水曜日、及び金曜日には、トレーニング群の対象者が、右手で7つのモードを、各20分間トレーニングした。火曜日、木曜日、及び土曜日には、トレーニング群の対象者が、左手で7つのモードを、各20分間トレーニングした。日曜日には、トレーニング群の対象者が、両手で7つのモードを、各20分間トレーニングした。
トレーニング群の対象者には、週に1日電話をして、トラブルは無いかの確認や、励ましの言葉を与えた。
コントロール群の対象者は、トレーニングをしない。コントロール群の対象者には、普段通りの生活を過ごすように指示した。
【0024】
別に行った実験で、各モードを行う対象者の脳血流を測定した。その結果、PモードよりもAモードの方が対象者の脳血流が多くて、Aモードの方が対象者に与える負荷が大きいことが分かった。AモードよりもBモードの方が対象者の脳血流が多くて、Bモードの方が対象者に与える負荷が大きいことが分かった。
【0025】
〔1.3.実験結果〕
実験結果として、例えば、Pモードでのトレーニング結果を、図4に示す。図4において、横軸は、トレーニング時間を、介入初期、介入中期、介入後期に分けて示す。図4において、縦軸は、挿入時間(秒)を表す。○印は、個々の対象者の結果を表し、棒グラフは、複数の対象者の平均値を表す。
トレーニングが進むのに従って、挿入時間が短くなり、対象者の手指巧緻性が向上することが分かった。
Aモードでのトレーニング結果、Bモードでのトレーニング結果を、図5図6にそれぞれ示す。図5及び図6における横軸、縦軸が表す内容は、図4における横軸、縦軸とそれぞれ同様である。
Aモード及びBモードにおいても、トレーニングが進むのに従って、挿入時間が短くなることが分かった。ただし、PモードよりもAモードの方が挿入時間が長く、AモードよりもBモードの方が挿入時間が長いことが分かった。
【0026】
なお、対象者の手指巧緻性を向上させる方法は、認知機能評価装置10を用いる方法に限定されず、後述するパーデューペグテストによる方法等でもよい。
【0027】
〔2.評価装置実験の前後における対象者の状態の確認〕
以下では、〔1.〕の評価装置実験の前後において、対象者における認知機能等の状態を確認し、状態の変化を検討した。対象者の状態を確認するために、ストループテスト、運転免許更新用の認知機能検査、及びパーデューペグテストを行った。各実験の内容及び結果について、順に説明する。
【0028】
〔2.1.ストループテスト〕
ストループテスト(stroop test)は、前頭葉の注意や干渉の抑制機能を測定するための検査である。
図7(A)及び(B)に、ストループテストの中立課題の一例を示す。図7(A)は、正しいと判断される中立課題であり、図7(B)は、誤っていると判断される中立課題である。
例えば、図7(A)において、上方の行には、「××」と白抜きで文字又は記号が記載され、下方の行には、「しろ」と記載されている。このストループテストでは、下方の行に記載された文字が表す色で、上方の行の文字又は記号が記載されていれば、その課題は「正しい」と判断される。一方で、下方の行に記載された文字が表す色で、上方の行の文字又は記号が記載されていなければ、その課題は「誤っている」と判断される。
【0029】
図8(A)及び(B)に、ストループテストの一致課題の一例を示す。
図8(A)では、下方の行には「しろ」と記載され、上方の行には「しろ」と白抜きの文字で記載されている。図8(A)は、正しいと判断される一致課題である。図8(B)では、下方の行には「しろ」と記載され、上方の行には「しろ」と黒色の文字で記載されている。図8(B)は、誤っていると判断される一致課題である。
一般的に、対象者は、上方の行に、例えば、黒色で「しろ」と記載されていると、「しろ」という文字が描かれている黒色でなく、「しろ」という文字が表す白色を連想しがちである。このために、対象者に混乱が生じやすい。
【0030】
図9(A)及び(B)に、ストループテストの不一致課題の一例を示す。
図9(A)では、下方の行には「しろ」と記載され、上方の行には「あか」と白抜きの文字で記載されている。図9(A)は、正しいと判断される不一致課題である。図9(B)では、下方の行には「しろ」と記載され、上方の行には「あか」と黒色の文字で記載されている。図9(B)は、誤っていると判断される不一致課題である。
【0031】
〔1.〕の評価装置実験を行う前の対象者、及び〔1.〕の評価装置実験を行った後の対象者に、中立課題、一致課題、及び不一致課題をそれぞれ10問ずつ解いてもらった。そして、各課題を10問解くのに要する回答時間を測定した。
図10から図13に、実験結果を示す。
