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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024032535
(43)【公開日】2024-03-12
(54)【発明の名称】物質の官能特性評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/14 20060101AFI20240305BHJP
   G01N 33/00 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
G01N33/14
G01N33/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022136227
(22)【出願日】2022-08-29
(71)【出願人】
【識別番号】506141225
【氏名又は名称】株式会社ユーグレナ
(74)【代理人】
【識別番号】100088580
【弁理士】
【氏名又は名称】秋山 敦
(74)【代理人】
【識別番号】100195453
【弁理士】
【氏名又は名称】福士 智恵子
(74)【代理人】
【識別番号】100205501
【弁理士】
【氏名又は名称】角渕 由英
(72)【発明者】
【氏名】中平 晴久
(72)【発明者】
【氏名】横山 一樹
(72)【発明者】
【氏名】石井 慧
(72)【発明者】
【氏名】大津 厳生
(57)【要約】
【課題】対象物質の官能特性を精度良く評価し、評価結果を直感的に理解し易く表現することが可能な、物質の官能特性評価方法を提供する。
【解決手段】対象物質の官能特性を評価する方法では、対象物質について異なる種類のサンプルを得る工程と、サンプル毎に、対象物質の官能特性に関する分析データを得る工程と、サンプル毎に、対象物質内の複数の一次代謝物および複数の硫黄化合物を少なくとも含む第1の化合物群の定量データを得る工程と、対象物質の分析データと第1の化合物群の定量データとを用いて特徴量選択の処理を行い、第1の化合物群の中から官能特性に寄与する第2の化合物群を抽出する工程と、対象物質の分析データと第2の化合物群の定量データとを用いて次元削減の処理を行い、異なる種類の対象物質間における官能特性に関する類似性を示すグラフを作成する工程と、を行う。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象となる対象物質の官能特性を評価する方法であって、
前記対象物質について異なる種類のサンプルを得る工程と、
前記サンプル毎に、前記対象物質の前記官能特性に関する分析データを得る工程と、
前記サンプル毎に、前記対象物質内の複数の一次代謝物および複数の硫黄化合物を少なくとも含む第1の化合物群の定量データを得る工程と、
前記対象物質の分析データと、前記第1の化合物群の定量データとを用いて特徴量選択の処理を行い、前記第1の化合物群の中から前記官能特性に寄与する第2の化合物群を抽出する工程と、
前記対象物質の分析データと、前記第2の化合物群の定量データとを用いて次元削減の処理を行い、異なる種類の前記対象物質間における前記官能特性に関する類似性を示すグラフを作成する工程と、を行うことを特徴とする物質の官能特性評価方法。
【請求項2】
前記第1の化合物群の定量データを得る工程では、メタボロミクス解析を行い、
前記第2の化合物群を抽出する工程では、非線形の回帰分析によって学習済み回帰モデルを作成し、該学習済み回帰モデルによって前記官能特性の寄与度を示すSHAP値を算出することで前記特徴量選択の処理を行い、
前記グラフを作成する工程では、多次元尺度法により前記次元削減の処理を行うことを特徴とする請求項1に記載の物質の官能特性評価方法。
【請求項3】
前記官能特性に関する分析データを得る工程では、
ヒトによる前記官能特性に関する官能評価の結果を分析し、
異なる種類の前記対象物質間における前記官能特性に関する類似性を示す分析データを得ることを特徴とする請求項1に記載の物質の官能特性評価方法。
【請求項4】
前記対象物質は、日本酒であって、
前記官能特性は、前記日本酒の呈味であって、
前記グラフは、異なる種類の前記日本酒間の前記呈味に関する類似性を示す二次元又は三次元の散布図であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の物質の官能特性評価方法。
【請求項5】
前記第2の化合物群を抽出する工程では、前記日本酒の呈味の尺度となる甘味、辛味、酸味、苦味および渋味のいずれかに寄与する前記第2の化合物群を抽出することを特徴とする請求項4に記載の物質の官能特性評価方法。
【請求項6】
前記第2の化合物群には、少なくとも15種の前記一次代謝物と、少なくとも10種の前記硫黄化合物とが含まれることを特徴とする請求項5に記載の物質の官能特性評価方法。
【請求項7】
前記第2の化合物群には、
前記一次代謝物として4-ヒドロキシプロリン、アデノシン3’,5’-環状-リン酸、ドーパ、グルタチオン、グリシン、グアニン、ナイアシンアミド、ノルエピネフリン、オフタルミン酸、酸化グルタチオン、パントテン酸、S-アデノシルメチオニン、セリン、スレオニン、尿酸が含まれ、
前記硫黄化合物としてシステインモノスルフィド、システイン、グルタチオンモノスルフィド、酸化型グルタチオンモノスルフィド、グルタチオン、酸化型グルタチオン、グルコース、硫化物イオン、亜硫酸イオン、システインスルフィン酸が含まれることを特徴とする請求項5に記載の物質の官能特性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質の官能特性評価方法に係り、特に評価対象となる対象物質(例えば日本酒)の官能特性(例えば呈味)を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルコール飲料、特に日本酒は日本食と共に親しまれ、様々な方法で比較評価されてきた飲料である。日本酒の性質を理解するために、日本酒の成分解析や官能評価実験がなされている。近年では、日本酒の物理化学的な性質と主観的な官能評価を、メタボロミクス解析及び機械学習によって解析する研究がなされている。
【0003】
詳しく説明すると、従来、日本酒は伝統的に2つの物理化学的な指標となる「日本酒度」と「酸度」に基づいてその性質が理解されてきた。「日本酒度」は、日本酒の水に対する比重によって定義される指標である。「酸度」は、日本酒に含まれる総酸の割合によって定義される指標である。これらの指標は大まかに日本酒の甘味、辛味、発酵の進み具合、酸味などを理解するために利用されてきた。
これら指標は、日本酒の大まかな特性を理解するためには有用であるが、十分に日本酒の味わいを表現できているかについては疑問が残る。日本酒の発酵過程においては、日本酒内においてデンプンからグルコースが生成され、グルコースからはエタノールが生成される。エタノールは水よりも比重が軽く、またグルコース水溶液は水よりも比重が重い。そのため、水に対する比重をもとに計測される「日本酒度」は日本酒の発酵度合いや甘味、辛味を表現できるとされている。
