(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024032363
(43)【公開日】2024-03-12
(54)【発明の名称】被覆工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240305BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240305BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C14/06 H
B23C5/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022135974
(22)【出願日】2022-08-29
(71)【出願人】
【識別番号】000233066
【氏名又は名称】株式会社MOLDINO
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 智也
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF09
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF20
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
3C046FF27
4K029AA02
4K029AA21
4K029BA03
4K029BA07
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4K029DC04
4K029DC16
4K029FA04
4K029FA05
4K029JA03
4K029JA06
(57)【要約】
【課題】ドロップレットを低減しつつ、耐久性に優れる被覆工具を提供する。
【解決手段】基材と、基材の上に硬質皮膜を有する被覆工具。硬質皮膜は、基材の上に設けられるA層と、A層の上に設けられるB層とを有する。A層は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを50原子%以上70原子%以下、Crを30原子%以上50原子%以下で含有する窒化物または炭窒化物である。B層は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを70原子%以上85原子%以下、Crを15原子%以上30原子%以下で含有する窒化物または炭窒化物である。B層はA層よりも微粒である。B層には、透過型電子顕微鏡の観察において、筋状の明暗の異なる相が確認される。明暗の異なる相は、相対的にAlの含有量が多い領域と、相対的にAlの含有量が少ない領域とを有する。A層とB層はArを含有している。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の上に硬質皮膜を有する被覆工具であって、
前記硬質皮膜は、前記基材の上に設けられるA層と、前記A層の上に設けられるB層とを有し、
前記A層は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを50原子%以上70原子%以下、Crを30原子%以上50原子%以下で含有する窒化物または炭窒化物であり、
前記B層は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを70原子%以上85原子%以下、Crを15原子%以上30原子%以下で含有する窒化物または炭窒化物であり、
前記B層は前記A層よりも微粒であり、
前記B層には、透過型電子顕微鏡の観察において、筋状の明暗の異なる相が確認され、
前記明暗の異なる相は、相対的にAlの含有量が多い領域と、相対的にAlの含有量が少ない領域とを有し、
前記A層と前記B層はArを含有していることを特徴とする被覆工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型や切削工具等の工具に適用する被覆工具に関する。
【背景技術】
【0002】
AlCr窒化物は耐摩耗性と耐熱性に優れる膜種であり被覆金型や被覆切削工具として広く適用されている。近年、アークイオンプレーティング法でAlの含有比率が70原子%を超えるAlリッチなAlCr窒化物を被覆した被覆工具が提案され始めている(特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016-032861号公報
【特許文献2】特開2018-059146号公報
【特許文献3】特開2020-040175号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
工具径が2mm以下のような小径工具においては工具性能に与えるドロップレットの影響が大きくなり易い。本発明者は、アークイオンプレーティング法で被覆したAlリッチなAlCr窒化物はドロップレットが多くなり易く、工具の耐久性に改善の余地があることを確認した。