図10は、中立課題の結果である。図11は一致課題の結果であり、図12は不一致課題の結果であり、図13はストループ干渉量の結果である。ここで言うストループ干渉量とは、不一致課題の回答時間と一致課題の回答時間との差を意味する。
図10から図12のいずれにおいても、横軸は、トレーニング群及びコントロール群の実験前及び実験後を表す。縦軸は、回答時間(ミリ秒)を表す。図13の縦軸は、回答時間の差(ミリ秒)を表す。
【0032】
一般的に、ストループ干渉量は、認知機能と負の相関があることが分かっている。すなわち、ストループ干渉量が小さくなるのに従い、認知機能が向上することが分かっている。
図13において、トレーニング群はコントロール群に比べて、実験前に比べて実験後では回答時間の差が短くなり、認知機能が向上することが分かった。
【0033】
〔2.2.運転免許更新用の認知機能検査〕
運転免許更新用の認知機能検査(以下では、単に認知機能検査とも言う)では、記憶力及び判断力、すなわち、時間の見当識、手がかり再生、時計描画等が総合的に評価される。
例えば、認知機能検査では、対象者は、図14に示すパターン30を記憶する。例えば、パターン30には、「1」から「4」までの絵が記載されている。例えば、「1」の絵は楕円を表し、「2」の絵は人の顔を表す。
対象者は、パターン30を記憶した後で、このパターン30を見ずに、図15に示す回答用紙35に記載された問題に対して、回答を記載する。例えば、回答は、「1」から「4」までの番号を記載すると仮定する。
例えば、対象者は、「1.丸い形状」に対して「1,2」と記載し、「2.体の一部」に対して「2」と記載する。
【0034】
図16に、認知機能検査による検査結果を示す。図16において、横軸は、トレーニング群及びコントロール群の実験前及び実験後を表す。縦軸は、得点(点)を表す。
トレーニング群及びコントロール群のいずれにおいても、実験前に比べて実験後では得点が高くなることが分かった。なお、得点が高いほど、実験結果が良好なことを意味する。
【0035】
〔2.3.パーデューペグテスト〕
パーデューペグテスト(パーデューペグボードテスト(Purdue Pegboard Test))は、国際的な職業適性テストとして利用されているテストである。
パーデューペグテストでは、例えば図17に示す装置40が用いられる。装置40は、ボード41と、複数の第1ピン42と、複数のワッシャ43と、複数のカラー44と、複数の第2ピン45と、を備える。
例えば、ボード41は、平面視で長方形状を呈する。ボード41の上面における、ボード41の長手方向の第1端部には、4つの窪み41a~41dが形成されている。窪み41a~41dは、ボード41の短手方向に沿ってこの順で並べて配置されている。
ボード41の短手方向の中央部には、複数の挿入孔41eが形成されている。複数の挿入孔41eは、長手方向に沿って2列に配置されている。
【0036】
複数の第1ピン42は、窪み41a内に配置されている。同様に、複数のワッシャ43は窪み41b内に配置され、複数のカラー44は窪み41c内に配置され、複数の第2ピン45は窪み41d内に配置されている。
【0037】
例えば、パーデューペグテストにおける右手実験とは、対象者P1が右手(手)P2で、窪み41d内から第2ピン45を摘み出して、長手方向の第1端部側の挿入孔41eから順に第2ピン45を挿入していく実験である。制限時間内に第2ピン45を移動させた移動本数が、測定される。
パーデューペグテストにおける左手実験とは、対象者P1が左手(手)P3で、窪み41a内から第1ピン42を摘み出して、長手方向の第1端部側の挿入孔41eから順に第1ピン42を挿入していく実験である。制限時間内に第1ピン42を移動させた移動本数が、測定される。
【0038】
パーデューペグテストにおける両手実験とは、対象者P1が右手P2及び左手P3で、窪み41a,41d内から第1ピン42及び第2ピン45を摘み出して、長手方向の第1端部側の挿入孔41eから順に第1ピン42及び第2ピン45を挿入していく実験である。制限時間内に第1ピン42及び第2ピン45を移動させた移動本数が、測定される。
パーデューペグテストにおける組み立て実験とは、例えば、対象者P1が、右手P2で挿入孔41eに第2ピン45を挿入し、左手P3でこの第2ピン45にワッシャ43を嵌め合わせる。さらに、右手P2でこの第2ピン45におけるワッシャ43上にカラー44を嵌め合わせ、左手P3でこの第2ピン45におけるカラー44上にワッシャ43を嵌め合わせる。この作業を制限時間内に繰り替えし、第2ピン45、ワッシャ43、カラー44、及び第1ピン42を移動させた移動本数が、測定される。