しかしながら、多くの酒蔵において日本酒は発酵が終わった後に水や醸造用アルコールを添加するため、必ずしも比重のみによって日本酒の発酵度合いを計測できるわけではない。「酸度」においても、日本酒に含まれる酸度の種類によって異なる呈味性を持つことが報告されている。そのため、総酸の割合をもとに計測される「酸度」では日本酒に含まれる酸味を十分に表現できているとは言い難い。
そうした中で、近年では、サンプル内に含まれる代謝物を網羅的に解析できる「メタボロミクス解析」と、当該解析によって得られた膨大な代謝物の情報を統計処理する「機械学習」とを用いることで、ヒトによる日本酒の官能評価を再現しようとする研究がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Sugimoto, M. et al. Correlation between sensory evaluation scores of japanese sake and metabolome profiles. J. agricultural food chemistry 58, 374-383 (2010)
【非特許文献2】Shimofuji, S. et al. Machine learning in analyses of the relationship between japanese sake physicochemical features and comprehensive evaluations. Jpn. J. Food Eng. 21, 37-50 (2020)
【非特許文献3】Risvik, E., McEwan, J. A. & Rodbotten, M. Evaluation of sensory profiling and projective mapping data. Food quality preference 8, 63-71 (1997)
【非特許文献4】Tibshirani, R. Regression shrinkage and selection via the lasso. J. Royal Stat. Soc. Ser. B (Methodological) 58, 267-288 (1996)
【非特許文献5】Lundberg, S. M. & Lee, S.-I. A unified approach to interpreting model predictions. In Guyon, I. et al. (eds.) Advances in Neural Information Processing Systems 30, 4765-4774 (Curran Associates, Inc., 2017)
【非特許文献6】Kruskal, J. B. Multidimensional scaling by optimizing goodness of fit to a nonmetric hypothesis. Psychometrika 29, 1-27 (1964)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、非特許文献1、2のような研究では、「メタボロミクス解析」及び「機械学習モデル」を用いることで、ヒトによる日本酒の官能評価の結果をどこまで正確に予測することができるかについて基礎研究するものであった。一方で、こうした解析結果を日本酒のマーケティングや研究開発に有効活用するためには、日本酒の呈味に関する相対的な関係を直感的に理解し易くすることが必要とされていた。
例えば、生産者にとって、市場で評価されている日本酒と比較したときに、自身の日本酒がどのような類似性、非類似性を有しているのかを認識できれば、日本酒を開発する方向性について戦略的に考えることが可能となる。また、消費者にとっても、今まで未知の日本酒について専門家が言語で説明していたものをより客観的かつ直感的に理解することが可能となる。
つまりは、「メタボロミクス解析」及び「機械学習」を応用することで、日本酒の客観的な呈味を精度良く評価し、評価結果を直感的に理解できる形で表現することが求められていた。
なお、評価対象となる対象物質については「日本酒」のほか、飲料(アルコール飲料)、食品、土壌、生体試料等に広く適用させること、また対象物質の「呈味」のほか、香り、色等の官能特性の評価に広く適用させることができると考えられる。
【0006】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、従来よりも対象物質の官能特性を精度良く評価し、当該評価結果を直感的に理解し易く表現することが可能な、物質の官能特性評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究した結果、「特徴量選択アルゴリズム」及び「次元削減アルゴリズム」を活用することで、メタボロミクス解析によって得られた膨大な代謝物の中から、対象物質(例えば日本酒)の官能特性(例えば呈味)に寄与する重要代謝物の抽出を行い、当該重要代謝物に基づいて種類の異なる対象物質間における官能特性の類似性を直感的に理解し易く表現できることを見出した。
【0008】
ここで「特徴量選択」とは、目的変数に関係のない特徴量を除外するプロセスのことを意味する。上述したように、メタボロミクス解析で得られたデータはサンプル内に含まれる代謝物の網羅的な解析手法であるため、官能特性に寄与しない代謝物の情報を含んでいる可能性がある。そこで、本発明者らは、当該処理を行い、対象物質の官能特性に寄与しない代謝物を削減することとした。例えば、正則化非線形の回帰分析(カーネルラッソ回帰)及びSHAP値を用いた。
また「次元削減」とは、ある特定の基準に基づいた関係を保持しながら、高次元空間から低次元空間へデータを変換するプロセスのことを意味する。高次元上の関係を抽出し、低次元上で表現することで、ヒトは高次元上のデータをそのまま見るよりも、サンプル間の関係をより直感的に理解することができる。なお、詳細は後述する。
【0009】
従って、前記課題は、本発明によれば、評価対象となる対象物質の官能特性を評価する方法であって、前記対象物質について異なる種類のサンプルを得る工程と、前記サンプル毎に、前記対象物質の前記官能特性に関する分析データを得る工程と、前記サンプル毎に、前記対象物質内の複数の一次代謝物および複数の硫黄化合物を少なくとも含む第1の化合物群の定量データを得る工程と、前記対象物質の分析データと前記第1の化合物群の定量データとを用いて特徴量選択の処理を行い、前記第1の化合物群の中から前記官能特性に寄与する第2の化合物群を抽出する工程と、前記対象物質の分析データと前記第2の化合物群の定量データとを用いて次元削減の処理を行い、異なる種類の前記対象物質間における前記官能特性に関する類似性を示すグラフを作成する工程と、を行うことにより解決される。
【0010】