ドロップレットは、硬質皮膜の成膜にスパッタリング法を用いることで低減できる。しかし、単にスパッタリング法を用いて硬質皮膜を成膜した場合、アークイオンプレーティング法を用いて形成された硬質皮膜よりも耐摩耗性に劣る場合があった。
本発明は上記の事情に鑑み、AlリッチなAlCr窒化物または炭窒化物について、スパッタリング法の適用によりドロップレットを低減しつつ、アークイオンプレーティング法を用いた場合と同等以上の耐久性を実現する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様の被覆工具は、基材と、前記基材の上に硬質皮膜を有する被覆工具であって、
前記硬質皮膜は、前記基材の上に設けられるA層と、前記A層の上に設けられるB層とを有し、
前記A層は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを50原子%以上70原子%以下、Crを30原子%以上50原子%以下で含有する窒化物または炭窒化物であり、
前記B層は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを70原子%以上85原子%以下、Crを15原子%以上30原子%以下で含有する窒化物または炭窒化物であり、
前記B層は前記A層よりも微粒であり、
前記B層には、透過型電子顕微鏡の観察において、筋状の明暗の異なる相が確認され、
前記明暗の異なる相は、相対的にAlの含有量が多い領域と、相対的にAlの含有量が少ない領域とを有し、
前記A層と前記B層はArを含有している、被覆工具である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、AlリッチのAlCr窒化物または炭窒化物のスパッタ皮膜を設けた耐久性に優れる被覆工具を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本実施例1に係る硬質皮膜の明視野STEM像(×40000倍)である。
【
図2】本実施例1に係る硬質皮膜の暗視野STEM像(×40000倍)である。
【
図3】本実施例1に係るA層の断面TEM像(×400000倍)である。
【
図4】本実施例1に係るB層の断面TEM像(×400000倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明者は、特定のミクロ組織を有するAlリッチなAlCr窒化物または炭窒化物のスパッタ皮膜について、被覆工具の耐久性が優れることを確認した。以下、本発明の実施形態の詳細について説明をする。
本実施形態の被覆工具は、基材の上に形成される柱状結晶からなるA層と、A層の上に形成される柱状結晶と微細結晶からなるB層とを有する被覆工具である。本実施形態の被覆工具は、金型や切削工具に適用することができる。特に、工具径が5mm以下、更には3mm以下の小径エンドミルに適用することが好ましい。
【0009】
本実施例において、基材は特段限定されるものではない。冷間工具鋼、熱間工具鋼、高速度鋼、超硬合金等を用途に応じて適宜適用すればよい。基材は予め窒化処理やボンバード処理等をしても良い。
【0010】
まず、A層について説明する。
A層は、基材の上に設けられる。A層は、金属(半金属を含む。以下同様。)元素の総量に対して、Alを50原子%以上70原子%以下、Crを30原子%以上50原子%以下で含有する窒化物または炭窒化物である。AlとCrを主体とする窒化物または炭窒化物は耐摩耗性と耐熱性のバランスに優れており、基材との密着性にも優れる。
A層は、A層を構成する金属元素全体を100原子%とした場合、Alの含有比率を50原子%以上とする。更には、A層はAlの含有比率は55原子%以上であることが好ましい。一方、Alの含有比率が大きくなり過ぎると硬質皮膜の靭性が低下する。そのため、A層はAlの含有比率を70原子%以下とする。更には、A層はAlの含有比率は65原子%以下であることが好ましい。
A層はCrの含有比率を30原子%以上とする。これによりA層の耐久性が高まるとともに基材との密着性が高まる。更には、A層はCrの含有比率を35原子%以上とすることが好ましい。一方、Crの含有比率が大きくなり過ぎると相対的にAlが少なくなり、A層の耐熱性が低下する。そのため、A層はCrの含有比率を50原子%以下とする。更には、A層はCrの含有比率は45原子%以下であることが好ましい。
【0011】
A層は柱状結晶からなる。A層の結晶構造は立方晶からなる。A層の柱状結晶は、硬質皮膜の膜厚方向に沿って延びる。基材の上に設けられるA層が柱状結晶からなることで密着性が高まる。A層の平均結晶粒径は120nm以上300nm以下であることが好ましい。すなわち、A層の柱状結晶の平均幅は120nm以上300nm以下であることが好ましい。A層の平均結晶粒径または柱状結晶の平均幅は、透過型電子顕微鏡を用いた断面観察像から取得できる。A層の柱状結晶の幅は、柱状結晶が延びる方向(概ね膜厚方向)と直交する方向における柱状結晶の長さである。柱状結晶の平均幅は、硬質皮膜の膜厚方向の中央部分において測定される幅を用いて算出する。膜厚方向の中央部分とは、硬質皮膜の膜厚方向の中心から、膜厚方向の両側に10%以内の範囲にある部分を指す。柱状結晶の平均幅は、断面観察像により確認した10個以上の柱状結晶の幅の平均値として算出する。