【0039】
図18から図22に、パーデューペグテストにおける右手実験、左手実験、両手実験、右手、左手、及び両手実験の合計、及び組み立て実験の結果を示す。なお、右手、左手、及び両手実験の合計とは、右手実験の移動本数、左手実験の移動本数、及び両手実験の移動本数を合計した本数を意味する。
図18から図22において、横軸は、トレーニング群及びコントロール群の実験前及び実験後を表す。縦軸は、移動本数(本)を表す。左手実験は、対象者P1における利き手とは反対の手である非利き手を用いた実験である。
図18から図22において、移動本数が多いほど、実験結果が良好であることを意味する。トレーニング群及びコントロール群のいずれにおいても、右手実験、左手実験、両手実験、右手、左手、及び両手実験の合計、及び組み立て実験において、実験前に比べて実験後では移動本数が増えることが分かった。
組み立て実験は、パーデューペグテストにおける他の実験よりも、対象者への負荷が高いことが分かっている。図22に示す組み立て実験では、トレーニング群は、コントロール群に比べて、実験前に対する実験後の移動本数の増加分が大きいことが分かった。
【0040】
〔3.実験結果の検討〕
ここで、ΔB/Aモード比を、(1)式のように規定する。
ΔB/Aモード比=(介入後期のBモードでの挿入時間-介入後期のAモードでの挿入時間)/(介入初期のBモードでの挿入時間-介入初期のAモードでの挿入時間)
・・(1)
ΔB/Aモード比は、発明者等が新たに作った指標である。
同様に、Δ不一致課題、Δストループ干渉量を、(2)式、(3)式のようにそれぞれ規定する。
Δ不一致課題=実験後の不一致課題の回答時間-実験前の不一致課題の回答時間
・・(2)
Δストループ干渉量=実験後のストループ干渉量の回答時間の差-実験前のストループ干渉量の回答時間の差 ・・(3)
【0041】
図23には、ΔB/Aモード比に対するΔ不一致課題の変化を示す。図23において、横軸はΔB/Aモード比を表し、縦軸はΔ不一致課題を表す。線L1は、複数の対象者P1による複数の実験結果を、一次式で近似した線を表す。複数の実験結果の相関係数rは0.480であり、P値は0.018であった。
横軸であるΔB/Aモード比が大きくなるのに従い、結果が良くないこと(不良)を表し、ΔB/Aモード比が小さくなるのに従い、結果が良いこと(良好)を表す。
縦軸であるΔ不一致課題が大きくなるのに従い、回答時間が長くなったこと(低下)を表し、Δ不一致課題が小さくなるのに従い、回答時間が短くなったこと(向上)を表す。
【0042】
また、ΔB/Aモード比は、トレーニングの効果を表す指標であり、一般的に、ΔB/Aモード比は、対象者の手指巧緻性と関連性があることが分かっている。Δ不一致課題は、対象者の認知機能と関連性があることが分かっている。
今回の実験において、ΔB/Aモード比は、Δ不一致課題に対して正の相関関係があることが分かった。このため、対象者P1の手指巧緻性を向上させることで、対象者P1の認知機能を向上させるという認知機能の向上方法があることが分かった。
【0043】
図24には、ΔB/Aモード比に対するΔストループ干渉量の変化を示す。図24において、横軸はΔB/Aモード比を表し、縦軸はΔストループ干渉量を表す。線L2は、複数の対象者P1による複数の実験結果を、一次式で近似した線を表す。複数の実験結果の相関係数rは0.603であり、P値は0.002であった。
一般的に、Aモードでの挿入時間、及びBモードでの挿入時間は、それぞれ認知機能と関連があることが分かっている。本実験では、「ΔB/Aモード比が大きくなるのに従い、認知機能が低下する」ことが、分かった。
【0044】
ΔB/Aモード比は、認知機能の中でも、実行機能(注意機能)と関係が深いと考えられる。ここで言う実行機能とは、課題の遂行時の維持やスイッチング、情報の更新等によって、思考や行動を制御する能力を意味する。
ΔB/Aモード比が小さくなると、認知機能の中でも、特に実行機能が向上すると考えられる。
図23及び図24から、トレーニングにより、実行機能に関連のあるΔB/Aモード比を良好にする(小さくする)と、注意機能に有効な可能性があることが分かった。
【0045】
ここで、Δ左手実験を、(6)式のように規定する。
Δ左手実験=実験後の左手実験の移動本数-実験前の左手実験の移動本数 ・・(6)
同様に、Δ右手、左手、及び両手実験を、(7)式のように規定する。
Δ右手、左手、及び両手実験=実験後の右手、左手、及び両手実験の合計の移動本数
-実験前の右手、左手、及び両手実験の合計の移動本数 ・・(7)
【0046】