このとき、記第1の化合物群の定量データを得る工程では、メタボロミクス解析を行い、前記第2の化合物群を抽出する工程では、非線形の回帰分析によって学習済み回帰モデルを作成し、該学習済み回帰モデルによって前記官能特性の寄与度を示すSHAP値を算出することで前記特徴量選択の処理を行い、前記グラフを作成する工程では、多次元尺度法により前記次元削減の処理を行うと良い。
また、前記官能特性に関する分析データを得る工程では、ヒトによる前記官能特性に関する官能評価の結果を分析し、異なる種類の前記対象物質間における前記官能特性に関する類似性を示す分析データを得ると良い。
【0011】
このとき、前記対象物質は、日本酒であって、前記官能特性は、前記日本酒の呈味であって、前記グラフは、異なる種類の前記日本酒間の前記呈味に関する類似性を示す二次元又は三次元の散布図であると良い。
また、前記第2の化合物群を抽出する工程では、前記日本酒の呈味の尺度となる甘味、辛味、酸味、苦味および渋味のいずれかに寄与する前記第2の化合物群を抽出すると良い。
【0012】
このとき、前記第2の化合物群には、少なくとも15種の前記一次代謝物と、少なくとも10種の前記硫黄化合物とが含まれると良い。
また、前記第2の化合物群には、前記一次代謝物として4-ヒドロキシプロリン、アデノシン3’,5’-環状-リン酸、ドーパ、グルタチオン、グリシン、グアニン、ナイアシンアミド、ノルエピネフリン、オフタルミン酸、酸化グルタチオン、パントテン酸、S-アデノシルメチオニン、セリン、スレオニン、尿酸が含まれ、前記硫黄化合物としてシステインモノスルフィド、システイン、グルタチオンモノスルフィド、酸化型グルタチオンモノスルフィド、グルタチオン、酸化型グルタチオン、グルコース、硫化物イオン、亜硫酸イオン、システインスルフィン酸が含まれると良い。
【発明の効果】
【0013】
本発明の物質の官能特性評価方法によれば、従来よりも対象物質の官能特性を精度良く評価し、当該評価結果を直感的に理解し易く表現することが可能となる。
特に、日本酒の呈味を精度良く評価し、異なる種類の日本酒間における呈味の類似性を直感的に理解し易く表現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ヒトによる52種類の日本酒の呈味に関する官能評価結果を示す散布図である。
図2】従来手法による52種類の日本酒の酸度と日本酒度の測定結果を示す散布図である。
図3】日本酒の甘味・辛味に寄与する成分の特徴量重要度を示すグラフである。
図4】日本酒の酸味に寄与する成分の特徴量重要度を示すグラフである。
図5】本手法による52種類の日本酒の呈味に関する類似性を示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について、図1図5を参照しながら説明する。
本実施形態は、評価対象となる対象物質の官能特性を評価する方法であって、対象物質について異なる種類のサンプルを得る「第1工程」と、サンプル毎に、対象物質の官能特性に関する分析データを得る「第2工程」と、サンプル毎に、対象物質内の複数の一次代謝物、複数の短鎖脂肪酸および複数の硫黄化合物を含む第1化合物群の定量データを得る「第3工程」と、対象物質の分析データと第1化合物群の定量データとを用いて特徴量選択の処理を行い、第1化合物群の中から官能特性に寄与する第2化合物群を抽出する「第4工程」と、対象物質の分析データと第2化合物群の定量データとを用いて次元削減の処理を行い、異なる種類の対象物質間における官能特性に関する類似性を示すグラフを作成する「第5工程」と、を行うことを主な特徴とする官能特性の評価方法に関するものである。
なお、上記「第2工程」と上記「第3工程」の順番を適宜入れ替えても良い。
当該評価方法によれば、対象物質の官能特性を精度良く評価し、当該評価結果を直感的に理解し易く表現することができる。言い換えれば、既存の定量分析・解析手法よりもヒトによる官能評価結果を再現し、再現結果を分かり易く可視化することができる。
【0016】
具体的には、本実施形態の官能特性の評価方法では、予め、対象物質について異なる種類の標準サンプルを用意し、標準サンプル毎にヒトによる官能特性の官能評価を行い、官能特性に関する「分析データ」を取得する。また、標準サンプル毎にメタボロミクス解析を行い、対象物質内の代謝物(一次代謝物、短鎖脂肪酸、硫黄化合物)の「定量データ」を取得する。当該分析データと当該定量データを用いて「特徴量選択の処理」を行い、さらに「次元削減の処理」を行って、対象物質間における官能特性の類似性を示す「散布図」を作成する。そして、当該散布図上の位置に基づいて、未知の対象物質の官能特性を評価する。
「分析データ」とは、対象物質の官能特性を定量評価するための物差しとなる標準データであって、上述の通り、例えば標準サンプル毎に行われたヒトによる対象物質の官能評価結果を分析したデータである。
「定量データ」とは、標準サンプル毎にメタボロミクス解析を行うことで得られた、対象物質内に含まれる各代謝物の解析データである。
つまり、これら分析データ、定量データを用いて標準グラフとなる散布図を作成し、当該散布図を利用して、未知の対象物質の官能特性(官能特性の類似性・非類似性)を評価するものである。
【0017】
<評価対象>
「対象物質」とは、複数の一次代謝物、複数の短鎖脂肪酸および複数の硫黄化合物を含有する物質であって、例えば、土壌、水、食品、飲料、生体試料等である。
食品としては、例えば、肉類、魚介類、卵類、牛乳、穀物、豆類、芋類、野菜類、果実類等の農作物等が挙げられる。
飲料としては、例えば、日本酒、ビール、ワイン等の醸造により造られるもの、清涼飲料水等が挙げられる。
生体試料としては、例えば、血液、唾液、糞便等が挙げられる。
好ましくは、「対象物質」は日本酒、ビール、ワイン等の醸造により造られるものであってアルコール飲料である。より好ましくは、対象物質は日本酒である。
【0018】
「官能特性」とは、ヒトの五感(視覚、触覚、臭覚、味覚、聴覚)を通じて計測、分析、解釈される物質(物体)の特性(性質)であって、ヒトの感覚によって区別される物質の特性である。
例えば「官能特性」は、対象物質の呈味、香り、匂い、臭気、色、肌触り等である。好ましくは、官能特性は呈味(味わい)である。
以下、本実施形態では、日本酒の呈味を評価する方法について説明する。
【0019】
<評価方法>
本実施形態の評価方法において上記「第1工程」では、対象物質について異なる種類のサンプル(標準サンプル)を用意し、上記「第2工程」では、標準サンプル毎に、対象物質の官能特性に関する分析データを得る。
具体的には、「第2工程」では、ヒトによる官能特性に関する官能評価の結果を分析し、異なる種類の対象物質間における官能特性に関する類似性を示す分析データ(標準データ)を得る。
【0020】
<<ヒトによる官能評価>>
ヒトによる官能評価の結果を分析するにあたっては、複数種類の対象物質のサンプルに対して「プロジェクションマッピング手法」と呼ばれる手法を用い、対象物質の官能特性について類似性・非類似性を反映させた官能評価プロットを作成し、当該官能評価プロットを分析データとして取得すると良い。