A層の膜厚は0.3μm以上3μm以下であることが好ましい。
【0012】
A層はAlとCr以外の金属元素を含有しても良い。例えば、A層は耐摩耗性や耐熱性等の向上を目的として、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびSi、B、Y、YB、Cuから選択される1種または2種以上の元素を含有することもできる。これらの元素は被覆工具の皮膜特性を向上させるために一般的に含有されるものであり、被覆工具の耐久性を著しく低下させない範囲で添加可能である。但し、AlとCr以外の金属元素の含有比率が大きくなり過ぎると、被覆工具の耐久性が低下する場合がある。そのため、A層がAlとCr以外の金属元素を含有する場合、その合計の含有比率は、10原子%以下、更には、5原子%以下であることが好ましい。
【0013】
続いて、B層について説明する。
B層はA層の上に設けられる。B層は、金属元素の総量に対して、Alを70原子%以上85原子%以下、Crを15原子%以上30原子%以下で含有する窒化物または炭窒化物である。
B層はAlの含有比率を70原子%以上とする。B層に含まれるAlが多くなることで、工具表面に酸化保護皮膜が形成され易くなるとともに、皮膜組織が微細になるため、溶着による硬質皮膜の摩耗が抑制され易くなる。更には、B層はAlの含有比率は75原子%以上であることが好ましい。一方、Alの含有比率が大きくなり過ぎると硬質皮膜の靭性が著しく低下する。そのため、B層はAlの含有比率を90原子%以下とする。更には、B層はAlの含有比率は85原子%以下であることが好ましい。
B層はCrの含有比率を10原子%以上とする。これにより、加工中の工具表面に均一で緻密な酸化保護皮膜が形成され易くなり、工具損傷が抑制され易くなる。更には、B層はCrの含有比率を15原子%以上とすることが好ましい。一方、Crの含有比率が大きくなり過ぎると相対的にAlが少なくなり、Alの含有比率を大きくする効果が得られ難い。そのため、B層はCrの含有比率を30原子%以下とする。更には、B層はCrの含有比率は25原子%以下であることが好ましい。
【0014】
B層はAlとCr以外の金属元素を含有しても良い。例えば、B層は耐摩耗性や耐熱性等の向上を目的として、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびSi、B、Y、YB、Cuから選択される1種または2種以上の元素を含有することもできる。これらの元素は被覆工具の皮膜特性を向上させるために一般的に含有されるものであり、被覆工具の耐久性を著しく低下させない範囲で添加可能である。但し、AlとCr以外の金属元素の含有比率が大きくなり過ぎると、被覆工具の耐久性が低下する場合がある。そのため、B層がAlとCr以外の金属元素を含有する場合、その合計の含有比率は、10原子%以下、更には、5原子%以下であることが好ましい。
【0015】
B層はA層よりも微粒である。すなわち、B層の平均結晶粒径は、A層の平均結晶粒径よりも小さい。B層は、A層を平均結晶粒径よりも小さい粒径の結晶粒からなる構成であってもよい。B層は、A層の結晶粒よりも小さい結晶粒からなる構成であってもよい。B層の組織が微粒であることで、溶着による硬質皮膜の摩耗が抑制され易くなる。また、工具表面に酸化保護皮膜が均一に形成され易くなる。
B層は、本実施形態の場合、柱状結晶と微細結晶とからなる。B層の柱状結晶は平均結晶粒径が50nm以下、微細結晶は平均結晶粒径が10nm以下であることが好ましい。B層の柱状結晶の平均結晶粒径の算出方法は、上記したA層の平均結晶粒径の算出方法と同様である。B層の微細結晶の平均結晶粒径は、透過型電子顕微鏡の断面観察像から切片法または面積計量法を用いて計測できる。
【0016】
B層には、透過型電子顕微鏡の観察において、筋状の明暗の異なる相が確認される。明暗の異なる相は、相対的にAlの含有量が多い領域と、相対的にAlの含有量が少ない領域とを有する。筋状の明暗の異なる相は、それぞれB層の膜厚方向にわたって延びる。筋状の明暗の異なる相の延びる方向は、B層の膜厚方向に対して傾斜する方向であってもよい。B層の結晶構造は立方晶と六方晶からなる。相対的にAlの含有量が多い領域は、相対的にAlの含有量が少ない領域に比べ六方晶のAlNが多くなる。
B層の膜厚は0.5μm以上3μm以下であることが好ましい。B層はA層よりも厚膜であることが好ましい。
A層とB層の境界は凹凸状であることが好ましい。A層とB層の境界は、B層の上側の表面および基材表面よりも大きな凹凸を有することが好ましい。凹凸状の境界は透過型電子顕微鏡の断面観察で確認することができる。A層とB層の境界が凹凸状あることで、粒径が異なるA層とB層の密着性をより高めることができる。A層とB層の境界は頂部から底部までの長さが0.1μm以上の凹凸が複数あることが好ましい。上記頂部から底部までの長さは0.3μm以上であってもよい。