図25には、ΔB/Aモード比に対するΔ左手実験の変化を示す。図25において、横軸はΔB/Aモード比を表し、縦軸はΔ左手実験を表す。線L5は、複数の対象者P1による複数の実験結果を、一次式で近似した線を表す。複数の実験結果の相関係数rは-0.433であり、P値は0.035であった。
また、図26には、ΔB/Aモード比に対するΔ右手、左手、及び両手実験の変化を示す。図26において、横軸はΔB/Aモード比を表し、縦軸はΔ右手、左手、及び両手実験を表す。複数の実験結果の相関係数rは-0.377あり、P値は0.069であった。
【0047】
図25及び図26から、トレーニングにより、実行機能に関連のあるΔB/Aモード比を良好にする(小さくする)と、対象者P1の左手(非利き手)における手指巧緻性を向上させることが分かった。すなわち、トレーニングにより、対象者P1の手指巧緻性を向上させることで、対象者P1の左手における手指巧緻性を向上させることが分かった。
【0048】
図27に、中立課題、右手実験等におけるトレーニング群及びコントロール群の、Cohen's dによる効果量の算出結果を示す。
効果量dが、0.2未満であると、効果がほぼ無いことが分かる。効果量dが0.2以上0.5未満であると、効果が小さいことが分かる。効果量dが0.5以上0.8未満であると、効果が中程度であることが分かる。効果量dが0.8以上であると、効果が大きいことが分かる。
【0049】
トレーニング群では、一致課題以外は、効果量dが0.2以上であり、「効果が小さい」以上に効果が大きいことが分かった。コントロール群では、効果量dが0.5未満であり、「効果が小さい」以下に効果が小さいことが分かった。
効果が中程度以上の課題等として、例えば、トレーニング群における組み立て実験、ストループ干渉量、及び両手実験を挙げることができる。
【0050】
〔4.本発明に至る過程〕
発明者等は、これまでに、「手指巧緻性が、認知機能のレベルを評価する基準になること」、「特許文献1に開示された認知機能評価装置を用いると、対象者の認知機能を評価できること」を見出している。すなわち、手指巧緻性と認知機能とは密接に結びついている、と考えられる。
対象者P1が、認知機能を評価する装置である認知機能評価装置10を使っていると、対象者P1の手指巧緻性が次第に向上してくることに、発明者等は気付いた。そして、対象者P1の手指巧緻性が向上するのは、認知機能評価装置10にはトレーニング効果があり、そのトレーニング効果により対象者P1の認知機能が向上したのではないか、と気付いた。
【0051】
〔5.本実施形態の効果(結論)〕
以上説明したように、本実施形態の認知機能の向上方法では、発明者等は、これまで認知機能に関連があると分かっていた手指巧緻性について鋭意検討した。その結果、例えば、トレーニング等を行って手指巧緻性を向上させると、認知機能が向上することを見出した。従って、対象者P1の手指巧緻性を向上させることで、対象者P1の認知機能を向上させることができる。
【0052】
手指巧緻性を向上させるために、認知機能評価装置10を用いる。発明者等は鋭意検討の結果、認知機能評価装置10のペグ11を、対象者P1が手の指で移動させる場合には、例えば手の指で丸を描く場合に比べて、認知機能が効果的に向上することを見出した。従って、この認知機能評価装置10を用いることにより、対象者P1の認知機能を効果的に向上させることができる。
認知機能の向上方法では、認知機能中の実行機能を向上させる。認知機能評価装置10を用いると、対象者P1が手の指でペグ11を摘まんだり離したりするため、対象者P1の思考や行動が、ペグ11に関する思考や行動に集中する。このため、認知機能の中でも実行機能を向上させることができる。
【0053】
対象者P1の手指巧緻性を向上させることで、対象者P1の非利き手における手指巧緻性を向上させる。これにより、対象者P1は、利き手ではない非利き手を使用しやすくなり、作業等が行いやすくなる。
なお、対象者P1の手指巧緻性を向上させることで、対象者P1の利き手、両手における手指巧緻性が向上することも分かっている。
【0054】
以上、本発明の一実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更、組み合わせ、削除等も含まれる。
例えば、前記実施形態では、操作対象物はペグ11としたが、操作対象物はこれに限定されず、板状部材等でもよい。
【符号の説明】
【0055】
10 認知機能評価装置
11 ペグ(操作対象物)
P1 対象者
P2 右手(手)
P3 左手(手)
図1
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図27