具体的には、ヒトによる日本酒の官能評価を行い、日本酒の呈味について「甘味・辛味」と「酸味」を尺度として、類似性・非類似性を反映させた官能評価プロットを作成すると良い。
より具体的には、複数の利酒師(テイスター)によって、予め縦軸に日本酒の「甘味・辛味」、横軸に「酸味」の強さを置いて官能評価を行ってもらい、2次元の官能評価プロットを作成すると良い。
なお、上記「プロジェクションマッピング手法」については非特許文献3を参考にして行うと良い。
【0021】
<<メタボロミクス解析>>
上記「第3工程」では、標準サンプル毎に、対象物質内の複数の一次代謝物、複数の短鎖脂肪酸および複数の硫黄化合物を含む第1化合物群の定量データを得る。
具体的には、「第3工程」では、対象物質のメタボロミクス解析を行い、対象物質内の第1化合物群の定量データ(解析データ)を求める。
なお、第1化合物群には、短鎖脂肪酸が含まれなくても良い。あるいは、一次代謝物及び短鎖脂肪酸が含まれなくても良い。
【0022】
「第1化合物群」には、一次代謝物、短鎖脂肪酸及び硫黄化合物が含まれる。
「一次代謝物」は、糖質、脂質、アミノ酸、有機酸、タンパク質の代謝に関係するもので、植物の成長、代謝に必要とされている代謝物であって、植物の生命活動にかかわる重要な代謝物である。
一次代謝物は、日本酒に使われている米の品種や精米具合に関する情報を解析するために有用である。例えば、一次代謝物に含まれるグルタミンは、うま味の原因物質である。バリン、イソロイシン、ロイシン、アルギニンは、日本酒に含まれる独特な苦みの原因物質である。アラニン、アルギニン、ヒスチジンは日本酒の甘味に寄与する。
従って、一次代謝物を調べることは日本酒の呈味に寄与する成分を調べることになる。
【0023】
一次代謝物には、例えば2-アミノ酪酸、2-ケトグルタル酸、2-モルホリノエタンスルホン酸、4-アミノ酪酸、4-ヒドロキシプロリン、アセチルカルニチン、アセチルコリン、アコニット酸、アデニン、アデノシン、アデノシン3’,5’-環状-リン酸、アラニン、アルギニン、アルギニノコハク酸、アスパラギン、アスパラギン酸、非対称ジメチルアルギニン、グアノシン3’,5’-環状-リン酸、カルニチン、カルノシン、コリン、シチコリン、クエン酸、シトルリン、クレアチン、クレアチニン、シスタチオニン、システイン、シスチン、シチジン、シチジン-リン酸、シトシン、ジメチルグリシン、ドーパ、ドーパミン、エピネフリン、FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)、フマル酸、グルタミン酸、グルタミン、グルタチオン、グリシン、グアニン、グアノシン、ヒスタミン、ヒスチジン、ホモシステイン、ホモシスチン、ヒポキサンチン、イノシン、イソクエン酸、イソロイシン、キヌレニン、乳酸、ロイシン、リジン、リンゴ酸、メチオニン、ナイアシンアミド、ニコチン酸、ノルエピネフリン、オフタルミン酸、オルニチン、オロチン酸、酸化グルタチオン、パントテン酸、フェニルアラニン、プロリン、ピルビン酸、S-アデノシルホモシステイン、S-アデノシルメチオニン、セリン、セロトニン、コハク酸、対称型ジメチルアルギニン、スレオニン、チミジン、チミン、トリプトファン、チロシン、ウラシル、尿酸、ウリジン、バリン、キサンチンの85種類が含まれる。
【0024】
上記一次代謝物のうち、日本酒の「甘味・辛味」に寄与する成分として、4-ヒドロキシプロリン、アデノシン3’,5’-環状-リン酸、アスパラギン、アスパラギン酸、シスチン、ジメチルグリシン、ドーパ、ドーパミン、グルタチオン、グリシン、グアニン、グアノシン、ヒポキサンチン、ナイアシンアミド、ノルエピネフリン、オフタルミン酸、酸化グルタチオン、パントテン酸、S-アデノシルメチオニン、セリン、スレオニン、尿酸が確認されている(22種類)。
また、日本酒の「酸味」に寄与する成分として、2-モルホリノエタンスルホン酸、4-ヒドロキシプロリン、アデノシン、アデノシン3’,5’-環状-リン酸、アルギニン、シチコリン、シチジン-リン酸、ドーパ、グルタチオン、グリシン、グアニン、イノシン、キヌレニン、ナイアシンアミド、ノルエピネフリン、オフタルミン酸、酸化グルタチオン、パントテン酸、S-アデノシルメチオニン、セリン、セロトニン、スレオニン、トリプトファン、尿酸が確認されている(24種類)。
日本酒の甘味・辛味、酸味の「両方」に寄与する成分として、4-ヒドロキシプロリン、アデノシン3’,5’-環状-リン酸、ドーパ、グルタチオン、グリシン、グアニン、ナイアシンアミド、ノルエピネフリン、オフタルミン酸、酸化グルタチオン、パントテン酸、S-アデノシルメチオニン、セリン、スレオニン、尿酸が確認されている(15種類)。
【0025】
「短鎖脂肪酸」は、大腸で腸内細菌によって作られる有機酸であって、当該有機酸は、物質の呈味に関係するものである。
例えば、短鎖脂肪酸に含まれる酢酸や酪酸は、日本酒の酸の匂いに寄与する。また、リンゴ酸、コハク酸、乳酸などの有機酸が増加することで日本酒の味わいの深みが増すものである。
「短鎖脂肪酸」には、2-ヒドロキシグルタル酸、2-オキソ酪酸、酢酸、酪酸、クエン酸*、フマル酸*、グリコール酸、グリオキシル酸、イソ酪酸、イソクエン酸*、イソ吉草酸、乳酸*、マレイン酸、リンゴ酸*、マロン酸、オキサロ酢酸、プロピオン酸、ピルビン酸*、コハク酸*、吉草酸、α-ケトグルタル酸(2-オキソグルタル酸)、β-ヒドロキシ酪酸(3-ヒドロキシ酪酸)の22種類が含まれる。
なお、上記一次代謝物との重複を排除すると、15種類である(重複する成分について*を付している)。
【0026】
「硫黄化合物」は、硫黄代謝物とも称され、微生物の活動によって物質内の状態が変化する発酵食品等の解析に活用できるものである。
「硫黄化合物」には、2-フルフリルチオール(ラベル化)、酢酸-2-メルカプトエチル(ラベル化)、5-アミノレブリン酸、5-グルタミルシステイン(ラベル化)、アデノシル5‘-ホスホスルフェート(APS)、ベンジルメルカプタン(ラベル化)、カンフォルスルフォネート、システイングリシン(ラベル化)、システインモノスルフィド(ラベル化)、システイン(ラベル化)、シスタチオニン、シスチン*、エルゴチオネイン、酸化型グルタチオンモノスルフィド、グルタチオンモノスルフィド(ラベル化)、酸化型グルタチオンジスルフィド、グルタチオンジスルフィド(ラベル化)、酸化型グルタチオンテトラスルフィド、グルタチオン(ラベル化)、酸化型グルタチオン、グルコース、ヘルシニン、ヒスチジン*、ホモシステインモノスルフィド、ホモシステイン(ラベル化)、ホモシスチン、ホモセリン、ヒポタウリン、乳酸*、メチオニン*、N-アセチルセリン、O-スクシニルホモセリン、S-アデノシルホモシステイン*、S-アデノシルメチオニン*、S-ニトロソグルタチオン、S-スルホシステイン、硫化物イオン(ラベル化)、セリン*、亜硫酸イオン(ラベル化)、タウリン、チオ硫酸イオン(ラベル化)、チオウロカロン酸(ラベル化)、尿素、システインスルフィン酸の44種類が含まれる。