【0017】
A層とB層はスパッタ皮膜であり、アルゴン(Ar)を含有している。スパッタ皮膜であることで、硬質皮膜の欠陥となるドロップレットの発生頻度を低減させることができる。皮膜特性を安定させるために、A層とB層は、金属元素と非金属元素の総量に対して、アルゴンを0.01原子%以上で含有することが好ましい。更には、A層とB層は、アルゴンを0.05原子%以上で含有することが好ましい。
アルゴンが多くなると欠陥になり得る。A層とB層は、金属元素と非金属元素の総量に対して、アルゴンを0.80原子%以下で含有することが好ましい。更には、アルゴンの含有比率を0.70原子%以下とすることが好ましい。組織が微粒であるB層は、A層よりもアルゴンを多く含有し易い。
本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴン以外に他の希ガスを含有した混合ガスを用いてスパッタリングすれば、アルゴン以外の希ガスも含有しうる。
【0018】
本実施形態に係る硬質皮膜のアルゴンの含有比率は、上述した金属元素の含有比率の測定と同様に、鏡面加工した硬質皮膜について、電子プローブマイクロアナライザー装置(EPMA)を用いて測定することができる。上述した金属元素の含有比率の測定と同様に、鏡面加工後、直径が約1μmの分析範囲を5点分析した平均から求めることができる。
本実施形態に係る硬質皮膜は、非金属元素としては窒素以外に微量のアルゴン、酸素、炭素が含まれうる。
【0019】
<中間皮膜、上層>
本実施形態の被覆工具は、硬質皮膜の密着性をより向上させるため、必要に応じて、工具の基材と硬質皮膜との間に別途中間皮膜を設けてもよい。例えば、金属、窒化物、炭窒化物、炭化物のいずれかからなる層を工具の基材と硬質皮膜との間に設けてもよい。
また、本実施形態に係る硬質皮膜の上に、本実施形態に係る硬質皮膜と異なる成分比や異なる組成を有する硬質皮膜を別途形成させてもよい。さらには、本実施形態に係る硬質皮膜と、別途本実施形態に係る硬質皮膜と異なる組成比や異なる組成を有する硬質皮膜とを相互積層させてもよい。
【0020】
<製造方法>
本実施形態に係る硬質皮膜の被覆では、3個以上のAlCr系合金ターゲットを用いて、ターゲットに順次電力を印加して、電力が印加されるターゲットが切り替わる際に、電力の印加が終了するターゲットと電力の印加を開始するターゲットの両方のターゲットに同時に電力が印加されている時間を設けるスパッタリング法を適用することが好ましい。このようなスパッタリング法はターゲット材料のイオン化率が高い状態が被覆中に維持されて、ミクロレベルで緻密な硬質皮膜が得られるとともに、不可避的に含有されるアルゴンや酸素が少ない傾向にある。そして、スパッタリング装置の炉内温度を350℃~500℃、基材に印加する負圧のバイアス電圧を-170V~-40V、ArガスおよびN2ガスを導入して炉内圧力を0.1Pa~0.4Paとすることが好ましい。なお、炭窒化物を被覆する場合には、ターゲットに微量の炭素を添加するか、反応ガスの一部をメタンガスに置換すればよい。
【0021】
電力パルスの最大電力密度は、0.1kW/cm2以上とすることが好ましい。更には0.3kW/cm2以上とすることが好ましい。また、本組成系においては成膜イオンのエネルギーが高くなり過ぎると六方晶が多くなり過ぎる。そのため、電力パルスの最大電力密度は、0.8kW/cm2以下とすることが好ましい。個々のターゲットに印加する電力パルスの時間は、30ミリ秒以下とすることが好ましい。また、電力の印加が終了する合金ターゲットと電力の印加を開始する合金ターゲットの両方の合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間は20マイクロ秒以上100マイクロ秒以下とすることが好ましい。
【0022】
A層とB層の被覆では同一のAlCr系合金ターゲットを用いてもよい。最大電力密度を変えて、ターゲット材料のイオン化率を変化させることにより、皮膜組成を調整することが可能である。AlCr合金ターゲットのスパッタリングにおいて、相対的にCrの方がイオン化し易く、相対的にAlの方がイオン化し難い。そのため、電力パルスの最大電力密度が小さい場合には、ターゲット組成よりも硬質皮膜のAlが少なくなる場合がある。本発明に係る硬質皮膜を被覆する場合、A層とB層の被覆で同一のAlCr系合金ターゲットを用いて、A層の被覆では電力パルスの最大電力密度を小さく、B層の被覆では電力パルスの最大電力密度を大きくしてもよい。また、組成の異なるAlCr系合金ターゲットを用いてA層とB層をそれぞれ被覆してもよい。
【実施例0023】
<基材>
基材として、組成がWC(Bal.)-Co(8.0質量%)-VC(0.3質量%)-Cr3C2(0.5質量%)、硬度94.0HRA(ロックウェル硬さ、JIS G 0202に準じて測定した値)からなる超硬合金製の2枚刃ボールエンドミルを準備した。