なお、上記一次代謝物又は短鎖脂肪酸との重複を排除すると、38種類である(重複する成分について*を付している)。
「ラベル化」と記載されているものは、アルキル化剤で修飾された硫黄化合物(硫黄代謝物)を示している。
【0027】
上記硫黄化合物のうち、日本酒の「甘味・辛味」に寄与する成分として、システイングリシン(ラベル化)、システインモノスルフィド(ラベル化)、システイン(ラベル化)、シスタチオニン、グルタチオンモノスルフィド(ラベル化)、酸化型グルタチオンモノスルフィド、酸化型グルタチオンジスルフィド、グルタチオンジスルフィド(ラベル化)、グルタチオン(ラベル化)、グルコース、ホモシステインモノスルフィド(ラベル化)、ホモセリン、ヒポタウリン、S-ヘルシニル-システインスルホキシド、硫化物イオン(ラベル化)、亜硫酸イオン(ラベル化)、チオ硫酸イオン(ラベル化)、尿素、システインスルフィン酸が確認されている(18種類)。
また、日本酒の「酸味」に寄与する成分として、2-フルフリルチオール(ラベル化)、5-グルタミルシステイン(ラベル化)、アデノシル5‘-ホスホスルフェート(APS)、システインモノスルフィド(ラベル化)、システイン(ラベル化)、グルタチオンモノスルフィド(ラベル化)、酸化型グルタチオンモノスルフィド、酸化型グルタチオンテトラスルフィド、グルタチオン(ラベル化)、酸化型グルタチオン、グルコース、ヘルシニン、S-ニトロソグルタチオン、硫化物イオン(ラベル化)、亜硫酸イオン(ラベル化)、タウリン、システインスルフィン酸が確認されている(17種類)。
日本酒の甘味・辛味、酸味の「両方」に寄与する成分として、システインモノスルフィド(ラベル化)、システイン(ラベル化)、グルタチオンモノスルフィド(ラベル化)、酸化型グルタチオンモノスルフィド、グルタチオン(ラベル化)、酸化型グルタチオン、グルコース、硫化物イオン(ラベル化)、亜硫酸イオン(ラベル化)、システインスルフィン酸が確認されている(10種類)。
【0028】
上記「第3工程」では、標準サンプル毎に「メタボロミクス解析」を行い、対象物質内の複数の一次代謝物、複数の短鎖脂肪酸および複数の硫黄化合物の「定量データ(解析データ)」を取得する。
具体的には、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS/MS)、ガスクロマトグラフィー質量分析法(Gas Chromatography-Mass Spectrometry、GC-MS)、ガスクロマトグラフィー質量分析法(Gas Chromatography-tandem Mass Spectrometry、GC-MS/MS)、キャピラリー電気泳動-質量分析法(Capillary Electrophoresis-Mass Spectrometry、CE-MS)、磁気共鳴分光法(NMR Spectroscopy)等が挙げられる。
これらの中で好ましくは、液体クロマトグラフィー質量分析法を用いると良い。なお、液体クロマトグラフィー質量分析法以外の方法で得られた定量データは、液体クロマトグラフィー質量分析法で得られた定量データと関連付けることができる。
【0029】
硫黄化合物を解析するにあたっては、サルファーインデックスとも称される解析手法を用いると良い。サルファーインデックスは、従来の分析では解析し難い硫黄化合物等を分析することが可能である。
具体的には、一般的な解析では検出できない微量な硫黄化合物や、分子量が低く蒸発し易い性質を有する揮発性低分子硫黄化合物をアルキル化剤で修飾し(前処理し)、液体クロマトグラフィー質量分析法を用いて定量する。
アルキル化剤で修飾する必要がある硫黄化合物、すなわち揮発性低分子硫黄化合物を定量するにあたっては、揮発性低分子硫黄化合物をアルキル化剤で修飾する前処理を行う工程(第3-1工程)と、アルキル化剤で修飾した揮発性低分子硫黄化合物を液体クロマトグラフィー質量分析法により分析し、揮発性低分子硫黄化合物を定量する工程(第3-2)とを行うことになる。
【0030】
アルキル化剤としては、5,5’-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸)、2,6-ジクロロフェノールインドフェノール、p-クロロメルクリ安息香酸、ヨードアセトアミド、N-エチルマレイミドおよびモノブロモビマン(mBBr)からなる群から選ばれる1種以上の化合物であることが好ましい。これらのアルキル化剤は、1種を単独で用いても良く、2種以上を併用しても良い。
本実施形態では、アルキル化剤で前処理した硫黄化合物については、「ラベル化」と記載することとしている。
【0031】
液体クロマトグラフィー質量分析装置は、成分分離部(LC)と、第1の質量分析部(MS)と、第2の質量分析部(MS)と、を備えている。
液体クロマトグラフィー質量分析法では、成分分離部(LC)にて、対象物質を親和性の差によって成分毎に分離した後、第1の質量分析部(MS)にて、特定の質量の成分のみをさらに解離・フラグメント化し、第2の質量分析部(MS)にて、特定のイオンを検出(定量)する。
詳しくは、例えば特許第6426329号に記載された定量方法の通りである。
【0032】
予め定量された一次代謝物、短鎖脂肪酸、硫黄化合物の定量データ(解析データ)は、対象物質(日本酒)の官能特性(呈味)を評価するための要素となる。
例えば、これら定量データをデータベースに登録しておくことで、未知の日本酒の呈味を評価するときの定量データ(標準データ)として利用することができる。
【0033】
<<特徴量選択の処理>>
上記「第4工程」では、対象物質の「分析データ」と、第1化合物群の「定量データ」とを用いて「特徴量選択の処理」を行い、第1化合物群の中から官能特性に寄与する第2化合物群を抽出する。
具体的には、特徴量選択を行うことで、対象物質内に含まれる第1化合物群の中から官能特性に寄与しない化合物群を削減する処理をしている。本実施形態では、「L1正則化非線形の回帰分析(カーネルラッソ回帰)」及び「SHAP値」を用いている(例えば、非特許文献4、5参照)。
すなわち、官能特性に寄与する第2化合物群を抽出すべく、「L1正則化非線形の回帰分析」によって学習済み回帰モデルを作成し、当該学習済み回帰モデルによって官能特性の寄与度を示す「SHAP値」を算出することで特徴量選択の処理を行っている。
【0034】
L1正則化非線形の回帰分析(カーネルラッソ回帰)は、代表的な特徴量削減アルゴリズムであるラッソ回帰とは異なる回帰モデルである。
「ラッソ回帰」はL1正則化項を損失関数に持つ回帰モデルで、いくつかの説明変数の特徴量を0にする性質を有している。一般的な特徴量選択を行うときには、このラッソ回帰を使うことに問題は生じないものの、日本酒の官能評価と、メタボロミクス解析の分析結果とでは非線形な関係性が確認されることから、線形な関係を仮定しているラッソ回帰では不適当と考えられる。
そこで、特徴量削減をする性質があり、かつ非線形な関係を前提にしているカーネルラッソ回帰を使用している。
一方で、「カーネルラッソ回帰」は説明変数の係数や特徴量重要度を有していないため、モデルが学習した特徴量重要度を確認するために「SHAP値」を導入している。ラッソ回帰によって特徴量選択を行う場合、説明変数の係数を特徴量重要度として扱っているが、本実施形態では、カーネルラッソ回帰の「SHAP値」を特徴量重要度として扱っている。
【0035】
「SHAP値」は、解釈したいモデルの入力値を二値化して、その出力値に対する限界効果をほかの特徴量重要度が解釈可能なモデルで推定することで、元のモデルの特徴量重要度を求めるアプローチである。
詳しく説明すると、それぞれの特徴量の限界効果を図るための手法として、ゲーム理論においてあるゲームの特定プレイヤーの貢献度を測定するために考案された「Shapley Value値」がある。これに加えて、非線形モデルを解釈可能なモデルで推定する「Additive Feature Attribute Method」があり、これを「Shapley Value値」と組み合わせたものが「SHAP値」である。
本実施形態では、この「SHAP値」を用いながら「カーネルラッソ回帰」によって、対象物質の「分析データ」及び第1化合物群の「定量データ」を学習し、日本酒の呈味に対する特徴量重要度を求め、第1化合物群の中から官能特性に寄与する第2化合物群を抽出している。より具体的には、特徴量重要度の大きさに基づいて第1化合物群の並び替えを行い、第1化合物群の中から所定の閾値を下回った化合物群を除外し、残ったものを第2化合物群としている。
【0036】
<<次元削減の処理>>
上記「第5工程」では、対象物質の「分析データ」と、第2化合物群の「定量データ」とを用いて「次元削減の処理」を行い、異なる種類の対象物質間における官能特性に関する類似性を示す「グラフ」を作成する。
本実施形態では、「多次元尺度法」により次元削減の処理を行い、異なる種類の日本酒間の呈味に関する類似性を示す「二次元又は三次元の散布図」を作成している。散布図としては、例えば、図5に示す二次元の散布図を作成することができる。
【0037】
多次元尺度法は、高次元データ上のサンプル間の距離の公理を満たす類似度を低次元に写像する教師なし機械学習手法である。すなわち、高次元上のサンプル間の類似度を維持しながら、より低次元で新しいマッピングを行う手法である。当該手法は、人間が感覚器などで受け取った刺激を直感的に理解し、複数のものに対して類似性を見出せる心理作用を念頭に開発されたものである(例えば、非特許文献6参照)。
詳しく述べると、多次元尺度法の目的は、N個の物質の持つ類似度と、サンプル間距離が一致しているN点の表現を見つけることである。多次元尺度法では、Stressと呼ばれる損失関数を最小化することで、新しいサンプル間距離を求めることができる。
多次元尺度法による処理は、例えば、プログラミング言語「Python」における一般的な機械学習ライブラリ「Scikit-learn」に含まれる多次元尺度法メソッドを用いて行われると良い。
本実施形態では、第1化合物群の中から対象物質の「分析データ」に寄与することが認められ、抽出された第2化合物群に対し「次元削減の処理」を行った。つまり、「第5工程」によって、対象物質の「分析データ」から対象物質間の類似度を反映した2次元プロットを作成した。
【0038】
これら「機械学習(カーネルラッソ回帰、多次元尺度法)」を活用することで、日本酒のメタボロミクス解析データの中で呈味に寄与する成分を特徴量選択し、人間のテイスターが認識する日本酒間の呈味の類似性を反映した次元削減結果を得て、当該次元削減結果に基づく2次元プロットを作成することができる。
【0039】
本発明の物質の官能特性評価方法によれば、対象物質の官能特性を精度良く評価し、当該評価結果を直感的に理解し易く表現することが可能である。つまりは、ヒトによる官能評価結果を再現し、再現結果を分かり易く可視化することが可能である。
【0040】
以下、本発明の実施例について詳しく説明する。なお、本発明は本実施例に限定されるものではない。
【実施例0041】
本実施例では、(1)日本酒の種類の異なるサンプルの呈味に関する官能評価の結果、(2)従来手法によるサンプル毎の日本酒度と酸度の測定結果、(3)本発明の手法によるサンプル毎の呈味の類似度の解析結果をそれぞれ示す。
上記(3)では、日本酒のサンプル毎のメタボロミクス解析データを用いて特徴量選択の処理を行った結果、次元削減の処理行った結果、そして異なる種類の日本酒間における呈味の類似度を示す散布図をプロットした結果を示す。
そして、上記(2)の従来手法と、上記(3)の本手法とで、どちらの手法が上記(1)のヒトの官能評価の結果に近づく結果となったか比較する。
なお、比較にあたっては、相互情報量とシルエット係数と呼ばれる指標を用いて行った。
【0042】
<試験例(1)ヒトによる官能評価の結果>
対象物質の標準サンプルとして、市販の52種類の銘柄の日本酒を用意した。
日本酒の選定は、地域や製法、使用するコメの品種等を制限することなく行った。このような選定を行った理由としては、上記(2)、(3)の手法を行う上で、特定の種類の日本酒の呈味に偏ることを防ぐためである。
日本酒のサンプルは、官能評価試験にかけられるまで‐1℃で保管された。
【0043】
官能評価にあたっては、52種類の日本酒のサンプルに対して「プロジェクションマッピング手法」を用い、日本酒の呈味について「甘味・辛味」と「酸味」を尺度として、類似性・非類似性を反映させた官能評価プロットを作成した。
図1は、日本酒協会利酒師を取得している10人の官能評価結果の加重平均を取ったものである。10人の利酒師(テイスター)には、あらかじめ縦軸に日本酒の「甘味・辛味」、横軸に「酸味」の強さを置いて官能評価を行うように指示した。あるテイスターによる極端な官能評価結果を取り除くために、各日本酒のサンプルにおける尺度について最も高い評価と最も低い評価は排除した上で加重平均を取った。
【0044】
図1の2次元プロットについて、縦軸は日本酒の「甘味・辛味」を示し、横軸は日本酒の「酸味」を示している。なお、縦軸、横軸ともに値を持たないプロット図である。
図1に示す数字(0~51)は、各日本酒のサンプル番号に対応している。後述の上記(2)、(3)の評価結果においても共通して用いられるサンプル番号である。
また、各日本酒のサンプルをK平均法を用いて複数のクラスターに分類した。同じクラスターに属するサンプルに対し同じ識別マーク(例えば〇、△、□等)を付した。
図1を見ると、各日本酒のサンプルが5つのクラスターに分類されていることが分かる。
【0045】
<試験例(2)従来手法による日本酒度と酸度の測定結果>
対象物質の標準サンプルとして、上記(1)と同様に52種類の日本酒を用意した。
日本酒のサンプルは、測定試験にかけられるまで‐1℃で保管された。
【0046】
本手法では、全ての日本酒のサンプルについて「日本酒度」と「酸度」を求めた。