【0024】
本実施例1は、スパッタ蒸発源を6機搭載できるスパッタリング装置を使用した。これらの蒸着源のうち、硬質皮膜を被覆するためにAl75Cr25合金ターゲット(数値は原子比、以下同様。)6個を蒸着源として装置内に設置した。
基材である工具をスパッタリング装置内のサンプルホルダーに固定し、工具にバイアス電源を接続した。なお、バイアス電源は、ターゲットとは独立して工具に負のバイアス電圧を印加する構造となっている。工具は、毎分2回転で自転しかつ、固定治具とサンプルホルダーを介して公転する。工具とターゲット表面との間の距離は100mmとした。
導入ガスは、Ar、およびN2を用い、スパッタリング装置に設けられたガス供給ポートから導入した。
【0025】
<ボンバード処理>
まず工具に硬質皮膜を被覆する前に、以下の手順で工具にボンバード処理を行った。スパッタリング装置内のヒーターにより炉内温度が400℃になった状態で30分間の加熱を行った。その後、スパッタリング装置の炉内を真空排気し、炉内圧力を5.0×10-3Pa以下とした。そして、Arガスをスパッタリング装置の炉内に導入し、炉内圧力を0.8Paに調整した。そして、工具に-170Vの直流バイアス電圧を印加して、Arイオンによる工具のクリーニング(ボンバード処理)を20分以上実施した。
【0026】
<硬質皮膜の被覆>
本実施例1の被覆では、炉内温度を400℃にして、スパッタリング装置の炉内にArガス(0.16Pa)およびN2ガス(0.10Pa)を導入して炉内圧力を0.26Paにした。基材に直流バイアス電圧を印加して、ターゲットに印加する電力がオーバーラップする時間は50マイクロ秒とし、各ターゲットに印加される電力の1周期当りの放電時間を0.2ミリ秒、最大電力密度を0.4kW/cm2とした。そして、基材に印加する負圧のバイアス電圧を-60V、として、6個のAl75Cr25合金ターゲットに連続的に電力を印加して、基材の上に約1.0μmのA層を被覆した。
次に、各ターゲットに印加する最大電力密度を0.8kW/cm2とし、A層の上に約2.0μmのB層を被覆した。
【0027】
比較例1はアークイオンプレーティング装置を使用した。Al60Cr40合金ターゲットを蒸着源として装置内に設置した。まず、Arイオンによる工具のクリーニング(ボンバード処理)を実施した。次いで、アークイオンプレーティング装置の炉内圧力を5.0×10-3Pa以下に真空排気して、炉内温度を500℃とし、炉内圧力が3.2PaになるようにN2ガスを導入した。次いで、工具に-100Vの直流バイアス電圧を印加して、Al60Cr40合金ターゲットに150Aの電流を供給して、工具の表面に約3.0μmの硬質皮膜を被覆した。比較例1は市場で一般的に使用されている組成である。
【0028】
電子プローブマイクロアナライザー装置(株式会社日本電子製 JXA-8500F)に付属する波長分散型電子プローブ微小分析(WDS-EPMA)で硬質皮膜を分析した。加速電圧10kV、照射電流5×10-8A、取り込み時間10秒とし、分析領域が直径1μmの範囲を5点測定した。本実施例1について、A層の平均組成はAl65Cr35N(原子比率)、B層の平均組成はAl75Cr25N(原子比率)であった。
また、金属元素と非金属元素の総量に対して、A層はArを0.36原子%、B層はArを0.55原子%を含有していた。
【0029】
本実施例1について、透過型電子顕微鏡によるミクロ解析を行った。
図1に明視野STEM像、
図2に暗視野STEM像を示す。基材側のA層とその上のB層が確認される。B層はA層よりも微粒であることが確認される。
図3にA層の断面TEM像を示す。
図4にB層の断面TEM像を示す。A層は柱状結晶からなり、B層は柱状結晶と微細結晶であった。B層には筋状の明暗の異なる相が確認される。A層の結晶構造は立方晶であった。B層の結晶構造は立方晶と六方晶であった。明暗の異なる相を分析したところ、
図1で明るく見える領域は相対的にAlの含有量が多く、暗く見える領域は相対的にAlの含有量が少なくあった。相対的にAlの含有量が多い領域は、相対的にAlの含有量が少ない領域に比べて六方晶のAlNが多く存在した。
【0030】
(条件)乾式加工
工具:2枚刃超硬ボールエンドミル
型番:EPDBE2010-6、ボール半径0.5mm
切削方法:底面切削
被削材:STAVAX(52HRC)(ボーラー・ウッデホルム株式会社製)
切り込み:軸方向、0.04mm、径方向、0.04mm
切削速度:75.4m/min
一刃送り量:0.018mm/刃
切削距離:15m
評価方法:切削加工後、走査型電子顕微鏡を用いて倍率1000倍で観察し、工具逃げ面において工具と被削材が擦過した幅を測定し、そのうちの擦過幅が最も大きかった部分を逃げ面最大摩耗幅とした。
【0031】
【0032】
上述したミクロ組織を有する本実施例1は逃げ面最大摩耗幅が小さく、比較例1よりも耐久性に優れた。本実施例1はAlが多く、皮膜組織が微細であるため工具損傷が抑制されたと推定される。