「日本酒度」は、水との比重に基づいて測定される伝統的な日本酒の指標値である。日本酒は発酵の過程においてデンプンからグルコースを生成し、グルコースからエタノールを生成する。グルコース水溶液は水よりも重く、エタノールは水よりも軽いことから、日本酒の水との比重を確認することで日本酒の発酵の進行具合、つまりは日本酒の甘さ・辛さを測定できると考えられている。例えば、糖分に関する成分が多い日本酒ほど重くなってマイナスになり、糖分に関する成分が少なく、アルコール度数が高い日本酒ほど軽くなってプラスになる。つまりは、「日本酒度」がマイナスになれば甘口、プラスになれば辛口とされている。
本実施例では、「日本酒度」を求めるにあたって、日本酒度計(型式名:No.1 61-0017-85、日本計量器工業社製)を用いて測定した。具体的には、15℃のときのサンプルに日本酒度計を浮かせることで測定した。
【0047】
「酸度」は、物質に含まれる酸の濃度を示し、0.1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液10mlを中和するために必要なBTB・NR混合水溶液の量で計測される。なお、所定の酸、酪酸、酢酸、リンゴ酸、コハク酸等が日本酒の酸の味わい(酸味)に影響を与えることが確認されている。
本実施例では、「酸度」を求めるにあたって、ポケット糖度酸度計キット(型式名:M16BX-ACID-121A、日本計量器工業社製)を用いて測定した。具体的には、対象物質を1.00g測り、10倍の重さになるまで希釈し、良くかき混ぜた。その後、ポケット糖度酸度計キットのプリズム面に、希釈した対象物質を0.3ml以上滴下し、「酸度」を計測した。
【0048】
図2は、サンプル毎の日本酒度と酸度の測定結果を示したものである。
図2の2次元プロットについて、縦軸は「日本酒度」を示し、横軸は日本酒の「酸度」を示している。また、図2に示す数字は、各日本酒のサンプル番号に対応している。図2を見ると、各日本酒のサンプルが5つのクラスターに分類されていることが分かる。
【0049】
日本酒度は、発酵の過程でグルコースからアルコールへ変換されている進行具合を反映しているため、従来、日本酒の甘さ・辛さを反映するものと考えられている。
酸度は、日本酒に含まれる総酸の割合を示しているので、従来、日本酒の酸の味わいを表現するものと考えられている。これら2つの基準でプロットすることで、日本酒の呈味を定量的に表現した散布図を作成している。
【0050】
図1に示すヒトによる官能評価の結果と、図2に示す日本酒度と酸度の2次元プロットとを比較すると、一定程度の類似性があるように見える。
一方で、図1の結果と比較して図2に示す2次元プロットの結果では、クラスター間で重複している部分が存在し、必ずしも日本酒の呈味を表現しているとはいえない結果となった。
【0051】
<試験例(3)本手法によるサンプル毎の呈味の類似性の解析結果>
対象物質の標準サンプルとして、上記(1)と同様に52種類の日本酒を用意した。
日本酒のサンプルは、測定試験にかけられるまで‐1℃で保管された。
【0052】
本手法では、まず、全ての日本酒のサンプルについてサンプル内に含まれる一次代謝物、短鎖脂肪酸および硫黄化合物を網羅的に調べるメタボロミクス解析を実施した。
具体的には、サンプル毎に、下記表1に示す一次代謝物、下記表2に示す短鎖脂肪酸、下記表3に示す硫黄化合物について、液体クロマトグラフィー質量分析装置を用いて液体クロマトグラフィー質量分析を行った。
なお、表1に示す「一次代謝物」は、日本酒の呈味(例えば、旨味、苦味、甘味など)に寄与する成分の候補一覧である。表2に示す「短鎖脂肪酸」は、日本酒の呈味(例えば、酸の匂い、味わいの深みなど)に寄与する成分の候補一覧である。表3に示す「硫黄化合物」は、日本酒の呈味(例えば、酸の匂い、味わいの深みなど)に寄与する成分の候補一覧である。
これら一次代謝物、短鎖脂肪酸、硫黄化合物が「第1化合物群」に相当し、上記質量分析の対象となる成分である。
【0053】
【表1】
【表2】
※表1と重複する成分について*を付した。
【表3】
※表1、2と重複する成分について*を付した。
【0054】
詳しく述べると、サンプル毎に、アルキル化剤で修飾した後(ラベル処理した後)、液体クロマトグラフィー質量分析法により分析し、日本酒に含まれる一次代謝物、短鎖脂肪酸、硫黄化合物(揮発性低分子硫黄化合物を含む)を定量した。
具体的には、日本酒を0.5mL採取し、その日本酒に抽出液0.5mL(超純水で希釈した終濃度500μMのD-しょうのう-10-スルホン酸ナトリウム5μL、終濃度99%(w/w)のメタノール495μL)を加えて、日本酒と抽出液を充分に混合した後、これを15000rpm、4℃、3分の条件で遠心分離し、上澄み液を回収した。
次いで、回収した上澄み液100μLに、2Mトリス-塩酸緩衝液(pH8.8)を10μL加え、さらに、20mMモノブロモビマン(アルキル化剤)を10μL加えて、10分間の撹拌操作を行い、15000rpm、4℃、3分の条件で遠心分離し、上澄み液を回収した。
次いで、回収した上澄み液87μLを、遠心型エバポレーターで2時間程度乾燥処理し、上澄み液を乾固させた。
次いで、乾固した上澄み液に超純水60μLを加えて再懸濁させた後、15000rpm、4℃、3分の条件で遠心分離し、得られた上澄み液50μLをサンプルカップへ移し、そのうちの5μLを用いて液体クロマトグラフィー質量分析を行い、上記第1化合部群を定量した。
【0055】
液体クロマトグラフィー質量分析には、液体クロマトグラフィー質量分析装置(型式名:LCMS-8050、島津製作所社製)を用いた。カラムとしては、Waters社製のACQUITY(登録商標) UPLC CSH C18、1.7μmを用いた。
移動相としては、0.1%ギ酸を含むアセトニトリルを用いた。
測定時間を20分とした。
上記分析条件の下で、液体クロマトグラフィー質量分析を行い、サンプル毎に、対象物質内の第1化合物群(複数の一次代謝物、複数の短鎖脂肪酸、複数の硫黄化合物)の「定量データ」を取得した。
【0056】
次に、液体クロマトグラフィー質量分析によって得られた、サンプル毎の第1化合物群の「定量データ」と、上記試験例(1)で得られた、サンプル毎のヒトの官能評価の結果に基づく「分析データ」とを用いて特徴量選択の処理を行い、図3図4に示す特徴量重要度のグラフを作成した。具体的には、SHAP値を計算するためのパッケージに含まれるバイオリンプロット関数を使用して作成した。右のカラースケールが、特徴量の大きさに対応し、下の軸には目的変数に対する寄与の大きさが対応している。
【0057】
図3は、日本酒内の代謝物において「甘味・辛味」に寄与したと考えられる特徴量の一覧と、その寄与度を示したものである。代謝物の寄与度を求めるにあたって、特徴量選択の処理として上述の「カーネルラッソ回帰」と、その学習済みモデルの「SHAP値」を活用した。
図3に示すバイオリンを模した形状と色は、日本酒のサンプル内に含まれていた各代謝物の量とその分布を示している。
図3のグラフについて横軸は「特徴量の寄与度(SHAP値)」を示している。
図3のグラフによって、日本酒の「甘味・辛味」に寄与したと考えられる成分を抽出することができる。
【0058】
図4は、日本酒内の代謝物において「酸味(酸の味わい)」に寄与したと考えられる特徴量の一覧と、その寄与度を示したものである。
図4のグラフについて横軸は「特徴量の寄与度(SHAP値)」を示している。
図4のグラフによって、日本酒の「酸味」に寄与したと考えられる成分を抽出することができる。
【0059】
次に、液体クロマトグラフィー質量分析によって得られ、かつ、特徴量選択の処理によって選択された、サンプル毎の第2化合物群の「定量データ」と、上記試験例(1)で得られた、サンプル毎のヒトの官能評価の結果に基づく「分析データ」とを用いて次元削減の処理を行い、図5に示す2次元の散布図を作成した。
具体的には、プログラミング言語「Python」における一般的な機械学習ライブラリ「Scikit-learn」に含まれる多次元尺度法メソッドを使い、図5に示す2次元の散布図を作成した。
【0060】
図5は、図3図4に示す特徴量重要度のグラフによって抽出された第2化合物群を、多次元尺度法で次元削減することによって2次元に圧縮したものである。
図5に示す数字は、図1、2と同様に各日本酒のサンプル番号に対応している。図5を見ると、各日本酒のサンプルが5つのクラスターに分類されていることが分かる。
図5の2次元プロットについて、縦軸、横軸ともに意味、値を持たず、相対的な距離がサンプル間の類似度・非類似度を示すものとなっている。
【0061】
<試験例(4)従来手法と本手法との結果比較>
次に、図2に示す従来手法による日本酒の酸度と日本酒度の測定結果と、図5に示す本手法による日本酒の呈味に関する類似度の解析結果とで、どちらの手法がヒトの官能評価結果に近似した結果となったか評価した。
それぞれの結果を評価するにあたって、「調整済み相互情報量(AMIS:Adjusted Mutual Information)」と「シルエット係数(SC:Silhouette Connect)」と呼ばれる定量的な指標を用いた。
【0062】
「調整済み相互情報量」とは、確率変数の不確実性を測るための指標であって、二つの変数がどの程度似た確率分布を持っているのか判断することができる。二つの変数が依存すればするほど相互情報量は増えていき、依存しなければ0になる性質を有している。
本実施例では、変数Xを官能評価結果、変数Yを従来手法による測定結果又は本手法による解析結果とした。そうすることで、変数Xと変数Yがどの程度確率的に似た分布を持っているのか判断することができる。
「シルエット係数」は、クラスターがどの程度まとまって分布しているかを示す指標であって、それぞれの分布におけるクラスターがどの程度似ているのかを判断することができる。シルエット係数は、自分が所属しているクラスターの中心との距離と、最近接クラスターの中心との距離のどちらに近いかを計算したものの全サンプルの平均値である。詳しく述べると、シルエット係数では、任意のオブジェクトについて自分の所属しているクラスターの中心に近ければ1に近い値、他の最近接クラスターに近ければ‐1を与えることを目的にする。全てのオブジェクトについて計算し、その平均を取ることによってシルエット係数を求める。
本実施例では、官能評価結果を5つのクラスターに分類し、その後に従来手法による測定結果と、本手法による解析結果とにおいて、当該5つのクラスターがどの程度維持されているのかを計算した。
それぞれの計算結果を表4に示す。
【0063】
【表4】
「調整済み相互情報量」は0~1となる数値であって、1に近づくほど良い値であって、変数Xと変数Yが確率的に似た分布を持っているものと判断することができる。
「シルエット係数」は-1~1となる数値であって、1に近づくほど良い値であって、それぞれの分布におけるクラスターが確率的に似ているものと判断できる。
表1によれば、従来手法による測定結果(酸度と日本酒度の2次元プロット結果)では、調整済み相互情報量は0.357070、シルエット係数は0.016871となっている。
一方で、本手法による解析結果(カーネルラッソ回帰による特徴量削減と多次元尺度法による次元削減結果)では、調整済み相互情報量は0.376892、シルエット係数は、0.063532となっている。
そうすると、これら二つの指標から、本手法による解析結果の方が、従来手法による測定結果よりもヒトによる官能評価の結果に近い結果となったことが分かった。
【0064】
また、本手法においてサンプル毎の対象物質内に含まれる第1化合物群の定量データをそのまま用い、特徴量削減の処理、次元削減の処理を全く行わなかった場合の結果では、調整済み相互情報量は0.182866、シルエット係数は-0.238929となっている。
このことは、日本酒の呈味に寄与する代謝物のみを特徴量選択することで、ヒトの官能評価により近い結果を生み出すことに成功したことを意味している。
【0065】
<考察>
本実施例では、ヒトによる日本酒の官能評価結果は、本手法による日本酒の呈味に関する解析結果を利用することで一定程度再現できることが確認された。また、従来手法による測定結果よりも日本酒の呈味の相対関係を表現していることが確認された。
本手法を活用することによって、日本酒の味わいに関する相対関係を定量的な手法によって構築できることが確認された。
【0066】
図3図5に示す本手法による評価が、図2に示す従来手法による評価と比較して良いい評価結果をとなったことには、例えば二つの理由があると考えられる。
一つ目の理由として、従来手法による日本酒度と酸度は、日本酒の味わいを完全に説明するには粗い指標になっているという点である。日本酒の水に対する比重は日本酒に含まれる水、グルコース、アルコールの大まかな組成を知るために一定程度効果的ではあるものの、日本酒には水やアルコールが添加される。このことから、全ての日本酒においてその比重から発酵具合、甘さ・辛さを求めることはできない。
加えて、日本酒に含まれる一部のアミノ酸(例えばアラニン)は、日本酒の甘味に貢献することが知られている。つまりは、単純な比重のみで日本酒の甘さ・辛さを完全に表現することは困難である。「酸度」においても同様であって、日本酒に含まれる多種多様な有機酸、アミノ酸で異なる呈味性が報告されていることから、総酸の割合のみで日本酒の酸の味わいを表現することは困難である。
二つ目の理由として、メタボロミクス解析データが豊富な情報量を有している点である。上述したアミノ酸や有機酸がサンプル内にどれだけ含まれているかについてメタボロミクス解析を行い、機械学習モデルを用いて日本酒の特徴を抽出することで、ヒトの官能評価結果に近い結果を導き出すことが可能となっている。
【0067】
以上のことから、本手法による物質の官能特性評価方法であれば、従来手法による評価方法よりも対象物質の官能特性を精度良く評価できることが分かった。また、評価結果を図5に示す2次元プロットで示すことで直感的に理解し易くすることを実現できた。
特に、日本酒の呈味を精度良く評価し、異なる種類の日本酒間における呈味の類似性を直感的に理解し易くすることを実現できた。
図1
図2
図3
図4
図5